グラスホッパー

●「グラスホッパー」
2015 日本 KADOKAWA、松竹、「グラスホッパー製作委員会」 119分
監督:瀧本智行 原作:伊坂幸太郎
出演:生田斗真、浅野忠信、山田涼介、麻生久美子、波瑠、菜々緒、吉岡秀隆、宇崎竜童、石橋蓮司他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>

伊坂幸太郎の原作モノも早くも11作目だ。彼の著作は村上春樹と並んで大好きなのでほとんど読んで
いるが、映像化は村上作品と同様に作品を選ぶな、という感じを受けていた。これまで観た伊坂幸太郎原作
映画のうち、「アヒルと鴨のコインロッカー」や、「重力ピエロ」「ポテチ」は原作のニュアンスを上手く活かせて
いたと感じたし、「ゴールデンスランバー」もなかなかだった。思えば中村義洋監督作品が多い。また
濱田岳や岡田将生の存在も大きいと感じる。そういった点、本作はどうか。

伊坂作品の持つニュアンスは、殺し屋を描いてもどこか乾いていて、どこか浮世離れしたポップな抽象感が
あるのだが、それが映像を通して表現できるだろうか、ということだろう。事実、本作は映像化不可能と
云われていたそうで、渋谷交差点の再現性というテクニカルな部分だけではなく、大きいのは蝉だの鯨だの
出てくる殺し屋の世界は、スプラッタも含めて見え過ぎではだめで、読者の頭の中で想像させる面白さがあるのだ、
というところが映像化が難しいという点でもあろう。

結論からういうと、先述のような原作が持つニュアンスは活かしきれていなかったな、ということだ。
殺したやつが見えてしまう自殺お手伝い屋、鯨(浅野忠信)、ナイフ使いの殺し屋、蝉(山田涼介)、押し屋の
元締め槿(吉岡秀隆)らの殺し屋たち、またボス(石橋蓮司)や部下の女殺し屋比与子(菜々緒)、謎の主婦
すみれ(麻生久美子)など。
彼ら上に、主人公である鈴木(生田斗真)と婚約者百合子(波瑠)の物語が乗っかっていく。
本作の面白さは、「殺し屋互助会」みたいなものの存在の物語を読者が頭のなかで綴っていくところにあると
思うのだが、それが具象化されてしまうと、抽象化の面白さが殺されてしまうと感じた。
「頭のなかで物語を綴る」という特性は、伊坂作品に共通のものであるが、本作は特にそれが強いということ。
(ちなみに村上春樹作品はほとんどすべてがそうであろう。「1Q84」などは絶対に映像化して欲しくない。
ま、出来ないだろうけど。というか村上春樹が許可を与えないだろうけど)
これは監督やキャストの力量不足というより、原作が持つ特徴がなせる技、というべきであろう。
確かにジャニーズや人気タレント系女優に頼っている部分が無いではないが、標準以上の演技演出は出来ている
と思うのだが。

最後の観覧車の中での鈴木と主婦百合子の会話まで、なんのことだかよく分からない、という向きもあろう。
そういうお話なのだ。
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<ストーリー>
人気作家・伊坂幸太郎の同名ベストセラーを「脳男」「予告犯」の生田斗真主演で映画化したクライム・エンタ
テインメント。恋人を殺され復讐に燃えるごく普通の男が、いつしか裏社会で繰り広げられる殺し屋たちの闘いの
渦に飲み込まれていくさまを描く。共演は浅野忠信、山田涼介。監督は「脳男」の瀧本智行。

 ハロウィンの夜。渋谷のスクランブル交差点に一台の暴走車が突っ込み、次々と人をはねとばす。犠牲者の中には
心優しい中学教師・鈴木の婚約者も含まれていた。悲しみに暮れる鈴木は、何者かから“本当の犯人は別にいる”との
メッセージを受け取り、その指示に従ってフロイラインという会社に潜入、裏社会に君臨する会長の寺原と二代目の
寺原Jr.をマークする。そんな矢先、彼の目の前で、寺原Jr.が“押し屋”と呼ばれる殺し屋に殺されてしまう。
復讐の相手を横取りされた上、組織から犯人の“押し屋”を追いかけるよう命じられる鈴木だったが…。

この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=351200こちらまで。

# by jazzyoba0083 | 2016-09-29 22:50 | 邦画・新作 | Trackback | Comments(0)

ハドソン川の奇跡 Sully

●「ハドソン川の奇跡 Sully」
2016 アメリカ Warner Bros.Village Roadshow Pictures,Malpaso Pictures and more.96min.
監督・(共同)製作:クリント・イーストウッド 原作:チェズレイ・“サリー”・サレンバーガー
出演:トム・ハンクス、アーロン・エッカート、ローラ・リニー、アンナ・ガン、オータム・サリー他

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<評価:★★★★★★★★★☆>
<感想>
クリント・イーストウッドに外れなしは今回も。ストーリーはベタだけど、感動の一遍にに仕上げて
しまうイーストウッドの力量は今更ながら、素晴らしい。前作に続いて実話物で、このところこの手の
作品が続いている。やはり事実の持つ重みと感動は、作り物には代えがたいと考えたのだろうか。
フィクションにはフィクションの面白さがあるのではあるけれど、事実の持つ感動性は、一定の下駄を
履けるので有利ではある。本作を単なる(イーストウッド作品なので単なる、という風に考える人は
少なかろうが)航空パニックものと思っていたらとんでもないことなので、ぜひご覧いただきたい感動の
一遍である。1時間半少々に収めたのもネタがべたなのでいいんじゃないだろうか。エンディングに向けて
グイグイと引っ張っていく。また映像というか、視点がいい。アップとロングをリズミカルに組み合わせる
こと、また視点を高く置いて、ベタなネタに緊張感とともに心地の良さを提供している。たとえば機内の
映像、また主人公が戦闘機のパイロット時代だった時の映像など。ズームイン、ドリーイン、トラックイン
などの、たゆたう画面もいい感じだ。またエアバスはもちろんだが、主人公の人生の中に登場してくる
航空機がCGを含め、実写を含め、とても出来がいい。(ハドソン川の着水シーンはもう少し頑張って
欲しかったが)よく知られた事故を事実を丁寧に積み上げて映像も工夫しながら、緊張感を保ちつつ
描いていイーストウッド節には括目する。機長の人間としての勇気、苦悩をトム・ハンクスが熱演
している。

2009年1月のこのハドソン川への奇跡の不時着水は、当時大きく報道されたので私の記憶にも残るが、
このような話があったとはこの映画で知った。もし、全容を知らないのならば、ぜひ知らないままご覧に
なったほうがいい。連邦航空局の諮問の結果が分かっているのとそうでないのでは感動が違うから。

本作の主人公サリーを演じるトム・ハンクス以外はあまり目立ってはいけないのであるから、地味目の
キャティングを行い、トムと物語が浮かび上がるように工夫されていると思う。また乗客の人間模様も
最低限にとどめ、それを逆に感動の素材としている。映画では機械(コンピュータ)とタイミングなどの
人間性(ヒューマンファクター)の比較であり、その中で42年間のパイロットとしての「感」や「決断の
タイミング」などのファクターの存在が、155名の乗員乗客の命を救った男の人生を通して浮き彫りにされる。
また、ハドソン川で多数運行されていたフェリーやNYPD航空隊の存在など、全力で救助に当たった人間性をも
浮かび上がらせる。これは「人間性」の勝利である、と。アメリカ的浪花節ではあるけど、観終えて素直な
感動が残るのだ。蛇足だが、エンディングロールで出てくる本物の乗客のうち何人かは映画本編にも本人が
出ているみたいだ。

事故後、クルーが投宿したホテルの女性マネージャーが、サリーに飛びついてハグしてしまうところ、
ラストシーン、公聴会で一言求められた副操縦士(エッカート)が「次は7月にしたいね」と軽口をたたき、
会場を爆笑に巻き込むところ、まさに「人間性」の提示である。前作「アメリカンスナイパー」ではやり場の
ないやるせなさの内に物語を終えたイーストウッド監督、今回は正統派の全きカタルシスの中でエンディングを
迎えることにさせた。監督の中でも本作がカタルシスになったに違いない。

★半分はイーストウッド監督に敬意を表しての加点としても、全体的に非常に出来のいい作品だと思う。
これは今年度のオスカー作品賞のノミニーは確実であろう。(受賞するかどうかは別ではあるが)
年を取って涙もろくなっている私だが、またまたイーストウッド監督にはやられた。エンディングあたりでは
ほほを流れる涙を禁じえなかったのである。
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<ストーリー>
2009年にニューヨークで旅客機がハドソン川に不時着し、世界中で大きなニュースとなった奇跡の
生還劇に秘められた知られざる実話を、「ミリオンダラー・ベイビー」「アメリカン・スナイパー」の
巨匠クリント・イーストウッド監督がトム・ハンクスを主演に迎えて映画化した感動ドラマ。
離陸直後に両翼のエンジンが止まってしまう非常事態の中、サリー機長が瞬時の冷静な判断と卓越した
操縦テクニックで、乗客乗員155人全員の命を救うまでの緊迫の一部始終と、その後の“英雄”サリーを
待ち受けた過酷な試練の行方を描く。共演はアーロン・エッカート、ローラ・リニー。

 2009年1月15日。乗員乗客155人を乗せた旅客機が、ニューヨークのラガーディア空港を離陸した
直後に鳥が原因のエンジン故障に見舞われ、全エンジンの機能を失ってしまう。機体が急速に高度を
下げる中、管制塔からは近くの空港に着陸するよう指示を受けるが、空港までもたないと判断した
チェズレイ・“サリー”・サレンバーガー機長は、ハドソン川への不時着を決断する。そしてみごと機体を
水面に着水させ、全員の命を守ることに成功する。

この偉業は“ハドソン川の奇跡”と讃えられ、サリーは英雄として人々に迎えられた。ところがその後、
サリーの決断は本当に正しかったのか、その判断に疑義が生じ、英雄から一転、事故調査委員会の
厳しい追及に晒されるサリーだったが…。(allcinema)

この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=356041こちらまで。



# by jazzyoba0083 | 2016-09-24 18:20 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

お早よう

●「お早よう」
1959 日本 松竹映画 94分
監督・(共同)脚本:小津安二郎
出演:佐田啓二、久我美子、笠智衆、三宅邦子、杉村春子、設楽幸嗣、島津雅彦、沢村貞子、東野英治郎
   長岡輝子、三好栄子、大泉滉、泉京子、高橋とよ他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>

「彼岸花」「秋日和」の姉妹編。タイトルの演出なども含めて、小津監督のなかでは1958、59、60、の
三連作という括りなのだろう。内容は親子の人情ではなく、いわば群像劇ではあるが本作では家にテレビが
欲しい兄弟が狂言回しとして登場、おでこを弾くと「ぴよ~ん」と音が出たり、おならだったり(うんちが
もれちゃう)、コメディ色が強い。林家の弟を演じた島津雅彦は、黒澤映画「天国と地獄」で、三船敏郎の
家の運転手の息子を演じていたんだな。なかなか達者である。「アイ・ラブ・ユー」という掛け声が良い!
私の昭和34年が丁度このくらいの子供だった!

 小津監督が赤の発色が良いからと使ったドイツのアグファフィルムが本作でも使われ、画面の中で、朱色の
存在をさりげなく主張する。それは味の素やキッコーマンの容器の頭部分であったり、住宅の壁に掛けられた
フラフープだったり、兄弟の着るセーターに入ったラインであり、住宅の廊下の消化器や、脚立の天板であり、と
基本的にはどのフレームにも朱色や赤が置かれ、動かない画面の重心を取っているとともに、アクセントにも
なっている。また小津映画の特徴である短いセリフのオウム返しはここでも子役まで含めて健在である。
「いい天気ですねえ」「ほんといい天気」「ほんとにいい天気です」。という具合。タイトルの「おはよう」は
もちろん挨拶であるが、ここでは大人による無駄な言葉の代表選手として登場している。林家の兄弟は
お父さんから「無駄口をたたくな」と叱られ、だんまり作戦に出るが、彼らは大人こそ挨拶など無駄なことを
いってるという。だが佐田啓二は「挨拶が無くては味気ない。そういう言葉は生活の円滑剤だ」と喝破する。
本作の主題がそこにある。

「文化住宅」「14インチの白黒テレビ」「フラフープ」「普段は着物姿の主婦」「55歳定年」「押し売り」
「月賦」などなど昭和半ばの文化史を保存する上でも立派な史料となりうるものとなっている。
 林家の兄弟は中学と小学生なのだが、そのわりには笠智衆がおじいさんのようだと思うのだが、笠智衆、この
映画の時、まさに55歳。昔の人は年取っていたなあ。そしてもう定年なんだな。

引き戸を開ければ同じ間取りの文化住宅というとある街角。奥様同士は近所の噂話に余念がない。子どもたちは
勉強も上の空で、ある家にあるテレビの相撲中継が気になって仕方がない。そのうちの林家の兄弟は家に
テレビがない、「買っておくれよ~」とせがむが、両親はうんと言わない。まだ贅沢品なのだ。
そんな住宅街の人々が織りなす人生模様を「あいさつ」ということをキーワードに纏める。
 河原の土手の道を子供らが「有楽町で逢いましょう」を歌いながら下校してくるところから映画が始まる。
小津映画の特徴である、市井の人々が繰り広げる普通の人生の中に、豊かな人間模様を浮かび上がらせると
いうタッチが本作でも展開される。「家族」というテーマも重要である。男女の仲は「惻隠の情」である。
こうした作品は激しい感情を突き動かすものではないが、悪人が出てこない、ほのぼのとした世界で感じる
情感の豊かさ、を私たちは受け取ることが出来る。これは平成ではなく、やはり昭和の半ばならではのテイストで
あろう。小津作品のいいところが出た佳作である。
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<ストーリー>
東京の郊外--小住宅の並んでいる一角。組長の原田家は、辰造、きく江の夫婦に中学一年の子・幸造、それに
お婆ちゃんのみつ江の四人暮し。原田家の左隣がガス会社に勤務の大久保善之助の家。妻のしげ、中学一年の善一の三人。
大久保家の向い林啓太郎の家は妻の民子と、これも中学一年の実、次男の勇、それに民子の妹有田節子の五人暮し。
林家の左隣・老サラリーマンの富沢汎は妻とよ子と二人暮し。右隣は界隈で唯一軒テレビをもっている丸山家で、
明・みどりの若い夫婦は万事派手好みで近所のヒンシュクを買っている。

そして、この小住宅地から少し離れた所に、子供たちが英語を習いに行っている福井平一郎が、その姉で自動車の
セールスをしている加代子と住んでいる。林家の民子と加代子は女学校時代の同窓で、自然、平一郎と節子も好意を感じ
合っている。
このごろ、ここの子どもたちの間では、オデコを指で押すとオナラをするという妙な遊びがはやっているが、大人たちの
間も、向う三軒両隣、ざっとこんな調子で、日頃ちいさな紛争はあるが和かにやっている。ところで、ここに奥さん
連中が頭を痛める問題が起った。相撲が始まると子供たちが近所のヒンシュクの的・丸山家のテレビにかじりついて
勉強をしないのである。民子が子どもの実と勇を叱ると、子供たちは、そんならテレビを買ってくれと云う。
啓太郎が、子供の癖に余計なことを言うな、と怒鳴ると子供たちは黙るどころか、「大人だってコンチワ、オハヨウ、
イイオテンキデスネ、余計なこと言ってるじゃないか」と反撃に出て正面衝突。ここに子供たちの沈黙戦術が始まった。

子供たちは学校で先生に質問されても口を結んで答えないという徹底ぶり。この子供たちのことを邪推して近所の
大人たちもまた揉める。オヤツをくれと言えなくて腹を空かした実と勇は原っぱにおヒツを持出して御飯を食べようと
したが巡査に見つかって逃げ出し行方不明となった。間もなく子供たちは駅前でテレビを見ているところを、節子の
報せで探しに出た平一郎に見つかった。家へ戻った子供たちは、そこにテレビがおいてあるのを見て躍り上った。
定年退職した富沢が電機器具の外交員になった仕事始めに月賦でいいからと持込んだものだった--。」(Movie Walker)

この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=138821こちらまで。

# by jazzyoba0083 | 2016-09-23 22:40 | 邦画・旧作 | Trackback | Comments(0)

●「The Beatles:Eight Day a Week-The Touring Year」
2016 アメリカ Apple Corps,Imagine Entertainment and more.Disributor in Japan:Kadokawa 140min.
監督・(共同)製作:ロン・ハワード
出演:ザ・ビートルズ、ポール・マッカートニー、リンゴ・スター、ウーピー・ゴールドバーグ
   シガニー・ウィーバー、エルビス・コステロ他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
 事前にお断りするが、私はビートルズは大好きではあり、たくさんの映像やCDを持っているが、
いわゆる「ビートル熱(マニア)」ではない。
これまでにビートルズの評伝映像はいろいろあったし、節目でテレビも放映されていた。今年は
ビートルズ来日50周年ということで日本でもいろいろとイベントが多い。
 本作はアップルレコードが公認した「レット・イット・ビー」以来の映画という。監督を務めた
ロン・ハワードは私と同じ年。ビートルズが熱狂と共に誕生してきたのを支えたのはベビーブーマー
世代だから監督はやや時代が下がる。しかし彼らが大好きなのだろう。作品にビートルズに対する愛情を
感じる。
今回映画を観ていてビートルズとほぼ同じ時代を生きることが出来て本当に良かったと感じた。
前半の30分を観ていて、彼らの音楽の素晴らしさに涙が出てきてしまった!

ドキュメンタリー映画が110分、エンドロールが終わってから30分はビートルズ二度目の全米ツアー
から史上初のロックバンドによる野球場使用となったニューヨーク・シェイ(シェア)スタジアムの
ライブ映像をこの映画のために4Kデジタルリマスタリングし、音もアビーロード・スタジオでデジタル・
リマスタリングされたものが上映される。

ビートルズの誕生から、アップルスタジオでの有名な屋根上ライブまでの怒涛の数年間を時系列的に
並べ、関係者やファンである映画俳優のインタビューが挿入される。もちろんポールやリンゴの
証言も新たに取材されている。

リバプールの労働者階級の子供だった仲良し三人がバンドを組み、やがてリンゴが加わり、歴史的な
ロックンロールバンド、ザ・ビートルズが誕生した。1962年のレコードデビューから、最も忙しかった
1964~66年を厚くして、彼らの音楽や考え方の変遷を世界の情勢の変化とともに構成する。
きわめてオーソドックスで静止画の画像にたばこの煙をCGで追加するなどの演出はあるが、奇をてらわない
作りとなっている。
 彼らのライブを中心とした音がたくさん聴かれるのだが、今なお全く古さを感じさせない彼らの
音楽に改めてその凄さと偉大さを感じた。多くのバンドの常であるように、最初は田舎の屈託のない
素直な青年たちが、無邪気に自分たちのやりたい音をやりたい風に演奏し歌った。その純粋さは、他人の曲も
多く歌っているように、またレノン・マッカートニーの作風もどこか無邪気で無思想であるように、聴く方も
素直に曲と対峙することができる。プロデューサー、ジョージ・マーチンの存在も大きい。
 
 しかし、熱狂の渦の中に巻き込まれ、世の中の欲の皮の突っ張ったやつらに振り回され、またブライアン・
エプスタインという名伯楽を得て、ビートルズはショウアップされ、演出されたバンドになっていく。
レコーディング・ディレクター、フィル・スペクターの存在も、素朴な彼らの音楽を加飾した。
彼らは疲弊し、やがて当然のように、「自分らはこのままでいいのか」と感じ始めた。
もはや自分たちは自分たち、というスタンスを世の中が許さなくなっていくのである。

ターニングポイントは「ラバーソウル」にあったようだ。それと「サージャントペパーズロンリーハーツ
クラブバンド」。4人は極めて親密で、自分たちを取り囲む社会的な、あるいは家庭を持つという私的な状況の
変化に対応出来ていった。しかし、大人になるにつれ、自分のポジションが大きくなり、4人でやっている
意味を失っていく。

改めて感じる初期の無垢なロックンロールの素晴らしさ、そして自分たちを見つめはじめ変わっていく
中で作られる思索的、内省的な曲の初期を上回る上質さ!
ビートルズが変わっていったのか、世界の変遷は彼らが引っ張っていったのか。
映画は、1964年、65年、66年を重点的に描く。彼らを迎えた世界の熱狂の様子が当時のフィルムを使い
多く語られていく。ワールドツアーを続けていく中で、世界はヴェトナム戦争、ケネディ暗殺、黒人の
公民権運動、アポロの打ち上げ、とまた怒涛の様に変化していく。1966年6月には日本公演も果たす。
そして次のマニラあたりでツアーも限界に近づく。彼らは1966年8月のサンフランシスコを最後に
ライブツアーを止め、スタジオを中心に活動するバンドとなるのだった。

ツアーの時代、当時は送り返しのモニターはもちろん、PAも貧弱なもので、その中で、ビートルズの
演奏の質は極めて高く、スタジオ録音のレベルを保っている。ハモリも完璧、ジョージのソロもレコードと
同じだ。映画の中でリンゴがいう。「当時は観客の嬌声とアンプのパワー不足で演奏の音が聞こえず、
ポールやジョンの体を後ろから見てその動きで音を探していたよ」と。おそらく客も音が聞こえていなかった
人が多いのだろう。ビートルズもやがて気づくが、若い女性を中心とした客は音楽を聴きに来ているのではなく、
ビートルズを見に来ているだけだ、ということ。

割と見た覚えのある映像だったが、印象的だったのは、数千人の観客による「She Loves You」の大合唱、
現在のポールのインタビューで映画「ヘルプ!」は二度目の映画で熱意は無かった、撮影中メンバーは
みんなマリファナでラリっていた、という証言、そして、ラストのシェアスタジアムの画像も音も良い
30分間の演奏だった。
 製作者たちのビートルズに対する深い尊敬と愛情を感じる作品。ビートルズの音楽を好む人であれば、
是非ご覧いただきたい映画である。ちなみに日本公演を証言するのはオフィシャルフォトグラファーで
あった浅井慎平である。
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この映画の詳細は http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=357100 こちらまで。



# by jazzyoba0083 | 2016-09-22 12:10 | 洋画=さ行 | Trackback | Comments(0)

●「禁断のケミストリー Better Living Through Chemistry」
2014 アメリカ Occupant Entertainment and more.92min.
監督・(共同)脚本:ジェフ・ムーア
出演:サム・ロックウェル、オリヴィア・ワイルド、ミシェル・モナハン、ベン・シュワルツ、レイ・リオッタ他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>

ストーリーはあんまり褒められたものではないし、ドラッグと不倫を取り扱っているから日本では未公開だ。
公開したら薬剤師組合みたいなところからクレームが付きそうだ。
悪いことに手を染めながらも、人生上手く行っちゃって、次の高みに行くことが出来た、と、まあ都合の
良いお話だが、ブラックユーモアにつられて結構面白く観てしまった。レイ・リオッタとジェーン・フォンダは
友情出演みたいなもので、あとは割りと地味めなキャスト陣である。
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冴えない中年に差し掛かろうとしている男、ダグ(サム・ロックウェル)は、義父に頭が上がらず、任せられた
薬局に自分の名前を付けられない不満を抱えながらも、町では信頼されている薬剤師で、町民の健康事情も
分かっていた。相談を受けながら、それぞれに合ったクスリを調剤するわけだ。

そんなダグが、クスリの配達で出会った超色っぽい人妻と不倫にハマってしまう。絶倫を振る舞うために薬局に
あった麻薬成分のクスリに手をだしてしまう。お陰で美人人妻とは絶好調!家庭では、出来の良くない小学生の
息子を忍者ごっこに巻きこみ、自分の薬局のネオンサインとかショーウィンドウを割ってしまったりした。
息子には理解ある父親だと思われたり・・・。妻は二番目の子供を妊娠中。趣味が昂じてプロのサイクリストに
なってしまい、毎年行なわれる町のロードレースの優勝の常連であった。他に生きがいを見出した妻はダグを
無視しがちとなっていた。

そんな薬局に麻薬捜査官がやってきた。薬局の在庫と使用の量がちゃんと釣り合っていて不正使用がないかを
調べに来たのだ。ダグは不倫用に無断でクスリを使用しているので緊張するが、なんとか後日に資料を提出
するということでいいくるめた。エスカレートしたダグは美人妻と駆け落ちするところまで行ってしまったが、
結構当日、心臓を患っている美人妻の夫(レイ・リオッタ)のクスリに毒を混ぜて殺す、という計画だったが、
配達人が配達せず、しかも薬局のクスリを盗んで自分で売りさばくという売人で更に自分でも使用して
薬局内で死亡してしまったのだ! 
捜査官は、薬局のクスリの在庫と使用量が合わないので調査に乗り出そうとしていたのだが、配達人がくすねて
売ったり自分で使っていたりしていたと理解し、逆にダグに同情する。

ダグは駆け落ちを中止。馬鹿な人生はここで終わりにしようと決心し、美人妻には行けない、と電話。彼女は
一人ヨーロッパへ。薬局の名前は自分の名前となり、妻とまた信頼される薬剤師の道を歩き始めたのであった。
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悪いことをしていたダグにはお咎めなしである。まコメディなんで堅苦しいことは置いて、ブラックユーモアと
アイロニーを楽しめばいいのではないか。
お気に入りのミシェル・モナハンがダグの妻役であった。ここではあんまり美人だなあ、という感じは受けなかった
なあ。
この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=357427こちらまで。

# by jazzyoba0083 | 2016-09-21 22:50 | 洋画=か行 | Trackback | Comments(0)

●「Dearダニー 君へのうた Danny Collins」
2015 アメリカ Big Indie Pictures,ShivHans Pictures.107min.
監督・脚本:ダン・フォーゲルマン
出演:アル・パチーノ、アネット・ベニング、ジェニファー・ガーナー、ボビー・カナヴェイル
   クリストファー・プラマー、メリッサ・ブノワ他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>

面白かった。優れた脚本家の監督デビュー作だが、さすがは本業、脚本も手掛けたことだけの
ことはあり、ストーリーがよく練れているし、何より日本人にはなかなか出せない会話の
キャッチボールにおけるユーモアとペーソスがいい感じだ。こういう優れた脚本に対し
演技陣も冴えている。アル、アネット、ジェニファー、それにプラマーなど渋いが光る
配役は観ていてまことに充実し、安心も出来る。適度な長さの作品に対し、起承転結が
上手く転がる。実話をベースにしているとは云え、内容は相当換骨奪胎されているので、そこは
脚本家(+演出)の腕とキャストの演技の巧さ、の勝負なのだ。

主人公のアル・パチーノが、大物ロッカーで大金持ちであるが、実は結構いいやつで人情味が
ある男、そしてユーモアがある、という役どころを実に上手く演じている。大金持ちとは
勢い鼻持ちならなくなるなるものだが、本作では、ラストカットの医師からの呼びかけが名前か
苗字か、というところで収める部分のかっこよさも含め、とても良かった!
加えて、ホテルのマネージャー、アネット、そしてアルの息子の嫁、さらにアルの息子役も
締まった演技で映画を緊張あるタイトな仕上がりにしていた。
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 ツアー三昧の暮らしで、家庭を省みなかったロック界のスーパースター、ダニー・コリンズ(アル)。
彼はデビュー当時、世界で一番敬愛するジョン・レノンから励ましの手紙を貰っていたのだが、当時所属して
いたレコード会社が本人に黙って売りに出してしまっていた。
そんなことも知らず音楽界で生きてきたダニー、今や大ヒット曲の数々を抱える大スターとなり、
ツアーではどこも満員札止めであった。だが、自堕落の生活は、彼を麻薬と酒びたりにしてしまい、
孫娘がいる長男一家とは疎遠になっていた。
そんな彼だがすでに30年以上も新曲を書いていなかった。ベストアルバムを出せば売れる、それも
あった。ライブを開くとかつての大ヒット曲を歌わなければ聴衆は満足してくれなったというもの
あった。
 そんな状況の中、親友にしてマネージャーのフランク(プラマー)が、ジョン・レノンの手紙の
存在を突き止め、自ら探し出し購入し、ダニーにプレゼントしたのだった。驚いたダニー。当時
これを読んでいれば、また変わった人生になっていたかもしれない、とその内容に激しく打たれたのだ。
自堕落な生活を止め、若い娘との暮らしやクスリも断って心を入れ替えることを決め、郊外のホテルに
ピアノを持ち込み作曲に打ち込んだのだった。そして、長らく没交渉だった長男一家の元へも出かけたのだ・・・。
 すると孫娘は元気はいいのだが、「多動性障害」ということで、特別なプログラムがある学校への
転校がマストであったのだが、NYにある有名校は「面談を受けるだけで3年」という超難関であった。
しかし、ダニーは有名人のコネをフルに使って、孫娘の入学を決めてしまう。(学校に多額の寄付を
した)次第に長男の心も溶けていくが、長男は白血病だ、と告白するのだった・・・。

ホテルマネージャーのメアリーに一目惚れしたダニーは「夕食の約束を」と迫るが、メアリーは
なかなか応じない。新曲のライブでそれが聴衆に認められれば、約束に応じる、というのだ。
彼女のヘルプも有り曲は完成し、小さなライブハウスで演奏会を開くが、結局有名曲のリクエストに
勝てず、またビビりの性格が顔を出し、せっかく家族やメアリーも聞きに来てくれたのに、新曲は
歌えずじまいとなった。やけになったダニーはまたクスリに手をだす。
 やがて最新治療を受けた長男トムの治療の結果を聞く時期が来た・・・。
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実際はフォークシンガーに起きたジョン・レノンからの手紙であるが、最近曲作りから遠のいた
ロックのスーパースターとその長男一家に置き換えて、そこに起きる物語を、力まず、洗練された会話と、
魅力的な演技で魅せる。ハッピーエンドも含め、こころが暖かくなり、自ずと笑顔で見終わることが出来る
良作である。アル・パチーノの渋い喉がまたいい感じだ。

この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=352850#1こちらまで。

# by jazzyoba0083 | 2016-09-19 22:50 | 洋画=た行 | Trackback | Comments(0)

●「怒り」(あるいは日本映画の限界、『君の名は。』ヒットのワケ)
2016 日本 東宝 142分
監督・脚本:李相日
出演:渡辺謙、森山未來、松山ケンイチ、綾野剛、宮崎あおい、妻夫木聡、広瀬すず、作久本宝
   ピエール瀧、三浦貴大、高畑充希、原日出子、池脇千鶴ほか。
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>

最初にお断りしておくが、掲げたタイトルは「怒り」のみである。原作は、吉田修一の同名の
小説。「悪人」も同じ監督で映画になった。しかも妻夫木聡主演であった。
本作、面白いストーリー建てであったし、3つの話を綾織るように映像表現できていたのも
良かったと思う。
但し、本ブログの表題に書いたような感想を持ったのだ。それを説明したい。ご覧頂きたい。
出演者の名前を。オールスターであることはそうなんだが、私としては普段テレビで観ている役者
さんがずらりと並んだという感じである。それでどうなったか。こうした現代社会の生々しくも
現実的なストーリーを展開する上で、テレビで見慣れた役者さんの存在がじゃまして、映画の
物語に没頭できなかったのだ。普段テレビで観ている顔が深刻な場面を演じても、バラエティ番組に
映画の宣伝に出てきて、明るい顔で、「是非映画館へ」などという顔が浮かんでしまうのだ。

例えば、ゲイの妻夫木聡と同じゲイの綾野剛の裸のカラミなどは、痛々しくて観ていられない。
渡辺謙、宮崎あおいなどは民放の連ドラなどにはあまり出ないが、その他のキャストはテレビドラマの
常連だ。
翻ってハリウッド映画を考えてみる。アメリカとは映画やテレビの産業としての成り立ちが違うので
責めどころを間違わないようにしなくてはならないが、ハリウッドのムービースターたちは原則
テレビドラマに出ない(というかギャラが高くてテレビはキャスティングできない)またCMにも
出てこない。それ故、映画館というハレの舞台で観客はその作品に頭から没入できるのである。
モーションピクチャーに重みがある理由が存在すると感じるのだ。

テレビドラマだって同じような役者が1クールごとに演じているじゃない、それだって没入できない
んじゃないか?という声もあろう。確かに理屈としてはそうである。だが、お茶の間のテレビは
映画とは比較にならないある種の「手軽さ」があり、また連ドラは10話なりで完結するものである
が故に2時間そこそこで話を完結させなくてはならない、「わざわざお金を払って見に出かける」
映画とは根本的に映像表現としての構造が異なるのである。

そうした日本独特の「映画とテレビの境界線の曖昧さ」が、幾らいい演出が出来、素晴らしい演技が
出来る役者がいたとしても、作品に没入できる力を削ぐ要因になっていると思ったのだった。
断っておくが、これは役者や監督のせいではない。日本の映画というシステムが負うところだ。
これは誰かが改革しようとして出来るものでもないだろう。背景が警察、探偵もの、時代物、未来ものなど
キャラクター付けが強烈にできるものは除くのであり、あくまでも、シリアスな現代劇、という点に
絞られると思う。どうしても昨日見た綾野剛であり、一昨日見た広瀬すずなのだ。映画はそう毎日観るもの
でもない。だが逆に言えば、地味なストーリーを名前をあまり知らないような役者が演じたとしたら
どうなのか、みんな観てくれるのだろうか、というところは付いて回るだろう。何度も云うが、本作から
私が感じた点は役者・監督が悪いわけではないことをお断りする。(妻夫木くんは軽いなあとは思うけど)
本作でそれぞれの俳優たちプロ意識の下、最大限体当たりの演技をしていたとは思う。それに上記の考えは
テレビを普段観ない人には関係のない話だ。(だが、役者の層の割にはたくさん映画が作られるので
その点に関する演者のイメージのダブリはあるだろう)

それ故に、生身の人間が登場しないアニメ作品『君の名は。』を筆頭に、「いつも見る人」があまり
登場せず、ジャニーズも登場せず、サイドストーリーを徹底して削いだ『シン・ゴジラ』がヒットする
理由の一つに上記の理由があるような気がするのだ。つまりハレの舞台に「日常」が紛れ込んでいないと
いう。

上記を踏まえて本作の感想を述べたい。全体の構成だが、つかみはOKだが、その後、八王子殺人犯の
プロフィールが明らかになるまでが間延びした。つまり、人間に等しく存在する「怒り」そしてその
裏側にある「信頼」ということを、この映画は言いたいのだが、そうした趣旨が後半40分くらいしないと
見えてこないのが残念。個人的には渡辺謙と宮崎あおい+松山ケンイチ+池脇千鶴のパートが一番こころ動いた。
次が広瀬すず+作久本宝+森山未來のパート。そして状況的にも生々しく、しかも一番テレビで見る顔の
組み合わせであった妻夫木聡+綾野剛+高畑充希+原日出子のパート、ここが弱い。これに狂言回し的な警察の
ピエール瀧と三浦貴大が加わる。骨太の原作に従い、誰の心にも普遍的に潜む狂気としての「怒り」と、
「信頼」がキチンと映像として表現されていたのは良かったと思う。3つの一見関係のない物語が、一つの
殺人事件の真犯人は誰か、という点に薄皮を剥ぐように次第に収斂していく具合も良かった。
 ラスト近く、電車の中の宮崎あおいと松山ケンイチ。宮崎がカメラ目線になるのはイリニャトウあたりの
マネか。「あなたはどうなのだ」という問いかけなのだろうか。禁じ手だろう。もう李監督はこの演出は
使えない。
一方で、狂気を表現させて上手い崔洋一監督だったら本作をどう表現しただろうか、とも考えた。
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<ストーリー>
「悪人」の李相日監督が再び吉田修一の小説を原作に、実力派俳優陣の豪華共演で贈るヒューマン・ミステリー・
サスペンス。残忍な殺人事件が発生し、犯人が逃亡して1年後、千葉・東京・沖縄に現われた前歴不詳の若い男
3人が、やがてその土地で新たな愛を育んでいく中、真犯人を巡る謎と犯人ではとの疑念が思わぬ波紋を周囲に
広げることで生じるそれぞれの葛藤のドラマを描き出す。
出演は渡辺謙、森山未來、松山ケンイチ、綾野剛、広瀬すず、宮崎あおい、妻夫木聡。

 八王子で残忍な夫婦殺人事件が起こるが、犯人の行方は杳として知れず、整形して日本のどこかで一般の市民に
紛れて逃亡生活を送っていると見られていた。
事件から1年後、千葉・東京・沖縄に素性の知れない3人の青年が現われる。歌舞伎町の風俗店で働いている
ところを発見され、千葉の漁港で働く父・洋平に連れ戻された愛子。漁港にふらりと現われ働き始めた青年・
田代と恋に落ちるが…。

東京の大手通信会社に勤めるゲイの優馬は、クラブで出会った直人を気に入り家に連れ帰るが…。

母に連れられ、東京から沖縄の離島に引っ越してきた高校生の泉は、無人島に1人で住みついている謎めいた
バックパッカー田中に心惹かれていくが…。
そんな中、TVでは1年前の事件に関して逃亡中の犯人の情報を求める公開捜査番組が放送されていたのだが…。
(allcinema)

この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=356389こちらまで。


# by jazzyoba0083 | 2016-09-19 12:10 | 邦画・新作 | Trackback | Comments(0)

●「チャップリンからの贈りもの La rançon de la gloire 」
2014 フランス Why Not Productions and more.115min.
監督・(共同)脚本:グザヴィエ・ボーヴォア
出演:ブノワ・ポールヴールド、ロシュディ・ゼム、キアラ・マストロヤンニ、ピーター・コヨーテ他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>

フランス語の原題と日本語のタイトルを並べると作品のオチが分かる。原題は「名声の値段」。
「贈りもの」が何であるかは映画のラストで語られる。
いかにもフランス映画、という味わい。どこが、と云うと、「間の取り方」「ウィットの加減」
そして全体の「面白うてやがて・・・」という味付け。ハリウッド映画に慣れている身としては
テンポが単調となり、物語が膠着する半ば辺りでは、飽きが来たところもあった。

 実際に有った事件を元にした物語で、チャップリンのお棺を盗み出し、これを人質として身代金を
遺族に要求する、と言うもの。しかし、これを思いついた男が、とにかく場当たりで出たとこ勝負、
無計画この上ない奴で、罪は犯すが憎めないおじさん、彼に巻き込まれる男も、引きずられて大変なのだが、
最後はハッピーエンドとなる。このホノボノ感はフランス映画だなあ、と感じる。こそ泥のような
おじさんがサーカスのピエロになるというのもフランス映画っぽい。

音楽が御大ミシェル・ルグラン。すごい人が音楽なんだなあ、と思っていると、当時のモノクロテレビから
流れてくるのが「ロシュフォールの恋人」の挿入歌だったりする。チャップリンの名作「ライムライト」の
テーマなども上手く取り入れている。一方で分厚いストリングスオーケストラがいささか饒舌すぎやしないか、
と感じた部分もあった。

 チャップリンの遺児(もう立派なオトナだけど)も出演していて、チャップリン家の全面協力の下で
製作されたという。ピーター・コヨーテ以外に出演している俳優さんをあまり知らないが、ヒューモアと
ペーソスという作品の持ち味を上手く引き出していたと思うのでいいキャスティングじゃなかったかと。
チャップリンの棺を盗みだしたはいいが、その後のことを何も考えていなかったため、身代金を盗んだ、
というやつが次から次へと現れたり、舞台となるスイス警察とチャップリン家の秘書の応対が上手いの
で(というか主人公二人がヘタレすぎなんだけど)、身代金が100万ドルから50万ドルになり、しまいには
5万数千ドルまでに引き下げられる。逮捕のきっかけもマヌケなものだし、英語を喋るチャップリン家に
フランス語で電話を入れるとか、その辺りは笑える。結局身代金の値下げ(主人公の片割れオスマンの
奥さんの病気治療費)が、チャップリンの贈りものを呼ぶのであるが。
 フランス映画の持つ、まったり感が好きな方にはお勧めである。
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<ストーリー>
「神々と男たち」のグザヴィエ・ボーヴォワ監督が、喜劇王チャップリンの遺体誘拐事件という当時
世界的ニュースとなった実話をヒントに撮り上げたヒューマン・コメディ。
冴えない2人の男が引き起こした前代未聞の事件の顛末を、チャップリンへのオマージュ満載に、
ユーモラスかつハートウォーミングに綴る。
主演は「ココ・アヴァン・シャネル」のブノワ・ポールヴールドと「この愛のために撃て」の
ロシュディ・ゼム。また、チャップリンの孫娘ドロレス・チャップリンが未亡人役で出演。

 1977年、スイス・レマン湖畔。出所したばかりのお調子者エディは、親友のオスマンとその幼い娘に
温かく迎えられる。しかしオスマンは、入院中の妻の医療費が工面できずに追い詰められていた。
そんな時、テレビでチャップリン死去のニュースが報じられ、2人は遺体が近所の墓地に埋葬されること
を知る。そこでエディは、チャップリンの棺を盗み出し、身代金を頂くことを思いつく。
さっそく、ためらうオスマンを強引に巻き込み、2人で行き当たりばったりの遺体誘拐計画を実行するが…。
(allcinema)

この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=352889こちらまで。

# by jazzyoba0083 | 2016-09-14 22:50 | 洋画=た行 | Trackback | Comments(0)

●「人生スイッチ Relatos salvajes 」
2014 アルゼンチン・スペイン El Deseo,Corner Producciones,and more.122min.
監督・脚本:ダミアン・ジフロン
出演:リカルド・ダリン、オスカル・マルティネス、レオナルド・スバラーニャ、エリカ・リバス他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
面白い映画だ。この年のアカデミー賞外国語映画賞ノミネート作品。アバンタイトルの一話を入れて
全六話で構成されるオムニバス作品だ。「エキセントリックな人々」「出会いの不思議」という
タグラインが脳裏を横切った。とにかくそれぞれのお話に出てくる人々が誠にエキセントリック。
短気は損気、という言葉はアルゼンチンには無いんかい!!とツッコミを入れたくなるほど。
原題が日本語で「野生の物語」だそうだから、何か暗喩的である。

人生のあるポイントを間違えたばかりに脱線が始まり、最後には事故になる、ということか。
6話の殆どで警察の出動があり、死人が出る。それというのも、止められなくなったエキセントリックな
人々の過激な行動が、死人を生んでしまうのだから。おそらく大部分の人は「理性」という
ブレーキで「感情」をコントロールするのだが、それの歯止めが外れてしまうと、こんな風になります、
という提示が色々なシチュエーションで提示されていく。

 自分の人生の節目節目でじゃましてくれた人を飛行機に乗せ、最後の標的に向かって墜落させてしまう、
というフタ開け。気に入らない男をネコイラズで殺そうとするレストランの中年女、山道でドン臭い
走りをしていたおんぼろグルマを追い抜きざま、中指を立てた男に、襲いかかる災難。ビルを爆破して
解体する名人の男が、駐車違反でレッカーされ罰金を払わされる。それに腹を立てた男の驚くべき行動は?
 金持ちの息子が妊婦をひき逃げ。母子ともに殺してしまう。父は使用人に罪をかぶってくれ、と頼む。
その値段は100万ドル。この事態に悪徳弁護士、悪徳検事が関係して、父は金の亡者たちにカネをシャブ
られる。これに怒った父は、もう自白させると言い出すが・・。そしてラスト、結婚披露宴の会場で、
夫となる男が浮気していた事実を掴み、逆上する新婦。宴会はめちゃくちゃになるのだが、最後には・・・。

 という風に、頭に来るのは分かるけど、まあまあ、ということの出来ない(我慢が効かない)人々の
残念なストーリーだ。(残念ばかりではないが)
 そういう気分、分かるよなあ、と思いつつここまでは自分は出来ないけど・・などと観る人は胸に手を
当てて思うに違いない。辛辣な映画、「意外な展開」が面白い映画である。どこか芥川龍之介の世界観に
通じるもがあるのかもしれない。個人的には、山道の二台のクルマと男たちの物語「エンスト」が一番
締まっていて面白かった。ラストの「Happy Wedding」は、ちょっと間延びしすぎの感あり。
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<ストーリー>
「スイッチ1 :おかえし」モデルの女が仕事で指定された飛行機に乗ると、隣の席の男が彼女の元カレを
知っていた。さらに乗客全員が彼と関わりがあることが判明、しかもみんな彼にひどい仕打ちをしていた。
そしてCAの一言に機内は凍りつく……。
「スイッチ2:おもてなし」レストランで働くウェイトレス。ある日、父親を自殺に追いやり、母親を誘惑
した高利貸しの男が来店する。恨みが再燃した彼女は、同僚が提案した殺鼠剤入りの料理を出すが、男は
それを食べても平気だ。そこへ男の息子がやってきて意外な行動に出る……。
「スイッチ3:エンスト」山に囲まれた一本道を新車で走り抜ける男。追い越しを邪魔するボロ車を抜き去り、
捨て台詞を吐く。ところがパンクしてしまい、タイヤを取り換えていると、さっきのボロ車が追いついてくる。
運転手に新車をボコボコにされた男は、とんでもない逆襲に出る……。
「スイッチ4:ヒーローになるために」ビルを爆破する職人の男の車が、駐車禁止区域でもないのにレッカー
移動されていた。翌日、陸運局の窓口で訴えを無視され大暴れすると、その姿がハデに報道され会社を
解雇される。さらに妻には離婚を言い渡され、職探しで停めていた車を再びレッカー移動されると、男はある
計画を思いつく……。
「スイッチ5:愚息」裕福な男の息子が人を轢いてしまう。男は顧問弁護士に相談し、使用人に50万ドルで
身代わりになってもらう。しかし検察官にばれ、100万ドルで買収する。弁護士、使用人、検察官がさらに金や
マンションを要求してきて、男は息子に自首しろとキレる。男と金の亡者たちの交渉は……。
「スイッチ6:HAPPY WEDDING」結婚式の最中に、花婿が招待した同僚が浮気相手だと気付いた花嫁。
泣きながら屋上に出た彼女は、休憩していたシェフとコトに及ぶ。そこに花婿が来るが、開き直った花嫁は
「全財産はぎ取ってやる!」と恫喝して会場へ。彼女は浮気相手に復讐を果たすが、式の終わりにはまさかの
結末が……。(Movie Walker)

この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=351751#1こちらまで。

# by jazzyoba0083 | 2016-09-13 23:20 | 洋画=さ行 | Trackback | Comments(0)

●「ホテル・ニューハンプシャー The Hotel New Hampshire」
1984 アメリカ Woodfall Film Productions and more.Dist.,Orion Pictures.104min.
監督・脚本:トニー・リチャードソン 原作:ジョン・アーヴィング
出演:ジョディ・フォスター、ロブ・ロウ、ポール・マクレーン、ボー・ブリッジス、ナターシャ・キンスキー他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>

「ガープの世界」で知られるアメリカの現代作家ジョン・アーヴィングの原作に依る。
独特の世界観を持つアーヴィングの、アメリカ現代文学の金字塔とまで云われる原作に対し、
映画の方は同じ著者の「ガープ~」に比べると、今ひとつ評判にならなかったのは、作家の
持つニュアンスが映像では上手く言い切れなかったということか。

 突拍子もないアーヴィングの世界に恐れをなして、原作も未読であるが、社会的にも
マイナーな(少数派)存在である人々が繰り広げる不思議な世界観には、やはりついて
行くのは難しかった。途中で挫折しかけたが、それでも最後まで見切れたのは、登場する
人物たちのキャラクター付けと事件のありようが面白かったから、ということになろうか。
 
 アメリカの映画批評サイト、RottenTomatos でも、評論家の評価は高いものの、
一般のひとのそれはあまり高くない。前知識なしで見た人の戸惑いを示しているのでは
ないだろうか。Amazonに掲載されている書評によれば、原作本は極めて高い評価を
受けている。ということは映像化に際し、やはりどこか原作の持つニュアンスを表現し切れて
いなかったということなんだろうと推察できる。原作のダイジェストを読むと、本映画は
原作をかなり忠実にトレースしている。だが、具体的な映像として全体を見ると、それぞれの
キャラクターが明確になり過ぎで、メタファー(隠喩や暗喩)の固まりのようなアーヴィングの
世界をむしろあからさまに表現しすぎた(結果として表現してしまった)ことに難点の
一つがあるか、とも思うのだ。

 アメリカ現代作家がその著作を通して表現しようと試みたことが本作からどう見えるのかは
映画は良く語っていると思う。すなわちアメリカという社会の、マイナーな人たちに対する過酷な
面。それでも生きていかなくてはならない彼らの人生の苦悩、夢を見続けることに必要なエネルギーの
あまりの大きさ、本作に出てくる一家の面々は、ユーモアを持ちつつ苦闘はするのだが、
所詮「人生はお伽話」「それでも人生は続く」のである。
 繰り返すが、それらがジョディー・フォスターの、ロブ・ロウの、ナターシャ・キンスキーなどの
俳優のキャラクターと重なる時、ニュアンスとしてまた別のものが発生しているような気がする。

 それぞれの家族に起きる「突拍子もない」不幸な事件とそれぞれの対応は、現代アメリカが抱える
社会的な問題のメタファーであり、その嵐に対し、何回も建て替えられるホテルは一家の「防空壕」的な
役割をなすのである。母が死に、父も失明、子供たちも自殺し、事故死し、ユーモアがある割には
決して平穏ではない。家族の構成員たちと彼らに起きる事件事故は、アメリカ社会を捉える時に
必要な方程式である。愛犬ソロー(Sorrow=悲しみ)の死さえも。「悲しみの死(!)」
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<ストーリー:物語の全部が記載されています>
第2次大戦前夜の1939年。ハーバード大学入学をめざすウィン・ベリー(ボー・ブリッジス)は、
メイン州アーバスノットのホテルでアルバイト中に、同郷のメアリー(リサ・べインズ)と出会い恋に
おちた。そこはユダヤ人フロイト(ウォーレス・ショーン)と熊の曲芸を売りものにしているホテルだった。

ウィンは、いつしか熊のいるホテルを経営したいと思うようになっていた。メアリーと結婚したウィンは
5人の子供の父親になった。ウィンは、祖父アイオワ・ボプ(ウィルフォード・ブリムリー)がフットボールの
コーチをしている高校で教師をしていたが、家族全員がいっしょにいられることを理由にいよいよホテル経営に
のり出した。
メアリーの母校である女学校を買いとって改築されたホテルは、「ホテル・ニューハンプシャー」と名付けられる。
子供たちは、このホテルで成長していく。同性愛者の長男フランク(ボール・マクレーン)、美しくてしっかり
者の長女フラニー(ジョディ・フォスター)、姉を熱愛する次男のジョン(ロブ・ロウ)、成長のとまった
文学少女の次女リリー(ジェニー・ダンダス)、そして耳の不自由な三男エッグ(セス・グリーン)。

ハロウィンの夜、フラニーは、彼女に好意を寄せていたフットボール部のダブ(マシュー・モディーン)と
その仲間にレイプされる。こうした様々な出来事や青春の悩みに戸惑いながらも、月日は流れていった。

はじめは順調だったホテル経営も祖父の急死の頃から傾き始めた。そんなある日、消息の絶えていたフロイトから、
熊のいるホテルを手に入れたので、ウィーンに来て経営を手伝って欲しいと連絡が入る。こうして一家は
オーストリアに渡ることになった。しかし、メアリーとエッグが途中飛行機事故に遭い死んでしまう。
ウィーンは予想に反してすさんでいた。フロイトはナチの為に盲目になっており、熊のぬいぐるみを着た
内向的な娘スージー(ナスターシャ・キンスキー)は心に深い傷を持っていた。

なじみのない土地でホテルのたて直しに心血を注ぐ一家。だが、第2の「ホテル・ニューハンプシャー」も
軌道にのった頃、ホテルをアジトとしていたエルンスト(マシュー・モディン2役)を中心とするテロリスト
たちが、一家を巻き込んだオペラ座爆破を企んでいた。一家は、すんでのところで事件を未然に防ぐが、
フロイトは命を落とし、ウィンも視力を失った。オペラ座を救った一家として、また同時に、リリーが書いた
一家の物語『大きくなりたくて』がベスト・セラーになったため、一躍有名となった一家はスージーを連れて
アメリカに戻った。

全てが順調に運び、豊かな生活を送る中、フラニーとジョンは、遂に姉弟の一線を超える。しかし、2作目の
小説が成功しなかったリリーは、“大きくなれなくてごめんなさい”という言葉を残してホテルの窓から飛び
降り自殺をしてしまう。多くの愛する者たちを失ったベリー一家は、遂に思い出の地アーバスノットにたどり
着いた。ウィンが抱き続けてきた夢が、ようやく実現したのだ。
フラニーは、一家を何かと助けてくれていた黒人のジョーンズと結婚し、姉への想いをふっきったジョンは、
新たにスージーと愛を育む。彼の愛に支えられ、スージーはようやくぬいぐるみを脱ぎ捨てた。彼らの新しい
人生が新たな「ホテル・ニューハンプシャー」で始まろうとしていた。(Movie Walker)

この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=21586#1こちらまで。


# by jazzyoba0083 | 2016-09-12 23:15 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)