●「スター・ウォーズ/最後のジェダイ  Star Wars :Last Jedi」
2017 アメリカ Lucasfilm,Ram Bergman Productions,Walt Disney Pictures. 152min.
監督・脚本:ライアン・ジョンソン  製作総指揮:J・J エイブラムズ他
出演:マーク・ハミル、キャリー・フィッシャー、アダム・ドライバー、デイジー・リドリー、ジョン・ボイエガ他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
素直に面白かった。時間がちょっと長すぎじゃないか、と不安だったが、そんなこともなかった。
最近の空想科学モノ、ヒーローモノはいろんなキャラクターがごちゃごちゃ出てきて、ストーリーが
とっちらかってしまい何が何だか良くわからない、という隘路に入っていると感じているのだが、今年
見たMARVELもDCも、原点回帰というか、ストーリーを単純に、善悪の構図を明確単純にし、活劇も観ていて
分かりやすくなってきたな、と感じていた。ま、SWファンには同列にするなと叱られそうだが、
SWシリーズも、主人公の交代に至るEP7までは、まだまだストーリーが複雑に階層をなしていて、
単純でワクワクする「男の子映画」(女の子を馬鹿にしているわけではなく、ものの言いようとして)に
なりきれていない恨みをずっと感じてきた。

ところが、本作では明らかに世代交代が進み、ハン・ソロやダースベイダーは過去の人であり、本作において
いよいよルークやレイアの退場となっていく。そして新時代はラストシーンの少年のアップに象徴されるように
カイロ・レンやレイ、フィンらの世代になっていくのだということを強く印象づけた。文字通り二世の時代。

共和国軍レジスタンス(ジェダイ・オーダー)対ファーストオーダーという善悪の構図の中で展開される
活劇も敵味方がはっきりしているので観ていて分かりやすく、「第七騎兵隊的」カタルシスも効果を十分に
発揮出来ている。ただ、欲を言えば、単純で平板に陥ってしまった恨みは残った。簡単にやられてしまう
スノークって一体?とか。4~6のダースベイダーが持っていた絶対的な恐怖感というものは本作にはない。
そのあたりに軽さが出てしまったのかもしれない。ベネチオ・デル・トロの中途半端な登場もマイナスだ。
アジア系のローズは、顔と役柄がマッチしていなくて、(下手したらお笑い系)ミスキャストじゃないかなあ。
冒頭で死んじゃう姉ちゃんのほうが美人だったような。

単純で分かりやすいと平板になり、ストーリーを多層化すると話が見えなくなり、と難しいのではあるが。
それのバランスが出来た脚本と演出であれば★9個は進呈できた。
それと、「アルマゲドン」ではないのだから、特攻自爆的な自己犠牲への昇華という戦いは、一見美しいように
思えるけど、私は決して好きではない。夢と希望のあるSWならば、特に命を簡単に捨てる攻撃は賛成できない。

さはさりながら、本作、冒頭のその後に登場するキャラクターの前触れ的な役目もこなしつつ、掴みはOK。
そしてレイとルーク・スカイウォーカーの対峙。さらにカイロ・レンの悩みと今後の行動(は謎だ)、
今はなきレイア率いる共和国レジスタンス軍とフィンの活躍。どこか黒澤映画の脚本のような展開が日本人と
して理解しやすく、勧善懲悪、次作への引張り、カタルシスの提供、伏線の埋め方など、家族連れでいっても
お父さんは子供に説明しなくてもいい展開となっている点を評価したい。

私の住んでいるあたりは、まだIMAX 3Dの上映が始まっておらず、始まったらもう一度観てこようと思う。

個人的にはキャリー・フィッシャーの姿に胸痛めつつ、今年は大活躍で何本観ただろうアダム・ドライバー、
そして、その男前が大好きなデイジー・リドリー。今年はもう人の男前「ワンダーウーマン」のガル・ガドットと
並び、個人的に今大好きな女優さんである。 最初のEP4の公開が1977年だから40年も経てばマーク・ハミルも
歳を取るのは当たり前。その初老になった風貌はかつてオビ=ワン・ケノービらのジェダイが持っていた
雰囲気と映画の中のポジションを獲得しているわけだから、貴重な存在であり、また本作のなかでも重要な
ポジションを与えられていたわけだ。

宇宙活劇ものとしては標準以上の出来であり、先述のように家族連れで楽しめる娯楽作であることは確かで、
次回作への楽しみも残してくれた。ちなみに映画の中で私がクスッと来たのは、観た人は分かるだろうけど
フィンの「このメッキ頭!」というセリフと、レジスタンス軍の戦闘機が古すぎて、床が抜けるシーンだった。
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<ストーリー>
SF映画の金字塔「スター・ウォーズ」サーガの新3部作の幕開けとして2015年に公開され、世界中で空前の
大ヒットとなった「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」のその後を描く続編。
ついにフォースを覚醒させ、伝説のジェダイ、ルーク・スカイウォーカーと出会ったレイを待ち受ける驚愕の
運命と、ファースト・オーダーとレジスタンスの戦いの行方を描く。
主演は引き続きデイジー・リドリー。共演陣にはアダム・ドライヴァー、ジョン・ボイエガ、オスカー・
アイザック、マーク・ハミルら前作の主要キャストのほか、ローラ・ダーン、ベニチオ・デル・トロ、
ケリー・マリー・トランらが新たに参加。
なお2016年12月に他界したキャリー・フィッシャーは本作がシリーズ最後の出演作となる。
監督は新たに「LOOPER/ルーパー」のライアン・ジョンソン。

 レイア将軍率いるレジスタンスはファースト・オーダーの猛攻に晒され、基地を手放し決死の脱出を図る。
その頃、レイは伝説のジェダイ、ルーク・スカイウォーカーを連れ戻そうと説得を試みていた。
あるトラウマから心を閉ざし、ジェダイの訓練を請うレイに対しても頑なな態度を崩そうとしないルーク
だったが…。(allcinema)

<IMDb=★8.0>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:93% Audience Score:57% >




# by jazzyoba0083 | 2017-12-17 11:35 | 洋画=さ行 | Trackback | Comments(0)

●「フィラデルフィア物語 The Philadelphia Story」
1940 アメリカ Metro-Goldwyn-Mayer Studios 112min.
監督:ジョージ・キューカー   原作:フィリップ・バリー
出演:キャサリン・ヘプバーン、ケイリー・グラント、ジェームズ・スチュワート、ジョン・ハワード、
   ルース・ハッセイ他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
この前に観た1971年製作の「ラスト・ショー」もそうだが、本国での評価は極めて高く、オスカーも
獲っている作品。本作は主演男優賞(スチュワート=これについては少々疑問符がつくと思うが)、
脚本賞を獲得している。両作品ともRotten Tomatoesでは批評家からは100%の支持が付いている。

で、何がいいたいかというと、アメリカの国情というか時代の雰囲気を実際に理解できないと、なかなか
評価は難しい作品もある、ということと、気の利いたセリフの応酬が面白さの肝の劇場由来の作品において、
字幕では作品のもつニュアンスは的確にフォロー仕切れないと思うのだ。
この「フィラデルフィア物語」は私にはそれに該当し、もちろん日本でも高評価をする人も多いが、私には
冒頭のシーンとラストカット以外はあまり心が動かなかった。

恋愛コメディではあるが、ベースはハイソサエティーのお話であり、所詮お金持ちのわがまま女が、3人の
男の間で心を入れ替える(短い時間で変われるものか、というツッコミも出来る)物語。

特にジェームズ・スチュワートとヘプバーンの間が濃くなるまでが退屈。別れた夫グラント、結婚式を
控えたハワード、そして記者スチュワート。グラントはヘプバーンに未練がある。取材に来たスチュワートは
ヘプバーンに惹かれていく。もともと気が進まない結婚で婚約者のハワードには冷たいヘプバーン。
そんな構図の中で、ヘプバーンは荒んだ心のまま酒の勢いでスチュワートとプールで泳いだりして
(何もなかったのだが)一夜を過ごす。当然婚約者は怒る。結婚式は今しも開会のメロディーを奏でて
いる。僕が代わりにと言い寄るスチュワートだが、ヘプバーンはNO、近くにいるカメラマンの女性に
気が付きなさい、貴方を思っている彼女を、と鈍いスチュワートを諭す始末。別れたもののお互いに憎からず
思っていたグラントとヘプバーンは急遽元の鞘に戻る結婚式に臨むのであった。

というストーリーなのだが、まあ、一番可愛そうなのは婚約者のはワードで、なんら落ち度がないのに
結婚式当日に恥をかかされた。慰謝料ものだろうなあ。ハワードはもともとの金持ちではなく一応努力で
今の地位を獲得した男なのに。ヘプバーンの父親は石油王で、甘やかして育てたのだろなあ、結婚式当日に
相手が変わっても騒ぎすらしない。大らかというか金持ちけんかせずというか。

1940年代、鉄鋼や石油、自動車で産業の構図が変わり、アメリカにも富豪という存在が生まれ、庶民との
階層が出来た頃だ。そういう頃の雰囲気を理解せずしてこの映画を真から理解するのは難しいと思う。
確かにヘプバーンが、男を見る目を確かなものにしていく(のかなあ)過程は教訓的ではあるが、どこか
能天気で、悪びれない。これをリメイクしたミュージカル「上流社会」の方が、能天気を突き詰めた分だけ
娯楽作として楽しく観られる。
再度言うが、本作はもともと舞台劇であり男女のセリフの怒涛のようなやりとりが面白みの肝な劇であるため、
字幕ではニュアンスをフォローしきれない部分があるようだ。その点でも日本での評価は本国並みという
わけにはいかないのではないか。

本作を語るときには「巨匠ジョージ・キューカーの不滅の名作コメディ」との惹句が付くが、それは間違いないと
しても、我が国でそれがそのまま無邪気に受け入れられるかといえば、上記2つの大きな理由でクエスチョンが
付くのではと感じるのである。キューカーの演出、名優3人の演技、キャメラの技など優れている部分も勿論多い。
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<ストーリー>
フィアデルフィアの大富豪ロード家の長女トレイシーは、同じく上流のG・K・デクスター・ヘイヴンと恋愛に
おちて結婚したが、たちまち破境の嘆きを見た。それはトレイシーが世間知らずで、人の欠点を許容することが
出来ず、完全な人格を相手に求めるところに原因して、デクスターがやけ酒を飲みすぎたのが直接の動機だった。

しかしデクルターはなお彼女を愛している。そのトレイシーが貧困から身を起こして出世したジョージ・キット
リッジと結婚することとなる。スパイという黄表紙雑誌の記者となり、南米へ行っていたデクスターは、
トレイシーが間違った結婚をするのを助けようと帰ってくる。彼はスパイの記者マコーレイ・コナーと
その恋人で写真班のエリザベス・イムブリーを、南米にいるトレイシーの弟の親友だといってつれて来る。
コナーは小説家であるが、パンのためにいやいやスパイの記者をしている男で、フィラデルフィア名門の
結婚式の模様などをすっぱ抜き記事にしたくなかったのである。

さてデクスターをいまだに怒っているトレイシーは、彼のお節介に腹を立てたが、断ると父のあるダンサーの
ことをスパイが発表するというので、彼らを表向き客として泊めることになる。父のセスが別居しているのも、
トレイシーが完全人格を望むくせで、母に無理矢理に追い出させたのである。花婿たるベキトリッジは、
トレイシーを理解していないし、名門との縁組を最も関心事としているがトレイシーはそれに気づかず、
立派な人格者として見ている。

ところがデクスターのとコナーのあけっぴろげの愛すべき性格は、トレイシーの目を少しばかりあけた
ようであった。そして結婚式前夜のパーティーで、トレイシーとコナーはシャンパンを飲みすぎ、2人は暁近く
恋を語り、二度ほどキッスする。そしてプールへ泳ぎに行き、酔い倒れたトレイシーを抱いてコナーが戻って
くるところに、デクスターとキトリッジが来合わせた。デクスターには分かったがキトリッジはコナーの話しを
信じなかった。それで翌日トレイシーはキトリッジとの婚約を破棄した。今は人間には欠点ありと悟った彼女は、
デクスターがどんなに彼女に適した男であるかが分かり彼と結婚式をあげる。(Movie Walker)

<IMDb=★8.0>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:100% Audience Score:93%>




# by jazzyoba0083 | 2017-12-16 22:30 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「アニーよ銃をとれ Annie Get Your Gun」
1950 アメリカ Metro-Goldwyn-Mayer. 107min.
監督:ジョージ・シドニー  脚本:シドニー・シェルダン
出演:ベティ・ハットン、ハワード・キール、ルイス・カルハーン、J・キャロル・ネイシュ他
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<評価:★★★★★★★★★☆>
<感想>
今日は月イチの市が開催する映像鑑賞会。この半年は古いミュージカルシリーズで、今日午前の
出し物が「アニーよ銃をとれ」だった。
この時期のMGMものは大好きなれど、たまに鑑賞が抜け落ちているものがある。本作もそれで、
これに続く「ショウほど素敵な商売はない」は観ているのだが、今回は初見であった。

この映画調べるといろいろと面白いことが分かってきて、ますます興味深くなったDVDを買おうかしら、
とも思う。まず主演の実在の女性ガンマン、アニー・オークリーを演じたベティ・ハットンだが、まさに
本作が彼女のピークとも思える演技と歌が素晴らしい。小柄でそう美人という訳でもないのだが、愛すべき
キャラクターを十分に発散。吹き替えをしない乗馬シーンやその歌声など、今見ても一級品の芸・演技で
ある。その後はあまり作品に恵まれず、もともとブロードウェイでの舞台劇であったこの作品のその舞台で
アニーを演じ、その後「ショーほど~」にも主演する御大エセル・マーマンにかなり意地悪されたり、テレビの
世界に軸足を移したことが裏目に出たりして本作からほどなく引退してし消息不明となってしまう。

本来この映画のアニーにはジュディ・ガーランドがキャスティングされていたのだが、彼女は当時精神が
安定しておらず、急遽代役としてキャスティングされたのだが、本作こそ大ヒットとなったがその後は、
ガーランドはいろいろあったが銀幕に復帰したがハットンはついに戻ることはなかった。惜しい人材では
ある。

この映画が不滅の価値を獲得しているのは、シドニー・シェルダン(後述)の、王道なストーリーの中にも
細かい笑いのシーンを入れ、コメディエンヌの才覚も有るベティ・ハットンがそれを上手くこなしている点、
またストーリーに乗せて歌われるアメリカのポピュラー音楽の巨人アーヴィング・バーリンの今やスタンダードと
もなっている名曲の数々、さらに発色がいいテクニカラーの映像、当然ジョージ・シドニーの演出と
それぞれが上手く組み合わさって相乗効果を出している点であろう。

脚本家シドニー・シェルダンはその後「ゲームの達人」で注目されるのであるが、もともとは映画の脚本家で
名作「イースター・パレード」「Anything Goes」を始め、テレビの世界では「可愛い魔女ジニー」の
企画・原作・製作・脚本を手がけている。

巨人アーヴィング・バーリンはブロードウェイとこの映画のために曲を書いたが、多くの曲がスタンダードと
なっている。(リチャード・ロジャーズとオスカー・ハマースタイン二世は舞台の製作)ジョージ・ガーシュイン、
ジェローム・カーン、リチャード・ロジャーズ、オスカー・ハマースタイン、そしてコール・ポーターと並ぶ
いわゆる「ティンパンアレイ」出身のポピュラーソング作曲家で彼らが作った多くのブロードウェイミュージックは、その後ジャズやアメリカンポップスのスタンダードとなった。
本作を手掛けたアーヴィング・バーリンといえば、「ホワイトクリスマス」が我が国では有名だ。

本作の見所は先程から行っているように、ベティ・ハットンの身体能力も高い演技と、コメディエンヌの
才能も有るコケットな面白み、今では「くさい」とも言われてしまうが安心の王道なよく出来たストーリーと
安定した演出、名曲の数々と上手い歌。映画そのもののハッピーエンドも含め、幸福なアメリカの50年代を
象徴するような、悪い言葉で言えば「能天気」な映画であるが、古き良きハリウッドの楽しさ、価値はこうした
ところにある。

ただし、この映画には先住民(インディアン)が重要な位置を占める(バッファロー・ビルのショーには
インディアンは欠かせない。)が、彼らの描き方はティピカルなヒールであり、白人を殺す(本作では
あくまでもショーの団員でいい人ばかりなのだが)存在。アメリカ西部開拓史は、先住民からの搾取・略奪・
ごまかしの歴史であるため、字幕でもしょうがないところはインディアンと使っているがそうでないところは
先住民としている。このような描き方は、現代にあって、いくら昔の映画、舞台、の話とはいえども、
彼らの理解を得るには努力が必要なはずだ。またバーリング側との曲の著作権を巡るいざこざで長い間
DVDにもならなかったのだそうで、今これを観られる私たちは、先住民のことを思いつつ観るにしても、
幸せなことだ。
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<ストーリー>
1946年以来ニューヨークで大当りをとった、リチャード・ロジャース=オスカー・ハマースタイン・2世製作の
同名のミュージカル・プレイを映画化した、1950年度色彩音楽映画の代表作。原作はハーバート及びドロシー・
フィールズ(「春を手さぐる」)、これを「イースター・パレード」のシドニー・シェルドンが脚色し、
最近音楽劇専門のジョージ・シドニイ(「赤きダニューブ」)が監督している。

作詞作曲は「イースター・パレード」のアアヴィング・バアリン、ミュージカル・ナンバーは同じく
「イースター・パレード」のロバート・アルトンが担当する。撮影はチャアルズ・ロシャア、音楽監督は
「大雷雨」のアドルフ・ドイッチェ。「腰抜けと原爆娘」のベティ・ハットンがアニイに扮して活躍の他、
相手役はMGM新進のハワード・キール、以下「赤きダニューブ」のルイス・カルハーン、「群衆」の
エドワード・アーノルド、「ジャンヌ・ダーク」のJ・キャロル・ナイシュ、「恋愛放送」のキーナン・
ウィンらが共演する。

バッファロ・ビル(ルイス・カルハーン)の西部ショウ一座がシンシナチの町に乗り込んで来た時、ホテルで
座の2枚目スター、フランク・バトラア(ハワード・キイル)を見そめた山の娘アニイ・オークリイ
(ベティ・ハットン)は、ショウの射撃競技でフランクを打ち負かし、憧れの彼とともに一座に加わって
旅することになった。

旅の日数が増えるに従いアニイは見ちがえるような美人となってフランクの愛をかち得ることに成功するが、
仕事の上では彼女の方がすべてに立ちまさって、スタアダムの位置を奪われたフランクは何かにつけて失意の
日を送るようになった。
アニイの名射手振りに惚れこんだインディアン酋長シッティング・ブル(J・キャロル・ナイシュ)は彼女を
養子に迎え、ますます意気あがった彼女はヨーロッパ興行でも人気を高めるばかりであった。一方商売仇の
ポウニイ・ビル(エドワード・アーノルド)一座に転じたフランクは、帰国したバッファロ・ビルと共演
することになり、2人はニューヨークで再会するが、しばらく意地を張り合っていたアニイも、呼びもの
射撃競技では勝ちをフランクにゆずり、天下晴れて手をとり合った。(Movie Walker)

<IMDb=★7.0>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:100% Audience Score:67% >





# by jazzyoba0083 | 2017-12-14 11:50 | 洋画=あ行 | Trackback | Comments(0)

●「オリエント急行殺人事件  Murder on the Orient Express」
2017 アメリカ  Twentieth Century Fox,Mark Gordon Company,Scott Free and more. 114min.
監督:ケネス・ブラナー  原作:アガサ・クリスティ=「オリエント急行殺人事件」
出演:ケネス・ブラナー、ペネロペ・クルス、ウィレム・デフォー、ジュディ・デンチ、ジョニー・デップ
   ジョシュ・ギャッド、トム・ベイトマン、ミシェル・ファイファー、デイジー・リドリー他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
1974年に名匠シドニー・ルメットによる評価の定まった佳作があるのだが、ケネス・ブラナーは敢えて
挑戦した、そのキップを買います。製作させた会社も。
私はルメット版は未見な上、クリスティのミステリは原作でも読んだことがないというひねくれものゆえ、
前作とも原作とも比較対象出来ず、本作のみの評価となることを事前にお断りしておく。というか
それが当たり前なんだろうけど。そりゃローレン・バコールやアンソニー・パーキンスやイングリッド・
バーグマンらが綺羅星の如く出演している重厚さはないだろう。

この手のミステリの王道としてミスリードっぽい伏線を幾つか埋め込んで、観客の目くらましとし、
探偵なりが、大団円において、「あっとびっくり!」な謎解きをしてみせるという、最後に向かって
どう盛り上げていくのか、テンションを引っ張っていけるのかに尽きるだろう。一人ひとりの事情説明の
シーンが繰り返されるのだが、そのセリフの往来で眠さが襲わないようにしなくてはならない。
その点で行けば、この映画は乗客のポアロによる聴取の間にもトピックを入れ、全体の筋を分かり易くし、
米国で起きた「アームストロング大佐令嬢誘拐殺人事件」へと収斂されていく持って行き方は良かった
のじゃないか。おかげさまで私は前作も原作も知らないので、全貌が見えた時に、クリスティの面白さが
見えた気がした。それならケネス・ブラナーは成功した、と言えるだろう。

現代の映画ならではのVFXを使いながらも、衣装、小物、列車の内部そのものにも安っぽさを出さず、
再現性が高く、映像も綺麗である。ケネス・ブラナーのポアロも髭が大仰だが、いい線だ。さらに
ジュディ・デンチ、ミシェル・ファイファー、ウィレム・デフォーらのベテラン勢が映画の重心を
低くしている。最近悪人面が良く似合うジョニー・デップ、ペネロペ・クルスの存在感も良かった。

恐らく最後の大団円シークエンスで、あの人があれで、あの人とこの人がこうであって、というまとめを
自分自身でなぞらないと、全体の相関図が浮かんでこないかもしれない。(浮かんでこなくても概要は
理解できるけど)

単なる謎解きに収まらず、その事件に至った人間模様がキチンと描けているのが(ミシェル・ファイファーの
存在に代表されるように)クリスティ原作に対するリスペクトになっているのではないか?
冒頭でつかみとして使われる、エルサレムの「嘆きの壁」(聖墳墓教会)で起きた盗難事件で、ユダヤ教、
キリスト教、イスラム教が絡む盗難事件では、まさに今紛争が起きているところなので思わず引き込まれて
しまった。壁に刺したステッキの効用がナイスでしたねえ。
ルメット版も観てみたくなった。

ポアロは「ナイル殺人事件」にも出動するのかな。
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<ストーリー>
アガサ・クリスティーの名作ミステリーをジョニー・デップ、ジュディ・デンチ、ペネロペ・クルス、
ウィレム・デフォーをはじめとする一流キャストの豪華共演で映画化。大雪で立ち往生したオリエント急行を
舞台に、密室の車内で起きた殺人事件を巡って、容疑者である乗客全員にアリバイがあるという難事件に
挑む名探偵エルキュール・ポアロの活躍を描く。
監督はポアロ役で主演も務める「から騒ぎ」「シンデレラ」のケネス・ブラナー。

 エルサレムで華麗に事件を解決した名探偵のエルキュール・ポアロは、イギリスでの事件解決を依頼され、
イスタンブールでの休暇を切り上げ、急遽、豪華寝台列車オリエント急行に乗車する。ほどなくアメリカ人
富豪ラチェットから、脅迫を受けているからと身辺警護の依頼を受けるが、これをあっさりと断る。

ところが深夜、雪崩で脱線し立ち往生してしまったオリエント急行の車内でそのラチェットが何者かに
殺害される。鉄道会社から調査を依頼されたポアロは、列車は雪に閉ざされており、犯人は乗客の中にいると
確信、一人ひとりへの聞き込みを開始する。しかしやがて、乗客全員にアリバイがあることが明らかになるの
だったが…。(allcinema)

<IMDb=★6.5>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:58% Audience Score:59% >






# by jazzyoba0083 | 2017-12-10 11:30 | 洋画=あ行 | Trackback | Comments(0)

SING/シング (anime)

●「SING/シング (anime)」
2016 アメリカ Illumination Entertainment,Universal Pictures. 108min.
監督・脚本:ガース・ジェニングス
声の出演:マシュー・マコノヒー、リース・ウィザースプーン、セス・マクファーレン、スカーレット・ヨハンソン
     ジョン・C・ライリー、タロン・エガートン、トリー・ケリー、ジェニファー・ハドソン他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
昨年、シネコンに行くたびに一時たくさん予告を観ていた。面白そうだけど、小屋に行くまでもないか、と
そのままになっていたところ、この度AmazonでFire TV Stickを購入。もともプライム会員であったことも
あり、これまではiPadの小さい画面で何作かは観ていたが、これで大画面で見れることになった。
その記念すべき1作めにチョイスしたのが肩の力を抜いて観られそうで、画質の確認も出来る本作。

「トイ・ストーリー」を始めとしてハリウッドのアニメはそんなに嫌いなジャンルじゃない。
製作したイルミネーション・エンターテインメントは「ミニオンズ」を当てましたね。
本作はそのイルミネーションの製作になるもので、まだこの世界では経験の浅いガース・ジェニングスが
脚本とメガフォンを取った。

しかし、CGバリバリのアニメ、音楽がメインの物語、きわどいジョーク、気の利いた笑い、など、ある意味、
これぞ現代のアメリカ映画を代表するエンターテインメントのひとつのジャンルじゃないか。
欧州や日本ではもちろん、ましてや東側の国で作るとは思えない。現在アメリカで公開中の「Coco」も音楽に
焦点を当てたアニメでこれも本国では大ヒット中だ。過去には「アナ雪」もあったし。(宮﨑駿とはベクトルが
全然違う)

それと声を担当するハリウッドスターの歌のうまいこと。これは例えば「レ・ミゼラブル」やオスカーの
表彰式などでも確認できることなのだが、こういう点は日本では真似が出来ない。

閑話休題。さて本作、観始めてしばらくは動物が主人公の街のお子様向けのアニメかなあ、と思って
観ていたのだが、何せ、選曲(フランク・シナトラ、スティービー・ワンダー、レディ・ガガから
ケイティ・ペリー、テイラー・スウィフト、クィーン、ジプシーキングス、そして我が国からも
きゃりーぱみゅぱみゅの「にんじゃりばんばん」ほかが使われる。全部で80曲を超えるとか)が
新旧取り混ぜてものすごくいいので、それに引き込まれ観続けてしまい、そのうちストーリーに引き込まれて
行った。ハツカネズミのマイクがストリート・パフォーマンス中に、いかしたメスネズミを誘うのが
サックスで演奏する「イパネマの娘」。ここは個人的にお気に入りだ。マイク(セス・マクファーレン)は
一貫してジャジーなチューンを歌う。
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ストーリーは単純で、オヤジが洗車の仕事で稼いで作ってくれた劇場は今は閑古鳥が鳴いていて、銀行からは
借金の取り立てが厳しい。そこで賞金を付けたオーディション興業を思いついたコアラのムーン。
しかし、事務を長い間任せているカメレオンのおばあさんが、印刷ミスして優勝賞金を1000ドルと
10万ドルとを間違えて撒いてしまったのでさあ大変。劇場には長蛇の列が出来てしまった。
賞金のミスを知らないムーンは予選を開始。その中から何名かの有力候補を絞った。
その候補が主たるキャラクターとしてそれぞれの悩みを抱えつつ音楽と向き合うところが感動のツボとなる。

ブタの母さん、オヤジが悪党のゴリラの青年、ハツカネズミ、ハリネズミのロッカーなど。まあアニメなんで
背景は薄っぺらいといえば薄っぺらいのだが子どもも観ること、わかりやすさを考えれば妥当な線であろう。

主役を決めて本格的に練習を開始したが、舞台装置に凝りすぎて、(背景にイカが泳ぐ大水槽を作った)
これが崩壊。洪水に襲われたように劇場は壊れてしまった。呆然とするムーンと出演者たち。

しかし、彼らは負けず、瓦礫を掃除した場所にステージを造り、野外ステージとして金銭度外視で
これまでやってきたとを披露することにした。ビラを配るもののみんなに無視され、客は出演者の家族だけ、
という状況で始めたのだが、テレビニュース班が中継する映像が評判を呼び、多くの客が押し寄せた。
しかし、トラブルを抱えた出演者のため、ギクシャクした進行となるが、ムーンの親友のヒツジの
大富豪のおばあさんが、気に入ってくれて、イベントは大成功。劇場は再建されたのだ。
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昨今のアニメの質感や、口の動きなど、目を見張るもので、水や物質の質感、陰影、アニメでしか出来ない
カメラの移動、アングル、アニメだからの強みを使って主張する「愛情と努力」の表現。アニメでしか出来ない
こと、アニメだから出来ることの良さが出ていた楽しい時間だった。これって2が出来るんじゃないかなあ。
吹替版もいいだろうけど、英語の歌詞の動きを忠実に再現する動物たちの口元は是非字幕で観てもらいたい。
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<ストーリー>
「怪盗グルー」シリーズや「ミニオンズ」のイルミネーション・エンターテインメントが声優陣にマシュー・
マコノヒー、リース・ウィザースプーン、スカーレット・ヨハンソンはじめ豪華キャストを起用し、音楽と歌の
魅力を前面に押し出して描く長編アニメーション。動物だけが暮らす世界を舞台に、それぞれに悩みを抱えた
登場人物たちが、地元の劇場で開催されたオーディションに自らの夢と人生を賭けて挑む姿を、60曲を超える
ヒットソングや名曲の数々とともに綴る。監督は自身初のアニメ作品となる「銀河ヒッチハイク・ガイド」
「リトル・ランボーズ」のガース・ジェニングス。

 そこは、動物たちが人間そっくりな生活を送る世界。コアラのバスター・ムーンは潰れかけた劇場の支配人。
彼はかつての賑わいを取り戻そうと、歌のオーディションを開催することに。すると劇場で働くおっちょこ
ちょいのミス・クローリーのせいで募集チラシに2ケタ多い優勝賞金額が書かれてしまい、劇場に応募者が
殺到する事態に。そうとは知らず大喜びのバクスター。こうして、あがり症の内気なゾウのミーナやパンクロックを
愛するヤマアラシの少女アッシュ、ギャング団のボスを父に持つゴリラの青年ジョニーら、様々な思いを胸に
秘めた参加者たちが集い、町のオーディションが盛大に始まるのだったが…。(allcinema)

<IMDb=★7.1>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:73% Audience Score:73% >





# by jazzyoba0083 | 2017-12-09 23:35 | 洋画=さ行 | Trackback | Comments(0)

●「アイヒマンを追え! ナチスが最も畏れた男 Der Staat gegen Fritz Bauer」
2015 ドイツ Zero One Film. 105min.
監督・(共同)脚本:ラウス・クラウメ
出演:ブルクハルト・クラウスナー、ロナルト・ツェアフェルト、リリト・シュタンゲンベルク、ミハエル・シェンク
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
本作はアルゼンチンに潜伏中、イスラエルの諜報機関モサドに誘拐され、イスラエルで裁判にかけられ
死刑に処せられた、ユダヤ人殲滅作戦移送指示責任者アドルフ・アイヒマンにまつわる話ではあるが、
その顛末をアクションぽく描く映画ではない。その作戦の影にあり、むしろ作戦の根回しをし成功させた
フリッツ・バウアーの人間ドラマと言える。原題が示すように「国家対フリッツ・バウアー」という構図で
描かれた映画だ。

冒頭、実写の本人が出て来る。映画の最後に説明されるが、アイヒマン誘拐作戦の裏にバウアーがいたことは
彼の死後10年経ってから明らかになったのだそうだ。モサドに誘拐させて、イスラエルにドイツでの裁判を
要求するという段取りがだめになったため、バウアーは国家反逆罪になってしまうところだった。
他の検事からは「ユダヤ人の復讐」と言われることもあるが、バウアーにとって過去と向き合い、ドイツが犯した
負を精算しなくてはならないという正義感は燃えるように強かった。冒頭の本人のセリフで曰く、
若い世代が過去の真実に向き合うことが可能であるが、親世代はそれが出来ないのだ、と。

フランクフルトがあるドイツ・ヘッセン州の検事総長バウアー博士。ユダヤ人でもある彼の1959年当時の
活躍が描かれていく。冒頭は酒と睡眠薬を飲んで風呂に入り意識を失いあやうく溺死するところから
スタート。これは後に彼を面白く思わない存在の伏線になっている。(彼らの犯行というわけではない)

部下たちにナチの戦争犯罪者の捜査を指揮する立場ではあるのだが、州政府、連邦政府の要路には、ナチの
残党が巧みにその位置をしめていて、捜査が筒抜けになる。事実自分のデスクから書類が消えるという
始末。しかし州政府の首相もバウアーの味方だったことも心強かった。

戦後日本でも公職追放が解けた後の政治家や高級官僚を見ても戦争指揮者たちが紛れ込んでいたことと
同じか、よりひどい状況がドイツにあったのだ。ナチに協力していた政治家が主要なポジションにいたり
して、もしアイヒマンのような大物が捕まり裁判になれば、芋づる式に自分たちの名前が出てきてしまう
恐れがある。故にバウアーの捜査に対しても妨害や無視が酷かった。しかしバウアーは負けない。

アイヒマンがアルゼンチンに偽名を使って潜伏しているとの情報が寄せられたのだが、これを連邦政府に
上げればたちまち逃してしまうことになると感じていたバウアーは、イスラエルに飛び、モサドに誘拐を
持ちかける。その間にも、州政府内でもバウアーの失脚を狙った動きが耐えなかった。

アイヒマンは中東に潜伏しているというニセの情報をわざわざ記者会見して流しておくという陽動作戦の
元、モサドは約束通り、アイヒマンを誘拐してイスラエルに連れてくることに成功する。
世界は大騒ぎとなる。バウアーは州首相に働きかけて、正式なルートでイスラエルに対しアイヒマンを
ドイツで裁判にかけたいから移送してほしいという要望を出させようとしたが、連邦法務省から
却下されてしまった。結局アイヒマンはイスラエルで裁判にかけられ死刑となった。

この映画がバウアーの人間ドラマである所以は、彼の全生活がナチの犯罪を許さず、ドイツで裁き、かつ
後世に伝えるとう熱意が映画から伝わったこと。また一緒に行動するアンガーマンが同性愛者であり、
バウアーの忠告(バウアーも同性愛者でありかつて逮捕された過去を持つ)にもかかわらず愛人(男)に
会いに行ってしまい、そこをバウアーの足を引っ張ろうとしている側に写真撮影されてしまうのだが、
アンガーマンは家族もいるが、バウアーの立場を守ろうと、自首していく。(対立派はアンガーマンに
バウアーがアイヒマン誘拐に関わっていたと証言すれば同性愛事件は大目に見ると条件をだす)アンガーマンに
そうした行動を取らせるバウアーの意思の強さ。結局ドイツでの裁判は実現しなかったが、後に彼の手に
より「アイシュビッツ裁判」が展開され、ドイツはナチの負の遺産と向き合うことになる。
バウアーはアイヒマンがイスラエルで裁判にかけられ「ユダヤ人がどういう目にあったか」が明らかに
されることより、ドイツで裁判を受けさせ「ドイツ人が何をしたか」を明白にしたかったのだ。
自分がユダヤ人であったこと、それにより逃亡生活を余儀なくされていたことなども下地にあったのだ
ろうけど、バウアーがいなければ、と思うと今のドイツがどうなっていたのかいささか恐ろしくなる。
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<ストーリー>
ナチスの最重要戦犯アドルフ・アイヒマン捕獲作戦の影の功労者フリッツ・バウアーにスポットを当てた
実録ドラマ。1950年代後半のドイツ・フランクフルト。検事長フリッツ・バウアーのもとに、逃亡中の
ナチス親衛隊中佐アイヒマン潜伏に関する手紙が届く。
出演は、「ヒトラー暗殺、13分の誤算」のブルクハルト・クラウスナー、「あの日のように抱きしめて」の
ロナルト・ツェアフェルト。監督・脚本は、「コマーシャル★マン」のラース・クラウメ。

1950年代後半、ドイツ・フランクフルト。検事長フリッツ・バウアー(ブルクハルト・クラウスナー)は、
ナチス戦犯の告発に執念を燃やしていた。そんな彼のもとに、逃亡中のナチス親衛隊中佐アドルフ・
アイヒマンがアルゼンチンに潜伏しているという重大な情報を記した手紙が届く。
バウアーはアイヒマンの罪をドイツの法廷で裁くため、国家反逆罪に問われかねない危険も顧みず、
その極秘情報をモサド(イスラエル諜報特務庁)に提供する。しかしドイツ国内に巣食うナチス残党に
よる妨害や圧力にさらされ、孤立無援の苦闘を強いられていく。(Movie Walker)

<IMDb=★7.1>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:85% Audience Score:76% >





# by jazzyoba0083 | 2017-12-07 22:55 | 洋画=あ行 | Trackback | Comments(0)

●「ハンズ・オブ・ラブ 手のひらの愛 Freeheld」
2016 アメリカ Double Feature Films,Endgame Entertainment and more.103min.
監督:ピーター・ソレット   原案:シンシア・ウェイド ドキュメンタリー映画「Freeheld」
出演:ジュリアン・ムーア、エレン・ペイジ、マイケル・シャノン、スティーヴ・カレル、ルーク・グライムス他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
2007年にアカデミー賞短編ドキュメンタリー映画賞を獲得した同名の作品の実写映画化作品。
どのくらい脚色されているのかわからないけれど、話を構成するメンバーが劇的であるので、ストーリー
そのものが面白い。本国での評価はあまり芳しくないが、私はドキュメンタリーは未見だが、興味深く
観ることが出来た。実際にあった話は、映画として事実の持つ重みを持つちからに下駄を履かせてもらって
いるので、全体の面白さから若干割り引いて評価するのが私の常であるが、そうしたタイプの映画でも
感動深く描けている作品は、演技者、演出を含め、標準以上の完成度で、やはり映画として出来がいいといえる。
事実の重みだけでは傑作は出来ないのだから。

先日は女性の親友同士の片割れがガンになる「マイ・ベスト・フレンド」を見たばかりだった。同じような
ストーリーであるが、こちらはLGBTとして正義に向き合うという決定的に異なる側面を持つ。
まだLGBTということばすら一般的でなかった時代、ニュージャージーの田舎町で起きた「事件」がメイン
テーマ。古典的結婚感から出ている法律を、勇気を持って変えていく人々の話、といってもいいかも
しれない。この街の敏腕刑事ローレル・へスター(ムーア)が自分の遺族年金をパートナーである
ステイシー・アンドレ(ペイジ)に遺したいと主張するが、当時の公務員年金の決まりでは結婚した相手
でないと、それは出来ない決まりだった。末期の肺がんに侵されたローレルは、郡政委員会に訴えるが
聞き入れてもらえない。彼女とその仲間の本当の戦いが始まるのである。

長年刑事の相棒であったデーン(シャノン)が、ローレルがレズであることを知らずに密かに恋心を
抱いていたのだが、ある日ステイシーを紹介され、怒って見せるが、その後のローレルを支える有力な
戦友として、いいポジションでいい演技だった。最近シャノンの活躍している映画をよく目にする。
(私が彼の存在に注目し始めたのはテレビ映画(日本ではWOWOWで放映)「ボードウォーク・エンパイア」で
あった)
ステイシーのママ、ローレルの妹、ステイシーが勤務する自動車整備工場の経営者、郡政委員の一人、
あの時代にあっても味方がいたことが心強かっただろう。(真実なんだろうと思うが)。
最後にローレルを支持する街の警察官の仲間たちやカミングアウトした警官たちも応援に回る。
ハラハラさせたのはよそから「同性婚」を認めさせるいいケースだという打算の元に応援に乗り込んでくる
全米同性愛連盟かなんかのスティーヴ・カレルの存在だった。騒ぎすぎでローレルの主張を壊してしまう
のではないか、と。最終的には彼が知事と知り合いだったことが大きな影響を持つことになるのだが。

署長が自宅に来て、郡で初めての女性警部補昇進を告げるところとか「駆けつける第七騎兵隊」的な
カタルシスは、いささか単純だったかな、という恨みは残ったが、郡政委員の年金の二重受給という弱みを
握ったデーンとローレル側が、年金をステイシーに、という決定をもたらす結果となった。
ジュリアンとシャノンの演技についてはジュリアンが外見からはレズとわかりづらかったが、ステイシーは
登場した瞬間にそれと分かる塩梅。まあ実際にエレン・ペイジはレズなので、醸し出すものが違うのかも
しれない。(これは別にLGBTを差別しているわけではなくて)

作品を通して、周りの喧騒とは別にローレルとステイシーの愛情は静かに(セックスシーンは殆ど無い)
流れていく。それが逆に二人の愛情の深さと、提示されている問題の深さを浮き彫りにしている。
LGBTに対する厳しい状況もそんなにきつく描かれず、逆に味方が多いふうに示されるのだが、本当ならば
仕方がないが、もうすこしキツめに描いても良かったのでは無かったか。
それとこの手の映画の常道としてラストに実際のローレルとステイシーがスチル写真で紹介されるが、これは
必要だったかなあ、という感じだった。

死を淡々と受け入れつつ正義を貫こうとするローレルに感動は感じたが、全体に訴えるチカラが若干弱かった
かなあ、という作品だった。
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<ストーリー>
ニュージャージー州オーシャン郡。20年以上仕事一筋に生きる女性警察官ローレル(ジュリアン・ムーア)は、
ステイシー(エレン・ペイジ)という若い女性と恋に落ちる。二人は徐々に絆を深め、郊外に中古の一軒家を
購入し一緒に暮らすことに。
しかしローレルにガンが見つかり、余命半年と宣告される。ローレルは自分が死んだ後もステイシーが二人の
思い出が詰まったこの家で暮らせるよう、彼女が遺族年金を受け取れるようにしようとする。しかし法的には
同性同士のパートナーは認められなかった。闘病しながら制度改正を求めるローレルの訴えは同僚たちや地域の人々、さらには全米に広がり、社会的なムーブメントとなる。(Movie Walker)

<IMDb=★6.5>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:48% Audience Score:53% >







# by jazzyoba0083 | 2017-12-05 22:55 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

フェンス Fences

●「フェンス Fences」
2016 アメリカ Bron Studios,Escape Artists,MACRO,Paramount Pictures,Scott Rudin Productions.139min.
監督・(共同)製作:デンゼル・ワシントン 原作戯曲・脚本:オーガスト・ウィルソン
出演:デンゼル・ワシントン、ヴィオラ・デイヴィス、スティーヴン・マッキンリー・ヘンダーソン、
   ジョヴァン・アデポ、ラッセル・ホーンズビー、ミケルティ・ウィリアムソン他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
本作でヴィオラ・デイヴィスはオスカー助演女優賞を獲得。作品賞にもノミネートされていた。
が、何故か劇場未公開。単館でさえ上映されなかった。珍しいケース。余程客が入らないと
思われたか、米国配給元が、かなり高い値段を言ってきたか。もったいない。

という前知識で観始めたが、これ、もともとブロードウェイの舞台劇で、デンゼルを始め主なキャストは舞台も
勤め、デンゼルとヴィオラはこちらでもトニー賞を獲っている作品。場面転換の少なさとか、セリフの多さは
やはりオリジナルは舞台劇だなあ、と思わせる。特に冒頭から1時間以上、まあデンゼル扮する主人公の
トロイは喋りっぱなし。何か重要なセリフを落としては大変と字幕を一生懸命追いかけるのに苦労する。
音楽と映像で見せるようなシーンは殆ど無い。膨大なセリフの殆どは大した意味がないのでこれまた疲れるわけだ。

基本的な物語としてはタイトルが示すとおり「塀」(原題が複数形であることに注目)の話である。
物理的な塀を作るというシークエンスもあるが、人の心の「塀」であり、それぞれが乗り越えるべき
「塀」の物語だ。
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主人公トロイ・マクソン(デンゼル)は、黒人がメジャーリーグで活躍出来るちょっと前の野球選手で
「ニグロリーグ」で活躍していた。しかし殺人を犯し、刑務所に。そこで知り合ったボノと親友となり
いまはピッツバーグのごみ収集をしている。 主張の強い男で、黒人として市で初のゴミ収集車の運転手と
なった。18年連れ添った妻ローズ(ヴィオラ)は、よく出来た嫁で、わがままな夫と、親の希望とは違う
ミュージシャンの道にすすんだ長男、アメフトの選手でNHLからスカウトがかかるかも知れないという
高3の息子、加えて、戦争で精神を病んだ夫の弟を抱え、家を切り盛りしていた。

トロイには浮気の相手がいて、ボノが精算しろ、と強く説得するが聞かず、ついに相手に子どもが出来る。
バカ正直なトロイはそれを妻に説明する。トロイは「お前は最高の妻だ。愛しているさ。しかし、あいつの
前だとオレは別のオレになれるんだ。別の男になれるんだ」と、誠に身勝手なことを口走る。ローズにして
見れば自分のやりたいことも犠牲にして家族を支えてきた、自分だって他の自分になってみたいわ、と
なるわなあ。
更に息子に対してはNFLに行けたとしても黒人は上には行けない、と親の価値観を押し付け、「スカウトが
来ても絶対に会わないからな」とニベもない。妻ローズとは冷戦が続く。息子とバットを持っての大喧嘩を
して、息子に家から出て行け、と怒鳴る。息子は父親を心底憎み、海兵隊に入る。

やがて、愛人に赤ちゃんが生まれる。が、母親が死亡してしまう。さあ、赤ん坊は誰が面倒見るのだ。
よく出来た嫁は、「赤ん坊に罪はない」と自分が引き取って育てることにした。

レイネルと名付けられた女の子が3歳くらいになった時、トロイは急逝する。その葬儀の日。久しぶりに
海兵隊の息子が伍長の肩章を付け、儀礼服に身を包み帰ってきた。未だミュージシャンとして成功しない
長男も帰ってきた。施設に入っていた叔父も葬儀に参列するために一時退院をして帰ってきた。
海兵隊の息子は、父親の葬儀には出ないと言い出す。「オヤジを否定したいんだよ」と。しかしローズに
頬を張られ、これまで父親が自分のためにどのくらいのことをしてくれたのかよく考えなさいと諭す。

みなが葬儀に出かけようとすると、空の雲が割れて太陽が顔を出したのだ。それを見上げる家族だった。
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そんなお話なのだが、とにかく主人公は自らの黒人としての人生の挫折から受けたトラウマや価値観を
家族に押し付ける。その身勝手さを責めることは易しい。だが、1950年代も後半になったとはいえ、
黒人の地位や付ける職業の「塀」は高く、自らの周りに「塀」を作って限られた、許された存在として
不平等な社会と折り合って行かなければならない状況で、トロイを責められるだろうか、いや、妻ローズの
献身ぶりからすれば、所詮は男の身勝手なのだろう。給料はキチンと入れたとしても、だ。他の誰かに
なってみたいという願望は誰にだってあるだろう。それが黒人が故の言い訳に使われるのなら、ローズだって
黒人だ、彼女にしてみれば腹に据えかねる夫の振る舞いだろう。
当時、黒人たちは「塀」の中でしか息が出来ない社会だったのだ。最後の太陽が照るシーンは何を象徴して
いるのか、何かのメタファーなのか読み解くのは難しいが、(さまざまな解釈が出来るだろう)、閉塞した
「塀」が取り外されるには長い年月がかかるし、今も「塀」がなくなっているとは到底言えないことは衆目の
一致するところだろう。トロイが亡くなったあとのリビングにキング牧師とJFKの写真が掲げてあったのが
印象に残った。

前半のデンゼルのセリフの山は、後半を盛り上げるための工夫なんだろうけど、いろんな「塀」を説明する
ものとして必要な感じはする。全体としてヴィオラ・デイヴィスの圧倒的な演技がやはり光る。舞台を経験し
この役を自分のものとした人でないと出せない厚み、みたいなものを感じ取ることが出来た。

<IMDb=★7.2 >
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:93% Audience Score:75% >




# by jazzyoba0083 | 2017-12-02 23:40 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「雲のむこう、約束の場所 The Place Promised in Our Early Days」
2004 日本 コスミック・ウェーブ 
監督・脚本・原作・絵コンテ・編集・音響監督:新海誠
声の出演:吉岡秀隆、萩原聖人、南里侑香、石塚運昇、井上和彦、水野理紗 他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
WOWOWが「君の名は。」を初放送するにあたり、深海監督の過去作品をラインナップしてくれたので、
一つだけ観てみた。この手のアニメの世界はよく知らないので、頓珍漢なことを言うかもしれませんが、
お許し下さい。「セカイ系」っていうんですか。初めて聞きました。

個人的には「君の名は。」のベースがみんなここにあるな、という感想。「平行世界」、「時空の往来」、「夢」、
「出会えそうで出えないすれ違う男女」、などなど。本作の背景には「戦争」という全く別要素が加わるが、
ローカルを舞台に据えた点も含め、「君の名は。」はもう少し分かり易くして、映画の背景もリアルワールドに
した点が多くの人に受けたのであろう。今から13年前の作品だが、光と影の使い方、ディテールへのこだわり
など、この映画からも新海監督の特徴が現れている。

全体に時制の置き方など、結構悩ましく、理解しない人は置いていくからね、的な造りを感じる。まあ
それが「セカイ系」というものかもしれないけど。
それと、ちょっと考えると分かるのだが、今はエゾと言われる「ユニオン」が占領するかつての北海道、
最終的にアメリカ軍を中心とする連合軍が「世界を書き換える」作戦に出る「ユニオン」に対抗していき、
主人公らはその作戦の中のレジスタンスとして攻撃に加わるのだが、「書き換えられた」世界はリセット
されちゃうから、映画の物語としてもリセットされちゃうんじゃないのかなあ。そうなると主人公らも
「あんた誰?」的な世界。違うのかなあ。

それは置くとしても(かなり大きな問題ではあるが)独特の世界観、描写は楽しかった。特に少年二人が
自分たちで飛行機を作っちゃうという、結構無茶苦茶な設定なんだけど、ヴェラシーラと名づけられたその
飛行機は、この映画のシンボルともなっているエゾの高い高い塔を攻撃するところあたりから面白さは
加速する。眠り続けているサユリは、この「並行世界」問題の鍵となっているらしい。そして塔を設計した
男の孫にあたるらしい。その眠りには宇宙を根底から覆すような何かがあるらしいことくらいしか分からな
かった。映画冒頭、まだ分かりやすかった時間帯、中学3年生のサユリとヒロキとタクヤは飛行機を完成させ
あの塔へ飛ぶことを約束したのだ。その約束を守るということが、実はものすごい意味を持っていたわけだ。
経過をもう少し単純にしてもらえると、おじさんは嬉しかったなあ。(←そんな人は新海作品を観なくて、
宜しいってか?w) ちなみにおじさんは「君の名は。」のタイムパラドクスも今ひとつ分かりづらかったよ。
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<ストーリー>
日本が南北に分断された、もう一つの戦後の世界。米軍統治下の青森の少年・藤沢ヒロキ(声:吉岡秀隆)と
白川タクヤ(萩原聖人)は、同級生の沢渡サユリ(南里侑香)に憧れていた。彼らの瞳が見つめる先は彼女と、
そしてもうひとつ。津軽海峡を走る国境線の向こう側、ユニオン占領下の北海道に建設された、謎の巨大な「塔」。
視界にくっきりとそびえるその白い直線は、空に溶けるほどの高みまで遥か続いていた。いつか自分たちの力で
あの「塔」まで飛ぼうと、軍の廃品を利用し、山中の廃駅跡で小型飛行機を組み立てる二人。

サユリも「塔」も、今はまだ手が届かないもの、しかしいつかは触れることができるはずのもの…二人の少年は
そう信じていた。だが中学三年の夏、サユリは突然、東京に転校してしまう…。

言いようのない虚脱感の中で、うやむやのうちに飛行機作りも投げ出され、ヒロキは東京の高校へ、タクヤは青森の
高校へとそれぞれ別の道を歩き始める。三年後、タクヤは政府諮問の研究施設に身をおき、サユリへの憧れを
打ち消すように「塔」の研究に没頭していた。
一方で目標を喪失したまま、言葉にできない孤独感に苛まれながら、東京で一人暮らしを送るヒロキは、
いつからか頻繁にサユリの夢を見るようになる。そこでのサユリはどこか冷たい場所にいて、自分と同じように、
世界に一人きりとり残されている、そう感じていた。ヒロキの元に届けられた、中学時代の知り合いからの手紙。
しばらくは開ける気がせず放っておいたその封を、偶然開いたヒロキは、サユリがあの夏からずっと原因不明の
病により、眠り続けたままなのだということを知る。
サユリを永遠の眠りから救おうと決意し、タクヤに協力を求めるヒロキ。そして眠り姫の目を覚まそうとする
人の騎士は、思いもかけず「塔」とこの世界の秘密に近づいていくことになる。
折りしも「塔」を巡る世界情勢は悪化の一途を辿り、開戦の危機も目前に迫っていた。「サユリを救うのか、
それとも世界を救うのか―」はたして彼らは、いつかの放課後に交わした約束の場所に立つことができるのか?
(Movie Walker)




# by jazzyoba0083 | 2017-12-01 22:30 | 邦画・旧作 | Trackback | Comments(0)

ギフテッド/Gifted

●「ギフテッド/Gifted」
2017 アメリカ Fox Searchlight Pictures and more. 101min.
監督:マーク・ウェブ
出演:クリス・エヴァンス、マッケナ・グレイス、リンゼイ・ダンカン、ジェニー・スレイト、
   オクタヴィア・スペンサー他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想:重要な部分が個人的忘備録のためネタバレしています>
面白かった。よく出来た物語だと思う。登場人物の意外な素性が次第に明らかになっていくところは
正体が正体だけに、あざとい感じもしないではないが、話の中心となる数学の天才、メアリーを演じた子役、
マッケナ・グレイスのナチュラルな演技に助けられ、上手くまとまった。
監督マーク・ウェブの演出が光るところだ。このところ数学の天才を描いた映画を続けて3本見る結果となった。
「ドリーム」「奇蹟がくれた数式」そして本作と。それぞれまったく異なったシチュエーションだが、本作は
7歳にして高等数学を簡単に解いていく天才が主人公。この少女の複雑な背景の中で、少女の才能と幸せを巡り
大人がもめる。ところどころに置かれる心温まるキャスティングやシークエンス。例えば隣の黒人女性
(オクタヴィア・スペンサー)の存在、メアリーの担任ボニーの存在、そしてフランクがメアリーを産院に連れて
いくところなどに、この物語の温かさを高める隠し味が忍ばされている。脚本もいいのだろう。
キャスティングはメアリーを演じた歯無しのマッケナ・グレイスを始め、全員、いい。

簡単に言ってしまえば、才能を伸ばしてあげる環境がいいのか、普通の子供達と普通の生活をしていくのが
幸せなのか、ということ。
ただでさえ母親を自殺、という過酷な状況で亡くした幼い子が、母の弟のもとで暮らしていたのだが、
少女メアリーに数学のずば抜けた才能があることが分かり、まず学校が、転校を勧める。
次に少女にとってはおばあちゃん、姉弟にとっては母イブリンが登場。メアリーの才能を埋もれたままで
置くのは社会の損失、とばかりに自分の近くに置いて育てようと、今の環境が如何に劣悪であり、メアリーの
才能を花開かせてあげることこを彼女にとっての幸せと説く。(ココらへんのおばあちゃんの供述にはムリを
感じるなあ)弟は姉の遺言として普通のこどもとして育って欲しいということを守っていたのだ。(この裏には
もうひとつの母娘の相克があるのだが)

結局、裁判所の判断は、メアリーを養子に出し伯父さんフランクとも会えるという条件でフランクはメアリーと
離れることになる。裁判長も難しい判断だっただろうと思う。もうすこしメアリーが大きければ別の道もあった
のだろうけど7歳というのが微妙だ。観ている方も、才能は伸ばしてあげたいけど、子供らしさがなくなるような
生活を強いるのは本当にメアリーのためなのか?と共に悩むことになる。

フランクおじさんと暮らしていた時、片目の猫フレッドが家族のような存在だったのだが、イブリンは猫
アレルギー。ある日メアリーの小学校の担任でありフランクの恋人になっていくボニーが、メアリーとともに
養父母のもとにいったフレッドが不要ペットとして引き取り手を募集されているところを見つけてしまった。
すぐにフランクに連絡。殺処分寸前でフレッドを救い、そのままメアリーの元へ。
するとそこには養父母になつかないメアリーがイブリンと家庭教師に囲まれて数学をやっている光景が。

メアリーは一端自分を「捨てた」フランクおじさんを許さなかったが、メアリーを抱きしめて、自分のやり方を
謝るフランクを許し、猫のフレッドと共にフランクの元へと戻った。

メアリーの動きとしてはそいういうことなのだが、実はメアリーの母は高名な数学者で、(このことは作品の
早い段階で分かる)誰も解けなかった数式を解けるのでは、という学会の見方であった。しかし、幼い頃から
母イブリンの英才教育に心を潰され、結局自ら命を絶つことなったのだ。それは母親に対する復讐でもあった。
幼いメアリーを弟に任せて自殺するとは、メアリーの母はどのくらい母を憎んでいたことか。それにまったく
気付かず、孫に同じ目に合わそうとしていた訳だ。弟フランクがメアリーを母の元に行かせたくないのが分かる
というものだ。フランクは裁判の過程で明らかにされるのだが、今はボートの修理技師をしているが実は元ボストン
大学哲学科の准教授だった。

フランクはメアリーを自分の元に戻す時、一つの論文を母に放り投げた。
それは姉があの噂の数式を証明した論文だったのだ。「姉さんは、これを死後に公表してと僕に頼んだんだ」
イブリン「自殺の後で?」 フランク「違う。自分の、じゃない」。驚愕の表情が母の顔に張り付く。
姉は、母の死後これを発表するように弟フランクに言い残して命を絶ったのだった。なんという凄まじい母子の
関係。

論文を見て驚愕したイブリンはマサチューセッツ工科大学(だっったかな)に電話する。イブリンは電話口で
名乗ったは自分が数学科の博士である、と。 最後の最後でまた考えさせられちゃうシークエンスだ。
フランクは数学の天才の母と姉の間にあって哲学という真逆の分野に進んだのだ。その彼が姉の子を巡り母と
争う。なるほど、メアリーだけの話だけではないのね、この映画。
ラスト、大学でも数学の勉強をするようになったメアリーの講義の中に、先日観た「奇蹟がくれた数式」の
主人公、インド人の天才数学者ラマヌジャンの名前が出てきたのにはびっくりするやら納得するやら。

心温まるほっこり系の映画なのだが裏には非常に凝った親子の関係がが忍ばされている。
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<ストーリー>
『(500)日のサマー』のマーク・ウェブ監督による家族ドラマ。数学の天才である小学生の姪を“普通に育てたい”
という亡き姉の遺志に従って守ろうとする男を『キャプテン・アメリカ』のクリス・エヴァンスが好演。
数学の天才メアリーをそのファッションセンスがSNSなどで話題の子役マッケナ・グレイスがキュートに演じる。

フロリダの小さな町。独身男のフランク(クリス・エヴァンス)は、生意気ざかりの7歳の姪メアリー
(マッケナ・グレイス)、片目の猫フレッドと一緒にささやかな生活を送っていた。その小さな幸せは、
メアリーの天才的な才能が明らかになったことから揺らぎ始める。メアリーの特別扱いを頑なに拒む
フランクの前に母エブリン(リンゼイ・ダンカン)が現れ、孫のメアリーに英才教育を施すため、フランクから
引き離そうとする。
だが、フランクには亡き姉から託されたある秘密があった。メアリーの幸せは、一体どこにあるのか……?
そして、フランクとメアリーはこのまま離れ離れになってしまうのか……?(Movie Walker)

<IMDb=★7.6>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:73% Audience Score:85%>




# by jazzyoba0083 | 2017-11-29 12:05 | 洋画=か行 | Trackback | Comments(0)

●「マイ・ベスト・フレンド Miss You Already」
2015 アメリカ S Films (production),New Sparta Films (presents) 116min.
監督:キャサリーン・ハードウィック
出演:トニ・コレット、ドリュー・バリモア、ドミニク・クーパー、パディ・コンシダイン、ジャクリーン・ビセット他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
難病モノは基本、苦手。しかし、ハリウッドが作るものはどこかに必ず救いがあるので佳作、と踏めば
観ることは多いのだが、本作もまさにそんな感じの一作。女流脚本家と女流監督による女性の友情の話。
全体の構成としては「よくある話」の類なのだが、しっかり見切ってしまった。

まず評価したいのが、編集。(★0.5は編集に謹呈)非常にリズムが良くテンポもいい。幼いころに知り
合ったミリー(コレット)とジェス(バリモア)。今に至るまではかなり急速に話を進め、ミリーが病を得て、
それが好転しないと分かるころからだんだんと時間の流し方がゆっくりになる。もちろん演出の妙味もある
わけだが、気持ちいい編集だなあ、と感じた。

結局、男の私には完全には理解出来ない「母性」の問題。幼いころからの大親友ミリーとジェス、片や
ろくでもない(と思われた)ロック野郎とできちゃった結婚。しかしこの旦那が音響屋を始め、大当たり。
子ども二人にも恵まれ、幸せな暮らしを送っている。
片やジェス。石油採掘エンジニアの旦那とボートハウスに住み、仲はいいのだが子どもが出来ない。
そこに、ミリーが乳がんに罹るという事態が発生する。化学療法が効いて一時は希望も沸いたが、
脳に転移が見つかり、余命宣告。
一方、ジェスは試験管ベイビーに挑戦し、ついに妊娠に成功する。

この対比が作品の後半のベースに流れている。わがままになるミリーに振り回され、辟易とするジェスが
一旦ミリーと距離を置くこともあったが、はやり二人は心の友である。ミリーに病気が見つかってからの
寄り添い方、わがままに付き合う様子、そして最期を看取るまで、二人は親友であり続けた。

日本流に作るとどっぷりと暗くなるような物語であるのだが、この作品は死を前向きに捕らえ、明るい。
それは結構あからさまなセックス談義や、病気なのに冗談を飛ばし合う欧米人のメンタリティを表現すること
で演出されていく。ミリーとジェスの明るさに救われる。果たして自分だったら、と誰もが思うだろう。

二人の幼い子供を残して逝かなければならないミリー。一方、新しい生命が誕生するジェス。女性としての
夢や幸せのありかを巡り、二人の心は「母性」を持った人間としてお互いを受け入れお互いに幸せのありかを
見つけていく。ホスピスに入ったミリーに添い寝していて朝、目覚めるとミリーは天国に旅立っていた。
一瞬悲しそうな表情のジェス、その後に微かに微笑みが浮かぶ。その微笑みこそ、この映画のテーマなの
だろう。
ミリーは最期に、夫に再婚を約束して逝ったのだそうだ。相手をジェスにしたかったけど、それは無理。
ラスト、一歳くらいになった自分の子どもを抱えたジェスがミリーの家で二人の子どもに朝ごはんを用意
しながら、頑張っている。ジェスの目には二人の子どもの姿にミリーの姿が重なっているに違いない。
何十年になるのか、長い長い友情の積み重ねの姿がそこにあった。

病気になるトニ・コレットはもともとふくよかな体型ではないが、臨終の時はかなり体重を落としての
演技ではなかったかな。ミリーのお母さんとして女優をしているミランダが、所々でアクセントになり
映画がダレるのを留める役どころの一つとなっているのだが、演じるのがジャクリーン・ビセット。
お年を召しても美しい。男が見てもいい映画だが、女性が観るとまた視点が変わってくるのだろう。
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<ストーリー>
幼なじみのジェス(ドリュー・バリモア)とミリー(トニ・コレット)は、ファーストキスから初体験まで
何でも話し合い、互いのすべてを知る親友同士だった。この友情は永遠に続くと思っていたが、ミリーが
乳ガンに罹っていることがわかり、時同じくして不妊治療を続けてきたジェスの妊娠が判明。
ジェスは誰よりもミリーと新たな命を授かった喜びを分かち合いたくても、彼女の病状を考えると伝えるに
伝えられない。相手を思いやるがために言えない言葉が増えていってしまう。(Movie Walker)

<IMDb=★6.8>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:71% Audience Score:68%>





# by jazzyoba0083 | 2017-11-27 22:50 | 洋画=ま行 | Trackback | Comments(0)

●「ジャスティス・リーグ Justice League」
2017 アメリカ DC Comics,DC Entertainment,Lensbern Productions,Warner Bros. and more.120min.
監督:ザック・スナイダー
出演:ベン・アフレック、ヘンリー・カヴィル、エイミー・アダムス、ガル・ガドット、エズラ・ミラー
   ジェイソン・モモア、ダイアン・レイン、J・K・シモンズ他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
昨年、「バットマンvsスーパーマン ジャスティスの誕生」で、個人的にはたたらを踏んでしまった
DCコミックシリーズだが、今回は、「普通」に戻った感じだ。それでも、ワンダー・ウーマン=
ガル・ガドットを見つめている場面が多かったな。ww アヴェンジャーズもそうだけど、所詮コミックの
世界なので、どうしても限界があって、正義には悪が必要で、更に双方に偉大な力をもたらす、未知なる
パワーを秘めた物体(物質)の争奪が絡む、というのが基本線。

前作でいわば掟破りの同士討ちをやらかした(アヴェンジャーズでもやっているけど)DCが、前作で
死んだはずのスーパーマンを生き返らせちゃって、天下無敵のジャスティス・リーグを結成してしまうと
いう・・・。コミックなら、なんでもありかよ!と思わず突っ込みたくもなります。いやいや漫画漫画、と
自らをナダメて鑑賞。

今回の「悪」は「ステッペンウルフ」という、羽を生やした虫みたいな兵士を連れて登場。狙うは
3つの立方体「マザーボックス」。これを手に入れると、無限の力を得ることが出来るらしい。それを
阻止するためにバットマンとワンダー・ウーマンが超人のスカウトに乗り出し、アクアマン、フラッシュ、
そして全身機械のサイボーグ、ヴィクターだ。冒頭では、悪の登場とマザーボックスの存在が示され、
次いで超人たちのスカウトが始まる。それぞれに紹介シーンのようなものがある。構成としての見やすさは
あり。しかし、足りないものがある。そう、スーパーマンだ。そこで、バットマンらは、マザーボックスを使って
(だっけ?)墓から掘り起こしたクラーク・ケントの遺体を生命のスープみたいなところに沈め、再生させて
しまうのだ!

だが、クラーク・ケントは我を失い事情を理解しておらず、暴走してしまう。そこで恋人ロイス・レインと
母ちゃん(ダイアン・レイン)の登場。ここで我に戻るスーパーマンは、ジャスティス・リーグの中では
やはり群を抜いて強い。さあ、ここにジャスティス・リーグの完成。こうなると、今回のヴィランである
ステッペンウルフなんて小物は吹き飛んでしまいますなあ。

地球に束の間の平和が戻ってきたのだが・・。しかし、前作で刑務所にいたレックス・ルーサー(ジェシー・
アイゼンバーグ)を覚えておいででしょう。彼が、正義のリーグに対抗して、悪のリーグを作るらしい
です。これが次回のテーマでありましょうか。

本作は監督が身内の事情で交代、「アヴェンジャーズ」のジョス・ウェドンになり、テイストが変わった
かも知れない。時間の短さといい、本来のコミック感といい。それがわかり易さに繋がる一方、ザック・
スナイダーの「内省的」な深み、というものが無くなってしまったかもしれないですね。それとDCは
今後、アクアマンとかフラッシュとかの単独モノを作ってくる可能性もあり、でしょう。

このシリーズの見どころはVFXをたっぷり使った戦闘シーンだが、それはたっぷりと楽しませて貰った。
まあ、3Dで見るまでもなかろう、と思い2D版を観たのだが、内容が内容だけに3Dの楽しみを付加させたほうが
映画全体は面白くなるかもしれない。
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<ストーリー>
「マン・オブ・スティール」に始まるDCコミックス原作実写映画のクロスオーバー・シリーズ“DC
エクステンデッド・ユニバース”作品の1本で、DCコミックスが誇る人気スーパーヒーロー総出演で贈る
アクション・アドベンチャー超大作。
「バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生」後のスーパーマン亡き世界を舞台に、滅亡の危機を
迎えた世界を救うべくバットマンによって結成されたスーパーヒーロー・チーム“ジャスティス・リーグ”の
活躍を圧倒的スケールで描き出す。
出演はバットマン役のベン・アフレック、ワンダーウーマン役のガル・ガドットのほか、エズラ・ミラー、
ジェイソン・モモア、レイ・フィッシャーがそれぞれフラッシュ、アクアマン、サイボーグ役で登場。

なお監督を務めたザック・スナイダーが家族の不幸のために本作撮影の最終盤で降板を余儀なくされたため、
急遽「アベンジャーズ」シリーズのジョス・ウェドンが電撃招聘され、追加撮影などを経て無事完成にこぎ
着けた。ちなみに監督クレジットはザック・スナイダー単独のままとされ、ジョス・ウェドンは脚本に
クレジットされた。

 スーパーマンの犠牲によって恐るべきドゥームズデイから辛くも守られた世界。しかしスーパーマンの
いなくなった地球にはさらなる魔の手が迫っていた。バットマンはそんな世界滅亡の危機をいち早く察知すると、
先の戦いで出会ったワンダーウーマンとともに超人たちのスカウトに乗り出す。こうして集められたのは、
世界最速にしてオタクな青年“フラッシュ”ことバレリー・アレン、水陸両棲の怪力男“アクアマン”こと
アーサー・カリー、全身のほとんどが機械化された“サイボーグ”ことビクター・ストーンといういずれ劣らぬ
個性派超人たち。迫り来る脅威に立ち向かうべく、そんな我の強い彼らを、柄にもなくチームとしてまとめ
上げようと奮闘するバットマンだったが…。(allcinema)

<IMDb=★7.3>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:41% Audience Score:82% >



# by jazzyoba0083 | 2017-11-27 11:45 | 洋画=さ行 | Trackback | Comments(0)

●「マイルス・アヘッド Miles Ahead」
2015 アメリカ Sony Pictures Classics and more. 100min.
監督・(共同)原案・製作・脚本:ドン・チードル
出演:ドン・チードル、ユアン・マクレガー、エマヤツィ・コーリナルディ、レイキース・リー・スタンフィールド他
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<評価:★★★★★★☆☆☆☆>
<感想>
ジャズファンとしては、観てみたいな、と思いつつも映画館まで足を運ぶまでの映画かなあ、WOWOWを
待ってもいいかなあ、と思っていたら1年が経ち、WOWOWで放映してくれた。
ジャズの世界に燦然と輝く伝説のビッグスターの、フィクションを含めた自伝的作品。内容よりもドン・チードルが
マイルスによく似せている(トランペットの吹き方や指使いも)方に目が行ってしまった。そこはよく出来て
いた。ジャズやマイルスに興味のない人は観ても一般的な感動があるわけではないので、特に日本では一般受けは
しないだろう。

ビバップ、クール、モード、ジャズ・ファンクと常にジャズの世界をリードしてきたマイルズが、1980年代初頭に
5年間活動を停止していた時のお話だ。気分屋で、怒りっぽく、何を考えているかよく分からない変人としても
知られる(特に晩年は)マイルズが、次へのステップを踏み出そうともがく姿、というより、フランシス(名盤
「いつかお王子様が」のLPジャケットを飾る黒人女性)との別れやドラッグや酒で、破滅的な生活を送って
いる様を描く。自分がスターになり始め、フランシスと知り合うころと、荒んだ生活の現在をカットバックしな
がら物語が綴られる。カメラワークや編集などに工夫が見られるが、全体の物語としては、弱い。何に焦点が
当たっているのかよく分からない。フランシスの喪失なのか、新しい音楽への模索なのか。

雑誌「ローリングストーン」の記者役のユアン・マクレガーが狂言回し的な役どころ。ただ、100分では
マイルスってそういう人だったのだ・・・というところまでは行かない。個人的には名盤だと思っている
「クールの誕生」(一般的にも歴史的名盤として通用している)を、マイルスは駄作、と言っている点。
それよりも「スケッチ・オブ・スペイン」のほうが気に入っている、という点、「俺の音楽をジャズと
呼ぶな。ソーシャルミュージックと呼べ」と言っている点が新しかった。

マイルズは祖父は地主で父は歯科医、母は音楽家、という恵まれた環境に育ち、チャーリー・パーカーや
ディジー・ガレスピーらバップムーブメントの巨人たちとの交流にも恵まれた。そのあたり精神的に
打たれ弱いところがあったのではないか。自らの殻に閉じこもり、わがままを押し通す。妻フランシスが
怒って離れていくのも分かるというものだ。そうした彼の心には「寂しさ」が渦巻いていたのだろうけど、
それを他人にぶつけたり、ドラッグや酒に解決を求めたのでは、早死はするというものだ。

私にとってはマイルス・デイヴィスという男を再認識する点では面白い映画であったと思うけど、同じ
ジャズ映画の「ラウンド・ミッドナイト」のような一般的感動は獲得できなかった。ただしドン・チードルの
トランペットの当て振り(本物の音源を使っていたようだ)はお見事。
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<ストーリー>
ジャズ界を牽引してきた天才トランぺッター、マイルス・デイヴィス(ドン・チードル)は、1970年代後半に
入ると活動を休止。慢性の腰痛を抱え、ドラッグや鎮痛剤の使用から一人自宅で荒れた生活を送る彼のもとに、
音楽レポーターのデイヴ・ブレイデン(ユアン・マクレガー)が押しかけてくる。
二人は、盗まれたマイルスの新曲入りテープを取り戻すことに。脳裏にミューズであった元妻フランシス・
テイラー(エマヤツィ・コーリナルディ)との結婚生活の思い出が蘇り、気まぐれな性質に拍車をかける
マイルス。死を考えるほど苦悩し絶望する彼だったが、やがて音楽に救いを見出していく。(Movie Walker)

<IMDb=★6.4>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:74% Audience Score:57%>




# by jazzyoba0083 | 2017-11-24 22:30 | 洋画=ま行 | Trackback | Comments(0)

●「人生はシネマティック Their Finest」
2016 イギリス BBC Films, The Welsh Government,Pinewood Pictures. 117min.
監督:ロネ・シェルフィグ  原作:リサ・エヴァンス「Their Finest Hour and a Half」
出演:ジェマ・アタートン、サム・フランクリン、ビル・ナイ、ジャック・ヒューストン、ヘレン・マックローリー他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
★は7.5。小ぶりながら、愛すべき掌編、という感じだ。映画を愛する人たちの作品に掛ける思いが
素晴らしい、ことはもちろんそうなのだが、戦時下において一生懸命自分の国、(の人々)のために、
一所懸命生きている、生きようといている主人公カトリンの健気な姿が私には眩しく美しかった。

たまたまノーランの「ダンケルク」を二回も観て、更に原作も読んだ身としては、作中映画に大変興味が
行った。いわゆる「ダイナモ作戦」において、民間女性が参加した、という公的記録はないようだが、
本作の姉妹のように、兵士撤退のためにいてもたってもいられなかった人たちはたくさんいただろう。

さて、本作の魅力は何と言っても主役のジェマ・アタートンの存在。まるで映画のことなど知らない女性が
何とかいい映画を作ろうとするひたむきな姿に心打たれる。加えて、堅物として登場する老男優(若い人は
戦争に行ってしまって映画界も老人しかいない状態)ヒリアード氏(ビル・ナイ)の存在も大きい。そして
含蓄のあるセリフをたくさん吐くんだ。共同で脚本を書き、やがてお互いに愛を感じ合うようになるトムなど
いいも悪いも混ぜ合わせて主人公カトリンの成長の過程が描かれていく。ただ、トムの最後はちょっと
あっけなさ過ぎな感じだ。しかしそれとて、カトリンとトムの会話の中に出てくる「生」と「死」のメタファー
のように感じた。トムは戦争では死ななかったけど、その死の意味は他人が決めること。カトリンは
悲しみの中から立ち上がるのだ。(ちなみに彼女の旦那は足の悪い絵描きで、浮気などかましてくれている)
またドイツの爆撃で犠牲になっていく人たちの姿を間近でみたカトリンの心にも変化が生まれてくる。

ナチス・ドイツとの戦いが苛烈を極めてくる1940年。英国の欧州派遣軍はドイツ軍に押され、ダンケルク
からドーバー海峡を渡って本国に兵士を撤退させる作戦に出た。「ダイナモ作戦」である。これには
ノーランの映画にも描かれている通り、多くの民間の船が参加、中には犠牲になった人々もいたが、結果的に
30万人以上の英仏兵を本土に運ぶことに成功した。イギリスはこれからバトル・オブ・ブリテンやドイツの
V1攻撃など厳しい戦いを強いられていくわけだが、そうした中で、「撤退」を「負け戦」と見せないような
プロパガンダは必要だったのは容易に想像出来、情報局が「ダイナモ作戦」を主題として戦意を鼓舞する
映画を作ろうとしたのだ。同じような事情は日本でもあったわけで。

脚本担当に起用されたのは、映画の素人だった、秘書のカトリン(アタートン)。彼女は脚本家のトムと
取材をし、苦労しながら脚本を書いていく。しかし、そこには軍部からの「あそこはああしろ」という
横槍や、頑固な俳優たちの抵抗などあったわけだが、何とかそれを乗り越えて映画を完成させていく。
観客は、カトリンの一人の女性として、夫を抱えお金も必要、そしてなれない仕事だけど一生懸命に取り組む
姿に共感を覚えるのだ。作っている映画はまあプロパガンダなのでさしたる内容でもないのだが、
カトリンにしてみれば、自分の思いや周囲の思いを込めた作品だったのだ。

そして上映会が開かれる。スクリーンを見つめる観客は涙を流し、あるいは興奮し、映画を楽しんでいた。
その姿と、非業の死を遂げたトムのことなどがその胸に去来したカトリンの目にも涙が浮かぶのだった。

作中映画の作るシーンがなかなか興味深い。ダンケルクの砂浜の兵士はガラスに描かれたんだなあ、とか。
原作は「彼らの輝かしい1時間半」という感じだろうか。みんなで作った映画に吹き込まれた思い、生命と
いったものを感じるタイトルだ。放題とはちょっと方向性が違うかな。

もう一度観てみたい作品だ。
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<ストーリー>
1940年、第二次世界大戦下のロンドンを舞台に、プロパガンダ映画の脚本家に抜擢された女性が、様々な
困難に直面しながらも、映画製作に挑む姿を描く人間ドラマ。『007 慰めの報酬』でボンドガールを務めた
ジェマ・アータートンが執筆経験のない新人脚本家に扮し、周囲の人々に助けられながら成長していく姿が
つづられる。(Movie Walker)

 「17歳の肖像」「ワン・デイ 23年のラブストーリー」のロネ・シェルフィグ監督が、第二次世界
大戦下のロンドンを舞台に、幾多の困難を乗り越え、国民に勇気を与える映画の完成に執念を燃やす一人の
素人女性脚本家と個性豊かな映画人が織りなす愛と情熱の物語を描いた戦時ラブ・コメディ。(←ラブコメディ
ではない=ブログ管理人文責)
主演は「ボヴァリー夫人とパン屋」のジェマ・アータートンと「世界一キライなあなたに」のサム・クラフリン。
共演にビル・ナイ。

 1940年、第二次世界大戦下のロンドン。ドイツ軍の空爆が続く中、政府は国民を鼓舞するプロパガンダ映画の
製作に力を入れていた。その一方、映画界は度重なる徴兵で人手不足。ある日、コピーライターの秘書をして
いたカトリンが、いきなり新作映画の脚本家に大抜擢される。
内容はダンケルクの撤退作戦でイギリス兵の救出に尽力した双子の姉妹の活躍を描く物語。戸惑いつつも、
自分をスカウトした情報省映画局の特別顧問バックリーらと協力して初めての脚本執筆に挑むカトリン。
しかしそんな彼女の前には、無理難題を押し付ける政府側のプレッシャーや、わがまま放題のベテラン役者など、
いくつもの困難が待ち受けていたのだったが…。(allcinema)

<IMDb=★6.8>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:89% Audience Score: 72%>






# by jazzyoba0083 | 2017-11-23 11:30 | 洋画=さ行 | Comments(0)

●「奇蹟がくれた数式 The Man Who Knew Infinity」
2015 イギリス Edward R. Pressman Film,Animus Films. 108min.
監督・脚本・(共同)製作:マシュー・ブラウン
出演:デヴ・パテル、ジェレミー・アイアンズ、デヴィカ・ビセ、スティーヴン・フライ、トビー・ジョーンズ他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
★は7.5。どうしも「事実は小説より奇なり」となってしまい、事実の持つ重みは作り事より強い。
私はこのインドの不世出の天才数学者ラマヌジャンという人を寡聞にして知らなかった。数学の
研究者や学生にとっては当たり前の人物なのだろう。
映画の中では、彼ら数学者が何をどうしようとているものなのか、全く分からなかった。多くの人は
そうだろう。でもそれでいいんですね。恐ろしく難しい解析のことなどは本筋にあまり関係がない。
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インド・マドラスの港湾施設で働く貧しい青年ラマヌジャン。結婚したばかりの妻と母がいる。
彼は天才的に数学に秀で、独学で定理を作成してしまうほどだった。しかしインドの学者からは
相手にされない。一人の師が、イギリスに行くことを勧め、手紙を書いてくれた。そのうちの
ひとつがケンブリッジ大学のトリニティカレッジ(ニュートンが万有引力を発見したリンゴの木がある)
の数学者ハーディの目に留まる。彼はラマヌジャンをイギリスに呼び共同で研究をしようとする。
が、天才的な閃きが特徴のラマヌジャンに対し、ハーディは「証明」されなければ「定理」とはならない。
「証明しろ」「証明」とこだわる派。むしろまっとうな数学者であれば、「定理は元来そこに存在するもの」と
言われれても、それが「証明」されなければ、なんら意味を持たないものなのだろう。そこは分かる。

でも、ラマヌジャンにとってはそれが歯がゆくて仕方がないのだ。天才ゆえの悩みだろう。真の天才とは
こういうとんでもない人物のことなのだろうなあ。英国の植民地だったインドではあるが、インド人で
有るがゆえの迫害や偏見を受け、ラマヌジャンのいうことに「そんな天地がひっくり返るほどの真理が
証明できるはずがない」と鼻から相手にしない。ハーディーはラマヌジャンに地道に証明することを
教え、ラマヌジャンも辛抱強く勉強を重ねた。

一方、インドに置いてきた新婚の妻は頻繁に夫に手紙を書くが、姑の手により、タンスの奥にしまわれた
ままになってしまう。ロンドンでラマヌジャンは妻は自分を捨てたのだ、と悲しい気持ちになる。
更に彼を結核が襲う。牛肉を食べないなど戒律に厳しいラマヌジャンは食べるものが少なく、栄養を
満足に取れず、結核になっても回復力が弱い。それでもハーディーらの看護の成果もあり、一旦は医者に
見放されるほどの病状だったのが回復してきて、研究も進み、ついに、周囲から不可能だ、といわれていた
数式の定理を証明することに成功したのだった。

そして、あれだけインド人だと蔑んでいた大学も、彼を王立協会の会員に推薦、見事にメンバーに選ばれた
のだった。故郷では妻が姑が手紙を書くしていた事実を知り、そのことを含め手紙を再度書いた。受け取った
ラマヌジャンは故郷に帰ることにした。1年後に戻ることを約束して。

しかし、その約束は叶わなかった。ラマヌジャンは結核の予後が良くなく、妻と母と暮らした1年少々の後、
帰らぬ人となってしまった。ラマヌジャンが最後に発見した数式は現在もブラックホールの解析に役立って
いるのだという。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「スラムドックミリオネア」の少年も大きくなり立派な青年に。「マリーゴールドーホテルであいましょう」
去年の「LION/ライオン~25年目のただいま」ではオスカーの助演男優賞ノミニーと確実に成長しています。
彼と、彼を支えるハーディー教授を演じたジェレミー・アイアンズが、なんとも言えず良かった。自分は
「証明できないものは信じない」という無神論者、片やラマヌジャンは敬虔なヒンドゥー教徒。「すべては
神の決めること」。そうした二人が数学を通して理解しあう。普通の人の思考のはるか上を行く超天才を
この世のものとする助けがどのくらい大切か、ということが分かる映画だった。天才は理解者と出会わないと
天才とはなりえない、ということだ。動きの少ないストーリーだが、魅力的な脇役を配し、面白い映画に
仕上げた監督の手腕も買いたい。「無限を知る男」という原題はカッコイイと思う。
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<ストーリー>
 「スラムドッグ$ミリオネア」「マリーゴールド・ホテルで会いましょう」のデヴ・パテルがインドの
天才数学者ラマヌジャンを演じた伝記ドラマ。独学で数学を学んだラマヌジャンが、異国の地イギリスへと
渡り、文化の違いに苦しみながらも、著名な数学者G・H・ハーディ教授と数学を通じて友情を育み、
強い絆で結ばれていく感動の実話を描く。
共演にジェレミー・アイアンズ、トビー・ジョーンズ。監督は本作が長編2作目のマシュー・ブラウン。

 数学に魅せられ独学で学ぶインドの青年ラマヌジャン。事務員として働きながら、孤独な研究を続けて
いた彼は、自らの成果を認めてもらおうと、著名な学者たちに手紙を送るが、まるで相手にしてもらえない。
そんな中、ただ一人、イギリスの名門ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジのG・H・ハーディ教授が
その内容に興味を示し、彼を大学に招くことに。
こうして結婚したばかりの妻をインドに残し、期待を胸に単身渡英したラマヌジャンだったが、植民地の
出身で学歴のない彼は周囲から色眼鏡で見られてしまう。
しかも直感で定理や公式がひらめくラマヌジャンにとって、その数式の証明の必要性を力説するハーディの
要求がどうしても理解できない。次第に2人の間の溝は深まり、ますます孤独に苛まれていくラマヌジャン
だったが…。(allcinema)

<IMDb=★7.2>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:63% Audience Score:71%>



# by jazzyoba0083 | 2017-11-22 22:00 | 洋画=か行 | Trackback | Comments(0)

映画感想の投稿ではありませんが、私のブログにご訪問くださっている皆さんに謹んでお知らせです。

「雑誌で私の映画コラムがスタートしました。
               ラジオもやってます!」

▼私が毎月映画1タイトルを取り上げて、それにまつわるお話を書く雑誌半ページほどのコラムが本日発売の
「月刊Cheek」1月号(東海地区書店、あるいはAmazonで購入可。税込み500円)からスタートしました。

「立ち読み禁止」(苦笑)で、お読みいただけると幸甚です。また感想などトラックバックやコメントでいただける
と嬉しいです。今回取り上げたのは「ユー・ガット・メール」。(最新作は原則取り上げません)
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▼また、これに先立ち、ラジオでも同タイトルのコーナーでお喋りも始めています。
              毎月第一木曜日午後4時15分頃
から名古屋のMID-FM(76.1MHz)の佐野瑛厘さんの"Music WOW"の、いちコーナーを頂いてのおしゃべりです。

10月は「卒業」11月は「Back to the Future」を取り上げました。
このラジオはいわゆるコミュニティFMで電波が遠くまで届きませんが、いまはスマホアプリで全国全世界で
お聴きいただけるんですねえ。

"ListenRadio" "TuneInRadio" "SimpleRadio"などのアプリから検索してみてください。きれいな音でお聴きいた
だけます。またMID-FMのホーム・ページではスタジオ内の動画もお楽しみいただけます。放送中はツイッターで
リアルタイムでご意見ご感想を寄せていただけることも出来ます!

次回は12月7日(木曜日)。何を取り上げるかは現在鋭意検討中です。

ブログももちろん第一で書きますが、他媒体に触れるチャンスがあるかたは是非、読んだり聞いたりしてみて
ください。立体的に映画の感想を表現できるのはとても刺激的です。頑張ります!!




# by jazzyoba0083 | 2017-11-22 11:21 | ご報告 | Trackback | Comments(0)

ある戦争 Kringen

●「ある戦争 Kringen」
2015 デンマーク Danmarks Radio (DR)、Studio Canal and more.115min.
監督・脚本:トビアス・リンフォルム
出演:ピルー・アスベック、ツヴァ・ノヴォトミー、ソーレン・マニング、ダール・サリム、シャーロッテ・ムンク他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<評価>
NATO縛りなのだろうか、いわゆる「集団的自衛権」の発動なのであろうか。アフガンのデンマーク軍。
北欧の幸せ度の高い国も、こうした国防事情があるのだな。本作、静かな中にも、じわじわと心に迫るものが
ある。「ある戦争」とは、主人公の部隊長クラウスだけを指すのではなく、彼の家族、彼の部隊、彼の人生、
全部に対しての「ある戦争」なのだ。

ストーリーは分かりやすいものの、泥沼のようにハマってしまっていく戦争の不条理が、重く心に残るのだ。
ラストには一応カタルシスは用意されてはいるが、それですべてが解決、でななく、観た人に引き続き
問いかけ続けている。短い時間に提示しようとする内容が上手くまとめられている。

アフガンでタリバンの掃討と偵察を任務とするデンマーク軍のクラウス率いる部隊。地雷や敵なのかそうでないのか
判然としないアフガン民たち。疑心暗鬼の部隊に、次々と悲劇が襲う。地雷を踏み絶命する部下、それを見て
ビビっている男も撃たれて死亡する。そうした混沌とした戦いの中で、隊長クラウスは、空爆攻撃を要請する。
しかし、その攻撃で民間人多数が死亡するとう誤爆事件を引き起こしてしまう。

この事件の結果、クラウスは起訴され本国で裁判となる。裁判では隊員のヘルメットについていたカメラに
録音された会話に「敵がいると言え!」とさもそのあたりに敵がいるように命令するクラウスの声が入って
いた。言い逃れは出来ないのか。しかし、混乱した中でとっさに誰が何をしたのか、良くわからない。
クラウスは自分の部下の命を守る使命もある。当時一緒に戦闘に加わっていた部下たちも証言するが、実際の
ところ良くわからないのだ。

これではクラウスの有罪は決まりか、と思われていたところで、ブッチャーと言われていた男が「戦闘地区で
銃の光を見た」と証言した。本当かウソかは分からない。事実当時の戦闘では四方八方から銃撃は受けていた
のだから。ただ、クラウスは部下の信頼が厚い隊長ではあった。この証言が決め手となって、クラウスは無罪と
なる。

メインとなる物語はアフガン戦争での空爆要請が正しかったかどうか、なのだが、デンマーク本国では
クラウスの妻と子どもたちの「ある戦争」もあった。長男がどうも問題児っぽくなっていたり、子育てに
一番いて欲しいときに父親がいないという母親(妻)の苦悩、苦労。衛星電話で会話は出来るが隔靴掻痒だ。

アフガン人を救いにいったはずが、現地人も自分たち部隊も家族も「正解のない不条理」に叩き込まれて
いる。一体、誰を責めろというのか!それが市民が、庶民が「戦争に巻き込まれる」ということ。そういった
主旨が、じわじわと胸に迫るのだった。
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<ストーリー>
デンマーク軍の部隊長クラウス(ピルー・アスベック)は3人の子どもと妻マリアを国に残して、アフガニスタンの
平和維持のため現地に駐留し、命がけの任務に没頭していた。ある日、パトロール中にタリバンの襲撃を受けた
クラウスは、仲間と自分を守るため、敵が発砲していると思われる地区の空爆命令を行う。
しかし、そこにいたのは民間人だったことが判明し、結果、子どもを含む11名の罪のない命が犠牲になった。
クラウスは帰国後、軍法会議にかけられる。消えることのない罪の意識と、過酷な状況で部下たちを守るために
不可欠だった決断の間で揺れ動く彼に、運命の結審が迫る。(Movie Walker)

<IMDb=★7.1>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:91% Audience Score:80%>






# by jazzyoba0083 | 2017-11-19 22:55 | 洋画=あ行 | Trackback | Comments(0)

●「ロング・トレイル! A Walk in the Woods」
2015 アメリカ Route One Entertainment,Wildwood Enterprises. 104min.
監督:ケン・クワピス  原作:『ビル・ブライソンの究極のアウトドア体験 北米アパラチア自然歩道を行く』
出演:ロバート・レッドフォード、ニック・ノルティ、エマ・トンプソン、メアリー・スティーンバージェン他
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<評価:★★★★★★☆☆☆☆>
<感想>
本作も実話に基づくが、アメリカにはこういう国土を縦断するような超長距離のトレイルコースが3つあり、
西のパシフィック・クレスト・トレイル(全長4260km)を走破に挑戦した実在の女性を描いた「わたしに会う
までの1600キロ」が有名なところ。
主演はリース・ウィザースプーンとローラ・ダーンでオスカー候補にもなった。この映画を観ると、パシフィック
クレストにはロッキー山脈があり、ニューメキシコからカナダ国境まで、歩くわけで、かかる日数と過酷さと覚悟は
アパラチアよりは大きいと思う。(だからアパラチアがダメというわけではないが)

閑話休題。その東側にあるアパラチアントレイルは全長3498km。14州ジョージア州から出発して途中には
グレートスモーキー山脈、ブルーリッジ、シェナンドーという日本人にも馴染みのある風光明媚なところを
通る。年間2000人あまりが挑戦するが、踏破できるのはわずか10%ほどだという。過酷なのだな。

そんなアパラチアトレイルに、老体を鞭打って出かける成功した紀行作家ビル・ブライソン(レッドフォード)。
国外はいろいろ出かけたが国内を知りたいと。で悪友カッツ(ノルティ)も同行することになる。
まあ、だいたい珍道中になることは予想できるわけで。出発するとすぐに音を上げるカッツ、(デブなんだもの)
川にハマる、グリズリーに出会う、崖から転落する、途中でずるしてレンタカーをかりようとする、などなど、
ブライソンの思いとは相容れない行動ばっかり。しかし彼はカッツを決して足手まといだ!とは言わない。

そう、見れば分かるが、カッツはブライソンの人生の負のメタファーにほかならないわけだ。年寄りには中々
過酷なトレイルだがそれでも何とか歯を食いしばってやれるところまではやってみる。でも途中でブライソンは
妻が恋しくなったり、カッツは気力が萎えてしまったりで、それでも3ヶ月歩いてちょうど中間点あたりまで
来たあたりで、ついに、リタイア。でも二人には後悔の念は無かった。むしろ自分なりにやり遂げ、それなりに
旅をする中で思うところも多かった。二人は意義を得て旅を終えることにしたのだった。肉体的には若い人には
叶わないが、カッツとの語らいの中で、また自分との語らいの中で肉体的なもの以上の心の満足を得た旅となった
のだ。現代通り、トレイルを歩くことが目的ではなく、森を歩いて得たこと、なのだ。

「私にであうまでの1600キロ」でも主人公は最後まで踏破出来ない。でも、その過程に描かれる過酷さは
今回の映画の比ではない。そのあたり、お気軽映画に仕上がっているので、どこかいっちょ上がり的な雰囲気は
拭えないところだ。レッドフォードはお年を召したがクール。ノルティが終始暑苦しく映画をかき回す役だ。

最後にモーテル軒ダイナーの女主人として登場するメアリー・スティーンバージェンとブライソンちょっとした
恋心?あたりが良かったかな。
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<ストーリー>
ユーモアあふれる旅行エッセイで知られる作家ビル・ブライソンの実話を基に映画化。ロバート・レッドフォード
が製作兼主演を務め、見た目も性格も正反対のシニア二人組が3500キロに及ぶ北米の自然歩道“アパラチアン・
トレイル”踏破を目指す旅を綴る。

60歳を超えた英国の紀行作家ビル・ブライソン(ロバート・レッドフォード)は、家族と共に故郷アメリカに戻り、
いまでは穏やかな生活を送っている。
だがそんな毎日に物足りなさを感じていたビルは、ある時ふと目にした一枚の写真がきっかけで全長3500キロと
いう北米有数の自然歩道“アパラチアン・トレイル”踏破を思いつく。
旅の同行者として名乗り出たのは40年ぶりの再会となる旧友カッツ(ニック・ノルティ)だった。

“酒浸りのバツイチ”で絵に描いたような彼の破天荒っぷりに心配を隠せないビルの妻(エマ・トンプソン)を
よそに、二人は意気揚々と出発。しかしシニア世代のビルとカッツの前に、大自然の驚異と体力の衰えという
現実が立ちはだかる。やがて彼らの冒険は、思いがけない心の旅へと進路を変えていく……。(Movie Walker)

<IMIDb=★6.3>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:46% Audience Score:48%>





# by jazzyoba0083 | 2017-11-15 23:10 | 洋画=ら~わ行 | Trackback | Comments(0)

●「アムール、愛の法廷 L'hermine」
2015 フランス Albertine Productions and more.98min.
監督・脚本:クリスチャン・ヴァンサン
出演:ファブリス・ルキーニ、シセ・バベット・クヌッセン、エヴァ・ラリエ、コリンヌ・マシエロ他
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<評価:★★★★★★☆☆☆☆>
<感想>
この映画、ヴェネチア国際映画祭で、男優賞と脚本賞を獲っているんだ。映画のオチが、裁判長と、陪審員に
選ばれた想いを寄せる女性との、異型な恋愛譚なのだね。最初は法廷劇だとばかり思っていて、裁判の進行に
注目が行っていた。自分の赤ちゃんを蹴り殺したとして逮捕された男と、被害者的立場の女房。一体真相は
どこになるのか、父親は殺していない、と主張する。どちらかが嘘をついているのか。その真相を追っかけて
いる間に、裁判長の恋愛話になってくる。裁判の行方はどうでもいいというか。(実は裁判の進行と判決は、
この映画に欠かせない心の動きを示すものとして重要なのだが、気がつく人がどのくらいいるだろうか)

フランスの陪審員裁判てこういうふうなのね、という勉強にはなった。一方、裁判の進行に裁判長とその
恋の相手となる陪審員の女性の心の動きがどのような具合に埋め込まれていたかわかりづらく、観終わって
一体、結局何を言いたかったのか、と思ってしまう。彼女への恋心が裁判長の人間に対する気持ちを変えて行き、
映画の背景となる裁判ではしごくまっとうな判決を出すに至る、というこなんだな、と分かるのは私としては
だいぶ時間がかかった。

ラシーヌは刑事裁判を担当する判事で、物事を杓子定規に捉えて人間味が薄く、判決は「懲役10年」以上が
多かったため周囲からは「10年判事」と揶揄されていた。しかし、今回の裁判。陪審員の中に数年前に
自分が入院した時に世話してくれて、それ当時ほのかな恋心を抱いていた女性麻酔医ディットの姿があった。
まあ、焼けぼっくいに火が付いたってやつ。裁判長なんだけど、陪審員を食事に誘い出したり、恋心を
打ち明けたり、彼女の高校生の娘と会ったりしている。(フランスでは法廷外で裁判官と陪審員が裁判中に
プライベートとは言え会えるんだなあ)そうこうしているうちに、堅物であったラシーヌの心に人を思いやる
心が厚みを増し始めた。(もともと無かったわけじゃないから)ディットの方も、素直に愛情を打ち明ける
ラシーヌを憎からず思うようになってきた・・。

裁判の方は、父が殺したのか、事故だったのか、母の陰謀なのかはわからないまま。疑わしきは被告人の
利益に(取り調べた警察官の杜撰さが分かるような証言シーンも挿入される)という原則から、「陪審員
の判断」は無罪。裁判長ラシーヌは、無罪を宣言し、父親を直ちに釈放するようにと命じて閉廷した。

恐らく、ディットとの出会いがなければ、もうすこし杓子定規な判決になっていたよ、といいたいのだろう。
でも裁判長の心の変遷が今ひとつ重みを持って伝わって来なかった。下記アメリカRotten Tomatoesの
批評家と一般観客との評価の差に私の心情が表れているような気がする。物語の骨子は面白いのになあ。

後から言われると、なるほどと思うけど、100分程の映画の中で、主人公ラシーヌ裁判長の心の動きが、
作品が言いたいことにように作られていたかというとかなり深読みしてこないと分からないんじゃないか。
WOWOWで観たのだが、ラブコメディって書いてあったけど、全然ラブコメディじゃない。人間ドラマだ。

なんか、面白そうで良くわからない。裁判のシーンと裁判長の恋愛シーンの割合はこれで良かったのかなあ。
嫌な映画ではないが、なんかひとつ引っかかりが残る作品だった。ディットがもい陪審員にいなかったら
裁判で父親は有罪になったかも、ってこと? 今回この父親はディットに感謝しなくちゃなあ。そこら辺も
すっきりしないところであった。キャスティングは良かったと思う。
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<ストーリー>
ミシェル(ファブリス・ルキーニ)は、厳格で人間味がないと恐れられている裁判官。ある日の法廷で彼は、
思いがけない人物と再会する。かつて入院していた時に想いを寄せた女医のディット(シセ・バベット・
クヌッセン)が、陪審員の1人として姿を現したのだ。
当時、彼女に受け入れられなかった気持ちが蘇り、動揺を隠せないミシェル。彼女の優しさは、患者に対する
医師としてのものでしかなかったからだ。だが、その再会は裁判長としてのミシェルの行動を変えて行くことに
なる。冷徹だった彼の審議は、ディットとのやり取りを経て、次第に人間らしい温かみを帯びてゆく。
その変化は、やがて彼女の心も動かし始める……。(Movie Walker)

<IMDb=★6.6>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:90% Audience Score:50%>



# by jazzyoba0083 | 2017-11-14 22:50 | 洋画=あ行 | Trackback | Comments(0)

●「ブレードランナー2049 Blade Runner 2049」
2017 アメリカ Columbia Pictures,Alcon Entertainment,Scott Free Productions and more. 164min.
監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ  製作総指揮:リドリー・スコット他
出演:ライアン・ゴズリング、ハリソン・フォード、アナ・デ・アルマス、マッケンジー・デイヴィス、
   シルヴィア・フークス、ロビン・ライト、ジャレッド・レトー他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
辛い評価となった。アメリカでの評価は高いが、客の入りとは比例していないようだ。本国でも本作の
出来については百家争鳴状態なのだが、まあそれだけBRファンが多いということで、論争も結構なこと
だと思うが、個人的には
        
            「5分で説明出来る映画を164分掛けて見せられた」

という印象が凄く強い。(他にもあるけどそれはおいおい)

<ここから先、かなりの怒りにかまけて、ネタバレしまくりますので、未見の方はご注意ください>

前作でレイチェルと姿を消したデッカードには、子どもがいた(!)ということから、倒産したタイレル社を引き
継いだ巨大企業が「レプリカントは生殖を獲得できるのか」という方向にストーリーを広げ、子どもを作れる
レプリカントで大儲けしようという巨悪(とその豪腕怪力女秘書ラブ)の存在を対立軸に、展開されていく
という仕立て。

次第に自分はデッカードとレイチェルの子どもではないか、と思い始める2049年のブレードランナー、K
(ゴズリング)の悩みと、しかし、子どもは女の子だったと証言される事態に直面し、自分の存在感を喪失し
つつある(本当は男女だけは別で全く同じDNAを持った子どもがいたはず)姿に悲しみがオーバーラップする。

要するに、メインストリートに脇道がやたらに多く、それが故に上映時間が長くなり、余計にストーリーが
分かりづらくなる。カットできるんじゃないか、あるいは短くしたほうがいいんじゃないかと思える冗漫な
シーンがあったりで、2時間に編集できたらもっと締まった映画になったと思う。

冒頭で「5分で説明できる映画を164分かけて見せられた」と書いたが、長くても、あるいはストーリーが
単純でも描かれるプロットやシーンに意味があれば、映画は長いと感じないはず。本作が「長いなあ」と
感じたのは、観ている人に興味のない脇道が多かった、あるいはカットできる長いシーンが多かったと
いう証左ではないか。

また、前作が制作された1982年では新鮮だった世界観も、今や私達が生きている時代が近づいてきてしまい、
混沌とした先が見えない暗い世界に、暗いまんまの映画を見せれても、鬱陶しくなるだけという点もあろう。
本作も前作と並び、映像は終始暗い。そしてストーリーも暗い。前作と比べるのは意味のないことかもしれないが、
いくらデストピアの物語とはいえ、見終えて映画館を離れる時、心がどんよりと沈んでしまう映画は、私は好きに
なれない。どこかすこしでも光明を感じたいのだ。「スター・ウォーズ」や一連のスピルバーグ作品にはそれが
あると思う。哲学的、高踏的、内省的、形而上的にテーマを見出そうとした制作陣の失敗だ。それは
前作に対する敬意の現れとしても、映画として面白くなけれが意味がない。ただの自己満足。

他方、美術、VFX、モデリングの造形、衣装、(プロダクションデザイン全体)、そして、オスカーの常連撮影
監督、ロジャー・ディーキンスの映像美はオスカーにノミネートされること必至なほど美しく計算されいていた。
私は物語よりそっちを注目してみていたくらいだ。一番好きだったのはエルビスのホログラムが出てきて
「愛さずにはいられない」を、ブチブチ切れる状態で舞台上で再生されるシーン。この歌にも意味を込めて
いるんだろうなあ。怪力豪腕秘書ラブの存在、いいけどよく分からない。自ら死んでいく時Kにキスするのは何?
そうした隘路を敢えて投げかけて、観る人に謎解きをしてもらって楽しんでもらおうというのか。手法としては
ありだろうが、本作に於いては、イライラが募るだけ。製作者の自己満足に終わってしまった。

大好きなハンス・ジマーの音楽も含め、全体がいろんな意味合いで「too much」な映画だった。
ラスト、デッカードは自分の娘と会ってカットアウトでエンドロールなのだが、「それがどうした」と
いう最後っ屁的なオープンエンド。う~む、期待が大きかった分、「怒り」が込み上げてきてしまった。

もちろん、ものすごく面白かった!と思えた人は幸いなり!本作を読み解いた人は幸いなり!
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<ストーリー>
2049年、カリフォルニアは貧困と病気が蔓延していた。労働力として人間と見分けのつかないレプリカントが
製造され、人間社会と危うい共存関係にあった。しかし、人類への反乱を目論み社会に紛れ込んでいる違法な
旧レプリカントは、ブレードランナーと呼ばれる捜査官が取り締まり、2つの社会の均衡と秩序を守っていた。

LA市警のブレードランナー・K(ライアン・ゴズリング)はある事件の捜査中に、レプリカント開発に力を
注ぐ科学者ウォレス(ジャレッド・レト)の巨大な陰謀を知ると共に、その闇を暴く鍵となる男、かつて
優秀なブレードランナーとして活躍していたが、ある女性レプリカントと共に忽然と姿を消し、30年間行方不明に
なっていたデッガード(ハリソン・フォード)にたどり着く。
デッガードが命を懸けて守り続けてきた秘密とは? 二つの社会の秩序を崩壊させ、人類の存亡に関わる真実が
明かされる……。(Movie Walker)

<IMDb=★8.4>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:88% Audience Score:81% >



# by jazzyoba0083 | 2017-11-13 16:30 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)