ジャズ・シンガー/ジャッキー・パリスの生涯 

「ジャズ・シンガー/ジャッキー・パリスの生涯 'Tis Autumn:The Search for Jackie Paris」
2006 アメリカ Hungover Rounge Inc.100min.<日本未公開・WOWOWにて観賞>
監督・脚本:レイモンド・デ・フェリッタ
出演:ジャッキー・パリス、アン・マリー・モス、ピーター・ボグダノヴィッチ、ジェームズ・ムーディ他
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相当ジャズが好きな私でも、この名前は聞いたような初めてなような、はっきりしない存在で、もちろん
CDは持っていませんでした。この映画を見て、改めて通販サイトの視聴を通して彼の歌声を聴くと、
CDが欲しくなりました。白人の明るい屈託のない歌声は、クルーナー唱法でない、いい意味で軽く
明るい歌声は、シナトラやクロスビーらとは違う魅力がある、と感じました。

しかし、そんな明るい歌声で素敵なジャズを歌うジャッキー・パリスの生涯には、明るくないことの
オンパレード。
 『1926年9月20日ニュージャージー州ナットレイ生まれ。若い頃はギター奏者として活躍し、47年に
MGMからレコード・デビューした。49年、50年はライオネル・ハンプトン楽団で歌い、クラブを活動の
場とした。50年代の後期にはタップ・ダンサーとしてショー・ビジネスの世界でも活躍。』
とネットを引くとTUTAYAのページに簡単な紹介があるのみ。
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ジャッキー・パリスは、40年代から60年代の短い期間、高い評価を受けたジャズシンガー。玄人から
市井のジャズファンまで親しまれたが、その甘い歌声の裏側には、重なる結婚の失敗、当時、
芸能界を牛耳っていた(といわれる)マフィアと手を組まなかったこと、などから一線から消えていく。
そして、一時は死んだ、と思われていた。そんなジャッキーが2003年に復活ライブを開いたのだ。
あの往時を偲ばせる甘い歌声は、声の張りさえ多少衰えたものの健在であった。

ジャズ好きなドキュメンタリー映画監督レイモンドは、ある日ジャッキー・パリスの歌声に触れ、CDを
探すが、行きあたったのは日本製の再発盤であった。彼の人生に興味を持ったレイモンドは
ジャッキーを探し出し、彼の生涯を、貴重な映像と写真、関係者の証言で綴っていく。

本人のインタビューもふんだんに取り入れられているが、彼は自分が不遇であったといわれることを
好まない、という。ジャッキーのような天才肌の不世出の歌手で、周囲の評価も高かったシンガーでも
実力だけでは芸能界の頂上を極めることは難しいということだろう。
一つにはマフィアとの決別もあっただろう。シナトラやサミー・デイヴィス・Jr.、ディーン・マーチンらの
イタリアマフィアとの繋がりは有名であった。ジャッキーもそうであればラスベガスの大ホテルでの
ディナーショーやテレビで自分の名前を付けたショー番組を持つことくらいそう難しいことではなかった
だろう。

インタビューで子供はいない、と語っていたジャッキーだが、最初の妻との間に息子がいた。彼も
オヤジのような歌手になろうとしたが、才能の無さをいち早く知り、またクスリの影響もあり、今は
母親と暮らす、全身刺青の落ちぶれた生活。横で、前妻がジャッキーをののしるが、息子はオヤジを
尊敬しているし、あんなオヤジのいる家庭を持ちたいともいう。ジャッキーの複雑な家庭生活の
一端を垣間見る思いだ。

2003年の復活ライブの翌年、ジャッキー・パリスはその生涯を閉じた。78歳だった。
ジャズファンならずとも、彼の生涯は興味深いだろう。ジャズ好きなら、前のめりで観れる内容だ。
この映画の詳しい情報はこちらまで。
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by jazzyoba0083 | 2009-07-20 22:40 | 洋画=さ行 | Trackback | Comments(0)