日の名残り The Remains of the Day

●「日の名残り The Remains of the Day」
1993 イギリス Columbia Pictures,Merchant Ivory Productions,134min.
監督:ジェームズ・アイヴォリー 原作:カズオ・イシグロ
出演:アンソニー・ホプキンス、エマ・トンプソン、ジェームズ・フォックス、クリストファー・リーヴほか。
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1993年度アカデミー賞に8部門でノミネートされながら、「シンドラーのリスト」や「フィラデルフィア」、
「ジュラシック・パーク」などの強敵の前に無冠に終わったものの、名作であることには間違いない。
沢木耕太郎が「完璧」と絶賛しただけのことはある。起伏の少ない、いかにもイギリスらしい(原作者は
ロンドン在住の日系英国人であるが)重厚さと色彩を持った静かな映画であるが、長い映画の冗漫さを
感じさせず、ぐいぐい引っ張っていく。それは、殆ど全てがアンソニー・ホプキンスとエマ・トンプソンの
演技の賜物である、と言い切れる。もちろん、J・アイヴォリーの演出は出色である。
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イギリスの執事、という普段我々になじみのない世界で生きる一人の男スティーヴンス(アンソニー)。
仕事にあまりにも忠実であろうとするあまり、人間としての感性を押し殺して厳格な生活している
(と見える)。

そこに自由奔放な女中頭ケントン(エマ)が屋敷にやってくる。感情を自由に現すケントンに対し、
ひたすら仕事という壁の中に入って出てこないスティーヴンス。ケントンは彼に惹かれながらも、
スティーヴンスの余りの壁の厚さに、自分の愛を諦めてしまう。スティーヴンスとて、愛情に興味がない
ではないが、自分を素直に外に出すことが出来なくなっているのか、性格的に逃げているのか、自分に
正直になれないのか、絶対に感情は外にはださない。(カメラワークとホプキンスの作る表情だけで、
彼の心情は台詞なしでも見事に捉えられている)

第一次世界大戦後のドイツをベルサイユ条約でがんじがらめにしてしまったことに対し、ドイツの
再軍備も含め、復興に力を貸すべきだ、と主張する主人のダーリントン卿が、自らの館で開催する
国際会議でも、様々な意見が飛び交う。特にアメリカ代表のルイス上院議員(クリストファー・リーヴ)は
ナチの台頭を恐れ、警戒するように主張するが、フランスやイギリスの同意を得られない状態であった。
そんな世界情勢についても、敢えて耳をふさぐ。執事は主人の仕事に立ち入ってしまってはならない
のだと彼は固く信じている。
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しかし、館にユダヤ系ドイツ人の娘2人がやってきて、いい女中になったのだが、ダーリントン卿は
反ユダヤの立場を守ろうと、この2人の首を切ってしまう。その仕事をウィリアムズに命ずる。彼は
粛々として首を切る。そういう態度にケントンは我慢ができない。彼女らを止めさせるならば私も辞めます
と感情を爆発させる。やがて、卿も反省して、二人を探して戻して欲しいとスティーヴンスに命ずる。
それを聞いたケントンの感激と、何の感情も外に出さないスティーヴンス。

また、重要な国際会議中に死亡してしまう、スティーヴンスの父に対する態度、更に、ケントンはひそかに
ウィリアムズに心を寄せていたのだが、知っていて知らないふりをするスティーヴンスに、ケントンは別の
男との結婚を決める。そのことを涙ながらに彼に言うと「それはおめでとう」とだけ。部屋に入って号泣して
いる彼女のところに来て、何かいうのか、と思ったら、女中の掃除が十分でなく、ホコリが目立つ、
注意するように、という台詞。ケントンはもう二の句が告げないのであった。

心が通じないままケントンは他の男との結婚のため屋敷を去っていく。

そして20年後。実はそこから映画は始まる。1958年のことであった。

全体のストーリーは
こちらのgoo映画
を参照ください。

特に印象的だったのは、スティーヴンスが部屋で何か読んでいるのをケントンが見つけ、何を読んでいた
のか強引に本を奪ってみると、普通の恋愛小説であったのだが、愛する対象の女性が目の前にいるの
にも関わらず、心を開かず、小説に「逃げている」、男としての悲哀を感じるシーン。
また。20年後の館では新しい主人となり、使用人が足りなくなっていたため、ケントンから手紙を
もらっていたこともあり(これが離婚したエマからの愛情の発露であったのだが)、ケントンをもう一度、
館に招こうと、(自分の胸の内のケントンに対する愛情もあっての覚悟の旅行であったはず)主人の
クルマを借りて、ケントンの住む町に出かけた。
途中でクルマが故障して小さなパブにやっかいになるのだが、そこで論争好きな客たちに、先の大戦
のことをいろいろ吹きかけられるが、ここでも自分の感情を押し殺したまま。せめて、チャーチルや
首相とあったことがある、などというのが精一杯。そんなところにもスティーヴンスの心理が上手く出せて
いたと感じた。
そして、せっかく20年ぶりであったケントン(実は離婚していた)が、娘に子供(孫)が産まれるのでこの
街を離れたくない、と館に行くことを断るのだが、バスに乗って別れていくところでケントンが、精一杯、
自分にとってスティーヴンスが必要な人だと訴えていたのにもかかわらず、「もうこれでお会いすることも
ありますまい。お元気で。さようなら」と、言ってしまうところ。
バスに乗って去っていくケントンがいつまでも悲しそうにスティーヴンスを見つめているシーンは、悲哀に
満ちていた。
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イギリス貴族に仕える執事と女中頭。これに第一次世界大戦の後の欧州の復興の仕組みやナチの
台頭なども加え、スティーヴンスという男の、自らの幸福を自らの手で遮断していく悲しさを、アンソニー・
ホプキンスならではの重厚な演技で見せきった。これを受け止めたエマ・トンプソンも実にはまり役
だったといえよう。
この映画の詳細は
こちら
まで。
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Tracked from ☆彡映画鑑賞日記☆彡 at 2010-03-16 20:52
タイトル : 日の名残り
 コチラの「日の名残り」は、「上海の伯爵夫人」の脚本家のカズオ・イシグロの原作小説を、同作の監督ジェームズ・アイヴォリーが映画化したラブ・ストーリーです。主演は、アンソニー・ホプキンス、エマ・トンプソン。執事と女中頭という、とても2人にぴったりな役どころ....... more
by jazzyoba0083 | 2009-09-30 23:40 | 洋画=は行 | Trackback(1) | Comments(0)