2010年 04月 17日
扉をたたく人 The Visitor
2007 アメリカ Groundswell Productions,Next Wednesday Productions,
Participant Productions, 104min.
監督・脚本:トム・マッカーシー
出演:リチャード・ジェンキンス、ヒアム・アッバス、ハーズ・スレイマン、ダナイ・グリラ他
<感想>
いい映画を観たなあ、といういい感覚を味わえた。日本では単館上映になった類の映画
だろうが派手さも、人気俳優のキャスティングも無いが、しみじみと静かに心に沁み入る
タイプの作品だ。
最後のカタルシスをどこに求めるかに寄るが、事象としては何も解決せずに終わっていく。
しかし、ラストシーンで主人公の大学教授が地下鉄でドラムを打ち慣らす光景は、
映画の主張を一気に表しているようであり、彼の怒り、起きた事件の不条理、愛する人と
別れなければならない哀しさ、そして彼の次へのアクションの決意・・・そんな所までを
表出していた。
編集が上手い。久々に編集を意識して観た映画だった。撮影もパーンやドリーを多用せず、
カットを積み重ねて物語を紡ぐのだが、それがまた映画の趣味に合っていて、気持ちよい。
ストーリーも非常にシンプルで判り易く、観客も自己移入しやすいのではないか。それにしても
リチャード・ジェンキンスの演技(アカデミー主演男優賞ノミニー)は素晴らしいの一言。
妻を失ってから日々何の変化も求めず、何の感動も覚えず、大学の講義は20年間同じこと
の繰り返し。せっかく習っていたピアノも止めてしまう。(ピアニストだった妻を忘れたく
ないという気持ちもあったのだろう)
そんな死んだような暮らしのウォルター・ヴェイル教授に、大きな変化が起きるのだ。
<ストーリー>
そのウォルター教授、自分が書いたのでもない論文の発表のために大学のあるコネチカットから
NYに出向く。NYに借りてあるアパートに行ってみると、人が住んでいる気配が。
そこにはシリア人のタレクとセネガル人の恋人ゼイナブが暮らしていた。びっくりする
ウォルターだったが、彼らは友人に騙されて入居したらしい。二人は不法移民だったため
警察に通報されることを恐れ、争いもせず退去して行く。
しかし、その晩泊るところも困るだろう二人を、ウォルターは自分のアパートに泊めることに
した。タレクはジャンベと呼ばれるアフリカンドラムの奏者で、ライブに行ったりして金を
稼いでいた。ゼイナブは自分でアフリカンアクセサリーを編んで路上で売る生活。
ウォルターは、タレクの叩くドラムの響きに次第に心を惹かれ、タレクに教えてもらいながら
ドラムの練習を続け、セントラルパークで、皆の前で叩けるまでになった。
そんな折、地下鉄に乗るときに無賃乗車のように思われたタレクは、警察に拘束され、不法
移民であったため、入管に拘束されてしまう。ウォルターは弁護士を雇い、何とかタレクを
釈放するように努力するが、9.11以降不法入国については国は厳しい姿勢を貫いており
思うようにまかせない。
ウォルターはコネチカットに帰らなくてはならなかったが、NYにい続けてタレクに毎日面接
に行っていた。そのうち、タレクの母親モーナが、息子と連絡がつかなくなっていることを
心配してNYにやってきた。ウォルターは訪ねてきたモーナに事情を話し、暫くはここに
滞在するといい、と提案した。母は身分上、面接に行くことが危ないので、ウォルターが
母の手紙を持って面接に通ったりしていた。しかし事態は少しも好転しない。
その間、ウォルターとモーナはブロードウェイに「オペラ座の怪人」を観に行ったりして、
モーナの無聊を慰めていた。二人の気持ちが接近していることが判る。
結婚しちゃえばモーナはアメリカ国籍になり、息子も国籍を獲得できないのかなあ、などと
思いながら観ていた。
ある日突然、タレクが移送された、という情報が入る。ウォルターはモーナと急いで拘置所に
駆けつけるが、タレクはその朝シリアに強制送還になったという。
「私たちはなんて無力なんだ!」と怒りを爆発させるウォルター。そこにはつい1カ月も前の
死んだような老教授の姿は無かった。モーナもウォルターと一緒に居たいと思うようになった
のに、やはり息子のいるシリアに帰るという。帰れば二度とアメリカには戻れない。
母は過去に息子に来た難民申請に伴う出頭通知を本人に黙って捨ててしまったため、彼は
不法滞在になってしまったのだった。しかし9,11まではそれでも普通に生活が出来ていた
のだった。あの事件が、彼らの生活も変えてしまったのだし、ウォルターにも悲劇をもたらした
のだ。だが、タレクに出会わず、彼が強制送還される事態にならなければ、ずっと心を閉ざした
人生が続いていたのだろう。
淡々とストーリーが展開する中にも、映像やドラムの音で、感情を演出している。ハドソン湾
から観たNYの夜景が、「ああ、あのあまたの灯りの下にも同じような悲しみや不条理が
たくさんあるのだろうなあ」と思わせる。
騒がれなかった?が完成度の高い作品だと思った。今年観た映画の中の高評価作品に間違いなく
入るものだ。
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