わが青春に悔いなし

●「わが青春に悔なし」
1946 日本 東宝 110分
監督:黒澤明
出演:原節子、大河内傳次郎、藤田進、杉村春子、三好栄子、河野秋武、高堂国典、志村喬他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
終戦直後にGHQの存在がある中、作られた、という点を考慮すべきではあるが、
軍の関与から解放され、黒澤本来の反権力思想と、戦後の新しい風が
一体となったドラマとなっている。「女性」という視点、「思想」と「恋愛」と
いう視点、「都会」と「農村」という視点などなど、計算されたプロットが
落とし込まれている。
また走る人をパーンしてそれを連続するカット、(後「七人の侍」などで黒澤が
映画に動きを与える手法として多様。)カットバックでの驚愕表現、効果的な
ズームバックやトラックバック、計算されたフレーミングなど、既に映像
表現家の巨匠としての手法が存分に展開される。
また同フレームで人物を次々とデゾり、顔の変化を出す手法などは
当時としてはユニークではなかったか。

後に所謂黒澤組と呼ばれる配役陣になる前の、大河内傳次郎、原節子、
藤田進らが出演し、三船敏郎以下の布陣を見慣れたものとしては新鮮。
原節子はバタ臭い顔をしているが、艶かしく上目遣いをする演技は
当時の観客を酔わせたことだろう。彼女が農村で鍛えられて、所謂「女権
拡大運動家」として成長するさまは、なかなか良かったが、両家の娘という
「甘さ」がどうも吹っ切れなかった。描き方が短絡過ぎたか。
全編に旧制第三高校逍遥の歌「紅もゆる岡の花 早緑匂ふ岸の色
都の花に嘯けば 月こそかかれ吉田山 緑の夏の芝 ...」が様々なアレンジ
で印象的に使われる。冒頭のシーンは吉田山のハイキングだ。

投獄されるまでの幸枝(原)の行動の煮え切らなさが長かった。
また、八木原の両親。父親(高堂国典)が何も仕事をしないでいて、女ふたりが
やっとの思いで仕上げた田植えを村人に台無しにされるに及び、怒りつつ
田んぼに出てくるというのは、何を言いたかったのかよくわからなかった。
野毛(藤田)と糸川(河野)と幸枝の3様の生き方が、学生時代、戦中、戦後と
変化していく様子を反戦というニュアンスで描いた、と感じた次第。
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この映画のストーリー等の詳細はこちらのWikipediaをご参照ください。
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by jazzyoba0083 | 2013-01-12 22:50 | 邦画・旧作 | Trackback | Comments(0)