ゼロ・ダーク・サーティ Zero Dark Thirty

●「ゼロ・ダーク・サーティ Zero Dark Thirty」
2012 アメリカ Columbia Pictures ,Annapurna Pictures,First Light Production.158min.
監督:キャスリン・ビグロー
出演:ジェシカ・チャスティン、ジェイソン・クラーク、ジョエル・エドガートン、ジェニファー・イーリー他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
2011に「ハート・ロッカー」で作品・監督・脚本など6部門を獲得したキャスリン・
ビグロー監督が、同じマーク・ボール脚本により、ビン・ラディン殺害へ至るCIAの
事情を描いた。雰囲気が同じような感じなのは、監督も脚本も同じだからなのだろう。

この映画を見ながら2つのことを考えていた。1つは「ハート・ロッカー」との比較。
本作もオスカーに5部門にノミネートされているが、前作と比べると監督賞に該当して
いないのが興味深い。本作を鑑賞して後、自分が書いた「ハート・ロッカー」の感想を
読み返してみたのだが、

「キャスティングにビッグネームが見えないのにこれだけの評価を得ているのは、
やはり脚本がいいのだろう。テーマ設定の勝利であり、ドラマ性を排除したドキュメンタリー
タッチのクールな映像は、まるでバグダッドからの生中継を見ているように緊迫する。
観客は131分絶え間ない緊張を強いられるので、見た後実に疲れる。これといった
ストーリーがある訳でなく、3人の爆弾処理班の行動を幾つかのエピソードの中で描いて
行くのだが、見る人によっては、単なる爆弾処理のアクションムービーと映るかもしれない。
しかし、まるでノンフィクションのような(手持ちカメラの影響もあるか)展開は、ラスト直前
まで徹底して日常を排し、戦争の狂気の中で人間がどう振る舞えるか、ばしばしと観客に
投げて来る。」

と記してあった。本作への感想も似ている。戦場がイラクからアフガンに移り、主人公が
爆弾処理班からCIAに変わったのだが、「手持ちカメラ」「非日常に徹したドキュメンタリー
タッチ」「観る人に問題を投げかける」という趣旨は同様だ。
しかし、である。私として、「ハート・ロッカー」ほど感動しなかったのは何故だろう。
思うに、人の心を具体的に描いたか、どうか、にあるのではないか。
ラスト、マヤの涙は何を物語っているのだろうか、ということに収斂されていくのだろうが、
前作の方が、訴えるものが普遍的であり、具体的であったと思える。
もちろん、本作を作り上げる上で膨大なインタビューを行った脚本家と、徹底的に
事実に近い映像を創り上げることにこだわったビグロー監督の苦労は映画に結実している
のではあるが。

さらに考えるに、上記の反応は9・11を直接体験していない日本人だから、ということも
言えるのではないか、とも思うのだ。全編暗く地味な会話劇が続くが特に前半1時間の
拷問シーンから、アラブの名前が乱舞するテロ一味を捕虜から聞き出すくだりは、
辛抱が必要なほど地味。(但し、実は名前を覚えることはそう重要ではない)
しかし、アメリカ国民はこれを肌感覚で感じることが出来るので評価が自ずと高くなる
のは理解できる。 アメリカ国民にとっては遠くで行われたこととは云え、これは戦争
なんだな、ということだから。
そうしたシンパシーという点からも日本では客の入はそう良くないと見た。

それにしても、マヤがビン・ラディンを必死になっておうキッカケとなったのは親友を爆殺
された「私怨」であり、CIA長官が現場のことを知らずにノー天気なことをほざく姿などを
見るにつけ、戦争というものは時に恐ろしく個人的なレベルに落とし込まれ、多くの人が
死んでいくのだな、ということも考えさせられた。
つまりラストでのマヤの涙も、それらも含め、胸に残ったのは虚しさだけ、ということでは
ないか。
衛星から送られていくる画像で、男女の人数やおおよその年齢などを分析してしまう
シーンには今更ながらビックリ。物理的リアルさの向こうで行われる現代戦の怖さを
改めて感じた。

2つ目は、先週観た「レ・ミゼラブル」との比較である。片や19世紀のフランス、片や
21世紀のアフガニスタンと、まったく状況は違うが、実は通底するものを感じて
いたのだった。
それは、貧困と宗教である。 フランスにおける革命も「レ・ミゼラブル」つまり、憐れむべき
貧者たち、抑圧された庶民が声を上げたものであり、一方でイスラム原義主義者たちの
怨念の根底にあるものの1つにも、貧困があるのだ。アメリカは富を一手に奪い去る悪の
総本山でありアメリカ人を殺すことは、イスラムの教えに叶うと狂信しているわけだ。
本作で描かれる、パキスタンやアフガンの街も、貧しさに満ちている。

「レ・ミゼレブル」では、絶対的利他主義こそ神に祝福されるべき人間の生きる道との
ビクトル・ユゴーの主張が汲み取れるのだが、本作では、それとは対極にある「不信」と
「利己主義」(アメリカもイスラムも)が描かれているのだとおもう。こうした映画が
同じオスカーの土俵に登るのは誠に興味深いと言えよう。
こうした映画を作れることにアメリカの凄さとパワーを感じもするのである。
奇しくも上映時間は両作とも158分。どちらも長いとは思えず見切ることができる良作で
あることは確かである。

なお、タイトルのゼロ・ダーク・サーティとはビン・ラディン殺害作戦が決行される時間、
深夜0時30分の軍事用語である。
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<ストーリー>
「「ハート・ロッカー」のキャスリン・ビグロー監督&マーク・ボール脚本コンビが、米海軍
特殊部隊“ネイビー・シールズ”によって遂行されたオサマ・ビンラディン暗殺をめぐる
驚愕の舞台裏を、ビンラディン追跡で中心的役割を担ったCIAの若い女性分析官を
主人公に描き出した衝撃の問題作。

当事者たちへの入念な取材によって明らかとなったリアルな追跡作戦の行方を
スリリングに描くとともに、10年にわたる勝者のない戦いの果てに辿り着いたアメリカの
いまを見つめる。主演は「ヘルプ ~心がつなぐストーリー~」「ツリー・オブ・ライフ」の
ジェシカ・チャステイン。
 
 巨額の予算をつぎ込みながらも一向にビンラディンの行方を掴めずにいたCIA。
そんな手詰まり感の漂うビンラディン追跡チームに、情報収集と分析能力を買われた
まだ20代半ばの小柄な女性分析官マヤが抜擢される。さっそくCIAのパキスタン支局へ
飛んだ彼女だったが、取り調べの過酷な現実に戸惑いを見せる。
そんなマヤの奮闘もむなしく捜査は依然困難を極め、その間にもアルカイダによるテロで
多くの命が失われていく。そしてついに、マヤの同僚ジェシカがテロの犠牲になってしまう。
以来、個人的な感情にも突き動かされ、これまで以上にビンラディン追跡に執念を燃やして
いくマヤだったが…。」(allcinema)

この映画の詳細はこちらまで。
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Tracked from 気ままな映画生活 at 2013-02-24 23:34
タイトル : No.338 ゼロ・ダーク・サーティ
2011年5月2日に実行された、国際テロ組織アルカイダの指導者オサマ・ビンラディン捕縛・暗殺作戦の裏側を、「ハート・ロッカー」のキャスリン・ビグロー監督が映画化。テロリストの ...... more
by jazzyoba0083 | 2013-02-16 13:20 | 洋画=さ行 | Trackback(1) | Comments(0)