シャンボンの背中 Mademoiselle Chambon

●「シャンボンの背中 Mademoiselle Chambon」
2009 フランス TS Productions,F Comme Films.101min.
監督:ステファヌ・ブリゼ  原作:エリク・オリデ
出演:ヴァンサン・ランドン、サンドレーヌ・キベルラン、オーレ・アッティカ、ジャン・マルク=ティボー他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
日本未公開で、WOWOW「W座」の小山薫堂と安西水丸がフランスで買い付けてきたと
いう作品。フランス映画らしい、どこにでもあるようなお話が静かに進むが、そこの裏側の
心の動きが激しいという佳作である。
(正確に言うと劇場未公開ではなく、WOWOWの企画「旅するW座」で全国単館上映されている)

いわゆる不倫映画ではある。フランス版「恋に落ちて」ともいわれるそうだが、この手の
ドラマは男女を入れ替えたりして、いろんな映画になっていると思う。

本作は、主演の夫婦と代理女教師の3人の心の動きを、観客がまるで台本のト書きを書く
ように感じながら鑑賞することが出来る。分かりやすいし、オチも落ち着いくところに落ち
着いたなという感じで、後味もいい。

静謐(間)と目線の映画、とも言えよう。ワンショットがノイズのみで長く回される。
ややもすると気持ちの悪い間であったりするのだが、本作ではそれが男女の心の動きを
上手いこと表しているのだ。監督の手法と役者の演技の賜物であろう。 

極め付きは、バイオリンが趣味の女教師が自らの転任が決まったあとで、教え子の男性の
父の誕生会にサプライズとして呼ばれ演奏するシーン。
エドガーの「愛の挨拶」を演奏するのだが、この曲のタイトルの持つ意味。このところ精神状態が
おかしい夫のその理由を、演奏する女教師を見つめる目線ですべて分かってしまった妻。
演奏された曲は、父親へのプレゼントであると同時に、いやそれ以上に、彼女にとっては
愛してしまった教え子の父親への別れの挨拶であったに違いない。

だが、その日教師を送っていった父親と女教師は結ばれる。明日朝町を出る列車に
自分も乗る、という男に「出来もしないことをいうものではない」という教師。

その朝、プラットフォームに立つ教師。かばんを持って追いかけてきた男性。しかし男性は
地下通路で立ち止まる。(この時、多くの観客は、やめろ、やめとけ、思うはずだ)
やがてベルが鳴り、男を待つ風情の女教師は、諦めて列車に乗るのだった。

家に帰った男。ボストンバッグを置いて水を飲むが、妻はどこで何が起きたかを察知したに
違いない。 エンディングで流れる歌は、愛の復活を匂わせるが、さて・・。

複雑なエンターテインメント性を排除し、日常にある姿をまるでドキュメンタリーを見ている
ように淡々と描いていて清々しい。冒頭の親子三人での他動詞の目的語を見つける宿題、
なんてなかなか思い付かない。  道ならぬ恋にはまった男女の短い夏のお話だ。
ハリウッド映画のような仕掛けはないが、観てしまう佳作である。
大工の男性、その妻、女教師、この3人の役者がいずれもいい感じだ。
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<ストーリー>
妻子と幸せに暮らしている大工ジャンは、ある日、1人息子ジェレミーの担任で代理教師の
シャンボンと出会う。ジャンがシャンボンの部屋の窓を修理したことをきっかけに2人の仲は
急接近し、ごく自然にキスを交わす。しかし、2人の関係はそれ以上進むことはなく、むしろ2
人は微妙に距離を置くようになる。それでも互いの想いは募る一方であり、耐え切れなくなった
シャンボンは契約の延長を断わって町を去ることを決める。

シャンボンが町を出る前日、ジャンは老父の誕生日パーティにシャンボンを招いて彼女に
バイオリンを演奏をしてもらう。シャンボンを車で家まで送り、彼女が家に入る姿を見送った
ジャンは運転席で涙ぐむ。そこにシャンボンが家から出て来る。
万感の想いで見つめ合う2人は遂に結ばれ、ジャンは全てを捨ててシャンボンと暮らすと言う。

翌朝、シャンボンは駅のホームでジャンを待つ。ジャンも駅に向かうが、ホームに行く途中で
思いとどまり、家に帰る。シャンボンは諦めて1人で列車に乗って町を出て行く。ジャンは
帰宅すると何事もなかったかのようにいつも通りに妻と接する。」(wikipedia)

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by jazzyoba0083 | 2014-01-19 22:50 | 洋画=さ行 | Trackback | Comments(0)