2014年 04月 02日
アルバート氏の人生 Albert Nobbs
2011 アイルランド Mockingbird Pictures,Trillium Productions,and others.113min.
監督:ロドリゴ・ガルシア 製作・脚本:グレン・クローズ他
出演:グレン・クローズ、ミワ・ワシコウスカ、アーロン・ジョンソン、ジャネット・マクティア他
<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
主演を務め、製作や脚本も手掛けたグレン・クローズ。私は「白と黒のナイフ」で、
メリル・ストりープに似た女優さんだなあ、という記憶が一番強いのだが、実はオスカーに
何度もノミネートされ、ゴールデングローブ賞やトニー賞も獲っている名女優なんだという
ことが確認できただけでも大きな成果だった。
そのグレン・クローズが構想30年、あちらこちらからお金を集め遂に2011年にアイルランドで
制作をした作品。彼女はアメリカ出身ではあるが。もともとは1982年にオフブロードウェイで
彼女の主演で上演された「アルアート・ノッブス」。グレンが気に入り、ついに映画化されたもの。
19世紀のアイルランドの曇り空の多い陰鬱な空気の中で、味わい深いストーリーが展開される。
決してハッピーエンドではなく、いやむしろ救いの少ない結末であるが、それを含め、
アルバート・ノッブスという人の人生が、さまざまな思いを引き連れてくる。
捨てられて感化院で育ったアルバートは14歳の時に男に成りすましてウェイターを始め、以来
男としてホテルの優秀なウエイターとしてつつましく生活してきた。男を受け付けないのは、
少女の時に乱暴されたトラウマがあるからで、アルバートなりに生きていく方法を考えた訳だ
った。 その晩年のアルバートの姿を、数奇な運命が襲うのだが、それを主に描いていく。
ホテルに入ってきたペンキ職人ヒューバート・ペイジとの出会い、そして彼も実は女性であり
結婚までしていることは、アルバートに勇気を与えた。そこから同じホテルのメイド、ヘレン・
ドウズとの恋。 600ポンドの貯金を基にアルバートは喫茶店付のタバコ屋を開業したいと
いう夢を持っていた。妄想するその完成した店にはヘレンの姿やヒューバートの姿もあった。
しかし、ヘレンはあるホテルを首になりアルバートのホテルにボイラー工とウソをついて
転がり込んできたチンピラのジョー・マキンスといい仲になり妊娠までしてしまう。
ジョーは、ヘレンにアルバートから金を巻き上げろ、という。アメリカ行きの資金にするのだ。
アルバートとヘレンは上手く行かなくなる。年齢の離れ方も現実的ではなかった。そんななか
イギリス全土をチフスが襲った。ホテルの従業員でも何人かが死亡、アルバートも罹患するが
なんとか回復した。ペンキ職人ヒューバートの妻も亡くなってしまった。アルバートはヒューバート
に、自分と一緒に仕事をしようと誘うが断られる。しかし、ヒューバートはアルバートに妻の衣装を
着せて、自分も女性の服を着て海岸を散歩、自分を解き放ちなさい、自分らしく生きるのよ、と
いうのであった。
アルバートはそこでヘレンにも言い寄るがヘレンはジョーとアメリカに行くことを諦めず、
アルバートの縁を切る。しかし、アルバートの忠告した通り、ジョーはヘレンと赤ん坊を連れて
アメリカに行くことを断る。身勝手な奴だったのだ。
ホテルの階上にある従業員の部屋の前でヘレンとジョーが言い争いになり、仲介に入った
アルバートは突き飛ばされて、壁に頭をしたたかに打ち付けてしまう。耳から血が出ている。
アルバートはそのままベッドに横たわり目をつぶるが、その目が再び開くことは無かった。
次の日、仕事に現れないことを不思議に思ったヘレンがアルバートの部屋に行くと様子が
おかしい。常客の医師が駆けつけるがすでにこと切れていた。そして医師は診断の折、
アルバートが女であったことに驚くのであった。「アルバート・ノッブス、なんという惨めな
人生だったのだ」という意志のセリフが重く響く。
ホテルの女将は、彼女の貯金ノートを見つけ、アルバートが床下に貯めていた例の
タバコ屋開店の資金を黙ってくすねた。それでホテルを改築したのだった。
可愛そうなアルバート。その改築に呼ばれたのがペンキ職人のヒューバートだった。
ジョーに捨てられたヘレンと赤ん坊を抱いて、ヘレンが「子供は取り上げられ、私はまた
露頭に迷うことになるのね」というと、ヒューバートは「そうならないようにしよう」と、
二人を引き取ることを匂わせて映画は終わる。
小さな幸せを願ってつましい生活をしてきたアルバートの人生とは何だったのだろうか。
ジョーがホテルを首になってアルバートのいるホテルに来なければ死ぬことも無かった。
だが、それもまた人生なんだろう。600ポンドというのが当時どのくらいの価値があったか
は分からないが、おそらくタバコ屋を一軒買って開業するくらいの価値はあったのだろう。
そこまで貯めておいて壁に頭を打って死んでしまうなんて・・。彼女の魂は救われたのか。
神様を信じていた風情は描かれていないが、神は彼女に何を目的にこの世に送り込んだ
のか。無常と空虚さを感じざるを得ない。しかし、彼女が不幸だった、とは誰が言える
だろうか。ベッドに横たわり死んでいたアルバート。亡くなる前に完成したタバコ屋の幻影を
見ていた。自分を解き放ち、自分らしく生きようとした矢先、その幻影の中で彼女は男としての
人生から解き放たれていたのだろう。
オスカーの主演女優賞にノミネートされたグレン・クローズの思い入れが十分に表れた
味わいがある作品だった。彼女は彼女なりに一生懸命生きた。事故で死んだが、誰が
彼女を不幸だったといえるのか、そんなことを投げている作品だと感じた。
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