晩春 

●「晩春」(デジタル修復版)
1949 日本 松竹映画 108分
監督:小津安二郎  脚本:野田高梧、小津安二郎  音楽:伊藤宣二
出演:笠智衆、原節子、月丘夢路、杉村春子、三宅邦子、三島雅夫、青木放屁、宇佐美淳他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
名匠小津安二郎の記念碑的作品。原節子を初めて起用した「紀子三部作」の1作目。
遺作「秋刀魚の味」まで続く野田高梧との共同脚本の1作目、いわゆる小津スタイルの
確立、などなど話題に事欠かない作品で、海外での評価も高い。

私は世の中に数多(あまた)いる小津信者でもなく、映画芸術評論家でも無いので、
あまり突っ込んだ感想を書くとハレーションが起きそうなので控えめに(苦笑)するが、
好きな作品で今回で数回目の鑑賞とはなると思う。
ただ、個人的には「東京物語」や「秋刀魚の味」の方が好きだが。

小津の作品の大きなテーマである「結婚」と「老いゆく父」というテーマのキッカケともなった
作品。個人的には「ファーザーコンプレックス」という言葉が脳裏を横切った。
特に、父と能を観劇するシーンで、父が再婚してもいい、と言っている相手の三輪未亡人
(三宅邦子)を見つけ、睨めつけるような視線を送るシーンはこの映画の白眉ともいえ、そこ
には、紀子の父性コンプレックスを強く感じるのだ。敢えて原節子の顔のテカリを出し、
油切った顔つきは、横でニコニコと能を楽しむ父とは対照的に、能面の下に隠された鬼面性を
表出していると確信したのだ。

それは、京都観光で二人でマクラを並べて寝るところでも感じる。小津のアップとセリフの
シナジーの真髄のような気がする。原節子のバタ臭い顔がまた非常にモノを言っているのだ。
京都では有名な「壺」論争があるが、私はこれは父性コンプレックスのメタファーと思っている。
いかん、小津信者様がたを刺激する方面に突っ込んでしまった!
わかりやすいメタファーと云えば、ラストシーンでの、父親が紀子が嫁に行った晩、一人で
りんごを剥くところ。この凸凹に剥けるりんごの実と皮こそ、父親の今後のメタファーであろう。

ローアングル手法、パーン、ドリー、トラック、ズームなどを使わないフィクスカットの連続、
カメラ目線の正対でのセリフの切り返し、独特のセリフ構造、効果的なハイライトの使い方、
などこれからの小津映画のメソッドを確立した作品として、観るべきところは多い。

ネットを検索すると、本作に対する熱い思いを綴ったブログは枚挙に暇がないので、興味が
ある方はそちらを読まれると、「小津映画芸術論」が理解出来ると思う。
大筋についてはこちらのWikipediaを参照ください。

今回はNHKBSで放映されたデジタル修復版を鑑賞したが、画像は輪郭が明確になるなどの
改善はあったが、音声が聞き取れない部分があって、特に杉村春子や月丘夢路のセリフは
聞き取りにくかった。これはこの時期の黒澤映画でも言えることなのだが。
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by jazzyoba0083 | 2016-04-04 23:10 | 邦画・旧作 | Trackback | Comments(0)