怒り(あるいは日本映画の限界、『君の名は。』ヒットのワケ)

●「怒り」(あるいは日本映画の限界、『君の名は。』ヒットのワケ)
2016 日本 東宝 142分
監督・脚本:李相日
出演:渡辺謙、森山未來、松山ケンイチ、綾野剛、宮崎あおい、妻夫木聡、広瀬すず、作久本宝
   ピエール瀧、三浦貴大、高畑充希、原日出子、池脇千鶴ほか。
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>

最初にお断りしておくが、掲げたタイトルは「怒り」のみである。原作は、吉田修一の同名の
小説。「悪人」も同じ監督で映画になった。しかも妻夫木聡主演であった。
本作、面白いストーリー建てであったし、3つの話を綾織るように映像表現できていたのも
良かったと思う。
但し、本ブログの表題に書いたような感想を持ったのだ。それを説明したい。ご覧頂きたい。
出演者の名前を。オールスターであることはそうなんだが、私としては普段テレビで観ている役者
さんがずらりと並んだという感じである。それでどうなったか。こうした現代社会の生々しくも
現実的なストーリーを展開する上で、テレビで見慣れた役者さんの存在がじゃまして、映画の
物語に没頭できなかったのだ。普段テレビで観ている顔が深刻な場面を演じても、バラエティ番組に
映画の宣伝に出てきて、明るい顔で、「是非映画館へ」などという顔が浮かんでしまうのだ。

例えば、ゲイの妻夫木聡と同じゲイの綾野剛の裸のカラミなどは、痛々しくて観ていられない。
渡辺謙、宮崎あおいなどは民放の連ドラなどにはあまり出ないが、その他のキャストはテレビドラマの
常連だ。
翻ってハリウッド映画を考えてみる。アメリカとは映画やテレビの産業としての成り立ちが違うので
責めどころを間違わないようにしなくてはならないが、ハリウッドのムービースターたちは原則
テレビドラマに出ない(というかギャラが高くてテレビはキャスティングできない)またCMにも
出てこない。それ故、映画館というハレの舞台で観客はその作品に頭から没入できるのである。
モーションピクチャーに重みがある理由が存在すると感じるのだ。

テレビドラマだって同じような役者が1クールごとに演じているじゃない、それだって没入できない
んじゃないか?という声もあろう。確かに理屈としてはそうである。だが、お茶の間のテレビは
映画とは比較にならないある種の「手軽さ」があり、また連ドラは10話なりで完結するものである
が故に2時間そこそこで話を完結させなくてはならない、「わざわざお金を払って見に出かける」
映画とは根本的に映像表現としての構造が異なるのである。

そうした日本独特の「映画とテレビの境界線の曖昧さ」が、幾らいい演出が出来、素晴らしい演技が
出来る役者がいたとしても、作品に没入できる力を削ぐ要因になっていると思ったのだった。
断っておくが、これは役者や監督のせいではない。日本の映画というシステムが負うところだ。
これは誰かが改革しようとして出来るものでもないだろう。背景が警察、探偵もの、時代物、未来ものなど
キャラクター付けが強烈にできるものは除くのであり、あくまでも、シリアスな現代劇、という点に
絞られると思う。どうしても昨日見た綾野剛であり、一昨日見た広瀬すずなのだ。映画はそう毎日観るもの
でもない。だが逆に言えば、地味なストーリーを名前をあまり知らないような役者が演じたとしたら
どうなのか、みんな観てくれるのだろうか、というところは付いて回るだろう。何度も云うが、本作から
私が感じた点は役者・監督が悪いわけではないことをお断りする。(妻夫木くんは軽いなあとは思うけど)
本作でそれぞれの俳優たちプロ意識の下、最大限体当たりの演技をしていたとは思う。それに上記の考えは
テレビを普段観ない人には関係のない話だ。(だが、役者の層の割にはたくさん映画が作られるので
その点に関する演者のイメージのダブリはあるだろう)

それ故に、生身の人間が登場しないアニメ作品『君の名は。』を筆頭に、「いつも見る人」があまり
登場せず、ジャニーズも登場せず、サイドストーリーを徹底して削いだ『シン・ゴジラ』がヒットする
理由の一つに上記の理由があるような気がするのだ。つまりハレの舞台に「日常」が紛れ込んでいないと
いう。

上記を踏まえて本作の感想を述べたい。全体の構成だが、つかみはOKだが、その後、八王子殺人犯の
プロフィールが明らかになるまでが間延びした。つまり、人間に等しく存在する「怒り」そしてその
裏側にある「信頼」ということを、この映画は言いたいのだが、そうした趣旨が後半40分くらいしないと
見えてこないのが残念。個人的には渡辺謙と宮崎あおい+松山ケンイチ+池脇千鶴のパートが一番こころ動いた。
次が広瀬すず+作久本宝+森山未來のパート。そして状況的にも生々しく、しかも一番テレビで見る顔の
組み合わせであった妻夫木聡+綾野剛+高畑充希+原日出子のパート、ここが弱い。これに狂言回し的な警察の
ピエール瀧と三浦貴大が加わる。骨太の原作に従い、誰の心にも普遍的に潜む狂気としての「怒り」と、
「信頼」がキチンと映像として表現されていたのは良かったと思う。3つの一見関係のない物語が、一つの
殺人事件の真犯人は誰か、という点に薄皮を剥ぐように次第に収斂していく具合も良かった。
 ラスト近く、電車の中の宮崎あおいと松山ケンイチ。宮崎がカメラ目線になるのはイリニャトウあたりの
マネか。「あなたはどうなのだ」という問いかけなのだろうか。禁じ手だろう。もう李監督はこの演出は
使えない。
一方で、狂気を表現させて上手い崔洋一監督だったら本作をどう表現しただろうか、とも考えた。
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<ストーリー>
「悪人」の李相日監督が再び吉田修一の小説を原作に、実力派俳優陣の豪華共演で贈るヒューマン・ミステリー・
サスペンス。残忍な殺人事件が発生し、犯人が逃亡して1年後、千葉・東京・沖縄に現われた前歴不詳の若い男
3人が、やがてその土地で新たな愛を育んでいく中、真犯人を巡る謎と犯人ではとの疑念が思わぬ波紋を周囲に
広げることで生じるそれぞれの葛藤のドラマを描き出す。
出演は渡辺謙、森山未來、松山ケンイチ、綾野剛、広瀬すず、宮崎あおい、妻夫木聡。

 八王子で残忍な夫婦殺人事件が起こるが、犯人の行方は杳として知れず、整形して日本のどこかで一般の市民に
紛れて逃亡生活を送っていると見られていた。
事件から1年後、千葉・東京・沖縄に素性の知れない3人の青年が現われる。歌舞伎町の風俗店で働いている
ところを発見され、千葉の漁港で働く父・洋平に連れ戻された愛子。漁港にふらりと現われ働き始めた青年・
田代と恋に落ちるが…。

東京の大手通信会社に勤めるゲイの優馬は、クラブで出会った直人を気に入り家に連れ帰るが…。

母に連れられ、東京から沖縄の離島に引っ越してきた高校生の泉は、無人島に1人で住みついている謎めいた
バックパッカー田中に心惹かれていくが…。
そんな中、TVでは1年前の事件に関して逃亡中の犯人の情報を求める公開捜査番組が放送されていたのだが…。
(allcinema)

この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=356389こちらまで。


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by jazzyoba0083 | 2016-09-19 12:10 | 邦画・新作 | Trackback | Comments(0)