切腹

●「切腹」
1962 松竹映画 108分 
監督:小林正樹 脚本:橋本忍 原作:滝口康彦『浪人異聞記』撮影:宮島義勇 音楽:武満徹
出演:仲代達矢、三國連太郎、丹波哲郎、石浜朗、岩下志麻、稲葉義男、三島雅夫、中谷一郎、佐藤慶他
e0040938_14515700.jpg
<★★★★★★★★★☆>
<感想>

すごい映画を観た。小林正樹監督の作品はこれまでさして興味もなく未見だったのだが、先月WOWOWで
何本か放映する機会があり、内容お面白そうだったので、録画して鑑賞に及んだ。
人生の中でインパクトある映画に遭遇する機会は何回かあるけど、本作はまさにそれだ、と思った。

もう、出足からグイグイとストーリーに引き込まれる。宮島のキャメラも、多彩なが画角と奥行きを深くとり
陰影を強調しつつ全面の人物に語らせる、など映像表現上においても優れた作品といえ、かつ武満徹の音楽が、
ある種陰鬱な映画にフィットして見事である。更に、仲代、三國、丹波、といった日本を代表する名優たちの
鬼気迫る演技も素晴らしいとしか言いようがない。
--------------------------------------------------
まず驚いたのが、ストーリーの骨格をなす、「名家の庭先での切腹の申し出」ということ。こんなことがホントに
あったのだろうか、とその「新鮮さ」にまず驚いた。これは関ヶ原から間もない1600年代中盤、浪人が沢山
生まれてしまい、仕官もままならず、家族を抱えて食い詰めていた。
そこで出てきたアイデアが、名家を訪ね、「拙者は元〇〇家家臣、〇〇と申すもの。主家廃絶の折から、生活は
困窮、仕官もままならず、これから生き恥を晒すより、武士として腹かっさばいて本分を尽くしたい。
当家に置かれては是非、庭先をお借りしたい」と語りる。当然訪ねられた家は大迷惑。かつては仕官がかなった
人物もいたため、浪人たちの間で「切腹を語った小銭稼ぎ」が横行していたが、訪ねられた家は、そこそこの
金子を与えて引き取って貰っていたのだった。

近江の赤備えで武勇名高い、「井伊家」。この江戸屋敷に、千々岩求女(石浜朗)が、同様の言上を語り
やってきた。この手の武士の風上にも置けない廃れ浪人に対し、井伊家家老斎藤勘解由(三國)は、一旦は
「なかなか見上げた心持ち、主君にお目通りを」と騙し、「そこもとの切腹の意思は固いと見える。ならば
見事本懐を遂げさせて差し上げよう」と、切腹実行へと事を運ぶのだった。
千々岩としては、全然そのつもりもなく、金子の少しでも貰って帰ろうとしていたところ、何と、ほんとに
切腹の儀式が始まってしまったのだ。武士に二言は有りえず、進退窮まった彼は数日猶予を頂きたい
(家に帰って病身の母子に別れを告げたかったのだろう)、必ず帰ってくるから、というも、家老らは
聞き入れない。「さ、見事切腹を」と、中庭の白洲に準備一切を整えた。しかし、千々岩が切腹に使う脇差しは、
中身をカネに変えたため、竹光だった。
家老らは、千々岩に竹光で切腹せよと言い募る。覚悟を決めた千々岩は、竹光で腹を切ってみるものの切れる
ものではなく、遂には腹に竹光を突き立て、悶絶した。介錯人は沢瀉彦九郎(丹波)。こいつも意地悪いやつで
千々岩に「介錯を!」と懇願されても、「いや、十分に切られめされよ」と言って苦しめる。千々岩の
体力も尽き果てる際に、沢瀉はやっと介錯しクビを落としたのだった。

そんなことがあった後、また井伊家に、今度は芸州福島家元家臣津雲半四郎(仲代)と称する浪人が
現れた。井伊家では、彼を招じ入れ、再び見せしめに切腹させるつもりで準備した。津雲自身も、
「拙者、僅かな金子を所望に来たのではない。切腹するつもりでやってきたのだ」と正々堂々としている。
そこで井伊家では千々岩のときと同じように中庭に場を設け、切腹の段取りを勧めた。
そこで津雲は、介錯人に沢瀉彦九郎を指名する。だが、かれは今日は出仕していない。しばらくは出仕できない
という。それでは、と指名したふたりとも、病気を理由に出資していなかった。使用人が沢瀉の家に出仕を命じに
出かける間、津雲は、家老に是非お聞き頂きたいことがある。死に行くものの話として聞いてくれと、
自分の出自を話し始めた。

それによると、津雲は、先日井伊家で壮絶な詰め腹を切らされた千々岩求女の義父であった。津雲は娘美保(岩下)を
困窮する千々岩の気持ちを押し切って2人を夫婦とした。しかし、生まれた子供は病気勝ちで、美保はどうやら
労咳にかかっているらしい。そうした中で、千々岩は井伊家に何がしかの金子を「押し売り切腹」を仕掛け
せびるつもりで出かけたのだが、なんとホントに切腹する羽目となり、家族にも会えず憤死してたのだった。

それを受けた義父津雲半四郎は、井伊家のあまりのやりように、半ば復讐として、半ば武士の沽券の問題として
命を賭してやってきたのだった。事の顛末に驚く井伊家の面々。さらに、津雲は沢瀉ら、千々岩に残酷な所業を
した3人の馬廻り役を懲らしめ、命を奪われると同じ、という曲げを切り取り、白洲の上で懐から3つの切り取った
曲げ老中に放り出してみせたのだった。

「狼藉者が!切って捨てよ」という老中の掛け声で屋敷中の家臣が出てきて、剣戟の一幕となった。存分に
斬り結んだ津雲は、井伊家の象徴である赤備えの甲冑を抱えて畳に叩きつけたところに、火縄銃で射殺されたの
だった。老中斎藤勘解由は、家臣に、「津雲は見事本懐を遂げた。殺された家臣や沢瀉らはあくまで病死である。
怪我をしたものは篤く手当せよ」と命ずる。つまり、津雲の騒動は無かったことにしたのだ。武家の対面として。
-----------------------------------------------------
e0040938_14522813.jpg
さて、本作から何を受け止めるべきだろうか。タイトルは「切腹」。この言葉に、武家社会のテーゼとアンチテーゼが
内包されている、と思う。「建前・体面」と「本音・実質」、さらに突き詰めると、「武士・武家はどうあるべきか」と
いう命題へと収斂されよう。

大阪夏の陣から16年、武士としての心構え、心情、武士の情けに象徴される人間味、そした戦場の実践から生まれた
武家の作法というものが、平和な世界になり次第に形骸化、様式化され、武家も刀を抜かなくって長い年月が経過する。
時代は次第に文化が花咲く時代へと変質していくのだ。

こうした時代の移ろいのなか「武家の本分」といったものが、曲がっていってしまった時代に、津雲半四郎は、
敢然と立ち向かい、武士とはそういうもんじゃないだろう、と訴えた。

一方、お家大事、主家大事となれば何万という家臣が露頭に迷うことにつながる不名誉は老中としては絶対に
避けなければならない。だから、ラストで老中が全てを無かったこととして葬り去ろうとしたことは、これはこれで
この時代、誰が非難出来たであろうか。

本作を「社会派」と称し、現代でのメタファーを求める方もいらっさるだろう。
それはそれで否定はしないが、小林正樹がここで描きたかったのは「切腹」という象徴的な事象を通し、江戸時代初期の
「武士道の有りよう」を独特の人間性と物語性をもってして提示したのではないか、私はそう思った。
しかし、生死感、人間の残酷性などなどいろんな意味合いが受け取れる、よく出来た映画である。
ただ、多くの方が指摘されているように、最後のチャンバラは、もう少しなんとかならなかったかな。物語性の濃さを
減じる効果しかない。

この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=140556#1こちらまで。

トラックバックURL : http://jazzyoba.exblog.jp/tb/25010567
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
by jazzyoba0083 | 2016-12-03 23:10 | 邦画・旧作 | Trackback | Comments(0)