麦秋 

●「麦秋」
1951 日本 松竹映画 124分
監督・脚本:小津安二郎
出演:原節子、笠智衆、淡島千景、三宅邦子、菅井一郎、東山千栄子、杉村春子
    二本柳寛、佐野周二ほか。
            <昭和26年度芸術祭参加作品>
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小津+原節子の作品としては、一番かな。「東京物語」は、原に戦争未亡人という
暗い影があり、描かれている背景も、社会批判のにおいがしていた。
この「麦秋」は「晩春」(’49)と対をなすといわれている作品だ。
出演者は、いつもの小津組のメンバー。

そして、映像は、フィクス&カットつなぎで、パーンは使わない。この映画では
珍しく、トラックが使われている。ま、小津ファンには濃い人が多いので、俄か
かじりの知識の振り回しはやめますが、日本間の構造を生かした、遠近感、
いわゆる「舐め」ショット、絵画的構図の決め方など、小津ワールドを堪能
でき、しかも独特の台詞回しも、気持ちいい。

やはり光っているのは原節子。終戦後まだ6年しかたっていない日本。その
映画であれだけバタ臭い存在感は圧倒的だ。
舞台も、小津の作品の基本舞台である北鎌倉だし、まだ復員のニュースが
話題になっている中で、大型のショートケーキを登場させたり、女性軍の洋装など
戦後モダニズムの表出も出色である。

ストーリーは原の結婚話を中心に、親子や子供たち、周囲の人々の結婚観の
相違を描いてみせる。
北鎌倉で内科医をしている間宮康一(笠)と嫁の史子(三宅)。この家に同居し
丸の内のOLをしている紀子(原)、専務(佐野)の秘書をしている。
奈良には、実家の両親、(菅井・東山)がいる。

紀子は、大学時代の友達たちと、楽しい生活を暮らしていたが、28歳になり、
周囲から結婚をいわれるようになる。専務の紹介で40歳の男が紹介されるが
紀子はあまり乗り気でない。

紀子の昔からの知り合いの矢部家の医者で紀子の兄(笠)の友人でもある
謙吉(二本柳)がいた。彼が、秋田県立病院の内科部長に招かれ、母(杉村)
と4年くらい、東京を離れることになった。
出発の前の日、母は、紀子に対して「おこらないでね、私は、謙吉に紀子さんの
ような人が来てくれたら、どんなに幸せか、ってずっと考えていたんだよ。
いえね、これは私の心で思っていたことだから、気にしないでね。怒らないでよ」
と話しかけた。
紀子は、この話に「いいですよ。私、ここに来ます」と、思いもよらない返事をする。
母はキツネに化かされたような気分で「いいのかい?本当に来てくれるのかい?」
と念を押すが、紀子は「ええ、いいですよ」とニコニコするのみ。

この話を聞いた、兄や、父母は反対する。なんで子供がいる男のところに
嫁に行くんだ、専務の話はいい話じゃないか、と紀子に翻意を促すが、紀子の
決意は固かった。「あの人といると幸せになれるような気がするの。子供の
ことは気にしていないし、覚悟は出来てるわ」と、ものともしない。

そして嫁ぐ日が来た(といっても秋田に行く日)。娘が幸せなら、それでいい、
と割り切った両親も、幼いころから美人で優秀だった娘がこうした結婚で
いいのか、との思いは残っているようだ。

ラスト近く、北鎌倉の海岸を兄嫁と歩く紀子。二人の結婚観の会話、
さらに、紀子の友達が結婚組、未婚組に別れ、銀座の喫茶店で、結婚について
言い争うところなど、そして、ところどころに出てくる、紀子の両親の、娘を
思う気持ちと、若い人の考えについての諦観など、会話の白眉だろう。

静かに流れる時間の中で、何気ないテーマの中に人生の深淵を覗かせる小津の
スタイルは、私にはなぜか懐かしくも、心に沁みるのだ。
なおこの映画の詳しい情報は

こちら
まで。
by jazzyoba0083 | 2007-07-04 16:30 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)