レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで Revolutionary Road

●「レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで Revolutionary Road」
2008 アメリカ Dream Works SKG,BBC Films,119min.
監督:サム・メンデス  原作:リチャード・イェーツ「家族の終わりに」
出演:レオナルド・ディカプリオ、ケイト・ウィンスレット、キャシー・ベイツ、マイケル・シャノン他
e0040938_2247545.jpg

シネコンのハシゴ。午前中に「007慰めの報酬」を観て、お昼食べて、午後一番で、この映画
を鑑賞。まったくタイプの違う映画なので、苦痛もなく、楽しむことができた。
「タイタニック」のコンビで送る、人生ドラマ。監督のサム・メンデスはケイト・ウィンスレットの
実の夫で、二人の間には二人(一人はケイトの前夫との子)の子供がいる。そういう意味で、
ケイトのポジションはリアルであっただろう。

タイトルや宣伝から、サクセスストーリーか何かと思っていたが、割と地味な夫婦の心理劇で
あった。1955年のアメリカの夫婦の話ではあるが、どこにでもありうる話であり、日本の現在
でも、普遍性を持つ物語であると感じた。
夫婦、というよりも、その前に一人の人間としてどう生きるのか、私たちも悩んでいる重い問題
を、この映画は投げかけてくる。地味だが、主張しているところは、重く、観終わった後で
何かを考えなくてはならないと感じさせる作品であった。

女の憧れ、男のプライド、またその逆の、男の憧れ、女のプライド。人間として人生の達成感
とは?他人の嫉妬、他人を見る目、しかしながら計画通り、理想どおりには行かない人生、
挫折、蹉跌、絶望、秘密・・・いろんなテーマを投げてくる映画だ。
タイトルのレボリューショナリー・ロードは、街の名前だが「革新的な行く手」というほどの意味が
掛けてあるのに違いない。
e0040938_22475845.jpg

『「タイタニック」以来の再共演となるレオナルド・ディカプリオとケイト・ウィンスレットが理想と
現実の狭間で苦悩する夫婦に扮したヒューマン・ドラマ。
原作はリチャード・イェーツの『家族の終わりに』。1950年代のアメリカ郊外を舞台に、一見
理想的な夫婦が虚しい日々から脱却を図ろうともがく姿とその顛末を生々しく描く。
監督はケイト・ウィンスレットの夫でもある「アメリカン・ビューティー」のサム・メンデス。

 1950年代のコネチカット州。“レボリューショナリー・ロード”と名づけられた閑静な新興
住宅街に暮らすフランクとエイプリルのウィーラー夫妻は、二人のかわいい子供にも
恵まれた理想のカップル。
しかし、その見た目とは裏腹に、彼らはそれぞれ描いていた輝かしい未来と現状の
ギャップに不満を募らせていた。元陸軍兵のフランクは事務機会社に勤めるもセールスマン
人生の我が身を嘆き、かつて女優志願だったエイプリルも大成せずに至っている。
するとフランクが30才の誕生日を迎えた夜、エイプリルが、家族一緒にパリで暮らしましょう、
と持ちかけ、パリでは自分が秘書として働くからフランクは気ままに暮らせばいい、
と言い出すのだった。はじめは妻の突然の提案に戸惑うも希望を膨らませ、ついには移住
を決意するフランク。それは間もなく、周囲にも知るところとなるのだが…。』(allcinema)

エイプリル(ウィンスレット)に背中を押されるように、パリへの移住を決意したフランク(ディカ
プリオ)だったが、会社の仲間には言えても、上司には言い出せない。やはりそれでも安定
している現在の生活をすべて投げうって、見知らぬ外国へ行き、可能性を1から見出すのは
不安であった。自分は「作家や画家じゃないから」というが、妻は「あなたはそこいらへんの
男とは違うのよ」と鼓舞するのだが・・・。
e0040938_224845100.jpg

そうこうしているうちに、フランクがいい加減に提案したアイデアが上司に大好評で、特別
編成の営業チームに昇給して加わるように言われる。

かつて兵士の時代にパリに駐屯し、人生を送るのならここのような街でとは、妻と話し合って
はいたが、実際にそう決意をしてみると、30年間のしがらみはそう簡単に絶てるわけでは
ない。しかし、妻は自分のアイデアに陶酔してしまって、周りが見えなくなっている。
現在住んでいる家をあっせんした不動産屋からは「やはりあなた方夫婦はどこか違うと
思っていたわ」と言われる。しかし、家族ぐるみで付き合うようになったこの不動産屋の
一人息子でいささか精神を病んでいる長男は、彼ら二人の悩みやエゴをズバズバと的確に
指摘してみせ、夫婦を激怒させる。

そうこうしているうちに、エイプリルが3人目を妊娠していることが判明。妻は自分の力で
堕胎させようとするが、夫に見つかり大ゲンカとなる。
昇給して現在の生活を続けようと思い始める夫、3人目はおろしてパリへの夢を実現させたい
妻。二人の幼い子供もパリ行きを子どもなりに納得し楽しみにしていたが・・・。
夫の向上心の低下(妻が勝手にそう決めている)を嘆いた妻は、次第に夫から気持が離れて
行く。そして、パリ行きを延期することを決めた夜、隣の夫婦とダンスに行き、先に帰った
夫と隣家の奥さんと別れ、かねてからエイプリルに心を寄せていた旦那とクルマのなかで
結ばれてしまう。(もっとも夫のフランクも会社の事務の女の子をつまみ食いしてたのだが)
e0040938_224933100.jpg

修復不可能なまでの大ゲンカをしたあくる日、不自然に元のエイプリルに戻っていたのだが、
彼女はこの日自分で堕胎する決心をしていたのだ。しかし、エイプリルの素人措置は失敗し
大出血を招き、救急車で病院に運ばれるが、不帰の人となってしまった。

夢を追うつもりが、なんという結末!フランクは街を離れ、会社も変えて、子供二人とニュー・
ヨークへと転居した。まだ30歳そこそこ。人生はこれからだ、というのに、公園で子供と
遊ぶフランクの顔は、老けて生気を失っていた。
現状に決して満足では無かったフランクだが、暮らしをパリに移してまで人生を変えようとは
思っていなかっただろう。しかし、愛し結婚したエイプリルの生き方に引きずられた感がある。
だが、あそこでの提案を、誰が断れただろうか。

無計画な妊娠、フランクの昇進と予期しない出来事を上手く自分たちの人生に取り込めなか
った2人。フランクの同僚が言うように「子供はフランスでも生める」し、アメリカを捨てる気が
あれば、フランクだってもっと積極的になれただろう。何でか知らないが、生き急ぎすぎた
エイプリルに、フランクは振り回された、といえるかもしれない。
思えば、冒頭のシーン。ダンスパーティーで知り合う二人だが、エイプリルは自分の夢の
実現を結婚の中に描いていたのだろう。そういう女性と結婚したフランクは幸せだったのか。

誰でも現状を打破したい、と思っているだろう。だが、それを判っていながら実行する勇気を
持つ人は少ない。みんなそうだろう。そんなやりきれない気持ちをこの夫婦の人生から
観取ることが出来た。

シーンの少ない(自宅、フランクの会社、ダンスホール、フランクの浮気相手の部屋、隣家、
海辺くらい)とセリフの多さから、舞台劇を見ているような気分もした。それが映画の閉塞感を
上手く表現しているとも言える。
ディカプリオ、ウィンスレット、ともにいい演技をしていた。特にウィンスレットの希望から絶望
への転落は、引き込まれるものだった。観客の批評的なポジションを不動産屋の息子が
代弁していたといえる。ただ、エンディングのカタルシスの持って行き方がいま一つ解決に
結びついていない不快さは残る。それがこの映画だといわれればそれまでだが・・。
(と、書いておいて、皆さんのブログを拝見、なるほどな、と思った。ラストシーン、不動産屋の
キャシー・ベイツの老旦那が、レボリューショナリー・ロードに住む人々のことをあれこれ
しゃべりまくる妻に対し、補聴器のボリュームを、絞っていく。これはエイプリルの言うことを
まともに聞いてしまったフランクへの、ものすごいアンチテーゼではないか!ということに気が
付きました!まだまだ観方が浅いなあ、俺。)

「この夫婦はこうだった。で、お前らはどうよ!」と問われているとすれば・・・!
この映画の情報は

こちら
まで。
by jazzyoba0083 | 2009-01-25 15:20 | 洋画=ら~わ行 | Comments(0)