ベンジャミン・バトン 数奇な人生 THE CURIOUS CASE OF BENJAMIN BUTTON

「ベンジャミン・バトン 数奇な人生 
                     THE CURIOUS CASE OF BENJAMIN BUTTON」

2008 アメリカ Warner Bros.Pictures,Paramount Pictures,166min.
監督:デヴィッド・フィンチャー 原作:F・スコット・フィッツジェラルド
脚本:エリック・ロス 音楽:アレクサンドル・デスプラ
出演:ブラッド・ピット、ケイト・ブランシェット、ティルダ・スゥイントン、ジェイソン・フレミング他
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<最後のほうで、ネタばれしてます>

私としてはこの年明け一番の注目作で、封切りの日に駆けつけて観てきました。166分。
長いですが、人の一生を描くのに決して長さは感じませんでした。噂にたがわぬ、いい映画
だと感じました。「フォレスト・ガンプ 一期一会」のエリック・ロスの脚本がさすがだ。
同じような不思議な人生を描いた映画だったが、こう来たか、という感じで唸ってしまった。
しかも、エンディングを見終わり、不思議なことに、あとになってジワーと感動が胸に迫り、
久しぶりに、涙が止まりませんでした。特に、私のように、最近マゴが出来たりすると、
人生とは、生きるとは、という意味の重さがまた若い人が感じるのとは違うのではないで
しょうか。
デヴィッド・フィンチャーの演出も、CGこそバリバリですが、静かな物語として、感動をスネーク
インさせることに成功しているのでは。
また、ブラッド・ピットとケイト・ブランシェットの演技も、抑制が効いていて見事だったと思い
ます。私はどちらかというと、ケイトの演技に厚みを感じましたが、ブラピの役どころが大変
難しいところだったいう面も考えなくてはならないでしょうね。

オープニングのワーナーとパラマウントのロゴがボタンで出来ているのも、映画の半ばにして
判るしかけが。

物語は、ハリケーン「カトリーナ」がまさに上陸しようとしているニューオリンズの病院のベッド。
死の床にある、ある老夫人が、自分の娘に、ある男の日記を読ませることから始まる。

マクラとして登場するのが、ニューオリンズの名うての時計職人ガトー氏にまつわる話。
彼は、生まれつきの全盲だったが、結婚して息子が生まれた。息子は成長して欧州大戦に
行き、戦死する。そこころ街の中央駅が完成し、そのコンコースに設置される大時計の
製作を依頼されていた。ガトー氏は、一生懸命に大時計を作り、セオドア・ルーズベルト
大統領も臨席しての公開の日、その大時計は逆回りをしていた。ガトー氏は、もし時間が
逆に回れば、戦死した多くの若者が、今もここにいるだろうし、私の息子も、ここにいるだろう、
私が作る時計、といえばこれだ、と説明したのだった。

1918年。第一次世界大戦の戦勝に沸くニューオリンズのバトン夫妻に赤ちゃんが生まれた。
男の子だったが、その姿は80歳の老人のもの。一目見た父親トーマスは、街の敬老施設の
階段に置き去りにしてくる。
こので老人の世話をしているクイニーは、子供が生まれない体。奇怪な容姿の赤ん坊に
一瞬たじろぐが、「彼も神の祝福を受けているのよ」と、自分の子供として育てることを決意
した。クイニーの旦那役は、WOWOWでやっていた「The 4400」で、タイラーを演じて
いたマハーシャラルハズバズ・アリでしたね。

ベンジャミンと名付けられた男の子は、施設の中で次第に大きくなるが、その様子は、まるで
時が逆回りするように、若くなっていく。老人に囲まれて暮らしていたベンジャミンに、自分が
若くなっていくことへの、回りからの好奇な目は少なかった。よぼよぼだったベンジャミンも
やがて車イスを使わずに杖で歩けるようになり、その杖もやがて不要になる。
そのころ、施設に訪れたデイジーという少女と知り合い、年齢の差を越えて親密になる。
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17歳になったベンジャミンは、施設を出る決心をする。デイジーは、自分の元を去っていく
ベンジャミンに、行く場所がどこでも、必ずそこから手紙を頂戴、という。ベンジャミンも
どこへ行っても、手紙をだすよ、と約束、そして彼女に自分の道を進むように言い残す。
ベンジャミンは、タグボートに1日2ドルで雇われることになる。働いてお金を貰うことの意味を
知る。このボートの船長マイクが、がさつだが、いいやつで、「自分は親の反対を押し切って
アーティストになった。タトゥー・アーティストにな。お前も自分の好きな道を歩め」と勧める。
そして、彼を売春宿に連れて行ったりする。
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一方、デイジーはニューヨークに行き、モダンバレーを学び、カンパニーの中でも注目される
存在となっていた。彼女の胸の中にはいつもベンジャミンがいた。

世界中の港を渡り歩くことになったベンジャミンは、約束通り、デイジーに絵葉書を送る。
だが、ロシアで、英国の外交官夫人と不倫の恋に落ちてしまう。そんなことも正直に
デイジーに知らせるベンジャミンであった。
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そうこうしている間にも、ベンジャミンの姿はどんどん若くなっていく。ロシアにいた彼の元に
日本軍が真珠湾を奇襲したという知らせが入る。
マイク船長は、大統領の要請に従い、これより自分の船は海軍の指揮下に入り、運搬などの
役務につくと宣言する。

割と暇な仕事が続いたが、ある時、日本軍の潜水艦にやられた輸送船の救助に向かう途中
で、帰途につく敵の潜水艦と遭遇、ベンジャミンの船(チェルシー号という)は、海軍から
派遣されて乗船していた銃撃手により機関銃が発射される。潜水艦側も機関砲で応戦、
マイク船長は船橋で操舵中に撃たれて死亡、船はそのまま、潜水艦に突っ込み、体当たり
したかたちになって、潜水艦は爆発、沈没した。

さらに駆け付けたアメリカ軍に救助されたベンジャミンは、1945年5月、育った老人施設に
戻る。青年のように若くなったベンジャミンに驚くクイニーだったが、彼が無事に戻ったこと
を大きに喜ぶ。そんなある日、デイジーが施設を訪れた。
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驚く2人だったが、もちろん再会を喜ぶ。しかし、ダンサーとして自分の人生を歩みたいデイジー
と、奇妙な人生を歩むベンジャミンも、自分の人生に彼女を巻き込みたくないと、別れていく。

ベンジャミンの元を一人の男が近づく。彼こそ、ベンジャミンの父親であり、バトン・ボタン
会社の経営者であった。戦争で会社は繁栄したが、自分は感染症で先が長くない、すべてを
お前に譲るという。そして、自分の子供を捨てたことを詫びるのであった。ベンジャミンは父を
責めることはせず、彼の希望を聞き入れる。やがて、父は、亡くなる。

一方、デイジーはパリに渡り、更にダンサーとしての経歴を積んでいた。
遺産を相続したバトンの元に、パリから手紙が。デイジーが交通事故に遭い、重傷だと
いうのだ。即パリに飛ぶベンジャミン。デイジーの足の骨は粉々になっていて、歩くことは
出来てもダンサーとしての生命は絶たれた。一緒にアメリカに帰ろう、というベンジャミンに
もうこれ以上あなたの人生に巻き込まないで、といい、パリに残るという。

一人でアメリカに帰るベンジャミンだったが、60年代の初めころ、デイジーはベンジャミンの
元へと戻ってくる。彼は父親の家を売り、アパートを借り、デイジーと二人の暮らしを始めた。
デイジーは街でダンススクールを始めた。ベンジャミン48歳(見かけは20歳くらい)、
デイジー42歳であった。若くなるベンジャミンと老いていくデイジーの年齢が交差するころ、
「やっとおいついたね。この瞬間を忘れないようにしよう」とスクールの鏡に映った二人の
姿が印象的だ。
そんな折、育ての親であったクイニーが亡くなる。
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やがてデイジーは妊娠、自分のような赤ん坊が生まれたらどうしようと心配するベンジャミン
だったが、そんな心配はよそに、健康な女の赤ちゃんが生まれた。キャロラインと名付けられ
た。ベンジャミンは娘の誕生を喜んだが、いずれ自分がどんどん若くなっていき、子供になり
赤ん坊になることを、デイジーの負担にしたくないと考え、父親のボタン工場などすべてを
売り、その金をデイジーと娘に残し、二人の前から消えていった。
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消息を絶ってインドあたりで人生を見つめていたベンジャミンだったが、18歳くらいの姿に
なったとき、町でダンススクールを開いたデイジーの元に現れる。キャロラインは12歳に
なっていた。そしてデイジーはロバートという男性の後妻になっていた。

家庭を持ったデイジーの元から再び去ったベンジャミンだったが、彼女の元に現れたのは
何年かのち。ホテルから電話で呼び出されたデイジーの前には、更に若くなっている
ベンジャミンがいた。すでに再婚相手のロバートが亡くなっていたデイジーだったが、彼に
抱かれる。もうこんなオバサンを・・というデイジーの、かつての名ダンサーであったころの
美しい体のラインは消えている。そんなところをフィンチャーは容赦なく描写してみせる。
そんなデイジーを見つめているベンジャミン。

さらに数年、老人施設に、保護官が訪れた。少年を保護したが、彼が、デイジーの名前と
住所、この施設の住所が書かれた日記をもっていたので、ここに連れてきたという。
その少年は、自分が誰か良く判らず、過去の記憶もないようだ、痴呆の傾向があるという。
、母と同じ施設で働くクイニーの娘は、彼をこの施設で預かる決意をする。そして、デイジーも
やがてこの施設にやってきて、どんどん幼くなっていくベンジャミンの世話を見ていた。
そして、赤ん坊の姿になったベンジャミンは、しっかりとデイジーの目を見つめ・・・・・。

ベッドで娘に日記を読ませていた老女こそ、今のデイジーであり、日記を読んでいた娘こそ
ベンジャミンとデイジーの間に出来た娘キャロラインだった。

こうしてベンジャミン・バトンという男の不思議な人生の物語は終わった。
涙でかすむエンドロールの中で、考えた。時間は逆転してはいけないんだと。若くいたい、
という気持ちはみな同じだろう。しかし、自分だけ時間が止まる、あるいは逆転する、と
したら、どうだろう。ベンジャミンが老人施設に運ばれた時、入所者の老人がいっていた
「まあ、不幸だこと。これからたくさんの知り合いを送ることになるのね」と。
そう、ベンジャミンも、父親、育ての母クイニー、船長、など順番こそ逆になったわけでは
ないが、本来親を見送る年齢ではない時に、別れを味わうことになった。
そして、最愛のデイジーが容赦なく老けていく中、ベンジャミンはどんどん青年になっていく
時期は、観ていて痛々しかった。
「永遠なんてないさ」というベンジャミン。「永遠はあるわ」というデイジー。どちらも正しく
どちらも違っている。
結局、時間は順行しても逆行しても、
人にとっては残酷なもの。
それを救うのは畢竟『愛』しかないのだ。

またこの映画には、さりげなく人生訓が埋め込まれている。先の船長のコメントもしかり、
ベンジャミンの日記の文章に、「人生は、理不尽なことの積み重ねで出来ている」というのも
彼の人生からにじみ出た言葉として、普段より重みを持っている。またパリで交通事故に
あってしまうデイジーの運命も、もし、彼女をはねたタクシーが、数秒、早くあるいは遅く
彼女の前を通り過ぎたら、彼女の人生は変わっていた、という偶然の積み重ねを時間を
割いて描いて見せている。
ベンジャミンとて、老人に生まれたくて生まれた訳じゃない。人生を逆に生きたくて生きた
訳じゃない。でも、彼の人生。彼なりに愛し、愛され生きた。生まれてきて一番大切なことは
「愛し、愛される」ことなのだ、ということを不思議な人生を歩んだ男の姿を通して、この映画
は訴えていると思った。

物語を純粋な物理的、生物学的な解釈から分析すれば、ラストあたりは、現実ばななれ
している。しかしそもそものスタートがありえないシチュエイションで、この映画はファンタジー
なんだから、ラストに流す涙は、そうでなければ流れないのだろう。
周りの若い女性からラストでは、やはりあちこちですすり泣きが聞こえていた。
この映画、人生を積み重ねた中高年の皆さんにこそ見てもらいたい映画だ。普遍的な人生観
について、押し付けでなく考えさせられる。

この映画の情報はこちらまで。
Commented by mariyon at 2009-02-08 22:25 x
ベンジャミンだって老人として生まれたくなかった。。そう、彼の人生は、普通に考えて、幸せとは最も遠い。楽しい子ども時代を老人として過ごし、恋愛は一瞬しかできない。長い関係を培うことがむづかしい。。
そんな役をあのブラッドが聞いた時は心配でした。
でも、観終わったあと、この年代で、あの若さが表現できるスターはいないと思いました。
って、演技が上手いかどうかは、客観視できないのでわかりませんが(苦笑)。
Commented at 2012-01-11 09:29 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by jazzyoba0083 at 2012-01-22 11:42
みきさん
ご指摘ありがとうございました。何せ観たのがずいぶん前で記憶もおぼろげです。ご指摘をこのままにして皆さんに読んでいただきます。
by jazzyoba0083 | 2009-02-07 13:40 | 洋画=は行 | Comments(3)