2017年 12月 16日 ( 1 )

●「フィラデルフィア物語 The Philadelphia Story」
1940 アメリカ Metro-Goldwyn-Mayer Studios 112min.
監督:ジョージ・キューカー   原作:フィリップ・バリー
出演:キャサリン・ヘプバーン、ケイリー・グラント、ジェームズ・スチュワート、ジョン・ハワード、
   ルース・ハッセイ他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
この前に観た1971年製作の「ラスト・ショー」もそうだが、本国での評価は極めて高く、オスカーも
獲っている作品。本作は主演男優賞(スチュワート=これについては少々疑問符がつくと思うが)、
脚本賞を獲得している。両作品ともRotten Tomatoesでは批評家からは100%の支持が付いている。

で、何がいいたいかというと、アメリカの国情というか時代の雰囲気を実際に理解できないと、なかなか
評価は難しい作品もある、ということと、気の利いたセリフの応酬が面白さの肝の劇場由来の作品において、
字幕では作品のもつニュアンスは的確にフォロー仕切れないと思うのだ。
この「フィラデルフィア物語」は私にはそれに該当し、もちろん日本でも高評価をする人も多いが、私には
冒頭のシーンとラストカット以外はあまり心が動かなかった。

恋愛コメディではあるが、ベースはハイソサエティーのお話であり、所詮お金持ちのわがまま女が、3人の
男の間で心を入れ替える(短い時間で変われるものか、というツッコミも出来る)物語。

特にジェームズ・スチュワートとヘプバーンの間が濃くなるまでが退屈。別れた夫グラント、結婚式を
控えたハワード、そして記者スチュワート。グラントはヘプバーンに未練がある。取材に来たスチュワートは
ヘプバーンに惹かれていく。もともと気が進まない結婚で婚約者のハワードには冷たいヘプバーン。
そんな構図の中で、ヘプバーンは荒んだ心のまま酒の勢いでスチュワートとプールで泳いだりして
(何もなかったのだが)一夜を過ごす。当然婚約者は怒る。結婚式は今しも開会のメロディーを奏でて
いる。僕が代わりにと言い寄るスチュワートだが、ヘプバーンはNO、近くにいるカメラマンの女性に
気が付きなさい、貴方を思っている彼女を、と鈍いスチュワートを諭す始末。別れたもののお互いに憎からず
思っていたグラントとヘプバーンは急遽元の鞘に戻る結婚式に臨むのであった。

というストーリーなのだが、まあ、一番可愛そうなのは婚約者のはワードで、なんら落ち度がないのに
結婚式当日に恥をかかされた。慰謝料ものだろうなあ。ハワードはもともとの金持ちではなく一応努力で
今の地位を獲得した男なのに。ヘプバーンの父親は石油王で、甘やかして育てたのだろなあ、結婚式当日に
相手が変わっても騒ぎすらしない。大らかというか金持ちけんかせずというか。

1940年代、鉄鋼や石油、自動車で産業の構図が変わり、アメリカにも富豪という存在が生まれ、庶民との
階層が出来た頃だ。そういう頃の雰囲気を理解せずしてこの映画を真から理解するのは難しいと思う。
確かにヘプバーンが、男を見る目を確かなものにしていく(のかなあ)過程は教訓的ではあるが、どこか
能天気で、悪びれない。これをリメイクしたミュージカル「上流社会」の方が、能天気を突き詰めた分だけ
娯楽作として楽しく観られる。
再度言うが、本作はもともと舞台劇であり男女のセリフの怒涛のようなやりとりが面白みの肝な劇であるため、
字幕ではニュアンスをフォローしきれない部分があるようだ。その点でも日本での評価は本国並みという
わけにはいかないのではないか。

本作を語るときには「巨匠ジョージ・キューカーの不滅の名作コメディ」との惹句が付くが、それは間違いないと
しても、我が国でそれがそのまま無邪気に受け入れられるかといえば、上記2つの大きな理由でクエスチョンが
付くのではと感じるのである。キューカーの演出、名優3人の演技、キャメラの技など優れている部分も勿論多い。
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<ストーリー>
フィアデルフィアの大富豪ロード家の長女トレイシーは、同じく上流のG・K・デクスター・ヘイヴンと恋愛に
おちて結婚したが、たちまち破境の嘆きを見た。それはトレイシーが世間知らずで、人の欠点を許容することが
出来ず、完全な人格を相手に求めるところに原因して、デクスターがやけ酒を飲みすぎたのが直接の動機だった。

しかしデクルターはなお彼女を愛している。そのトレイシーが貧困から身を起こして出世したジョージ・キット
リッジと結婚することとなる。スパイという黄表紙雑誌の記者となり、南米へ行っていたデクスターは、
トレイシーが間違った結婚をするのを助けようと帰ってくる。彼はスパイの記者マコーレイ・コナーと
その恋人で写真班のエリザベス・イムブリーを、南米にいるトレイシーの弟の親友だといってつれて来る。
コナーは小説家であるが、パンのためにいやいやスパイの記者をしている男で、フィラデルフィア名門の
結婚式の模様などをすっぱ抜き記事にしたくなかったのである。

さてデクスターをいまだに怒っているトレイシーは、彼のお節介に腹を立てたが、断ると父のあるダンサーの
ことをスパイが発表するというので、彼らを表向き客として泊めることになる。父のセスが別居しているのも、
トレイシーが完全人格を望むくせで、母に無理矢理に追い出させたのである。花婿たるベキトリッジは、
トレイシーを理解していないし、名門との縁組を最も関心事としているがトレイシーはそれに気づかず、
立派な人格者として見ている。

ところがデクスターのとコナーのあけっぴろげの愛すべき性格は、トレイシーの目を少しばかりあけた
ようであった。そして結婚式前夜のパーティーで、トレイシーとコナーはシャンパンを飲みすぎ、2人は暁近く
恋を語り、二度ほどキッスする。そしてプールへ泳ぎに行き、酔い倒れたトレイシーを抱いてコナーが戻って
くるところに、デクスターとキトリッジが来合わせた。デクスターには分かったがキトリッジはコナーの話しを
信じなかった。それで翌日トレイシーはキトリッジとの婚約を破棄した。今は人間には欠点ありと悟った彼女は、
デクスターがどんなに彼女に適した男であるかが分かり彼と結婚式をあげる。(Movie Walker)

<IMDb=★8.0>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:100% Audience Score:93%>




by jazzyoba0083 | 2017-12-16 22:30 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)