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アウトバーン Collide

●「アウトバーン Collide」
2016 イギリス・ドイツ DMG Entertainment 99min.
監督:エラン・クリーヴィー
出演:ニコラス・フォルト、フェリシティー・ジョーンズ、マーワン・ケンザリ、ベン・キングズレー
   アンソニー・ホプキンス他
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<評価:★★★★★★☆☆☆☆>
<感想>

既視感ありありのストーリー仕立ではあるが、アンソニー・ホプキンスvsベン・キングズレーが
観られたり、「マッド・マックス 怒りのデスロード」で活躍したニコラス・ホルト君や
「ローグワン」のフェリシティー・ジョーンズも出ているということで鑑賞に及んだ。

輸入車ファンかつ貧乏性の私としては、この手のクルマがぶっ壊れる映画は、勿体なさが
先にたつのがナニである。新車のジャガーXE、F-type、ポルシェ・カイエン、メルセデス、
アストンマーチン、シトロエンなど、新車がアウトバーンをガンガンにぶっ飛ばして
ガンガンに壊れる。もったいないなあ・・・おれに呉れろ、と思ってしまう。

この映画の売り物は、高速でのカーチェイスと破壊シーンと、ホプキンスとキングスレーの
名優の対決だろう。後のストーリーはオチも含めてよくあるパターン。謎の豪華キャスティングと
クルマのぶっ壊れっぷりもなかなかいいので、観てしまったのだ。
主役のホルト君はちょっと優男すぎる感じ。恋人のフェリシティは彼女じゃなくてもいいね。
ツッコミどころも楽しい。ホルト君のクルマに敵の弾が当たらなさすぎなのは毎度のこと
だけど、ケルンのCAFEで二大老名優が対決するシーン、警察がCAFEを取り囲むのだけど、
みんな裏口から逃げちゃうのだね。おいおい、裏口をちゃんと固めんかい!と。
ホルト君、逃亡中、ガソリンが無くなり立ち寄ったGSで、高額な500ユーロを使わせない
店主に「俺は悪い人間ではない」とか言っちゃって、ここまでどんだけ一般人に迷惑を
かけていると思ってるの?と。いくら彼女の腎臓移植のためにカネが必要だからといって、
ケルンのまちなかやアウトバーンであれだけやりたい放題やらかして、悪くないはずが
ないでしょう、ねえ。
棚ぼたの大金を見事せしめて、相棒にも山分けし、警察と取引して無罪放免となり
二人してアメリカに渡っていったんだけど、ご都合主義もここまで来るとむしろご立派。
責める気にもならない。
勢いとテンポで観せてしまう99分。カーチェイスが前半でもっとあればもっとアドレナリンが
出ただろうに。
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<ストーリー>

『マッドマックス 怒りのデス・ロード』で物語の鍵を握るキャラを演じたニコラス・ホルト
主演のカー・アクション。恋人を救うため、高速道路を高級車で激走する男の姿をスピード
感満点の映像でつづる。数々のアクション大作を手がけてきたジョエル・シルバーが製作を
担当し、『ビトレイヤー』のエラン・クリーヴィーが監督を務める。

ドイツのケルン。トラックには麻薬、高級車に500万ユーロ。巧妙に仕掛けられた危険な
取引に巻き込まれたケイシー(ニコラス・ホルト)。2つの巨大な悪の組織から追われる身と
なった彼は、その追跡を逃れ、恋人ジュリエット(フェリシティ・ジョーンズ)を救うため、
高級車を乗り換えて速度無制限の高速道路“アウトバーン”を疾走する。運命に抗う大きな
賭けの行方は……?(Movie Walker)

<IMDb=★5.7>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:20% Audience Score:38%>




by jazzyoba0083 | 2017-06-12 23:20 | 洋画=あ行 | Trackback | Comments(0)

●「アサイラム 監禁病棟と顔のない患者たち Eliz Graves」
2014 アメリカ Icon Productions,Sobini Films.113min.
監督:ブラッド・アンダーソン
原作:エドガー・アラン・ポー『タール博士とフェザー教授の療法』
出演:ケイト・ベッキンセイル、ジム・スタージェス、ベン・キングズレー、マイケル・ケイン他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>

ポーの小説がベースになっているので、全体に暗~い雰囲気はしょうが無いし、
それでないとこの映画が成り立たない。で、どんでん返しをした上での、
大どんでん返し。まんまとハマりました。そんな簡単に作者の術中にハマっていて
いいのでしょうか、とは思いつつ思いっきりやられました。その面白さに加点した
次第。配役的にはベン・キングスレーとマイケル・ケインの新旧の医院長が快演でした。
ミスリードを誘うような伏線も冒頭あたりにしっかりと埋め込まれいて、これが
どんでん返しに効いてくるのだな。

時代は間もなく20世紀になろうかとする1800年代最後の頃のイギリス。
冒頭「ヒステリー」について講義するオックスフォード大学の教室。サンプルと
して連れてこられた美しい精神病?患者エリザ(ベッキンセール)。彼女は自分は
正常だというが、教授の手にかかると精神病的発作が起きる。
当時としては最先端の治療についての授業だったわけだ。
このあたりの時代設定からして、この手の映画に向いている。現代の私たちは
その時代をしらないし、特に精神病治療に関しては無知に近いだろう。そうした観客の
無知につけこんで?「知らないものは怖い」という恐怖を吹き込む演出(著作)。

さて、ストーンハースト・アサイラムという精神病院にエドワード・ニューゲート
という若い精神科医師がやってくる。オックスフォード大から推薦状がいっている
はずだと。ラム病院長(キングスレー)は、紹介状など来ていないが、研修をしたい
のなら受け入れてやろうと、引き受ける。
病院内を見学すると、患者が自由に動き回っている。ラムは、拘束したり多量の薬物
を投与する良り、開放して精神を自由にしたほうが治療としては優れているのだと
主張している。ピアノを引く女性は、冒頭の大学の教室で晒し者にされていた女性
じゃないか。確かに彼女も生き生きとしている。ラムは「この病院の特徴は患者が
皆高貴な人、金持ちの家族なのですよ」とか言う。

さてさて、これからがいろいろと大変なんです。観ていない人は読まないほうがいいです

実はこの病院、患者と医師側がまるっと入れ替わっちゃっているんですな。ラム病院長
自身、この病院につれてこられた戦時精神病患者だったわけ。で、当時のソルト病院長
(マイケル・ケイン)らが取り仕切るこの病院で、痛めつけたり、メチャクチャな
治療を受けていた。軍医だったラムは反乱を起こし、ソルトら病院のスタッフを地下に
閉じ込め、ラム自ら病院長となり、それなりの成果も上げていたのだった。

しかし、この状態を見たニューゲートは、一目惚れしてしまったグレイブス夫人
(ベッキンセール)と共に、脱出やら、説得やらやるのだが、ラムには受け入れ
なれない。しかも、当時出始めた電気を頭に通す治療法を入れ、地下の人々を
廃人にする計画に出たのだった。しかし、ニューゲートは捕らえられ、逆に電気攻めに
あう寸前、グレイブス夫人に助けられる。

まだまだ、いろいろと仕掛けはあるのだが、ニューゲートとグレイブス夫人が共に
逃亡した後、二人の男が病院を訪ねてきた。一人はオックスフォード大学の
エドワード・ニューゲート医師を名乗り、もう一人は、隻眼で、グレイブス夫人の
夫だという。なな、なんと、青年医師を詐称していた男は、冒頭の講義の席で
後続の患者のサンプルとして控えていた時、グレイブス夫人を見て一目惚れした
ニューゲート医師の精神病患者だったというのだ!病院からニューゲートのメガネや
銃を持って逃亡していたのだった。(だから紹介状なんか来るわけないのだ)
そして、夫人が旦那の目をくり抜いたという噂も本当だった! ということは、
あの若い男も、夫人も結構強度なキチガイということだ!
ラムは軍医時代、瀕死の兵隊5人を射殺し、自殺を企てたが弾切れとなり、この
罪で病院に入れられた。ニセニューゲートは、ラムが収容されていた独房で殺した
兵隊の写真を見つけ、ラムにそれを見せた途端、フラッシュバックが起きて、正気を
失い、病気再発。➤廃人。

その後イタリアに逃亡した二人は、男はラムを名乗る精神科医師となっていたのだ。
あちゃー。キチガイによる病院乗っ取りでうっちゃられ、さらに主人公の正体で
うっちゃられるという・・・。ガジェットの伏線も効いていて詰めも良かったと
思うけど、最後、キチガイ同士でうまくいくのかなあ。

暗い映画だったけど、なかなか面白かったです。
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<IMDb=★6.8>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:52% Audience Score:49%>






by jazzyoba0083 | 2017-05-11 23:05 | 洋画=あ行 | Trackback | Comments(0)

●「アイヒマン・ショー/歴史を映した男たち The Eichmann Show」
2015 イギリス Feelgood Fiction,BBC,and more.96min.
監督:ポール・アンドリュー・ウィリアムズ
出演:マーティン・フリーマン、アンソニー・ラパリア、レベッカ・フロント、アンディ・ナイマン他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>

セミドキュメンタリーのような作りの中で、初めてテレビ放映された裁判として歴史に
名を刻むことになった、1961年を中心としたテルアビブでの「アドルフ・アイヒマン裁判」での
テレビ側の人間を中心に裁判が描かれる。
ユダヤ人が初めてナチを裁くという歴史的な裁判であり、この裁判で証言をした200人以上の
絶滅収容所体験者の口から出た言葉に世界が衝撃を受けた裁判としても有名なものだ。

本作では、歴史的なこの裁判をなんとかテレビを通して世界に送り出し、ナチスが欧州の
ユダヤ人に何をしたかを詳らかにしなくてはならない、と正義に燃えるテレビプロデューサーと
彼にフィーチャーされた赤狩りにあって仕事がなくなったドキュメンタリー映画監督の
コンビが、イスラエル当局の様々な制限を打ち破りついに放送にこぎつける。アメリカなどには
生で送れなかったので、ビデオテープにして空輸し放映したという。(この時代にもうVTRが
あったとはちょっと驚いた)

この映画でのハイライトは、もちろんアイヒマンやヘスらがユダヤ人にした仕打ちの人道的な
弾劾であることは勿論なのだが、この裁判を通して、表情を崩さないアイヒマンの変化を
何とかして捉えようとするドキュメンタリー作家としてのディレクターと、「テレビ映え」
視聴者受けに次第に傾いてしまう箇所(特に、ガガーリンの宇宙旅行とキューバ危機がこの
裁判に重なり世界の興味からこの裁判が遠のいてしまうことを危惧する時期)では、
プロデューサーとしてのテレビ的成功が全面に出てきてしまう側面との対比が、見せ場では
なかったか。プロデューサーとて正義感にあふれてはいるのだが、所詮テレビ業界の人間
なんだなあ、と。観てもらえてナンボじゃないか、という口だ。

そして、裁判でアイヒマンに見せる収容所の凄惨な場面は、作品中でもスタッフが気分が
悪くなり持ち場を離れざるを得ないようなものすごいものなのだが、ディレクターが狙い
たいアイヒマンの表情の揺れは撮れなかった。逆に証人が証言中に失神したりする。
その映像は、自分たちが作っているテレビ番組が超えることの出来ない圧倒的な存在を
示していた。
また当時は迫害されたユダヤ人たちがその様子を語ると、「そんなことがあるわけがない」と
世間から信用されなかった、という事実はショックだった。このアイヒマン裁判が、そうして
隠れてしまっていたホロコーストの実態をあぶり出す世界史的な役目もしたわけだ。
片や、ディレクターの宿の女主人とのやり取りで、結局アラブの地であった場所を
イスラエルとして建国してしまったことに始まる大いなる不幸も片方には出来てしまった
わけだ。イギリスの三枚舌外交の悪辣さはあったとはいえ、だ。

結局アイヒマンは人道に対する罪やユダヤ人迫害についての罪などで絞首刑になるのだが
自分に責任はない、と終始主張していた。多くのナチ司令官がそうであったように。
自分は命令されていただけだと。アイヒマンの本当の心情は語られることは無かった。
「所詮小役人に過ぎない」といえるのかどうかは誰も分かるまい。
本作でも最後にプロデューサーが語るが、こうした「正気の沙汰ではない」ことをする
のが、出来てしまうのが人間なのだ、ということ。今の世界情勢を見る時、当時のナチの
存在を、「歴史に消えた汚点」と言い切ってしまえない怖さを改めて感じさせた。

粛々と進むドラマではあるが、当時の映像も含め、見る価値のある映画である。今だからこそ。
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<ストーリー>
1961年にイスラエルで開かれた“アイヒマン裁判”を撮影し、世界にホロコーストの真実を
伝えたテレビマンたちの実話を映画化したドラマ。
歴史的TVイベントの舞台裏を通して、幾多の困難を乗り越え、世紀の裁判のTV放映を
実現させた男たちの葛藤と信念を描き出していく。
出演はマーティン・フリーマン、アンソニー・ラパリア、レベッカ・フロント。
監督は「アンコール!!」のポール・アンドリュー・ウィリアムズ。

 1960年、ユダヤ人絶滅計画を推し進めたナチ親衛隊の将校アドルフ・アイヒマンが
逃亡先のアルゼンチンでイスラエル諜報機関により拘束される。その後、彼はイスラエルへ
移送され、エルサレムの法廷で裁かれることに。
アメリカの若き敏腕プロデューサー、ミルトン・フルックマンはこの裁判のTV放映権を
獲得、監督に赤狩りで職を失っていた米国人ドキュメンタリー監督レオ・フルヴィッツを
起用するなど一流のスタッフを編成し、万全の体制で本番に臨もうと意気込む。
そんな彼らの前には、思いも寄らぬ数々の困難が待ち受けていたのだが…。

<IMDb=★6.5>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:--- Audience Score:56%>


この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=355429#1こちらまで。

 

by jazzyoba0083 | 2017-04-19 22:55 | 洋画=あ行 | Trackback | Comments(0)

愛の嵐 The Night Porter

●「愛の嵐 The Night Porter」
1974 イタリア・アメリカ Lotar Film Productions.117min.
監督・(共同)原作・脚本:リリアーナ・カヴァーニ
出演:ダーク・ボカード、シャーロット・ランプリング、フィリップ・ルロア、イザ・ミランダ他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>

私が大学3年生の時の作品。当時の印象は「キワモノ」。(それほど映画に興味が無かった時期
でもあるのだが)今回、WOWOWがシャーロット・ランプリングの作品を沢山放送した機会に
ちゃんと本作を観てみることにした。賞の対象になるような映画ではなかったが、その表現が
(時代も有ったのだろう)大変評判になった作品だから。シャーロットの上半身ハダカで
サスペンダーにナチSSの帽子、というポスターや雑誌への掲載写真は衝撃的ではあった。

1957年のウィーンで始まる本作は、かつて収容所にいた少女ルチア(シャーロット)と、そこで
この少女を倒錯した愛情の世界で愛した親衛隊のマックスが、意外なシーンで再会することから
始まる。今や高名なクラッシック指揮者の妻となったルチア、かたやホテルのマネージャーと
いう立場であった。
そこから、二人の戦時中の映像がカットバックしながら、現在の二人の「愛」?の行方を追う。
一方で、今でもヒトラーを信奉するSSの生き残りたちは、マックスの正体がバレ、ルチアが彼が
SSであったことの証人となることを恐れ、二人の口を塞ごうと説得を重ねる。

さもありなんのヒトラー親衛隊のユダヤ人を相手にした倒錯した、あるいは屈折した性癖は
衝撃的であるし、男娼の存在、性に対する異様な態度など、今でこそそうびっくりはしないの
だが、当時は衝撃を持って迎えらたのだろう。そこで記録係としてフィルムを回していた
マックスは、収容所のユダヤ人の中にルチアという独特の美しさを持った少女を見つけ、いわば
彼女を「調教」していくのだ。 

こうしてストーリーや映像表現を追っていくと、「変態映画、エロ映画か」と思い至ることは
簡単である。
確かにマックスの性癖はまともではない。そして、異常な環境で、死んで当たり前という中、
形はどうあれ、愛情を示してくれたマックスに対し、まともではないにしろ、深い愛情を
感じてしまっていくルチアではあったのだ。それは戦後15年ほども経過して後も、二人の心に深く拭い
切れずに残っていたわけで、再会でその炎に火が付いてしまったのだ。マックスは戦後
「ドブネズミとして生きる」と称し、SSであったことを伏せ、静かに暮らしていたいと
思っていた。ところがルチアの登場で、状況は全く変わってしまう。マックスの口からナチ
シンパのグループがバレてしまわないか、彼らは二人をなき者にしようとして来たのだった。

自分のアパートに閉じこもり、外には全く出ず、食い物はなくなり、仲間に拉致されることを
恐れルチアは鎖で繋がれる。だが、夫と離れマックスといることを選んだのはルチアであった。
マックスには同情は出来ないが、死の淵から形はいびつだが愛情という手を差し伸べ命を
救ってくれたマックスを深く愛してしまったルチアこそ悲劇(本人は悲劇とは思っていないが)
であった。

当時まだ20代であったシャーロットのあの独特の眼差し、そしてまるで少年のような薄い胸。
狂気の愛に取り込まれたユダヤ少女とその成長した姿は凄味があった。かたや一見人の良さそうな
おっさん風のダーク・ボガード、変態を突き抜けたある意味「純愛」を貫いた中年男の悲哀が
出ていた。二人は死出の服を着て、街から逃亡しようとするのだが、待っているのは悲劇であり、
二人はその結末を甘んじて受ける覚悟だったのだ。歪んではいたが、これも一つの「愛に生きた」
男女の話なのだ。女流監督の手により脚本も作られていることを思うと、ルチアの側面が一層
心を打つのだった。
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<ストーリー>

1957年、冬のウィーン。とあるホテルで夜番のフロント係兼ポーターとして働くマクシミリアン
(マックス)は、戦時中はナチス親衛隊の将校で、現在は素性を隠してひっそりと暮らしていた。
ある日、客としてアメリカから有名なオペラ指揮者が訪れる。マックスはフロントに現れた指揮者の
妻を見て困惑する。彼女、ルチアは13年前、マックスが強制収容所で弄んだユダヤ人の少女であった
からだ。ルチアもまた驚きの表情を隠せなかった。

ルチアは夫に早くウィーンを発とうと促すものの、出発の直前になって何故か一人で留まることに
決める。自らの出身地でもあるウィーンの街をさまよいながら、彼女は強制収容所での異常な体験を
追憶していた。収容所に入れられた当初からマックスに目をつけられ、彼の倒錯した性の玩具として
扱われたこと。周囲の冷たい視線を浴びながら、着せ替え人形のように順応せざるを得なかったこと―。


一方で、弁護士のクラウスやバレエダンサーのバートら、元ナチ将校の面々がホテルの一室に集まって
いた。彼らは戦後のナチ残党狩りを生き延びるために、ナチス時代の所業を互いにもみ消し合い、
時には証人の抹殺まで行っていた。そんな彼らの会合の中で、奇しくもルチアの存在が取りざたされる。
会合を盗み聞きしていた彼女は、身の危険を感じ今すぐ出発することに決めた。

部屋で苛立ちながら荷造りをするルチアのもとに、マックスがやってきた。彼はいきなりルチアを
殴りつけ、詰問する。「どうして今さら、目の前に現れたんだ!」しかしマックスは、彼女の腕に
残る囚人番号の入れ墨に、思い出したように唇を寄せる。2人は激しくもみ合ううちに、熱い息を
吐き、けたたましく笑いながら交わっていた。たちまち13年間の空白は消え、ルチアとマックスは
再び倒錯した愛憎の嵐へと叩き落とされたのだ…。(wikipedia)

<IMDb=★6.8>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:68% Audience Score:70%>


この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=200こちらまで。


by jazzyoba0083 | 2017-04-11 23:15 | 洋画=あ行 | Trackback | Comments(0)

●「あの日のように抱きしめて Phoenix」
2015 ドイツ  Schramm Film Koerner & Weber 98min.
監督:クリスエィアン・ペッツオルト  原作:ユベール・モンティエ『帰らざる肉体』
出演:ニーナ・ホス、ロナルド・ツァフェルト、ニーナ・クンツェンドルフ、ミヒャエル・マールテンス他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>

戦争がもたらす不幸の一形態を、サスペンスの要素を巧妙に取り入れて訴えた。個人的には
好きな作品だ。原作があるので、ストーリーの面白さは映画が本来持っていたものではないのだ
ろうが、映像化することにより、この物語が持つ重要性が一層大きく示されたといえる。
舞台は第二次世界世界大戦終結後のベルリンである。

ナチ対ユダヤというとどうしても問題が大きくなる部分に目が行きがちだが、夫婦という最小限の
他人同士のユニットの間に訪れたこの問題が、夫婦だからこその濃さと主張を持って迫る。

加えて、ジャズの名曲「スピーク・ロウ」をこの映画の重要なファクターに置いたという点も大きな
評価になる。オープニングのベースのみの旋律で始まり、ラストは主人公ユダヤ人ネリーが夫のピアノ
伴奏で歌うのだが、その歌詞の内容とリンクした夫の驚愕の表情、そして歌い終わり光の中に消えていく
ネリーの姿は彼女の未来への一筋の希望を示していて鮮やかであった。それが原題へと続くのだろう。

また、ネリーの友人にしてナチス・ドイツを憎み、パレスチナに建設されるユダヤの国に一緒に行こうと
誘う弁護士ルネ、彼女は何くれと無くネリーを助けるのだが、「死者にしか思いが向かないの」と言って、
最期は自殺してしまう。ナチスにメチャクチャにされた人生と結局シオニズムに身を投ずることもなく
死んでいくルネにも、戦争が一人の人生・精神を如何に破壊するものか、を示していて興味深いものが
あった。死んだルネはネリーの夫がネリーがナチに逮捕される前に既に離婚を申し立ていたという書類を
残していた。そして彼女が残した銃で夫を殺そうか、という思いに至る時期もあった。が、ネリーは
夫を愛していたのだ。心から。しかし、その書類を見るに及び、ルネが言っていた「あなたの夫は
あなたが死んだことで、遺産を独り占めしようとしているのよ」という言葉を信じるに至る。

本当の妻なのに、ナチスにより顔に壊滅的な怪我を負って整形をしたため、本当の妻と見抜けぬ
裏切りの夫は、それなりの小物っぷりがそれはそれで良かった。彼の人生を誰が咎められようか。あの
戦時に置いて。声や体つきで本物と分かるだろう、整形うますぎだろう、とかいうツッコミは
さておくとして、長い映画ではないが、2時間以上の映画を見たような「思い」が残った。
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<ストーリー>

1945年6月、敗戦直後のドイツ・ベルリンに元歌手のユダヤ人女性ネリーが強制収容所から
奇跡的に生還する。顔に深い傷を負った彼女は、親友の弁護士レネの助けで顔面修復手術を受ける。
傷の癒えたネリーは愛する夫ジョニーとの再会を果たすが、彼女が死んだと頑なに信じている
ジョニーは彼女を妻によく似た別人と思い込み、彼女の一族の遺産を手に入れるために妻に
なりすましてほしいと頼む。
激しいショックを受けたものの、ジョニーとの再会のみを心の支えに収容所で必死に生き抜いて
来た彼女は、ジョニーの提案を受け入れ、ジョニーと共同生活を始める。
元の顔を失い、自分自身をも失っていた彼女はジョニーの言うままに昔のネリーを演じる中で
本来の自分を取り戻せたような気持ちになっていく。

一方、ジョニーが保身のためにネリーをナチスに売り、彼女の逮捕直前に離婚までしていた
事実を知るレネは、ネリーにジョニーは裏切り者なので縁を切れと言う。ネリーも疑念を抱く
ものの、事情があったのだと思い、ジョニーの言うがままに妻を演じ続ける。
そんなある日、レネが自殺する。レネの遺書には、ジョニーが一方的にネリーと離婚していた
ことを示す書類が同封されていた。

ジョニーは昔のネリーを知る友人たちとネリーとの「再会」の場を設ける。「ネリー」として
受け入れられた彼女は、友人らの前でジョニーとの思い出の曲「スピーク・ロウ(英語版)」を
歌いたいとして、ジョニーにピアノ伴奏を頼む。動揺しながらもピアノを弾き始めたジョニーは、
ネリーの歌声と腕に刻まれた囚人番号でようやく彼女が妻本人であることに気づく。
伴奏の手を止め、呆然とするジョニーを無視してネリーは歌い続ける。そして、ジョニーを残して
その場を去っていく。(wikipedia)

<IMDb=★7.3>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:98% Audience Score:78%>


この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=353091こちらまで。


by jazzyoba0083 | 2017-04-10 22:50 | 洋画=あ行 | Trackback | Comments(0)

エール! La famille Bélier

●「エール! La famille Bélier 」
2014 フランス Jerco and more.105min.
監督・(共同)脚本:エリック・ラルティゴ
出演:ルアンヌ・エメラ、カリン・ヴィアール、フランソワ・ダミアン、エリック・エルモスニーノ、ロクサーヌ・デュラン他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>

なんの前知識なく、フランス映画とも認識がなく、WOWOWで録画されていたので観てみたら、これが
大当たり。社会的弱者や病気モノは最近富みによく製作されるが、その背景に、そういう人々と健常者が
日常どうあるべきか、を問わなければならないような社会である、ということと、その手の映画もちゃんと
観てもらえるようになったということがあるのだろう。ただし、お涙頂戴、ヒット狙いなものは当然ダメで
あるのだが。
その点、本作は、逆境を笑い飛ばすというフランス映画独特の乾燥度を持っていて、(例:「最強のふたり」
など)嫌味なく見ることが出来る。
障害者であることを変にオブラートに包むのではなく、あけすけに提示することにより、観ている方も、映画に
納得・同化しながら楽しむことが出来るのだと思う。
 とにかく登場人物がアッケラカンとしていて、めそめそしていない。ポーラに初潮が来た、といって大騒ぎ
して喜ぶ両親、また母が膣炎で婦人科にかかり、ポーラは通訳して、母に性生活を控えめにするように通訳したり
とかのシーンがあったと思えば、学園祭で歌う歌が、おいおい、こんな大人の歌を中学生に歌わせていいのかよ、
と思ってしまうような歌だったり、父親がなんと村長に立候補すると言い出したり・・。とにかくカラッとした
映画なのだ。だから最後の大団円が盛り上がるのだな。
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登場するのは四人家族。娘のポーラ以外は両親、弟3人共聾唖である。この設定が映画の全てといっても
いいくらいだ。一家は酪農を営み、回りの人達の理解もあり、不自由を感じることもなく暮らしていた。
娘は健常者であるのだが、手話を駆使し、家族と語り合う。家の手伝いを一生懸命するような、なかなか
出来た娘であるのだが、授業には疲れから居眠りをしてしまうなど、はなかなか打ち込めない。

ある日学校でコーラス・グループが結成され、ぶーたれていたポーラは先生から団に入るように指名されて
しまう。しかし、彼女の歌声を聴いた先生は、その歌声の可能性に驚き、個人レッスンを受けるようにいう。
パリの音楽学校に行け、その能力はある、というのだ。 
 一家のコミュニケートを支え、通訳代わりを勤め、酪農も手伝う生活をしているポーラ、自分が抜けたら
一家は大変なことになる、と大いに悩む。でも夢は叶えたい。自分の歌声を家族に聞いてもらうことは
出来ない、ということも彼女を悩ませる。個人レッスンを止めたり、なかば自暴自棄になったり、
ボーイフレンドと喧嘩したり・・・。両親にパリ行きを打ち明けるも、なかなか理解は得られない。

学園祭の出し物でコーラスや、ボーイフレンドとのデュエットを披露するポーラ。見に来ていた家族は当然
彼女の歌は聞こえなかったが、その美声は大評判だった。音楽の先生は、彼女は才能がある。応援してあげ
ないか、と語るが、事情をわきまえたポーラはそれを通訳しなかった。

その夜、父はポーラを庭に呼び出し、歌ってくれという。父は彼女の喉に手を当てて聞き入っている。
オーディションの日を知っていた父は、ポーラを起こし、パリへとクルマを走らせる。オーディションが
始まった。しかし、ポーラの歌う歌を伴奏者は楽譜がないという。そこに、ポーラがパリに行ったと
聞きつけた音楽の先生が登場、私が弾きます、と。そしてオーディションが始まった。
遅れて駆けつけた家族。その前で、彼女は手話も使い、まるで一家と自分の事を歌ったような歌を力一杯
歌い上げたのだった。結果は合格! ポーラのパリでの新しい人生と、ポーラ抜きの家族の新しい暮らしが
始まったのだ。
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大柄なポーラがちょっと初潮を迎える中学生にしては体格が良すぎるんじゃないか、とは思ったけど、
彼女を含め、手話を駆使し、特に両親と弟はセリフが全く無い演技だが、キャラクターを上手く出して
見ものであった。ポーラを演じたルアンヌ・エメラは実際にテレビのオーディション番組で優勝し、この
映画にキャティングされたまだ素人っけが残る女優さん。そこら辺も良い方に作用したんじゃないか。
独特の軽・重い感じがいい。自分の道を見つけていくという青春ドラマでもあり、家族ドラマでもある。
佳作。

この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=353061#1こちらまで。

<IMDb=★7.3>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:81% Audience Score:76%>


by jazzyoba0083 | 2017-02-16 22:55 | 洋画=あ行 | Trackback | Comments(0)

●「愛しき人生のつくりかた Les Souvenirs」
2015 フランス Nolita Cinema and more.93min.
監督・(共同)脚本:ジャン=ポール・ルーヴ
出演:アニー・コルディ、ミシェル・ブラン、シャンタン・ロビー、マチュー・スピノジ、ジャン=ポール・ルーヴ他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>

いかにもフレンチテイスト、「面白うて、やがて哀しき」という風情と「ビタースウィート」という
テイストをまとった、ある家族に焦点を当てた掌編ドラマ、という感じだ。★は6.5+α。

エスナール一家のおじいちゃんの葬儀から始まる。孤独になったおばあちゃんマドレーヌが主人公風。
そしておばあちゃん子にして孫で作家を目指している青年ロマン、その恋人になるノルマンディー地方の
女性教師、ロマンの父ミシェルは郵便局を定年退職したばかり。母は教師をしているが定年間近。2人の
関係は冷めそうでギクシャクしている。
父には2人の男兄弟がいる。そんな一家に起こるエピソードがとっちらかりそうで、なんとか纏めてあり
ラストシークエンスにおいての伏線の回収でカタルシスを得ている。ラストにかけての構成と盛り上げ方は
上手いのではないか。

おばちゃんは最愛の夫を亡くし、一人暮らし。しかしある日倒れてしまい、心配したミシェルは
おばあちゃんを老人ホームに入れることにする。納得して入ったホームだが友人が出来るわけでもなく
孫のロマンは頻繁に訪ねてくれたけど、自分の居場所ではないと考えていた。

ミシェルはメニューを1時間眺めていても決まらないグズで、そのあたり長年連れ添った妻との関係は
ギクシャクしている。ロマンはホテルの夜勤のバイトを始めていた。そんなある日、おばあちゃんんが
ホームから消えてしまった。慌てた一家はほうぼう探し回るが、長男ミシェルは自分がホームに入れた
からだ、自分が殺したんだ、と悲観する。もうおばあちゃんが生きていないような思い込みぶり。

冷静な孫のロマンはおばあちゃんは思いでの地に行ったに違いなと確信し、クルマでノルマンディーに
出かける。そこの案内所では自殺しにきた青年か、とかからかわれたが、おばあちゃんは母校の小学校を
訪ねていたのだった。そしてそこで、先日の葬式でちら見して気に入っていた女性が教師として勤めて
いることも判った。教師のアイデアで、小学校のこどもたちと触れ合い、みんなに自分の画まで描いて貰い
とてもいい時間を過ごせたおばあちゃん、だがホテルに帰ると、再び倒れてしまった。救急車で病院に
運ばれるが昏睡状態。ロマンは旅の本を読み聞かせてみるが・・・。

ラストシーンは映画冒頭の葬式シーンと同じ。しかし埋葬されるのはおばあちゃんだ。司祭曰く、
「人間は埋葬されるために生まれてくるのではない」「愛とは与えるものなのだ」とおばあちゃんが
生涯を通してみんなを愛したことを説いた。そこに遅れてきたノルマンディーの女性教師。すでに
ロマンとの間に愛が芽生えていた。

まさに「Life goes on」。三世代のふとした人生のドラマには含蓄のあるコトバも多く(ガソリン
スタンドの店員や司祭)一家三世代の愛のありようが心温まるストーリーで語られている。ラストの
閉じられたおばあちゃんの墓石からの引きながらの俯瞰パーンで、墓場から2人して仲良く去っていく
孫のロマンと恋人の女性教師の姿を捉えたシーンは非常に多くを物語る良いカットだった。
「流転する人生」・・・。短い時間であるが、フランス映画らしいウィットに富み人生の実相を
見る人に考えさせる良作といえよう。
監督で映画に出演もしているジャン=ポール・ルーヴはハフポストのインタビューで「この映画は
なにかを伝えたいという明確なものは無くて、今の社会はこうなんだ、ということを観てもらいた
かった」と応えている。そのように出来上がったと思う。三世代一家の事象から人生を考えさせる
ような仕上がりになっている。
主役のおばあちゃんマドレーヌを演じたのはフランスの国民的歌手アニー・コルディ。美しい
ノルマンディーの風景とともに流れるシャルル・トレネの「残されし恋には」が、効果的に
使われている。ラストシーンでは胸がキュンとなるだろう。

<IMDb=★6.5>
<Rotten Tomatoes:Tomatometer= --  Audience Score=56%>
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<ストーリー>
パリとノルマンディを舞台に、夫に先立たれたおばあちゃんが、それぞれに悩みを抱えた息子と孫と
織りなす家族3世代の物語を心温まるタッチで綴る人生ドラマ。
主演はフランスの国民的歌手のアニー・コルディ。共演に「仕立て屋の恋」のミシェル・ブラン、
TVを中心に活躍する若手マチュー・スピノジ。
監督は俳優としても活躍し、これが監督長編3作目のジャン=ポール・ルーヴ。

 最愛の夫をなくしたばかりのマドレーヌは、パリの小さなアパルトマンでひとり静かに暮らしていた。
3人の息子を育て上げ、それなりに充実した人生を過ごしてきたマドレーヌ。今も、大学生の孫ロマンの
ことが可愛くてしょうがない。
そんなある日、マドレーヌが突然倒れて入院する事態に。大事には至らなかったものの、ひとり暮らしは
心配と、息子のミシェルは兄弟と相談してマドレーヌを老人ホームに入居させることに。退屈なホーム生活に
不満が募るマドレーヌ。ある時、足繁く通ってくれるロマンから、息子たちがアパルトマンを勝手に売り払って
いたこと知り憤慨、ホームから姿を消してしまう。そこでロマンは彼女を探す旅に出るのだったが…。
(allcinema)

この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=354248こちらまで。


by jazzyoba0083 | 2017-02-13 23:10 | 洋画=あ行 | Trackback | Comments(0)

青空娘

●「青空娘」
1957 日本 大映 88分
監督:増村保造 製作:永田雅一 脚本:白坂依志夫 原作:源氏鶏太
出演:若尾文子 菅原謙二 川崎敬三 沢村貞子 ミヤコ蝶々 穂高のり子 信欣三 三宅邦子 品川隆二他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
昭和32年製、その後、コンビで仕事を重ねる増村、若尾コンビの初作にして、増村監督第二作となる。
驚いたのは、たしかに古いストーリーだし、まるでシンデレラを観ているようなご古典的都合主義的展開では
あるのだが、そこに散りばめられた人生の実相に迫る部分は源氏鶏太の真骨頂であり、この映画の大きな
魅力かつ気づきであった事。
もちろん突っ込みどころも満載なのでそれを楽しみながら観るのも手だ。ネット上では本作をなんだ
かんだ言いながら愛している人が多いことが分かる。昭和の青春映画の王道がここにはあるからだ。
WOWOWでの鑑賞であったが、大映カラーの発色があまり良くなかった。さりながら、カラー映画と
言うこと良く理解した色彩配置であってそれも魅力的だ。

更に、活気溢れる若尾文子の存在と相俟って、その演出や編集の斬新さ、スピード、菅原謙二の
ノリツッコミ、ミヤコ蝶々の漫才のような掛け合いなど、この手の青春映画に欠かせない要素はしっかり
押さえてある。映像的に印象深かったのは、若尾が伊豆から東京へ出てきた時の、東京駅頭のシーン。
アオリのアングルで、固定されたフレームに人物のフレームインフレームアウトで物語を進めるところ、
川崎敬三が若尾に結婚を迫るシーンでのテニスコートの金網とテニスをする人を上手く絡めたシーンなど。
もちろん卓球のシーンのカットや編集も刮目する。長めのアバンタイトルとエンドロールなども
この当時の映画としては新しく、新鮮な感じを受けた。

天津爛漫、明るい頑張り娘、はちきれんばかりに若い若尾文子の魅力がほとんど全てなのだが、その
魅力を増村組は十分に引き出すことに成功している。ノースリーブのシャツ、細いウエストを強調した
衣装、ポニーテールの髪型などもそうである。吉永小百合などの長く活躍している女優さんは、
大体若い頃のお顔はパッツンパッツンに張っている。歯列はその後矯正したんだろうな。

あっという間の88分である。終始若尾文子の魅力にいい意味で振り回され、そして元気が出る
一作だ。その後テレビで「スチュワーデス物語」などの大映ドラマの脚本を書くのだが、その
原点がここにあるといえるだろう。また昭和30年代前半、東京オリンピックが開催される前の
東京の風俗(走っているクルマも含め)を楽しむのもいい。
作品のポスター、青空バックに白いシャツ、手を後ろに佇む若尾のアオリ気味のプロフィールが
とても魅力的だ。
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<ストーリー>
伊豆のある町の高校を卒業した、小野有子は東京の父母の許に帰ることになっていた。だが小さい頃から
育てられたお婆さんに臨終の際、本当の母は他にいることを聞かされて驚いた。
訪れた小野家では父親が出張中で女中扱いされ、味方は女中と出入りの魚屋だけだった。が次男の腕白
中学生弘志とある時大喧嘩をしてから急に仲よくなった。

そんな頃、有子は卓球大会で長女照子のボーイフレンド広岡を破り、彼から好意を持たれたので照子の怒りを
買った。だが彼女は“いつも青空のように明るく”生きることを教えてくれた絵の先生二見が上京するという
ので大いに力づけられた。
また、帰った父栄一から母の話を聞き行方不明の母を探そうと決心をした。一方、広岡が有子に求婚した
ことを聞いた照子は有子を泥棒よばわりし、彼女は堪えかねて家を出、二見の下宿を訪ねた。そこで二見の
温かさに触れたものの、隣の住人で二見の恋人と自称する女性が現れて追いたてられてしまった。

広岡から旅費を借りて伊豆に帰った有子は、実の母が訪れて来たことを知り残念がるが、母が生きていた
ことが分り喜ぶのだった。やって来た二見を囲んでクラス会が開かれ、席上友達の信子からジャズ喫茶を
やっている叔母を紹介され、有子は再び上京、そこで働くことになった。
広岡や二見の協力で有子が実の母に会うことが出来た感激の瞬間、弘志がたずねて来て父が病床にあることを
告げた。有子は尻ごみする母を連れて小野家を訪れた。栄一の臨終間際の心ある言葉に、家族達はすべてを
水に流して和解することができた。いつの間にかひそかに有子の面影を抱いていた二見も、淋しい気持を
ふり払って有子と広岡の将来を祝福してやるのだった。(Movie Walker=シネマ旬報)

この映画の詳細はhttp://movie.walkerplus.com/mv25274/こちらまで。


by jazzyoba0083 | 2017-01-28 22:45 | 洋画=あ行 | Trackback | Comments(0)

アンダーカバー Imperium

●「アンダーカバー Imperium」
2016 アメリカ Atomic Fearures and more.109min.
監督・脚本・(共同)製作:ダニエル・ラグシス
出演:ダニエル・ラドクリフ、トニ・コレット、トレイシー・レッツ、サム・トラメル他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
日本未公開作品。WOWOWにて鑑賞。実話をベースにしている。トランプ政権成立後に観たので
ここに描かれる白人至上主義者の主張がある部分トランプの主張にダブって見えて、考えさせられる。

続く緊張、よく出来た脚本がラドクリフの演技を支えた。おどろおどろしくもならず、いい感じの
出来だと思った。だが、潜入捜査が完了した時の、いわば騙し騙された双方の心の動きが弱く、
画竜点睛を欠いた感がある。通り一遍なそこそこの出来の潜入捜査ものになってしまった。そこが残念。
そこまではいい出来の映画だったのに。トニ・コレット扮するサポート側の先輩FBI捜査官にラストで
「結局の原因は、被害者意識ね」と言わせて、騙した側の青年が更生した後、学校で講演して曰く、
「僕は受けてきた被害と同じことを警察や周囲にしていた」と言わしめるだけだったのが物足りない。
ラドクリフの捉え方をもう少し聞きたかった。入れ墨を入れたりしてあれだけ同化の演技を上手く
したのだから。

だが、ブラームスを聴く白人至上主義者ジェリーとは、騙していて悪いなあ、という思いがあった
ように描かれるが、そのあたりの心持ちと、お互いミッションを成し遂げようとする気持ちの相克が
描かれる部分もあったが。付けられた原題から推察されるのは、単なるFBIもの以上に深い心の動きを
捉えた映画を目指していたのだろう。大筋が単純なので、役どころの心の動きが分かりやすく描ける
シークエンスではあったと思うから、よけいに残念だ。

ゲジゲジ眉毛のラドクリフ、坊主頭にして白人至上主義者を良く演じていたと思う。潜入した先の
アーリア人同盟やKKKのやつらがあまり酷く描かれないので、ラドクリフ君、先入先で同化されちゃう
んじゃないか、とハラハラもさせる。
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<ストーリー>
元FBI捜査官の実体験をもとにした、ダニエル・ラドクリフ主演のスリラー。白人至上主義を掲げる
ネオナチ集団が爆弾テロを計画しているとの疑いが持ち上がり、ネイトは潜入捜査することに。
計画を阻止するため、彼らに同調しつつ探りを入れていくが……。
監督は本作が長編初監督作品であるダニエル・ラグシス。脚本にはモデルとなったマイケル・ジャーマンも
参加している。

白人至上主義を掲げ過激さを増すネオナチ集団に、爆弾テロ疑惑が浮上。潜入調査することになった
FBI捜査官ネイト・フォスター(ダニエル・ラドクリフ)は、髪を刈ってネオナチの象徴でもある
スキンヘッドにし、彼らに馴染むよう行動しながらテロを阻止しようとするが……。(Movie Walker)

この映画の詳細はhttp://movie.walkerplus.com/mv61975/こちらまで。


by jazzyoba0083 | 2017-01-25 14:00 | 洋画=あ行 | Trackback | Comments(0)

●「エージェント・ウルトラ American Ultra」
2015 アメリカ PalmStar Media and more.96min.
監督:ニマ・ヌリザデ
出演:ジェシー・アイゼンバーグ、クリステン・スチュワート、トファー・グレイス、コニー・ブリットン他
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<評価:★★★★★★☆☆☆☆>
<感想>
ある種のヒーロー物だけど、オフビート感に溢れ、ポップでシュール?スタイリッシュ?な作品。
スカッとするわけでもない、どこか湿度の高い感じがして、MARVELなんかのヒーロー物とは
ちょっと違う。
ラストで主人公がゴリラのアニメーションに変身するあたりが本作の感覚的な真髄なのであろう。

本人が意識していないのにエラいスーパーマンになっている、という事を主人公のマイクが
ドギマギしながらも認識するというようなリアリズムが無く、終始ポップな感じで進むので
かなりエグい殺しのシーンも、苦にせず観られるという・・・。

全編お遊びのような出来なので、結局何を言いたいのか分からない。最初のうちはまともと
思っていたガールフレンドがひたすら可愛そうだったのだが、正体がバレてみれば、なーんだ
そういうことね、と分かってしまう。スパイク・リーやジャームッシュのオフビート感も感じるの
だが、そこまで徹底して吹っ切れていないんじゃないかと・・・。(そこが狙い目では無いのかも
しれないが)かと言って「キック・アス」のようなシンプルな勧善懲悪に収斂していく部分も無いし・・・。
血みどろの戦いの挙句、スーパーから出てきてプロポーズしたところ、二人共ビリビリ銃で
ダウン、のところは笑えたが。

ジェシー・アイゼンバーグのヒーローっぽくないダメ男っぽさが配役の要因なのだろう。
もうみんな馬鹿なんだからあ・・・・。マイクはどうしたらフィービーに結婚指輪を
渡してプロポーズ出来るのでしょうか!という顛末記なのかもしれない。
いやあ、書いていて何にピントが当たっている映画か、わかんなくなってきた・・・。
結構できの良いB級映画、かも知れない。そうそう、映画の中のキーになる音楽が
ハワイアンというのもノーテンキアクションぽくて良かった。
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<ストーリー>
 片田舎のコンビニでバイトする若者マイク・ハウエル。フィービーという恋人がいながら、
ボンクラな毎日を送る典型的なダメ男だった。ところがある日、店に現われた謎の女性が彼に
向かって意味不明な暗号のような言葉を発して立ち去る。その瞬間、彼の中で何かが覚醒する。
直後、彼に襲いかかってきた2人の暴漢をスプーン1本で難なく退治してしまう。マイク自身
すら知らない彼の正体は、CIAが極秘のマインド・コントロール実験で生み出したスーパー・
エージェントだったのだ。やがてプロジェクトの封印を目論むCIAによって命を狙われる
マイクだったが…。(allcinema)

この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=354455#1こちらまで。

by jazzyoba0083 | 2017-01-09 22:40 | 洋画=あ行 | Trackback | Comments(0)