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ギフテッド/Gifted

●「ギフテッド/Gifted」
2017 アメリカ Fox Searchlight Pictures and more. 101min.
監督:マーク・ウェブ
出演:クリス・エヴァンス、マッケナ・グレイス、リンゼイ・ダンカン、ジェニー・スレイト、
   オクタヴィア・スペンサー他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想:重要な部分が個人的忘備録のためネタバレしています>
面白かった。よく出来た物語だと思う。登場人物の意外な素性が次第に明らかになっていくところは
正体が正体だけに、あざとい感じもしないではないが、話の中心となる数学の天才、メアリーを演じた子役、
マッケナ・グレイスのナチュラルな演技に助けられ、上手くまとまった。
監督マーク・ウェブの演出が光るところだ。このところ数学の天才を描いた映画を続けて3本見る結果となった。
「ドリーム」「奇蹟がくれた数式」そして本作と。それぞれまったく異なったシチュエーションだが、本作は
7歳にして高等数学を簡単に解いていく天才が主人公。この少女の複雑な背景の中で、少女の才能と幸せを巡り
大人がもめる。ところどころに置かれる心温まるキャスティングやシークエンス。例えば隣の黒人女性
(オクタヴィア・スペンサー)の存在、メアリーの担任ボニーの存在、そしてフランクがメアリーを産院に連れて
いくところなどに、この物語の温かさを高める隠し味が忍ばされている。脚本もいいのだろう。
キャスティングはメアリーを演じた歯無しのマッケナ・グレイスを始め、全員、いい。

簡単に言ってしまえば、才能を伸ばしてあげる環境がいいのか、普通の子供達と普通の生活をしていくのが
幸せなのか、ということ。
ただでさえ母親を自殺、という過酷な状況で亡くした幼い子が、母の弟のもとで暮らしていたのだが、
少女メアリーに数学のずば抜けた才能があることが分かり、まず学校が、転校を勧める。
次に少女にとってはおばあちゃん、姉弟にとっては母イブリンが登場。メアリーの才能を埋もれたままで
置くのは社会の損失、とばかりに自分の近くに置いて育てようと、今の環境が如何に劣悪であり、メアリーの
才能を花開かせてあげることこを彼女にとっての幸せと説く。(ココらへんのおばあちゃんの供述にはムリを
感じるなあ)弟は姉の遺言として普通のこどもとして育って欲しいということを守っていたのだ。(この裏には
もうひとつの母娘の相克があるのだが)

結局、裁判所の判断は、メアリーを養子に出し伯父さんフランクとも会えるという条件でフランクはメアリーと
離れることになる。裁判長も難しい判断だっただろうと思う。もうすこしメアリーが大きければ別の道もあった
のだろうけど7歳というのが微妙だ。観ている方も、才能は伸ばしてあげたいけど、子供らしさがなくなるような
生活を強いるのは本当にメアリーのためなのか?と共に悩むことになる。

フランクおじさんと暮らしていた時、片目の猫フレッドが家族のような存在だったのだが、イブリンは猫
アレルギー。ある日メアリーの小学校の担任でありフランクの恋人になっていくボニーが、メアリーとともに
養父母のもとにいったフレッドが不要ペットとして引き取り手を募集されているところを見つけてしまった。
すぐにフランクに連絡。殺処分寸前でフレッドを救い、そのままメアリーの元へ。
するとそこには養父母になつかないメアリーがイブリンと家庭教師に囲まれて数学をやっている光景が。

メアリーは一端自分を「捨てた」フランクおじさんを許さなかったが、メアリーを抱きしめて、自分のやり方を
謝るフランクを許し、猫のフレッドと共にフランクの元へと戻った。

メアリーの動きとしてはそいういうことなのだが、実はメアリーの母は高名な数学者で、(このことは作品の
早い段階で分かる)誰も解けなかった数式を解けるのでは、という学会の見方であった。しかし、幼い頃から
母イブリンの英才教育に心を潰され、結局自ら命を絶つことなったのだ。それは母親に対する復讐でもあった。
幼いメアリーを弟に任せて自殺するとは、メアリーの母はどのくらい母を憎んでいたことか。それにまったく
気付かず、孫に同じ目に合わそうとしていた訳だ。弟フランクがメアリーを母の元に行かせたくないのが分かる
というものだ。フランクは裁判の過程で明らかにされるのだが、今はボートの修理技師をしているが実は元ボストン
大学哲学科の准教授だった。

フランクはメアリーを自分の元に戻す時、一つの論文を母に放り投げた。
それは姉があの噂の数式を証明した論文だったのだ。「姉さんは、これを死後に公表してと僕に頼んだんだ」
イブリン「自殺の後で?」 フランク「違う。自分の、じゃない」。驚愕の表情が母の顔に張り付く。
姉は、母の死後これを発表するように弟フランクに言い残して命を絶ったのだった。なんという凄まじい母子の
関係。

論文を見て驚愕したイブリンはマサチューセッツ工科大学(だっったかな)に電話する。イブリンは電話口で
名乗ったは自分が数学科の博士である、と。 最後の最後でまた考えさせられちゃうシークエンスだ。
フランクは数学の天才の母と姉の間にあって哲学という真逆の分野に進んだのだ。その彼が姉の子を巡り母と
争う。なるほど、メアリーだけの話だけではないのね、この映画。
ラスト、大学でも数学の勉強をするようになったメアリーの講義の中に、先日観た「奇蹟がくれた数式」の
主人公、インド人の天才数学者ラマヌジャンの名前が出てきたのにはびっくりするやら納得するやら。

心温まるほっこり系の映画なのだが裏には非常に凝った親子の関係がが忍ばされている。
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<ストーリー>
『(500)日のサマー』のマーク・ウェブ監督による家族ドラマ。数学の天才である小学生の姪を“普通に育てたい”
という亡き姉の遺志に従って守ろうとする男を『キャプテン・アメリカ』のクリス・エヴァンスが好演。
数学の天才メアリーをそのファッションセンスがSNSなどで話題の子役マッケナ・グレイスがキュートに演じる。

フロリダの小さな町。独身男のフランク(クリス・エヴァンス)は、生意気ざかりの7歳の姪メアリー
(マッケナ・グレイス)、片目の猫フレッドと一緒にささやかな生活を送っていた。その小さな幸せは、
メアリーの天才的な才能が明らかになったことから揺らぎ始める。メアリーの特別扱いを頑なに拒む
フランクの前に母エブリン(リンゼイ・ダンカン)が現れ、孫のメアリーに英才教育を施すため、フランクから
引き離そうとする。
だが、フランクには亡き姉から託されたある秘密があった。メアリーの幸せは、一体どこにあるのか……?
そして、フランクとメアリーはこのまま離れ離れになってしまうのか……?(Movie Walker)

<IMDb=★7.6>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:73% Audience Score:85%>




by jazzyoba0083 | 2017-11-29 12:05 | 洋画=か行 | Trackback | Comments(0)

●「奇蹟がくれた数式 The Man Who Knew Infinity」
2015 イギリス Edward R. Pressman Film,Animus Films. 108min.
監督・脚本・(共同)製作:マシュー・ブラウン
出演:デヴ・パテル、ジェレミー・アイアンズ、デヴィカ・ビセ、スティーヴン・フライ、トビー・ジョーンズ他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
★は7.5。どうしも「事実は小説より奇なり」となってしまい、事実の持つ重みは作り事より強い。
私はこのインドの不世出の天才数学者ラマヌジャンという人を寡聞にして知らなかった。数学の
研究者や学生にとっては当たり前の人物なのだろう。
映画の中では、彼ら数学者が何をどうしようとているものなのか、全く分からなかった。多くの人は
そうだろう。でもそれでいいんですね。恐ろしく難しい解析のことなどは本筋にあまり関係がない。
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インド・マドラスの港湾施設で働く貧しい青年ラマヌジャン。結婚したばかりの妻と母がいる。
彼は天才的に数学に秀で、独学で定理を作成してしまうほどだった。しかしインドの学者からは
相手にされない。一人の師が、イギリスに行くことを勧め、手紙を書いてくれた。そのうちの
ひとつがケンブリッジ大学のトリニティカレッジ(ニュートンが万有引力を発見したリンゴの木がある)
の数学者ハーディの目に留まる。彼はラマヌジャンをイギリスに呼び共同で研究をしようとする。
が、天才的な閃きが特徴のラマヌジャンに対し、ハーディは「証明」されなければ「定理」とはならない。
「証明しろ」「証明」とこだわる派。むしろまっとうな数学者であれば、「定理は元来そこに存在するもの」と
言われれても、それが「証明」されなければ、なんら意味を持たないものなのだろう。そこは分かる。

でも、ラマヌジャンにとってはそれが歯がゆくて仕方がないのだ。天才ゆえの悩みだろう。真の天才とは
こういうとんでもない人物のことなのだろうなあ。英国の植民地だったインドではあるが、インド人で
有るがゆえの迫害や偏見を受け、ラマヌジャンのいうことに「そんな天地がひっくり返るほどの真理が
証明できるはずがない」と鼻から相手にしない。ハーディーはラマヌジャンに地道に証明することを
教え、ラマヌジャンも辛抱強く勉強を重ねた。

一方、インドに置いてきた新婚の妻は頻繁に夫に手紙を書くが、姑の手により、タンスの奥にしまわれた
ままになってしまう。ロンドンでラマヌジャンは妻は自分を捨てたのだ、と悲しい気持ちになる。
更に彼を結核が襲う。牛肉を食べないなど戒律に厳しいラマヌジャンは食べるものが少なく、栄養を
満足に取れず、結核になっても回復力が弱い。それでもハーディーらの看護の成果もあり、一旦は医者に
見放されるほどの病状だったのが回復してきて、研究も進み、ついに、周囲から不可能だ、といわれていた
数式の定理を証明することに成功したのだった。

そして、あれだけインド人だと蔑んでいた大学も、彼を王立協会の会員に推薦、見事にメンバーに選ばれた
のだった。故郷では妻が姑が手紙を書くしていた事実を知り、そのことを含め手紙を再度書いた。受け取った
ラマヌジャンは故郷に帰ることにした。1年後に戻ることを約束して。

しかし、その約束は叶わなかった。ラマヌジャンは結核の予後が良くなく、妻と母と暮らした1年少々の後、
帰らぬ人となってしまった。ラマヌジャンが最後に発見した数式は現在もブラックホールの解析に役立って
いるのだという。
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「スラムドックミリオネア」の少年も大きくなり立派な青年に。「マリーゴールドーホテルであいましょう」
去年の「LION/ライオン~25年目のただいま」ではオスカーの助演男優賞ノミニーと確実に成長しています。
彼と、彼を支えるハーディー教授を演じたジェレミー・アイアンズが、なんとも言えず良かった。自分は
「証明できないものは信じない」という無神論者、片やラマヌジャンは敬虔なヒンドゥー教徒。「すべては
神の決めること」。そうした二人が数学を通して理解しあう。普通の人の思考のはるか上を行く超天才を
この世のものとする助けがどのくらい大切か、ということが分かる映画だった。天才は理解者と出会わないと
天才とはなりえない、ということだ。動きの少ないストーリーだが、魅力的な脇役を配し、面白い映画に
仕上げた監督の手腕も買いたい。「無限を知る男」という原題はカッコイイと思う。
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<ストーリー>
 「スラムドッグ$ミリオネア」「マリーゴールド・ホテルで会いましょう」のデヴ・パテルがインドの
天才数学者ラマヌジャンを演じた伝記ドラマ。独学で数学を学んだラマヌジャンが、異国の地イギリスへと
渡り、文化の違いに苦しみながらも、著名な数学者G・H・ハーディ教授と数学を通じて友情を育み、
強い絆で結ばれていく感動の実話を描く。
共演にジェレミー・アイアンズ、トビー・ジョーンズ。監督は本作が長編2作目のマシュー・ブラウン。

 数学に魅せられ独学で学ぶインドの青年ラマヌジャン。事務員として働きながら、孤独な研究を続けて
いた彼は、自らの成果を認めてもらおうと、著名な学者たちに手紙を送るが、まるで相手にしてもらえない。
そんな中、ただ一人、イギリスの名門ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジのG・H・ハーディ教授が
その内容に興味を示し、彼を大学に招くことに。
こうして結婚したばかりの妻をインドに残し、期待を胸に単身渡英したラマヌジャンだったが、植民地の
出身で学歴のない彼は周囲から色眼鏡で見られてしまう。
しかも直感で定理や公式がひらめくラマヌジャンにとって、その数式の証明の必要性を力説するハーディの
要求がどうしても理解できない。次第に2人の間の溝は深まり、ますます孤独に苛まれていくラマヌジャン
だったが…。(allcinema)

<IMDb=★7.2>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:63% Audience Score:71%>



by jazzyoba0083 | 2017-11-22 22:00 | 洋画=か行 | Trackback | Comments(0)

婚約者の友人 Frantz

●「婚約者の友人 Frantz」
2016 フランス・ドイツ Mandarin Films.113min.
監督・脚本:フランソワ・オゾン  オリジナル脚本:エルンスト・ルビッチ
出演:ピエール・ニネ、パウラ・ベーア、エルンスト・シュトッツナー、マリー・グルーバー、ヨハン・フォン・
   ビューロー他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想:とことんネタバレしています>
オゾンという監督さんの作品は今から11年前に「スイミング・プール」を観ただけで、当時のブログを
読むと、「良くわからない」と書いてあった。この監督の持ち味らしい。翻って本作、オリジナルが
有るとは言え、オゾン流にサスペンスという通奏低音をベースに、戦争で失った愛情の行方を、結構
「分かり易く」描いたものだ。欧州映画をたくさん見ているわけではないが、持つ味わいがやはりハリウッド製
にはないセンスを感じる。
ラストシーン。主人公アンナの覚悟がラストのマネの「自殺」という絵画を見ている姿を観て、本作が言いたい
ことが透けて見えるようだ。そこを観ている人がどう思うか、そのシーンがモノクロからカラー(色彩付き)
画面となるのをどう思うか、が本作を観る人の感想を決めるだろう。
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アンナが第一次世界大戦で婚約者を失い、自分の心の半分以上を失ってしまった人間になりかけたところ、
「婚約者の友人」フランス人のアドリアンが現れ、敵国の彼が何故婚約者の墓にフランスからわざわざ花を
手向けに来て涙を流しているのか。アンナが声を掛けると、彼はフランツとパリで出会い、バイオリニストである
アドリアンがフランツにバイオリンを教えたり、二人でルーブルに出かけたり、友情を深めた、と、嘘を言って
しまう。しかし、これにはアンナもフランツの両親も、息子や婚約者を殺した敵国の男とは言え、真の友情を
育ててくれた(と思い込んだのだが)アドリアンを好ましく思うようになった。
しかし、アドリアンは嘘に耐えきれず、自分こそ、フランツを殺したのだ、とアンナに告白する。

婚約者を塹壕で殺した人物そのものがアドリアンであったことに大きなショックを受けるのだが、彼もまた
アンナの婚約者フランツを射殺したことに耐えきれず人間としての心の大きな部分を失っていたのだ。
殺さなければ殺される、塹壕で出くわした相手をどちらが殺すか殺されるか、という戦争の持つ残忍な必然性
なのだが、アドリアンは自分を許すことが出来ず、ドイツまで許しを乞うために訪れたのだ。
アドリアンの気持ちを理解し始めたアンナは少しずつアドリアンに恋心を抱くようになる。

アドリアンはフランツの両親にも真実を告げたい、と主張するが、アンナは「私から伝えておくわ」と
いい、実は本当のことを両親には告げなかった。アンナは神父さんに懺悔を告白するが、神父も「言わずに
おいたほうがいい嘘もある。いまさら両親に真実を告げてどうなる。キリストが磔をした男たちを許した
ようにあなたも許されるであろう」と言ってくれた。

アドリアンはフランツの両親に好かれたまま。アンナはある日パリに帰ったアドリアンに手紙を出すが
住所がないとして戻ってきてしまう。その頃、フランツの両親はアンナにアドリアンをどうか、と考え始めて
いたのだった。(フランツの両親はアンナを実の娘のように可愛がっていた)そこで両親はアンナにパリに
行ってアドリアンを探しておいで、と送り出す。かすかな情報を手に探すがなかなかアドリアンの足跡が
掴めない。やがてフランツの叔母を探し当て、シャトーに住む貴族のような暮らしをしているアドリアンに
行き着く。驚き喜ぶアドリアンだったが、そばには両親が決めたという婚約者の姿があった。

アンナは、アドリアンの仕方がないとは言え本心を見た思いで、ドイツに帰ることにする。アドリアンに
「鈍感!」とかいうニュアンスを叩きつけて。だが別れの駅頭で二人はしっかりキスを交わすのだった。
アドリアンにも親の定めた結婚(とは言え婚約者は良い女性)だが、自分の削れた半身を救ってくれた
アンナに深い愛情を覚えていたに違いない。でも二人は結ばれることはないのだが。

さて、パリのアンナからドイツのフランツの両親に手紙が来た。アドリアンと合った、パリの管弦楽団で活躍して
いた、ルーブルへも、フランツの好きだったマネの「自殺」を観に行きました、と嘘をつき続ける。
しかし、一人でルーブルの「自殺」の絵の前に来たアンナ、そこのシーンではカラーとなり、彼女の顔が
笑顔に変わる。
「自殺」とは縁起が悪い画であるが、アンナは過去の自分をこの「自殺」の中に閉じ込めて、(過去の自分を
「自殺」させ、)新しい自分の人生を歩もうと決心をしたのだろう、と私には思えた。
(ちなみにこの「自殺」は現在はチューリッヒの印象派美術館・ビューエルコレクションに所蔵されている)
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                 <「自殺」エドゥアール・マネ 1880年>
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この映画のキーになっているマネの「自殺」という画は、見る人に多様な想いを抱かせる画だ。一体この
男は何が理由でピストルで自らの胸を射なければならなかったのか、そこに理由を探す人、いや、観ている
人によっては「現在の自分を殺し、再生のステップとする」と見る人もいるだろう。アドリアンの好きだった
この画に、アンナは「再生」を見出したのだ。嘘で作り出す幸せだって時と場合によっては、ある、と。

フライヤーにもいろんな有名人が書いているが、映像が美しい。独特の空間を取った映像が不思議な落ち着きを
映画に与える。モノクロとカラーの使い分けは、観ようによっては、あざとくなるのだが、本作でカラーに
なるのは、ごく少ない。思いあぐねているシーン、リアリズムに欠けるシーンはモノクロ。アンナの心に動きが
あったり、誰かの心に重要な動きがあるとカラーになる。そのあたりの使い分けは、オシャレかつインパクトが
あった。また全体の構造をサスペンス風に描くことにより、観客を一層主題に取り込むことに成功している。
それにしても、いかにもベネチアやセザール賞にフィットする作品だ。
「スイミング・プール」もう一度観てみようかな。
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<ストーリー>
エルンスト・ルビッチ監督が1932年に「私の殺した男」として映画化したモーリス・ロスタンの戯曲を
「彼は秘密の女ともだち」のフランソワ・オゾン監督が大胆に翻案。20世紀初頭ドイツを舞台に、戦死した男の
謎めいた友人と残された婚約者が織り成す交流を綴る。
出演は「イヴ・サンローラン」のピエール・ニネ、本作で第73回ヴェネツィア国際映画祭マルチェロ・マストロ
ヤンニ賞(新人俳優賞)を受賞した「ルートヴィヒ」のパウラ・ベーア。

1919年、戦争の傷跡に苦しむドイツ。アンナ(パウラ・ベーア)は、婚約者のフランツをフランスとの戦いで亡くし、
悲しみの日々を送っていた。そんなある日、アンナがフランツの墓参りに行くと、見知らぬ男が花を手向けて泣いている。
アドリアン(ピエール・ニネ)と名乗るその男は、戦前にパリでフランツと知り合ったという。
アンナとフランツの両親は、彼とフランツの友情に感動し、心を癒される。やがて、アンナはアドリアンに“婚約者の友人
以上の想いを抱き始めるが、そんな折、アドリアンが自らの正体を告白。
だがそれは、次々と現れる謎の幕開けに過ぎなかった……。

<IMDb=★7.5>
<Rottentomatoes=Tomatometer:90% Audience Score:85%>



by jazzyoba0083 | 2017-10-31 14:00 | 洋画=か行 | Trackback | Comments(0)

●「消えた声が、その名を呼ぶ The Cut」
2014 ドイツ、イタリア、フランス、ロシア、ポーランド、トルコ 138min.
監督・(共同)製作・脚本:ファティ・アキン
出演:タハール・ラヒム、シモン・アブカリアン、マクラム・J・フーリ、モーリッツ・ブライブトロイ他
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<評価:★★★★★★☆☆☆☆>
<感想>
★は6.5。オスマン帝国崩壊に至る中で起きたアルメニア人大虐殺事件を
モチーフに作り上げた大河ドラマ。現在のISが跋扈しているエリアなので、現在に
思いが通じて胸が痛んだが、いささかちょっとメリハリに欠け冗長に感じられた
のが残念だった。

オスマン・トルコの腕のいいアルメニア人鍛冶職人ナザレット(キリストが産まれた
土地から名付けられているようにキリスト教徒)一家が巻き込まれる一大悲劇を
ナザレットを主人公として、別れた双子の娘を探し、ヨルダン~キューバ~アメリカは
ミネアポリス~ノースダコタまで旅をする壮大なドラマ。そこには過酷な運命をたどるに
至った残酷性と、彼を支えてくれる親切な人々との出会いがあり、そうした人間との
触れ合いからドラマが綴られていく。

第一次世界大戦前後のオスマン・トルコ帝国崩壊が絡んだ映画は数多く作られており、
「アラビアのローレンス」もその流れの中にある。本作のストーリーでも重要な
ファクターとなっているが、結局バルカン半島は西欧列強の陣取り合戦に巻き込まれ
イギリスの「三枚舌外交」が決定的になり、現在まで続くパレスチナ、イスラエル
紛争のきっかけを作ったのだ。そのバルカンのぶん取り合いをした国々とトルコが
製作国に名を連ねているのがなんとも皮肉だ。(最悪のイギリスはいないけど)

ナザレット、家族と引き剥がされトルコ側に強制労働に駆り出され、用済みとなると
集団で喉を掻き切られて殺される。だがナザレットに手を掛けた男の気が弱いと
いうか善の心がまだ少しあったため傷が浅く、生き残るが声を失う。そこから
彼は無謀とも思える家族との再会のための長い長い旅にでることになるのだ。

綴られるエピソードはダイナミックであるが、例えばヨルダンからキューバへ
向かう際、船員として雇われたようだが、口が聞けなくてよく大丈夫だったな、とか
一つ一つのエピソードに微妙な突っ込みどころがある。そのあたりが本作の
パワーを少し減じていたような気がした。基本、出会う人々に悪いヤツらより
善人が多いのが救いだ。(一方で映画の弱さかもしれない)チャプリンの映画を
見るシーンがあるのだが、そこでは親子が再会出来る、そのシーンを観て涙して
いるナザレット・・・いいシーンだった。

とはいうものの、肉親(娘)に会いたい、という父親の命を掛けた強い思いには
胸を打たれずにはいられない。戦争~引き裂かれた家族~長い過酷な旅路~
劇的な再会という典型的な流れではあるが、この手のドラマがお好きな方には
オススメだ。舞台がオスマン帝国というのがテーマとして今日的でもあるので
いいのかも。アレッポも出てきますよ。
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<ストーリー>
「愛より強く」「そして、私たちは愛に帰る」のトルコ系ドイツ人監督ファティ・
アキンが、トルコのアルメニア人大虐殺をモチーフに、虐殺を生き延びた男が、
生き別れた2人の娘を捜して繰り広げる壮大な旅の行方を描いたドラマ。
主演は「預言者」「ある過去の行方」のタハール・ラヒム。

 1915年オスマン・トルコの街マルディン。アルメニア人鍛冶職人のナザレットは、
妻と双子の娘ルシネ、アルシネと幸せに暮らしていた。
そんなある日、憲兵がいきなり押しかけ、ナザレットは妻子と引き離され強制連行
されてしまう。
灼熱の砂漠で、同じように連行された男たちとともに奴隷のように働かされるナザレット。
そしてある朝、ナザレットたちは処刑を宣告され、次々とナイフによって首を掻き
切られる。数時間後、ナザレットは意識を取り戻す。彼の処刑を命じられた男が
首を浅く切ったために致命傷にはならず、声を失ったものの奇跡的に一命を取り
とめたのだ。この時から、家族の消息を求めるナザレットの遥かなる旅路が始まる
のだったが…。(allcinema)

<IMDb=★6.3>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:58% Audience Score:67% >




by jazzyoba0083 | 2017-10-01 23:40 | 洋画=か行 | Trackback | Comments(0)

●「ギリー・ホプキンズの不機嫌な日常 The Great Gilly Hopkins」
2016 アメリカ Lionsgate Premiere. 98min.
監督:スティーヴン・ヘレク 原作:キャサリン・パターソン『ガラスの家族』
出演:ソフィー・ネリッセ、キャシー・ベイツ、ジュリア・スタイルズ、オクタヴィア・スペンサー、グレン・クローズ他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
割りとありがちなテーマであるが、エンディングも含め、(原作があるのではあるが)
引き込まれつつ見ることが出来た。日本では未公開でDVDでのタイトルは
「ギリーは幸せになる」という身も蓋もないタイトルになっている。私は
WOWOWで観たので、そのタイトルを掲げさせて頂いた。
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ギリーは画面上では凄く大人びて見えるが実際は小学校高学年。多感な時期に
母(いわば私生児である)と分かれて暮らしていて、里親のところをたらい回しに
されている。母に育児放棄されているにも関わらず、母が恋しい。この世に自分しか
頼る人がいない現状に12歳前後の女の子が晒される中、彼女なりに必死に生きては
いるのだけど、やはり心の扉を閉ざし、大人たちには不信感しか抱かず、頭はいいのに
勉強はしない。

そんなギリーが今度やってきたのはトロッターさんという里親のベテランのような
おばさんの家。すでにそこには愛称W・Eという少年がいた。ギリーはいつもの
ように、口は悪く、友人は作らず、不貞腐れているばかりの日々。夢はいつか
お金をためて母のいるサンフランシスコに行くこと。

一人暮らしのトロッターさんは毎晩夕食を共にする斜向いに住む盲人のランドルフさんと
いうおじいさんがいた。彼女を呼びに行くのはギリーの役目。このランドルフさんの
家はまるで図書館のように蔵書が有り、かつてはそれなりの地位にいた人のようだ。
また、ギリーの学校の担任ハリス先生(オクタヴィア・スペンサー)が、なかなか
出来た人で、厳しくも温かくギリーを理解しようとしてくれる。

次第にトロッターさんの家の暮らしにもなれたころ、まず、母親に今の自分は虐待
されていて、酷い状況だという嘘の手紙を母に出し、さらにランドルフさんの家に
忍び込み、お金を盗んでバスに乗り母に会いに行こうとした。が、全然足りない。
しかも、トロッターさんの財布からもお金を取ったのだ。この一件で普通は施設
送りになるのだが、トロッターさんが必死に抵抗してくれて、この家にいることが
出来ることになった。それからというもの周囲の温かさに触れ、ギリーの態度が少し
変化してきた。

そんな折、1人の老婦人が訪ねてきた。ギリーの祖母(グレン・クローズ)だという。
祖母は自分の娘コートニーと折り合いが悪く何年も会っていないので、まさか
自分に孫がいるとは知らなかったのだ。さらに福祉事務所があの嘘の手紙を受け
ここには置けない、W.Eも他へ移す、と言ってくる。ギリーは自分のしたことの
罪の深さに反省をするのだが、肉親が見つかった以上、トロッターさんとは暮らせ
ないのだ。トロッターさんとランドルフさんは彼の蔵書から、最初にギリーが
ランドルフさんに朗読してあげた「英国詩選」をギリーに餞別として渡した。

祖母に引き取られたギリーはまた自分に閉じこもる生活に戻ってしまうが、祖母の
理解ある態度に次第に新しい生活にも慣れてきた。その年のクリスマスに、ついに
母が帰ってくるという。狂喜するギリー。だが、空港に出迎えに行った祖母とギリー
の前に現れたのは、自分が妄想していた優しい母ではなく、たった二日間しかも
祖母にカネをせびりに来た母であった。ギリーは空港から1人で泣きながらトロッター
さんの家に行くのだった。

そしてクリスマスの日。みんなで祝うテーブルが映される。そこにはギリーと祖母、
トロッターさんとW.E、ランドルフさん、そして学校の友人たちの姿もあった。
祖母の元で暮らすとは言え、トロッターさんの家にも自由に行き来できるように
なったらしい。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
このような話なのだが、主にトロッターさんとハリス先生の言葉に含蓄があり、
ちょっと小学生には難しいんじゃないかとは思うけど、まさにその通りではある。
先生には「あなたの中にある怒りを目標を達成するために使いなさい」とか、
トロッターさんには「人生は良いことばかりではないわ。でも私たちは心で
繋がっているわ」とか。

結局ギリーは祖母と暮らすことになるのだけど、トロッターさんや前の学校の
友人たちとは交流を続け、心を繋ぎ、生きていくことにしたのだ。まだまだ
幼く、ガラスのような心、でも柔軟性のある心に、この歳にこの難題、と
いう人生の辛さを乗り越えていくギリーの姿に応援したくなるというものだ。

主人公のギリー、ちょっと見た目はとても小学生には見えない(中学生か
高校生くらいに見える)ので、反抗する態度もまじで可愛げがない。が、
よくある話ではあるけど、心がじんわりと暖かくなるエンディングだった。
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<ストーリー>
「テラビシアにかける橋」が映画化されたこともある米国の児童文学作家K・
パターソンの小説「ガラスの家族」を映画化。多感な少女ギリーがある里親に
預けられた後、さまざまな人々と出会って成長していく姿を感動的に描く
ヒューマンドラマ。
「ミザリー」で第63回アカデミー賞の主演女優賞に輝いたベイツ、「ヘルプ〜
心がつなぐストーリー〜」で第84回アカデミー賞の助演女優賞に輝いた
スペンサー、ベテランのクローズらハリウッドの一流女優陣が集結して充実の
共演を繰り広げた。WOWOWの放送が日本初公開。

小学校の高学年である少女ギリーは、数々の里親のもとを転々とした後、
メリーランド州に住むメイムの家に里子として預けられる。多感な上に聡明な
ギリーは少々生意気で周囲を困らせるが、次第に周囲の人々となじんでいく一方、
サンフランシスコで暮らす母親コートニーとの再会を夢見続ける。
ギリーがサンフランシスコに家出しようとして失敗した直後、コートニーの母親
ノニーが現われ、ギリーを引き取りたいと申し出てくるが……。(WOWOW)

<IMDb=★6.5>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:65% Audience Score:56%>

by jazzyoba0083 | 2017-09-20 22:50 | 洋画=か行 | Trackback | Comments(0)

●「ゴッドファーザー The Godfather」(Digital 4k Ver.)
1976  アメリカ Paramount Pictures.175min.
監督:フランシス・フォード・コッポラ 原作:マリオ・プーゾ
出演:マーロン・ブランド、アル・パチーノ、ジェームズ・カーン、ジョン・カザール
   ダイアン・キートン、ロバート・デュバル、リチャード・カステラーノ他
 
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      <1972年度アカデミー賞作品賞、脚色賞、主演男優賞受賞作品>
<評価:★★★★★★★★★★>
<感想>
このところ「アメリカン・ニュー・シネマ」を再び見ることにハマっていて、
Blu-rayなども買い漁っている。なぜかというと一言で言って「映画の持つ
人間的なエモーションとエネルギーを肌で感じる」ということだろう。
VFXバリバリのアメコミ映画も好きだけど、やっぱり自分の映画の原点はこの辺に
ありそうだ。

さて、本作、よくよく考えてみると、自分はテレビでしか観ていないんじゃないか、と
思い、この際、キチンと観てみることにした。(深作欣二「仁義なき戦い」は全作
観ているのに)今やデジタル4K版となっていて当時から陰影の美しい映画だったが
更に美しく、画面が持つ意味あいが深化したような感じを受けた。

今更この映画に何言えばいいのか、専門家から素人まで百家争鳴。プーゾの
原作がどんなニュアンスだったか分からないが、調べると原作にかなり忠実に
描かれているという。つまり、アメリカにおいては、アイルランドやドイツ系に
比べると遅れてやってきたイタリア系移民のファミリー。彼らは家族的な繋がりを
重要視し、その中で自らの繁栄と家族の幸せを守らなくてはならなかったのだ。
しかし、そこにはまっとうな職業はなく、興業や芸能、商売の利権などの上がりを
飯の種にしていたわけだ。この映画にも出て来るがNYにはイタリアの5大ファミリーが
存在し、やがてファミリー間の縄張り争いに発展していく。
(このあたりの展開は、出来と意味合いは全然違うけど、終戦直後の広島を舞台にした
「仁義なき戦い」に構図としては似ている。平たく言えば「ヤクザ」の世界だ。)

NYギャングはアル・カポネとエリオット・ネスのいわゆる禁酒法時代以前から
シカゴやNYを舞台に、裏社会やそれに結びつく政治家や警察らを巻き込んで
そのながれは現在も続いている。
コルレオーネ一家というのは実在するファミリーで、これだけ迫真の映画を
作るには製作側も出演側も相当な覚悟がいただろう。

本作以前にも以降にもたくさんのギャング映画が作られるのだが、やっている
ことは決してほめられるものではないのだが、ただの縄張り争いの殺し合いだけ
ではなく、「家族の愛」を込めた作品は本作をもって嚆矢とするのではないか。

閑話休題。映画そのものについては、3時間に及ばんとしる長編大河であるが、
間延びすることなく、観客の興味を貼り付けて離さない作り。キャスト、演出は
もちろんだが、キャメラの動き、画角の使い方、陰影の効果的な使い方、
出て来る人は多いが、セリフを長くせず、明瞭にしたことにより、ストーリーが
分かりやすくなっている。前半のドン・コルリオーネ、そして後半は大学出の
末っ子、マイケルが、ファミリーのゴッドファーザーとなっていく過程が描かれる。
マイケルの心の移り変わりも極めて興味深いところえある。

もちろん、銃撃シーンのリアリティも見逃すことは出来ない。シーン全体としての
緊張感の作りあげ方が素晴らしいのだ。
加えてニノ・ロータの哀愁を帯びた音楽は、このギャング映画に大切な
味付けをもたらしている。この後「Once Upon A Time In America」という
映画が出来たが、この中の「アマポーラ」(オリジナル音楽ではないが、エンリオ・
モリコーネの音楽が作品に非常にマッチしていた)と並び、ギャング映画の中の独特の
音楽として記憶に残るのである。
個人的にこの映画のどこが好きか、と問われれば全体のキャスティング(と彼らの
演技)と、細かいところに神経が行き届いた画作りの二つ、と答える。
コッポラ、この時33歳!彼に任せてたパラマウントも天晴である。

さて、本作のできの良さは私ごときがどうのこうの言うべきでもないのだが、
これがアメリカン・ニュー・シネマかどうか、という点。TSUTAYAの推薦する
アメリカン・ニュー・シネマには入ってない。代表作のひとつ「俺たちに明日はない」
もギャング映画ではあるが、ゴッドファーザーとは描こうとしてるところが全然違う。
だが、予算とか、ロケ多用とか、反権力反体制とか厳密に見るとニューシネマの
範疇ではないのかもしれないが、個人的には、これまでそれこそ禁酒法時代の
マフィアを描いた作品とは一線を画す、新しい価値観をもたらしたニューシネマで
あったと思うのだ。
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<ストーリー:結末まで書かれています>
1282年、当時フランスに支配されていたシシリー島の住民が秘密組織をつくって反乱した
時の合い言葉だったといわれる“MAFIA”は、19世紀に入り、“犯罪組織”として
イタリアの暗黒街に君臨するようになった。
そしてイタリア系の移民として、この組織もアメリカに渡りアメリカ・マフィアが誕生した。
その組織はシシリーやナポリ出身者またはその子弟で構成されており、組織の頂点に
ファミリー(家族)がありボスがいる。アメリカ・マフィアの年収は200億ドルといわれ、
ギャンブル、合法企業の金融、運輸、スーパーなどを経営している。
「ゴッドファーザー」はそうした巨大なマフィアの内幕を描いたマリオ・プーゾ
ベストセラーの映画化である。

コルレオーネ(マーロン・ブランド)の屋敷では、彼の娘コニー(タリア・シャイア)の
結婚式が行なわれていた。一族の者を始め、友人やファミリーの部下たち数百名が集まった。
ボスのドン・ビトー・コルレオーネは、書斎で友人たちの訴えを聞いている。彼は、
相手が貧しく微力でも、助けを求めてくれば親身になってどんな困難な問題でも解決して
やった。彼への報酬といえば、友情の証と“ドン”あるいは“ゴッドファーザー”という
愛情のこもった尊称だけだった。
そして彼の呼び出しにいつなりとも応じればよいのだ。これが彼らの世界であり、その
掟だった。ドンのお気に入りの名付け子で、歌手として成功したが今は落ち目になって
いるジョニー・フォンテーン(アル・マルティーノ)もその1人だった。新作映画で彼に
きわめつけの役があり、俳優として華々しくカムバックできるに違いないのだが、
ハリウッドで絶大な権力を持つプロデューサー、ウォルツ(ジョン・マーレイ)から
その主役をもらえずにいた。フォンテーンの窮地を知ったドンは静かにうなずいた。

ある朝、目を覚ましたウォルツはあまりの光景に嘔吐した。60万ドルで買い入れた
自慢の競走馬の首が、ベッドの上に転がっていたのだ。それからしばらくして
フォンテーンの許に、その新作の大役があたえられた。

ある日、麻薬を商売にしている危険な男ソロッツォ(アル・レッティエーリ)が仕事を
持ちかけてきた。政界や警察に顔のきくドンのコネに期待したのだが、彼は断った。
だがソロッツォは、ドンさえ殺せば取引は成立すると思い、彼を狙った。早い冬の夕暮れ、
ドンは街頭でソロッツォの部下に数発の銃弾を浴びせられたが一命はとりとめた。
これはドン・ビトー・コルレオーネに対する挑戦だった。

ソロッツォの後にはタッタリア・ファミリーがあり、ニューヨークの五大ファミリーが
動いている。こうして1947年の戦いが始まった。末の息子マイケル(アル・パシーノ)は、
一族の仕事には加わらず正業につくことを望んでいたが、父の狙撃が伝えられるや、
家に駈けつけ、偶然にも2度目の襲撃からドンの命を救った。ドンの家では長男のソニー
(ジェームズ・カーン)が部下を指揮し、ドンの復讐を誓ったが、一家の養子で顧問役の
トム・ハーゲン(ロバート・デュヴァル)は、五大ファミリーとの全面戦争を避けようと
工作していた。

やがてソロッツォが一時的な停戦を申し入れてきた。だがソロッツォを殺さなければ
ドンの命はあやうい。マイケルがその役目を買ってでた。ソロッツォ殺しは危険だが
失敗は許されない。彼はこの大役を果たし、シシリーへ身を隠した。

タッタリアとの闘いは熾烈をきわめ、ソニーは持ち前の衝動的な性格が災いして敵の罠に
落ち、殺された。そんななかでドンの傷もいえ、和解が成立した。ドンにとっては
大きな譲歩だが、マイケルを呼び戻し、一家を建て直すためだった。

2年後、アメリカに帰ったマイケルは、ドンのあとを継ぎ、ボスの位置についた。
ファミリーは縄張りを荒らされ、ゴッドファーザーの過去の栄光がかろうじて崩壊を
くいとめているという状態だったが、マイケルの才能は少しずつ伸び始め、勢力を拡大
しつつあった。
ある日曜日の朝、孫と遊んでいたドンが急に倒れた。偉大なるゴッドファーザー、
ドン・ビトー・コルレオーネは、多くの人々が悲しみにくれる中で安らかに死を迎えた。
しかしマイケルの天才的な頭脳で練られた計画によってライバルのボスたちは次々に殺され、
その勢力は一向に衰えなかった。彼の横顔は冷たく尊大な力強さにあふれ、部下たちの礼を
うけていた。“ドン・マイケル・ゴッドファーザー”

<IMDb=★9.2>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:99% Audience Score:98%>





by jazzyoba0083 | 2017-09-17 23:55 | 洋画=か行 | Trackback | Comments(0)

コロニア Colonia

●「コロニア Colonia」
2015 ドイツ・ルクセンブルグ・フランス 110min.
監督・(共同)脚本:フロリアン・ガレンベルガー
出演:エマ・ワトソン、ダニエル・ブリュール、ミカエル・ニクヴィスト、リチェンダ・ケアリー他
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<評価:★★★★★★☆☆☆☆>
<感想>
★は6.5。全体として暗く地味な映画。事実がベースとなってはいるが、相当の創作が入って
いると思われる。1970年代、チリで起きた政変、アジェンダからピノチェト独裁へという不幸な
流れの中で、実際にあった「コロニア・ディグニダ」であった事件を取り扱う。主役の二人の
ような人物が実際にいたかどうかは不明。

ストーリーは単純で分かり易いが、山場というかメリハリに欠け、面白みという点では損をして
いる。主役二人はドイツ人。エマ・ワトソンはルフトハンザのCA。恋人は政変を取材しつつも
アジェンダ応援に入れ込みすぎたジャーナリスト。彼がピノチェト軍に捕まり、送られた先が
「コロニア・ディグニタ」という元ナチス残党パウル・シェーファーが主催するキリスト教カルト
集団の施設だった。ここは実はピノチェトとつるんでいる秘密警察の一部だったわけ。そこは
ホントの話。

そこで彼氏がひどい拷問にあう。彼女はフライトをキャンセルして志願してその施設に入所する。
彼を助けたい一心で。彼は拷問の結果、脳障害を負って、アホになってしまったふりをしていた。
エマも苦労していたが、彼を見つけるに及び、俄然やる気が出て(いるようには見えないけど)
偶然地下通路を見つけ、そこから二人で脱出、サンチャゴに戻りドイツ大使館に駆け込み、
写真を示してシェーファーらの悪行を告発した。そして自分たちは一刻も早くドイツに帰りたいと
主張するが、どもドイツ大使館の動きがおかしい。そう、ドイツ大使館はピノチェトとつるんで
いたのだ。大使は二人を空港に送ると嘘をいい、シェーファーらに二人を引き渡すつもりだった。

しかし、エマの機転で、ルフトの仲間の機に乗れることが出来、負ってきたシェーファーと軍を
かわし搭乗出来たが、管制塔からは離陸を禁止されてしまう。しかしルフトはそれを無視して
飛び立った。
シェーファーの悪行はドイツに帰った二人に寄り告発され、話題にはなったが、チリ国内では
無視され、ピノチェトとシェーファーの蜜月は続いた。彼が逮捕されたのは2000年代に入って
からで、しかもアルゼンチンであった。彼はその後最近刑務所で亡くなっている。

エマが潜入してから脱出まで半年以上かかっているが、この間の描写はテンポはいいが厚みに
欠ける。前半のラブラブシーンを短くして、もう少し物語を多層化し、話に厚みを付けたほうが
良かったのじゃないかな。
あまりにも話しがストレイートすぎる。それとドイツ大使館(当時は西ドイツだったろう)が
なぜ自国民を守らず、ピノチェトの味方をしたのか、ということ。

本作で一番の収穫は、現実にこうした施設が権力と結びついて人民圧政にチカラを貸していた
という事実を知ることが出来たということ。その後の世界世論も、結局手が出せなかったこと
そういう恐怖である。同調圧力・・・という言葉も浮かんだ。
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<ストーリー>
南米チリの独裁政権下で起きた史実を基に「ハリー・ポッター」シリーズのエマ・ワトソン主演で映画化。
キャビンアテンダントのレナは、クーデターに巻き込まれた恋人を救出するため、ナチス残党と結びつき
拷問施設となった“コロニア・ディグニダ”に潜入する。
共演は「ラッシュ プライドと友情」のダニエル・ブリュール、「ジョン・ウィック」のミカエル・ニクビスト。
監督は「ジョン・ラーベ 南京のシンドラー」のフロリアン・ガレンベルガー

1973年9月11日。ドイツのキャビンアテンダント・レナ(エマ・ワトソン)は、フライトでチリを訪れ
ジャーナリストの恋人ダニエル(ダニエル・ブリュール)と束の間の逢瀬を楽しんでいた。だが突如チリ軍部に
よるクーデターが発生。ダニエルは反体制勢力として連行されてしまう。

レナは、彼が慈善団体施設“コロニア・ディグニダ”に送られたことをつきとめるが、そこは“教皇”と呼ばれる
元ナチス党員パウル・シェーファー(ミカエル・ニクビスト)が独裁政権と結びつき、神の名の下に暴力で
住人を支配する脱出不可能な場所だった。異国の地で誰の助けも得ることができないレナはダニエルを助け
出すため、ひとりコロニアに潜入することを決意するが……。(Movie Walker)

<IMDb=★7.1>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:26 % Audience Score:60% >




by jazzyoba0083 | 2017-09-12 22:45 | 洋画=か行 | Trackback | Comments(0)

●「コンカッション Concussion」
2015 アメリカ Village Roadshow Pictures,Scott Free Productions,and more.123min.
監督・脚本:ピーター・ランズデマン
出演:ウィル・スミス、アレック・ボールドウィン、ググ・ンバーター=ロー、アーリス・ハワード他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
アメフトは全く分からないが、アメリカでの人気っぷりはただならぬものがあることは分かっている。
そのアメフトの世界で、コンカッション=脳震盪から来る鬱や社会不適合などの病気を見つけ、NFLと
対決するナイジェリア国籍の検死官・解剖医の奮闘の実話だ。最近いい映画に恵まれていないと感じていた
ウィル・スミスだが、ここでは実話という下駄は履かせてもらっているけど、なかなかいい。何がいいか、
というと、「慢性外傷性脳症」(これは主人公の命名)という医学的に光る発見をしていながら、(苦労も
とても多いにもかかわらず)飄々とし、でも、芯が通っている男を肩の力を抜いていい演技で描いている
からだ。もちろん演出の巧さもあろう。

オマル医師は、かつての名センターとして人気者だったピッツバーグ・スティーラーズのマイクの解剖を
担当する。彼の死に至る行動から、彼の脳に何か原因があるのではないか、と仮説を立て、他のケースを
当たり始める。すると、アメフトの世界では、鬱や奇怪な行動、自殺が異常に多いことが分かってきた。
何人かの解剖を経て、上司の協力も得て、論文を発表する。激しいタックルにより脳に外傷性のダメージを
負い、これが精神的な不具合を惹起し、記憶障害、異常行動、自殺などの異常行動に走らせる、というものだ。

当然、NFLからの妨害、嫌がらせを受ける。NFLもおざなりの脳震盪対策委員会を開き、因果を否定して
みせているのだった。だがそこに出ている医師はリューマチが専門でとても選手の脳のことを論じられる
レベルではなかったのだ。それでも次第に理解者を増やし、ついに元名選手にしてNFLの幹部が不可解な
自殺をするに及び、NYタイムズが報道することとなり、NFLは再度脳震盪対策委員会を開催する。だが
オマルは国籍を持たないので出席が出来ない。会議はウヤムヤに終わり、更にNFLはFBIなど国家権力を
動かしオマルらを潰しにかかる。

だが、更に選手の自殺が発生、ついに彼の主張が公になるところとなっり、多くの選手達が原告となり
裁判も起こされた。国はオマルに国家の検死官にならないか、とさそうが彼はそれを断り田舎町の
検死官であり続けたのだった。彼はアメリカの市民権は獲得した。

このメインの物語に、ケニアからやってきた看護師の女性プレマとの協力、愛情、結婚、妨害による
流産、引っ越しなど横軸が絡まり、事実の重層的深みもあり、なかなか魅せる。彼を支えるアレック・
ボールドウィンらの仲間たちとの友情や信頼関係も胸に響く。アメフトが分からない私だが、人間の
脳は60Gまでしか耐えられないという。アメフトのタックルは100Gに達するという。いくらヘルメットを
被っていても、終始激しい脳震盪にさらされていることは容易に想像が出来る。

この事件はまだ終わっていないのではないか。NFLにしてみれば、嫌な映画が作られたなあ、という
ことなんだろう。
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<ストーリー>
アメリカン・フットボールの選手が激しいタックルの影響で発症するCTE(慢性外傷性脳症)の恐ろしさを訴えた医師
ベネット・オマルの実話を、ウィル・スミス主演で映画化した人間ドラマ。NFL(ナショナル・フットボール・リーグ)
という巨大組織やそのファンを敵に回してでも、信念を曲げずに真実を追求し続けた男の姿を描く。

ナイジェリアからアメリカに夢を抱いてやってきた移民のベネット・オマル(ウィル・スミス)は、検死官も
務める真面目で誠実な医師。2005年、アメリカンフットボールのプロリーグNFLを引退した元スティーラーズの
花形選手マイク・ウェブスター(デヴィッド・モース)が変死する事件が発生。
その遺体解剖に携わったオマルは、頭部への激しいタックルが原因となる脳の病気“CTE(=慢性外傷性脳症)” を
発見する。これに基づき、独自の論文を発表したものの、,熱狂的ファンを持つ国民的スポーツにメスに入れた
その内容をNFLは全面否定。絶大な権力で、オマルとその周辺に圧力をかけていく。
さらに、全米のアメフトファンもオマルを敵視。孤立無援の中、人種差別や偏見と闘いながら、一歩も譲らずに
真実を求めてNFLに立ち向かうオマルだったが……。(Movie Walker)

<IMDb=★7.1>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:60% Audience Score:74%>




by jazzyoba0083 | 2017-08-25 23:10 | 洋画=か行 | Trackback | Comments(0)

●「帰ってきたヒトラー Er ist wieder da」
2016 ドイツ Mythos Film. 116min.
監督・(共同)脚本:ダーヴィト・ヴネント 原作:ティムール・ヴェルメシュ
出演:オリヴァー・マスッチ、ファビアン・ブッシュ、クリストフ・マリア・ヘルプスト他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>

原作のアイデアがいいのだろうけど、映像化に成功していて大変面白く観た。
まさに今の時代今の欧州に相応しいというか、見せたい映画だ。
ヒトラーを扱った映画は多いし、本作にもそれのオマージュと思しきカットも
出て来るが、どれも彼が生きた時代での作品だったのに対し、こちらは、この
危険極まりない男が現代のドイツにタイムスリップしてきたという設定。
アイデア自体はおそらく過去にもあったと思うのだが、ドイツにあって彼を正面
から肯定的に取り扱うことは禁忌であるので、コメディという形にしたのだろうけど、
メルケル首相をおちょくったりで、よくやったと思う。

周辺は、そっくりさん芸人と信じて人気ものに仕立て上げるのだが、本人は
極めて真面目に対応していて、本物のヒトラーがこの映画のようはヤワな事を
終始言っているはずはないと思うが、結構的を得たことを言うのだ。まさに
今欧州が抱えている移民問題とか、ヒトラーの口を借りて右傾化し、排他的に
なり、不寛容な世情を批判してみせる。だから本作でのヒトラーは「ユダヤを
根絶やしにせよ」とかは言わない。それと彼は21世紀の科学の進化に結構ついて
来るのだな。

テレビに引っ張りだこになるヒトラー、検察がテレビ局に匿名で扇動罪での
告発があったと乗り込んでくるのだが、検事がヒトラーのファンだったりして
「番組は続けて良い、捜査は形式だけだからね」と帰ってしまう。
調子に乗ったヒトラーだが、犬を殺したことから非難を浴び(これもなんだか
暗喩的ではある)テレビ界から追放されるが、これを機に本を書く。
「帰ってきたヒトラー」はベストセラーになり、またまたもてはやされる。
映画化もされる。しかし、ネオナチに殴られ重傷を負ってしまう。

しかし、彼を発見して売り込んだ冴えないテレビディレクターは、最初に彼が
写っていたビデオを詳しく調べ、またその場所に言ってみると、彼が本物と
しか思えず、プロデューサーらに訴えるが、信じてもらえない。

ラストのディレクターがヒトラーを屋上に追い詰めて、「生かしておくわけ
にはいかない」と銃をで撃つところで、そのシーンは映画だったと明かされ、
ディレクターは精神病院に入れられてしまう。ここも暗喩的だ。

最後に欧州で吹き荒れる移民排斥、極右の台頭、などの本物の映像が流される。

「本物」とされるヒトラーがいい人過ぎるので、いささかの違和感を覚えるが
ストーリー構成の巧みさはお見事である。人の愚かさ、といったものが浮かび
上がってくる。

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<ストーリー>
現代にタイムスリップしたヒトラーがモノマネ芸人としてテレビで人気に
なっていくさまを描き、話題を呼んだ小説を映画化したコメディ。
リアリティを追求するため、無名の舞台俳優オリヴァー・マスッチが
ヒトラー役に選ばれたほか、実在の政治家や有名人、ネオナチと顔をあわせる
など、アドリブシーンを交えて物語が展開する。

ヒトラーの姿をした男(オリヴァー・マスッチ)が突如街に現れる。
リストラされたテレビマンに発掘された男は、復帰の足掛かりにテレビに
出演させられる。男は長い沈黙の後、とんでもない演説を繰り出し、
視聴者の度肝を抜く。自信に満ちた演説はかつてのヒトラーを模した
完成度の高い芸と見做され、過激な毒演はユーモラスでありながら真理を
ついていると評判を呼び、男は一躍人気者に。しかし、彼はタイムスリップ
してきた本物のヒトラーだった。
そして天才扇動者である彼にとって、現代のネット社会は願ってもない
環境だった……。(Movie Walker)

<IMDb=★7.1>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer: --- Audience Score:81%>



by jazzyoba0083 | 2017-07-06 22:30 | 洋画=か行 | Trackback | Comments(0)

●「帰らざる河 River of No Return」
1954 アメリカ 20th Century Fox Film Co.90min.
監督:オットー・プレミンジャー
出演:ロバート・ミッチャム、マリリン・モンロー、ロリー・カルホーン、トミー・レティグ他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>

観ているはずだが、NHKBSで放映してくれたので、録画して鑑賞してみた。
マリリン・モンローは大学生の頃から好きで、作品も「モンキー・ビジネス」(未)
以降大体観ているはず。もちろんリアルタイムではないが。
でも、今回観てみると殆ど忘れていた。
西部を舞台にしているので時代的に古さは感じないが、河を下るシーンはCGなど
無い頃なので、どうしても合成画面の辛さは出てしまう。物語が短い上映時間では
あるがそれなりにきちんとしているので、大作ではないが印象深い「映画史に残る1本」
と言ってもいいだろう。まとめ上げた手堅さはオットー・プレミンジャーの手柄という
べきか。

なかんづく、マリリン・モンローの美しさと、エヴァーグリーンとなった同名の
主題歌の存在無くしては語れない映画である。マリリンは1953年から56年くらいが
一番輝いていたのではないか。

過去に傷を持つ男、その息子。母はいない。そして酒場の女マリリンと彼女が
惚れた詐欺師。ラストで息子が取った行動はかつて父親のトラウマとなった行動と
同じであり、時として男は大事なものを守るために背後から銃を撃つこともある、
というオチであった。マリリンの詐欺師からミッチャムへのいい意味での心変わりも
含め、どうということのないストリート言えばそれまでだが、愛すべき作品となって
いる。これからも永く愛される映画であろう。
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<ストーリー:結末まで書かれいています>
1875年、ゴールド・ラッシュのアメリカ北西部へマット・コールダー
(ロバート・ミッチャム)という男が、今年16歳になる息子マークの行方を
尋ねてやって来た。マークは酒場の芸人ケイ(マリリン・モンロー)の世話に
なっていたが、マットは彼を引き取って新しく買った農場に落ち着いた。

ある日、マットは農場のはなれを流れている河で、筏に乗って漂流している
ケイと夫ハリー(ロリー・カルハウン)を助けた。賭博師のハリーは
ポーカーでとった砂金地の登記をするためケイと一緒にカウンシル・シティへ
行く途中だった。マットがこの河は危険だというと、ハリーは銃をつきつけて
マットから馬と食糧を奪い、隙をみて銃を奪おうとするマットを殴り倒し、
ハリーの態度にあきれるケイを残して1人で旅立った。

マットがケイに介抱されて気をとり戻したとき、農場はインディアンに襲撃
されそうになっていた。彼は直ちにケイとマークを連れて筏に乗り激流を下った。
マットはハリーに復讐しようと思っていたが、ケイは極力それを止めようとし、
口論のはずみにかつてマットがある男を背後から射殺したのを暴露した。
実は殺されそうになった親友を助けるためにしたことだったのだが、その
事情を知らぬ息子マークはこれを聞いて父を卑怯な人だと思いこんでしまった。

2日目の夜、水浴びに行ったケイをマットが迎えに行っている間にマークが
山猫に襲われそうになったが、通りがかりの2人の男に救われた。2人は
イカサマ賭博でハリーから砂金地をまき上げられた連中で、ケイに怪しい
振る舞いをしかけたがマットに追い払われた。

マットら3人はインディアンの執拗な追跡を逃れ、ようやくカウンシル・シティに
着いた。ケイからマットに詫びるよう忠告されたハリーは、承知した風を装い、
隙を見てマットめがけて滅茶撃ちをした。それを見たマークは思わず傍らの
銃をとってハリーを背後から撃ち、父を救った。そしてかつての父の事件を
思い出し、父への尊敬を新たにした。そのまま町を去ろうとしたケイはマットに
引き止められ、3人は新しい生活に入ることになった。(Movie Walker)

<IMDB=★6.7>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:62% Audience Score:54% >



by jazzyoba0083 | 2017-06-23 22:50 | 洋画=か行 | Trackback | Comments(0)