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●「カルバラ~イラク戦争・奇跡の四日間~ Karbala」
2015 ポーランド・ブルガリア Miramar Film,Next Film.116min.
監督・脚本:クシシュトフ・ウカシェヴィッチ
出演:バルートミェイ・トパ、アントニー・クロリコフスキー、不リスト・ジョポフ、ミハウ・ジュラフスキ他
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<評価:★★★★★★☆☆☆>
<感想>
イラク戦争を扱った映画は「アメリカン・スナイパー」を始めとして優れた作品も多い。
本作は、劇場未公開ながら、ポーランド製ということもあり、注目されなかったが、
なかなかいい出来だったと思う。映画の焦点が、「戦争の虚しさ」という抽象的なもので
あったため、人物描写が今ひとつ弱くなっている点が惜しいというか、見方に注意が必要か。
この話が実話をベースにしているとう点も注目しなくてはならない。描き方という側面でも。

しかし、戦闘シーンを始め、リアリティを持って迫るアフガンの日々は、よく描けている。
そして、4日間の必死の戦闘を生き抜いてきた兵士らに待っていたのは、アメリカ軍の
方針により「イラク軍の手柄にしよう。」つまり、ポーランド軍とブルガリア軍の死闘は
記録的には無かったことになったのだ。まあ、戦争の虚しさ、バカバカしさもここに
極まれり、という感じだ。

イラク戦争の多国籍軍にはオーストラリア、カナダ、韓国、デンマークなどの国々が
参加していたのは知っていたのだが、ポーランドやブルガリアという東欧の国々が
おそらくNATO軍、あるいは「集団的自衛権」により参加を余儀なくされた事実は
寡聞にして知らなかった。彼らに取っての戦闘参加は相当いい報酬にはなっていた
ようだ。それも貧乏な村から来る兵士のことを考えると、いたたまれない。

ブッシュの見当違いの戦争で、多くの命が失われ、いまだに解決していない。
本作では戦争の大義という側面で描くのではなく、そもそも大義なんてないなんだか
わからない戦闘に駆りだされ、殺さないと殺されてしまうからという、兵士レベルの
戦いとして、戦争の不条理を浮かびあげている。

冒頭に傷ついた戦友を助けろ、という命令を怖くて聞けなっかった新米衛生兵、その
舞台を率いる中尉や大尉、イラク人警官とその娘、いろいろな人物にスポットが
当てられるが、戦争は虚しい、という表現のコマとして機能していて、その人柄を
描くものではないので、素材として見ておく、というのが正解な見方なのだろう。

数あるイラク戦争のエピソードを描いた映画の中でもお勧めできる秀作といえるだろう。
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<ストーリー>
米軍が主導したイラク戦争の“イラクの自由作戦”にはポーランド軍の兵士も2500人が
参戦したが、2004年、イラク中部にあるイスラム教シーア派の聖地カルバラの町では
ポーランド陸軍らの兵士たちが武装した民兵たちに完全包囲され、全滅の危機に
さらされた……。
知られざる実話をアクション満載で迫力たっぷりに再現した力作。出演は日本映画
「杉原千畝 スギハラチウネ」にも出演したM・ジュラフスキら。WOWOWの放送が
日本初公開。

2004年。ポーランド陸軍の若い衛生兵グラドは、イラクのカルバラに赴任する。
だが現地では多国籍軍を嫌うイラク人たちが武装し、一触即発の状態にあった。
カルバラ市庁舎にいたポーランド陸軍とブルガリア軍だが、イラクの民兵たちに包囲され、
たちまち激しい銃撃戦が起きてしまう。交代部隊も足止めされ、ポーランド陸軍らは
残り少ない弾薬と食料だけで孤立する事態に。グラドはあることをきっかけに隊と
はぐれてしまい……。 (WOWOW)

この映画の詳細はこちらまで。
by jazzyoba0083 | 2016-06-27 23:32 | 洋画=か行 | Trackback | Comments(0)

●「顔のないヒトラー Im Labyrinth des Schweigens 」
2014 ドイツClaussen Wöbke Putz Filmproduktion,Naked Eye Filmproduktion.123min.
監督・(共同)脚本:ジュリオ・リチャッレッリ
出演:アレクサンダー・フェーリング、アンドレ・シマンスキ、フリーデリーケ・ベヒト、ヨハネス・クリシュ他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
正直、驚き、ドイツ人がドイツ人を裁いた「アウシュビッツ裁判」の事を初めてといって
いいくらいに、今更ながらに知り得たことを深く恥じたい気分だった。

終戦後、1960年代の初頭くらいまで、西ドイツにおいては、ナチのことを語ることが「悪い意味で」
タブーとなっていて、かつてナチ党員だったりナチに協力した市民たちもどうどうと生活を
していた事実を知って、びっくりした。ドイツ戦犯を裁く「ニュルンベルク裁判」は「東京裁判」と
並びよく知られているが、ドイツ市民がナチに協力したドイツ人を告発し裁判に掛けるという
「アウシュビッツ裁判」というものがあったとは、うっすらとしか知らず、実態を本作で知ったことは
有意義であり、翻って、日本人の手で日本人を裁いていない我が国はどうなんだろう、と
考えないではいられ無かった。 本作にも出てくるが、「そんなことしたらドイツ人全員が戦争
協力者で有罪だろうよ!(意訳)」 

「アンナ・ハーレント」に出てくるアイヒマンに対する彼女の理解「思考の放棄による作為」。
50年代の西ドイツには中央地方を問わず官僚に元ナチス党員がいたり、若い娘は
「アウシュビッツなんて知らないわ」と嘯いたり、「臭いものに蓋をしたい」気分に溢れていた。
忘れたかったのだ、自分たちが犯した世界史的な犯罪を。

しかし、一人のジャーナリストが、元ナチ党員が学校の先生をしている風景を偶然目撃し、
それをきっかけに、戦争遂行者がまだ暮らしの中枢にいるおかしさを指摘する。これに応呼
する検事たち。南米に逃亡したといわれる生体実験の首謀者メンゲレなどがまだ捕まって
おらず、それはむしろモサドやユダヤ人たちの追跡機関のやること、と傍観していた傾向が
あったのだ。

若い検事は上層部も動かし、ついに1963年に「アウシュビッツ裁判」を始めることに成功、
市井に隠れていたナチ協力者を次々と摘発し、裁判にかけた。

この裁判は今のドイツが欧州でリーダーシップを獲得できるまでになった根幹を形成したと
いわれるほどの重要性を持つ。自国民の手で自国民の犯罪を告発し、他国(ユダヤ人)に
謝罪する、1979年にはナチ戦犯の追求をやめないため集団殺人に対する時効を撤廃した。
ことほどに、ドイツはユダヤ人に対する犯罪に対し、自国民に対して苛烈であったのだ。
それなくしてドイツの再スタートは切れないと考えていたのだろう。

The Huffinton Post の2015年10月4日掲載の熊谷徹氏の記事を紹介しておきたい。
「この裁判の最大の意義は、アウシュビッツでの残虐行為の細部を初めて西ドイツ社会に
広く知らせたことである。それまで大半の西ドイツ人は、アウシュビッツで何が起きていたかを
ほとんど知らなかった。
フランクフルトで行われた裁判では、収容所に囚われていた被害者たちが、ガス室による
大量虐殺や、親衛隊員らによる拷問、虐待の細部を証言し、メディアが連日報道した。
アウシュビッツ裁判は、虐殺に加担した犯罪者たちが戦後の西ドイツでビジネスマンや役人と
して、長年にわたり罪を問われずに平穏な暮らしを送っていた事実をも、白日の下に曝した
のだ。」

思考を停止し、上官の命令に従っただけだ、という論理はそこには通じない。「思考を停止した
作為」は厳しく断罪された。翻って日本はどうだったのだろう。「あの時代、誰が軍部に反対できた
だろうか、その考えは違うと指摘できただろうか」とはよく聞くことだ。しかし、そこには「思考を
停止した作為」の結果、「戦争遂行に加担してはいないのか」という断罪が迫られるのだ。
本人が出来たかどうかではなく。人間として問われなければならない真理だからだ。それは
当時軍部の中枢にいた軍人たちから市井の人々までに至る、という厳しさを持つ。

この映画、大学や高校の教材としてぜひ取り上げてほしいと思う。
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<ストーリー>
戦時中にナチスが犯した罪をドイツ人自ら裁き戦争責任に向き合う契機となった1963~
1965年のアウシュヴィッツ裁判開廷までの道のりを、事実に基づき描いた人間ドラマ。

戦後十数年が経ち戦争を過去のものとする雰囲気に包まれる中、ナチスの罪を浮かび
上がらせようとした検察官たちの苦闘に迫る。
監督は俳優としても活躍するイタリア出身のジュリオ・リッチャレッリ。
本作が長編映画初監督作品となる。

1958年、西ドイツ・フランクフルト。第二次世界大戦が終わってから十数年が経ち、
西ドイツは西側諸国との結びつきを強くして経済復興を成し遂げようとし、大半の人々は
戦争は過去のものとして当時の記憶も自分たちが犯した罪も忘れ去ろうとしていた。
そんな中、あるジャーナリストがかつてアウシュヴィッツ強制収容所にいた元親衛隊員が
規定を破り教職についていることを突きとめる。上司の制止も聞かず、新米検察官の
ヨハンはジャーナリストのグニルカや強制収容所の生き残りであるユダヤ人シモンとともに
調査を開始。様々な妨害にあいながらも、検事総長バウアーの指揮のもと、生存者の
証言や実証を得ながらナチスがアウシュヴィッツで犯した罪の詳細を明らかにしていく。
(Movie Walker)

この映画の詳細はこちらまで。


この映画の詳細は
by jazzyoba0083 | 2016-05-26 23:30 | 洋画=か行 | Trackback | Comments(0)

●「カプリコン・1 Capricorn One」
1977 アメリカ・イギリス Associated General Films,ITC Films.129min.
監督・脚本:ピーター・ハイアムズ
出演:エリオット・グールド、ジェームズ・ブローリン、カレン・ブラック、O・J・シンプソン、テリー・サバラス他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
今から40年以上前の作品で、一度は観ているはずなのだが、内容を殆ど覚えていないので
WOWOWでの放映をチャンスに観てみた。
この映画がキッカケで、アポロの月面着陸もフェイクじゃないか、といっとき話題になりました
っけ。製作の過程で協力していたNASAも、内容を聞いて激怒し、協力を止めたという曰くつきの
作品なことは有名な話。
前半が宇宙もの(もどき)、後半は政治的なサスペンスというような仕立てであった。
アポロ11号が月面着陸に成功してからまだ10年経つか経たないかという時期にこういう
発想で映画を作ってしまったハイアムズはなかなかなモノだ。

単純なストーリーの中に政府の陰謀と飛行士の悩みなどが盛り込まれ、またカーチェイス、
複葉機と最新(当時の)ヘリとのチェイスなど見どころも満載だ。

事件を追跡するTVリポーターが、自分のクルマに仕掛けをされて街なかを暴走するシーンも
ローアングルのカメラワークが上手く、今でも手に汗を握る。
またテリー・サバラス演じる薬剤散布用複葉機と米軍の小型ジェットヘリ2機のチェイス
シーンも、並走してソーンを撮ったり、ヘリが崖にぶつかって大破するリアリティも含め
見どころとなっている。
ただ、3人の飛行士が軟禁されていた基地から小型ジェットで逃げるのだが、滑走路を
塞いだNASAの自動車と車輪がぶつかり、砂漠で胴体着陸を余儀なくされる。
その胴体着陸シーンは流石に砂煙でごまかしたな。
飛行士のリーダー格ブルーベーカーが砂漠での逃亡中、ガラガラヘビを殺してこいつの
腹を割いて内蔵を出し、生肉を食らうシーンはリアリティありすぎで引いてしまった。
それと、3人の飛行士のうち、ブルーベーカーは自分の葬儀の場に現れるのだが、
捕まってしまう後の二人はどうなったのだろうか。オープン・エンドである。
今回のWOWOWでの放映はカット版だったようだが、オリジナル版にはドッキングの
シーンや船内でふわふわ浮く(ピアノ線で吊り下げられた)飛行士のシーンなどが
カットされたようだが、NASAが怒ったシーンをカットしたようだ。オリジナル版を観て
みたいものだ。

前半の有人火星探査ロケット「カプリコン・1」の打ち上げまでに至るシーンはNASAの
協力もあり、結構本物っぽい。
ボロの端緒が、管制官の一人が、火星に近づいている宇宙船からの交信にしては
タイムラグが無く、まるで近くにいるようだ、という事に気がついたところなのだが、
そこらあたりは科学に疎い人でも、なるほど、と理解が出来る。
火星から映像を送ると21分かかる、ということでこの時差を利用して砂漠のスタジオから
の中継を入れて誤魔化していたわけだから、通信の時差に気がつかないわけが
ないと思うのだけれど。画竜点睛を欠いたわけだな。

全体として若干の古さは感じるが、その内容からSFものとしては映画史に残る作品
なのだろう。リポーター役のエリオット・グールドの存在に味があった。
彼も今は78歳になるのだなあ。
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<ストーリー・結末を含みます>
東の空が赤く染まり、やがて朝日が1日の始まりを告げようとしている中、人類史上初の
有人火星宇宙船カプリコン・1の打ち上げが目前に迫っていた。
カプリコン・1には、ブルーベーカー(ジェームズ・ブローリン)、ウィリス(サム・ウォーターストン)、
そしてウォーカー(O・J・シンプソン)らが乗り組んでいる。

発射5分前、突然カプリコン・1のハッチが開き、1人の男が乗組員3人を船外に連れ出し、
ヒューストンより3人をジェット機で連れ去った。そして5分後、カプリコン・1は、人々の
見守る中、有人宇宙船の名の下に火星へ向かって飛び立つ。
一方、3人を乗せたジェット機は砂漠にある格納庫のわきに着陸した。そしてそこには、
NASAのケラウェイ所長(H・ホルブルック)がいた。驚く3人に向かって、彼はカプリコン・1の
生命維持装置に故障が発見されたが、我国の議会や世論を今一度宇宙計画へ目を
向けさせるには、今さら計画の中止は出来なかった、という事実を告げる。

そして3人は、もしさからえば家族の安全は保証出来ないという脅迫の中、格納庫にある
火星表面のセット・ステージで世紀の大芝居を決行する。そしてそれが宇宙中継の形で、
全世界にTV放送された。よろこぶブルーベーカーの妻(ブレンダ・ヴァッカロ)達。
だが、家族と3人の宇宙飛行士との交信の内容に疑問を持ち出した男が1人いた。
新聞記者のコールフィールド(エリオット・グールド)だ。何かがある、と探る彼。そんな彼に
忍びよるNASAの魔の手--。

しかし、無事、“火星着陸”をやってのけたカプリコン・1が、大気圏再突入の際、事故で
消滅するという事態が発生--。これに感づいたブルーベーカーら3人は、消滅
(=3人の死)に身の危険を感じ、格納庫より脱出する。そして3人を生かしておいては、と、
NASAの刺客が放たれた。三方に分れて砂漠を逃亡する3人、そして事件の核心に
ふれ、友人のジュディ(カレン・ブラック)に金を借り、この世紀のスキャンダルを
スクープしようとするコールフィールド。灼熱の砂漠の中、NASAのヘリは、ウィリスを、
ウォーカーを発見し、ブルーベーカーにも魔の手はのびた。と、その時、アルバイン
(テリー・サヴァラス)の複葉機をチャーターしたコールフィールドが、追われ
ブルーベーカーを助ける。追うNASAのジェット・ヘリ。逃げる複葉機。

やがて、追撃戦の末、ヘリは爆破した--。そして、今、大統領臨席の下、3人の
宇宙飛行士の壮厳な葬儀が始まったその時、ブルーベーカー夫人の瞳に、車からおり、
こちらにかけてくる死んだはずの夫の元気な姿が映った--。(Movie Walker)

この映画の詳細はこちらまで。
by jazzyoba0083 | 2016-05-09 22:50 | 洋画=か行 | Trackback | Comments(0)

君が生きた証 Rudderless

●「君が生きた証 Rudderless」
2014 アメリカ Unified Pictures,Tee Rob Pictures,and more.105min.
監督・(共同):ウィリアム・H・メイシー
出演:ビリー・クラダップ、アントン・イェルチン、フェリシティ・ハフマン、セレーナ・ゴメス他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
洋画ファンならその顔を見れば、殆どの人が、知っているであろう名脇役、ウィリアム・H・
メイシー。その彼の初監督作品。あの年齢にして初なんだから、この手の映画を長年
撮りたかったのであろう。出来はなかなか良い。エンディングはほろ苦いのだが、単なる
成功譚、ハッピーエンドに終わらせない物語は、ひねりも効いていて脚本の良さも光る。
キャストも地味めではあるが、先日観たばかりの「スポットライト 世紀のスクープ」にも、
弁護士役として出ていたビリー・クラダップを始め、バンド仲間の若い俳優も個性豊かで
良かった。 
そのビリーの演じるサムの息子の死因に半ばでびっくりするわけだが、何故ジョシュという
その息子がなぜあのような行動に走ったのか、が説明不足で、びっくりさせることありき
ではないかと思ってしまった。展開のありようはいいのだが、そこが不満であり惜しい所
だった。説明には時間がかかるであろうが若干上映時間が長くなってもそこをちゃんとした
ほうがもっと良い映画になったのではないか。
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広告代理店のやり手アドマン、サム(クラダップ)。大学に通う音楽好きの男の子の父。
妻とは離婚しているものの、裕福な生活を送っていた。その息子ジョシュが大学で
起きた乱射事件で命を落とす。息子の死を受け入れられないサムの生活は荒れ、
2年後には会社も辞め、ペンキ屋の見習いをしながらヨットで寝起きをするという生活
であった。
ある日、別れた妻が2年がかりでやっと遺品の整理をした、家も売りたいから判を押してくれ
とやってきた。ヨットはスペースがないから遺品はいらないというサムだが、元妻はワゴン車
一台分の荷物を置いて行ってしまう。サムはその遺品の中にジョシュが作曲した多くの
CDを見つけ聴いてみるのだった。

街には行きつけのバーがあり、そこでは週に一回、飛び入りの素人ミュージシャンによる
演奏大会が開かれていた。サムは息子の曲を練習し、ある日そこでアコギを使って
歌ってみた。客の反応も大したこともなく、サムはしたたかに酔って家に帰ろうとした。
そこにクエンティンという若者がやってきて、「今の曲は最高だった。ボクもいろんな奴と
演奏したが、あんたの歌には鳥肌がたった」と言って付きまとってきた・・・。
彼は自分と一緒に演奏してみないか、ということだったのだ。若い彼は音楽で生きて
行こうとしていたのだが、引っ込み思案な性格が災いしてドーナツ店のバイトの身から
抜けだせないであがいていたのだ。

最初は再度人前で演奏することは考えていなかったサムだが、クエンティンの情熱に
ほだされて、再び舞台にたってみることに。そこにはクエンティンの友人のドラマーも来て
いた・・・。3人で演奏が始まった・・・。

サムの唄う歌はどれも詩がよく出来ていて、次第にファンが増えていった・・・・。
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この辺りまでは、世捨て人になったサムがクエンティンという青年と出会い、その人生を
息子の作った歌を唄うことで再生し、また成功していく話か、とそれはそれでいい話だな、
と思って観ていたのだ。(以下、決定的なネタバレを書いていますのでご注意)

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ところが、ジョシュの誕生日に墓参りに行くのだが、その墓には「人殺し」とかの罵詈雑言が
落書きされていた。元妻(ジョシュの母)はここに来てはシンナーで落書きを落とすのだと
いう。サムも手伝って落書きを落とす。ここで、初めてジョシュは大学の乱射事件の被害者
ではなく、加害者だったことが分かる。ここからクエンティンらバンドのメンバーとの間が
決定的に壊れてしまうう。メンバーもジョシュが加害者と知るところとなるのだ。
自分らは殺人者の歌を唄っていたのか!との衝撃からクエンティンは音楽を辞めてしまう。
サムも、騙すつもりは無かったが、話す機会を失ううちにバンドは有名になり、引き返せ
なくなってしまった。バンドのメンバーを巻き込んでしまったのだ。クエンティンにジョシュの
正体と、サムが唄っていたのはジョシュの歌だと告げたのは、ジョシュが当時付き合っていた
ガールフレンドだった。彼女自身もジョシュが起こした事件で人生を狂わされたのだった。

深く思い悩むサム。酒に溺れ、再び自分を失いかけていた。しかし、サムは音楽の才能
豊かなクエンティンという好青年に息子ジョシュの面影を追いかけていたということに
気づき、またそれが自分の行動が他人を巻き込み不幸にしてしまったことを反省し、
クエンティンが楽器店に委託販売を依頼していたギターを買い上げて、ドーナツ店に
行き、謝罪。ギターを置いて「やめたら負けだ」と言い残して去っていった。ギターケースの
中にはクエンティンが欲しくてたまらなかったビンテージもののレスポールが入っていた。

そしてサムはアコギを持ち、例のバーに行き、「私の息子は2年前大学で乱射事件を
起こし5人を殺しました。今から唄う歌は息子が作った曲です」と言って歌い始めたのだった。
クエンティンは再びバンドを始め、サムの代わりのギターの青年も加入したのだった。

結局、サムは本人が気づいたように唄うことで息子を理解出来たという所は良かったのだが
殺人者とは言え、俺の息子だ、という言い訳に隠れてクエンティンとジョシュを混同してしまい、
彼を破滅的自分の人生に巻き込み、また人に迷惑を掛ける生活をなんとも思わない
ジコチュウ中年に成り下がっていたということだ。彼はそれに気が付き、だらしのない生活から
足を洗い、人としてきちんとした人生を送ろうと息子に誓ったに違いない。
辛い人生が待っているのだろうけど、そこから逃げていては何も生まれないと悟ったのだ。
音楽は人を素直にさせる。映画に使われている曲がどれもいい。クエンティンが作った曲も
面白くていい曲だ。監督メイシーも、バーのマスターとして登場する。なかなか非凡な才能が
遅ればせながら開花した、ということだろう。

この映画の詳細はこちらまで。
by jazzyoba0083 | 2016-04-27 22:50 | 洋画=か行 | Trackback | Comments(0)

●「奇跡の2000マイル Tracks」
2013 オーストラリア See-Saw Films 112min.
監督:ジョン・カラン  原作:ロビン・デヴィッドソン 『ロビンが跳ねた』(冬樹社刊)
出演:ミア・ワシコウスカ、アダム・ドライヴァー、ローリー・ミンツマ、ライナー・ボッツ他
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<感想>
オーストラリアの大地は冒険譚が良く似合う。本作は、1977年にこの大陸を約3000キロに
渡って、ラクダを引き連れ横断したロビン・デヴィッドソンという女性の実話を元に製作された
映画。

砂漠、土漠、乾燥地帯、人間のいる所、全くいない所などを歩き、様々な出会いや別れを
体験し、本人は映画の中では旅の成果についてどうこう言わないのだが、きっと人間として
一回りも二回りも大きくなったことだろう。大自然の映像はとても美しいのだが、ロビンを
演じたミア・ワシコウスカ、(実際のロビンと似ている)の存在感というか演技というか、が
素晴らしく、優しさと強さを兼ね備えたロビンという女性をよく演じていた。
4頭のラクダを実際に馴らしながらコントロールしていくのは相当訓練を積んだのではないか。
また酷暑の中のロケは大変だったろうな、というのは観ていて分かる。

オーストラリアにラクダがいたのか、という個人的な驚きは勉強不足なのであって、映画の
中でも説明しているが、かつて英国人が荷物の運搬の為に連れて来たのだが、その後
交通機関の発達で放置され、絶滅するかと思われていたのだが野生化したラクダの
生命力は強く、今や世界一ラクダが多い国になっているのだそうだ。

映画の中でロビンが連れて行くラクダも野生のものを捕まえてきて調教し、売りだすという
牧場から買ったもの。ラクダはああ見えて結構凶暴だったりするので、野生のラクダは
危険だという。
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映画は、人生の目的を見失ったロビンという若い女性が、オーストラリア大陸2000マイルに
及ぶ踏破に挑戦するというもの。作品の中に繰り返し出てくる少女時代の思い出は、母の死
(自死)以後、親戚の家に預けられ、愛犬と別れて育ったというトラウマのような光景。
一方父は若いころ東アフリカの砂漠をラクダを連れて長い距離歩いた経験があるという。
牧場を経営していたが破産。旅に出るまで、ロビンが直近でどういう生活をしていたのかは
描かれないが、世の中をすねて、自分自身の居場所が判らないという状況であった。

父のマネであり、父への復讐のような部分あり、旅立つときには「行きたいから行く」といい、
ゴールした時には「ラクダを連れた旅は始まりも終わりもない」などという達観した言葉を
吐いたりする。

見知らぬ土地にやってきてラクダ牧場に努めてバイトしてラクダを買おうとして一軒目で
騙され、二軒目のアフガニスタン人の牧場で可愛がられてラクダ4頭を得て、出発準備に
とりかかるが、お金が足りない。たまたま現地で知り合ったアメリカ人カメラマン、リックに
ナショナル・ジオグラフィックにタイアップを頼んだら、とアドバイスされ、同誌に手紙を
書き、スポンサードを獲得する。但し条件はカメラマンとしてリックを帯同すること。

こうしてリックはジープで時々キャラバン?を訪れ写真を取るがロビンに取っては煩わしい。
全行程砂漠、ではなく、人がいる所も通る。アボリジニの村にも入る。野次馬がやってきて
「キャメルレディ」と言って写真を一緒に取りたがる、という風に完全に解脱した心境で旅は
出来ない。俗社会と付き合いつつ、親切なアボリジニや現地の白人たちの支援や応援、
やがてリックもロビンを心から応援するようになる。そうした中でラクダとのトラブル、愛犬との
別れ、何回も旅の意義を見失い、止めようと思った折れそうになる心を励まして、ついに
インド洋に到達した。インド洋の透明な海水が胸を打つ。
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ロビンは半年掛けたこの冒険で人が経験することのない経験をし、何でも出来る人間に
なっていった。自分が何故生きるのか、彼女は見つけたに違いない。そうは言わないけど。
尋常な人間はやらない大冒険を成し遂げた一人の女性の記録として、その物語の再現に
触れることが出来るのは映画の持つ可能性の1つを明示するものとして素晴らしいと思う。
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<ストーリー>
ラクダ4頭と愛犬を連れ、オーストラリア西部に広がる砂漠2000マイル(約3000キロ)を
横断した女性の回顧録を映画化。オーストラリア各地で大規模ロケを敢行、アリス・
スプリングスからウルル(エアーズロック)を経由しインド洋へと彼女がたどった道程を再現
している。
監督は「ストーン」のジョン・カラン。製作には「英国王のスピーチ」のイアン・カニングと
エミール・シャーマンが加わっている。冒険の旅に出た女性を「アリス・イン・ワンダーランド」の
ミア・ワシコウスカが、ナショナルジオグラフィックの写真家を「フランシス・ハ」のアダム・
ドライバーが演じている。第70回ヴェネチア国際映画祭コンペティション部門出品作品。

24歳のロビン(ミア・ワシコウスカ)はどこにも居場所を見つけられず、ひとり都会から
オーストラリア中央部の町アリス・スプリングスへやってきた。彼女はパブで働きながら牧場で
ラクダの調教を覚え、オーストラリア西部に広がる砂漠を横断しインド洋を目指す2000
マイルもの旅に出ようとしていた。
荷物を持たせた4頭のラクダと愛犬を連れ出発したロビンは、大地を一歩一歩踏みしめ
ながら進み、貴重な出会いと経験を重ねていく。(Movie Walker)

この映画の詳細はこちらまで。
by jazzyoba0083 | 2016-04-20 23:15 | 洋画=か行 | Trackback | Comments(0)

●「靴職人と魔法のミシン The Cobbler」
2014 アメリカ Voltage Pictures,Next Wednesday,Golden Spike and more.98min.
監督・(共同)脚本&製作:トム・マッカーシー
出演:アダム・サンドラー、クリフ"メソッド・マン"スミス、エレン・バーキン、スティーヴ・ブシェミ、
   メロニー・ディアス、ダスティン・ホフマン他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
原題の通り、靴職人に纏わるちょいといい話。私は好きでした。特に、ラストの二段構えの
大どんでん返しはびっくりぽんだった。やる気が有るんだか無いんだか判らないアダム・
サンドラー、こういうのに合う。エレン・バーキンやダスティン・ホフマンがキーマンになる
のも短い物語を締めるのに役立っているし、隣人のスティーヴ・ブシェミ、好きな脇役さん
です。

ロウワーイーストサイドのユダヤ人街で4代続く靴の修理屋マックス(サンドラー)が
アダム・サンドラーの役どころ。普段は使わない先祖伝来の古い靴を縫うミシンで靴を
修理すると、その靴を履いた途端、その靴の所有者に変身する、という、まあ、割りと
ありがちな魔法が物語を作る。しかし、本作はそれで終わらないのがいいところだ。
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古いミシンの魔法を知ったマックスは、日々の冴えない生活から一転、たくさんの
靴をバッグにいれて街へ出て、色んな人に変身しては楽しんでいた。無銭飲食したり
イケメンに変身してガールフレンドの部屋でシャワー中の裸を拝んだり・・・。
しかし、ある黒人レオンの靴を履いたことから、悪のトラブルに巻き込まれる。

古い町並みが地上げにあって困っているという地元の運動が伏線になり、レオンと
いう黒人はエレン・バーキン扮する金満不動産屋エレーンの手先として、この街の無茶な
再開発を手げるうえでの汚い仕事を引き受けていたのだ。

一方、マックスの父親は随分前に失踪したまま、母は痴呆が入っていて体も弱まって
いる。ある日マックスは母の願いを叶えるため、父(ダスティン・ホフマン)の靴を履き
母と父とのディナーを演出してあげる。喜んだ母だが、次の朝、亡くなってしまった。

隣で理髪店を営むジミー(ブシェミ)は、毎朝朝刊を交換したり、ピクルスをご馳走に
なったりで、何くれと無くマックスに気を使ってくれている。母が亡くなった葬儀の時、
出来が悪い息子だ、手遅れだ、と嘆くマックスに対し、今にきっと良くなる、時を待て、
早まるな、という忠告をする。(これが結構重要な伏線になっていることが後で分かる)

親戚から母親の墓石をちゃんと買えよ、と言われ、例の黒人に変身し、彼の部屋に
忍び込み、高級な時計を頂いたり、エレンから仕事代(ただ一人ビルに居残った
サイモンというジイさんを追い出すためビルに放火すること)として10万ドルを貰い
トンズラしようとしていた。レオンの部屋でレオン本人に出くわしてしまい、その時に
変身していた大きなオカマが履いていたハイヒールをノドに突き刺し殺してしまったのだ。
警察に自首するマックスだったが、警察とレオンの部屋に来てみると、死体はなく、
じゅうたんも綺麗になり、時計や10万ドルが入ったかばんも無くなっていた。
何が何だか判らないマックス。警官は呆れて帰ってしまう。靴修理店に帰ると、
時計や大金が入ったバッグがそのまま店のカウンターに置かれてあった。一体誰が?

マックスはサイモンじいさんを救うため、地元の街を守る会に加わり、サイモンじいさんを
助け、エレンを懲らしめようと、色んな人に化けて、ついにエレンは逮捕される。

そしてマックスは靴を使った変身を止めようと思ったが、隣の床屋でジミーから
大きな秘密を2つ聞かされることになる。

<ここから先はこの映画の最大の面白さをバラしていますので、ご注意ください>
床屋のジミーこそ、魔法のミシンの秘密を知っていたマックスのオヤジその人だったのだ。
彼は、ジミーに金を与え南国に隠居させて床屋を買い取り、ジミーの靴を履いて彼に成りすまし
マックスを見守っていたのだ。
そして父はマックスを地下に連れて行く。そこには巨大な靴の倉庫があり、初代からあの
ミシンで作った偉人や金持ちやスポーーつ選手の靴が多く飾られていた。
そして、父は裏口から帰ろう、と言うと、そこには運転手付きのリムジンが待機していたのだ。
父は靴を使って財をなし、郊外に豪邸を構えていたのだった。
父によれば靴屋以外にもそういう秘密を持った異業種の職人がいるらしい・・・。

冴えない日々を送っていたマックス、街を守ろうと呼びかけてくれたカーメンとデートの
約束を取り付けるのだった・・・・。
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なかなか夢のある話で、ラストの二段構えの(床屋が父親だった、また大金持ちだった)と
いうどんでん返しは驚かせてもらった。
何より、靴を履き替えると変身するのだが、キャラはマックスのままなので、黒人の
親分も、変身したはいいけどえらいいい人になっちゃったり、色んな人がマックスの
キャラで登場するところが面白い。 出だしはなんかチンケな変身ものか、と思って
いたらいい意味で裏切られた。楽しい映画なんで、お勧めしたいですね。
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<ストーリー>
ニューヨーク市マンハッタン区にあるロウアー・イーストサイド地区で代々続く小さな
靴修理店を営むマックス(アダム・サンドラー)は、年老いた母親と二人、ごく単調な
毎日を過ごしていた。
ある日電動ミシンが故障してしまい、やむをえず古くから伝わるミシンを物置から
引っ張り出して靴を修理したところ、直した靴を履いた途端にマックスは靴の持ち主に
変身する。驚いたマックスは、それからというもの、ミシンの力を使って他人に変身し、
自分の知らない世界を体験していく。やがて親孝行しようと思い立ったことから、
思わぬトラブルを呼んでしまう……。(Movie Walker)

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by jazzyoba0083 | 2016-04-05 11:10 | 洋画=か行 | Trackback | Comments(0)

●「恋のじゃま者 Nothing in Common」
1986 アメリカ Delphi Films,Rastar Productions,TriStar Pictures.119min.
監督:ゲイリー・マーシャル
出演:トム・ハンクス、ジャッキー・グリーソン、エヴァ・マリー・セイント、ヘクター・エリゾンド他
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<評価:★★★★★★☆☆☆☆>
<感想>
ゲイリー・マーシャルという監督さん、この4年後に「プリティ・ウーマン」を撮るわけだど、
その後の作品を観ても、一発屋ということになってしまうのだろうか。
本作も、邦題がヘンチョコリンだけど、いわば親子関係再生のけっこう良いテーマが
設定されているのだけど、トム・ハンクスの女の子ネタと饒舌なジョークに長い時間を取って
しまい、締りのない、視点がボケた映画になってしまい、勿体無いことをした。

トム・ハンクス自身もこの時代あたりはいい作品に当たらない苦悩の時間帯であったの
だろうな。

有能なのだけれど、生活がルーズで女の子ばかり追いかけている広告マン、デヴィッド。
(トム・ハンクス)観ているこっちが苛つくほどC調なやつ。
で、デヴィッドの父親から36年連れ添った母さんが出てった!という泣きの電話が入り、
そこから両親の騒動に子どもとして巻き込まれ、(自分から巻き込まれていったのだけれど)
疎遠であった父を理解し、母とも愛情を確認する、というお話。そして、デヴィッド自身は
幼なじみの「友達」としてしか見ていなかった女性との間に愛を見つけ・・・。

簡単に端折るとそういうお話。作品の3分の2は、後半3分の1の両親との和解への
冗漫なる前フリ。あと30分短くしたらもう少しピリッと引き締まった映画になったのでは
ないか。物語の前半のデヴィッドと後半のデヴィッドの落差を見せたかったにしても、だ。

厳しかったが女に甘かった父親がひた隠しにしていた糖尿病により、両足に
壊疽が発生し、指を切断せざるを得ない状況、またそれを許してしまっていた母の
無関心・・その無関心とて原因は父親にあり、そうした父親を作った遠因は母の育ちに
あり、その母の育ちを理解しない父も悪いのであり、という割と分かりやすい因果応報の
輪廻なのだが、その前ふりが冗漫で頂けない。
せっかくデヴィッドが物語の中で手掛ける航空会社のCMのコンセプトが家族でるのも
含め、残念だ。
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<ストーリー>
デイヴィット・バスナー(トム・ハンクス)は、シカゴの広告代理店に勤めるエリートだ。
その日は昇進も決まり、意気揚々。会社のボス、チャーリー(ヘクトール・エリゾント)たち
との呼吸も合い、ガールフレンドにも恵まれ、大いに満ち足りている。

が、一つ、悩みのタネがあった。父のマックス(ジャッキー・グリーソン)を残して母の
ロレイン(エヴァ・マリー・セイント)が、家出をしてしまったのだ。34年の結婚生活の
突然の破局で混乱する両親を前にして悩むデイヴィット。そんな彼を慰めるのは、
ハイスクール時代からのガールフレンドで演劇のインストラクターをやっているドナ
(ベス・アームストロング)。一方、会社では大手の航空会社“コロニアル・エアライン”
との取り引きの話しが持ち上がり、クライアントに会いに行ったデイヴィットは、そこで
社長と共に現れた美しい女シェリル(セーラ・ウォード)と知り合い、早速ベッドイン。

ところが彼女は社長の娘で、彼女の取なしもあって取り引きは大成功。仕事は順調
だったが、父マックスが交通事故を起こして会社をクビになり、デイヴィットを頼ること
しきり。ロレインも何かと電話をかけて来る。
しかし、時がたつに従ってデイヴィットにはそんな父の事が、哀れに思えて来た。

更にマックスは、足のリウマチがもとで切断手術を受けなければならなくなる。こんな
父の手術の日を前に“コロニアル・エアライン”の社長にニューヨークへ行くように命じ
られるデイヴィット。仕事を取るか、父を取るかで悩む彼は父親の方を取った。
以前には持った事のないような共感と愛情を持って、病院の父の面倒を見る
デイヴィットの姿があるのだった。(Movie Walker)

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by jazzyoba0083 | 2016-03-26 23:10 | 洋画=か行 | Trackback | Comments(0)

●「クロッシング Brooklyn's Finest 」
2009 アメリカ Millennium Films (Presents) 132min.
監督:アントアーン・フークア
出演:リチャード・ギア、イーサン・ホーク、ドン・チードル、ウェズリー・スナイプス、ウィル・パットン
    エレン・バーキン、ヴィンセント・ドノフリオ他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆。
<感想>
時々、映画を見終わった後、アメリカの批評サイト、IMDbではどんな★が付いているかな、と
当てっこするのですが、私が本作に付けたのが6,7。かのサイトの★もなんと6,7でした。
まあ、たいていの人がそのくらいに思う出来なのでしょう。いわば、普通に面白い。

本作の邦題は原作とはかけ離れて、何かが交差することを匂わせているのだが、これで
ネタが半分バレたようなもの。良いタイトルのようでいて微妙だ。
という具合で、NYPDに勤務する3人の警察官それぞれの人生が、ある1つの犯罪において
重なっていき、あるものは死に、あるものは去る、という骨子の仕立てだ。

イーサン・ホークは貧乏人の子沢山で、さらに双子が生まれようとしている。今住んでいる
家は壁や天井にカビが生えていて、妊婦や新生児に良くない。そこで彼は、犯罪を摘発する
たびにばれない程度に金を盗んだり、情報屋を殺して金をせしめたり、かなりの悪行を積んで
いた。が、心根はクリスチャンで、神に助けをすがっていたりする。良心の呵責に攻められつつ
結局は、悪徳警官の姿で身を滅ぼす。

ドン・チードルは、NYのヤクザに長年潜伏している覆面刑事。周りのチンピラからもも信頼が
厚く、特にチードルの命の恩人でもあり、かつその恩人を高裁で無罪にしてやったキャズ
(ウェズリー・スナイプス)の友情を裏切れず、FBIの汚い捜査に腹を立てつつ一級刑事に
昇進はするが、彼も警官にチンピラと間違えられて命を落とす。

リチャード・ギアはあと7日で定年退職を控え、万事事なかれ主義で、銃にも弾を入れておらず
とにかく事件に関わりを持たず、年金生活に入りたがっていた。そんな彼が新人の教育係を
仰せつかり、事件に巻き込まれていくが、変なところで正義ぶったりするのがちぐはぐだった。
彼は売春宿の女に入れあげていたのだが、所詮売春婦、定年と同時に足抜けさせようと
するが、「帰ってよ」とか言われてしまう。その帰りに、たまたま警察署で見かけた失踪人の
チラシとよく似た女がシャブ漬け状態になってバンで運ばれるところを目撃、それを
追いかけるのだ。もう退職しているというのに。自分の銃には弾を一発、実は自殺用に入れて
あったのだ。

さて、チードルの親友キャズは仲間の裏切りに合い撃たれて死ぬ。その復讐に駆けつけるの
だが、そいつらこそ、ギアが追っていきた売春組織にして麻薬の販売組織であったのだ。
また、イーサン・ホークは、カネ欲しさに自分一人でその組織に踏み込む。途中で仲間に
止められるが、仲間のクルマのタイヤを撃ってパンクさせ、現場へと向かった。

まずビルに入ってきたのはチードル。キャズを撃ったやつを次々と撃ち殺し、最大の悪を
外にまで追い詰める。そこで命乞いをするチンピラを容赦なく射殺。その姿を観たのは
イーサンを追いかけてきた仲間。チードルをヤクザと思い込み、射殺してしまう。しかし
彼の腰には今回は警察のバッジが付いていた。警察としての行動だったのだ。
愕然としながら、イーサンを探す仲間。チンピラがたくさん射殺されいている中で、ポケットに
札束を入れて絶命しているイーサンを発見した。

そのころ売春の部屋に近づいたギアはシャブ漬けにされ慰めものになっていた少女ら
3人を解放するが、そこに二人の黒人が。一人を制圧し、一人には撃てるものなら撃って
見ろ状態で迫られ、ギアは一発の弾で心臓を射抜いた。しかしこいつそれでは死なず、
ギアに襲いかかる。ギアは棚にあった結束バンドで彼のクビを締めて殺した。
警官になって初めて撃った銃、そして初めて殺した犯人。しかし彼はもうリタイアしていたの
だった。

特に3人が重なるところでは、同じビルで事件が起きるのだが、最初のチードルの銃声に
イーサンもギアも気がつくだろうに、とか、結束バンドが都合よく棚にあるな、とか、その前に
心臓を撃たれて死なない男って・・・。とかいろいろと突っ込みたくなる部分はある。
NYPDの警察官の給料の安さとか、荒廃した部分は描かれていたが詰めにやや甘さを
感じた。キャスティングはまあまあかな。FBIの憎たらしい女特別捜査官を演じたエレン・
バーキンが、まあ憎たらしくて良かった。ドン・チードルに一発張られればよかったのにと
思わせるくらい憎々しい。

麻薬やセックスシーンがあるのでR-15+だが、普通に見られるハードボイルド警察物語だ。
下に書いてあるように、正義とは何か、という大上段なテーマではなく、警官が味わうであろう
善と悪の境界線を歩くような三様の姿を描くことにより、警察官らの職務に対する悩み、大義に
対する悩みなどが垣間見られる娯楽作として見ればいいだろう。
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<ストーリー>
リチャード・ギア、イーサン・ホークら演技派共演によるクライム・サスペンス。犯罪が多発
するNYのブルックリン地区で働く3人の刑事の姿を通して、正義とは何かを問いかける。
監督は「トレーニング デイ」で警察官たちのドラマを描き、デンゼル・ワシントンにアカデミー
賞主演男優賞をもたらしたアントワン・フークア。

ニューヨーク、ブルックリンの犯罪多発地域で警官による強盗事件が発生。被害者は罪の
ない黒人青年だった。真面目な学生が警官に殺されたことで、ニューヨーク市警は激しい
非難を浴びる。上層部はイメージアップのために犯人の逮捕を急ぐとともに、取締りを強化。

この動きは図らずも、同地区で働く3人の刑事の心の闇を浮かび上がらせることとなる。
退職の日まで1週間となったベテラン警官エディ(リチャード・ギア)。波風を立てず無難に
過ごしてきた彼は、人生に空虚な思いを抱えて妻とも別居。唯一の心の拠り所は娼婦の
チャンテルだけだった。最後の仕事は、取締り強化の一環として行われる犯罪多発地区
での新人教育。だが、新人警官との警邏中に起きたある事件をきっかけに、彼の内面は
大きく変化してゆく。

信仰深く家族思いの麻薬捜査官サル(イーサン・ホーク)は、家族のために新居を購入
したいと考えていた。だが、警官の安月給では日々の生活で手一杯。そんな時、麻薬
捜査中に大金を目にして、彼の正義感が揺らぐ。

潜入捜査官としてギャングに潜入するタンゴ(ドン・チードル)は任務のために長い間、
家族を犠牲にしてきた。そして遂に、妻から離婚を迫られる。昇進もなく、人生を犠牲に
する仕事に限界を感じていたタンゴは、潜入捜査から自分を外すよう上司に訴えるが、
聞き入れられない。
そんな時、上層部は警察の成果をアピールする目的で、タンゴにある任務を与える。
それは、ギャングのボス、キャズ(ウェズリー・スナイプス)の逮捕だった。だが、キャズは
タンゴの命の恩人で、心すら通わせるようになった相手。上司の命令に抵抗するが、
上層部は逮捕と引き換えに昇進を約束する。念願だった昇進と、キャズとの友情の間で
揺れるタンゴ。目の前の現実と正義感の狭間で揺れる3人の運命は、警官による強盗事件が
きっかけとなって、思いがけず交わってゆく。その先に待っていたものは……。

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by jazzyoba0083 | 2016-03-21 22:45 | 洋画=か行 | Trackback | Comments(0)

●「グリーンマイル The Green Mile」
1999 アメリカ Castle Rock Entertainment,Darkwoods Productions,Warner Bros. 188min.
監督・脚本:フランク・ダラボン  原作:スティーヴン・キング
出演:トム・ハンクス、デヴィッド・モース、ボニー・ハント、マイケル・クラーク・ダンカン、サム・ロックウェル他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
10数年ぶりの鑑賞になると思う。観た当時凄く印象に残っていたので、そのシーンは頭に
あったが、全体のストーリーとしてはだいぶ忘れていて、今回で印象を新たにした次第だ。
原作、監督、脚本コンビで作った「ショーシャンクの空に」と何かと比べられるが、確かに
ファンタジーではないリアルなカタルシスが味わえる「ショーシャンク~」に比べると、お話の
「綾」としての面白さはあちらに挙げざるを得ないかなあ。

本作もオスカーに何部門かにノミネートされたが無冠に終わった。この年はサム・メンデスの
「アメリカン・ビューティー」が席巻した年であった。

閑話休題。本作を観ていて、ダラボンという人は脚本の人だなあ、とつくづく思った。もちろん
キングの小説がベースにあるのだろうけど、山の置き方が絶妙だ。3時間を超える映画だが
それがあるからダレずに観終えることが出来たと思う。だが、無実の黒人の大男が収監され
その能力でトム・ハンクスや所長の奥さんの脳腫瘍や、死んだネズミの再生を果たすという
ファンタジーがメインで、黒人ジョン・コフィが最後に言う「愛を利用して悪いことをするやつは
永遠にいる」というようなニュアンスはそう心に響くものではない。彼はそれで無実の罪を
着せられて刑死するわけだが。

で、これは本当にそうなのかどうかは不明だが、あるブログに書かれていた、ジョン・コフィの
頭文字J・Cはジーザス・クライストの謂であるのは自明だと。キリスト教の人ならピンと来る
ものだろうか。そうすると本作はキリスト教的倫理観に裏付けられた物語ということになる。
それはそれでいいのだけれど。その筋で見てみると、トム・ハンクスは、神の使いを殺した
罰として歳は取るけど死なない人間となり、刑務所のペットだったネズミ、ミスター・ジングルス
はコフィの手の中で永遠の命を吹き込まれた、と見てみれば納得は行く。
それは、冒頭の老人(トム・ハンクスの老人となったすがた=別キャスト)の最後のつぶやきで
知ることが出来る。老人が神様に言うように「私にとってのグリーンマイルは少し長すぎるような
気がするのです」

看守仲間のチームワークが気分いいのだが、それを際立たせる役として、エライさんのコネが
ある虎の威を借る狐ともいうべきパーシー看守(ダグ・ハッチンソン)の存在がとても良い。
そのパーシーがやらかす電気椅子の死刑の(わざとした)失敗がエグいけど、まあ、リアルな
側面として、話を引き締める効果はあると思う。ご婦人などは目を背けるかもしれない。

1935年、世界恐慌から第二次世界大戦に入る頃のアメリカの刑務所で起きた一つの奇蹟を、
今の時代の人物が物語る形で綴られる。これって「タイタニック」や「プライベートライアン」なんか
もそうだったような。この映画から何か教訓を汲もうとせずに、ファンタジーを楽しめばいいと
感じた。
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<ストーリー>
1995年。老人ホームの娯楽室で名作「トップ・ハット」を見たポール・エッジコムの脳裏に
60年前の記憶が甦る……。
大恐慌下の1935年。ジョージア州コールド・マウンテン刑務所の看守主任ポール(トム・
ハンクス)は、死刑囚舎房Eブロックの担当者だった。死刑囚が電気椅子まで最後に歩む
緑のリノリウムの廊下はグリーンマイルと呼ばれていた。部下は副主任のブルータル
(デイヴィッド・モース)はじめ頼れる連中ぞろいだが、州知事の甥である新人パーシー
(ダグ・ハッチソン)だけは傍若無人に振る舞う。

そんなある日、ジョン・コーフィ(マイケル・クラーク・ダンカン)なる大男の黒人がやってきた。
幼女姉妹を虐殺した罪で死刑を宣告された彼は、実は手を触れただけで相手を癒すという
奇跡の力を持っていた。彼はポールの尿道炎を治したのを皮切りに、パーシーに踏み
潰された同房のドラクロアが飼っていたネズミのミスター・ジングルズの命を救った。
ドラクロアはその翌日処刑されたが、パーシーは残酷にも細工をして彼を電気椅子で焼き
殺した。

コーフィの奇跡を目の当たりにしたポールらはパーシーを拘禁室に閉じ込めてコーフィを
ひそかに外へ連れ出し、刑務所長ムーアズ(ジェームズ・クロムウェル)の妻で脳腫瘍で
死の床にあったメリンダ(パトリシア・クラークソン)の命を救わせた。
房に帰ったコーフィは、拘禁室から解放されたパーシーをいきなりつかまえるや、メリンダから
吸い取った病毒を吹き込んだ。するとパーシーは厄介者の凶悪犯ウォートン(サム・
ロックウェル)を射殺し、そのまま廃人になった。
ウォートンこそ幼女殺しの真犯人だったのだ。ポールはコーフィに手をつかまれ、彼の手を
通じて脳裏に流れ込んで来た映像で真実を知った。ポールは無実のコーフィを処刑から
救おうとする。だが、彼は「全てを終わらせたい」と自ら死刑を望み、最後の望みとして
映画「トップ・ハット」に見入ってから死に赴いた。それから60年。あのときコーフィが与えた
奇跡の力はポールに宿り、彼にいまだグリーンマイルを歩かせしめないのであった。
(Movie Walker)

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by jazzyoba0083 | 2016-03-20 23:20 | 洋画=か行 | Trackback | Comments(0)

●「ガンズ&ゴールド Son of a Gun」
2014 オーストラリア Altitude Film Entertainment,and more.109min.
監督・脚本:ジュリアス・エイヴァリー
出演:ユアン・マクレガー、ブレントン・スウェイツ、アリシア・ヴィキャンデル、ジャセック・コーマン他
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<評価:★★★★☆☆☆☆☆☆>
<感想>
途中から1,5倍の早送りで観た。つまらない映画だった。WOWOWも、大作を購入するに
あたり、オマケでクズみたいな映画もセットで買わされるのであろうが、そういう映画は
海外の評価などを参考にしてなるべく避けるようにしている。時間が勿体無いから。

で、本作はIMDbで6,5、Rotten Tomatoesで、63%と、そう酷い評価でもないので
ユアン・マクレガーも出ていることだし、上映時間は短いし、観てみることにした。
私としてはとてもつまらない映画だった。

いい機会なので、なんでこの映画がつまらなかったか、自分なりに分析をしてみようと思う。
逆にいい映画というのは、脚本(話の設定)、演出、演者の芝居、キャラクター設定、
プロダクションデザイン、音楽などまあ総合芸術がすべていい方向に揃っている、という
ことなんだけど、その点に照らしてみよう。

まず脚本。この映画は監督さんが本も書いているのだが、この映画で何を言いたいのか、
スカッとしたクライムムービーを作りたかったのか。その辺りが見えてこない。ラストは
一応ハッピーエンドっぽいんだけど。
主人公格の青年JRが刑務所に収容されてくるところから始まるのだが、この青年、何者か
語られない。何の罪で収容されたのかも分からない。で、刑務所の中でユアン・マクレガーと
出会うのだが、ま、こいつは外の悪と通じていて、金儲けを企てるボス格であることは
分かる。このブレンダン(ユアン)がチェスの絡みで仲間に入れることにしたのだが、一見
ヘタレ風の青年をなぜ仲間に入れ脱走のパシリとしたのか不明。
かくのごとし、話が整理されていないので、もやもやしたまま映画は進行する。この辺りから
早見にチェンジだ。

で、ヘリを使って脱獄、大ボスに金の精錬所を襲撃し、金塊を奪う作戦に出る。
まあ、精錬所を襲うのはいいけど、溶けた金がそうそう早く固まるとは思えないし、固まって
も冷めるまで時間が掛かるし、だいたい6個の金塊は重いよ!軽々とは持てない。
その辺りの理論的破綻。

ま、大ボスはブレンダンを利用し、分前をやらないままブレンダンら実行犯を始末しようとする
のだが、いち早くブレンダンはボスを射殺、金の運搬を頼まれたJRは、やばいこと察知して
金を隠してしまう。それはそれでいいのだが、最初のうちJRの行動を見張る役でくっついてきた
女ターシャと出来てしまい、JRはターシャと分け前を貰って海外逃亡するつもりでいたのだ。
まあ、金の半分はめでたく二人のもとに転がり込んだのだが、残りの金を手に入れて楽を
するつもりのブレンダンの元には警察の手が伸びていた。JR、ブレンダンを売ったのか、と
思うとさにあらずで、刑務所のブレンダンの所に、お腹の大きくなったターシャの写真を添えて
JRから手紙が来る。鉄格子の窓のほうを見てにやりとするブレンダン。

なんなの、これ? 

つまり脚本が終始一貫していない、というか話の筋が整理出来ていのじゃないか。すっきり感
まるでなし。

次にキャスティング。オーストラリア映画の常連ユアン・マクレガーは悪人は似合わない。それと
後の俳優さんは知っている人がいない。いないことは魅力を削ぐものではないが、その分脚本や
演出がしっかりしていないと駄目だ。JRを演じたブレントン・スウェイツに魅力がない。また
ターシャ役の女優にも魅力がないし、演技に唸るような点もない。

音楽もやたらに不安や恐怖を持ち上げようとする意図が見え見えなものばかりで、映画を止揚
しているという効果はない。

大体原題が「拳銃の息子」とかいう意味なのだが、JRがそうなの?あるいは「Son of a Bit●●」の
掛け言葉なの?かようにして「安くて」「薄っぺらい」映画が出来上がったという次第だ。

いやあ、時にこういう映画を見て、いい映画とは何か、つまらない映画とは何か、を考えるという
ことも必要だなと思った作品だった。
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<ストーリー>
450万ドルの金塊を巡り、悪者たちの争奪戦が繰り広げられるさまを描く、ユアン・マクレガー
主演のクライム・アクション。マフィアのボスも一目を置く伝説の強盗犯ブレンダンにマクレガーが
扮し、犯罪をチェスに例えて語り、相手の心理を巧みに操るミステリアスさも兼ね備えた強烈な
キャラクターを熱演している。

オースラトリアのパースにある刑務所。軽罪でここに送られた若者、JR(ブレントン・スウェイツ)は、
暴力やレイプが蔓延する獄中生活で窮地に追い込まれていた。
そんな彼に救いの手を差し伸べたのは、牢名主的な存在のブレンダン・リンチ(ユアン・マクレガー)
だった。彼は、JRが自分に劣らぬ犯罪の才能を持っていることを見抜いたのだ。

こうして、犯罪者としての師弟関係を結ぶ2人。やがてブレンダンは、半年の刑期を経て出所
したJRの協力を得て脱獄に成功。犯罪組織のボスからの依頼を受けて、金鉱の精錬所を
襲撃して金塊を強奪するという新たな犯罪計画に着手する。チームの一員となったJRも、
この計画で重要な役割を任されることに。
その一方で、JRは犯罪組織で働く若い娘ターシャ(アリシア・ヴィキャンデル)と恋に落ちる。
分け前を手に入れたら彼女を連れてどこか遠くへと旅立ち、新たな人生を送る未来を思い
描いていた。やがて訪れる実行の時。仲間のミスによる誤算はあったものの、ブレンダンの
綿密な計画により計画は無事に成功する。だが、組織のボスはブレンダン一味を裏切って、
強奪した金塊の独り占めを画策していた。
さらにブレンダンとJRの関係にもヒビが入り、危機感と混沌は深まってゆく。誰もが無傷では
いられないこの状況を支配するのはブレンダンか、JRか、それとも組織か……!?
運命を決める壮絶な攻防が幕を開けようとしていた……。(Movie Walker)

この映画の詳細はこちらまで。
by jazzyoba0083 | 2016-02-15 22:30 | 洋画=か行 | Trackback | Comments(0)