カテゴリ:洋画=は行( 382 )

●「ハイヒールを履いた女 I,Annna」
2012 イギリス・ドイツ・フランス Embargo Films.92min.
監督・脚本:バーナビー・サウスコーム 原作:エリサ・リューイン『わたしはアンナ』
出演:シャーロット・ランプリング、ガブリエル・バーン、エディ・マーサン、ラルフ・ブラウン他

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評価:★★★★★★☆☆☆☆>
<感想>

日本未公開映画を放送するWOWOWの「ジャパン・プレミア」で鑑賞。「愛の嵐」から39年の
シャーロット・ランプリング。相変わらず、何を考えているのかいないのかよく分からない謎の
配役。個人的には、ラストの孫の交通事故の下りあたりで訳がわからなくなり、ネットで調べて
ようやく理解した次第。まあ、私の観方が稚拙であったのおしかりは甘んじますが、それにしても
埋められた伏線がわかりづらくて・・・。空のブランコ、留守番電話・・・。後で言われれば、
なるほどね、とは思うけど、これじゃ分かりづらいでしょ?

人が入り乱れるので、あれがこれでこれがあの人でって確認していてこれだから、しれっと観飛ばすと
なんのこっちゃか全くわからない映画になってしまうのじゃないか。原作ものだから、といって映像化上、
無理からぬ事、とは到底思えない欠点となっていると思う。

中年の独身者を集めた「お見合いパーティー」があるよね、で、そこで主人公アンナ(ランブリング)が
ジョージ・ストーンという男と出会うね、で意気投合してジョージの家に行くよね、するとそこに、
悪の入り口に立ってしまっている息子が来ちゃうよね。息子は気まずく出ていくよね。
一方、殺人事件が発生するよね、殺されたのはジョージだわな。近くにいた刑事バーニーが現場に
急行するよね、するとそこでアンナ出会うよね、彼女はカエルさんデザインの孫の?傘を探して
いたと、いうね。バーニーは妻と上手く行かず別居しホテル住まいだね、バーニーはどうやら
彼女に一目惚れしちゃうふうだね。で、彼女を付けていくうちに、また独身パーティー会場に
やってくるね。お互い偽名を使って話し合うね。で意気投合するけど、その夜は送って帰るね。

アンナには娘と孫娘がいて、部屋に出入りしているんだね。一方警察の捜査は防犯カメラから
アンナのクルマを割り出すね。で、ジョージもアンナが犯人らしいとは思うけど、自分で何とか
したいと考えるね。(どうしようっていうんだろうかね)で、アンナの家に行くね。警察も来るね。
フラッシュバックとして、ジョージの頭を美術品で殴り殺しているシーンがでるね。やっぱり
ジョージを殺したのはアンナで正解。で、アンナは部屋にカギをかけ訪ねてきたバーニーを締め出し
窓から飛び降り自殺しようとするね。そのフラッシュバックでは、遊ばせていた孫娘が自分から
離れていってしまい交通事故に会う、というところだ。それを娘に知らせるという辛いシーン
だったな。そうか、娘と孫は随分前に死んでいたわけだな。それが理由で精神が不安定になり
男漁りをしていたのか? 消火器でドアを壊して部屋にバーニーはアンナの腕をつかみ、
「君が死ぬことはないんだ」と説得するね。それで終わり。
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まず、この刑事、ストーカーまがいで脇が甘い。事件に私情を持ち込みすぎ。そして殺された
ジョージの妻や息子、その仲間というか上層部にいる悪の存在は何だったの?全編の中で
アンナと孫の登場するシーンの置き場所は適切であったの?と制作上いろいろと突っ込んで
観たくなる所一杯。冒頭からネタばれを読んでから観ても大丈夫な映画だと思うので、観たい、
と思う人は映画にまつわる伏線や、生きている人なのか死んでいる人なのかを知ってから観ても
いいんじゃないかなあ。そんな映画でした。

<IMDb=★6.1>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:60% Audience Score:50%>

この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=359843#1こちらまで。


by jazzyoba0083 | 2017-04-13 22:30 | 洋画=は行 | Comments(0)

●「パッセンジャー Passengers」
2016 アメリカ Columbia Pictures(a sony company).116min.
監督:モルテン・ティルドゥム
出演:ジェニファー・ローレンス、クリス・プラット、マイケル・シーン、ローレンス・フィッシュバーン他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想:ネタばれしています>

宇宙を舞台にした、人間ドラマというより、恋愛映画、だな。オスカーノミニーとなった
プロダクションデザインは観る価値ある美しさだ。予告編で「惑星間冬眠旅行」の最中、一人だけ
早く目が覚めてしまった男がいた、といセリフに釣られ、この手の宇宙ものは大体見ているので、
いそいそとシネコンに行ったわけです。これが結構な入で。ま、封切って間もないのでこのくらい
入ってないとねえ。悪くはないけど、極めて良くもない、というほどの出来。個人的には嫌いでは
ないけど、何と言っても底が浅いんだね。

お話は単純。第二の地球と目される惑星に乗客5000人と400人ほどのクルーを乗せたアヴァロン号。
出発から30年経った時、一個の冷凍ポッドが壊れ一人の男が目覚める。周囲の機械はまるで到着の時が
来たかのように普通にふるまう。だが、回りを見回しても誰もいない。ジム(クリス・プラット)が
その男だ。機械に尋ねれば、惑星到着まであと90年あるという。死んじゃうじゃん、一人で!一時は
自殺も考えたジムだったが、アンドロイド型バーテンダー、アーサーをただ一人の友だちとして
なんとか一年ちょっとは持ちこたえた。しかし、孤独は如何ともしがたい。クルーを起こそうとしたりも
したが、一人ではどうしようもない。

そこで、ジムっては、可哀想に、客の中の可愛い娘オーロラをマニュアルを観てポッドを開けて、起こして
しまったのだ。最初のうちはオーロラもポッドが壊れて目が覚めたと思っていて、ジムと二人でそれなりに
時間の流れをごまかしていた。次第に恋愛感情も出てきて、ジムはオーロラに結婚指輪を渡そうとしていた。
そんな折、バーテンのアーサーがオーロラに本当のことを言っちゃうんだ。秘密だから黙っていろよって
言われているのに。

俄然激怒するオーロラ。口も聞いてくれない。そりゃそうだ、自分はジムによって殺されたも同然。
再びポッドに入り冬眠を目論むが、離陸の時のシステムがないと再び冬眠は出来ないようだった。

すると、こんどは甲板長がポッドの故障で起きてきた。そのころ、宇宙船には甚大な故障が発生して
いて、さらに小惑星との衝突もあり、いがみ合っている場合ではないオーロラも手を貸して修理に
当たる。その途中甲板長が持病で死亡するというアクシデントが!

最後はジムとオーロラが再び力を合わせて見事修理を完成させ、軌道に戻したのだった。
ジムは船内にある治療機を使えば再び冬眠できるかもしれないと知る。そしてオーロラに入る
ように言うのだ。

そして88年後。目的地に到着したアヴァロン号の中は植物が生い茂り、小屋ががあったりと、大きく
変貌していた。
さて、オーロラは一人で再び冬眠に入ったのだろうか、それとも、二人して残された何十年を暮らした
のだろうか。子供は出来たのかな?などの謎を残して映画は終わる。

視覚効果的に一番おお、っと思ったのは、船内の重力装置が故障し、一時的に全体が無重力になるところで
その時プールで泳いでいたオーロラが巨大な水球となったプールの自ら脱出できず、溺れそうになる
シーン。なるほど、そういう風になっちゃうのね、と。

ラストシークエンスは観客に様々な思いを投げかけて良かったのだが、基本は宇宙に取り残された男女の
ロビンソンクルーソー的ラブストーリーだから。同じ宇宙の孤独を描いた「ゼロ・グラビティ」と比べて
観ると人間の描き方の違いがよくわかると思う。
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<ストーリー>
 5000人の乗客を乗せ、新たな居住地を目指して航行中の豪華宇宙船を舞台に、冬眠ポッドのトラブルで
90年も早く目覚めてしまった2人の男女の運命を描くSFラブストーリー。
主演は「世界にひとつのプレイブック」のジェニファー・ローレンスと「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」の
クリス・プラット。
監督は「ヘッドハンター」「イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密」のモルテン・ティルドゥム。

 近未来。豪華宇宙船アヴァロン号は5000人の乗客を乗せて地球を旅立ち、遠く離れた移住地に向かって航行
していた。乗客は目的地に到着するまでの120年間を冬眠装置の中で安全に眠り続けるはずだった。ところが、
航行中のアクシデントが原因で一つのポッドが不具合を起こし、エンジニアのジムだけが目覚めてしまう。

ほどなく自分以外に誰も起きていないことに気づくジム。それもそのはず、地球を旅立ってまだ30年しか経って
いなかった。つまり、ほかの乗客が目覚めるのは90年も先で、それはこの宇宙船の中でたった一人きりで残りの
一生を過ごさなければならないことを意味していた。それから1年が過ぎ、孤独に押し潰されそうになっていた
ジムは、目覚めたばかりの美しい女性オーロラと出会うが…。(allcinema)

<IMDb=★7.0>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:31% Audience Score:64%>


この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=359024#1こちらまで。


by jazzyoba0083 | 2017-03-26 11:40 | 洋画=は行 | Comments(0)

ボーダーライン Sicario

●「ボーダーライン Sicario」
2015 アメリカ Black Label Media,Lionsgate,Thunder Road Pictures.121min.
監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ
出演:エミリー・ブラント、ベネチオ・デル・トロ、ジョシュ・ブローリン、ヴィクター・ガーバー、ジョン・バーンサル他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>

トランプによるメキシコ国境の壁建設が話題になっている時期だけに、観る方も前のめりになる。
(映画が作られたのは大統領選挙より前の事だが)そして、監督の作劇は勿論だけど、それのベースに
なっている脚本が上手い。物語の多重構造が、それと意識させることなく、終わってみると、そういう
ことだったんだな、というある種のカタルシスとなっている。

一応主役はエミリー・ブラントということになっているが、もう「ザ・ベネチオ・デル・トロ ショー」。
彼の持つ独特の闇、言葉の少ない怖さ、容赦の無さが、100%出ている作品であるといえる。
FBIの誘拐即応対応チームのリーダーにして、国防総省グループのメキシコ麻薬ルート壊滅チームに
リクルートされた、ケイト・メイサー捜査官(エミリー)は、正義を振りかざすものの、終始利用される
立場である。その立ち位置と言うものも、本作では大切になるわけだから、配役の意味を踏まえての
確かな演技をしていたことは良かった。

とにかく冒頭から2時間、緊張の糸が切れない。これでもかという銃撃シーンと先が読めないストーリーを
堪能させてもらった。これを盛り上げるのはオスカーのミニーとなった撮影、作曲、音響の各部門だ。
荒々しい映像と色調(メキシコを意識した)、緊張を煽る通奏低音のようなモノトラスな音、そうして
観ると映画というのはやはり総合芸術だな、と得心が行くのだ。

先に上手い多層構造といったが、利用されるFBI捜査官ケイトのシークエンス、妻と娘を惨殺され、復讐の
鬼と化しているメキシコの元検事アレハンドロのシークエンス、そしてそれら全部をひっくるめて利用しようと
するアメリカ国家(国防総省やCIA)のシークエンスと、時間を追うごとに層が重なっていくのだが
それが話を複雑化していないのがこの脚本の上手いところだろう。

さて、本作にはメキシコで麻薬の運搬を手伝う警官シルヴィオとその一家が何気なく挿入されているのだが、
彼は最後にはアレハンドロに利用され、無残にも(殺さなくてもいいじゃんかねえ)射殺されるのだが、この
3箇所ほどしか挿入されないメキシコ人一家が、ガチガチのハードボイルドの本作に「もののあはれ」を
感じされる、これまたいい挿話となっているのだ。

しかし、これをメキシコ政府やメキシコ人はどう観るのだろうか。上空からメキシコ国境が写されるのだが、
そこには既にフェンスや金網が設置されている。麻薬の持ち込みは、取り締まらなくてはならないが、なぜ
メキシコから麻薬が持ち込まれるのか、というアメリカ側とメキシコ側双方の原因を解決しないことには
始まらない。だが、本作でも描かれるように、アメリカという国家は悪を悪として利用しようとするから
質が悪いわけだ・・・。とにかく、ベネチオ、最高、な一作。
ヴィルヌーブ監督、「メッセージ」「ブレードランナー2049」とたて続けに期待作が公開される。楽しみだ。
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<ストーリー>

麻薬カルテル壊滅のため、アメリカとメキシコ国境の町に送り込まれた女性エージェントが、常軌を逸した
現場に直面し変わっていく姿を描くサスペンスアクション。ヒロインをエミリー・ブラントが演じ、
ベニチオ・デル・トロやジョシュ・ブローリンといった実力派が脇を固める。
監督は『複製された男』のドゥニ・ヴィルヌーヴ。

 エリートFBI捜査官のケイト(エミリー・ブラント)は、肥大化するメキシコ麻薬カルテルを潰すために
アメリカ国防総省特別部隊に選抜される。特別捜査官(ジョシュ・ブローリン)に召集された彼女は、
アメリカとメキシコの国境付近を拠点とする麻薬組織ソノラカルテル撲滅のための極秘任務に、あるコロンビア人
(ベニチオ・デル・トロ)と共にあたることに。
しかしその任務は、仲間の動きさえも掴めない通常では考えられないような任務であった。人の命が簡単に
奪われるような状況下に置かれ、麻薬カルテル撲滅という大義のもとどこまで踏み込んでいいのか、法が機能しない
ような世界で合法的な手段だけで悪を制せるのかと、善悪の境が揺さぶられるケイト。そして巨悪を追えば追うほど
その闇は深まっていく……。(Movie Walker)

<IMDb=★7.6>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:94% Audience Score:84%>

この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=354473こちらまで。

by jazzyoba0083 | 2017-03-24 23:40 | 洋画=は行 | Comments(0)

●「パンズ・ラビリンス Pan's Labyrinth 」
2006 メキシコ・スペイン・アメリカ Estudio Piccaso and more. 119min.
監督・脚本:ギレルモ・デル・トロ
出演:イバナ・バケロ、セルジ・ロペス、マリベル・ベルドゥ、ダグ・ジョーンズ、アレックス・アングロ他
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              <2006年アカデミー賞 撮影賞 美術賞 メイクアップ賞 受賞作品>

<評価:★★★★★★★★★☆>
<感想>

久々の★9。大層面白かった!振り返ってみればこの監督の作品は「パシフィック・リム」を見て
びっくりした以来のこと。もっとこの人の作品を見たいと思った。イリニャトゥといいキュアロンと
いい、メキシコの監督ってこのところ凄いな、と今更ならが驚いた次第。

「ダーク・ファンタジー」とは言うけど、そういうジャンルを超えた面白み、映画が与えてくれる
観客個人の深読みの楽しさを満喫出来る、いわばジャンルレスな作品ということが出来よう。
残酷なシーンも出てくるのでお子様というより、大人の映画である。そこには様々なメタファーが
潜んでいる。それを読む解く面白みは先程書いたとおりだ。

個人的には2つの大きなメタファーを感じる部分が有った。主人公オフェリアは、ある日見つけた妖精に
案内され、牧神パンに出会うが、彼女こそ争いも貧富もない地底の王国の王女であるに違いない、ついては
3つの試練をパスすれば、王女と認め、王国に案内しようと誘われるのだが。
一つ目は、パンに「決して食べてはいけない」と言われた主人公の少女オフェリアは、我慢たまらずブドウを
2粒口にしてしまい。手のひらに目の付いたお化けに追いかけられる。なんとか逃げたが、約束を破ったことに
激怒したパン(所詮、オフェリア王女の下僕であろうに)が激怒し、王国の世界にはもう行けない!!と
オフェリアに告げる所。(ここでは私は、オフェリアのだらしなさを呪った)これは人の欲に対する弱さ、
ひいては人間の弱さの提示。

二つ目は、ラストシークエンス、
王子となるべき異父弟を連れ出してラビリンスに連れて来たのはいいのだが、パンから、王子の血を、と
いわれると拒否するオフェリア。するとそこに後を追ってきた異父の大尉が追いつき、オフェリアを撃つ。
弟は異父の手に。瀕死のオフェリアは地底の国で父や母(異父弟の出産時に死亡)が笑っていて、彼女が
歓迎させるようすが見られた。一瞬、あ、彼女の魂は救われ、王国へ行けたのか、と思うと画面は血を流し
倒れるオフェリアの姿に再び戻る。そして彼女は息を引き取る。(この時は、彼女の見た王国に彼女の魂は
行けたに違いないと思わずにはいられなかった)
地底の王国など存在していたのか?スペインのひどい内戦に疲れた少女の妄想が作り上げたのではないか、
しかし、残酷な戦争を繰り広げるフランコ軍の大尉(オフェリアの義父)は、人間の一方の悪という
メタファーであり、オフェリアと地底の王国は善のメタファーなのだ。これがベースとなり物語が構築され
ている。

だから、悪側の大尉と軍人たちは非道この上なく、捕虜に対する残酷な仕打ち、人の命をへとも思わない
極悪に描いておけば、後のカタルシスがより大きくなることは必定。それにしても残酷さの描き方は
半端ないのでお子様は見てはいけない。ゲリラを支援する大尉付きの女メルセデスの反撃に会い、口を
切り裂かれた大尉は、自分で口裂け女みたいになった口を縫うのだが、痛いよお!!
大尉に対する観客の憎しみを最大化しておいて、ラスト、自分の息子を奪い返し、迷宮を出てくると
待っていたのはレジスタンスたち。大尉「頼みがある。この子に生まれた時間を教えてやってくれ」
(大尉は時間フェチだった)メルセデス「お前の名前すら教えないさ」 メルセデスの弟が銃で
一発!このあたりのカタルシスがすごく生きてくるのだ。この引っ張り方はなかなかだ。
(映画の冒頭からこの大尉はいずれは地獄に落ちる目に合うのだろう、とは分かるのだが、その方法は、
と見ている方の期待値が次第に高まる構造になっているのだ)

過酷なスペイン内戦を舞台とし、そこにファンタジーの要素を入れた「戦争と平和」の構造を作り上げた
監督の脚本に唸る。終わり方も「所詮、現実からの逃避などは人間の頭の中でしかできやしないのだ」と
言われているようで、重い気分にもなる。パンや、安産を祈るための植物みたいなやつや、ナナフシ
みたいな虫など、おおよそ、お子様向けのファンタジーに出てくるような代物ではなく、むしろおどろ
おどろしく作り上げられている。そういう姿をした王国、というものにも意味を感じることが出来るだろう。

見てハッピーになる映画ではない。何か人生の実相を「ダークサイド」から眺めるような、暗さを
感じる。が、映画の出来としては極めて完成度の高いものといえる。
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<ストーリー>
「ブレイド2」「ヘルボーイ」のギレルモ・デル・トロ監督が「デビルズ・バックボーン」に続いて再び
スペイン内戦を背景に描く哀切のダーク・ファンタジー。再婚した母に連れられ、山中でレジスタンス
掃討の指揮をとる冷酷な義父のもとへとやって来た空想好きの少女は、やがて残酷な現実世界から逃避し
森の中の不思議な迷宮へと迷い込んでいくが…。
イマジネーションあふれるヴィジュアルと深いテーマ性が高く評価され、いわゆるジャンル映画であり
ながら数々の映画賞を席巻する活躍で大きな注目を集めた話題作。

 1944年のスペイン。内戦終結後もフランコ政権の圧政に反発する人々がゲリラ闘争を繰り広げる
山間部。内戦で父を亡くした少女オフェリアは、臨月の母カルメンと共にこの山奥へとやって来る。
この地でゲリラの鎮圧にあたるビダル将軍と母が再婚したのだった。冷酷で残忍な義父に恐怖と
憎しみを募らせるオフェリア。
その夜、彼女は昆虫の姿をした不思議な妖精に導かれ、謎めいた迷宮へと足を踏み入れる。
そこでオフェリアを出迎えたパン<牧神>は、彼女が地底の魔法の国のプリンセスの生まれ変わりで、
満月の夜までに3つの試練を乗り越えれば、魔法の国に帰ることが出来ると告げる。オフェリアはその
言葉を信じて、与えられた3つの試練に立ち向かう決意を固めるのだったが…。(allcinema)

<IMDb=★8.2>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:95% Audience Score:91%>


この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=326294#1こちらまで。


by jazzyoba0083 | 2017-03-20 22:50 | 洋画=は行 | Comments(0)

●「ブラックボード 戦火を生きて En mai, fais ce qu'il te plaît」
2015 フランス・ベルギー Nord- Ouest Porductions.114min.
監督・(共同)脚本:クリスチャン・カリオン  音楽:エンリオ・モリコーネ
出演:アウグスト・ディール。オリヴィエ・グルメ、マルディド・セリエ、アリス・イザーズ他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
第二次世界大戦の欧州戦線において、ドイツ軍のフランス侵攻により、「20世紀最大の民族移動」と
言われた、フランス国内難民が発生した。本作ではそれを舞台に、ベルギーの親子がフランスに逃げ込む
のだが父は逮捕され、男の子と別れ別れとなる。男の子はある村の村民たちと一大移動をする中に入り、
若い女の先生に面倒を見てもらいながら、父親との再会を目指す。フランスで別れた場所にまた必ず
帰るという約束を信じて・・・というお話だ。日本未公開。WOWOWでの鑑賞。

パリ周辺の市民(農民)が南部へと、いわば疎開したという事実は冒頭でもエンディングでも実写の
写真を使って示しているが、浅学ながらこうした事実を知らなかったので、その点は面白く見た。
またベルギーのドイツ語圏に反ナチスの組織があったというのも新しいことだった。

ただ、丁寧に描いているようで、結構粗っぽい作りもあり、そのあたりが残念だった。タイトルの
ブラックボードとは黒板の事で、息子が行く先々で自分の行く場所を学校の黒板に書いていき、
それを父が見つけて再会、という仕組みなのだが、2回しかそのシーンはないし、とか。

ハイライトたる再会も割りと淡々と描かれる。途中でのイギリス兵の登場、撮影隊を抱えたドイツ軍との
やりとり、息子が直面する瀕死のドイツ兵とのやりとり、先に逃げた村民が惨殺されている光景を
見せたくなくて、子どもたちを集めて詩を朗読させながら移動するシーン、などなど各シークエンスの
描写も悪くないのだが、なにせ父子の再会という大テーマの周りにいろんな事を並べすぎたウラミが
残った。エンリオ・モリコーネの情感たっぷりの音楽もいいのに、物語を移動の苦労とするのか父子の
再会にするのかどちらかに重心をおいたほうが締まったのではないか。

父子役も少し単調であったと感じた。ドイツ軍があまり悪く書かれていないのもなんだかな。
ただ、ドイツ軍、フランス軍(人)、イギリス軍はそれぞれちゃんと母国語を喋っていたのは
流石に欧州の映画であるな、と感心(あたりまえか)した。

<ストーリー>
1939年、ドイツ。ベルギー人である父子、ハンスとマックスはナチスドイツから逃れようとフランスに
引っ越すが、ハンスは不法滞在とされて地元警察に逮捕され、マックスはフランスのパ=ド=カレー県の農村に
住む女性教師スザンヌに引き取られる。翌年、ナチスドイツの侵攻開始を受け、パ=ド=カレー県の住民たちは
疎開を開始。偶然から脱獄に成功したハンスは疎開した人々を追って、息子マックスとの再会を目指すが……。
(WOWOW)

この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=359511こちらまで。

by jazzyoba0083 | 2017-03-13 22:40 | 洋画=は行 | Comments(0)

●「ピュア・純潔 Till det som är vackert (Pure)」
2009 スウェーデン The Vanner Productions AB 96min
監督・脚本:リサ・ラングセット
出演:アリシア・ヴィカンダー、サムエル・フルーレル、 ジョセフィーヌ・バウワー、マルティン・ヴァルストロム他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>

日本未公開の映画を放送する、WOWOWの「ジャパン・プレミア」にて鑑賞。「アリスのままで」で
オスカー助演女優賞を射止めた、現在ハリウッドでも勢いのある女優さんの一人であるヴィカンダー。
そのヴィカンダーが21歳の時に撮影された初主演作である。これがいい作品なんだな。

新人にしてこの演技!終始手持ちのカメラのなかで、揺れていく主人公カタリナの心をその豊かな表情で
描いていくのだが、その社会の底辺で育った20歳(劇中の設定)の女性の「闇」「悩み」「歓び」「希望」
「絶望」そして「愛情」「再生」という表情(特に顔)を実に上手く演技する。。もちろん顔の表情だけ
ではないが、しぐさの自然な感じとか、これがほんとに一本目か?と思うくらいの「老練」さすら感じる。

主人公カタリナは、母は薬中、高校卒業後、定職にもつかず自堕落な生活をし、売春みたいたものにすら
手を出していた。そういうスウェーデンの底辺で育ち、生きている女性だった。彼女、音楽は好きで、
ある日ネットでモーツアルトに出会う。そこでコンサートホールに出かけ、リハーサルを覗き見していると、
面接を受けに来た女性と間違えられ、嘘八百を並び立てて、(母が天才ピアニストだったけどガンで死んだとか)
インタビューを受け、仮採用として、受付業務にありつけた。

そこで出会ったのが、指揮者のアダム。アダムとの会話は、音楽や美術や詩にしても、自分の知らない知的な
世界を見せてくれてとても魅力的だった。彼の仲間のセレブたちと一緒にいる時間も、自分のステイタスにも
束の間の満足を与えていてくれたのかもしれない。アダムの奥さんがイタリアに行って留守の間だけの不倫関係となる。

故にこの一気の恋愛芝居はあっという間に終わるのだ。所詮、アダムにとってカタリナは遊び相手、妻がいない間の
性のはけ口、くらいにしか見ていなかったのだ。あっさり振られるカタリナ。しかし、カタリナの心の占める
アダムお存在は大きくなりすぎてしまっていた。知的レベルの違いすぎるボーイフレンドとは喧嘩別れし、
アダムに逢いたくてストーカーまがいのことをする。すると、アダムの圧力で、劇場の受付係を解雇されて
しまう。
やさぐれていたカタリナが、この劇場で職を得たことで、人が変わってきた、人生に目的が出来たのだ。仕事も愛も。
それはとてもカタリナの新しい希望を刺激するもであった。アダムに勧められキルケゴールを読んだりするように
もなったりしていたのだった。

カタリナにとって、アダムと劇場との出会いは、底辺の荒んだ生活からの大転換として希望に繋がっていたのに
違いない。受付業務は評判も良く、本採用も近いという噂も聞いた。そんな折の、アダムからの決別宣言だった。

再び底辺の荒んだ生活に戻るのか、と思ったらさにあらず。彼女は演奏会を終わったアダムの部屋で待ち構え、
付きまとわないから職に戻して、と哀願するが、アダムは「君の髪の毛がソファにあったといって妻と激論に
なり、遂に離婚することになったよ」と語る。そしていつものように大きな開き窓を開け、タバコを吸い始めた。
この窓はカタリナが彼のクセを知っていて開けておいたものだ。案の定、窓辺に腰掛けてタバコを吸う。
カタリナはアダムを突き落とす。

アダムが死んだかどうかは明らかにされないが、ほとぼりが冷めた頃、劇場にカタリナの仕事をしている姿があった。
しかも、受付じゃなくて、イベントディレクターのような仕事をしている。その表情は豊かで明るく自信に満ちて
いた・・・・。

ラスト、アダムの最後の捜査はカタリナにも当然向いただろう。タダの転落死とは見えないんじゃないか。とか
アダムの圧力で、受付をクビになった時、それを「上からの指示」と言っていた女マネージャー、彼はアダムの死に
カタリナが関わる可能性あるのじゃないか、と思うはずだし警察らも訊かれたろう。別れたボーイフレンドだって
カタリナが指揮者と付き合っていることは知っていた訳だから事情を訊かれている筈だ。スウェーデンの警察、詰めが
甘いんじゃないか。ラストのカタリナの独白で「アダムとの関係は誰も知らない」というには無理があるんなないかな。

斯様に、ツッコミどころもあるのだが、なにせ若いまだどこか少女を思わせるヴィカンダーの、まさに「女の魔性」
の素晴らしい顔芸七変化、とでもいうべきものの凄さに圧倒されるのだった。
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<ストーリー>
スウェーデンのヨーテボリ。20歳のカタリナは母親ブリジッタが飲んだくれであるなど家庭環境に問題が多く、
けんかっ早かったり売春をしたりと、恵まれない少女時代を過ごした。現在はマチアスという恋人がいてやや落
着いたが、モーツァルトの音楽を好きになったカタリナはコンサートホールで受付係として働きだし、人生を
再出発させようと目指す。
そこで出会った知的な指揮者アダムに魅了されたカタリナは彼と肉体関係を結ぶ。
(wowow)

<IMDB=★7.0>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:---- Audience Score:72%>

この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=359210こちらまで。


by jazzyoba0083 | 2017-03-09 23:15 | 洋画=は行 | Comments(0)

●「ピアノ・レッスン The Piano」
1993 オーストラリア CiBy 2000,Jan Chapman Productions.121min.
監督・脚本:ジェーン・カンピオン  音楽:マイケル・ナイマン
出演:ホリー・ハンター、ハーヴェイ・カイテル、サム・ニール、アンナ・パキン、ケリー・ウォーカー他

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             <1993年アカデミー賞主演女優賞、助演女優賞、脚本賞 受賞作>
<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>

悪く言う人の少ない映画だが、う~ん、評価が難しい作品だなあ、私には。だってまともな人が一人も出て
こないんだもの。そりゃ、ピアノ曲は確かに美しいし、このニュージーランドの女流監督の描く世界って、
表現する愛情の形態ってこのようなものであろうか、とは思うのだけれどね。
例えば、allcimemaの批評には「激しい心情を内に秘めたエイダ役を演じるH・ハンターと、そんな彼女の
心の垣根を一枚一枚剥がしてゆくH・カイテルとの“純愛”には、観るものの胸を打つものがある」とあるが、
主人公が口を利かない女性とはいえ、そんな大層な事だったのかなあ、そこまで「胸を打」たなかった。
だって全員変なんだもの。

1800年代半ばの事であります。娘が言うには前の夫はスコットランドで雷に打たれ死亡、それを見ていた母は
驚愕の余り話せなくなってしまったらしい。(子供らしいウソ)主人公エイダは耳はちゃんと聞こえている。が
何らかの心的外傷を受けて、口を利かない、利けなくなった。娘フローラの父である前の夫との間にトラウマが
あるのかもしれない。本作の主人公の女性が「口を利かない」事にこの映画の大きなポイントが有る。

彼女と一人娘フローラは写真見合いで当時イギリスの植民地であったニュージーランドの新しい夫スチュワート
(ニール)の元にやってきた。グランドピアノを船便で持ってくるとは貧乏じゃ出来ないと思うぞ。
で、新しいダンナはピアノは大きくて邪魔だからと家に運ばず、浜辺に放置。するとマオリ族崩れの地元の白人男
バーンズ(カイテル)がやってきて俺の土地と交換で、ピアノをくれ、という。そしてエイダに黒鍵の数だけ俺を
レッスンしてくれというのだ。バーンズさんてば、ホントにピアノが弾けるようになりたいという事ではないのは
お立ち会い、ご想像の通り。そしてスチュワートがエイダの抗議を受け付けず、ピアノを浜辺に置き去りにした、と
いうのが彼女のスチュワートに対する心の大きな傷のメタファーとして存在するのだな。だって、このピアノ
バーンズの家に据えられて、レッスンと称する愛を育む場となるわけだから。

まあ、これから美しい?不倫の始まりだ。かわいそうなのは旦那のスチュワートだ。結構優しくしてくれている
のに、フローラも一応なついているのに、間男バーンズに惹かれていく。お母さんと間男の房事を目撃してしまう
フローラ。そしてスチュワートも自分の前では女性らしい姿にならないエイダが、バーンズと裸で抱き合っている!
とう光景を覗いちゃう。なおかつ、ピアノの部材を抜き出して、焼いた針で、愛のメッセージを作りバーンズに届け
ようとする。メッセンジャー役のフローラが、新しい父ちゃんを裏切れない、とそれをスチュワートに見せちゃうのだ。
するってーと、激怒したスチュワートは斧でエイダの人差し指を切り落としちゃうんだよね。痛そうなんだけど、
顔色一つ変えないエイダ。ええ、何かい、痛みよりバーンズへの愛が強いってか?それでも、「俺を愛してくれ」とか
いうスチュワート、そして彼の腕の中にいるエイダの表情は氷のようだ。
ピアノの一部をバーンズに届けるというのもわかりやすいメタファー。自分はもはやあなたのもの、てな感じだ。

エイダの強い思いを知り、二人してどこかへ行っちゃえ、と大人なスチュワート。(いやあ、びっくりするほど寛容
じゃないか。変な人だよ)知らない島へもグランドピアノを連れて行くのだが、途中で海に捨ててしまう。縛って
あったロープの端がエイダの足に絡み、ピアノと一緒に沈んじゃうんかい、と思ったらさにあらず。エイダは助かった
のであります。

そしてエンディング、どこかの島で、義足ならぬ義指でピアノを引くエイダ。バーンズと娘との幸せな生活が
あったのだ。しかし、時々エイダは沈んでいくピアノの夢を見るのだった。このシークエンスのみに外光がそそぐ
明るいシーンがある。その他は全編雨や曇りの陰鬱な場面ばかり。その明るさもエイダの心情を表出しているし、
海に沈んだピアノ、というのも、わかりやすいメタファーだと思った。自分の過去の暗い闇がピアノと一緒に
沈んだのだね。

全体として暗く、しかし純愛を描いているそうだけど、確かに斧で指を切っちゃったスチュワートは悪いけど、
原因を作ったのはエイダでしょ?旦那は、そりゃピアノを放置させたけど、DVだったの?子供を殴ったり
意地悪したの?そうじゃないでしょう?フローラはなついていたじゃないの。結構いい人だったじゃないの? 

エイダ、覚悟を持って地の果て(当時)に来たのだろうに。バーンズに純愛を覚醒させられたのね。
家事をしている姿も見えなかったけど、過去に辛い愛情生活を送ってきたか知らないけど、原因を作ったのは
エイダ自身でしょ。(だから指を切られても表情を変えなかったのだろうが)
バーンズとエイダの間が(純愛?が)どうしようもなくなってしまうほどの時間の流れが描き切れていたかと
いえば不満が残る。この映画の何処がいいんだ!とキレるつもりはないし、★7ほどの魅力は確かにあるでしょう。
でも女流監督(こういうと性差別者といわれそうだが)が同性の愛や恋をねちっこく描くとこうなるんだろうな、と
いう「湿っぽさ」「割り切れなさ」「意地悪さ」に溢れた作品であると私は思った。何度も言うけど出てくる人、
みんな変なんだもの。エイダはバーンズという自分の愛情の決定的な収まり場所を見つけてしまったのだね。
それが全部の不幸と全部の幸せの元である、と。ピアノはエイダの化身であったか、エイダがピアノの化身であったか。
天下の名作をボロカスにいいおって、とお怒りの方、すんません。私にはどうしても上記のようにしか見えなかったので。
邦題はみなさんご指摘のように原題のままのほうが映画の意味がよく出ていたのでは、と思う。

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<ストーリー>
19世紀半ばのニュージーランドを舞台に、ひとりの女と2人の男が一台のピアノを媒介にして展開する、三角関係の
愛のドラマ。「スウィーティー」「エンジェル・アット・マイ・テーブル」に続くニュージーランド出身の女流監督
ジェーン・カンピオンの長編第3作。音楽は「髪結いの亭主」のマイケル・ナイマンで、演奏はミュンヘン・フィル
ハーモニック(ピアノ・ソロはホリー・ハンター)。
主演は「ザ・ファーム 法律事務所」のホリー・ハンター、「ライジング・サン」のハーヴェイ・カイテル、
「ジュラシック・パーク」のサム・ニール。共演はオーディションで選ばれた子役のアンナ・パキンほか。
93年度カンヌ映画祭パルムドール賞(オーストラリア映画として、また女性監督として初)、最優秀主演女優賞
(ハンター)受賞作。93年度アカデミー賞脚本賞、主演女優賞(ハンター)、助演女優賞(パキン)受賞

スコットランドからニュージーランドへ、エイダ(ホリー・ハンター)は入植者のスチュワート(サム・ニール)に
嫁ぐために、娘フローラ(アンナ・パキン)と一台のピアノとともに旅立った。口がきけない彼女にとって、
ピアノはいわば分身だった。だが、迎えにきたスチュアートはピアノは重すぎると浜辺に置き去りにする。
スチュワートの友人で原住民のマオリ族に同化しているベインズ(ハーヴェイ・カイテル)は、彼に提案して自分の
土地とピアノを交換してしまう。
ベインズはエイダに、ピアノをレッスンしてくれれば返すと言う。レッスンは一回ごとに黒鍵を一つずつ。
初めはベインズを嫌ったエイダだったが、レッスンを重ねるごとに気持ちが傾いていった。2人の秘密のレッスンを
知ったスチュワートは、エイダにベインズと会うことを禁じる。彼女はピアノのキイにメッセージを書き、
フローラにベインズへ届けるように託す。それを知って逆上したスチュワートはエイダの人指し指を切り落とす。
だが、彼女の瞳にベインズへの思慕を読み取った彼は、ベインズに2人で島を去るがいいと言う。
船出してまもなくエイダはピアノを海に捨てた。エイダ、ベインズ、フローラの3人は、とある町で暮らし始めた。
エイダは今も時々、海中に捨てられたピアノの夢を見る。(Movoie Walker)

<IMDb=★7.6>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:90% Audience Score:86%>

この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=18876#1こちらまで。


by jazzyoba0083 | 2017-03-08 23:35 | 洋画=は行 | Comments(0)

●「パッチ・オブ・フォグ ー偽りの友人ー A Patch of Fog」
2015 イギリス The Fyzz Facility Film Three and more. 93min.
監督:マイケル・レノックス
出演:スティーヴン・グレアム、コンリース・ヒル、ララ・パルヴァー、アーシャ・アリ他
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<評価:★★★★★★☆☆☆☆>
<感想>
日本劇場未公開。WOWOWにて鑑賞。短めのサイコ・サスペンス。★は6.5。手堅くまとめて
あったが、仕掛けが古くて最期のオチは想像出来てしまった。作品「一面の霧」の作者に関する
秘密には新鮮さがあった。ほとんど主人公の大学教授にして作家のサンディと、彼の万引きを
目撃し、ストーカーとなった警備員ロバートの心理劇といえる。

潰れたコインや、授業で使うビデオのし掛けなど、短い時間にガジェットを上手く配置した作劇は
なかなか魅せた。ただ、一番表現しなければならない警備員ロバートの心の塩梅をもう少し加えて
欲しかった。防犯カメラで万引きを目撃し、それをネタに関係を迫るはロバートの常套手段なのだが、
なぜ、サンディだったのか。

半年も前から彼の万引きを目撃して録画し、彼がテレビにも出る高名な作家だということを分かっていて
「友人になろう」と迫ったわけだが、高名な作家と付き合うことが彼にとって何なのか。そこのあたりが
今ひとつピンと来なかった。
警備員ロバートの孤独なのか。孤独が産んだサイコパスということなのか。悲劇的なラストはまさに
2人は似たり寄ったり、ということなのだな、と個人的には理解したのだった。生涯でたった一冊書いた
「一面の霧」という本が持つ大きな秘密を引きずったサンディもまた孤独だったに違いない。
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<ストーリー>

セレブである大学教授の万引を見つけた警備員は、ストーカーとなって教授に付きまとい始めるが……。
イギリス産のショッキングなスリラー。WOWOWの放送が日本初公開。

25年前、25歳だったころに書いた小説「一面の霧」がベストセラーになり、現在はTV番組に出演しながら
大学教授をしている有名人サンディは、番組で司会を務めるシングルマザーのルーシーと付き合っている。
だがサンディには万引癖があり、彼はあるスーパーマーケットで万引をするが、警備員ロバートは彼が
万引している光景を撮影した防犯カメラの映像を保存していると言い、サンディに自分の友人になるよう
脅し始めて……。
(WOWOW)

この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=358912こちらまで。

by jazzyoba0083 | 2017-02-08 14:45 | 洋画=は行 | Comments(0)

●「ボーイ・ソプラノ ただひとつの歌声 Boychoir」
2014 アメリカ Informant Films,Informant Media.103min.
監督:フランソワ・ジラール
出演:ギャレット・ウェアリング、ダスティン・ホフマン、キャシー・ベイツ、エディ・イザード他
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<評価:★★★★★★☆☆☆☆>
<感想>
★は6.5。決して悪い映画ではなのだが、展開がどうもありきたりすぎて。ただ、少年合唱団の
透き通った天使の歌声は堪能できた。アメリカに国立少年合唱団というものがあったとは
寡聞にして知らなかった。少年合唱団といえば、「ウィーン」が超有名である。

心根は優しいのだが、私生児として不幸な生い立ちをしたステット少年が、母が交通事故で
亡くなったことをきっかけに校長の勧めもあり、少年合唱団に入り、その天性のボーイ・ソプラノで
いろいろと苦労はあったが、ソロを任されるまでに成長する、というお話。
その指導に当たるのがダスティン・ホフマン。「ウィップラッシュ」の鬼コーチを思い出した。
あれほど性格破綻じゃないけど、生い立ちも似ている。

さて、全国でも有名なコーラス隊を抱える学校に来たはいいけど、正式な音楽教育など受けて
おらず、楽譜すら読めない。ただそのボーイ・ソプラノは、いち早く指導の先生が気づくほど
圧倒的だった。ただ、ステットは素行が悪く、その点先生方も苦労していた。
しかしステット少年は、楽譜をルームメイトに学び、聖歌を歌う歓びに目覚め、懸命に
練習する。そしてその実力は、団の中でも頭角を現していく。

お決まりとして、寄宿舎の中のイジメや、ソロを争う少年から大事なコンサートで楽譜を
隠されたり、暴力事件を起こしてしまったり・・・。
彼は私生児であるが、父親は富豪らしい。実力が出てきて注目され始めると、今の家族にも
ひた隠しにしていた私生児ステットの存在がバレてしまうので、スイスの寄宿学校に転校させ
ようとする。指導官カーヴェル先生(ホフマン)は、「残れ」と主張する。

そして、ニューヨークの教会でクリスマスにメサイアを歌うという名誉あるチャンスが巡ってくる。
ソロを取るのはもちろんステット。父も見学に来ていた。
ソロでハイDという超高い声を美しく出せるのはスティットだった。。
間もなく、ステットに声変わりが訪れる。彼の実力を見出した先生の一人は「ボーイ・ソプラノは
神様がほんのいっとき与えてくださる声だ。アルトで残る道もあるよ」と残留も出来ることを
言うが、スティットは、今の妻に真実を打ち明けた父と、ニューヨークの学校に転校していった
のだった。

天使の歌声を堪能する映画ではあるのだが、ステットという少年が、クアイアーの魅力に
周囲の理解もあって目覚めていき、さまざまな苦難を乗り越えて、その実力の頂点に上り詰める
ことが出来る、という、短い時間に山場の置き所も上手く、よくまとめられたお話だと思う。
大向うを唸らせるようなものではないが、ホノボノと見ることが出来る。
それにしても、アメリカ国立少年合唱団というのがあるのを初めて教えてくれたという点でも
見っけもんの映画であった。
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<ストーリー>
 問題児だった少年が、ひとつの出会いをきっかけに、“ボーイ・ソプラノ”としての才能を開花させ、
自らの運命を切り開いていく姿を描いた感動ドラマ。
出演は主人公の少年役にオーディションで選ばれた新人ギャレット・ウェアリング、その人生の師となる
厳格な教師役に名優ダスティン・ホフマン。
監督は「レッド・バイオリン」「シルク」のフランソワ・ジラール。

 12歳の少年ステットは、母親との2人暮らし。複雑な家庭環境のせいで心が荒み、学校では
トラブルばかりを起こす問題児。せっかく彼の才能を高く買う校長が国立少年合唱団のオーディションの
場を手配してくれたのに、それをドタキャンしてしまう。
そんなステットのもとに、母の事故死の知らせが届く。葬儀の場で初めて顔を合わせた裕福な父親は
彼を引き取ることを拒否し、代わりに多額の寄付金を用意して、国立少年合唱団の付属学校に転入させる。
そこでステットを待っていたのは、クラスメイトからのいじめと、厳格で知られるベテラン教師
カーヴェルの厳しい指導だったが…。(allcinema)

この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=353142こちらまで。



by jazzyoba0083 | 2017-02-06 21:40 | 洋画=は行 | Comments(0)

●「ハッピーエンドの選び方 The Farewell Party(Mita Tova)」
2015 イスラエル Pie Films and more 93min.
監督・(共同)脚本:シャロン・モイマン
出演:ゼーヴ・リヴァシュ、レヴァーナ・フィンケルシュタイン、アリサ・ローゼン、イラン・ダール他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
誰もに必ずやってくる「死」。大方の人は避けていたいテーマだ。本作は、これに正面から
取り組んだ。テーマがテーマだけに、全体のトーン次第ではひたすら暗いだけの映画になって
しまうところ、この映画ではブラックユーモアを加え、救いとしていた。とはいうものの、
出演者の年齢に近い私などは、身につまされて、笑っている場合じゃなかった。

病院併設の養老院で暮らす何組かの夫婦(なかにはゲイもいるのだが)が、相方や友人に
「尊厳死」を施すというお話。長い間病気に苦しんで、本人も殺してくれ、というし妻も
もう十分に生きた、これ以上苦しむ姿を見たくない、と尊厳死を望む。

施設内の発明家、ヨヘスケルは、点滴に塩化カリウムを投入し、尊厳死を望む本人に
ボタンを押させるという装置を作った。そして一人の老人にその装置を使った。
ビデオで自分が望んだことだという証拠も残して。当然実行部隊の老人たちも、
良心の呵責を覚えつつのことだった。秘密にしていたはずが施設内で知られるところと
なり、希望者が出始める・・・。さらにヨヘスケルの妻が認知症を発症し、彼女は
尊厳死を望むまでになり、ヨヘスケルは悩むのだったが・・・。

ところどころにクスリとさせるユーモアを配し、どっぷり暗くなる重さをなんとかしようと
演出されている。それはそれなりに効いていた。
「死を選ぶ自由」とそれに手を下す人の思い、というものがしっかりと訴えられていた。
下手に隠さず、何かの結論に導くのではなく、映画を観る人達に、登場人物たちの行動を
どう考えますか?と投げかけて終わっていく。

超高齢化社会になり、生きているだけでチューブだらけになりモルヒネを打って・・・と、
これで人間として生きている、と言えるのか。その時伴侶や家族はどう対処すべきか、
日本では尊厳死は認められていないが、医療費の肥大化などもあり、やがて検討される
時期もくるだろう。私だったらどうするだろう、と観た人は全員そう思うだろう。
重いテーマの映画であったが笑いもまぶせられて、いい感じでいろいろと考えさせられた。
ヘブライ語、まったく分からない・・。
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<ストーリー>

“人生の最期を選ぶ”という誰もが直面するテーマを、ユーモアを交えて軽快に描き、各国の映画祭で
話題を呼んだイスラエル発のヒューマンドラマ。
老人ホームで暮らす発明好きの老人が、親友の願いで、自らスイッチを押して苦しまずに最期が
迎えられる装置を開発したことからトラブルに巻き込まれていく姿がつづられる。

エルサレムの老人ホームに暮らすヨヘスケル(ゼーブ・リバッシュ)の趣味は、ユニークなアイディアで
皆の生活を少しだけ楽にするようなものを発明すること。
ある日、ヨヘスケルは、望まぬ延命治療に苦しむ親友マックスから、安楽死できるような発明を考えて
ほしいと頼まれる。妻レバ―ナ(レバーナ・フィンケルシュタイン)は猛反対するが、お人よしの
ヨヘスケルは親友を助けたい一心で、自らスイッチを押して苦しまずに最期を迎える装置を発明する。

同じホームの仲間たちの助けも借りて計画を準備、数々の困難を乗り越え、やがて自らの意思で安らかに
旅立つマックスをヨヘスケルは見送るのであった。だが秘密だったはずのその発明の評判は瞬く間に広がり、
ヨヘスケルのもとに依頼が殺到。そんな中、レバーナに認知症の兆候が表れ始め……。(Movie Walker)

この映画の詳細はhttp://movie.walkerplus.com/mv59006/こちらまで。


by jazzyoba0083 | 2017-02-01 22:45 | 洋画=は行 | Comments(0)