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●「ブレードランナー2049 Blade Runner 2049」
2017 アメリカ Columbia Pictures,Alcon Entertainment,Scott Free Productions and more. 164min.
監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ  製作総指揮:リドリー・スコット他
出演:ライアン・ゴズリング、ハリソン・フォード、アナ・デ・アルマス、マッケンジー・デイヴィス、
   シルヴィア・フークス、ロビン・ライト、ジャレッド・レトー他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
辛い評価となった。アメリカでの評価は高いが、客の入りとは比例していないようだ。本国でも本作の
出来については百家争鳴状態なのだが、まあそれだけBRファンが多いということで、論争も結構なこと
だと思うが、個人的には
        
            「5分で説明出来る映画を164分掛けて見せられた」

という印象が凄く強い。(他にもあるけどそれはおいおい)

<ここから先、かなりの怒りにかまけて、ネタバレしまくりますので、未見の方はご注意ください>

前作でレイチェルと姿を消したデッカードには、子どもがいた(!)ということから、倒産したタイレル社を引き
継いだ巨大企業が「レプリカントは生殖を獲得できるのか」という方向にストーリーを広げ、子どもを作れる
レプリカントで大儲けしようという巨悪(とその豪腕怪力女秘書ラブ)の存在を対立軸に、展開されていく
という仕立て。

次第に自分はデッカードとレイチェルの子どもではないか、と思い始める2049年のブレードランナー、K
(ゴズリング)の悩みと、しかし、子どもは女の子だったと証言される事態に直面し、自分の存在感を喪失し
つつある(本当は男女だけは別で全く同じDNAを持った子どもがいたはず)姿に悲しみがオーバーラップする。

要するに、メインストリートに脇道がやたらに多く、それが故に上映時間が長くなり、余計にストーリーが
分かりづらくなる。カットできるんじゃないか、あるいは短くしたほうがいいんじゃないかと思える冗漫な
シーンがあったりで、2時間に編集できたらもっと締まった映画になったと思う。

冒頭で「5分で説明できる映画を164分かけて見せられた」と書いたが、長くても、あるいはストーリーが
単純でも描かれるプロットやシーンに意味があれば、映画は長いと感じないはず。本作が「長いなあ」と
感じたのは、観ている人に興味のない脇道が多かった、あるいはカットできる長いシーンが多かったと
いう証左ではないか。

また、前作が制作された1982年では新鮮だった世界観も、今や私達が生きている時代が近づいてきてしまい、
混沌とした先が見えない暗い世界に、暗いまんまの映画を見せれても、鬱陶しくなるだけという点もあろう。
本作も前作と並び、映像は終始暗い。そしてストーリーも暗い。前作と比べるのは意味のないことかもしれないが、
いくらデストピアの物語とはいえ、見終えて映画館を離れる時、心がどんよりと沈んでしまう映画は、私は好きに
なれない。どこかすこしでも光明を感じたいのだ。「スター・ウォーズ」や一連のスピルバーグ作品にはそれが
あると思う。哲学的、高踏的、内省的、形而上的にテーマを見出そうとした制作陣の失敗だ。それは
前作に対する敬意の現れとしても、映画として面白くなけれが意味がない。ただの自己満足。

他方、美術、VFX、モデリングの造形、衣装、(プロダクションデザイン全体)、そして、オスカーの常連撮影
監督、ロジャー・ディーキンスの映像美はオスカーにノミネートされること必至なほど美しく計算されいていた。
私は物語よりそっちを注目してみていたくらいだ。一番好きだったのはエルビスのホログラムが出てきて
「愛さずにはいられない」を、ブチブチ切れる状態で舞台上で再生されるシーン。この歌にも意味を込めて
いるんだろうなあ。怪力豪腕秘書ラブの存在、いいけどよく分からない。自ら死んでいく時Kにキスするのは何?
そうした隘路を敢えて投げかけて、観る人に謎解きをしてもらって楽しんでもらおうというのか。手法としては
ありだろうが、本作に於いては、イライラが募るだけ。製作者の自己満足に終わってしまった。

大好きなハンス・ジマーの音楽も含め、全体がいろんな意味合いで「too much」な映画だった。
ラスト、デッカードは自分の娘と会ってカットアウトでエンドロールなのだが、「それがどうした」と
いう最後っ屁的なオープンエンド。う~む、期待が大きかった分、「怒り」が込み上げてきてしまった。

もちろん、ものすごく面白かった!と思えた人は幸いなり!本作を読み解いた人は幸いなり!
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<ストーリー>
2049年、カリフォルニアは貧困と病気が蔓延していた。労働力として人間と見分けのつかないレプリカントが
製造され、人間社会と危うい共存関係にあった。しかし、人類への反乱を目論み社会に紛れ込んでいる違法な
旧レプリカントは、ブレードランナーと呼ばれる捜査官が取り締まり、2つの社会の均衡と秩序を守っていた。

LA市警のブレードランナー・K(ライアン・ゴズリング)はある事件の捜査中に、レプリカント開発に力を
注ぐ科学者ウォレス(ジャレッド・レト)の巨大な陰謀を知ると共に、その闇を暴く鍵となる男、かつて
優秀なブレードランナーとして活躍していたが、ある女性レプリカントと共に忽然と姿を消し、30年間行方不明に
なっていたデッガード(ハリソン・フォード)にたどり着く。
デッガードが命を懸けて守り続けてきた秘密とは? 二つの社会の秩序を崩壊させ、人類の存亡に関わる真実が
明かされる……。(Movie Walker)

<IMDb=★8.4>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:88% Audience Score:81% >



by jazzyoba0083 | 2017-11-13 16:30 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「ブルース・ブラザース2000 Blues Brothers2000」
1998 アメリカ Universal Pictures.124min.
監督・(共同)製作:ジョン・ランディス  脚本:ダン・エイクロイド、ジョン・ランディス
出演:ダン・エイクロイド、ジョン・グッドマン、ジョー・モートン、J・エヴァン・ボニファント、
   アレサ・フランクリン、B・Bキング、ジェームズ・ブラウン、ウィルソン・ピケット他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
先日感想を書いた、正編に続き、あれから18年後の彼らがどうなったか、ランディスはどう作ったか、が
観たかった。ベルーシもいないし、キャブ・キャロウェイもいないでどうやって作るんだろうと。
ところがどうだ、人を食ったというか、ランディスとエイクロイドの「ノリ」というのか、全作の物語を
ほぼ踏襲。アメリカでの評価はメタクソで、日本でも評価が別れるが、私は好きだよ。正編までの完成度は
ないし、クールなハチャメチャぶりは及ばないけど、正編と同じ(年は食うのは仕方がない)メンバーもいて
また新しいメンバーもいて、楽しい音楽エンターテインメントになっていた。ミュージカル的な要素は本作の
ほうが強く、過激さはやはり正編に及ばない。

ベルーシがヤクのオーヴァードーズで急死したのは正編公開の翌年。エイクロイドの喪失感たるや、想像に
難くない。今回ベルーシのポジションをジョン・グッドマンなのだろうけど、彼もいい俳優なのだが、
(ロバート・アルトマン諸作品の彼は大好きだ)ベルーシの代役にはならない(してないけど)。
残りのメンバーは年はとったけど健在で(アレサは太りすぎだなあ)、その他、例のカントリー&ウェスタン
ショーのバーのオヤジも元気に登場。正編を見た人はニヤニヤしっぱなしだなあ。

全体に、ジェイク(ベルーシ)がいなくて寂しいよ、的な雰囲気が漂い、全体に遅れてきた追悼映画の
ような気配もする。今回は正編でハチャメチャをやり18年の刑期を終えてエルウッド(エイクロイド)が
出所してくるところから始まる。正編と同じ構造だ。しかし、待ってもジェイクは来ない。

さて、本作ではシスター、いや今やマザーとなった修道女の施設に行き、少年を一人預かり、ストリップクラブ
のバーテンダー、マイティ・マック(ジョン・グッドマン)と3人で黒ずくめのスタイルでバンドを組むことに
なる。まずはかつての仲間をかき集めることから。すでにまっとうな職業に付き、成功しているメンバーもいた。
だが、エルウッドの呼びかけに、みんなが集まり、ルイジアナで開かれるブードゥー教のクィーン・ムセットが
主催するバンド合戦に参加することになった。

しかし、少年を黙って連れてきてしまったので、誘拐の容疑がかかり、正編でのキャブ・キャロウェイの息子の
警察署長率いる警官隊とロシアン・マフィア、右翼団体に追い掛け回され、相変わらずたくさんのパトカーを
壊しつつ会場へと向かう。途中で署長のケイブル(ジョン・モートン)が覚醒し、職を投げ打ちバンドに合流。

そこでまっていたのは「ルイジアナ・ゲーター・ボーイズ」という凄腕のバンドだった。壮絶なバンド合戦が
繰り広げられるが警官隊も押し寄せ、最後はクィーン・ムセットの妖術で脱出、エルウッドはまたどこかへと
去って行ったのだった。

正編で二人が乗り回し、最後に税務署の前でバラバラになったパトカーのセコハン。あのクルマとそっくりな
クルマを買いに行くところ。オーナーはBBキングだ。いたるところに一作目のオマージュが散りばめられ、
もちろん作中の音楽、そしてラストの大バンド合戦の音楽もブルースでありR&Bであり、グルーヴ感は
満点だ。本作はもちろん正編を見ていなくても楽しめるが、正編を観てからにしたほうが1000倍面白い。

またエンドで紹介されるが、「ルイジアナ・ゲーター・ボーイズ」のメンバーが物凄い。みんなノーギャラで
出演を引き受けたそうだ。曰く、B.B.キング、ボ・ディドリー、ココ・テイラー、アイザック・ヘイズ、
ビリー・プレストン、クラレンス・クレモンズ、ドクター・ジョン、ジミー・ヴォーン、エリック・クラプトン、
スティーヴ・ウィンウッド、ジョシュア・レッドマン、トラヴィス・トリット、グローヴァー・ワシントン・
ジュニア、ジャック・デジョネット、ジョン・ファディス、ルー・ロウルズなどなど。これだけのメンバーを
一同に観ることはもう出来ない。

正編の衝撃はは無いにせよ、ブルーズスピリットに溢れた一遍であることには違いない。
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<ストーリー:結末まで書いてあります>
名コメディアン、故ジョン・ベルーシとダン・エイクロイド主演による81年のコメディ「ブルース・ブラザース」の
18年ぶりの続編。エイクロイドが、同作の監督のジョン・ランディス(「ジョン・ランディスのステューピッド
 おばかっち地球防衛軍」)と共同で、製作・原案・脚本をつとめて自ら映画化。ジェームズ・ブラウン、
B・B・キング、アレサ・フランクリン、エリック・クラプトンなど豪華なゲスト陣と全編を彩るリズム&
ブルースが楽しい。
製作はエイクロイド、ランディス、ランディスとコンビを組むレスリー・ベルツバーグ。撮影はデイヴィッド・
ヘリントン。音楽は前作に続きポール・シェイファー。

シカゴ。エルウッド(ダン・エイクロイド)は18年ぶりに出所。相棒のジェイクは世を去っていたが、
エルウッドはバンド再結成へ向けて再び大騒動。恩師のマザー・メアリー(キャサリン・フリーマン)から
あずかった孤児で問題児のバスター(J・エヴァン・ボニファント)、歌手志望のバーテン、マイティ・
マック(ジョン・グッドマン)の新たなメンバーに、かつてのバンド仲間もそろって、南部はルイジアナの
ブードゥーの妖女クィーン・ムセット(エリカ・バドゥ)が開催する勝ち抜きバンド合戦に出演するため、
旅に出る。

そんな彼らをエルウッドの育ての親カーティスの私生児で警察の本部長ケイブル(ジョー・モートン)率いる
警官隊、それにロシアンマフィア、右翼の民兵が加わり追ってくる。ところがケイブルは途中、ジェームズ
牧師(ジェームズ・ブラウン)の伝導集会で神の啓示を受けて大変心、バンドに加わってしまった。

当日の会場。ブルース・ブラザース・バンドは、強敵ルイジアナ・ゲーター・ボーイズとステージに立ち、
お互いに譲らない熱い演奏を展開。そこへ追ってきた警官隊とマフィア、右翼が鉢合わせするが、クィーンの
魔法で万事解決。かくしてバンドは熱い演奏を続け、エルウッドはバスターと警官隊に追われて再び旅立つの
だった。(Movie Walker)

<IMDb=★4.8>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:47% Audience Score:37% >




by jazzyoba0083 | 2017-11-09 23:05 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「ブルース・ブラザーズ Blues Brothers」
1980 アメリカ Universal Pictures. 133min.
監督:ジョン・ランディス 脚本:ジョン・ランディス、ダン・エイクロイド
出演:ジョン・ベルーシ、ダン・エイクロイド、キャリー・フィッシャー、キャブ・キャロウェイ、ジョン・
   キャンディ、レイ・チャールズ、アレサ・フランクリン、ジェームズ・ブラウン、ツィッギー、
   チャカ・カーン、スティーヴン・スピルバーグ他
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<評価:★★★★★★★★★☆>
<感想>
すみません、この映画、今頃見ています。過去の名作と言われるもので未見のものもたくさんあります。
分類すると、敢えて観る気が起きないもの(趣味・感性に合わないもの)、それとは別に、何かしらの
タイミングで見る機会を失っていたもの。
本作は後者に当たる。

NHKBSで、続編と併せて放送してくれたので、一気に見たという次第。好き嫌いは別れるタイプの作品だろうが
私はすごく気に入った。なんという「ノリ」のいい映画か!「悪ノリし過ぎじゃないか」とさえいえるような
ブルース、R&Bの曲に載せて、繰り広げられるある意味「はちゃめちゃな」(ただハチャメチャだけでは、
もちろん無い。社会風刺だったりキリスト教へのデディケーションであったり反権力だったりもしっかり描かれ
てはいる)映画は、ランディスとエイクロイドの世界観なのだろう。
そして、当時のブラック・ミュージックを彩るアーティストがわんさか出てきていい歌を聞かせるのだなあ、
これが。キャブ・キャロウェイの「ミニー・ザ・ムーチャー」を本人の80年版で見聞き出来るとは
思わなんだ。

コアとなるストーリは単純で、自分たちが育った孤児院が税金を滞納していて潰されるピンチ。その5000ドルを
何とかして手に入れ、孤児院を守るというものだ。
冒頭のシーンがベルーシが刑務所から出てくるところなので、だいたいこの二人まともではない。が、かつての
バンドの仲間を次々と集めて、コンサートを開き、収益金で税金を捻出することに成功する算段をつけたまでは
良かったのだが、警察が追っかけてくるので歌う、逃げる、逃げる、歌う、という目まぐるしい逃亡劇が展開
される。(目的は正解なのだが手段がだめじゃん、とい不整合の面白さが有る)

ところどころで飛んでもない軍の兵器を持って二人を攻撃してくる謎の女(クレア・フィッシャー)がアクセントと
なる。しかし、大量のパトカーの壊し方といい、めちゃくちゃな(実際は出来ないだろうと突っ込める)クルマの
ジャンプとか、「どこまでやるのお~!!」というハチャメチャ破天荒。でも二人は至ってクール。周りが
熱くなればなるほど二人はクールにブルースを歌う。このなんだか良くわからないアンバランスというか対比が
いいね。現代アメリカのネオナチまで二人を追いかけてくるだから。バンドの仲間を騙して入ったステージが
ブルーグラス専門店で、ブルースなんてとんでもない。そこでバンドはローハイドを歌い出す、というなんという
人を食った展開か!ww
そして最後の納税ビルに二人が突入する頃には、警察だけではなく、SWAT、レンジャー、さらには州兵の戦車
まで登場するんだ。何に向けて発砲するの、ってことだよね。そういうやり過ぎ、度を超えると白けるけど
ここでの演出は好きだ。

アレサが出てきたあたりからミュージカルのテイストが濃くなったと感じた。ともかくレイ・チャールズや
JBなどのフルコーラスの歌声がたっぷり味わえる音楽映画であり、上等なコメディ(上質とはいわない)で
あり、エイクロイドとベルーシの音楽への愛情がひしひしと伝わってきて、観ていて体が動いてしまう。
ジョン・ランディスという人は、ヴィク・モローの事故死に関わって失速してしまった可哀想な面はあるけど
やはり、(エイクロイドの功績はあるにしても)この手の映画を作らせたら最高な人なんだなあ、と感じる。

なんだろう、この見終わったあとの痛快感、爽快感。音楽、ハチャメチャな善行、(おいおい、とツッコミを
いれつつみる)やりすぎなハチャメチャ演出。なんか自分の周りにあるむしゃくしゃを全部剥ぎ取ってくれる
ような作用をもっているんじゃないか、と私には思えた。

そしてベルーシ亡き後の「2000」を観ることになるのだが・・・。
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<ストーリー:ラストまで書いてあります>
イリノイ州、刑務所から出獄したジェイク(ジョン・ベルーシ)は孤児院で弟のように共に暮らしてきた
エルウッド(ダン・エイクロイド)の迎えを受けた。共に帽子からサングラス、ネクタイ、スーツ全てを
黒に統一した異様な服装だ。
早速孤児院に行った2人は、母親代りともいえるシスターに会うが、彼女から資金難で税金が払えず、
すぐにも5000ドルが必要だということを聞く。困った2人は、以前仲間と作っていたリズム・アンド・
ブルース・バンドというグループを再結成し、コンサートでまっとうな金を稼ごうと考える。

早速、以前の仲間たちを集める2人。ホテルのおかかえバンドになっているマーク(マーフィー・ダン)ら
を説得し、メンバーは元の通りそろう。しかし、その途中、パトカーとトラブルを起こし、2人は追われる
身になっていた。さらに、若い謎の女(キャリー・フィッシャー)が現れて火焔放射器などで命を狙って
くる。ようやく郊外のパレス・ホールでコンサートが開かれることになり、当日ホールには溢れる程の
聴衆がつめかけた。しかし、聴衆に混ってパトカー群、兄弟に商売を邪魔されたカントリー・バンドの面々
なども席で待機している。
コンサートは大成功し、レコード会社の重役が契約金10000ドルを用意する。そして、厳重な警戒のホール
から、床下を通ってうまく逃げ出す2人。地下水道には、しかしまたあの謎の女が立ちふさがった。
彼女は結婚の当日にジェイクにすっぽかされた彼のかつての恋人だったのだ。

何とか彼女から逃げ出した2人は、一路シカゴヘ向かい、追ってくる無数の警察隊をかわし、無事税務所に
5000ドルを収めた。その直後、おとなしく警察に従い2人は刑務所へ。数日後、刑務所の集会場には、
仲よく監獄ロックを奏でるブルース・ブラザースと仲間たちの姿があった。(Movie Walker)

<IMDb=★7.9 >
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:85% Audience Score:92% >





by jazzyoba0083 | 2017-11-08 22:45 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「バリー・シール/アメリカをはめた男 American Made」
2017 アメリカ Universal Pictures,Cross Creek Pictures,Imagine Entertainment. 115min.
監督:ダグ・リーマン
出演:トム・クルーズ、ドーナル・グリーソン、サラ・ライト・オルセン、ジェシー・プレモンス他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想:結末まで触れていますのでご注意ください>
面白かった!文句なく面白かったかというと、話がいささか複雑な部分もあるので、スカッと
いうわけには行かなかったが、ラストのアンハッピーエンディングの処理の仕方といい、
ハチャメチャな事をしている割にはコメディタッチを加え、見やすくかつ見応えのある作品に
しあげている。テンポやアニメを使った作画も工夫が凝らされていて良い。
なんでこの映画がもっと日本で話題になっていないのか、勿体無い。「ブレードランナー」と
重なったからかなあ。日曜のシネコンの入りはまあまあだった。

50歳を超えたトム・クルーズ、若いなあ。この映画は実在の人物のお話を基にしている、と
言う意味でいうと、その実話が面白いのでこの手の映画はオリジナル脚本に比べゲタを履いて
いると観るのが私として常だが、それにしても、破天荒の主人公の半生を、映像の中に上手に
表現出来ている。観る人によっては、なぜトムがあんな事に手を出したか背景が不足している、
と感じる向きもあろう。しかし、クライムアクションである本作にはそれくらいのハショリは
気にならない。

冒頭に書いたが、「話がいささか複雑な部分」とは、バリー・シールが関わる事件がアメリカの
中米南米政策と深く関わっていて、この辺りの政治的な勢力のあれこれがちょっと日本人には
特に分かりづらいと思ったのだ。
最初、CIAに依頼されたのはニカラグア辺りの偵察と航空写真撮影、そのうちパナマの独裁者ノリエガと
組んで麻薬をマイアミに運ぶことを始め、次いでニカラグアの反政府共産組織サンディニスタ撲滅の
ためアメリカが密かに対立するコントラという組織に武器を運ぶ仕事を引受け、コントラがやる気がない
と見るや、その武器をコロンビアの、パブロ・エスコバル率いる巨大麻薬組織メデジン・カルテルに
武器を横流しし、さらに彼らの麻薬の密輸も引き受けたのだ。これらが「イラン・コントラ事件」と
いう大スキャンダルに繋がっていくのだが、そのあたりが、ややひっかかかり明快さを欠いたかも
しれない。

結局バリー・シールは「政府の極秘の仕事を引き受ける傍ら、麻薬を密輸して大儲けしていた」という
ことなのだが、CIAは目をつぶっていたが、麻薬を取り締まる「DEA」「ATF(アルコール・タバコ・
火器及び爆発物取締局)「FBI」に目をつけられ逮捕される。しかし、政府の秘密を握っているシールは
無罪放免となるのだが、なんとホワイトハウスに呼ばれたシールは、現地事情に詳しいということも
あり、司法取引として、ニカラグアの共産反政府組織サンディニスタが麻薬を密輸している証拠写真を
撮ってくる、というかなり厳しい仕事を引受けることになった。これは成功し、サンディニスタの
悪事が国際的に暴露されたのだが、当然、シールを信用していたサンディニスタのメンバーは、
シールを許さなかったのだ。彼はクルマに乗っているところを射殺されてしまう。

一時期とんでもない財をなし、金の隠し場所がないくらいで庭に埋めたり、倉庫に押し込んだり。
それで何を買うわけでもないのだなあ。せいぜい奥さんに宝石とキャディラックくらい。
大きいうちは買ったけどね。結局シールは現預金を全部没収された。しかし、奥さんが身につけていた
超高額の宝石は差し押さえを逃れ、奥さんと子どもはその後幸せに?暮らしたというような終わり方。
ラスト、奥さんハンバーガーショップかなんかで働いて(ここが彼女の偉い所)いるのだが、彼女の左腕
には超高額と思しきダイヤのブレスレットが輝いていた。

危険な仕事をしている割には悲壮感がない。全体として悪事を働いている映画なのだが乾燥度が
非常に高い映画で、観ていて爽快! 「ジェイソン・ボーン」シリーズや「Mr.&Mrs.スミス」で、この手の映画の作画には定評のあるダグ・ライマン、まだまだやるなあという感じだ。トムの奥さん役を演じた
サラ・ライト・オルセン、(スカヨハ似?)テレビ畑が長い人だが、キュートでイイ感じだった。
こずるいアメリカという国を手玉にとった痛快な男の話、いいです!
トム・クルーズファンでなくてもご覧いただきたい映画。
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<ストーリー>
1970年代後半、バリー・シール(英語版)はTWAでパイロットとして働いていた。シールの若くして
機長に昇進した腕前は一級品かつ裏で検査が緩い立場を利用して密輸に手を染めていた事で、CIAから
も注目されるようになった。
ある日、シールはCIAに極秘の偵察任務への参加を求められた。野心家でもあったシールは喜んでその
依頼を引き受ける事にし、すぐに航空大手のTWAを飛び出してCIAが用意したペーパーカンパニーの
小さな航空会社に転職する。

数年後、シールはパナマの独裁者、マヌエル・ノリエガとCIAの仲介人の役割を果たすようになって
いた。シールはCIAの目を盗み、メデジン・カルテルの指示でコカインをルイジアナ州に密輸する
仕事も請け負っていた。
やがて、CIAはシールが麻薬の密輸に関与していることを把握したが、シールの任務を代わりに担える
ような人材がいなかったため、敢えて黙殺する決断を下した。一方、麻薬取締局(DEA)はシールを逮捕
すべく行動を開始した。DEAの動きを察したCIAはシールに密輸から手を引けと警告したが、シールは
それに耳を貸そうとはしなかった。

その後、シールはニカラグアの親米反政府組織、コントラに武器を密輸する任務も請け負うこととなっ
た。コントラが本気で政府を倒す気がないと確信したシールは、武器をカルテルに横流ししてさらに
儲けていった。CIAの黙認の下で、シールの会社は小さな空港を持ち本人も含めてパイロット5人を
抱える密輸集団に成長し、シールは扱いに困るほどの大金を得る。

暴走を続けるシールを危険視するようになったCIAは、シールを見捨てて地元警察とDEAとFBIとATFが
逮捕するのを黙認した。逮捕後に検事の前に突き出されて絶体絶命の窮地に立たされたシールだったが、
ホワイトハウスが求めているニカラグアの左派武装勢力であるサンディニスタ民族解放戦線が麻薬の密輸
に関与している証拠を得る手助けする事を司法取引の材料として釈放される。
しかし、それはメデジン・カルテルを裏切ることを意味していた。

<IMDb=★7.3>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:88%Audience Score:80% >



by jazzyoba0083 | 2017-10-29 14:15 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「ヘッドハンター・コーリング A Family Man」
2016 アメリカ G-BASE,Zero Gravity Management.111min.
監督・(共同)製作:マーク・ウィリアムズ
出演:ジェラルド・バトラー、グレッチェン・モル、アリソン・ブリー、ウィレム・デフォー他
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<評価:★★★★★★☆☆☆☆>
<感想:ネタバレしています>
悪い映画ではない。言わんとしていることは美しい。が、どのエピソードにしても既視感ありあり。
ヘッドハンター会社で次のトップを辣腕女性と張り合っているお父さんデイン。だれよりも早く
会社に現れ、誰よりも遅くまで仕事をする。休日も部下やハント相手から容赦なく電話がかかる。
奥さんのエリースは、夫の仕事の大変さを理解しつつ、夫婦の会話が少なくなっていき、子どもとの
触れ合いが少なくなってきている現状を心のなかで嘆いている。

ライバル二人の熾烈な売上争いのさなか、息子ライアンが急性白血病であることが判明、一流の医師が
付くが、状況は悪化していく。そんな中でも息子の病気の重篤さを会社に隠し、仕事から手が離せない。
いらいらがつのる妻。それでも建築設計家を夢見るライアンの希望を聞き、二人でシカゴの名建築と
言われるビルなどを訪ねて歩く。その時間が彼の成績を下げる。デインもいらいらが募る。

しかし、ついにライアンが薬物療法に万策尽き、昏睡に陥ってしまう。医師からは父母の声を聞かせる
ことが、いい結果に繋がることもあります。ガンと戦う気力を呼び覚ますのです、と言われる。
シーク教徒の主治医の言うことなんか、と思うデインだったが、それからライアンのベッドサイドで
電話で仕事をすることにし、絶えず自分の声を息子に聞こえるようにしていた。

ある日デインはボスからクビを言い渡される。なんで?と驚くデインだったが、ボスは「出てってくれ」とつれない。妻に正直に伝えたものの、まさがヘッドハンターの自分が再就職の履歴書を書くとは・・と
落ち込んでいた。そこに妻から電話。ライアンがもうだめなのか!と急ぎ病室に駆けつけると、なんと
ライアンが目を覚まし話しているではないか。奇跡は起こったのだ。

そしてボスは実はデインが息子の難病を抱え戦っていることを知り、もう家族と一緒にいてあげたほうが
いいと判断。絶対だった、再就職する時は同じ業種に付かない、という契約書を破ったものを郵送して
来たのだった。そこでデインはボスの愛情を知るところとなる。

1年後くらいの様子となる。デインは自宅に個人でヘッドハントの会社を立ち上げていた。ライアンは
すっかり健康を取り戻し、何と3人めの子どもが出来ていた。しかし会社の業績は思うに任せない。
しかし、家の中にはかつてなかった笑顔が溢れていた。
実は自分のやっている仕事の虚しさを考えていた時、かねてからの知り合いでエンジニアに
再就職する男について、年だし、エンジニアは金にならないからといい加減に対応していたが、
彼に、自分も金にならい本当に人のための仕事をしてみたらどうだろうと、工場長の仕事を斡旋したこと
があった。その男から、工場で人がほしいんだ、絶対にお前に頼んだよ、という電話が入ったのだった・・・。

そんな話。「家庭を振り返らない猛烈仕事オヤジ」➡「理解しつつも不満が募る妻」➡「突然襲う
子どもの白血病」➡「自分の身にも降りかかる不幸」➡「考え方変える」➡「子どもの病気に
奇跡発生」➡「金が全てではない家族を大切にした個人営業を始める」➡「人生で本当に大切なことは
何か」と。
そういう構図って予定調和と言うか、先が読めるというか、観ていて決して嫌な映画ではないのだけど、
今更なあ、という感じもしてしまうのだ。WOWOWのタイトルより原題のまま方が中身に対して正直だ
けど。というわけで日本ではビデオスルーでした。
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<ストーリー>
家庭生活を犠牲にして仕事に励んできた主人公が、思いも寄らぬ息子の難病を契機に自らの生き方を
見つめ直すさまを、G・バトラーの主演で描いた感動のファミリードラマ。

会社人間として誰よりも熱心に働き、次期社長の座もいざ視野に入ってきたその時になって、10歳の
息子が難病にかかっていることが判明。仕事と家族のどちらを優先するか、人生の岐路に直面する
主人公を、「300<スリーハンドレッド>」の人気俳優バトラーが、共同製作も兼ねて体当たりで
熱演。「ベティ・ペイジ」のG・モルが彼の愛妻に扮するほか、W・デフォー、A・モリーナら、
共演陣も充実。「ザ・コンサルタント」の製作を務めたM・ウィリアムズが本作で監督デビュー。
WOWOWの放送が日本初公開。

腕利きのヘッドハンターとして優秀な人材の引き抜きや仕事の斡旋に誰よりも熱心に取り組み、
会社の中でも一、二を争う立派な業績を上げてきたデイン。社長のエドは、デインとそのライバルの
女性社員リンに、今後の業績次第でどちらかに社長の座を譲ると告げ、2人にさらなるハッパをかける。ところがそんな折、デインの10歳の息子ライアンが、急性リンパ性白血病という難病にかかっている
ことが判明して入院することになり…。(WOWOW)

<IMDb=★6.4>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:13% Audience Score:66% >




by jazzyoba0083 | 2017-10-28 23:10 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(2)

裸足の季節 Mustang

●「裸足の季節 Mustang」
2015 フランス・トルコ・ドイツ CG Cinema. 97min.
監督・(共同)脚本:デニス・ガムゼ・エルギュヴェン
出演:ギュネシ・シェンソイ、ドア・ドゥウシル、トゥーバ・スングルオウル他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
邦題から見て、もう少しチャラい映画か、と思ったら、やはりカンヌなど
それ系で評価されたのも頷ける結構重い内容だった。原題は「野生の馬」
なわけだけど、意味としては理解出来る。今でもトルコの田舎では、この
映画で描かれるような封建的な風習というか制度が残っているのだろう。
それを思うと、5人姉妹の思いに胸が潰れる思いだし、自由がある、ということが
どんなに大切なことか、特に若い人たちに対して重要か、が良く分かる。
暮らしや人間性の否定に繋がる封建制度は、しつけとか処女性とかだけでは
なく、自由な発想や芸術文化の圧迫にも繋がるんだなあ、と感じた。

イスラムの世界で女性はいつごろから頭をスカーフみたいなもので覆わなくては
ならないのか知識が無かったが、おそらく中学生くらまでは結構自由な感じ
を受けた。しかしある年齢になると親の決めた男性と処女性を極めて
重んじられた結婚を押し付けられる。

この映画ではイスタンブールから1000キロ離れた田舎町で、両親が早くに
亡くなり、おばあちゃんに育てられている5人姉妹のある夏を描く。

黒海にちかいため、学校帰りに海に制服のまま入って男子生徒とじゃれあい、
男子生徒に肩車をしてもらった、というだけで、もう村中に「はしたない」
という噂が流れる。女の子は男子となんか遊ばず、親の言うことを聞いて
良妻賢母になるべし、という教育で、結婚前は処女検査があり、初夜には
ベッドに血が付いているかいないかで大騒ぎとなる、という今の先進国では
到底考えなれないアナクロニズムで覆い尽くされている。一方で、こうした
いわば「天から与えられた自由」と私達が思っていることが、まったく認め
られない世界が、まだまだ地球上にはあるのだろう。

姉妹は自由奔放で、まあ、どの国でも若い人は大人の言うことは煩くて
自由にしていたいもの、束縛を嫌うものだが、姉妹の住むあたりでは頭から
押さえつけられる。それでも家から脱走してサッカーを観に行ったり
ボーイフレンドと会ったりするのだが、おじさんに家の窓に鉄格子を付け
られ、家の周りにはまるで刑務所のような高くて頂上に槍のような鉄骨が
突き出ている塀が作られた。もう籠の鳥そのもの。

映画の中の救いはそれでも姉妹は何とか抜け出そうと明るく諦めないことと、
末娘の活発な頭のいい行動力だ。まだ高校生くらいなのに上の姉二人が
同時に結婚させられ、いよいよ大人の世界の戒律にがんじがらめになろうと
する時、3番目の姉に悲劇が襲う。4番目の姉の時は家に閉じこもり反乱。

二人して高い塀を乗り越えて、脱出する。末娘は普段から自動車の運転を
研究していて、家からキーを取り、金を奪ってクルマに乗り込み夜道を
走る。しかし途中で脱輪してしまう。そこに以前から(サッカーに行く時に
止まってくれたトラック運転手)親しくし、クルマの運転も教えてくれた
男を呼び出し、彼のトラックに乗ってイスタンブールを目指す。

映画の冒頭で、末娘の大好きな女先生が異動で担任を外れてしまい、
姉らから慰められるシーンがあるのだが、その女の先生の住所を知って
いたので、そこを探し当て、末娘が先生の胸に飛び込むところで映画は
終わる。

旧習に立ち向かう若い女性のみずみずしい感性が、短い時間で上手く描かれ
ている。5人がそれぞれのキャラクターを持ち、それぞれの青春を生きるの
だが、最後に先生のところにたどり着いた末娘は、それからどうしていく
つもりだったのか。製作協力にトルコ文科省が付いているが、自分の国の
因習をいわば外に出したら恥と感じられる部分が描かれているのに、よく
お金を出したと思う。
若者の自由を求める純粋な気持ち、それを抑圧する古い考え。それに負けない
女性たち。トルコ政府が推奨しようとする点があったのだろうか。
それとイスラムの戒律がどうの、という点には繋がらないところがミソか。

5人全員の結末は全部がめでたいわけではないが、すがすがしい5人姉妹に
拍手を送りたくなるような映画だった。いろんな映画祭で評判になるのも
分かる気がする。短い映画なので、機会があれば観てみるとよいと思う。
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<ストーリー>
アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされた、デニズ・ガムゼ・
エルギュヴェン監督の長編デビュー作。
両親を亡くし祖母の家で暮らしている5人姉妹。学校生活を謳歌していたある日、
古い慣習と封建的な思想のもと一切の外出を禁じられてしまう。
オーディションで選ばれた姉妹役の5人は、三女エジェを演じたエリット・
イシジャン以外は演技初体験の新人。

イスタンブールから1000km離れた黒海沿岸の小さな村。10年前に両親を亡くした
美しい5人姉妹、長女ソナイ(イライダ・アクドアン)、次女セルマ(トゥーバ・
スングルオウル)、三女エジェ(エリット・イシジャン)、四女ヌル(ドア・
ドゥウシル)、そして末っ子の13歳のラーレ(ギュネシ・シェンソイ)が、
祖母(ニハル・コルダシュ)と叔父エロル(アイベルク・ペキジャン)のもとで
暮らしている。

ラーレの大好きなディレッキ先生がイスタンブールの学校へと異動になった日、
姉妹たちは下校の途中、海で無邪気に男子生徒の肩にまたがり、騎馬戦をして遊んだ。
帰宅すると、隣人から告げ口された祖母が怒りの形相で「男たちの首に下半身を
こすりつけるなんて!」と、ソナイから順番に折檻していく。

この日以来、姉妹たちは外出を禁じられ、派手な洋服やアクセサリー、化粧品、
携帯電話、パソコンも没収される。文字通り“カゴの鳥”となった彼女たちは
花嫁修業を命じられる。地味な色の服を着させられ、料理を習い、掃除をし、
毎日のように訪ねてくる村の女たちが花嫁として必要なことを伝授していく。

次々と見合い話がまとめられ、婚礼の日を迎える。浴びるように自棄酒を飲み干し、
涙を流すセルマに、「結婚したくないなら逃げて」とラーレは話しかける。
しかしセルマは、「どこへ逃げればいいの? イスタンブールは1000キロ先よ」と
諦めたようにつぶやく。この夜が、姉妹が揃う最後の日となった。
ラーレは祖母のへそくりから金を盗み、アリバイ工作のため自分の髪を切って
人形に縫いつける。そして運命を切り開くための計画を強行する……。
(Movie Walker)

<IMDb=★7.7>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:98%Audience Score:88%>


 

by jazzyoba0083 | 2017-10-16 22:50 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「ハングリー・ハーツ Hungry Hearts」
2014 イタリア Wildeside,Rai Cinema.109min.
監督・脚本:サヴェリオ・コスタンツォ  原作:マルコ・フィランツィーゾ
出演:アダム・ドライヴァー、アルバ・ロルヴァケル、ロバータ・マクスゥエル、アル・ローフェ他
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<評価:★★★★★★☆☆☆☆>
<感想>
本作の感想の前に、欧州映画のことについて触れておきたい。この作品で、主役の二人は
2014年度のヴェネチア国際映画祭で最優秀男優、女優賞に選ばれている。作品全体の
出来が良くなければこうしたことはないので、一定の評価は受けているのだろう。
他の作品のブログでも触れたが、私はいわゆる世界三大映画祭と言われる「ヴェネチア」
「カンヌ」「ベルリン」で賞を獲るタイプの映画があまり好みではない。どういう映画かというと
精神的、内向的、形而上的、哲学的とでもいうのか、非常に神経質な映画という風にとらえて
いて、いかにエンターテインメントのふりかけが掛けてあっても、どうも好みに合わないのだ。

そうした映画を好む人を非難しようというのではない。それはそれで立派な嗜好であるし、
イタリアやフランスで綿々と続いている「精神的社会を描く」作風の良さを認められる人であるから。
私はそれはそれで羨ましいと思う。私も三大映画祭の作品の中でも面白い!と思うものがある。
だが、個人的な嗜好はハリウッド・エンターティンメントに向いているのだ。先日の「パターソン」
(これもアダム・ドライヴァーだった)のジャームッシュ、スパイク・リー、アルトマンらの描く世界の
ほうが同じ精神的な側面を取り上げてあっても好きなのだ。賛同いただけるかどうかの問題では
なく、そうした嗜好を持っている映画好きもいるということをご理解頂いて本作の感想を
お読みいただきたい。アメリカの映画評価サイトでは評価が低く出るのある意味仕方がないの
だろう。

この映画には原作がある。書籍的に評価されたものを映像化してそれと同程度の良いものが
出来るか、あるいは原作を凌駕できるものになるかは題材による。本作のように精神世界を
描いたものは、なかかな原作に迫るのは難しいのではないか。たとえば村上春樹の「1Q84」を
映画化することを思ってみると良いかもしれない。

イタリア映画だがオールNYロケで、日本での配給元によればジャンルは「サスペンス」である。
そして、「満たされない心」とでも訳すのか、心が複数形になっていることに注目すべきであろう。
出だし。NYの中華料理店の男子用トイレ。下痢で飛び込んだジュード(ドライヴァー)が
用を足している所に間違って入ってきてしまったイタリア大使館勤務のイタリア人?ミナ。
間違って入ってきてしまったがドアがスタックして出られなくなってしまう。そこが主人公たちの
出会いである。トイレは10分以上の長回し。なかなか面白い出だしであり、その後、何を間違ったか?
(演出に決まっているが)映画「フラッシュダンス」のテーマ「What a feeling」に乗せての
結婚披露宴とテンポも良い。そしてミナに起きる転勤話、望まぬ出産・・・。
このあたりからホラーのテイストさえ帯びてくる。ミナは非常に神経症的というかサイコパスとでも
言えるような性格で、占いを信じ、自分の子は「インディゴ」(選ばれた子)であると信じ、
超音波を嫌がり医師を拒絶、屋上に作った温室で育てた野菜しかたべないビーガンなので、胎児は
育たず、更に本人の栄養不足もあり自然分娩もムリといわれる。が頑として聞き入れない。

そして男の子が生まれるのだが、子供にも野菜しか与えず、外に出さず、誰にも合わせず、
日光に当てず、という育て方をしていた。あまりのことにジュードは医師に相談するが、
動物性の蛋白を取らせないとダメだ、危険だ、と言われる。ジュードはミナがいない時
ベビーフードなどをこっそり与えるのだが、ミナは吸収を阻害するオイルを与えてしまう。

発育不足は明らかだった。しかし、ミナは自分の子供は特別だと言い、絶対に言うことを
聞かない。困り果てたジュードはケースワーカーに相談し、ミナから子供を奪って母親のところに
預けた。しかし、ミナはやってきて、変なオイルを与えている。やがて子供の取り合いから
ミナが転倒し怪我をする。ミナはこれを警察に訴え、親権を警察の手により奪ってしまう。
しかし、これを不幸とみたジュードの母親に猟銃で射殺されるのだ。

手早く言うとそういう話なのだが、とにかくミナを演じたロヴァルケルの演技がもう天然の
サイコパスではないか、と思われるくらい不気味でイラつく。母親の気持ちもわからない訳では
ないのだが、子供のことを思え!と怒れてくる。どうオチを付けるのかと思っていたら、これが
ちょっと味気ない幕切れ。おばあちゃんの心も分かる。子供に名前をつけないとはどう言うこと?

ミナ(ロヴァルケル)は登場した時から何かしら精神的にやばい感じを醸し出していた。これは
ほぼ精神的にやられた悪い母の話なのか、そうした境遇に追い込んだジュードのせいなのか、
ハーツ、と複数形であるように、おばあちゃんも含め、満たされぬ心(たち)の話なのだろうか。
とても欧州的、イタリア的なアプローチの映画だと感じた。

加えれば、画作りがとても凝っていて、ちょっと見られないアングルとか、魚眼を使ったショット
ジャンプカット気味の編集とか心理を表そうとする映像面の工夫は買いたい。
ただ、なにせ、観終わって、とても気分がスッキリしない、なんか映画の闇を引きずってしまうような
作品。心の調子が悪いときに観るものではありません。ご注意を。
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<ストーリー>
ニューヨークで運命的に出会い、恋に落ちたジュードとミナ。やがて結婚し、2人の間には
可愛い男の子が産まれる。それは幸せな人生の輝かしい始まり――のはずだった。
しかし息子の誕生後、独自の育て方にこだわり神経質になってゆくミナは、息子が口にするもの、
触れるものに対して次第に敵意と恐怖心を露わにし始める。やがてその攻撃の矛先は、
医者や友人そしてジュードの母親、更にはジュード本人にまで向けられてゆくが、彼はそんな
妻の異常とも取れる頑なな愛情を、何とか理解し、支えようとする。
しかしその結果、息子の体が徐々に変調をきたし始めたことで、ジュードは遂にある決断を迫られる。
果たして、その答えの先に、彼らを待ち受けるものとは―。(日本配給:クロックハーツHP)

<IMDb=★6.4 >
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:64% Audience Score:53% >







by jazzyoba0083 | 2017-10-08 22:50 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「バーン・カントリー Burn Country」
2016 アメリカ ACE Productions.102min.
監督・(共同)脚本:イアン・オールズ
出演:ドミニク・レインズ、メリッサ・レオ、ジェームズ・フランコ、レイチェル・ブロズナハン他
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<評価:★★★★☆☆☆☆☆☆>
<感想>
日本劇場未公開。WOWOW「ジャパン・プレミア」で鑑賞。何度となく途中で
観るのをやめようかと思ったが、オチをどうつけるのか、映画をどうまとめるのか、
知りたくて最期まで観た。あかんわ。この手の映画。何を言いたいのかよく分からない。

アフガニスタンから移民してきた現地でジャーナリストの助手みたいな仕事をしていた
オスマンが、現地で手伝っていたジャーナリスト、ゲイブの助けで彼の実家に世話に
なる形で移民してきた。が、その街はおよそカリフォルニアとは思えない(というか
ホテル・カリフォルニアがBGMで流れるくらいだから70年代で時間が止まって
しまった街、ということが出来る)カルトな街。ゲイブの母は保安官で、彼女が
関わる事件を通して、オスマンは異文化との衝突を体験する。おそらくムスリムであろう
彼がみるコンミューンな生活や、どこかオカシイ人がいろいろ出てきて混乱する。

冒頭からラストまで、とにかく「変」。「カルト」。アフガンから来た青年が、
ジャーナリストを目指して頑張ろうとするにはあまりにも不適格な街に来てしまった、
ということだろう。ラストシーンはアフガンにいるゲイブが携帯電話を通して
聞かせてくれるアフガンの風の音。オスマンは「少し帰りたい」と言うが、彼は
故郷の風の音に何を感じたのだろうか。

せっかくの話の骨格が、設定やキャラクター付けのなかでぐじゃぐじゃになっていった
感じだ。準主役級のリンジー(ジェームズ・フランコ)の最期の様子も良く理解
出来ないまま終わってしまった。全体として残念な映画と私には感じたのだった。
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<ストーリー>
「127時間」で第83回アカデミー賞の主演男優賞にノミネートされたJ・フランコ、
「ザ・ファイター」で同年度アカデミー賞の助演女優賞を受賞したM・レオ、
イラン出身の中東系男優D・レインズなど多彩な顔ぶれが集まったインディーズ
映画の意欲作。
アフガニスタンから米国に亡命した元戦場記者が主人公なのもユニークだが、
発生する殺人事件の真相究明の流れもオフビート。テイストが似ているのは
「ウィンターズ・ボーン」だろうか。まずは独自の余韻が鮮烈な印象を残す1本だ。
WOWOWの放送が日本初公開。

カリフォルニアの田舎町。母国アフガニスタンで戦場記者だったが米国に亡命した
オスマンは、記者仲間ゲイブの母親で、保安官をしているグロリアの家に居候する
ことに。地元新聞で小さな仕事を得たオスマンは、新たに友人になった男性リンジー
から、ある兄弟が裏社会の実力者であると教えられ、記事にできないかと考えだす。

やがて、兄弟の手下の男性が何者かに殺される事件が発生した直後、リンジーが
行方不明になってしまい……。(WOWOW)

<IMDb=★4.7>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:60% Audience Score:49%>




by jazzyoba0083 | 2017-10-06 22:40 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

パターソン Paterson

●「パターソン Paterson」
2016 アメリカ K5 International,Amazon Studios.118min.
監督・脚本:ジム・ジャームッシュ
出演:アダム・ドライバー、ゴルシフテ・ファラハニ、バリー・シャバカ・ヘンリー、永瀬正敏他
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<評価:★★★★★★★★★☆>
<感想>
個人的に、鑑賞する映画のジャンルとして、ジャームッシュのような系統(大きく言えばカンヌ系と
でもいうか)の作品はあまり多く接しない。が、決して嫌いではない。何を受け取ったらいいの?
という形而上的な世界に、どちらかというとエンタメを求める私としては敬遠気味であるということだ。
またこういう映画は名古屋近辺ではシネコンにかからないので、ネットで座席がとれない小屋にいかなくては
いけないというめんどくささも腰を重くしていた。

しかし、本作、姉が「いいから一度観てみなさい」と強力に推薦してくれ、本日、午後の部の上映に
行ってみた。あと1週間で上映が終わってしまうので焦ったという面もある。館内は三分の一ほどの
入りで若い女性が多かった。

エンドロールが終わり、外へ出ようと歩いているとこみ上げてくる、なんだろう、この心地の良さは。
意味を探そうとして今見た映画を反芻してみるが、「心地よかった」としか出てこないのだ。
ジャームッシュ監督の主張や何処に?と考えても出てこないのだ。でもややあってそれが正解だ、そう
感じることで良いのだ、と腑に落ちた。普通の生活を普通に切り取って見せてこの心地の良さ。
ハリウッドのブロックバスターもいいが、こういう映画もまたいいもんだなあ、としみじみしてしまったのだ。
ありふれた愛情あふれる生活を切り取った映画を観て感じる「心地の良さ」。もちろん大作にも「心地の
良さ」はある。銃撃もカーチェイスも大恋愛も、家族の揉め事もない、普通の生活が描かれているものが
こんなに「心地良い」ものだとは。さすが、ジャームッシュ、ということになるのだろう。

映画自体は、アメリカはニュージャージー州パターソン(NYCにごく近い)でバスを運転手をしながら
詩を書く、市の名前と同じパターソン氏(ドライバー)の一週間を描くもの。パターソン氏は、ローラという
中東系の奥さんがいて、愛犬のブルドッグ、マーヴィンと暮らしている。

毎朝6時10分から30分に起きて、丸いシリアルを食べ、日がなバスを運転し、定刻に退社し、妻の夕食を
食べ、犬を散歩させ、途中で馴染みのバーによってビールを一杯だけのみ、地下室でその日の感想や乗客の
おしゃべりからインスパアされた詩をノートに書き留めるという生活を繰り返している。

中東系の妻ローラは芸術家肌で、カントリー歌手になりたいとか言って通販でギターを買ったりしている。
専業主婦らしい。でもカップケーキを作るのが好きで、また部屋の模様替えも好きである。彼女の変わって
いるのがとにかくモノクロと黒の円形やドットが好きなのだ。来ている服もパターソン氏の飲むマグカップの
デザインも。買ったギターさえ。犬もそう言えばモノクロだな。

毎日同じような生活が繰り返されるが、妻も不満は一切言わない。というか映画全体でいらつくような
シーンが全く出てこない。遅刻じゃないのか?という時間に起きる曜日も、特に上司が出てくるわけでも
ない。行きつけのバーで黒人のカップルが別れるの別れないのでおもちゃの銃で男が自殺をしてみせようと
して一悶着あったり、パターソン氏の運転するバスが電気系のトラブルで途中で止まっちゃったりする事件は
起きるが、誰も怒らない。パターソン氏もローラの夕食がまずくても文句は云わない。
最大の事件は彼が書き留めた詩のノートを愛犬が噛み切ってボロボロにしてしまったことだった。妻は落ち
込むパターソン氏を慰めるが、さすがにガッカリはするが、パターソン氏はめげたり嘆いたり、犬に当たり
散らしたりはしない。

ローラが屋外のイベントで売ったカップケーキが300ドル近くの売上を出して二人して外食して映画を
観る。パターソン氏は、「君を誇りに思うよ」と褒めてあげる(ローラの選ぶ映画がこれまたモノクロ
なんだな) みんな心穏やか。彼が綴る散文詩も、極めて穏やかなものだ。誰かを批判したり嘆いたりする
ものではない。映画の本質を突いている詩といえよう。

妻のキャラクターに主張があるのか、愛犬が何かのメタファーなのか、詩が監督の訴えたいことなのか、
と観終わっていろいろと考えてしまったが、そうではなく、パターソン氏の日常の争いのない平和な
詩を愛することが出来る世界の「幸せ」を感じればいいのだ、と腹に落ちたのだった。(夜に愛犬を
散歩させていると大きな音楽を流した黒人4人のオープンカーが停まって、ヨ~、それブルドッグだろ、
愛犬を盗むやつがいるから気をつけな、と言って去る。その直後パターソン氏は愛犬をバーの外に繋いで
一杯やるのだが、あ、これ犬が連れ去られる、と観客は思うだろう。でも何も起きない。見ている人は
偏見を持っていたのだなと分かる。そんな演出もニクいものがある)ラストに出てくる日本人詩人
(永瀬正敏)は、映画全体を締めるピリオドのような印象を持った。

「ストレンジャー・ザン・パラダイス」を見たときのようなオフビート感(独特のセリフの間とかも)は
ジャームッシュだなあ、と思うが、オフビートと一言だけで言い表せない「心地よい幸せ」がこの
映画にはある。キャストのアダム・ドライバーとゴルシフテ・ファラハニもピッタリ合っていてとても良い。
なんか、今のアメリカのトランプ的な世界観のアンチテーゼとして提示されているような気もした。

流れていく日々すら愛おしい・・・
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<ストーリー>
ニュージャージー州パターソン。街と同じ名前を持つバス運転手のパターソン(アダム・ドライバー)の
1日は朝、隣に眠る妻ローラ(ゴルシフテ・ファラハニ)にキスをして始まる。いつものように仕事に
向かい、決まったルートを走り、フロントガラス越しに通りを眺め、乗客の会話に耳を澄ます。
乗務をこなすなか、心に浮かぶ詩を秘密のノートに書きとめていくパターソン。一方、ユニークな感性の
持ち主であるローラは、料理やインテリアに日々趣向を凝らしている。
帰宅後、パターソンは妻と夕食をとり、愛犬マーヴィンと夜の散歩、いつものバーへ立ち寄り、1杯だけ
飲んで帰宅。そしてローラの隣で眠りにつく。そんな一見代わり映えのしない日常。だがパターソンに
とってそれは美しさと愛しさに溢れた、かけがえのない日々なのであった……。(Movie Walker)

<IMDb=★7.4>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:96% Audience Score:71%>



by jazzyoba0083 | 2017-09-28 17:35 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「バズビー・バークレイの集まれ!仲間たち The Gang's All Here」
1943 アメリカ 20th Century Fox Film Co.,104min.
監督:バズビー・バークレイ  音楽:アルフレッド・ニューマン
出演:アリス・フェイ、ジェームズ・エリソン、ユージン・パレット、シーラ・ライアン、カルメン・ミランダ他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
市が主催する映画鑑賞会今月午前の部の作品。渋い映画を選びますねえ。でもこれ日本未公開で
WOWOWで一度ほど放送したくらいで、現在Amazonでも入手不可能ですから、ほとんど観ることが
出来ないですね。貴重な機会でした。

ここまで古くなると知らない人がたくさん出てきます。だいたい監督のバズビー・バークレイという
人、後で調べれば「私を野球に連れてって」(これも日本未公開)の監督さんなのですが、調べる
までは気が付かなかった。出演者も、ベニー・グッドマンしか顔を知らないという状態。

バズビー・バークレイという人はコレオグラファーで監督という肩書。さらに本作はミュージカルと
いうよりレヴューといったほうがいいかな。ストーリーはあると言えばある、という程度で、観るべきは
映像の美しさ。構図の先進性、美術セットの豪華さ、踊りの素晴らしさ、という点でありましょう
特に、カルメン・ミランダの巨大なバナナを頭に載せて、バナナをテーマにした踊りはビックリしますよ。

それと、本作後では「水着の女王」(1949)のエスター・ウィリアムズのシーンで有名になった
真俯瞰からの映像をもうやっている。まるで万華鏡を覗いているようなシーンであります。
これがテクニカラーという劣化の少ない映像で今でも堪能出来るとは嬉しいことです。

それと、この大掛かりな美術セットを撮影するカメラの動きの凄いこと。クレーンシーン、トラック
シーン、ドリーシーン、など(クレーンはワンシーンで俯瞰から横打ちまで一気に回してしまう)
この時代にこのダイナミックさ!と驚愕でした。

コレオグラファーとしてはこの作品では群舞が主になるので、アンサンブルの美しさが強調されていた
ようですね。全体のカラーリングも美しい。これ、1943年製。ショーの入場券が戦時ボンドであったり
主人公が軍人であったりでそれなりに戦時を感じますが、こんなゴージャスな映画を昭和18年に撮って
いたんですから、あきれるというか、日本は何をしていたのかという・・・。

さて、スウィング・ジャズ好きにはベニー・グッドマン楽団が何曲か披露します。特にベニー自身が
2曲ほど歌うんですが、これがなかなか上手い。初めて聞きました。

そんなこんなで、魅力たっぷりな本作、是非ブルーレイで出してほしいなあ。

ストーリーについてはネットで検索してみてください。この手の映画顔好きな人はお多いと見えて、丁寧な
ストーリーを書いていらっしゃる方も多いです。
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ちなみに英語が分かる方は下記IMDbの記事を・・
Playboy Andy Mason, on leave from the army, romances showgirl Eadie Allen overnight to such effect that she's starry-eyed when he leaves next morning for active duty in the Pacific. Only trouble is, he gave her the assumed name of Casey. Andy's eventual return with a medal is celebrated by his rich father with a benefit show featuring Eadie's show troupe, at which she's sure to learn his true identity...and meet Vivian, his 'family-arrangement' fiancée. Mostly song and dance. Written by Rod Crawford

<IMDb=★6.9>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:100% Audience Score:68%>



by jazzyoba0083 | 2017-09-14 11:20 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)