カテゴリ:洋画=は行( 385 )

●「パッチ・オブ・フォグ ー偽りの友人ー A Patch of Fog」
2015 イギリス The Fyzz Facility Film Three and more. 93min.
監督:マイケル・レノックス
出演:スティーヴン・グレアム、コンリース・ヒル、ララ・パルヴァー、アーシャ・アリ他
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<評価:★★★★★★☆☆☆☆>
<感想>
日本劇場未公開。WOWOWにて鑑賞。短めのサイコ・サスペンス。★は6.5。手堅くまとめて
あったが、仕掛けが古くて最期のオチは想像出来てしまった。作品「一面の霧」の作者に関する
秘密には新鮮さがあった。ほとんど主人公の大学教授にして作家のサンディと、彼の万引きを
目撃し、ストーカーとなった警備員ロバートの心理劇といえる。

潰れたコインや、授業で使うビデオのし掛けなど、短い時間にガジェットを上手く配置した作劇は
なかなか魅せた。ただ、一番表現しなければならない警備員ロバートの心の塩梅をもう少し加えて
欲しかった。防犯カメラで万引きを目撃し、それをネタに関係を迫るはロバートの常套手段なのだが、
なぜ、サンディだったのか。

半年も前から彼の万引きを目撃して録画し、彼がテレビにも出る高名な作家だということを分かっていて
「友人になろう」と迫ったわけだが、高名な作家と付き合うことが彼にとって何なのか。そこのあたりが
今ひとつピンと来なかった。
警備員ロバートの孤独なのか。孤独が産んだサイコパスということなのか。悲劇的なラストはまさに
2人は似たり寄ったり、ということなのだな、と個人的には理解したのだった。生涯でたった一冊書いた
「一面の霧」という本が持つ大きな秘密を引きずったサンディもまた孤独だったに違いない。
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<ストーリー>

セレブである大学教授の万引を見つけた警備員は、ストーカーとなって教授に付きまとい始めるが……。
イギリス産のショッキングなスリラー。WOWOWの放送が日本初公開。

25年前、25歳だったころに書いた小説「一面の霧」がベストセラーになり、現在はTV番組に出演しながら
大学教授をしている有名人サンディは、番組で司会を務めるシングルマザーのルーシーと付き合っている。
だがサンディには万引癖があり、彼はあるスーパーマーケットで万引をするが、警備員ロバートは彼が
万引している光景を撮影した防犯カメラの映像を保存していると言い、サンディに自分の友人になるよう
脅し始めて……。
(WOWOW)

この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=358912こちらまで。

by jazzyoba0083 | 2017-02-08 14:45 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「ボーイ・ソプラノ ただひとつの歌声 Boychoir」
2014 アメリカ Informant Films,Informant Media.103min.
監督:フランソワ・ジラール
出演:ギャレット・ウェアリング、ダスティン・ホフマン、キャシー・ベイツ、エディ・イザード他
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<評価:★★★★★★☆☆☆☆>
<感想>
★は6.5。決して悪い映画ではなのだが、展開がどうもありきたりすぎて。ただ、少年合唱団の
透き通った天使の歌声は堪能できた。アメリカに国立少年合唱団というものがあったとは
寡聞にして知らなかった。少年合唱団といえば、「ウィーン」が超有名である。

心根は優しいのだが、私生児として不幸な生い立ちをしたステット少年が、母が交通事故で
亡くなったことをきっかけに校長の勧めもあり、少年合唱団に入り、その天性のボーイ・ソプラノで
いろいろと苦労はあったが、ソロを任されるまでに成長する、というお話。
その指導に当たるのがダスティン・ホフマン。「ウィップラッシュ」の鬼コーチを思い出した。
あれほど性格破綻じゃないけど、生い立ちも似ている。

さて、全国でも有名なコーラス隊を抱える学校に来たはいいけど、正式な音楽教育など受けて
おらず、楽譜すら読めない。ただそのボーイ・ソプラノは、いち早く指導の先生が気づくほど
圧倒的だった。ただ、ステットは素行が悪く、その点先生方も苦労していた。
しかしステット少年は、楽譜をルームメイトに学び、聖歌を歌う歓びに目覚め、懸命に
練習する。そしてその実力は、団の中でも頭角を現していく。

お決まりとして、寄宿舎の中のイジメや、ソロを争う少年から大事なコンサートで楽譜を
隠されたり、暴力事件を起こしてしまったり・・・。
彼は私生児であるが、父親は富豪らしい。実力が出てきて注目され始めると、今の家族にも
ひた隠しにしていた私生児ステットの存在がバレてしまうので、スイスの寄宿学校に転校させ
ようとする。指導官カーヴェル先生(ホフマン)は、「残れ」と主張する。

そして、ニューヨークの教会でクリスマスにメサイアを歌うという名誉あるチャンスが巡ってくる。
ソロを取るのはもちろんステット。父も見学に来ていた。
ソロでハイDという超高い声を美しく出せるのはスティットだった。。
間もなく、ステットに声変わりが訪れる。彼の実力を見出した先生の一人は「ボーイ・ソプラノは
神様がほんのいっとき与えてくださる声だ。アルトで残る道もあるよ」と残留も出来ることを
言うが、スティットは、今の妻に真実を打ち明けた父と、ニューヨークの学校に転校していった
のだった。

天使の歌声を堪能する映画ではあるのだが、ステットという少年が、クアイアーの魅力に
周囲の理解もあって目覚めていき、さまざまな苦難を乗り越えて、その実力の頂点に上り詰める
ことが出来る、という、短い時間に山場の置き所も上手く、よくまとめられたお話だと思う。
大向うを唸らせるようなものではないが、ホノボノと見ることが出来る。
それにしても、アメリカ国立少年合唱団というのがあるのを初めて教えてくれたという点でも
見っけもんの映画であった。
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<ストーリー>
 問題児だった少年が、ひとつの出会いをきっかけに、“ボーイ・ソプラノ”としての才能を開花させ、
自らの運命を切り開いていく姿を描いた感動ドラマ。
出演は主人公の少年役にオーディションで選ばれた新人ギャレット・ウェアリング、その人生の師となる
厳格な教師役に名優ダスティン・ホフマン。
監督は「レッド・バイオリン」「シルク」のフランソワ・ジラール。

 12歳の少年ステットは、母親との2人暮らし。複雑な家庭環境のせいで心が荒み、学校では
トラブルばかりを起こす問題児。せっかく彼の才能を高く買う校長が国立少年合唱団のオーディションの
場を手配してくれたのに、それをドタキャンしてしまう。
そんなステットのもとに、母の事故死の知らせが届く。葬儀の場で初めて顔を合わせた裕福な父親は
彼を引き取ることを拒否し、代わりに多額の寄付金を用意して、国立少年合唱団の付属学校に転入させる。
そこでステットを待っていたのは、クラスメイトからのいじめと、厳格で知られるベテラン教師
カーヴェルの厳しい指導だったが…。(allcinema)

この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=353142こちらまで。



by jazzyoba0083 | 2017-02-06 21:40 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「ハッピーエンドの選び方 The Farewell Party(Mita Tova)」
2015 イスラエル Pie Films and more 93min.
監督・(共同)脚本:シャロン・モイマン
出演:ゼーヴ・リヴァシュ、レヴァーナ・フィンケルシュタイン、アリサ・ローゼン、イラン・ダール他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
誰もに必ずやってくる「死」。大方の人は避けていたいテーマだ。本作は、これに正面から
取り組んだ。テーマがテーマだけに、全体のトーン次第ではひたすら暗いだけの映画になって
しまうところ、この映画ではブラックユーモアを加え、救いとしていた。とはいうものの、
出演者の年齢に近い私などは、身につまされて、笑っている場合じゃなかった。

病院併設の養老院で暮らす何組かの夫婦(なかにはゲイもいるのだが)が、相方や友人に
「尊厳死」を施すというお話。長い間病気に苦しんで、本人も殺してくれ、というし妻も
もう十分に生きた、これ以上苦しむ姿を見たくない、と尊厳死を望む。

施設内の発明家、ヨヘスケルは、点滴に塩化カリウムを投入し、尊厳死を望む本人に
ボタンを押させるという装置を作った。そして一人の老人にその装置を使った。
ビデオで自分が望んだことだという証拠も残して。当然実行部隊の老人たちも、
良心の呵責を覚えつつのことだった。秘密にしていたはずが施設内で知られるところと
なり、希望者が出始める・・・。さらにヨヘスケルの妻が認知症を発症し、彼女は
尊厳死を望むまでになり、ヨヘスケルは悩むのだったが・・・。

ところどころにクスリとさせるユーモアを配し、どっぷり暗くなる重さをなんとかしようと
演出されている。それはそれなりに効いていた。
「死を選ぶ自由」とそれに手を下す人の思い、というものがしっかりと訴えられていた。
下手に隠さず、何かの結論に導くのではなく、映画を観る人達に、登場人物たちの行動を
どう考えますか?と投げかけて終わっていく。

超高齢化社会になり、生きているだけでチューブだらけになりモルヒネを打って・・・と、
これで人間として生きている、と言えるのか。その時伴侶や家族はどう対処すべきか、
日本では尊厳死は認められていないが、医療費の肥大化などもあり、やがて検討される
時期もくるだろう。私だったらどうするだろう、と観た人は全員そう思うだろう。
重いテーマの映画であったが笑いもまぶせられて、いい感じでいろいろと考えさせられた。
ヘブライ語、まったく分からない・・。
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<ストーリー>

“人生の最期を選ぶ”という誰もが直面するテーマを、ユーモアを交えて軽快に描き、各国の映画祭で
話題を呼んだイスラエル発のヒューマンドラマ。
老人ホームで暮らす発明好きの老人が、親友の願いで、自らスイッチを押して苦しまずに最期が
迎えられる装置を開発したことからトラブルに巻き込まれていく姿がつづられる。

エルサレムの老人ホームに暮らすヨヘスケル(ゼーブ・リバッシュ)の趣味は、ユニークなアイディアで
皆の生活を少しだけ楽にするようなものを発明すること。
ある日、ヨヘスケルは、望まぬ延命治療に苦しむ親友マックスから、安楽死できるような発明を考えて
ほしいと頼まれる。妻レバ―ナ(レバーナ・フィンケルシュタイン)は猛反対するが、お人よしの
ヨヘスケルは親友を助けたい一心で、自らスイッチを押して苦しまずに最期を迎える装置を発明する。

同じホームの仲間たちの助けも借りて計画を準備、数々の困難を乗り越え、やがて自らの意思で安らかに
旅立つマックスをヨヘスケルは見送るのであった。だが秘密だったはずのその発明の評判は瞬く間に広がり、
ヨヘスケルのもとに依頼が殺到。そんな中、レバーナに認知症の兆候が表れ始め……。(Movie Walker)

この映画の詳細はhttp://movie.walkerplus.com/mv59006/こちらまで。


by jazzyoba0083 | 2017-02-01 22:45 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「ザ・ブリザード The Finest Hours」
2016 アメリカ Walt Disney Pictures,and more.118min.
監督:クレイグ・ギレスピー
出演:クリス・パイン、エリック・バナ、ケイシー・アフレック、ホリディ・グレインジャー他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
これ、シネコンの大画面で観たかった。画面の迫力があれば感想も、少しは変わったかも
しれない。もう特撮映画だ。ストーリーは実際に1952年(私が生まれた年)に起きた事件を
元にしている。が、そうであれば面白さに下駄が履けるのが普通だが、本作は細かいところで
詰めが甘く個人的には、ちょっといただけないんじゃないか、と思わざるを得なかった。
 
 例えば、雪の中を走るクルマに付く雪のありよう、救難中、また救助艇に乗せてから
港に向かうまでの登場人物が、真冬の海でしかもずぶ濡れなのに、寒そうでないという
事態、加えて大型タンカーの救助に行くのに小型救助艇って、行って何するの状態の件、
しかも、嵐の中を突撃させる司令官の無能さ、加えてこの司令官、救助艇がタンカーの
乗組員を救助して人の重みで推進もままならない上、羅針盤を無くした、って言っている
のに、近くの僚船にいかせようとする無能の上塗りの件、などなど、これって実際は
どうなの?とか、たまたまタンカーと行き会ったからいいようなものの、運が良かった
向こう見ずの救助が、そう賞賛されることなのかいなあ、と思いながら観ていた。

救いは、半分になっちゃったタンカーを操船したシーバートを演じたケイシー・アフレックの
存在。かれは船長がいるデッキ部分がある前半分がちぎれて沈没したことを受け、後ろ
半分を出力の加減だけで操り、砂州に座礁させたのだ。彼こそ褒め称えられるべきじゃないか?

主役のクリス・パインは動きのある演技ではなかったとは言え、平凡であった。勝ち気の
婚約者ホリディ・グレインジャーは頑張っていたが、底が浅い感は免れない。全体として
巨大な波浪に立ち向かう救難艇のシーン(サーフィンか!)以外は見せ場もなく、しかも
救難艇の先端の見張り役をいつまでも置いているんじゃねえよ、かわいそうに、などと思い
ながら観ていて全体として平凡な出来となった。ディズニーだから?

この直前に観た「白鯨との闘い」の捕鯨基地だったナンタケット島沖の100年後のお話だ。
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<ストーリー>

アメリカ沿岸警備隊の隊員たちが過酷な気象状況下で巨大タンカーの乗組員の救出に挑んだ、
SSペンドルトン号の救出劇と呼ばれる実話を基にしたスペクタクルドラマ。
10年に発表され、話題を呼んだノンフィクション小説を『ミリオンダラー・アーム』の
クレイグ・ギレスピー監督が、クリス・パインを主演に迎えて映画化した。


1952年2月18日未明、超大型ブリザードが大西洋沖を航行中の大型タンカー、ペンドルトン号を
襲った。雪が混ざった強風と大きくうねる波にさらされて、前月に船体を補修したばかりの
継ぎ目が避け浸水。真っ二つに裂かれてしまう。タンカーの構造に精通する一等機関士
レイモンド・シーバート(ケイシー・アフレック)の指揮のもと、船員たちは沈没を食い
止めようと懸命の作業にあたる。

一方、沿岸警備隊チャタム支局にペンドルトン号遭難の知らせが入り、新任の司令官クラフ
(エリック・バナ)は木製の小型救命艇で生存者救出に向かうよう一等水兵のバーニー・ウェバー
(クリス・パイン)に命じる。1年前に似たような状況で8人の命を救えなかったバーニーは、
今度こそ誰も死なせないと心に決め、仲間のリヴシー(ベン・フォスター)やフィッツ、
マスキーとともに救出に向かう。
しかしタンカーの生存者は32人であるものの、小型救助艇の定員は12人。また、コンパスが
壊れてしまい、視界がないにも拘わらず方角もわからなくなってしまう。雨と雪が混じった
風速40mを超える強風と20m超の高波が襲う中、刻一刻とタイムリミットが迫るペンドルトン号の
もとへバーニーらは命がけで向かう。(Movie Walker)

この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=354700まで。

by jazzyoba0083 | 2017-01-19 23:05 | 洋画=は行 | Trackback(1) | Comments(0)

●「白鯨との闘い In the Heart of the Sea」
2015 アメリカ Warner Bros.122min.
監督:ロン・ハワード 原作:ナサニエル・フィルブリック
出演:クリス・ヘムズワース、ベンジャミン・ウォーカー、キリアン・マーフィー、トム・ホランド他
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<評価>★★★★★★★☆☆☆
<感想>
大好きなロン・ハワードだったので★8つくらいは謹呈したかったのだが、ちょっと足りないなと
思う部分があった。白鯨との闘いだったはずなのだが、漂流譚が長かったかな、ということ。それと
こちらの準備不足もあったのだが、ここまで「カニバリズム」に焦点が当たっているとは思わな
かったので、「冒険譚」とした心の準備が作品に追いつけなかったところがあった。
だから★を減らしたのは観る方の問題であり、本作の出来には関係のないこと、かも知れない。
「白鯨」がクローズアップされたが、本作はあくまで「白鯨」が要因となった「漂流譚」なのだな。

原作の元となった「白鯨」は恥ずかしながら未読である。世界十大小説の一つとされる名作では
あるが、文庫本でも分厚いやつが上中下とあるのでビビッている。この映画を観て読んでみようかな
とは思ったが。
さらにこの映画の原作となった本も未読であるが、構成として「白鯨」との闘いについて、生き残りを
メルヴィルが訪ねて聞き取るという構成は、映画としてダレを防ぐ面では効果的、と感じた。
本作はメルヴィルが聞き取った話を小説にする前のドキュメントともいう物語である。

目をみはる鯨のシーンや捕鯨帆船「エセックス号」の嵐のシーンなど、VFXの仕上がりも良く、迫力が
あった。まさに原題が示すとおり「大海の真っ只中で」という感じはよく出ていたし、すべてを
人力に頼っていた1800年代の捕鯨の過酷さもよく出ていたと思う。
ただ、原作や大元の「白鯨」を読んでいないからか、あるいは邦題に惑わされたか、もっと
鯨との闘いが長く続くのかと思った。ところがモビーディック(この名は本作には一切出てこないが)
に沈没させられボートで漂流する時間が長く、また人肉食の部分をクローズアップさせた
エンディングに向けてのシークエンスも長く感じ、そういう映画だったわけね、とタタラを踏んで
しまった感があるのだ。ボンボン船長が突然あんなにたくましくなったのは何故?とも。
これは私のミスだが、冒頭からの思い込みでメルヴィルに白鯨との話をしているのが、舞台となる
エセックス号の新米水夫ニカーソンであることはエンディングあたりまで分からず、ずっと物語の
主人公一等航海士オーゥエン・チェイスの老いた現在だとばっかり思っていた。考えれば第三者に
語らせたほうが良いに決まっている。(つまりは観る側の問題も大きかったのだが、映画化するには
「白鯨」の存在感の前に、人肉食を絡めた漂流譚も肩身が狭くなってしまった、ということか)

アメリカの東海岸にある捕鯨基地ナンタケット島から南米のさきっぽを回り、太平洋に出て、ハワイ沖
まで遠征する工程は鯨油を満タンにして帰ろうと思えば2,3年は帰れないと覚悟するほどの苛烈な
作業だったのだ、ということがわかっただけでも良かった。動力もGPSもバッテリーもない時代だ。
そしてエンディングでも語られるがアメリカで石油が発見され、鯨油の需要もやがて終焉を迎えると
いう時代であったのだ。
巨大な鯨との邂逅という事象はエセックス号のこの航海のように実際にあったことなのだろう。
だが、最後の最後でオーウェンがモリを打ち込まなかったことから、メルヴィルは敢えて「何か」の
メタファーとしてこの「白い悪魔」を存在させたということだ。

映画の完成度からすると、今一歩なところはあったものの、色々な事を考えされられた本作ではある。
加えれば、ローアングルからのナメのアップを効果的に使った捕鯨船上のカットはなかなか味わいが
あったと思う。
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<ストーリー>

ハーマン・メルヴィルの名著「白鯨」のモデルにもなった捕鯨船エセックス号沈没事故の真実を描き、
2000年度全米図書賞ノンフィクション部門に輝いた小説を映画化。巨大なマッコウクジラとの激闘で
船を沈没させられた捕鯨船の乗組員たちの過酷なサバイバル劇を、ロン・ハワード監督が圧倒的な
スケールで映し出す。

19世紀、クジラから取れる鯨油は生活になくてはならない油であり、捕鯨は一大産業であった。
1819 年、捕鯨船エセックス号はアメリカのナンタケット港を出航し、太平洋を進んでいく。
しかし沖合4800kmの海域で誰も目にしたことがないほど巨大な白いマッコウクジラと遭遇。
一行は巨大クジラに立ち向かっていくものの、船を沈められてしまう。わずかな食料と飲料水を
かき集め3 艘のボートに乗り込んだ船員たちは、どの辺りにいるのかもわからない太平洋の
ただ中で、度々クジラに襲われながら漂流していく……。(Movie Walker)

この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=351419#1こちらまで。



by jazzyoba0083 | 2017-01-16 22:50 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「バック・トゥ・ザ・フューチャーPART 3 Back to the Future Part Ⅲ」
1990 アメリカ Universal Pictures,Amblin Entertainment,U-Drive Productions.119min.
監督:ロバート・ゼメキス
出演:マイケル・J・フォックス、クリストファー・ロイド、メアリー・スティーンバージェン、リー・トンプソン他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
Part3と同時に撮られたシリーズ完結編。お見事なマトメ方である。(私自身は何回か観ているのだが
ブログに未記載であったので書いている)近未来、未来、ときたら過去となるわけで、そうなれば
当然西部劇。ビフは悪役で登場し、マーティーを苦しめるという設定になるわけだ。原案を作って
きたボブ・ゲイルとゼメキスは、3作通しでアイデアを持っていて完結編は西部劇、と決めていたのだね。
Part2あたりからタイムパラドクスが複雑になってきて、過去に行く本編ににおいてはついにドクが
黒板を使ってパラレルワールドの存在をマーティーに説明しつつ自分で納得しているという光景も観られる。
これは観客に対して、ここで一旦「整理」という意味でのカットだろう。

本作ではほぼ過去の話で終始していて、ドクとクララの恋愛譚を大きくフィーチャー、このままでは
死んだことになってしまうドクを救い、元の世界に帰る、という冒険を達成しなければならない、と
なる。毎作そうだが、デロリアンがどうやって時空を旅するのだろうと思いを巡らせ、ラストになり
デロリアンが速度を増すに置いてはドキドキしながら見守るのだ。(マーティーの彼女ジェニファーは
Part2でドクにより眠らされたまんまである。ラストシーンに家の前で寝こけるジェニファーと繋がる)

今回は蒸気機関車に押させて、ある速度になると時空旅行が可能となるという設定で、しかもギリギリの
ところに渓谷にかけつつ有る未完成の鉄橋が待っているという仕掛け付き。それにクララがドクを
追いかけて、というシナリオが加わり、もう観客は手に汗を握るのだ。
そして、マーティーだけ乗せてデロリアンは帰ってくるが、今の線路上でやってきた列車と衝突、
車体はバラバラになり、もう使えない。西部の時代に残してきてしまったドクとクララとはもう会えないのか、
と悲嘆にくれていると、空がどっかーんと鳴って、タイムマシンに改造した改造した列車を操る、ドクと
クララ夫妻(!)そしてその子供2人(!!)が登場するという、なんというカタルシス!!
なんど見ても興奮するラストシーンである。

細かい点がPart1や2に繋がっていて、そのあたりは本当に芸が細かいというか、ゼメキスやゲイルや
スピルバーグがまるで少年のような顔をして、「それそれ!」とか言いながら脚本を詰めている
光景が目に浮かぶ。この三部作は、大人が少年に戻ってウキウキ出来、作り手と観客が一体となり
楽しめる佳作群である。無粋なツッコミは御免である。
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<ストーリー:結末まで触れています>
1955年11月12日に取り残されたマーティ・マクフライ(マイケル・J・フオックス)は、
1885年からのドクの手紙を片手に、この時代のドク(クリストファー・ロイド)を訪ね、
1885年にドクが鉱山の廃鉱に隠したデロリアンを壊すためそこに向かうが、デロリアンを
探し出した彼が見たものは、1885年に殺されたドクの墓だった。犯人は、ビフ・タネンの
曽々祖父ビュフォード・タネン(トーマス・F・ウィルソン)。

マーティはドクの危機を助けるべく、1885年の開拓時代へと向かう。マーティは、アイルランドから
移住してきたばかりの先祖、マクフライ夫妻(マイケル・J・フォックス)(リー・トンプソン)の
世話になるが、酒場でマーティはタネン一味にからまれ、縛り首にされかかる。
そんな危機一髪の彼を助けたのは、ドクであった。ドクはマーティから生命の危機を聞き、一刻も
早く1985年に戻ろうとするが、あいにくデロリアンのガソリン・タンクは空っぽだった。

そんなさ中、ドクは当地の新任女教師クララ・クレイトン(メアリー・スティーンバージェン)の命を
助け、彼女と恋におちてしまう。そして9月5日のお祭りの日、ドクはクララをめぐって、タネンと
衝突してしまう。一方のマーティは、タンネンにののしられ、彼と決闘をすることになるのだった。
翌日はふたりが未来へと戻る日、クララに別れを告げたドクは傷心のあまり酒場で一夜をすごす。
夜が明け、そこにタネンが姿を現わす。ドクを人質にとられたマーティは、タネンとの決闘を余儀
なくされるが、銃ではなく、拳と頭とで彼を倒すのだった。

そしていよいよ出発の日、機関車にデロリアンを後押しさせ、その反動で崖からデロリアンを突き落とし、
タイム・トリップしようとする。そんなふたりの前にクララが姿を現わした。失恋のショックで町を
去ろうとした彼女が偶然ドクの真実の愛を聞きつけ、引き返してきたのだ。そして間一髪のところで、
マーティは1985年に、ドクとクララは共にこの時代に残るのだった。
やがて1985年に戻り、ジェニファー(エリザベス・シュー)の無事を確認したマーティの前に、機関車を
タイムマシーンにしたドクとクララの一家が姿を現わすのだった。(Movie Walker)

この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=18115#1こちらまで。

by jazzyoba0083 | 2017-01-03 23:00 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「バック・トゥ・ザ・フューチャー PART 2 Back to the Future Part Ⅱ」
1989 アメリカ Universal Pictures,Amblin Enterrtainment,U-Drive Productions.108min.
監督:ロバート・ゼメキス 製作:スティーヴン・スピルバーグ、キャスリーン・ケネディ、フランク・マーシャル
音楽:アラン・シルベストリ
出演:マイケル・J・フォックス、クリストファー・ロイド、リー・トンプソン、トーマス・F・ウィルソン
   エリザベス・シュー、ジェームズ・トルカンほか。
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
前作(第一作)から、ゼメキス、スピルバーグ、ケネディ組には未来と過去のアイデアもあったのに
間違いない。故に前作のラストで"To Be Continued" とクレジットしたのだった。それから4年経過し、
2と3を一気に製作し、二年続きで公開した。大体、後続の作品は一作目を超えられないケースが多い
ものだが、本作ははじめからアイデアが練られていたため、またゼメキスとスタッフのニヤリとする
ような工夫が埋め込まれ、最高に楽しい「続き」の作品となった。PartⅠは、3作を通して最高の
出来だと評価するが、その全てが伏線となった続編が面白くないわけがない。観客は「そうだったんだ」
という確認を、片頬を上げてニヤリとしながら観るのだ。

本作を含めⅠ~Ⅲは、何回も観ているのだが、このブログを始める前の鑑賞であったため、今回鑑賞を
機に改めて書いてみている。なぜ観たのか、といえば、やはりトランプとカブス、だろう。そして
一昨年(2015)が、未来として設定されている本作の時代だったので、いろいろ騒がれたシーンの
確認をしたかったのだ。
「シューレースが自動で締まるナイキシューズ」「ホバー・ボード」「カブスの優勝」「トランプそっくりの
ビフとそのシークエンス」などだ。

2015年の世界では、自動車は残念ながら空を飛んでいない。自動でサイズが変わる服も着ていない。
逆に、ファクスより上等な手段はある。一方で腕時計型の天気予報装置、ジョーズ19のホログラム
CMなど、現代に置き換えても通用するファクターはあり、大枠としては従来型の未来社会の描写では
あるものの、ガジェットとして上記のような製品や出来事は予言性に満ちていて、とても面白く、
ストーリーに上手く絡ませてある。「ホバー・ボード」はPartⅢでも大活躍する。
また、ドクが部品を「メイド・イン・ジャパンだぞ」と言うように、また未来のマーティーの息子の
勤務先の上司が富士通であるように、日本が登りっ調子で、そのプロダクツがアメリカでも多いに
評価されていた良き時代が窺い知れる、という面白さもある。

ストーリーとしてはPartⅠを超えられるものではない。(それが残念なわけではない)特にラストの
例のダンスパーティーのシークエンスでは、PartⅠの裏側を別アングルから確認できるという
お楽しみがある。全体としてはビフ対マーティ+ドクという構図であるが、タイムパラドクスを理解
するのにいささか悩ましくなる、未来、現在の行ったり来たりは、若干うるさかった感じだ。

そして、ラスト、開拓時代の過去のドクからの手紙が、ウエスタンユニオンの電報配達係の手に
よって(70数年間開けられていない電報があり、それがこの日のこの場所を指定していた)届け
られ、デロリアンはなんと1800年代に飛んでしまっていて、それがPartⅢであり、1990年に
公開される、と告げて終わる。なんともPartⅢの封切りが待ち遠しいことか、とファンの期待を
煽る出来である。

未来と過去を行ったり来たりでタイムパラドクスの理解が悩ましいが、PartⅠが、過去と現在を、
PartⅢが過去と現在というふうに両者が確認出来る世界を描いたとすれば、PartⅡは未だ見ぬ世界を
楽しい想像をもって描いているわけで、前作の「もう一つの物語」的側面も含め大いに楽しめる
作品となっている。
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<ストーリー>
85年の世界に戻ってきたマーティ・マクフライ(マイケル・J・フォックス)は、未来の世界から
ドク・ブラウン(クリストファー・ロイド)の訪問をうけ、未来の自分の子供の身が危ないと知らされ、
恋人のジェニファー(エリザベス・シュー)と共に、2015年の世界にやって来る。

年老いたビフ・タンネン(トーマス・F・ウィルソン)の孫グリフ(トーマス・F・ウィルソン)に
いじめられる息子のジュニア(マイケル・J・フォックス)を助け、悪の道に足を踏み入れることを
とどまらせたマーティは、安心して85年の世界に戻ろうとするが、その間に、マーティがちょっとした
悪戯心で手にしたスポーツ年鑑を、ビフが盗み過去の世界へ旅したことを誰も知らない。
果たして戻ったマーティは、閑静な住宅地だったヒル・バレーがすっかり荒廃の地と化してしまって
いるのに愕然とする。おまけに父のジョージ(クリスピン・グローヴアー)は12年前に何者かによって
殺され、未亡人となったロレイン(リー・トンプソン)は、何と今や全米一の大金持ちとなっている
ビフと再婚していた。どうやらビフは、55年のダンスパーティの日に、未来からやって来たビフから
スポーツ年鑑を手渡され、これを基にスポーツ賭博で大もうけをしたらしい。

時の流れをもとに戻そうと、マーティはドクと共に55年のあのダンス・パーティの日に戻る。
そして大騒動の末にマーティはスポーツ年鑑を取り戻し、それを焼き捨てるが、85年の世界に戻ろうと
したその時あの稲妻が発生し、ドクを乗せたデロリアンはマーティを残し、どこかへと消えてしまう。
そしてマーティは、あの時85年に帰る自分を見送ったドクを探し出し、助けを求めるのだった--。
(Movie Walker)

この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=18116#1こちらまで。

by jazzyoba0083 | 2017-01-02 23:00 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「ヒトラー暗殺、13分の誤算 Elser」
2015 ドイツ Lucky Bird Pictures.クリスティアン・フリーデル、カタリーナ・シュットラー、ブルクハルト・クラウスナー他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
ヒットラー暗殺に関わる作品は好きなので、「ヴァルキューレ作戦」をベースにしたものを始め、見逃さない
ようにしている。本作は、趣が少し異なり、たったひとりで独裁者の暗殺を企てた、実在した信念と勇気の
家具職人の男の話だ。1939年11月にミュンヘンのビアホールで予定通りの演説をしたヒトラーを暗殺すべく、
時間をかけて演説台近くに穴を掘り、大量の爆薬を仕掛け、お得意の時計じかけで爆発させる予定だった。

しかし、その日のヒットラーは早くベルリンに帰る必要があり、13分演説を早めに切り上げた。その為に彼は
難を逃れたが、無垢の8名が命を落とした。
この男、ゲオルク・エルザーは、選挙では共産党に投票するなど共感していたが、共産党員ではなく、
一方でユダヤ人迫害を主張する国家社会主義者のヒトラーを嫌っていたのだ。13分の誤差でヒトラー暗殺を
失敗したエルザー。彼は設計図などを持っていたので、たちまち怪しまれて捕まってしまう。
ゲシュタポなどは、彼の背後に必ず黒幕がいる、と信じ、またヒトラー自身も、自らの命を狙った組織に対し
鉄槌を食らわそうとしていた。

しかし、総統の指令とは言え、エルザーの人生を調べるにつけ、背後関係は見えてこず、不倫を楽しんだり、
アコーディオンを楽しんだり、ごくごく普通の家具職人の姿しか見えてこなかったのだ。刑事警察の長官は
「単独犯行としか思えない」と確信するが、総統やゲシュタポがそれを許すわけもない。
(このネーベ長官は作中ピアノ線でクビを括られて殺されるのだが、これは「ヴァルキュール作戦」への加担を
疑われたようだ。)かように自分の信念を持っていないとそう疑われるかわからない暗黒の世界であり、付和雷同
していないと命が危ない、という一般市民の感情は理解できる)
「真実は我々が作るのだ」と。エルザーの周りがどんどんとヒトラーバンザイに染まっていき、やたらと
「ジークハイル!!」という腕を斜め45度に上げるナチス型の敬礼になっていく。人々が疑心暗鬼になり、
告口をし、自分さえ良ければ、という雰囲気になっていくなか、エルザーは自分の考えるところをただ進むの
だった。それがたまたま反ナチズムだったのに過ぎないと・・・。

組織での犯行を信じて疑わないナチ、片や自分の信念だけで、第三帝国を相手にしたエルザー。そして
組織暴力に恐れをなし、体制を支えてしまっていく国民。まるで、今の何処かの国を見ているようだった。
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<ストーリー>
 「ヒトラー ~最期の12日間~」のオリヴァー・ヒルシュビーゲル監督が、1939年11月8日にミュンヘンで
起きたヒトラー暗殺未遂事件の知られざる真実の物語に迫るドラマ。主演は「白いリボン」のクリスティアン・
フリーデル、共演にカタリーナ・シュットラー、ブルクハルト・クラウスナー。
 1939年11月8日、ドイツ。ミュンヘンのビアホールでは、ヒトラーによる毎年恒例のミュンヘン一揆記念演説が
行われていた。やがて悪天候のため、ヒトラーは予定より早く演説を切り上げ退席する。

その13分後、会場に仕掛けられた時限爆弾が爆発し、8人の犠牲者を出す。実行犯として逮捕されたのは、
ゲオルク・エルザーという36歳の平凡な家具職人だった。ヒトラーは、エルザーの背後に何らかの大がかりな
組織があると確信し、秘密警察ゲシュタに徹底した捜査を指示する。ところが、どんなに過酷な取り調べにも、
単独犯との主張を曲げないエルザーだったが…。(allcinema)

この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=353510#1こちらまで。

by jazzyoba0083 | 2016-11-30 22:40 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

暴力脱獄 Cool Hand Luke

●「暴力脱獄 Cool Hand Luke」
1967 アメリカ Warner Bros. 128min.
監督:スチュワート・ローゼンバーグ  原作:ドン・ピアース
出演:ポール・ニューマン、ジョージ・ケネディ、ルー・アントニオ、ストローザー・マーティン他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<評価>

ポール・ニューマンの諸作の中でも傑作の呼び声が高い本作。既に様々なシーンで物語られて
いるので、いまさらな感じもあろが、思うところを綴りたい。

1960年代後半から70年代にかけてムーブメントとなった「アメリカン・ニューシネマ」の一つと
数える向きもある。確かに体制への反抗とか、自由の希求、そしてアンハッピーエンディングと
要素は確かに揃っているが、「俺たちに明日はない」や「イージー・ライダー」、「卒業」などなどに
比べると、どこか若干ニュアンスが違うような気もする。が、大きなくくりでいえば、アンチヒーロー
ものとして、それらのジャンルに属するものと捉えてよかろう。
「イージー・ライダー」を大学1年の入学式あたりに観たまさに同世代人であっても、アメリカに
住んでいなければ分からない映画が作られた背景を読み解くのはなかなか難しいことである。

原作の(脚本も手がけている)ドン・ピアースが自らの刑務所経験を舞台として借りてきて、ルーク
(ポール・ニューマン)という男を通して言いたいことはなんで有ったろう。またローゼンバーグ監督が
映像を通し表現している様々な暗喩は何を主張したいのだろう、といろんなことが読み取れる作品で
ある。
ルークの反体制的な姿勢、自分の人生を自分の行き方で歩むという姿勢、でも神の存在を何処かで意識して
いる姿勢、そして自由への飽くなき希求、と、ざっと観てもそのくらいは感じ取れる。
そして基本的にいつも笑顔のルークが、母と会った時、母の死の報に接した折に歌を歌う時、三度目の
脱走に失敗し刑務所の看守らに徹底的にいびられる時、そして最後に教会で追い詰められた時に
見せる顔は、誠に人間らしく、苦悩や悲しみに満ちていて、クールどころか、人間臭い。その人物に
観ている人は強く惹かれるのだ。そういう点ではポール・ニューマンとジョージ・ケネディの存在が
極めて大きい。中でも牢名主的存在のケネディが日本人にとっては浪花節的にあるいは任侠的に、
対立するルークを次第に認め大好きになっていき、最後まで行動を共にする様が魅力的に映るのではないか。

刑務所という世間、受刑者仲間という世間の人々、刑務所長や看守という体制、そこから自由を求めて
脱獄する自分という置き換えが容易であり、他人事としてもまた自分の事として観てもシンパシーを感じ
つつ観ることが出来るので、本作は時代を超えて皆に愛されるのであろう。

特にこだわって表現されているのが「神」との関わりであろう。ルーク自身映画の中で、神に対して
こんなに信じているのに、どうしてこのような仕打ちを・・、というふうなセリフを吐いたり、
ラストでは自ら教会へ入り、神に対して「どこにいる?」と叫んでみたり、おそらくは当時のアメリカに
おける、大衆の、神とのあるいは教会との関わりに対する疑問を提示しているのではないか。神の存在を
肯定しつつも疑問視せざるを得ない世相を反映しているようである。ラストカット、再び捉えられ
道路の草刈りをしているケネディら囚人からのズームバックは、十字に交わる道路を写し、それが両脇に
女を抱えたルークの写真と重なり、更に彼の目のズームアップで終わる、というシーンに繋がるが
十字に交わった道路は十字架そのもの、とも見られ、それに重なるルークの存在は、死こそ真の自由と
表現していると捉えることも出来なくはない。聞く耳を持たない体制の象徴たる看守のサングラスが
最後にはクルマで踏まれて割れる、というカットには大いに意味があると思うのだ。

<追補:本作はアメリカ映画唯一の「実存主義映画」とも云われるそうだ。で、「実存主義」とは何か、を
調べると、「Yahoo!知恵袋」の「実存主義を分かりやすく解説してください」という質問に、easy_all_easy
さんの下記が分かりやすく、なるほど、本作のバックボーンと重なるな、と理解出来る。以下引用。

「生まれたままの、欲望に駆られて生きる人間→『現存在』(現にあるがままの姿)
自己にめざめ、自己実現する人→『実存』(あるべき人、真に存在すべき人の姿)

現存在は、事物だけの世界の内に存在し、他人を、道具として扱って、欲望に駆られ、
「いつか自分が死ぬ」ことから目をそらし、ごまかして生きる。
現存在の時間は、過去→現在→未来、と流れ、時間に流されて、今・今の欲望を満たすために、
現存在は生きる。

そんな空虚さを、実存は知って「いつか自分は死ぬ」と自覚し、ならば『有限な人生で、何をなすか?』と
生きる意味に覚醒する。
実存の、時間性。それは、到来(未来)→既在(過去)→現前(現在)だ。
到来する未来に、私はどうあるべきか → 既にある過去により、どんな私となったか → では現在、私は
何をなすべきか
この、現存在→実存、時間性への覚醒は、個人の超越です。ここに個人の生きる意味があり、超越した人は、
永遠に人々の心に生きる。
民族は、歴史性に覚醒したとき、文化の伝統を築き、民族の生命は、永遠に歴史に生きる。」以上、引用。

本作の映画の中の重要かつ有名なセリフ、
"What we've got here is failure to communicate." (コミュニケーションが取れんやつだ!)
"Sometimes nothin' can be a real cool hand."(時には何もないというのが一番強い手さ)
は、極めて「実存主義」的香りのするもの、と言えるだろう。>


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<ストーリー:結末まで触れています>
酔ったあげくに街のパーキングメーターをやぶったルーク(ポール・ニューマン)は懲役2年の刑を
言い渡された。刑務所仲間はドラグライン(ジョージ・ケネディ)ほか強面の連中ばかりだったが、
それ以上に、彼らを見守る看守の面々も猛者ぞろいだった。
囚人と看守の間には絶えず反目と憎悪の空気が絶えなかった。新入りルークの仕事は、炎天下に雑草を
刈り溝を掘るという重労働だったが、彼の新入りらしからぬ図々しくて、容量のいい態度は仲間の反感を買い、
とくにボスのドラグラインは気に入らなかった。

ある日2人は命をかけての殴り合いとなり、ついにルークが勝った。囚人のリーダーはドラグラインから
ルークの手に渡ったのである。数日後、ルークの母(ジョー・V・フリート)が訪ねてきた。面会時間が
切れて、病に老いた母の後ろ姿を見送った時、ルークは、母に会うことはあるまい、と思った。
そして、母の死を知らせる電報が来た時、彼は泣いた。3日後、ルークは脱獄した。逃げに逃げたが結局は
捕まってしまった。ひどい懲罰を受けた。だか彼は再度脱獄。
そしてドラグラインに、“冷たい手のルークより”と署名した手紙さえ送ったきた。監房の連中は口惜しがったが、
ひとりとして怒るものはいなかった。自由になったルークこそ彼らの願望の体現者なのだから。
しかし皆の期待を裏切ってルークはまた再び捕まってしまった。厳重な足かせをはめられ独房にほうりこまれた。
それでも彼は反抗をやめない。そして、三度脱獄。今度はドラクラインも一緒だった。だが途中で2人は仲間割れ。
ドラグラインは1人になり急に恐くなった。死にたくない。ルークも死なせたくない。半分は親友への愛から、
半分は恐怖からルークの居場所を密告した。
瀕死の床でルークは、医学的な治療をすべて拒絶した。迫りくる死を待つ彼の表情は美しくさえあった。今日も
囚人たちは炎天下で働いている。言葉ををかわさない彼らの胸の中には権威に反抗し続けて、屈することを
知らなかった冷たい手のルークが生きている。(Movie Walker)

この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=21288#1こちらまで。


by jazzyoba0083 | 2016-11-23 22:20 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「張り込みプラス Another Stakeout」
1993 アメリカ Touchstone Pictures.108min.
監督:ジョン・バダム
出演:リチャード・ドレイファス、エミリオ・エステヴェス、ロージー・オドネル、デニス・ファリーナ他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>

前作から6年経過し、ドレイファスとエステヴェスコンビの続編が作られた。シアトル市警のデコボコ
コンビの活躍、前回を踏襲しつつ、お笑いの要素を濃くまとめた。結果、映画を見ながら笑うシーンは
確かに増えたけれど、反面、刑事モノとしての面白さが減ったように思う。前作はバディムービーの傑作と
してファンに語り継がれているが、続編はそうはいかなかった。ま、要は好みだろうけど、個人的には
本作も嫌いじゃない。一つ惜しいのは、allcinemaの評にもある通り、話がとっちらかって、締りが
弱くなってしまったことだ。特に、今回の監視対象になり証人をかくまうオハラ夫妻の役どころが結構
いい加減に終わってしまったこと、ドジな女性検事補がドジになりきれていない(これ、描き方難しいん
だけど)部分。

前作を観た人は、クリスの妻マリアの出自など、また冒頭の魚市場での追跡劇で、頭から魚をかぶる所などは
ニヤリとする所であろう。一番の刮目しどころが冒頭の証人を保護する爆破シーン。そして爆笑のシーンが、
夕食に招待されたオハラ夫妻が、デザートのアイスクリームを帰りたい一心で早食いし、頭痛になってしまう
所であった。
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<ストーリー:結末まで触れています>
シアトル市警の名物刑事コンビ、クリス(リチャード・ドレイファス)とビル(エミリオ・エステヴェス)は、
組織犯罪の重要な目撃証人ルー・デラーノ(キャシー・モリアーティ)探索の応援を命じられた。ルーは、
シンジケートの放った殺し屋トニー(ミゲル・フェラー)に命を狙われていた。

ルーは、シアトル沖のリゾート地、ベインブリッジ島在住のオハラ夫妻(デニス・ファリーナとマーシャ・
ストラスマン)とだけ連絡を取っているという。張り込み捜査には、判事の高級別荘が使われることになった。
女性検事補のギャレット(ロージー・オドネル)も加わり、クリスとビルが実の父子、再婚して5年目の後妻が
ギャレットという設定で、ギャレットの愛犬アーチーも含めた3人と1匹の〈家族〉は、島の別荘へ向かった。

彼らはさっそくオハラ夫妻に接触。盗聴器の必要に迫られた3人は夫妻を夕食に招いたすきに、ビルが侵入して
仕掛けようと試みる。だがビルは、侵入した直後、隠れていたルーの一撃を受けて昏倒。そうとも知らず、
ギャレットとクリスは夫妻を引き留めようとして必死になる。遂に夫妻は帰ってしまうが、2人はルーと
縛られたビルの姿を見て驚く。ルーはビルを組織の殺し屋と勘違いして、彼を車のトランクに入れて舟着き場へ
向かう。残された2人は追跡し、車ごと沈められようとしていたビルを救出する。

一方、検察内部の内通者からの伝達で、ルーの所在を確認した殺し屋トニーは、オハラ家へ向かう。
彼を目撃したクリスとビルは後を追うが、警官に誤解され足止めされる。その間にトニーはオハラ邸に侵入し
人質をとるが、アーチがとびかかったすきに射殺された。(Movie Walker)

この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=18552#1こちらまで。

by jazzyoba0083 | 2016-11-16 23:00 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)