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●「バック・トゥ・ザ・フューチャーPART 3 Back to the Future Part Ⅲ」
1990 アメリカ Universal Pictures,Amblin Entertainment,U-Drive Productions.119min.
監督:ロバート・ゼメキス
出演:マイケル・J・フォックス、クリストファー・ロイド、メアリー・スティーンバージェン、リー・トンプソン他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
Part3と同時に撮られたシリーズ完結編。お見事なマトメ方である。(私自身は何回か観ているのだが
ブログに未記載であったので書いている)近未来、未来、ときたら過去となるわけで、そうなれば
当然西部劇。ビフは悪役で登場し、マーティーを苦しめるという設定になるわけだ。原案を作って
きたボブ・ゲイルとゼメキスは、3作通しでアイデアを持っていて完結編は西部劇、と決めていたのだね。
Part2あたりからタイムパラドクスが複雑になってきて、過去に行く本編ににおいてはついにドクが
黒板を使ってパラレルワールドの存在をマーティーに説明しつつ自分で納得しているという光景も観られる。
これは観客に対して、ここで一旦「整理」という意味でのカットだろう。

本作ではほぼ過去の話で終始していて、ドクとクララの恋愛譚を大きくフィーチャー、このままでは
死んだことになってしまうドクを救い、元の世界に帰る、という冒険を達成しなければならない、と
なる。毎作そうだが、デロリアンがどうやって時空を旅するのだろうと思いを巡らせ、ラストになり
デロリアンが速度を増すに置いてはドキドキしながら見守るのだ。(マーティーの彼女ジェニファーは
Part2でドクにより眠らされたまんまである。ラストシーンに家の前で寝こけるジェニファーと繋がる)

今回は蒸気機関車に押させて、ある速度になると時空旅行が可能となるという設定で、しかもギリギリの
ところに渓谷にかけつつ有る未完成の鉄橋が待っているという仕掛け付き。それにクララがドクを
追いかけて、というシナリオが加わり、もう観客は手に汗を握るのだ。
そして、マーティーだけ乗せてデロリアンは帰ってくるが、今の線路上でやってきた列車と衝突、
車体はバラバラになり、もう使えない。西部の時代に残してきてしまったドクとクララとはもう会えないのか、
と悲嘆にくれていると、空がどっかーんと鳴って、タイムマシンに改造した改造した列車を操る、ドクと
クララ夫妻(!)そしてその子供2人(!!)が登場するという、なんというカタルシス!!
なんど見ても興奮するラストシーンである。

細かい点がPart1や2に繋がっていて、そのあたりは本当に芸が細かいというか、ゼメキスやゲイルや
スピルバーグがまるで少年のような顔をして、「それそれ!」とか言いながら脚本を詰めている
光景が目に浮かぶ。この三部作は、大人が少年に戻ってウキウキ出来、作り手と観客が一体となり
楽しめる佳作群である。無粋なツッコミは御免である。
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<ストーリー:結末まで触れています>
1955年11月12日に取り残されたマーティ・マクフライ(マイケル・J・フオックス)は、
1885年からのドクの手紙を片手に、この時代のドク(クリストファー・ロイド)を訪ね、
1885年にドクが鉱山の廃鉱に隠したデロリアンを壊すためそこに向かうが、デロリアンを
探し出した彼が見たものは、1885年に殺されたドクの墓だった。犯人は、ビフ・タネンの
曽々祖父ビュフォード・タネン(トーマス・F・ウィルソン)。

マーティはドクの危機を助けるべく、1885年の開拓時代へと向かう。マーティは、アイルランドから
移住してきたばかりの先祖、マクフライ夫妻(マイケル・J・フォックス)(リー・トンプソン)の
世話になるが、酒場でマーティはタネン一味にからまれ、縛り首にされかかる。
そんな危機一髪の彼を助けたのは、ドクであった。ドクはマーティから生命の危機を聞き、一刻も
早く1985年に戻ろうとするが、あいにくデロリアンのガソリン・タンクは空っぽだった。

そんなさ中、ドクは当地の新任女教師クララ・クレイトン(メアリー・スティーンバージェン)の命を
助け、彼女と恋におちてしまう。そして9月5日のお祭りの日、ドクはクララをめぐって、タネンと
衝突してしまう。一方のマーティは、タンネンにののしられ、彼と決闘をすることになるのだった。
翌日はふたりが未来へと戻る日、クララに別れを告げたドクは傷心のあまり酒場で一夜をすごす。
夜が明け、そこにタネンが姿を現わす。ドクを人質にとられたマーティは、タネンとの決闘を余儀
なくされるが、銃ではなく、拳と頭とで彼を倒すのだった。

そしていよいよ出発の日、機関車にデロリアンを後押しさせ、その反動で崖からデロリアンを突き落とし、
タイム・トリップしようとする。そんなふたりの前にクララが姿を現わした。失恋のショックで町を
去ろうとした彼女が偶然ドクの真実の愛を聞きつけ、引き返してきたのだ。そして間一髪のところで、
マーティは1985年に、ドクとクララは共にこの時代に残るのだった。
やがて1985年に戻り、ジェニファー(エリザベス・シュー)の無事を確認したマーティの前に、機関車を
タイムマシーンにしたドクとクララの一家が姿を現わすのだった。(Movie Walker)

この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=18115#1こちらまで。

by jazzyoba0083 | 2017-01-03 23:00 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「バック・トゥ・ザ・フューチャー PART 2 Back to the Future Part Ⅱ」
1989 アメリカ Universal Pictures,Amblin Enterrtainment,U-Drive Productions.108min.
監督:ロバート・ゼメキス 製作:スティーヴン・スピルバーグ、キャスリーン・ケネディ、フランク・マーシャル
音楽:アラン・シルベストリ
出演:マイケル・J・フォックス、クリストファー・ロイド、リー・トンプソン、トーマス・F・ウィルソン
   エリザベス・シュー、ジェームズ・トルカンほか。
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
前作(第一作)から、ゼメキス、スピルバーグ、ケネディ組には未来と過去のアイデアもあったのに
間違いない。故に前作のラストで"To Be Continued" とクレジットしたのだった。それから4年経過し、
2と3を一気に製作し、二年続きで公開した。大体、後続の作品は一作目を超えられないケースが多い
ものだが、本作ははじめからアイデアが練られていたため、またゼメキスとスタッフのニヤリとする
ような工夫が埋め込まれ、最高に楽しい「続き」の作品となった。PartⅠは、3作を通して最高の
出来だと評価するが、その全てが伏線となった続編が面白くないわけがない。観客は「そうだったんだ」
という確認を、片頬を上げてニヤリとしながら観るのだ。

本作を含めⅠ~Ⅲは、何回も観ているのだが、このブログを始める前の鑑賞であったため、今回鑑賞を
機に改めて書いてみている。なぜ観たのか、といえば、やはりトランプとカブス、だろう。そして
一昨年(2015)が、未来として設定されている本作の時代だったので、いろいろ騒がれたシーンの
確認をしたかったのだ。
「シューレースが自動で締まるナイキシューズ」「ホバー・ボード」「カブスの優勝」「トランプそっくりの
ビフとそのシークエンス」などだ。

2015年の世界では、自動車は残念ながら空を飛んでいない。自動でサイズが変わる服も着ていない。
逆に、ファクスより上等な手段はある。一方で腕時計型の天気予報装置、ジョーズ19のホログラム
CMなど、現代に置き換えても通用するファクターはあり、大枠としては従来型の未来社会の描写では
あるものの、ガジェットとして上記のような製品や出来事は予言性に満ちていて、とても面白く、
ストーリーに上手く絡ませてある。「ホバー・ボード」はPartⅢでも大活躍する。
また、ドクが部品を「メイド・イン・ジャパンだぞ」と言うように、また未来のマーティーの息子の
勤務先の上司が富士通であるように、日本が登りっ調子で、そのプロダクツがアメリカでも多いに
評価されていた良き時代が窺い知れる、という面白さもある。

ストーリーとしてはPartⅠを超えられるものではない。(それが残念なわけではない)特にラストの
例のダンスパーティーのシークエンスでは、PartⅠの裏側を別アングルから確認できるという
お楽しみがある。全体としてはビフ対マーティ+ドクという構図であるが、タイムパラドクスを理解
するのにいささか悩ましくなる、未来、現在の行ったり来たりは、若干うるさかった感じだ。

そして、ラスト、開拓時代の過去のドクからの手紙が、ウエスタンユニオンの電報配達係の手に
よって(70数年間開けられていない電報があり、それがこの日のこの場所を指定していた)届け
られ、デロリアンはなんと1800年代に飛んでしまっていて、それがPartⅢであり、1990年に
公開される、と告げて終わる。なんともPartⅢの封切りが待ち遠しいことか、とファンの期待を
煽る出来である。

未来と過去を行ったり来たりでタイムパラドクスの理解が悩ましいが、PartⅠが、過去と現在を、
PartⅢが過去と現在というふうに両者が確認出来る世界を描いたとすれば、PartⅡは未だ見ぬ世界を
楽しい想像をもって描いているわけで、前作の「もう一つの物語」的側面も含め大いに楽しめる
作品となっている。
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<ストーリー>
85年の世界に戻ってきたマーティ・マクフライ(マイケル・J・フォックス)は、未来の世界から
ドク・ブラウン(クリストファー・ロイド)の訪問をうけ、未来の自分の子供の身が危ないと知らされ、
恋人のジェニファー(エリザベス・シュー)と共に、2015年の世界にやって来る。

年老いたビフ・タンネン(トーマス・F・ウィルソン)の孫グリフ(トーマス・F・ウィルソン)に
いじめられる息子のジュニア(マイケル・J・フォックス)を助け、悪の道に足を踏み入れることを
とどまらせたマーティは、安心して85年の世界に戻ろうとするが、その間に、マーティがちょっとした
悪戯心で手にしたスポーツ年鑑を、ビフが盗み過去の世界へ旅したことを誰も知らない。
果たして戻ったマーティは、閑静な住宅地だったヒル・バレーがすっかり荒廃の地と化してしまって
いるのに愕然とする。おまけに父のジョージ(クリスピン・グローヴアー)は12年前に何者かによって
殺され、未亡人となったロレイン(リー・トンプソン)は、何と今や全米一の大金持ちとなっている
ビフと再婚していた。どうやらビフは、55年のダンスパーティの日に、未来からやって来たビフから
スポーツ年鑑を手渡され、これを基にスポーツ賭博で大もうけをしたらしい。

時の流れをもとに戻そうと、マーティはドクと共に55年のあのダンス・パーティの日に戻る。
そして大騒動の末にマーティはスポーツ年鑑を取り戻し、それを焼き捨てるが、85年の世界に戻ろうと
したその時あの稲妻が発生し、ドクを乗せたデロリアンはマーティを残し、どこかへと消えてしまう。
そしてマーティは、あの時85年に帰る自分を見送ったドクを探し出し、助けを求めるのだった--。
(Movie Walker)

この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=18116#1こちらまで。

by jazzyoba0083 | 2017-01-02 23:00 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「ヒトラー暗殺、13分の誤算 Elser」
2015 ドイツ Lucky Bird Pictures.クリスティアン・フリーデル、カタリーナ・シュットラー、ブルクハルト・クラウスナー他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
ヒットラー暗殺に関わる作品は好きなので、「ヴァルキューレ作戦」をベースにしたものを始め、見逃さない
ようにしている。本作は、趣が少し異なり、たったひとりで独裁者の暗殺を企てた、実在した信念と勇気の
家具職人の男の話だ。1939年11月にミュンヘンのビアホールで予定通りの演説をしたヒトラーを暗殺すべく、
時間をかけて演説台近くに穴を掘り、大量の爆薬を仕掛け、お得意の時計じかけで爆発させる予定だった。

しかし、その日のヒットラーは早くベルリンに帰る必要があり、13分演説を早めに切り上げた。その為に彼は
難を逃れたが、無垢の8名が命を落とした。
この男、ゲオルク・エルザーは、選挙では共産党に投票するなど共感していたが、共産党員ではなく、
一方でユダヤ人迫害を主張する国家社会主義者のヒトラーを嫌っていたのだ。13分の誤差でヒトラー暗殺を
失敗したエルザー。彼は設計図などを持っていたので、たちまち怪しまれて捕まってしまう。
ゲシュタポなどは、彼の背後に必ず黒幕がいる、と信じ、またヒトラー自身も、自らの命を狙った組織に対し
鉄槌を食らわそうとしていた。

しかし、総統の指令とは言え、エルザーの人生を調べるにつけ、背後関係は見えてこず、不倫を楽しんだり、
アコーディオンを楽しんだり、ごくごく普通の家具職人の姿しか見えてこなかったのだ。刑事警察の長官は
「単独犯行としか思えない」と確信するが、総統やゲシュタポがそれを許すわけもない。
(このネーベ長官は作中ピアノ線でクビを括られて殺されるのだが、これは「ヴァルキュール作戦」への加担を
疑われたようだ。)かように自分の信念を持っていないとそう疑われるかわからない暗黒の世界であり、付和雷同
していないと命が危ない、という一般市民の感情は理解できる)
「真実は我々が作るのだ」と。エルザーの周りがどんどんとヒトラーバンザイに染まっていき、やたらと
「ジークハイル!!」という腕を斜め45度に上げるナチス型の敬礼になっていく。人々が疑心暗鬼になり、
告口をし、自分さえ良ければ、という雰囲気になっていくなか、エルザーは自分の考えるところをただ進むの
だった。それがたまたま反ナチズムだったのに過ぎないと・・・。

組織での犯行を信じて疑わないナチ、片や自分の信念だけで、第三帝国を相手にしたエルザー。そして
組織暴力に恐れをなし、体制を支えてしまっていく国民。まるで、今の何処かの国を見ているようだった。
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<ストーリー>
 「ヒトラー ~最期の12日間~」のオリヴァー・ヒルシュビーゲル監督が、1939年11月8日にミュンヘンで
起きたヒトラー暗殺未遂事件の知られざる真実の物語に迫るドラマ。主演は「白いリボン」のクリスティアン・
フリーデル、共演にカタリーナ・シュットラー、ブルクハルト・クラウスナー。
 1939年11月8日、ドイツ。ミュンヘンのビアホールでは、ヒトラーによる毎年恒例のミュンヘン一揆記念演説が
行われていた。やがて悪天候のため、ヒトラーは予定より早く演説を切り上げ退席する。

その13分後、会場に仕掛けられた時限爆弾が爆発し、8人の犠牲者を出す。実行犯として逮捕されたのは、
ゲオルク・エルザーという36歳の平凡な家具職人だった。ヒトラーは、エルザーの背後に何らかの大がかりな
組織があると確信し、秘密警察ゲシュタに徹底した捜査を指示する。ところが、どんなに過酷な取り調べにも、
単独犯との主張を曲げないエルザーだったが…。(allcinema)

この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=353510#1こちらまで。

by jazzyoba0083 | 2016-11-30 22:40 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

暴力脱獄 Cool Hand Luke

●「暴力脱獄 Cool Hand Luke」
1967 アメリカ Warner Bros. 128min.
監督:スチュワート・ローゼンバーグ  原作:ドン・ピアース
出演:ポール・ニューマン、ジョージ・ケネディ、ルー・アントニオ、ストローザー・マーティン他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<評価>

ポール・ニューマンの諸作の中でも傑作の呼び声が高い本作。既に様々なシーンで物語られて
いるので、いまさらな感じもあろが、思うところを綴りたい。

1960年代後半から70年代にかけてムーブメントとなった「アメリカン・ニューシネマ」の一つと
数える向きもある。確かに体制への反抗とか、自由の希求、そしてアンハッピーエンディングと
要素は確かに揃っているが、「俺たちに明日はない」や「イージー・ライダー」、「卒業」などなどに
比べると、どこか若干ニュアンスが違うような気もする。が、大きなくくりでいえば、アンチヒーロー
ものとして、それらのジャンルに属するものと捉えてよかろう。
「イージー・ライダー」を大学1年の入学式あたりに観たまさに同世代人であっても、アメリカに
住んでいなければ分からない映画が作られた背景を読み解くのはなかなか難しいことである。

原作の(脚本も手がけている)ドン・ピアースが自らの刑務所経験を舞台として借りてきて、ルーク
(ポール・ニューマン)という男を通して言いたいことはなんで有ったろう。またローゼンバーグ監督が
映像を通し表現している様々な暗喩は何を主張したいのだろう、といろんなことが読み取れる作品で
ある。
ルークの反体制的な姿勢、自分の人生を自分の行き方で歩むという姿勢、でも神の存在を何処かで意識して
いる姿勢、そして自由への飽くなき希求、と、ざっと観てもそのくらいは感じ取れる。
そして基本的にいつも笑顔のルークが、母と会った時、母の死の報に接した折に歌を歌う時、三度目の
脱走に失敗し刑務所の看守らに徹底的にいびられる時、そして最後に教会で追い詰められた時に
見せる顔は、誠に人間らしく、苦悩や悲しみに満ちていて、クールどころか、人間臭い。その人物に
観ている人は強く惹かれるのだ。そういう点ではポール・ニューマンとジョージ・ケネディの存在が
極めて大きい。中でも牢名主的存在のケネディが日本人にとっては浪花節的にあるいは任侠的に、
対立するルークを次第に認め大好きになっていき、最後まで行動を共にする様が魅力的に映るのではないか。

刑務所という世間、受刑者仲間という世間の人々、刑務所長や看守という体制、そこから自由を求めて
脱獄する自分という置き換えが容易であり、他人事としてもまた自分の事として観てもシンパシーを感じ
つつ観ることが出来るので、本作は時代を超えて皆に愛されるのであろう。

特にこだわって表現されているのが「神」との関わりであろう。ルーク自身映画の中で、神に対して
こんなに信じているのに、どうしてこのような仕打ちを・・、というふうなセリフを吐いたり、
ラストでは自ら教会へ入り、神に対して「どこにいる?」と叫んでみたり、おそらくは当時のアメリカに
おける、大衆の、神とのあるいは教会との関わりに対する疑問を提示しているのではないか。神の存在を
肯定しつつも疑問視せざるを得ない世相を反映しているようである。ラストカット、再び捉えられ
道路の草刈りをしているケネディら囚人からのズームバックは、十字に交わる道路を写し、それが両脇に
女を抱えたルークの写真と重なり、更に彼の目のズームアップで終わる、というシーンに繋がるが
十字に交わった道路は十字架そのもの、とも見られ、それに重なるルークの存在は、死こそ真の自由と
表現していると捉えることも出来なくはない。聞く耳を持たない体制の象徴たる看守のサングラスが
最後にはクルマで踏まれて割れる、というカットには大いに意味があると思うのだ。

<追補:本作はアメリカ映画唯一の「実存主義映画」とも云われるそうだ。で、「実存主義」とは何か、を
調べると、「Yahoo!知恵袋」の「実存主義を分かりやすく解説してください」という質問に、easy_all_easy
さんの下記が分かりやすく、なるほど、本作のバックボーンと重なるな、と理解出来る。以下引用。

「生まれたままの、欲望に駆られて生きる人間→『現存在』(現にあるがままの姿)
自己にめざめ、自己実現する人→『実存』(あるべき人、真に存在すべき人の姿)

現存在は、事物だけの世界の内に存在し、他人を、道具として扱って、欲望に駆られ、
「いつか自分が死ぬ」ことから目をそらし、ごまかして生きる。
現存在の時間は、過去→現在→未来、と流れ、時間に流されて、今・今の欲望を満たすために、
現存在は生きる。

そんな空虚さを、実存は知って「いつか自分は死ぬ」と自覚し、ならば『有限な人生で、何をなすか?』と
生きる意味に覚醒する。
実存の、時間性。それは、到来(未来)→既在(過去)→現前(現在)だ。
到来する未来に、私はどうあるべきか → 既にある過去により、どんな私となったか → では現在、私は
何をなすべきか
この、現存在→実存、時間性への覚醒は、個人の超越です。ここに個人の生きる意味があり、超越した人は、
永遠に人々の心に生きる。
民族は、歴史性に覚醒したとき、文化の伝統を築き、民族の生命は、永遠に歴史に生きる。」以上、引用。

本作の映画の中の重要かつ有名なセリフ、
"What we've got here is failure to communicate." (コミュニケーションが取れんやつだ!)
"Sometimes nothin' can be a real cool hand."(時には何もないというのが一番強い手さ)
は、極めて「実存主義」的香りのするもの、と言えるだろう。>


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<ストーリー:結末まで触れています>
酔ったあげくに街のパーキングメーターをやぶったルーク(ポール・ニューマン)は懲役2年の刑を
言い渡された。刑務所仲間はドラグライン(ジョージ・ケネディ)ほか強面の連中ばかりだったが、
それ以上に、彼らを見守る看守の面々も猛者ぞろいだった。
囚人と看守の間には絶えず反目と憎悪の空気が絶えなかった。新入りルークの仕事は、炎天下に雑草を
刈り溝を掘るという重労働だったが、彼の新入りらしからぬ図々しくて、容量のいい態度は仲間の反感を買い、
とくにボスのドラグラインは気に入らなかった。

ある日2人は命をかけての殴り合いとなり、ついにルークが勝った。囚人のリーダーはドラグラインから
ルークの手に渡ったのである。数日後、ルークの母(ジョー・V・フリート)が訪ねてきた。面会時間が
切れて、病に老いた母の後ろ姿を見送った時、ルークは、母に会うことはあるまい、と思った。
そして、母の死を知らせる電報が来た時、彼は泣いた。3日後、ルークは脱獄した。逃げに逃げたが結局は
捕まってしまった。ひどい懲罰を受けた。だか彼は再度脱獄。
そしてドラグラインに、“冷たい手のルークより”と署名した手紙さえ送ったきた。監房の連中は口惜しがったが、
ひとりとして怒るものはいなかった。自由になったルークこそ彼らの願望の体現者なのだから。
しかし皆の期待を裏切ってルークはまた再び捕まってしまった。厳重な足かせをはめられ独房にほうりこまれた。
それでも彼は反抗をやめない。そして、三度脱獄。今度はドラクラインも一緒だった。だが途中で2人は仲間割れ。
ドラグラインは1人になり急に恐くなった。死にたくない。ルークも死なせたくない。半分は親友への愛から、
半分は恐怖からルークの居場所を密告した。
瀕死の床でルークは、医学的な治療をすべて拒絶した。迫りくる死を待つ彼の表情は美しくさえあった。今日も
囚人たちは炎天下で働いている。言葉ををかわさない彼らの胸の中には権威に反抗し続けて、屈することを
知らなかった冷たい手のルークが生きている。(Movie Walker)

この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=21288#1こちらまで。


by jazzyoba0083 | 2016-11-23 22:20 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「張り込みプラス Another Stakeout」
1993 アメリカ Touchstone Pictures.108min.
監督:ジョン・バダム
出演:リチャード・ドレイファス、エミリオ・エステヴェス、ロージー・オドネル、デニス・ファリーナ他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>

前作から6年経過し、ドレイファスとエステヴェスコンビの続編が作られた。シアトル市警のデコボコ
コンビの活躍、前回を踏襲しつつ、お笑いの要素を濃くまとめた。結果、映画を見ながら笑うシーンは
確かに増えたけれど、反面、刑事モノとしての面白さが減ったように思う。前作はバディムービーの傑作と
してファンに語り継がれているが、続編はそうはいかなかった。ま、要は好みだろうけど、個人的には
本作も嫌いじゃない。一つ惜しいのは、allcinemaの評にもある通り、話がとっちらかって、締りが
弱くなってしまったことだ。特に、今回の監視対象になり証人をかくまうオハラ夫妻の役どころが結構
いい加減に終わってしまったこと、ドジな女性検事補がドジになりきれていない(これ、描き方難しいん
だけど)部分。

前作を観た人は、クリスの妻マリアの出自など、また冒頭の魚市場での追跡劇で、頭から魚をかぶる所などは
ニヤリとする所であろう。一番の刮目しどころが冒頭の証人を保護する爆破シーン。そして爆笑のシーンが、
夕食に招待されたオハラ夫妻が、デザートのアイスクリームを帰りたい一心で早食いし、頭痛になってしまう
所であった。
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<ストーリー:結末まで触れています>
シアトル市警の名物刑事コンビ、クリス(リチャード・ドレイファス)とビル(エミリオ・エステヴェス)は、
組織犯罪の重要な目撃証人ルー・デラーノ(キャシー・モリアーティ)探索の応援を命じられた。ルーは、
シンジケートの放った殺し屋トニー(ミゲル・フェラー)に命を狙われていた。

ルーは、シアトル沖のリゾート地、ベインブリッジ島在住のオハラ夫妻(デニス・ファリーナとマーシャ・
ストラスマン)とだけ連絡を取っているという。張り込み捜査には、判事の高級別荘が使われることになった。
女性検事補のギャレット(ロージー・オドネル)も加わり、クリスとビルが実の父子、再婚して5年目の後妻が
ギャレットという設定で、ギャレットの愛犬アーチーも含めた3人と1匹の〈家族〉は、島の別荘へ向かった。

彼らはさっそくオハラ夫妻に接触。盗聴器の必要に迫られた3人は夫妻を夕食に招いたすきに、ビルが侵入して
仕掛けようと試みる。だがビルは、侵入した直後、隠れていたルーの一撃を受けて昏倒。そうとも知らず、
ギャレットとクリスは夫妻を引き留めようとして必死になる。遂に夫妻は帰ってしまうが、2人はルーと
縛られたビルの姿を見て驚く。ルーはビルを組織の殺し屋と勘違いして、彼を車のトランクに入れて舟着き場へ
向かう。残された2人は追跡し、車ごと沈められようとしていたビルを救出する。

一方、検察内部の内通者からの伝達で、ルーの所在を確認した殺し屋トニーは、オハラ家へ向かう。
彼を目撃したクリスとビルは後を追うが、警官に誤解され足止めされる。その間にトニーはオハラ邸に侵入し
人質をとるが、アーチがとびかかったすきに射殺された。(Movie Walker)

この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=18552#1こちらまで。

by jazzyoba0083 | 2016-11-16 23:00 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

張り込み Stakeout

●「張り込み Stakeout」
1987 アメリカ Touchstone Pictures.117min.
監督:ジョン・バダム
出演:リチャード・ドレイファス、エミリオ・エステヴェス、マデリーン・ストー、エイダン・クィン他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>

所謂「バディムービー」は何を以って嚆矢とするのか、色々と調べてみたのだが、どうやら
1982年製作、ウォーター・ヒル監督作品「48時間」が、その後、刑事二人組の活躍を描いた作品の
今のスタイルを作ったとする声が高い。エディ・マーフィーはこの後「ビバリーヒルズ・コップ」と
いう出世作に出演することになり、また「リーサル・ウェポン」などの人気バディシリーズも生まれ
ハリウッドの一つのジャンルとなっていったようだ。異論もあろう。昔をたどればテレビ映画に
「スタスキー&ハッチ」という傑作もあった。

そういう「バディムービー」の傑作は?と問われると大体、ジョン・バダムの本作が入ってくる。
アメリカの批評サイトの評価も高い。allcinemaでも傑作と評する向きが多いのだが、私はそれまで
かなあ、と感じた。面白くなくはないのだけれど。時代も古いのでいささかクラッシックな笑いとか
ストーリーであることは割り引くとしても、刑事モノとしてのスリリングなところがやや薄いと思う。
カーチェイスなど盛り上げるところもあるし、数々の名作に関わってきた撮影監督ジョン・シールの
味わいのあるアングルなどもいいのだけれど。まあ、個人の好みに帰結してしまうのだが。

リチャード・ドレイファスとエミリオ・エステヴェス(マーティン・シーンの息子だけあって良く
似ているし、当たり前だけど弟のチャーリー・シーンにもそっくり)のコンビ、これはなかなか
良かったけど、ややもすると双方がボケになってしまう感じもする。
マドンナ的存在のマデリーン・ストー、今でも十分美しいがこの映画では若々しさが、一層美しい。
この後、続々と作られていく派手な作りのバディムービーに隠れてしまいがちだが、このジャンルの
中では落ち着いた面白さの作品ということが出来るだろう。
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<ストーリー:結末まで触れています>
アメリカ西海岸の最北端に位置する港町のシアトル。刑事のクリス(リチャード・ドレイファス)と
その相棒のビル(エミリオ・エステヴェス)は、魚加工工場で大立回りをしたわりにまんまと
犯人に逃げられてしまうというドジなコンビ。この2人がFBIを通じて特命を任じられる。

警察官を殺して服役中だった凶悪犯スティック(アイダン・クイン)が脱獄したので、その恋人
マリア(マデリーン・ストウ)の家を24時間態勢で「ステイクアウト(張り込み)しろ!」と
いうもの。仲の悪い刑事コンビとの昼夜交替制で、彼らは夜間の張り込み。マリアの家の向かいの
オンボロ屋敷の2階に、望遠カメラや高性能マイクやビデオなどの“ハイテク盗聴メカ”を備えつけて
ウォッチングの開始。

はじめは、何も起こらないことにうんざりしていたクリスだが、彼女が若くて美人だと判ると
「まんざらでもない仕事だ」と言って、ビルと望遠鏡の奪い合いをする始末。ある日、電話の
盗聴をするために電話屋に扮して彼女の家を訪れたクリスは、実際に彼女を目にして、その
魅力にまいってしまう。彼女の方も彼に好意を持ち、スーパーの買い物で再会した彼らは
恋に落ちてしまう。彼女の家に一泊しての“朝帰り”に犯人と間違えられたりと、刑事と犯人の
恋人との“あぶない恋”。そんな折、一時は警察との銃撃戦で死んだと思われていたスティックが
戻って来た。クリスとマリアは人質として捕われてしまい、スティックはカナダへの高飛びを
図る。しかし、ビルの助けもあって何とか無事に事を終えるのだった。(Movie Walker)

この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=18551こちらまで。

by jazzyoba0083 | 2016-11-12 22:50 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「ブリジット・ジョーンズの日記 ダメな私の最後のモテ期 Bridget Jones's Baby」
2016 イギリス・フランス・アメリカ Miramax,Studio Canal,Universai Pictures,Working Title Films.123min.
監督:シャロン・マグガイア  原作:ヘレン・フィールディング
出演:レニー・ゼルウィガー、コリン・ファース、パトリック・デンプシー、エマ・トンプソン、ジェマ・ジョーンズ他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想:ネタばれしています>

人気だったラブコメの第三弾。第一作が2001年、二作目が2004年だから、随分と時間が経った。
本作の中に過去の映像が出てくるのだが、レニーもコリンも流石に若い。だがコリンなんかは逆に
貫禄が出て、「いい男」になっている。レニーは、顔をいじくりすぎて顔面崩壊か、なんてゴシップ誌に
書かれていたので、心配したが、普通に年を取った感じでホッとした。今や顔面崩壊はメグ・ライアンとか。
一作が100分にも満たないコンパクトなラブコメで、これが良く出来ていて(本作でレニーはオスカー
ノミニーに)面白かったのだが、本作は二時間超え。ちょっとしんどいかな、と思ってみたのだが、これが
なかなか面白く、ラブコメの王道的ストーリであるが、ラストのカタルシスも含め、楽しい2時間だった。
ただ、やっぱりちょっと長いかな。rottentomato での支持は77%である。

1,2作では幼馴染のコリン・ファースと、会社でのプレイボーイ、ヒュー・グラントとの恋の鞘当てで
あったが、今回ヒューは写真出演のみ(爆)。なぜなら、旅行リポーターであった彼の乗った航空機が
事故を起こし、葬儀にレニーが出席しているからだ。で、今回コリンとレニーを争うのはアメリカ人
IT実業家という設定のパトリック・デンプシーだ。
二作目で、弁護士マーク・ダシー(コリン)と落ち着くのか、と思われたのだが、実はブリジットは
まだ独身。御年43歳になっていた。テレビリポーターから今や、局の看板ニュース番組の敏腕プロデューサーと
キャリアを重ね、責任も重くなっていた。相変わらず、ダラシなくてドジな毎日ではある。
そんなブリジッドが友人と出かけたキャンプ会場で、間違えて入ったテントで、会場で知り合った
アメリカ人IT実業家ジャック(パトリック)と出会い、一夜を共にする。

一方、親戚の洗礼式で再び幼馴染の弁護士マークと出会う。その時は女性と一緒だったが、
マークが彼女とは離婚協議中だ、との説明があった。彼はどうしてもブリジットの事が忘れられないのだった。
そして彼とも一夜を共に。 

当然の帰結?としてブリジッドは妊娠してしまう。さて父親はどっちだ?

本作ではブリジットの親友との間も含めた私生活、村会議員に立候補中の母親との顛末(父親とも)、
テレビ局プロデューサーとしてのドタバタ、そして弁護士マークとのストーリー、更にアメリカ人ジャック
との関係、産婦人科医との関係というシークエンスが大きな物語へと紡がれていく構造となっている。
シモネタも含め、結構笑えるし(王道のギャグだけど面白い)、愛すべき我らがブリジットはあくまでもドジで
あるし、マークは優しく、ジャックは紳士である。両親や友人は理解があるし、そうした温かい空気の中でドジで
間抜けなブリジットが愛おしく感じる出来となっている。そのあたり、レニー、コリン、パトリック、そして
今回は共同脚本も手がけた産婦人科医役エマ・トンプソン、母親役のジェマ・ジョーンズという
演技の達者な役者の活躍が大きいと感じた。結構典型的な収まり方をするドラマだが、役者たちが光る映画だ。
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さて、エンディング、(ネタバレになります)誕生から1年後、マークとの結婚式場でベビーを抱いているのが
ジャック、その背後から新郎マークが登場というシーン。生まれた赤ちゃんとのDNA検査などがありどちらの
ベビーかはもう分かっているのだが、医師が何かを告げるようなシーンは出てこなかった。
絵づらから見れば、ベビーはマークとの子供、ということが出来るだろうが、いや、赤ちゃんはジャックの
子供で、結婚はマークとしたが、マークは子供を自分の子として育てることは作中に伏線があるし、ジャックが
マークの子供でも支えるとかいうシーンもあるので、結局どちらの子供かは観ている人に委ねられていると
いうことが出来るのではないだろうか。
そして、飛行機事故にあって遺体がまだ見つかっていなかったダニエル(ヒュー・グラント)が生存していた、
という新聞が映される。まだ続編があるのか。波乱の予感を残して映画は終わるのだった。

そしておそらくこの映画を観る多くの方が感じるだろうが、使われる音楽がいい。70年80年台のヒットポップスが
多用されていて登場人物の時代背景とマッチしていて、同じ年齢層の皆さんの琴線に触れることだろう。

この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=357055こちらまで。


by jazzyoba0083 | 2016-11-03 12:10 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「ヴェルサイユの宮廷庭師 A Little Chaos」
2014 イギリス BBC Films,Lionsgate and more.114min.
監督・(共同)脚本:アラン・リックマン
出演:ケイト・ウィンスレット、マティアス・スーナールツ、アラン・リックマン、スタンリートゥッチ他
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<評価:★★★★★★☆☆☆☆>
<感想>

今年(2016年)1月、他界したアラン・リックマンが生涯に監督した2作品のうちの最新作にして監督遺作。
彼はもともと舞台の人で、後、映画に出始めた。一作目「ダイハード」(1988)で、ラスト近くに目を
剥いてビルから落下するテロリストの役が印象深い。私は観ないのだが、「ハリーポッター」シリーズでの
スネイプ先生が記憶に残る人も多かろう。

そのリックマンが監督し、共同台本を手がけ、ヴェルサイユ宮殿を作らせた太陽王ルイ14世も演じている。
出来の良し悪しよりも、フランスを舞台にした映画が全編英語で作られている時点で、個人的にはもうダメ。
名優ケイト・ウィンスレットの演技をもってしても補えない根本的な問題である。
私は、例えばヒトラーや第二次世界大戦の欧州戦線を描くものでは、フランス人はフランス語、ドイツ人は
ドイツ語、イタリア人はイタリア語を喋って欲しいし、太平洋戦争を描いたら日本軍は英語ではいけないと
思っている。

そんな不自然な感覚に苛まれつつ、鑑賞した本作、広大な土地に建てられた豪奢な作りと広大な庭園を持つ
ヴェルサイユ宮殿。ルイ14世から信頼も厚い実在の造園家ル・ノートルと、彼が実際に作り上げた
「ロカイユの木立」という、ヴェルサイユの中でも異質な空間である舞踏場の建設に絡み、女流造園家と
いうフィクションを挟んで作り上げたオリジナルストーリーであり、その物語自体の出来は良い。
ただ、「ロカイユの木立」を作り上げるという工程と、ル・ノートル(スーナールツ)と平民の未亡人
造園家マダム・ド・バラ(ウィンスレット)の恋愛模様が、どっち付かずになってしまい、いきなり舞踏場が
完成してしまう時間の飛ばし方に違和感を覚えた。

アラン・リックマン演じるルイ14世、わがままで高慢ちきな嫌な王様という印象を勝手に持っていたが、
実に人間らしく描かれていて、また、当時の宮廷の退廃的な雰囲気もそこそこいい感じだった。
中世ヨーロッパの映画って、衣装とか建物とか馬車とかお金がかかるだろうに、リックマンはこの物語が
気に入ったのだろう。ケイト・ウィンスレットはどこかイギリスの匂いがしてしまう。いい演技だけど。
当時、平民の女性が宮廷の仕事をいわばオーディションで募るというようなことがあったのだろうか?

ヴェルサイユ宮殿の中でも、いわば前衛的な、当時重んじられた調和や秩序というものに逆らった
ような「ロカイユの木立」。これが出来たのは一人の女性庭師の存在と、天才造園家ル・ノートルとの
出会いがあり、その間に恋愛模様があったら更に面白いという着想は良いと思うので、言語の問題が
ほんとにもったいない。
映画の中で完成する「ロカイユの木立」は、本物とそっくりでよく出来ている。当時の男性貴族たちが
濃い色(黒とかこげ茶)のパーマを当てたようなロングヘヤーのカツラを付け、化粧をしている姿を
改めて見ると、変な時代だったんだなあ、と感じる。まあチョンマゲ結っている日本も外国人が見れば
とんでもない姿だったんだろうけど。フランスには数度行っているが、ヴェルサイユは未踏なので、
次回訪れる機会があれば、是非「ロカイユの木立」を訪れたいものだ。
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<ストーリー>
英国の名優アラン・リックマンが97年の「ウィンター・ゲスト」に続いて2度目の監督を務めた歴史
ロマンス。世界でもっとも有名な庭園の誕生に秘められた名もなき女庭師の愛と勇気の物語を描く。
主演はケイト・ウィンスレット、共演にマティアス・スーナールツ、アラン・リックマン、スタンリー・
トゥッチ。

 1682年、フランスの田園地方。一人で生きる女性サビーヌ・ド・バラは、造園家という職業に誇りを
持ち、日々庭造りに精を出していた。そんな彼女のもとに一通の書状が届く。それは、ヴェルサイユに
王宮を移す時の国王ルイ14世が、最高の庭園を造るべく、民間の造園家にも広く参加を募るという
知らせだった。

さっそく、庭園建設の責任者ル・ノートルの面接へと向かうサビーヌ。女性であることで同業者からは
蔑まれ、肝心の面接でもル・ノートルと意見が対立してしまう。落選を覚悟したサビーヌだったが、
調和の中にわずかな無秩序を取り込む彼女のユニークな感性がル・ノートルの興味を惹き、晴れて
“舞踏の間”の建設を任されることに。やがて限られた時間と予算の中で、いくつもの困難に直面する
サビーヌとル・ノートルだったが…。(allcinema)

この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=353306こちらまで。








by jazzyoba0083 | 2016-10-24 10:25 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「パパが遺した物語 Fathers and Daughters」
2015 アメリカ Andrea Leone Films and more.116min.
監督:ガブリエル・ムッチーノ
出演:ラッセル・クロウ、アマンダ・サイフリッド、カイリー・ロジャース、アーロン・ポール、ブルース・グリーンウッド他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>

主人公のケイティ(愛称・ポテトチップ)を演じたアマンダは、これまでセイフライドと表記して来たが、
アメリカでの発音に近いサイフリッドに本作から変更することにする。ギレンホールといい、人の名前は難しい。

さて、本作。ラッセル・クロウの父と、幼いころのケイティを演じたカイリー・ロジャースの二人の演技が
良く、また計算されたフレーミング、ステディカムとクレーンを効果的に使ったカメラワークの美しさに惹かれて
観てはいたが、ストーリーはエンディングに向けて少々強引過ぎ、邦題にあるような「パパが遺した」愛娘を
書いた物語がどんな内容なのかを明かさないまま終わるという難点がある。さらに云えば、育った環境から
行きずりの男を漁るという「病気」なのに、ラストでケイティの元を離れていった男性と再びくっつく設定が
安易だな、とも感じた。

全体としては幼いころのケイティの物語と、成長してからのケイティの物語、2つの時制が行ったり来たり
しながら構成される。父ジェイク(ラッセル)は著名な小説家で、ケイティが幼い頃、妻(ダイアン)と
クルマの中でジェイクの浮気問題で喧嘩中、ジェイクのよそ見で事故を起こし、妻は死亡、自身も大怪我を
負った。後遺症に悩むジェイクは周りのアドバイスも有り、ケイティを妻の妹夫妻に預け、精神病院で7ヶ月の
リハビリをして出て来る。しかし後遺症は全治していなかったのだった。
退院してケイティを引き取りに行くと、妹夫妻はケイティを養子に欲しいと言い出す。

25年が経過して、ケイティは心理学を学んだ大学を卒業し、ケースワーカーとして働いていた。そこで
知り合った黒人の少女に自分の幼い頃の姿を重ね、少女の心を開かせる努力をする。
一方で自分の心に開いた穴(つまりは幼いころに母を失い、数年で父をも事故で失ったことから来る
精神的不安定)を埋めるため行きずりの男と寝ることを重ねていたのだった。

妻を失って自分も大怪我をしてからのジェイクは一度小説を批評家にこてんこてんにされるが、次作では
自分の娘ケイティを主人公にした「Fathers and Daughters」を3週間で書き上げた。小説は大ヒットと
なるが、本人はバスルームで発作に襲われて転倒し、頭をスチーム暖房機に打ち付けて死んでしまった。
彼が遺した本は死後ピュリッツアー賞も獲得したのだった。

成長したケイティと出会う小説家志望の男性キャメロンとのこと、妹夫婦に養子によこさないということ
で裁判を起こされて、金策に悩むジェイク、ケイティとケースワーカーとして対峙する黒人少女などの話題が挿入される。

一つ一つのエピソードはどこかで観たことがあるような既視感があるものの、一定の手堅さで纏められ
て来たが、ラストで「ええ?こう纏めちゃうわけ?」という仕立てになっていてイージーさが感じられ
個人的には残念であった。
アマンダはもともと目が大きい人なのでもう少しふっくらしたほうが美しい。本作では心に闇を持った
女性を痩せた体で演じていたのはフィットしていたとは思ったけど。
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<ストーリー>

父親と息子の絆を描いた『幸せのちから』のガブリエレ・ムッチーノ監督が、ニューヨークを舞台に、
小説家の父親と幼い娘の愛を描くヒューマンドラマ。今は亡き父親の愛を知り、人を愛する事ができなかった
トラウマを克服していく少女のその後の姿をアマンダ・サイフリッドが、その父親をラッセル・クロウが演じる。

小説家のジェイク(ラッセル・クロウ)は交通事故を起こし妻を失い、自身もまた入院することになり、
7歳の娘ケイティ(カイリー・ロジャーズ)と離れ離れに。ジェイクが退院できたのは、7ヶ月後のことだった。
ジェイクはこれからはずっと一緒にいるとケイティに約束する。それから25年が経ち、成長したケイティ
(アマンダ・サイフリッド)は大学院で心理学を専攻していた。トラウマから人を愛することができずにいたが、
娘とのことを綴った父の遺作を愛読する作家志望のキャメロン(アーロン・ポール)と出会ったことから、
ケイティは過去と向き合おうとする。(Movie Walker)

この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=353514こちらまで。

by jazzyoba0083 | 2016-10-19 23:10 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「『僕の戦争』を探して Living is Easy with Eyes Closed」
2013 スペイン Fernando Trueba Producciones Cimematograficas and more.109min.
監督・脚本:ダビ・トルエバ
出演:ハビエル・カマラ、ナタリア・デ・モリーナ、フランセク・コロメール、ラモン・フォンセレ他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>

本作のベースになっているジョン・レノン主演で1966年に製作された「僕の戦争」は、日本では
劇場未公開で、私も未見である。
この映画、本国ではゴヤ賞6部門を獲得し、この年のアカデミー賞外国語映画賞部門のスペイン代表映画でも
あったのだ。この手の映画が放映されるからWOWOWはありがたい。

本作は、スペインに実在した、ビートルズの歌の歌詞を使って英語の授業をする教師が、ジョンが
映画の撮影のためスペインを訪れているというニュースを聞き、当時レコードに歌詞カードが付いて
いなかったため、歌詞がはっきりわからないという点を尋ねたいということも含め、敬愛するジョンに
ひと目会いたいと、出かけていく。その道中で家出した少年フアンホ、なさぬ子を身ごもり人生に行き
詰ったベレンを拾い、旅をする中でそれぞれの人生を見つめ再発見するお話だ。
 英語タイトルはビートルズファンなら一発でお分かりだと思うが、名曲「ストロベリーフィールズ
フォーエバー」の歌詞の一部で、その意味は多分に本作の内容に対し寓意的でもある。

本作はストーリーの展開が激しいものではないが、登場する人々が織りなす物語は、優しく、温かく
胸に響く。背景となっている時代、スペインはフランコ圧政下にあったのだが、その閉塞感も含め
上手いこと人間ドラマが繰り広げられている。

冒頭、教室では「Help!」の歌詞を使って英語の授業が進められている。教師アントニオは歌詞の意味を
生徒に尋ねるが、まだ幼い子供らは含蓄など分からない。そんなアントニオ、ある日ジョンが新しい
映画の撮影でスペインに来ていると聞き込む。授業に使っている歌詞は自分がラジオで聞いたものを
聞き起こしていて、中には単語がわからない所もある。この際、あこがれのジョンに会い、そこの所も
解決したいと、決心。単身(独身だが)クルマでロケ地を目指したのだ。
その後登場人物が揃うまで、弱い立場の人間がビンタを食らうシーンがいくつか出てくるのだが、
時代の雰囲気の暗喩っぽかった。
 道中、長くなった髪を切る切らないで父親と揉めて家出してきたフアンホ少年と、ガソリンスタンドで
人生に突き当たり悄然としてたベレンを拾い、道中は続いた。

やがてロケ地探しのベースとなる食堂に行き着く。そこの主人カタラン、身障者の息子ブルーノとの
物語を加え、美女ベレンとアントニオ、ベレンとフアンホの恋模様も・・・。ジョンに会う、というよりも
フアンホ少年、ベレンと、カタランらの人生の一部が描かれていく過程こそこの映画の良さがある。
もちろん、最終的にはロケ地におもむき、ジョンとの面会が叶えられ、ジョンから学校へ行くよという
約束を貰い、更には「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」が吹き込まれたテープを貰うという
100点満点の結果を得たわけだ。

しかしながら、最後にカタランの食堂でウェイターのバイトをしていたフアンホをいじめたやつの
トマト畑に行って、クルマでグジャグジャにしてしまうアントニオの姿もまた、ジョンとの出会いと
いうだけではないこの映画の趣旨を暗喩的に示している。フアンホがいじめられた後に駆けつけた
アントニオの「心以外で痛いところはあるか?」と尋ねるのだが、そのセリフに彼の優しさが現れて
いるな、と感じた。

本作が持つ温かさは、脚本によるところが大きいのは勿論だが、教師アントニオを演じたハビエル・カマラの
存在も大きい。ハゲで腹回りには贅肉ついた風采が上がらない中年の、しかも独身の教師が、対峙する
フアンホ少年、ベレン、カタランらとのかかわり合いの中で上手く彼らの人生を引き出している役を
好演していた。

ラストに字幕で、ビートルズのアルバムにはジョンがスペインに行った後は歌詞カードが付くようになった、と
説明される。なるほどねえ、と思ったのだった。これがきっかけであったかどうかは不明であるが。
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<ストーリー>
ジョン・レノンを愛する英語教師が、憧れのレノンに会うためにたどる旅を描いたハートウォーミングな
ロードムービー。本国スペインでは、第28回ゴヤ賞で作品賞や監督賞ほか主要6部門を受賞。

1966年、ジョン・レノンが映画「ジョン・レノンの僕の戦争」の撮影ためスペインを訪れてると知った
英語教師のアントニオ。普段の授業でもビートルズの歌詞を使って英語を教えるなど、ビートルズファンの
アントニオは、憧れのレノンに会おうと撮影地まで車を走らせる。
道中、何かから逃げている様子の若い女性ヘレンと家出少年のファンホと出会い、3人の不思議な旅が続く。
2014年・第11回ラテンビート映画祭で上映された(映画祭時は英題「Living Is Easy with Eyes Closed」で上映)。
(映画.com)

この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=354232こちらまで。


by jazzyoba0083 | 2016-10-03 22:55 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)