カテゴリ:邦画・旧作( 48 )

御用金

●「御用金」
1969 フジテレビジョン・東京映画(配給:東宝) 123分
監督・(共同)脚本:五社英雄
出演:仲代達矢、丹波哲郎、中村錦之助、浅丘ルリ子、司葉子、夏八木勲、東野英治郎、樋浦勉他
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<評価:★★★★★★☆☆☆☆>
<感想>
珍しく、2日続けて時代劇を観た。新旧の対比が出来て面白かった。好みだろうけど、個人的には
「殿、利息でござる!」の方が圧倒的に面白かった。本作は、フジテレビが初めて劇場映画に進出した
記念すべき一作で、当時フジテレビで「三匹の侍」などのテレビドラマを演出し、既に映画監督として
「牙狼之介」などを撮っていた五社英雄が脚本家・田坂啓と本を書き、演出した。

テレビドラマ「三匹の侍」で、日本刀の当たる音や、人が斬られる音などを入れて新たな地平を
開いた五社の作品で、映画では更に劇的に仕上がっている。短い心象光景のカットバックなど、今は
あまり使わないような手法も多用、「芸術」的な雰囲気を表出しようとした気分は、五社監督の若さ
(当時40歳)ゆえだろうか。私は、さいとうたかをの「劇画」を観ているような気分であった。

映画としては寒さは伝わってきたが(苦笑)、全体として凡庸な出来だと感じた。しかし、1969年当時
では、新しかったのだろうなとは推察出来るが。終盤の御用船をおびき寄せるシーンでは、大きな薪は
リアルで良かったが、夜の海を行く御用船の模型がチャチで残念だったのと、砂浜でも馬がパカパカいうのは
如何なものか、とも感じた。
今観ると、出演者の若さにばかり目が行ってしまった。浅丘ルリ子なんてまだ29歳!仲代も30代だ。
丹波哲郎は、一生懸命観ていた「キーハンター」の放映が本作の前年から始まったところ。
水戸黄門になる東野英治郎(当時62歳)、西村晃(当時46歳)が共に出演していたり。
ちなみに東野英治郎版黄門は本作が作られた年からスタートしている。そんなところばかりに関心が
行っていた。中村錦之助の役は本来、三船敏郎がキャスティングされたが、寒い中でのロケを嫌がった
のと、仲代との間が非常に悪くなり、錦之助に交代したといういわくがある。

閑話休題、本作の出来に戻ろう。ストーリーは単純だし、ラストも想像出来てしまう。活劇として
単純に楽しめば良いのだろうけど、あまりにコテコテな時代劇で、ストーリーの綾、みたいな楽しみは
ない。これは脚本の問題だ。昭和40年代の時代の雰囲気と役者の若さを感じながら観ると楽しいかも。
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<ストーリー>
天保二年の冬、越前鯖江藩領内で奇怪な事件が起った。黒崎村の漁民が一人残らず姿を消してしまったのだ。
領民たちは、この事件を“神隠し”と呼んで怖れた。
三年後の江戸。浪人脇坂孫兵衛が、鯖江藩士の流一学らに急襲された。孫兵衛は、彼らが、
次席家老六郷帯刀によって差向けられたことを知り愕然とした。

その頃鯖江藩は、公儀より一万石を削減され、さらに享保以来の不況で、極度に疲弊していた。
帯刀は、佐渡から産出した御用金を積んだ船が黒崎村沖で遭難した時、漁民たちが拾いあげた金を
藩財政建てなおしのために横領し、その秘密を知る漁民をみな殺しにしていたのだった。
帯刀の妹しのの夫である孫兵街が、妻と藩を捨てて出奔したのは、それから間もなくのことだった。
帯刀は、その時竹馬の友孫兵衛に二度と“神隠し”を行なわぬと約束させられた。
だが、藩政改革に自分の政治的生命を賭ける帯刀は、再度の計画を練っていた。
孫兵衛は、帯刀への怒りをこめて鯖江に向ったが、その途中女賭博師おりはと知合った。

おりはも“神隠し”の犠牲者だった。年季奉行が明けて村へ帰った時、許婚者も父親もなく、
身を落した女だった。旅を続ける孫兵衛は、やがて、浪人藤巻左門と会った。その時、
左門は孫兵衛につかず離れずの旅をしていた。一方、藩では、孫兵衛の行動を察知し、
剣の木峠で彼を急襲させた。そして、死闘で傷ついた孫兵衛を救ったのは左門だった。
やがて、帯刀に、金を積んだ御用船が佐渡を出帆したという報告が入った。
そして、鮫ヶ淵村が“神隠し”の舞台に選ばれた。帯刀の片腕九内らに狩り出された
鮫ヶ淵村の漁民たちは、御用船を湾の暗礁地帯に誘導すべく、偽りの篝り火台を新設
していた。帯刀の野望と領民の悲劇を阻止するために孫兵衛が立ちあがり御用船難波の
真相究明に幕府が送った公儀隠密の左門もまた孫兵衛とともに鯖江藩の剣客と対峙した。
雪をついて二人の剣が次々と相手を倒し、やがて帯刀を倒し、“神隠し”の悲劇を未然に防いだ。

この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=142846こちらまで。



by jazzyoba0083 | 2017-02-23 22:50 | 邦画・旧作 | Comments(0)

●「ホノカアボーイ Honokaa Boy」
2007 フジテレビジョン、電通、ROBOT 配給:東宝 111分
監督:真田敦  原作:吉田玲夫
出演:岡田将生、倍賞千恵子、長谷川潤、喜味こいし、正司照枝、蒼井優、深津絵里、松坂慶子、吉田玲夫他
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<評価:★★★★★★☆☆☆☆>
<感想>

ハワイ好きならばとりあえず観ておかなくてはならないな、と思いながらずっと機会を逸していて、
年末年始になるとハワイ特集が多くなるし、ハワイ島が取り上げられることも多くなるだろうし、
すると、ホノカアはこの所マストアイテムになっているので、急ぎレンタルビデオで鑑賞した。

感想を語る方の中には、ハワイでなくても・・・という意見も散見されるが、ハワイの空気感、風と
いったものを感じた人とそうでない人では感じ方が違うんだろうなあ、と思った。どちらが悪いとか
言う話ではない。原作は吉田カバンで有名な吉田玲夫(レオ)が実際にハワイに滞在した事をまとめた本。
これをCM演出畑の真田監督が、いかにもCM的なタッチで(いい感じという意味で)仕上げた作品。

物語は、これはもう夢のようなお話。フェアリーテイルとでもいえるような。確かに舞台は何処でも
起こりうるだろうが、ムーンボウ(夜に出る虹)をキーワードとして、人と人の繋がりが薄いようで濃く、
自然との繋がりがとても濃いというハワイ独特のスピリチュアルな雰囲気を持った作品といえる。
時間が止まったようなホノカアという街(近くに神聖な王族たちにまつわるスピリチュアルな
ワイピオ渓谷がある)でなくてはならなかったのだろう。

スローなテンポで、主人公レオと不思議な料理の上手いビーおばさん、ロコガールのマライア、の
話が繋がっていく。映像も幅広い画角を意識したルーズなモノが目立ち、時間の経過や物語の
進展を映像からも主張できているのではないか。そのあたりはCM監督の手腕が生きた。

映画館女経営者、松坂慶子、や喜味こいし、正司照枝ら年配の配役も、あるいは映画館に勤める
爺さんらも、ホノカアに流れる時間や、何もないそこに暮らしている人生、そして観ている私達の
人生を投影させて面白い。物質的に恵まれた生活が幸福なのか、ということに思いを致しても
間違いではない。
人、街、太陽、風、色、草、フラ、音、ホノカアにあるこうした全ての舞台が、レオの人生に
関わって不思議な時間が流れる。だからどうした、というあまり人生訓的な意味は無いでもいいと
思う。ストーリーはあるようでないようで、で良いと思う。観て癒やされれば。映画から吹き出る
スピリチュアルな空気に癒やされれば。
キャステイングも全体に悪くないと思う。

ハワイには何度となく行っているが、ハワイ島は未踏で、是非行きたいと思っている。ホノカア、
必ず訪れるだろう。
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<ストーリー>
ハワイ島の北にある町、ホノカア。世間から忘れられたこの町では、月に虹がかかるとき、願いが
叶うと言われていた。大学生のレオ(岡田将生)は失恋のショックから、逃げるように日本を離れて
この町を訪れる。
そして、ひょんなことから映画館の映写技師として働くことに。彼が初めてこの町にやってきたのは
半年前。見た者に最高の祝福をくれると言われる伝説の“月の虹=ムーンボー”を探して、恋人と一緒に
ハワイ島へ。
だが、“ムーンボー”には出会えず、道に迷って辿り着いた町がホノカアだった。

不思議な魅力に吸い寄せられるように再びやってきたこの町でレオが出会ったのは、風変わりだけど
心優しい人たち。食いしん坊な映画館の女主人エデリ(松坂慶子)。87歳にしてエロ本を欲しがる
日系老人のコイチ(喜味こいし)。いつも変な髪形に仕上げてくれるバーバーのみずえ(正司照枝)。
オーガニックフード店の美しい看板娘マライア(長谷川潤)には、ちょっとした恋心を抱く。そして、
毎晩レオにご飯を作ってくれる、いたずらと料理が大好きな日系のおばあちゃんビー(倍賞千恵子)。
出会い、恋、ごはん、そして別れ。レオが大人になるために必要なものすべてが、ホノカアにはあった。

この映画の詳細はhttp://movie.walkerplus.com/mv37839/こちらまで。


by jazzyoba0083 | 2016-12-21 22:30 | 邦画・旧作 | Comments(0)

上意討ち 拝領妻始末

●「上意討ち 拝領妻始末」
1967 日本 東宝・三船プロダクション 128分
監督:小林正樹 脚本:橋本忍 音楽:武満徹
出演:三船敏郎、仲代達矢、加藤剛、司葉子、神山繁、松村達雄、山形勲、三島雅夫、市原悦子、大塚道子他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>

傑作「切腹」から4年。製作会社を松竹から東宝に変え、さらに三船プロが加わった座組となり、
「切腹」がもつ独特の緊張感と武家社会のおぞましさに比すと、いささか「情感」とかエンタメ方向に
振った感じを受けた。
原作となった滝口康彦の物語性は、あいかわらず尋常ではないに冒頭から引き込まれていく。さらに
橋本忍の脚本が相変わらず見事。カメラがやや「切腹」に比べると弱いが、神山繁のやりすぎ感もある
目の周りのメイク、照明、そして大道具小道具の美術も総じて完成度は高い。

会津藩の話なのだが、結果、悪行を極めた殿様になんの御咎めがないのが、観終わって釈然としないところだ。
三船の情が篭ったラストのセリフも、言っていることは正しいが、そこまで観てきた人が感じたいカタルシスの
レベルを示せていない。後半、隠居となった三船が、息子もその嫁も亡くしてしまい、残された孫を抱えて
「情」の表現部分が多くなるのだが、個人的には、もっとハードボイルドであっても良かったと感じた。

城下の剣術使いとして三船と並び称される仲代の役どころも、いささか中途半端。殿様の悪行を江戸表に
伝え、大目付から、殿様に対し、蟄居、所領替えなどの罰が降りるとすっきりしたんだが。
「切腹」のラストもそうだったが、結局は火縄銃でやられるのであるが、ならば追手は最初から鉄砲を使え、
と突っ込みたくなる。そのあたりの緊迫感の薄い剣戟も、後半の三船のクサいセリフと並び、残念な部分であった。
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殿様が、正式の世継ぎになにかあった場合、家を継ぐものがいなけれがお家断絶という時代、それを避けるため、
所謂スタンバイ要員としての世継ぎを産ませるため、お市という妾を、奥に入れた。お市は男児を産むが、
しかし殿の寵愛はすぐに若い妾に移り、市は気に入らないと手放された。
そして馬廻り300石の井原伊三郎が倅、与五郎に下しおかれると側用人からの伝言。その妾も実は婚約者が
いたのを引き剥がされたのだ。殿といっても50歳過ぎの爺である。聞けばお市はすこぶる性格が悪いという。

与五郎は一旦は断るが、藩主の命である、とのことで、お市(司葉子)を嫁に取ることにする。
お市は性格が悪いのではなく、正義の人で気が強いだけ、よく出来た嫁であった。2人には女の子が誕生、
与五郎は市を深く愛し、義父の伊三郎も大変気に入っていた。幸せな生活であった。

だが、江戸表のお世継ぎが急逝するという事態になる。お市が産んだ男の子が俄然世継ぎとなり、井原家に
お市を、お世継ぎ様のご母堂となるのだから大奥に戻せ、と命が下る。
ここに及んで、伊三郎、与五郎親子は、まるで人形のように女性をやり取りする殿様の所業に激怒。
絶対にお市を大奥には戻さない、と言い張る。しかし上役や親戚らは、井原家が取り潰され、2人は切腹と
なるぞ、と脅される。市も大奥には絶対に戻らない、と心に決めていた。しかし、与五郎の弟文蔵に
騙され、お市は大奥に拉致されてしまう。

事態がここまで至ったので、井原親子は腹を決め、井原家断絶も構わないからと家を砦として、籠城し、
一戦構え、上役共に一泡吹かせ、またこの凶状を江戸の大目付に訴えようと決めた。
藩の上役の中でも腹黒い側用人高橋外記(神山繁)は、井原家にお市の方を伴って現れ、お市自身が
井原と縁を切り、大奥に戻るといえば、井原一族の咎めは軽くなるであろう、一方、あくまでも井原の
嫁だ、と言い募るのなら、この場で2人は斬り殺さなくてはならない、と迫る。市の返事は否であった。
市も与五郎を深く愛していたのだ。彼女は幼い娘を残し、そばにいた用人の槍を自分に突き立てて果てた。
もう自分を理由に井原家を争いに巻き込みたくないと、覚悟を決めたのだった。そばに駆けつけた
与五郎も、藩の追手の手にかかり絶命。鬼とかした父伊三郎は、居並ぶ追手を全滅させ、高橋外記も
屠った。
そして娘を脇に江戸表にこの非道を訴えに出かけようとしたが、藩の境界で、待っていたのは
剣術の仲間で剣豪の浅野帯刀(仲代)であった。役目として木戸を通すわけには参らぬ、と主張。
浅野と井原の一騎打ちが始まる。浅野は負ける気でいたように思える。激しく斬り結んだ結果、井原が勝ち、
笹の原に置いた幼い娘のところに駆けつけようとしたところ、追手の鉄砲が火を噴く。それでも多くを斬殺し、
必死の応戦をしたがなにせ多勢に無勢。
ついに伊三郎は絶命する。娘に対し「母のようなおなごになれよ、そして父のような婿を見つけろよ」と
声を掛けたのが最後の言葉だった。
娘はかけつけた、乳母(市原悦子)に抱かれて眠るのだった。
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さて、本作をどう捉えるべきか。お家大事、家門大事、武士の名誉大事、という幕藩体制の中で、個人や家族という
単位は、そうした体制の元では、押し殺されていく、という理不尽。片やそれを守り保身を図る(藩の存続を
考えば役目柄やむを得ないというのは「切腹」と同じだ。
 権力の前に、基本的人権などありえない世の中では、権力者の言うことは絶対。嫁を寄越せといえば差し出し、
切腹せよ、と言われればどんな理不尽であっても腹を切らなくてはならないという、武士道の持つ(今から見れば
歪んだ)体制、非道、理不尽と、それに翻弄される特に女性の悲劇に焦点を当てたもの、というべきだのだろうか。

これまで全く観たことが無かった小林正樹作品。「切腹」「上意討ち」の二本は、黒澤、小津に並ぶ私の中の
ベスト映画となった。

この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=142086#1こちらまで。

by jazzyoba0083 | 2016-12-05 23:10 | 邦画・旧作 | Comments(0)

切腹

●「切腹」
1962 松竹映画 108分 
監督:小林正樹 脚本:橋本忍 原作:滝口康彦『浪人異聞記』撮影:宮島義勇 音楽:武満徹
出演:仲代達矢、三國連太郎、丹波哲郎、石浜朗、岩下志麻、稲葉義男、三島雅夫、中谷一郎、佐藤慶他
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<★★★★★★★★★☆>
<感想>

すごい映画を観た。小林正樹監督の作品はこれまでさして興味もなく未見だったのだが、先月WOWOWで
何本か放映する機会があり、内容お面白そうだったので、録画して鑑賞に及んだ。
人生の中でインパクトある映画に遭遇する機会は何回かあるけど、本作はまさにそれだ、と思った。

もう、出足からグイグイとストーリーに引き込まれる。宮島のキャメラも、多彩なが画角と奥行きを深くとり
陰影を強調しつつ全面の人物に語らせる、など映像表現上においても優れた作品といえ、かつ武満徹の音楽が、
ある種陰鬱な映画にフィットして見事である。更に、仲代、三國、丹波、といった日本を代表する名優たちの
鬼気迫る演技も素晴らしいとしか言いようがない。
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まず驚いたのが、ストーリーの骨格をなす、「名家の庭先での切腹の申し出」ということ。こんなことがホントに
あったのだろうか、とその「新鮮さ」にまず驚いた。これは関ヶ原から間もない1600年代中盤、浪人が沢山
生まれてしまい、仕官もままならず、家族を抱えて食い詰めていた。
そこで出てきたアイデアが、名家を訪ね、「拙者は元〇〇家家臣、〇〇と申すもの。主家廃絶の折から、生活は
困窮、仕官もままならず、これから生き恥を晒すより、武士として腹かっさばいて本分を尽くしたい。
当家に置かれては是非、庭先をお借りしたい」と語りる。当然訪ねられた家は大迷惑。かつては仕官がかなった
人物もいたため、浪人たちの間で「切腹を語った小銭稼ぎ」が横行していたが、訪ねられた家は、そこそこの
金子を与えて引き取って貰っていたのだった。

近江の赤備えで武勇名高い、「井伊家」。この江戸屋敷に、千々岩求女(石浜朗)が、同様の言上を語り
やってきた。この手の武士の風上にも置けない廃れ浪人に対し、井伊家家老斎藤勘解由(三國)は、一旦は
「なかなか見上げた心持ち、主君にお目通りを」と騙し、「そこもとの切腹の意思は固いと見える。ならば
見事本懐を遂げさせて差し上げよう」と、切腹実行へと事を運ぶのだった。
千々岩としては、全然そのつもりもなく、金子の少しでも貰って帰ろうとしていたところ、何と、ほんとに
切腹の儀式が始まってしまったのだ。武士に二言は有りえず、進退窮まった彼は数日猶予を頂きたい
(家に帰って病身の母子に別れを告げたかったのだろう)、必ず帰ってくるから、というも、家老らは
聞き入れない。「さ、見事切腹を」と、中庭の白洲に準備一切を整えた。しかし、千々岩が切腹に使う脇差しは、
中身をカネに変えたため、竹光だった。
家老らは、千々岩に竹光で切腹せよと言い募る。覚悟を決めた千々岩は、竹光で腹を切ってみるものの切れる
ものではなく、遂には腹に竹光を突き立て、悶絶した。介錯人は沢瀉彦九郎(丹波)。こいつも意地悪いやつで
千々岩に「介錯を!」と懇願されても、「いや、十分に切られめされよ」と言って苦しめる。千々岩の
体力も尽き果てる際に、沢瀉はやっと介錯しクビを落としたのだった。

そんなことがあった後、また井伊家に、今度は芸州福島家元家臣津雲半四郎(仲代)と称する浪人が
現れた。井伊家では、彼を招じ入れ、再び見せしめに切腹させるつもりで準備した。津雲自身も、
「拙者、僅かな金子を所望に来たのではない。切腹するつもりでやってきたのだ」と正々堂々としている。
そこで井伊家では千々岩のときと同じように中庭に場を設け、切腹の段取りを勧めた。
そこで津雲は、介錯人に沢瀉彦九郎を指名する。だが、かれは今日は出仕していない。しばらくは出仕できない
という。それでは、と指名したふたりとも、病気を理由に出資していなかった。使用人が沢瀉の家に出仕を命じに
出かける間、津雲は、家老に是非お聞き頂きたいことがある。死に行くものの話として聞いてくれと、
自分の出自を話し始めた。

それによると、津雲は、先日井伊家で壮絶な詰め腹を切らされた千々岩求女の義父であった。津雲は娘美保(岩下)を
困窮する千々岩の気持ちを押し切って2人を夫婦とした。しかし、生まれた子供は病気勝ちで、美保はどうやら
労咳にかかっているらしい。そうした中で、千々岩は井伊家に何がしかの金子を「押し売り切腹」を仕掛け
せびるつもりで出かけたのだが、なんとホントに切腹する羽目となり、家族にも会えず憤死してたのだった。

それを受けた義父津雲半四郎は、井伊家のあまりのやりように、半ば復讐として、半ば武士の沽券の問題として
命を賭してやってきたのだった。事の顛末に驚く井伊家の面々。さらに、津雲は沢瀉ら、千々岩に残酷な所業を
した3人の馬廻り役を懲らしめ、命を奪われると同じ、という曲げを切り取り、白洲の上で懐から3つの切り取った
曲げ老中に放り出してみせたのだった。

「狼藉者が!切って捨てよ」という老中の掛け声で屋敷中の家臣が出てきて、剣戟の一幕となった。存分に
斬り結んだ津雲は、井伊家の象徴である赤備えの甲冑を抱えて畳に叩きつけたところに、火縄銃で射殺されたの
だった。老中斎藤勘解由は、家臣に、「津雲は見事本懐を遂げた。殺された家臣や沢瀉らはあくまで病死である。
怪我をしたものは篤く手当せよ」と命ずる。つまり、津雲の騒動は無かったことにしたのだ。武家の対面として。
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さて、本作から何を受け止めるべきだろうか。タイトルは「切腹」。この言葉に、武家社会のテーゼとアンチテーゼが
内包されている、と思う。「建前・体面」と「本音・実質」、さらに突き詰めると、「武士・武家はどうあるべきか」と
いう命題へと収斂されよう。

大阪夏の陣から16年、武士としての心構え、心情、武士の情けに象徴される人間味、そした戦場の実践から生まれた
武家の作法というものが、平和な世界になり次第に形骸化、様式化され、武家も刀を抜かなくって長い年月が経過する。
時代は次第に文化が花咲く時代へと変質していくのだ。

こうした時代の移ろいのなか「武家の本分」といったものが、曲がっていってしまった時代に、津雲半四郎は、
敢然と立ち向かい、武士とはそういうもんじゃないだろう、と訴えた。

一方、お家大事、主家大事となれば何万という家臣が露頭に迷うことにつながる不名誉は老中としては絶対に
避けなければならない。だから、ラストで老中が全てを無かったこととして葬り去ろうとしたことは、これはこれで
この時代、誰が非難出来たであろうか。

本作を「社会派」と称し、現代でのメタファーを求める方もいらっさるだろう。
それはそれで否定はしないが、小林正樹がここで描きたかったのは「切腹」という象徴的な事象を通し、江戸時代初期の
「武士道の有りよう」を独特の人間性と物語性をもってして提示したのではないか、私はそう思った。
しかし、生死感、人間の残酷性などなどいろんな意味合いが受け取れる、よく出来た映画である。
ただ、多くの方が指摘されているように、最後のチャンバラは、もう少しなんとかならなかったかな。物語性の濃さを
減じる効果しかない。

この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=140556#1こちらまで。

by jazzyoba0083 | 2016-12-03 23:10 | 邦画・旧作 | Comments(0)

お早よう

●「お早よう」
1959 日本 松竹映画 94分
監督・(共同)脚本:小津安二郎
出演:佐田啓二、久我美子、笠智衆、三宅邦子、杉村春子、設楽幸嗣、島津雅彦、沢村貞子、東野英治郎
   長岡輝子、三好栄子、大泉滉、泉京子、高橋とよ他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>

「彼岸花」「秋日和」の姉妹編。タイトルの演出なども含めて、小津監督のなかでは1958、59、60、の
三連作という括りなのだろう。内容は親子の人情ではなく、いわば群像劇ではあるが本作では家にテレビが
欲しい兄弟が狂言回しとして登場、おでこを弾くと「ぴよ~ん」と音が出たり、おならだったり(うんちが
もれちゃう)、コメディ色が強い。林家の弟を演じた島津雅彦は、黒澤映画「天国と地獄」で、三船敏郎の
家の運転手の息子を演じていたんだな。なかなか達者である。「アイ・ラブ・ユー」という掛け声が良い!
私の昭和34年が丁度このくらいの子供だった!

 小津監督が赤の発色が良いからと使ったドイツのアグファフィルムが本作でも使われ、画面の中で、朱色の
存在をさりげなく主張する。それは味の素やキッコーマンの容器の頭部分であったり、住宅の壁に掛けられた
フラフープだったり、兄弟の着るセーターに入ったラインであり、住宅の廊下の消化器や、脚立の天板であり、と
基本的にはどのフレームにも朱色や赤が置かれ、動かない画面の重心を取っているとともに、アクセントにも
なっている。また小津映画の特徴である短いセリフのオウム返しはここでも子役まで含めて健在である。
「いい天気ですねえ」「ほんといい天気」「ほんとにいい天気です」。という具合。タイトルの「おはよう」は
もちろん挨拶であるが、ここでは大人による無駄な言葉の代表選手として登場している。林家の兄弟は
お父さんから「無駄口をたたくな」と叱られ、だんまり作戦に出るが、彼らは大人こそ挨拶など無駄なことを
いってるという。だが佐田啓二は「挨拶が無くては味気ない。そういう言葉は生活の円滑剤だ」と喝破する。
本作の主題がそこにある。

「文化住宅」「14インチの白黒テレビ」「フラフープ」「普段は着物姿の主婦」「55歳定年」「押し売り」
「月賦」などなど昭和半ばの文化史を保存する上でも立派な史料となりうるものとなっている。
 林家の兄弟は中学と小学生なのだが、そのわりには笠智衆がおじいさんのようだと思うのだが、笠智衆、この
映画の時、まさに55歳。昔の人は年取っていたなあ。そしてもう定年なんだな。

引き戸を開ければ同じ間取りの文化住宅というとある街角。奥様同士は近所の噂話に余念がない。子どもたちは
勉強も上の空で、ある家にあるテレビの相撲中継が気になって仕方がない。そのうちの林家の兄弟は家に
テレビがない、「買っておくれよ~」とせがむが、両親はうんと言わない。まだ贅沢品なのだ。
そんな住宅街の人々が織りなす人生模様を「あいさつ」ということをキーワードに纏める。
 河原の土手の道を子供らが「有楽町で逢いましょう」を歌いながら下校してくるところから映画が始まる。
小津映画の特徴である、市井の人々が繰り広げる普通の人生の中に、豊かな人間模様を浮かび上がらせると
いうタッチが本作でも展開される。「家族」というテーマも重要である。男女の仲は「惻隠の情」である。
こうした作品は激しい感情を突き動かすものではないが、悪人が出てこない、ほのぼのとした世界で感じる
情感の豊かさ、を私たちは受け取ることが出来る。これは平成ではなく、やはり昭和の半ばならではのテイストで
あろう。小津作品のいいところが出た佳作である。
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<ストーリー>
東京の郊外--小住宅の並んでいる一角。組長の原田家は、辰造、きく江の夫婦に中学一年の子・幸造、それに
お婆ちゃんのみつ江の四人暮し。原田家の左隣がガス会社に勤務の大久保善之助の家。妻のしげ、中学一年の善一の三人。
大久保家の向い林啓太郎の家は妻の民子と、これも中学一年の実、次男の勇、それに民子の妹有田節子の五人暮し。
林家の左隣・老サラリーマンの富沢汎は妻とよ子と二人暮し。右隣は界隈で唯一軒テレビをもっている丸山家で、
明・みどりの若い夫婦は万事派手好みで近所のヒンシュクを買っている。

そして、この小住宅地から少し離れた所に、子供たちが英語を習いに行っている福井平一郎が、その姉で自動車の
セールスをしている加代子と住んでいる。林家の民子と加代子は女学校時代の同窓で、自然、平一郎と節子も好意を感じ
合っている。
このごろ、ここの子どもたちの間では、オデコを指で押すとオナラをするという妙な遊びがはやっているが、大人たちの
間も、向う三軒両隣、ざっとこんな調子で、日頃ちいさな紛争はあるが和かにやっている。ところで、ここに奥さん
連中が頭を痛める問題が起った。相撲が始まると子供たちが近所のヒンシュクの的・丸山家のテレビにかじりついて
勉強をしないのである。民子が子どもの実と勇を叱ると、子供たちは、そんならテレビを買ってくれと云う。
啓太郎が、子供の癖に余計なことを言うな、と怒鳴ると子供たちは黙るどころか、「大人だってコンチワ、オハヨウ、
イイオテンキデスネ、余計なこと言ってるじゃないか」と反撃に出て正面衝突。ここに子供たちの沈黙戦術が始まった。

子供たちは学校で先生に質問されても口を結んで答えないという徹底ぶり。この子供たちのことを邪推して近所の
大人たちもまた揉める。オヤツをくれと言えなくて腹を空かした実と勇は原っぱにおヒツを持出して御飯を食べようと
したが巡査に見つかって逃げ出し行方不明となった。間もなく子供たちは駅前でテレビを見ているところを、節子の
報せで探しに出た平一郎に見つかった。家へ戻った子供たちは、そこにテレビがおいてあるのを見て躍り上った。
定年退職した富沢が電機器具の外交員になった仕事始めに月賦でいいからと持込んだものだった--。」(Movie Walker)

この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=138821こちらまで。

by jazzyoba0083 | 2016-09-23 22:40 | 邦画・旧作 | Comments(0)

続・社長外遊記

●「続・社長外遊記」 
1963 日本 東宝映画  96分
監督:松林宗恵
出演:森繁久彌、小林桂樹、フランキー堺、加東大介、三木のり平、新珠三千代、草笛光子他
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<評価:★★★★★☆☆☆☆☆>
<感想>
この手の映画がこのブログに載ることはほとんどないのであり、事実、この東宝の社長
シリーズをまともに見たのも初めてである。当時は若大将シリーズと並んで東宝のドル箱
シリーズだったのだな。我が家のブルーレイレコーダはキーワード録画が出来、個人的に
好きな「ハワイ」を入れてあるので、解説にハワイがという単語が入っていると、この手の
映画やら、「トラ!トラ!トラ!」「ファイナルカウントダウン」などのハワイが舞台になった
映画が新旧録画されるわけ。で、先日録画された作品を観てみたら、本作がBSフジで
放送されていたものが釣れていたのだった。前編にあたり「社長外遊記」も。

ただし、ハワイ度は続編のほうが強く、今から半世紀ほど前のホノルルは一体どうなって
いたのだろうか、というその一点で観てみた。そしたら結構映画にも引き込まれたという
塩梅だ。昔の人たちは、この映画の森繁やのり平の演技で笑っていたのだろうか。
思えば幸せな時代だった。

さて50年前のホノルル(ヘリに乗るシーンもあるので空撮!がある)は、ピンクパレスと
モアナサーフライダー、シェラトンハワイアンビレッジ以外に高いビルは目立たず、
今は一方通行のカラカウアやアラワイは当時は対面通行。
どこかは分からないがショッピングセンター(というより商店街)も今からでは想像出来ないほど
鄙びている。空いた土地もあちこちにあり、今日のビルたちすぎのホノルル・ワイキキより
のどかでよろしい。まあ、今のほうが便利っちゃあ便利だけど。

映画のほうだけど、森繁あたりは相当アドリブをかましている風。娯楽はまだテレビよりは
映画の時代、年に4本も作られていた本作などは、今で言えばテレビドラマのように消費されて
いたのだったのだろう。
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<ストーリー>
丸急デパートのハワイ進出を計って風間社長、大島常務、珍田部長の首脳部は中村
秘書課長が待つハワイへ向った。現地に着いた一行は早速関係者を集めて日本料理屋
“さくら亭”でパーティを開き、珍芸を披露して一世、二世達の喝采を博した。

その夜以来風間はさくら亭のマダム紀代子にぞっこん参ってしまい、昼はハワイ名所で
デイト、夜はさくら亭に入りびたりでご奉公という始末。肝心の敷地買収は日系三世の
ジョージ・沖津にまかせっきりという無責任さ。

一方珍田は中村をガイドにしてもっぱら穴場めぐり、フラダンス大会に女装で出場しては
見事一位になって国威発揚した。ミス・ハワイ丸急コンテストにはジョージの経営する
雑貨店の看板娘キャサリンが文句なく選ばれた。
一人ホテルに残された大島は洗濯に大忙し、ある日、風に飛ばされたふんどしを拾って
くれた松本老人と親しくなり、それからは碁盤を挟んで対局の毎日となった。

買収をまかせたジョージはキャサリンを口説くのに懸命で、たまりかねた圭之助がやっと
交渉をはじめたが時すでに遅く、目指す土地は他人に売約済み。あわてて地主の所へ
乗り込んでみると、地主というのは松本老人だった。かねてからの親交で大島が聞き
出したところ、新しい持主は意外にも紀代子と判った。早速紀代子のもとへかけつけたが、
一足違いで東京へ発ったあとだった。しかもハワイに来ていたライバル福助屋の
水谷社長と一緒に出かけたという。大あわての一行はすぐに日本へ帰ることになった。
東京での仕事と恋の成果はいかに。(Movie Walker)

この映画の詳細はこちらまで。
by jazzyoba0083 | 2016-06-18 11:00 | 邦画・旧作 | Comments(0)

秋日和

●「秋日和」(デジタル修復版)
1960 日本 松竹映画  128分
監督・脚本:小津安二郎 共同脚本:野田高梧 原作:里見弴
出演:原節子、司葉子、佐分利信、岡田茉莉子、佐田啓二、中村伸郎、北竜二、笠智衆、沢村貞子他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
NHKBSで放映中の小津作品デジタル修復版シリーズの1つ。姉妹編のような「彼岸花」
から2年後の作品で、中身はよく似たようなもの、出演者もほぼ同じ、特に、佐分利、中村、
北のトリオはまるで変わらないし、飲みに行く店の女将も同じ配役だ。デジャヴを覚える。
タイトルクレジットの一部を赤文字にしたり、ベースの茶色の布模様まで一緒。つまり
小津は、連作のように捉えていたのだろう。また画面の中にさりげなく置かれた「赤」「朱」の
嗜好も同様だ。 セリフ回しも誰が喋っても小津節となり、画面はローアングルで構えた
カット編集のみ。

シーンの切り替えに使われる山やビル群の中途半端なサイズは、その後に続く、ふすまが
重なる和室のシーンやオフィス、など構図に凝った極めて安定的なシーンが連続することに
より起こるマンネリ感を、一旦敢えて「不安点な構図」で崩す、というような意図があるのでは
ないかと思えてくる。冒頭の東京タワーのサイズからしてそうだ。そういえば「彼岸花」の
冒頭の東京駅のサイズも気持ち悪い構図だった。

この映画にはエピソードがいくつかあり、本作と同様な筋立てだった「晩春」で、嫁に行く
行かないでファーザーコンプレックスのような立場の娘を演じた原節子が、今度は
未亡人の身で娘を嫁にやる母親の立場になる。そして、佐分利の秘書役でちょこっと
出てくる岩下志麻が本作で見出され「秋刀魚の味」では主役に抜擢されるのだ。
同名異曲のような「彼岸花」とはコミカルな要素が岡田茉莉子の存在で強調され、彼女の
「おきゃん」な存在が本作のマンネリっぽさを薄める重要な要素となっている。
当時26歳だった司葉子が美しい。ちなみに原節子は40歳、佐分利51歳、佐田34歳、
岡田26歳、笠56歳、北54歳、中村52歳である。

さて、小津監督がここまで嫁ぐ娘と親(父であり母であり片親の場合多し)の関係をたくさん
描こうとしたのは何故だろうか。同じような展開になるのは見えているのに、である。指摘
されている方も多いだろうが、一番近い血縁者が、自分のところから離れていく、また子は
親を残して他人と生活を始める、というシチュエーションに着目すべきであろう。
昭和30年代の日本ではまだまだ多くの国民の一代関心事であり、本作のセリフの中でも
出てくるが「今時の娘は」「いいんだよ、ああいうのがいても」という節目の時期に当り、
そうした変化していく風潮の中で変わらない美しい日本人のメンタリティの有様を描く事に
強い興味を覚えたのに違いない。別に小津監督の評伝を読んでいるわけでもないので
外れているかもしれないが。

毎度のことだが、佐分利、中村、北のトリオは重役や大学教授であり、暮らしに何の心配も
なく、家にはまだ放送が始まって数年しかたっていないテレビがあり、ゴルフをたしなみ、
銀座のバーに行く。昼はうな重だ。まだまだ庶民には憧れの生活であり、一方で原節子の
暮らしはアパートの2DK。テレビもないし着ている着物は地味だ。そんな対比もまた
観客を映画の世界に遊ばせる設定としてはこの時代、良かったのだろう。若大将シリーズも
そうである。
しかし、似た話、でも観ていると何だかほんわかとしてくる小津作品。私は大好きである。
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<ストーリー>
亡友三輪の七回忌、末亡への秋子は相変らず美しかった。娘のアヤ子も美しく育ち
すでに婚期を迎えていた。旧友たち、間官、田口、平山はアヤ子にいいお婿さんを
探そうと、ついお節介心を起した。が、アヤ子がまだ結婚する気がないというので、
話は立ち消えた。

秋子は友達の経営する服飾学院の仕事を手伝い、アヤ子は商事会社に勤めて、
親子二人郊外のアパートにつつましく暮している。たまの休みに街に出て一緒に
過すのが、何よりのたのしみだった。母も娘も、娘の結婚はまだまだ先のことのように
思えた。

或る日母の使いで間宮を会社に訪ねたアヤ子は、間宮の部下の後藤に紹介された。
後藤はアヤ子の会社に勤める杉山と同窓だった。土曜日の午後、間宮は喫茶店で、
杉山や後藤と一緒にいるアヤ子を見た。後藤とアヤ子の間に恋愛が生れたもの、
と間宮は思った。
ゴルフ場で田口や平山に話すとアヤ子は母親への思いやりで結婚出来ない、という
結論になった。秋子の再婚ということになった。候補者はやもめの平山だった。
息子まで極力賛成されてみると、平山もまんざらではない。秋子を訪ねた田口は、
亡夫への追慕の情たちがたい秋子にとっても再婚の話はもち出せない。アヤ子を
呼んで説得したところ、アヤ子は母は父の親友と再婚するものと早合点して、
母と正面衝突した。

アヤ子は親友の百合子に相談した。百合子は田口、平山、間宮を訪ねると、その
独断を責め立てたので、三人もいささか降参し、アヤ子は、一時は誤解したものの、
母の知らない話だと分ってみれば、和解も早い。これから先、長く一人で暮す母を思って、
二人は休暇をとって、思い出の旅に出た。伊香保では三輪の兄の周吉が経営する
旅館があった。周吉は秋子の再婚にも、アヤ子の結婚にも賛成だった。その旅の夜、
秋子は娘に自分がこれから先も亡き夫とともに生きることを語った。アヤ子と後藤の
結婚式は吉日を選んで挙げられた。間宮も、田口も、平山も、ほっとした。
ひとりアパートに帰った秋子は、その朝まで、そこにいたアヤ子を思うと、さすがに
さびしかった。(Movie Walker)

この映画の詳細はこちらまで。
by jazzyoba0083 | 2016-04-25 22:15 | 邦画・旧作 | Comments(0)

●「彼岸花(デジタル修復版)」
1958 日本 松竹映画 118分
監督:小津安二郎  脚本:小津安二郎、野田高梧
出演:佐分利信、田中絹代、有馬稲子、佐田啓二、北龍二、中村伸郎、笠智衆、浪花千栄子、山本富士子他
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<評価:★★★★★★★★☆>
<感想>
NHKBSで放送された、小津作品のデジタル修復版。やはり画が綺麗だ。人物や建物などの
輪郭がくっきりはっきり。それはトップカットの東京駅駅舎のアップですでに分かる。
小津作品としては初のカラー。しかも、全編を通してキーになっている彼岸花の色、赤、朱が
生きるようにと、ドイツのアグファフィルムを使ったという。そのことは冒頭のクレジットでも
明示されている。

この「赤」がキーポイントになっていて、物語を追いかけていくうえで非常に面白いガジェットに
なっている。主人公平山(佐分利信)家の居間の赤いホーロびきと思われる赤いやかんの位置。
最初のうちは画面左の隅、その次は茶舞台の向う、そして娘節子の結婚が決まった席では
茶舞台の前のセンターにと、節子の心理を表現するように移動してくるのだ。

その他にも「朱」は効果的だ、先ほどの居間では、手前の和テーブル、水屋の上のラジオ、
湯のみの受け皿、母清子(田中絹代)の帯。(帯の朱はいろんな登場人物が反復して付ける)
更に、平山の会社の消火器ケース、廊下のカーペット、平山のネクタイの色、料亭では七味入れ、
味の素のキャップ、おわん、椅子にさりげなく置かれた赤いセーターやひざ掛け、などなど
小津が、赤いものの設定に人の心の有様をさり気なく置いている演出が分かる。物語が
動いている時に「朱」が使わているようだ。

また、相変わらずではあるが、小津映画の日本美を強調した画作りは、今更ながら一幅の
画を観るかのようだ。特に日本間の画面では、ふすまや屏風が上手く使われ、奥行きを出し、
ナメの構図を使い、ピントをどこに置くかによって、人物にスポットの当て方に変化を出す、
一部、セイムサイズのカットを繋げる箇所も見られたがそのあたり、小津がこれまでの映画の
語法を破って自らの美学を押し出した箇所として注目した。
セリフは誰が喋っても小津節になるんだなあ・・・。好きだけど。

クルマ好きとしては昭和33年頃に走っていたプリンス、ヒルマン、ダットサンなどの綺麗な
車が出てくる。

さて、映画の本論に戻ろう。昭和33年、東京タワーが出来た年、戦後日本が高度成長に
向けてひた走るスタートラインに立った頃だ。このころ私は小学校に入学。デジャヴを
観ているような光景だ。まだテレビは無く、平山家ではラジオを聞いている。
ただ人間ドックという言葉がこの当時からもうあったとは驚いた。
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小津映画の大きな主題である、嫁に行く(行かせたい)娘と父親との相剋を描いた作品。
他人には自分の好きなように結婚すればいいんだよ、とかいいながら、いざ自分の娘
(有馬稲子)が好きな人と結婚する、という事態になると、俄然頑固になり、式にも
披露宴にも出ない!と「昭和のオヤジ」丸出しの「封建」さ。とりなす母(田中絹代)の
優しさ、支える妹(桑野みゆき)。娘節子はあくまでも自分の意見を通して男(佐田啓二)の
元に嫁ぐが、これには京都在住で家族ぐるみの付き合いの娘佐々木幸子(山本富士子)の
一世一代の大芝居の成果があったのだ。騙されたように娘の結婚を承諾する父、出ないと
言っていた式にも出ることになった。
嫁入りのシーンなどはない。蒲郡での佐分利の中学の同窓会のシーンから京都へ、
そしてオヤジはついに広島の娘の所に行く決意をした・・・。遠ざかる列車の姿で映画は
終わる。余韻を残しながら・・・。

いやあ、いい映画だった。画は綺麗、物語は分かりやすく、昭和生まれには郷愁を呼ぶ
物語、そして豪華なキャスティング。蒲郡の旧蒲郡プリンスホテルの姿も写っていた。
冒頭での友人の娘の結婚式に参加しての帰り、料亭で、佐分利、北、中村と三人で
一杯やるシーンは、「秋刀魚の味」にそっくりなシーンがある。例のひょうたん(東野英治郎)
を呼ぼう相談するところ。この料亭、同じものじゃないかな。唯一、小津らしくなかったカットが
ある。佐分利のオフィスに急に訪ねてきた佐田啓二、最初、前髪が垂れていたのが、
次のアップでは綺麗に撫で付けられていた。あれはちょっと・・・。

小津作品の中でもまた好きな作品が増えた。Blu-rayで永久保存、決定!!

この作品の詳細はこちらまで。
by jazzyoba0083 | 2016-04-11 23:10 | 邦画・旧作 | Comments(0)

晩春 

●「晩春」(デジタル修復版)
1949 日本 松竹映画 108分
監督:小津安二郎  脚本:野田高梧、小津安二郎  音楽:伊藤宣二
出演:笠智衆、原節子、月丘夢路、杉村春子、三宅邦子、三島雅夫、青木放屁、宇佐美淳他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
名匠小津安二郎の記念碑的作品。原節子を初めて起用した「紀子三部作」の1作目。
遺作「秋刀魚の味」まで続く野田高梧との共同脚本の1作目、いわゆる小津スタイルの
確立、などなど話題に事欠かない作品で、海外での評価も高い。

私は世の中に数多(あまた)いる小津信者でもなく、映画芸術評論家でも無いので、
あまり突っ込んだ感想を書くとハレーションが起きそうなので控えめに(苦笑)するが、
好きな作品で今回で数回目の鑑賞とはなると思う。
ただ、個人的には「東京物語」や「秋刀魚の味」の方が好きだが。

小津の作品の大きなテーマである「結婚」と「老いゆく父」というテーマのキッカケともなった
作品。個人的には「ファーザーコンプレックス」という言葉が脳裏を横切った。
特に、父と能を観劇するシーンで、父が再婚してもいい、と言っている相手の三輪未亡人
(三宅邦子)を見つけ、睨めつけるような視線を送るシーンはこの映画の白眉ともいえ、そこ
には、紀子の父性コンプレックスを強く感じるのだ。敢えて原節子の顔のテカリを出し、
油切った顔つきは、横でニコニコと能を楽しむ父とは対照的に、能面の下に隠された鬼面性を
表出していると確信したのだ。

それは、京都観光で二人でマクラを並べて寝るところでも感じる。小津のアップとセリフの
シナジーの真髄のような気がする。原節子のバタ臭い顔がまた非常にモノを言っているのだ。
京都では有名な「壺」論争があるが、私はこれは父性コンプレックスのメタファーと思っている。
いかん、小津信者様がたを刺激する方面に突っ込んでしまった!
わかりやすいメタファーと云えば、ラストシーンでの、父親が紀子が嫁に行った晩、一人で
りんごを剥くところ。この凸凹に剥けるりんごの実と皮こそ、父親の今後のメタファーであろう。

ローアングル手法、パーン、ドリー、トラック、ズームなどを使わないフィクスカットの連続、
カメラ目線の正対でのセリフの切り返し、独特のセリフ構造、効果的なハイライトの使い方、
などこれからの小津映画のメソッドを確立した作品として、観るべきところは多い。

ネットを検索すると、本作に対する熱い思いを綴ったブログは枚挙に暇がないので、興味が
ある方はそちらを読まれると、「小津映画芸術論」が理解出来ると思う。
大筋についてはこちらのWikipediaを参照ください。

今回はNHKBSで放映されたデジタル修復版を鑑賞したが、画像は輪郭が明確になるなどの
改善はあったが、音声が聞き取れない部分があって、特に杉村春子や月丘夢路のセリフは
聞き取りにくかった。これはこの時期の黒澤映画でも言えることなのだが。
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by jazzyoba0083 | 2016-04-04 23:10 | 邦画・旧作 | Comments(0)

波の数だけ抱きしめて 

●「波の数だけ抱きしめて」
1991 日本 東宝配給 フジテレビジョン・小学館 104分
監督:馬場康夫   音楽:松任谷由実
出演:中山美穂、織田裕二、別所哲也、松下由樹、阪田マサノブ、勝村政信他
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<評価:★★★★★☆☆☆☆☆
<感想>
時代の雰囲気だけを確認したくて観始めたホイチョイ三部作。本作はそのラスト。
やっぱり「ワタスキ」は超えていない。「水着」よりはマシだが、ラストの織田の叫びは
とても恥ずかしい。

ファンのかたには申し訳ないが、そもそも中山美穂も織田裕二も好みの外の人たち
なので、思い入れも出来ない状況での鑑賞、先にも言った用に制作された1991、あるいは
舞台となっている1982年の時代の雰囲気を味わいたかっただけの鑑賞だから、
ストーリーがあってないようなものでも、そんなもんか、と苦にはならなかった。
唯一緊張したのが100の中継局を繋いだFM KIWIが無事に開局できるかどうか、と
いうシチュエイションのみ。 大体若い俳優たち、滑舌が悪すぎで何を喋っているか
聞き取れないシーン多数。特に阪田マサノブは早口で滑舌が悪いので聴きとるのに
苦労した。

トレンドであった湘南で大学生が奮戦するミニFM局を舞台にダブル三角関係とでも
いうのかな、そんな愛憎模様が軽いタッチでユーミンの音楽などヒット曲をバックに
繰り広げられる。

時代の雰囲気として、真っ黒け(小麦色?)の女性陣、博報堂のAEである別所哲也と
いう存在。広告代理店がブイブイ言わせていた頃だよね。その役所の車である
黄色いワーゲンのカブリオレ。織田の乗るヘビーデューティーな日産のピックアップ
トラック、そして1982年ごろから関東を中心に生まれ始める第二FMがブームアップに
チカラを貸したJ-POPブーム。J-WAVE,Bay FM ,FM Yokohama, FM802などが
続々と開局していく。そのトレンドをベースにしたのはいいけど、中山美穂、DJ下手すぎ。
まあ、当時は「モアミュージック・レストーク」というのが合言葉ではあったけど。
(作中、中山美穂のプロフィールに出身大学が上智としてあったけど、まあトレンドと
いえばトレンドなんだろうけど、自分の出身校なのであんまりいい気分ではなかったなあ)

それとオンエアするレコードなんかタワーレコードで買ってたけど、学生の小遣いで
ガンガン買えるほどLPは安いものじゃなかったはず。

そして極め付きはみんなが期待していた開局の日、織田が、中山に対しこれまでの
思いをぶつけるとて、FMのマイクを通じて「好きだー、お前が好きだー」と叫び続ける
のだが、それがとても恥ずかしい。作中、織田は徹底的にヘタレなんだけど、エンドで
これかよ、お前はカーナビーツか!とツッコミを入れたくなるのだ。ww

映画がジングルで閉じるのは洒落た工夫だと感じたが、当時流行っていた英語のジングル、
アメリカに発注して作るんだけど、ミニFMが作れるような金額じゃないはずだ。ww
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<ストーリー>
1991年11月。東京の教会で行われた真理子の結婚式に、旧友の小杉、芹沢、裕子、
吉岡の4人が集まった。式の帰り、小杉と芹沢はクルマを飛ばして横横経由で長柄の
トンネルを抜け、134号線を茅ヶ崎に向かう。

1982年5月。大学4年生の小杉、芹沢、裕子、真理子の4人は、真理子のバイト先の
サーフショップを拠点にノンストップ・ミュージックのミニFM局Kiwiを運営していた。
彼らは学生生活最後の夏休みに何か大きなことをやりたいと無線マニアの芹沢の
発案でFM局を始めたのだった。

自分たちの放送が湘南じゅうの海岸で聞けるようになることを夢見る彼らにとって、
真理子のDJとしての才能は不可欠だったが、その真理子はロスアンゼルスにいる
両親から航空券を送りつけられており、7月にはロスの大学に編入しなければならない。
真理子は小杉に引きとめてほしいのだが、シャイな小杉は「好きだ」の一言が言えない。

そんなある日、彼らの前に若い広告マンの吉岡が現れる。真理子に一目ぼれした吉岡は、
FM放送局の計画を知り、真理子を取り入れる為に中継局作りに積極的に協力しはじめる。
そしてKiwiは二人の男の真理子への思いをエネルギーにして、国道134号線沿いに
江ノ島方向へ急速に伸び始める。

そんな時、吉岡は会社の上司から専売公社が森戸にひと夏オープンするアンテナショップで
行うイベントの企画を命じられ、茅ヶ崎から森戸まで湘南の海辺をカバーするFM放送局
「FM湘南」の設立を提案。Kiwiは森戸を目指してさらに伸びていく。

同時に吉岡は真理子に9月までアメリカ行きを延ばすよう頼み込み、真理子もそれを
了承するのだった。7月、中継局が葉山まで伸び、いよいよ明日はスポンサーが試験放送を
聞きにくるという晩、小杉は真理子に気持ちを打ち明けようと決心し、真理子を呼び出すが、
ふとした行き違いから真理子の気持ちが完全に吉岡に移ったものと誤解。一方真理子も
小杉に思いを寄せていた裕子が小杉と抱き合っているのを目撃して、深く傷つきアメリカへ
の旅立ちを決心する。

芹沢と裕子は、真理子と小杉の仲を取り持つ為、試験放送を犠牲にして、小杉の「愛してる」と
いう言葉を電波に乗せ、真理子のクルマに乗せようとする。だが、この放送が失敗すれば
吉岡は会社をクビになるのだ。悩んだ末、小杉はマイクに向かうが、間一髪で真理子の
クルマは長柄のトンネルに入り、その思いは伝えられなかったのだった。」(Movie Walker)

この映画の詳細はこちらまで。
by jazzyoba0083 | 2016-02-16 22:40 | 邦画・旧作 | Comments(0)