カテゴリ:邦画・旧作( 53 )

続・社長外遊記

●「続・社長外遊記」 
1963 日本 東宝映画  96分
監督:松林宗恵
出演:森繁久彌、小林桂樹、フランキー堺、加東大介、三木のり平、新珠三千代、草笛光子他
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<評価:★★★★★☆☆☆☆☆>
<感想>
この手の映画がこのブログに載ることはほとんどないのであり、事実、この東宝の社長
シリーズをまともに見たのも初めてである。当時は若大将シリーズと並んで東宝のドル箱
シリーズだったのだな。我が家のブルーレイレコーダはキーワード録画が出来、個人的に
好きな「ハワイ」を入れてあるので、解説にハワイがという単語が入っていると、この手の
映画やら、「トラ!トラ!トラ!」「ファイナルカウントダウン」などのハワイが舞台になった
映画が新旧録画されるわけ。で、先日録画された作品を観てみたら、本作がBSフジで
放送されていたものが釣れていたのだった。前編にあたり「社長外遊記」も。

ただし、ハワイ度は続編のほうが強く、今から半世紀ほど前のホノルルは一体どうなって
いたのだろうか、というその一点で観てみた。そしたら結構映画にも引き込まれたという
塩梅だ。昔の人たちは、この映画の森繁やのり平の演技で笑っていたのだろうか。
思えば幸せな時代だった。

さて50年前のホノルル(ヘリに乗るシーンもあるので空撮!がある)は、ピンクパレスと
モアナサーフライダー、シェラトンハワイアンビレッジ以外に高いビルは目立たず、
今は一方通行のカラカウアやアラワイは当時は対面通行。
どこかは分からないがショッピングセンター(というより商店街)も今からでは想像出来ないほど
鄙びている。空いた土地もあちこちにあり、今日のビルたちすぎのホノルル・ワイキキより
のどかでよろしい。まあ、今のほうが便利っちゃあ便利だけど。

映画のほうだけど、森繁あたりは相当アドリブをかましている風。娯楽はまだテレビよりは
映画の時代、年に4本も作られていた本作などは、今で言えばテレビドラマのように消費されて
いたのだったのだろう。
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<ストーリー>
丸急デパートのハワイ進出を計って風間社長、大島常務、珍田部長の首脳部は中村
秘書課長が待つハワイへ向った。現地に着いた一行は早速関係者を集めて日本料理屋
“さくら亭”でパーティを開き、珍芸を披露して一世、二世達の喝采を博した。

その夜以来風間はさくら亭のマダム紀代子にぞっこん参ってしまい、昼はハワイ名所で
デイト、夜はさくら亭に入りびたりでご奉公という始末。肝心の敷地買収は日系三世の
ジョージ・沖津にまかせっきりという無責任さ。

一方珍田は中村をガイドにしてもっぱら穴場めぐり、フラダンス大会に女装で出場しては
見事一位になって国威発揚した。ミス・ハワイ丸急コンテストにはジョージの経営する
雑貨店の看板娘キャサリンが文句なく選ばれた。
一人ホテルに残された大島は洗濯に大忙し、ある日、風に飛ばされたふんどしを拾って
くれた松本老人と親しくなり、それからは碁盤を挟んで対局の毎日となった。

買収をまかせたジョージはキャサリンを口説くのに懸命で、たまりかねた圭之助がやっと
交渉をはじめたが時すでに遅く、目指す土地は他人に売約済み。あわてて地主の所へ
乗り込んでみると、地主というのは松本老人だった。かねてからの親交で大島が聞き
出したところ、新しい持主は意外にも紀代子と判った。早速紀代子のもとへかけつけたが、
一足違いで東京へ発ったあとだった。しかもハワイに来ていたライバル福助屋の
水谷社長と一緒に出かけたという。大あわての一行はすぐに日本へ帰ることになった。
東京での仕事と恋の成果はいかに。(Movie Walker)

この映画の詳細はこちらまで。
by jazzyoba0083 | 2016-06-18 11:00 | 邦画・旧作 | Trackback | Comments(0)

秋日和

●「秋日和」(デジタル修復版)
1960 日本 松竹映画  128分
監督・脚本:小津安二郎 共同脚本:野田高梧 原作:里見弴
出演:原節子、司葉子、佐分利信、岡田茉莉子、佐田啓二、中村伸郎、北竜二、笠智衆、沢村貞子他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
NHKBSで放映中の小津作品デジタル修復版シリーズの1つ。姉妹編のような「彼岸花」
から2年後の作品で、中身はよく似たようなもの、出演者もほぼ同じ、特に、佐分利、中村、
北のトリオはまるで変わらないし、飲みに行く店の女将も同じ配役だ。デジャヴを覚える。
タイトルクレジットの一部を赤文字にしたり、ベースの茶色の布模様まで一緒。つまり
小津は、連作のように捉えていたのだろう。また画面の中にさりげなく置かれた「赤」「朱」の
嗜好も同様だ。 セリフ回しも誰が喋っても小津節となり、画面はローアングルで構えた
カット編集のみ。

シーンの切り替えに使われる山やビル群の中途半端なサイズは、その後に続く、ふすまが
重なる和室のシーンやオフィス、など構図に凝った極めて安定的なシーンが連続することに
より起こるマンネリ感を、一旦敢えて「不安点な構図」で崩す、というような意図があるのでは
ないかと思えてくる。冒頭の東京タワーのサイズからしてそうだ。そういえば「彼岸花」の
冒頭の東京駅のサイズも気持ち悪い構図だった。

この映画にはエピソードがいくつかあり、本作と同様な筋立てだった「晩春」で、嫁に行く
行かないでファーザーコンプレックスのような立場の娘を演じた原節子が、今度は
未亡人の身で娘を嫁にやる母親の立場になる。そして、佐分利の秘書役でちょこっと
出てくる岩下志麻が本作で見出され「秋刀魚の味」では主役に抜擢されるのだ。
同名異曲のような「彼岸花」とはコミカルな要素が岡田茉莉子の存在で強調され、彼女の
「おきゃん」な存在が本作のマンネリっぽさを薄める重要な要素となっている。
当時26歳だった司葉子が美しい。ちなみに原節子は40歳、佐分利51歳、佐田34歳、
岡田26歳、笠56歳、北54歳、中村52歳である。

さて、小津監督がここまで嫁ぐ娘と親(父であり母であり片親の場合多し)の関係をたくさん
描こうとしたのは何故だろうか。同じような展開になるのは見えているのに、である。指摘
されている方も多いだろうが、一番近い血縁者が、自分のところから離れていく、また子は
親を残して他人と生活を始める、というシチュエーションに着目すべきであろう。
昭和30年代の日本ではまだまだ多くの国民の一代関心事であり、本作のセリフの中でも
出てくるが「今時の娘は」「いいんだよ、ああいうのがいても」という節目の時期に当り、
そうした変化していく風潮の中で変わらない美しい日本人のメンタリティの有様を描く事に
強い興味を覚えたのに違いない。別に小津監督の評伝を読んでいるわけでもないので
外れているかもしれないが。

毎度のことだが、佐分利、中村、北のトリオは重役や大学教授であり、暮らしに何の心配も
なく、家にはまだ放送が始まって数年しかたっていないテレビがあり、ゴルフをたしなみ、
銀座のバーに行く。昼はうな重だ。まだまだ庶民には憧れの生活であり、一方で原節子の
暮らしはアパートの2DK。テレビもないし着ている着物は地味だ。そんな対比もまた
観客を映画の世界に遊ばせる設定としてはこの時代、良かったのだろう。若大将シリーズも
そうである。
しかし、似た話、でも観ていると何だかほんわかとしてくる小津作品。私は大好きである。
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<ストーリー>
亡友三輪の七回忌、末亡への秋子は相変らず美しかった。娘のアヤ子も美しく育ち
すでに婚期を迎えていた。旧友たち、間官、田口、平山はアヤ子にいいお婿さんを
探そうと、ついお節介心を起した。が、アヤ子がまだ結婚する気がないというので、
話は立ち消えた。

秋子は友達の経営する服飾学院の仕事を手伝い、アヤ子は商事会社に勤めて、
親子二人郊外のアパートにつつましく暮している。たまの休みに街に出て一緒に
過すのが、何よりのたのしみだった。母も娘も、娘の結婚はまだまだ先のことのように
思えた。

或る日母の使いで間宮を会社に訪ねたアヤ子は、間宮の部下の後藤に紹介された。
後藤はアヤ子の会社に勤める杉山と同窓だった。土曜日の午後、間宮は喫茶店で、
杉山や後藤と一緒にいるアヤ子を見た。後藤とアヤ子の間に恋愛が生れたもの、
と間宮は思った。
ゴルフ場で田口や平山に話すとアヤ子は母親への思いやりで結婚出来ない、という
結論になった。秋子の再婚ということになった。候補者はやもめの平山だった。
息子まで極力賛成されてみると、平山もまんざらではない。秋子を訪ねた田口は、
亡夫への追慕の情たちがたい秋子にとっても再婚の話はもち出せない。アヤ子を
呼んで説得したところ、アヤ子は母は父の親友と再婚するものと早合点して、
母と正面衝突した。

アヤ子は親友の百合子に相談した。百合子は田口、平山、間宮を訪ねると、その
独断を責め立てたので、三人もいささか降参し、アヤ子は、一時は誤解したものの、
母の知らない話だと分ってみれば、和解も早い。これから先、長く一人で暮す母を思って、
二人は休暇をとって、思い出の旅に出た。伊香保では三輪の兄の周吉が経営する
旅館があった。周吉は秋子の再婚にも、アヤ子の結婚にも賛成だった。その旅の夜、
秋子は娘に自分がこれから先も亡き夫とともに生きることを語った。アヤ子と後藤の
結婚式は吉日を選んで挙げられた。間宮も、田口も、平山も、ほっとした。
ひとりアパートに帰った秋子は、その朝まで、そこにいたアヤ子を思うと、さすがに
さびしかった。(Movie Walker)

この映画の詳細はこちらまで。
by jazzyoba0083 | 2016-04-25 22:15 | 邦画・旧作 | Trackback | Comments(0)

●「彼岸花(デジタル修復版)」
1958 日本 松竹映画 118分
監督:小津安二郎  脚本:小津安二郎、野田高梧
出演:佐分利信、田中絹代、有馬稲子、佐田啓二、北龍二、中村伸郎、笠智衆、浪花千栄子、山本富士子他
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<評価:★★★★★★★★☆>
<感想>
NHKBSで放送された、小津作品のデジタル修復版。やはり画が綺麗だ。人物や建物などの
輪郭がくっきりはっきり。それはトップカットの東京駅駅舎のアップですでに分かる。
小津作品としては初のカラー。しかも、全編を通してキーになっている彼岸花の色、赤、朱が
生きるようにと、ドイツのアグファフィルムを使ったという。そのことは冒頭のクレジットでも
明示されている。

この「赤」がキーポイントになっていて、物語を追いかけていくうえで非常に面白いガジェットに
なっている。主人公平山(佐分利信)家の居間の赤いホーロびきと思われる赤いやかんの位置。
最初のうちは画面左の隅、その次は茶舞台の向う、そして娘節子の結婚が決まった席では
茶舞台の前のセンターにと、節子の心理を表現するように移動してくるのだ。

その他にも「朱」は効果的だ、先ほどの居間では、手前の和テーブル、水屋の上のラジオ、
湯のみの受け皿、母清子(田中絹代)の帯。(帯の朱はいろんな登場人物が反復して付ける)
更に、平山の会社の消火器ケース、廊下のカーペット、平山のネクタイの色、料亭では七味入れ、
味の素のキャップ、おわん、椅子にさりげなく置かれた赤いセーターやひざ掛け、などなど
小津が、赤いものの設定に人の心の有様をさり気なく置いている演出が分かる。物語が
動いている時に「朱」が使わているようだ。

また、相変わらずではあるが、小津映画の日本美を強調した画作りは、今更ながら一幅の
画を観るかのようだ。特に日本間の画面では、ふすまや屏風が上手く使われ、奥行きを出し、
ナメの構図を使い、ピントをどこに置くかによって、人物にスポットの当て方に変化を出す、
一部、セイムサイズのカットを繋げる箇所も見られたがそのあたり、小津がこれまでの映画の
語法を破って自らの美学を押し出した箇所として注目した。
セリフは誰が喋っても小津節になるんだなあ・・・。好きだけど。

クルマ好きとしては昭和33年頃に走っていたプリンス、ヒルマン、ダットサンなどの綺麗な
車が出てくる。

さて、映画の本論に戻ろう。昭和33年、東京タワーが出来た年、戦後日本が高度成長に
向けてひた走るスタートラインに立った頃だ。このころ私は小学校に入学。デジャヴを
観ているような光景だ。まだテレビは無く、平山家ではラジオを聞いている。
ただ人間ドックという言葉がこの当時からもうあったとは驚いた。
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小津映画の大きな主題である、嫁に行く(行かせたい)娘と父親との相剋を描いた作品。
他人には自分の好きなように結婚すればいいんだよ、とかいいながら、いざ自分の娘
(有馬稲子)が好きな人と結婚する、という事態になると、俄然頑固になり、式にも
披露宴にも出ない!と「昭和のオヤジ」丸出しの「封建」さ。とりなす母(田中絹代)の
優しさ、支える妹(桑野みゆき)。娘節子はあくまでも自分の意見を通して男(佐田啓二)の
元に嫁ぐが、これには京都在住で家族ぐるみの付き合いの娘佐々木幸子(山本富士子)の
一世一代の大芝居の成果があったのだ。騙されたように娘の結婚を承諾する父、出ないと
言っていた式にも出ることになった。
嫁入りのシーンなどはない。蒲郡での佐分利の中学の同窓会のシーンから京都へ、
そしてオヤジはついに広島の娘の所に行く決意をした・・・。遠ざかる列車の姿で映画は
終わる。余韻を残しながら・・・。

いやあ、いい映画だった。画は綺麗、物語は分かりやすく、昭和生まれには郷愁を呼ぶ
物語、そして豪華なキャスティング。蒲郡の旧蒲郡プリンスホテルの姿も写っていた。
冒頭での友人の娘の結婚式に参加しての帰り、料亭で、佐分利、北、中村と三人で
一杯やるシーンは、「秋刀魚の味」にそっくりなシーンがある。例のひょうたん(東野英治郎)
を呼ぼう相談するところ。この料亭、同じものじゃないかな。唯一、小津らしくなかったカットが
ある。佐分利のオフィスに急に訪ねてきた佐田啓二、最初、前髪が垂れていたのが、
次のアップでは綺麗に撫で付けられていた。あれはちょっと・・・。

小津作品の中でもまた好きな作品が増えた。Blu-rayで永久保存、決定!!

この作品の詳細はこちらまで。
by jazzyoba0083 | 2016-04-11 23:10 | 邦画・旧作 | Trackback | Comments(0)

晩春 

●「晩春」(デジタル修復版)
1949 日本 松竹映画 108分
監督:小津安二郎  脚本:野田高梧、小津安二郎  音楽:伊藤宣二
出演:笠智衆、原節子、月丘夢路、杉村春子、三宅邦子、三島雅夫、青木放屁、宇佐美淳他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
名匠小津安二郎の記念碑的作品。原節子を初めて起用した「紀子三部作」の1作目。
遺作「秋刀魚の味」まで続く野田高梧との共同脚本の1作目、いわゆる小津スタイルの
確立、などなど話題に事欠かない作品で、海外での評価も高い。

私は世の中に数多(あまた)いる小津信者でもなく、映画芸術評論家でも無いので、
あまり突っ込んだ感想を書くとハレーションが起きそうなので控えめに(苦笑)するが、
好きな作品で今回で数回目の鑑賞とはなると思う。
ただ、個人的には「東京物語」や「秋刀魚の味」の方が好きだが。

小津の作品の大きなテーマである「結婚」と「老いゆく父」というテーマのキッカケともなった
作品。個人的には「ファーザーコンプレックス」という言葉が脳裏を横切った。
特に、父と能を観劇するシーンで、父が再婚してもいい、と言っている相手の三輪未亡人
(三宅邦子)を見つけ、睨めつけるような視線を送るシーンはこの映画の白眉ともいえ、そこ
には、紀子の父性コンプレックスを強く感じるのだ。敢えて原節子の顔のテカリを出し、
油切った顔つきは、横でニコニコと能を楽しむ父とは対照的に、能面の下に隠された鬼面性を
表出していると確信したのだ。

それは、京都観光で二人でマクラを並べて寝るところでも感じる。小津のアップとセリフの
シナジーの真髄のような気がする。原節子のバタ臭い顔がまた非常にモノを言っているのだ。
京都では有名な「壺」論争があるが、私はこれは父性コンプレックスのメタファーと思っている。
いかん、小津信者様がたを刺激する方面に突っ込んでしまった!
わかりやすいメタファーと云えば、ラストシーンでの、父親が紀子が嫁に行った晩、一人で
りんごを剥くところ。この凸凹に剥けるりんごの実と皮こそ、父親の今後のメタファーであろう。

ローアングル手法、パーン、ドリー、トラック、ズームなどを使わないフィクスカットの連続、
カメラ目線の正対でのセリフの切り返し、独特のセリフ構造、効果的なハイライトの使い方、
などこれからの小津映画のメソッドを確立した作品として、観るべきところは多い。

ネットを検索すると、本作に対する熱い思いを綴ったブログは枚挙に暇がないので、興味が
ある方はそちらを読まれると、「小津映画芸術論」が理解出来ると思う。
大筋についてはこちらのWikipediaを参照ください。

今回はNHKBSで放映されたデジタル修復版を鑑賞したが、画像は輪郭が明確になるなどの
改善はあったが、音声が聞き取れない部分があって、特に杉村春子や月丘夢路のセリフは
聞き取りにくかった。これはこの時期の黒澤映画でも言えることなのだが。
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by jazzyoba0083 | 2016-04-04 23:10 | 邦画・旧作 | Trackback | Comments(0)

波の数だけ抱きしめて 

●「波の数だけ抱きしめて」
1991 日本 東宝配給 フジテレビジョン・小学館 104分
監督:馬場康夫   音楽:松任谷由実
出演:中山美穂、織田裕二、別所哲也、松下由樹、阪田マサノブ、勝村政信他
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<評価:★★★★★☆☆☆☆☆
<感想>
時代の雰囲気だけを確認したくて観始めたホイチョイ三部作。本作はそのラスト。
やっぱり「ワタスキ」は超えていない。「水着」よりはマシだが、ラストの織田の叫びは
とても恥ずかしい。

ファンのかたには申し訳ないが、そもそも中山美穂も織田裕二も好みの外の人たち
なので、思い入れも出来ない状況での鑑賞、先にも言った用に制作された1991、あるいは
舞台となっている1982年の時代の雰囲気を味わいたかっただけの鑑賞だから、
ストーリーがあってないようなものでも、そんなもんか、と苦にはならなかった。
唯一緊張したのが100の中継局を繋いだFM KIWIが無事に開局できるかどうか、と
いうシチュエイションのみ。 大体若い俳優たち、滑舌が悪すぎで何を喋っているか
聞き取れないシーン多数。特に阪田マサノブは早口で滑舌が悪いので聴きとるのに
苦労した。

トレンドであった湘南で大学生が奮戦するミニFM局を舞台にダブル三角関係とでも
いうのかな、そんな愛憎模様が軽いタッチでユーミンの音楽などヒット曲をバックに
繰り広げられる。

時代の雰囲気として、真っ黒け(小麦色?)の女性陣、博報堂のAEである別所哲也と
いう存在。広告代理店がブイブイ言わせていた頃だよね。その役所の車である
黄色いワーゲンのカブリオレ。織田の乗るヘビーデューティーな日産のピックアップ
トラック、そして1982年ごろから関東を中心に生まれ始める第二FMがブームアップに
チカラを貸したJ-POPブーム。J-WAVE,Bay FM ,FM Yokohama, FM802などが
続々と開局していく。そのトレンドをベースにしたのはいいけど、中山美穂、DJ下手すぎ。
まあ、当時は「モアミュージック・レストーク」というのが合言葉ではあったけど。
(作中、中山美穂のプロフィールに出身大学が上智としてあったけど、まあトレンドと
いえばトレンドなんだろうけど、自分の出身校なのであんまりいい気分ではなかったなあ)

それとオンエアするレコードなんかタワーレコードで買ってたけど、学生の小遣いで
ガンガン買えるほどLPは安いものじゃなかったはず。

そして極め付きはみんなが期待していた開局の日、織田が、中山に対しこれまでの
思いをぶつけるとて、FMのマイクを通じて「好きだー、お前が好きだー」と叫び続ける
のだが、それがとても恥ずかしい。作中、織田は徹底的にヘタレなんだけど、エンドで
これかよ、お前はカーナビーツか!とツッコミを入れたくなるのだ。ww

映画がジングルで閉じるのは洒落た工夫だと感じたが、当時流行っていた英語のジングル、
アメリカに発注して作るんだけど、ミニFMが作れるような金額じゃないはずだ。ww
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<ストーリー>
1991年11月。東京の教会で行われた真理子の結婚式に、旧友の小杉、芹沢、裕子、
吉岡の4人が集まった。式の帰り、小杉と芹沢はクルマを飛ばして横横経由で長柄の
トンネルを抜け、134号線を茅ヶ崎に向かう。

1982年5月。大学4年生の小杉、芹沢、裕子、真理子の4人は、真理子のバイト先の
サーフショップを拠点にノンストップ・ミュージックのミニFM局Kiwiを運営していた。
彼らは学生生活最後の夏休みに何か大きなことをやりたいと無線マニアの芹沢の
発案でFM局を始めたのだった。

自分たちの放送が湘南じゅうの海岸で聞けるようになることを夢見る彼らにとって、
真理子のDJとしての才能は不可欠だったが、その真理子はロスアンゼルスにいる
両親から航空券を送りつけられており、7月にはロスの大学に編入しなければならない。
真理子は小杉に引きとめてほしいのだが、シャイな小杉は「好きだ」の一言が言えない。

そんなある日、彼らの前に若い広告マンの吉岡が現れる。真理子に一目ぼれした吉岡は、
FM放送局の計画を知り、真理子を取り入れる為に中継局作りに積極的に協力しはじめる。
そしてKiwiは二人の男の真理子への思いをエネルギーにして、国道134号線沿いに
江ノ島方向へ急速に伸び始める。

そんな時、吉岡は会社の上司から専売公社が森戸にひと夏オープンするアンテナショップで
行うイベントの企画を命じられ、茅ヶ崎から森戸まで湘南の海辺をカバーするFM放送局
「FM湘南」の設立を提案。Kiwiは森戸を目指してさらに伸びていく。

同時に吉岡は真理子に9月までアメリカ行きを延ばすよう頼み込み、真理子もそれを
了承するのだった。7月、中継局が葉山まで伸び、いよいよ明日はスポンサーが試験放送を
聞きにくるという晩、小杉は真理子に気持ちを打ち明けようと決心し、真理子を呼び出すが、
ふとした行き違いから真理子の気持ちが完全に吉岡に移ったものと誤解。一方真理子も
小杉に思いを寄せていた裕子が小杉と抱き合っているのを目撃して、深く傷つきアメリカへ
の旅立ちを決心する。

芹沢と裕子は、真理子と小杉の仲を取り持つ為、試験放送を犠牲にして、小杉の「愛してる」と
いう言葉を電波に乗せ、真理子のクルマに乗せようとする。だが、この放送が失敗すれば
吉岡は会社をクビになるのだ。悩んだ末、小杉はマイクに向かうが、間一髪で真理子の
クルマは長柄のトンネルに入り、その思いは伝えられなかったのだった。」(Movie Walker)

この映画の詳細はこちらまで。
by jazzyoba0083 | 2016-02-16 22:40 | 邦画・旧作 | Trackback | Comments(0)

彼女が水着にきがえたら

●「彼女が水着にきがえたら」
1989 日本 東宝・フジテレビジョン 103分
監督:馬場康夫  原作:ホイチョイ・プロダクション  音楽:サザンオールスターズ
出演:原田知世、織田裕二、伊藤かずえ、竹内力、田中美佐子、谷啓、伊武雅刀、安岡力也他
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<評価:★★★★★☆☆☆☆☆>
<感想>
あまり邦画を観ない方の私も佳作と認める「ワタスキ」から2年。まだバブルの真っ最中の
1989年に、ホイチョイシリーズ第二弾として、二匹目のドジョウを狙って製作された。
電通が仕切ったということでタイアップの嵐。エンドロールでの協力企業の多いこと。
まあ、それも時代の雰囲気なのだが。当時ハイラックスサーフのウィンドウにPADIだの
SASだののステッカーを貼って走っている光景をよく観たものだが、そういうクルマ、本作に
も当然出てくる。ガジェットもジェットスキーだのアクアラング装置だの、携帯電話!だの、
色々と用意はされている。此の頃って男はみんなタバコをすったのだねえ。
個人的には当時流行っていた腰のあたりまで切れこむハイレグ水着のお姉さんたちを
もっと見たかった・・。みんなウェットスーツなんだもの・・・。

「ワタスキ」に比べたら、人物設定、時代の雰囲気の出し方、男女の恋愛を軸とした
物語、どれをとっても一作目を凌駕できていない。壮大なサザンオールスターズの
PVと言うことも出来る。朝鮮戦争当時になぞのDC3が韓国から大量の宝石を積んで
飛び立ち、湘南沖に沈んだ、というお宝さがし譚も、嘘っぽく、安っぽく、まったく頂けない。
相模湾でダイビングしたら海の底は白い砂・・・なわけないだろ!!っつwww
本作についでホイチョイ第三作「波の数だけ抱きしめて」も見る予定だが、どんなことに
なっちゃっているのか。

本作を観ると「ワタスキ」の出来の良さが今更ながら分ってしまうという・・・・。
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<ストーリー>
マリン・スポーツが好きなOLとヨットマンの恋と冒険を描く。ホイチョイ・プロダクションの
原作を元に「ほんの5g」の一色伸幸が脚本を執筆。監督は「私をスキーに連れてって」の
馬場康夫、撮影は同作の長谷川元吉がそれぞれ担当。
主題歌は、サザンオールスターズ(「さよならベイビー」)。

朝鮮戦争時、ある韓国人富豪のチャーター機「ドラゴンレディ」が、宝石を積んだまま
相模湾上空で墜落し海底に沈んだ。22歳のOL・田中真理子(原田)と同僚の恭世(伊藤)は
ゴールデンウィークに金持ちのプレイボーイ・山口(伊武)に誘われ、豪華クルーザーの
アマゾン号に乗り込んだ。目的はスクーバ・ダイビングである。

翌日二人は三戸浜沖の海底でドラゴンレディを見つけたが、深く潜りすぎて、ヨットの
ツバメ号を操る年輩の大塚(谷啓)と若い吉岡(織田)に助けられた。
その晩、アマゾン号のパーティで二人は突然襲ってきた大塚らに連れ去られるが、
これはアマゾン号とツバメ号の恒例の女の子争奪ゲームだった。ふとしたことから真理子が
海底の飛行機のことを話すと皆はびっくり、山口と大塚はその宝探しのライバルだったのだ。

真理子と吉岡はお互いに好意を持つが、なかなか素直に心を打ち明けることができない。
大塚が何者か怪しいパワーボートに襲われて入院。その間に飛行機も引き上げられてしまった。
真理子と吉岡は「山口の仕業に違いない」と腹を立てるが、犯人は恐るべき第3の敵だった。
しかし、宝の箱は流されて別の場所にあり、その韓国人グループの手にも渡っていなかった。
宝が見つからず腹を立てた一味は海に潜った真理子と吉岡が奪ったとにらみ、二人を
追いかけ始めた。ジェット・スキーなどで逃げる真理子と吉岡は、間一髪のところで、裕子の
ヘリコプターに無事救出されたのだった。(Movie Walker)

この映画の詳細はこちらまで。
by jazzyoba0083 | 2016-02-08 22:50 | 邦画・旧作 | Trackback | Comments(0)

●「Winds Of God  ウィンズ・オブ・ゴッド」
1995 日本 Team Okuyama  松竹映画配給 97min.
監督:奈良橋陽子 原作・脚色:今井雅之
出演:今井雅之、山口粧太、菊池孝典、六平直政、小川範子、別所哲也、藤田朋子他
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<評価:★★★★★★☆☆☆☆>
<感想>
昨年、ライフワークである本作を舞台上演中に帰らぬ人となった今井雅之作の
「ウィンズ・オブ・ゴッド」。全編英語版もあるようだが、舞台も映画も未体験。
これはやはり舞台で観るべきもの、と感じた。今井の云わんとしたいところはよく
分かるし、戦争や特攻の非人間性を表現したい、という気持ちは伝わるが、
映画としての出来はどうか、と問われると、残念ながら、褒められるレベルではない。

舞台劇というのは映画とはセリフやアクションの間に独特の差がある。戦争のリアリティを
結構シリアスに描こうとすると映画ではどうしても詰めが甘くなってしまう。舞台ならば
役者のインパクトやセリフ回しで強調出来るポイントも映画ではその通りには行かない。
本作も、現代からタイムスリップした漫才コンビが特攻部隊で憤慨したり苦悩したり喜んだり
するのだが、どうも粗というか、リアリティに欠ける面が出てしまい、「そうじゃないだろう」と
ツッコミを入れたくなるのだ。舞台劇をそのまま映画に持ってきても「作品」にはならないと
いうことだ。その点、脚色を今井本人が手がけてしまった事に難があったのではないか。
今井からの指名でメガフォンを取った奈良橋陽子とて、舞台の演出も手がけたとはいえ
映画のプロではない。その辺りのコンビネーションが、結果として残念なことになったのではないか。
今井自身を腐すつもりはさらさらなく、命がけでこの「反戦舞台」を続けた精神は大いに
買うわけだが・・・。
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>ストーリー・結末まで書いてあります>
平成のお気楽漫才師が、戦時中へタイムスリップ。そこで巻き起こる騒動を綴った
ファンタスティックなコメディ・ドラマ。監督は、舞台版の演出も手掛けた奈良橋陽子。
原作・脚色・主演をつとめたのは「右向け左! 自衛隊へ行こう」の今井雅之。
モントリオール国際映画祭出品。

いつかお笑い名人大賞をこの手にと思っている漫才コンビ・田代と金太は、実際は今夜の
食事にも事欠くような貧乏状態。それでもナンパだけはしたいと50ccの超おんぼろバイクを
駆って、亀有へと出掛けて行くのであった。
ところが、途中でトラックと接触事故を起こしてしまい、二人は病院へ担ぎこまれる。
だが、彼らが運ばれたのは、カミカゼ特攻隊の兵舎だった。なんと二人は事故のショックで
戦争の時代へタイムスリップしてしまったのである。しかも、田代は岸田、金太は福元という
優秀な特攻隊員と間違われていた。
二人はどうやら沖縄出撃途中に機械の不良から接触事故を起こしていた岸田と福元が、
丁度同じ頃別の時代で事故に遭った田代と金太の魂を自分たちの体の中に引き入れた
らしいことを知る。ショックを隠せない二人は脱走すれば銃殺刑という話を聞いて恐れおののくが、
どうせ飛行機の操縦の仕方も知らないのであれば特攻出撃もないだろうと、兵舎生活を
送ることにする。

だが、日一日と戦時状況が悪化する中、仲間の特攻隊員たちが次々とその若い命を
落としていくのを目の当たりにして、田代は何かと上官の山田に食ってかかるが、そのような
行為が通るような時代ではなかった。
そんなことがあってますますこの時代に嫌気がさした田代は、もう一度事故の時のような
ショックを得られれば平成時代に戻れるのではないかと考え、屋根から飛び下りたりして
みるが、どれも失敗に終わる。だが、事態はもっと悪い方へ向かっていたのだ。
金太の中にいる福元の魂がその顔を現そうとしていた。次第にニッポン男児としての意識に
目覚めて行く金太。彼は遂に特攻の命令をうけてゼロ戦に乗り込むことになってしまう。
どうにかしてそれを引き留めたい田代は、金太のゼロ戦を追って自分もゼロ戦に乗る。

だが、田代の説得に耳を貸さない金太は、敵艦に向かって突っ込んで行くのだった。
次に田代が目覚めたのは、平成時代の病院の中。横には息をひきとった金太が安らかに
眠っていた。その後、新しい相棒とコンビを組んだ田代は、今日も舞台に立ってお笑い名人
大賞を目指し、観客を笑いの渦に巻き込んでいくのであった。(movie walker)

この映画の詳細はこちらまで。
by jazzyoba0083 | 2016-01-06 22:40 | 邦画・旧作 | Trackback | Comments(0)

秋刀魚の味(4回目)

●「秋刀魚の味」
1962 日本 松竹映画 113分
監督:小津安二郎  脚本:野田高梧、小津安二郎
出演:岩下志麻、笠智衆、佐田啓二、岡田茉莉子、三上真一郎、中村伸郎、加東大介、
   吉田輝雄、三宅邦子、東野英治郎、杉村春子、北竜二、岸田今日子、環三千代他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
NHKが松竹などと協力し、本作をデジタル・リマスタリングした。どんな映像に
なったのだろうか、そんな興味もあり、4度目の鑑賞。先回は2011年の秋に観て、
「また観るだろう」と書いてあるが、その通りとなった。小津作品でも好きな一品である。

テクニカルな感想・評価などは先回のこちらのブログを参照いただきたい。

デジタルリマスタリングされた映像は、まず冒頭の赤白の煙突の鮮やかさから既に明らかで
ある。ノイズが少なくシャープになった映像は、昭和37年の時代の雰囲気をリアルに映し出して
いる。女性の服のシワや顔の陰影など、映画の表情を豊かにしていると感じた。
それにしても岩下志麻は綺麗だ。
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昭和37年。東京五輪まであと2年。戦争の痕跡もまだ消えきらず、という時代の雰囲気が
私にはとても心地よい。自分、小学校4先生だった。女性は普段からまだ着物を着ていて、
紳士はソフト帽を被っていた。

そんな時代をバックに繰り広げられる「ほろ苦い」初老の男のお話。小津映画独特の
短いセリフの繰り返しは、非常にユニークだが、何故か心に温かく響く。
「そのクラブ、いいですよね」「マクレガーだからな」「マクレガーですものね」「ああ、マクレガー
だからな」。見方によってはクサイと思われてしまうが、小津の作品の中では格別の味わいを
持つ。特に笠智衆によって語られると堪らない・・・。
速度が早く、情報が溢れ、人々の心がカサつき、金、金と(この映画も金が1つのエピソード
にはなっているが)追い掛け回されている現代では描き得ない味わいが、心に沁みるのだろう。

ストレートな物語を語るのではなく、外側にある話からメインテーマを浮かび上がらせる手法。
それだからこそ、ラストの娘が嫁に行った後の台所で椅子に座る主人公の男の寂しさが
浮かび上がってきて切なく伝わるのだ。

このデジタルリマスター版、ブルーレイに永久保存だ。
by jazzyoba0083 | 2015-12-24 23:15 | 邦画・旧作 | Trackback | Comments(0)

私をスキーに連れてって

●「私をスキーに連れてって」
1987 日本 配給:東宝 製作:ホイチョイ・プロダクション、フジテレビ、小学館 98分
監督:馬場康夫  原作:ホイチョイ・プロダクション 脚本:一色伸幸
出演:原田知世、三上博史、布施博、沖田浩一、高橋ひとみ、原田貴和子、鳥越まり、田中邦衛他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
本作を含む所謂「ホイチョイムービー3部作」、これまで未見であり、興味もなかったが、
クルマ好きとしても見逃せない作品であるので、「時代の空気感」を懐かしむ意味も含め
WOWOWでの放送をきっかけに鑑賞した。

この映画は、今から28年前、爆発的スキーブームのキッカケとなったとか、トレンディードラマの
キッカケを作ったとか、雪山にスタッドレスを履いて四駆で出かける習慣に影響を与えたとか
この映画以降の、バブルに突入していく若者の流行の一歩先を捉えた「トレンディー映画」、
「ファッション映画」ということ。という意味では「時代の雰囲気を活写した作品」ともいえよう。

「わたスキ」には熱狂的なフリークが多いのであまりタイソウなことは言えないのだが、
さすが「見栄講座」のホイチョイ、元々映画制作集団だけあり、ストーリーこそ取り上げるものは
ないけど、あの時代の若者の断面を瑞々しく切り取った功績は大きいと思う。
この時代に20歳代を過ごした人は、ユーミンの数々の曲とともに、何年かには一度、必ず
見たくなる映画ではないか。

今観ると、役者(若い人)のセリフ回しは下手だし、突っ込みどころも満載だが、まだ時代が
おおらかな頃で、景気も上向きになっている中で、若者が「真面目や堅いことはカッコ悪い、
ユーモアの中でおおらかに過ごすことを良し」とする当時の雰囲気がよく出ている。
のほほ~んとしてた同時の空気感が良く伝わってきて、よくも悪くも80年代の若者だなと
いう感じだ。19歳の原田知世はいるだけでオーラを放っていた。(セリフは下手です)

一度観てもう一度見なおしたのだが、今回は事前にこの映画の話題などを仕入れて観たので
面白かった。個人的には1987頃は30歳代後半だったが、この時のことはよく覚えていて
周りの若いのがみんな女の子や男の子とスキーに出掛けていたなあ。私個人は寒いのが苦手
で、ハワイにばっかり興味が行っていたけど。

冒頭のシーン、赤いカローラⅡリトラタイプ、矢野=三上博史の愛車だ。身分不相応な
ガレージ。そこで白く塗っったホイールのスタッドレスに履き替え、無線をチェックし、
4点式シートベルトを締め、カセットを入れると、ユーミンの「ロッヂで待つクリスマス」が
流れる。クルマには彼が勤める商社が扱うスキー用具「Sallot」他の小さいステッカーが
ペタペタ貼ってある。そして西武バスでスキー場に向かう、優=原田知世と、恭世=鳥越
の乗るスキーバスが。それを抜いて走る・・・

もうワクワクで、スキーに行きたくなるようなホイチョイのくすぐりはバッチシです。
この映画はスキー人口の爆発的拡大のキッカケになったのだが、クルマのことで云えば
先のカローラⅡリトラ、また高橋ひとみと原田貴和子の運転するセリカGT-Fourがフルタイム
四駆のスキーぐるまとして一躍注目された。私の後輩でもこれを観て同じクルマを買った
やつがいたなあ。

それとこの映画にはスキーブームが来ると目をつけたホイチョイがセレクトしたガジェットの
数々が用意されている。主に沖田浩一が使うのだが、ハンディ無線、キヤノンの防水カメラ
背中にバッテリーとライトを背負ってスキーで走る夜間走行用デバイス、スキー板の剣山装置
などなど。またスキー場で展開される、「見栄講座」的な滑り方(トレイン、ムカデ、股抜けなど)
スキー板のターンの仕方、ビンディングを外す様々なかっこいいやりかた、板とストックで作る
リクライニング装置、ゲレ食に入る時、ペアの板を片方づつ組み合わせて盗難防止をする方法
など、いろんなアイテムが提示される。矢野の「また内足持ち上げて引きつけていただろう」と
いうセリフは当時、スキー場で流行ったに違いない。

もちろんスキーウェアはワンピースの白が目立つ。この頃の女性ファッションを観ると、ジーンズは
ハイウエスト、髪はワンレンかソバージュ、そして眉毛が太い。男のスーツも肩パッド入れた
ソフトスーツで、ネクタイは細め、全体にダボダボしている。DCブランド、だよなあ。
今のスキニーなんて想像も出来ないころだ。原田知世がデートで来てくるコートもすごくでかくて
裾が長い。

当時の若者達(布施博だけ外科医で金持ち風だが)は、争うこと力むこと教訓くさいこと真面目な
ことはダサく、ちょっと外れたのがカッコよかった。お金に不自由せず、男はいつも女の子のことを
考え、女の子もいい男を見つけることしか頭にない状態。

本作は若い男女の3つの大イベントである、クリスマス~新年~バレンタインデーまでを描き、
その間に繰り広げられる愛と仕事のファッショナブルなコメディータッチのストーリーだ。
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<ストーリー>
矢野文男はある商社に勤める26歳のサラリーマン。仕事ぶりも恋もいまひとつパッとしない
都会人だが、大学時代からスキー選手として鳴らしてそちらのほうはプロ級の腕前、
ゲレンデではいつもスターなのだ。
会社ではスキーの名門ブランド“サロット”の販売を、元ワールドカッブ選手・田山の
プロジェクトで行なっていたが、矢野も部外者ながら手伝っていた。

クリスマス、奥志賀のスキーツアーで矢野はOLの池上優と知り合い、一目ぼれ。
矢野の高校時代からのスキー仲間、正明、真理子、和彦、ヒロコの四人もなんとか二人を
くっつけようとするが、オクテな矢野はなかなかアプローチすることができない。
ようやく電話番号を教えてもらったが、それはデタラメの番号だった。

東京へ戻ったが優と連絡が取れずに落ち込んでいた。ある日、彼は仕事のミスで常務に
呼び出され、なんと社内で優とバッタリ。彼女は同じ会社の常務秘書だったのだ。田山が
企画したサロットの新しいウエアの発表会が、バレンタインデーに万座のスキー場で行わ
れることになった。矢野もその準備に忙しく、せっかくの優とのデートにも遅れたり、行けな
かったり。矢野は優のためにバレンタインの日は、スキーツアーに参加することにした。

当日、矢野は優や仲間たちと志賀でスキーを楽しむ。ところが、万座では田山に反発する
所崎らの陰謀により発表用のウエアが一着も届いていなかった。頼みは矢野たちの身に
着けている6着のみ。矢野がつかまらないので、真理子とヒロコが車で万座へ向かった。
しかし、それでは間に合わないと思い、優はウエアを着込みスキーで万座を目指したが、
志賀・万座間は難所が多くスキー歴の浅い彼女には自殺行為だった。トラブルに気づき、
矢野は優の後を追った。一方、真理子らの車は途中で横転。

夜になり矢野と優もスキーでは走れなくなったが、運よく正明と和彦がライトを背負い
応援に来た。4人は万座へ急ぐが、発表会場はすでにガランとしていた。間に合わなかった
かに見えたが先に着いた真理子とヒロコがモデルとなり野外では撮影会が始まっていた。
サロットのペアルックの文男と優も舞台に上がり写真撮影に応じる。その場で優は文男に
バレンタインのチョコレートを渡した。(Movie Walker)

この映画の詳細はこちらまで。
by jazzyoba0083 | 2015-10-05 22:30 | 邦画・旧作 | Trackback | Comments(0)

大誘拐 RAINBOWKIDS

●「大誘拐 RAINBOWKIDS」
1991 日本 東宝 キハチプロ他 120分
監督・脚本:岡本喜八 原作:天藤真「大誘拐」
出演:北林谷栄、緒形拳、風間トオル、内多勝康、西川弘志、神山繁、水野久美、岸部一徳、嶋田久作他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
<物語の根幹に触れています。ご注意ください>

原作となった天藤真著「大誘拐」がものすごく面白く、(週刊文春主催ミステリーベスト10、
20世紀国内部門第一位)その解説文のなかに、岡本喜八で映画化されている、と知り、
ネットでレンタルした。映画の評価は高いのだが、私はそれほどではないな、と感じた。
順番が逆だったらそうでも無かったかもしれないけど、原作の面白さを十分に出しきれて
いないのではないか、と。ただし、最初から2時間の映画として鑑賞すると、先に書いたように
評価が高くなるかも知れない。原作にはこの物語を面白くする微妙なニュアンスや挿話が
もっともっとあるからだ。まあ、分厚い本を2時間の映画に仕立てた岡本監督の脚本は
それはそれで上手く纏まって仕上がってるとは思うけど。

今から25年程も前の映画なので、北林谷栄も緒形拳も鬼籍に入ってしまった。今となっては
再現できない彼らの演技を見ることが出来るのは嬉しいが、風間トオルも含め、全体に
大阪弁が上手くなく、原作の人を喰った面白いニュアンスに欠けていたように思う。
北林も緒形も風間も関東の出身だから、ネイティブの関西弁じゃあないのだ。その辺り、
関西に住まわれている観客はもっとシビアに感じるのではないか?
原作の緻密さと比べて、大味でチープというのは易いけれども・・・。

岡本喜八監督の作品をどうこう言えるほど氏の作品を鑑賞していないが、本作に限って
云えば、原作の持つユーモアを上手く処理出来ていて、演出、カメラワークや編集も
作品全体のタッチとしては良かったと思う。原作のどこを映像化するのか、とう点でも
良かったのではないか。まあ、この小説を映画化しようと思うこと自体が、恐れいりました、
なんだけど・・・。
またセリフやキーになるガジェットの使い方も原作を忠実にトレースしていて、良かった。
個人的には緒形拳の役どころは、もう少しガタイの大きい柔道の達人のような姿では
あるが、北林谷栄や樹木希林は良かったと思う。
チンピラ3人組は前記3人のような芸達者ではないので、その演技の差が痛かった。

原作者が亡くなってから数年経っての映画化、著者本人が観たらどう思っただろうか。
放送局のシーンでは地元和歌山放送が全面的に協力、それなりのリアリティを醸し出す
コトに成功していたが、惜しむらくは重要な鍵となるヘリコプターが、原作のシコルスキー
では無かったこと。こればかりはもう時代が新しくなったので仕方がないことかも知れないが
あのフグが腹を膨らましたような格好が、この物語に良く似合うのだ。映画ではフランスの
エアロスパシアル社製のヘリが使われていた。小説が発表されたのが1978年だから
映画化が23年後ということを考えれば無理筋のことではあるが、如何にも勿体無かった。
これまた重要なガジェットであったチンピラ一味が使う中古のマークⅡが、原作通りの
年代のものだっただけに。岡本監督、探したのだろうなあ。でもあっても動かなかったり
したのでしょう。
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<ストーリー 結末まで触れています>
ある夏の日の朝、大阪刑務所に仲間の正義と平太を迎えに行った健次は、二人に誘拐の
計画を話す。最初は反対する二人だったが、健次のねらいは紀州一の山林王・柳川とし子
刀自。さっそく計画を実行する三人。ところがこのおばあちゃんただ者ではなく、やっと山中で
拉致に成功した彼らに向かって和歌山県警本部長・井狩の知るところとなれば逃げるのは
難しい、と落ち着いた表情で論じ始める始末。

こうして三人は刀自に用意させた家に身を隠すことになる。この家は柳川家の元女中頭
だったくーちゃんことくらの家だった。そのころ、和歌山県警本部では“刀自誘拐”の連絡が
届き、刀自を生涯最大の恩人と敬愛する井狩が火の玉のような勢いで捜査に乗り出して
来た。
連絡を聞いた刀自の子供たちも次々と柳川家に到着。騒然とした空気の中、刀自救出作戦が
開始された。一方、三人は隠れ家で身代金要求の策を練っており、その額が五千万円だと
知った刀自はいきなり表情を変え、「大柳川家の当主なんだから百億や!」と三人に言い
放つ。それによって誘拐犯と刀自の立場は完全に逆転してしまい、事件はいつしか刀自と
井狩との知力を尽くした戦いになっていた。

そしてついに身代金の受け渡しの日がやってくる。それは前代未聞の全世界へ生中継される
にまで至っていた。こうした大騒ぎの中で百億は犯人に渡され、事件は終わった。
三人組はそれぞれの道を歩んでいき、数日後、柳川家に戻った刀自の前に事件の全謀を察
した井狩が姿を現わし、刀自はその真実を打ちあけるのだった。」(Movie Walker)

この映画の詳細はこちらまで。
by jazzyoba0083 | 2015-09-19 23:15 | 邦画・旧作 | Trackback | Comments(0)