カテゴリ:邦画・旧作( 55 )

蜘蛛巣城

●「蜘蛛巣城」
1957 日本 東宝 110分
監督:黒澤明
出演:三船敏郎、山田五十鈴、志村喬、千秋実、佐々木孝丸、浪花千栄子ほか。
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
後の「乱」に通ずる作品。黒澤の様式美へのこだわりが見られる。大変良くできた
映画だとは思うけれど、個人的に様式美に傾倒した黒澤作品はあまり好きでは
ないので、評価を下げた次第。故に「乱」も未見である。

シェークスピアの「マクベス」を日本の戦国時代に置き換えて翻案したが、
大掛かりなセットや美術、エキストラの動きなどはやはり素晴しいと言えるだ
ろう。ファンタジーとしての出来も良いと思う。霧の中から現れる「蜘蛛巣城址」
という標柱。「つわ者どもが夢の跡」であろ。これがエンドシーンへと繋がって
いく。円谷英二が特技監督をしたという動く森も良かった。
相変わらず、古語調、絶叫調のセリフは聞き取りづらいが・・。

最大の見せ場としてつとに知られる、終盤の「矢ぶすま」のシーンは圧倒的だ。

お馴染みの黒澤組の配役は安定しているが、フィーチャーされた山田五十鈴の
鬼気迫る演技は圧倒的で、不気味な味、おどろおどろしさが誠によく出ていた。
ある意味、彼女がこの映画の主役の一人でもあるだろう。
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この映画のストーリーなど詳細やエピソードはこちらのWikipedeiaまで。
by jazzyoba0083 | 2013-01-08 22:55 | 邦画・旧作 | Trackback | Comments(0)

生きものの記録

●「生きものの記録」
1955 日本 東宝 113分
監督:黒澤明
出演:三船敏郎、志村喬、千秋実、清水将夫、三好栄子、千石規子、上田吉二郎、東野英治郎他。
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
音楽を担当した親友・早坂文雄の遺作として知られる本作、黒澤映画唯一の
反核作品である。フクイチを体験した私たちには、また同日性を持って迫る。
作られた当時はプリミティブな反・原水爆の作品(表現法は凝っているが)だが、
主人公中島翁の「死ぬのは止むを得ない。しかし殺されるのは嫌だ!」という
叫びと、ラストシークエンスでの精神科医(中村伸郎)の「今のこの世の中を
生きている私たちの方がおかしいのか・・・」というセリフは、まさに今の世の中に
突きつけられたセリフとして、残念ながら生きてしまっている。

大上段に振りかぶった(黒澤作品はその手が多いが)タイトルが皮肉を持って
迫るのだ。本作が作られた当時、「第五福竜丸事件」や「ビキニ水爆実験」など
東西冷戦構造から来る原水爆の恐怖というのが市民の間にも高まった時期で、
黒澤本来の反骨・反権力気質が作り上げたものであろう。当時の東宝首脳部が
良く製作を許したものだと思う。

35歳にして70歳の老人を演じた三船、頑張っていたがやはりどこか無理が漂う。
あえて若い三船に老人を演じさせた黒澤の魂胆、あるのだろうけど浮かび上がって
来なかった。脂ぎった移民への情熱の表現だろうか?(本作1番の売りだろうが
何故か私にはピンときませんでした・・・)
またブラジルからの客人、東野の色の黒さは何なのだろうか?
更に大きく残念だったのは、親子間の(妾の子も含め)葛藤相克を表現するパート
と、核に対する恐怖から常ならぬ行動に走る老人と家裁の調停員たちの苦悩とが
うまく両立しきれていないように感じたが、どうだろう。望み過ぎだろうか?
千石規子は、本当に目の演技、視線の演技ができる女優さんだなあ、とつくづく
感じた。
フクイチ前だったらまた別の感想もあっただろうが、それを体験してしまった後に
見た本作は、黒澤が意図しなかった別の命をもう一つ持つことになったのだ。
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本作のストーリーや詳細についてはこちらのWikipediaをご参照ください。
by jazzyoba0083 | 2013-01-05 17:30 | 邦画・旧作 | Trackback | Comments(0)

虎の尾を踏む男達

●「虎の尾を踏む男達」
1945(1952公開) 日本 東宝 59分
監督:黒澤明
出演:大河内傳次郎、榎本健一、藤田進、志村喬、森雅之ほか。
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<評価:★★★★★★★☆☆>
<感想>
年明け黒澤映画連続鑑賞4作目は、終戦直後に完成していたものの検閲の
関係で公開が52年になった、歌舞伎「勧進帳」を元にした音楽仕立ての
掌編。ミュージカル、と書くものもあるが、ミュージカルというより、音楽に
ストーリーを補うセリフが入っていてそれを邦楽風の旋律で聴かせる所が
4つ位ある、という風に解したい。

桜井長一郎氏のモノマネでしか知らない大河内傳次郎を初めてちゃんと見た。
エノケンも然り。大河内傳次郎、何を喋っているか良くわからなかったけど、
映画スターとしてのオーラを感じる素晴らしい存在感と思った。またエノケンの
一見落語を聞いているかのようなやり取りは、この時代には秀逸なユーモアだ
ったと感じる。いささかオーバーアクションではあるが。
この映画は大河内傳次郎とエノケンの映画、と言い切れるだろう。

劇中歌われる唄は全部何を言っているかわからず、セリフも7割がた聞き取れな
いが、「勧進帳」を知っているのであまり苦にはならなかった。
冨樫とその配下の武士の魂もまた、感動するところであり、かつラストの、目覚めた
エノケンに掛けられてた高価な着物と、印籠は、義経一行の心使いを見た思いで
爽やかであった。あの朝焼けの空は、きっと黒澤がこだわりまくって決めた空に
違いない、と感じた。もう少し長いときっとくどくなるがいい時間配分で終わったと
思う。

さて、戦時中に企画された本作は、当然軍部の指導下にあったわけで、その中で
題材を選択し、もののない時代にあれだけの衣装とセットを組んで作り上げた
黒澤の慧眼には感服せざるを得ない。本作の題材にもまた「時代にそのまま阿ない」
という黒澤の魂胆があるに違いないのだ。
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本作の公開が遅れた曰くなどはこちらのWikipediaを参照ください。
by jazzyoba0083 | 2013-01-03 21:20 | 邦画・旧作 | Trackback | Comments(0)

醜聞(スキャンダル)

●「醜聞(スキャンダル)」
1950 日本 松竹 104分
監督:黒澤明
出演:三船敏郎、志村喬、山口淑子、桂木洋子、千石規子、小沢榮、日守新一ほか。
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
黒澤が松竹で撮った初作品。カストリ雑誌(時代が判るな)対新進画家&歌手の
スキャンダル報道を巡る争いに、ダメダメな弁護士とその一家が絡むという筋立て。
ロケとセットを上手く使い分け、新聞記事の撮りきりなども含めてこの手の
ストーリー展開には必要なテンポ感だそうとしたが、クリスマスイブの「きよしこの夜」の
歌声、喫茶店で志村と三船らが歌う「蛍の光」がいささか長すぎ、画竜点睛を欠いた。

裁判シーンでは、あえて誇張して弁護士蛭田(志村)のダメっぷりを誇張していたが、
あそこまで何もしないのは、いくら被告側から買収もどきをされていたとはいえ、ちょっと
オーバーすぎたと感じた。そんな弁護士をずっと使い続ける青江と西条の原告コンビが
いい人過ぎるだろうとも。それとラスト、画家青江(三船)が「星が生まれた瞬間を
目撃したんだ」と記者に話す下りは、これまで観てきた黒澤作品には無かった、
「オチ」の押し付けを感じたのだ。ゆえに全体のお話としてはそこそこ面白いのに
黒澤映画の中では、ちょっとグレードが低いか、と感じた次第。

志村の演技は、若き三船もバタ臭い山口も食ってしまっているが、あの肩を落として
しょぼくれる姿は、2年後の「生きる」での「渡辺市民課長」そのものであった。
街中に占領軍憲兵司令部のバス停があったのは時代だなあ。また黒澤映画の定番の
ようになっている街中のドブ、本作でも健在である。
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<ストーリー>
「新進画家青江一郎は、ある日愛用のオートバイを飛ばして伊豆の山々を写生に
出掛けた。三人の百姓が不思議そうな顔をして彼の絵を眺めている。
そこへ美しい歌声が聞こえてくる。やがて派手な格好をした一人の女が山を登って来た。
人気歌手西條美也子である。バスが故障で歩いて来たが宿屋までが大変だ、と嘆く。

よろしい、それなら荷物だけでも僕のオートバイに積んでってあげましょうと、青江が
申し出た。ついでの事に貴嬢も乗っけて行きましょうということになった。オートバイの
相乗りで二人は宿屋まで素ッ飛ばした。百姓は呆れてそれを見送っていた。

二人のカメラマンが突然宿屋に現れ、女中に西條美也子に逢わせてくれいう。
西條さんは写真は撮りませんと女中は断った。二人は残念そうに宿屋の廻りをうろつき
歩く。風呂に入った美也子の部屋に青江が挨拶に来る。二人は庭に面した手すりに
もたれて話を始めた。その時、先程のカメラマンがこれを見つけて、パチリとシャッターを
切って、シメシメと逃げてしまった。

このカメラマンはカストリ雑誌アムール社の写真部員だったのである。現像を見た
社長の堀は有頂天に喜んだ。こいつは特ダネだ!そこで彼は編集長に命じて、青江と
美也子のラブロマンスをでっち上げさせた。
新進画家青江一郎と人気歌手西條美也子の秘めたる恋。恋はオートバイに乗って!
煽情的見出しでこの雑誌は飛ぶように売れた。一万部刷り、堀は図に乗って大々的
宣伝をやり出した。青江一郎は仰天し、憤怒の形相物凄くアムール社に乗り込んだ。
堀は馬鹿丁寧に挨拶した。その顔に青江の拳固が一発飛んだ。この事は雑誌の売れ
行きを更に増した。青江は遂に訴訟問題にしようと定めた。

ちょうど、ひどくはやらない弁護士蛭田乙吉がわざわざ一肌ぬいでやろうと現れたので、
彼に弁護を頼んだ。彼の家はひどい暮らしをしていた。一人娘の正子は胸を病んで
長らく寝たままであった。青江はこの清純な少女がすっかり好きになった。この娘の
父親なら蛭田はキット正義に味方する人物だろうと思い込んだ。ところが堀は蛭田に
手を廻して自分の有利に裁判を導こうと札ビラを切って彼の丸め込みに成功した。

十万円の小切手が蛭田のフトコロに入った。彼は娘の正子を見る度に良心の呵責に
耐えかね酒ばかり飲んだ。一方西條美也子は訴訟は取り下げてくれと青江に言ったが、
彼は正義は必ず勝つんだと言い張って聞かなかった。
堀の方は弁護士として法曹界の重鎮片岡博士が出馬した。裁判は開かれた。蛭田の
弁護はシドロモドロで青江は反って不利になっていった。二回三回と公判は進んだ。
片岡博士の論陣は明快で鋭かった。蛭田は十万円の小切手の為、言わねばならない
証言さえ黙って答なかった。青江の立場はいよいよ妙な所に追い詰められていった。

美也子も遂に公判に現れた。この馬鹿々々しい醜聞は是非とも消してしまわなければ
ならなかった。そんな時、正子が遂に不帰の客となったのである。蛭田の悲嘆ぶりは
ひどいものであった。最終の公判に臨む蛭田の面上には今迄とまるで違う気魄が感じ
られた。彼は証人台に立ち十万円の小切手を取り出した。片岡博士は、自分の側の
敗訴をあっさりと認めた。青江と美也子は晴れて愛情を打ち明ける仲となった。」
(goo映画)

この映画の詳細はこちらまで。
by jazzyoba0083 | 2013-01-03 17:50 | 邦画・旧作 | Trackback | Comments(0)

生きる

●「生きる」
1952 日本 東宝 143分
監督:黒澤明
出演:志村喬、日守新一、田中春男、千秋実、小田切みき、左卜全、山田巳之助、
藤原釜足、小堀誠、金子信雄、中村伸郎、渡辺篤、木村功、清水将夫、伊藤雄之助ほか。
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<評価:★★★★★★★★★☆>
<感想>
新年早々に選んだ映画は、重いテーマの「生きる」。今の私の時代年齢に相応しい。
自分が生まれた年にできた映画でもあるし。ということは今から60年前の作品である。
見たことのない人でも黒澤映画の代表作としてその名前と、雪のブランコで志村喬が
「ゴンドラの唄」を歌うシーンは知っている、という人は多いだろう。

「生きる」という大上段に構えたタイトルではあるが、描かれている風景は誠に俗であり
観る人に、難しく捉えるのも良いし、そうでなく感じてもらえてもいいよ、という黒澤映画の
懐の深さを十分に感じることが出来るのである。

昨年鑑賞を始めた黒澤作品、実は年明けて既に3本見ているのだが、個人的には、どち
らかというと時代劇エンターテインメントな作品が好みかな、と感じていたが、本作を鑑賞
するに及び、改めて黒澤明という人のオールラウンダーとしての力を見せつけられた気
がする。
彼の映画に一本通った筋はぶれず、それがエンターテインメントになったり、社会告発的
な味付けになったり、戦時中の国策映画になったりしているだけに過ぎないのだ。
それでも今の所「どですかでん」とか「デルス・ウザーラ」はまだ見る気にはならないのだ
が・・。

さて本作である。役所の市民課長の渡辺はガンに罹っている。前半3分の1は、それを
自覚していくまでの心境を渡辺篤らの表現も借りながら描く。いわゆる「ことなかれ主義」
が蔓延する「役所仕事」を表出しつつ。
その後、1週間ほど役所を休み、呆然としながら市中を徘徊する姿がある。三文文士の
伊藤雄之助と飲み歩く、キャバレーで怪訝な顔をされながら「ゴンドラの唄」を歌う・・。
そして辞表を出すために彼を探していた市役所の女事務員小田切みきと出会い、
数度デート?を重ねる。彼女に「あんな退屈なところでは死んでしまいそうで務まらない」
と言われるに及び、渡辺は、自分は「生きた」と言えるのかということに覚醒する。

その後の彼は、悪疫の巣窟となって市民から苦情が絶えなかった黒江町のドブ池を
歓楽街にしようと目論むヤクザも振り切って市民公園として生まれ変わらせることに
命の炎を燃やしたのだった。
そして完成した公園で、雪の朝、死んでいるのが発見された。

後半3分の1は、その葬式での、市役所の面々の自己保全やお追従、酒が入ると見境
もなく渡辺を持ち上げ、自分もあとに続くぞなどと気炎を上げる。しかしそこに見えるの
は所詮小役人の姿なのである。

私は渡辺とて市民のため、と思ってやったかどうかは判らないと感じた。それは結果論
であり、つまりは渡辺個人の「生きた」証を残したかったに違いなく、自分として手段が
残されているとしたら、公園を作ることしかない、と感じたのではないか、と。
自分が死んでも公園は残る、と。あの雪の夜の「ゴンドラの唄」は、葬式に来た警官が
言っているように、あんな説得力のある歌を聞いたことがない、というほど、渡辺に
とっては、人生に対する郷愁、でななく、「喜びの唄」だったのではないか。
ただ、それにしては犠牲にした年月はあまりにも長い。だから「命短し恋せよ乙女」
なのだ・・

あれだけ死にたいし恐怖していた人間が、公園の完成こそが、人生そのものであり、それ
までの30数年間は、時間の無駄遣いであったと悟った瞬間だったのだ。
小役人渡辺は「生きた」。だが、今の時代にしたところで、どのくらいの人間が渡辺の
感じた「生きた」感動を味わって死んでいけるのか、その突きつけられているものは大きい
のだ。
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本作の詳細なストーリーなどはこちらのWikipediaをご参照ください。
by jazzyoba0083 | 2013-01-02 23:00 | 邦画・旧作 | Trackback | Comments(0)

天国と地獄

●「天国と地獄」
1963 日本 東宝 黒澤プロダクション 143分
監督:黒澤明  原作:エド・マクベイン「キングの身代金」
出演:三船敏郎、香川京子、江木俊夫、佐田豊、仲代達矢、三橋達也、石山健二郎、
   木村功、武藤武、伊藤雄之助、中村信郎、田崎潤、志村喬、藤田進、土屋嘉男、
   千秋実、藤原釜足他。
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<評価:★★★★★★★★★☆>
<感想>
実に面白かった。脚本もしっかりしていたし、黒澤オールスターズとは言えキャストも
素晴らしい。
長い映画だったが、前半の権藤邸のやり取りが限界、というところで、第二こだまの
車中となる展開、またその後の捜査では見ている人が一緒に事件解決にタッチして
いるかの如くの謎解き。どれも面白い。権堂の暮らしと犯人のインターンの暮らしの、
あるいは両者の人生のありようの捉え方で、教訓くさくなる一歩手前で
エンターテインメントにならしめている演出と脚本に脱帽である。
沢山の出演者が出てくるが、話が散ることなく、権藤と重役、運転手、妻、そして犯人と
人間像もきちんと描かれている。いまさら私などがあれこれいうことでもないだろうけど。

先日他界した大滝秀治さんが、ブン屋の中にいるのを発見した。
黒澤映画の中ではコミカルな面もある三船が、苦悩の人に終始するのも見ものだし、
警部の仲代、権藤の手下で彼を裏切る男、三橋、今や名脇役と言われる人たち
ばかりの刑事やブン屋、そして犯人であるインターンを演じた若き日の山崎努の狂気、
さらに黒沢映画には欠かせない志村喬、藤原釜足、千秋実、藤田進、重役連の
中村信郎、伊藤雄之助、田崎潤などの演者たちを楽しむのもいい。

東京五輪の前年、新幹線が開通する前年。まだ戦後の雰囲気が残る街の風俗、
国鉄の度量というか、ひと列車貸切の一発撮りの凄み、クラウンやらベンツやらの
出てくるクルマの面白さ、勿論ロングで見られる横浜の風景などなど映像のおもしろさも
格別だ。
パートカラーや陰影を効果的に使ったモノクロ映像も、カラーに慣れた目には新鮮だ。
ひとつ気になったのは、鎌倉あたりから見える真夏の富士山、雪がかぶっていたような気が
したが。

私と権藤の息子役、江木俊夫は同年齢なので、冒頭、運転手の息子と西部劇ゴッコを
している風景は、持っているおもちゃをみても、金持ちだなあとリアルに判る。(^^ゞ

超・お勧めです。
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<ストーリー>
「ナショナル・シューズの権藤専務は、大変な事件に巻込まれてしまった。
明日まで五千万円を大阪に送らないと、次期総会で立場が危くなるというのに、
息子の純と間違えて運転手の息子進一を連れていってしまった誘拐犯人から、三千万円を
よこさないと進一を殺すという電話があったからだ。
苦境に立った権藤は結局金を出すことになった。権藤邸に張りこんだ戸倉警部達は
権藤の立場を知って犯人に憎しみを持った。
金を渡す場所。それは、明日の第二こだまに乗れということだった。犯人は戸倉警部達を
嘲笑するかのごとく、巧みに金を奪って逃げた。進一は無事にもどった。

権藤は会社を追われ、債権者が殺到した。青木は進一の書いた絵から、監禁された
場所を江の島附近と知って、進一を車に乗せて江の島へ毎日でかけていった。
田口部長と荒井刑事は、犯人が乗り捨てた盗難車から、やはり江の島の魚市場附近と
いう鑑識の報告から江の島にとんだ。
そこで青木と合流した二人は、進一の言葉から、ついにその場所を探り出した。
その家には男と女が死んでいた。麻薬によるショック死だ。

一方、戸倉警部は、ある病院の焼却煙突から牡丹色の煙があがるのをみて現場に
急行した。金を入れた鞄には、水に沈めた場合と、燃やした場合の特殊装置がなされて
いたのだ。燃やすと牡丹色の煙が出る。その鞄を燃やした男はインターンの竹内銀次郎と
わかった。また共犯者男女ともかつてこの病院で診察をうけており、そのカルテは竹内が
書いていた。

今竹内をあげても、共犯者殺人の証拠はむずかしい。戸倉警部は、二人の男女が持っていた
二百五十万の札が、藤沢方面に現われたと新聞に発表する一方、竹内には、
二人が死んでいた部屋の便箋の一番上の一枚に、ボールペンで書きなぐった後を
復元した、「ヤクをくれヤクをくれなければ……」という手紙を巧妙に渡して、
腰越の家に罠を張って待った。
そして、竹内には十人からの刑事が尾行についた。竹内は横浜で麻薬を買った。
肺水腫に犯された二人が麻薬純度九〇%のヘロインをうって死なないはずがない。
竹内はそのヘロインを今度は、伊勢崎町の麻薬中毒者にあたえてためそうというので
ある。果して一グラム包〇・三%を常用している中毒者は忽ちにしてショック死した。
彼は薬の効果を確かめてから、二人の男女中毒者をおいておいた腰越の別荘に
走った。そこには、すでに戸倉警部の一行が、ずっとアミを張って待っているのだ。 」
(goo映画)

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by jazzyoba0083 | 2012-10-20 23:35 | 邦画・旧作 | Trackback | Comments(0)

羅生門

●「羅生門」
1950 日本 大映 88分
監督:黒澤明 脚本:黒澤明、橋本忍 原作:芥川龍之介
出演:三船敏郎、京マチ子、志村喬、森雅之、千秋実、本間文子、上田吉二郎、加東大介他
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<評価:★★★★★★★★★☆☆>
<感想>
世界的に評価が定着している作品ではあるが、黒澤作品群の中でも
人によって好悪は分かれるかもしれない。「七人の侍」とか
「隠し砦の三悪人」の娯楽性が薄れ、芸術性が立っている作品だ。
私も、どちらかと言えば娯楽性の強い作品が好きだ。三船のキャラクターは
「七人の侍」と似たような感じだけど。
今回も京マチ子を筆頭として音声が聞こえ辛かった。娯楽作だと大体の想像で
分かってしまうのだが、本作は謎解きがあるので、ストーリーが分かりにくい
という難点がある。まあ、芥川龍之介の原作「藪の中」のタイトル通り、
映画の内容も「藪の中」なんだけれど。
加えて京マチ子のヒーヒー言いっぱなしの泣き声が気になって仕方がなかった。

しかし、だからと言って本作がダメとかいうのではない。今から60年以上前の
作品とは思えないカメラ、音楽、美術、演出であるとは思う。
だだ、俳優のセリフ回しはこの時代の黒澤時代劇は押しなべてそうであるが、
無骨で生硬い。

特にお芝居風のセット、巨大な朽ちた羅生門や、検非違使の御白洲など
背景を排除したような単純かつ大胆な美術は世界レベルであるし今でも
充分通用するな、と感心した。

全体の構成、カメラ、演出など、映画芸術として確かに世界に誇れる作品で
あることは疑いのないことだ。
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<ストーリー>
「平安時代のとある薮の中。盗賊、多襄丸が昼寝をしていると、侍夫婦が
通りかかった。妻に目を付けた多襄丸は、夫をだまして縛り上げ、夫の目の
前で妻を強姦する。
しばらく後、現場には夫の死体が残され、妻と盗賊の姿はなかった。

--物語は、この殺人事件をめぐり、目撃者の杣売(志村喬)と旅法師
(千秋実)、捕らえられた盗賊(三船敏郎)と侍の妻(京マチ子)、
それに巫女により呼び出された、死んだ侍の霊の証言により構成される。

ところが事件の顛末は、証言者によってくい違い、結局どれが真実なのか
わからない。盗賊によると、女がどちらか生き残った方に付いていくと
言うので夫と対決し、彼を倒したが女は消えていたと言い、妻は妻で、
盗賊に身を任せた自分に対する夫の蔑みの目に絶えられず、錯乱して自分を
殺してくれと短刀を夫に差し出したが、気が付いたら短刀は夫の胸に突き
刺さっていたと告白。
そして夫の霊は、妻が盗賊に、彼に付いていく代わりに夫を殺してくれと
頼むのを聞いて絶望し、自分で自分の胸に短刀を刺したが、意識が薄れて
いく中で誰かが胸から短刀を引き抜くのを感じながら、息絶えたと語った。

役所での審問の後、羅生門の下で雨宿りをしている杣売と旅法師は、
同じく雨宿りをしていた下人(上田吉二郎)に事件について語る。
下人は、短刀を盗んだのは杣売だろうとなじり、羅生門に捨てられていた
赤ん坊の衣服を剥ぎ取ると行ってしまった。呆然とたたずむ杣売と法師。
杣売は、赤ん坊を引き取って育てるという。
法師が彼の行為に一縷の希望を見出し、映画は終わる。」(goo映画)

この映画の詳細はこちらまで。
by jazzyoba0083 | 2012-10-04 23:15 | 邦画・旧作 | Trackback | Comments(0)

まあだだよ

●「まあだだよ」
1993 日本 大映製作・東宝配給 134分
監督・脚本:黒澤明
出演:松村達雄、香川京子、井川比志、所ジョージ、油井昌由樹、寺尾聰、日下武史ほか
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
黒澤映画を観飛ばしている昨今。今回は遺作となった「まあだだよ」。
最初の頃のギラギラした心理描写とアクション、触ったらきれそうな演出も
この頃にいたると、すっかり角が取れて、老境に達した巨匠の作品という
風情。
内田百閒の半生を教え子らとの師弟愛で結ばれたいくつかのエピソードで綴って
行く。だが、長すぎのうらみは否定できず、「摩阿陀会」の長々として
宴会に付き合うのはいささかしんどい。黒澤の映画を全部観たわけではないのだが、
物語が幾つかのエピソードを消化しつつ、緊張感を維持させている初期作品に
比べれば、次に何が起きるのか、という緊張感はまるでなく、のほの~んと
進んでいく。これが黒澤の狙いだったのかもしれないが。
事実に基づいているらしいが、はっきりいってどうでもいいストーリー。ただ、
「先生」のような人物、そして彼を敬愛してやまない教え子たちの存在は
火薬と金の匂いのする昨今の映画のアンチテーゼなのかも知れない。
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大きく分かれるシークエンス。つまり
・冒頭、今日で先生を辞める、と宣言した教室。「仰げば尊し」の大合唱に
 涙する先生。
・文士として生きていくことが決めた先生の引っ越しを手伝う教え子たち。
 「馬鹿鍋」に舌鼓を打つ(敗戦が近い頃であった)ここでも「仰げば尊し」の
 大合唱。空襲警報が鳴る・・・ 
・焼け出された先生と奥様。隣の男爵の御庭番のおじいさんが住んでいたという1畳
 しかない小屋で、「鴨長明の方丈記」にあこがれているからいいんだとやせ我慢。
 季節が巡る。(あの小屋に大人二人が生活できるのかな?)
・教え子たちが、先生の新居を作る。庭にはドーナツ型の池。先生と奥様は
 迷い込んできた猫の「ノラ」と楽しく暮らしていた。
・「第一回摩阿陀会」先生は大声で「おいっちに」を歌う。
・隣に土地を買った男、3階建てを立てると挨拶に。土地を所有者の男は
 3階建てなら売らない、と言いだし、買い手は怒って帰っていく。
 教え子らはその土地をみんなで買い取ることに決める。
・ある日ノラが行方不明に。先生がひどく落ち込む。ご飯も酒も喉にとおらない
 ほど。教え子はもとより、小学生、町内会などみなが探してくれる。一度
 ノラらしい猫が発見、との報が入ったが違った。さらに落ち込む先生だったが
 そこに、別のノラ猫が登場。先生たちはその猫を飼いネコとして、元気を
 取り戻したのだった。
・時代は下り、「第十七回摩阿陀会」。教え子たちもすっかりおじいさんに
 なっていて、先生も喜寿となりそのお祝いも兼ねていた。孫たちからの
 バースディケーキを吹き消した先生は、その場にうずくまる。持病の不整脈が
 悪くなったのだ。しかし隣で一緒に飲んでいた主治医が適格に処置し、大事ないことが
 判明、中座して家に戻る先生に「仰げば尊し」の大合唱が沸き起こった。
・そして先生の家。先生が隣で寝ている部屋で、教え子たちは飲み始めた。
 熟睡する先生が見る夢は、幼いころのカクレンボ。「まーだだかい」
 「まあだだよ」。幼い子供が見上げる夕空には、面白い雲が出ていた・・・・。

という展開。村松達雄の先生は、飄々としてユーモラス、愛すべき毒舌家でもあり
反骨の人でもあった。何より他人を動物を愛した。豪放ではないが、磊落ではあった。
そんな先生と、教え子たちの愛情は、突き抜けた無償の愛であろう。
「大黒様はだれでしょう・・・・」という因幡の白ウサギの歌が耳について
離れなかった。シークエンス毎に先生は童謡とか古い曲を歌うのだ!

黒澤は老境に達し、世情も考え自分の老いも考え、こんな作風にしたのだろう。
だが、私の好きな黒澤からすれば、これが遺作となったことに寂しさを禁じ得ないのだ。
ラストカットの夕空の雲は何を表現したかったのだろうか・・・。

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by jazzyoba0083 | 2012-09-17 23:15 | 邦画・旧作 | Trackback(1) | Comments(0)

静かなる決闘

●「静かなる決闘」
1949 日本 大映 95分
監督:黒澤明
出演:三船敏郎、志村喬、千石規子、三條美紀、植村謙二郎、中北千枝子、他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
タイトルからはストーリがーわかりづらいが、結果、「梅毒」と「己」などなどとの対決を
描いたものだ。最近見始めた黒澤作品にこういう映画があることを初めて知った次第。
重い主題だが、流石に、黒澤は描ききっている。5分の長ゼリフ、三船の演技は無骨だが
それが故に心に響くものがある。 まだ映画界が浅い三船に対し、志村、仙石の助演陣が
頑張っている。それぞれ見事なものだ。

ストーリーは重いが単純で、結構衝撃的な展開でもあるのだが、ラストにはちゃんと
カタルシスが用意されている。冒頭の野戦病院のシーン、雨なのだがこれまで観てきた
黒澤の作品はどれも印象的な雨のシーンがある。今回は加えて雪も降る。
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低予算なのだろう、ほぼ、医院のシーンに終始するが、人間ドラマとしては窮屈な感じは
受けない。それぞれのキャラクターは1時間半くらいの映画なのに、際立っている。
つまり、
・軍医→梅毒をうつされ苦悩する町医者の三船、
・彼の父で産婦人科医の志村、
・三船に梅毒罹患をひた隠しにされ結婚に踏み切れない恋人、三條美紀、
・野戦病院での手術中、結果的に梅毒をうつしてしまい復員後も、三船のアドバイスを聞かず
 結婚してしまう  無頼な男、植村謙二郎、
・病院で看護婦をする元ダンサーで、三船に密かに思いを寄せるコブ付き女、千石規子、
・彼女を暖かく見守る巡査、山口勇
・奇形児を生むことになる植村の妻、中北。

以上の人物が織り成す世界は、それだけで帰結する世界を描ききっていて見事だ。
相変わらず声が聞き取りづらいところもあるが、引き込まれることの妨げにはならなかった。
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<ストーリー>
「藤崎恭二は軍医であった。前線の野戦病院、次から次に運び込まれる負傷兵、患者、
恭二は休む暇もなく手術台の側に立ち続けねばならなかった。
陸軍上等兵中田龍夫は盲腸で一命危ないところを、恭二の心魂こめた手術が成功して
とりとめた。ところが中田は相当悪性の梅毒で、恭二はちょっとした不注意のため小指に
キズを作り、それから病毒に感染した。

敗戦後、恭二は父親の病院で献身的に働いていた。が、薬品のない戦地で、恭二の
病気は相当にこじれていた。父にも打ち明けず、彼は深夜ひそかにサルバルサンの
注射を打ち続けていた。思わしい効果は現れて来なかった。
彼には許婚者松木美佐緒という優しい女性があった。彼女にも無論病気の事は話して
なかった。復員後すっかり変わってしまった恭二に美佐緒は何としても納得しかねる気持ちが
あった。六年間も待ちつづけた恋しい人だったのに。まるで結婚の事は考えていない様子の
恭二、隠している事があるに違いないのだ。彼女は根ほり葉ほり聞きだそうとしているが、
一ツの線からは一歩も踏み込ませようとしない。間に入って困る父親、そして遂に何もかも
判る時が来た。 」(allcinema)

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by jazzyoba0083 | 2012-09-13 22:50 | 邦画・旧作 | Trackback(1) | Comments(0)

酔いどれ天使

●「酔いどれ天使」
1948 日本 東宝 98分
監督:黒澤 明
出演:志村喬、三船敏郎、山本礼三郎、木暮実千代、中北千枝子、千石規子、笠置シズ子、
    進藤英太郎、清水将夫、殿山泰司、久我美子、飯田蝶子ほか。
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
終戦後3年。まだ荒んでいた日本にこの映像。凄いなあ。黒澤+三船コンビのきっかけとなり
世界の三船のデビュー作として、映画史に永く記録されることになった本作、相変わらず
7割の音声が聞き取れず。でも、結構ストーリーは分かっちゃうのだな。
英語でも字幕なしで行けるということかな。映画によってはだけど。

閑話休題。もともと、「新馬鹿時代」(山本嘉次郎監督、古川ロッパ主演)の闇市のオープン
セットを、壊すのが勿体無い、というところから本作の企画が始まったそうだ。
電車の高架の麓にドブ池が広がり、戦後の荒廃した街が広がる。
主演の「酔いどれ天使」とは、その街の開業医、眞田(志村)なのだが、無頼のチンピラ
松永(三船)が、主役の座を食っている。それだけインパクトがあり、あのオーバーメイク気味の
ギラギラとした「抜き身の短刀」のような三船の-まだ荒っぽい演技だが-迫力はどうだ!
バタ臭い格好はしているが、口から出る言葉は、着流しの、所謂渡世者、任侠のそれ。
敗戦後の世の中にとりのこされていく任侠の寂しさ、といったものが感じられる。

冒頭、街に流れるギターの音色。今やったらクサいだろうが、何故かとても合っている。
笠置シズ子の「ジャングルブギ」も、パワフルだ。
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後に大俳優たちになっていくキャストの、まだまだ初々しい姿が、今観ると、敗戦直後の
荒んだ光景にとってもマッチしていて、ある種無骨な演技がフィットして見えてしまうから
不思議だ。これは後の「静かなる決闘」でも言えることだと感じる。
時代背景もあるだろうが、とてもパワーを感じる映画だ。黒澤監督38歳。まさにいよいよ
手腕の輝きに加速がかかるところであろう。

<ストーリー>
「駅前のヤミ市附近のゴミ捨場になっている湿地にある小さな沼、暑さに眠られぬ人々が
うろついていた。
これら界わいの者を得意にもつ「眞田病院」の赤電燈がくもの巣だらけで浮き上っている。
眞田病院長はノンベエで近所でも評判のお世辞っけのない男である。眞田はヤミ市の顔役
松永がピストルの創の手当をうけたことをきっかけに、肺病についての注意を与えた。

血気にはやる松永は始めこそとり合わなかったが酒と女の不規則な生活に次第に体力の
衰えを感ずるのだった。松永は無茶な面構えでそっくり返ってこそいるが、胸の中は風が
吹きぬけるようなうつろなさびしさがあった。しめ殺し切れぬ理性が時々うずく、まだシンからの
悪にはなっていなかったのだ。
--何故素直になれないんだ病気を怖がらないのが
勇気だと思ってやがる。おれにいわせりゃ、お前程の臆病者は世の中にいないぞ--と
眞田のいった言葉が松永にはグッとこたえた。
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やがて松永の発病により情婦の奈々江は、カンゴク帰りの岡田と結託して松永を
追い出してしまったため、眞田病院のやっ介をうけることになった。松永に代って岡田勢力が
優勢になり、もはや松永をかえりみるものもなくなったのである。
いいようのないさびしさにおそわれた松永が一番愛するやくざの仁義の世界も、すべて親分の
御都合主義だったのを悟ったとき、松永は進むべき道を失っていた。ド
スをぬいて奈々江のアパートに岡田を襲った松永は、かえって己の死期を早める結果に
なってしまった。

ある雪どけの朝、かねてより松永に想いをよせていた飲屋ひさごのぎんが親分でさえ
かまいつけぬ松永のお骨を、大事に抱えて旅たつ姿がみられた。 」(goo映画)

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by jazzyoba0083 | 2012-09-12 23:15 | 邦画・旧作 | Trackback | Comments(0)