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ビリギャル

●「ビリギャル」
2015 日本 TBS 「ビリギャル製作委員会」 配給:東宝 117分
監督:土井裕泰  原作:坪田信貴「学年ビリのギャルが一年で偏差値を40上げて慶応大学・・」
出演:有村架純、伊藤淳史、吉田羊、田中哲司、野村周平、大内田悠平、安田顕、あがた森魚他
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<評価:★★★★★★☆☆☆☆>
<感想>
昨年そこそこのヒットを記録し、坪田先生もすっかり有名人になった。名古屋が舞台という
こともあり、WOWOWで放映してくれたので、まあ話のネタだ、と思い観てみた。

名古屋弁の出来がどうとかは置いておくとして、話の結末が有名になってしまったので
驚きという点も無くなってしまい、新鮮味も薄れての鑑賞だったから批評的にはやや
辛くなるのは許していただきたい。まあ、この手の話は良くあるもので、ただセミドキュメント的な
アプローチがなされていたという面では惹きつけるものがあった。だがドラマとしてははやり
テレビ出身の監督だけに、テレビ的な引っ掛かりの少ない物語となっていた。

テンポがいいといえばいいが、逆に話を端折り過ぎて、面白いところのエッセンスが並ぶ、
という深みに欠ける出来、となったわけだ。(まあ、本作に深みを求めるな、ということかも
しれないけど) ただ全体を漫画を読むように眺めていれば話としてはまあよく出来ているので
面白く観ることも出来るだろう。
演者として、有村架純は頑張っていたが、ごく普通。やはり吉田羊の頑張りが
光る。一方の主役でもあろう。田中哲司は貴重な脇役で味がある俳優さんだが、下手な
名古屋弁で損をしていた。 

中高生になら受けそうな映画。だが、本格的な映画を期待するとダメなので長いテレビドラマを
観るつもり観ればいいかもしれない。主人公の「逃げないで挑戦する」という姿勢は共感
出来るだろう。ただし、この子はもともとデキる子だったのだろうな。中高と遊びまくり、高2から
慶応に現役合格するなんざ、並では出来ないわ。指導者も良かったのだろうが、そうだとしても
同じ状況の全員がこうなるとは思えないのだけれど。
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<ストーリー>
名古屋の女子高に通う工藤さやか(有村架純)は、勉強は一切せず友達と朝まで
遊びながら過ごす毎日。このままでは大学への内部進学すら危ういと心配した母・
ああちゃん(吉田羊)は、さやかに塾へ通うことを提案する。金髪パーマ、厚化粧、
耳にはピアス、極端に短いミニスカートにへそ出しルックというギャル全開の姿で
入塾面接に現れたさやかに一瞬面食らう教師の坪田(伊藤淳史)。

しかし、見た目は派手でも素直な性格だとすぐに気付いた坪田はさやかと打ち解け、
慶應大学への受験合格を約束するのだった。ところが当のさやかの成績は偏差値
30の学年ビリ。学力テストをしても聖徳太子を“せいとくたこ”と読み、高校2年生
にして小学4年生の学力しかない。

そんな彼女の教室大爆笑の珍解答の連続にも「君の発想は天才級だね」と坪田は
褒めるのだった。どうやって生きてきたのか理解できないほど知識の欠如を抱える
さやかであったが、坪田だけはこの愛すべきアホぶりの中に凄い可能性が秘められ
ていると踏んだのだ。

当初はノリで慶應大学合格という目標を掲げたさやかは、当然、絶望的な高い壁に
何度もぶち当たる。だがやがて自分のために必死になる坪田の姿を見てガッカリさせ
ないために、そして愛情を注ぎ応援してくれる母のために、さやかファンの不良少年・
森玲司(野村周平)の励まし、ギャル仲間の友情にも支えられ、さやかは本気で勉強に
取り組むようになっていく……。(Movie Walker)

この映画の詳細はこちらまで。
by jazzyoba0083 | 2016-04-12 22:40 | 邦画・新作 | Trackback | Comments(0)

凶悪

●「凶悪」
2013 日本 日活配給 ハピネット、フラミンゴ、カズモ、ディーライツ。128分
監督:白石和彌  原作:新潮45編集部「凶悪-ある死刑囚の告白-」
出演:山田孝之、ピエール瀧、リリー・フランキー、池脇千鶴、白川和子、吉村実子、小林且弥他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
チカラのある邦画は見るようにしている。では本作を観るキッカケとなったのは何か、と
いうと、1つは事実をベースにした犯罪映画、という好きなジャンルであること。1つは
今注目のピエール瀧がどんな演技をするか、楽しみだったこと。

ピエール瀧に注目したのはごく最近で、昨年NHKテレビで放映された「64(ロクヨン)」で
主人公を演じたが、その渋い演技に打たれ、それ以来いわばファンとなったのだ。
リリー・フランキーもそうだがどちらかというと善人側の配役が多かったんじゃないかと
いう印象で(事実リリー・フランキーはこの年の日本アカデミ賞で助演男優賞を
「そして父になる」で獲得している)、逆に山田孝之の方が悪人に似合った雰囲気じゃ
ないか、と思っていたのだ。ところが本作は、山田は潜在的な凶悪犯罪を暴く、
(ある意味普通じゃない)、雑誌記者。リリー・フランキーが巨悪で、その走狗だった
粗暴犯がピエール瀧、という配置。

う~ん、何だかイメージと違うけど上手く観られるかな、と観始めた。だが、まず登場する
ピエール瀧のキレ芸を観ていると、ヤクザにぴったりだな、と思えてくるし、一見温厚な
不動産業者のおっさん風でありながら、実は嗜虐趣味を持つ極悪人であるリリー・
フランキーも、それなりに見えてくるから不思議だ。

本作は、死刑囚須藤(ピエール瀧)から雑誌社に面会を要請する手紙がくるところから
動きが出始める。つまり、自分は死刑になったのだが、実は一緒に悪いことをしていた
というかむしろ犯罪をリードしていた「先生」こと、木村孝雄がのうのうとシャバで生き
永らえているのが許せん、まだ表に出ていない事件を告白するから、記事にしてくれ、
と、いわゆる「潜在殺人」3件を告白したのだった。

雑誌記者藤井は、編集長の反対を聞き流しつつ、独自で事件の裏付けを始める。
すると、須藤の言っていることはほぼ信頼に足ることが明らかとなってくる。
その結果をまとめて編集長に記事にするように懇願するが、却下される。藤井は
その旨を面会で須藤に告げると、須藤は激怒。
藤井の家庭では認知症の母親を妻(池脇千鶴)が一人で診ているという状況で
仕事ばっかりで家庭を顧みない藤井に妻の我慢も限界で、ついに離婚届けをつき付ける
までになってしまった。「死んだ人間なんてどうでもいい。私は生きているのよ!」と。

映画では、須藤が「先生」木村と、保険金を狙い、須藤の手下らと組んで、家族とグルに
なって、あくまでも事故死、病死に見えるよう、しかし凄惨な手段(過度な飲酒の強要、
その上でのスタンガン責めなど)で、老人を殺し、保険金を家族と山分けにしていたの
だった。そんな事件が3件告白されたのだ。

藤井はまとめ上げた文書を編集長を伴い警察に持っていく。最初は興味がなさそうだった
警察も、あまりに克明な事件概要に動かざるを得なくなり、木村を始め、共謀した家族も
逮捕されたのだった。

映画の冒頭に描かれるのだが、須藤は裏切りを許さない気質で、チンピラに裸足で
鉄橋の上を歩かせ、足にタバコの火を押し当てて、川に転落させて殺したり、
殺しの現場から逃げたチンピラに対し目の前で情婦を犯しかつ共に焼き殺したり、
最後まで信頼していたチンピラもクルマの中で銃で殺したり、保険金狙いで殺した
老人をナタで解体して焼却炉で焼いたり、狂気としか言えない所業を繰り返したのだが、
死刑囚になると、キリスト教に入信し、裁判では上告し、「生きて罪を償う」とかのたまう。

記者藤井は、木村と大差ない極悪人の須藤が、心の平安を求めようとするのが
気に入らなかった。「お前なんかの心に平和が来てたまるか!」とか叫ぶのだった。
確かに、あの狂気の殺人鬼が刑務所に入った途端に善人になってしまう、そして
記者をして他人の罪まで暴いて自分は心の平安を得ようとする、その姿勢に我慢が
ならなくなるのは理解できる。
一方で、家庭を顧みず、(最後には母を施設に預け、離婚も無くなったように描かれるが)
こちらも狂気としか言えない執念で事件を追い続けた藤井も、何かただならなぬ不気味さを
感じてしまうのだ。山田孝之は終始笑顔が無い役柄を例の濃い髭面で演じてはいたが
やはり本作のハイライトはピエール瀧の須藤純次だろう。何を考えているのか分かりやすい
ようでいて、深い闇を抱えている男を上手く演じていたと思う。

映画を見終えて思うことは、須藤の同じ人間がやることか、と思える粗暴凶暴な行動、
「先生」木村の狂気、そして種類は違うけど、記者藤井の狂気。「人間の業の深さ」「深層に
隠された本性の恐ろしさ」に思いを致さざるをえないのだった。
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<ストーリー>
死刑囚の告発が未解決事件の真犯人逮捕につながった、衝撃のベストセラー・
ノンフィクションを、山田孝之主演で映画化した人間ドラマ。
殺人事件を犯しながら、裁きも受けずに生きながらえる悪人。そんな悪人を幅広い
ジャンルで活躍するリリー・フランキーが狂気を携えた演技で見せる。
監督は若松プロダクション出身の白石和彌。

ある日、雑誌『明朝24』の編集部に一通の手紙が届いた。それは獄中の死刑囚
(ピエール瀧)から届いた、まだ白日のもとにさらされていない殺人事件についての
告発だった。彼は判決を受けた事件とはまた別に3件の殺人事件に関与しており、
その事件の首謀者は“先生”と呼ばれる人物(リリー・フランキー)であること、“先生”は
まだ捕まっていないことを訴える死刑囚。
闇に隠れている凶悪事件の告発に慄いた『明朝24』の記者・藤井(山田孝之)は、
彼の証言の裏付けを取るうちに事件にのめり込んでいく……。(Movie Walker)

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by jazzyoba0083 | 2016-03-25 23:10 | 邦画・新作 | Trackback | Comments(0)

進撃の巨人 ATTACK OF TITAN

●「進撃の巨人 ATTACK OF TITAN」
2015 日本 講談社、製作委員会 東宝配給 96分
監督:樋口真嗣  原作:諫山創
出演:三浦春馬、長谷川博己、水原希子、本郷奏多、三浦貴大、石原さとみ、ピエール瀧、國村隼他
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<評価:★★★★★☆☆☆☆☆>
<感想>
引き続きホノルル便の機内での鑑賞。「進撃の巨人」という単語やその劇画のカットは
当然知っていはいたが、どういう内容ななのかは知らなかった。おそらくこういう機会でも
ないと観ないタイプの作品だ。機内の暇つぶしに、どんなものか、という興味もあり観て
みた。これは続編というか後編を観ないとだめなんだな。リストにはあったけど観る気力が
わかなかった。ラストシーンで後がある、と分かるのだが、まあ、どうでもいいか、と。
いくら後編があってのものとはいえ、一本の映画として見に来てもらう以上、それだけで
ちゃんとした映画になっていなくては、観ている方がバカをみる。

原作を映画化するのは難しいと言われていたらしい。原作は読んでみたいとは思った。
そりゃあぶっとんだ未来の話、顛末は面白そう。しかしこれを動く実写にしてしまうと、
グロテスクな部分がクローズアップされてしまい、しかも三浦春馬くんのイジイジぶりが
酷くて、イライラしたし。全編冗長。これは続編で解決されていくのだろう。なにせ三浦くん、
巨人になっちゃうんだからね。続編というか後編があってこその「進撃の巨人」というタイトルが
ピンとくる仕掛けになっているのだろう。
演技陣はピエール瀧と國村以外の若手はみんななんだかなあ、の出来。かろうじて
石原さとみくらいかなあ、まだ良かったのは。

この映画、前後編まとめて尺を短くしてちゃんと纏めあげたら前編の冗長さがカットされ
もう少しマシな映画になっていたのではないか。樋口監督のがんばりは分かるのだけれど、
製作側の金儲けに、結局ぐだぐだなものになってしまったのではないか。
繰り返すが、原作は読んでみたい(観てみたい)とは思った映画だった。
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<ストーリー>
巨人が人間を食べるという衝撃的なテーマが話題を呼び、第35回講談社漫画賞少年部門に
輝いた諫山創の人気コミックを実写映画化。居住区の周りに巨大な壁を築き、つかの間の
平和を手に入れた人々の前に、突如、壁を超える大きさの巨人が出現したことから、人々に
訪れる変化を描く。

突如出現した巨人たちに人類の大半が捕食され、文明は崩壊。生き残った者たちは巨人たちに
侵攻されないよう巨大な壁を三重に築き、その内側で暮らしはじめた。それから100年以上経ち
惨劇の記憶が薄れていく中、壁の外の世界に憧れるエレン(三浦春馬)は安穏と暮らす人々に
苛立ちを募らせていた。

しかしある日突然想定外の超大型巨人により壁が崩され、侵攻してきた巨人たちに人々は
次々に食べられていく。2年後、人類はより内部への撤退を余儀なくされていた。
対巨人兵器、立体機動装置によって武装した調査団が結成され、エレンらは外壁を修復する
決死の作戦に赴く。その途中、巨人の襲撃にあい、仲間のアルミン(本郷奏多)をかばった
エレンは飲み込まれてしまうが……。(Movie Walker)

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by jazzyoba0083 | 2016-01-20 13:40 | 邦画・新作 | Trackback | Comments(0)

紙の月

●「紙の月」
2014 日本 松竹 Robot  紙の月製作委員会 126分
監督:吉田大八  脚本:早船歌江子  原作:角田光代「紙の月」
出演:宮沢りえ、池松壮亮、大島優子、小林聡美、田辺誠一、近藤芳正、石橋蓮司、平祐奈他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
昨年、「永遠の0」と並び、邦画界を賑わせた一作。「永遠の0」は映画館に行ったが、
こちらは宮沢りえがあまり得意でないので、WOWOWでの放映を待った。
原作未読、テレビ未見である。

で、どうしても、骸骨に渋皮が張り付いたような宮沢りえが気になってしまい、今ひとつ
のめり込めなかったのと、彼女の生き方に、へえ、こういう生き方もあるんだな、以上の
ものも感じ取られず、大金の横領犯がフィリピンだかの東南アジアに逃亡してしまうという
結末もなんだかなあ、銀行支店の誰かが処分されたという話も出てこないし(そういう事は
本作には意味がないということなんだろうね)。

映画から何か人生や意味を見出したい日本人にはとてもうってつけの作品じゃないか。
だいたいタイトルの「紙の月」というのが寓意の塊。つまり、本物ではない、作り物のことだ。
色んな人が色んなことをいうのだろうな。それはそれでいいのだけど、映画全体がメタファーの
塊のような作品は観ていて決して面白いとは思えないのだ。原作があるとは云え、活字の
世界と映像の世界は自ずと違うと思うのだが。

私個人としては、主人公がなんで、いとも簡単に浮気に走ったか、ということ。幼いころから
「与えることが幸せ」と育ってきたからか。奪っても与えることが幸せ、と思い込んできたからか。
そういう女がいましたさ、ということなのか。wikiによれば原作作家の角田は「お金を介在させて
しか恋愛が出来ない女」を描きたかったといっている。

家庭、お金、銀行、横領、浮気、露見、逃亡と一人の女を通して描くことが多すぎて、とっちら
かった感が否めなかった。池松壮亮と出会うまでは、普通のつましい家庭の妻であり、銀行の
パートさんであった若くもない女が、一人の男に心奪われることで世間を欺き、家庭を欺き
嘘で固めた世界に突っ込んでいくか、という病理が、クリスチャンの女学生時代の行動だけでは
説明しきれない病理であると感じたのだが。
即物的な満足でしか幸せを感じないある意味不幸な女の話、なのだろうか。

梅澤梨花(宮沢りえ)とは、何者? 結局そういう点において、私は腹に落ちるものが無かった。
敢えて1994年に時代を設定したのは原作重視だから?要らん時代考証不足を突っ込まれる
より現在にしてしまったほうが良かったんじゃないか。携帯だってあっても良かったと思う。
映画からは今から20年前での設定の意味が伝わってこなかった。

ラスト、大金横領が露見し、銀行から、家庭から、世間から、日本から逃げるわけだが
その主人公の走る様、何を言いたいのか?黒澤明じゃあるまいし。

確かに地味ーな女が金を掴むににつれ、服装が派手になる、若いツバメに掛ける金が
半端なくなる、嘘が嘘を呼ぶ、横領が巧妙になる、どんどん人を騙すという主人公の人格の
崩壊ぶりはお見事だったが、原作者が言いたかったのはそこではあるまい。

ああ、隔靴掻痒の作品だった! ※「本作をちゃんと観てないな、オマエ」という突っ込みは
ご勘弁ください。

あ、小林聡美と大島優子は良かったよ。
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<ストーリー>
直木賞作家・角田光代の同名作を『桐島、部活やめるってよ』の吉田大八が、宮沢りえを
主演に迎えて映画化したサスペンス。
契約社員として銀行で働く平凡な主婦が、年下の大学生との出会いを機に、金銭感覚を
マヒさせていき、やがて巨額の横領事件を引き起こすさまを描く。相手役の大学生を演じる
のは若手実力派の池松壮亮。

1994年。梅澤梨花(宮沢りえ)は、子どもには恵まれなかったものの夫(田辺誠一)と
穏やかな日々を送っている。契約社員として勤務する「わかば銀行」でも、丁寧な仕事
ぶりで上司の井上(近藤芳正)からも高評価。支店では、厳格なベテラン事務員の
隅より子(小林聡美)や、まだ若くちゃっかり者の窓口係・相川恵子(大島優子)ら、
様々な女性たちが梨花と共に働いている。だが一見、何不自由のない生活を送って
いる梨花であったが、自分への関心が薄く鈍感なところのある夫との間には空虚感が
漂い始めていた。

ある夜、梨花の顧客で裕福な独居老人の平林(石橋蓮司)の家で一度顔を合わせた
ことのある孫の光太(池松壮亮)と再会した梨花は、何かに導かれるように大学生の
彼との逢瀬を重ねるようになる。

そんな中、外回りの帰り道にふと立ち寄ったショッピングセンターの化粧品売り場。
支払い時にカードもなく、現金が足りないことに気づいた梨花が手を付けたのは、
顧客からの預かり金の内の1万円だった。銀行に戻る前にすぐに自分の銀行口座から
1万円を引き出して袋に戻したが、これが全ての始まりであった。

学費のために借金をしているという光太に梨花は「顧客からの定期の申し込みが
キャンセルになった」と200万を渡す。さらに顧客から預かった300万を自分の通帳に
入れ、自宅で定期預金証書や支店印のコピーを偽造する……。

やがて横領する額は日増しにエスカレートしていくのだった、上海に赴任するという夫
には同行せず、梨花は光太と一緒に高級ホテルやマンションで贅沢な時間を過ごすが、
光太の行動にも変化が現れ、ある日、光太が大学を辞めたことを告げられる。
そんな折、隅が、銀行内で不自然な書類の不備が続いていることを不審に感じ始め
ていた……。」(Movie Walker)

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by jazzyoba0083 | 2015-11-25 23:40 | 邦画・新作 | Trackback | Comments(0)

超高速!参勤交代

●「超高速!参勤交代」
2014 日本 松竹 製作委員会(テレビ東京、博報堂、ケイファクトリー他) 119分
監督:本木克英  原作・脚本:土橋明宏
出演:佐々木蔵之介、深田恭子、伊原剛志、寺脇康文、上地雄輔、知念侑李、柄本時生、六角精児
    市川猿之助、石橋蓮司、陣内孝則、西村雅彦、甲本雅裕 他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
面白かった。奇抜なアイデア、(実際にこんなことがあったのかどうかは寡聞にして知らないが)
土台の土橋氏の発想・脚本が素晴らしい。昨年度の日本アカデミー賞脚本賞、ブルーリボン賞
作品賞を獲っている。

出演者も、所謂重鎮やビッグネーム、例えば最近の邦画の常連である佐藤浩市、役所広司、
中井貴一といったところがでておらず、そういう意味で言えば軽めの配役だが、それが物語に
功を奏している。殿様の佐々木、家老の西村、近習の寺脇、上地、知念、柄本、六角、忍びの
井原、幕府老中の陣内、将軍の猿之助と、それぞれキャラクターが生きた配役と演出である。
そこに紅一点、深キョンが花を添える。 

帰ったばかりの参勤交代。田舎の弱小藩に降って湧いた5日間での江戸城出府、という
無理難題に敢然と挑戦する武士たちの物語が、奇想天外な設定で、後の周囲にある
エピソードは水戸黄門にも出てくるような勧善懲悪のものだ。故に彼らの苦労は報われ
正義は勝ち、悪は懲らしめられるので、見ている方は溜飲を下げることが出来る。

仲間に加わったものの、金さえ貰えれば途中で一行から逃げるつもりだった、忍びの
雲隠段蔵(井原)も、殿様の人柄に惚れて、最後は味方に付く。また兄弟藩の殿様
(甲本)が、自分の行列を佐々木らに貸して幕府の役人がいる宿を突破する、など
友情が嬉しい場面もあつらえられている。ラスト、悪老中の悪巧みを暴くことになった
殿様に引導を渡し、将軍吉宗から親しく褒められる殿様という、観客を嬉しくするシーンも
多く用意されていて、観終わって気持ち良い。

加えて、剣戟もきちんとしていて、田舎侍たちだが殿様以下、みな武芸百般に秀で、
一騎当千の武士であり、強いのなんのというものスッキリする。片や、強行軍になる
ため、重い刀を竹光にしたばっかりに、危ない目にあったり、とても江戸城までは無理、
と覚悟した家老が腹を切ろうにも竹光ではどうしようもなかったりのユーモア。
更に女郎である深キョンを殿様が惚れてしまい、最後には側室になる、というオマケ
までつく。

全体にテンポがよく、演出、演技、物語それぞれに出来がよく、満足できる映画となった。
それこそ、佐藤浩市や役所広司が出てくる髷物は重厚で見応えがあるものが多いが
こうしたコメディタッチの作品を見応えあるように作るのは難しいのではないか。
軽すぎても重すぎても、嘘っぽくてもいけないわけだし。そういう点では本木監督は
手堅くまとめたといえる。
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<ストーリー>
優秀な映画向けの脚本に与えられる城戸賞に輝き、小説化されるやベストセラーとなった
土橋章宏の同名作を映画化したコミカルな時代ドラマ。
幕府から無理難題を押しつけられた小藩の藩主が藩と領民を守るため、知恵を絞って、
逆境に立ち向かっていくさまが描かれる。
藩主を佐々木蔵之介が務めるほか、個性派俳優が多数顔を揃えている。

元文元年春、磐城国の湯長谷藩は徳川八代将軍吉宗の治める江戸幕府から、通常8日
かかる道のりにも関わらず突然5日以内に参勤交代をするよう命じられる。
湯長谷の金山を手中に入れようとする老中・松平信祝(陣内孝則)の策略によるものだった。

わずか1万5千石の小藩にとって、ただでさえ貯蓄も人手もない上にあまりにも短い日程を
強いられたこの参勤交代は到底できようもないものだった。あまりの無理難題に憤りながらも、
藩主・内藤政醇(佐々木蔵之介)は家老の相馬兼嗣(西村雅彦)に対策を講じさせる。
そして、藩の少人数のみで山中を近道して駆け抜けていき、道中の人が見ているところでは
渡り中間を雇って大人数に見せかけるという作戦を立てる。
さらに東国一の忍びと言われる戸隠流の抜け忍・雲隠段蔵(伊原剛志)を道案内役に任じるが、
一方で幕府の老中らはこの参勤交代を阻もうと手をのばしてくる……。」(Movie Walker)

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by jazzyoba0083 | 2015-09-09 23:20 | 邦画・新作 | Trackback | Comments(0)

日本のいちばん長い日

●「日本のいちばん長い日」
2015 日本 松竹 アスミック‥エース 製作委員会 136分
監督・脚本:原田眞人  原作:半藤一利
出演:役所広司、本木雅弘、松坂桃李、堤真一、山崎努他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
封切られてしばらく経つが、シネコンの比較的小さい小屋は、私くらいの初老のご夫婦で
ほぼ満員。もっと若い人に観てもらいたいものだ。

さて、本作は1967年に橋本忍~岡本喜八の組み合わせで東宝オールスターにより
製作されたものの別バージョン。東宝は当時「東宝8・15」シリーズと称して、6本の
大東亜戦争ものを製作した。その意義は当時、深いものがあったろう。
私も、WOWOWなどでほとんどは観ている。本作も当時は原作が大宅壮一名義で
あったが、もちろん半藤一利の作品の映画化である。

本作だが、おそらく大判レンズを使った陰影とボケ味のある独特の映像の中に
軍服のカーキ、宮内省役人の黒、など、モノトーンの色彩が強調され、バストショット
以上を多用しているように思える迫力、など映像へのチカラの入れようが良く
分かった。8月15日の玉音放送に至るまでの数日を時系列に追いかけていくのは
ドキュメントの性格上まぬがれぬところだが、岡本版に比べて、取り上げる人物を絞り、
その人間性を深く描くことにより、大東亜戦争とは何であったか、を短時間の出来事で
描ききる。原田眞人監督の代表作に入る映画だと思う。

特に昭和天皇と鈴木首相、阿南陸相の思いに更に重点が置かれ、二時間強の
映画の中で、先の大戦に対する個人的な思いがさまざまに去来する。
阿川弘之の「米内光政」「井上成美」を読んでいたので、陸軍と海軍の対立も
理解しながら観ることが出来た。陸軍の作戦に米内が黒板を叩いて抗議する、
という理屈も知っていればこそなのだ。というわけで、大東亜戦争に至る経過を
ひと通りおさらいしてから観ると、更に映画の深みが理解できるだろう。

個人的に印象的だったのが、帝国陸軍の戦地の経験のない若い参謀たちの精神論のみで
突っ走ろうとする一見純粋に見えて、浅はかな行動、彼らを感化した(当時の若者の殆どは
そうであった訳だが)皇国史観という「洗脳」の恐ろしさ。
天皇自身が一日も早い終戦を主張するのに、「日清日露以来負けたことのない帝国陸軍」の
面子や体面に拘り、「一億玉砕」「七生報国」というカルトな世界から抜けられない彼らの
恐ろしさを思った。その点、阿南が「軍を廃して、国を残す、ということさ」という見識は
天皇の考えと同じであったわけだ。

半藤もその後何度も指摘しているように、2度まで聖断を仰がなくては決められない
軍人や政治家、そして誰も責任を取らないままに、ずるずると同じような人が国政に
携わるという悲劇。

上記のことどもを思うとき、今の状況と極めて近いということができよう。だからこそ
今観て欲しい、今観るべき映画だと思う。

一度走りだすと「熱狂した狂気は止まらない」ということ。参謀本部に「一億玉砕」と書かれた
幟があったが、日本人を全部滅ぼして、何が「國體護持」(天皇制維持)か、ということだ。
天皇を始めとした国政に関る人物を通して観るとき、戦争を終わらせるのがどのくらい
難しいか、ということがよく分かる。あと数日終戦が早ければポツダム宣言を早く受け入れて
いれば、せめて東京大空襲で覚悟を決めておけば、広島も長崎も無かったのだ。
終戦のタイミングは沢山あった。
最終防衛線であるサイパンが陥落した段階で、和平に持ち込むべきだったと
思うのだが、何でそれが出来なかったのか、沖縄までめちゃくちゃにせずに済んだのにと、
国民が思考を停止し、マスコミが体制の宣伝部隊と成り果て、政治が暴走を始める事の怖さを
改めて思う。あの熱狂に身をおくと、恐らく私でも何も出来なかったのだろう。
(歴史に、タラレバは無いのだが、歴史に学ぶことは出来る。「ポツダム宣言は詳らかに読んで
いない」と悪びれず国会で言ってのけ、しゃあしゃあとしている総理大臣がいることに背筋が寒くなる。

出演者では、77歳の耳の遠い宰相を演じた山崎努が出色。役所と本木はやや持ち上げて
描かれすぎな感じ。反乱部隊の中心人物、畑中参謀を演じた松坂桃李も狂気を良く
演じていたと思う。

全体として、テンポも良く、描く人物を絞ることでストーリー(歴史そのもの)も追いやすく、
映像も演者も良かった。大東亜戦争を予習して、是非観ていただきたい作品だ。
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<ストーリー>
混迷極める太平洋戦争末期の日本において国の行く末を模索する人々の姿を描いた、
半藤一利のノンフィクション小説を映画化。陸軍大臣、天皇陛下、総理大臣など閣議に
参加した人々の姿と、クーデターを企む青年将校たちの姿が描かれる。
監督は『駆込み女と駆出し男』など、人間ドラマに定評のある原田眞人。

1945年7月、戦局が厳しさを増す中、日本に無条件降伏を求めるポツダム宣言が
発表された。連日閣議が開かれ議論に議論が重ねられるが、降伏かそれとも
本土決戦か結論が出ないまま8月に突入。
広島、そして長崎に原爆が投下され『一億玉砕論』の声も上がる中、日本最大の決断が
くだる。しかし降伏に反対する若手将校らは玉音放送を流させまいとクーデターを企て
皇居やラジオ局占拠に向け動きはじめる……。」(Movie Walker)
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by jazzyoba0083 | 2015-08-23 12:05 | 邦画・新作 | Trackback | Comments(0)

柘榴坂の仇討

●「柘榴坂の仇討」
2014 日本 松竹映画 製作委員会 制作プロダクション:デスティニー 119分
監督:若松節朗   原作:浅田次郎「五郎治殿御始末」より「柘榴坂の仇討」
出演:中井貴一、阿部寛、広末涼子、高嶋政宏、藤竜也、中村吉右衛門他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
前日観た、「最後の忠臣蔵」が忠臣蔵外伝とすれば、本作は「桜田門外の変外伝」と
いえよう。浅田次郎の原作は未読であるが、おそらく原作が持つタッチというかニュアンスは
きっちり伝わっているのではないか、また映像化されたことで、さらに味わい深く
なったのではないか、と思った。

桜田門外の変は、これまでも何度か映画になって来たが、本作を鑑賞するについては
幕末の政治環境についてひと通り復習しておいたほうが、意味がよくわかって更に
面白いだろう。

開国を一方的に進めたと言われ、また尊皇攘夷の吉田松陰を刑死させた、時の
大老井伊掃部守直弼が桜田門外で水戸浪士らに暗殺された桜田事変。
最近、その剣の腕前を見込まれ殿様の近習を命じられた志村金吾(中井貴一)は、
道中警護に当たったものの、一人の男が列の前に現れ、大老に訴状を差し出した。
大老は「命をかけて訴えでたものを粗略に扱うな。書状は受け取り、身柄は評定所に
ひきわたしなさい」と命じた。しかし、その後、大勢の浪士らに囲まれて、近習は苦戦、
賊に奪われた家康下賜の槍を追いかけているうち、戻ってみれば、殿は討たれ、
警護のものは全滅。
当日の雪で、刀の柄に覆いをしていてそれを外すのに手間取ったこともあったが
近習としては万死に値する失態であった。彦根の両親は息子の不届きを恥じて
自刃、当人は切腹を許されず、下手人を追え、と命じられた。

世の中は井伊直弼の主張のように、開国となり幕府は大政奉還し、幕政は終わった。
志村は殿は何のために死んだのか、と自問するが、武士としての働きが出来なかったことを
恥じて、明治の世になっても侍の装束、ちょんまげ、二本差しを変えず、ひたすらに
人相書を眺めながら街をさまよう日々。そんな志村を支えていたのは事変の直前に娶った
ばかりの妻セツ(広末)であった。

一方、下手人の最後の一人になったのは、あの日、家宝の槍を奪って、志村と剣戟に
及んだが、辛くも逃げ出した佐橋十兵衛(阿部)であった。彼は早々に曲げを落とし、車夫と
なり長屋に一人住んで、身を潜めていた。彼とて水戸浪士の仲間と死ねなかった苦しみの
中で13年間生きてきた。

志村の仲間の努力で佐橋の行方が判明。新橋駅で、志村は佐橋の人力車に乗るのであった。
折しも空からは雪。行くあてのない人力車は、雪の中を進み、その道中、佐橋と志村の
会話が続く。佐橋は直吉と名乗っているが、それは井伊直弼から一字を採ったものであった。
自分のしたことの意義を失い、彼も生きる目的、死ぬ目的を失っていたのだ。
そして因縁の柘榴坂に差し掛かり、刀をすでに捨てた佐橋に志村は長刀を渡し、自分は
脇差しで戦う。佐橋は一旦は志村の前に座り、ぞんぶんに本懐をお遂げ下されと申し出た
が、(これは彼にとっての本懐でもあった) 一度は剣戟に及ぶものの、志村の心に変化が
出てきた。今更彼を殺したとて、報告するすべもなく、この日「仇討禁止」の太政官布告も
だされていた。佐橋を討って自分の心は晴れるのか、そして何より殿は喜ぶのだろうか、
そんなことが胸に去来したに違いない。志村は刀を納め、お互いに新しい時代を生きよう、
と去っていくのだった。価値観が大きく動いた時代に、自分の生きるところはどこか、必死に
なって探した二人に出た回答。決してこれからも住みやすいものではなかろうが、心は晴れて
折り合いをつけながら生きていくのであろう。
ラスト、志村は妻と手を取って歩く所(暖かくなったら彦根に帰ろうといっていた)、佐橋は
長屋に住むお千代ぼうの母親との間を深めるのだろう・・・。

時代の進歩の折りたたみ方も上手く、話は分かりやすい。綺麗に描きすぎ、という声もあるが
これが浅田次郎の世界なのだ。静かに進む物語であるが、とても興味深く見終えることが出来た。
なんだかんだいっても、上質な髷物、好きだな、オレ。
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<ストーリー>
歴史小説から現代劇まで幅広いジャンルを手掛ける浅田次郎の短編小説を、『沈まぬ太陽』の
若松節朗監督が、中井貴一&阿部寛主演で映画化した人間ドラマ。主君を失い、切腹する
ことを許されずにただ仇討を続ける男と、その最後のひとりの男との運命的な出会いが、
江戸から明治へと移り変わる激動の時代を背景に描かれる。

安政七年三月三日、江戸城桜田門外で大老の井伊直弼(中村吉右衛門)が襲撃され殺害される。
主君を守り切れなかったことを悔やんでも悔やみきれない彦根藩士・志村金吾(中井貴一)の
もとに、仇を討てとの藩命が下る。
明治の世になり時代が大きく変わっても武士としての矜持を持ち敵を探し続ける金吾。
一方水戸浪士・佐橋十兵衛(阿部寛)は井伊直弼殺害後、俥引きに身をやつし孤独の中に
生きていた。そして明治六年二月七日、仇討禁止令が布告される……。」(Movie walker)

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by jazzyoba0083 | 2015-08-10 23:20 | 邦画・新作 | Trackback | Comments(0)

最後の忠臣蔵

●「最後の忠臣蔵」
2010 日本 配給:Warner Bors. 制作:「最後の忠臣蔵製作委員会(WB、角川映画ほか)133分
監督:杉田 成道        原作: 池宮彰一郎 『最後の忠臣蔵』(角川文庫刊)
出演:役所広司、佐藤浩市、桜庭ななみ、山本耕史、風吹ジュン、田中邦衛、伊武雅刀、笈田ヨシ
    安田成美、片岡仁左衛門ほか
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
「北の国から」の杉田監督のメガフォン、さすがに情緒表現は上手いなあ。忠臣蔵ものは
好きなので、機会があれば見るようにしているのだが、この度WOWOWで放映されていたので
鑑賞した次第。 いい映画でした。ま、ラストの有り様はちょっと合点が行かないものもありますが、
あれもまた武士の生きる道なのでしょう。

「忠臣蔵」外伝とも言うべきもので、創作の世界。(ただし、寺坂も瀬尾も実在の人物で、討ち入りの
前後に謎の逐電を遂げた話は有名。これをベースに小説化)大石内蔵助の命によりう討ち入り
切腹に加われなかった二人の武士の生き様を描く。一人は、吉良邸の討ち入りには加わったものの、
内蔵助から「見聞きしたことを赤穂に伝え、遺族の行方を安堵せよ」と言われた寺坂吉右衛門
(佐藤浩市)。
もう一人は、京都時代に内蔵助とお軽の間に産まれた女児を育てあげよ、と命じられた
藩士ではないが、内蔵助の側用人の瀬尾孫左衛門(役所広司)である。

冒頭、来年浅野内匠頭、また四十六士の17回忌が近づいていた。寺坂の遺族援助の度も
終わりに近づいていた。そんなおり、親友であり、殿の仇討ちを固く誓っていた親友
瀬尾孫左衛門の姿を見かける。討ち入り直前に皆の前から逐電した瀬尾。その目的は
まったく分からなかった。 瀬尾は美しい娘、可音(かね)と暮らしていた。そして、二人の
身の回りを世話をするのが、かつて伏見の太夫で茶屋四郎次郎に身受けされた、ゆう
(安田成美)であった。彼女は誰なのか、映画の中ではなかなか明かされない。

そんなおり、京の豪商、茶屋四郎次郎の竹本座で興行される、人形浄瑠璃を見物に行くが、
そこで可音は茶屋の長男修一郎に一目惚れされる。茶屋の側に寺坂の姿を見つけた
瀬尾は訳のわからぬ可音を芝居の途中で小屋から引き出して家に帰ってしまった。

骨董品の鑑定のため、茶屋家に出入りしていた瀬尾は、四郎次郎から、皮肉にも、
小屋に来ていた娘の身元を探しだして欲しいと以来される。長男も、四郎次郎自身も
惚れ込んでしまい、是非長男の嫁にしたいというのだった。

寺坂は、瀬尾の後を付けて、瀬尾に逐電の理由を聞くが、絶対に答えない。逆に寺坂に
刀を抜いて迫ってきた。寺坂は、自分が何をしてきたかを問わず語りに瀬尾に聞かせる。
まったく同じようなことで、内蔵助と切腹できなかった瀬尾は、自分以外に同じような
使命を帯びた男がいて、それが親友の寺坂だったことに驚く。

16歳になった可音は、ひそかに瀬尾を恋いていた。しかし、それは受け入れられない。
やがて、瀬尾は可音に、自分が内蔵助の隠し子だということ、内蔵助の命で、16年間
育ててきたこと、などを説明した。瀬尾は、武士は戦や争いで命を失うこともある、可音を
嫁に出すなら商家だ、と決めていた。可音は、瀬尾の言いつけを聞き入れ、茶屋に
お輿入れすることになった。 茶屋に瀬尾がその旨を説明すると、驚く茶屋であったが
「大石殿の隠し子ということで茶屋様にご迷惑がかかりはしまいか」という瀬尾の言葉に
茶屋は「何をおっしゃる。大石殿といえば天下の忠臣の鏡。そのお姫様を迎え入れ、
なんの差し障りがありましょうか」とむしろ歓迎の意思を示した。

瀬尾は、ゆうから、ずっとあなたを好いていた。この先私と暮らしてくれないか、死なないで
欲しい、と懇願されるが、断ってしまう。
可音と瀬尾。二人で住む庵から花嫁衣装になり、しばしの別れをした後
行列が茶屋の家に向かった。と、寺坂を初めとして、このことを聞きつけてきた旧浅野家
家臣らが、途中から行列に加わらせてくれ、と入ってきた。(ここはちょいと感動のシーンだ)

そして、「高砂や・・」と婚礼が進む中、瀬尾の姿がない。瀬尾は、庵に戻り、内蔵助の位牌を
前に、自分が命じられたことは今日終わった、この際は大石様の身元につかまつる、と
腹を切る用意をし始めた。脳裏に浮かぶ可音との日々。しかし、瀬尾の幸せは、命を投げ打ち
仕えると決めた内蔵助の元に逝くことであった。
瀬尾の不在を不審に思った寺坂は、瀬尾の家に馬を飛ばすが、時既に遅し。「解釈無用」と
瀬尾は己の首を脇差しで掻き切って果てたのであった。
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そんなお話。武士の本懐を遂げられず、一人は地味な、一人は裏切り者呼ばわりの中で
共に内蔵助の命を守った武士。どちらも武士であった。切腹した瀬尾の姿を見た寺坂の
心中はいかばかりであったろう。逝き遅れた武士として、己は・・・、と思ったに違いない。
しかし、観客は、寺坂に「死ぬな!」と叫ぶことであろう。

他の書き込みにも「何も切腹させなくても」と書いた意見もうなずけるが、こういう生き方も
きっとあったのだろうと、今では想像も付かない武士道の一面を垣間見る。
原作は未読であるが、物語として、映像美として、納得の一編であった。ただ、最近の
邦画が何かにつけて役所広司と佐藤浩市なのは何とかならんのだろうか。確かに二人は
素晴らしい役者なんだけど。可音が内蔵助の隠し子と分かった時点での騒動は、実際は
映画のような塩梅にはいかなかったであろうと思う。

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by jazzyoba0083 | 2015-08-02 23:20 | 邦画・新作 | Trackback | Comments(0)

そこのみにて光輝く

●「そののみにて光輝く」
2014 日本 「そこのみにて光輝く」製作委員会 制作:ウィルコ
監督:呉美保 原作:佐藤泰志「そこのみにて光輝く」(河出書房新社刊)
出演:綾野剛、池脇千鶴、菅田将暉、高橋和也、火野正平、伊佐山ひろ子、田村泰ニ郎他
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<★★★★★★★★☆☆>
<感想>
41歳で自ら命を断った孤高の作家・佐藤泰志の唯一の長編小説を映画化。
昨年の「モントリオール国際映画祭」最優秀監督賞、ブルーリボン監督賞、などを
受賞し、キネマ旬報の2014年年間最優秀映画に選定されている。
WOWOWは3月が邦画強化月間とかで、いい邦画が続々放映される。今回も
キネ旬の1位ってどんなものか?という興味で観てみた。ちなみに本作は日本アカデミー賞では
作品部門にも、監督部門にもノミネートさえされていないんだね。ということは
エンタテインメント性に欠けると見られたのかな。まあ、そう思われても不思議はない
感じではあるし、いかにもキネ旬好みだなあ、という感じもする。
北の街、函館の夏を背景に、アンニュイな中にもどっぷりとマイナーな日本人の
メンタリティーがある意味、非常に上手く描けている。

藤田敏八の傑作「八月の濡れた砂」にちょいとばかり通底するところを個人的には
感じた。閉塞感の中に閉じ込められた若者という意味に置いてかな。

で、見終わって、好みの映画ではないけど、確かに「力」を持った問題作であることは
認めざるを得ないなと感じた。原作があるので、その映像化ではあろうけれど、原作はもっと
ドライであり映画はウェットであると評した人がいた。確かにウェットではある。

大手の作品でもないし、配給もテアトル東京ということで、シネコンなんかでは上映
されなかった所も多いのではないか。R-15でもあるし。

それにしてもタバコを吸うシーンと、飯を食うシーンが多いなあ。原作はしらないけど
テレビドラマでもかつて飯ばかり食っていると冷やかされたものだが、セリフ回しの
背景が喫煙と食事以外に脳がないというのもなさけない。本作がそうであるかどうかは
分からないけど、観ていてとても気になった。

社会の底辺で這い上がる道筋さえ閉ざされ、閉塞感に息もできないで悶々とする
地方都市の若者のありさまが活写される。綾野剛、池脇千鶴がいい。加えて
池脇の弟役の菅田将暉が、とってもいいよ。呉監督の演出もいいのだろうけど、
リアリティがにじみ出てて。 特に池脇を囲い者とする造園会社社長、高橋和也を
たこ焼きのピックで刺すところあたりの「逝っちゃった目つき」はいいねえ。
池脇は文字通りの体当たり。貧困なわりにぽっちゃりなんだが、その肉置きといい
ふてくされ加減といい、いい性格女優になりました。三井のリハウスガールだったのに。
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基本、明るい話が一つもない。その中でも、ちょっとした海水浴、花火、お祭り、食事など
普通に考えたら、人生の明るいサイドの話として取り立て特別に取り扱うこともないシーンが
小さい幸せ、「そこだけの幸せ」として提示されるので、暗さが余計暗くなる効果を生む。

映像もよかった。編集もいいなと感じた。ラスト、海辺の砂浜で朝日に照らされる綾野剛と池脇、
暗転し、金釘文字で「そこのみにて光輝く」と表示され物語は終わるのだが、
「底のみにて」と捉えてもいいんじゃないか、と思える瞬間だった。
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<ストーリー>
「2010年に映画化された「海炭市叙景」のヒットによってにわかに脚光を浴びている不遇の
作家、佐藤泰志の同名小説を「夏の終り」「シャニダールの花」の綾野剛主演で映画化。
閉塞感漂う北の町で無為で無気力な日々を送っていた主人公の運命が、社会の底辺で
行き場を失った一組の姉弟との邂逅によって少しずつ動き出していく姿を切なくも優しい
筆致で描き出す。
共演は「ジョゼと虎と魚たち」の池脇千鶴と「共喰い」の菅田将暉。監督は「酒井家のしあわせ」
「オカンの嫁入り」の呉美保。

 短い北の夏。ある出来事をきっかけに仕事を辞めてしまい、無為な毎日を過ごす男、佐藤達夫。
ある日、パチンコ屋でひとりの青年、大城拓児と知り合う。彼は前科者でチンピラ風情ながら
無垢で憎めない奴だった。そんな拓児は海辺に建つ粗末なバラックに家族と暮らしていた。
そこで拓児の姉、千夏と運命的な出会いを果たす達夫。しかし千夏は家族を守るために自らの
人生を諦め、絶望の中に生きていた。」(allcinema)

千夏を囲い者にする造園業社長(高橋和也)は、仮釈放中の拓児の後見人でもあった。
そこが弱みでも会ったわけだ。冒頭から何かあって、ひきこもりになっている達夫だが、
それが採石場の発破現場で、自分のせいではないのだが、部下が爆発事故から落盤を
起こし命を落とした事故があった。それを攻めていたのだった。
千夏と出会ってから次第にかわっていく。千夏も変わっていく。千夏の存在に明るさを感じた
達夫は家庭を持ちたいと思うようになり、腐れ縁の社長と別れろと迫るが、千夏は
あんたに何が分かるの?と言い放つ。彼女はイカの工場に通いつつ、身を鬻いで金を得て
いた。家族を養うためだ。しかし、その地獄からも抜けたいと思っていた。彼女も達夫に
明るさを感じていた。拓児も達夫を兄のように慕い、造園業の手伝いから発破現場に職場を
変えたいと考えていた。千夏に別れるように迫る達夫をなぐる社長。祭りの場で、そんな
社長に「血は争えないな」ふうなことを言われ、拓児はたこ焼きのピックで社長を刺し逃げる。
一方千夏も脳溢血後寝たきりになったものの性欲以上亢進となった父を抱えていたが、
達夫が拓児を探してバラックに行くと、まさに千夏が父親のクビに手を欠けていたところだった。
あやうく千夏をどかせる達夫、そして拓児を自首させ、夜明けの浜辺で千夏と落ち合うのだった。

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by jazzyoba0083 | 2015-03-04 23:10 | 邦画・新作 | Trackback | Comments(0)

小さいおうち

●「小さいおうち」
2014 日本 松竹映画 「小さいおうち」製作委員会(テレビ朝日系テレビ局他) 136分
監督・共同脚本:山田洋次  音楽:久石譲 原作:中島京子著「小さいおうち」(文藝春秋社刊)
出演:松たか子、黒木華、片岡孝太郎、吉岡秀隆・妻夫木聡、倍賞千恵子、橋爪功、吉行和子他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
 時々上質な邦画を観るとホッとする。もとより小津は好きな監督さんで、彼をリスペクト
する山田洋次作品を全部観ているわけでもないのだが、本作では、役者に付けるセリフ
回しなんかもどんどん小津っぽくなっていくような気がする。
原作は未読だが、原作に近いとはいえ、肝心な部分が描かれていなかったりするようだが、
山田洋次流の「脚色」は、それはそれでありかな、と思えた。
WOWOWで放映されたものを録画しておいて鑑賞したら、翌日地上波で放送されていた。

全部説明してしまうことを嫌った小津をリスペクトする山田監督の、「観念的」部分を補った
本作は「映画版・小さいおうち」として成功しているといえるのではないか。
大きな部分で言えば、「時子は後妻であり、息子は義理の関係」、「タキは鎌倉で時子と
板倉がデートしているのを目撃している」などだそうだ。映画ではそこはかとなく伝わる
程度で、中嶋朋子の存在でトピックス化しているレズビアンの関係なども、原作のほうが
濃くでているのだそうだ。タキが小児麻痺にかかったおぼっちゃまの体を長い間マッサージに
通ったり自宅でしたりする横で母である時子は相変わらずのノンシャランに自分の足を
マッサージさせたりするのも原作を読んでいる人は深い部分を読み取ることができるのかもし
れない。また逢瀬の証明となる帯のラインの左右入れ替わりは映像ならではの強みだ。

タキが時子の手紙を板倉に渡さなかった謎は、原作と同じでそこがこの映画の要になるのだが、
タキと大好きな奥様の、相互愛と恋敵、どちらだったからだろうか、というのは観客の判断に
任せている。そこが映画にいい余韻を与えていることも確かだろう。

また山田作品は、本作の特徴である、市民目線から観た反戦的なムードを今回も的確に
演出していた。「声の大きい威勢のいいやつがのさばる」と「英国を応援する日本はアメリカと
戦わない」などは当時の山の手の一般市民感情としてあったのだろう。
画面から伝わる強烈な昭和感、といったものは、細部に拘ったプロダクションデザインの
出来の良さがある。窓越しのショットが微妙に歪むのは当時のガラスを知っている人には
ドツボだろうし、旦那様の着替えや風習なども、山田監督の強い拘りを感じる。

さて、出演者である。松たか子は、ノンシャランな独特な山の手夫人を好演、これが一番
目立った。ベルリン国際映画祭で「銀熊賞」を獲った黒木華は、片方での本作の主人公であるが
テレビで観ないので、新鮮でありまた新人とは思えない演技で映画を支えた。この二人の
顔の並びを見ていると昭和10年代の東京山の手の市民という設定がすごくしっくりくるのだ。
片岡孝夫、吉岡秀隆、倍賞千恵子らお馴染みの「山田組」のキャスト陣も、安定した演技で
本作の出来の良さの大きな部分を負っている。

私がなぜ洋画を好んでしまうのか、ということを今回つくづく考えたのだが、ハリウッドの場合
テレビと映画とは出演者が基本的にはダブらないので、映画の中に日常を感じづらいと
思うのだ。一方日本はテレビも映画も歌舞伎も無く俳優が出演するので、映画に非日常を
期待するほうとしてはどうしても、馴染んだ顔がスクリーンにいると、それを感じづらいのだと
思う。「ポテチ」での演技で注目した(本作にも出ている)木村文乃とか本作の黒木華らは
テレビと距離を置いてほしいなあ。まあギャラが安いから二股かけないと稼げないという
ハリウッドにはない理屈が邦画にはあるのは理解するとしてもだ・・。
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<ストーリー>
「すべては、数冊の大学ノートから始まった。健史(妻夫木聡)の大伯母で、先日亡くなった
ばかりのタキ(倍賞千恵子)が遺した“自叙伝”だ。大学生の健史は、一人暮らしのタキの
身の回りの世話に来るたびに、執筆途中の原稿を読むことを楽しみにしていた。
 そこには、まるで知らない国のような、昭和初期の日本が描かれていた。物語は、タキが
山形から東京へ奉公に出るところから始まる。

小説家の屋敷に1年ほど仕えた後、タキ(黒木華)は東京郊外の平井家に奉公することになる。
赤い三角屋根の小さいけれどモダンな家には、玩具会社に勤める雅樹(片岡孝太郎)と
妻の時子(松たか子)、まだ幼い一人息子の恭一が暮らしていた。
 初めて会った瞬間から、若く美しくお洒落な時子に、強い憧れを抱くタキ。時子は気さくで
優しく、東京の言葉やマナーなど何でも教えてくれた。時子に尽くすことが何よりもうれしい
タキは、恭一が小児麻痺で倒れた時も、毎日おんぶして、日本橋の病院へ通った。

新年、正月の準備が整った平井家に雅樹の会社の社長と社員たちが集まり、日中戦争と
金儲けの話で盛り上がる。中に一人だけ、話の輪に入れない男がいた。デザイン部門の
新入社員、板倉正治(吉岡秀隆)だ。
 上司から逃げ出した板倉は、恭一の部屋で眠ってしまう。客が帰り、雅樹も寝た後、
ようやく目覚めた板倉は、タキの作った雑煮を食べながら、時子と映画や音楽の話で
意気投合する。その日以降、板倉はレコードを聴きに平井家を訪ねては、時子と楽しそうに
話していくのだった。

ある時、大きな台風が関東地方を襲った。藤沢に出張した雅樹は帰って来ない。不安に
震える時子とタキのもとを板倉が訪ね、激しい風雨も気にせず雨戸を打ちつけてくれる。
やがて一帯は停電となり、板倉は泊まっていくことになる。真夜中過ぎ、玄関の扉の音に
目が覚めた時子は、ソファで眠る板倉を揺り起こす。下駄箱で扉を押さえ、暗闇のなか
寄り添う二人。その時、雷の光が、重なる二人の影を一瞬だけ照らし出す。

次第に、時子と板倉の“密会”の噂が広がり始める。贅沢を戒める国の政策が、人々の目を
厳しくしていた。戦争は激化し、ついに板倉にも召集令状が届き、板倉は平井家に別れを
告げにやって来る。翌朝、ただならぬ様子で出かけようとする時子を見て、板倉に会いに
行くのだと直感したタキ。迷いに迷った末に、タキは時子を押しとどめ、ある一つの重大な
提案をもちかける… (松竹HPより)

山田洋次監督は海坂藩シリーズが好きなのだが、本作も私の好みの作品群に入ることに
なりそうだ。喜劇とサスペンス的心理劇の畑で育ってきた監督によるエンタテインメントとして
成功している作品といえる。
ちなみに、本作の元となっり映画の中でも、木村文乃が妻夫木にプレゼントする童話
「ちいさいおうち」はアメリカの童話作家バージニア・リー・バートンにより1943年に書かれ
私も幼いころ両親に買い与えられ、何度も読んだ童話の大名作。私にとってはこれと
「おさるのジョージ」は不滅の名作童話だ。

この映画の詳細はこちらまで。
by jazzyoba0083 | 2015-02-28 23:20 | 邦画・新作 | Trackback | Comments(0)