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日本のいちばん長い日

●「日本のいちばん長い日」
2015 日本 松竹 アスミック‥エース 製作委員会 136分
監督・脚本:原田眞人  原作:半藤一利
出演:役所広司、本木雅弘、松坂桃李、堤真一、山崎努他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
封切られてしばらく経つが、シネコンの比較的小さい小屋は、私くらいの初老のご夫婦で
ほぼ満員。もっと若い人に観てもらいたいものだ。

さて、本作は1967年に橋本忍~岡本喜八の組み合わせで東宝オールスターにより
製作されたものの別バージョン。東宝は当時「東宝8・15」シリーズと称して、6本の
大東亜戦争ものを製作した。その意義は当時、深いものがあったろう。
私も、WOWOWなどでほとんどは観ている。本作も当時は原作が大宅壮一名義で
あったが、もちろん半藤一利の作品の映画化である。

本作だが、おそらく大判レンズを使った陰影とボケ味のある独特の映像の中に
軍服のカーキ、宮内省役人の黒、など、モノトーンの色彩が強調され、バストショット
以上を多用しているように思える迫力、など映像へのチカラの入れようが良く
分かった。8月15日の玉音放送に至るまでの数日を時系列に追いかけていくのは
ドキュメントの性格上まぬがれぬところだが、岡本版に比べて、取り上げる人物を絞り、
その人間性を深く描くことにより、大東亜戦争とは何であったか、を短時間の出来事で
描ききる。原田眞人監督の代表作に入る映画だと思う。

特に昭和天皇と鈴木首相、阿南陸相の思いに更に重点が置かれ、二時間強の
映画の中で、先の大戦に対する個人的な思いがさまざまに去来する。
阿川弘之の「米内光政」「井上成美」を読んでいたので、陸軍と海軍の対立も
理解しながら観ることが出来た。陸軍の作戦に米内が黒板を叩いて抗議する、
という理屈も知っていればこそなのだ。というわけで、大東亜戦争に至る経過を
ひと通りおさらいしてから観ると、更に映画の深みが理解できるだろう。

個人的に印象的だったのが、帝国陸軍の戦地の経験のない若い参謀たちの精神論のみで
突っ走ろうとする一見純粋に見えて、浅はかな行動、彼らを感化した(当時の若者の殆どは
そうであった訳だが)皇国史観という「洗脳」の恐ろしさ。
天皇自身が一日も早い終戦を主張するのに、「日清日露以来負けたことのない帝国陸軍」の
面子や体面に拘り、「一億玉砕」「七生報国」というカルトな世界から抜けられない彼らの
恐ろしさを思った。その点、阿南が「軍を廃して、国を残す、ということさ」という見識は
天皇の考えと同じであったわけだ。

半藤もその後何度も指摘しているように、2度まで聖断を仰がなくては決められない
軍人や政治家、そして誰も責任を取らないままに、ずるずると同じような人が国政に
携わるという悲劇。

上記のことどもを思うとき、今の状況と極めて近いということができよう。だからこそ
今観て欲しい、今観るべき映画だと思う。

一度走りだすと「熱狂した狂気は止まらない」ということ。参謀本部に「一億玉砕」と書かれた
幟があったが、日本人を全部滅ぼして、何が「國體護持」(天皇制維持)か、ということだ。
天皇を始めとした国政に関る人物を通して観るとき、戦争を終わらせるのがどのくらい
難しいか、ということがよく分かる。あと数日終戦が早ければポツダム宣言を早く受け入れて
いれば、せめて東京大空襲で覚悟を決めておけば、広島も長崎も無かったのだ。
終戦のタイミングは沢山あった。
最終防衛線であるサイパンが陥落した段階で、和平に持ち込むべきだったと
思うのだが、何でそれが出来なかったのか、沖縄までめちゃくちゃにせずに済んだのにと、
国民が思考を停止し、マスコミが体制の宣伝部隊と成り果て、政治が暴走を始める事の怖さを
改めて思う。あの熱狂に身をおくと、恐らく私でも何も出来なかったのだろう。
(歴史に、タラレバは無いのだが、歴史に学ぶことは出来る。「ポツダム宣言は詳らかに読んで
いない」と悪びれず国会で言ってのけ、しゃあしゃあとしている総理大臣がいることに背筋が寒くなる。

出演者では、77歳の耳の遠い宰相を演じた山崎努が出色。役所と本木はやや持ち上げて
描かれすぎな感じ。反乱部隊の中心人物、畑中参謀を演じた松坂桃李も狂気を良く
演じていたと思う。

全体として、テンポも良く、描く人物を絞ることでストーリー(歴史そのもの)も追いやすく、
映像も演者も良かった。大東亜戦争を予習して、是非観ていただきたい作品だ。
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<ストーリー>
混迷極める太平洋戦争末期の日本において国の行く末を模索する人々の姿を描いた、
半藤一利のノンフィクション小説を映画化。陸軍大臣、天皇陛下、総理大臣など閣議に
参加した人々の姿と、クーデターを企む青年将校たちの姿が描かれる。
監督は『駆込み女と駆出し男』など、人間ドラマに定評のある原田眞人。

1945年7月、戦局が厳しさを増す中、日本に無条件降伏を求めるポツダム宣言が
発表された。連日閣議が開かれ議論に議論が重ねられるが、降伏かそれとも
本土決戦か結論が出ないまま8月に突入。
広島、そして長崎に原爆が投下され『一億玉砕論』の声も上がる中、日本最大の決断が
くだる。しかし降伏に反対する若手将校らは玉音放送を流させまいとクーデターを企て
皇居やラジオ局占拠に向け動きはじめる……。」(Movie Walker)
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この映画の詳細はこちらまで。
by jazzyoba0083 | 2015-08-23 12:05 | 邦画・新作 | Trackback | Comments(0)

柘榴坂の仇討

●「柘榴坂の仇討」
2014 日本 松竹映画 製作委員会 制作プロダクション:デスティニー 119分
監督:若松節朗   原作:浅田次郎「五郎治殿御始末」より「柘榴坂の仇討」
出演:中井貴一、阿部寛、広末涼子、高嶋政宏、藤竜也、中村吉右衛門他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
前日観た、「最後の忠臣蔵」が忠臣蔵外伝とすれば、本作は「桜田門外の変外伝」と
いえよう。浅田次郎の原作は未読であるが、おそらく原作が持つタッチというかニュアンスは
きっちり伝わっているのではないか、また映像化されたことで、さらに味わい深く
なったのではないか、と思った。

桜田門外の変は、これまでも何度か映画になって来たが、本作を鑑賞するについては
幕末の政治環境についてひと通り復習しておいたほうが、意味がよくわかって更に
面白いだろう。

開国を一方的に進めたと言われ、また尊皇攘夷の吉田松陰を刑死させた、時の
大老井伊掃部守直弼が桜田門外で水戸浪士らに暗殺された桜田事変。
最近、その剣の腕前を見込まれ殿様の近習を命じられた志村金吾(中井貴一)は、
道中警護に当たったものの、一人の男が列の前に現れ、大老に訴状を差し出した。
大老は「命をかけて訴えでたものを粗略に扱うな。書状は受け取り、身柄は評定所に
ひきわたしなさい」と命じた。しかし、その後、大勢の浪士らに囲まれて、近習は苦戦、
賊に奪われた家康下賜の槍を追いかけているうち、戻ってみれば、殿は討たれ、
警護のものは全滅。
当日の雪で、刀の柄に覆いをしていてそれを外すのに手間取ったこともあったが
近習としては万死に値する失態であった。彦根の両親は息子の不届きを恥じて
自刃、当人は切腹を許されず、下手人を追え、と命じられた。

世の中は井伊直弼の主張のように、開国となり幕府は大政奉還し、幕政は終わった。
志村は殿は何のために死んだのか、と自問するが、武士としての働きが出来なかったことを
恥じて、明治の世になっても侍の装束、ちょんまげ、二本差しを変えず、ひたすらに
人相書を眺めながら街をさまよう日々。そんな志村を支えていたのは事変の直前に娶った
ばかりの妻セツ(広末)であった。

一方、下手人の最後の一人になったのは、あの日、家宝の槍を奪って、志村と剣戟に
及んだが、辛くも逃げ出した佐橋十兵衛(阿部)であった。彼は早々に曲げを落とし、車夫と
なり長屋に一人住んで、身を潜めていた。彼とて水戸浪士の仲間と死ねなかった苦しみの
中で13年間生きてきた。

志村の仲間の努力で佐橋の行方が判明。新橋駅で、志村は佐橋の人力車に乗るのであった。
折しも空からは雪。行くあてのない人力車は、雪の中を進み、その道中、佐橋と志村の
会話が続く。佐橋は直吉と名乗っているが、それは井伊直弼から一字を採ったものであった。
自分のしたことの意義を失い、彼も生きる目的、死ぬ目的を失っていたのだ。
そして因縁の柘榴坂に差し掛かり、刀をすでに捨てた佐橋に志村は長刀を渡し、自分は
脇差しで戦う。佐橋は一旦は志村の前に座り、ぞんぶんに本懐をお遂げ下されと申し出た
が、(これは彼にとっての本懐でもあった) 一度は剣戟に及ぶものの、志村の心に変化が
出てきた。今更彼を殺したとて、報告するすべもなく、この日「仇討禁止」の太政官布告も
だされていた。佐橋を討って自分の心は晴れるのか、そして何より殿は喜ぶのだろうか、
そんなことが胸に去来したに違いない。志村は刀を納め、お互いに新しい時代を生きよう、
と去っていくのだった。価値観が大きく動いた時代に、自分の生きるところはどこか、必死に
なって探した二人に出た回答。決してこれからも住みやすいものではなかろうが、心は晴れて
折り合いをつけながら生きていくのであろう。
ラスト、志村は妻と手を取って歩く所(暖かくなったら彦根に帰ろうといっていた)、佐橋は
長屋に住むお千代ぼうの母親との間を深めるのだろう・・・。

時代の進歩の折りたたみ方も上手く、話は分かりやすい。綺麗に描きすぎ、という声もあるが
これが浅田次郎の世界なのだ。静かに進む物語であるが、とても興味深く見終えることが出来た。
なんだかんだいっても、上質な髷物、好きだな、オレ。
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<ストーリー>
歴史小説から現代劇まで幅広いジャンルを手掛ける浅田次郎の短編小説を、『沈まぬ太陽』の
若松節朗監督が、中井貴一&阿部寛主演で映画化した人間ドラマ。主君を失い、切腹する
ことを許されずにただ仇討を続ける男と、その最後のひとりの男との運命的な出会いが、
江戸から明治へと移り変わる激動の時代を背景に描かれる。

安政七年三月三日、江戸城桜田門外で大老の井伊直弼(中村吉右衛門)が襲撃され殺害される。
主君を守り切れなかったことを悔やんでも悔やみきれない彦根藩士・志村金吾(中井貴一)の
もとに、仇を討てとの藩命が下る。
明治の世になり時代が大きく変わっても武士としての矜持を持ち敵を探し続ける金吾。
一方水戸浪士・佐橋十兵衛(阿部寛)は井伊直弼殺害後、俥引きに身をやつし孤独の中に
生きていた。そして明治六年二月七日、仇討禁止令が布告される……。」(Movie walker)

この映画の詳細はこちらまで。
by jazzyoba0083 | 2015-08-10 23:20 | 邦画・新作 | Trackback | Comments(0)

最後の忠臣蔵

●「最後の忠臣蔵」
2010 日本 配給:Warner Bors. 制作:「最後の忠臣蔵製作委員会(WB、角川映画ほか)133分
監督:杉田 成道        原作: 池宮彰一郎 『最後の忠臣蔵』(角川文庫刊)
出演:役所広司、佐藤浩市、桜庭ななみ、山本耕史、風吹ジュン、田中邦衛、伊武雅刀、笈田ヨシ
    安田成美、片岡仁左衛門ほか
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
「北の国から」の杉田監督のメガフォン、さすがに情緒表現は上手いなあ。忠臣蔵ものは
好きなので、機会があれば見るようにしているのだが、この度WOWOWで放映されていたので
鑑賞した次第。 いい映画でした。ま、ラストの有り様はちょっと合点が行かないものもありますが、
あれもまた武士の生きる道なのでしょう。

「忠臣蔵」外伝とも言うべきもので、創作の世界。(ただし、寺坂も瀬尾も実在の人物で、討ち入りの
前後に謎の逐電を遂げた話は有名。これをベースに小説化)大石内蔵助の命によりう討ち入り
切腹に加われなかった二人の武士の生き様を描く。一人は、吉良邸の討ち入りには加わったものの、
内蔵助から「見聞きしたことを赤穂に伝え、遺族の行方を安堵せよ」と言われた寺坂吉右衛門
(佐藤浩市)。
もう一人は、京都時代に内蔵助とお軽の間に産まれた女児を育てあげよ、と命じられた
藩士ではないが、内蔵助の側用人の瀬尾孫左衛門(役所広司)である。

冒頭、来年浅野内匠頭、また四十六士の17回忌が近づいていた。寺坂の遺族援助の度も
終わりに近づいていた。そんなおり、親友であり、殿の仇討ちを固く誓っていた親友
瀬尾孫左衛門の姿を見かける。討ち入り直前に皆の前から逐電した瀬尾。その目的は
まったく分からなかった。 瀬尾は美しい娘、可音(かね)と暮らしていた。そして、二人の
身の回りを世話をするのが、かつて伏見の太夫で茶屋四郎次郎に身受けされた、ゆう
(安田成美)であった。彼女は誰なのか、映画の中ではなかなか明かされない。

そんなおり、京の豪商、茶屋四郎次郎の竹本座で興行される、人形浄瑠璃を見物に行くが、
そこで可音は茶屋の長男修一郎に一目惚れされる。茶屋の側に寺坂の姿を見つけた
瀬尾は訳のわからぬ可音を芝居の途中で小屋から引き出して家に帰ってしまった。

骨董品の鑑定のため、茶屋家に出入りしていた瀬尾は、四郎次郎から、皮肉にも、
小屋に来ていた娘の身元を探しだして欲しいと以来される。長男も、四郎次郎自身も
惚れ込んでしまい、是非長男の嫁にしたいというのだった。

寺坂は、瀬尾の後を付けて、瀬尾に逐電の理由を聞くが、絶対に答えない。逆に寺坂に
刀を抜いて迫ってきた。寺坂は、自分が何をしてきたかを問わず語りに瀬尾に聞かせる。
まったく同じようなことで、内蔵助と切腹できなかった瀬尾は、自分以外に同じような
使命を帯びた男がいて、それが親友の寺坂だったことに驚く。

16歳になった可音は、ひそかに瀬尾を恋いていた。しかし、それは受け入れられない。
やがて、瀬尾は可音に、自分が内蔵助の隠し子だということ、内蔵助の命で、16年間
育ててきたこと、などを説明した。瀬尾は、武士は戦や争いで命を失うこともある、可音を
嫁に出すなら商家だ、と決めていた。可音は、瀬尾の言いつけを聞き入れ、茶屋に
お輿入れすることになった。 茶屋に瀬尾がその旨を説明すると、驚く茶屋であったが
「大石殿の隠し子ということで茶屋様にご迷惑がかかりはしまいか」という瀬尾の言葉に
茶屋は「何をおっしゃる。大石殿といえば天下の忠臣の鏡。そのお姫様を迎え入れ、
なんの差し障りがありましょうか」とむしろ歓迎の意思を示した。

瀬尾は、ゆうから、ずっとあなたを好いていた。この先私と暮らしてくれないか、死なないで
欲しい、と懇願されるが、断ってしまう。
可音と瀬尾。二人で住む庵から花嫁衣装になり、しばしの別れをした後
行列が茶屋の家に向かった。と、寺坂を初めとして、このことを聞きつけてきた旧浅野家
家臣らが、途中から行列に加わらせてくれ、と入ってきた。(ここはちょいと感動のシーンだ)

そして、「高砂や・・」と婚礼が進む中、瀬尾の姿がない。瀬尾は、庵に戻り、内蔵助の位牌を
前に、自分が命じられたことは今日終わった、この際は大石様の身元につかまつる、と
腹を切る用意をし始めた。脳裏に浮かぶ可音との日々。しかし、瀬尾の幸せは、命を投げ打ち
仕えると決めた内蔵助の元に逝くことであった。
瀬尾の不在を不審に思った寺坂は、瀬尾の家に馬を飛ばすが、時既に遅し。「解釈無用」と
瀬尾は己の首を脇差しで掻き切って果てたのであった。
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そんなお話。武士の本懐を遂げられず、一人は地味な、一人は裏切り者呼ばわりの中で
共に内蔵助の命を守った武士。どちらも武士であった。切腹した瀬尾の姿を見た寺坂の
心中はいかばかりであったろう。逝き遅れた武士として、己は・・・、と思ったに違いない。
しかし、観客は、寺坂に「死ぬな!」と叫ぶことであろう。

他の書き込みにも「何も切腹させなくても」と書いた意見もうなずけるが、こういう生き方も
きっとあったのだろうと、今では想像も付かない武士道の一面を垣間見る。
原作は未読であるが、物語として、映像美として、納得の一編であった。ただ、最近の
邦画が何かにつけて役所広司と佐藤浩市なのは何とかならんのだろうか。確かに二人は
素晴らしい役者なんだけど。可音が内蔵助の隠し子と分かった時点での騒動は、実際は
映画のような塩梅にはいかなかったであろうと思う。

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by jazzyoba0083 | 2015-08-02 23:20 | 邦画・新作 | Trackback | Comments(0)

そこのみにて光輝く

●「そののみにて光輝く」
2014 日本 「そこのみにて光輝く」製作委員会 制作:ウィルコ
監督:呉美保 原作:佐藤泰志「そこのみにて光輝く」(河出書房新社刊)
出演:綾野剛、池脇千鶴、菅田将暉、高橋和也、火野正平、伊佐山ひろ子、田村泰ニ郎他
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<★★★★★★★★☆☆>
<感想>
41歳で自ら命を断った孤高の作家・佐藤泰志の唯一の長編小説を映画化。
昨年の「モントリオール国際映画祭」最優秀監督賞、ブルーリボン監督賞、などを
受賞し、キネマ旬報の2014年年間最優秀映画に選定されている。
WOWOWは3月が邦画強化月間とかで、いい邦画が続々放映される。今回も
キネ旬の1位ってどんなものか?という興味で観てみた。ちなみに本作は日本アカデミー賞では
作品部門にも、監督部門にもノミネートさえされていないんだね。ということは
エンタテインメント性に欠けると見られたのかな。まあ、そう思われても不思議はない
感じではあるし、いかにもキネ旬好みだなあ、という感じもする。
北の街、函館の夏を背景に、アンニュイな中にもどっぷりとマイナーな日本人の
メンタリティーがある意味、非常に上手く描けている。

藤田敏八の傑作「八月の濡れた砂」にちょいとばかり通底するところを個人的には
感じた。閉塞感の中に閉じ込められた若者という意味に置いてかな。

で、見終わって、好みの映画ではないけど、確かに「力」を持った問題作であることは
認めざるを得ないなと感じた。原作があるので、その映像化ではあろうけれど、原作はもっと
ドライであり映画はウェットであると評した人がいた。確かにウェットではある。

大手の作品でもないし、配給もテアトル東京ということで、シネコンなんかでは上映
されなかった所も多いのではないか。R-15でもあるし。

それにしてもタバコを吸うシーンと、飯を食うシーンが多いなあ。原作はしらないけど
テレビドラマでもかつて飯ばかり食っていると冷やかされたものだが、セリフ回しの
背景が喫煙と食事以外に脳がないというのもなさけない。本作がそうであるかどうかは
分からないけど、観ていてとても気になった。

社会の底辺で這い上がる道筋さえ閉ざされ、閉塞感に息もできないで悶々とする
地方都市の若者のありさまが活写される。綾野剛、池脇千鶴がいい。加えて
池脇の弟役の菅田将暉が、とってもいいよ。呉監督の演出もいいのだろうけど、
リアリティがにじみ出てて。 特に池脇を囲い者とする造園会社社長、高橋和也を
たこ焼きのピックで刺すところあたりの「逝っちゃった目つき」はいいねえ。
池脇は文字通りの体当たり。貧困なわりにぽっちゃりなんだが、その肉置きといい
ふてくされ加減といい、いい性格女優になりました。三井のリハウスガールだったのに。
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基本、明るい話が一つもない。その中でも、ちょっとした海水浴、花火、お祭り、食事など
普通に考えたら、人生の明るいサイドの話として取り立て特別に取り扱うこともないシーンが
小さい幸せ、「そこだけの幸せ」として提示されるので、暗さが余計暗くなる効果を生む。

映像もよかった。編集もいいなと感じた。ラスト、海辺の砂浜で朝日に照らされる綾野剛と池脇、
暗転し、金釘文字で「そこのみにて光輝く」と表示され物語は終わるのだが、
「底のみにて」と捉えてもいいんじゃないか、と思える瞬間だった。
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<ストーリー>
「2010年に映画化された「海炭市叙景」のヒットによってにわかに脚光を浴びている不遇の
作家、佐藤泰志の同名小説を「夏の終り」「シャニダールの花」の綾野剛主演で映画化。
閉塞感漂う北の町で無為で無気力な日々を送っていた主人公の運命が、社会の底辺で
行き場を失った一組の姉弟との邂逅によって少しずつ動き出していく姿を切なくも優しい
筆致で描き出す。
共演は「ジョゼと虎と魚たち」の池脇千鶴と「共喰い」の菅田将暉。監督は「酒井家のしあわせ」
「オカンの嫁入り」の呉美保。

 短い北の夏。ある出来事をきっかけに仕事を辞めてしまい、無為な毎日を過ごす男、佐藤達夫。
ある日、パチンコ屋でひとりの青年、大城拓児と知り合う。彼は前科者でチンピラ風情ながら
無垢で憎めない奴だった。そんな拓児は海辺に建つ粗末なバラックに家族と暮らしていた。
そこで拓児の姉、千夏と運命的な出会いを果たす達夫。しかし千夏は家族を守るために自らの
人生を諦め、絶望の中に生きていた。」(allcinema)

千夏を囲い者にする造園業社長(高橋和也)は、仮釈放中の拓児の後見人でもあった。
そこが弱みでも会ったわけだ。冒頭から何かあって、ひきこもりになっている達夫だが、
それが採石場の発破現場で、自分のせいではないのだが、部下が爆発事故から落盤を
起こし命を落とした事故があった。それを攻めていたのだった。
千夏と出会ってから次第にかわっていく。千夏も変わっていく。千夏の存在に明るさを感じた
達夫は家庭を持ちたいと思うようになり、腐れ縁の社長と別れろと迫るが、千夏は
あんたに何が分かるの?と言い放つ。彼女はイカの工場に通いつつ、身を鬻いで金を得て
いた。家族を養うためだ。しかし、その地獄からも抜けたいと思っていた。彼女も達夫に
明るさを感じていた。拓児も達夫を兄のように慕い、造園業の手伝いから発破現場に職場を
変えたいと考えていた。千夏に別れるように迫る達夫をなぐる社長。祭りの場で、そんな
社長に「血は争えないな」ふうなことを言われ、拓児はたこ焼きのピックで社長を刺し逃げる。
一方千夏も脳溢血後寝たきりになったものの性欲以上亢進となった父を抱えていたが、
達夫が拓児を探してバラックに行くと、まさに千夏が父親のクビに手を欠けていたところだった。
あやうく千夏をどかせる達夫、そして拓児を自首させ、夜明けの浜辺で千夏と落ち合うのだった。

この映画の詳細はこちらまで。
by jazzyoba0083 | 2015-03-04 23:10 | 邦画・新作 | Trackback | Comments(0)

小さいおうち

●「小さいおうち」
2014 日本 松竹映画 「小さいおうち」製作委員会(テレビ朝日系テレビ局他) 136分
監督・共同脚本:山田洋次  音楽:久石譲 原作:中島京子著「小さいおうち」(文藝春秋社刊)
出演:松たか子、黒木華、片岡孝太郎、吉岡秀隆・妻夫木聡、倍賞千恵子、橋爪功、吉行和子他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
 時々上質な邦画を観るとホッとする。もとより小津は好きな監督さんで、彼をリスペクト
する山田洋次作品を全部観ているわけでもないのだが、本作では、役者に付けるセリフ
回しなんかもどんどん小津っぽくなっていくような気がする。
原作は未読だが、原作に近いとはいえ、肝心な部分が描かれていなかったりするようだが、
山田洋次流の「脚色」は、それはそれでありかな、と思えた。
WOWOWで放映されたものを録画しておいて鑑賞したら、翌日地上波で放送されていた。

全部説明してしまうことを嫌った小津をリスペクトする山田監督の、「観念的」部分を補った
本作は「映画版・小さいおうち」として成功しているといえるのではないか。
大きな部分で言えば、「時子は後妻であり、息子は義理の関係」、「タキは鎌倉で時子と
板倉がデートしているのを目撃している」などだそうだ。映画ではそこはかとなく伝わる
程度で、中嶋朋子の存在でトピックス化しているレズビアンの関係なども、原作のほうが
濃くでているのだそうだ。タキが小児麻痺にかかったおぼっちゃまの体を長い間マッサージに
通ったり自宅でしたりする横で母である時子は相変わらずのノンシャランに自分の足を
マッサージさせたりするのも原作を読んでいる人は深い部分を読み取ることができるのかもし
れない。また逢瀬の証明となる帯のラインの左右入れ替わりは映像ならではの強みだ。

タキが時子の手紙を板倉に渡さなかった謎は、原作と同じでそこがこの映画の要になるのだが、
タキと大好きな奥様の、相互愛と恋敵、どちらだったからだろうか、というのは観客の判断に
任せている。そこが映画にいい余韻を与えていることも確かだろう。

また山田作品は、本作の特徴である、市民目線から観た反戦的なムードを今回も的確に
演出していた。「声の大きい威勢のいいやつがのさばる」と「英国を応援する日本はアメリカと
戦わない」などは当時の山の手の一般市民感情としてあったのだろう。
画面から伝わる強烈な昭和感、といったものは、細部に拘ったプロダクションデザインの
出来の良さがある。窓越しのショットが微妙に歪むのは当時のガラスを知っている人には
ドツボだろうし、旦那様の着替えや風習なども、山田監督の強い拘りを感じる。

さて、出演者である。松たか子は、ノンシャランな独特な山の手夫人を好演、これが一番
目立った。ベルリン国際映画祭で「銀熊賞」を獲った黒木華は、片方での本作の主人公であるが
テレビで観ないので、新鮮でありまた新人とは思えない演技で映画を支えた。この二人の
顔の並びを見ていると昭和10年代の東京山の手の市民という設定がすごくしっくりくるのだ。
片岡孝夫、吉岡秀隆、倍賞千恵子らお馴染みの「山田組」のキャスト陣も、安定した演技で
本作の出来の良さの大きな部分を負っている。

私がなぜ洋画を好んでしまうのか、ということを今回つくづく考えたのだが、ハリウッドの場合
テレビと映画とは出演者が基本的にはダブらないので、映画の中に日常を感じづらいと
思うのだ。一方日本はテレビも映画も歌舞伎も無く俳優が出演するので、映画に非日常を
期待するほうとしてはどうしても、馴染んだ顔がスクリーンにいると、それを感じづらいのだと
思う。「ポテチ」での演技で注目した(本作にも出ている)木村文乃とか本作の黒木華らは
テレビと距離を置いてほしいなあ。まあギャラが安いから二股かけないと稼げないという
ハリウッドにはない理屈が邦画にはあるのは理解するとしてもだ・・。
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<ストーリー>
「すべては、数冊の大学ノートから始まった。健史(妻夫木聡)の大伯母で、先日亡くなった
ばかりのタキ(倍賞千恵子)が遺した“自叙伝”だ。大学生の健史は、一人暮らしのタキの
身の回りの世話に来るたびに、執筆途中の原稿を読むことを楽しみにしていた。
 そこには、まるで知らない国のような、昭和初期の日本が描かれていた。物語は、タキが
山形から東京へ奉公に出るところから始まる。

小説家の屋敷に1年ほど仕えた後、タキ(黒木華)は東京郊外の平井家に奉公することになる。
赤い三角屋根の小さいけれどモダンな家には、玩具会社に勤める雅樹(片岡孝太郎)と
妻の時子(松たか子)、まだ幼い一人息子の恭一が暮らしていた。
 初めて会った瞬間から、若く美しくお洒落な時子に、強い憧れを抱くタキ。時子は気さくで
優しく、東京の言葉やマナーなど何でも教えてくれた。時子に尽くすことが何よりもうれしい
タキは、恭一が小児麻痺で倒れた時も、毎日おんぶして、日本橋の病院へ通った。

新年、正月の準備が整った平井家に雅樹の会社の社長と社員たちが集まり、日中戦争と
金儲けの話で盛り上がる。中に一人だけ、話の輪に入れない男がいた。デザイン部門の
新入社員、板倉正治(吉岡秀隆)だ。
 上司から逃げ出した板倉は、恭一の部屋で眠ってしまう。客が帰り、雅樹も寝た後、
ようやく目覚めた板倉は、タキの作った雑煮を食べながら、時子と映画や音楽の話で
意気投合する。その日以降、板倉はレコードを聴きに平井家を訪ねては、時子と楽しそうに
話していくのだった。

ある時、大きな台風が関東地方を襲った。藤沢に出張した雅樹は帰って来ない。不安に
震える時子とタキのもとを板倉が訪ね、激しい風雨も気にせず雨戸を打ちつけてくれる。
やがて一帯は停電となり、板倉は泊まっていくことになる。真夜中過ぎ、玄関の扉の音に
目が覚めた時子は、ソファで眠る板倉を揺り起こす。下駄箱で扉を押さえ、暗闇のなか
寄り添う二人。その時、雷の光が、重なる二人の影を一瞬だけ照らし出す。

次第に、時子と板倉の“密会”の噂が広がり始める。贅沢を戒める国の政策が、人々の目を
厳しくしていた。戦争は激化し、ついに板倉にも召集令状が届き、板倉は平井家に別れを
告げにやって来る。翌朝、ただならぬ様子で出かけようとする時子を見て、板倉に会いに
行くのだと直感したタキ。迷いに迷った末に、タキは時子を押しとどめ、ある一つの重大な
提案をもちかける… (松竹HPより)

山田洋次監督は海坂藩シリーズが好きなのだが、本作も私の好みの作品群に入ることに
なりそうだ。喜劇とサスペンス的心理劇の畑で育ってきた監督によるエンタテインメントとして
成功している作品といえる。
ちなみに、本作の元となっり映画の中でも、木村文乃が妻夫木にプレゼントする童話
「ちいさいおうち」はアメリカの童話作家バージニア・リー・バートンにより1943年に書かれ
私も幼いころ両親に買い与えられ、何度も読んだ童話の大名作。私にとってはこれと
「おさるのジョージ」は不滅の名作童話だ。

この映画の詳細はこちらまで。
by jazzyoba0083 | 2015-02-28 23:20 | 邦画・新作 | Trackback | Comments(0)

隠し剣 鳥刺し

●「必死剣 鳥刺し」2010 日本 東映 「必死剣・鳥刺し製作委員会」114分
監督:平山秀幸出
演:豊川悦司、池脇千鶴、吉川晃司、岸部一徳、小日向文世、戸田菜穂、村上淳、関めぐみ他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
藤沢周平の海坂藩シリーズは全部見ていて、中でも好きなのは「たそがれ清兵衛」だとは
ここでも何回か書いた。本作は藤沢作品の中でも傑作の呼び声高い小説を、豊川悦司で描いた。
毎度のことながら、武士としての理不尽に立ち向かう、言葉少ない剣豪の半生が綴られる
のだが、表題にもある通り、最大の見せ場は「鳥刺し」なる術がどんなものなのか、という
点であろう。それは後で語るとして、この映画全体を覆う、「静」と「動」の対比の見事さ、
また武士を始めとして当時の武家周辺の所作の美しさに心を奪われた。

ラスト近くに2つの剣戟があるのだが、「真剣勝負」の緊張感がこちらにも伝わってきて
、知らないうちに引き込まれている。勝負の必死さが、生々しくかつ痛々しく伝わってくる。
物語は細部にわたっては上手いことたたまれていて、冒頭の側室刺殺シーンからテンポも
良い。キャストも「殺気」を漂わすことに長けた豊川の起用は成功しており、別家様、
吉川晃司も良かった。(殆ど出てこないけど、庶民の見方の殿様の外腹かなにかであろう)
またおぼこい姪役の池脇千鶴も、控えた演技が良かった。最大のハイライトはなんといっても
エンディング前の20分、中老・岸部一徳の悪事が露見し騙されていたことを知った豊川が、
「鳥刺し」でカタルシスを表現することころだろう。願わくば、バカ殿も一緒に殺して欲しかった
けど。
その前に、ご別家様・吉川との一騎打ちもあるのだが、殿中で小太刀しか使えない豊川が、
吉川を仕留めるところもリアリティにあふれていて(武士の剣戟のリアルを見たわけじゃないが)
両人の必死さがビリビリと伝わって来た。しかし、「必死剣・鳥刺し」とは、一生に一度しか
使えないそれこそ「必死」の術であったわけだ。一度死んだはずの武士が相手が油断した
ところで、必殺の剣を繰り出すというもの。これで諸悪の根源であり、自分をだました中老・
岸部一徳を屠ったわけだ。

変に海坂藩の景色の美しさをことさららしくインサートすることもなかったのも映画を締める
結果を生んでいたと感じた。このところこうした役は役所広司と決まったものだが、いささか
too muchな感じもする中、豊川悦司の武士もいいじゃないか、と思った次第。

なおこの都市の日本アカデミー賞に何部門かノミネートされたが、この年には「悪人」「告白」
「十三人の刺客」などが居並び、残念ながら受賞は逃した。しかし非常に良くまとまった映画で
緊張感、演技、カット、編集など高評価しやすい映画であった。
機会があればまた観てみたい。
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<<ストーリー>
「戸時代。東北の海坂藩で近習頭取を努める兼見三左エ門(豊川悦司)には、決して
消えることのない暗い過去があった。三年前、藩主である右京太夫(村上淳)の愛妾、
連子(関めぐみ)を刺殺したのだ。
当時、政治に興味を持つ連子が右京を通じて藩政に口出ししていることは周知の事実。
冷酷で恣意的なその進言は悪政の元凶となっていたが、独善的な右京の存在もあり、
逆らえる者はいなかった。連子の言葉ひとつで人命さえも奪われてゆく毎日。
城下の空気は重苦しさを増していた。三左エ門が連子を刺殺したのはそんな時だった。

最愛の妻、睦江(戸田菜穂)を病気で亡くした三左エ門にとって、それは死に場所を
求めての行動だったが、下されたのは意外にも寛大な処分。一年の閉門後、再び藩主の
傍に仕えることに。釈然としない想いを抱きつつも、亡き妻の姪である里尾(池脇千鶴)の
献身によって、再び生きる力を取り戻してゆく。だが彼は、連子亡き後も変わらぬ窮状を
目の当たりにして、日々、自問自答を続けていた。自分の行為の意味、そしてそれが
藩の役に立ったのか…?

そんなある日、三左エ門は中老の津田民部(岸部一徳)から、右京暗殺計画の情報を
入手したと聞かされる。民部こそ、連子刺殺事件で三左エ門の斬首刑を止まらせた人物。
今またこの重大事を明かしたのは、“鳥刺し”という技を持つ天心独名流の剣豪、
三左エ門に対して、計画を阻止することで藩への貢献の機会を与えるためだった。
そして、討つべき相手は直心流の達人、帯屋隼人正(吉川晃司)。右京太夫の従弟であり、
臆することなく苦言を呈する唯一の存在だったが、今では決定的な対立が生じていた。

“負の過去”と向き合う時が来たことを悟った三左エ門は、藩命に従うことを決意。自分の
進む道を見極めた彼は、里尾の愛をも真正面から受け止める。やがて訪れる隼人正との
決着の日。三左エ門を過酷な運命が待ち受けていた……。」(Movie Walker)

ネタバレですが、岸部一徳が、殿中で側室を刺殺した罪をあえて減じたのは、対立する
ご別家様(吉川、こちらのほうが民百姓の味方)がやがて、本家に対し謀反を企てると
思われるので、その時、彼に対抗できるのは豊川しかいないと見て、あえて軽い罪とし
命を助けて恩義を売っておいて、押しかけた吉川を殺させたのだった。
その直後、「兼見が乱心して帯屋殿を殺した!始末しろ」と叫んだのだった。
兼見が中老に裏切られた、と悟った瞬間だった。裏切りを許せない兼見(豊川)は一旦
斬殺されたと判断されたのだが、どういうふうにやったのかは分からいのだが、最後の
一太刀、「鳥刺し」により、中老(岸部)は大刀で体を突き抜けられ即死したのだった・・・・。

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by jazzyoba0083 | 2015-01-29 23:20 | 邦画・新作 | Trackback | Comments(0)

飛べ!ダコタ

●「飛べ!ダコタ」
2013 日本 アッシュ・ジャパン、製作委員会 109分
監督:油谷誠至
出演:比嘉愛未、窪田正孝、洞口依子、中村久美、芳本美代子、螢雪次朗、ベンガル、柄本明他
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<評価:★★★★★★☆☆☆☆>
<感想>
この映画が出来たときにテーマとなった事実を知ったのだが、隠された美談で、マスコミにも
あまり取り上げられることはなかったと思う。だが、実際起こったことをつぶさに読むと、2時間
少々に納まる話ではないので、監督もそのあたりを理解して、話を大胆に折りたたんだのだろう。

その結果、薄味の映画になってしまった。製作には3年という長い年月とダコタの同型機を
タイで見つけ、解体して運び、組み立てたというから(その飛行機はいまだに浜に飾ってある
そうだ)佐渡島の市民の協力も含め、労力がかかった映画であったということは理解できるが、
不時着のシーンもないし、実は島民の協力で敷いた石の滑走路も大波で流されてしまい、
ついには米軍の工科部隊が乗り込み、あっという間に網目の鉄板を敷いて完成させてしまった、
とか、上海から厚木に向かっていた乗員には女性が一人いて、赤く塗られた爪に島民が
びっくりした、とか総領事が乗っていたとかはオミットされている。まあ、そこまでのエピソードを
入れ込んだら2時間じゃあ収まらないとは思うけど、本作はあまりにもあっさりしすぎ。
せっかくの事実の面白さが半減してしまっているのではないか、と感じた。

ストーリーは割と単純で、終戦直後の昭和21年、上海から厚木に向かうイギリス総領事を乗せた
英空軍の輸送機が佐渡島に不時着。けが人はいなかったし、飛行機も大した壊れ方を
しなかった。村人はこの前まで戦っていた敵国人がやってきたのだが、「困ったときは助ける」
という島の人の伝統から、飛行機を浜から引っ張り上げ、石の滑走路を敷き、文化の違いに
苦労しながら村人なりにおもてなしをし、無事にダコタ号を再び空に戻すことに成功した。

そういうことなのだが、その間には、帰国した元日本兵の青年がこれを苦々しく思い、
ダコタに放火しようとしたり、ダコタの乗員と地元の女性の淡い恋心があったりという
エピソードが加えられる。こうした事実を元にした映画が好きなので観てみたが、出演者も
含め、地味なので興業的には苦戦したに違いない。これ、教育映画として学校を回れば
いいのに、と思う。

この飛行機ダグラス・エアクラフト社製DC-3(輸送機名=C-47)は、ビルマ方面でイギリスの
マウントバッテン司令官を運んでいた「Sister Ann」という由緒ある機体であり、本物は
まだアメリカ・フロリダ州のエーボン・パーク空港の格納庫に個人所有として保存されている。
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<ストーリー>
終戦後わずかの昭和21年、佐渡島に不時着したイギリス軍輸送機の乗組員と、
彼らをもてなし、再び飛び立つ協力をした島民たちとの国境を越えた友情と絆を描く、
実話を基にした人間ドラマ。かつてダコタの搭乗員だった兵士の息子が佐渡島を来訪し、
その事実を風化させまいと、地元フィルムコミッションの働きかけで製作された。

終戦からわずか5ヶ月後の昭和21年(1946年)1月14日。その日、鉛色の空を切り裂いて、
一機の飛行機が佐渡島にある高千村の海岸に不時着した。それはイギリス空軍の
要人機《ダコタ》であった。真っ先に駆けつけたのは、海を見渡せる丘の上からその
光景を目にした森本千代子(比嘉愛未)。イギリス空軍のパイロットたちは、上海の
英国総領事を東京へ送る途中、悪天候に見舞われやむなく不時着したのだという。

だが《ダコタ》は砂に埋もれ、滑走路もないことから乗組員は島に留まるしかなかった。
つい半年前まで敵国であり、その戦争で家族を失った者や、帰らぬ息子を待つ者など、
様々な想いを胸に抱く島民たち。しかし、千代子の父親で村長の新太郎(柄本明)は
考えあぐねた末に「困った者を助けるのが、佐渡ん人間(さどんもん)」という、この土地に
根付く精神に従って《ダコタ》が再び飛び立つまでの間、イギリス兵たちを自分が営む
旅館に迎えることにする。

初めは警戒していたイギリス人たちも、千代子や島民たちの温かいもてなしに、次第に
打ち解けていくのだった。一方、千代子の幼なじみの木村健一(窪田正孝)は、兵学校での
事故がもとで出征することなく村に戻ったまま終戦を迎えていた。英語の通訳をという
千代子の頼みも無下に断り、一人殻に閉じこもる健一。
そんなある日、島民と英兵たちが協力して滑走路づくりに励む中、親友の義春の戦死
報告を受け取った健一は《ダコタ》が義春の死んだビルマ戦線でイギリスの将軍専用機
だったこと知る。健一の中で、暗い憎悪の炎が燃えたぎり、ある夜、健一は遺書めいた
書置きを残し一人《ダコタ》がある海岸へと向かう……。」(Movie Walker)

この映画の詳細はこちらまで。
by jazzyoba0083 | 2014-09-24 22:30 | 邦画・新作 | Trackback | Comments(0)

●「許されざる者(2013邦画版)」
2013 日本 Warner Bros.Pictures.135min.
監督・アダプテーション脚本:李相日 音楽:岩代太郎
出演:渡辺謙、柄本明、柳楽優弥、忽那汐里、小池栄子、近藤芳正、國村隼、滝藤賢一、小澤征悦
    三浦貴大、佐藤浩市他
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<評価:★★★★★★☆☆☆☆>
<評価>
これがオリジナルの映画だったら大絶賛だろう。が、イーストウッド版オリジナルを
貰うにあたり、どのような契約があったかは知らないが、寸分たがわぬといえるほど
そっくりそのままのリメイクをしたことに何の意味があったのだろうか、と考えると
一体、監督は、あるいはプロデュースサイドは何を考えてこの映画を創ったのかと
疑問に思えてくる。イーストウッドにリスペクトしたい、という気持ちが強いのは良く
理解できるが、オリジナルをベースにしつつも李相日版ならではのひねりは許され
なかったのだろうか。原作が持っていたそれまでの西部劇を全く別の切り口で
描いて見せた力強さを、コピーしても何も生まれてこないと思う。

イーストウッド大ファンとして、当然のことながらオリジナルの傑作西部劇(オスカー作品、
監督賞受賞作)は大いに感動して観たものだが、同じストーリーを日本に引き写し、その
ままなぞって見せて何が生まれるというのだろうか。感動の種類も重なってしまう。
この映画で渡辺謙51歳、イーストウッドが1992年にオリジナルを作ったとき彼は60歳を
超えていた。製作側としては渡辺謙ありき、だったと推察されるが、若い。オリジナルに
描かれていた苦楽を重ねて一定の境地に達した老人の醸し出す人生の哀愁、家族への
愛情は、人生観といったものは本作からは感じることは出来ない。黒沢作品「七人の侍」は
、「荒野の7人」にアダプトされるが、しっかりとしたその作品としてのオリジナリティを持っていた。
(渡辺謙の演技の問題ではない)

それにしても、明治初期の北海道に舞台を移す、屯田兵やアイヌの登場など設定は
よく考えられていたが、こういう設定にすることそのものの発想はそう難しい作業では
なかったのではないか。まさか、「よくそっくりつくりましたで賞」なんかを狙ったわけでも
あるまいに。李監督の画面作りや、バイオレンスシーンは好きで、本作でもそのあたりの
演出は、あるいは北海道の冬を巧く使った画面構成は評価できるのだが・・・。
個人的に一番感じたのは「静」と「動」の落差の面白さの違い。それはアクションだけではなく
登場人物たちの心理的なものも大きいと思うのだ。

柄本明もモーガン・フリーマンに似た俳優を持ってきた、という感じをもろに受けた。
柳楽優弥は良かったが、忽名汐里はどうなんだろう。新人賞を受けたけど、おぼこ過ぎないか。
佐藤浩市を「悪人らしくない」という人もいるが、私は不自然さはあまり感じなかった。
こちらもオリジナルのジーン・ハックマンと比べてしまえば、若さが目立つ。狡猾さが若さで
潰れてしまった感がある。

本作を最初に観て、オリジナルを後から見た人は、どう感じるのだろうか・・・。
大好きな映画の鳴り物入りのリメイクだったがゆえに、辛口になった。
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<プロダクションノート&ストーリー>
「第65回アカデミー賞で作品賞など4部門に輝いたクリント・イーストウッド監督による
名作を、日本を舞台にリメイクしたヒューマンドラマ。一度は戦う事をやめた男が、女郎の
願いを聞き入れ、再び戦いの世界に身を投じるようになる姿をつづる。
主演の渡辺謙をはじめ、柄本明、佐藤浩市ら、日本映画界きっての名優が顔を揃えた
力作だ。

明治13年。開拓が進められている北海道に、かつて人斬り十兵衛との異名を持ち恐れ
られていた幕府軍残党・釜田十兵衛(渡辺謙)がいた。十兵衛は愛する女性と出会って
から刀をしまい、子どもをもうけた。幸せも束の間、妻は早世し、男は幼い子どもを抱えて
貧しく厳しい生活をしていた。
そこへ、かつての仲間がやってくる。そして、無残にも切りつけられた女郎のこと、街を
牛耳る暴力的な支配者がその事件に関して深追いさせないこと、女郎は支配者に逆らい
仲間たちとともに賞金を作り敵を討ってほしいと懇願していることを話す。十兵衛は自分の
ためではなく他の者のために、あらゆる覚悟を背負い、再び刀を手にするという苦渋の
決断をする……。」(Movie Walker)

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by jazzyoba0083 | 2014-07-17 23:25 | 邦画・新作 | Trackback | Comments(0)

●「わたしのハワイの歩きかた」
2014 日本 東映・白組・製作委員会 119分
監督:前田弘二
出演:榮倉奈々、高梨臨、瀬戸康史、加瀬亮、宇野祥平、中村ゆり、池松壮亮、鶴見辰吾他。
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<評価:★★★★★★☆☆☆☆>
<感想>
個人的な映画的守備範囲の外にある邦画であるが、ハワイ好きとして、とりあえず
抑えておかないと、ということで奥様とシネコンに出かけました。空いてました・・・(^^ゞ

今日本はハワイブームなんだそうで、女子向けにハワイ観光映画があっても、ちっとも
不思議じゃないけど、確かにラニカイとかノースショアとか出てくるし、定番となった
有名パンケーキ店なども出てくるけど、それじゃ、これを見て、わたしもハワイに行きたいわ、
となるか、といえばそうじゃないと思った。むしろ、榮倉奈々らの女子の生き方をハワイを
借景に描いた作品と括った方が分かりやすい。 ハワイ好きにとっては、自分の知っている
風景が沢山でてくるので、確認して喜ぶという楽しみ方はあるでしょう。

オリジナル脚本という人が多いがエンディングロールに原作として表記される
「小山田桐子:著 わたしのハワイの歩きかた」(幻冬舎)という文庫は実在するので
どういうことなんだろう??

ハワイ好きでなければ、完全に女子映画でしょう。仕事と恋の悩みが主軸ですから。
働く女子、わたしの人生ってこのままでいいの?、わたしの恋はこのままでいいの?と
普段から思っているハワイ好きの女子には刺さるでしょう。そんな映画です。

しかし、主役榮倉奈々演じる小山田の企画を採用して、本人をハワイに出張させた
出版社、「モアナ・サーフライダー」に泊まれるような出張は無いわなあ・・。それと
ハワイに行っている間、ほぼ遊んで恋愛しているって、ありえないし、出来がったゲラを
見れば、そこらのハワイ好きのブログレベルだし・・・。また、恋人の瀬戸君演じる蒲田が
ワゴン車でお茶漬け屋を始めるのだが、ちょいとばかし上手く行ったといっって、いきなり
ワシントンDC進出かよ!と、さまーずばりのツッコミを入れたくなり箇所多々あり。

それとハワイをよく知っている人からすると、カットの繋がりで、「え、どうやって移動した
わけ??」というようなシーンも見受けられ、そのあたりはもう少し丁寧に作らないと
ハワイファンからバカにされますわな。

しかしながら、恋と仕事の行方を確かめたくて、結構しっかりラストまで見てしまいましたね。
まあ、基本ハワイ好きというバイアスが掛かってますけど・・・。
後半三分の一あたりから、なんだかかつての東宝映画「若大将」シリーズもかくやの
ドタバタハッピーエンドとなったのですが。まあ、憎めない女子映画でありましたが、
個人的には旬を逃したくない、と思われなければ、来年のWOWOW上映を待っても
遅くはない、と感じてしまいました。

出演者ですが、それぞれまあ嵌っていたのではないでしょうかね。高梨臨という女優さん
知りませんでしたが、英語も上手くて、良かったですね。加瀬君、瀬戸君も英語は
上手でしたよ。(加瀬君は帰国ですから当たり前っちゃ当たり前)、榮倉奈々さんはほとんど
英語は無しで・・・。でもスタイル抜群なので赦す(爆)。

作品中、一番良かったのは竹内まりやが歌うエンディングテーマ「アロハ式恋愛指南」だった。

多分早く行かないとシネコンは早々に上映時間帯が悪くなり、そのうち打ち切りになる予感。
とりあえず抑えたい人は早めの鑑賞をお勧めします。(苦笑)
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<ストーリー>
「仕事にも恋にも疲れたヒロインが、常夏の楽園ハワイで身も心もリフレッシュし、本当に
大切なものを見つけるコメディ・ドラマ。主演は「図書館戦争」「東京公園」の榮倉奈々、
共演に高梨臨、瀬戸康史、加瀬亮。監督は「婚前特急」の前田弘二。

 出版社で編集者として働くみのりは、仕事も恋も思い通りに行かず、ふと人生に行き
詰まりを感じてしまう。そんな時、ハワイで挙式する友人・愛子に頼まれ、2次会の
セッティングを引き受けるハメに。イライラが募るみのりだったが、この際とばかりハワイ特集を
企画し、取材にかこつけて会社の経費でハワイを満喫しようと思い立つ。

そんな彼女が現地で出会ったハワイ在住の女性・茜は、ハワイで玉の輿を狙う婚活女子。
2人はすぐに意気投合し、みのりは彼女に取材のコーディネーターを依頼する。そして、
茜と2人でグルメにパーティにとバカンス気分で大いに楽しむみのりだったが…。」(allcinema)

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by jazzyoba0083 | 2014-06-15 16:10 | 邦画・新作 | Trackback | Comments(0)

奇跡のりんご

「奇跡のりんご」
2012 日本 東宝 製作委員会 129分
監督:中村義洋  原作:『奇跡のリンゴ 「絶対不可能」を覆した農家・木村秋則の記録』(幻冬舎刊)
出演:阿部サダヲ、菅野美穂、池内博之、笹野高史、伊武雅刀、畠山紬、原田美枝子、山崎務他
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<評価:★★★★★★☆☆☆☆>
<感想>
不可能といわれた無農薬リンゴを、信念一筋そして夫婦愛の中で実現させた実在の有機農家
木村秋則氏の物語だ。原作を読んでないので、どの程度脚色されているのか分からないが、
ほぼ、実話通りなのだろう。

感動作だし、主演の二人もいいし、文科省も推薦するような映画であるのだが、何でか面白く
なかった。不可能と言われた無農薬リンゴの栽培に成功するという結末が判っているので、
どんな不幸を持ってきても、いずれは信念は貫かれ、美味しいいリンゴができるのだろう、と
いうことが分かっちゃっているので、どこかで冷めた目で見ている自分がいるんだな。
それをカバーするために厳しく言ってしまうと、「感動の安売り」状態になってしまった、ということ。

そりゃ、木村さんの10年以上に渡る、自殺も覚悟、赤貧洗うが如しの生活は苦しいモノであったし、
木村氏を奇人扱いし白い目で見ていた周りもやがて彼の努力を認めざるを得なくなってくる、と
いう展開、また農薬を使ったリンゴさせ作っておけば、御殿も出来ただろうに、こけの一念で
無農薬にこだわった氏の信念には目を見張るものがあるし、奥さんや家族もよく付いてきたと
思う。そのあたりの文句はないのだが、繰り返すが、事実として確定している感動の実話を
映画でさらに感動的に仕上げることの難しさがあるなあ、と感じていた。それと、上映時間が
長いので、中ダレする。もう20分位端折った方がしまったのではないか。

因みに木村さんは無農薬リンゴで成功し、いまやリンゴだけではなく様々な農作物の有機栽培を
指導し、事業も拡大した。あのリンゴも数が作れないので、この映画を観て欲しい、と思っても
無理だそうですよ。1個でも、というリクエストもあるのだそうですが、それも無理。結局似たような
栽培法で作っている木村さん以外の農家から手に入れる他はないということになっている。

青森の自然、四季の移ろいは美しく描かれている。
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<プロダクションノート&ストーリー>
「11年にわたる苦悩の末、無農薬によるリンゴ栽培に成功した青森県弘前在住のリンゴ農家、
木村秋則の実話を、阿部サダヲ×菅野美穂主演で映画化した人間ドラマ。
食事もままならない極貧生活にもめげずに奇跡のリンゴを生み出した一家の姿が涙を誘う。
監督は伊坂幸太郎原作の作品を多数手がけてきた中村義洋。

岩木山が日本最大のリンゴ畑を見下ろす青森県中津軽郡。この地で生を受けた木村秋則
(阿部サダヲ)は、幼い頃から学生時代にかけて、車やバイク、エレキギターなど機械いじりに
夢中になって過ごしていた。
高度経済成長によって生み出されたモノの仕組みに対する興味は人一倍で、当然ながら
一帯を覆うリンゴ畑や農業への関心はゼロだった。後に、この農業に人生を賭けることに
なろうとは、学生時代には全く想像できなかった。

そんな彼に転機が訪れる。リンゴ農家の娘・木村美栄子(菅野美穂)とお見合い結婚して
木村家に入ることになったのだ。農業もリンゴも秋則にとっては初めての経験だったが、
苦労しながらも何とか技術を身に付けてゆく。
やがて、妻の身体に異変が起きる。リンゴは農薬なしでは生産不可能な果物だったが、
その農薬が美栄子の身体を蝕んでいたのだ。繰り返し散布する農薬の影響で皮膚がかぶれ、
数日間寝込むこともあった。これをきっかけに、絶対不可能と言われていた
“リンゴの無農薬栽培”への挑戦を決意する秋則。
美栄子の父・征冶(山崎努)の協力を得て、私財を投げ打って挑戦を続けるが、およそ10年
の間、奇跡が起きることはなかった。畑は痩せ、周囲の農家には“カマドケシ(破産者)”と
疎まれ、家族は貧困にあえぐ。追い詰められ、自殺を決意した秋則は1人、岩木山を登る……。

とその時、荒れ果てた山野に立つ1本の樹が目に止まった。その枝には、果実がぶら下がって
いたのだ。“なぜ、こんなところに……?”疑問に思いながらその樹に近づいた秋則は、
そこで奇跡の糸口を掴む……。」(Movie Walker)

この映画の詳細はこちらまで。
by jazzyoba0083 | 2014-05-14 23:20 | 邦画・新作 | Trackback | Comments(0)