目撃 Absolute Power

●「目撃 Absolute Power」
1998 アメリカ Warner Bros.Pictures,Castle Rock Entertainment, Malpaso Pro.
監督・製作:クリント・イーストウッド
出演:クリント・イーストウッド、ジーン・ハックマン、ローラ・リニー、エド・ハリス他。
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<感想>
最近は、人生の深淵を覗かせてくれるような秀作を排出しているイーストウッドだが、この
映画はどちらかというと「ダーティ・ハリー」系のエンターテインメント性たっぷりの作品。
このところの映画と比較するものでもないとは思うけど、厚みとリアリティにはやや欠けるか。

しかし、娯楽映画のツボを心得た構成は、2時間全く飽きることなく見せてしまうのは流石だ。
大統領の犯罪にしてはちょっと無理がなるかな、とか詰めの甘さを感じるところもあるが面白い
映画であったことは確かだ。
大統領を演じたジーン・ハックマンは大統領と言うにはどうもなあ、という感じがした。
娘役のローラ・リニー、いいんだけど、深みが描かれてないので勿体ないキャスティング。
エド・ハリスは相変わらずいいなあ。
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<ストーリー>
プロの泥棒、ルーサー(イーストウッド)は、ハイテクで防御されたサリヴァン邸に忍び込み、
隠し扉の奥にある金庫から宝石や大金を奪うのに成功しかけた。しかし、そこに留守のはずの
妻クリスティが酔いながら男を連れてやってきた。妻は「夫はいないのよ」とか言って誘う。
しかし、連れ込んだ男は暴力的で、クリスティに暴力を振るう。こうして格闘になり、男は
クリスティの首を締めにかかったため、クリスティはペーパーナイフで男の腕を刺す。そして
更に男にナイフを振りかざしたところで、駆けつけてきた2人の男に銃で射殺される。
ルーサーは、ハーフミラーの金庫の中で一部始終を目撃してしまったのだ。
補佐官らは証拠を消して引き上げようとするが、大統領を刺したペーパーナイフを落として
来たことに気付き、引き返すと、これをルーサーが奪って逃げるところだった。
警護官は窓からロープで逃げたルーサーを必死で追うが逃がしてしまう。

ここまで、この男が大統領で、駆けつけた男は大統領警護官、事件をもみ消しにかかったのが
グロリア主席補佐官(ジュディ・デイヴィス)であることが伏せられているので、掴みの部分
で、すっかり映画に入り込まされて、後で一行が大統領であることが判る仕組みになっている。
このあたり演出が上手いなあ、と感じる。

さて、地元の警察で担当刑事となったセス(エド・ハリス)は、こういうことが出来る泥棒は
全米に6人しかいなくて、そのうちの一人がここに住んでいる。つまりルーサーこそ怪しいと
踏んだ。

ルーサーには死別した妻との間に、今や検事となった一人娘ケイト(ローラ・リニー)がいる。
彼女は幼いころから父にほったらかしにされていたため、ルーサーのことを父とは思ってない。
地元警察に盗聴を仕掛けたSPは、セスがケイトを説き伏せてオヤジさんを呼び出すことに成功
したことを察知し、警察と共同で大包囲網を敷く一方、極秘裏に例の事件を無きものにするため
警護官に狙撃を命じていた。また妻を殺された富豪で、大統領のパトロン、サリヴァンも
犯人の暗殺者を200万ドルで雇っていた。
娘の待つ喫茶店にやってきたルーサーだが、狙撃が失敗、そこから逃げ出すことに成功し、後に
娘の家に行き、自分が見たことを全て娘に話して聞かせた。警察に言うように説得するケイト
だったが、警察が俺を信じるか?と、一旦は国外に身を隠すことを決める。しかし空港で
大統領が記者会見で、自分の手下がその妻を殺してしまったパトロンであるサリヴァンを
気遣う様子を見せているのを見て、俄然許せなく思い、大統領の犯罪を白日のもとに晒そうと
する。大統領サイドは、ケイト殺害も企てる。クルマごとがけ下に落とされたケイトだったが
ルーサーが駆けつけ、ケイトは九死に一生を得る。しかし収容された病院に警護官が侵入、
毒物を注射しようとするが、隠れていたルーサーに逆に頸動脈に注射されて殺される。

ルーサーはサリヴァンの運転手に化けて、彼に真実を告げ、証拠のペーパーナイフを渡し、
クルマごとホワイトハウスに乗り付けた。驚愕の真実を知ったサリヴァンは、大統領執務室に
行き、彼を刺殺、会見して、大統領は最近仕事に悩んでいた、止めたが自殺した、と言った。
あのペーパーナイフにはそもそも大統領の指紋と血が付いていたのだから、怪しまれないのだ。
警護官と補佐官はセスらによって逮捕されたのだった。
この映画の詳細はこちらまで。
by jazzyoba0083 | 2010-05-29 23:05 | 洋画=ま行 | Comments(0)

●「ラウンド・ミッドナイト 'Round Midnight」
1986 アメリカ Little Bear PECF,130min.
監督:ベルトラン・タヴェルニエ 音楽:ハービー・ハンコック
出演:デクスター・ゴードン、フランソワ・クリュゼ、ハービー・ハンコック、マーティン・
   スコセッシ、ボビー・ハッチャーソン、ビリー・ヒギンズ、ウェイン・ショーター、
   ロン・カーター、トニー・ウィリアムズ、フレディー・ハバード他
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<1986年度アカデミー賞作曲賞受賞作品>

<感想>
ジャズ好きであれば、とっくに見ていなくちゃイケない作品なのに、なぜか今回まで接する
機会が無かった。NHK-BSで放映していて早速録画。GWに観賞ということに。
映画が長いのは、ジャズの演奏があるからで、ストーリーは難しいことは無い。
出色は、この演技でオスカーの候補になったデクスター・ゴードンの演技。よくぞ彼を見つけ
て来たな、と感心してしまう。バド・パウエルというバップの巨匠の半生がモデルになっている
ということだが、デクスターがサックス奏者ということで、サックス吹きの物語にアダプトされ
ている。それと、映画とはいえ、そうそうたるジャズプレイヤーを見ることができること、
全体を流れるハービー・ハンコックの音楽が、まるでフランスのフィルムノワールの雰囲気を
醸し出し、1950年代後半のパリの雰囲気を良く出していた。ハービー・ハンコックは役者と
してもなかなかだ。
逆にいえばジャズが好きでないと、この130分は辛いかもしれない。たっぷり時間があるときに
ゆっくり見るタイプの映画でしょう。ここに出ていたジャズプレイヤーは主役のデクスターを
はじめとして半分くらいが既に鬼籍に入っている。時代は過ぎていくなあ。
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<ストーリー>
「50年代末のパリを舞台に、伝説のジャズ・ミュージシャンと彼の音楽を愛するフランス人の、
音楽で結ばれた熱い友情を描いた、実話をベースにした人間ドラマ。
主人公のモデルは“天才”と呼ばれたジャズ・ピアニスト、バド・パウエル。
 
 ニューヨークから初老のサックス奏者デイル・ターナー(ゴードン)がパリのジャズ・クラブ
“ブルーノート”にやってくる。今や酒に溺れる生活を送る彼だったが、その演奏は健在で、
仲間達と毎晩素晴らしいステージを展開して行く。そんなある夜、デイルは彼の古くからの
ファンで、クラブに入る金もない貧しいグラフィック・デザイナー、フランシス(クリュゼ)と
出会って意気投合し、翌日から彼を伴ってクラブに行くようになる。

 しかしデイルは仲間から止められている酒をしばしば飲んでは病院の御厄介になるようになり、
彼の身を案じたフランシスは別れた妻から借金までしてデイルを献身的に守って行くのだった。
そんなフランシスの姿に改心したデイルは身も心も完全復帰を果たし、ニューヨークでの活動を
再開するため帰国することを決める。
 しかし帰国した彼を待っていたものは、荒廃した町並みに潜む“麻薬”と言う悪魔だった。
 
流れるようなカメラ・ワーク、数々のスタンダード・ナンバーを奏でるライブ・シーンと
豪華な演奏者(ビリー・ヒギンズ、ウェイン・ショーター、ロン・カーター、トニー・
ウィリアムズ、フレディ・ハーバード等)。そして“ブルーノート”やパリの下町を見事に
再現した素晴らしいセットと、その絶妙な雰囲気の中で展開される、ジャズを通した心温まる
日常生活の交流をゆったりとしたペースで描いた実に気持ちのいい作品。
 しかし何と言っても本作の成功のカギを握ったD・ゴードンの起用は、どんな名優によっても
醸し出す事が出来ないであろう、ミュージシャン特有の雰囲気を一番に考えた監督の思い通りの
結果を生み、本物のジャズ・マンであり映画初出演にしてアカデミーにノミネートさせた程の
その存在感は“渋い!”の一言に尽きる(殆ど“地”のままと言う声もあるが)。
スコセッシ監督一人の登場で“ニューヨーク”を表現した演出も見事。尚、豪華ミュージシャンの
一人として出演し、音楽も担当したH・ハンコックは本作でアカデミー作曲賞を受賞している。」
(allcinema)

酒からも立ち直り、ニューヨークに帰るデイルに付いてきたフランシス(その時デイルの
マネージメントを努めているのがスコセッシ)だったが、麻薬のまん延に危機感を募らせ
もう一度デイルをパリに連れて帰ろうとする。同意した課のようだったが次の日に彼は空港に
現れなかった。デイルはNYに残ったのだ。
ほどなくしてフランシスの元にデイルが亡くなったとの知らせが・・・
自分が回したモノクロのデイルのフィルムを見てパリ時代の彼を偲ぶフランシスであった。
彼は自分の名前が付いた通りが出来るといいな、と言っていた・・・。

この映画の詳細はこちらまで。
by jazzyoba0083 | 2010-05-04 22:55 | 洋画=ら~わ行 | Comments(0)

●「いとしい人 Then She Found Me」
2007 アメリカ Black Watch Productions,KillerlFilms,100min.
監督・製作・脚本:ヘレン・ハント
出演:ヘレン・ハント、コリン・ファース、ベット・ミドラー、マシュー・ブロデリック他
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<感想とストーリー>
ヘレン・ハントがシガーニー・ウィーバーが持っていた原作権を10年がかりで譲り受け、
自ら監督し、主演した作品。ヘレンとしてはどうしても作りたかったエピソードということ。
男女のすれ違いとちょっとしたハプニングにどう対応していくか、を描き、本物の愛を求める
一人の中年の女を描く。ヘレンは40歳で子どもを産んでいるのでそんな思いも詰まった作品と
なっていると感じた。さすがに皺の目立つヘレン、それに比して母親役のベット・ミドラーは
パンパンの体で、どっちがお母さんが一瞬判らなくなるこが。ま、それは余計なこと。
ちょっとやせすぎのヘレンが痛々しいいが、お話としては、女性の立場で揺れる心情が良く
出ていたと思う。ヘレンが作品にしたかった執念だろう。 

小学校の先生であるエイプリル(ヘレン)は結婚した同僚ベン(マシュー)が子供みたいな性格
だったため、早々に離婚を決意する。そこに登場したのが自分の生徒の父親のフランク。
エイプリルはフランクに惹かれていく。また、養子として育てられたエイプリルの前に実の
母と名乗る女性バーニス(ベット)が登場、テレビの司会者として著名になっていた実母は
父親はスティーブ・マクイーンだ、とか冗談をかますが、娘が1歳のときに止むに止まれぬ事情
で、エイプリルを養子に出したのだ。それを説明し謝罪する実母。

そんな中、エイプリルとフランクは最初に出会った晩に結ばれる。が、しかし、間の悪い時に
彼女の妊娠が発覚する。それはベンとの別れを覚悟した日、フランクに会う前の晩に一回だけ
交渉を持ったことで、長く子どもが出来なかったエイプリルが妊娠したのだ。
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そのことを知ったフランクは、エイプリルの心はやはりベンから離れていないのではないか、
と怒り、もう僕たちに近づかないで、ベンと暮らせばいいじゃないか、と彼女を突き放す。
一方エイプリルはエイプリルで妊娠が判ったこと、それは当然ベンとの子どもでベンが父親で
あることに一時的にほだされて、ベンと熱い抱擁を交わす。それがエイプリルにとって自分を
許せない状況に追い込む。
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しかし、エイプリルは流産してしまう。医師の弟(父違い)は、養子をもらえというが、彼女は
絶対に自分の身体から生む、と人工授精を決める。
そしてフランクの家に趣き、彼を傷つけてしまったことを謝る。彼の二人と子供とともに暮らし
たい、何よりあなたと一緒に生きていきたい、と素直な心で告白するのだった。
ラストはフランクの子どもを抱きあげるシーンでエンド。
そのナレーションに「ユダヤのジョークにこういうのがある。父親が坊やに勇気を教えるために
"階段から飛び降りろ、抱きとめるよ"と言った。坊やは父親を信頼し階段から飛び降りた。
抱きとめられると坊やは愛を感じた。でも手放されたとき、もっと違う感覚を知った。
命の重みを。アーメン」 含蓄があり過ぎて、とっさには良く解らないジョークだ。
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ベッド・ミドラーの実母がキーになる役目。実の娘を養子に出し、華やかな生活を選び生活に
余裕が出てきたときに名乗りでて、人の暮らしに入り込む。しかし、実の娘は当然愛している
訳で、彼女もエイプリルの暮らし方、考え方を理解し、自らを変えていく。
愛情、というものの心の動きを上手く掬いあげた作品だといえよう。
この映画の詳細はこちらまで。
by jazzyoba0083 | 2010-05-04 18:50 | 洋画=あ行 | Comments(0)

剱岳 点の記

<●「剱岳 点の記」
2009 日本 東映、フジテレビほか「剱岳 点の記」製作委員会 139分
監督・撮影・脚本(共同):木村大作 原作:新田次郎「剱岳 点の記」
出演:浅野忠信、香川照之、松田龍平、モロ師岡、螢雪次朗、仁科貴、蟹江一平、仲村トオル
   宮崎あおい、小澤征悦、笹野高史、夏八木勲、役所広司ほか。
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<感想>
印象に残ったのは、まず、よくこの原作を映画にしたな、ということ。プロダクションノートを
読むと、殆ど「映画道」の世界。精神一統何事か成らざらん、という古来の日本の映画作法が
この映画を作らせたのだろう。それは木村大作と言う人の精神構造そのものであろう。
原作を読みたくなった。ということは映画の出来としては一歩下がる、ということ。スタッフ
キャストの長時間の努力は認めるが、それが映像美として迫ってくることはあっても映画という
作品として迫ってくるところまでは達していないように私には思えた。
事実のみが持つ重みを事実に忠実に映像化しようとした監督に敬意は払うが。長い時間をかけて
しか撮影できない、立山連峰の自然の美しさは見るに値しよう。
そして、エピソードをいたずらに引きずらない編集方法は良かった。これで長い映画にリズムが
生まれ、勢い吹雪や登山シーンという地味なシーンが多い映画を引き締めていた。
また、主役の浅野忠信のセリフ回しが極めて自然体で、びっくりした。役者と言うのは
どうしても多少はセリフ回しに演技が入るものだが、むしろ不自然なくらい普通にセリフを
しゃべる人なんだなあ、と。ただし全員がそうでないと、逆に浮いて見えてしまうのが残念だ。
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<ストーリー>
「日本映画界を代表する名カメラマン木村大作が自ら初監督に挑み、新田次郎の同名小説を
完全映画化。明治時代末期、国防のため日本地図の完成を急ぐ陸軍の命を受け、最後の空白
地点を埋めるべく前人未踏の難峰・劔岳に挑んだ男たちの命を懸けた真実の物語を圧倒的な
スケールで描き出す。実際に劔岳・立山連峰各所でロケを敢行、測量隊と同じ行程をほぼ
忠実に辿る危険と隣り合わせの過酷な撮影の末に実現した雄大さと迫力に満ちた映像美に注目。
出演は「モンゴル」の浅野忠信と「トウキョウソナタ」の香川照之。
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 明治39年、陸軍参謀本部陸地測量部の測量手、柴崎芳太郎(浅野)は、国防のため日本
地図の完成を急ぐ陸軍から、最後の空白地点である劔岳の初登頂と測量を果たせ、との命令を
受ける。
立山連峰にそびえ立つ劔岳は、その険しさから多くの者が挑みながら誰一人頂上を極められずに
きた未踏峰の最難所であった。
さらに、最新装備で初登頂を目指す日本山岳会という強力なライバルが出現、測量隊には陸軍の
メンツという重いプレッシャーがのしかかる。そんな中、柴崎は前任の測量手・古田盛作(役所)
を訪ね、信頼できる案内人として宇治長次郎(香川)を紹介される。そして翌40年、柴崎たち
測量隊一行は総勢7人でいよいよ劔岳の登頂に臨むのだったが…。」(allcinema)
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日本山岳会の小鳥(仲村)は、自分たちは登頂して終わりだが、柴崎たちは登頂してからそこに
三角点を建て測量を実施する、という仕事がある、ということに感動し、世間ではどちらが先に
初登頂に成功するか、で騒いでいたが、自ら引いて行く。(後に登頂するが)
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柴崎と地元のシェルパみたいな役の人たちは、前年から入念な調査を実施し、翌年の4月に入山
27か所に三角点を建て測量をしながら剱岳登頂の時期を覗っていた。
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映画の中では、以外にあっさりと登頂に成功、しかし、そこには行者の杖の先端に付く金属の
印が残っていた。つまり柴崎たちは初登頂では無い、ということになってしまう。陸軍は
三等三角点でなく四等三角点しか建てられなかった(点の記、つまり測量記録に残らない)
柴崎隊の成果を認めようとしなった。しかし柴崎は、誰が先に登ろうが、測量点を置けたことに
満足していた。
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ストーリーとしては飽きずに見ることが出来たし、知らないが故の剱岳を巡る様々な話しを
知ることが出来、面白かった。柴崎が登頂したら、行者の錫杖があったとは(真実らしい)。
富士山より低い2998メートルの山だがその屹立した岩場故、人を近づけ無かった最後の山、
剱岳のエピソードを楽しむことが出来た。
この映画の詳細はこちらまで。
by jazzyoba0083 | 2010-05-03 23:30 | 邦画・新作 | Comments(0)