●「アナザー・カントリー Another Country」
1984 イギリス Goldcrest Films International.90min.
監督:マレク・カニエフスカ 
出演:ルパート・エヴェレット、コリン・ファース、ルパート・ウェンライト、マイケル・ジェン、ロバート・アディ他
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<評価:★★★★★★☆☆☆☆>
<感想>
いかにもイギリスの舞台劇を映画にしました、という雰囲気を持つ作品で、好悪が明確に
別れるタイプの作品だろう。私は、どちらかというと好まないタイプの作品だ。短い映画
なので、観てしまうが、終始、厳格なイギリスのパブリック・スクールの中が舞台で、映像的な
広がりはない。その分、非常に思索的なんだね。男子校にありがちな同性愛、上下関係などが
テーマになっていて、主人公がソ連のスパイになったというのが、どうやら事実を元にした
お話らしいが、その一点が面白い結末だと思った。

この映画を嚆矢として美男子映画やら漫画やらが出はじめた、ということらしいけど、確かに
女性が見るには特にルパートの美男子ぶりや、彼に思いを寄せる男子生徒の美しさは
たまらんかもしれない。

第一次大戦直後のイギリスの雰囲気が映像として良く表現されていたと思う。イギリスの
パブリックスクールのシステムや、寮監とか学年のボスとかその辺りがどの程度尊いのか
凄いのか分からないから、同性愛や、結局マルキシズムに傾倒していた友人の影響と
自由を好む主人公の、保守的な学校の体制、教育の体制の反発からソ連のスパイと
なるという行方がストーリーとしての最大の面白さだな。ルパートとコリンの二人の
結末がドラマチックであるのと同性愛的雰囲気という以外にあまり魅力を感じない映画だった。
それにしても冒頭に出てくるルパートの老人メイクはもう少しなんとかならんかったかねえ。
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<ストーリー>
1983年モスクワ。アメリカ人ジャーナリスト(ベッツィー・ブラントリー)は、年老いた
ガイ・ベネット(ルパート・エヴェレット)にインタヴューしている。ガイは、祖国イギリスを
裏切り、ロシアに亡命しているスパイだった。何故彼はスパイになったのか?
インタビュアーを前に、彼は青春の思い出を話しはじめた。

1932年夏。ガイは、パブリック・スクールの最終学年を迎えようとしていた。上流階級の
選ばれた者しか入学できない、この全寮制の学校で、明晰で活発な彼は、目立つ存在
だった。新しい学年が始まれば、学校を支配する生徒達の自治会エリート・メンバー“ゴッド”に
選ばれるはずになっている。そして、ゆくゆくは外交官となり、パリ駐在大使になるという
エリート・コースを順調に進む未来が約束されていた。
彼にはジャド(コリン・ファース)という親友がいた。彼はレーニンに傾倒している共産主義で
ガイのブルジョワ的思考を軽蔑していたが、そんなガイが憎めずに好きだった。

第一次大戦で戦死した卒業生を讃える追悼礼拝式でガイは、別寮の美少年ハーコート
(ケアリー・エルウィズ)に一目惚れしてしまった。パブリック・スクールでは、同性愛は
浸透しやすいのだ。そんな時、ガイの同僚の学生が、同性愛の現場を目撃され羞恥心
から自殺するという事件がおこった。この事件で校内には不穏なムードが漂う。
自責の念にかられた寮の責任者バークレイ(マイケル・ジェン)。
一方、デラヘイ(ロバート・アディ)は、与えられた特権を活かして、生徒達に尊大に振る
舞った。そんな二人を巧みに操り、地固めを進めるのがメンジース(フレデリック・
アレクサンダー)だ。また軍国主義者のファウラー(トリスタン・オリヴァー)のガイに対する
激怒は爆発していた。彼はガイやジャドのような異端者が我慢ならないのだ。
彼はハートコートにますます夢中になるガイを、同性愛という理由で“ゴッド”のメンバーに
はなれなくした。輝いていたはずのガイの未来は閉ざされたその時から、彼の心には
復讐の炎が根ざし出した。ジャドの思想に感化されていた彼は、それを使って、スパイという
反撃の道を選ぶのだった。」(Movie Walker)

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by jazzyoba0083 | 2015-05-21 23:00 | 洋画=あ行 | Trackback | Comments(0)

ノア 約束の舟 Noah

●「ノア 約束の舟 Noah」
2014 アメリカ Paramount Pictures,Regency Enterprises.138min.
監督・(共同)脚本・(共同)製作:ダーレン・アロノフスキー
出演:ラッセル・クロウ、ジェニファー・コネリー、レイ・ウィンストン、エマ・ワトソン、アンソニー・ホプキンス他
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<評価:★★★★★★☆☆☆>
<感想>
監督と出演者に惹かれて観てみたが、正直、期待はずれ。ノアの方舟の話は有名で、
アウトラインは知っていたし、神話なので秘跡とか奇跡とかがあれやこれや出てくるのも
当たり前という覚悟で観たのだが、上映時間の割には話が単調過ぎたのが割引原因。

出演者はそれぞれ嵌っていたと思う(エマ・ワトソンがちょっと線が細かったかなあ)し、
CGはあんなものでしょう。神から人類を滅ぼし、いわば地球を浄化せよ、と御託宣を
示されたノアの悩みもそれなりに出ていたし、息子の嫁に双子の女の子が産まれた時
それを殺すべき、というのが神の意思、と信じていたノアが、結局それが出来なかった
わけで、回りクドいけど、結局それが人間に出直しをさせる神の意思だったわけだ。
故にノアは選ばれたということだ。 幼い頃から聖書に親しんでいる欧米のキリスト教の
信者たちには、我々とは違うインパクトを持つのだろうけど、日本人は洪水やらの
スペクタクルを期待してしまう、その差がでてしまうだろう。光が石のお化けみたいに
変身させられて、一挙にSFファンタジーチックになってしまった時が一番引いた。
ほんとにああいうことだったんだの?創世記を読んでないからしならいけど。
今この時期に敢えて「ノアの方舟」を描いた真意は分からなくもないが、それにしては
訴える力が薄かったと思えた。
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<ストーリー>
「ある夜、眠っていたノア(ラッセル・クロウ)は恐ろしい光景を見る。それは、堕落した
人間を滅ぼすために、地上からすべてを消し去り、新たな世界を創るという神の宣告だった。

大洪水が来ることを知ったノアは、妻ナーマ(ジェニファー・コネリー)と3人の息子である
長男セム(ダグラス・ブース)、次男ハム(ローガン・ラーマン)、三男ヤフェト(レオ・キャロル)、
そして養女イラ(エマ・ワトソン)とともに、罪のない動物たちを守るための箱舟を造り始める。

やがて、ノアの父を殺した宿敵トバル・カイン(レイ・ウィンストン)がノアの計画を知り、舟を
奪いに来る。その壮絶な戦いのなか、暗転した空から激しい豪雨が大地に降り注ぎ、大洪水が
始まる。地上の水門が開き水柱が立ち上がり、濁流が地上を覆うなか、ノアの家族と動物たちを
乗せた箱舟が流されていく。閉ざされた箱舟のなかで、神に託された驚くべき使命を打ち明ける
ノア。ノアと家族の未来とは? 人類の罪とは? そして、世界を新たに創造するという約束の
結末とは?」(Movie Walker)

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by jazzyoba0083 | 2015-05-20 23:40 | 洋画=な行 | Trackback | Comments(0)

●「ファイティング・ダディ 怒りの除雪車 Kraftidioten 」
2014 ノルウェー・スウェーデン・デンマーク Paradox and more.116min.
監督:ハンス・ペテル・モランド
出演:ステラン・スカルスガルド、ブルーノ・ガンツ、ポール・スヴェーレ・ハーゲン、ヒルデグン・グーセ他
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<評価:★★★★★★☆☆☆☆>
<感想>
北欧三国の合作映画とは初めて観た。日本劇場未公開。WOWOWにて鑑賞。
除雪車が凶器となるっていうアイデアは、どこかスピルバーグのデビュー作「激突」に
通底するものがあるような気がした。

とにかく、雪だらけのノルウェーでのロケは珍しさも手伝って惹きつけるものがあるし、
アイロンのお化けみたいなラッセル車が後ろから迫ってくれば怖いわなあ、という
設定の面白さで、作品自体はB級と思うが、結構楽しく観させてもらった。

ギャング映画の常としていささか強引な展開や、間が抜けてんじゃないの?という
描写もあるけど、まあその辺りは割り引いてもエンタメとして面白いと思う。

除雪車の運転を生業とするニルスは、市から表彰されるほどの長年に渡る除雪の
街の名人だった。
そんなニルス夫妻の大学に行っていたと思った息子がある日、遺体で発見される。
警察の所見では薬物中毒だという。警察は捜査に乗り出さない。息子が薬物なんて
やるわけない、と信じているニルスは、俄然復讐の鬼となる。妻は息子が亡くなった
悲しみから家を出て行ってしまった。ニルスは同時に発見され瀕死の重傷を受けた
友人から、ヤクの運び屋を手伝っていて、ニルスの息子を巻き込んでしまったと謝るのを
聞いた。ニルスは彼から関係者の名前を聞き出し、銃身を短くしたショットガンで、ヤクの
売人組織に挑む。まずチンピラを3人ほど殺す。その武器になるのが除雪車だっりする。
次々と失踪する子分に、ボスの「伯爵」は、これまでヤクの縄張りを分けあって平和裏に
やって来た、セルビア人が裏切ったに違いないと、彼らに襲撃を企てる。そこでセルビア人の
ボスの息子を殺してしまう。今度怒ったのはセルビア人のボス。同じ息子を殺す、と、部下に
伯爵の幼い息子の誘拐を指示する。

伯爵は小さい息子を溺愛していて、ニルスは息子の誘拐を計画する。さらに、伯爵を
自ら殺すのは大変なこと、と悟ったニルスは、かつてギャングをしていた兄に相談、
兄は「殺し屋を雇え」と忠告する。紹介された東洋系ヒットマンに金を全額渡し、
伯爵の殺しを依頼するが、この殺し屋が、伯爵に取引をもちかけ、依頼された金と
同額をだせば、依頼者の名前を教える、という。そこで伯爵は同額の金を渡し、
彼の口からニルスの名前を引き出す。伯爵はこの殺し屋も殺してしまう。
しかし、伯爵は、ニルスの兄を探し出し、彼から一連の犯人が弟だと聞き出す。兄は伯爵に
殺される。

一足早く、学校帰りの、息子を誘拐したニルス。そこへ、伯爵の一行がやってくる。さらに
セルビア人のボス一行もやってくる。隠れて伯爵を狙撃しようとしたニルスだが捕らえられ
万事休すという時、セルビア人が銃を打ちながらクルマで乗り込んできた。激しい銃撃戦が
繰り広げられる。ニルスは車の下に隠れて、銃撃戦の止むのを待つが、伯爵がクルマで
逃げそうになったため、材木を掴む重機で、材木をクルマの上から落とし、そこをセルビア人が
トドメをさしたのだった。戦いは終わった。同じ息子を殺されたニルスとセルビア人のボスは
除雪車で、現場をさっていった。

活劇なので、理屈がどうのとかではなく、まあ、リーアム・ニーソンほどの手の込みようもないし
除雪車とか森林で使う重機とかがが効果的に使われていて観ていて楽しかった。娯楽作、
これでいいんじゃないでしょうか。死人が出るたびに黒画面に白い十字架と殺された奴の
名前が出てくる。コメディチックな要素もあり。
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by jazzyoba0083 | 2015-05-19 23:15 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

ある過去の行方 Le passé

●「ある過去の行方 Le passé」
2013 フランス・イタリア・イラン Memento Film Productions.130min.
監督・脚本: アスガー・アルファディ
出演:ベレニス・ベジョ、タハール・ラヒム、アリ・モサファ、ポリーヌ・ビュルレ、サブリナ・ウアザリ他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
人間関係が複雑に入り組んだ上に、サスペンス的な要素もあり、よく構造が分からない点も
あるのだが、その仕上がりの良さには拍手を送らざるを得ない出来だ。
男女の愛憎、それに絡む(というか振り回される)子供ら。ある意味、みんな身勝手なんだ、
個人的には、子供を除き、出てくる主人公群の男女は、好きになれないタイプの「奴ら」だった。

4年前にイランに帰ってしまった(なぜかは分からない)アーマド(イラン人だな)、離婚裁判の
ためにフランスに帰ってくる。元妻ということになるマリー=アンヌは映画上では説明は無いが、
3回めの結婚相手と既に同棲中であり、そのことをアーマドに言ってかなかったので、アーマドは
当然面白くない。マリー=アンヌは何回もメールを出した、というが一通も受け取ってないという、
アーマド。真相は結局わからない。で、既に同棲を始めていた相手が街のクリーニング店主の
サミール。その小さい息子も既に一緒に住んでいた。一番最初の旦那(ブリュッセル在住)との
娘リュシーは、この再婚に反対していた。学校にもろくに行かず、家にも寄り付かない。しかし
アーマドにはなついているのだ。

こうした、構図の中に、いろいろなことが分かってくるのががそれが物語として面白い。
再再婚しようとしているクリーニング店主サミールには植物状態になった妻が居る。離婚も
していない状況では再婚は出来ない。その植物状態になったのは妻の自殺未遂。
客とシミを付けたのはそっちだこっちだ、と大ゲンカとなった。絶対に店で付けたシミじゃないと
言い張る妻、使用人の女性も、自分はミスしたことがないと言う。間に入ったサミールは、
客に非を認め、弁償すると言って謝る。さらに使用人のイラン人女性の味方をして、妻の方に
出て行け、と言うのだ。その次の日、妻は家族の前で洗剤を飲んで自殺を図った。一命は
取り留めたが植物状態となってしまったのだ。

さらに離婚が成立する調停の日に、マリー=アンヌは、アーマドに自分が妊娠していることを
告げる。リュシーが言うには、再婚に反対した彼女が、マリー=アンヌとサミールとのメールを
サミールの妻に転送した、というのだ。これで浮気がバレてしまい、妻は自殺を図ったと。
これをアーマドに打ち明ける。アーマドは、秘密にしては置けないだろう、お前が一生苦しむ、と
いい、リュシーは、マリー=アンヌにそのことを伝える。当然激怒するマリー=アンヌ、リュシーに
出て行け、という。メアドはクリーニング店の使用人の女性から聞き出したらしい。そこで
サミールは、使用人に聞きただす。どうして教えたのだ、と。すると使用人の口からは意外な
ことが。つまり、妻は、サミールの浮気を疑っていて、その相手は使用人の女だと思っていた
のだ。そこでそうではないことを主張するために、リュシーにアドレスを教えたと。

当然、サミールは激怒、クビにしてしまう。だが、追いかけたサミールに、使用人は奥様は
メールを開けていない、という。愕然として、使用人を呼ぶが彼女は去っていった。

事態はサミールの妻の自殺の原因を巡ってぐちゃぐちゃの様相。離婚が成立したアーマドは
再びイランに戻っていく。リュシーに出て行け、と言ったマリー=アンヌは、自分が出てくわ、と
行って家から去る。しかし、サミールはどうやらマリー=アンヌを単なる浮気相手としか見て
いなかったようで、腹の子を始末してくれ、という。サミールがまだ妻を愛していることを確信した
マリー=アンヌ、サミールもいけしゃあしゃあと「気が付かなかったか」といったりする。
リュシーは、ブリュッセルの実父の元に行く。そして皆がバラバラになったのだが、
ラスト、植物状態の妻に自分がつけていた香水などかがせて刺激するといいかも、という医師の
指摘で、家から香水を持って行くが、効き目はなかった。一旦は諦めて、病室を後にするサミール
だったが、自分のコロンを嗅がせてみようと、戻る。そして自分のクビの周りにコロンをふりかけ
妻の顔に近づけ「匂いが分かったら、手を握ってくれ」というと、彼女は、彼の手を握り返した
のだった。そこでストップモーション。エンドロールと。

話が複雑に交錯している割には緊張して展開、それぞれの身勝手さが表現される。特に
マリー=アンヌの(悪い人ではないのだが)自分のことしか考えない人生は、最後には
うっちゃられ、クリーニング店主は妻の元に帰っていく。妻の自殺の真相は分からないまま
だが、みんな自分のいいように考え、他人を思わない様がある種の群像ドラマとして
面白く見ることが出来た。アーマドがなぜ4年前にイランに帰ったか、教えるよ、と言っても
聞く耳を持たない。女子高生リュシーやら、クリーニング店主の息子など子役も良かったし
カンヌで女優賞を獲ったベレニス・ベジョの手の付けられないキャラクターも良かった。
見終えてすっきりする映画ではないが、(いかにもカンヌ向き?)よく出来た構成を持った
よく出来た映画だということは出来る。薄皮を剥がすように次第に全体が見えてくる構造が
スリリングであり、人間の感情を上手く物語れていると思う。
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<ストーリーなど>
この映画の詳細は前作「別離」でアカデミー賞外国語映画賞を獲得したイランの俊英アスガー・
ファルハディ監督が、「アーティスト」のベレニス・ベジョを主演に迎えて贈るミステリー・ドラマ。

パリを舞台に、再婚を予定している子連れカップルの思いもよらぬ過去の秘密が少しずつ
明らかになっていくさまと、彼らを軸に複雑に絡まり合う愛と哀しみの人間模様が赤裸々かつ
サスペンスフルに綴られていく。
共演は「預言者」のタハール・ラヒムとイラン人俳優アリ・モサファ。
 別れたフランス人の妻マリー=アンヌと正式な離婚手続きをとるため、テヘランから4年ぶりに
パリに戻ってきたイラン人男性、アーマド。空港でマリー=アンヌに出迎えられ、一緒に家へと
向かう。彼はそこで、マリー=アンヌがすでに新しい恋人サミールと暮らしていることを知る。
しかし、そんな2人の交際に反発するのがマリー=アンヌの上の娘リュシー。彼女はアーマドに
対し、サミールには昏睡状態の奥さんがいると告白するのだが…。」(allcinema)

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by jazzyoba0083 | 2015-05-18 23:20 | 洋画=あ行 | Trackback | Comments(0)

リアリティ Reality

●「リアリティー Reality」
2012 イタリア・フランスFandango,Archimede,Le Pacte,Garance Capital.115min.
  監督・脚本・原案・(共同)製作:マッテオ・ガローネ
出演:アニエッロ・アレーナ、 ロレダーナ・シミオーリ、ナンド・パオーネ、クラウディア・ジェリーニ 他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
面白いブラックな映画であったが、物語が動き出すまでに30分以上かかるので、しばらく
観ていて、違う映画を見始めちゃったか、と一瞬録画リストをチェックした。このイントロは
個人的にはイラついた。それなりに意味があったのだが、もう少し短く描けなかったものか。
画竜点睛を欠いた。日本では劇場未公開。WOWOWにて鑑賞。

一旦物語が動き出すと、それは面白い。さすがにカンヌ国際映画祭審査員特別グランプリを
獲る実力を持った作品である。

魚屋を友人と営むルチャーノは、気のいいいかにもイタリアンという感じの男。周囲からも
評判はいい。大家族で住み、家族を愛していた。が、料理ロボットを妻と共に詐欺まがいの
セールスをする、という裏稼業もしていた。

普段から目立ちたがりやで、リアリティ番組出身のエンツォに憧れたりもしていた。
そんな折、街の近くのショッピングモールで開催された「ビッグ・ブラザー」というテレビの
リアリティ番組のオーディションに、家族に誘われて参加する。まんざらではなかった
ルチャーノは、仕事があって遅れて到着。そこをエンツォを捕まえたり、プロデューサーに
頼み込んでなんとか参加することが出来た。家族に語ることころによると、1時間も
喋って、スタッフはもっと聞きたい様子だった。これはいい線いくぞ、という自信だった。

しかし、本番収録が迫るがテレビ局からはなかなか予選合格の電話が入ってこない。
そのうちに、自分の家の周りにテレビ局の調査員が来ていて、リアルな自分を監視している
のじゃないか、と思い込み始めた。すると、疑心暗鬼はエスカレートし、周囲の浮浪者も
調査員に見え、家中のものを慈善だといって与えてしまうわ、家の中のコオロギさえ、何か
TV局の意思を持って入ってきた、と思い込むようにまでなってしまう。妻のマリアは
詐欺まがいの料理ロボットを売っているという後ろめたさも手伝い、番組に合格して
大金を掴みたいという気分でいたし、家族も、周囲の友人や村人たちも、ルチャーノが
人気ものになるだろう、と期待していたので、ルチャーノの思い込みの激しさはエスカレート
していく。ついには、魚屋まで売ってしまい、全てを番組合格に掛けてた。

周囲もルチャーノがおかしい、とは思い始めていた。妻のすすめでセラピーも受けてみた。
友人に誘われて教会に行き、神に救いを求めるというところまでい行く。しかし、ルチャーノは
途中から抜けだして、TV局のセットに忍び込み、あたかも自分が既にリアリティ番組に
入り込んでいるような気になってしまうのだった・・・。

「バカは死ぬまで治らない」っていうことかな。ルチャーノの思い込みの激しさもさることながら
家族をはじめとする周囲の期待にルチャーノが乗ってしまし、引くに引けなくなり、やがて
その状態がリアリティ(現実)となってしまうというブラックが描かれているだ。一人の男の
人生があることをきっかけに脆くも崩れていくという。一旦口にした大言壮語は、なかなか
引っ込めるのが辛いのだろう、特にイタリア男にとっては。妄想に飲み込まれてしまった
不幸な男の辛い話である。
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by jazzyoba0083 | 2015-05-13 23:20 | 洋画=ら~わ行 | Trackback | Comments(0)

青の寝室 La Chambre Bleue

●「青の寝室 La Chambre Bleue」
2014 フランス Alfama Films.76min.
監督:マチュー・アマルリック  原作:ジョルジュ・シムノン「青の寝室」
出演:マチュー・アマルリック、レア・ドリュッケール、ステファニー・クリュ、ロラン・ポワトルノー他。
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<評価:★★★★★★☆☆☆☆> 
<感想>
「メグレ警部シリーズ」で知られるベルギーの作家、ジョルジュ・シムンが1964年に発表した
小説、「青の寝室」を、「グランド・ブダペスト・ホテル」にも出ていた俳優で監督でもある
マチュー・アマルリックが監督・主演で作った、自ら「B級テイスト」と称する、76分の少作品。
マチューのパートナーであり共同脚本を書いたステファニー・クリュが、マチューの妻を演じる。

ネットで原作のあらすじに目を通してみたが、ほぼ忠実に再現してある。だから日本の上映では
ぼかしも入る。(劇場未公開。WOWOWで鑑賞)
所謂不倫映画ではあるが、男女の感情のズレがラストの恐怖を呼ぶというエロチック・サスペンス。

事業も成功し、美人の妻と可愛い娘もいるジュリアン(マチュー)が、小学校からの同級生であった
道でパンクして困っているデルフィーヌを助けるのだが、その際、デルフィーヌから「私はあなたを
小学生の時から好きだった」と、誘う。そして道路脇の林に入り、コトに及んでしまう。このあたり
早すぎな感じ。それ以来、11か月の間に8度、ホテルの青い部屋で激しい情事を重ねる。

しかし、自分の妻も愛しているし、何より娘に嘘をついているのが心苦しい。やがて二人の
関係を終わらせようとするジュリアンだったが、デルフィーヌから意味深な手紙が何通も
やってくる。そしてある日、デルフィーヌの夫が急死する。常から健康を害していた夫は
いつ急死しても不思議ではない、と主治医はいうが、検視の結果、毒物が検出された。
一方、ジュリアンの妻もまた毒殺体で発見される。

二人は逮捕され、予審が始まるのだが、情事の進行と予審判事が行う尋問とが交互に描かれ、
最初のほうでは、ジュリアンがどういう罪で警察にいるのかが分からない仕掛けになっている。
これも原作通りの展開である。 夫に毒物を盛れるのは薬局を経営している夫の妻である
デルフィーヌなのだが、本人から告白はない。ジュリアンが自分の妻を殺すとは到底思えないが、
証拠がない。二人の不倫は、村中では結構有名な話で、重病の薬局の夫と結婚したデルフィーヌは
カネ目当てだ、との証言も飛び出す。

本裁判で、二人は結局終身刑を言い渡されるのだが、その際にデルフィーヌがいう「一緒になれる
っていったでしょ」という言葉が恐ろしい。結局、肉体も含めて溺れるような愛情に包まれて
しまった抜き差しならぬデルフィーヌと、家庭のことを思い手を引こうとしたジュリアンの愛の差が、
ジュリアンを破滅に追い込んでいったのだ。作品中では、結局だれがだれを殺したのかは判然と
しない。作品が言いたいのは犯人の事ではなく、愛情のズレに人生を破滅させた男の話なのだ
ろう。俗っぽく言ってしまえば不倫は気をつけた方がいいぜ、という・・・。
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by jazzyoba0083 | 2015-05-12 22:40 | 洋画=あ行 | Trackback | Comments(0)

●「ウォルト・ディズニーの約束 Saving Mr.Banks」
2013 アメリカ Walt Disney,Ruby Films,Essential Media and Entertainment.125min.
監督:ジョン・リー・ハンコック
出演:エマ・トンプソン、トム・ハンクス、ポール・ジアマッティ、コリン・ファレル、ジェイソン・シュワルツマン他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
邦題の付け方というのはつくづく難しいなあ、と思った。原題には「メリー・ポピンズ」を知って
居る人ならすぐに分かるタイトルでオシャレかつ、含蓄があるのだが、確かに邦題でこれを
もってきちゃ、何のことか分からない。邦題はその通りなんだが、味気がないなあという感じ。
「メリー・ポピンズ」を見ていたほうが数倍面白い。見ていないとコアな面白さが伝わらないかも
しれない。

さて、皆さんご存知のディズニー映画の傑作ミュージカルで挿入歌もエヴァーグリーンに
なっている「メリー・ポピンズ」。これは元々、オーストラリア生まれでイギリス育ちの児童文学作家
パメラ・リンドン・トラヴァース(P・L・トラヴァース=本名:ヘレン・リンドン・ゴフ )が書いた
ベストセラーが原作なのだが、これをディズニーは20年間映画化をオファーし続けて、やっと
映画化にこぎつけたという、裏面史と、作者トラヴァース夫人がどういう心情で、この童話を
書いたか、という彼女の精神的な自伝がクロスしながら構成されている。幼少名キンディの
父親がコリン・ファレル。最後の方で登場する、伯母さんがその姿といい、行動といい、
メリー・ポピンズのモデルになったのではないかな。

トラヴァース夫人を演じたエマ・トンプソンがとっても良かった。もう頑固でイケズで、私なら
結構失礼なその態度に激怒するような性格なのだが、その性格も、また、映画化に付いて
事細かく指示を繰り返す態度も、幼いころの父親との生活と悲しい想い出が染み付いていて
自分の殻に閉じこもっているからなのだ。さすがにディズニーはそれを見破るわけだ。

文句を言われながらも、台本の作成は進行する。ラストシーンで歌われる凧揚げの歌では
ついには夫人が脚本家と踊りだすムードまでチームはなっていった。だが、アニメは絶対に
ダメ、といっていたのにペンギンのダンスシーンだけはアニメに、というディズニーの姿勢に
激怒した夫人はロンドンに帰ってしまった。ウォルトは速攻後を追いかけて、彼女の殻を
解放してあげるのだ。
幼いキンディ(トラバース夫人)に対し、父親は「夢を見ることを諦めるな」を教え、一生懸命
子供のために遊んでくれたが、肺結核で若くして亡くなる。酒もやめられず、何も分からない
キンディは母が隠した酒を父の病床に持って行ったりしていた。それが父の死期を早めた、
とずっと自分を責めていたのだ。そうした中から生まれた「メリー・ポピンズ」に対し、夫人は
譲れないものは譲れない、とディズニーランドに連れて行かれても、「ウォルトの金のなる木を
見る気もないわ」と言うほど頑なだった。それをウォルトはロンドンまで駆けつけて彼女の
凍ってしまった心を溶かしていったのだ。彼が帰った後、夫人は映画化の権利書のサインする。

そして1964年、ジュリー・アンドリュース主演のミュージカル映画「メリー・ポピンズ」jは
プレミア公開を迎えた。ハリウッドのチャイニーズ・シアターに招かれた夫人は、映画を観て
涙するのだった。きっと父親との想い出が吹き出たのだろう。映画はもちろん大成功、
アカデミー賞で5部門を獲得するエバーグリーンのフィルムになったのだった。

壮大な物語を2つの軸を交差させながら進行するので、強引は部分もあるのだが、全体に
ディズニー映画らしいハートフルな仕上がりとなっていた。エマ・トンプソンの憎たらしさは
それはもう、一流だ。さすがはケンブリッジ卒で脚本賞もとったことのある才媛だな。
それとハリウッドを訪れた際の夫人のリムジンの専用運転手を演じたポール・ジアマッティが
その配役の背景も含め、いいスパイスであった。
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<ストーリー>
「 ウォルト・ディズニー製作の名作ミュージカル・ファンタジー「メリー・ポピンズ」の
誕生秘話をトム・ハンクスとエマ・トンプソンの主演で映画化した感動ドラマ。
世界的ベストセラー・ファンタジー『メリー・ポピンズ』の映画化に情熱を燃やすウォルト・
ディズニーが、頑固な原作者P・L・トラヴァースから許諾を得るまでの悪戦苦闘の道のりを、
原作に秘められた彼女の幼少期の物語を織り交ぜ描き出す。
監督は「オールド・ルーキー」「しあわせの隠れ場所」のジョン・リー・ハンコック。

 1961年、ロサンジェルス。ハリウッドを代表する大物映画プロデューサー、ウォルト・
ディズニーには、娘との約束でもある20年来の悲願があった。それは、彼女の愛読書
『メリー・ポピンズ』を映画化するというもの。
しかしウォルトの再三の懇願にもかかわらず、いまだ原作者のP・L・トラヴァースから
許可を得られずにいた。そんな中、ようやく映画化についての話し合いが実現することに
なり、トラヴァースがロンドンからやって来る。
さっそく最大限のもてなしで彼女を迎えようとするウォルトだったが、お堅い英国淑女
トラヴァースの心を掴むことに苦心する。おまけに、アニメもミュージカルも拒否された上、
内容にもことごとく難癖をつけられるなど、頑なな彼女にすっかり手を焼き、一向に了解を
取り付けられないウォルトだったが…。」(allcinema)

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by jazzyoba0083 | 2015-05-11 23:40 | 洋画=あ行 | Trackback | Comments(0)

●「her/世界でひとつの彼女  Her」
2013 アメリカ Annapurna Pictures.126min.
監督・脚本・(共同)製作:スパイク・ジョーンズ
出演:ホアキン・フェニックス、エイミー・アダムズ、ルーニー・マーラ、(声)スカーレット・ヨハンソン
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<2013年度アカデミー賞脚本賞受賞作品>

<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
オスカーを獲ったから言うわけじゃないけど、これは脚本の勝利だ。だれでも思い付きそうな
ストーリーを、物語性の面白さで引っ張る。ホアキン・フェニックスの職業が手紙の代書人と
いうのも良い設定。事前情報なしで鑑賞したのだが、エンディングロールで初めて分かった
声の主が、スカーレット・ヨハンソンだったのね!上手かった。声だけで感情の押し引きを
演じているのだが、これがなかなかいいんだ。

近未来に、PCのOSがあそこまで発達、自己学習を遂げて、人間と同じ恋愛感情を持てるとは
到底思えないし、逆にそれだけのAIがあると、これもいくつかの映画やテレビドラマのテーマにも
なってきたように、人間に反乱を起こすという恐怖もあるわけだ。(アシモフのロボット3原則は
あるにしても)しかしながら、本作では、それは置いておいて、機械に恋してしまった男の困惑と
リアルな世界に近づいていく恋愛感情のもつれが面白く描けていた。

ホアキン・フェニックスというと個人的には怖い人のイメージがあるが、本作ではメガネと
口ひげといういでたちではあるが、最初だれだか分からなかった。個人的な手紙の代書屋と
いう感情豊かな男性で、いつも紙の上に人様の様々な愛情や感情を綴っていればこそ、
OSのサマンサに引き込まれていく、という見方も出来よう。

マルチタスクの優秀なPCなら当然なんだろうけど、恋人が全世界に600人余いる、告白を
サマンサが主人公にするというエピソードもいい。「あなたが一番なの」といわれても、俄に
機械のいうことを信じられないジレンマというのは当然あるわけで。
OSの肉体部分を担う女性の登場も面白い設定。さらにオチをどう付けるか、見ながらずーっと
思っていたのだが、Windows8が10になるように、全部のOSが消える運命になったのだった。
(と私は理解した)つまりサマンサの恋愛相手600人余も恋人を失ったわけだ。

サマンサのカウンターとなるのが主人公の離婚交渉中の妻(ルーニー・マーラ)と、仕事の
友人(エイミー・アダムス)。肉体を持った人間臭い女性を演じて、OSの彼女との対比を
演じる。それにしても、スカーレット・ヨハンソンの声は、彼女らの存在を凌駕する存在感を
示していた。

それにしても今の日本でも歩きスマホが問題となっているが、街中が耳に挿した超小型PCと
ぶつぶつ話ながら歩いている光景は、おぞましいものと映った。
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<ストーリー>
「 「マルコヴィッチの穴」「かいじゅうたちのいるところ」のスパイク・ジョーンズ監督が
「ザ・マスター」のホアキン・フェニックスを主演に迎えて贈る異色ラブ・ストーリー。
コンピュータがさらなる進化を遂げた近未来を舞台に、傷心の作家が女性の人格を
有した人工知能(AI)型オペレーティング・システム(OS)と心を通わせ、本気で恋に
落ちていく切なくも愛おしい姿を描く。
共演はエイミー・アダムス、ルーニー・マーラ、オリヴィア・ワイルド。
そして主人公が恋に落ちるAI“サマンサ”の声を務めたスカーレット・ヨハンソンは、
ローマ国際映画祭において、声だけの出演で史上初となる最優秀女優賞に輝いた。

 そう遠くない未来のロサンゼルス。他人に代わってその相手への想いを手紙に綴る
“代筆ライター”のセオドア。仕事は順調だったが、その一方で離婚調停中の妻キャサリンとの
思い出を、別れて1年経った今も断ち切れないでいた。
そんなある日、最新式のAI型OS“OS1”の広告を目にしたセオドアはさっそく自宅のPCに
取り込むことに。すると起動した画面の奥から聞こえたのは、“サマンサ”と名乗る女性の声。
それは無機質で事務的なAIとは思えないほどユーモラスかつセクシーで、バイタリティーに
満ち溢れる人間のようだった。サマンサをすぐに気に入ったセオドアは携帯端末にも彼女を
インストール。

こうして常に一緒のふたりは新鮮で刺激的な日々を過ごし、いつしか恋に落ちていく。
そしてついに、セオドアはキャサリンとの離婚届に判を押そうと決意。しかし、再会した彼女の
前でAIとの交際を打ち明けたことをきっかけに、セオドアとサマンサそれぞれの想いが
すれ違い、ふたりの関係に異変が生じていく…。」<allcinema>

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by jazzyoba0083 | 2015-05-09 23:40 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

セッション  Whiplash

●「セッション Whiplash」
2014 アメリカ Bold Films,Blumhouse Productions,Right of Way Films.107min.
監督・脚本:ディミアン・チャゼル
出演:マイルズ・テラー、J・K・シモンズ、ポール・ライザー、メリッサ・ブノア、オースティン・ストウェル他
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<2014年度アカデミー賞助演男優賞、編集賞、音響賞(調整)受賞作品>

<評価:★★★★★★★★★☆>
<感想>
<結末まで書かれていますのでご注意ください>
大学時代にジャズドラムをいじった経験のある身としては、大変期待もしたし、楽しみ
だった。結構人が入っていたなあ。ヒットしてるんでしょう。
で、本作、107分緊張しっぱなしで、凄い映画だった。良かった。でもジャズドラムの
経験者から見ると、J・K・シモンズ演じる鬼教師が、主人公アンドリューに教えようとして
いることは、ジャズの真髄ではないんじゃないか、と思えた。確かに狂いのないテンポ、猛烈な
早打ちを的確にという技術も、裏打ちがあったほうがいいのだが、ジャズという音楽は、
それだけではないのだな。「間」というか「楽器間の呼吸の阿吽」とでもいうような非常に人間臭い
ま、科学的に言うと「1/f」のゆらぎとでもいうような、えも言えぬ感覚こそ、スィングなんだ。

作品の中で教師フレッチャーがチャーリー・パーカーとドラムのジョー・ジョーンズの逸話を
披露する。つまり下手くそなパーカーのサックスに怒って、ジョーンズがシンバルを投げつけた、
というもの。パーカーはこれを恥じて、その日から猛烈な練習を重ね、ビバップの腕を磨き
「バード」が誕生した、という筋書きだ。さらにフレッチャーは言う、今の世の中「グッド・ジョブ」
という言葉がジャズをダメにしていいる、つまり厳しい批判がなければ、ダメなものはダメ、と
いう厳しい風潮がない現状では「ジャズは死ぬわけだ」とも批判する。だから自分は、徹底的に
教え子を追い込んで追い込んで、素質を出させるのだ、と。

彼の教え方は、もう「モラハラ」「アカハラ」「パワハラ」の世界そのもの。あの教え方が全能だ、
とは誰も思わないだろう。事実、作品中でも、フレッチャーが期待したサックス奏者が彼の
指導の元で「うつ病」を発し、自殺してしまう。そこまで追い込む必要があるのか。
個性(性格)を見抜く才能もまた教師には必要なのだ。

的確な猛烈テンポなら機械にヤラせればいいわけでね。閑話休題。それらを除いても
映画の出来としてはいい。これが28歳の監督作品というから驚きだ。しかもオスカーで
3部門を獲っちゃうという。特に編集にはビートに合わせたリズム感たっぷりのカット、
最後の9分強で繰り広げられるアンドリューのドラムソロのシーンでのワンカメぶん回し
ショットなど、若い才能が溢れている感じで、とても良かった。

アンドリューは、大事な演奏会に行く途中、バスがパンクするというアクシデントに会い、
レンタカーを借りて会場に駆けつけるものの、今度はバスにスティックを忘れてきてしまい、
また取りに戻る。あまりに急ぎすぎて交差点でトラックと激突、クルマは横転するが、
血だらけのアンドリューは、這い出して、会場に入り、血まみれで演奏、そして途中で
演奏が出来なくなってしまう。フレッシャーに言葉を極めて罵られ、ついに演奏会場の
舞台の上で、フレッチャーと取っ組み合いとなる。これが原因で彼は音楽院を退学となる。
しかし、学校のヒアリングで、アンドリューは、フレッチャーの「圧迫するような指導があったか」
という質問にはクビを横に振るのだった。例の自殺事件が、誰かの密告で学校にバレて
フレッチャーも学校をやめることになった。

ドラムを止めたアンドリューは、コロムビア大学に挑戦しようとするが、ある日街を歩いていると
ジャズクラブの看板にフレッチャーの名前を見つけ、入ってみる。そこにはジャズピアノを弾く
彼の姿があった。その後の話をする二人だったが、フレッチャーが学校を去った経緯も聞かされた。
で、フレッチャーから、JVCジャズフェスティバルに出るのだが、ドラムが今ひとつ。かつて
アンドリューとやった曲をやるから、キミがいてくれるとこころ強いと言われる。
アンドリューは仕舞ってあったドラムセットを引っ張りだして、再びドラムを叩くことを決意する。

そして演奏会の当日。レコード会社のスカウトも来ている会場で、いい演奏をすればプロの
道もひらけるかもしれない。そんな会場で、フレッチャーとその楽団の演奏が始まる。
しかし、指揮に登場したフレッチャーは、アンドリューに「タレこんだのはお前だな」と、言葉を
掛け、しかも一曲目の曲目に全く知らない曲の名前を挙げた。楽譜があればなんとかなる
のだが、彼の手元には楽譜が無い。もちろん演奏はメチャクチャ。呆然とする客席。

「終わったな」フレッチャーにそう言われ、アンドリューは納得行かないまま席を蹴るのだが、
思い直し再び席に戻り、フレッチャーの指示を待たず、ドラムソロを始める。「キャラバン」だ。
楽団も、仕方なくついてくる。猛烈なドラムが展開される。フレッチャーも認めざるを得ない
腕前だった。「キャラバン」が終わってもまだドラムを止めないアンドリュー、そのまま次の
曲に入ってしまった。その白熱のドラム演奏に、フレッチャーは思わずニヤリとする。
その顔に、笑顔を返すアンドリューだった・・・。

結末まで書いてしまったが、映画の中ではカフェで知り合ったニコルという女性と相思相愛と
なるのだが、ドラムの上達の時間が惜しい、と別れを言い出す。つまりニコルがじゃまだ、と
いうのだった。呆れたニコルは当然彼の元を去る。アンドリューは自信家であり、うぬぼれ屋
でもある嫌な性格の奴でもあった。それがフレッチャーとの「格闘」の中で自分を再発見して
いくのだ。フレッチャーはアンドリューの「高慢」な性格を徹底的に改革したかったのだろう。
そういう意味では「全人格否定的」教育は成功したのかもしれない。だがこれは特殊なケース
であったと思う。

最後の演奏会での「垂れ込んだのはお前だな」とか、アンドリューが全く知らない曲を演奏
し始めたり、あの当り、フレッチャーは何を考えていたのかよく分からなかった。そして
満場の客の前で赤っ恥をかかされたアンドリューが、なぜ最後に笑顔をフレッチャーに
返したのか?

しかし、全体として非常にテンションの高い、そしてアンドリューを演じたマイルズ・テラーも
相当の練習をしたのだろう、ドラム演奏の圧倒的なパワーと技術は見もの、聞きものである。
タグラインにもあるように、ラストの9分強はそれこそ息をつくのも忘れるほどの迫力を持って
迫る。刮目すべきシーンである。
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by jazzyoba0083 | 2015-05-07 15:35 | 洋画=さ行 | Trackback | Comments(0)

●「ニューヨーク 冬物語 Winter's Tale」
2014 アメリカ Village Roadshow Pictures,Warner Bros.,Weed Road Pictures.118min.
監督・脚本:アキヴァ・ゴールズマン 原作: マーク・ヘルプリン 『ウィンターズ・テイル』(早川書房刊)
出演:コリン・ファレル、ジェシカ・ブラウン・フィンドレイ、ジェニファー・コネリー、ウィリアム・ハート、
    エヴァ・マリー・セイント、ラッセル・クロウ、ウィル・スミス他。
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
前知識無しに、ラブストーリーだと思って見始めたのだが、ここまでファンタジーとは
思わなかった。面白くなかったか、と言われると、そうでもない、まあまあ、な感じだった
のだが、よく分からないところもあったり、悪魔の総親分がウィル・スミスで、こりゃ、
ミスキャストじゃないか?と思ったり、没入出来ない点も多々あった。こうした傾向の
映画は個人的にはあまり観ないので・・・。

「人は必ず誰かのために生きている」というテーマを100年以上の時を経て証明する、と
いう文芸ファンタジー・ロマンス。主役のコリン・ファレルの影が薄くなるほどの豪華脇役陣、
加えて、これがスクリーンデビューとなるイギリス女優のジェシカ・ブラウン・フィンドレイが
なかなか儚げな役どころを美しく演じていて魅力的だった。最後に出てくる御大E・Mセイントも
いい感じ。

19世紀後半、欧州からの移民だった夫妻、夫が結核と診断され、生まれて間もない赤子を
夫妻は、強制帰国の船の中にあった「正義の都」号の模型の船に載せて、大海に降ろした。
運を天に任せ。この赤ちゃんが、ニューヨークの男に拾われ、やがて腕の良い泥棒となる。
親分が悪魔の手先(この世の生き物ではない)ラッセル・クロウ演じるパーリー。そのまた
親玉が「悪魔」そのもののウィル・スミス。という布陣だ。

で、主人公ピーター・レイク(コリン)は、親分と衝突、組織を抜けようとしていて、追い詰められた
ところを一頭の白馬に助けられる。この馬、所謂ペガサスなんだよね。
で、もうぼちぼち足を洗って街を抜けだそうと最後に忍び込んだ邸宅にいたのが美しくも
肺結核で余命いくばくも無いベバリー(ジェシカ)と出くわしてしまうのだった。あまりの美しさに
一目惚れしたピーターは盗みを中止。お茶を御馳走になって帰るのだった。

自分の裏切ったピーターを許さないパーリーは、ベバリーを捉えることによりピーターを
誘き寄せようと計画する。一方ピーターはべバリーの父(ウィリアム・ハート)に本当の事を
打ち明け、ベバリーを心から愛している、というのだった。

心をすっかり入れ替えたピーターは、ベバリーを誘い出してダンスパーティーに出かけたり
楽しんでいたが、結核が伝染ることを恐れて近づけなかったベバリーも、パーティーの夜、
ついに結ばれることになったのだ。しかし、その夜を最後としてベバリーはこの世を去って
しまう。まだ21歳だった。その死には、パーティー会場に潜り込んでいた悪魔の手先が
ベバリーの飲み物に毒をもったようだった。
さらに、悪魔からピーター殺害の許可を貰ったパーリーは、多数の手下を連れてピーターを
追い詰める。万事休したピーターは、ブルックリン橋から落とされて絶命したかに見えた。

しかし、ピーターは2014年に記憶を全く失った青年として現れた。公演で転んだ女の子を
助けたピーターは、彼女の母バージニア(ジェニファー・コネリー)と出会う。彼女は新聞記者で、
彼が誰なのか、僅かな記憶を辿る作業を手伝う。図書館のマイクロフィルムから、かつて
ベバリーと過ごした邸宅を発見。父の名前も判明、何とバージニアの勤める新聞社の
創業者であったのだった。そして、マイクロフィルムにはピーターとベバリーの2ショットの
写真が。バージニアも、タイムトリップと奇跡を信じざるを得なかった。そして、バージニアが
勤める新聞社の今のオーナーこそ、ベバリーの小さい妹、小さなおしゃまさん、ウィラー
(E・M・セイント)だったのだ。ヒシと抱き合う二人。

バージニアの娘は末期がんに冒されていて余命幾ばくもない。原題にタイムスリップした際、
ピーターは頭に浮かぶ少女の画をチョークで描いては誰だか分からず悶々としていたのだが、
バージニアの娘こそ、その少女であり、ピーターは、自分が生かされて現代に蘇ったのは
この娘を助けるために違いないと確信したのだった。

その頃、100年以上も生き続けていた悪魔のパーリーは、ピーターが生きていたことを知り、
再び抹殺を狙い、身を寄せるバージニアの家にやってくる。しかし間一髪、屋上から白馬に乗って
空を飛び、かつてベバリーと生きた邸宅にやってきた。
更にパーリーたちも追いついて来た。ついにピーターとパーリーの最後の戦いが始まった。
しかし、ピーターは最後に持っていた「正義の都」号のプレートでパーリーのクビを切り、すると
パーリーの全身は氷となり、バラバラになっていった。ところがそこで娘が事切れてしまう。

その昔、 ベバリーの小さい妹が、白雪姫の話のようにベッドに寝かせると生き返る、と言って
いたそのベッドに娘を寝かしつけると、娘は息を吹き返したのだった。ピーターは自分が
100年を超えて生かされていた役目を終えると、白馬にまたがり、空彼方へと消えていった
のだった。

そんなお話。ファンタジーなのでまじめに見ると突っ込みどころもいろいろあるけど、まあ、
ファンタジーですから、そのあたりはスルーしながら観るべきでしょう。
「人は必ず役目を持って生まれてくる」という趣旨をピーターは赤毛の女の子を100年の
時を超えて奇跡を起こして助ける、ということだったのだが、なんであの女の子が選ばれた
のかなあ。 まあまあ面白かったです。
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この映画の詳細はこちらまで。


 
by jazzyoba0083 | 2015-05-06 23:20 | 洋画=な行 | Trackback | Comments(0)