●「テレーズの罪 Thérèse Desqueyroux 」
2012 フランスLes Films du 24 and more.110min.
監督:クロード・ミレール  原作: フランソワ・モーリアック 『テレーズ・デスケルウ』(講談社刊)
出演:オドレィ・トトゥ、ジル・ルルーシュ、 アナイス・ドゥムースティエ、カトリーヌ・アルディティ 他
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<評価:★★★★★★☆☆☆☆>
<感想>
モーリアックの名著「テレーズ・デスケルウ」の映像化。クロード・ミレールには遺作となった。
フランス文学が原作らしい雰囲気を持つ思索的、重く暗くもある映画だ。日本劇場未公開。
コケットな魅力のオドレイはここでは、夫の毒殺をもくろむシリアスな役どころだ。
新妻としては老けているが、文学性を表すにはナイスキャスティングだったと思う。

原作は未読だが、殺されそうになってもなお、家のことが大事だとはいえ妻をどこかで愛している
夫の気持ちが不思議だ。そして、家と家の結婚と割り切りながらも、義理の妹の自由な恋愛に
当てられ、二人を別れさせ、かつ夫の毒殺を試みる。彼女は自由が欲しかったのか、何のために
夫に毒を盛ったのか、よく理解できなかった。娘を取り上げられても大騒ぎするでもなく、
心の一部が死んでしまったかのようなこの主人公。 また殺されそうになっても、妻を守ろうとする
夫は、単に家のことだけを考えていたとは思えない。でも、娘に会わせない、さらに離縁するという
行動。これもなかなか難しい心理だ。 最後の別れの時、夫はテレーズに自分を殺そうとした動機を
尋ねるが、説明は出来ない、という。本人が分からないというものを、観ている人が分かろうとする
のはなかなか難しいのではないか。
ラストシーンの主人公テレーズの笑顔は、解放された笑顔なのか、幼いころからずっと自分を縛って
来た家のこと、人間関係をリセットしえた女の喜びととらえるのが正解なのであろうか。

時代は1920年代の終わりころ。舞台はフランスのボルドーからスペインよりの海岸地帯。
松林が美しい地方である。モーリアックの生きた時代だろう。その時代の一人の女性の生き方を
提示した。女性の地位がまだ今日ほどではなかった時代、女性の心に潜む思いや覚悟を
モーリアックは表現しようとしたのだろうか。
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<ストーリー>
1920年代のフランス・ランド県で地主の娘テレーズは親同士が決めた政略結婚で同じ
地主のデスケルウ家に嫁ぐ。当初は愛のない結婚に疑問を持つこともなかったテレーズ
だったが、義理の妹で親友でもあるアンヌの身分違いの恋を目にする等するうちに、
古臭い価値観に縛られたデスケルウ家での生活に次第に息苦しさを感じるようになる。

そして夫ベルナールが心臓の薬としてヒ素を少量飲んでいたことから、医師の処方箋を
偽造して購入したヒ素をベルナールに分からないように大量に飲ませてヒ素中毒にして
しまう。
不審に思った医師らによってテレーズがベルナールにヒ素を飲ませていたことが明らかに
なり、テレーズは処方箋偽造の罪で告訴される。家名を重んじるデスケルウ家とテレーズの
実家によって告訴は取り下げられ、ベルナールはテレーズとの夫婦関係が円満であると
対外的に見せかけることにするが、テレーズは娘との面会を禁じられ、粗末な部屋に
幽閉される。

月日が経ち、気力を失ってやつれ果てたテレーズの無惨な姿を見たベルナールは、
良家に嫁ぐことになった妹アンヌの結婚式が終わったら、テレーズを自由にすることを約束する。
こうしてパリに移り住んだテレーズは健康を取り戻す。ベルナールは改めてテレーズに何故
自分にヒ素を盛ったのかを尋ねるが、テレーズはその理由をどんな言葉で説明しても嘘が交じって
しまうとして明言を避ける。そして赦しを請うテレーズをベルナールは赦し、娘と会うことも認める。」
(Wikipedia)

この映画の詳細はlこちらまで。
by jazzyoba0083 | 2015-08-31 23:45 | 洋画=た行 | Trackback | Comments(0)

●「ダーク・ブラッド Dark Blood」
2012 アメリカ・イギリス・オランダ Fine Line Features,Scala Productions.86min.
監督:ジョルジュ・シュルイツァー
出演:リヴァー・フェニックス、ジョナサン・プライス、ジュディ・デイヴィス、カレン・ブラック他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
夭逝したことから、よくジェームズ・ディーンと比べられるリヴァー・フェニックス。
透き通ったような純粋さ、時折みせる儚さは確かに共通したところもあろう。
本作は、23歳でヤクのオーバードーズで亡くなったそのリヴァー・フェニックスの
遺作。撮影中、クランクアップ寸前での急死だったため、映画はお蔵入りとなった。
しかし、監督のシュルイツァーが自分が病気になり余命幾ばくもないことを知り、
この20年前の映画を完成させることを計画。版権などをクリアし、ナレーションを追加する
などし2012年に完成、公開したのだ。
映画の冒頭に、監督自身がこの映画の成立過程を説明している。

短い作品だが、何か夢を見ているような映画で、リヴァー・フェニックスの妖しくも
儚げなポジションが良く似合っていると感じた。物語の設定が良かった。
原爆実験で誰も住まなくなった先住民居留区近くに、一人暮らす”ボーイ”(リヴァー)。
結婚して12年、子供もいるが最近倦怠期に入っているハリウッドの俳優夫婦。

その夫婦が小旅行とて、ベントレーを駆って砂漠を走るが、途中でエンスト。クルマが
全くと言って通らず、携帯も圏外になるような場所で、夫ハリーの提案で動かないことが
大事、とクルマで夜を明かすことを決めたが、妻のバフィーは、遠くに見えた明かりが
気になり、一人で歩いて行ってみる。そこがボーイの暮らす小屋だったのだ。

翌朝夫も合流するが、ボーイとバフィーは惹かれ合っていく。それが気に入らない
ハリーであった。ボーイの仲間のところでクルマを修理してもらえることになったが、その間
ボーイの家にいなくてはならない。次の作品に向けて一刻も早く戻りたいハリー、
ボーイとのかりそめの恋に浮かれる?バフィー。
3人の間には次第に勘定のズレが生まれてきて、ついには悲劇が起きるのだった。

リヴァー演じるボーイという八分の一先住民の血が混じっている若い男性。妻は恐らく
原爆実験の影響なのだろう、白血病で死んでいる。一人で先住民の土産物?を作って
生計をたてているらしいが、正体はよく分からない。しかし、基本は優しいいい人で、
それ故、少しのことで傷つきやすいのだ。
ボーイは最後には、夫ハリーともめて、斧で頭を殴られ死んでしまうのだが、いまわのきわに
バフィーを呼んで、その胸の中で息を引き取るのだ。その儚さに、見ている方はまるで夢を
見ているような気分になる。

原爆シェルターを持っていたり、現実と夢が交差するような映画は独特の味わいを持っていたと
思う。ただストーリーの骨子そのものはもう一捻り欲しいと感じた。
リヴァーファンに取ってはたまらない、しかも悲しい1本であろう。
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<ストーリー>
「スタンド・バイ・ミー」のリヴァー・フェニックスの遺作。彼の死で未完となっていたが、
「マイセン幻影」のジョルジュ・シュルイツァー監督が自らの手で完成させた。
共演は、「マリー・アントワネット」のジュディ・デイヴィス、「エビータ」のジョナサン・プライス。
2013年ベルリン国際映画祭ほかで公式上映。

かつて白人がネイティブ・アメリカンを迫害し、核実験を繰り返していた砂漠が広がる
アメリカ南西部。倦怠期を迎えた俳優夫婦のハリー(ジョナサン・プライス)とバフィー
(ジュディ・デイヴィス)は、2人の関係を立て直すため2度目のハネムーンのつもりで、
ハリウッドから週末旅行にやってきた。
しかし、運転していたベントレーが故障してしまい、無人の荒野で夜を過ごす羽目に。
朝まで車内で待つと言うハリーに苛立つバフィーは助けを呼びに行く。遠くにかすかに
見えた光を頼りに砂漠を歩き続けた彼女は、今にも倒れそうな掘建て小屋を見つける。

そこに住むホピ・インディアンの血が8分の1流れる青年ボーイ(リヴァー・フェニックス)は、
ネイティブ・アメリカンの妻を白血病で亡くして以来、社会との関係を絶って、1人で暮らして
いる。世界の終わりが近づいていると信じる彼は、地下にシェルターを作っていた。
そこには、偉大な書物、ビタミン剤、魔法の力を持つといわれるカッチーナ人形など、
世界終焉後にも保存されるべきものが集められていた。憔悴したバフィーを見たボーイは、
彼女を手に入れたいという欲望にかられる。バフィーはそんなボーイの思惑に気づかず、
助けてもらおうとハリーと車の元へボーイを連れていく。ハリーとバフィーは車を近くの町で
修理を出すために、ボーイの小屋で待つことになる。

バフィーは次第にボーイの危うさや純粋さに惹かれていくが、ハリーはボーイが自分とは
相容れない人間であることを察し、ボーイも軽蔑する白人文化を象徴するようなハリーを
忌み嫌う。3人の間に流れる空気は、次第に緊迫していく……。」(Movie Waker)

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by jazzyoba0083 | 2015-08-29 22:30 | 洋画=た行 | Trackback | Comments(0)

スナッチ Snatch

●「スナッチ Snatch」
2000 アメリカ Columbia Pictures,SKA Films.102min.
監督・脚本:ガイ・リッチー
出演:ベニチオ・デル・トロ、デニス・ファリナ、ヴィニー・ジョーンズ、ブラッド・ピット、レイド・セルベッジア他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
ガイ・リッチーと云えばマドンナの元夫、というくらしか認識が無く、(映画監督であることは
存じ上げていたけど)作品もこれが初見。

しかし、良い味わいの映画で、★は限りなく8に近い。なぜ8にしなかったかというと
エンディングも含め、登場人物の多さもあるが、筋が見えてこないということから。
映画の仕上がりとして、オフビートということは簡単だが、カメラワーク、編集、など
凝りに凝ったポップなタッチ、エキセントリックなんだけど面白い。2度観てしまったが、
やっぱり筋がよく見えてこなかった。新感覚作品として表層的は面白さは感じるだろうけど
(笑えるところは沢山あるし)ストーリーまでしっかり理解しての面白さを分かる人はそう
多くないのではないか?

最初、ユダヤ教のラヴィたち数人がダイヤモンド商を襲い、80カラット以上のダイヤを
奪う。これがダイヤの本場アントワープ。そして冒頭に出てくるジェイソン・ステイサム
演じる裏ボクシングのプロモーターたち、これはロンドン。そしてもう一つニューヨークに
いる悪党もいて、黒人3人組がからんで、更にややこしい。ブラピは裏ボクシングの
リングに上がるボクサー。ダイヤモンドがらみで母が住むトレーラーハウスを燃やされ
母を殺されてしまう。 殺した奴は6つのパーツい切り刻んで飢えた豚の餌にするのが
一番いい、とかいう気味の悪い裏ボクシングの主。

どでかいダイヤモンドをめぐる色んな「悪い人たち」のお話なのだが、それぞれがもれなく
どこか間抜けで、残虐性とオバカのギャップが面白い。ある種の群像劇として、やがて
運命が交差していく脚本の持って行き方もスマートでかっこ良かった。
ベニチオ・デル・トロなんてはじめの方に出てきてすぐに殺されちゃうしねえ。

まあ、結局ダイヤは3人の黒人たちが飼っていた犬が飲み込み、その犬をゲットした
ステイサムたちがダイヤも獲得するのだが、事態はそれだけでは収まらぬ雰囲気で
終わる。ストーリーはともかく描かれる世界のテンポあるポップな感覚の映像として
楽しんだ。
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<ストーリー>
ロンドンの下町イースト・エンド。非合法ボクシングのプロモーター、ターキッシュ
(ジェイソン・ステイサム)と相棒トミー(スティーヴン・グレアム)は、裏会社の大物に
なろうと、ノミ屋経営で大儲けしている悪党ブリック・トップ(アラン・フォード)に接近し、
彼のために八百長試合を仕込むことになる。
当日使うボクサーを連れパイキー流浪民のキャンプを訪れた彼らだが、トラブル発生。
ボクシングで勝負させたものの、パイキー青年ミッキー(ブラッド・ピット)がボクサーを
ノック・アウトしてしまったのだ。

一方、ベルギーでは86カラットのダイヤが盗まれる事件が起きており、強盗団の一人、
4本指のフランキー(ベニシオ・デル・トロ)は、ダイヤをNYのボス、アヴィー(デニス・
ファリーナ)に届けねばならなかったが、途中で小粒の盗品をさばくためにロンドンに寄り、
非合法ボクシングの賭けで罠にはめられる。フランキーからの連絡が途絶えて業を
煮やしたアヴィーが、ロンドンにやってくる。こうして事態は大混乱に陥っていくのだった。
(Movie Walker)

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by jazzyoba0083 | 2015-08-25 23:10 | 洋画=さ行 | Trackback | Comments(0)

日本のいちばん長い日

●「日本のいちばん長い日」
2015 日本 松竹 アスミック‥エース 製作委員会 136分
監督・脚本:原田眞人  原作:半藤一利
出演:役所広司、本木雅弘、松坂桃李、堤真一、山崎努他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
封切られてしばらく経つが、シネコンの比較的小さい小屋は、私くらいの初老のご夫婦で
ほぼ満員。もっと若い人に観てもらいたいものだ。

さて、本作は1967年に橋本忍~岡本喜八の組み合わせで東宝オールスターにより
製作されたものの別バージョン。東宝は当時「東宝8・15」シリーズと称して、6本の
大東亜戦争ものを製作した。その意義は当時、深いものがあったろう。
私も、WOWOWなどでほとんどは観ている。本作も当時は原作が大宅壮一名義で
あったが、もちろん半藤一利の作品の映画化である。

本作だが、おそらく大判レンズを使った陰影とボケ味のある独特の映像の中に
軍服のカーキ、宮内省役人の黒、など、モノトーンの色彩が強調され、バストショット
以上を多用しているように思える迫力、など映像へのチカラの入れようが良く
分かった。8月15日の玉音放送に至るまでの数日を時系列に追いかけていくのは
ドキュメントの性格上まぬがれぬところだが、岡本版に比べて、取り上げる人物を絞り、
その人間性を深く描くことにより、大東亜戦争とは何であったか、を短時間の出来事で
描ききる。原田眞人監督の代表作に入る映画だと思う。

特に昭和天皇と鈴木首相、阿南陸相の思いに更に重点が置かれ、二時間強の
映画の中で、先の大戦に対する個人的な思いがさまざまに去来する。
阿川弘之の「米内光政」「井上成美」を読んでいたので、陸軍と海軍の対立も
理解しながら観ることが出来た。陸軍の作戦に米内が黒板を叩いて抗議する、
という理屈も知っていればこそなのだ。というわけで、大東亜戦争に至る経過を
ひと通りおさらいしてから観ると、更に映画の深みが理解できるだろう。

個人的に印象的だったのが、帝国陸軍の戦地の経験のない若い参謀たちの精神論のみで
突っ走ろうとする一見純粋に見えて、浅はかな行動、彼らを感化した(当時の若者の殆どは
そうであった訳だが)皇国史観という「洗脳」の恐ろしさ。
天皇自身が一日も早い終戦を主張するのに、「日清日露以来負けたことのない帝国陸軍」の
面子や体面に拘り、「一億玉砕」「七生報国」というカルトな世界から抜けられない彼らの
恐ろしさを思った。その点、阿南が「軍を廃して、国を残す、ということさ」という見識は
天皇の考えと同じであったわけだ。

半藤もその後何度も指摘しているように、2度まで聖断を仰がなくては決められない
軍人や政治家、そして誰も責任を取らないままに、ずるずると同じような人が国政に
携わるという悲劇。

上記のことどもを思うとき、今の状況と極めて近いということができよう。だからこそ
今観て欲しい、今観るべき映画だと思う。

一度走りだすと「熱狂した狂気は止まらない」ということ。参謀本部に「一億玉砕」と書かれた
幟があったが、日本人を全部滅ぼして、何が「國體護持」(天皇制維持)か、ということだ。
天皇を始めとした国政に関る人物を通して観るとき、戦争を終わらせるのがどのくらい
難しいか、ということがよく分かる。あと数日終戦が早ければポツダム宣言を早く受け入れて
いれば、せめて東京大空襲で覚悟を決めておけば、広島も長崎も無かったのだ。
終戦のタイミングは沢山あった。
最終防衛線であるサイパンが陥落した段階で、和平に持ち込むべきだったと
思うのだが、何でそれが出来なかったのか、沖縄までめちゃくちゃにせずに済んだのにと、
国民が思考を停止し、マスコミが体制の宣伝部隊と成り果て、政治が暴走を始める事の怖さを
改めて思う。あの熱狂に身をおくと、恐らく私でも何も出来なかったのだろう。
(歴史に、タラレバは無いのだが、歴史に学ぶことは出来る。「ポツダム宣言は詳らかに読んで
いない」と悪びれず国会で言ってのけ、しゃあしゃあとしている総理大臣がいることに背筋が寒くなる。

出演者では、77歳の耳の遠い宰相を演じた山崎努が出色。役所と本木はやや持ち上げて
描かれすぎな感じ。反乱部隊の中心人物、畑中参謀を演じた松坂桃李も狂気を良く
演じていたと思う。

全体として、テンポも良く、描く人物を絞ることでストーリー(歴史そのもの)も追いやすく、
映像も演者も良かった。大東亜戦争を予習して、是非観ていただきたい作品だ。
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<ストーリー>
混迷極める太平洋戦争末期の日本において国の行く末を模索する人々の姿を描いた、
半藤一利のノンフィクション小説を映画化。陸軍大臣、天皇陛下、総理大臣など閣議に
参加した人々の姿と、クーデターを企む青年将校たちの姿が描かれる。
監督は『駆込み女と駆出し男』など、人間ドラマに定評のある原田眞人。

1945年7月、戦局が厳しさを増す中、日本に無条件降伏を求めるポツダム宣言が
発表された。連日閣議が開かれ議論に議論が重ねられるが、降伏かそれとも
本土決戦か結論が出ないまま8月に突入。
広島、そして長崎に原爆が投下され『一億玉砕論』の声も上がる中、日本最大の決断が
くだる。しかし降伏に反対する若手将校らは玉音放送を流させまいとクーデターを企て
皇居やラジオ局占拠に向け動きはじめる……。」(Movie Walker)
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by jazzyoba0083 | 2015-08-23 12:05 | 邦画・新作 | Trackback | Comments(0)

●「誰よりも狙われた男 A Most Wanted Man」
2013 アメリカ・イギリス・ドイツ Lionsgate,Film4,Demarest Films.122min.
監督:アントン・コルベイン   原作: ジョン・ル・カレ 『誰よりも狙われた男』(早川書房刊)
出演:フィリップ・シーモア・ホフマン、レイチェル・マクアダムス、ウィレム・デフォー、ロビン・ライト他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
フィリップ・シーモア・ホフマンの遺作となった(といわれる)作品。終わり方が悲劇的で
好みではないが、お話としてはよく出来ていたと思う。9,11以降のテロ対策について
見解の違う2つの勢力が、一人のチェチェン人青年を巡り、対立していく様子を
静かに、しかも問題を含みつつ描いていく。そしてラストは何ともやりきれない終わり方だ。

ドイツは、9,11の首謀者アタ容疑者をハンブルグで逮捕できなかったことを悔いており、
テロリストの摘発には力を入れていた。その中心人物がギュンター(ホフマン)であった。
彼は世間的には存在していないドイツ政府の対テロスパイチームのボスであり、アフリカで
一度失敗していることから、ことを慎重に運び、裏の裏にいる巨悪をあぶり出す作戦。

方やドイツ警察や公安当局は、青年を危険なテロリストとして一刻も早く摘発したい。
そこに調子のいい漁夫の利を目論むCIAが一枚噛むことで事態を不幸な方向に押しやって
しまう。このチェチェンの青年を助けようとするのが人権保護団体NPOの弁護士アナベル
(レイチェル)。彼女は、青年を何とかしようと思いつつ、ギュンターらの方針を理解しつつ
ギュンターに協力する。

イッサ・カルポフという名前はアラブ、苗字はロシアというチェチェンの青年は、ハンブルグ港に
密航してきた。彼は父親の手紙を持ち、あるブルー(デフォー)なる銀行家との接触を
図ってきた。イッサが言うには彼のチェチェン人の母は14歳でロシア人の父に犯され、
自分を産んで死亡。汚いことをしてチェチェン人から巻き上げた大金を母国の病院や学校に
寄付したいとのことだった。ギュンターはイッサを泳がせることで彼の背後にいる組織を
炙りだそうとしていた。それは、アブドゥラ博士というイスラム系の男で、彼の慈善の送金の
一部が過激派の武器を運ぶ海運会社に回っている疑惑がある、というのだ。

一方、ドイツ公安やCIAは、イッサをすぐに捕らえろ、と主張する。ギュンターの努力で
アブドゥラ博士と銀行家ブルーの接触が実り、アブドゥラ博士はイッサの父が遺した大金を
希望するリストに送ることに同意した。しかし、サインをしている途中で「この中の1つの
寄付先を変更したい」と言い出す。これだ!と外のワゴンで盗聴していたギュンターたち
チームは小躍りした。無事にテロリスト支援会社への送金を見届け、後は身柄を確保する
だけ。ギュンターがタクシー運転手に化けて寄付の手続きを終えた銀行前に。アブドゥラと
乗り込もうとしたとき、タクシーは待ち構えていたクルマにぶつけられ、ギュンターが気を
失っているうちに、アブドラ博士とイッサは、公安当局(CIAの援護を受けている)に、
拉致されてしまった。

今一歩でアブドゥラ博士の背後にいる組織まで手を伸ばせたのに、公安とCIAはメチャクチャに
したのだ。徒労感にうなだれたギュンターは、街に消えていったのだった。

静かなスパイ映画だが、過去の失敗から学んだギュンターが、アナベルを通じてイッサを懐柔し、
味方に付けて、彼の奥にある組織をあぶりだそうと慎重にことを進め、成功一歩手前で
公安当局とCIAが急襲し、台無しにしてしまう。
ギュンターの悔しさを思うとやりきれない。
ヘビースモーカーで、殆どアル中、腹の突き出たホフマンはおよそ対テロ対策員とは思えない
要望だが、抑えた演技はさすがであり、また裏金取引をやっているが故に弱みのある銀行家
ブルーのデフォーも、人権派弁護士のレイチェルも良かった。ストーリーの骨格が面白いのは
原作によるところが大きいとは思うが、この沈み込むような挫折感、徒労感をこの監督と
キャストは上手く表出できていたとおもう。
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<ストーリー>
14年2月に急逝したオスカー俳優、フィリップ・シーモア・ホフマン主演のサスペンス・ドラマ。
『裏切りのサーカス』などで知られるスパイ小説の大家、ジョン・ル・カレの同名作を基に、
現代のスパイによる諜報合戦が描かれる。
ウィレム・デフォー、レイチェル・マクアダムスといった名優たちによる演技合戦にも注目。

ドイツのハンブルグで諜報機関のテロ対策チームを指揮するバッハマン(フィリップ・シーモア・
ホフマン)は、密入国した青年イッサをマークする。イスラム過激派として国際指名手配されて
いるイッサは、人権団体の女性弁護士アナベル(レイチェル・マクアダムス)を通して
イギリス人の銀行家ブルー(ウィレム・デフォー)と接触。
ブルーの銀行にテロ組織の資金源である秘密口座の存在が疑われるため、バッハマンは
その動向を監視していた。ドイツの諜報機関やCIAがイッサの逮捕に動き出す中、彼を
泳がせることでテロ組織への資金援助に関わる大物を狙うバッハマン。だが、思いがけない
事態が次々と巻き起こる……。(Movie Walker)

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by jazzyoba0083 | 2015-08-20 23:15 | 洋画=た行 | Trackback | Comments(0)

●「ラストマン・スタンディング Last Man Standing」
1996 アメリカ Eclipse Catering,Lone Wolf,New Line Cinema.101min.
監督・脚本・(共同)製作:ウォーター・ヒル
出演:ブルース・ウィリス、クリストファー・ウォーケン、ブルース・ダーン、ウィリアム・サンダーソン他
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<評価:★★★★★★☆☆☆☆>
<感想>
黒澤明が、ダシール・ハメットの小説「血の収穫」をヒントに製作した「用心棒」を、ウォーター・
ヒルが禁酒時代のテキサス州ジェリコという街を舞台にリメイクした。

おおよそのプロットは「用心棒」をなぞっては居るが、どうしても、設定が陳腐に見えて
しまい、時代設定は良しとしても、ブルース・ウィルスのキャスティングと言い、まだ若くて
あまり怖そうでないクリストファー・ウォーケンと言い、今ひとつという感じを免れなかった。

黒澤が「用心棒」で表現したかったことは剣戟よりも、桑畑三十郎の心の動きだった、と
語ったが、本作ではそれを主人公ジョン・スミス(ウィリス)の語り、という形式で進行する。
確かに二丁拳銃の打ち合いは派手だし、ゴロツキが次々とやられるのは痛快ではあるが、
物語としての深みを感じなかった。活劇としてみればまあまあなのだけれど、うわっ滑り
してしまった感が拭えない。

細かいことをいうと、主人公がぶっ放す銃はリボルバーじゃなくて、カートリッジに弾を込める
タイプ。あれだけ打ちまくって、一体弾倉をいくつ用していったわけさ、と突っ込みを入れたく
なる。カートリッジには7発の弾丸だから、2丁で14発で終わりだ。確かに45口径は威力があり
人が吹っ飛ぶほどという表現は正確でリアリティがあった。
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<ストーリー>
「対立する二組のギャング組織の抗争の渦中に飛び込んだ男の活躍を描く、ハードボイルド・
アクション。黒澤明監督、三船敏郎主演による時代劇の名作「用心棒」(61)を、禁酒法時代の
西部の町に舞台を置き換えて忠実にリメイクしている。監督・脚本は「用心棒」に多大な影響を受けたという、「ウォリアーズ」「ジェロニモ」のウォルター・ヒルがあたり、もう一人の敬愛する映画監督サム・ペキンパーにオマージュを捧げたアクション演出が印象的。

荒涼とした西部の町ジェリコ。この町に立ち寄った正体不明の男ジョン・スミス(ブルース・
ウィリス)は、偶然見かけた美しい女、フェリーナ(カリーナ・ロンバード)に心奪われる。
この町はアイルランド系のボスのドイル(デイヴィッド・パトリック・ケリー)と、イタリア系の
ボスのストロッジ(ネッド・アイゼンバーグ)にそれぞれ率いられた2組のギャングが縄張り
争いで対立していた。
保安官のエドも彼らには手出しをしない。金になると踏んだスミスは早速動き出す。自分の
車を壊したストロッジの手下をあっさり血祭りに上げたスミスの拳銃の腕前を買ったストロッジは、
用心棒として彼を雇う。だが、スミスの真意はストロッジの情婦ルーシー(アレクサンドラ・
パワーズ)に近づき、町の内部事情を探ることにあった。

一方、ドイルもまたスミスの腕を買っており、さらに高い報酬で彼を雇おうとする。ドイルには
用心棒としてマシンガンの名手ヒッキー(クリストファー・ウォーケン)がいた。ドイルに寝返った
スミスは、聖女フェリーナに再会し、彼女をメキシコに逃がした。一方、密輸酒の取引に端を
発したドイルとストロッジの抗争はエスカレート。最初は間をうまく立ち回ったはずのスミス
だったが、ヒッキーたちのリンチを受け、半死半生の目に遇う。
攻勢に転じたドイル一味はストロッジたちを皆殺しにし、街の支配権を手中にした。スミスの
心意気に惚れた悪徳保安官のエド(ブルース・ダーン)や酒場の主人に匿われ、英気を
養ったスミスは快復の時を待つ。スミスは敵地に赴くと、ドイルたち一味を次々と倒してゆく。
一人生き残ったヒッキーを倒し、スミスは悪党どもが一掃された街を去った。」(Movie Walker)

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by jazzyoba0083 | 2015-08-18 23:20 | 洋画=ら~わ行 | Trackback | Comments(0)

フューリー Fury(再見)

●「フューリー Fury」(再見)
2014 アメリカ Columbia Pictures.(a sony campany) 134min.
監督・脚本:デヴィッド・エアー
出演:ブラッド・ピット、シャイア・ラブーフ、ローガン・ラーマン、マイケル・ペーニャ、ジョン・バーンサル他
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<評価:初見の時と変わらず>
<感想>
去年の11月に観たばかりではあるが、その時の感想を読みかえしてみて、やはりその気持は
変わらなかった。ただ、コリアー軍曹(ブラピ)と戦車フューリー号の乗組員たちの、それぞれが
抱える戦争へのスタンスがより分かったし、コリアーが新兵に捕虜のドイツ兵を殺させるところは
日本軍が中国でやった「肝試し」と変わらない残虐さ、人間性の否定と改めて感じた。が、戦争と
いうものは殺さなければ殺されるわけであり、戦争の不条理性へと繋がっていく。だが、ラスト
自分だけタンクの底のハッチを開けて、戦車の下に隠れ難を逃れた新兵ノーマンが、逆光で
よく見えなかっが懐中電灯を照らされて発見されたにも関わらず、そのドイツ兵はノーマンを
そのままにして去っていった。恐らく彼は、自分がコリアーに言われて殺してしまったドイツ兵の
ことを生涯わすれないだろう。短い時間に新兵が仲間から「マシーン」と呼ばれるまでの機関銃手と
なっていったことはいささか無理があったように思うけど。

結局この映画の見所は、戦車と戦車、戦車とドイツ兵の戦いの凄さ、えげつなさなんだろうな。
初見の時も書いたけど、それぞれの人物の描き方が古臭いと思う。制圧した街の女性たちの
有り様も含めて。目が離せない映画で面白いとは思うけど、結局何が言いたかったのかよく
分からない。コリアーがいう、「理想は平和だ。しかし歴史は残酷だ」という言葉がやはり耳に
残る。戦争の虚しさという点からすると、いまいち説得力に欠ける感じだ。

初見の時の感想はこちら
ブログをお読みくださると幸甚です。
by jazzyoba0083 | 2015-08-17 23:20 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「天国は、ほんとうにある Heaven Is for Real」
2014 アメリカ TriStar Pictures(a SONY company).99min.
監督・(共同)脚本:ランドール・ウォレス  
原作: トッド・バーポ
『天国は、ほんとうにある 天国へ旅して帰ってきた小さな男の子の驚くべき物語』(青志社刊)
出演:グレッグ・キニア、ケリー・ライリー、コナー・コラム、マーゴ・マーティンデイル他
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<評価:★★★★★★☆☆☆☆>
<感想>
実際にあった話をまとめたベストセラー本がベースとなっている。ラストに本物の一家が出てくる。

お話は簡単で、ネブラスカ州インペリアルという小さな町が舞台だ。そこで牧師兼消防士兼
修理工兼高校のレスリングコーチであるトッド・バーポ(キニア)は、コルトンという4歳の息子、
その上のナンシー、そして妻のソーニャの4人ぐらし。貧乏であるが、信者たちからあてがわれた
家に住み、つましい幸せな日々を送っていた。

ある日トッド一家の4歳になる長男が盲腸を破裂させ、緊急入院。かなり危ない事態であったが、
家族の祈り、街中の祈りが通じてか、奇跡的に命を取り留めた。
コルトンというこの少年は退院後、自分が天国に行ってきたと語りだす。その内容は、
具体的で、母親が流産していてその子が女の子だったことまで観てきたという。そんなことは
誰も知らないはずなのに。コルトンは、観てきたことを淡々と語るに過ぎない。
嘘を言っているようには見えない。イエスの顔もみた、自分の手術中、お父さんが神様に対し
怒っていること、お母さんが街中のみんなに連絡し、コルトンのために祈って、というところ
などは見えていたという。

牧師たる父は、天国はある、と説教している身。息子の言葉を信じたいが、臨死体験の幻覚で
はないのか、科学的に説明は出来ないのかと大学の心理学者に相談したりもする。
やがてマスコミの知るところとなり、コルトン少年は有名人になってしまう。しかしこのことが
街の人々や子供仲間に微妙なバランスの狂いを生じさせる。その溝は夫婦の間にも。

そして、トッドは、教会の説教で天国の話をするのを止めないと、新しい牧師を呼ぶことになる、と
理事会で言われてしまう。悩むトッド。そして金はどんどん足りなくなり、コルトンの病院代金すら
払えなくなるのだった。
理事会の中の強硬派の婦人ももちろん牧師の知り合いであるが、彼女はイラクだかアフガンの
戦争で息子をなくし、なぜ自分は息子を奪われ、なぜ牧師の息子は助かったのか、それが
嫌だったのだ。

コルトンは、トッドの祖父ポップが天国にいたよという。若いころの祖父の写真を見せるとその人だ
という。天国では皆若いんだとも。ここに及んで科学では説明できないことが起きていることを
トッド夫妻は確信、その時ラジオから生放送でインタビューの申し込みがあった。トッドは
次の日曜、教会に来てくれれば話すと説明する。

そしてテレビカメラや大勢の見物客の前で、トッドはコルトンの体験を説明する。そしてコルトンは
天国に行ってきた、しかし、天国の存在をそれでも否定的な人もいるだろう。しかし、どうだろう
皆さんが愛する人を思う時、天国の存在を感じないだろうか、そう、愛こそが天国なのだ、と
語りかけた・・・。その頃、リトアニアのある少女が、天国を見たといいイエスの絵を書いた。
ネットの画像でそれを見たコルトンは、「そう、この人だよ」と言うのだった。

そんなお話。アメリカでは受けただろうなあ、という感じだが、キリスト教が普段の生活にない
日本人にはキリスト教の布教映画か、と感じてしまう人も多いだろう。ただ現実に起きた話なので
作りものでない説得力がそこにはある。キリスト教はおいておくにしても、超常現象というものは
あるのだなあ、と私なんかは思っちゃいます。深層心理学的には説明できちゃうのかもしれません
けどねえ。ま、宗教臭いですが、見ていて嫌な気分になる映画ではないです。むしろアメリカ人の
キリスト教に対する姿勢が分かって興味深い部分もあります。
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<ストーリー>
「生死の境をさまよい、天国を見てきたと語る少年の実話をつづったベストセラー小説を基にした
ヒューマンドラマ。奇妙な体験を語ることで騒ぎになることを恐れる周囲の人々、普通の生活が
送れなくなることを危惧する母親の姿など、ひとりの少年が巻き起こす騒動の行方がつづられる。
グレッグ・キニアが少年の父親を演じる。

アメリカ・ネブラスカ州インペリアル市で牧師を務める傍ら小さな修理会社を営むトッド
(グレッグ・キニア)には、3人の子供がいた。ある日、3歳の長男コルトン(コナール・コラム)が
高熱に見舞われ嘔吐を繰り返すようになる。
緊急搬送され穿孔虫垂炎であることがわかり、2度に渡り手術が行われた。コルトンは医師に
もなすすべがないと言わるほどの状態で、生死をさまよう。トッドは絶望のあまり、神に私の
息子を奪う気かと叫んでいた。その甲斐あってか、奇跡的にコルトンは一命を取り留める。

やがて回復した彼は天国を旅してきたと言い、天国の様子や彼が知らないはずのことに
ついて話し始める。トッドたちはこの驚くような話について、その意味を考えるようになる――。」
(Movie Walker)

この映画の詳細はこちらまで。
by jazzyoba0083 | 2015-08-13 22:55 | 洋画=た行 | Trackback | Comments(0)

「ミッション・インポッシブル ローグ・ネイション Mission Impossible Rogue Nation」
2015 アメリカ Paramount Pictures,Bad Robot,Chaina Movie Channel,and more.131min.
監督・脚本:クリストファー・マッカリー
出演:トム・クルーズ、ジェレミー・レナー、サイモン・ペッグ、レベッカ・ファーガソン、アレック・ボールドウィン他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
「ジュラシック・ワールド」に続き、続編を待ちわびていたネイサン・ハントのめまぐるしいアクション!
期待を裏切らない面白い作品でした。予告編で見る、飛行機の横っ腹にしがみつく映像は
本筋とは関係なく、冒頭の掴みですね。冒頭からこれだから、掴みはOK。

本作で感じたことは、裏切り者がいない、ということ。いいもんは徹底的にいいもんで、悪もんは
ずっと悪もん、その当りの明快な構造が、結構複雑なストーリーを単純化し、たとえストーリーの
理解に引っかかりがあったとしてもカタルシスは得られる、という出来に仕上がっていて観終わった
あとの気分がいい。

M:Iシリーズは活劇が命なので、走る、バイクが走る、クルマが走る、飛行機が飛ぶ、という
スピード感は高いレベルが要求される。ネイサン・ハントは死なないので(爆)安心して見ていら
れるが、仲間がどうなるのかというハラハラ感はある。
今回はBMWの全面協力を得て、(ベンツはマークを消されてるわ!)カーチェイス、バイクチェイス、
それぞれ「これがなくっちゃねえ」という仕上がりになった。

なんか、MI6が絡むので007と、組織のありようはアヴェンジャーズみたいになったいるけど、
これはもうM:I祭りとして、楽しむのが正解でしょう。けど、「ジュラシック・ワールド」の時に苦言を
呈したストーリーに付いても、スパイミステリなりの複雑な構造を良く仕上げてあり、それはそれなりに
面白く、特に今回のキーウーマンとなっているイルサ(レベッカ・ファーガソン)の存在が大きい。彼女は
ストーリーの流れのキーにもなっているのだね。それと、ジェレミー・レナー、サイモン・ペッグもいい
トリオを形成している。親分のアレック・ボールドウィンも最後にはIMFの継続を政府に申し出るなど、
続編を匂わせている。しかし、気がつけば全部が元身内のゴタゴタだったというのがなんかリアルで
納得してしまった。ただ、突っ込みどころが無いわけではない。ま、気にするほどではないけど。

とにかく、善と悪の有り様がクリアで分かり易く、その辺りがアクションと相まっていい作品に
仕上がったと思う。個人的には最近のM:Iシリーズでは一番興奮したのではないか。
トム・クルーズ、スタンドインなしで(命綱はあり)よく演るわ!スピード感、アクションのスリル、
申し分なし。

それにつけても、今回またしても中国資本が入って、劇中、ウィーンのオペラ座で公演される
プッチーニの「トゥーランドット」の衣装が中華なものだったのは、いささか鼻白んだな。
個人的に現在リアルな「ローグ・ネイション」は中国なもので・・・(^^ゞ

「ジュラシック・ワールド」はダイームラー・ベンツ全面協力、本作はBMW全面協力、そして
年末公開の「007」はAudiの全面協力(ボンドカー以外)なのだそうで、車メーカーのバトルも
楽しいよね。しかし、こういう場には天下のトヨタは出てこないね。映画に登場させる華を持った
クルマがない、ということかな。レクサス・・・ねえ・・・。www

脚本・原案も手がけた、サイモン・ファーガソン、さすがに脚本化育ちだけあり手堅いし、
映像表現も上手いと感じた。(彼が脚本を書いた「ユージュアル・サスペクツ」は面白かった)
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<ストーリー>
トム・クルーズ演じる伝説のスパイ、イーサン・ハントが数々の不可能なミッションに挑む
大人気アクション・シリーズの第5弾。
イーサン率いるスパイ・チーム“IMF”が解体の危機に直面しながら繰り広げる、謎の組織
“シンジケート”との究極の諜報バトルの行方を、迫力のアクション満載に描く。
共演はジェレミー・レナー、サイモン・ペッグ、レベッカ・ファーガソン。
監督は「アウトロー」のクリストファー・マッカリー。
 
イーサン・ハントと彼のチーム“IMF”は、各国の元エリート・スパイたちによって結成され、
国際的な陰謀をめぐらす謎の組織“シンジケート”を追っていた。しかしその矢先、IMFは
CIA長官によって解散を命じられ、メンバーはバラバラに。
その後、単身でシンジケートの実体解明を進めていたイーサンは囚われの身となってしまう。
その窮地を救ったのは、なんと敵側のスパイと思われた謎の美女イルサだった。
やがて秘かにベンジーらチームのメンバーを再集結したイーサンは、敵か味方か分からない
イルサをも、その能力を買ってチームに加えると、シンジケートを壊滅すべく史上最大の
不可能ミッションに挑むのだったが…。」(allcinema)

この映画の詳細はこちらまで。
by jazzyoba0083 | 2015-08-11 15:30 | 洋画=ま行 | Trackback | Comments(0)

柘榴坂の仇討

●「柘榴坂の仇討」
2014 日本 松竹映画 製作委員会 制作プロダクション:デスティニー 119分
監督:若松節朗   原作:浅田次郎「五郎治殿御始末」より「柘榴坂の仇討」
出演:中井貴一、阿部寛、広末涼子、高嶋政宏、藤竜也、中村吉右衛門他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
前日観た、「最後の忠臣蔵」が忠臣蔵外伝とすれば、本作は「桜田門外の変外伝」と
いえよう。浅田次郎の原作は未読であるが、おそらく原作が持つタッチというかニュアンスは
きっちり伝わっているのではないか、また映像化されたことで、さらに味わい深く
なったのではないか、と思った。

桜田門外の変は、これまでも何度か映画になって来たが、本作を鑑賞するについては
幕末の政治環境についてひと通り復習しておいたほうが、意味がよくわかって更に
面白いだろう。

開国を一方的に進めたと言われ、また尊皇攘夷の吉田松陰を刑死させた、時の
大老井伊掃部守直弼が桜田門外で水戸浪士らに暗殺された桜田事変。
最近、その剣の腕前を見込まれ殿様の近習を命じられた志村金吾(中井貴一)は、
道中警護に当たったものの、一人の男が列の前に現れ、大老に訴状を差し出した。
大老は「命をかけて訴えでたものを粗略に扱うな。書状は受け取り、身柄は評定所に
ひきわたしなさい」と命じた。しかし、その後、大勢の浪士らに囲まれて、近習は苦戦、
賊に奪われた家康下賜の槍を追いかけているうち、戻ってみれば、殿は討たれ、
警護のものは全滅。
当日の雪で、刀の柄に覆いをしていてそれを外すのに手間取ったこともあったが
近習としては万死に値する失態であった。彦根の両親は息子の不届きを恥じて
自刃、当人は切腹を許されず、下手人を追え、と命じられた。

世の中は井伊直弼の主張のように、開国となり幕府は大政奉還し、幕政は終わった。
志村は殿は何のために死んだのか、と自問するが、武士としての働きが出来なかったことを
恥じて、明治の世になっても侍の装束、ちょんまげ、二本差しを変えず、ひたすらに
人相書を眺めながら街をさまよう日々。そんな志村を支えていたのは事変の直前に娶った
ばかりの妻セツ(広末)であった。

一方、下手人の最後の一人になったのは、あの日、家宝の槍を奪って、志村と剣戟に
及んだが、辛くも逃げ出した佐橋十兵衛(阿部)であった。彼は早々に曲げを落とし、車夫と
なり長屋に一人住んで、身を潜めていた。彼とて水戸浪士の仲間と死ねなかった苦しみの
中で13年間生きてきた。

志村の仲間の努力で佐橋の行方が判明。新橋駅で、志村は佐橋の人力車に乗るのであった。
折しも空からは雪。行くあてのない人力車は、雪の中を進み、その道中、佐橋と志村の
会話が続く。佐橋は直吉と名乗っているが、それは井伊直弼から一字を採ったものであった。
自分のしたことの意義を失い、彼も生きる目的、死ぬ目的を失っていたのだ。
そして因縁の柘榴坂に差し掛かり、刀をすでに捨てた佐橋に志村は長刀を渡し、自分は
脇差しで戦う。佐橋は一旦は志村の前に座り、ぞんぶんに本懐をお遂げ下されと申し出た
が、(これは彼にとっての本懐でもあった) 一度は剣戟に及ぶものの、志村の心に変化が
出てきた。今更彼を殺したとて、報告するすべもなく、この日「仇討禁止」の太政官布告も
だされていた。佐橋を討って自分の心は晴れるのか、そして何より殿は喜ぶのだろうか、
そんなことが胸に去来したに違いない。志村は刀を納め、お互いに新しい時代を生きよう、
と去っていくのだった。価値観が大きく動いた時代に、自分の生きるところはどこか、必死に
なって探した二人に出た回答。決してこれからも住みやすいものではなかろうが、心は晴れて
折り合いをつけながら生きていくのであろう。
ラスト、志村は妻と手を取って歩く所(暖かくなったら彦根に帰ろうといっていた)、佐橋は
長屋に住むお千代ぼうの母親との間を深めるのだろう・・・。

時代の進歩の折りたたみ方も上手く、話は分かりやすい。綺麗に描きすぎ、という声もあるが
これが浅田次郎の世界なのだ。静かに進む物語であるが、とても興味深く見終えることが出来た。
なんだかんだいっても、上質な髷物、好きだな、オレ。
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<ストーリー>
歴史小説から現代劇まで幅広いジャンルを手掛ける浅田次郎の短編小説を、『沈まぬ太陽』の
若松節朗監督が、中井貴一&阿部寛主演で映画化した人間ドラマ。主君を失い、切腹する
ことを許されずにただ仇討を続ける男と、その最後のひとりの男との運命的な出会いが、
江戸から明治へと移り変わる激動の時代を背景に描かれる。

安政七年三月三日、江戸城桜田門外で大老の井伊直弼(中村吉右衛門)が襲撃され殺害される。
主君を守り切れなかったことを悔やんでも悔やみきれない彦根藩士・志村金吾(中井貴一)の
もとに、仇を討てとの藩命が下る。
明治の世になり時代が大きく変わっても武士としての矜持を持ち敵を探し続ける金吾。
一方水戸浪士・佐橋十兵衛(阿部寛)は井伊直弼殺害後、俥引きに身をやつし孤独の中に
生きていた。そして明治六年二月七日、仇討禁止令が布告される……。」(Movie walker)

この映画の詳細はこちらまで。
by jazzyoba0083 | 2015-08-10 23:20 | 邦画・新作 | Trackback | Comments(0)