●「パッセンジャー 57 Passenger 57」
1992 アメリカ Warner Bors. 85min.
監督:ケヴィン・フックス
出演:ウェズリー・スナイプス、ブルース・ペイン、トム・サイズモア、アレックス・ダッチャー他
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<評価:★★★★★★☆☆☆☆>
<感想>
WOWOWで「カプリコン1」などと並んで放映していたので、観てみた。IMDbの評価も
低く、心配しながら観始めたのだが、案の定、途中で「なんだかなあ」って感じになって
しまった。ウェズリー・スナイプスのマーシャルアーツが見どころなんだろうけど、今見ると
普通。ただ、本物のDC10を使った空撮などは迫力があったし、スタンドインを使ったのだ
ろうけど、走行中のDC10に飛び乗ったり、飛び降りたり、そのあたりはインパクトがあったが
全体的に、トホホなダイハードというような体裁になってしまった。航空機関士がいる
3人体制のパイロットに時代を感じた。
だいたい突っ込みどころが満載で、おいおい、という調子になってしまうのが痛かった。
冒頭の凶悪犯レーンが整形手術を受けようとする所は、お、何が始まるか、と期待した
部分もあるのだけどね。

どんな突っ込みどころがあったか、というと、
・警備主任がいきなり副社長に抜擢されるという。(まあ、アメリカの副社長は日本の
それとはだいぶ違うとはいえ)
・凶悪テロ犯の護送にビジネスクラスの、しかもど真ん中を使うかネ。
・スナイプスが飛び立つ旅客機の前輪に飛びつき、そこから機内に入るのだが、実際
そんなことが可能か?
・機内でサブマシンガンみたいなものを乱射すれば、機体にアナが開いてエライ事に
なると思うのだが。
・凶悪犯のボスがCAや貨物スタッフや乗客になりすました手下に助けられるという
シチュエーションなのだが、CAやスタッフが正規に採用され、ボスが護送される便に
全員示し合わせて乗り込むことなど出来るのだろうか?なしすましたとしても、知らない
CAがいたら即バレると思うのだが。
・一旦、小型機用に飛行場に着陸するのだが、その時、乗客に混じって逃げた犯人
グループの内、ボスは逮捕されるのだが、貨物スタッフだったやつが、警官の制服と
ライフルをかっぱらって、再びタラップを上がるボスの両脇にいるFBIを遠方から
撃つのだが、あやつ、いつ警官に化けられたんだろう。
・スナイプスの同僚が「ロスに行けばいいことが待っているよ」というのだが、それって
映画の中で明かされていなんじゃないか?

などなど、どうもご都合主義的な展開が多くて、ついていけない風情。

凶悪テロ犯レーンが捕まり、LAに護送されることになった。たまたま警備主任から
警備担当副社長に昇進が決まったカッター警護主任も乗り合わせていた。
しかし、レーンは乗務員や乗客にまぎれた手下たちの乗っ取りで救われ、まずは
小型機専用の飛行場に着陸。その後、カッターやCAたちの活躍で多くの乗客と
乗務員が助かったのだ。カッターはなにかと彼の手助けをしてくれたCAと再婚する
ことを決めていた。というようなお話なんだけど。
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<ストーリー>
レイン(ブルース・ペーン)は、ここ一年間に起こった4回の航空機爆破事件の犯人。
頭が良く、人を引き付ける魅力と行動力を兼ね備えているが、感情や良心というものがなく、
情報当局者たちは彼を恐怖のレインと呼んでいた。
FBIに拘留されたレインは、ロサンゼルスで行われる裁判のために護送されることに
なったが、なんと驚いたことに、護送には飛行機が使われた。その飛行機には
ジョン・タッカー(ウェズリー・スナイプス)が乗り合わせていた。
ジョンはレインと同じく、頭がよく行動力に溢れた男だが、中味は正反対。火の打ち所の
ない経歴の持ち主で、テロ対策の専門家としても世界でトップ・クラスの人物だった。

妻がピストル強盗の犠牲となってからは、第一線を退いて、もっぱらセキュリティーの
ノウハウを教える仕事に従事していたが、大手航空会社の重役になっている旧友の勧めで、
その航空会社のテロ対策専門官の職に就くことになり、ロサンゼルスに向かう途中だった
のである。

ところがレインの方はロサンゼルスに行く気など毛頭ない。離陸後、レインは仲間と一緒に
FBI捜査官たちを殺し、航空機をハイジャックする。レインの残虐な計画を阻止するために、
ジョンは飛行機の燃料を抜いてしまう。着陸するより他なくなったレインたちは近くにあった
小さな飛行場に降り立つ。ジョンに濡れ衣を着せ、逃げるレイン。それを追うジョン。

レインたちは再び燃料を積んだ飛行機に乗って離陸しようとするが、ジョンは滑走中の
飛行機に車で追いつき、飛び移る。機上での格闘の末、ジョンはレインを逮捕するのだった。
(Movie Waker)

この映画の詳細はこちらまで。
by jazzyoba0083 | 2016-04-30 22:45 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

君が生きた証 Rudderless

●「君が生きた証 Rudderless」
2014 アメリカ Unified Pictures,Tee Rob Pictures,and more.105min.
監督・(共同):ウィリアム・H・メイシー
出演:ビリー・クラダップ、アントン・イェルチン、フェリシティ・ハフマン、セレーナ・ゴメス他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
洋画ファンならその顔を見れば、殆どの人が、知っているであろう名脇役、ウィリアム・H・
メイシー。その彼の初監督作品。あの年齢にして初なんだから、この手の映画を長年
撮りたかったのであろう。出来はなかなか良い。エンディングはほろ苦いのだが、単なる
成功譚、ハッピーエンドに終わらせない物語は、ひねりも効いていて脚本の良さも光る。
キャストも地味めではあるが、先日観たばかりの「スポットライト 世紀のスクープ」にも、
弁護士役として出ていたビリー・クラダップを始め、バンド仲間の若い俳優も個性豊かで
良かった。 
そのビリーの演じるサムの息子の死因に半ばでびっくりするわけだが、何故ジョシュという
その息子がなぜあのような行動に走ったのか、が説明不足で、びっくりさせることありき
ではないかと思ってしまった。展開のありようはいいのだが、そこが不満であり惜しい所
だった。説明には時間がかかるであろうが若干上映時間が長くなってもそこをちゃんとした
ほうがもっと良い映画になったのではないか。
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広告代理店のやり手アドマン、サム(クラダップ)。大学に通う音楽好きの男の子の父。
妻とは離婚しているものの、裕福な生活を送っていた。その息子ジョシュが大学で
起きた乱射事件で命を落とす。息子の死を受け入れられないサムの生活は荒れ、
2年後には会社も辞め、ペンキ屋の見習いをしながらヨットで寝起きをするという生活
であった。
ある日、別れた妻が2年がかりでやっと遺品の整理をした、家も売りたいから判を押してくれ
とやってきた。ヨットはスペースがないから遺品はいらないというサムだが、元妻はワゴン車
一台分の荷物を置いて行ってしまう。サムはその遺品の中にジョシュが作曲した多くの
CDを見つけ聴いてみるのだった。

街には行きつけのバーがあり、そこでは週に一回、飛び入りの素人ミュージシャンによる
演奏大会が開かれていた。サムは息子の曲を練習し、ある日そこでアコギを使って
歌ってみた。客の反応も大したこともなく、サムはしたたかに酔って家に帰ろうとした。
そこにクエンティンという若者がやってきて、「今の曲は最高だった。ボクもいろんな奴と
演奏したが、あんたの歌には鳥肌がたった」と言って付きまとってきた・・・。
彼は自分と一緒に演奏してみないか、ということだったのだ。若い彼は音楽で生きて
行こうとしていたのだが、引っ込み思案な性格が災いしてドーナツ店のバイトの身から
抜けだせないであがいていたのだ。

最初は再度人前で演奏することは考えていなかったサムだが、クエンティンの情熱に
ほだされて、再び舞台にたってみることに。そこにはクエンティンの友人のドラマーも来て
いた・・・。3人で演奏が始まった・・・。

サムの唄う歌はどれも詩がよく出来ていて、次第にファンが増えていった・・・・。
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この辺りまでは、世捨て人になったサムがクエンティンという青年と出会い、その人生を
息子の作った歌を唄うことで再生し、また成功していく話か、とそれはそれでいい話だな、
と思って観ていたのだ。(以下、決定的なネタバレを書いていますのでご注意)

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ところが、ジョシュの誕生日に墓参りに行くのだが、その墓には「人殺し」とかの罵詈雑言が
落書きされていた。元妻(ジョシュの母)はここに来てはシンナーで落書きを落とすのだと
いう。サムも手伝って落書きを落とす。ここで、初めてジョシュは大学の乱射事件の被害者
ではなく、加害者だったことが分かる。ここからクエンティンらバンドのメンバーとの間が
決定的に壊れてしまうう。メンバーもジョシュが加害者と知るところとなるのだ。
自分らは殺人者の歌を唄っていたのか!との衝撃からクエンティンは音楽を辞めてしまう。
サムも、騙すつもりは無かったが、話す機会を失ううちにバンドは有名になり、引き返せ
なくなってしまった。バンドのメンバーを巻き込んでしまったのだ。クエンティンにジョシュの
正体と、サムが唄っていたのはジョシュの歌だと告げたのは、ジョシュが当時付き合っていた
ガールフレンドだった。彼女自身もジョシュが起こした事件で人生を狂わされたのだった。

深く思い悩むサム。酒に溺れ、再び自分を失いかけていた。しかし、サムは音楽の才能
豊かなクエンティンという好青年に息子ジョシュの面影を追いかけていたということに
気づき、またそれが自分の行動が他人を巻き込み不幸にしてしまったことを反省し、
クエンティンが楽器店に委託販売を依頼していたギターを買い上げて、ドーナツ店に
行き、謝罪。ギターを置いて「やめたら負けだ」と言い残して去っていった。ギターケースの
中にはクエンティンが欲しくてたまらなかったビンテージもののレスポールが入っていた。

そしてサムはアコギを持ち、例のバーに行き、「私の息子は2年前大学で乱射事件を
起こし5人を殺しました。今から唄う歌は息子が作った曲です」と言って歌い始めたのだった。
クエンティンは再びバンドを始め、サムの代わりのギターの青年も加入したのだった。

結局、サムは本人が気づいたように唄うことで息子を理解出来たという所は良かったのだが
殺人者とは言え、俺の息子だ、という言い訳に隠れてクエンティンとジョシュを混同してしまい、
彼を破滅的自分の人生に巻き込み、また人に迷惑を掛ける生活をなんとも思わない
ジコチュウ中年に成り下がっていたということだ。彼はそれに気が付き、だらしのない生活から
足を洗い、人としてきちんとした人生を送ろうと息子に誓ったに違いない。
辛い人生が待っているのだろうけど、そこから逃げていては何も生まれないと悟ったのだ。
音楽は人を素直にさせる。映画に使われている曲がどれもいい。クエンティンが作った曲も
面白くていい曲だ。監督メイシーも、バーのマスターとして登場する。なかなか非凡な才能が
遅ればせながら開花した、ということだろう。

この映画の詳細はこちらまで。
by jazzyoba0083 | 2016-04-27 22:50 | 洋画=か行 | Trackback | Comments(0)

秋日和

●「秋日和」(デジタル修復版)
1960 日本 松竹映画  128分
監督・脚本:小津安二郎 共同脚本:野田高梧 原作:里見弴
出演:原節子、司葉子、佐分利信、岡田茉莉子、佐田啓二、中村伸郎、北竜二、笠智衆、沢村貞子他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
NHKBSで放映中の小津作品デジタル修復版シリーズの1つ。姉妹編のような「彼岸花」
から2年後の作品で、中身はよく似たようなもの、出演者もほぼ同じ、特に、佐分利、中村、
北のトリオはまるで変わらないし、飲みに行く店の女将も同じ配役だ。デジャヴを覚える。
タイトルクレジットの一部を赤文字にしたり、ベースの茶色の布模様まで一緒。つまり
小津は、連作のように捉えていたのだろう。また画面の中にさりげなく置かれた「赤」「朱」の
嗜好も同様だ。 セリフ回しも誰が喋っても小津節となり、画面はローアングルで構えた
カット編集のみ。

シーンの切り替えに使われる山やビル群の中途半端なサイズは、その後に続く、ふすまが
重なる和室のシーンやオフィス、など構図に凝った極めて安定的なシーンが連続することに
より起こるマンネリ感を、一旦敢えて「不安点な構図」で崩す、というような意図があるのでは
ないかと思えてくる。冒頭の東京タワーのサイズからしてそうだ。そういえば「彼岸花」の
冒頭の東京駅のサイズも気持ち悪い構図だった。

この映画にはエピソードがいくつかあり、本作と同様な筋立てだった「晩春」で、嫁に行く
行かないでファーザーコンプレックスのような立場の娘を演じた原節子が、今度は
未亡人の身で娘を嫁にやる母親の立場になる。そして、佐分利の秘書役でちょこっと
出てくる岩下志麻が本作で見出され「秋刀魚の味」では主役に抜擢されるのだ。
同名異曲のような「彼岸花」とはコミカルな要素が岡田茉莉子の存在で強調され、彼女の
「おきゃん」な存在が本作のマンネリっぽさを薄める重要な要素となっている。
当時26歳だった司葉子が美しい。ちなみに原節子は40歳、佐分利51歳、佐田34歳、
岡田26歳、笠56歳、北54歳、中村52歳である。

さて、小津監督がここまで嫁ぐ娘と親(父であり母であり片親の場合多し)の関係をたくさん
描こうとしたのは何故だろうか。同じような展開になるのは見えているのに、である。指摘
されている方も多いだろうが、一番近い血縁者が、自分のところから離れていく、また子は
親を残して他人と生活を始める、というシチュエーションに着目すべきであろう。
昭和30年代の日本ではまだまだ多くの国民の一代関心事であり、本作のセリフの中でも
出てくるが「今時の娘は」「いいんだよ、ああいうのがいても」という節目の時期に当り、
そうした変化していく風潮の中で変わらない美しい日本人のメンタリティの有様を描く事に
強い興味を覚えたのに違いない。別に小津監督の評伝を読んでいるわけでもないので
外れているかもしれないが。

毎度のことだが、佐分利、中村、北のトリオは重役や大学教授であり、暮らしに何の心配も
なく、家にはまだ放送が始まって数年しかたっていないテレビがあり、ゴルフをたしなみ、
銀座のバーに行く。昼はうな重だ。まだまだ庶民には憧れの生活であり、一方で原節子の
暮らしはアパートの2DK。テレビもないし着ている着物は地味だ。そんな対比もまた
観客を映画の世界に遊ばせる設定としてはこの時代、良かったのだろう。若大将シリーズも
そうである。
しかし、似た話、でも観ていると何だかほんわかとしてくる小津作品。私は大好きである。
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<ストーリー>
亡友三輪の七回忌、末亡への秋子は相変らず美しかった。娘のアヤ子も美しく育ち
すでに婚期を迎えていた。旧友たち、間官、田口、平山はアヤ子にいいお婿さんを
探そうと、ついお節介心を起した。が、アヤ子がまだ結婚する気がないというので、
話は立ち消えた。

秋子は友達の経営する服飾学院の仕事を手伝い、アヤ子は商事会社に勤めて、
親子二人郊外のアパートにつつましく暮している。たまの休みに街に出て一緒に
過すのが、何よりのたのしみだった。母も娘も、娘の結婚はまだまだ先のことのように
思えた。

或る日母の使いで間宮を会社に訪ねたアヤ子は、間宮の部下の後藤に紹介された。
後藤はアヤ子の会社に勤める杉山と同窓だった。土曜日の午後、間宮は喫茶店で、
杉山や後藤と一緒にいるアヤ子を見た。後藤とアヤ子の間に恋愛が生れたもの、
と間宮は思った。
ゴルフ場で田口や平山に話すとアヤ子は母親への思いやりで結婚出来ない、という
結論になった。秋子の再婚ということになった。候補者はやもめの平山だった。
息子まで極力賛成されてみると、平山もまんざらではない。秋子を訪ねた田口は、
亡夫への追慕の情たちがたい秋子にとっても再婚の話はもち出せない。アヤ子を
呼んで説得したところ、アヤ子は母は父の親友と再婚するものと早合点して、
母と正面衝突した。

アヤ子は親友の百合子に相談した。百合子は田口、平山、間宮を訪ねると、その
独断を責め立てたので、三人もいささか降参し、アヤ子は、一時は誤解したものの、
母の知らない話だと分ってみれば、和解も早い。これから先、長く一人で暮す母を思って、
二人は休暇をとって、思い出の旅に出た。伊香保では三輪の兄の周吉が経営する
旅館があった。周吉は秋子の再婚にも、アヤ子の結婚にも賛成だった。その旅の夜、
秋子は娘に自分がこれから先も亡き夫とともに生きることを語った。アヤ子と後藤の
結婚式は吉日を選んで挙げられた。間宮も、田口も、平山も、ほっとした。
ひとりアパートに帰った秋子は、その朝まで、そこにいたアヤ子を思うと、さすがに
さびしかった。(Movie Walker)

この映画の詳細はこちらまで。
by jazzyoba0083 | 2016-04-25 22:15 | 邦画・旧作 | Trackback | Comments(0)

●「スポットライト 世紀のスクープ Spotlight」
2015 アメリカ Anonymous Content, First Look, Participant Media,and more.128min.
監督・(共同)脚本:トム・マッカーシー
出演:マーク・ラファロ、マイケル・キートン、レイチェル・マクアダムズ、リーヴ・シュレイバー他

<2015年アカデミー賞作品、脚本賞受賞作品>

<評価:★★★★★★★★★☆>
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<感想>
ジャーナリズムの端っこに身を置いた経験のあるものとしてはとても重く、思うところの
多い映画だった。政治のスキャンダルを暴くことは、難しいかもしれないけどそれなりに
意義を捉えられ易いものだが、アメリカという国における宗教・教会の告発は、市民の
生活の中での根付き方が違うし、下手をすると相当な反発と反感を買うだろう、ということは
容易に想像できる。日本とは国民の宗教との結びつきが根っこから違うから、アメリカでも
受け止められ方は、日本とは大きく異なるのだろう。しかも、場所が東部のボストンという街で
ある。
ちょっと昔の実話ではあるが、アメリカという国のマスメディア、特に新聞の実力と影響力に
改めて刮目せざるを得ない。

この実話はアメリカでも全世界でもかなり有名な話であり、何を今更ほじくり返さなくても
いいじゃないか、と横槍も入っただろう。だが、映像で勇気あるジャーナリズムを表現することは
トム・マッカーシーにしてみれば、今だからこそ、「社会の一番タブーに切り込んだ記者たち」の
勇気と覚悟を映画ておきたいと想ったのだろう。

作画に派手さもないし、カソリック神父による児童への性的虐待の話であるが、レイプシーンも
なければ、具体的な虐待のシーンもないし、だいたい教会の中が映らない。しかし、物語は
テンポよくほどほどの緊張感を持って進む。その分会話で持たせるところが多いし
登場人物の名前もたくさん出てくるため、字幕を真剣に追いかけないとよく分からなくなる
恨みはある。ただ、記者たちが覚悟を決めてカソリック教会の隠蔽体質を暴きにかかる所から
一気に物語が動き始め、目が離せなくなる。

カソリックでは神父の結婚が許されていない。聖書の教義にそう書かれているわけでは
ないのだが神父を世襲制にすることなく、一代限りとし、その配属や配転は、司教や
バチカンのコントロールに置くためシステム的に昔からそうなっているわけだ。
だから、男の世界には人間の煩悩を吹っ切れない輩が、「神そのもの」という神父の立場を
利用し、(この映画では、貧しい家庭の子が標的になり、金や脅しで口を塞いでいた)しかし、
12~14歳ほどの少年少女たちへの性的暴行が彼らに残すトラウマは人生を狂わせ、
あるものは自殺し、あるものは麻薬に溺れ、その犯した罪はとてつもなく大きいのだ。
教会内での神父やシスターのいざこざを描いた映画はこれまでに何本も作られてきたが
こうした信徒へのしかも児童への虐待を告発したものは多くない。なぜならば、カソリック
そのものを敵に回してしまうからだ。
事実映画の中でも、政治、警察、司法、さらに、告発をすることになる「ボストン・グローブ」紙
自体にもバチカンの影響を恐れる力が働いていたたのだから。これはちょっと日本では
想像できないだろう。でも記者たちはそれを振りきって丁寧な「調査報道」をし、社会正義に
訴えたわけだ。記者たちの家族がとても協力的だったのが印象に残った。

結局ボストンでは90に近い神父が告発され、教区大司教はバチカンに帰っていく。(字幕では
栄転!のような印象)さらにエンディングでは、これをキッカケに明らかになった全世界の
カソリック神父による幼児への性的虐待が字幕で表記されるがその多さにあっけにとられる。
そして、彼らの活動がピューリツァー賞を獲った、と表記されないのも好感が持てた。
記者たちにしてみれば勇気が必要な部分もあっただろうが、ジャーナリストとして極めて
当たり前の事をしたにすぎないのだ。「新聞を売りたい、部数を伸ばしたい」「賞を獲りたい」
などという姿勢は微塵も出てこず、ひたすら正義に突き動かされる記者たちの姿勢は、徹底的に
情報を足で稼ぐ姿とも相俟って感動的である。そして仕入れた情報も必ず裏を取り、間違った
情報ではないのか、記載に当たっては本人の了解はとれているのか、など記者としての
基本もキチンと描かれていく。そのあたりは大向うを唸らせる画作りはなく地道なエピソード
であるが、とても大事なことで、本作に厚みを与えているといえよう。

エンディングも、告発の紙面が出た後、編集部に架かる被害者からの電話の対応に追われる
記者たちの姿で終わっていき、そこにヒーローを賞賛するシーンはない。これも素敵な
エンディングだった。記者を信じる経営の(出てこないけど)姿勢もまた素晴らしいものだ、
ということが透けてみて来るであろう。

最後になったが、記者たちを演じた、マーク・ラファロ、マイケル・キートン、レイチェル・
マクアダムズを初め、「情熱」「抑制」「信用」「推理」「疑義」「怒り」などを抑制された中にも
よく演じきれていた。デスクであるキートンが、記者たちが神父の仕業を見つけて来て
記事にしようとすると、「これは個人ではなく組織を告発しなければ意味が無い」と
繰り返し説得するところが印象であった。
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<ストーリー>
カトリック教会が長年隠蔽してきた児童虐待スキャンダルを暴き出し、ピュリツァー賞に
輝いた調査報道チームを巡る感動の実話を基に、巨大な権力に立ち向かっていった
新聞記者たちのジャーナリズム魂と不屈の執念を描いた実録サスペンス。
出演はマーク・ラファロ、マイケル・キートン、レイチェル・マクアダムス、リーヴ・シュライバー、
ジョン・スラッテリー。
監督は「扉をたたく人」「靴職人と魔法のミシン」のトム・マッカーシー。
第88回アカデミー賞では、みごと作品賞と脚本賞の2冠に輝いた。

 2001年、夏。ボストンの地元新聞“ボストン・グローブ”の新任編集局長としてマイアミ
からやって来たマーティ・バロン。さっそく目玉になる記事の材料を物色し、神父による
子どもへの性的虐待事件に着目すると、これを追跡調査する方針を打ち出す。

しかしボストン・グローブの読者は半数以上がカトリック教徒。彼らの反発を招きかね
ないと古参幹部は難色を示すが、地元のしがらみと無縁で、なおかつユダヤ人のバロンは
強気に押し切っていく。
こうして、リーダーのウォルター“ロビー”ロビンソンを中心に特集記事欄《スポットライト》を
担当する4人の記者たちが調査を開始する。そして地道な取材を積み重ね、次第に事件の
背後に隠された巨大な疑惑の核心へと迫っていくが…。(allcinema)

この映画の詳細は< a href="http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=355060#1">こちらまで。
by jazzyoba0083 | 2016-04-24 12:10 | 洋画=さ行 | Trackback | Comments(0)

●「トレヴィの泉で二度目の恋を Elsa&Fred」
2014 アメリカ  Cuatro Plus Films,Defiant Pictures and more.97min.
監督・(共同)脚本:マイケル・ラドフォード
出演:シャーリー・マクレーン、クリストファー・プラマー、マーシャ・ゲイ・ハーデン、ウェンデル・ピアース他
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<評価:★★★★★★☆☆☆☆>
<感想>
お年を召した名優によるこの手の映画は時々出てくるが、だいたいどちらかが偏屈もので
次第に二人が打ち解けて理解しあうという、ほろ苦い、ほの悲しい、そしてちょっぴり可笑しい
物語。本作の場合、偏屈ジジイ、フレッドを演じるのは、妻を亡くし、娘の指示で必要ない使用人を
付けられ高脂血症の為毎日たくさんのクスリを飲む、というクリストファー・プラマー。
片や、フレッドの向かいの部屋に住んでいるエルサは、一人暮らしの元気なおばあちゃんだが
3度の結婚に失敗した長男と、抽象画を描く画家の二人の息子が別にいる。彼女は
シャーリー・マクレーンが演じる。

物語の筋としては、まあ驚くこともないありがちな話であるが、名優(老優)二人の年季の
入った演技を観ているだけで得したような気分になる。映画の出来としてはごくごく普通。

しかし、私のように、人生晩年に入ったものは身につまされるし、「自分のしたいことをしてこその
人生じゃないか」というメッセージは、この手の映画では常に提示される。
偏屈ジジイ、フレッドも頑固一徹の男だが、隣に住むエルサにあれこれ付きまとわれていく
うちに次第に自分のしたいことは何か、本当に残りの人生に何をすべきか、が分かってくる。

エルサには良く言えば妄想癖、悪く言えば虚言癖のようなものがあり、フレッドと付き合うに
ついては、自分は未亡人だ、マゴが5人いる、などなどの嘘ばかり。フレッドも辟易とする
場面もあるが、エルサのフレッドを想う気持ちに偽りはないようだ。
部屋に閉じこもってばかりのフレッドを公園の散歩に連れ出し、レストランに食事に行き、
ダンス教室に連れて行き、とフレッドを連れ回す。フレッドもあまりの強引さに怒る所もあったが
彼女がホントに自分の事を想っていることを理解し、おしゃれし、料理を作り、部屋を綺麗にし、
と変わってきた。

マゴの誕生会に付いて行くと、なんとエルサの別れた旦那が来た。未亡人だと言っていた
のに!頭にきたフレッドは帰ってしまうが、別れた旦那がフレッドの元を訪れ、警告に来た、
彼女は危険な女だ、夢のなかで生きている、、などというが、しかし、彼女はニューオリンズ
イチのいい金髪女だよ、彼女を手放したことは一生の不覚だった、などというものだから
フレッドの気持ちも吹っ切れてしまった。

エルサは実は透析を続けていて、この歳だとあまり先は長くないという。彼女の夢は
毎日のように観ているフェリーニの「甘い生活」のワンシーン。トレビの泉の中に入った
女優がマルチェロ・マストロヤンニ扮する恋人とのやりとりと同じことをすること。

フレッドは娘の旦那がはじめようとしていた事業に投資をしてくれと頼まれていたがそれを
断り、その金でローマ行きのチケットを買い、エルサを誘ってトレビの泉のシーンの再現を
しに出かけた。「自分に投資することにした」と。
そして映画と同じというわけでもないが、夜のトレビの泉で映画とほぼ同じようなシーンを
再現、エルサの長年の思いは叶ったのだった。

しかし、ラスト、帰国したエルサの自宅。エルサの姿は見えない。長男が母があなたに
渡すようにと言ったという、紙包みを手渡した。そこには、どうせ嘘だろう、と思っていた
ピカソが描いた、と言っていた彼女の肖像画があったのだ。(ホントにピカソ作かどうか
は判らないが)

アメリカにおける老夫婦の有り様というのは日本とは随分違うので、我々が映画と同じ
ようなことをしようと思うと難しいし、日本人がマネをすればいいというものでもないが、
年老いたからと言って、あとは子供や医師のいうことに丸投げしてしまい、自分の人生を
生きることを止めてしまうのはつまらないだろう、という呼びかけは万国共通なものだろう。
そういうメッセージを受け取れたことは個人的には良かった。
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この映画の詳細はこちらまで。
by jazzyoba0083 | 2016-04-21 22:40 | 洋画=た行 | Trackback | Comments(0)

●「奇跡の2000マイル Tracks」
2013 オーストラリア See-Saw Films 112min.
監督:ジョン・カラン  原作:ロビン・デヴィッドソン 『ロビンが跳ねた』(冬樹社刊)
出演:ミア・ワシコウスカ、アダム・ドライヴァー、ローリー・ミンツマ、ライナー・ボッツ他
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<感想>
オーストラリアの大地は冒険譚が良く似合う。本作は、1977年にこの大陸を約3000キロに
渡って、ラクダを引き連れ横断したロビン・デヴィッドソンという女性の実話を元に製作された
映画。

砂漠、土漠、乾燥地帯、人間のいる所、全くいない所などを歩き、様々な出会いや別れを
体験し、本人は映画の中では旅の成果についてどうこう言わないのだが、きっと人間として
一回りも二回りも大きくなったことだろう。大自然の映像はとても美しいのだが、ロビンを
演じたミア・ワシコウスカ、(実際のロビンと似ている)の存在感というか演技というか、が
素晴らしく、優しさと強さを兼ね備えたロビンという女性をよく演じていた。
4頭のラクダを実際に馴らしながらコントロールしていくのは相当訓練を積んだのではないか。
また酷暑の中のロケは大変だったろうな、というのは観ていて分かる。

オーストラリアにラクダがいたのか、という個人的な驚きは勉強不足なのであって、映画の
中でも説明しているが、かつて英国人が荷物の運搬の為に連れて来たのだが、その後
交通機関の発達で放置され、絶滅するかと思われていたのだが野生化したラクダの
生命力は強く、今や世界一ラクダが多い国になっているのだそうだ。

映画の中でロビンが連れて行くラクダも野生のものを捕まえてきて調教し、売りだすという
牧場から買ったもの。ラクダはああ見えて結構凶暴だったりするので、野生のラクダは
危険だという。
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映画は、人生の目的を見失ったロビンという若い女性が、オーストラリア大陸2000マイルに
及ぶ踏破に挑戦するというもの。作品の中に繰り返し出てくる少女時代の思い出は、母の死
(自死)以後、親戚の家に預けられ、愛犬と別れて育ったというトラウマのような光景。
一方父は若いころ東アフリカの砂漠をラクダを連れて長い距離歩いた経験があるという。
牧場を経営していたが破産。旅に出るまで、ロビンが直近でどういう生活をしていたのかは
描かれないが、世の中をすねて、自分自身の居場所が判らないという状況であった。

父のマネであり、父への復讐のような部分あり、旅立つときには「行きたいから行く」といい、
ゴールした時には「ラクダを連れた旅は始まりも終わりもない」などという達観した言葉を
吐いたりする。

見知らぬ土地にやってきてラクダ牧場に努めてバイトしてラクダを買おうとして一軒目で
騙され、二軒目のアフガニスタン人の牧場で可愛がられてラクダ4頭を得て、出発準備に
とりかかるが、お金が足りない。たまたま現地で知り合ったアメリカ人カメラマン、リックに
ナショナル・ジオグラフィックにタイアップを頼んだら、とアドバイスされ、同誌に手紙を
書き、スポンサードを獲得する。但し条件はカメラマンとしてリックを帯同すること。

こうしてリックはジープで時々キャラバン?を訪れ写真を取るがロビンに取っては煩わしい。
全行程砂漠、ではなく、人がいる所も通る。アボリジニの村にも入る。野次馬がやってきて
「キャメルレディ」と言って写真を一緒に取りたがる、という風に完全に解脱した心境で旅は
出来ない。俗社会と付き合いつつ、親切なアボリジニや現地の白人たちの支援や応援、
やがてリックもロビンを心から応援するようになる。そうした中でラクダとのトラブル、愛犬との
別れ、何回も旅の意義を見失い、止めようと思った折れそうになる心を励まして、ついに
インド洋に到達した。インド洋の透明な海水が胸を打つ。
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ロビンは半年掛けたこの冒険で人が経験することのない経験をし、何でも出来る人間に
なっていった。自分が何故生きるのか、彼女は見つけたに違いない。そうは言わないけど。
尋常な人間はやらない大冒険を成し遂げた一人の女性の記録として、その物語の再現に
触れることが出来るのは映画の持つ可能性の1つを明示するものとして素晴らしいと思う。
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<ストーリー>
ラクダ4頭と愛犬を連れ、オーストラリア西部に広がる砂漠2000マイル(約3000キロ)を
横断した女性の回顧録を映画化。オーストラリア各地で大規模ロケを敢行、アリス・
スプリングスからウルル(エアーズロック)を経由しインド洋へと彼女がたどった道程を再現
している。
監督は「ストーン」のジョン・カラン。製作には「英国王のスピーチ」のイアン・カニングと
エミール・シャーマンが加わっている。冒険の旅に出た女性を「アリス・イン・ワンダーランド」の
ミア・ワシコウスカが、ナショナルジオグラフィックの写真家を「フランシス・ハ」のアダム・
ドライバーが演じている。第70回ヴェネチア国際映画祭コンペティション部門出品作品。

24歳のロビン(ミア・ワシコウスカ)はどこにも居場所を見つけられず、ひとり都会から
オーストラリア中央部の町アリス・スプリングスへやってきた。彼女はパブで働きながら牧場で
ラクダの調教を覚え、オーストラリア西部に広がる砂漠を横断しインド洋を目指す2000
マイルもの旅に出ようとしていた。
荷物を持たせた4頭のラクダと愛犬を連れ出発したロビンは、大地を一歩一歩踏みしめ
ながら進み、貴重な出会いと経験を重ねていく。(Movie Walker)

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by jazzyoba0083 | 2016-04-20 23:15 | 洋画=か行 | Trackback | Comments(0)

●「ラスト・リベンジ Dying of the Light」
2015 アメリカ TinRes Entertainment,Over Under Media.94min.
監督・脚本:ポール・シュレイダー
出演:ニコラス・ケイジ、アントン・イェルチン、アレクサンダー・カリム、イレーヌ・ジャコブ他
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<評価:★★★★★☆☆☆☆☆>
<感想>
年老いて引退間近のCIAエージェントが、認知症にかかりながら、22年前の復讐に
乗り出す、という設定自体はいいのだが、セリフでの説明ばかりが多く、映画としての幅を
感じることが出来ず、さらに、致命的だったのが、ラストシーンの、それまでの設定を
ぶち壊す「理屈の通らない」展開。 ロケ地はアメリカ、東欧、アフリカと展開するのだが、
その割には広がりを感じなかった。

ネットで調べると、この映画のグダグダ具合は、名手ポール・シュナイダーやニコラス・ケイジの
責任では、どうやらなさそうで、ポスプロの段階で製作側から相当な横槍が入って、
シュナイダーが本来目指していた映画とは違った出来になったようだ。

認知症の中でも重症で、余命幾ばくもないという診断を受けたエヴァン・レイク(ニコラス)が
若手の相棒、ミルトンや、ブダペストで活躍していた頃の恋人にしてジャーナリストの
ミシェルの手を借りて、22年前のエヴァンの最大のトラウマでありやり残したことである
イスラム過激派の、死んだと思われていたバニールへの復讐に乗り出すのだ。

妄想行動や突然の感情の変化など、重症の認知症としての出方がもう少し描かれると
良かった。ラスト近くに、22年ぶりに対面を果たしたエヴァンとバニール。
片や重度の認知症で、片や「地中海高血圧」という重症の病で立てもしない身体。
対決したエヴァンは、バニールを前にして何をしていいか分からず、「帰るわ」と言って
その場をさってしまう。そのあたりは良かったのだが、その後、バニールの手下が
エヴァンたちが滞在したホテルに銃を乱射しながらやってきて、そこでエヴァンも
ミルトンも怪我を負う。

その後だわ、変なのは。記憶障害が出ているエヴァンは一度しか行ってないバニールの
アジトに車で急行。(よく覚えていたな) 車いすのバニールを殺しにかかる。
復讐を遂げたエヴァンは帰り道、呆然としたのか意識消失なのか、トラックと正面衝突し
命を落とす。

冒頭、彼がCIAの新入職員に対し、伝説のエージェントとして訓示するが、今や堕落し
力を失ったCIAを叱咤する演説がラストで繰り返される。
何だか、昨今ヘタレになったCIAを励ますような映画なのか?と思ってしまったのだ。

IMDb4,4の評価も致し方無い出来となってしまった。
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<ストーリー>
30年のキャリアを誇るベテランCIA捜査官エヴァン・レイク(ニコラス・ケイジ)は、CIAに
入る以前はアメリカ海軍でも国に忠義を尽くすなど、輝かしい経歴を持っていた。
しかし、「自分はまだまだ現役として現場で役に立つ人間だ」と主張するレイクに、上司は
華々しい式典の約束と引き換えに引退を勧告する。

そんなとき、レイクを慕う部下・若きCIA捜査官ミルトン・シュルツ(アントン・イェルチン)が、
22年前の合衆国ミッション遂行中にレイクを監禁し拷問した政治過激派のテロリストリーダー、
モハメド・バニール(アレクサンダー・カリム)がケニアに潜伏している可能性がある、
という情報を突き止めた。
その忌まわしい過去の記憶を、レイクは22年間一時たりとも忘れたことはなかった。
死んだと思われていた仇敵がどこかで生きているはずだと信じていたレイクは、シュルツと
共にルーマニアに飛ぶ。

女性密偵ミシェル・ズバレイン(イレーヌ・ジャコブ)の力を借りながら、バニール生存の
証拠を掴むことに成功するが、レイクは末期的な認知障害と医者に診断され、記憶が
混濁するなど不安定な健康状態が続き、残された命は僅かになろうとしていた。しかし
レイクは自分の肉体と精神に消えない傷を刻み込んだ宿敵バニールへの復讐に燃え、
国家の威信と名誉、正義を守るため、自らの命を賭けてケニアへ最後の闘いに乗り込
んでいく。(Movie Walker)

この映画の詳細はこちらまで。
by jazzyoba0083 | 2016-04-19 22:50 | 洋画=ら~わ行 | Trackback | Comments(0)

●「スロウ・ウェスト Slow West」
2015 イギリス・ニュージーランド See-Saw Films,DMC Film,Film4,and more.84min.
監督・脚本:ジョン・マクリーン
出演:コディ・スミット=マクフィー、マイケル・ファスベンダー、ベン・メンデルソーン、カレン・ピストリアス他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
短編映画のような短さだが、独特のタッチを持っている西部劇で、なかなか味のある
面白さだった。16歳の少年(だよなあ)ジェイが、恋するローズ(おそらく年上)を追って、英国は
スコットランドからはるばるアメリカにやってきて、出会った用心棒(賞金稼ぎ)であるサイラスと
共にローズを探しながら西を目指すのだが、当然、そこにはいろんなことが起きる。

登場人物が全員飄々としていて、エキセントリックになるところがない。その淡々とした進み
具合と、これまた淡々と終わっていく悲劇が、乾燥した透明度の高い物語を綴る。
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なんでまたスコットランドの男女がアメリカ西部にいるのか、これまたお話は単純。
ジェイは貴族の息子でありながら、小作の娘ローズ(おそらく年上)を愛してしまった。
ある日、ローズの家にいるところを父に見つかり、小作人に怒った父に対し、ローズの
父がどつくと、転倒した父が岩に頭を打ち死んでしまう。

ローズと父は、新大陸に逃亡する。(う~ん、そんなお金がどこにあったのか、という疑問は
残るが)ローズを深く愛しているジェイは、金に飽かせて大西洋を渡り、ローズを追って
西部に入ってくる。このジェイって少年、ヒョロヒョロの青瓢箪みたいな痩せ貴族なくせに
結構向う気が強かったりする。そんなジェイが山の中で先住民狩りをしていた南部軍の
軍人崩れに殺されるところを、さすらいの賞金稼ぎサイラス(マイケル・ファスベンダー)と
出会う。この男も気がいいのかなんなのかよく判らないやつで、全部で100ドルでジェイの
用心棒を買って出る。

しかし、ローズとその父は2000ドルの賞金首となっていて、彼女らを狙うサイラスのかつて
の仲間の賞金稼ぎなど、結構な数がローズたちを狙っていた。
しばらくローズが賞金首であることを伏せていたサイラスだったが、やがてジェイにも教え、
殺される前にローズを救おうとする。しかし、荒野でいろいろと騙されたり、洪水にあって
銃が流されたりで、困難も襲ってきた。

やがて荒野の一軒家にローズとその父がいることが判明する。まず彼女らを見つけたのは
牧師に化けた賞金稼ぎ。彼は射程の長いライフルで、まず父親を射殺する。しかし、彼の
後ろには数人のかつてのサイラスの仲間の賞金稼ぎがやってきて、偽牧師はあっけなく
殺され、大勢の賞金稼ぎが一軒家に銃を打ち込む。

離れた林にサイラスに縛られてしまったジェイ。サイラスはまず自分がローズを救おうと
銃もないのに家に近づくと、賞金稼ぎらに肩と足を撃たれてしまう。
ジェイは木とロープをこすって縄を切り、銃弾をくぐり抜けてローズのもとに走る。そして
やっとのことで家に入ると、賞金稼ぎが侵入してきたと思ったローズに撃たれてしまう。
ローズは誰を撃ったか気にもせず、押し寄せる男らにライフルや銃で反撃する。先住民の
男でローズを愛していたと思しき男も味方するが、やられてしまう。

やがて、賞金稼ぎのボスが家に入り、ローズを見つける。その時は、ローズがジェイに
気が付き、「おばかなんだから」と言って見つめ合っているところだった。涙をながす
虫の息のジェイ。そこにボス。ジェイは持っていた銃で、ボスを撃ち殺す。そして自分も
絶命してしまう。しかしローズが号泣するわけではない。

ラストシークエンスでは、傷がいえたサイラスと、ローズが、道中で両親を射殺してしまい
行くところが無くなった幼い姉弟と共に生活するシーンが映される。こいつら家族として
生きていく、ということか?
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まあ、ジェイ君、はるばる海を超え、最愛のローズに巡り会えたと思ったら彼女に殺され、
「ばかなんだから」と言われた日にゃ、やってられないという感じ。でも、ジェイくんの死に顔は
幸せそうであった。

こういう映画なんだが、ある種の不条理なんだろう。ジェイ君が可哀想で仕方がない。
サイラスももっとちゃんとジェイを守らんか、と腹立たしい。そして究極は、ローズは年下?の
坊やなんかそもそも相手にしてなかったのかもしれない。ああ、純情の穢を知らないジェイ君の
悲劇よ!! どこかニューシネマな感じもありつつ現代的はロックな感じもあり、味のある
短い西部劇であった。日本劇場未公開。
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<補足>
2015年のサンダンス映画祭で、ワールドシネマ・ドラマ部門グランプリに輝いた注目作。
開拓時代の米国西部を舞台に、恋人を捜しに来た英国人青年と、孤独を抱えた用心棒が
旅の中で心を通わせていく。「ザ・ロード」のK・スミット=マクフィーが純心な青年を、
「X-MEN:ファースト・ジェネレーション」シリーズのM・ファスベンダーが謎めいた
賞金稼ぎの用心棒をそれぞれ好演。個性派バンド“ザ・ベータ・バンド”などで活躍した
ミュージシャン出身のJ・マクリーンが長編映画監督デビューを飾った。(WOWOW)

この映画の詳細はこちらまで。
by jazzyoba0083 | 2016-04-18 22:35 | 洋画=さ行 | Trackback | Comments(0)

ビリギャル

●「ビリギャル」
2015 日本 TBS 「ビリギャル製作委員会」 配給:東宝 117分
監督:土井裕泰  原作:坪田信貴「学年ビリのギャルが一年で偏差値を40上げて慶応大学・・」
出演:有村架純、伊藤淳史、吉田羊、田中哲司、野村周平、大内田悠平、安田顕、あがた森魚他
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<評価:★★★★★★☆☆☆☆>
<感想>
昨年そこそこのヒットを記録し、坪田先生もすっかり有名人になった。名古屋が舞台という
こともあり、WOWOWで放映してくれたので、まあ話のネタだ、と思い観てみた。

名古屋弁の出来がどうとかは置いておくとして、話の結末が有名になってしまったので
驚きという点も無くなってしまい、新鮮味も薄れての鑑賞だったから批評的にはやや
辛くなるのは許していただきたい。まあ、この手の話は良くあるもので、ただセミドキュメント的な
アプローチがなされていたという面では惹きつけるものがあった。だがドラマとしてははやり
テレビ出身の監督だけに、テレビ的な引っ掛かりの少ない物語となっていた。

テンポがいいといえばいいが、逆に話を端折り過ぎて、面白いところのエッセンスが並ぶ、
という深みに欠ける出来、となったわけだ。(まあ、本作に深みを求めるな、ということかも
しれないけど) ただ全体を漫画を読むように眺めていれば話としてはまあよく出来ているので
面白く観ることも出来るだろう。
演者として、有村架純は頑張っていたが、ごく普通。やはり吉田羊の頑張りが
光る。一方の主役でもあろう。田中哲司は貴重な脇役で味がある俳優さんだが、下手な
名古屋弁で損をしていた。 

中高生になら受けそうな映画。だが、本格的な映画を期待するとダメなので長いテレビドラマを
観るつもり観ればいいかもしれない。主人公の「逃げないで挑戦する」という姿勢は共感
出来るだろう。ただし、この子はもともとデキる子だったのだろうな。中高と遊びまくり、高2から
慶応に現役合格するなんざ、並では出来ないわ。指導者も良かったのだろうが、そうだとしても
同じ状況の全員がこうなるとは思えないのだけれど。
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<ストーリー>
名古屋の女子高に通う工藤さやか(有村架純)は、勉強は一切せず友達と朝まで
遊びながら過ごす毎日。このままでは大学への内部進学すら危ういと心配した母・
ああちゃん(吉田羊)は、さやかに塾へ通うことを提案する。金髪パーマ、厚化粧、
耳にはピアス、極端に短いミニスカートにへそ出しルックというギャル全開の姿で
入塾面接に現れたさやかに一瞬面食らう教師の坪田(伊藤淳史)。

しかし、見た目は派手でも素直な性格だとすぐに気付いた坪田はさやかと打ち解け、
慶應大学への受験合格を約束するのだった。ところが当のさやかの成績は偏差値
30の学年ビリ。学力テストをしても聖徳太子を“せいとくたこ”と読み、高校2年生
にして小学4年生の学力しかない。

そんな彼女の教室大爆笑の珍解答の連続にも「君の発想は天才級だね」と坪田は
褒めるのだった。どうやって生きてきたのか理解できないほど知識の欠如を抱える
さやかであったが、坪田だけはこの愛すべきアホぶりの中に凄い可能性が秘められ
ていると踏んだのだ。

当初はノリで慶應大学合格という目標を掲げたさやかは、当然、絶望的な高い壁に
何度もぶち当たる。だがやがて自分のために必死になる坪田の姿を見てガッカリさせ
ないために、そして愛情を注ぎ応援してくれる母のために、さやかファンの不良少年・
森玲司(野村周平)の励まし、ギャル仲間の友情にも支えられ、さやかは本気で勉強に
取り組むようになっていく……。(Movie Walker)

この映画の詳細はこちらまで。
by jazzyoba0083 | 2016-04-12 22:40 | 邦画・新作 | Trackback | Comments(0)

●「彼岸花(デジタル修復版)」
1958 日本 松竹映画 118分
監督:小津安二郎  脚本:小津安二郎、野田高梧
出演:佐分利信、田中絹代、有馬稲子、佐田啓二、北龍二、中村伸郎、笠智衆、浪花千栄子、山本富士子他
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<評価:★★★★★★★★☆>
<感想>
NHKBSで放送された、小津作品のデジタル修復版。やはり画が綺麗だ。人物や建物などの
輪郭がくっきりはっきり。それはトップカットの東京駅駅舎のアップですでに分かる。
小津作品としては初のカラー。しかも、全編を通してキーになっている彼岸花の色、赤、朱が
生きるようにと、ドイツのアグファフィルムを使ったという。そのことは冒頭のクレジットでも
明示されている。

この「赤」がキーポイントになっていて、物語を追いかけていくうえで非常に面白いガジェットに
なっている。主人公平山(佐分利信)家の居間の赤いホーロびきと思われる赤いやかんの位置。
最初のうちは画面左の隅、その次は茶舞台の向う、そして娘節子の結婚が決まった席では
茶舞台の前のセンターにと、節子の心理を表現するように移動してくるのだ。

その他にも「朱」は効果的だ、先ほどの居間では、手前の和テーブル、水屋の上のラジオ、
湯のみの受け皿、母清子(田中絹代)の帯。(帯の朱はいろんな登場人物が反復して付ける)
更に、平山の会社の消火器ケース、廊下のカーペット、平山のネクタイの色、料亭では七味入れ、
味の素のキャップ、おわん、椅子にさりげなく置かれた赤いセーターやひざ掛け、などなど
小津が、赤いものの設定に人の心の有様をさり気なく置いている演出が分かる。物語が
動いている時に「朱」が使わているようだ。

また、相変わらずではあるが、小津映画の日本美を強調した画作りは、今更ながら一幅の
画を観るかのようだ。特に日本間の画面では、ふすまや屏風が上手く使われ、奥行きを出し、
ナメの構図を使い、ピントをどこに置くかによって、人物にスポットの当て方に変化を出す、
一部、セイムサイズのカットを繋げる箇所も見られたがそのあたり、小津がこれまでの映画の
語法を破って自らの美学を押し出した箇所として注目した。
セリフは誰が喋っても小津節になるんだなあ・・・。好きだけど。

クルマ好きとしては昭和33年頃に走っていたプリンス、ヒルマン、ダットサンなどの綺麗な
車が出てくる。

さて、映画の本論に戻ろう。昭和33年、東京タワーが出来た年、戦後日本が高度成長に
向けてひた走るスタートラインに立った頃だ。このころ私は小学校に入学。デジャヴを
観ているような光景だ。まだテレビは無く、平山家ではラジオを聞いている。
ただ人間ドックという言葉がこの当時からもうあったとは驚いた。
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小津映画の大きな主題である、嫁に行く(行かせたい)娘と父親との相剋を描いた作品。
他人には自分の好きなように結婚すればいいんだよ、とかいいながら、いざ自分の娘
(有馬稲子)が好きな人と結婚する、という事態になると、俄然頑固になり、式にも
披露宴にも出ない!と「昭和のオヤジ」丸出しの「封建」さ。とりなす母(田中絹代)の
優しさ、支える妹(桑野みゆき)。娘節子はあくまでも自分の意見を通して男(佐田啓二)の
元に嫁ぐが、これには京都在住で家族ぐるみの付き合いの娘佐々木幸子(山本富士子)の
一世一代の大芝居の成果があったのだ。騙されたように娘の結婚を承諾する父、出ないと
言っていた式にも出ることになった。
嫁入りのシーンなどはない。蒲郡での佐分利の中学の同窓会のシーンから京都へ、
そしてオヤジはついに広島の娘の所に行く決意をした・・・。遠ざかる列車の姿で映画は
終わる。余韻を残しながら・・・。

いやあ、いい映画だった。画は綺麗、物語は分かりやすく、昭和生まれには郷愁を呼ぶ
物語、そして豪華なキャスティング。蒲郡の旧蒲郡プリンスホテルの姿も写っていた。
冒頭での友人の娘の結婚式に参加しての帰り、料亭で、佐分利、北、中村と三人で
一杯やるシーンは、「秋刀魚の味」にそっくりなシーンがある。例のひょうたん(東野英治郎)
を呼ぼう相談するところ。この料亭、同じものじゃないかな。唯一、小津らしくなかったカットが
ある。佐分利のオフィスに急に訪ねてきた佐田啓二、最初、前髪が垂れていたのが、
次のアップでは綺麗に撫で付けられていた。あれはちょっと・・・。

小津作品の中でもまた好きな作品が増えた。Blu-rayで永久保存、決定!!

この作品の詳細はこちらまで。
by jazzyoba0083 | 2016-04-11 23:10 | 邦画・旧作 | Trackback | Comments(0)