●「ワイアット・アープ Wyatt Earp」
1994 アメリカ Warner Bros.,and more. 191min.
監督:ローレンス・カスダン
出演:ケヴィン・コスナー、デニス・クエイド、ジーン・ハックマン、イザベラ・ロッセリーニ、トム・サイズモア他
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<評価:★★★★★★☆☆☆☆>
<感想>
名作「OK牧場の決闘」、「ドク・ホリディ」など、さまざまな映画の題材にもなっている
実在の「保安官にしてならず者」ワイアット・アープの生涯を描く作品だ。

確かに劇的な生涯を送った人ではあるが、この映画、長すぎ。幼少期から始まり、
皆が拳銃を持たなくなった老年時代まで描き切る。波乱万丈に描かれるから、それ
なりに面白くも観られるのだが、いかんせん、3時間以上の大河にする必要のある
物語に値する人物なのか。ネタバレ覚悟だが、最初の結婚(純愛を貫いたもの)が
新妻の腸チフスによる急死という悲劇を経て、ワイアットの性格が変化していく様子は
見どころではあるが、私がプロデューサーなら、この最初の結婚の悲劇後から
描いていくので十分に物語は出来るんじゃないか、と思うだろう。

生涯を描くゆえに、登場人物も多く、ドク・ホリディ、ワイアットの兄と弟、バット・
マスターソン、そして2度目の妻となるジョジーなど、それぞれキャラの立った人物も
多く、これを欲張って描こうとするから、中途半端な感じを免れない。
デニス・クエイドのドク・ホリディなんて、主役を食うくらいのいいキャラクター
だったのに。

一方、新妻を腸チフスであっという間に失い、自暴自棄になり、無法にも手を出した
アープが、保安官助手として兄弟と、また野牛の皮を商売にしていたときに知り合った
マスターソン兄弟、加えてアープを親友と信じるドク・ホリディなど魅力的な
仲間たちに囲まれ、ラストあたりではジョジーという女性との愛情の芽生えという
要素もプラスされ、アープというのは、単純な保安官ではない、屈折した人生を
生きてきて、純粋な正義漢でもないし、結構山っ気もあったりで人間ぽかったと
いう面は長い時間をかけて描けていたし、人となりもよくわかった。

いわゆるOK牧場の決闘で、私闘とみなされて訴追を受けるが無罪となり、2番目の
妻となったジョジーとアラスカに金を求めて一旗あげようと船で向かう姿で映画は
終わるのだが、アープという人はほんとに波乱万丈だったんだなあ、という以外に
あまり感動とか、人生に対する教訓というものは感じなかった。長いわりに何が言いたい
のかよくわならないままスルリと流れて行ってしまった引っ掛かりのない作品になっちゃた
なあ。

この引っ掛かりのないつくりに、この年のラジー賞を賑わせる結果となってしまった。
極論を言えば、ワイアット・アープの話は「荒野の決闘」「OK牧場の決斗」それに
「ドク・ホリディ」以上はもう映画にする必要はなかったんじゃないか?
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<ストーリー>
1800年代、アイオワ。ワイアット・アープ少年は厳格な父ニコラス(ジーン・ハックマン)に
家族の絆の強さと正義を教え込まれて育った。成長したワイアット(ケヴィン・コスナー)は、
ミズーリ州で法律を学び、美しい娘ウリラ(アナベス・ギッシュ)と恋に落ち、結婚した。
だが幸せは長く続かず、彼女は彼の子を身ごもったまま若くしてチフスで亡くなる。
思い出の家に火を放ち、街を出たワイアットは酒浸りの日々を送り、ついに馬泥棒で拘置所に
入れられる。保釈金を積んで彼を助けてくれた父によって彼は目を覚まし、以後は酒は一滴も
口にせず真面目に働く。

数年後、兄ジェームズを訪ねてウィチタにやって来たワイアットは、誰も手が付けられぬ
酔っぱらいを持ち前の豪胆さと銃の腕前で取り押さえた。それがきっかけで、彼は保安官の
バッジを与えられる。やがてダッジ・シティの連邦副保安官となったワイアットは、兄ヴァージル
(マイケル・マドセン)、弟モーガン(リンデン・アシュビー)と共に、法の執行者として町に
尽くす。
ある時、彼は肺病病みだが銃の腕は確かな男、ドク・ホリデイ(デニス・クエイド)と知り合い、
2人は親友となる。ワイアットは、誰も自分に銃を向けてこない生活を望み、兄弟たちと
アリゾナ州トゥームストーンに移った。この町で彼は、ジョージー(ジョアンナ・ゴーイング)
という美しい踊り子と結ばれた。
一方、町は凶悪なクラントン一家とマクローリー一家のために無法状態となっていた。アープ兄弟は
力を合わせて戦うが、ついに決闘の日を迎え、ドクを加えた4人はOKコラルへ向かう。至近距離での
銃撃戦が展開した末に勝利するが、最愛の弟モーガンが殺された。復讐を誓うワイアットは
ジョージーの制止を振り切り、ドクと共に死地へ向かう。死闘の末に一味を倒したワイアットは、
ジョージーとの愛を育んだ。(Movie Walker)

<IMDb=★6.6>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer: 42% Audience Score:61%>

この映画の詳細は





by jazzyoba0083 | 2017-04-30 23:40 | 洋画=ら~わ行 | Trackback | Comments(0)

めし

●「めし」
1951 日本 製作・配給:東宝 97分 モノクロ
監督:成瀬巳喜男 原作:林芙美子 監修:川端康成
出演:原節子、上原謙、島崎雪子、杉葉子、風見章子、杉村春子、小林桂樹、大泉滉他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>

「山の音」に次いで鑑賞した成瀬作品の2作目。「山の音」から3年前、私が
生まれる前年の作品。登場人物が重なり、男女の心のもつれを描くものだから
連続して見なければ良かったな、と反省。ストーリーが混乱してしまった。
(話としては全然違うが原と上原という夫婦の組み合わせは同じなので)

さて、本作は、林芙美子が朝日新聞に連載中に亡くなったため、監修を川端康成が
担当している。故にエンディングの創作は、川端や成瀬、脚色した田中澄江らの
思惑であって、林芙美子が、本作のようにハッピーエンドにしようとしていたかどうかは
不明である。

それにしても、現代の女性の考えと大きく違う当時の「夫婦」という状況や「女性」
というものの社会における立場を考えないと、大きな違和感が残るだろう。

東京出身者が転勤で大阪に暮らす。恋愛結婚とはいえ、証券マンとしての旦那の
稼ぎは良くなく、長屋に住まい、やりくりは大変。夫は帰れば「めし」。
妻・三千代(原節子)は、「このような女中のような暮らしが自分が求めていた
ものでは無いはずだ」と日々の夫婦生活に不満が溜まっている。
そこに、夫の姪っこ、里子(島崎雪子=いい演技だと思う)の登場、夫にシナを
作る姪、それをあまり憎からず思う夫、それを見てまた不満や怒りが湧く三千代。

臨界点に達した三千代は里子を東京に送っていくと称して、実家に帰る。母と
過ごす時間はストレスから開放され、次第に自分も独立して何かをしたいと
考えるようになる。これを打ち砕くのが、職安で偶然出会う旧友の山北けい子
(中北千枝子)であった。戦地から夫の帰還を待つ身であるが、小さい子供と
なんとか食っていかなくてはならない。「あなたのような幸福な奥さんにこんな
惨めな話ばかりしちゃって」と言われてしまう。

と、三千代は大阪に残した夫に手紙を書く。
「あなたの傍を離れるということが、どんなに不安に身を置くことか、やっと
分ったようです・・・」
後日、山北とその子が、駅頭で新聞売をしている姿を見てしまう。こんな女性も
いるのに、自分は・・。

自分は夫のそばにいてこそ幸福をつかめるのだ、それでいいのだ。と考えるように
なっていく。

そんなある日、夫が出張と称して三千代を迎えに来た(らしい)。くたびれた
革靴が玄関にあった。外出して、店でビールを飲む。
夫はお金のこともあり転職を考えていたらしく、妻と相談する、と言ってある、
という。三千代は「いいのに、あなたがお決めになって」というが、夫は
「そりゃね、ボクだって君が苦労しているのはわかっているんだけど」と返す。
そんな会話の中で、三千代は、自分の幸せは、この人と添い遂げることにあるのだ
と納得していく。帰りの列車の中、居眠りしている夫の横で、三千代は夫に書いた
手紙を破いて窓から捨てたのだった・・・。

この映画は主人公三千代のナレーションが入るのだが、ラストはこうだ。
「私の傍に夫がいる。眼を瞑っている。平凡なその横顔。生活の川に泳ぎに疲れ、
漂って、しかもなお闘って、泳ぎ続けている一人の男。その男の傍に寄り添って、
その男と一緒に幸福を求めながら生きていくことにした。
そのことは、私の本当の幸福なのかも知れない。女の幸福とは、そんなものでは
ないのだろうか」

懸命に生きようとする男の姿に、自分の幸せを重ねることで自身の幸福を見出した
三千代だったのだ。(あるいは何処か覚めた諦め、であったか)

どうだろう、現代の女性がこの結論めいたナレーションを聞くと、「そうじゃない
でしょ?」と言いたくなるのではないだろうか。しかし、時代は昭和26年である。
冒頭書いたように、女性、妻、嫁、という当時の社会的立場を考慮すれば、三千代の
ような結論が間違いであると誰がいえよう、というか、その結論こそ、ハッピーエンド
であると、観客には受け入れられたのではないか。(夫のヘタレぶりはもう少しなんとか
せいよ、という指摘は今でも通じるが)
もうひとり、男性で、夫の従兄の一夫(二本柳寛)が、里子とは逆の意味で、三千代
夫婦の愛情をもつれさせるファクター(メタファー)として重要である。

ラストのセリフはどうも川端康成の匂いがする。
それにつけても、主役の二人、いいです。成瀬監督は演技に対してほとんど細かいことを
指示しなかったそうだ。故に、原の顔の表情に伴う目線の上げ下げ、などは原自身の
演技だったようだ。小津作品の原とは違い、2作しか見ていないが、成瀬作品の原は
「艶」というか、もっと言えば「性的」さらに言えば「エロ」を感じる。この作品に
原が適切かどうか、は意見が別れるかもしれないが、原ならではの「めし」が出来た、
といえよう。同じ年に小津作品の「麦秋」が作られているが、同じ原節子でも、成瀬
作品のほうが、圧倒的に色っぽい。
そして上原のヘタレぶり。「山の音」でもそうだったが、天下の二枚目スターだった
んでしょ?この馬鹿っぷりはいい味です。

黒澤作品には欠かせない早坂文雄の音楽。この映画では饒舌過ぎると感じた。終始
流れっぱなしという感じ。一瞬音楽なしになるところでのショック的効果が感じとられる
ところもあるが、やはり饒舌ではなかったか。

成瀬作品、更に見てみたくなりました。
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<ストーリー>

林芙美子の未完の絶筆を映画化した成瀬巳喜男の戦後の代表作のひとつ。繊細にして
リアルな女性描写は、成瀬演出の真骨頂と言われている。
ノーベル賞作家・川端康成が監修を担当。


 恋愛結婚をした岡本初之輔と三千代の夫婦も、大阪天神の森のささやかな横町に
つつましいサラリーマンの生活に明け暮れしている間に、いつしか新婚の夢もあせ果て、
わずかなことでいさかりを繰りかえすようにさえなった。
そこへ姪の里子が家出して東京からやって来て、その華やいだ奔放な態度で家庭の
空気を一そうにかきみだすのであった。
三千代が同窓会で家をあけた日、初之輔と里子が家にいるにもかかわらず、階下の
入口にあった新調の靴がぬすまれたり、二人がいたという二階には里子がねていた
らしい毛布が敷かれていたりして、三千代の心にいまわしい想像をさえかき立てる
のであった。
そして里子が出入りの谷口のおばさんの息子芳太郎と遊びまわっていることを
三千代はつい強く叱責したりもするのだった。家庭内のこうした重苦しい空気に
堪えられず、三千代は里子を連れて東京へ立った。

三千代は再び初之輔の許へは帰らぬつもりで、職業を探す気にもなっていたが、
従兄の竹中一夫からそれとなく箱根へさそわれると、かえって初之輔の面影が
強く思い出されたりするのだった。その一夫と里子が親しく交際をはじめたことを
知ったとき、三千代は自分の身を置くところが初之輔の傍でしかないことを改めて
悟った。その折も折、初之輔は三千代を迎えに東京へ出て来た。平凡だが心安らかな
生活が天神の森で再びはじめられた。(Movie Walker)


この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=135568こちらまで。


by jazzyoba0083 | 2017-04-28 22:30 | 邦画・旧作 | Trackback | Comments(0)

●「ブルックリンの恋人たち Song One」
2014 アメリカ Worldview Entertainment,Marc Platt Productions.86min.
監督:ケイト=バーカー・フロイランド
出演:アン・ハサウェイ、ジョニー・フリン、ベン・ローゼンフィールド、メアリー・ステンバージェン他
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<評価:★★★★★☆☆☆☆☆>
<感想>
このところ、重めの映画が続いていたので、アン・ハサウェイが出ていて短めのロマンス、というだけで
チョイスした作品。情緒のみでストーリーやカタルシスなし。音楽の力?が言いたかったのかな。
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疎遠になっていたストリートミュージシャンの弟が、交通事故に遭い意識不明となってしまう。彼の姉で、
人類学博士号を取ろうと頑張っていたフラニーは、モロッコから急遽NYへと帰ってくる。

弟ヘンリーの部屋でジェーム・ズフォレスターというアーティストのポスターがいっぱい貼ってあるのを
見つける。そして弟が行くつもりであったチケットを持ってライブに行ってみることに。
弟は一体どんな音楽にあこがれていたのか、興味があったのだ。
フォークギターを手に静かに、でも熱い歌詞の歌を歌うジェームズの歌に感激したフラニーは
ライブ終わりで出待ちして、ジェームズに、自分の弟の事情を話す。

枕元で、弟に音や感触の刺激を与えてなんとか意識を回復させようと頑張るフラニー、そして
母カレンであった。するとライブの翌日、なんとジェームズが病室にヘンリーを見舞いに来てくれ、
しかも歌を歌って行ってくれた。

その後、フラニーとジェームズは次第に惹かれあい、男女の仲となる。しかし、ジェームズは
ロンドンでのレコーディングやら、曲作りの住まいは山の中の小屋、とかだし、一方のフラニーは
モロッコで人類学の博士号のための研究を続けなくてはならない・・・。愛し合っていても
二人は結局一緒になれないのではないか、そんな予感を抱えつつ数日が流れる。

ある日、いつものように歌を流していると、ヘンリーの意識が戻った!なんと!歌の奇跡か!
良かった良かったなのだが、ラストシーンでは、それぞれの道を歩み始めたフラニーとジェームズの
姿があった。どうやら2枚目のアルバムづくりで悩んでいたジェームズはフラニーと付き合ったことで
いい曲が書けるようになったっぽい。
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なんだよ、二人は結局別れちゃうんじゃないか、愛し合っていながら。それでいいわけ??
納得できんなあ。フラニーとジェームズがデートするブルックリンの夜景が綺麗でした。
ベリーショートのアン・ハサウェイがキュート。弟、意識が戻って良かったね!今度からは
ヘッドフォンして考え事しながら道を歩いちゃいかんよ。ということが残っただけの映画でした。
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<ストーリー>
疎遠だった弟が事故で昏睡状態に陥ったのをきっかけに、ニューヨークの街で彼の足跡を辿り始めた
ヒロインが、弟の大好きなミュージシャンの青年と偶然に出会い、音楽を通して恋に落ちていく
さまを描いたラブ・ストーリー。
主演は「レ・ミゼラブル」のアン・ハサウェイ、共演は俳優としてのみならずミュージシャンと
しても活躍するジョニー・フリン。監督は、これが長編デビューのケイト・バーカー=フロイランド。

 モロッコに拠点を置き、人類学博士号取得を目指して研究を続けていたフラニー。ある日、疎遠に
なっていた弟ヘンリーが交通事故で昏睡状態にあるとの知らせを受け、急遽ニューヨークへ帰郷する。
やがてヘンリーの部屋で彼の憧れのミュージシャン、ジェイムズ・フォレスターのライブチケットを
見つけたフラニーは、彼に代わってライブへと足を運ぶ。
その歌に感動したフラニーは、ライブ後にジェイムズと言葉を交わし、彼のファンだった弟が事故に
遭い入院中であることを伝えて別れた。

すると翌日、ツアー中にもかかわらず、ジェイムズがわざわざ病室を訪れ、意識の回復しないヘンリーの
ために歌を歌ってくれたのだった。
さらに、ヘンリーに聴かせるための音を集め歩くフラニーにも寄り添うジェイムズ。いつしか互いに
惹かれ合う2人だったが…。(allcinema)

<IMDb=★5.8>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:34% Audience Score:28%>

この映画の詳細は

by jazzyoba0083 | 2017-04-27 22:50 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

山の音

●「山の音」
1954 東宝 95分
監督:成瀬巳喜男 製作:藤本真澄 脚本:水木洋子 原作:川端康成『山の音』
出演:原節子、山村聰、上原謙、長岡輝子、杉葉子、丹阿弥谷津子、中北千枝子、金子信雄他
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<評価:★★★★★★★★★☆>
<感想>

日本を代表する映画監督、小津、黒澤、溝口、成瀬、と、この四人は基本的に洋画が
好きな私としては、食わず嫌い状態だった。3年ほど前に、WOWOWで「黒沢作品」の
大特集があり、それこそ片っ端から観て、(作品によるが)その素晴らしさに唸る一方、
未だに「どですかでん」や「乱」「デルス・ウザーラ」などは見る気には至っていない。
(理由を書くと長いので省略)
そして、割りと昔から好意は持っていて何作品かは観ていた小津作品も、機会があれば
鑑賞していて、好きな作品も多い。
ところが、成瀬と溝口は未見であった。映画という主観的な好みが大きい芸術・文化は、
本人に興味が無かったり嫌いなものを無理して見ることはない。ジャズで言えばフリージャズ
嫌いがオーネット・コールマンを我慢して聞くように。

そんな状態であったところに、最近NHKBSが原節子がらみで、成瀬巳喜男名作の誉れも
高い「山の音」を放映するという。さっそく録画し、鑑賞してみた。趣味に合わなければ
途中でやめればいいと思い。
製作されたのは1954年。この年、黒澤は「七人の侍」を製作し油が乗り切っていた。
また「ゴジラ」の第一作が作られたのもこの年である。小津は前年に名作「東京物語」を
ものしている。

そうした邦画が生き生きとしていた時期、成瀬巳喜男という人は一体どんな映画を作った
のだろう、そんな思いが去来しつつ、物語の展開を追っていった。

舞台は小津映画にも多く出てくる鎌倉。(小津は北鎌倉だけど)原節子も小津映画で
私としてはおなじみの女優さんである。
ところで、原作となった川端康成の「山の音」(川端文学の最高峰と指摘する人も多い
のだそうだ)と比べると、骨子は押さえてあるものの、結末も含め、大きく脚色されて
いるのだそうだ。私は原作は未読であるが。映画を観てからネットで原作の事をいろいろと
調べてみたが、たしかにストーリーも主人公も原節子のイメージからしてだいぶズレて
いるが、作品が言わんとするところの「大意」みたいなものは大きくは外れていないの
ではないか、とは感じた。
上原謙の冷たさがどこから来ているのか、などの背景は端折られているし、一番大きいのは
「山の音」という題名の由来が、映画からは全くわからない、という、不親切な点は
指摘されなければならないが。

黒澤や小津と並び、成瀬にも、コアなファンが沢山いらっしゃるので、トンチンカンな
ことは滅多に言えないが、川端文学の持つある種の「背徳的性的描写」は、しっかりと
受け止めることが出来た。すなわち、嫁・菊子(原節子)と、舅・信吾(山村)との
「危ない関係」の匂い、それは、原節子の目線の演技が一番強く訴えていた。さらに
山村自身、今の妻の姉を本当は好いていたのだが、妹の方と結婚することになったと
いう屈折した結婚事情から、その姉と面影が似ている菊子に恋慕の思いが本作のベースと
なっている。またダメ男と結婚し、嫁ぎ先から帰ってきてしまった娘の存在も、山村を
して原節子に心を傾けさせる要因の一つになっているようだ。

舅思いの嫁、嫁思いの舅、という太平楽のドラマではないのだ。男女の関係を「エロ」の
(というか下品になってしまう)一歩手前で、高度な恋愛観に昇華させて描いた成瀬の
力量に、私は惚れた。そのためこの映画の直後「めし」を見ることになるのだが、その
話は後日に。

菊子(原節子)の夫・修一を演じるのが上原謙である。実際の年齢は上原のほうが山村より
1つ上なのだが、ここでは上原は山村の息子である。これが不自然でないのが不思議だ。
夫・上原謙は、父親が専務をしている会社のサラリーマンであるのだが、結婚して2年と
いうのに、もう戦争未亡人の妾を持っている。それを父も母も知っている。何故嫁思いの
舅は息子を叱責しないのか、と観ている人は思うだろう。ここが原作にあって映画にない
息子修一の戦争を体験したことから来る心の傷というやつが横たわっているらしい。
原作はもっと「戦争」というものの影が落ちた構成になっているようだ。
修一は菊子が子ども子どもしていて女としての魅力に欠けると感じていて、(原節子は
凄い肉感的で大人っぽいと思うけどなあ。原作の菊子はほっそりの痩せ型)性のはけ口を
妾に求めているフシがある。

菊子は妊娠するのだが、修一へのあてつけから、周囲に知らせず堕胎してしまう。
このままではいけないと思う真吾(山村)は、自分らとは離れて暮らすことを提案するの
だが、菊子はお父様と離れては暮らせない、と切ないことを言ってくれる。
このあたりの影のある原節子の表情は、小津作品でもそうだが、一級品だなあ、とつくづく
思わせる。
原作では、真吾が能面を菊子に付けさせると、その面のしたから涙が筋となって流れて
くるところが非常に重要なメタファーとして描かれているのだそうだが、映画では能面を
付けるシーンはあるが、作品の内容のベクトルを示すほどの重要性を持っては扱われて
いない。映画のハイライトはやはりラストの新宿御苑での、真吾と菊子が語る未来への
展望だろう。vistaだっけ?

成瀬の画作りは、パースペクティブと、黄金律を活かした計算された画面。人物を重ねて
奥行きを出したり、(ナメとはちょっと違う)フレームインフレームアウトもリズムが良い。
小津のような特徴は無いが、計算された画面は落ち着いていて、作劇と作画がうまく
シンクロ出来ていると思う。「めし」は見たから「浮雲」とか他の作品も観てみたくなった。

作品にはまったく関係ないが、真吾が専務車で菊子を(堕胎するとは知らず)病院に送る
東京の当時の光景に四ッ谷の上智大学・イグナチオ教会が写っていたと思うのだが、違うかなあ。
成瀬監督、生まれは四ッ谷だし。
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<ストーリー:映画のストーリーとは少し違います>
六十二という齢のせいか、尾形信吾は夜半、よく目がさめる。鎌倉の谷の奥--満月の
しずかな夜など、海の音にも似た深い山の音を聴いて、彼はじぶんの死期を告げられた
ような寂しさをかんじた。
信吾は少年のころ、妻保子のわかく死んだ姉にあこがれて、成らなかった。息子修一
にむかえた嫁菊子に、かつての人の面影を見いだした彼が、やさしい舅だったのは
当然である。

修一は信吾が専務をつとめる会社の社員、結婚生活わずか数年というのに、もう他に
女をつくり、家をたびたび開けた。社の女事務員谷崎からそれと聴いて、信吾は
いっそう菊子への不憫さを加える。
ある日、修一の妹房子が夫といさかって二人の子供ともども家出してきた。信吾は
むかし修一を可愛がるように房子を可愛がらなかった。それが今、菊子へのなにくれと
ない心遣いを見て、房子はいよいよひがむ。子供たちまで暗くいじけていた。
ひがみが増して房子は、またとびだし、信州の実家に帰ってしまった。
修一をその迎えにやった留守に、信吾は谷崎に案内させ、修一の女絹子の家を訪ねる。

谷崎の口から絹子が戦争未亡人で、同じ境遇の池田という三十女と一緒に自活していること、
修一は酔うと「おれの女房は子供だ、だから親爺の気に入ってるんだ」などと放言し、
女たちに狼籍をはたらくこと、などをきき、激しい憤りをおぼえるが、それもやがて
寂しさみたいなものに変っていった。女の家は見ただけで素通りした。帰ってきた
房子の愚痴、修一の焦燥、家事に追われながらも夫の行跡をうすうすは感づいている
らしい菊子の苦しみ--尾形家には鬱陶しい、気まずい空気が充ちる。菊子は修一の
子を身ごもったが、夫に女のあるかぎり生みたくない気持のままに、ひそかに医師を
訪ねて流産した。大人しい彼女の必死の抗議なのである。と知った信吾は、
今は思いきって絹子の家をたずねるが、絹子はすでに修一と訣れたあとだった。
しかも彼女は修一の子を宿していた。めずらしく相当に酔って帰った信吾は、菊子が
実家にかえったことをきく。菊子のいない尾形家は、信吾には廃虚のように感じられた。
二、三日あと、会社への電話で新宿御苑に呼びだされた信吾は、修一と別れるという
彼女の決心をきいた。菊子はむろんのこと信吾も涙をかんじた。房子は婚家にもどる
らしい。信吾も老妻とともに信州に帰る決心をした。(Movie Walker)

この映画の詳細はhttp://movie.walkerplus.com/mv23724/こちらまで。


by jazzyoba0083 | 2017-04-26 22:50 | 邦画・旧作 | Trackback | Comments(0)

誘拐報道

●「誘拐報道」
1982 日本 東映 134分
監督:伊藤俊也 原作:『誘拐報道』讀賣新聞大阪本社
出演:萩原健一、小柳ルミ子、岡本富士太、秋吉久美子、宅麻伸、三波伸介、藤谷美和子
   池波志乃、松尾嘉代、伊東四朗、大和田伸也、丹波哲郎、中尾彬、藤巻潤、平幹二朗他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>

もう、今から35年も経つんだなあ。鬼籍に入られた俳優さんも多い。逆に宅麻伸なんか
若すぎて誰だか分からなかったし。最近の同様な映画、「64(ロクヨン)」とどうしても
比べてしまう。まだ邦画の作り方に「64(ロクヨン)」のようなシリアスなテイストが
持ち込まれる前の、どちらかというとテレビの2時間サスペンスのようなタッチの作りで
深みに欠ける恨みがあった。それは演出の、というより、誘拐に巻き込まれた加害者被害者、
警察、新聞記者と、大きく3つのジャンルのエピソードを全部ぶっこもうとしたことから
破綻が起きてしまったからというほうが正解だろう。

故にタイトルの「誘拐報道」に釣られ、ジャーナリストたちの苦悩の話か、と思うと
さにあらず、であるわけだ。主たる観点は、誘拐を企てる萩原健一と小柳ルミ子夫婦と
子供を拐われる医師岡本富士太と秋吉久美子夫婦の被害者加害者の心の苦痛でえある映画
じゃないか。原作は未読だが、新聞記者が「報道協定」というシバリの中で、何とか
真実を伝えたい、というジャーナルな映画にはなっていない。故に、警察側も新聞社側も
中途半端な描かれ方。丹波哲郎も三波伸介も平幹二朗も勿体無い。加えて加害者被害者の
描き方にも深みがないので、結局映画全体として中途半端になってしまった。

この映画のことだけいえば、主人公は萩原健一であり、自分の子供の友だち(医師の子)
を誘拐したものの、後のことをちゃんと考えていないので、どんどん破綻に追い込まれ
ていく様は、本当は心底悪いやつではないのだが、勢いで事件を起こしてしまい、
どうにもならなくなってしまった、というところだろう。(喫茶店経営に失敗し、誘拐に
使う自家用車が当時は珍しいAudi80 LEというところに彼の見栄っ張りさも見えているのに
これも勿体無いない。)
個人的に職業柄「誘拐による報道協定」の中に身を置いたものとして、身につまされる
ものはあったが、あんなに沢山の記者が出てきて右往左往するだけではストーリーには
ならない。唯一救いだったのは、萩原健一が逮捕され、パトカーに乗せられてくるところを
取材車で止めて、ガンクビ写真を撮る所かな。あと、宅麻伸が夜逃げする小柳ルミ子と
娘の写真をスクープしながら、彼らの心情を思いデスクに出さなかったところか。
上記のことから演技が良かったのは萩原健一、小柳ルミ子、そして幼い娘を心配しつくす
素人っぽい母親を熱演した秋吉久美子、といったところか。

結局、宅麻伸と藤谷美和子の恋愛も含め、あれも言いたいこれも言いたいでパンクして
しまった。だからずるずると時間だけが130分以上もかかってしまったのだ。中身の割に。
しかし、俳優もようけ出ていたなあ。今のようにスマホやカーナビ、などがあれば事件も
だいぶ変わっていように。(それを言い出すと、過去の警察小説は読めなくなっちゃうんだ
けれどね。例えば松本清張「砂の器」なんか、スマホがあれば、とは思っちゃだめですからね)
新聞の鉛活字を使った輪転機も今や珍しい。

最後になったが主題歌「風が息をしている」(作詞:谷川俊太郎 作曲:菊池俊輔)は
大変素晴らしい歌だ。
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<ストーリー:結末まで書かれています>
豊中市の私立学園一年生の三田村英之が、下校途中に誘拐された。県警本部の発表で、
犯人が英之少年の父で小児科医の三田村昇に三千万円の身代金を要求していることが
分かった。各新聞社に“報道協定”の要請があり、子供の生命がかかっているため、各社は
受けざるを得なかった。
三田村家には遠藤警部以下六名の警察官が入り込み、昇や妻の緋沙子と共に電話を待った。
武庫川の川原に緋沙子が一人で来るようにとの電話があった。川原には英之の学帽と
ランドセルが置かれてあった。

山岳地帯を貫いて、日本海側へ向かう高速自動車道。早朝の不甲峠を一台のアウディが
通過していく。数刻後、そのアウディからサングラスの男が降り、公衆電話ボックスに
向かった。ダイヤルをまわした先は三田村家。男は今日中に金をそろえるように指示して
受話器を置いた。
この知らせに大阪読売本社は色めきたった。「協定を結んだ以上、取材・報道は
自粛するが、協定解除に向けて取材の準備はおこたりなく!」檄をとばす吉本編集局長。

同じ頃、日本海を見下す断崖の上から、犯人が布団袋に入れた子供を投げすてようとするが、
密漁者たちがいるために失敗。その足で犯人=古屋数男は老母のいる実家へ寄る。
そこへ数男の妻・芳江から電話がかかってきた。芳江は喫茶店をだましとられた数男を
助けようと造花工場で働いているのだ。気が弱いくせに見栄っばりな数男は娘の香織を
私立学園に通わせていた。その香織と英之は同じクラスで仲良しだったのだ。

実家を出た数男は再び英之を殺そうとするが、袋の中から「オシッコ!」と訴える英之に
小用をさせているうちに殺意はしぼんでいった。途中で財布を落とし、持ち金も無くなった
数男は、三田村家に電話を入れ、取り引き場所として宝塚市内の喫茶店を指示。
捜査本部はあわただしく動き、記者たちも店を張り込んだ。危険を感じた数男は店に
近づかなかった。風邪気味だった英之が悪寒を訴えた。このままでは英之が死んでしまう。

焦る数男は、最後の指示を三田村家に伝えた。箕面市のレストランだ。三田村夫婦は警察に
張り込まぬように哀願し、レストランの前で待った。しかし、数男は路上に張り込んだ刑事
たちの姿を見つけた。万事休すだ。子供が死んでしまう。もう身代金は取れない……。
翌朝、路上に停車して呆然としている数男が逮捕された。トランクの中の英之は無事だった。
(Movie Walker)

この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=148248#1こちらまで。

by jazzyoba0083 | 2017-04-24 23:20 | 邦画・旧作 | Trackback | Comments(0)

デッドプール Deadpool

●「デッドプール Deadpool」
2016 アメリカ 20th Century Fox.108min.
監督:ティム・ミラー
出演:ライアン・レイノルズ、モリーナ・バッカリン、エド・スクライン、T・J・ミラー他
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<評価:★★★★★★★★★☆>
<感想>

「アメコミファン」して評価に多少のゲタを履かせて頂きました。が、それをおいても
面白い映画だと思う。マーベル初のR指定になるほどの、お下劣、残酷、なのだが、
いわば「大人版マーベル映画」として、とっても楽しい時間を過ごせた。コミック映画って
最初のうちは、無邪気にノーテンキに正義のミカタをやっているのだが、シリーズが
進んでいくと、内省的になり、小難しい点が出てくる。バットマン、スーパーマン、
スパイダーマンなどなどまたアヴェンジャー系も皆そんな歴史を踏んでったような気がする。

ところがこの映画は、冒頭から徹頭徹尾、「とことん復讐」「やるなら容赦なく」という
男の子映画が持っていてほしいと願うカタルシスを十分すぎるほど積み込み、スピード感に
溢れ、楽しいことこの上ない。ただ、下ネタ満載(下ネタの画像も)だし、血がドバドバなので
それ系が嫌いな人にはお勧めできない。

もともと普通の人間だった男がミュータント化されるのはX-MENシリーズでもあったから
珍しい展開ではないのだが、ストーリーの展開が、なにせ、「いまからおバカ映画を始めます」
というクレジットが流れるくらい、人を食った、おバカで、お下品で、というもので、
眉間にシワを寄せて、なんて本来アメコミには要らない(と私は思う)要素はとことん排除し
その「過激っぷり」「バカっぷり」「おふざけぶり」の、半端ない突き抜け方を褒めたいと思う。
脚本と演出が上手く機能した結果だ。

また「デッドプール」こと、ウェイドの乾燥した性格もいい味付けで、醜い顔にさせられちゃう
のだが、めげずに愛する人のために悪と戦うという姿もカッコイイ!セリフもウィットが
効いていて楽しい。これぞアメコミの基本!アクションシーンのガジェットも含め闘いの工夫も良く
考えられていると感じた。加えてアクションの容赦・中途半端さが全く無い(非道無情ではあるが)
というのも、この手の映画を観ているものとしてはスカッとする。

また時制を前後させたり、敢えてデジタルの早送り場面を見せたり、CGの派手な使い方も
含めて、画作りにも興奮させられた。このところ観たマーベルものでは一番といってもいいかも
しれない。クセは強いけど。で、これがアメリカで大ヒットしたので、さっそく現在パート2を
製作中。今度はIMAX 3D版で観ようかな。本作の監督、これが一作目らしいけど、やるじゃん。

しかし、アヴェンジャーもどんどん増えていくけど、X-MENもどんどん新メンバーが増えて
いくなあ。
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<ストーリー:結末まで触れています>

ニューヨークでトラブルシューターをしながら日銭を稼ぎ生活しているウェイド・ウィルソンは、
高級娼婦のヴァネッサと出会い交際し始める。愛し合い結婚の約束をしたウェイドは、
意識を失い病院で末期ガンと診断される。

ウェイドは酒場に来たリクルーターの男の誘いに乗り、がんの治療と引き換えに極秘の
人体実験の被験者となることを決める。それと同時に、ヴァネッサの前から姿を消す。
ウェイドは施設でフランシスというミュータントの男から細胞を変異させる薬品を投与され、
変異を誘発する為に拷問を受ける。
ウェイドの細胞は変異し、不死身の肉体を手に入れるが、引き換えに全身が爛れた醜い
姿に変異した。意図的に火事を起こして施設から脱出したウェイドだったが、ヴァネッサが
醜い自分の姿を受け入れるとは思わず、再会を避けて盲目の老婆アルの家に居候する。

フランシスの言った言葉を頼りに元の姿に戻るため、覆面をつけて死人が出るかどうかの
賭け(Dead Pool)に由来したデッドプールと名乗り、フランシスと組織につながりのある
人物を襲撃する。

リクルーターの男からフランシスの居場所を聞きだしたウェイドは高速道路でフランシスを
襲撃する。
フランシスを追い詰めるが、そこにテレビ放送で騒動を見て駆けつけたミュータントの
ヒーローチーム「X-MEN」のコロッサスとネがソニック・ティーンエイジ・ウォーヘッド
が現れ、彼らと問答している間にフランシスに逃亡されてしまう。

デッドプールの正体を知ったフランシスは人質にヴァネッサを誘拐する。これを知った
ウェイドは、コロッサスとネガソニックの協力を得て、フランシスがいる巨大航空母艦が
ある廃棄場に向かい、フランシスの傭兵を相手に戦いを始める。
ウェイドはフランシスを追い詰め元の姿に戻すよう迫るが、フランシスは「元通りにする
方法などない」言いウェイドはフランシスを射殺する。

戦いの後にウェイドとヴァネッサは対面し、ウェイドは素顔を見せるが、ヴァネッサは
ウェイドを受け入れて二人が結ばれて物語は終わる。(wikipedia)

<IMDb=★8.0>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:84% Audience Score:90%>


この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=355574こちらまで。


by jazzyoba0083 | 2017-04-20 23:10 | 洋画=た行 | Trackback | Comments(0)

●「アイヒマン・ショー/歴史を映した男たち The Eichmann Show」
2015 イギリス Feelgood Fiction,BBC,and more.96min.
監督:ポール・アンドリュー・ウィリアムズ
出演:マーティン・フリーマン、アンソニー・ラパリア、レベッカ・フロント、アンディ・ナイマン他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>

セミドキュメンタリーのような作りの中で、初めてテレビ放映された裁判として歴史に
名を刻むことになった、1961年を中心としたテルアビブでの「アドルフ・アイヒマン裁判」での
テレビ側の人間を中心に裁判が描かれる。
ユダヤ人が初めてナチを裁くという歴史的な裁判であり、この裁判で証言をした200人以上の
絶滅収容所体験者の口から出た言葉に世界が衝撃を受けた裁判としても有名なものだ。

本作では、歴史的なこの裁判をなんとかテレビを通して世界に送り出し、ナチスが欧州の
ユダヤ人に何をしたかを詳らかにしなくてはならない、と正義に燃えるテレビプロデューサーと
彼にフィーチャーされた赤狩りにあって仕事がなくなったドキュメンタリー映画監督の
コンビが、イスラエル当局の様々な制限を打ち破りついに放送にこぎつける。アメリカなどには
生で送れなかったので、ビデオテープにして空輸し放映したという。(この時代にもうVTRが
あったとはちょっと驚いた)

この映画でのハイライトは、もちろんアイヒマンやヘスらがユダヤ人にした仕打ちの人道的な
弾劾であることは勿論なのだが、この裁判を通して、表情を崩さないアイヒマンの変化を
何とかして捉えようとするドキュメンタリー作家としてのディレクターと、「テレビ映え」
視聴者受けに次第に傾いてしまう箇所(特に、ガガーリンの宇宙旅行とキューバ危機がこの
裁判に重なり世界の興味からこの裁判が遠のいてしまうことを危惧する時期)では、
プロデューサーとしてのテレビ的成功が全面に出てきてしまう側面との対比が、見せ場では
なかったか。プロデューサーとて正義感にあふれてはいるのだが、所詮テレビ業界の人間
なんだなあ、と。観てもらえてナンボじゃないか、という口だ。

そして、裁判でアイヒマンに見せる収容所の凄惨な場面は、作品中でもスタッフが気分が
悪くなり持ち場を離れざるを得ないようなものすごいものなのだが、ディレクターが狙い
たいアイヒマンの表情の揺れは撮れなかった。逆に証人が証言中に失神したりする。
その映像は、自分たちが作っているテレビ番組が超えることの出来ない圧倒的な存在を
示していた。
また当時は迫害されたユダヤ人たちがその様子を語ると、「そんなことがあるわけがない」と
世間から信用されなかった、という事実はショックだった。このアイヒマン裁判が、そうして
隠れてしまっていたホロコーストの実態をあぶり出す世界史的な役目もしたわけだ。
片や、ディレクターの宿の女主人とのやり取りで、結局アラブの地であった場所を
イスラエルとして建国してしまったことに始まる大いなる不幸も片方には出来てしまった
わけだ。イギリスの三枚舌外交の悪辣さはあったとはいえ、だ。

結局アイヒマンは人道に対する罪やユダヤ人迫害についての罪などで絞首刑になるのだが
自分に責任はない、と終始主張していた。多くのナチ司令官がそうであったように。
自分は命令されていただけだと。アイヒマンの本当の心情は語られることは無かった。
「所詮小役人に過ぎない」といえるのかどうかは誰も分かるまい。
本作でも最後にプロデューサーが語るが、こうした「正気の沙汰ではない」ことをする
のが、出来てしまうのが人間なのだ、ということ。今の世界情勢を見る時、当時のナチの
存在を、「歴史に消えた汚点」と言い切ってしまえない怖さを改めて感じさせた。

粛々と進むドラマではあるが、当時の映像も含め、見る価値のある映画である。今だからこそ。
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<ストーリー>
1961年にイスラエルで開かれた“アイヒマン裁判”を撮影し、世界にホロコーストの真実を
伝えたテレビマンたちの実話を映画化したドラマ。
歴史的TVイベントの舞台裏を通して、幾多の困難を乗り越え、世紀の裁判のTV放映を
実現させた男たちの葛藤と信念を描き出していく。
出演はマーティン・フリーマン、アンソニー・ラパリア、レベッカ・フロント。
監督は「アンコール!!」のポール・アンドリュー・ウィリアムズ。

 1960年、ユダヤ人絶滅計画を推し進めたナチ親衛隊の将校アドルフ・アイヒマンが
逃亡先のアルゼンチンでイスラエル諜報機関により拘束される。その後、彼はイスラエルへ
移送され、エルサレムの法廷で裁かれることに。
アメリカの若き敏腕プロデューサー、ミルトン・フルックマンはこの裁判のTV放映権を
獲得、監督に赤狩りで職を失っていた米国人ドキュメンタリー監督レオ・フルヴィッツを
起用するなど一流のスタッフを編成し、万全の体制で本番に臨もうと意気込む。
そんな彼らの前には、思いも寄らぬ数々の困難が待ち受けていたのだが…。

<IMDb=★6.5>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:--- Audience Score:56%>


この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=355429#1こちらまで。

 

by jazzyoba0083 | 2017-04-19 22:55 | 洋画=あ行 | Trackback | Comments(0)

極秘捜査 Geukbisusa

●「極秘捜査 Geukbisusa」
2015 韓国 108分
監督・(共同)脚本:クァク・キョンテク
出演:キム・ユンソク、ユ・ヘジン、チョン・ホビン、ソン・ヨンチャン、イ・ジョンウン他
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<評価:★★★★★★☆☆☆☆>
<感想>

WOWOWのオンデマンドで、「誘拐報道」と間違えて観始めてしまった作品。このところの
こともあり、余程の興味が向かないと韓国映画は観ないのだが・・・。
最後に本人たちの写真のも出てくるのだが、1978年、釜山で実際に起きた誘拐事件を扱った
ものだ。が、これが事実に基づいたものじゃなくて単なる創りものだったら絶対に見続けよう
とは思わなかった。というのも、捜査の大きな力になっているのが「導師」といわれる
占い師だからだ。もちろん警察がそういう捜査を公認しているわけではないのだが、ソウル対
釜山とか、内部闘争とか、腐っている警察の中で、誘拐された子供の母親の気持ちを考えれば
いたたまれず、捜査に乗り込む際の、たまたま相棒となるのが、導師だったわけだ。

幼い幼稚園児が誘拐され身代金が要求されるのだが、心当たりがない。捜査を任されたのは
両親とつながりのあるコン刑事。母親はあちこちの占い師にすがるのだが、だれもが「もう
死んでいる」という。最後に訪れたキム導師のみは「まだ生きている」と占う。
そこからコン刑事とキム導師の真剣な捜査が始まる。そうしているうちにも、警察内部の
足の引っ張りあいや、「極秘捜査」を進めるコン刑事に対し、公開捜査をしようとする
上層部、敵はあちらこちらにいるのだった。

そうこうするうちに、キム導師が、四柱推命から土、水、などの気を受けて、誘拐された
児童がいそうな場所を予言する。これに従って、コン刑事らが動き出すが・・・。

結局、借金だらけのそこらにいる男が犯人で、逮捕され、幼児も無事に保護され一件落着
だったが、警察で表彰、昇進したのは、コン刑事の足をひっぱり最後だけ美味しいところを
もっていった嫌な幹部だけ。さらに、占いを当てたキム導師は、恩師である導師に手柄を
譲ってしまった。ラストシーンで、キム導師は、コン刑事が今後活躍し、身分もどんどん
昇進する、と予言し、字幕では、実際に今刑事は出世し、警視正にまでになったという
説明がなされる。

70年代の韓国警察のカネで動く腐り具合がちゃんと出ているし、リアルに起きたことの
緊張感はあるし、相変わらず彼の国の人はエキセントリックだし、まあまあ面白く観ました。
現代は韓国語がわからないと意味不明だろうが、カタカナにすると「グクビスサ」。
極秘捜査のハングル発音であります。
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<ストーリー>

韓国犯罪史上に残る奇妙な少女誘拐事件を映画化した実録サスペンス。ある裕福な家庭の
少女が誘拐され、担当刑事は母親の信頼する占い師と協力して捜査に当たることに。

釜山。小学生の少女が何者かに誘拐された。少女の家庭が裕福だったことから営利目的か
と思われたが、犯人からは一向に身代金を要求するような連絡がない。
担当のコン刑事は、安全を優先する極秘捜査の継続を主張するが、膠着状態が続き、
公開捜査に踏み切るべきという声は高まるばかりだった。
彼が自信を失う一方、少女の両親、特に母親は、信頼する占い師のキム導師が言う
「コン刑事が娘を救う」との予言を信じ続けるが……。
(WOWOW)

<IMDb=★6.3>

この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=356447#1

by jazzyoba0083 | 2017-04-17 23:00 | 洋画=か行 | Trackback | Comments(0)

●「ジャッキー/ファーストレディ最後の使命 Jackie」
2016 アメリカ Fox Searchlight Pictures,LD Entertainment,Wild Bunch.99min.
監督:パブロ・ラライン
出演:ナタリー・ポートマン、ピーター・サースガード、グレタ・ガーウィグ、リチャード・E・グラント他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>

ジャクリーン・ケネディ、華やかで悲劇的な存在。大統領暗殺の数年後、ギリシアの大富豪オナシスと
再婚し、死亡時の名前は、ジャクリーン・ケネディ・オナシス、であった。また長男のJFKジュニアも
自ら操縦する自家用機の墜落で死亡、いまやJFKの直系の血を継ぐのは、現在楽天に勤務している
キャロライン・ケネディの長男となってしまった。
そのあたりの毀誉褒貶がないまぜになり、ジャッキーの本心というか実態は我々普通の日本人には
あまりよく理解さいれていないのではないか。また多くのアメリカ人庶民とても。

そんなジャッキーの、JFK暗殺後ほぼ1週間後に雑誌記者からインタビューを受ける形で、ホワイト
ハウスでの生活やJFKを巡る、あるいは子どもたち、ホワイトハウススタッフたちを巡る、結構
重い話が展開される。有名な話は知ってはいても、彼女が語る真実は、ジャッキーの新しい
イメージとして、個人的には面白かった。(映画に書かれたことが本当かどうかは分からないが)

ジャッキーは美人だし、富豪の娘だし、頭はいいし、ファッションアイコンでもあったので
ミーハーな気分で観に行くと、あかんですよ。映画は「重い」。けだし本作は、脚本と
ナタリーの演技を味わうものなのだろう。

ダラスで夫が銃弾に倒れた後、脳が飛び散る頭を押さえ、必死に呼びかけた。しかし、夫は
既に死んでいたことは判ったという。国の安全と政治を継続的に執行するために、棺を乗せ
ワシントンへともどるエアフォースワンの中で、副大統領リンドン・ジョンソンの次期大統領
への宣誓式が行なわれる。(有名なシーンだ)ジャッキーは側近のアドバイスを受け付けず、
血の付いた服で、どうどうと飛行機の先頭出入り口から外へと出ていく。

ジャッキーがホワイトハウスに入り、調度品を全て国民と現代のモチーフに会うように変更した
ドキュメンタリーの再現映像も使われ(この初めてホワイトハウス内部を公開した
ドキュメンタリーでジャッキーはエミー賞を獲得した)、自分がファーストレディとして
ホワイトハウスをどう変えようか、また夫をどうサポートしようか腐心したことが語られる。
一方で、暗殺後ジャッキーは、周囲からは同情の目で見られるが、立場的には「元大統領婦人」。
自分と夫がやってきたことが次々とジョンソンのスタッフににより上書きされていってしまう。

夫の葬儀さえ、自分の主張が通らなくなってきている。しかし自分を主張するジャッキー。
そこには、自分とJFKの仕事とホワイトハウスでの時間を、国民の心に永遠に残して欲しかった
という強い思いがあったからだ。それが二人の生きた証だからだ。そこにジャッキーの強い
こだわりを感じるのだ。そこには大統領夫人として幸せだったのか不幸だったのか、などの
感情は入らない、入れてもらえない。ラスト。最初に流産した子と、産まれた直後に死亡した
二人の子供の棺を夫の隣に埋葬してもらったシーンにおいて、彼女のケネディ家の嫁として
またJFKの妻としての「私的な」感情が戻ってきたシーンであったように思えた。

ナタリーのジャッキーは、似ている似ていないは置いておいて、そのほとんど笑わない演技は
弱さと毅然さがよく演じられ迫力があった。
アップの多用、記者との会見は正対ショットで、いわゆる「ナメ」を使わない新鮮さ、モノクロの
映像でホワイトハウスを紹介するドキュメンタリー映画の質と、当時の音声の再現、葬儀を
中心として時折使われる当時の映像も巧みであった。ジャッキーの心情を代弁するような、
いささか大仰ではあるが、音楽も映像・物語にマッチしていたといえる。

JFKがどういう人であったかとか周囲のスタッフがどうであったか、自分の子供たちはどうで
あったかとかはあまり関係なく、「元ファーストレディ」としてどう振る舞わなければなら
なかったか、そうでなければ、自分とJFKは歴史に残らなくなってしまう、という側面を
ジャッキーサイドから描いた映画である。
故に、サースガードがいきなりボビーとして出て来るが、アメリカ人なら知っている所では
あってもこれが、弟で司法長官だったロバート・ケネディとすぐには分かりづらかろう。また
もう一人の弟、エドワード・ケネディも作品中で紹介されることはない。

ひたすら「元ファーストレディ」となってしまったジャッキーの心情が綴られる作品なのだ。
毎度のことながらRotten Tomatoesでは、玄人筋に受けが良く、一般客にはそうでもない、と
いうのも理解出来る。日本でもヒットはしづらかろう。
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<ストーリー>
1963年11月22日、ジョン・F・ケネディ大統領は、テキサス州ダラスでのパレードの最中に
銃撃される。
目の前で愛する夫を暗殺されたファーストレディのジャッキーことジャクリーン・ケネディは、
怒りと衝撃に震えていたが、悲しんでいる時間はなかった。
すぐに副大統領が新たな大統領に就任して激務を引き継ぎ、刻一刻と夫が過去の人になって
いくのを目の当たりにしたジャッキーは、彼の名前と功績が後世に残るかどうかは、
この数日間の自分の行動にかかっていると気付いたのだ。
自らの手で築き上げてきた<ケネディ伝説>を永遠にするために、ジャッキーは命の危険さえも
顧みず、最後の使命に身を投じる──。(公式HPより)

<IMDb=★6.8>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:89% Audience Score:63%>


この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=358900こちらまで。



by jazzyoba0083 | 2017-04-16 16:40 | 洋画=さ行 | Trackback | Comments(0)

●「ハイヒールを履いた女 I,Annna」
2012 イギリス・ドイツ・フランス Embargo Films.92min.
監督・脚本:バーナビー・サウスコーム 原作:エリサ・リューイン『わたしはアンナ』
出演:シャーロット・ランプリング、ガブリエル・バーン、エディ・マーサン、ラルフ・ブラウン他

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評価:★★★★★★☆☆☆☆>
<感想>

日本未公開映画を放送するWOWOWの「ジャパン・プレミア」で鑑賞。「愛の嵐」から39年の
シャーロット・ランプリング。相変わらず、何を考えているのかいないのかよく分からない謎の
配役。個人的には、ラストの孫の交通事故の下りあたりで訳がわからなくなり、ネットで調べて
ようやく理解した次第。まあ、私の観方が稚拙であったのおしかりは甘んじますが、それにしても
埋められた伏線がわかりづらくて・・・。空のブランコ、留守番電話・・・。後で言われれば、
なるほどね、とは思うけど、これじゃ分かりづらいでしょ?

人が入り乱れるので、あれがこれでこれがあの人でって確認していてこれだから、しれっと観飛ばすと
なんのこっちゃか全くわからない映画になってしまうのじゃないか。原作ものだから、といって映像化上、
無理からぬ事、とは到底思えない欠点となっていると思う。

中年の独身者を集めた「お見合いパーティー」があるよね、で、そこで主人公アンナ(ランブリング)が
ジョージ・ストーンという男と出会うね、で意気投合してジョージの家に行くよね、するとそこに、
悪の入り口に立ってしまっている息子が来ちゃうよね。息子は気まずく出ていくよね。
一方、殺人事件が発生するよね、殺されたのはジョージだわな。近くにいた刑事バーニーが現場に
急行するよね、するとそこでアンナ出会うよね、彼女はカエルさんデザインの孫の?傘を探して
いたと、いうね。バーニーは妻と上手く行かず別居しホテル住まいだね、バーニーはどうやら
彼女に一目惚れしちゃうふうだね。で、彼女を付けていくうちに、また独身パーティー会場に
やってくるね。お互い偽名を使って話し合うね。で意気投合するけど、その夜は送って帰るね。

アンナには娘と孫娘がいて、部屋に出入りしているんだね。一方警察の捜査は防犯カメラから
アンナのクルマを割り出すね。で、ジョージもアンナが犯人らしいとは思うけど、自分で何とか
したいと考えるね。(どうしようっていうんだろうかね)で、アンナの家に行くね。警察も来るね。
フラッシュバックとして、ジョージの頭を美術品で殴り殺しているシーンがでるね。やっぱり
ジョージを殺したのはアンナで正解。で、アンナは部屋にカギをかけ訪ねてきたバーニーを締め出し
窓から飛び降り自殺しようとするね。そのフラッシュバックでは、遊ばせていた孫娘が自分から
離れていってしまい交通事故に会う、というところだ。それを娘に知らせるという辛いシーン
だったな。そうか、娘と孫は随分前に死んでいたわけだな。それが理由で精神が不安定になり
男漁りをしていたのか? 消火器でドアを壊して部屋にバーニーはアンナの腕をつかみ、
「君が死ぬことはないんだ」と説得するね。それで終わり。
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まず、この刑事、ストーカーまがいで脇が甘い。事件に私情を持ち込みすぎ。そして殺された
ジョージの妻や息子、その仲間というか上層部にいる悪の存在は何だったの?全編の中で
アンナと孫の登場するシーンの置き場所は適切であったの?と制作上いろいろと突っ込んで
観たくなる所一杯。冒頭からネタばれを読んでから観ても大丈夫な映画だと思うので、観たい、
と思う人は映画にまつわる伏線や、生きている人なのか死んでいる人なのかを知ってから観ても
いいんじゃないかなあ。そんな映画でした。

<IMDb=★6.1>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:60% Audience Score:50%>

この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=359843#1こちらまで。


by jazzyoba0083 | 2017-04-13 22:30 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)