二ツ星の料理人 Burnt

●「二ツ星野料理人 Burnt」
2015 アメリカ 3 Arts Entertainment and more.101min.
監督:ジョン・ウェルズ
出演:ブラッドリー・クーパー、シエナ・ミラー、オマール・シー、ダニエル・ブリュール
   マシュー・リス、ユマ・サーマン、エマ・トンプソン他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>

このところオスカー主演男優賞ノミニーの常連だったブラッドリーが、評判に
なった「アメリカンスナイパー」の次に出演した作品。前作とはまた趣が真逆と
いうか。

こうしたシェフものはどうしても表現の限界があるように感じる。手元や
食材、完成した料理のリズミカルなカット、ボケの効いたキレイな画面、など。
そして、自分しか信じない頑固で無頼なシェフが、めちゃくちゃをやってから
再生し、自分だけではなくチームのチカラで、良いレストランにしていくと
いう本作のストーリーも、既視感ありというか、平凡なストーリーでは有る。

しかし、なんでかな、見ていて気分がいい映画なのだ。基本的に悪い人が
出てこないということかな。主人公のシェフ、アダム・ジョーンズ(クーパー)
を支える支配人トニー(ダニエル・ブリュール)、好敵手リース(リス)
そして厨房で彼を支えやがて愛し合うようになる副シェフ、エレーヌ(ミラー)、
師匠ジャン・ピエールの娘でアダムに想いを寄せるも、エレーヌの存在を知り
アダムの借金だけ払ってやって身を引くアンヌ・マリー(アリシア・ヴィカンダー)
アダムを支える精神科医ロッシルド(トンプソン)と、改めて並べてみると
いい人ばっかりじゃんか。主人公の自己主義的な自暴自棄な暴れん坊ぶりに周りが
振り回され、本人が勝手に爆発し、やがて周囲の温かさに触れ、料理は一人で作る
ものではないのだ、ということの楽しさを悟る、という・・・。

パリでアルコールやクスリで自滅したミシュラン二つ星シェフ、アダムが
ロンドンで今度は三ツ星を目指す、という闘いが縦軸になり、ざまざまな人間
模様が横軸になる。ラストは三ツ星が取れたかどうかは明らかにされず、
アダムの人生には多くの味方がいる、という確信を得て映画は終わる。
ハッピーエンドであろう。それにアダムは副シェフのエレーヌという愛する
女性であり強力な味方を得たのであるから。ラストでスタッフと決してまかないを
食べなかったアダムが、みんなとまかないを共に食べ美味しさに笑顔になると
いうところ、良かったんじゃないか。

まあ、唸る映画ではないが、料理という身近なテーマでリズム感とスピードも良く
展開が早くて、さらに先にも書いたように悪い人が出てこないので、気分良く
見終えることが出来た。引っかかりの少ない映画では合ったけど。それはまあ
それとして。「8月の家族たち」で名優たちを使って人間ドラマを上手く作って
いたジョン・ウェルズは、こうした人間模様を描くのが上手いのだろう。
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<ストーリー>
ブラッドリー・クーパーが、腕は確かだがトラブルを抱える元二ツ星レストランの
シェフを演じる人間ドラマ。
ロンドンのフランチレストランを三ツ星店にしようと奮闘する主人公と仲間
たちの奮闘を描く。シエナ・ミラーやダニエル・ブリュールらがレストラン
スタッフを演じる。監督は『8月の家族たち』のジョン・ウェルズ

美食の街パリの二ツ星レストランで腕をふるう料理人アダム・ジョーンズ
(ブラッドリー・クーパー)は、傲慢さからトラブルを引き起こし、店から
出ていく。
それから3年後。アダムは再起を図り、ロンドンでレストランを営む友人
トニー(ダニエル・ブリュール)に、世界一のレストランにするとかけあう。
自分を雇う約束を取り付けた彼は、女性料理人エレーヌ(シエナ・ミラー)や、
かつての同僚ミシェル(オマール・シー)ら最高のスタッフを集め、
レストランを新しくオープンさせる。しかし彼の抱える問題は、まだ解消しきれて
はいなかった……。(Movie Walker)

<IMDb=★6.6>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:29% Audience Score:44%>




by jazzyoba0083 | 2017-06-28 22:40 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「ハクソー・リッジ Hacksaw Ridge」
2016 オーストラリア・アメリカ  Cross Creek Pictures and more.139min.
監督:メル・ギブソン
出演:アンドリュー・ガーフィールド、サム・ワーシントン、ヴィンス・ヴォーン
   ルーク・ブレイシー、テリーサ・パーマー他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>

沖縄戦をまともに扱ったハリウッド映画は意外に少ないのではないか。
一方的な闘い過ぎて、アメリカ軍の物量に任せた攻撃が酷いと見られて
しまうからだろうか。テーマになりづらいのだろう。今でも時々再放送が
WOWOWで放映されているHBO制作テレビドラマ、スピルバーグ総指揮の
「ザ・パシフィック」が戦闘のテイストとしては本作に近いかもしれない。

というわけで大手配給会社の腰が引ける中、買い付けたKino Filmに感謝
しなくてはならない。史実であるし、映画の最後には本人だけではなく
戦闘に参加した米兵の証言も付くので、さらに日本側での検証も行われるから
デタラメも描けない。メル・ギブソンとしてはそのあたりは悩んだのではないか。

しかし、本作の主題は、沖縄戦の戦闘が残虐だったとか、そうでなかったとか
言う問題でなく、あくまでも一人の「勇気ある武器を持たない兵士」の話なのだ。
確かに私達日本人側から見れば、圧倒的不利な火力の状態の中で、サブマシンガンで
なぎ倒される突撃日本兵を見ているのは愉快ではない。が、現実はそれに近いもの
であったのだろう。ギブソンは、敵兵たる日本兵のしゃべりを入れていない。
私が聞き取れたのはひとこと「天皇陛下」という単語のみ。日の丸も出てこない。
バンザイも聞こえない。ジャップという単語は米兵の間では交わされるが、ことさら
日本軍を卑しめるようなセリフはない。戦闘はむしろ、ギリギリの人間同士の
殺し合いを描いていて、そこに理性も正義もない状況が描かれていた。それは
ギブソン監督が主題をそらさないように仕組んだことだろうし、日本軍憎し、の
映画ではないからそうすることが必要だったのだろう。

さて、前置きが長くなったが、本作、ラストシーンあたりでは、主人公のあまりの
純粋な博愛精神に涙が出てきた。ここまでする人間がいるのか、と。

ただし、よく考えてみると、アメリカという国は「良心的兵役拒否」が法的に
守られていて、「選抜徴兵制」という日本とは異なった兵役制度が敷かれ、
さらに国の基本としてキリスト教という強いバックボーンがあったことを理解
しておく必要があると思う。1945年(終戦の年)に「志願する」ということが
日本人として不思議に感じるだろう。

もし、本作の主人公のような人物が日本にいた場合、同じように立ち回れるのか
といえば、絶対にありえない。まず特高に捕まり拷問の上、投獄されるのが関の山。
たとえ軍隊に入ったとしても、「銃をもちません」なんてことを言おうものなら
「なにい!きさまあ!軍隊をなめとるのかああ!」とボコボコにされるのは必定。

衛生兵として「救うこと」が僕の戦争、という理屈が認められるのはアメリカだから。
それを割り引いても、志願入隊し、信念を曲げず、ついにはハクソーリッジの闘いで
1日に敵味方合わせて75人ものけが人を救いだす、ということを成し遂げた彼の
強さには参った。ああいう人物がいた、ということを知っただけでも観た甲斐が
あった。主人公が仲間に受け入れられていく過程は、ちょっと周りがいい人たちに
描かれ過ぎ(恋人のドロシーを含め)のウラミはあるが、当時のリアルな仲間たちも、
彼ほどの勇気は持てないと彼を受け入れたからにすぎない。主人公も「ボクは守る。
君らは殺せ」との立場で決して、仲間たちが敵兵を殺すことを邪魔しようとは思わ
ない。その立ち位置が受け入れやすかったという面もあろう。

一部では「やりすぎ」の声もある戦闘シーン。だが、目をそむけたくなるほどの
状況が戦争の本質ということを思うと、主人公のやり遂げた行動を一層際立たせる
ためにも、リアルであって良かったと思う。戦場とは、隣に「死」が常にいると
いうことをこれでもか、という具合に見せる。

主人公デズモンド・ドスを演じたアンドリュー・ガーフィールドは、「沈黙-
サイレンス-」に次ぐキリスト教的立場の役柄だったが、オスカー主演男優賞に
ノミネートされたように、主題を良く表現出来た演技であった。その他は
ことさらメジャー級の配役をせず、物語を浮き上がらせることが出来ていたので
はないか。
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<ストーリー>

衛生兵として一晩で75名の日米の負傷兵を救い、武器を持たない兵士として
アメリカ史上初の名誉勲章を受けたデズモンド・ドス。アンドリュー・
ガーフィールドがドスを演じ、メル・ギブソンがその半生を映画化した人間
ドラマ。沖縄の激戦地“ハクソー・リッジ”でドスが取った勇気ある行動が
臨場感あふれる戦闘シーンとともに描かれる。

ヴァージニア州の田舎町で育ったデズモンド・ドス(アンドリュー・
ガーフィールド)の父トム(ヒューゴ・ウィーヴィング)は第1次世界大戦
出征時に心に傷を負い、酒におぼれて母バーサ(レイチェル・グリフィス)
との喧嘩が絶えなかった。
そんな両親を見て育ち「汝、殺すことなかれ」との教えを大切にしてきた
デズモンドは、第2次大戦が激化する中、衛生兵であれば自分も国に尽くせると、
父の反対や恋人ドロシー(テリーサ・パーマー)の涙を押し切り陸軍に志願
する。

グローヴァー大尉(サム・ワーシントン)の部隊に配属され、上官のハウエル
軍曹(ヴィンス・ヴォーン)から厳しい訓練を受けるデズモンド。生涯武器には
触らないと固く心に誓っている彼は、上官や仲間の兵士たちから責められても
頑なに銃をとらなかった。
ついに命令拒否として軍法会議にかけられても貫き通した彼の主張は、思わぬ
助け舟により認められる。1945年5月、グローヴァー大尉に率いられ、
第77師団のデズモンドとスミティ(ルーク・ブレイシー)ら兵士たちは沖縄の
ハクソー・リッジに到着。そこは150mの断崖がそびえ立つ激戦地だった。
倒れていく兵士たちに応急処置を施し、肩に担いで降り注ぐ銃弾の中をひるむ
ことなく走り抜けるデズモンドの姿に、感嘆の目が向けられるように。
しかし丸腰の彼に、さらなる過酷な戦いが待ち受けていた。(Movie Walker)

<IMDB=★8.2>
<Rottten Tomatoes=Tomatometer:87% Audience Score:92% >


by jazzyoba0083 | 2017-06-25 12:15 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「帰らざる河 River of No Return」
1954 アメリカ 20th Century Fox Film Co.90min.
監督:オットー・プレミンジャー
出演:ロバート・ミッチャム、マリリン・モンロー、ロリー・カルホーン、トミー・レティグ他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>

観ているはずだが、NHKBSで放映してくれたので、録画して鑑賞してみた。
マリリン・モンローは大学生の頃から好きで、作品も「モンキー・ビジネス」(未)
以降大体観ているはず。もちろんリアルタイムではないが。
でも、今回観てみると殆ど忘れていた。
西部を舞台にしているので時代的に古さは感じないが、河を下るシーンはCGなど
無い頃なので、どうしても合成画面の辛さは出てしまう。物語が短い上映時間では
あるがそれなりにきちんとしているので、大作ではないが印象深い「映画史に残る1本」
と言ってもいいだろう。まとめ上げた手堅さはオットー・プレミンジャーの手柄という
べきか。

なかんづく、マリリン・モンローの美しさと、エヴァーグリーンとなった同名の
主題歌の存在無くしては語れない映画である。マリリンは1953年から56年くらいが
一番輝いていたのではないか。

過去に傷を持つ男、その息子。母はいない。そして酒場の女マリリンと彼女が
惚れた詐欺師。ラストで息子が取った行動はかつて父親のトラウマとなった行動と
同じであり、時として男は大事なものを守るために背後から銃を撃つこともある、
というオチであった。マリリンの詐欺師からミッチャムへのいい意味での心変わりも
含め、どうということのないストリート言えばそれまでだが、愛すべき作品となって
いる。これからも永く愛される映画であろう。
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<ストーリー:結末まで書かれいています>
1875年、ゴールド・ラッシュのアメリカ北西部へマット・コールダー
(ロバート・ミッチャム)という男が、今年16歳になる息子マークの行方を
尋ねてやって来た。マークは酒場の芸人ケイ(マリリン・モンロー)の世話に
なっていたが、マットは彼を引き取って新しく買った農場に落ち着いた。

ある日、マットは農場のはなれを流れている河で、筏に乗って漂流している
ケイと夫ハリー(ロリー・カルハウン)を助けた。賭博師のハリーは
ポーカーでとった砂金地の登記をするためケイと一緒にカウンシル・シティへ
行く途中だった。マットがこの河は危険だというと、ハリーは銃をつきつけて
マットから馬と食糧を奪い、隙をみて銃を奪おうとするマットを殴り倒し、
ハリーの態度にあきれるケイを残して1人で旅立った。

マットがケイに介抱されて気をとり戻したとき、農場はインディアンに襲撃
されそうになっていた。彼は直ちにケイとマークを連れて筏に乗り激流を下った。
マットはハリーに復讐しようと思っていたが、ケイは極力それを止めようとし、
口論のはずみにかつてマットがある男を背後から射殺したのを暴露した。
実は殺されそうになった親友を助けるためにしたことだったのだが、その
事情を知らぬ息子マークはこれを聞いて父を卑怯な人だと思いこんでしまった。

2日目の夜、水浴びに行ったケイをマットが迎えに行っている間にマークが
山猫に襲われそうになったが、通りがかりの2人の男に救われた。2人は
イカサマ賭博でハリーから砂金地をまき上げられた連中で、ケイに怪しい
振る舞いをしかけたがマットに追い払われた。

マットら3人はインディアンの執拗な追跡を逃れ、ようやくカウンシル・シティに
着いた。ケイからマットに詫びるよう忠告されたハリーは、承知した風を装い、
隙を見てマットめがけて滅茶撃ちをした。それを見たマークは思わず傍らの
銃をとってハリーを背後から撃ち、父を救った。そしてかつての父の事件を
思い出し、父への尊敬を新たにした。そのまま町を去ろうとしたケイはマットに
引き止められ、3人は新しい生活に入ることになった。(Movie Walker)

<IMDB=★6.7>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:62% Audience Score:54% >



by jazzyoba0083 | 2017-06-23 22:50 | 洋画=か行 | Trackback | Comments(0)

テッド2 Ted 2

●「テッド2 Ted 2」
2015 アメリカ Universal Pictures and more.116min.
監督・脚本:セス・マクファーレン
出演:マーク・ウォールバーグ、アマンダ・サイフリッド、ジョヴァンニ・リビシ
   モーガン・フリーマン、セス・マクファーレン(テッドの声)他
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<評価:★★★★★★☆☆☆☆>
<感想>

面白く観た「テッド」の続編。過激なシモネタ、ハッパ、乱発で、当然の
ことながらR15+指定。誰かとは観られないタイプの作品で、アメリカで
ないと作れない映画だろう。

むしろ過激なシモネタや相手をバカにしているのかおちょくっているのか
すれすれの会話、テレビドラマなどのパロディといった品性の無さを楽しむ
映画。そもそもがありえない世界なのだから、ありえないように観るのが
マナーというもので、出ているキャストらが楽しんじゃっているんじゃないの、
という雰囲気。おそらくセリフもアドリブが相当飛び交っていたんじゃないか
なあ。使われているかどうかは別として。
例によって、リーアム・ニーソンやジェイ・レノがいじられ役として登場、
また実在の人物を、そこまで言って大丈夫?くらいの過激なセリフも飛び交う。
アマンダ自身もその目の大きさをからゴラム(「ロード・オブ・ザ・リング」)
と言われているし。私はわからなかったが、アメリカではヒットしている
TVシリーズや映画のパロディが盛んにつかわれいたと思われ、アメリカの
劇場ではゲラゲラ声が止まらなかったんじゃないかな。
「スゥィートキャロライン」を歌って、本物のテッドを見つけ出すシーンは
大リーグ好きなら笑えるところだ。(特にボストン・レッドソックスファン)
日本語訳が難しかったと思うけど、良く訳してあったと思う。

今回は、テッドの結婚シーンから始まるのだが、テッドが人間と認められず
「プロパティ」(物)であると、養子を取ることが出来ないことが判明すると
それを覆す裁判を起す。担当する弁護士が新米のまだ法廷に出たこともない
サマンサ(アマンダ)だった。で、当然のように負ける。ジョン(マーク)、
サマンサとテッドは、NYの伝説の弁護士パトリック(モーガン)に会いに
行く。しかし、あっさりと断られるのだが・・・。

ハリウッド製お下劣系お笑いや、その手の「粋」な会話が楽しめる人には
楽しい時間だろう。日本人にはいささかやりすぎなところで辟易として
しまう人もいるかもしれない。しかし地上波では絶対に観ることは出来ない
ので、密やかに楽しめる映画でもある。
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<ストーリー>
冴えない中年男ジョン(マーク・ウォールバーグ)と恋人の結婚から数年。
中年テディベアのテッドと親友のジョンは、ボストンで相変わらず平凡な
毎日を送っていた。しかし、ひとつだけ大きな変化があった。テッドが
バイト先のスーパーで知り合ったタミ・リンと結婚していたのだ。
お互いスーパーのバイト勤務のため貧しい生活を送るテッド夫妻は、
ある日些細なことで大ゲンカとなり、早くも新婚生活は暗礁に乗り上げる。
テッドは危機を乗り越えるために、子供を持ち、父親になることを決断する。

しかし、州政府より「テッドは人間ではなく“モノ”である」と通達され、
子供を持つことはおろか、タミ・リンとの結婚さえも無効と判断される。
希望が打ち砕かれたテッドは、さらにスーパーのバイトまでクビになって
しまい途方に暮れる。

一方、親友をモノ扱いされて怒り心頭のジョンは、州政府を相手に
テッドの人権を勝ち取るための訴訟を起こす。若くて美人の新米弁護士
サマンサ(アマンダ・サイフリッド)を弁護士として雇い、裁判所に
乗り込むが、はたしてテッドは人権を認められ、愛する女性の夫となり、
父親になることはできるのか?(Movie Walker)

<IMDb=★6.3>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:46% Audience Score:50%>




by jazzyoba0083 | 2017-06-22 23:20 | 洋画=た行 | Trackback | Comments(0)

●「グッド・ネイバー The Good Neighbor」
2016 アメリカ Anonymous Content,Ball & Chain Productions and more. 96min.
監督:カスラ・ファラハニ
出演:ジェームズ・カーン、ローガン・ミラー、キーア・ギリキリスト、ローラ・イネス他
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<評価:★★★★★★☆☆☆☆>
<感想>

「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」以来、未だに低予算で作ることが出来るため
映画館では掛かりづらいが、WOWOWなどでは良くお目にかかるフェイクドキュメント。
(本作も日本劇場未公開)

本作は全部がそうではなく、法廷のシーンは普通の映画として作られている。が、
やはりどこか、「実在した話」ふうな構成となっている。短い映画なので一気に
見ることは出来るが、やはり底の浅さはいかんともしがたい。一応スジは通っているし
伏線も埋めてあり、回収もされるのであるが、骨子となるテーマが、なんというか
救いがないというか、意外な結末に、おそらく面白いという人もいるでしょう。
好き好きなので別にいいんですが、個人的にはこういう救いのない映画はいわゆる
「読後感」ならぬ「鑑賞後感」が悪い。

気に食わない隣のオヤジを、監視カメラや電化製品の遠隔操作を仕掛けることにより
救いを求めて神を信じるようになるか、という実験を、未成年のガキ二人が
挑戦する。たしかに偏屈親父だが、彼には最愛の妻を無くした悲しみを引きずって
いるんだということをガキらは理解していない。

死の床で、大声を出さずに自分を呼ぶためにと、妻に買ったハンドベル。ガキの
一人がそれを夜中に侵入し、いわれを知らず、地下においてあったものを居間に
置いてくる。妻が呼んでいると思い込んだ老人は、妻のところへと行くために銃で
頭を撃って自殺した。流石に動揺した二人だった。異常警報で駆けつけた警官に
その場で逮捕された。

他愛のないガキのいたずらなんだろうが、裁判になったものの終身刑にも出来る罪
だが、未成年でもあるし、家宅侵入などの軽い刑で、2年間の保護観察と
500日の社会奉仕で決着がついてしまう。裁判所の外には多くのマスコミや
抗議に来た人たちで埋め尽くされていた。ラストシーンはガキの一人がそんな
状況を見て片頬を上げてニヤけるところで終わる。

一つだけ褒めておく点があるとすれば、ガキ二人が撮った映像で構成される
本編が突然裁判のシーンに変わるのだが、「なにかやっちゃったんだな」と
思わせ、「私が入った時には、すでに被害者は血だらけで倒れていた」、と
いうような趣旨を警官が証言しているのだが、その被害者が誰かは明かされ
ない。そこはいい隠し方だったと思う。
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<ストーリー>

この老人、凶暴につき、侮ると後が怖い。ドッキリ用のカメラを仕掛け
られた“良き隣人たる”ひとり暮らしの老人をJ・カーンが不気味に
怪演した低予算B級サスペンス。

近所の独居老人宅にドッキリ用のカメラをひそかに仕込み、あれこれ
いたずらをして老人の反応を楽しもうとした高校生2人組。ところが、
ほんの軽いお遊びのつもりで始めた彼らの“実験”は、次第に意外な方向へ
と向かい、いつしか彼ら自身をも恐怖のどん底へたたきこむことに…。

「ゴッドファーザー」や「ミザリー」で知られるベテランの名優カーンが、
“良き隣人”たる老人に扮して不気味な怪演を披露。

監督は、「マイティ・ソー」などで美術監督を務め、本作で念願の長編
監督デビューを飾ったK・ファラハニ(WOWOW)

<IMDb=★6.3>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:17% Audience Score:46%>



by jazzyoba0083 | 2017-06-19 22:45 | 洋画=か行 | Trackback | Comments(0)

●「教授のおかしな妄想殺人 Irrational Man」
2015 アメリカ Gravier Productions 98min.
監督・脚本:ウディ・アレン
出演:ホアキン・フェニックス、エマ・ストーン、ジェイミー・ブラックリー、パーカー・ポージー他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>

原題は、「非合理的な、筋の通らない男」ほどの意味だが、邦題から類推されるのは、いささか
コメディに振った感じを受けるであろう。確かに、いつものウディのように、シリアスな中にも
ジョーク(しかも相当ブラックな)を交えて、サスペンスコメディとでもいうようなジャンルを
形成するのだが、本作も大まかに言えばそいういう作りだ。だた、今回はやや薄味。
しかし、これも彼の作品に共通することで、作品に現れる辛辣なジョーク・夢想などから、人生の
実相を描き出しているのは彼の作品の味である。

ウディファンの私としては、本作はちょっと、発端がドストエフスキー「罪と罰」の思想に
似すぎたかな、という印象を受けた。確かに哲学教授エイブ(ホアキン・フェニックス)は
ドストエフスキーが好きだし、彼に入れあげてしまう女学生ジル(エマ・ストーン)も、
ドストエフスキーは読破したわ、と言っているので、物語の底には、ラスコーリニコフが明確に
存在しているのかもしれない。

ウディ自身は出演はしていない。人種やユダヤ教(人)に関する執拗な?辛辣ギャグもない。
ストーリーは非常に分かりやすく、O・ヘンリの短編を読んでいるようなわかりやすさと寓意で
ある。全編で使われるラムゼイ・ルイスの「ジ・イン・クラウド」が非常に作品にマッチしていた。
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人生に行き詰まってしまった哲学教授エイブが、ダイナーで教え子ジルと食事中、たまたま後ろの
席に座っていた一家の会話を聞いたことから話しが大きく動き出す。その話というのが
離婚に際しての子どもの親権についてなのだが、どうやら旦那方の弁護士と判事は癒着していて
母親に不利な判決を出すらしい。エイブは、この悪徳判事を亡き者にすることが人生の
生きがいになってしまうのだ。それまでは着任してきた大学で、哲学を教えはするが覇気はなく、
人生の意味を見失ってしまし、離婚したこともあり、加えてインポになっていた。
それが、悪徳判事を亡き者にする、ということの人生の生きがいを感じた途端、精力絶倫、
気力充実になってしまうのだった。
エイブは最近他の大学から異動しきた哲学科の教授。
だが、人生の意味を見失っていて、情緒不安定、自殺願望さえあった。そいいう状況だった。

教え子ジルはロイという結婚も視野にいれた恋人がいたが、彼を愛しつつも、高踏で知識が高く
面白い会話をし、奥が深いエイブに惹かれていく。しかしエイブは女学生との一線を絶対に
超えない。いらつくジル。疑うロイ。

エイブは悪徳判事の行動パターンを調べ上げ、毎週土曜に公園をジョギングし、途中で必ず
キオスクでオレンジジュースと新聞を買い、ベンチで一休みするという機会を伺うことに
決定した。そして、予定通りベンチに座って新聞を読んでいる判事の横に座り、予め買って
おいた同じ容器の青酸カリ入りのジュースと入れ替えに成功する。

判事は死亡し、エイブは狂喜、一緒にダイナーで話を聞いていたジルも、何も知らずに
無邪気に喜んで、お祝いの会食を開いたりする。

しかし、天網恢恢疎にして漏らさず。次第にエイブの行動がバレ始める。化学室でクスリを
いじっているところをジルの友人に目撃されたり、大学の友人教師でエイブに入れあげている
化学担当が、自分の家から化学室の鍵が無くなった、と騒ぎ、次第に、ジルはエイブが
判事殺しの犯人ではないか、と疑うようになっていった。その頃にはエイブへの愛を押さえきれず
ロイとは別れてしまっていた。

ついにジルはエイブが判事毒殺の犯人である確たる状況証拠を入手し、エイブに詰め寄る。
しかも、警察は間違った男を逮捕してしまう。ここに至って、ジルは無実の人を終身刑には
できないとエイブに自首を促す。あんなに惹かれていたのに、殺人を犯すのはジルにとっては
ありえないことだった。普通はそうだわね。
自白するエイブ。その理論は「罪と罰」のラスコーリニコフと同じだった。
自首しないと私が警察に告白するわよ、と言われ、自首を約束するエイブだったが、それは
ウソで、友人の化学の先生とスペインに高飛びを計画していた。
自首の日、かつてバイトで扱い方を知っていたエレベーターを細工。ピアノのレッスンに来た
ジルをエレベーターホールで呼び止め、開いた箱のないエレベーター扉からジルを突き落とし
殺そうとした。しかし、もみ合ううちに、エイブは小さい懐中電灯を踏みつけ、転倒、勢い
余って自分がしかけた罠に自らはハマりエレベーターの中へと落ちていった。(死んだのだろう)
因果応報。その懐中電灯というのが、二人で一緒に遊び行った夜店のルーレットで当てたヤツ
で、伏線の回収が心地よかったりする。

ジルはロイと寄りを戻した。「エイブは私には理解できない人だったのよね。」"Irrational Man"
だったということだ。しかし、エイブの心情、分かりますねえ。最期は自業自得という結末だけど、
あの結末だけで、因果応報とは言い切れない感情が残るのがウディ作品の面白みでしょう。
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<ストーリー>
「ミッドナイト・イン・パリ」「マジック・イン・ムーンライト」のウディ・アレン監督が
ホアキン・フェニックスとエマ・ストーンを主演に迎えて贈る不条理シニカル・コメディ。
世の中のための殺人に生きる意味を見出し鬱から脱した哲学教授と、彼に恋する2人の女性が
織りなす皮肉な運命をコミカルに綴る。共演はパーカー・ポージー、ジェイミー・ブラックリー。

 アメリカ東部ロードアイランド州ニューポート。この小さな海辺の町の大学に赴任して
きた哲学教授のエイブは、“人生は無意味である”との哲学的答えに至ってしまい、すべての
ことに無気力となってしまっていた。ところが、そんな悩める中年男に、教え子の優等生
ジルは興味津々。さらに夫婦生活に問題を抱える同僚リタからも猛アプローチを受けるが、
彼の心は沈んだまま。

そんなある日、ジルと立ち寄ったダイナーで悪徳判事の噂を耳にするエイブ。その時、彼の
脳裏にある完全犯罪への挑戦という企てがひらめく。以来、生きる意味が見つかったことで、
見違えるように気力を取り戻したエイブ。その急変ぶりに戸惑いつつも、ますます彼の虜に
なっていくジルだったが…。(allcinema)

<IMDb=★6.6>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:44% Audience Score:46% >




by jazzyoba0083 | 2017-06-17 22:50 | 洋画=か行 | Trackback | Comments(0)

●「スーサイド・スクワッド Suicide Squad」
2015 アメリカ Atlas Entertainment,DC Comics,Warner Bros.Pictures.123min.
監督・脚本:デヴィッド・エアー
出演:ウィル・スミス、ジャレッド・レトー、マーゴット・ロビー、ジョエル・キナマン
   ヴィオラ・デイヴィス、ジェイ・コートニー、福原かれん 他
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<評価:★★★★★★☆☆☆☆>
<感想>

本作、シネコンの予告編でイヤと言うほど見ていたけれど、シネコンに行く気は
なかったもの。この度WOWOWで放映していたので、録画してみてみた。
やさぐれた半端者の集まりが招集を受けて、悪と敢然と戦う、というタランティーノ風の
作品かとおもっていたら、なんとDCコミック原作なんだね。個人的にはちょっとフィット
しなかったなあ。火を吹くやつとか、日本刀の達人とか、結構魅力あるキャラはいたのだ
けれど。

バットマン亡き後のゴッサムシティでやりたい放題の悪党らに、悪党だけで組織した
「決死部隊」が立ち向かう。これがDCコミックに出てくる悪役なのだね。私、マーヴェル系は
まあ分かるのだが、DCは、バットマン、スーパーマンくらいしか知らない。故に集められた
悪党たち、だれがどういう由来を持っているのか、不明なまま鑑賞に突入。ジョーカーって
あのジョーカーでいいのか、とかね。

故に、後半のチーム一丸となっての戦闘に至るまでは退屈。DCコミックものってだいたい
全編暗いんだよなあ。ゴッサムシティがそうだからかもしれないが、見づらい。
お互い一匹狼の悪党たち、次第に力を合わせ、見事地球を救ったあかつきには、国から
ご褒美をそれぞれの希望によって貰えるというカタルシスまでの部分は見ることは出来た。
そして、ベン・アフレック登場で続編の匂いと。 おそらく続編はそうとう魅力的でないと
見に行かないと思う。この前の「バットマンvsスーパーマン」も出来のいい映画とはいえな
かった。
いずれにせよ、私のタイプの映画ではなかった。
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<ストーリー>

DCコミックスのスーパーヒーローたちと対峙する悪役(=ヴィラン)たちが結集した異色
アクション。死刑や終身刑をくらった彼らが、強大な悪に立ち向かう姿を描く。バットマンの
敵でチーム最凶の男、ジョーカーをジャレッド・レト、娘に首ったけな元マフィアの殺し屋
デッドショットをウィル・スミスが演じるなど、実力派が多数出演。

迫りくる世界崩壊の危機を前に、政府はある決断を下した。バットマンをはじめとする
ヒーローたちによって投獄され、死刑や終身刑となったヴィラン(悪役)たちを、減刑と
引き換えに自殺に等しい任務を強制する集団スーサイド・スクワッド(自殺部隊)へ入隊
させるのだ。
こうして、情に厚い凄腕暗殺者デッドショット(ウィル・スミス)、狂気の道化師ハーレイ・
クイン(マーゴット・ロビー)、軍人リック・フラッグ(ジョエル・キナマン)、地獄の
炎を操る小心者エル・ディアブロ(ジェイ・ヘルナンデス)、必殺縄師スリップノット
(アダム・ビーチ)、ブーメラン使いキャプテン・ブーメラン(ジェイ・コートニー)、
唯我独尊を貫く女侍カタナ(福原かれん)、魔女エンチャントレス(カーラ・デルヴィーニュ)、
ウロコに覆われた怪力男キラー・クロック(アドウェール・アキノエ=アグバエ)という
強烈な個性が揃った寄せ集めの最狂チームが誕生した。思いがけず“正義のヒーロー”を任された
彼らは、世界を救うことができるのか!?(Movie Walker)

<IMDb=★6.2>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:25% Audience Score:62%>




by jazzyoba0083 | 2017-06-16 23:20 | 洋画=さ行 | Trackback | Comments(0)

アウトバーン Collide

●「アウトバーン Collide」
2016 イギリス・ドイツ DMG Entertainment 99min.
監督:エラン・クリーヴィー
出演:ニコラス・フォルト、フェリシティー・ジョーンズ、マーワン・ケンザリ、ベン・キングズレー
   アンソニー・ホプキンス他
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<評価:★★★★★★☆☆☆☆>
<感想>

既視感ありありのストーリー仕立ではあるが、アンソニー・ホプキンスvsベン・キングズレーが
観られたり、「マッド・マックス 怒りのデスロード」で活躍したニコラス・ホルト君や
「ローグワン」のフェリシティー・ジョーンズも出ているということで鑑賞に及んだ。

輸入車ファンかつ貧乏性の私としては、この手のクルマがぶっ壊れる映画は、勿体なさが
先にたつのがナニである。新車のジャガーXE、F-type、ポルシェ・カイエン、メルセデス、
アストンマーチン、シトロエンなど、新車がアウトバーンをガンガンにぶっ飛ばして
ガンガンに壊れる。もったいないなあ・・・おれに呉れろ、と思ってしまう。

この映画の売り物は、高速でのカーチェイスと破壊シーンと、ホプキンスとキングスレーの
名優の対決だろう。後のストーリーはオチも含めてよくあるパターン。謎の豪華キャスティングと
クルマのぶっ壊れっぷりもなかなかいいので、観てしまったのだ。
主役のホルト君はちょっと優男すぎる感じ。恋人のフェリシティは彼女じゃなくてもいいね。
ツッコミどころも楽しい。ホルト君のクルマに敵の弾が当たらなさすぎなのは毎度のこと
だけど、ケルンのCAFEで二大老名優が対決するシーン、警察がCAFEを取り囲むのだけど、
みんな裏口から逃げちゃうのだね。おいおい、裏口をちゃんと固めんかい!と。
ホルト君、逃亡中、ガソリンが無くなり立ち寄ったGSで、高額な500ユーロを使わせない
店主に「俺は悪い人間ではない」とか言っちゃって、ここまでどんだけ一般人に迷惑を
かけていると思ってるの?と。いくら彼女の腎臓移植のためにカネが必要だからといって、
ケルンのまちなかやアウトバーンであれだけやりたい放題やらかして、悪くないはずが
ないでしょう、ねえ。
棚ぼたの大金を見事せしめて、相棒にも山分けし、警察と取引して無罪放免となり
二人してアメリカに渡っていったんだけど、ご都合主義もここまで来るとむしろご立派。
責める気にもならない。
勢いとテンポで観せてしまう99分。カーチェイスが前半でもっとあればもっとアドレナリンが
出ただろうに。
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<ストーリー>

『マッドマックス 怒りのデス・ロード』で物語の鍵を握るキャラを演じたニコラス・ホルト
主演のカー・アクション。恋人を救うため、高速道路を高級車で激走する男の姿をスピード
感満点の映像でつづる。数々のアクション大作を手がけてきたジョエル・シルバーが製作を
担当し、『ビトレイヤー』のエラン・クリーヴィーが監督を務める。

ドイツのケルン。トラックには麻薬、高級車に500万ユーロ。巧妙に仕掛けられた危険な
取引に巻き込まれたケイシー(ニコラス・ホルト)。2つの巨大な悪の組織から追われる身と
なった彼は、その追跡を逃れ、恋人ジュリエット(フェリシティ・ジョーンズ)を救うため、
高級車を乗り換えて速度無制限の高速道路“アウトバーン”を疾走する。運命に抗う大きな
賭けの行方は……?(Movie Walker)

<IMDb=★5.7>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:20% Audience Score:38%>




by jazzyoba0083 | 2017-06-12 23:20 | 洋画=あ行 | Trackback | Comments(0)

メッセージ Arrival

●「メッセージ Arrival」
2016 アメリカ Paramount Pictures,21 Laps Entertainment.116min.
監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ 原作:テッド・チャン「あなたの人生の物語」
出演:エイミー・アダムズ、ジェレミー・レナー、フォレスト・ウィテカー、マイケル・スタールバーグ他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>

「未知との遭遇」「コンタクト」など、意思を表示しない宇宙からの生命体と地球人との
やりとりを描いた映画はこれまでも何本か作られてきている。本作も、突然地球の12箇所に
現れ、空中に浮かぶ繭型の飛翔体と、そこから出てきた7本足のタコの大きなやつみたいな
異星人たちとの「コミュニケートの苦闘」を描くと当時に、彼ら異星人が持っている(操る?)
時制の不思議を、宇宙モノでは極めて地味に、哲学的、内省的に、形而上的ともいえる描き方で
綴っていく。
本作で多く使われ、しかも重要な表現となる「フラッシュバック(フォワード)」、しっかり
観ていないと時制が混乱するかもしれない。 私はラストでなんとなく腑に落ちた程度で
しっかり理解出来たか、というと「すっきりと判った」レベルではなく後から考えればそういう
ことなのだろうなあ、という状況であった。

冒頭にルイーズと娘、その娘が病を得て、やがて死別というシーンが示され、娘との
交流からインスパイアされ(霊的に導かれたようにも見える)異星人たちとの会話を
成立させていく。彼らとの接触から時制を解き放された主人公ルイーズは、共同研究者で
あるイアンとの未来を獲得していくのだった(んで良いんだっけ?)。
ルイーズの娘の名前はHannah。どちらから読んでもハンナだ。これは、映画全体の
メタファーとして認識してよいのではないだろうか。はずれのないヴィルヌーブ監督、
自作の「ブレードランナー2049」に期待が膨らむ。

異星人たちは攻撃をしてくるわけではなく、墨絵みたいな黒い煙で大気中に文字を書く。
この解読に呼ばれたのは、国際的言語学者のルイーズ(エイミー)だった。彼女は最愛の
娘を白血病のような病で失っていて、そのダメージを引きずっていたのだった。
相棒を組むのは物理学者のイアン(ジェレミー)。二人を中心とし、軍により結成された
異星人の言語解析チームは、「何のために地球に来たのか」と問うために、まったくゼロの
状態から、解析を始める。まるで言葉を覚えたての赤子に言葉を教えるように、また古代
文字を解析するように。

彼らの使う文字は「象形」「表意」「表音」ではなく、「表義」文字という種類らしい。
「未知との遭遇」のような音で表すのもまた面白いが、原題の私達の文字という概念では
推し量れない模様のようなものを、ルイーズとイアンは(相手が悪なのかどうなのかも
分からない中)果敢に解読に挑む。

意思が通じえない同志が、苦労して意思を通わせることが出来る状況は、穿ちすぎかも
しれないが、現在の地球人同士にも通じる重いテーゼではないか。「言語こそ武器」と
本作の異星人たちは教えているのだ。果たして、地球人はこのことを上手く使えて
いるのだろうか。
時間切れで、宇宙船への攻撃が始まる直前、異星人たちは地球を救いに来た、3000年後に
自分たちが助けてもらう状況が来るから、ということが分かり、(つまり意志の疎通が
出来た、ということ)一旦異星人たちは地球を離れていく。
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<ストーリー>
言語学者のルイーズ・バンクス(エイミー・アダムス)は湖畔の家に独りで住み、
今はいない娘ハンナとの何気ない日常を時おり思い出す。ある日、地球各地に大きな
宇宙船のような物体が出現する。
ルイーズは、宇宙船から発せられる音や波動から彼らの言語を解明し、何らかの手段で
こちらのメッセージを彼らに伝えるよう、国家から協力を要請される。
タッフのなかには、物理学の見地から取り組むよう招集されたイアン(ジェレミー・
レナー)もいた。

ウェバー大佐(フォレスト・ウィテカー)に急かされながら、スタッフは少しずつ
相手との距離を縮めていく。ルイーズは忙しくなるほど、ハンナの思い出が色濃く蘇る。
しびれを切らした中国は核攻撃をしようとしていた。ルイーズは自分を指して「人類」と
いうところからコミュニケートの端緒を掴む。

彼らにはタコの足に似たものがあったため、彼らをヘプタポッドと呼ぶようにした。
彼らはその先端から図形を吐き出す。刻々と変化する図形の規則性を見出すと、それらを
コンピュータに打ち込んで会話ができるようになる。ルイーズとイアンはそれらの2体を
アボットとコステロと名付ける。
政府や軍はヘプタポッドが地球を攻めようとしているのではと相変わらず疑っていたが、
そんなとき、ヘプタポッドの時間の概念は自分たちと大きく違っていることに気付く。
彼らはアインシュタインの相対性理論の進化形の如く、驚くべき真実をルイーズたちに
伝える。それは、3000年後の地球も現在と同じ座標軸にあるというものだった。

ルイーズは彼らの言語を研究し理解するにつれ、自分の人生における経年も今までの
時間軸の概念を超越したものになることを知る。ルイーズは彼らからの影響に混乱するが、
過去が未来にやってくることが分かっても、愛することをやめないと確信する。
ついに最終決断を下した中国の行動を止めるため、ルイーズはイアンを使って思い切った
賭けに出る。彼女の行動は、地球を、そして彼女自身を救うことができるのか?
(Movie Walker)

<IMDb=★8.0>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer: 93%  Audience Score:82%>




by jazzyoba0083 | 2017-06-10 18:00 | 洋画=ま行 | Trackback | Comments(0)

●「マンチェスター・バイ・ザ・シー Manchester by the Sea」
2016 アメリカ Amazon Studios 137min.
監督・脚本:ケネス・ロナーガン
出演:ケイシー・アフレック、ミシェル・ウィリアムズ、カイル・チャンドラー、ルーカス・ヘッジス他
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            <2016年度アカデミー賞脚本賞・主演男優賞受賞作品>
<評価:★★★★★★★★★☆>
<感想>
タイトルのマンチェスター・バイ・ザ・シーというのはアメリカ・マサチューセッツ州に実際に
ある街の名前で、ボストンの北に位置し、人口5000人程度の小さい港町である。
この小さな港町を舞台にした、主人公リー・チャンドラー(ケイシー)とその周辺の人々の
ドラマである。大向うを唸らせるような事件が起こるのでもなし、殺人があるわけでもない。
小さな街のどうってことない一人の男の人生の一コマを切り出してドラマとしている。

なぜこの作品がオスカーの脚本賞を獲ったか、考えてみるとわかるのだが、全く何気ない
いわゆる「everyday people」に起きる小さな(個人にとっては大きな)出来事を体験しつつ
どう人生を送ったか、言い方は悪いかもしれないが、そこらにある「何の変哲もない」、ある
人生をドラマツルギーにまで高めた構成力、作劇力が評価されたのであろう。

ドラマツルギーと言えば、シェイクスピアの「お気に召すまま」に以下の台詞がある。

『全世界は劇場だ。すべての男女は演技者である。人々は出番と退場のときを持っている』

本作でも、リーという男の人生の一コマも切り出しで、観客に人生の有りようとは、こんな
ものもありますが、あなたはどう考えますか?と問うているように感じたのだった。

この作品でオスカーを獲ったケイシー、これまでも割りと覇気のないヘタレな役を演じる
ことが多かったと思うのだが、ここでも、精力に満ちた男ではない。善人なのだが、周りの
人に振り回され、自分というものを確立し得ない。しかし、そこにはかつて自分の過失から
起こした火事で二人の娘を死なせてしまったという大きなトラウマというかグリーフが
大きく影を落としていたのだった。そこへ持ってきての兄の急死。でもこの男、不思議と
悩みを柳に風とばかりに右から左へと受け流していく。強い意志をもっているわけはない
のだが。急死した兄の子高校生のパトリックの後見人をしぶしぶ引き受け、自分の人生を
なんとかしなくてはならないのに、いつも周囲のことに振り回されるというか、気遣って
しまう。(しかし最後まで見れば、彼なりに必死に考えていたことが理解できる)

こうした作品中のリーに対し、観客は知らず知らずに同化していくように思う。ああすれば
いいのに、こうすればいいのに、と思うだろう。これすなわち、主人公の人生を追体験して
いることにほかならない。そして、リーに対し、応援しているのではないか。私はそうだった。
二人の娘の死、兄の急逝、そしてその息子の後見人の役割と、その中で、なんとか自分の
暮らしを立て直さなくてはならないリーに対し、私たちは静かに応援をしたくなるのだ。
最後に、兄の息子に対し、自分なりに決断したこれからのことを説明するリーは、これまでの
リーとは違うな、と思わせたとき、私達はそこにカタルシスを感じることができるのであろう。

どこにでもいる人々のどこにでもある出来事が、観客を巻き込みつつどういう顛末になるかという
物語に仕立てた、そのドラマツルギーの見事さに尽きる。そしてケイシーの目線の動きを始めとした、
内面をしっかりと演技したその演技力を堪能するに尽きる。もちろん、イングランド地方の風景の
美しさ、切り取られる画の構成、音楽の選曲、登場人物たちのキャラクター設定など、
トータルでよくできた映画といえる。そこらにある話をここまでの映画に高める力、ケネス・
ローガン監督、次作が楽しみである。
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<ストーリー>
アメリカ・ボストン郊外でアパートの便利屋として働くリー・チャンドラー(ケイシー・アフレック)。
ある日、一本の電話で、故郷のマンチェスター・バイ・ザ・シーにいる兄のジョー(カイル・
チャンドラー)が倒れたことを知る。リーは車を飛ばして病院に到着するが、ジョーは1時間前に息を
引き取っていた。冷たくなった兄の遺体を抱き締めお別れをしたリーは、医師や友人ジョージと共に
今後の相談をする。ジョーの16歳の息子で、リーの甥にあたるパトリック(ルーカス・ヘッジズ)にも
父親の死を知らせるため、ホッケーの練習をしている彼を迎えに行く。見知った街並みを横目に車を
走らせながら、リーの脳裏に仲間や家族と笑い合って過ごした日々や、美しい思い出の数々が浮かび
上がる。
リーは兄の遺言を聞くため、パトリックを連れて弁護士の元を訪れる。ジョーがパトリックの後見人に
リーを指名していたことを知ったリーは絶句する。弁護士は遺言の内容をリーが知らなかったことに
驚きつつ、この町に移り住んでほしいと告げる。弁護士の言葉でこの町で過ごした記憶が鮮明によみがえり、
リーは過去の悲劇と向き合わなくてはならなくなる。なぜリーはこの町を出ていったのか? なぜ誰にも
心を開かずに孤独に生きるのか? リーはこの町で、パトリックと共に新たな一歩を踏み出すことができ
るのだろうか?(Movie Walker)

<IMDb=★7.9>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:96% Audience Score:78%>






by jazzyoba0083 | 2017-06-10 15:10 | 洋画=ま行 | Trackback | Comments(0)