●「スター・ウォーズ/最後のジェダイ  Star Wars :Last Jedi」
2017 アメリカ Lucasfilm,Ram Bergman Productions,Walt Disney Pictures. 152min.
監督・脚本:ライアン・ジョンソン  製作総指揮:J・J エイブラムズ他
出演:マーク・ハミル、キャリー・フィッシャー、アダム・ドライバー、デイジー・リドリー、ジョン・ボイエガ他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
素直に面白かった。時間がちょっと長すぎじゃないか、と不安だったが、そんなこともなかった。
最近の空想科学モノ、ヒーローモノはいろんなキャラクターがごちゃごちゃ出てきて、ストーリーが
とっちらかってしまい何が何だか良くわからない、という隘路に入っていると感じているのだが、今年
見たMARVELもDCも、原点回帰というか、ストーリーを単純に、善悪の構図を明確単純にし、活劇も観ていて
分かりやすくなってきたな、と感じていた。ま、SWファンには同列にするなと叱られそうだが、
SWシリーズも、主人公の交代に至るEP7までは、まだまだストーリーが複雑に階層をなしていて、
単純でワクワクする「男の子映画」(女の子を馬鹿にしているわけではなく、ものの言いようとして)に
なりきれていない恨みをずっと感じてきた。

ところが、本作では明らかに世代交代が進み、ハン・ソロやダースベイダーは過去の人であり、本作において
いよいよルークやレイアの退場となっていく。そして新時代はラストシーンの少年のアップに象徴されるように
カイロ・レンやレイ、フィンらの世代になっていくのだということを強く印象づけた。文字通り二世の時代。

共和国軍レジスタンス(ジェダイ・オーダー)対ファーストオーダーという善悪の構図の中で展開される
活劇も敵味方がはっきりしているので観ていて分かりやすく、「第七騎兵隊的」カタルシスも効果を十分に
発揮出来ている。ただ、欲を言えば、単純で平板に陥ってしまった恨みは残った。簡単にやられてしまう
スノークって一体?とか。4~6のダースベイダーが持っていた絶対的な恐怖感というものは本作にはない。
そのあたりに軽さが出てしまったのかもしれない。ベネチオ・デル・トロの中途半端な登場もマイナスだ。
アジア系のローズは、顔と役柄がマッチしていなくて、(下手したらお笑い系)ミスキャストじゃないかなあ。
冒頭で死んじゃう姉ちゃんのほうが美人だったような。

単純で分かりやすいと平板になり、ストーリーを多層化すると話が見えなくなり、と難しいのではあるが。
それのバランスが出来た脚本と演出であれば★9個は進呈できた。
それと、「アルマゲドン」ではないのだから、特攻自爆的な自己犠牲への昇華という戦いは、一見美しいように
思えるけど、私は決して好きではない。夢と希望のあるSWならば、特に命を簡単に捨てる攻撃は賛成できない。

さはさりながら、本作、冒頭のその後に登場するキャラクターの前触れ的な役目もこなしつつ、掴みはOK。
そしてレイとルーク・スカイウォーカーの対峙。さらにカイロ・レンの悩みと今後の行動(は謎だ)、
今はなきレイア率いる共和国レジスタンス軍とフィンの活躍。どこか黒澤映画の脚本のような展開が日本人と
して理解しやすく、勧善懲悪、次作への引張り、カタルシスの提供、伏線の埋め方など、家族連れでいっても
お父さんは子供に説明しなくてもいい展開となっている点を評価したい。

私の住んでいるあたりは、まだIMAX 3Dの上映が始まっておらず、始まったらもう一度観てこようと思う。

個人的にはキャリー・フィッシャーの姿に胸痛めつつ、今年は大活躍で何本観ただろうアダム・ドライバー、
そして、その男前が大好きなデイジー・リドリー。今年はもう人の男前「ワンダーウーマン」のガル・ガドットと
並び、個人的に今大好きな女優さんである。 最初のEP4の公開が1977年だから40年も経てばマーク・ハミルも
歳を取るのは当たり前。その初老になった風貌はかつてオビ=ワン・ケノービらのジェダイが持っていた
雰囲気と映画の中のポジションを獲得しているわけだから、貴重な存在であり、また本作のなかでも重要な
ポジションを与えられていたわけだ。

宇宙活劇ものとしては標準以上の出来であり、先述のように家族連れで楽しめる娯楽作であることは確かで、
次回作への楽しみも残してくれた。ちなみに映画の中で私がクスッと来たのは、観た人は分かるだろうけど
フィンの「このメッキ頭!」というセリフと、レジスタンス軍の戦闘機が古すぎて、床が抜けるシーンだった。
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<ストーリー>
SF映画の金字塔「スター・ウォーズ」サーガの新3部作の幕開けとして2015年に公開され、世界中で空前の
大ヒットとなった「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」のその後を描く続編。
ついにフォースを覚醒させ、伝説のジェダイ、ルーク・スカイウォーカーと出会ったレイを待ち受ける驚愕の
運命と、ファースト・オーダーとレジスタンスの戦いの行方を描く。
主演は引き続きデイジー・リドリー。共演陣にはアダム・ドライヴァー、ジョン・ボイエガ、オスカー・
アイザック、マーク・ハミルら前作の主要キャストのほか、ローラ・ダーン、ベニチオ・デル・トロ、
ケリー・マリー・トランらが新たに参加。
なお2016年12月に他界したキャリー・フィッシャーは本作がシリーズ最後の出演作となる。
監督は新たに「LOOPER/ルーパー」のライアン・ジョンソン。

 レイア将軍率いるレジスタンスはファースト・オーダーの猛攻に晒され、基地を手放し決死の脱出を図る。
その頃、レイは伝説のジェダイ、ルーク・スカイウォーカーを連れ戻そうと説得を試みていた。
あるトラウマから心を閉ざし、ジェダイの訓練を請うレイに対しても頑なな態度を崩そうとしないルーク
だったが…。(allcinema)

<IMDb=★8.0>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:93% Audience Score:57% >




by jazzyoba0083 | 2017-12-17 11:35 | 洋画=さ行 | Trackback | Comments(0)

●「フィラデルフィア物語 The Philadelphia Story」
1940 アメリカ Metro-Goldwyn-Mayer Studios 112min.
監督:ジョージ・キューカー   原作:フィリップ・バリー
出演:キャサリン・ヘプバーン、ケイリー・グラント、ジェームズ・スチュワート、ジョン・ハワード、
   ルース・ハッセイ他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
この前に観た1971年製作の「ラスト・ショー」もそうだが、本国での評価は極めて高く、オスカーも
獲っている作品。本作は主演男優賞(スチュワート=これについては少々疑問符がつくと思うが)、
脚本賞を獲得している。両作品ともRotten Tomatoesでは批評家からは100%の支持が付いている。

で、何がいいたいかというと、アメリカの国情というか時代の雰囲気を実際に理解できないと、なかなか
評価は難しい作品もある、ということと、気の利いたセリフの応酬が面白さの肝の劇場由来の作品において、
字幕では作品のもつニュアンスは的確にフォロー仕切れないと思うのだ。
この「フィラデルフィア物語」は私にはそれに該当し、もちろん日本でも高評価をする人も多いが、私には
冒頭のシーンとラストカット以外はあまり心が動かなかった。

恋愛コメディではあるが、ベースはハイソサエティーのお話であり、所詮お金持ちのわがまま女が、3人の
男の間で心を入れ替える(短い時間で変われるものか、というツッコミも出来る)物語。

特にジェームズ・スチュワートとヘプバーンの間が濃くなるまでが退屈。別れた夫グラント、結婚式を
控えたハワード、そして記者スチュワート。グラントはヘプバーンに未練がある。取材に来たスチュワートは
ヘプバーンに惹かれていく。もともと気が進まない結婚で婚約者のハワードには冷たいヘプバーン。
そんな構図の中で、ヘプバーンは荒んだ心のまま酒の勢いでスチュワートとプールで泳いだりして
(何もなかったのだが)一夜を過ごす。当然婚約者は怒る。結婚式は今しも開会のメロディーを奏でて
いる。僕が代わりにと言い寄るスチュワートだが、ヘプバーンはNO、近くにいるカメラマンの女性に
気が付きなさい、貴方を思っている彼女を、と鈍いスチュワートを諭す始末。別れたもののお互いに憎からず
思っていたグラントとヘプバーンは急遽元の鞘に戻る結婚式に臨むのであった。

というストーリーなのだが、まあ、一番可愛そうなのは婚約者のはワードで、なんら落ち度がないのに
結婚式当日に恥をかかされた。慰謝料ものだろうなあ。ハワードはもともとの金持ちではなく一応努力で
今の地位を獲得した男なのに。ヘプバーンの父親は石油王で、甘やかして育てたのだろなあ、結婚式当日に
相手が変わっても騒ぎすらしない。大らかというか金持ちけんかせずというか。

1940年代、鉄鋼や石油、自動車で産業の構図が変わり、アメリカにも富豪という存在が生まれ、庶民との
階層が出来た頃だ。そういう頃の雰囲気を理解せずしてこの映画を真から理解するのは難しいと思う。
確かにヘプバーンが、男を見る目を確かなものにしていく(のかなあ)過程は教訓的ではあるが、どこか
能天気で、悪びれない。これをリメイクしたミュージカル「上流社会」の方が、能天気を突き詰めた分だけ
娯楽作として楽しく観られる。
再度言うが、本作はもともと舞台劇であり男女のセリフの怒涛のようなやりとりが面白みの肝な劇であるため、
字幕ではニュアンスをフォローしきれない部分があるようだ。その点でも日本での評価は本国並みという
わけにはいかないのではないか。

本作を語るときには「巨匠ジョージ・キューカーの不滅の名作コメディ」との惹句が付くが、それは間違いないと
しても、我が国でそれがそのまま無邪気に受け入れられるかといえば、上記2つの大きな理由でクエスチョンが
付くのではと感じるのである。キューカーの演出、名優3人の演技、キャメラの技など優れている部分も勿論多い。
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<ストーリー>
フィアデルフィアの大富豪ロード家の長女トレイシーは、同じく上流のG・K・デクスター・ヘイヴンと恋愛に
おちて結婚したが、たちまち破境の嘆きを見た。それはトレイシーが世間知らずで、人の欠点を許容することが
出来ず、完全な人格を相手に求めるところに原因して、デクスターがやけ酒を飲みすぎたのが直接の動機だった。

しかしデクルターはなお彼女を愛している。そのトレイシーが貧困から身を起こして出世したジョージ・キット
リッジと結婚することとなる。スパイという黄表紙雑誌の記者となり、南米へ行っていたデクスターは、
トレイシーが間違った結婚をするのを助けようと帰ってくる。彼はスパイの記者マコーレイ・コナーと
その恋人で写真班のエリザベス・イムブリーを、南米にいるトレイシーの弟の親友だといってつれて来る。
コナーは小説家であるが、パンのためにいやいやスパイの記者をしている男で、フィラデルフィア名門の
結婚式の模様などをすっぱ抜き記事にしたくなかったのである。

さてデクスターをいまだに怒っているトレイシーは、彼のお節介に腹を立てたが、断ると父のあるダンサーの
ことをスパイが発表するというので、彼らを表向き客として泊めることになる。父のセスが別居しているのも、
トレイシーが完全人格を望むくせで、母に無理矢理に追い出させたのである。花婿たるベキトリッジは、
トレイシーを理解していないし、名門との縁組を最も関心事としているがトレイシーはそれに気づかず、
立派な人格者として見ている。

ところがデクスターのとコナーのあけっぴろげの愛すべき性格は、トレイシーの目を少しばかりあけた
ようであった。そして結婚式前夜のパーティーで、トレイシーとコナーはシャンパンを飲みすぎ、2人は暁近く
恋を語り、二度ほどキッスする。そしてプールへ泳ぎに行き、酔い倒れたトレイシーを抱いてコナーが戻って
くるところに、デクスターとキトリッジが来合わせた。デクスターには分かったがキトリッジはコナーの話しを
信じなかった。それで翌日トレイシーはキトリッジとの婚約を破棄した。今は人間には欠点ありと悟った彼女は、
デクスターがどんなに彼女に適した男であるかが分かり彼と結婚式をあげる。(Movie Walker)

<IMDb=★8.0>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:100% Audience Score:93%>




by jazzyoba0083 | 2017-12-16 22:30 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「アニーよ銃をとれ Annie Get Your Gun」
1950 アメリカ Metro-Goldwyn-Mayer. 107min.
監督:ジョージ・シドニー  脚本:シドニー・シェルダン
出演:ベティ・ハットン、ハワード・キール、ルイス・カルハーン、J・キャロル・ネイシュ他
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<評価:★★★★★★★★★☆>
<感想>
今日は月イチの市が開催する映像鑑賞会。この半年は古いミュージカルシリーズで、今日午前の
出し物が「アニーよ銃をとれ」だった。
この時期のMGMものは大好きなれど、たまに鑑賞が抜け落ちているものがある。本作もそれで、
これに続く「ショウほど素敵な商売はない」は観ているのだが、今回は初見であった。

この映画調べるといろいろと面白いことが分かってきて、ますます興味深くなったDVDを買おうかしら、
とも思う。まず主演の実在の女性ガンマン、アニー・オークリーを演じたベティ・ハットンだが、まさに
本作が彼女のピークとも思える演技と歌が素晴らしい。小柄でそう美人という訳でもないのだが、愛すべき
キャラクターを十分に発散。吹き替えをしない乗馬シーンやその歌声など、今見ても一級品の芸・演技で
ある。その後はあまり作品に恵まれず、もともとブロードウェイでの舞台劇であったこの作品のその舞台で
アニーを演じ、その後「ショーほど~」にも主演する御大エセル・マーマンにかなり意地悪されたり、テレビの
世界に軸足を移したことが裏目に出たりして本作からほどなく引退してし消息不明となってしまう。

本来この映画のアニーにはジュディ・ガーランドがキャスティングされていたのだが、彼女は当時精神が
安定しておらず、急遽代役としてキャスティングされたのだが、本作こそ大ヒットとなったがその後は、
ガーランドはいろいろあったが銀幕に復帰したがハットンはついに戻ることはなかった。惜しい人材では
ある。

この映画が不滅の価値を獲得しているのは、シドニー・シェルダン(後述)の、王道なストーリーの中にも
細かい笑いのシーンを入れ、コメディエンヌの才覚も有るベティ・ハットンがそれを上手くこなしている点、
またストーリーに乗せて歌われるアメリカのポピュラー音楽の巨人アーヴィング・バーリンの今やスタンダードと
もなっている名曲の数々、さらに発色がいいテクニカラーの映像、当然ジョージ・シドニーの演出と
それぞれが上手く組み合わさって相乗効果を出している点であろう。

脚本家シドニー・シェルダンはその後「ゲームの達人」で注目されるのであるが、もともとは映画の脚本家で
名作「イースター・パレード」「Anything Goes」を始め、テレビの世界では「可愛い魔女ジニー」の
企画・原作・製作・脚本を手がけている。

巨人アーヴィング・バーリンはブロードウェイとこの映画のために曲を書いたが、多くの曲がスタンダードと
なっている。(リチャード・ロジャーズとオスカー・ハマースタイン二世は舞台の製作)ジョージ・ガーシュイン、
ジェローム・カーン、リチャード・ロジャーズ、オスカー・ハマースタイン、そしてコール・ポーターと並ぶ
いわゆる「ティンパンアレイ」出身のポピュラーソング作曲家で彼らが作った多くのブロードウェイミュージックは、その後ジャズやアメリカンポップスのスタンダードとなった。
本作を手掛けたアーヴィング・バーリンといえば、「ホワイトクリスマス」が我が国では有名だ。

本作の見所は先程から行っているように、ベティ・ハットンの身体能力も高い演技と、コメディエンヌの
才能も有るコケットな面白み、今では「くさい」とも言われてしまうが安心の王道なよく出来たストーリーと
安定した演出、名曲の数々と上手い歌。映画そのもののハッピーエンドも含め、幸福なアメリカの50年代を
象徴するような、悪い言葉で言えば「能天気」な映画であるが、古き良きハリウッドの楽しさ、価値はこうした
ところにある。

ただし、この映画には先住民(インディアン)が重要な位置を占める(バッファロー・ビルのショーには
インディアンは欠かせない。)が、彼らの描き方はティピカルなヒールであり、白人を殺す(本作では
あくまでもショーの団員でいい人ばかりなのだが)存在。アメリカ西部開拓史は、先住民からの搾取・略奪・
ごまかしの歴史であるため、字幕でもしょうがないところはインディアンと使っているがそうでないところは
先住民としている。このような描き方は、現代にあって、いくら昔の映画、舞台、の話とはいえども、
彼らの理解を得るには努力が必要なはずだ。またバーリング側との曲の著作権を巡るいざこざで長い間
DVDにもならなかったのだそうで、今これを観られる私たちは、先住民のことを思いつつ観るにしても、
幸せなことだ。
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<ストーリー>
1946年以来ニューヨークで大当りをとった、リチャード・ロジャース=オスカー・ハマースタイン・2世製作の
同名のミュージカル・プレイを映画化した、1950年度色彩音楽映画の代表作。原作はハーバート及びドロシー・
フィールズ(「春を手さぐる」)、これを「イースター・パレード」のシドニー・シェルドンが脚色し、
最近音楽劇専門のジョージ・シドニイ(「赤きダニューブ」)が監督している。

作詞作曲は「イースター・パレード」のアアヴィング・バアリン、ミュージカル・ナンバーは同じく
「イースター・パレード」のロバート・アルトンが担当する。撮影はチャアルズ・ロシャア、音楽監督は
「大雷雨」のアドルフ・ドイッチェ。「腰抜けと原爆娘」のベティ・ハットンがアニイに扮して活躍の他、
相手役はMGM新進のハワード・キール、以下「赤きダニューブ」のルイス・カルハーン、「群衆」の
エドワード・アーノルド、「ジャンヌ・ダーク」のJ・キャロル・ナイシュ、「恋愛放送」のキーナン・
ウィンらが共演する。

バッファロ・ビル(ルイス・カルハーン)の西部ショウ一座がシンシナチの町に乗り込んで来た時、ホテルで
座の2枚目スター、フランク・バトラア(ハワード・キイル)を見そめた山の娘アニイ・オークリイ
(ベティ・ハットン)は、ショウの射撃競技でフランクを打ち負かし、憧れの彼とともに一座に加わって
旅することになった。

旅の日数が増えるに従いアニイは見ちがえるような美人となってフランクの愛をかち得ることに成功するが、
仕事の上では彼女の方がすべてに立ちまさって、スタアダムの位置を奪われたフランクは何かにつけて失意の
日を送るようになった。
アニイの名射手振りに惚れこんだインディアン酋長シッティング・ブル(J・キャロル・ナイシュ)は彼女を
養子に迎え、ますます意気あがった彼女はヨーロッパ興行でも人気を高めるばかりであった。一方商売仇の
ポウニイ・ビル(エドワード・アーノルド)一座に転じたフランクは、帰国したバッファロ・ビルと共演
することになり、2人はニューヨークで再会するが、しばらく意地を張り合っていたアニイも、呼びもの
射撃競技では勝ちをフランクにゆずり、天下晴れて手をとり合った。(Movie Walker)

<IMDb=★7.0>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:100% Audience Score:67% >





by jazzyoba0083 | 2017-12-14 11:50 | 洋画=あ行 | Trackback | Comments(0)

●「オリエント急行殺人事件  Murder on the Orient Express」
2017 アメリカ  Twentieth Century Fox,Mark Gordon Company,Scott Free and more. 114min.
監督:ケネス・ブラナー  原作:アガサ・クリスティ=「オリエント急行殺人事件」
出演:ケネス・ブラナー、ペネロペ・クルス、ウィレム・デフォー、ジュディ・デンチ、ジョニー・デップ
   ジョシュ・ギャッド、トム・ベイトマン、ミシェル・ファイファー、デイジー・リドリー他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
1974年に名匠シドニー・ルメットによる評価の定まった佳作があるのだが、ケネス・ブラナーは敢えて
挑戦した、そのキップを買います。製作させた会社も。
私はルメット版は未見な上、クリスティのミステリは原作でも読んだことがないというひねくれものゆえ、
前作とも原作とも比較対象出来ず、本作のみの評価となることを事前にお断りしておく。というか
それが当たり前なんだろうけど。そりゃローレン・バコールやアンソニー・パーキンスやイングリッド・
バーグマンらが綺羅星の如く出演している重厚さはないだろう。

この手のミステリの王道としてミスリードっぽい伏線を幾つか埋め込んで、観客の目くらましとし、
探偵なりが、大団円において、「あっとびっくり!」な謎解きをしてみせるという、最後に向かって
どう盛り上げていくのか、テンションを引っ張っていけるのかに尽きるだろう。一人ひとりの事情説明の
シーンが繰り返されるのだが、そのセリフの往来で眠さが襲わないようにしなくてはならない。
その点で行けば、この映画は乗客のポアロによる聴取の間にもトピックを入れ、全体の筋を分かり易くし、
米国で起きた「アームストロング大佐令嬢誘拐殺人事件」へと収斂されていく持って行き方は良かった
のじゃないか。おかげさまで私は前作も原作も知らないので、全貌が見えた時に、クリスティの面白さが
見えた気がした。それならケネス・ブラナーは成功した、と言えるだろう。

現代の映画ならではのVFXを使いながらも、衣装、小物、列車の内部そのものにも安っぽさを出さず、
再現性が高く、映像も綺麗である。ケネス・ブラナーのポアロも髭が大仰だが、いい線だ。さらに
ジュディ・デンチ、ミシェル・ファイファー、ウィレム・デフォーらのベテラン勢が映画の重心を
低くしている。最近悪人面が良く似合うジョニー・デップ、ペネロペ・クルスの存在感も良かった。

恐らく最後の大団円シークエンスで、あの人があれで、あの人とこの人がこうであって、というまとめを
自分自身でなぞらないと、全体の相関図が浮かんでこないかもしれない。(浮かんでこなくても概要は
理解できるけど)

単なる謎解きに収まらず、その事件に至った人間模様がキチンと描けているのが(ミシェル・ファイファーの
存在に代表されるように)クリスティ原作に対するリスペクトになっているのではないか?
冒頭でつかみとして使われる、エルサレムの「嘆きの壁」(聖墳墓教会)で起きた盗難事件で、ユダヤ教、
キリスト教、イスラム教が絡む盗難事件では、まさに今紛争が起きているところなので思わず引き込まれて
しまった。壁に刺したステッキの効用がナイスでしたねえ。
ルメット版も観てみたくなった。

ポアロは「ナイル殺人事件」にも出動するのかな。
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<ストーリー>
アガサ・クリスティーの名作ミステリーをジョニー・デップ、ジュディ・デンチ、ペネロペ・クルス、
ウィレム・デフォーをはじめとする一流キャストの豪華共演で映画化。大雪で立ち往生したオリエント急行を
舞台に、密室の車内で起きた殺人事件を巡って、容疑者である乗客全員にアリバイがあるという難事件に
挑む名探偵エルキュール・ポアロの活躍を描く。
監督はポアロ役で主演も務める「から騒ぎ」「シンデレラ」のケネス・ブラナー。

 エルサレムで華麗に事件を解決した名探偵のエルキュール・ポアロは、イギリスでの事件解決を依頼され、
イスタンブールでの休暇を切り上げ、急遽、豪華寝台列車オリエント急行に乗車する。ほどなくアメリカ人
富豪ラチェットから、脅迫を受けているからと身辺警護の依頼を受けるが、これをあっさりと断る。

ところが深夜、雪崩で脱線し立ち往生してしまったオリエント急行の車内でそのラチェットが何者かに
殺害される。鉄道会社から調査を依頼されたポアロは、列車は雪に閉ざされており、犯人は乗客の中にいると
確信、一人ひとりへの聞き込みを開始する。しかしやがて、乗客全員にアリバイがあることが明らかになるの
だったが…。(allcinema)

<IMDb=★6.5>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:58% Audience Score:59% >






by jazzyoba0083 | 2017-12-10 11:30 | 洋画=あ行 | Trackback | Comments(0)

SING/シング (anime)

●「SING/シング (anime)」
2016 アメリカ Illumination Entertainment,Universal Pictures. 108min.
監督・脚本:ガース・ジェニングス
声の出演:マシュー・マコノヒー、リース・ウィザースプーン、セス・マクファーレン、スカーレット・ヨハンソン
     ジョン・C・ライリー、タロン・エガートン、トリー・ケリー、ジェニファー・ハドソン他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
昨年、シネコンに行くたびに一時たくさん予告を観ていた。面白そうだけど、小屋に行くまでもないか、と
そのままになっていたところ、この度AmazonでFire TV Stickを購入。もともプライム会員であったことも
あり、これまではiPadの小さい画面で何作かは観ていたが、これで大画面で見れることになった。
その記念すべき1作めにチョイスしたのが肩の力を抜いて観られそうで、画質の確認も出来る本作。

「トイ・ストーリー」を始めとしてハリウッドのアニメはそんなに嫌いなジャンルじゃない。
製作したイルミネーション・エンターテインメントは「ミニオンズ」を当てましたね。
本作はそのイルミネーションの製作になるもので、まだこの世界では経験の浅いガース・ジェニングスが
脚本とメガフォンを取った。

しかし、CGバリバリのアニメ、音楽がメインの物語、きわどいジョーク、気の利いた笑い、など、ある意味、
これぞ現代のアメリカ映画を代表するエンターテインメントのひとつのジャンルじゃないか。
欧州や日本ではもちろん、ましてや東側の国で作るとは思えない。現在アメリカで公開中の「Coco」も音楽に
焦点を当てたアニメでこれも本国では大ヒット中だ。過去には「アナ雪」もあったし。(宮﨑駿とはベクトルが
全然違う)

それと声を担当するハリウッドスターの歌のうまいこと。これは例えば「レ・ミゼラブル」やオスカーの
表彰式などでも確認できることなのだが、こういう点は日本では真似が出来ない。

閑話休題。さて本作、観始めてしばらくは動物が主人公の街のお子様向けのアニメかなあ、と思って
観ていたのだが、何せ、選曲(フランク・シナトラ、スティービー・ワンダー、レディ・ガガから
ケイティ・ペリー、テイラー・スウィフト、クィーン、ジプシーキングス、そして我が国からも
きゃりーぱみゅぱみゅの「にんじゃりばんばん」ほかが使われる。全部で80曲を超えるとか)が
新旧取り混ぜてものすごくいいので、それに引き込まれ観続けてしまい、そのうちストーリーに引き込まれて
行った。ハツカネズミのマイクがストリート・パフォーマンス中に、いかしたメスネズミを誘うのが
サックスで演奏する「イパネマの娘」。ここは個人的にお気に入りだ。マイク(セス・マクファーレン)は
一貫してジャジーなチューンを歌う。
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ストーリーは単純で、オヤジが洗車の仕事で稼いで作ってくれた劇場は今は閑古鳥が鳴いていて、銀行からは
借金の取り立てが厳しい。そこで賞金を付けたオーディション興業を思いついたコアラのムーン。
しかし、事務を長い間任せているカメレオンのおばあさんが、印刷ミスして優勝賞金を1000ドルと
10万ドルとを間違えて撒いてしまったのでさあ大変。劇場には長蛇の列が出来てしまった。
賞金のミスを知らないムーンは予選を開始。その中から何名かの有力候補を絞った。
その候補が主たるキャラクターとしてそれぞれの悩みを抱えつつ音楽と向き合うところが感動のツボとなる。

ブタの母さん、オヤジが悪党のゴリラの青年、ハツカネズミ、ハリネズミのロッカーなど。まあアニメなんで
背景は薄っぺらいといえば薄っぺらいのだが子どもも観ること、わかりやすさを考えれば妥当な線であろう。

主役を決めて本格的に練習を開始したが、舞台装置に凝りすぎて、(背景にイカが泳ぐ大水槽を作った)
これが崩壊。洪水に襲われたように劇場は壊れてしまった。呆然とするムーンと出演者たち。

しかし、彼らは負けず、瓦礫を掃除した場所にステージを造り、野外ステージとして金銭度外視で
これまでやってきたとを披露することにした。ビラを配るもののみんなに無視され、客は出演者の家族だけ、
という状況で始めたのだが、テレビニュース班が中継する映像が評判を呼び、多くの客が押し寄せた。
しかし、トラブルを抱えた出演者のため、ギクシャクした進行となるが、ムーンの親友のヒツジの
大富豪のおばあさんが、気に入ってくれて、イベントは大成功。劇場は再建されたのだ。
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昨今のアニメの質感や、口の動きなど、目を見張るもので、水や物質の質感、陰影、アニメでしか出来ない
カメラの移動、アングル、アニメだからの強みを使って主張する「愛情と努力」の表現。アニメでしか出来ない
こと、アニメだから出来ることの良さが出ていた楽しい時間だった。これって2が出来るんじゃないかなあ。
吹替版もいいだろうけど、英語の歌詞の動きを忠実に再現する動物たちの口元は是非字幕で観てもらいたい。
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<ストーリー>
「怪盗グルー」シリーズや「ミニオンズ」のイルミネーション・エンターテインメントが声優陣にマシュー・
マコノヒー、リース・ウィザースプーン、スカーレット・ヨハンソンはじめ豪華キャストを起用し、音楽と歌の
魅力を前面に押し出して描く長編アニメーション。動物だけが暮らす世界を舞台に、それぞれに悩みを抱えた
登場人物たちが、地元の劇場で開催されたオーディションに自らの夢と人生を賭けて挑む姿を、60曲を超える
ヒットソングや名曲の数々とともに綴る。監督は自身初のアニメ作品となる「銀河ヒッチハイク・ガイド」
「リトル・ランボーズ」のガース・ジェニングス。

 そこは、動物たちが人間そっくりな生活を送る世界。コアラのバスター・ムーンは潰れかけた劇場の支配人。
彼はかつての賑わいを取り戻そうと、歌のオーディションを開催することに。すると劇場で働くおっちょこ
ちょいのミス・クローリーのせいで募集チラシに2ケタ多い優勝賞金額が書かれてしまい、劇場に応募者が
殺到する事態に。そうとは知らず大喜びのバクスター。こうして、あがり症の内気なゾウのミーナやパンクロックを
愛するヤマアラシの少女アッシュ、ギャング団のボスを父に持つゴリラの青年ジョニーら、様々な思いを胸に
秘めた参加者たちが集い、町のオーディションが盛大に始まるのだったが…。(allcinema)

<IMDb=★7.1>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:73% Audience Score:73% >





by jazzyoba0083 | 2017-12-09 23:35 | 洋画=さ行 | Trackback | Comments(0)

●「アイヒマンを追え! ナチスが最も畏れた男 Der Staat gegen Fritz Bauer」
2015 ドイツ Zero One Film. 105min.
監督・(共同)脚本:ラウス・クラウメ
出演:ブルクハルト・クラウスナー、ロナルト・ツェアフェルト、リリト・シュタンゲンベルク、ミハエル・シェンク
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
本作はアルゼンチンに潜伏中、イスラエルの諜報機関モサドに誘拐され、イスラエルで裁判にかけられ
死刑に処せられた、ユダヤ人殲滅作戦移送指示責任者アドルフ・アイヒマンにまつわる話ではあるが、
その顛末をアクションぽく描く映画ではない。その作戦の影にあり、むしろ作戦の根回しをし成功させた
フリッツ・バウアーの人間ドラマと言える。原題が示すように「国家対フリッツ・バウアー」という構図で
描かれた映画だ。

冒頭、実写の本人が出て来る。映画の最後に説明されるが、アイヒマン誘拐作戦の裏にバウアーがいたことは
彼の死後10年経ってから明らかになったのだそうだ。モサドに誘拐させて、イスラエルにドイツでの裁判を
要求するという段取りがだめになったため、バウアーは国家反逆罪になってしまうところだった。
他の検事からは「ユダヤ人の復讐」と言われることもあるが、バウアーにとって過去と向き合い、ドイツが犯した
負を精算しなくてはならないという正義感は燃えるように強かった。冒頭の本人のセリフで曰く、
若い世代が過去の真実に向き合うことが可能であるが、親世代はそれが出来ないのだ、と。

フランクフルトがあるドイツ・ヘッセン州の検事総長バウアー博士。ユダヤ人でもある彼の1959年当時の
活躍が描かれていく。冒頭は酒と睡眠薬を飲んで風呂に入り意識を失いあやうく溺死するところから
スタート。これは後に彼を面白く思わない存在の伏線になっている。(彼らの犯行というわけではない)

部下たちにナチの戦争犯罪者の捜査を指揮する立場ではあるのだが、州政府、連邦政府の要路には、ナチの
残党が巧みにその位置をしめていて、捜査が筒抜けになる。事実自分のデスクから書類が消えるという
始末。しかし州政府の首相もバウアーの味方だったことも心強かった。

戦後日本でも公職追放が解けた後の政治家や高級官僚を見ても戦争指揮者たちが紛れ込んでいたことと
同じか、よりひどい状況がドイツにあったのだ。ナチに協力していた政治家が主要なポジションにいたり
して、もしアイヒマンのような大物が捕まり裁判になれば、芋づる式に自分たちの名前が出てきてしまう
恐れがある。故にバウアーの捜査に対しても妨害や無視が酷かった。しかしバウアーは負けない。

アイヒマンがアルゼンチンに偽名を使って潜伏しているとの情報が寄せられたのだが、これを連邦政府に
上げればたちまち逃してしまうことになると感じていたバウアーは、イスラエルに飛び、モサドに誘拐を
持ちかける。その間にも、州政府内でもバウアーの失脚を狙った動きが耐えなかった。

アイヒマンは中東に潜伏しているというニセの情報をわざわざ記者会見して流しておくという陽動作戦の
元、モサドは約束通り、アイヒマンを誘拐してイスラエルに連れてくることに成功する。
世界は大騒ぎとなる。バウアーは州首相に働きかけて、正式なルートでイスラエルに対しアイヒマンを
ドイツで裁判にかけたいから移送してほしいという要望を出させようとしたが、連邦法務省から
却下されてしまった。結局アイヒマンはイスラエルで裁判にかけられ死刑となった。

この映画がバウアーの人間ドラマである所以は、彼の全生活がナチの犯罪を許さず、ドイツで裁き、かつ
後世に伝えるとう熱意が映画から伝わったこと。また一緒に行動するアンガーマンが同性愛者であり、
バウアーの忠告(バウアーも同性愛者でありかつて逮捕された過去を持つ)にもかかわらず愛人(男)に
会いに行ってしまい、そこをバウアーの足を引っ張ろうとしている側に写真撮影されてしまうのだが、
アンガーマンは家族もいるが、バウアーの立場を守ろうと、自首していく。(対立派はアンガーマンに
バウアーがアイヒマン誘拐に関わっていたと証言すれば同性愛事件は大目に見ると条件をだす)アンガーマンに
そうした行動を取らせるバウアーの意思の強さ。結局ドイツでの裁判は実現しなかったが、後に彼の手に
より「アイシュビッツ裁判」が展開され、ドイツはナチの負の遺産と向き合うことになる。
バウアーはアイヒマンがイスラエルで裁判にかけられ「ユダヤ人がどういう目にあったか」が明らかに
されることより、ドイツで裁判を受けさせ「ドイツ人が何をしたか」を明白にしたかったのだ。
自分がユダヤ人であったこと、それにより逃亡生活を余儀なくされていたことなども下地にあったのだ
ろうけど、バウアーがいなければ、と思うと今のドイツがどうなっていたのかいささか恐ろしくなる。
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<ストーリー>
ナチスの最重要戦犯アドルフ・アイヒマン捕獲作戦の影の功労者フリッツ・バウアーにスポットを当てた
実録ドラマ。1950年代後半のドイツ・フランクフルト。検事長フリッツ・バウアーのもとに、逃亡中の
ナチス親衛隊中佐アイヒマン潜伏に関する手紙が届く。
出演は、「ヒトラー暗殺、13分の誤算」のブルクハルト・クラウスナー、「あの日のように抱きしめて」の
ロナルト・ツェアフェルト。監督・脚本は、「コマーシャル★マン」のラース・クラウメ。

1950年代後半、ドイツ・フランクフルト。検事長フリッツ・バウアー(ブルクハルト・クラウスナー)は、
ナチス戦犯の告発に執念を燃やしていた。そんな彼のもとに、逃亡中のナチス親衛隊中佐アドルフ・
アイヒマンがアルゼンチンに潜伏しているという重大な情報を記した手紙が届く。
バウアーはアイヒマンの罪をドイツの法廷で裁くため、国家反逆罪に問われかねない危険も顧みず、
その極秘情報をモサド(イスラエル諜報特務庁)に提供する。しかしドイツ国内に巣食うナチス残党に
よる妨害や圧力にさらされ、孤立無援の苦闘を強いられていく。(Movie Walker)

<IMDb=★7.1>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:85% Audience Score:76% >





by jazzyoba0083 | 2017-12-07 22:55 | 洋画=あ行 | Trackback | Comments(0)

●「ハンズ・オブ・ラブ 手のひらの愛 Freeheld」
2016 アメリカ Double Feature Films,Endgame Entertainment and more.103min.
監督:ピーター・ソレット   原案:シンシア・ウェイド ドキュメンタリー映画「Freeheld」
出演:ジュリアン・ムーア、エレン・ペイジ、マイケル・シャノン、スティーヴ・カレル、ルーク・グライムス他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
2007年にアカデミー賞短編ドキュメンタリー映画賞を獲得した同名の作品の実写映画化作品。
どのくらい脚色されているのかわからないけれど、話を構成するメンバーが劇的であるので、ストーリー
そのものが面白い。本国での評価はあまり芳しくないが、私はドキュメンタリーは未見だが、興味深く
観ることが出来た。実際にあった話は、映画として事実の持つ重みを持つちからに下駄を履かせてもらって
いるので、全体の面白さから若干割り引いて評価するのが私の常であるが、そうしたタイプの映画でも
感動深く描けている作品は、演技者、演出を含め、標準以上の完成度で、やはり映画として出来がいいといえる。
事実の重みだけでは傑作は出来ないのだから。

先日は女性の親友同士の片割れがガンになる「マイ・ベスト・フレンド」を見たばかりだった。同じような
ストーリーであるが、こちらはLGBTとして正義に向き合うという決定的に異なる側面を持つ。
まだLGBTということばすら一般的でなかった時代、ニュージャージーの田舎町で起きた「事件」がメイン
テーマ。古典的結婚感から出ている法律を、勇気を持って変えていく人々の話、といってもいいかも
しれない。この街の敏腕刑事ローレル・へスター(ムーア)が自分の遺族年金をパートナーである
ステイシー・アンドレ(ペイジ)に遺したいと主張するが、当時の公務員年金の決まりでは結婚した相手
でないと、それは出来ない決まりだった。末期の肺がんに侵されたローレルは、郡政委員会に訴えるが
聞き入れてもらえない。彼女とその仲間の本当の戦いが始まるのである。

長年刑事の相棒であったデーン(シャノン)が、ローレルがレズであることを知らずに密かに恋心を
抱いていたのだが、ある日ステイシーを紹介され、怒って見せるが、その後のローレルを支える有力な
戦友として、いいポジションでいい演技だった。最近シャノンの活躍している映画をよく目にする。
(私が彼の存在に注目し始めたのはテレビ映画(日本ではWOWOWで放映)「ボードウォーク・エンパイア」で
あった)
ステイシーのママ、ローレルの妹、ステイシーが勤務する自動車整備工場の経営者、郡政委員の一人、
あの時代にあっても味方がいたことが心強かっただろう。(真実なんだろうと思うが)。
最後にローレルを支持する街の警察官の仲間たちやカミングアウトした警官たちも応援に回る。
ハラハラさせたのはよそから「同性婚」を認めさせるいいケースだという打算の元に応援に乗り込んでくる
全米同性愛連盟かなんかのスティーヴ・カレルの存在だった。騒ぎすぎでローレルの主張を壊してしまう
のではないか、と。最終的には彼が知事と知り合いだったことが大きな影響を持つことになるのだが。

署長が自宅に来て、郡で初めての女性警部補昇進を告げるところとか「駆けつける第七騎兵隊」的な
カタルシスは、いささか単純だったかな、という恨みは残ったが、郡政委員の年金の二重受給という弱みを
握ったデーンとローレル側が、年金をステイシーに、という決定をもたらす結果となった。
ジュリアンとシャノンの演技についてはジュリアンが外見からはレズとわかりづらかったが、ステイシーは
登場した瞬間にそれと分かる塩梅。まあ実際にエレン・ペイジはレズなので、醸し出すものが違うのかも
しれない。(これは別にLGBTを差別しているわけではなくて)

作品を通して、周りの喧騒とは別にローレルとステイシーの愛情は静かに(セックスシーンは殆ど無い)
流れていく。それが逆に二人の愛情の深さと、提示されている問題の深さを浮き彫りにしている。
LGBTに対する厳しい状況もそんなにきつく描かれず、逆に味方が多いふうに示されるのだが、本当ならば
仕方がないが、もうすこしキツめに描いても良かったのでは無かったか。
それとこの手の映画の常道としてラストに実際のローレルとステイシーがスチル写真で紹介されるが、これは
必要だったかなあ、という感じだった。

死を淡々と受け入れつつ正義を貫こうとするローレルに感動は感じたが、全体に訴えるチカラが若干弱かった
かなあ、という作品だった。
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<ストーリー>
ニュージャージー州オーシャン郡。20年以上仕事一筋に生きる女性警察官ローレル(ジュリアン・ムーア)は、
ステイシー(エレン・ペイジ)という若い女性と恋に落ちる。二人は徐々に絆を深め、郊外に中古の一軒家を
購入し一緒に暮らすことに。
しかしローレルにガンが見つかり、余命半年と宣告される。ローレルは自分が死んだ後もステイシーが二人の
思い出が詰まったこの家で暮らせるよう、彼女が遺族年金を受け取れるようにしようとする。しかし法的には
同性同士のパートナーは認められなかった。闘病しながら制度改正を求めるローレルの訴えは同僚たちや地域の人々、さらには全米に広がり、社会的なムーブメントとなる。(Movie Walker)

<IMDb=★6.5>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:48% Audience Score:53% >







by jazzyoba0083 | 2017-12-05 22:55 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

フェンス Fences

●「フェンス Fences」
2016 アメリカ Bron Studios,Escape Artists,MACRO,Paramount Pictures,Scott Rudin Productions.139min.
監督・(共同)製作:デンゼル・ワシントン 原作戯曲・脚本:オーガスト・ウィルソン
出演:デンゼル・ワシントン、ヴィオラ・デイヴィス、スティーヴン・マッキンリー・ヘンダーソン、
   ジョヴァン・アデポ、ラッセル・ホーンズビー、ミケルティ・ウィリアムソン他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
本作でヴィオラ・デイヴィスはオスカー助演女優賞を獲得。作品賞にもノミネートされていた。
が、何故か劇場未公開。単館でさえ上映されなかった。珍しいケース。余程客が入らないと
思われたか、米国配給元が、かなり高い値段を言ってきたか。もったいない。

という前知識で観始めたが、これ、もともとブロードウェイの舞台劇で、デンゼルを始め主なキャストは舞台も
勤め、デンゼルとヴィオラはこちらでもトニー賞を獲っている作品。場面転換の少なさとか、セリフの多さは
やはりオリジナルは舞台劇だなあ、と思わせる。特に冒頭から1時間以上、まあデンゼル扮する主人公の
トロイは喋りっぱなし。何か重要なセリフを落としては大変と字幕を一生懸命追いかけるのに苦労する。
音楽と映像で見せるようなシーンは殆ど無い。膨大なセリフの殆どは大した意味がないのでこれまた疲れるわけだ。

基本的な物語としてはタイトルが示すとおり「塀」(原題が複数形であることに注目)の話である。
物理的な塀を作るというシークエンスもあるが、人の心の「塀」であり、それぞれが乗り越えるべき
「塀」の物語だ。
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主人公トロイ・マクソン(デンゼル)は、黒人がメジャーリーグで活躍出来るちょっと前の野球選手で
「ニグロリーグ」で活躍していた。しかし殺人を犯し、刑務所に。そこで知り合ったボノと親友となり
いまはピッツバーグのごみ収集をしている。 主張の強い男で、黒人として市で初のゴミ収集車の運転手と
なった。18年連れ添った妻ローズ(ヴィオラ)は、よく出来た嫁で、わがままな夫と、親の希望とは違う
ミュージシャンの道にすすんだ長男、アメフトの選手でNHLからスカウトがかかるかも知れないという
高3の息子、加えて、戦争で精神を病んだ夫の弟を抱え、家を切り盛りしていた。

トロイには浮気の相手がいて、ボノが精算しろ、と強く説得するが聞かず、ついに相手に子どもが出来る。
バカ正直なトロイはそれを妻に説明する。トロイは「お前は最高の妻だ。愛しているさ。しかし、あいつの
前だとオレは別のオレになれるんだ。別の男になれるんだ」と、誠に身勝手なことを口走る。ローズにして
見れば自分のやりたいことも犠牲にして家族を支えてきた、自分だって他の自分になってみたいわ、と
なるわなあ。
更に息子に対してはNFLに行けたとしても黒人は上には行けない、と親の価値観を押し付け、「スカウトが
来ても絶対に会わないからな」とニベもない。妻ローズとは冷戦が続く。息子とバットを持っての大喧嘩を
して、息子に家から出て行け、と怒鳴る。息子は父親を心底憎み、海兵隊に入る。

やがて、愛人に赤ちゃんが生まれる。が、母親が死亡してしまう。さあ、赤ん坊は誰が面倒見るのだ。
よく出来た嫁は、「赤ん坊に罪はない」と自分が引き取って育てることにした。

レイネルと名付けられた女の子が3歳くらいになった時、トロイは急逝する。その葬儀の日。久しぶりに
海兵隊の息子が伍長の肩章を付け、儀礼服に身を包み帰ってきた。未だミュージシャンとして成功しない
長男も帰ってきた。施設に入っていた叔父も葬儀に参列するために一時退院をして帰ってきた。
海兵隊の息子は、父親の葬儀には出ないと言い出す。「オヤジを否定したいんだよ」と。しかしローズに
頬を張られ、これまで父親が自分のためにどのくらいのことをしてくれたのかよく考えなさいと諭す。

みなが葬儀に出かけようとすると、空の雲が割れて太陽が顔を出したのだ。それを見上げる家族だった。
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そんなお話なのだが、とにかく主人公は自らの黒人としての人生の挫折から受けたトラウマや価値観を
家族に押し付ける。その身勝手さを責めることは易しい。だが、1950年代も後半になったとはいえ、
黒人の地位や付ける職業の「塀」は高く、自らの周りに「塀」を作って限られた、許された存在として
不平等な社会と折り合って行かなければならない状況で、トロイを責められるだろうか、いや、妻ローズの
献身ぶりからすれば、所詮は男の身勝手なのだろう。給料はキチンと入れたとしても、だ。他の誰かに
なってみたいという願望は誰にだってあるだろう。それが黒人が故の言い訳に使われるのなら、ローズだって
黒人だ、彼女にしてみれば腹に据えかねる夫の振る舞いだろう。
当時、黒人たちは「塀」の中でしか息が出来ない社会だったのだ。最後の太陽が照るシーンは何を象徴して
いるのか、何かのメタファーなのか読み解くのは難しいが、(さまざまな解釈が出来るだろう)、閉塞した
「塀」が取り外されるには長い年月がかかるし、今も「塀」がなくなっているとは到底言えないことは衆目の
一致するところだろう。トロイが亡くなったあとのリビングにキング牧師とJFKの写真が掲げてあったのが
印象に残った。

前半のデンゼルのセリフの山は、後半を盛り上げるための工夫なんだろうけど、いろんな「塀」を説明する
ものとして必要な感じはする。全体としてヴィオラ・デイヴィスの圧倒的な演技がやはり光る。舞台を経験し
この役を自分のものとした人でないと出せない厚み、みたいなものを感じ取ることが出来た。

<IMDb=★7.2 >
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:93% Audience Score:75% >




by jazzyoba0083 | 2017-12-02 23:40 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「雲のむこう、約束の場所 The Place Promised in Our Early Days」
2004 日本 コスミック・ウェーブ 
監督・脚本・原作・絵コンテ・編集・音響監督:新海誠
声の出演:吉岡秀隆、萩原聖人、南里侑香、石塚運昇、井上和彦、水野理紗 他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
WOWOWが「君の名は。」を初放送するにあたり、深海監督の過去作品をラインナップしてくれたので、
一つだけ観てみた。この手のアニメの世界はよく知らないので、頓珍漢なことを言うかもしれませんが、
お許し下さい。「セカイ系」っていうんですか。初めて聞きました。

個人的には「君の名は。」のベースがみんなここにあるな、という感想。「平行世界」、「時空の往来」、「夢」、
「出会えそうで出えないすれ違う男女」、などなど。本作の背景には「戦争」という全く別要素が加わるが、
ローカルを舞台に据えた点も含め、「君の名は。」はもう少し分かり易くして、映画の背景もリアルワールドに
した点が多くの人に受けたのであろう。今から13年前の作品だが、光と影の使い方、ディテールへのこだわり
など、この映画からも新海監督の特徴が現れている。

全体に時制の置き方など、結構悩ましく、理解しない人は置いていくからね、的な造りを感じる。まあ
それが「セカイ系」というものかもしれないけど。
それと、ちょっと考えると分かるのだが、今はエゾと言われる「ユニオン」が占領するかつての北海道、
最終的にアメリカ軍を中心とする連合軍が「世界を書き換える」作戦に出る「ユニオン」に対抗していき、
主人公らはその作戦の中のレジスタンスとして攻撃に加わるのだが、「書き換えられた」世界はリセット
されちゃうから、映画の物語としてもリセットされちゃうんじゃないのかなあ。そうなると主人公らも
「あんた誰?」的な世界。違うのかなあ。

それは置くとしても(かなり大きな問題ではあるが)独特の世界観、描写は楽しかった。特に少年二人が
自分たちで飛行機を作っちゃうという、結構無茶苦茶な設定なんだけど、ヴェラシーラと名づけられたその
飛行機は、この映画のシンボルともなっているエゾの高い高い塔を攻撃するところあたりから面白さは
加速する。眠り続けているサユリは、この「並行世界」問題の鍵となっているらしい。そして塔を設計した
男の孫にあたるらしい。その眠りには宇宙を根底から覆すような何かがあるらしいことくらいしか分からな
かった。映画冒頭、まだ分かりやすかった時間帯、中学3年生のサユリとヒロキとタクヤは飛行機を完成させ
あの塔へ飛ぶことを約束したのだ。その約束を守るということが、実はものすごい意味を持っていたわけだ。
経過をもう少し単純にしてもらえると、おじさんは嬉しかったなあ。(←そんな人は新海作品を観なくて、
宜しいってか?w) ちなみにおじさんは「君の名は。」のタイムパラドクスも今ひとつ分かりづらかったよ。
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<ストーリー>
日本が南北に分断された、もう一つの戦後の世界。米軍統治下の青森の少年・藤沢ヒロキ(声:吉岡秀隆)と
白川タクヤ(萩原聖人)は、同級生の沢渡サユリ(南里侑香)に憧れていた。彼らの瞳が見つめる先は彼女と、
そしてもうひとつ。津軽海峡を走る国境線の向こう側、ユニオン占領下の北海道に建設された、謎の巨大な「塔」。
視界にくっきりとそびえるその白い直線は、空に溶けるほどの高みまで遥か続いていた。いつか自分たちの力で
あの「塔」まで飛ぼうと、軍の廃品を利用し、山中の廃駅跡で小型飛行機を組み立てる二人。

サユリも「塔」も、今はまだ手が届かないもの、しかしいつかは触れることができるはずのもの…二人の少年は
そう信じていた。だが中学三年の夏、サユリは突然、東京に転校してしまう…。

言いようのない虚脱感の中で、うやむやのうちに飛行機作りも投げ出され、ヒロキは東京の高校へ、タクヤは青森の
高校へとそれぞれ別の道を歩き始める。三年後、タクヤは政府諮問の研究施設に身をおき、サユリへの憧れを
打ち消すように「塔」の研究に没頭していた。
一方で目標を喪失したまま、言葉にできない孤独感に苛まれながら、東京で一人暮らしを送るヒロキは、
いつからか頻繁にサユリの夢を見るようになる。そこでのサユリはどこか冷たい場所にいて、自分と同じように、
世界に一人きりとり残されている、そう感じていた。ヒロキの元に届けられた、中学時代の知り合いからの手紙。
しばらくは開ける気がせず放っておいたその封を、偶然開いたヒロキは、サユリがあの夏からずっと原因不明の
病により、眠り続けたままなのだということを知る。
サユリを永遠の眠りから救おうと決意し、タクヤに協力を求めるヒロキ。そして眠り姫の目を覚まそうとする
人の騎士は、思いもかけず「塔」とこの世界の秘密に近づいていくことになる。
折りしも「塔」を巡る世界情勢は悪化の一途を辿り、開戦の危機も目前に迫っていた。「サユリを救うのか、
それとも世界を救うのか―」はたして彼らは、いつかの放課後に交わした約束の場所に立つことができるのか?
(Movie Walker)




by jazzyoba0083 | 2017-12-01 22:30 | 邦画・旧作 | Trackback | Comments(0)