●「15年目のラブソング」
2020 イギリス・アメリカ Bona Fide Productions and more.97mi,.
監督:ジェシー・べレッツ
出演:ローズ・バーン、イーサン・ホーク、クリス・オダウド、アジー・ロバートソン他

15年目のラブソング Julient,Necked_e0040938_12522586.jpg

<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
イギリスを舞台にすれば心躍るラブコメや人情劇がで出来るだろうと短絡的
に思ってはいけないとは思うけど、最近数本観たイギリス映画は、独特の
味わい=人間関係や自然の、そして周りの人々の優しさが充溢していて楽しい
ものが多かったのは確かだ。先日の「フィッシャーマンズ・ソング」「人生はシネマ
テック」「ボブという名の猫 幸せのハイタッチ」などなど最近作られるこの手の
作風いはどこかに通底している「イギリス人の心根の優しさ」という部分の感じる。
恐らくは、アメリカを中心に(もちろん欧州も)吹き荒れる国民や民族の分断を
遠回しに揶揄しているように思えるのだ。

まずこの映画の優れている点は、キャスティングの上手さ、ローズ・バーンと
イーサン・ホークはもとより、ローズのレズビアンの妹、イーサン・ホークの
幼い長男、さらに次から次へと現れる母違いの兄弟、それぞれに魅力的で映画の
幅を広げていた。こうした作例も「ノッティングヒルの恋人」に繋がるものを
感じた。

また原作があるとは言え、物語の設定も面白い。伝説のオルタナティブロッカー、
タッカー・クロウ(イーサン・ホーク)に心酔し、ファンサイトを主宰している
大学の非常勤講師ダンカンと、父の跡をついで町で小さな自然史博物館館長をして
いるアニーは長年のパートナーでお互いを愛してはいるものの、子供はいらないと
いうダンカンに引っかかるものを感じつつ倦怠期に掛かっている夫婦だ。

このダンカンという男が「タッカー・クロウ」に心底惚れ込んでいるという状況が
この映画のキモとなる。ある日、ダンカンの元へ、かつての名盤のデモテープが
本人から送られて来る。勝手に封を切り先に聞いてみると、完成版に比べたら
退屈な作品にアニーには聞こえた。しかしダンカンは1人港へ行ってヘッドフォンで
聞き、涙をながしている。そのように二人の音楽感は異なるのだ。

アニーは旦那のファンサイトに、「デモ曲は退屈」と投稿してみた。それが今や
アメリカにいるタッカークロウその人の目に入り、タッカーは「君の言う通りだよ」
と返事をしてきた。あまりの唐突さに狼狽えるアニー。
その後子供が欲しいアニーと、ダンカンの浮気がバレて2人は離れて暮らすことになった。

タッカーは、末の娘が赤ん坊を生むので、心配だからと息子のジェイソンとロンドンへ行く
という。アンは慌てて着飾ってロンドンへ向かうが、待ち合わせのレストランにタッカーは現れない。
なんとタッカーは赤ん坊母子がいる病院の受付で心臓発作で昏倒していしまったのだ。

そこからまあ異母兄弟子供らが来るわ来るわ!収集がつかなくなってしまう。
アメリカに帰る時期も近づいてきた。アニーはダンカンに復縁を申し込まれたが、やんわりと
断った。アニーはすっかり懐いてくれたジェイソンと共にタッカーとアメリカに行こうか悩みに悩む。
しかし結局自分はイギリスに残ったのだった。
アニーは博物館経営をやめ、心機一転ロンドンへ出る生活を選択した。
しかしアニーの心のなかにはタッカーの存在が大きくなってきていた。彼への手紙で
こどもを授かる決心もしたの、と書き添える。歩く通りの向こうにはタッカーの姿が
あったのだった・・・・。

ラストのタッカー再デビューに対するダンカンのコメントが奮っている。楽曲の批評ばかり
ではなく当然アニーとタッカーの間をやっかんでいるナ、をそのあたりの細かさも英国
ぽくって好きだった。監督の演出手腕が光る一編となったと想う。

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<ストーリー>
「ハイ・フィデリティ」「アバウト・ア・ボーイ」などの原作でも知られる
イギリスの人気作家ニック・ホーンビィが、人生の岐路に立つ3人の男女を
主人公に描いた2009年発表の小説をローズ・バーン、イーサン・ホーク、
クリス・オダウドの共演で映画化した大人のラブコメディ。

付き合って15年になる恋人との関係に疑問を持ち始めたヒロインが、その恋人
が崇拝する引退同然のミュージシャンとの思わぬ出会いをきっかけに、自ら
人生を見つめ直していくさまをほろ苦くもユーモラスに綴る。
監督は「我が家のおバカで愛しいアニキ」のジェシー・ペレッツ。

<IMDb=★66>
<Metacritic=67>
<Rotten Tomater=Tomatometer:83% Audiece Score:74%>
<KINENOTE>73.8点




# by jazzyoba0083 | 2021-05-26 22:50 | 洋画=さ行 | Trackback | Comments(0)

サイコ Psycho

●「サイコ Psycho」
1960 アメリカ Shamley Productions. 109min.(B&W)
監督・製作:アルフレッド・ヒッチコック 音楽:バーナード・ハーマン
出演:アンソニー・パーキンス、ジャネット・リー、ジョン・ギャビン、
   ヴェラ・マイルズ、マーティン・バルサム他

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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
この手の怖い系映画は観ないので、今まで敬遠してきた。しかし、このところ
ヒッチコックの映画は出来る限り観ておこうと覚悟し、先日NHKBSPで放映され
たのを機に鑑賞。敢えてのモノクロ、その後多くのフォロワーとパロディを生んだ
シャワーカーテンのシーン、バーナード・ハーマンの音楽と、高名なサスペンス・
ホラーだ。映画に対して様々な挑戦を続けているヒッチコックらしく、この映画
でも、階段を転落する探偵やシャワールームの殺人シーンなど凝っている。(犯人
のシャワーカーテン越しの影が男と母親の2人から成っていると初見で分かる人が
何人いるだろうか)
ラストのミイラは今ならもっとリアルに作るだろうけど、ヒッチコックの考えでは
あれで良かったのだろう。冒頭の下着姿も生々しい不倫シーンもヒッチコック好み
と解釈出来る。出来の良い映画だとは思うけれど、個人的には本作のような展開
よりも、初期の「バルカン超特急」や「海外特派員」のような純粋な心理劇の方が
好みだ。

前半はジャネット・リーの失踪まで。後半はアンソニー・パーキンスのサイコパス
ぶりが見どころなのだが、シャワーシーンでポッキリと折れてしまっている感じを
受ける。それだけジャネット・リーの殺害シーンは唐突だった。両者ともに
「サイコ」であることは、そうなんだけれど。ネタバラシを最後に警察署で担当
警部?が語るところは、説明的でいささか興ざめであった。
ジャネット・リーをしつこく追いかけていた警官はどうしたんだろう。州が変わった
からかな。
エンディングを観ると主人公はやはりアンソニー・パーキンス演じるノーマン・ベイツ
だろう。その後のパーキンスのイメージを固定してしまった感もあるこの役だが、
彼の神経症的な顔つき、体つきはこの映画にピッタリだった。
ヒッチコックもキャスティングの際には彼の持つ雰囲気を買ったのだろう。
ジャネット・リーは良さが出る前に殺されてしまうという・・・。
事件解決に結びつく探偵役を演じた2人に魅力がない、というのも大方の見かたで
あろう。オープニングタイトルの演出は面白い。

ラストカットの沼から引き上げられるクルマの後部が、人の顔に見えて、個人的には
一番怖かった。
公開された1960年のオスカーは「アパートの鍵貸します」が断然強かったのだった。
本作は作品賞にはノミネートされていない。

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<ストーリー>
アリゾナ州の小さな町ファーベル。そこの不動産会社に勤めているマリオン・
クレーン(ジャネット・リー)は隣町で雑貨屋をひらいているサム・ルーミス
(ジョン・ギャビン)と婚約していたが、サムが別れた妻に多額の慰謝料を支払
っているために結婚できないでいた。

土曜の午後、銀行に会社の金4万ドルを収めに行ったマリオンは、この金があれば
サムと結婚できるという考えに負けて隣町へ車で逃げた。
夜になって雨が降って来たので郊外の旧街道にあるモーテルに宿を求めたマリオンは、
モーテルを経営するノーマン・ベイツ(アンソニー・パーキンス)に食事を誘われた。
ノーマンは多少神経質なところはあるが頭が良く、モーテルに隣接している古めかし
い邸宅に母親とふたりで住んでいたが、高圧的な母の影響を強く受けていた。

ノーマンが1号室にマリオンを訪れた時、彼女は浴槽の中で血まみれになって死んで
いた。ノーマンは殺人狂の母親の仕業と見て、マリオンの死体を4万ドルともどもに
裏の沼に沈めた。会社では、月曜になって銀行に4万ドルが入ってないのを知り私立
探偵アーポガスト(マーティン・バスサム)にマリオンの足取りを洗わせていた。

マリオンの妹ライラ(ヴェラ・マイルズ)は姉がサムの家に行ったと思いサムを尋ね
てきた。そこへ探偵のアーボガストもやってきた。2人ともサムの家にマリオンが
やってきていないことを知った。
アーポガストはファーベル町とサムの家の間にモーテルがあることを知り、それを
調べに出た。そこでマリオンが確かにモーテルに寄ったということを知った。
アーボガストは、これからノーマンの母親に会うと電話でライラに伝えたまま消息を
絶った。サムとライラは、保安官のシェリフ・チェンバースを訪れると、そこで意外な
ことを聞かされた。ノーマンの母親は10年前に死んでこの世にはいないこと。
ではマリオンが窓越しに見た母親、アーポガストが電話で伝えた母親は、いったい誰
なのか?サムとライラは真相を探るためモーテルに馳けつけた。サムがノーマンを
ひきつけている隙に、ライラは屋敷へと忍び込んだ。そして彼女が地下室で見たものは、
女の服を着たミイラであった。叫び声を上げる彼女に後ろから襲いかかった老婆は――。
(キネマ旬報)

<IMDb=★8.5>
<Metacritic=97>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:96% Audience Score:95%>
<KINENOTE=80.3点>





# by jazzyoba0083 | 2021-05-21 23:20 | 洋画=さ行 | Trackback(1) | Comments(0)

●「フィッシャーマンズ・ソング コーンウォールから愛をこめて Fisherman's Friends」
2019 イギリス Fred Films,Powderkeg Pictures. 112min.
監督:クリス・フォギン
出演:ダニエル・メイズ、ジェームズ・ピュアフォイ、デヴィッド・ヘイマン、
   デイヴ・ジョーンズ、サム・ウェインズベリー、タペンス・ミドルトン他

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<評価:★★★★★★★☆☆☆+α>
<感想>
音楽」「素人」「成功譚」「恋」と揃えば、ほぼハズレがないハートウォーミングな
一編になる。特にイギリスの田舎の風景の美しさ加われば、ますます魅力的だ。
この作品はそうした要素がバッチリ揃っていて、しかも「友情」「家族愛」「地域愛」
が加わり、もう全部載っけという感じの「人情」映画になった。
こうした「ベタ」だけど、心温まる映画は、嫌いな人はいないだろう。
私も面白く、時にホロリとさせられて観させて貰った。

まず、イギリスのコーンウェルの小さい漁村の美しさに目が行く。冒頭のシーンがそれを
ソソらせる。で、コーンウェルとは一体どこなのか、と調べてみた。
非常に分かりやすい場所で、イギリス(イングランド)の最南端であり最西端の場所だ。
半島の先端が有名なLand's Endということになる。映画の中でも漁師たちの心意気に
現れる通り、古くから固有の文化を形成し、コーンウェル人であることに非常にプライドが
高い。本編中、テレビ中継で英国国歌を歌うことになるが、何と合唱団はコーンウェルの
歌を唄ってしまうのだ。それほど自分たちの土地に愛着とプライドが強い。ましてや
チームワークで生計を立てている漁師たちなら尚更だ。

実話がベース。コーンウェルの小さな漁町ポート・アイザックの漁師たちの合唱団が
たまたま遊びに来ていた音楽プロデューサーの目に止まり、メジャーデビューを果たし、
ファーストアルバムが全英チャートの9位になってしまったという顛末が描かれる。
もう、こうなるだろうな、という読みどおりに気持ちよく成功譚が進行する。

友人に冗談で仕掛けられた漁師合唱団のデビューを、大真面目で仕事にするダニーと、
B&Bのバツイチ女主人との恋の駆け引き、街唯一の漁師たちの憩いの場であるパブの
存続を巡る騒動などが横軸に据えられ、話に幅を作る。女主人オーウェンと、奥さんに
浮気され逃げられた頑固者の父ジムとダニーの駆け引きも見どころとなっている。

コーンウェルはケルトの一部で、漁師合唱団の歌う歌(長い間歌い継がれてきた漁師歌)は、
独特の響きを持つ。ケルティックな雰囲気もある。それは日本人でも分かるだろう。

コメディ的な味わいもある心温まる王道の人情劇。もちろんダニーとオーウェンの恋も
成就し、(一人娘のタムシンの存在も大きい)万事ハッピーエンドだ。
イギリス映画ってこういうテイストのものが多いように感じる。
「ガーンジー島の秘密の読書会」「人生はシネマティック!」なども同じ匂いがする。
最近、社会派作品を観ることがあり、心が重かったが、こうした映画は一服の清涼剤
なり、気分がいい。オススメしたい作品だ。

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<ストーリー>
音楽マネージャーのダニー(ダニエル・メイズ)がイギリス南西部コーンウォール
地方にある港町ポート・アイザックを旅行していたところ、浜辺でライブをしていた
漁師バンド、フィッシャーマンズ・フレンズを偶然見かける。

上司らに彼らと契約を結ぶよう命じられたダニーは、港町に残ることに。失言から
ダニーは民宿を経営するシングルマザーのオーウェンから敵意を持たれるが、ダニーの
音楽への情熱に心を動かされていく。
そしてついにフィッシャーマンズ・フレンズとの契約を取りつける。しかし音楽業界は
生き馬の目を抜くところ。フィッシャーマンズ・フレンズのメジャーデビューの
行方は……?(キネマ旬報)

<IMDb=★7.0>
<Metacritic=45>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:68% Audience Score:73%>
<KINENOTE=76.1点>



# by jazzyoba0083 | 2021-05-20 22:30 | 洋画=は行 | Trackback(1) | Comments(0)

●「バッド・スパイ The Spy Who Dumped Me」
2018 アメリカ Lionsgate and more. 117min.
監督:スザンナ・フォーゲル
出演:ミラ・クニス、ケイト・マッキノン、ジャスティン・セロー、サム・ヒューアン他

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<評価:★★★★★★☆☆☆☆+α>
<感想>
ありえない系スパイ・コメディとしては、アクションのVFXの出来もよく、まずまず
楽しませてもらった。味方のはずのイケメン・スパイのどちらかが敵、という引っ張り
がミソとなっている。ウィーン、プラハ、アムステルダム、と舞台も世界に渡り
(ロケ代金が嵩まないように上手く映像処理されているが)、展開を飽きさせない
工夫はされている。出演者はこれといって魅力がある演者がいるわけではない。
狂言回し的なマッキノンもいささかオーバーアクト気味である。イケメン2人も
取り立てて魅力的であるわけでもない。ただそれぞれのプロットに山があり、緩急を
付けた展開はまずまず良く出来ていたと感じた。ラストのイケメン・スパイ2人の
対決は、最後までどちらが味方か分からず、その辺りは良かったんじゃないか。
カーアクションの出来も良い。肩肘張らずに気楽に気晴らしに観るには適当な映画と
いえるだろう。原題は「私を棄てたスパイ」というほどの意味。
日本公開とコロナ禍が重なり損した映画。

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<ストーリー&プロダクションノート>
「テッド」のミラ・クニス&「ゴーストバスターズ」のケイト・マッキノン共演に
よるアクションコメディ。
ロサンゼルスで破天荒な親友モーガンと暮らすオードリーは、別れたばかりの恋人
ドリューが実は国際的なスパイで、同業者から命を狙われていることを知る。
ある日、自宅を訪れたドリューと彼を追ってきたスパイの戦闘に巻き込まれた2人は、
成り行きから機密事項の入ったメモリを持って逃亡する羽目に。

ヨーロッパへ飛んだ2人に、CIAやMI6、東欧の殺し屋、美しい女性ヒットマン、
そして味方になってくれそうな諜報員セバスチャンら様々な追手が迫る。ドリューを
「ビリーブ 未来への大逆転」のジャスティン・セロー、セバスチャンをテレビ
シリーズ「アウトランダー」のサム・ヒューアンが演じた。(映画com)

<IMDb=★6.1>
<Metacritic=52>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:49% Audience Score:56%>
<KINENOTE=No Data>



# by jazzyoba0083 | 2021-05-19 22:50 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「チャップリンの殺人狂時代 Monsieur Verdoux」
1947 アメリカ Charles Chaplin Productions. 124min.
監督・製作・脚本・音楽:チャールズ・チャップリン
出演:チャールズ・チャップリン、マーシャ・レイ、マリリン・ナッシュ、イソベル・エルソム他

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<評価:★★★★★★★★☆☆-α>
<感想>
「黄金狂時代」の投稿の時にも書いたが、チャップリンの作品群で、後半の
作品は「理屈っぽくて」好まない、チャップリンの持ち味は、やはり浮浪者
(tramp)チャーリーだ、という方が多いらしい。私も製作年代はあっちこっち
しながら何本か彼の作品を観たのだが、スラップスティックにペーソスが加味
された彼独特の哀愁を感じる作品のほうが好みだなあ、と思う。

天才の作る映画は、次第に自己表現の方向が、社会的な不条理とか抑圧に対する
コミットメントに重心が置かれるように変化していく。彼のフィルモグラフィー
を見るとそれは一目瞭然だ。彼が次第に反権力的になっていくのは、自分が育っ
て来た貧困や不幸な家庭事情を見ると必然のように思う。浮浪者の登場もそうだし
チャップリン流の哀愁漂うペーソスの出現も、その流れだ。こうした貧困や虐待
などを通して彼の考え、作風はそんな社会を許してはいけないという直接的な
表現・政治的表現にシフトしていったように思う。それが「資本主義」や「独裁
政治」に対する批判的な作品になっていったと考えると彼の作風の変化に腑に落ち
るのだ。

本作が作られたのは第二次世界大戦の真っ最中。その時期のチャップリンは、すで
に反共勢力に睨みつけられていて、彼の行動などから米国市民からも反感を買う
ようになってきていた。その後、彼は赤狩りの渦中に巻き込まれアメリカから追放、
ヨーロッパに渡ることになる。
この「殺人狂時代」も、反共的な社会の動きに黙っていないチャップリンに逆風が
吹き荒れる中の公開であり、そのシリアスな構成もあり、興行的には大失敗となっ
てしまった。ボイコットの動きすらあったという。後年再評価が進み、チャップリン
の代表作の一本とはなったが、公開当時は散々な状況であったのだ。彼の政治的作風
への転換点となった作品と言える。
チャップリン自身は、この作品を自身最高の作品と自伝で語っている。映画作りでも
政治的立場でも頑固一徹のチャップリンらしい思想の変遷といえるだろう。

さて、映画の背景に字数を割いてしまった。作品としての本作について書かなくては
ならない。原案はオーソン・ウェルズ。チャップリンはこれに1920年代にフランスに
実在した人物を重ね、青髭のようなストーリーに脚本を仕立てた。
映画のラストシーンから撮影したというように、あの有名なセリフ、
"One murder makes a villain, millions a hero.
Numbers sanctify, my good fellow."

 「一人殺すと犯罪者になるが、百万人にならばヒーローになる
  数が殺人を神聖化するのですよ、みなさん」

このコトバはチャップリンのオリジナルではないが、彼はこのセリフを言いたいため
にこの映画を作ったとしか思えない。この他にもこの映画にはチャップリンの思想を
表すような哲学的はセリフが多く登場する。
私が個人的に気に入ったのは、ラストシークエンスで処刑の直前にラム酒を飲むとこ
ろだ。死の直前に人生で初の体験を悠然とする、この達観は凄いと思う。

本作は前半が相当シリアスな運びで、後半、アナベルと湖に釣りに行き、ベルドゥーが
彼女を殺そうとするあたりから、結婚式までがドタバタになる。そして警察に捕まり
処刑に臨むまでがまたシリアスになる。全体として壮大なブラックユーモアと社会批判の
映画だ、と思うのだが、上記のようにシリアスとドタバタの不自然な接合がどうも
個人的にはしっくり来なかった。ドタバタの辺りは本当にチャップリンらしくて好きなの
だが。

全体として時間も長い感じで、好みから言えばやはりフィルモグラフィー的に「モダン・
タイムス」「独裁者」以前の作品が好みだ。

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<ストーリー>
30年間忠実な銀行員であったアンリ・ヴェルドゥ(チャールズ・チャップリン)は
不況のため馘首されたが、以後彼が足なえの妻(マディー・コレル)と息子のために
選んだビジネスは、金持ちの中年女を誘惑してその夫となり、彼女を殺害して保険金を
奪うことであった。

彼はヴァルネイと称して中年の未亡人グロネイ(イゾベル・エルソム)を口説く傍ら、
土木技師フロレエに扮して妻の1人リディア(マーガレット・ホフマン)を訪れ、
一夜のうちにこれを殺して5万フランを強奪する有様である。
しかし彼も本妻や息子に対しては善良な、道徳的な夫であり父だった。

彼は友人のボテロ(ロバート・ルイス)から証拠の残らぬ毒薬の製法を聞き出し、街で
拾った女(マリリン・ナッシュ)で実験しかかったが、不具の夫のため盗みをした過去を
持っていることを聞くと、殺す気が起こらなくなってしまった。

彼は更に船長ボヌースに化け、妻の1人アナベラ(マーサ・レイ)を毒殺しようと苦心し
たが失敗、最後の手段とグロネー夫人を口説いて成功しかかったものの、結婚式場に
アナベラが現われたので万事画餅に帰した。
警察当局は女たちの家族の密告でヴェルドゥに捜査の手を延ばし、探偵の1人は彼の毒薬の
ため最後をとげたが、遂に彼も寿命がつき、今や軍需王の囲い者として成功した、かつて
街で拾った女と会食中、逮捕された。
既に彼は30年代初期ヨーロッパを襲った恐慌のため、破産していたのである。彼は法廷で、
自分のした行為は小さなビジネスに過ぎず、人類はそれより残虐な戦争戦争を賛美し、
大ビジネスとして実行しているではないかと叫び、ギロチンへ引かれて行った。
(キネマ旬報)

<IMDb=★7.9>
<Metacritic=No Data>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:97% Audience Score:88%>
<KINENOTE=75.5点>




# by jazzyoba0083 | 2021-05-18 23:40 | 洋画=た行 | Trackback(1) | Comments(0)