●「ハングリー・ハーツ Hungry Hearts」
2014 イタリア Wildeside,Rai Cinema.109min.
監督・脚本:サヴェリオ・コスタンツォ  原作:マルコ・フィランツィーゾ
出演:アダム・ドライヴァー、アルバ・ロルヴァケル、ロバータ・マクスゥエル、アル・ローフェ他
e0040938_10503267.jpg
<評価:★★★★★★☆☆☆☆>
<感想>
本作の感想の前に、欧州映画のことについて触れておきたい。この作品で、主役の二人は
2014年度のヴェネチア国際映画祭で最優秀男優、女優賞に選ばれている。作品全体の
出来が良くなければこうしたことはないので、一定の評価は受けているのだろう。
他の作品のブログでも触れたが、私はいわゆる世界三大映画祭と言われる「ヴェネチア」
「カンヌ」「ベルリン」で賞を獲るタイプの映画があまり好みではない。どういう映画かというと
精神的、内向的、形而上的、哲学的とでもいうのか、非常に神経質な映画という風にとらえて
いて、いかにエンターテインメントのふりかけが掛けてあっても、どうも好みに合わないのだ。

そうした映画を好む人を非難しようというのではない。それはそれで立派な嗜好であるし、
イタリアやフランスで綿々と続いている「精神的社会を描く」作風の良さを認められる人であるから。
私はそれはそれで羨ましいと思う。私も三大映画祭の作品の中でも面白い!と思うものがある。
だが、個人的な嗜好はハリウッド・エンターティンメントに向いているのだ。先日の「パターソン」
(これもアダム・ドライヴァーだった)のジャームッシュ、スパイク・リー、アルトマンらの描く世界の
ほうが同じ精神的な側面を取り上げてあっても好きなのだ。賛同いただけるかどうかの問題では
なく、そうした嗜好を持っている映画好きもいるということをご理解頂いて本作の感想を
お読みいただきたい。アメリカの映画評価サイトでは評価が低く出るのある意味仕方がないの
だろう。

この映画には原作がある。書籍的に評価されたものを映像化してそれと同程度の良いものが
出来るか、あるいは原作を凌駕できるものになるかは題材による。本作のように精神世界を
描いたものは、なかかな原作に迫るのは難しいのではないか。たとえば村上春樹の「1Q84」を
映画化することを思ってみると良いかもしれない。

イタリア映画だがオールNYロケで、日本での配給元によればジャンルは「サスペンス」である。
そして、「満たされない心」とでも訳すのか、心が複数形になっていることに注目すべきであろう。
出だし。NYの中華料理店の男子用トイレ。下痢で飛び込んだジュード(ドライヴァー)が
用を足している所に間違って入ってきてしまったイタリア大使館勤務のイタリア人?ミナ。
間違って入ってきてしまったがドアがスタックして出られなくなってしまう。そこが主人公たちの
出会いである。トイレは10分以上の長回し。なかなか面白い出だしであり、その後、何を間違ったか?
(演出に決まっているが)映画「フラッシュダンス」のテーマ「What a feeling」に乗せての
結婚披露宴とテンポも良い。そしてミナに起きる転勤話、望まぬ出産・・・。
このあたりからホラーのテイストさえ帯びてくる。ミナは非常に神経症的というかサイコパスとでも
言えるような性格で、占いを信じ、自分の子は「インディゴ」(選ばれた子)であると信じ、
超音波を嫌がり医師を拒絶、屋上に作った温室で育てた野菜しかたべないビーガンなので、胎児は
育たず、更に本人の栄養不足もあり自然分娩もムリといわれる。が頑として聞き入れない。

そして男の子が生まれるのだが、子供にも野菜しか与えず、外に出さず、誰にも合わせず、
日光に当てず、という育て方をしていた。あまりのことにジュードは医師に相談するが、
動物性の蛋白を取らせないとダメだ、危険だ、と言われる。ジュードはミナがいない時
ベビーフードなどをこっそり与えるのだが、ミナは吸収を阻害するオイルを与えてしまう。

発育不足は明らかだった。しかし、ミナは自分の子供は特別だと言い、絶対に言うことを
聞かない。困り果てたジュードはケースワーカーに相談し、ミナから子供を奪って母親のところに
預けた。しかし、ミナはやってきて、変なオイルを与えている。やがて子供の取り合いから
ミナが転倒し怪我をする。ミナはこれを警察に訴え、親権を警察の手により奪ってしまう。
しかし、これを不幸とみたジュードの母親に猟銃で射殺されるのだ。

手早く言うとそういう話なのだが、とにかくミナを演じたロヴァルケルの演技がもう天然の
サイコパスではないか、と思われるくらい不気味でイラつく。母親の気持ちもわからない訳では
ないのだが、子供のことを思え!と怒れてくる。どうオチを付けるのかと思っていたら、これが
ちょっと味気ない幕切れ。おばあちゃんの心も分かる。子供に名前をつけないとはどう言うこと?

ミナ(ロヴァルケル)は登場した時から何かしら精神的にやばい感じを醸し出していた。これは
ほぼ精神的にやられた悪い母の話なのか、そうした境遇に追い込んだジュードのせいなのか、
ハーツ、と複数形であるように、おばあちゃんも含め、満たされぬ心(たち)の話なのだろうか。
とても欧州的、イタリア的なアプローチの映画だと感じた。

加えれば、画作りがとても凝っていて、ちょっと見られないアングルとか、魚眼を使ったショット
ジャンプカット気味の編集とか心理を表そうとする映像面の工夫は買いたい。
ただ、なにせ、観終わって、とても気分がスッキリしない、なんか映画の闇を引きずってしまうような
作品。心の調子が悪いときに観るものではありません。ご注意を。
e0040938_10510277.jpg
<ストーリー>
ニューヨークで運命的に出会い、恋に落ちたジュードとミナ。やがて結婚し、2人の間には
可愛い男の子が産まれる。それは幸せな人生の輝かしい始まり――のはずだった。
しかし息子の誕生後、独自の育て方にこだわり神経質になってゆくミナは、息子が口にするもの、
触れるものに対して次第に敵意と恐怖心を露わにし始める。やがてその攻撃の矛先は、
医者や友人そしてジュードの母親、更にはジュード本人にまで向けられてゆくが、彼はそんな
妻の異常とも取れる頑なな愛情を、何とか理解し、支えようとする。
しかしその結果、息子の体が徐々に変調をきたし始めたことで、ジュードは遂にある決断を迫られる。
果たして、その答えの先に、彼らを待ち受けるものとは―。(日本配給:クロックハーツHP)

<IMDb=★6.4 >
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:64% Audience Score:53% >







# by jazzyoba0083 | 2017-10-08 22:50 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「バーン・カントリー Burn Country」
2016 アメリカ ACE Productions.102min.
監督・(共同)脚本:イアン・オールズ
出演:ドミニク・レインズ、メリッサ・レオ、ジェームズ・フランコ、レイチェル・ブロズナハン他
e0040938_11260462.jpg
<評価:★★★★☆☆☆☆☆☆>
<感想>
日本劇場未公開。WOWOW「ジャパン・プレミア」で鑑賞。何度となく途中で
観るのをやめようかと思ったが、オチをどうつけるのか、映画をどうまとめるのか、
知りたくて最期まで観た。あかんわ。この手の映画。何を言いたいのかよく分からない。

アフガニスタンから移民してきた現地でジャーナリストの助手みたいな仕事をしていた
オスマンが、現地で手伝っていたジャーナリスト、ゲイブの助けで彼の実家に世話に
なる形で移民してきた。が、その街はおよそカリフォルニアとは思えない(というか
ホテル・カリフォルニアがBGMで流れるくらいだから70年代で時間が止まって
しまった街、ということが出来る)カルトな街。ゲイブの母は保安官で、彼女が
関わる事件を通して、オスマンは異文化との衝突を体験する。おそらくムスリムであろう
彼がみるコンミューンな生活や、どこかオカシイ人がいろいろ出てきて混乱する。

冒頭からラストまで、とにかく「変」。「カルト」。アフガンから来た青年が、
ジャーナリストを目指して頑張ろうとするにはあまりにも不適格な街に来てしまった、
ということだろう。ラストシーンはアフガンにいるゲイブが携帯電話を通して
聞かせてくれるアフガンの風の音。オスマンは「少し帰りたい」と言うが、彼は
故郷の風の音に何を感じたのだろうか。

せっかくの話の骨格が、設定やキャラクター付けのなかでぐじゃぐじゃになっていった
感じだ。準主役級のリンジー(ジェームズ・フランコ)の最期の様子も良く理解
出来ないまま終わってしまった。全体として残念な映画と私には感じたのだった。
e0040938_11262797.jpg
<ストーリー>
「127時間」で第83回アカデミー賞の主演男優賞にノミネートされたJ・フランコ、
「ザ・ファイター」で同年度アカデミー賞の助演女優賞を受賞したM・レオ、
イラン出身の中東系男優D・レインズなど多彩な顔ぶれが集まったインディーズ
映画の意欲作。
アフガニスタンから米国に亡命した元戦場記者が主人公なのもユニークだが、
発生する殺人事件の真相究明の流れもオフビート。テイストが似ているのは
「ウィンターズ・ボーン」だろうか。まずは独自の余韻が鮮烈な印象を残す1本だ。
WOWOWの放送が日本初公開。

カリフォルニアの田舎町。母国アフガニスタンで戦場記者だったが米国に亡命した
オスマンは、記者仲間ゲイブの母親で、保安官をしているグロリアの家に居候する
ことに。地元新聞で小さな仕事を得たオスマンは、新たに友人になった男性リンジー
から、ある兄弟が裏社会の実力者であると教えられ、記事にできないかと考えだす。

やがて、兄弟の手下の男性が何者かに殺される事件が発生した直後、リンジーが
行方不明になってしまい……。(WOWOW)

<IMDb=★4.7>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:60% Audience Score:49%>




# by jazzyoba0083 | 2017-10-06 22:40 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「盗聴者 La mécanique de l'ombre」
2016 フランス・ベルギー  2425 Films 91min.
監督・(共同)脚本:トマス・クライトフ
出演:フランソワ・クリュゼ、ドゥニ・ポダリデス、サミ・ブアジラ、アルバ・ロルヴァケル他
e0040938_16385053.jpg
<評価:★★★★★★☆☆☆☆>
<感想>
日本未公開のサスペンス。WOWOW「ジャパン・プレミア」にて鑑賞。
事件の大本になる、コートジボワールだかどこだかの人質事件とその釈放交渉を
巡り新大統領の手柄にするのしないのという根っこの部分が良くわからないので
秘密組織みたいのが2つ出てきて殺し合いやられても、良く分からなかったと
いうのが本音。「最強の二人」のクリュゼの困り顔演技は良いんだけど、それだけ
という感じ。断酒会で知り合う若い女性との関係も、実は彼女、どちらかの組織の
人間なんじゃないか、というミスリードなのか、と思ったらそうでもなかったり。
フランス人ならもう少しよく分かるのかなあ。日本では劇場未公開も仕方のない
内容だね。エンディングもなんだかなあ、で終わっちゃったし。

国家的組織から真面目故に失業した中年男が、盗聴テープ起こしというヤバい
仕事を頼まれ、盗聴する側からもされる側からも狙われて、ニッチもさっちも
いかなくなるという基本ライン。前述のように短い映画ながら話が分かりづらいのが
最大の欠点。クリュゼが勿体無い。女性もなんのために出てきたのか分かりづらい。
という映画でした。
e0040938_16393390.jpg
<ストーリー>
「最強のふたり」に主演したフランスの人気男優にして実力派のF・クリュゼ。
彼が、秘密組織が盗聴した音声を文字起こしする孤独な男性をリアルに演じた異色の
サスペンス。
保険会社で働く真面目な男性デュバルは几帳面なために仕事を多く抱え過ぎ、
不眠症とアルコール依存症の両方に悩むように。

2年後、失業したデュバルは突然、初対面の男クレマンから仕事を頼まれる。
それはあるアパルトマンの一室で盗聴された会話音声などをたったひとりで聴き、
タイプライターで文字起こしするという不思議な仕事だ。会話音声では政府の
関係者らしき人々が話しており、デュバルは自分の仕事が危険だと感じるが…。
(WOWOW)

<IMDb=★6.3>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:47% Audience Score:17% >




# by jazzyoba0083 | 2017-10-02 22:50 | 洋画=た行 | Trackback | Comments(0)

●「消えた声が、その名を呼ぶ The Cut」
2014 ドイツ、イタリア、フランス、ロシア、ポーランド、トルコ 138min.
監督・(共同)製作・脚本:ファティ・アキン
出演:タハール・ラヒム、シモン・アブカリアン、マクラム・J・フーリ、モーリッツ・ブライブトロイ他
e0040938_15453307.jpg
<評価:★★★★★★☆☆☆☆>
<感想>
★は6.5。オスマン帝国崩壊に至る中で起きたアルメニア人大虐殺事件を
モチーフに作り上げた大河ドラマ。現在のISが跋扈しているエリアなので、現在に
思いが通じて胸が痛んだが、いささかちょっとメリハリに欠け冗長に感じられた
のが残念だった。

オスマン・トルコの腕のいいアルメニア人鍛冶職人ナザレット(キリストが産まれた
土地から名付けられているようにキリスト教徒)一家が巻き込まれる一大悲劇を
ナザレットを主人公として、別れた双子の娘を探し、ヨルダン~キューバ~アメリカは
ミネアポリス~ノースダコタまで旅をする壮大なドラマ。そこには過酷な運命をたどるに
至った残酷性と、彼を支えてくれる親切な人々との出会いがあり、そうした人間との
触れ合いからドラマが綴られていく。

第一次世界大戦前後のオスマン・トルコ帝国崩壊が絡んだ映画は数多く作られており、
「アラビアのローレンス」もその流れの中にある。本作のストーリーでも重要な
ファクターとなっているが、結局バルカン半島は西欧列強の陣取り合戦に巻き込まれ
イギリスの「三枚舌外交」が決定的になり、現在まで続くパレスチナ、イスラエル
紛争のきっかけを作ったのだ。そのバルカンのぶん取り合いをした国々とトルコが
製作国に名を連ねているのがなんとも皮肉だ。(最悪のイギリスはいないけど)

ナザレット、家族と引き剥がされトルコ側に強制労働に駆り出され、用済みとなると
集団で喉を掻き切られて殺される。だがナザレットに手を掛けた男の気が弱いと
いうか善の心がまだ少しあったため傷が浅く、生き残るが声を失う。そこから
彼は無謀とも思える家族との再会のための長い長い旅にでることになるのだ。

綴られるエピソードはダイナミックであるが、例えばヨルダンからキューバへ
向かう際、船員として雇われたようだが、口が聞けなくてよく大丈夫だったな、とか
一つ一つのエピソードに微妙な突っ込みどころがある。そのあたりが本作の
パワーを少し減じていたような気がした。基本、出会う人々に悪いヤツらより
善人が多いのが救いだ。(一方で映画の弱さかもしれない)チャプリンの映画を
見るシーンがあるのだが、そこでは親子が再会出来る、そのシーンを観て涙して
いるナザレット・・・いいシーンだった。

とはいうものの、肉親(娘)に会いたい、という父親の命を掛けた強い思いには
胸を打たれずにはいられない。戦争~引き裂かれた家族~長い過酷な旅路~
劇的な再会という典型的な流れではあるが、この手のドラマがお好きな方には
オススメだ。舞台がオスマン帝国というのがテーマとして今日的でもあるので
いいのかも。アレッポも出てきますよ。
e0040938_15454884.jpg
<ストーリー>
「愛より強く」「そして、私たちは愛に帰る」のトルコ系ドイツ人監督ファティ・
アキンが、トルコのアルメニア人大虐殺をモチーフに、虐殺を生き延びた男が、
生き別れた2人の娘を捜して繰り広げる壮大な旅の行方を描いたドラマ。
主演は「預言者」「ある過去の行方」のタハール・ラヒム。

 1915年オスマン・トルコの街マルディン。アルメニア人鍛冶職人のナザレットは、
妻と双子の娘ルシネ、アルシネと幸せに暮らしていた。
そんなある日、憲兵がいきなり押しかけ、ナザレットは妻子と引き離され強制連行
されてしまう。
灼熱の砂漠で、同じように連行された男たちとともに奴隷のように働かされるナザレット。
そしてある朝、ナザレットたちは処刑を宣告され、次々とナイフによって首を掻き
切られる。数時間後、ナザレットは意識を取り戻す。彼の処刑を命じられた男が
首を浅く切ったために致命傷にはならず、声を失ったものの奇跡的に一命を取り
とめたのだ。この時から、家族の消息を求めるナザレットの遥かなる旅路が始まる
のだったが…。(allcinema)

<IMDb=★6.3>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:58% Audience Score:67% >




# by jazzyoba0083 | 2017-10-01 23:40 | 洋画=か行 | Trackback | Comments(0)

●「ドント・ブリーズ Don't Breathe」
2016 アメリカ Screen Gems and more.88min.
監督・(共同)脚本:フェデ・アルバレス
出演:ジェーン・レヴィ、ディラン・ミネット、ダニエル・ゾヴァット、スティーヴン・ラング
e0040938_13375479.jpg
<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
短いけどよく出来たサスペンス・ホラー作品。プロデューサーにサム・ライミの名前が
見られる。WOWOWでの鑑賞だったが、解説の小山薫堂も言っていたように、
ひどい目、怖い目に会う3人の若者に対して距離を置いて見られるのは、彼らが
「盲目で娘を交通事故で殺された単身で暮らす元軍人の老人」の家に娘の示談金目当てで
侵入する強盗という基本、悪い奴らだから、まあ、このくらいの目にあっても
仕方ないよねえ、という目線で見られるから、びっくりする内容であっても、覚めた
目で、そう怖がらずに観られる。

少数の出演者で構成されるストーリーはスピード感もあり、普通感じられる「タメ」も
排除して、(まだ殺さないだろうと思っているところ、あっという間に殺されるとか)
進むのであっという間に観終えた感じだ。
強盗に入った若者3人が出会う恐怖の種類は数多く用意され、目が見えないと思って
いたら、目の代わりをする猛犬がいたり、元軍人なので一度取っ組み合いになると
ものすごく強かったり、更に、地下室に想像できなかったびっくりが隠されていたり
する。ラスト、(ネタバラシになりますが)生きて脱出出来た若い娘が、自分が
バールでボコボコにしてきた老人が死んでいなくて結構軽いけがで済んだという
ニュースを空港で見るのだが、そのニュースでは自分が奪って来た大金について
「盗難の事実はなかった」というコメントにさらに驚く。盗難が無かったのではなく、
老人自身が地下室で犯していた罪について持って行かれた大金と相殺するという
ことだったのだろう。もし、老人が打撲で死んでいたら、銃で殺された男二人と
撲殺された老人の加害被害の関係がおかしくなるから、(だれが老人を殺したのか、
もう一人犯人がいて逃げたのかとか。まあ彼女の血液も現場にあるのだからDNA検査
とかやられるとアウトなんだろうけどね)辻褄もとりあえずあっていたということに
なるのだな。

短い時間に多様な恐怖を入れ込み、目が見えないけど自宅の中ではめっぽう強い
老人と、言葉を発しない猛犬の存在が、良いテンションで恐怖をばらまく。
「悪いことをしに来た若者たち」「盲目の老人=元軍人=地下室の秘密」
「暗闇の中の恐怖」「猛犬」といい環境と素材をそろえた。
(ツッコミどころがないわけではないが)なかなかいいアイデアのサスペンス・
ホラーだと思う。
e0040938_13382371.jpg
<ストーリー>
リメイク版「死霊のはらわた」のフェデ・アルバレス監督が再びサム・ライミ製
作の下で撮り上げた戦慄のサスペンス・スリラー。
盲目の老人の家に盗みに入った若者3人が、相手の思わぬ反撃に遭い、逃げ道を
塞がれた真っ暗闇の家の中で想像を絶する恐怖に見舞われるさまを緊張感あふれる
筆致で描き出す。
出演は若者3人に「死霊のはらわた」のジェーン・レヴィ、「プリズナーズ」の
ディラン・ミネット、「イット・フォローズ」のダニエル・ゾヴァット。
彼らを恐怖のどん底に突き落とす盲目の老人に「アバター」のスティーヴン・ラング。

 長引く不況ですっかり荒廃した街デトロイトで、少女ロッキーと恋人のマニー、
友人のアレックスの3人は重罪にならない程度の空き巣を繰り返していた。
自堕落な親を見限り、幼い妹を連れてここを出て行こうと考えていたロッキーには
まとまった金が必要だったが、そこへマニーがある強盗話を持ちかけてきた。

ターゲットは孤独な盲目の老人で、娘を事故で失った彼は、賠償で得た大金を
自宅の地下室に隠し持っているらしいというのだった。最初は嫌がっていた
アレックスも加わり、真夜中の老人宅に侵入した3人だったが、すぐに彼らは
自分たちが相手にしている男が、単なる目の見えない無力な老人ではないことを
悟るのだった…。(allcinema)

<IMDb=★7.2>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:87% Audience Score:79%>



# by jazzyoba0083 | 2017-09-30 22:40 | 洋画=た行 | Trackback | Comments(0)

ドリーム Hidden Figures

●「ドリーム Hidden Figures」
2016 アメリカ Levantine Films,Chernin Entertainment,Fox 2000 Pictures.127min.
監督・(共同)脚本:セオドア・メルフィ
出演:タラジ・P・ヘンソン、オクタヴィア・スペンサー、ジャーネイ・モネイ、ケヴィン・コスナー、キルステン・ダンスト、マハーシャラ・アリ他
e0040938_20423395.jpg
<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
2日続けて映画館で「心地の良い」映画を見られる幸せ!これは皆さんにお勧めしたい良作です。
今年のアカデミー賞候補作品の中で最後に登場した本作、待たされた甲斐があったという出来でした。
昨日のジャームッシュが「普通の生活」を切り取った「心地の良さ」とすれば、本作は、黒人差別と
戦いつつ信念を貫いた実在の人物のダイナミックな(ちょっと語弊があるな)生き方から感じられる
「心地の良さ」だ。年をとって涙もろくなったせいか、何回か涙腺崩壊になりそうなシーンがあった。
白人が解けない数式をスラスラと解いてしまい、びっくり顔の白人には容易にカタルシスを感じる
事ができる。

★は8.5を進呈したい。マイナスは、黒人差別がもう少しきつく描かれても良かったんじゃないか、と
思ったから。まさに公民権運動吹き荒れる時期、この映画に出てくる(基本はNASAの人なんだが)人物は
ベースとしてはいい人なんだもの。冒頭に登場し、主役3人をパトカーで先導してくれる白人警官を
初めとして、カッコいい本部長ケヴィン・コスナー、三人の上司キルステン・ダンスト、理解あるもの。
映画では、非白人用トイレに行くためにNASAの構内を片道800メートルも行き来しなくてはいけないとか
オフィスにあるコーヒーサーバーが分けられているとか、主人公の一人がNASAでの技術者の資格を得る
ために白人だけの高校に通わせろと、裁判に持ち込まなくてはならなくなるのだが、判決を言い渡す白人判事、
情けをかけてくれるし、事実かもしれないが、環境は過酷だが、周りはいい人、というのが、いささか
迫力不足というか。最高に良いやつなのはフレンドシップ7に乗ってアメリカ人として初めて地球を周回
したグレン飛行士だ。彼の場合は、主人公の一人計算の天才キャサリンを心から信頼しているのだ。
実際はもっともっと私生活も含め黒人ゆえの苦しさはあっただろう。
三人の努力は認めるとしても彼女たちは恵まれていたほうだとも言えるだろう。

さりとて、あの時代に、国家事業に参加し、極めて重要な仕事を、底辺から初め、実力を認めさせ、
しかるべき仕事と地位を与えられるようになった実在の三人には敬意を払わずにはいられないし、
彼女らの才能を認めた本部長ケヴィン・コスナーや上司キルステン・ダンスト、飛行士らの、差別をしない
勇気、国家事業を成功させるためにあの時期、肌の色は関係ないという姿勢も敬意を評さざるを得ない。
そしてそれらが描かれた映画は、観ていて心地悪いはずがない。プロジェクトは成功していくんだし。

現在も90歳を超えて存命でいらっしゃる三人は、フレンドシップを成功させた後、ジェミニ計画、
アポロ計画、そしてスペースシャトル計画まで関わり、彼女らの名前を関した施設がNASAに作られる
までになったという。キャサリンは大統領から米国人として最高の栄誉である「大統領自由勲章」を
与えられている。

事実とは少し違う色付けがされているようだが、アメリカ人がいかにも喜びそうな作りで、本国での
評価も極めて高い。原題の"Hidden Figures" とは「隠された人/数式」というダブルミーニング。
日本のタイトルは大上段に構えすぎで、もう少し何とかならなかったのかな。

主役の3人の黒人女優さんたち、ボスを演じるケヴィン・コスナー(ちょっとかっこ良すぎかな)、
オスカーで助演男優賞に輝いた(「ムーンライト」)マハーシャラ・アリら、ナイスなキャストであった。

国の大事業でしかもソ連との競争という状況で、(途中からIBMの大型コンピュータが出てきて、白人の
技術者が使いこなせないで困っている中、主人公の一人がフォートラン(懐かしいなあ)をマスターし
動かしてしまうシーンはいいなあ)仕事と黒人であるという大きな壁に負けずに挑んで結果を出した
3人の女性に、素直に感動してしまうのだった。
e0040938_20430337.jpg
<ストーリー>
アメリカと旧ソ連が熾烈な宇宙開発競争を繰り広げていた1960年代初頭、アメリカ初の有人周回飛行の
成功に尽力したNASAに勤務する3人の黒人女性の実話を映画化した人間ドラマ。
黒人への差別が激しい時代背景の中、家族のために奮闘する女性たちの姿を描き、第89回アカデミー賞では
3部門でノミネートされた。

1961年、東西冷戦下のアメリカとソ連は熾烈な宇宙開発競争を繰り広げていた。ヴァージニア州ハンプトンの
NASAラングレー研究所では、優秀な黒人女性たちが計算手として西計算グループで働いていた。
リーダー格のドロシー(オクタヴィア・スペンサー)は管理職への昇進を希望するが、上司ミッチェル
(キルステン・ダンスト)は「黒人グループには管理職を置かない」と却下する。
メアリー(ジャネール・モネイ)は技術部への転属が決まり、エンジニアを志すが、黒人には無理だと
諦めている。幼いころから数学の天才少女と呼ばれていたキャサリン(タラジ・P・ヘンソン)は
黒人女性として初のハリソン(ケビン・コスナー)率いる宇宙特別研究本部に配属されるが、白人男性
ばかりの職場の雰囲気はとげとげしく、そのビルには有色人種用のトイレもなかった。

それでも家庭を持つ3人は、国家の威信をかけたマーキュリー計画に貢献しようと奮闘した。
1961年4月12日、ソ連はユーリ・ガガーリンを乗せたボストーク1号で史上初の有人宇宙飛行を成功させる。
ソ連に先を越されたNASAへの猛烈なプレッシャーのなか、キャサリンはロケットの打ち上げに欠かせない
複雑な計算や解析に取り組み、その実力をハリソンに認められ、宇宙特別研究本部で中心的な役割を任される。

一方ドロシーは、新たに導入されたIBMのコンピュータを使ったデータ処理の担当に指名され、メアリーは
裁判所への請願が実り、白人専用だった学校で技術者養成プログラムを受けるチャンスを得る。
夫に先立たれ、3人の子供をひとりで育てていたキャサリンは、教会で出会ったジム・ジョンソン中佐
(マハーシャラ・アリ)のプロポーズを受ける。

1962年2月20日、宇宙飛行士ジョン・グレンがアメリカ初の地球周回軌道飛行に挑む日。打ち上げ直前に
想定外のトラブルが発生し、すでに職務を終えて宇宙特別研究本部を離れていたキャサリンに、
コンピュータには任せられない重大な計算が託される……。(Movie Walker)

<IMDb=★7.8>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:92% Audience Score:93% >



# by jazzyoba0083 | 2017-09-29 12:35 | 洋画=た行 | Trackback | Comments(0)

パターソン Paterson

●「パターソン Paterson」
2016 アメリカ K5 International,Amazon Studios.118min.
監督・脚本:ジム・ジャームッシュ
出演:アダム・ドライバー、ゴルシフテ・ファラハニ、バリー・シャバカ・ヘンリー、永瀬正敏他
e0040938_21321212.jpeg
<評価:★★★★★★★★★☆>
<感想>
個人的に、鑑賞する映画のジャンルとして、ジャームッシュのような系統(大きく言えばカンヌ系と
でもいうか)の作品はあまり多く接しない。が、決して嫌いではない。何を受け取ったらいいの?
という形而上的な世界に、どちらかというとエンタメを求める私としては敬遠気味であるということだ。
またこういう映画は名古屋近辺ではシネコンにかからないので、ネットで座席がとれない小屋にいかなくては
いけないというめんどくささも腰を重くしていた。

しかし、本作、姉が「いいから一度観てみなさい」と強力に推薦してくれ、本日、午後の部の上映に
行ってみた。あと1週間で上映が終わってしまうので焦ったという面もある。館内は三分の一ほどの
入りで若い女性が多かった。

エンドロールが終わり、外へ出ようと歩いているとこみ上げてくる、なんだろう、この心地の良さは。
意味を探そうとして今見た映画を反芻してみるが、「心地よかった」としか出てこないのだ。
ジャームッシュ監督の主張や何処に?と考えても出てこないのだ。でもややあってそれが正解だ、そう
感じることで良いのだ、と腑に落ちた。普通の生活を普通に切り取って見せてこの心地の良さ。
ハリウッドのブロックバスターもいいが、こういう映画もまたいいもんだなあ、としみじみしてしまったのだ。
ありふれた愛情あふれる生活を切り取った映画を観て感じる「心地の良さ」。もちろん大作にも「心地の
良さ」はある。銃撃もカーチェイスも大恋愛も、家族の揉め事もない、普通の生活が描かれているものが
こんなに「心地良い」ものだとは。さすが、ジャームッシュ、ということになるのだろう。

映画自体は、アメリカはニュージャージー州パターソン(NYCにごく近い)でバスを運転手をしながら
詩を書く、市の名前と同じパターソン氏(ドライバー)の一週間を描くもの。パターソン氏は、ローラという
中東系の奥さんがいて、愛犬のブルドッグ、マーヴィンと暮らしている。

毎朝6時10分から30分に起きて、丸いシリアルを食べ、日がなバスを運転し、定刻に退社し、妻の夕食を
食べ、犬を散歩させ、途中で馴染みのバーによってビールを一杯だけのみ、地下室でその日の感想や乗客の
おしゃべりからインスパアされた詩をノートに書き留めるという生活を繰り返している。

中東系の妻ローラは芸術家肌で、カントリー歌手になりたいとか言って通販でギターを買ったりしている。
専業主婦らしい。でもカップケーキを作るのが好きで、また部屋の模様替えも好きである。彼女の変わって
いるのがとにかくモノクロと黒の円形やドットが好きなのだ。来ている服もパターソン氏の飲むマグカップの
デザインも。買ったギターさえ。犬もそう言えばモノクロだな。

毎日同じような生活が繰り返されるが、妻も不満は一切言わない。というか映画全体でいらつくような
シーンが全く出てこない。遅刻じゃないのか?という時間に起きる曜日も、特に上司が出てくるわけでも
ない。行きつけのバーで黒人のカップルが別れるの別れないのでおもちゃの銃で男が自殺をしてみせようと
して一悶着あったり、パターソン氏の運転するバスが電気系のトラブルで途中で止まっちゃったりする事件は
起きるが、誰も怒らない。パターソン氏もローラの夕食がまずくても文句は云わない。
最大の事件は彼が書き留めた詩のノートを愛犬が噛み切ってボロボロにしてしまったことだった。妻は落ち
込むパターソン氏を慰めるが、さすがにガッカリはするが、パターソン氏はめげたり嘆いたり、犬に当たり
散らしたりはしない。

ローラが屋外のイベントで売ったカップケーキが300ドル近くの売上を出して二人して外食して映画を
観る。パターソン氏は、「君を誇りに思うよ」と褒めてあげる(ローラの選ぶ映画がこれまたモノクロ
なんだな) みんな心穏やか。彼が綴る散文詩も、極めて穏やかなものだ。誰かを批判したり嘆いたりする
ものではない。映画の本質を突いている詩といえよう。

妻のキャラクターに主張があるのか、愛犬が何かのメタファーなのか、詩が監督の訴えたいことなのか、
と観終わっていろいろと考えてしまったが、そうではなく、パターソン氏の日常の争いのない平和な
詩を愛することが出来る世界の「幸せ」を感じればいいのだ、と腹に落ちたのだった。(夜に愛犬を
散歩させていると大きな音楽を流した黒人4人のオープンカーが停まって、ヨ~、それブルドッグだろ、
愛犬を盗むやつがいるから気をつけな、と言って去る。その直後パターソン氏は愛犬をバーの外に繋いで
一杯やるのだが、あ、これ犬が連れ去られる、と観客は思うだろう。でも何も起きない。見ている人は
偏見を持っていたのだなと分かる。そんな演出もニクいものがある)ラストに出てくる日本人詩人
(永瀬正敏)は、映画全体を締めるピリオドのような印象を持った。

「ストレンジャー・ザン・パラダイス」を見たときのようなオフビート感(独特のセリフの間とかも)は
ジャームッシュだなあ、と思うが、オフビートと一言だけで言い表せない「心地よい幸せ」がこの
映画にはある。キャストのアダム・ドライバーとゴルシフテ・ファラハニもピッタリ合っていてとても良い。
なんか、今のアメリカのトランプ的な世界観のアンチテーゼとして提示されているような気もした。

流れていく日々すら愛おしい・・・
e0040938_21324227.jpg
<ストーリー>
ニュージャージー州パターソン。街と同じ名前を持つバス運転手のパターソン(アダム・ドライバー)の
1日は朝、隣に眠る妻ローラ(ゴルシフテ・ファラハニ)にキスをして始まる。いつものように仕事に
向かい、決まったルートを走り、フロントガラス越しに通りを眺め、乗客の会話に耳を澄ます。
乗務をこなすなか、心に浮かぶ詩を秘密のノートに書きとめていくパターソン。一方、ユニークな感性の
持ち主であるローラは、料理やインテリアに日々趣向を凝らしている。
帰宅後、パターソンは妻と夕食をとり、愛犬マーヴィンと夜の散歩、いつものバーへ立ち寄り、1杯だけ
飲んで帰宅。そしてローラの隣で眠りにつく。そんな一見代わり映えのしない日常。だがパターソンに
とってそれは美しさと愛しさに溢れた、かけがえのない日々なのであった……。(Movie Walker)

<IMDb=★7.4>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:96% Audience Score:71%>



# by jazzyoba0083 | 2017-09-28 17:35 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「ジュリーと恋と靴工場 Sur quel pied danser 」
2017 フランス Loin Derrière L'Oural 84min.
(共同)監督・脚本:ポール・カロリ
出演:ポーリーヌ・エチエンヌ、オリヴィエ・シャントロー、フランソワ・モレル、ロイック・コルベリ他
e0040938_15451225.jpg
<評価:★★★★★★☆☆☆>
<感想>
ミュージカルと謳ってはいるけど、ダンスが全面的に前に出ることはない。奥様の
リクエストに付き合ってシネコンに。近頃にしては短い映画だった。で、出来だが
音楽は好みもあり、満足だが、ストーリーは今風だけど工夫がたりないなあ。実写風の
映像が出てきたが、これは本当にあった話をベースにしているのかな。
先にも触れたように、歌や音楽が軽いフォービートやボサノバをベースにしているので
私の好きなミシェル・ルグランの「ロシュフォールの恋人」的サウンドになっていて
それがなければ至極退屈な映画になっていただろう。

ジュリーは靴の小売店をリストラされ、正社員を目指し新聞とにらめっこ、老舗の
靴屋に面談に行くが、自分の方から「どうせだめなんでしょ」的失礼なセリフを
面接のおばさんに吐くものの、正社員めざしてやってみなさい、と言われる。
やっと仕事にありつけたジュリーは手作りで評判の婦人靴の見習いとして仕事を
覚える日々。しかし、実は会社は工場を賃金の安い中国に作ろうと計画していて
今ある工場をリストラするつもりだった。

そのことを知った従業員らはパリの本社までおしかけ、リストラ反対を主張する。
一方ジュリーは工場のバスの運転手君といい仲になるも、しょっちゅう喧嘩ばかり。

ストをしたりピケを張ったりと頑張るおばさま従業員たち、かつて一世を風靡した
「戦う女」という赤い靴を作って自分たちの技量を示そうと立ち上がった。
出来上がった靴は大評判。売れに売れて、社長も彼女らの技量あってこその自分の
会社の靴だ、と気付き、リストラは中止となる。そして、ジュリーも晴れて
社員試用から正社員になることが出来たが、恋人と別れたジュリーは、正社員を
断って、またどこかへ出かけていったのだった・・。

あれ?あれだけ正社員になりたいと頑張っていたジュリー、恋も仕事も投げ出して
何処へ行くの?物語が終始一貫していなくないですか?自分の道を見つけたのかな?
それにしては描き方が不足している。

ダンスシーンもアンサンブルできっちり揃えるものではないし、ジュリーの思いも
一貫しないし、恋人はそうイケメンでもないし、全てに渡り中途半端な映画に
なってしまった。特にエンディングでは「???」って。音楽が好みでなければ
★は5つ。
e0040938_15452646.jpg
<ストーリー>
ジャック・ドゥミを彷彿とさせるカラフルでポップなミュージカル・コメディ。
就職難を乗り越え、なんとか高級靴工場での試験採用を手にしたジュリー。
ところが工場は、近代化の波を受けて閉鎖の危機に。同僚の女靴職人たちとこの
危機に立ち向かうが……。
出演は「EDEN/エデン」のポーリーヌ・エチエンヌ。監督のポール・カロリと
コスティア・テスチュは、本作で長編デビュー。

田舎町に住む25歳のジュリー(ポーリーヌ・エチエンヌ)は、就職難を乗り越え、
何とか高級靴メーカーの工場で試験採用となる。ところがその工場は、近代化の
煽りを受けて閉鎖の危機に直面していた。
リストラを恐れた靴職人の女たちが、抗議のためにパリの本社に乗り込んだ
ことから騒動に。この事件に巻き込まれたジュリーは危うくクビになりかける。
その一方で、仄かな恋の予感も……。職人の意地とプライドをかけて戦う逞しい
女たちとともに工場閉鎖の危機を乗り越え、ジュリーは本当の幸せを掴むことが
できるのか……?(Movie Walker)

<IMDb=★6.0>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:67% Audience Score:--->




# by jazzyoba0083 | 2017-09-26 15:00 | 洋画=さ行 | Trackback | Comments(0)

●「ユー・ガット・メール You've Got Mail」
1998 アメリカ Warner Bros.119min.
監督・(共同)製作・脚本:ノーラ・エフロン 戯曲原作:ミクロス・ラズロ
出演:トム・ハンクス、メグ・ライアン、グレッグ・キニア、パーカー・ポージー他
e0040938_13451985.jpg
<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
1990年代初頭ごろから映画のジャンルに「ラブコメ」「ロマコメ」という
ものが出来たような記憶がある。その女王といえば何と言ってもメグ・ライアンだった。
メグは、本作以降は「ニューヨークの恋人」に出演、後の作品は日本では殆ど劇場
未公開となりその姿を見かけることがなくなっている。まだ56歳。若い頃のキュートな
イメージから抜けられず苦労しているのだろうか。まだまだ活躍して欲しい女優さん
ではある。お相手のトム・ハンクスに比べてしまうと余計にそんな感じを受けるのだ。

閑話休題。トムとメグは3回共演していて、本作はその最後となる作品。
「ジョー、満月の島へ行く」(日本劇場未公開 1990)、そしてこの二人と
言えばこれ、という決定版「めぐり逢えたら」(1993)、最後が前作と比べても
その出来は落ちていない本作である。

「めぐり逢えたら」の主役二人と監督は同じ。故に演出のテイストは似ている。
惜しくも2012年に病を得て亡くなってしまったノーラ・エフロンの、安定した
演出、主役二人(も上手いんだけど)の、その演技を上手く引き出す才能が早々に
失われたのは残念である。二つの映画には下敷きが有り、前作は「めぐり逢い」
であり、本作は「街角/桃色の店」(1940)である。

そしてエフロンの特徴として街角の雰囲気を取り込むこと、有名な音楽を使って
いることが上げられよう。本作でも、ロイ・オービソンやハリー・ニルソン、
ビリー・ウィリアムズといった歌手たちのシーンにフィットした歌が使われている。
さらに、背景となる季節としてハロウィンから感謝祭、クリスマスというアメリカ人には
絶対に外せないホリディシーズンをうまく話に取り入れている。このシーズンと
いうのはアメリカ人にとって感情が高揚する特別な時期なんだろう。

恋人との物語というとコミュニケーション手段を描かざるを得ず、映像に
時代の流れを感じざるを得ない。仕方のないことだけど、一方で旧作を見る上での
ファッションと並び当時の風俗を楽しむという手もある。
前作「めぐり逢えたら」でキーになるのはラジオと手紙であった。それから5年経つと
メール、テキストのチャットという時代に入っている。トムとメグはオンラインで
ハンドルネームしか知らない相手とメールを交わすという設定が物語のキモになって
いるわけで、彼らが使うメーラーが当時一世を風靡したAOLだ。AOLはメーラーを
開いてメールが来ていると男の人の声で「You've got mail」と言ってくるのだ。
実は私もこれが欲しくて、AOLに加入し、今でも使っている。今の日本版は
「メールが届いています」って、味気がない男の声になっちゃったけどね。
二人共恐らくIBMのラップトップを使っているのだが、まだ通信が懐かしき
ダイアルアップで「キュー・・・ギョロギョロ、ピー シュー・・・」という音で繋がる
やつ。

で、トムは安売りの大規模書店を経営する一家の御曹司、メグはNYの街角で
母の代から子供向けの絵本などを売る街の書店の二代目経営者。
二人はお互いを知らずにメールやチャットを続け、仕事の愚痴を言ったり
その日に起きたことを綴ったりしていた。ちなみに二人共同棲している。
トムの会社がメグの店の近くに、商売敵となる大型安売り書店を作ることに
なり、事情をしったリアル世界のトムとメグは犬猿の仲となってしまう。
しかし伏線として、書籍関係のパーティー会場でメグを見るトムの目はメグに
強く惹かれていることを示唆している。

オンライン世界の二人はやがて会おうか、ということになるのだが、トムが待ち合せした
店に行くと待っている女性が、あの街角の書店のオーナー、メグであることが判明する。
が、まさかメールの男であるとは知らない。

偶然を装ってメールの相手を待っているメグにあれこれいうが、メグは大型
書店のトムに嫌味を言いまくり、辟易したトムは退散するのだが、メグは悪口を言って
しまったことに自己嫌悪を覚え、そのことをメールに書く。それを読んだトムは
再度、会うことを決心。その頃までに二人共同棲相手とは別れていた。
トムの大型書店がメグに書店の直ぐ側にオープンしたことによりメグの店はやはり客が
減ったこともあり店を畳むことにした。それに対して責任を感じるトム。

そしていよいよ二人が会うことになるのだが。
ラストのオチがちょっとうまく出来過ぎな感じがするのだが、当時のデバイスを
使ったロマコメとしてはよく出来ていると思う。今ならスマホでのやり取りと
いうことになるのかな。この映画では、何故かガジェットとして携帯電話は全く
出てこない。今からたかだか9年前の映画だが、コミュニケーションデバイスの
進歩には驚くばかりだ。あっという間に陳腐化してしまうのだから。

ロマコメはラブコメほど、会話のやり取りのギャグやユーモアとか気の利いた
セリフとかの要求度合いが低いと思うので、トムとメグのやりとりで思わず笑って
しまうということはあまりない。それよりも全体のストーリーで持っていくという形。
ただ、ボートの中でのトムと父親のとの会話は面白かったけど。

監督の映画全体の思いとしてはオンラインより実際に会うこと、パソコンより本
という主張が見えてくるのだが、前者は今でも言えるが、本について言えば
Amazonの登場以降、本作に出てくるような書店も消えていく運命だろう。
あの時代だからこそ出来た平和な映画だったとも言える。9.11以前のNYだし。

それにしても、ショートの金髪のメグ・ライアンが輝いていること!
e0040938_13455025.jpg
<ストーリー>
監督N・エフロン、主演T・ハンクス&M・ライアンという「めぐり逢えたら」の
ゴールデン・トリオが再び顔を会わせ、Eメールといういかにも今風の題材に
挑戦したラブ・ストーリーだが、実は1940年に製作されたエルンスト・ルビッチの
「桃色(ピンク)の店」のリメイクにあたる(旧作では文通が手段となっていた)。

 ニューヨークで小さな本屋を営むキャスリーンは恋人がいるにも関わらず
インターネットで知り合ったメール友達“NY152”とのやりとりを何よりも
楽しみにしている。店の近くに大手の本屋チェーンがオープンするのが少し
気がかりだが、そんな悩みも“NY152”の存在が和らげてくれる。

その大手チェーンを経営するジョーは商才はあるものの、女性に対して今一つ
のめりこめない性格で、彼もまた“ショップガール”というハンドルネームの女性と
Eメールで話をするのが今もっとも楽しい事だった。
やがてジョーはキャスリーンの店で彼女に出会うが、自分のチェーン店が彼女の
店にとって障害になることが判っているだけに複雑な気持ちだ。
互いの立場がはっきり見えたキャスリーンとジョーは犬猿の仲になっていく。
そんな二人にとってはメール友達との会話だけが心の拠り所。そしてキャスリーンは
“NY152”から直接会う事を提案されるのだが、待ち合わせ場所に現れたのは
なんとジョーだった……。(allcinema)

<IMDb=★6.7>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:69% Audience Score:73%>






# by jazzyoba0083 | 2017-09-25 22:30 | 洋画=や行 | Trackback | Comments(0)

●「歌声にのった少年 Ya tayr el tayer 」
2016 パレスチナ Cactus World Films 98min.
監督・脚本:ハニ・アブ・アサド
出演:カイス・アッタラー、ヒバ・アッタラー、ディーマ・アワウダ、タウフィーク・バルホーム他
e0040938_15345010.jpg
<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
感動の映画ではある。私としてはパレスチナの映画って初めてみたと思う。
監督はイスラエル人。パレスチナのガザ地区というニュースでもよく出る
イスラエルとパレスチナの紛争で有名なところだ。ガザでのロケは相当苦労
したらしい。
歌うことが大好きな少年が、アラブ版「アメリカン・アイドル」に出て優勝する
までを描くのだが、最近「◯◯・アイドル」というオーディション番組を舞台に
した作品をよく見るが、この映画はその優勝者がパレスチナ人だったということ。
そしてまずは予選で歌うまでのさまざまな苦労を通して、本作がただのサクセス
ストーリーではないと綴られ胸が熱くなる。

「スターになって世界を変えたい」と紛争地で育った男の子はそう思っていた。
子供の頃から子供だけでバンドを作って歌うくらいに歌が好きで、結婚式で
バイトが出来るくらい周囲もそのうまさは認めていた。しかし、ギター担当の
姉が重い腎臓病にかかり、パレスチナの治療では助からず、亡くなってしまう。
自暴自棄になり、一時は歌も諦めタクシー運転手をしていたものの、亡くなった
姉との約束を守ろうと、エジプトへニセのパスポートで違法出国し、エジプトでの
予選へ、さらに本戦のテレビ収録のためにレバノンに。その頃には故郷では彼
ムハンマドの人気は沸騰しており、彼に対する期待は大きく膨らんでいた。

10週勝ち抜くのだが、決勝が近づくにつれ、自分の肩にかかるパレスチナ同胞の
プレッシャーを感じてしまい、体調を壊してしまう。やはりそこはパレスチナと
いう事情が大きくクローズアップされてくる。それは仕方がないことだろう。
夢も希望もない世界に生きる人達にとって、ムハンマドの存在は自分たちの見果てぬ
夢を実現してくれる「アイドル」になってしまったのだから。

エジプトに出国するために、ニセのパスポートを承知で出国させようとする役人、
かつてのバンド仲間で今は軍に入り違法な出国を取り締まる立場の友人の友情、
予選に出るための入場証がないムハンマドに、チケットをくれるエジプト生まれの
パレスチナ人、そしてムハンマドを応援するテレビのスタッフなど、彼を囲む
心温かくなる環境が物語を盛り上げる。

そしていよいよ3人の決勝進出者から優勝者を決めるシーン(楽屋を出て行くところ)
から、実際の映像に変わる。(これには戸惑ったが)そして優勝!狂喜するパレスチナ
同胞。その後彼は国連の親善大使になったり、歌という枠を超えて活躍しはじめた
のだった。おそらく今も。

彼には神様から頂いた素晴らしい歌声があり、それを自信の勇気と回りの理解と
協力で、自分の民族を鼓舞する力にしたのだった。彼が同胞のために歌うんだ!
と心に決めるのは決勝戦の前、同胞の期待に潰されそうになってレバノンの海に
向かって故郷の歌を歌った時。
その時にムハンマドの心は、ただコンテストに優勝することだけではない、他の
意味を見つけたのだった。「スターになって世界を変えたい」、小さい夢は
大きな現実となったのだ。
e0040938_15353480.jpg
<ストーリー>
全米の人気オーディション番組「アメリカン・アイドル」のエジプト版に出場し、
2013年の“アラブ・アイドル”に輝き、後にスーパースターになったムハンマド・
アッサーフ。彼をモデルに、姉との約束を果たすため、歌で世界を変えようと
奮闘する少年の物語がつづられる。
監督は『オマールの壁』のハニ・アブ・アサド。

長きにわたり紛争が絶えず、厳しい状況が続くパレスチナ・ガザ地区。この地で
育ったムハンマド少年はスター歌手になって世界を変えることを夢見て、お手製の
楽器を携え、姉のヌールや友人たちとバンドを組む。
ヌールはエジプトにある歌劇場カイロ・オペラハウスに出るという大きな目標を掲げ、
ムハンマドは練習と資金稼ぎを兼ねて結婚パーティーで美声を披露していった。
しかしムールは重い腎臓の病にかかり、治療費を工面できず十分な治療を受けら
れないまま亡くなってしまう。
姉との約束を守るため、ムハンマドは危険を承知でガザを囲む壁を越え、
オーディション番組『アラブ・アイドル』に出場しようとする。(Movie Walker)

<IMDb=★6.7 >
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:86% Audience Score:60%>






# by jazzyoba0083 | 2017-09-24 22:40 | 洋画=あ行 | Trackback | Comments(0)

エル・クラン El Clan

●「エル・クラン El Clan」
2015 アルゼンチン El Deseo 110min.
監督・(共同)脚本:パブロ・トラペロ
出演:ギレルモ・フランセーヤ、ピーター・ランサーニ、リリー・ポポヴィッチ、ガストン・コッチャラーレ他
e0040938_14041659.jpg
<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想:決定的にネタバレしています>
これは、映画の出来不出来が後回しになってしまうような、事実としての衝撃が
大きい作品だ。アルゼンチンで1980年代に発生した、家族ぐるみの連続誘拐殺人
事件のお話なのだが、その一家の狂気っぷりと、ラストのエンドロールの内容まで
含めて驚きっぱなし。

冒頭のシークエンスが物語の終焉に繋がっている、とか映画としての作り方に
びっくりはしないし、破綻なく出来ていると思うけど、何と言っても、こんな
一家がいたというのが驚き。しかも、ここがこの映画の肝だが、何気ない普通の
家族が淡々と誘拐殺人をやらかしていて、また音楽もポップで明るい。
本来は陰湿な話であるのだが、長男はアメフトのスター選手だったりして、外見との
落差に驚くわけだから、「事実」にゲタを履いた映画といえ、その落差の描き方には
成功していたといえるのではないか。ストーリーテリングが上手いのだろう。
極貧や病気ゆえの犯行とか超金持ちの趣味としての犯行ではなく、「何処にでもいる
善良な幸せそうな家族」だからこその怖さはよく出ていた。

罪の意識の無さ、どうしたらこうもサイコパスしちゃえるのか?あっけにとられて
見ている間に結局は逮捕されるのだがが、親父はまるで悪びれる素振りがない。
「ある組織に脅されてやったことだ。家族を殺されると言われ」と嘯く。
で、ラストの字幕でさらに驚くのだが、この主犯のオヤジは、獄中で弁護士の資格を取り
自らを弁護し、終身刑を短くして、シャバに出てきたこと。その頭を他の金儲け
に使えよ!と突っ込みたくもなる。

この一家、夫婦と男の子3人、女の子2人の家族なのだが、一番下の男の子が
「オヤジのやってることは犯罪だぜ」といって、海外?へのスポーツ遠征の
ついでにどこかに消えてしまう以外は、裁判では娘達は関係ないとして無罪に
なったようだが、とにかく、父親の支配の元に誘拐殺人を繰り返すのだ。

暗い中にも映画全体がアッケラカンとして音楽も含めむしろ明るさを強調することが
逆に恐ろしさを演出する結果を生んでいる。ただ、どうしてこんな家族が出来
上がったのか、という個人の心理的な背景が今ひとつ深掘りできていないので、
結構イケメンのアメフト選手の長男が平然と犯行に加わり(最初の誘拐殺人は長男の
友人だった)ニコニコしている心理とは(次男もだけど)那辺から来ているや、と
思ってしまう。いや、逆に説明されていないから余計に気持ち悪く怖いのかもしれない。
(ラストに長男が裁判所の二階からダイブして飛び降り自殺をする心理も含めて)

決して後味のいい映画ではないが、びっくりするのでご覧になるといい。
冒頭にアルゼンチン民主化宣言の実写映像がなぜ入っているか、というアルゼンチンと
しての事情を少し予習しておくと更に面白くなるかもしれない。
e0040938_14044651.gif
<ストーリー>
アルゼンチンで実際に起きた事件を映画化した第72回ヴェネチア国際映画祭銀獅子賞受賞作。
近所の人々から慕われるプッチオ一家の周辺で金持ちだけを狙った身代金事件が多発。
住民たちが不安を募らせるなか、父アルキメデスは鍵のかかった部屋に食事を運んでいた。
製作に「オール・アバウト・マイ・マザー」のペドロ・アルモドバル
製作・監督・脚本は「セブン・デイズ・イン・ハバナ」のパブロ・トラペロ
出演は「瞳の奥の秘密」のギレルモ・フランセーヤ

1983年、アルゼンチン。裕福で近所からも慕われるプッチオ家は父アルキメデス
(ギレルモ・フランセラ)を筆頭に妻、息子3人、娘2人で幸せに暮らしていた。
そんなある日、二男アレハンドロが通う学校の友人の一人が誘拐され、姿を消してしまう。
以降、彼らの周囲で金持ちだけを狙った身代金事件が多発。犯人が捕まらず近所に不安な
空気が流れるなか、プッチオ家はいつもと変わらない生活を送っていた。

ある夕飯の時間、アルキメデスは妻の作った料理をキッチンから食卓ではなく、なぜか
2階の奥にある鍵のかかった部屋へと運んでいく……。(Movie Walker)

<IMDb=★7.0>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:90% Audience Score:77%>




# by jazzyoba0083 | 2017-09-23 23:10 | 洋画=あ行 | Trackback | Comments(0)

●「エイリアン:コヴェナント Alien:Covenant」
2017 アメリカ 20th Century Fox Film Co.,Scott Free Productions.122min.
監督:リドリー・スコット
出演:マイケル・ファスベンダー、キャサリン・ウォーターストン、ビリー・クラダップ他
e0040938_13385103.jpg
<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
エイリアンシリーズは、リドリー・スコット以外のスピンアウト版まで含め殆ど
観ているほど好きである。一作目のクリーチャーの造作は、映画界に大きな影響を
与えた。リドリーにとっては前作「プロメテウス」の続編に当たるもので、前作は
一作目を遡り、人類の起源を求めた旅であったが、今回はエイリアンの起源に
ハイライトが当たる。この映画にいつも重要な役割を持つ、レプリカント・
アンドロイドが、今回も極めて重要な役割を担う、というか、彼が主人公じゃないか
と思われる描かれ方である。

本作は「プロメテウス」を観ていないと分からないところが多い。故に、復習を
してからご覧になることを強く勧める。今作のアンドロイド、ウォルターと
前作のアンドロイド、デヴィッドの物語と言い切っても過言ではないほどの
存在感だ。例によって気持ちの悪いエイリアンもたくさん出て来るが、話としての
根幹はウォルターとデヴィッドである。そして、次作も作られるであろうことを
示して映画は終わる。(つまり第一作に近い時代になってくる作品ということ
だね)

前作については私はケチョンケチョンに貶した。(本国の評価は結構高いんだけど)
本作はそれほどでもなかった。というのもラストシーンの衝撃が大きかったから、
かもしれない。また、前作の巨人とクリエーターというキャラクターがいないのも
さっぱりしていて良かったのだと思う。

描かれ方はいつもどおり、惑星移住に使われるロケット(今回はそれがコヴェナント
という名前)、そこには2000名の人間と1000名分の胎生細胞が載っている。
これがエイリアンの世界に引きずり込まれるパターン。エイリアンたちの造作や
誕生シーンはVFXの進化により、より気持ち悪さは倍加している。

冒頭シーンがデヴィッド(プロメテウスで使われたアンドロイド)の誕生シーンで
あるのが、この映画を象徴している。そしてそこでのセリフ「私はあなたが作り
ましたが、あなたは誰がつくったのでしょうか」とか、「あなたは死にますが、
私は死にません」とか、これがわかりにくいけど伏線になっているんだね。

知恵(想造力)を持ったアンドロイドの怖さがこの映画の本質であり、エイリアン
そのものは生き物としては怖いけど、本当に恐ろしいのは別にあるのだ、と
いうことを映し出して映画は終わる。いやはや、続編はどうしてくれるのだろうか?
そろそろ第一作目との辻褄合わせが必要になってくるのではないか。

シガーニー・ウィーバー、ノオミ・ラパスときて、今回はキャサリン・ウォーターストン
という女優さん。いささかパンチに欠けました。この映画はマイケル・ファスベンダーの
映画だな。(アダムズとウォルターの二役)しかし、なんでアダムズとウォルターを
同じ顔にしたんだろう?
e0040938_13392568.jpg
<ストーリー>
人類初の大規模な宇宙への移住計画のため、滅びゆく地球を旅立った宇宙船
コヴェナント号は、コールドスリープ中の2000人の入植者を乗せ、移住先の
惑星オリエガ-6を目指していた。その航行中、大事故に見舞われ、さらに
女性の歌声が混じった謎の電波をキャッチしたことから、発信元の惑星へ向かう。

その神秘的な惑星は、女性乗組員ダニエルズ(キャサリン・ウォーターストン)
にとっても、人類の新たな希望の地に思えた。果たして、ダニエルズの前に
現れた完全な知能を持つアンドロイド(マイケル・ファスベンダー)は敵か、
それとも味方か。そして、エイリアン誕生を巡る驚愕の真実とは?コヴェナント号に
エイリアンの脅威が迫る中、ダニエルズは哀しみを乗り越え、あまりにも過酷な
運命に立ち向かっていく……。(Movie Walker)

<IMDb=★6.5>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:70% Audience Score:57%>


   

# by jazzyoba0083 | 2017-09-21 12:30 | 洋画=あ行 | Trackback | Comments(0)

●「ギリー・ホプキンズの不機嫌な日常 The Great Gilly Hopkins」
2016 アメリカ Lionsgate Premiere. 98min.
監督:スティーヴン・ヘレク 原作:キャサリン・パターソン『ガラスの家族』
出演:ソフィー・ネリッセ、キャシー・ベイツ、ジュリア・スタイルズ、オクタヴィア・スペンサー、グレン・クローズ他
e0040938_11455503.jpg
<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
割りとありがちなテーマであるが、エンディングも含め、(原作があるのではあるが)
引き込まれつつ見ることが出来た。日本では未公開でDVDでのタイトルは
「ギリーは幸せになる」という身も蓋もないタイトルになっている。私は
WOWOWで観たので、そのタイトルを掲げさせて頂いた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ギリーは画面上では凄く大人びて見えるが実際は小学校高学年。多感な時期に
母(いわば私生児である)と分かれて暮らしていて、里親のところをたらい回しに
されている。母に育児放棄されているにも関わらず、母が恋しい。この世に自分しか
頼る人がいない現状に12歳前後の女の子が晒される中、彼女なりに必死に生きては
いるのだけど、やはり心の扉を閉ざし、大人たちには不信感しか抱かず、頭はいいのに
勉強はしない。

そんなギリーが今度やってきたのはトロッターさんという里親のベテランのような
おばさんの家。すでにそこには愛称W・Eという少年がいた。ギリーはいつもの
ように、口は悪く、友人は作らず、不貞腐れているばかりの日々。夢はいつか
お金をためて母のいるサンフランシスコに行くこと。

一人暮らしのトロッターさんは毎晩夕食を共にする斜向いに住む盲人のランドルフさんと
いうおじいさんがいた。彼女を呼びに行くのはギリーの役目。このランドルフさんの
家はまるで図書館のように蔵書が有り、かつてはそれなりの地位にいた人のようだ。
また、ギリーの学校の担任ハリス先生(オクタヴィア・スペンサー)が、なかなか
出来た人で、厳しくも温かくギリーを理解しようとしてくれる。

次第にトロッターさんの家の暮らしにもなれたころ、まず、母親に今の自分は虐待
されていて、酷い状況だという嘘の手紙を母に出し、さらにランドルフさんの家に
忍び込み、お金を盗んでバスに乗り母に会いに行こうとした。が、全然足りない。
しかも、トロッターさんの財布からもお金を取ったのだ。この一件で普通は施設
送りになるのだが、トロッターさんが必死に抵抗してくれて、この家にいることが
出来ることになった。それからというもの周囲の温かさに触れ、ギリーの態度が少し
変化してきた。

そんな折、1人の老婦人が訪ねてきた。ギリーの祖母(グレン・クローズ)だという。
祖母は自分の娘コートニーと折り合いが悪く何年も会っていないので、まさか
自分に孫がいるとは知らなかったのだ。さらに福祉事務所があの嘘の手紙を受け
ここには置けない、W.Eも他へ移す、と言ってくる。ギリーは自分のしたことの
罪の深さに反省をするのだが、肉親が見つかった以上、トロッターさんとは暮らせ
ないのだ。トロッターさんとランドルフさんは彼の蔵書から、最初にギリーが
ランドルフさんに朗読してあげた「英国詩選」をギリーに餞別として渡した。

祖母に引き取られたギリーはまた自分に閉じこもる生活に戻ってしまうが、祖母の
理解ある態度に次第に新しい生活にも慣れてきた。その年のクリスマスに、ついに
母が帰ってくるという。狂喜するギリー。だが、空港に出迎えに行った祖母とギリー
の前に現れたのは、自分が妄想していた優しい母ではなく、たった二日間しかも
祖母にカネをせびりに来た母であった。ギリーは空港から1人で泣きながらトロッター
さんの家に行くのだった。

そしてクリスマスの日。みんなで祝うテーブルが映される。そこにはギリーと祖母、
トロッターさんとW.E、ランドルフさん、そして学校の友人たちの姿もあった。
祖母の元で暮らすとは言え、トロッターさんの家にも自由に行き来できるように
なったらしい。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
このような話なのだが、主にトロッターさんとハリス先生の言葉に含蓄があり、
ちょっと小学生には難しいんじゃないかとは思うけど、まさにその通りではある。
先生には「あなたの中にある怒りを目標を達成するために使いなさい」とか、
トロッターさんには「人生は良いことばかりではないわ。でも私たちは心で
繋がっているわ」とか。

結局ギリーは祖母と暮らすことになるのだけど、トロッターさんや前の学校の
友人たちとは交流を続け、心を繋ぎ、生きていくことにしたのだ。まだまだ
幼く、ガラスのような心、でも柔軟性のある心に、この歳にこの難題、と
いう人生の辛さを乗り越えていくギリーの姿に応援したくなるというものだ。

主人公のギリー、ちょっと見た目はとても小学生には見えない(中学生か
高校生くらいに見える)ので、反抗する態度もまじで可愛げがない。が、
よくある話ではあるけど、心がじんわりと暖かくなるエンディングだった。
e0040938_11471725.jpg
<ストーリー>
「テラビシアにかける橋」が映画化されたこともある米国の児童文学作家K・
パターソンの小説「ガラスの家族」を映画化。多感な少女ギリーがある里親に
預けられた後、さまざまな人々と出会って成長していく姿を感動的に描く
ヒューマンドラマ。
「ミザリー」で第63回アカデミー賞の主演女優賞に輝いたベイツ、「ヘルプ〜
心がつなぐストーリー〜」で第84回アカデミー賞の助演女優賞に輝いた
スペンサー、ベテランのクローズらハリウッドの一流女優陣が集結して充実の
共演を繰り広げた。WOWOWの放送が日本初公開。

小学校の高学年である少女ギリーは、数々の里親のもとを転々とした後、
メリーランド州に住むメイムの家に里子として預けられる。多感な上に聡明な
ギリーは少々生意気で周囲を困らせるが、次第に周囲の人々となじんでいく一方、
サンフランシスコで暮らす母親コートニーとの再会を夢見続ける。
ギリーがサンフランシスコに家出しようとして失敗した直後、コートニーの母親
ノニーが現われ、ギリーを引き取りたいと申し出てくるが……。(WOWOW)

<IMDb=★6.5>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:65% Audience Score:56%>

# by jazzyoba0083 | 2017-09-20 22:50 | 洋画=か行 | Trackback | Comments(0)

●「ロビンとマリアン Robin and Marian」
1976 イギリス Columbia Pictures Co.107min.
監督:リチャード・レスター
出演:ショーン・コネリー、オードリー・ヘプバーン、リチャード・ハリス、ロバート・ショウ他
e0040938_16011594.jpg
<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
ご存知、ロビン・フッドの物語である。監督はリチャード・レスター。みなさんは
彼の名前でどの作品を想起するでしょうか?「ビートルズがやってくる/ヤァ!ヤァ!
ヤァ!」「HELP! 四人はアイドル」あたりでしょうか、「スーパーマンⅡ、Ⅲ」
あたりでしょうか。スーパーマンは置くとしても、この人の映画ってどこか脱力的な
雰囲気がある。ことばが悪ければほんわかしているというか。

この映画も、10世紀のイングランド、リチャード獅子心王など実在の人物も
出てきて、また配役もロビンの相棒リトル・ジョンにニコル・ウィリアムソンを、また
獅子心王にサー・リチャード・ハリス、悪代官にロバート・ショウを配し、
「暗くなるまで待って」以来の大きな役を演じることになった50歳ちょっと手前の
オードリー・ヘプバーンを据え、音楽にジョン・バリー(ここの音楽がいい)と、
凄いスタッフキャストを迎えたのだが、全体の作りは悪くないんだけど、脱力系で
ある。シリアスなんだけどシリアスじゃないみたいな。悪代官との一騎打ちは
そうとうちゃんとした格闘になっていたし。

なんか年取っちゃってあっちが痛いの、息が切れるの、みたなマイナーなことばかり
いうロビン・フッド。恋人マリアンも「私も年を取ったわ」なんて、熟年向けの
映画か?とツッコミを入れたくなるような感じだ。かといってダメ映画なのかと
言われるとそうでもないのだなあ、これが。今では絶対に作れないような幸せな映画。

ヘプバーンを画面でキチンと観られるのはおそらく本作が最後じゃないかな。
「オールウェイズ」では天使さまみたいな役柄で全面フィーチャーじゃなかったし。
またエンディングがかっこいいというかなんというか。なんじゃこれ、という人も
多かろうが、私は結構好きですね。

それにしても、ラストカットの腐ったような3つのリンゴは何を意味しているんだ
ろうか。ロビンとリトル・ジョンとマリアンか?
e0040938_16012836.jpg
<ストーリー:最後まで触れています>
ある事情で十字軍の一員としてヨーロッパに渡ったロビン・フッド(S・コネリー)と
親友リトル・ジョン(N・ウィリアムソン)の二人は、獅子王(R・ハリス)の死によって、
十八年ぶりに故国イギリスに帰ることになった。久しぶりにイギリスに戻った二人を
出迎えたのは、緑したたる森と田園、そしてシャーウッドの森の仲間たちだった。

すべてが十八年前のままで、ロビン・フッドとリトル・ジョンの心をなごませた。
一方、変わっていないといえば、ジョン王(I・ホルム)のもと、イギリス国民はふたたび
悪政に苦しんでいたこと、ロビン・フッドの宿敵ノッチンガム(R・ショウ)が未だ
権力をふるい、良民を苦しめていたことだった。
ただひとつ、ロビン・フッドの美しい恋人マリアン姫(A・ヘップバーン)が、今は
カークリーの近くの修道院長になっていたのが思いがけないことだった。

しかし、長い歳月の隔りも、二人の深い愛を妨げることはできなかった。しばらくして、
マリアンは尼僧たちとともにシャーウッドの森に移り、ロビンとの愛の日々を送るの
だった。森林の木もれ陽の下に、小川の流れのほとりに、黄金色に輝く花畑の中に、
寄りそったふたりのみちたりた姿があった。だが、その間にも民衆の、ロビン・フッドを
待つ声は大きくなる一方だった。
そして、村の、町の有志たちが森へやってきた。少年もいた。老人もいた。ロビン・
フッドは来るべき日のために、彼らを訓練した。マリアンと尼僧たちにとっても忙しい
毎日だった。

国王と教会とが正面からぶつかった日、ついにロビン・フッドはマリアン、シャーウッドに
集まった人々と共に立ち上った。ジョン王とノッチンガムの軍勢に立ち向かうシャーウッドの
男たち。ノッチンガム代官とロビン・フッドの一騎打ちは凄絶だった。両軍の見守る中、
ロビン・フッドはついにノッチンガムを倒した。だがロビン・フッドも深手を負ってしまう。
マリアンはリトル・ジョンの助けを得て、重傷のロビン・フッドを修道院へ連れ帰った。
ロビン・フッドの命が明日をも知れぬことは、マリアンが見ても一目瞭然だった。彼女は
意を決した。毒入りのワインをロビン・フッドにふくませたマリアンは自分も一気にその
ワインを飲みほした。(Movie Walker)

<IMDb=★6.6>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:76% Audience Score:53% >




# by jazzyoba0083 | 2017-09-19 22:40 | 洋画=ら~わ行 | Trackback | Comments(0)

●「最高の花婿 Qu'est-ce qu'on a fait au Bon Dieu?」
2014 フランス Les Films du 24 97min.
監督・(共同)脚本:フィリップ・ドゥー・ショーブロン
出演:クリスチャン・クラヴィエ、シャルタン・ロビー、アリ・アビタン、メディ・サドゥン他
e0040938_14511152.jpg
<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
面白いんだけど、腹から笑えない重いテーマを持っている。さすがはフランスらしい
映画だ。ヒューモアとエスプリがたっぷり効いている。この時代だからこそ出来た映画で
あろうが、中東からの難民問題は欧州での大規模テロが頻発するちょっと前だった
から、今だとちょっと作れないテーマかもしれない。
娘四人がアラブ、ユダヤ、中国、そしてアフリカ系黒人と次々と結婚するという
両親や周囲の困惑をドタバタにして描いているのだが、こんな映画を作らなくても
いい世の中が来ることを切に願う。

フランスの田舎に住むヴェルヌイユ夫妻には自慢の美人4姉妹がいる。いずれも
婚期を迎えていたが、夫妻の、自分たちも挙式した教会で娘らの幸せな姿を
みたかった。だが、次々と結婚する娘の、長女の旦那はアラブ人、次女はユダヤ人、
三女は中国人と国籍も宗教もばらばら。集まるとお互いの民族や宗教をおちょくる。
そんな夫妻にとって最後の砦は一番美女の末娘ロールであった。彼女こそは・・・、
と願うのだがそれも虚しく、ロールの相手はコートジボワールから来た黒人で
しかも役者だ。卒倒しそうな夫妻は、どうしてこうなってしまったのか悩む。

牧師さんのところに行ったり、分析医にかかったり。そしてついには離婚の危機が
訪れてしまう。末娘としても大いに悩むところだ。彼の父親も結婚には反対の
姿勢を崩さない。彼の父親も値は悪い人ではないので、父親同士で酒を飲んだり
釣りに行ったりしているうちに次第にお互いが持っていた「ある種の偏見」が
薄れてきた。最後はハッピーエンドになるのだが、きわどいセリフの応酬には
ハラハラさせられるし、両親が牧師に末娘がここで結婚することになったと報告に
行った際、牧師は姉たちの事情を分かっているので、相手がクリスチャンながら
黒人だと聞いて、笑っちゃうんだ。分かるんだなあ。笑っちゃうよなあ普通。
差別とかじゃなくて。

よほどの聖人君子でなければ、差別主義者でなくても、だれでも一瞬呼吸が止まる
であろう瞬間。娘が幸せならばそれでいい、と思っていても、である。そういう
万人の思いを上手くすくい上げ、コメディというジャンルで示して見せた。
移民国家でもあるフランス(かつて植民地を持っていた欧州の国はだいたい同じ
ようなものだ)の、(大げさに言えば)あるべき姿を示した作品と言えよう。
乾いた笑いが、陰湿な差別感を吹き飛ばす役割を担っている。
ただ、婿がみんな良いやつなんで、そのあたり若干のご都合主義を感じないでもないが。

この映画を観た殆どの人は4人娘の父母の思いはいかばかりか、良く堪えて心を
広く持てたなあ、偉いなあ、と思うだろう。おそらく今のフランスではかなりの
人がそう思えなくなってしまっているだろうから。
時間があればご覧になることをお勧めしたい作品である。2014年のフランス興収
ナンバーワンの映画だそうである。
e0040938_14514269.jpg
<ストーリー>
フランス・ロワーヌ地方に暮らす敬虔なカトリック教徒のクロードとロビーのヴェルヌイユ
夫妻には4人の娘がいた。だが、長女イザベルはアラブ人のラシッドと、次女オディルは
ユダヤ人のダヴィドと、三女セゴレーヌは中国人のシャオ・リンと結婚。娘たちのために
祝福はしたものの、教会で挙式もできずに内心はがっかり。
様々な宗教儀式から食事のルールまで、異文化への驚きと気遣いに疲れ果てていた。せめて
末娘のロールだけはフランス人と結婚してほしいと願う夫妻は、パリで暮らす末娘の恋人が
カトリック教徒と聞いて安堵する。ところが、ロールが連れて来たのはコートジボワール
出身の黒人青年シャルル(ヌーム・ディアワラ)であった。ヴェルヌイユ一家は結婚に大反対。
さらに、フランス人嫌いのシャルルの父(パスカル・ンゾンジ)も息子の結婚に異を唱え
始める……。(Movie Walker)

<IMDb=★7.0>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:---Audience Score:61%>



# by jazzyoba0083 | 2017-09-18 23:10 | 洋画=さ行 | Trackback | Comments(0)

●「ゴッドファーザー The Godfather」(Digital 4k Ver.)
1976  アメリカ Paramount Pictures.175min.
監督:フランシス・フォード・コッポラ 原作:マリオ・プーゾ
出演:マーロン・ブランド、アル・パチーノ、ジェームズ・カーン、ジョン・カザール
   ダイアン・キートン、ロバート・デュバル、リチャード・カステラーノ他
 
e0040938_12415362.jpg
         
      <1972年度アカデミー賞作品賞、脚色賞、主演男優賞受賞作品>
<評価:★★★★★★★★★★>
<感想>
このところ「アメリカン・ニュー・シネマ」を再び見ることにハマっていて、
Blu-rayなども買い漁っている。なぜかというと一言で言って「映画の持つ
人間的なエモーションとエネルギーを肌で感じる」ということだろう。
VFXバリバリのアメコミ映画も好きだけど、やっぱり自分の映画の原点はこの辺に
ありそうだ。

さて、本作、よくよく考えてみると、自分はテレビでしか観ていないんじゃないか、と
思い、この際、キチンと観てみることにした。(深作欣二「仁義なき戦い」は全作
観ているのに)今やデジタル4K版となっていて当時から陰影の美しい映画だったが
更に美しく、画面が持つ意味あいが深化したような感じを受けた。

今更この映画に何言えばいいのか、専門家から素人まで百家争鳴。プーゾの
原作がどんなニュアンスだったか分からないが、調べると原作にかなり忠実に
描かれているという。つまり、アメリカにおいては、アイルランドやドイツ系に
比べると遅れてやってきたイタリア系移民のファミリー。彼らは家族的な繋がりを
重要視し、その中で自らの繁栄と家族の幸せを守らなくてはならなかったのだ。
しかし、そこにはまっとうな職業はなく、興業や芸能、商売の利権などの上がりを
飯の種にしていたわけだ。この映画にも出て来るがNYにはイタリアの5大ファミリーが
存在し、やがてファミリー間の縄張り争いに発展していく。
(このあたりの展開は、出来と意味合いは全然違うけど、終戦直後の広島を舞台にした
「仁義なき戦い」に構図としては似ている。平たく言えば「ヤクザ」の世界だ。)

NYギャングはアル・カポネとエリオット・ネスのいわゆる禁酒法時代以前から
シカゴやNYを舞台に、裏社会やそれに結びつく政治家や警察らを巻き込んで
そのながれは現在も続いている。
コルレオーネ一家というのは実在するファミリーで、これだけ迫真の映画を
作るには製作側も出演側も相当な覚悟がいただろう。

本作以前にも以降にもたくさんのギャング映画が作られるのだが、やっている
ことは決してほめられるものではないのだが、ただの縄張り争いの殺し合いだけ
ではなく、「家族の愛」を込めた作品は本作をもって嚆矢とするのではないか。

閑話休題。映画そのものについては、3時間に及ばんとしる長編大河であるが、
間延びすることなく、観客の興味を貼り付けて離さない作り。キャスト、演出は
もちろんだが、キャメラの動き、画角の使い方、陰影の効果的な使い方、
出て来る人は多いが、セリフを長くせず、明瞭にしたことにより、ストーリーが
分かりやすくなっている。前半のドン・コルリオーネ、そして後半は大学出の
末っ子、マイケルが、ファミリーのゴッドファーザーとなっていく過程が描かれる。
マイケルの心の移り変わりも極めて興味深いところえある。

もちろん、銃撃シーンのリアリティも見逃すことは出来ない。シーン全体としての
緊張感の作りあげ方が素晴らしいのだ。
加えてニノ・ロータの哀愁を帯びた音楽は、このギャング映画に大切な
味付けをもたらしている。この後「Once Upon A Time In America」という
映画が出来たが、この中の「アマポーラ」(オリジナル音楽ではないが、エンリオ・
モリコーネの音楽が作品に非常にマッチしていた)と並び、ギャング映画の中の独特の
音楽として記憶に残るのである。
個人的にこの映画のどこが好きか、と問われれば全体のキャスティング(と彼らの
演技)と、細かいところに神経が行き届いた画作りの二つ、と答える。
コッポラ、この時33歳!彼に任せてたパラマウントも天晴である。

さて、本作のできの良さは私ごときがどうのこうの言うべきでもないのだが、
これがアメリカン・ニュー・シネマかどうか、という点。TSUTAYAの推薦する
アメリカン・ニュー・シネマには入ってない。代表作のひとつ「俺たちに明日はない」
もギャング映画ではあるが、ゴッドファーザーとは描こうとしてるところが全然違う。
だが、予算とか、ロケ多用とか、反権力反体制とか厳密に見るとニューシネマの
範疇ではないのかもしれないが、個人的には、これまでそれこそ禁酒法時代の
マフィアを描いた作品とは一線を画す、新しい価値観をもたらしたニューシネマで
あったと思うのだ。
e0040938_12422368.jpg
<ストーリー:結末まで書かれています>
1282年、当時フランスに支配されていたシシリー島の住民が秘密組織をつくって反乱した
時の合い言葉だったといわれる“MAFIA”は、19世紀に入り、“犯罪組織”として
イタリアの暗黒街に君臨するようになった。
そしてイタリア系の移民として、この組織もアメリカに渡りアメリカ・マフィアが誕生した。
その組織はシシリーやナポリ出身者またはその子弟で構成されており、組織の頂点に
ファミリー(家族)がありボスがいる。アメリカ・マフィアの年収は200億ドルといわれ、
ギャンブル、合法企業の金融、運輸、スーパーなどを経営している。
「ゴッドファーザー」はそうした巨大なマフィアの内幕を描いたマリオ・プーゾ
ベストセラーの映画化である。

コルレオーネ(マーロン・ブランド)の屋敷では、彼の娘コニー(タリア・シャイア)の
結婚式が行なわれていた。一族の者を始め、友人やファミリーの部下たち数百名が集まった。
ボスのドン・ビトー・コルレオーネは、書斎で友人たちの訴えを聞いている。彼は、
相手が貧しく微力でも、助けを求めてくれば親身になってどんな困難な問題でも解決して
やった。彼への報酬といえば、友情の証と“ドン”あるいは“ゴッドファーザー”という
愛情のこもった尊称だけだった。
そして彼の呼び出しにいつなりとも応じればよいのだ。これが彼らの世界であり、その
掟だった。ドンのお気に入りの名付け子で、歌手として成功したが今は落ち目になって
いるジョニー・フォンテーン(アル・マルティーノ)もその1人だった。新作映画で彼に
きわめつけの役があり、俳優として華々しくカムバックできるに違いないのだが、
ハリウッドで絶大な権力を持つプロデューサー、ウォルツ(ジョン・マーレイ)から
その主役をもらえずにいた。フォンテーンの窮地を知ったドンは静かにうなずいた。

ある朝、目を覚ましたウォルツはあまりの光景に嘔吐した。60万ドルで買い入れた
自慢の競走馬の首が、ベッドの上に転がっていたのだ。それからしばらくして
フォンテーンの許に、その新作の大役があたえられた。

ある日、麻薬を商売にしている危険な男ソロッツォ(アル・レッティエーリ)が仕事を
持ちかけてきた。政界や警察に顔のきくドンのコネに期待したのだが、彼は断った。
だがソロッツォは、ドンさえ殺せば取引は成立すると思い、彼を狙った。早い冬の夕暮れ、
ドンは街頭でソロッツォの部下に数発の銃弾を浴びせられたが一命はとりとめた。
これはドン・ビトー・コルレオーネに対する挑戦だった。

ソロッツォの後にはタッタリア・ファミリーがあり、ニューヨークの五大ファミリーが
動いている。こうして1947年の戦いが始まった。末の息子マイケル(アル・パシーノ)は、
一族の仕事には加わらず正業につくことを望んでいたが、父の狙撃が伝えられるや、
家に駈けつけ、偶然にも2度目の襲撃からドンの命を救った。ドンの家では長男のソニー
(ジェームズ・カーン)が部下を指揮し、ドンの復讐を誓ったが、一家の養子で顧問役の
トム・ハーゲン(ロバート・デュヴァル)は、五大ファミリーとの全面戦争を避けようと
工作していた。

やがてソロッツォが一時的な停戦を申し入れてきた。だがソロッツォを殺さなければ
ドンの命はあやうい。マイケルがその役目を買ってでた。ソロッツォ殺しは危険だが
失敗は許されない。彼はこの大役を果たし、シシリーへ身を隠した。

タッタリアとの闘いは熾烈をきわめ、ソニーは持ち前の衝動的な性格が災いして敵の罠に
落ち、殺された。そんななかでドンの傷もいえ、和解が成立した。ドンにとっては
大きな譲歩だが、マイケルを呼び戻し、一家を建て直すためだった。

2年後、アメリカに帰ったマイケルは、ドンのあとを継ぎ、ボスの位置についた。
ファミリーは縄張りを荒らされ、ゴッドファーザーの過去の栄光がかろうじて崩壊を
くいとめているという状態だったが、マイケルの才能は少しずつ伸び始め、勢力を拡大
しつつあった。
ある日曜日の朝、孫と遊んでいたドンが急に倒れた。偉大なるゴッドファーザー、
ドン・ビトー・コルレオーネは、多くの人々が悲しみにくれる中で安らかに死を迎えた。
しかしマイケルの天才的な頭脳で練られた計画によってライバルのボスたちは次々に殺され、
その勢力は一向に衰えなかった。彼の横顔は冷たく尊大な力強さにあふれ、部下たちの礼を
うけていた。“ドン・マイケル・ゴッドファーザー”

<IMDb=★9.2>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:99% Audience Score:98%>





# by jazzyoba0083 | 2017-09-17 23:55 | 洋画=か行 | Trackback | Comments(0)

●「テキーラ・サンライズ Tequila Sunrise」(再見)
1988 アメリカ Warner Bros.,The Mount Company. 115min.
監督・脚本:ロバート・タウン
出演:メル・ギブソン、ミシェル・ファイファー、カート・ラッセル、ラウル・ジュリア他
e0040938_14285407.jpg
<評価:★★★★★★☆☆☆☆☆>
<感想>
この監督さんはもともと脚本家で、名作「俺たちに明日はない」にもクレジットされて
いるんだね。その他にもけっこうヒット映画に名を連ねている。そんなロバート・タウン
監督が、当時売り出し中の3人をキャスティングし、麻薬取引から足を洗う覚悟を決めた
男とそれをずっと追ってきた刑事、それにレストランマネージャーの女という三角関係を
加えて作った、日本でいうところの「バブルの匂いのする」作品。恋愛映画なのか、
アクション映画なのか、結局どっちつかずで終わってしまった。時間もちょっと長すぎ。

音楽がデイヴ・グルーシン、サックスソロがデイヴィッド・サンボーン、ギターソロが
リー・リトナーという音楽の布陣を見ても、本作が、ムーディーな「おしゃれな
アクション映画」という雰囲気がわかろうというものだ。出てくる人が一癖ありそう
なものの、基本的にいい人なんで、ピリッとしない。ラストで刑事カート・ラッセルに
背後から撃たれるDEA取締官が悲劇である。それにしても、メキシコの刑事になりすまして
やってくる麻薬密輸のボス、カルロスだが、だれも顔を知らないって、メキシコ警察から
写真でももらっておけば?と思うのは私だけ?

二度目の鑑賞となったのは、印象薄い映画は6年半も経つと、まるっきり忘れている
という証左。
(苦笑)
e0040938_14292445.jpeg
<ストーリー:結末まで触れています
麻薬の仲買人として知られる通称マックことデイル・マカシク(メル・ギブソン)は、
最近になって足を洗うことを決意するが、周囲の人は誰もそれを歓迎していなかった。
別れた妻は一人息子の養育権をタテに彼を脅し、従兄のリンドロフは金づるの
マックを手放したがらなかった。そんなマックには、ニック・フレシア
(カート・ラッセル)という高校時代からの親友がいたが、麻薬捜査官でもある
彼は、ある日上司から組織壊滅のためにマックの身辺捜査を命じられるのだった。

ある日ニックは、マックが行きつけの高級レストランに出向き、そこの女性オーナー、
ジョー・アン・バリナリー(ミシェル・ファイファー)と親密になる。警察はこの
レストランが、マックの麻薬の取り引きの場と考えていたのだ。
そして彼女をめぐってマックとニックは互いの思いを対立させるようになる。

やがて警察は、南米の麻薬コネクションの元締めカルロス・エスカランテと接触する
マックを捕えることで、この2人を一網打尽にしとめようと南米から麻薬捜査官を
招くが、実は彼こそがそのエスカランテ(ラウル・ジュリア)だった。
マックとエスカランテは、メキシコの刑務所で一緒になって以来の友人関係にあったが、
マックは彼に足を洗うことを打ち明ける。そしてニックの協力を得てエスカランテの
誘惑から逃れることのできたマックは、同時に警察に対して身の潔白を証明する。
一方,ジョー・アンは、マックとの愛に生きることを決意し、ニックはそんな2人を
すがすがしいまなざしで見つめるのだった。(Movie Walker)

<IMDb=★6.0>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:42% Audience Score:40% >




# by jazzyoba0083 | 2017-09-16 22:55 | 洋画=た行 | Trackback | Comments(0)

シノーラ Joe Kidd

●「シノーラ Joe Kidd」
1972 アメリカ Universal Pictures,Malpaso Film.94min.
監督:ジョン・スタージェス
出演:クリント・イーストウッド、ロバート・デュバル、ジョン・サクソン、ドン・ストラウド他
e0040938_15361918.jpg
<評価:★★★★★★☆☆☆☆>
<感想>
「荒野の七人」「大脱走」のジョン・スタージェスとクリント・イーストウッドの西部劇とは
一体如何なるものか、と観てみた。1972年はイーストウッドにとっては「ダーティ・ハリー」の
一作目の翌年となる。マカロニ・ウエスタンで注目され、その後も西部劇という範疇は本籍地みたいな
ものであるし、スタージェスだからな、との思い。

テクニカラーの色は綺麗だし、音楽はラロ・シフリンだし、なんだけど、なんかどっち付かずの
ピリッとしない作品になっちゃったなあ、という感じだ。メキシコ人が大きくフィーチャーされる
のだが、だいたい、アメリカはメキシコの政情混乱に乗じて国土の半分ほどを占領したり、買い
叩いたりしたので、現地のメキシカンにしてみれば白人は自分の土地を奪った悪人としか見えて
いなかっただろう。本作は1900年が舞台なので、米墨戦争からはだいぶ時間が経ってはいたが、
旧メキシコ領に入ってきていたのは、本作でのハーラン(デュバル)のような白人であった。
そのあたりを攻めてくるのかな、と思ったら、そうでもなく、メキシコ人たちを騙している
悪い白人を我らがイーストウッドがやっつけることはやっつけるのだが、思想性、政治色は
感じない。

ジョー・キッドは無頼者であり、白人側なのか、メキシコ人側なのか、判然としない。自分の
思うがままに、時にはメキシコ人も殺し、最後にはハーランをも裁判所の法廷で射殺するのだ。
まるで自分が裁判長だとでも言いたいように。ハリー・キャラハンの面影も浮かばないわけでは
ないが、はっきりした「善」対「悪」という単純な構図を、本作では感じられなかった。
イーストウッドもまだ「荒野の用心棒」のように無頼がかっこよっく、木枯し紋次郎的な
かっこよさを演出していたころなのだな。娯楽作としてはまあまあ。ラロ・シフリンの音楽は
従来の西部劇音楽とは一線を画すが、中身とあっているかというとそこまでの印象は無かった。
昔のイーストウッドがカッコイイと思える向きにはいいかもしれない。短い映画だし。
e0040938_15362614.jpg
<ストーリー>
どこへ行っても、堕落した西部の町では権力と結びついた名目だけの保安官と町の支配者たちの気まぐれに
よって、流れ者や弱者が制裁を受けるように、ここシノーラの町でもジョー・キッド(クリント・イースト
ウッド)は拘置所にぶち込まれた。彼のいい分は全然聞き入れられずに10日間の拘置と労役をいい渡された。

そこへ突然、チャンマ(ジョン・サクソン)とその一味が乱入してきた。彼らは、自分たちが住んでいた
土地を、わけのわからぬ理由をつけられ、牧場主たちに奪われてしまったのだ。そして幾度となくシノーラの
裁判所にもち込んだが、資本家側の判事(ジョン・カーター)に判決をのらりくらりとひきのばされ、
いっこうにらちがあかなかった。彼らは、保安官を監禁すると土地管理事務所に押しかけ、自分たちの士地で
あることを証明する唯一の記録を焼いた仕返しに、そこにあった書類を全部焼き払い、外で待っていたリタ
(ステラ・ガルシア)を連れてて砂塵の中に消えた。

一味が去ったあと、保安官は追跡隊をつのり、さらに大地主のハーラン(ロバート・デュヴァル)は
ラマー(ドン・ストラウド)、ミンゴ(ジェームズ・ウェインライト)など、すご腕のガンマンを引き連れ、
後を追った。またハーランは、キッドの腕を見こみ、500ドルの罰金を払ってやり、彼にも追跡を頼んだ。
キッドにしてみれば、別にチャンマたちに恨みがあるわけではなかったが、一味が自分の馬を盗んだことを
知って、1000ドルの追跡料をもらってオーケーした。翌日、さらにハーランは待ちあわせていた別のガンマン
たちを追手に加え、大勢を率いてチャンマがいると思われる岩山に囲まれた山村にやってきた。

村人たちはおびえるだけでなすすべを知らなかった。ハーランは村人たちを広場に集め、チャンマに向かって、
もし出てこなければ村人たちを殺すと宣言した。翌日から1日5人ずつ殺していくというのである。
キッドはこの処置に反対したが、ハーランに武器を取りあげられて、村人たちと一緒に教会に監禁された。

夜明け近く、キッドは、たくみな策略で教会から脱出したが、すぐその後、ハーランは人質を数人射殺した。
一方、キッドは酒場にしのび込んでリタと会い、モーゼル銃をぶっぱなしてガンマンたちを釘づけにしてから、
リタとチャンマの野営地に向かった。村人を見殺しにしたチャンマにリタは失望し、キッドはちゅうちょする
チャンマに銃をつきつけて、正当な裁判を受けるべくシノーラの町へ向かった。
ハーランも人質を釈放して、シノーラに帰ることを了承した。町に向かうキッドとチャンマの一行を、ハーランの
別働隊が狙撃してきた。この場はキッドの銃さばきで乗りこえたものの、シノーラに着いた途端、再度銃撃を
始めた。キッドはハーランの潜む酒場に列車を暴走させると、浮き足だった一味を皆殺しにし、ハーランの胸に
弾丸をぶち込んだ。(Movie Walker)

<IMDb=★6.5>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:86% Audience Score:53% >



# by jazzyoba0083 | 2017-09-15 22:45 | 洋画=さ行 | Trackback | Comments(0)

●「バズビー・バークレイの集まれ!仲間たち The Gang's All Here」
1943 アメリカ 20th Century Fox Film Co.,104min.
監督:バズビー・バークレイ  音楽:アルフレッド・ニューマン
出演:アリス・フェイ、ジェームズ・エリソン、ユージン・パレット、シーラ・ライアン、カルメン・ミランダ他
e0040938_11420196.jpg
<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
市が主催する映画鑑賞会今月午前の部の作品。渋い映画を選びますねえ。でもこれ日本未公開で
WOWOWで一度ほど放送したくらいで、現在Amazonでも入手不可能ですから、ほとんど観ることが
出来ないですね。貴重な機会でした。

ここまで古くなると知らない人がたくさん出てきます。だいたい監督のバズビー・バークレイという
人、後で調べれば「私を野球に連れてって」(これも日本未公開)の監督さんなのですが、調べる
までは気が付かなかった。出演者も、ベニー・グッドマンしか顔を知らないという状態。

バズビー・バークレイという人はコレオグラファーで監督という肩書。さらに本作はミュージカルと
いうよりレヴューといったほうがいいかな。ストーリーはあると言えばある、という程度で、観るべきは
映像の美しさ。構図の先進性、美術セットの豪華さ、踊りの素晴らしさ、という点でありましょう
特に、カルメン・ミランダの巨大なバナナを頭に載せて、バナナをテーマにした踊りはビックリしますよ。

それと、本作後では「水着の女王」(1949)のエスター・ウィリアムズのシーンで有名になった
真俯瞰からの映像をもうやっている。まるで万華鏡を覗いているようなシーンであります。
これがテクニカラーという劣化の少ない映像で今でも堪能出来るとは嬉しいことです。

それと、この大掛かりな美術セットを撮影するカメラの動きの凄いこと。クレーンシーン、トラック
シーン、ドリーシーン、など(クレーンはワンシーンで俯瞰から横打ちまで一気に回してしまう)
この時代にこのダイナミックさ!と驚愕でした。

コレオグラファーとしてはこの作品では群舞が主になるので、アンサンブルの美しさが強調されていた
ようですね。全体のカラーリングも美しい。これ、1943年製。ショーの入場券が戦時ボンドであったり
主人公が軍人であったりでそれなりに戦時を感じますが、こんなゴージャスな映画を昭和18年に撮って
いたんですから、あきれるというか、日本は何をしていたのかという・・・。

さて、スウィング・ジャズ好きにはベニー・グッドマン楽団が何曲か披露します。特にベニー自身が
2曲ほど歌うんですが、これがなかなか上手い。初めて聞きました。

そんなこんなで、魅力たっぷりな本作、是非ブルーレイで出してほしいなあ。

ストーリーについてはネットで検索してみてください。この手の映画顔好きな人はお多いと見えて、丁寧な
ストーリーを書いていらっしゃる方も多いです。
e0040938_11420937.jpg
ちなみに英語が分かる方は下記IMDbの記事を・・
Playboy Andy Mason, on leave from the army, romances showgirl Eadie Allen overnight to such effect that she's starry-eyed when he leaves next morning for active duty in the Pacific. Only trouble is, he gave her the assumed name of Casey. Andy's eventual return with a medal is celebrated by his rich father with a benefit show featuring Eadie's show troupe, at which she's sure to learn his true identity...and meet Vivian, his 'family-arrangement' fiancée. Mostly song and dance. Written by Rod Crawford

<IMDb=★6.9>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:100% Audience Score:68%>



# by jazzyoba0083 | 2017-09-14 11:20 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「超高速!参勤交代 リターンズ」
2016 松竹 「超高速!参勤交代リターンズ」製作委員会 119分
監督:本木克英  脚本:土橋章宏
出演:佐々木蔵之介、深田恭子、伊原剛志、寺脇康文、上地雄輔、知念侑李、柄本時生
   六角精児、古田新太、渡辺裕之、中尾明慶、陣内孝則、西村雅彦、市川猿之助他
e0040938_16055943.jpg
<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
肩の力を抜いて、思いっきり楽しめる邦画ってあるようでなかなか無い。
「シン・ゴジラ」や「怒り」「64」などが評価されるのはそれはそれで良いが、
喜劇が一段下に観られていないか、気にかかる。本作は、良き原作を得て、これを
本木監督が見事に痛快喜劇映画に仕立て、私もめっぽう面白く観させてもらった。

さて、柳の下のドジョウではないが、続編はなかなか難しい。前作は超短期間で
貧乏藩が江戸へ出府する、という難題を知恵と勇気で成し遂げるというカタルシスで
あったが、今回はそれだけでは客は満足しないわけだ。そこで、本作では
前作で悪行がバレて蟄居中だった松平信祝(陣内孝則)を更に悪に仕立て、
8代将軍吉宗公の日光参内恩赦で老中首座に戻し、湯長谷藩に対しついには
百姓一揆を仕立ててそれを理由に藩をところ替えとして城を尾張柳生藩に渡して
しまい、帰ろうとする藩主内藤(佐々木)らを窮地に追い込む作戦に仕立てた。

新たに、大岡忠相、柳生一族らが登場、超特急の参勤交代というよりも、老中
松平信祝の悪行(ついには日光から帰る吉宗公をも討ち、天下人になろうという
野心さえ持っていた)にハイライトが当たり、あくまでも地元の民百姓を思う
内藤らとの知恵比べと前作以上の剣戟が見どころとなっている。
ラストはまるで7人の侍みたいだ。

時代劇の王道としての勧善懲悪(大岡忠相や吉宗公、松平輝貞らの存在)と
殿様であっても民を思う内藤の純真さ純朴さに見ている人は快哉を叫ぶであろう。
こうなって欲しい、というところでそうなるのが予定調和の快さ。
前作ほどの驚きはないが、本作も楽しい一編に仕上がった。
e0040938_16061486.jpg
<ストーリー>
老中・松平信祝(陣内孝則)の差し金により幕府から突然の参勤交代を命じられた
磐城国の湯長谷藩藩主の内藤政醇(佐々木蔵之介)ら一行は、金も時間も人手もない
知恵をこらし江戸へ参勤。
そして藩に戻る交代の路につくが、その途中、湯長谷で一揆が起きた旨が伝わる。
参勤のときに政醇たちに敗れた信祝が、さらに大きな権力と最強の刺客を使って
逆襲に出たのだった。
一揆を収めるためには2日以内に藩に戻らねばならず、また、交代であるからには
大名行列も必要に。行き以上の速さで宿役人の目をくらましながらなんとか湯長谷に
たどり着いたものの、すでに田畑は踏み荒らされ、城を乗っ取られた後だった。
城をおびただしい数の幕府軍が取り巻いているのに対し、藩主らはたったの7人。
湯長谷藩は再び絶体絶命の危機に陥る。(Movie Walker)






# by jazzyoba0083 | 2017-09-13 23:20 | 邦画・新作 | Trackback | Comments(0)