ダンケルク Dunkirk

●「ダンケルク Dunkirk 」
2017 アメリカ Warner Bros.,Dombey Street Productions,Kaap Holland Film.106min.
監督・脚本・(共同)製作:クリストファー・ノーラン
出演:フィオン・ホワイトヘッド、トム・グリン=カーニー、ジャック・ローデン、トム・ハーディー他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想:ネタバレばかりか、かなりの制作上の機微に触れています>
実は、二回観た。朝イチで出かけた回で重要な部分で寝落ちした箇所があるらしく、意味が
通じなかったので、この映画の歴史アドバイザーを務め「ダンケルク」という小説も書いた
ジョシュア・レヴィーンの文庫本を買って、映画の章と、ノーランとのインタビューの章を
先に読んで、再度昨日観てきた。

細かい制作上の苦労話は置くとしても、最初の印象とは余り変わるものではなかった。
とにかく、ダンケルクの砂浜と海と上空で展開する。とにかくダンケルク以外はラストしか
出てこない。
ノーランの描きたかったのは、「戦争映画」ではなく「生還(サバイバル)映画」であり、
「サスペンス映画」だということで、それが確認出来れば更に作品にのめり込むことが出来る。

物語は大きく3つのエピソードからなっているが、それぞれ際立ったキャラクターは配置されて
いるが、彼らが主人公ではない。陸~海岸、空、それに、イギリス本土から救出に向かった
一般市民のボート、以上が3つのコアになるエピソードだ。
故に、誰がどうであったか、ということより、「ダンケルク」とは何で
あったか、という点が印象に残ればそれでこの映画は成功したといえよう。

凝り性のノーランはダンケルクに関する本を読み漁り、イギリスに渡り実際海峡をヨットで
渡って見もし、当時の生き残りから(軍だけではなく市民からも)膨大な話を聞き、
「史上最大の撤退作戦」がどのようであり、何を意味していたのか、を探り、脚本にしていった。

その結果、ドイツ軍は全く出てこず、(軍用機などは象徴として出て来るが)、あの海岸で
混乱し、情報が錯綜する中で、30万の兵士たちは、何を考え、どのように行動したのか、
あるいは救助に向かった市民は何を考えたのか、という大きな輪郭から、「生還劇」を
組み立てた。実際に海岸にいた兵士たちは自分たちのことしか考えられなかったという。
だから、個人の感情の表出としてのアップが多用される。そして兵士の見た目。
特に空戦ではスピットファイアのパイロットの目線が重要な役目を果たす。

本土に帰ってきた兵士にタオルを手渡す盲目の男に、兵士が「生きて帰ってきただけだ」と
いうと「それで十分じゃないか」と返す。またチャーチルは「この敗北の中に勝利が有る」と
演説したのだが、どうしても比べてしまうが、日本のメンタリティと何と異なることか。
本土に撤退してきた兵士たちは、自分たちは「敗者」であり、国民に顔向けできないという
思いに満ちていたが、しかし、彼らを待っていたのは、大歓迎だったのだ。「良く生きて
帰ってきた」と。

「ダンケルク」とは何だったか、という映画なのだが、だが人間が関わる以上、どこかで
彼らの思いが現れないと単なるドキュメントになってしまう。それを担うのが陸戦から
海岸に逃げてきたトミー(ホワイトヘッド)であり、リトルシップの船長ドーソン(マーク・
ライランス)、現場の司令官ボルトン大佐(ケネス・ブラナー)、スピットファイアで
海岸に不時着するファリア(トム・ハーディー)である。彼らの表情はセリフ以上の
ものを語って、このダンケルクへの思いを描いている。

コ・プロデューサーのエマ・トーマスはノーランの奥様だが、現場の美術や物語の
根幹に大きく関わっている。実際のダンケルク海岸に作られた防波堤は再構築された。
トラックによる突堤も。また不時着するスピットファイアは本物である。
来年のオスカー有力候補といわれているが、ノーランとエマの「サバイバル劇」が
どう評価されるか楽しみである。

ちなみに本作の中で一番怖かったのは、イギリス兵士が打ち上げられた小型商船に
潮が満ちて離岸出来る機会を伺いつつ、船内に潜んでいるときに、外からドイツが
小銃を打ち込んでくるところだ。姿が見えない、どこからいつ弾が飛んで来るか
分からない、自分たちがいることを知っているのか、射撃練習の的としているのかさえ
分からない。この映画を象徴するシーンであったと思う。
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<ストーリー>
第二次世界大戦中の1940年、フランス・ダンケルクの海岸でドイツ軍に包囲されたイギリス、フランス軍の
兵士約40万人を860隻の船舶で救出した、史上最大の救出作戦を映画化したサスペンス。
トム・ハーディやマーク・ライランスら名優を迎え、クリストファー・ノーラン監督が初めて実話の
映画化に挑んだ意欲作。

第二次世界大戦が本格化する1940年、フランス北端の海の町ダンケルク。フランス軍はイギリス軍とともに
ドイツ軍に圧倒され、英仏連合軍40万の兵士は、ドーバー海峡を望むこの地に追い詰められる。
背後は海。陸海空からの敵襲。そんな逃げ場のない状況下でも、トミー(フィオン・ホワイトヘッド)や
アレックス(ハリー・スタイルズ)ら若き兵士たちは生き抜くことを諦めなかった。

一方、母国イギリスでは、海を隔てた対岸の仲間たちを助けようと軍艦だけでなく民間船までもが動員され
“史上最大の救出作戦”が動き出そうとしていた。ドーバー海峡にいる全船舶が一斉にダンケルクへと向かう。
民間船の船長ミスター・ドーソン(マーク・ライランス)も、息子らとともに危険を顧みずダンケルクを目指
していた。
英空軍パイロット・ファリア(トム・ハーディ)も、数において形勢不利ながらも出撃。タイムリミットが
迫るなか、若者たちは生きて帰ることができるのか……。(Movie Walker)

<IMDb=★8.2>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:93% Audience Score:82% >




# by jazzyoba0083 | 2017-09-13 16:25 | 洋画=た行 | Trackback | Comments(0)

コロニア Colonia

●「コロニア Colonia」
2015 ドイツ・ルクセンブルグ・フランス 110min.
監督・(共同)脚本:フロリアン・ガレンベルガー
出演:エマ・ワトソン、ダニエル・ブリュール、ミカエル・ニクヴィスト、リチェンダ・ケアリー他
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<評価:★★★★★★☆☆☆☆>
<感想>
★は6.5。全体として暗く地味な映画。事実がベースとなってはいるが、相当の創作が入って
いると思われる。1970年代、チリで起きた政変、アジェンダからピノチェト独裁へという不幸な
流れの中で、実際にあった「コロニア・ディグニダ」であった事件を取り扱う。主役の二人の
ような人物が実際にいたかどうかは不明。

ストーリーは単純で分かり易いが、山場というかメリハリに欠け、面白みという点では損をして
いる。主役二人はドイツ人。エマ・ワトソンはルフトハンザのCA。恋人は政変を取材しつつも
アジェンダ応援に入れ込みすぎたジャーナリスト。彼がピノチェト軍に捕まり、送られた先が
「コロニア・ディグニタ」という元ナチス残党パウル・シェーファーが主催するキリスト教カルト
集団の施設だった。ここは実はピノチェトとつるんでいる秘密警察の一部だったわけ。そこは
ホントの話。

そこで彼氏がひどい拷問にあう。彼女はフライトをキャンセルして志願してその施設に入所する。
彼を助けたい一心で。彼は拷問の結果、脳障害を負って、アホになってしまったふりをしていた。
エマも苦労していたが、彼を見つけるに及び、俄然やる気が出て(いるようには見えないけど)
偶然地下通路を見つけ、そこから二人で脱出、サンチャゴに戻りドイツ大使館に駆け込み、
写真を示してシェーファーらの悪行を告発した。そして自分たちは一刻も早くドイツに帰りたいと
主張するが、どもドイツ大使館の動きがおかしい。そう、ドイツ大使館はピノチェトとつるんで
いたのだ。大使は二人を空港に送ると嘘をいい、シェーファーらに二人を引き渡すつもりだった。

しかし、エマの機転で、ルフトの仲間の機に乗れることが出来、負ってきたシェーファーと軍を
かわし搭乗出来たが、管制塔からは離陸を禁止されてしまう。しかしルフトはそれを無視して
飛び立った。
シェーファーの悪行はドイツに帰った二人に寄り告発され、話題にはなったが、チリ国内では
無視され、ピノチェトとシェーファーの蜜月は続いた。彼が逮捕されたのは2000年代に入って
からで、しかもアルゼンチンであった。彼はその後最近刑務所で亡くなっている。

エマが潜入してから脱出まで半年以上かかっているが、この間の描写はテンポはいいが厚みに
欠ける。前半のラブラブシーンを短くして、もう少し物語を多層化し、話に厚みを付けたほうが
良かったのじゃないかな。
あまりにも話しがストレイートすぎる。それとドイツ大使館(当時は西ドイツだったろう)が
なぜ自国民を守らず、ピノチェトの味方をしたのか、ということ。

本作で一番の収穫は、現実にこうした施設が権力と結びついて人民圧政にチカラを貸していた
という事実を知ることが出来たということ。その後の世界世論も、結局手が出せなかったこと
そういう恐怖である。同調圧力・・・という言葉も浮かんだ。
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<ストーリー>
南米チリの独裁政権下で起きた史実を基に「ハリー・ポッター」シリーズのエマ・ワトソン主演で映画化。
キャビンアテンダントのレナは、クーデターに巻き込まれた恋人を救出するため、ナチス残党と結びつき
拷問施設となった“コロニア・ディグニダ”に潜入する。
共演は「ラッシュ プライドと友情」のダニエル・ブリュール、「ジョン・ウィック」のミカエル・ニクビスト。
監督は「ジョン・ラーベ 南京のシンドラー」のフロリアン・ガレンベルガー

1973年9月11日。ドイツのキャビンアテンダント・レナ(エマ・ワトソン)は、フライトでチリを訪れ
ジャーナリストの恋人ダニエル(ダニエル・ブリュール)と束の間の逢瀬を楽しんでいた。だが突如チリ軍部に
よるクーデターが発生。ダニエルは反体制勢力として連行されてしまう。

レナは、彼が慈善団体施設“コロニア・ディグニダ”に送られたことをつきとめるが、そこは“教皇”と呼ばれる
元ナチス党員パウル・シェーファー(ミカエル・ニクビスト)が独裁政権と結びつき、神の名の下に暴力で
住人を支配する脱出不可能な場所だった。異国の地で誰の助けも得ることができないレナはダニエルを助け
出すため、ひとりコロニアに潜入することを決意するが……。(Movie Walker)

<IMDb=★7.1>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:26 % Audience Score:60% >




# by jazzyoba0083 | 2017-09-12 22:45 | 洋画=か行 | Trackback | Comments(0)

●「セルフレス 覚醒した記憶 Self/less」
2015 アメリカ Endgame Entertainment,Ram Bergman Productions.117min.
監督:ターセム・シン
出演:ライアン・レイノルズ、ベン・キングズレー、ナタリー・マルティネス他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>

このところ、なかなか趣味の良い映画を持ってくる「キノフィルム」の配給。
本作も、結構面白く観た。ただ、伏線の張り方や回収について、「詰めが甘い」
「やり過ぎ」な部分があり、そこが残念だった。主演のライアン・レイノルズが
私にはライアン・ゴズリングと重なってみえてしょうが無いんですけど・・・。

さて、物語自体は、既視感があるようなあまり新鮮味の無いもので、無理がある
点もあるんじゃないか、と思える節もあるけど、カラダをもらった方の男の家族との
話が支えとなって、最後まで眠くならずに観終えることが出来た。

人が入れ替わる話なので、彼がこれで、これが彼か?とこんがらがるところが
あるのだが、話の面白さはそこにあるわけで、その数量的な問題がネックだった。
後から言われれば、なるほどそういうことか、と言うことなんでそのあたりの驚きは
あるのだが、そこで言われたら何でもありだよなあ、という伏線の弱さ。これは
脚本が弱いということなんだろう。

世界的建築家ダミアン(キングズレー)は余命半年ほどのガンに冒されていた。
そこに謎の男からの接触で、ダミアンの脳の中身を、生きている別の人間に
移し替えるという脱皮再生に誘われる。値段は2億5000万ドル位かかるらしい。
しかし、入れ替わった男は、自分の幼い娘を助けるためにカラダを犠牲にした
マークという男であり、定められたクスリを飲み続けないと、ダミアンは消滅し
もとのマークに戻ってしまう、ということだった。

マークという自分がこれからその男の肉体に宿るという重大な事態に、ダミアンが
相手の言いなりにならず、その男の履歴などを徹底的に調べなかったのが
トラブルの元なのだ。カラダはマークだが中身はダミアンという男が街に出てきたら
偶然の拍子にバレることだってあろうに。(マークは死んだことになって保険金が
おりているわけだから。家族親族もいるだろうし)そのあたりの説得性が今ひとつ
だったかな。

ラストに向かっていくストーリーはなかなかよろしかったのではないか。疎遠だった
ダミアンの娘に会いに行くとか。最後は結局ダミアンは消え、マークが戻り、親子
3人で、ダミアンが用意したカネでカリブ海の島で幸せに暮らしましたとさ。
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<ストーリー>
生きながらえるため新たな肉体に頭脳を転送された男が辿る数奇な運命を描く、
ライアン・レイノルズ主演のSFアクション。
屈強な肉体を得て、たった1人で謎の敵に戦いを挑む主人公を、レイノルズが体を
張ったアクションで演じる。監督は『インモータルズ 神々の戦い』など映像派として
知られるターセム・シン

ニューヨークを創った男と称され、政財界に強い影響力を持つ建築家ダミアン
(ベン・キングズレー)は、ガンを患い余命半年と宣告される。そんな彼に、
科学者のオルブライト(マシュー・グード)が遺伝子を培養し作った肉体への頭脳の
転送を持ちかける。ただし別人として生きることが条件であり、莫大な費用や
オルブライトの研究所にも疑念があったものの、娘クレア(ミシェル・ドッカリー)と
の関係修復ができないまま病状が悪化していき、失意のダミアンはついに決意。

引退の書類を親友のマーティン(ヴィクター・ガーバー)に託した後、オルブライトの
指示に従ってコーヒーを仰ぎ、そのまま倒れる。救急車で研究所に運ばれた彼は、
転送装置へ。68歳のダミアンの体は死に、新たな肉体(ライアン・レイノルズ)を手に
入れる。エドワードという名前で新たにスタートを切った彼は若者の暮らしを謳歌するが、
オルブライトから渡された拒絶反応を抑える薬を飲み忘れたところ、幻覚を見る。
あまりにもリアルだったため探したところ、幻覚に現れた建物は実在していた。
さらに幻覚に出てきた女性マデリーン(ナタリー・マルティネス)と会った彼は、
驚愕の事実を知る。(Movie Walker)

<IMDb=★6.5>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:19% Audience Score:46% >






# by jazzyoba0083 | 2017-09-11 22:40 | 洋画=さ行 | Trackback | Comments(0)

●「ミモザの島に消えた母 Boomerang」
2015 フランス Des Films du Kiosque.101min.
監督・脚本:フランソワ・ファブラ
出演:ロラン・ラフィット、メラニー・ロラン、オドレイ・ダナ、ウラディミール・ヨルダノフ、ビュル・オジェ他
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<評価:★★★★★★☆☆☆☆>
<感想>
★は6.5。パリの南西、ナントの西、大西洋に面したノワールムティエ島が本作の舞台であり、
この島には満潮になると消えてしまう県道(パッサージュ・ドゥ・ゴア=D948)が通っている、
というのが話の大きなポイントとなっている。 立派な橋もあるのだけど。
(Googleのストリートビューで観ることができます)

30年間家族の間では、語ってはいけないような雰囲気であった母の溺死。母を取り巻くそれぞれの
肉親たち(使用人もだけど)は、それぞれの立場で過去の「口にしてはいけない秘密」の重圧に
耐えて生きてきた。その臨界点が来てしまった模様を描く。

母の死について詳しいことを語らない父や祖母たち。離婚したばかりの長男アントワンと長女
アガットは、母の死について調べ始める。鍵を握るのが祖母であるらしい、ということと
決定的になるのは、妹アガットが、幼いころ、家で他の女の人と抱き合ってキスをしている
母の記憶が蘇ったことだった。

<以下決定的ネタバレです>
母はパリの絵画教室に通っていたのだが、そこの先生ジーンに見初められ、関係を迫られる。
当初は拒否をしていた母であったが、自分の家まで押しかけられて、そもそもその気があったのだろう、
ズブズブの関係になっていく。そして、子供を連れて、夫らを捨てる覚悟を決めたのだが、
それが義母にバレ、強制的に別れの手紙を書かされる。それをパリのジーンのところにもって
生かされたのが使用人の女性だったのだ。事情を知ってしまった使用人にも当然義母は口止めする。
祖母は自分の長男の嫁がレズビアンだった、なんて外聞が悪くてたまらなかったのだ。

しかし、母は、別れの手紙がすでにジーンの手元に渡ってしまったらしいことを知り、満潮になる
にもかかわらず、クルマでパリに向かったのだった。しかし、渡りきることは出来ず溺死。
ジーンは別れの手紙を受取り、傷心の中で30年間生きてきたのだった。
ちょっと迂回すればちゃんとした橋もあるのに、一刻もはやくパリに着きたい一心の母は、危険な
道を選んだのだろう。半分自殺みたいなものだったのだろうなあ。

アントワンが家族を前にしていい加減に秘密を話せ、と暴れるのがクリスマスの日。母とジーンの
写真を皆にプレゼントするという嫌味な作戦だった。これには妹も何を考えているの!と兄に
詰め寄るが。しかし、使用人夫妻からももうこれ以上秘密を抱えて生きていけないと、当日の
真実が語られる。しばらくすると祖母が心不全を起こし死亡。埋葬の場でも今度は父を責める。
事の真相を知ったアガットも、「よくも母を殺した女を祖母と呼ばせていたわね!」と父を
責める。ようやく父の口から当時の話が語られる・・。

母の溺死の遠因を作ったのが同性愛だった、というのがフランス映画っぽい。それまでは
もっと緊張して観ていたのだが、動機でちょっとたたらを踏んでしまった。それと長男
アントワン、40歳になるまで、母の死の悩みを抱えるなよなあ、って。建設会社も首に
なっちゃって、冒頭の交通事故での入院先で知り合った検死官?と恋仲になるのはいいの
だけど。自らの結婚生活が破綻するような悩みならもっと早くに何とかすべきだったのでは?

全体として、まずまず観られるサスペンス映画&主人公らの再生の話にはなっていたけど、
だいたいいくら絵画教室の先生に惹かれたからといって、その愛情の純粋さは理解すると
しても、母のその後の行動が無謀すぎないか?義母が怒るのも理解できるというものだ(したことは
やばいけど)。アントワンの長女16歳くらいかな、も、同性愛の気配だ。因果はめぐる、ということか。
ということで、何かすっきりしない鑑賞後の印象となってしまった。舞台の設定が面白いだけに、
もったいなかったかなあ。
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<ストーリー>
『サラの鍵』のタチアナ・ド・ロネのベストセラー小説を映画化したヒューマンドラマ。冬に咲く小さな花
から通称“ミモザの島”と呼ばれる島を舞台に、母親の死の真相を探る男が知る、衝撃の事実が描かれる。
主人公のアントワンを『アンタッチャブルズ』のローラン・ラフィットが演じ、メラニー・ロランらフランスの
実力派が脇を固める。

西フランスの大西洋に浮かぶノワールムティエ島は、冬に咲くミモザの花から『ミモザの島』と呼ばれている。
30年前、この島の海である若い女性が謎の死を遂げた。その女性の息子であるアントワンは、40歳になって
もなお喪失感を抱き続けていた。母の死の真相を追い始めるが、父と祖母は口を閉ざしてしまう。
家族が何か隠していると察したアントワンは、恋人のアンジェルや妹アガッタの協力を得て、ミモザの島に
向かった。そこで彼は、母の別の顔や衝撃の事実を次々に知っていく……。(Movie Walker)

<IMDb=★6.7>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:---- Audience Score:60% >





# by jazzyoba0083 | 2017-09-10 23:20 | 洋画=ま行 | Trackback | Comments(0)

●「卒業 Graduate (名画再見シリーズ)」
1967 アメリカ A Mike Nichols Lawrence Turman Production.107min.
監督:マイク・ニコルズ 原作:チャールズ・ウェッブ
出演:ダスティン・ホフマン、アン・バンクロフト、キャサリン・ロス、マーレイ・ハミルトン他
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<評価:★★★★★★★★★★>
<感想>

大好きな映画である。わけの分からない最新作をWOWOWで大量に観飛ばすのもまた
楽しいが、ちょっと立ち止まって、過去の名作をもう一度鑑賞してみようと思い立った。
Blu-rayを購入。特典映像で、作品の裏側まで覗けて面白かった。

さて、百家争鳴の本作、アメリカン・ニュー・シネマの先鞭を付けた作品として、
2つのジェネレーションの対決を描いたものとして、いわゆるアメリカ的正義に
対抗したカウンターカルチャーの代表として語られる、メタファーの塊みたいな
作品と論じられる場合が多いが、未見の方は、まずは深掘りなしで観ていただき、
その後論評に触れて欲しい。それでないとまずストレートに感じる素晴らしさが
減ってしまうと思うのだ。

一度観て、再見すると、マイク・ニコルズの作劇テクニックやメタファーが
確認出来て更に面白くなるだろう。
本作、公開されたのが1967年。まさにケネディ暗殺、公民権運動、泥沼のベトナム戦争、
アメリカのこれまでの価値観がひっくり返る時代を迎えていた。私はと言えば高校1年生。
大学紛争前夜。ただ、アメリカがただならぬことになっていることは薄々分かっていた。
そして本作に触れたのは恐らく大学に入ってからだと思う。ベンジャミンはこの映画では
21歳。私と余り違わない価値観の大転換のただ中にいたわけだ。私のエネルギーは
校則粉砕というような同じようなベクトルのエネルギーとなっていくわけだが。

政府や警察といった権力、親、宗教、それまで主にWASPによって支えられてきた
アメリカ的倫理が、嘘であったことがバレてきた時代で、若者は怒り、文化の面では
カウンター・カルチャーとして登場してきた。ロックであり、ヒッピーであり、ドラッグ、
フリーセックス・・・。そうした背景が、本作にはしっかりと提示されていることが
分かる。

ベンジャミンは東部のアイビーリーグを卒業し、カリフォルニアに帰ってきた。
奨学金を貰い、スポーツ万能、大学新聞の編集長という輝かしい経歴を持って。
ただ彼は不安だった。これから何をしていいのか分からないのだ。これまでは
大学を卒業して親の言うことを聞いて大企業に入り結婚し子どもをつくり郊外に
家を建て幸せな家族を作っていく、という「既成概念」が当たり前だった。
ベンジャミンは、何か違う、と思っているのだ。彼の卒業パーティーで客から
「これからどうするんだ」と聞かれ「何か違うものになりたい」とまさにこれまでの
親のレールには乗りたくない、自分というものを確立した人生を送りたいと
漠然と思ってはいたのだが、それがなんだか分からない。

そこにミセス・ロビンソンの登場である。彼女はベンジャミンを誘惑、娘の
エレーンに近づくことを禁ずる。ミセス・ロビンソンは「旧体制のメタファー」と
して捉えられる。ベンジャミンが乗り越えなくてはならないレジュームなのだ。
更に彼女はかつて大学で美術を学び、ベンジャミンと同じく「違う何か」に
なりたかった。しかしエレーンを妊娠してしまい、その時代の流れで結婚となり
諦めてきた部分がある。そんなミセス・ロビンソンにしてみればベンジャミンは
眩しくて仕方がない。古さに取り込んで、(自分の娘=新しい時代=と張り合って)
絡め取りたいという欲求を押さえられない。酒とタバコとセックスレスの人生で
あったのだ。

旧世代対新世代とのジェネレーションを描くメタファー(のようなもの)として
パーティー会場に降りていく階段にあるピエロの絵。パーティーで客から言われる
「これからはプラスチックだ」(本物そっくりに出来る実は偽物)というセリフ、
ミセス・ロビンソンと逢引をするホテルで中からじいさんばあさんがぞろぞろ出てきて
やっと自分が入ろうとすると、後ろから金髪白人の青年たちが先を越して入って
いってしまう、というシーンなどはベンジャミンの心境そのもので分かりやすかろう。
21歳の誕生日に贈られた潜水服一式でのプールの中の彼。またエレーンが通っていた
UCバークレーはその後カウンター・カルチャーの総本山的存在となり、エレーンを
追いかけてバークレーに行くベンジャミンは、旧価値観との決別と、自分を自分らしく
確立するという決意のメタファーであろう。
教会に向かうアルファロメオがガス欠で止まってしまい、それを捨てて走る、という
シーン。町山智浩氏は親がくれたものを捨てる=古い価値観を捨てる=メタファーである
と解説していた。(教会でガラス壁を叩いて叫ぶシーンが十字架のキリスト、とかは
穿ち過ぎじゃないか。ただ、十字架を振り回し、ドアの鍵にしてしまう、というシーンは
旧来の宗教観の破却と見ることもできよう。小道具さんのとっさの判断だったかも。)

そして、以上のような深読みをしなくたって明らかに分かるラストシーンの主張が
この映画の最大の見事さであろう。教会からエレーンと走り去ったベンジャミンは
ちょうど通りすがったバスに乗るのだが、二人が笑顔であったのはほんの一瞬。次第に
顔がこわばり、二人の顔は緊張したものに変わる。そしてバスは走り去っていくのだが、
まさに自由を求めて親の庇護から抜けて来た二人だが、その先に保証されたものは
何もないわけだ。その不安。当時の若者が、昔からの大人が作った世界を嫌い、自由な
生き方を求め自由に生きようとするのはいいが、それがどんなに難しいことかを思い
知ったことだろう。やがてカウンター・カルチャーの時代は終わり、ヒッピーはヤッピーに
なっていく時代がやってくるのだ。そんな時代の不安感が実によく出たラストシーン。
映画史に残るラストシーンといえよう。
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最後になってしまったが、サイモン&ガーファンクルの音楽を忘れることは出来ない。
映画と音楽がこれほど見事にシンクロしたケースも余りあるまい。しかも、既成曲を
使っている。(ミセス・ロビンソンだけは歌詞を入れ替えた)S&Gが当時あの美しい
メロディーの中で歌っていたことももまた、当時の若者の心境であったのだ。しかも
アッパーミドル階級を描いた作品にイメージがバッチリ合った。あれがボブ・ディランで
あるわけにはいかないのだ。ジャズファンからすれば、S&G以外の音楽をデイヴ・グルーシン
が手がけていたことにエンドロールを観て驚いた。

更にベンジャミンの服装。ボタンダウンにレジメンタルタイ、あるいはヘリンボーン
ジャケットにニットタイ。細身のパンツにローファー。これはどこから観てもアイビー
リーグである。それがラストになると、ポロシャツにパーカー。エレーンも自宅に
帰ってきたドレスとバークレーにいる時に服装が映画の主張にマッチしているのだ。

マイク・ニコルズの作画についても触れておかねばなるまい。ベンジャミンの心理を
語る結構長いズームイン、ズームアウト、裸になったミセス・ロビンソンのモンタージュ、
ホテルのカウンター越しでのホテルマンとの会話シーン、走るアルファロメオの俯瞰
シーン、アップの使い方、などなどテンションの高いカットが多い。心理を見事に
切り取っている。(編集も上手いのだけれど)

※このシリーズではストーリーは書きません。

<IMDB=★8.0>
<RottenTomatoes=Tomatometer:91% Audience Score:90%>






# by jazzyoba0083 | 2017-09-07 22:40 | 洋画=さ行 | Trackback | Comments(0)

エベレスト 3D  Everest

●「エベレスト 3D Everest」
2015 アメリカ Working Tiltle Films and more.121min.
監督:バルタザール・コルマウクル
出演:ジェイソン・クラーク、ジョシュ・ブローリン、ジョン・ホークス、イーサン・ホーク、
   ロビン・ライト、マイケル・ケリー、サム・ワーシントン、ジェイク・ギレンホール
   キーラ・ナイトレイ、エミリー・ワトソン、森尚子他
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<評価:★★★★★★☆☆☆☆>
<感想>
う~む、これはやはり3Dで観ないと、遭難の過酷さ映像のダイナミックさは味わえないのだろうなあ。
そういう意味ではタダの大遭難事件顛末となってしまった。出演者も揃い、事実に忠実に基づき
構成された物語はそれはそれで迫力がある。(ホントの話だから)また日本人として犠牲になった
難波康子の存在も我々にはシンパシーを感じられる点でも有る。

本作は1996年に起きたエベレストでの8人の死者を出した大量遭難事件を忠実にトレースしたもので
出演者は全員実名で出てくる。本事件に関する背景顛末についてはWikipediaが詳しいが、あまり
高山体験の無い登山家でもガイドが付いて8000メートル級の山にも登れる、いわゆる「商業登山」の
甘さが露呈された事件だった。
ここではニュー・ジーランドの会社が約700万円の料金で登山ツアーを組み、ベテランのガイドが
付いて顧客を世界最高峰へと登らせるのだが、そんな団体が季節の良い5月に殺到し、南ア隊、
台湾隊、など渋滞が出来るほど。それに参加者は高い金を払ったのだから、との思い、また
ガイド側は金を貰っているのだからなんとか登頂をというそれぞれの、登山家としての原則に
目をつぶる状況が、自体をどんどん悪化して様子が丁寧に描かれる。映画としては一つのドキュメンタリー
だが、これを3Dで魅せるところに本作の本領があるだろう。

登頂まではあっさり描かれ、下山から遭難までに時間が割かれるので、吹雪の中の遭難シーンは
どれも大差がない。それにいろんな国の部隊が入り乱れるので人物としては捉えづらい部分があったり
する。あとから避難を浴びる南ア隊や台湾隊の自分勝手な行動などもあったようだ。

その後エベレストでは2014年に再び大きな遭難事故があり、入山禁止となり、イッテQのイモトが
登れなくなってしまったのは記憶に新しい。それまでは本遭難事故が過去最大だった。

ガイドが付いて装備も向上し、ちょっとした登山家でもエベレストに登れる時代に対する警鐘で
ある。山を甘くみるなよという。ビッグネームが並んでいたがキャストとしては未消化で終わった
印象。もったいない。もっと事実の重みを前に出してこんなキャスティングでなくても出来たのでは
ないか、と感じた。
本遭難では同じエベレスト登山を映画に納めていたIMAX撮影隊も救助に参加したのだが、彼らは
その事件後、登頂して、映画を完成させ物議を醸したという。
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<ストーリー>
 1996年に起きたエベレスト登山史上でもかつてない悲劇として知られる大規模遭難事故を、
ジェイソン・クラーク、ジェイク・ギレンホール、ジョシュ・ブローリン、サム・ワーシントンはじめ
豪華キャストで映画化した群像山岳ドラマ。

ニュージーランドの旅行会社が公募した登山ツアーに集まったアマチュア登山家たちを中心に、
山頂付近の“デス・ゾーン”で悪天候に見舞われ窮地に陥った人々の悲壮な運命を、3D映像による
圧倒的な迫力と臨場感で描き出す。
監督は「ザ・ディープ」「2ガンズ」のバルタザール・コルマウクル。
 
 1996年、春。ニュージーランドの登山ガイド会社によって世界最高峰エベレストの登頂ツアーが
企画され、医師で登山経験豊富なベックや前年の雪辱を期す郵便配達員のダグ、著名なジャーナリストの
ジョン・クラカワー、そして紅一点の日本人女性登山家・難波康子ら世界各国から8人のアマチュア
登山家が参加した。彼らを率いるのはベテラン・ガイドのロブ・ホール。

一行は標高5000m超のベースキャンプに滞在しながら、1ヵ月かけて身体を高度に順応させていく。
その間、ベースキャンプは多くの商業登山隊でごった返し、様々なトラブルが発生していた。
そんな中、ロブ・ホールは別の隊を率いるスコット・フィッシャーと協調体制を取ることで合意、
互いに協力しながら山頂を目指すのだった。(allcinema)

<IMDb=★7.1>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:72% Audience Score:68% >



# by jazzyoba0083 | 2017-09-06 23:02 | 洋画=あ行 | Trackback | Comments(0)

●「BFG:ビッグ・ジャイアント・フレンドリー The GFG」
2015 アメリカ Walt Disney Pictures,Amblin Entertainment,Reliance Entertainment.118min.
監督・(共同)製作:スティーヴン・スピルバーグ  原作:ロアルド・ダール「オ・ヤサシ巨人BFG」
出演:マーク・ライランス、ルビー・バーンヒル、ペネロープ・ウィルトン、レベッカ・ホール他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
スピルバーグの作品は基本的に全作映画館で観る、と決めいているのだが、本作のみは見送った。
子供向けかなあ、と二の足を踏んだからだ。でも今回WOWOWで観てみたが、大人でも、十分楽しい。

『E・T』でスピルバーグと組み、その脚本を書いたメリッサ・マシスンの遺作となった作品。
本作は、宮﨑駿もファンであることが知られる「チャーリーとチョコレート工場」でも有名な
イギリスの児童文学者ロアルド・ダールの本が原作。メリッサのオリジナルである『E・T』とは
違い脚色ということになるが、両者に通じるものは一緒だ。異形なものに(異質なもの)に
不要な警戒感・侮蔑感を抱かず、勇気と興味を持ち行動するチカラ=愛=を描いた。

スピルバーグはディズニーと組んで、ダールの親子で楽しめるこの物語を圧倒的なVFXを駆使して
原作に沿ったイメージを作り上げることに成功している。心優しい大男と、子供の話は世界中に
散見され、特に珍しいものではない(ジャックと豆の木、でーたらぼっちなどなど)。ただ、
優しい巨人の仕事が「夢を集め、子どもたちに吹き込む」という対比的なポジションであることの
印象が強く働き、これに少女ソフィーの勇気が加味され、英国王室を動かし、悪い巨人をやっつける
というカタルシスへと導いている。悪い巨人たちも、殺さずに孤島に閉じ込める。

今世界を席巻している不寛容の精神とは対比的な「ヘテロなものへの理解」と勇気と行動。これは
大人が観て感じても十分に通じる感想だと思う。原作を知らずに観始め、中世の話だとばっかり
思っていたら、現代の話なのね。私としては英国女王が出てきてからのシーンがお気に入り。
思ったんだけど、BFG、トイレはどうしているんだろうなあ。^^;

ユニークかつ傑出した映画ではないけれど、観た人の心が暖かくなるディズニー共通の感想を
持てる良作であろう。
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<ストーリー>
『チャーリーとチョコレート工場』などで知られるロアルド・ダールによる児童文学を、スティーヴン・
スピルバーグ監督が映画化したファンタジー・アドベンチャー。10歳の少女の勇気が、大きな巨人を動かし、
イギリス最大の危機を救うさまを描く。
『ブリッジ・オブ・スパイ』のマーク・ライランスが心やさしき巨人を演じる。

ロンドンの児童養護施設で暮らすソフィーは、ある夜一人起きていると、町を行くとてつもなく大きな男と
目が合う。するとその大きな男は手を伸ばし、ソフィーを掴んで巨人の国に連れて行ってしまう。彼は夜な
夜な子どもたちに夢を届けている心優しい巨人BFG、ビッグ・フレンドリー・ジャイアントだった。
次第に心を通わせていく二人に、奇想天外な冒険が待ち受けていた。(Movie Walker)

<IMDb=★6.4>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:74% ,Audience Score:58%>




# by jazzyoba0083 | 2017-09-05 22:50 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「シークレット・アイズ Secret in Their Eyes」
2015 アメリカ IM Global,STX Entertainmet. 111min.
監督・脚本:ビリー・レイ
出演:キゥエテル・イジョフォー、ニコール・キッドマン、ジュリア・ロバーツ、アルフレッド・モリナ他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
Rotten Tomatoesの評価などは異常に低いが、私は面白く見た。メインストーリーについては。
ただ、イジョフォー、キッドマン、ロバーツの恋や愛情のブロックが今ひとつ締まらない感じで
そこがマイナス点となり、映画全体のテンションを下げてしまったような気がした。あれはあの程度で
いい、と感じる方もいるだろう。微妙である。

ラストのどんでん返しは予想が出来なかった。重苦しい映画だ。自分の娘が強姦殺人の被害者になって
しまった女性警官ジェス(ロバーツ)、その遠因を作ってしまい、13年間悩み続けるジェスの親友
FBI捜査官レイ(イジョフォー)、その事件を担当する検事補~検事クレア(キッドマン)。
それぞれの13年間の息も詰まるような人生が私には感じ取ることが出来た。
ラストでその13年の呪縛から開放された笑顔がカタルシスである。そこは分かりやすく、良かった。
カットバック構成がやや苦しいがストーリーの運びもうまく構成されいて緊張の継続が上手く図られて
いる。真犯人に至るまでの誰が犯人か、とい人物特定がやや、ややこしいかもしれない。

それと9.11直後のLAのテロに対する異常な緊張感というものが、警察や司法の目を曇らせてしまった
様子、目の前の殺人犯より、起こるか起こらないか分からないテロの恐怖への対策のほうが勝ってしまう
という現実は実際にあったろうなあ、と想像は出来る。

13年前と現在を行ったり来たりの映像構成なので、時々どっちで起きている出来事か分からなく
なる点はあった。ただ女性は髪を切ったり、男性は白髪にしたりと工夫はしているが。それにしても
本作の撮影監督の実際の奥さんでも有るジュリア・ロバーツ、老けたなあ。(老け役なんだけど)

ロバーツの娘が強姦殺人の被害者となる。容疑者は警察にモスクの情報を流す情報屋であることは
わかった。だが、テロ対策班は、テロの次の標的はLAだという恐怖心から情報屋を失うことを
恐れ、真犯人逮捕をあの手この手で妨害してくる。当時、NYからテロ対策応援で来ていたイジョフォーは
犯人の逮捕を主張するが、ついにはFBIを去ることになる。

イジョフォー、13年間全米の服役者と、当時の犯人の写真を見比べてとうとうその男を突き止めた、と
思ったら実は違っていた、というのは映画のラストに分かる悲劇である。やはり母の思いの重さを感じる
映画であろう。本作、実はリメイクで、オリジナルはアルゼンチンの「瞳の奥の秘密」である。
オリジナルも機会があれば是非観てみたい。
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<ストーリー>
第82回アカデミー賞で外国語映画賞に輝いたアルゼンチン発の人間ドラマ『瞳の奥の秘密』をベースに、
過去の未解決事件の謎を解くために捜査を開始した3人の男女が辿りつく驚くべき真実を描き出すサスペンス。
娘を殺された検察局捜査官をジュリア・ロバーツ、エリート検事補をニコール・キッドマンが演じ、初共演を
果たす。

元FBI捜査官レイ・カステン(キウェテル・イジョフォー)は夜ごとパソコンに向かい、アメリカ中の受刑者の
写真を調べていたが、どうしても見つけられない男がいた。13年前の2002年、9.11アメリカ同時多発テロ
事件の衝撃からロサンゼルスの検察局に設置されたテロ対策合同捜査班に、現役FBI捜査官だったレイは
ニューヨークから派遣された。
そこで検察局捜査官ジェス・コブ(ジュリア・ロバーツ)とコンビを組み、さらにエリート検事補のクレア・
スローン(ニコール・キッドマン)も加わる。

捜査チームがアル・アンカラ・モスクの監視を続けるなか、モスクの隣の駐車場から女性の死体が発見され、
レイはチームのシーファート(マイケル・ケリー)、バンピー(ディーン・ノリス)と現場に向かう。
そこで、シングルマザーのジェスの娘キャロリンの変わり果てた姿を見て、レイは言葉を失くす。ジェスとは
親友でもあり、キャロリンを娘同然の存在に思っていたレイは、必死で手掛かりを探す。
そして、捜査課のピクニックの時の写真で、キャロリンを見つめる不審な男に気づく。男はモスクに出入り
していると判明するが、まもなく逮捕されたのは別人だった。そして、FBI内部の事情により、容疑者は
釈放されてしまう。

あれから13年が経ち、遂にレイは受刑者の写真から容疑者を見つけたと確信し、検事になったクレアと
捜査主任に昇格したジェスを訪ねる。罪悪感に苦しみ続けたレイの執念が実り、とうとう容疑者逮捕への
手がかりを見つけるが、事件の解決に近づくうちに思いもよらない現実が立ちはだかる……。(Movie Walker)

<IMDb=★6.2>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:38% Audience Score:42% >




# by jazzyoba0083 | 2017-09-04 23:00 | 洋画=さ行 | Trackback(1) | Comments(0)

後妻業の女

●「後妻業の女」
2016 東宝 「後妻業の女製作委員会」(毎日放送、読売テレビ他) 128分
監督・脚本:鶴橋康夫  原作:「後妻業」黒川博行
出演:大竹しのぶ、豊川悦司、尾野真千子、長谷川京子、水川あさみ、風間俊介、余貴美子、ミムラ、松尾諭他
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<評価:★★★★★★☆☆☆☆>
<感想>
鶴橋監督といえば、読売テレビディレクター時代からドラマの傑作を作る演出家で賞の常連だった。
同業に身を置くモノとしては、いかんのだろうけど、彼のドラマは観たことがない。なので、本作
一発での評価で彼を計るつもりは毛頭ないが、本作について言えば、どこか締まらない。脚本が。

原作は有名になった、実話をベースにした小説で、これを下敷きにして作劇しているわけだ。
大竹のたぬきぶりは確かにうまいものが有るし、ブルーリボン賞を受賞しただけのことはある力量と
思うが、昔からのファンとしては、最近はどうも「悪上手」「やりすぎ」という感じを受ける。
トヨエツの受け流しがなければ相当息苦しい映画になっていたかもしれない。

テレビ育ちの監督だけあって、テンポも良いし、話の転がし方も早いしビジュアルもテレビ的に工夫
されていて、面白い。けど、これは実話がベースにあるという観客の安心感によるところが大きいの
ではないか。

主人公、小夜子はいわゆる毒婦であり、同情の余地はない。したたかさ、たぬきっぷり、はよく出ていたし
大竹のそれについての演技も認めざるを得ないが、ラストのカタルシスの持って生き方が、喜劇で終わらそうと
したので、観ている方は鬱屈が溜まったまま劇場を出ることになるのではないか。
「したたかな小夜子は、これからも老人をだまくらかして金を巻き上げるのである!」というある種の
エールのように(彼女とコンビを組む結婚紹介所所長のトヨエツとて人殺しであるわけ)感じてしまい、
これでは、私としては溜飲の下げ場所、コメディとしてのパンチラインが見えず、極めていやな
鑑賞後感となってしまった。大竹の息子を演じる風間俊介は下手くそ。弁護士に雇われ小夜子の近辺を洗う
探偵、永瀬正敏の立ち位置も曖昧。唯一鶴瓶が演じたオヤジのキャラクターが光った。
それと多くの関東俳優が喋る大阪弁は、ネイティブからしてたら相当の違和感があるのではないか。

鶴橋監督も80歳近くなり、バイタリティは感じるが、ダッチロールはあきませんなあ。
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<ストーリー>
金持ちの男の後妻に入り、全財産を奪う“後妻業の女”と彼女に翻弄される人々を描く、大竹しのぶ主演の
ユーモラスな人間ドラマ。後妻業の女とグルになって人を騙す結婚相談所の所長を豊川悦司、ターゲットに
なる不動産王を笑福亭鶴瓶が演じるなど、実力派たちの演技が物語をより濃密なものにしている。
監督は『愛の流刑地』の鶴橋康夫

結婚相談所主催のパーティーで可愛らしく自己紹介する武内小夜子(大竹しのぶ)の魅力に、男たちは
イチコロになっている。その一人、耕造(津川雅彦)と小夜子は惹かれ合い、結婚する。二人は幸せな
結婚生活を送るはずだったが、2年後、耕造が亡くなる。葬式の場で、小夜子は耕造の娘・朋美(尾野真千子)と
尚子(長谷川京子)に遺言公正証書を突き付け、小夜子が全財産を相続する事実を言い渡す。
納得のいかない朋美が調査すると、小夜子は後妻に入り財産を奪う“後妻業の女”であったことが発覚する。

その背後には、結婚相談所の所長・柏木(豊川悦司)がいた。朋美は裏社会の探偵・本多(永瀬正敏)とともに、
次々と“後妻業”を繰り返してきた小夜子と柏木を追及する。一方小夜子は、次のターゲットである不動産王・
舟山(笑福亭鶴瓶)を本気で愛してしまう……。(Movie Walker)



# by jazzyoba0083 | 2017-09-02 23:10 | 邦画・新作 | Trackback | Comments(0)

関ヶ原

●「関ヶ原」
2017 日本 東宝映画、ジャンゴフィルム 149分
監督・脚本:原田眞人
出演:岡田准一、役所広司、平岳大、有村架純、東出昌大、北村有起哉、西岡徳馬、松山ケンイチ他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想:ネタバレに近い感想です。ご注意ください。出来ればご覧になってからお読みください
原作既読。原田作品は前作の「日本のいちばん長い日」の出来が良かったのでキャストも含め
期待してシネコンへ。結構入ってましたね。

で、2時間半の上映が終わって、館内の人に訊きたかった。「分かりました?」と。
これは難しい映画だ。いきなり合戦前夜の全体像を要求される。「蔚山の戦い」と言われて観客の
何人が分かるでしょう?それに朝鮮出兵、秀次事件、前田利長事件、会津征伐など、関ヶ原の
背景になる重要な事柄の知識が要求される。なので、早口での会話は時として何を言っているのか
分からないときがあった。さらに、どちらが西軍でだれが東軍なのかも、相当わかりづらい。そもそも
秀吉恩顧の大名たちだから余計にだ。前作でもそうだが、事象よりも人間にスポットを当てて映画の
面白みを描いて見せる原田監督としては、確かに石田三成という人物は「仁」「義」に篤い忠義の
臣であり、彼の「義」と家康の「利」の戦いに負けた、ということは浮かび上がっては来たが、
周辺の事情が分かりづらかっただけに残念だった。島左近、大谷吉継との友情は分かったけど、
大谷がなんであんなカッコをして神輿に担がれて戦をしていたか、についても説明はない。

私が一番人として魅力があるな、と思ったのが小早川秀秋(東出昌大)。合戦時には15000の
大軍を要して西に付き松尾山に陣取ったが、結局東に寝返り、善戦していた島、大谷部隊を
襲い、合戦の趨勢を決めてしまった、Mr.裏切りだ。これも映画では描かれないが、小早川は
北政所(高台院)の甥っ子であり、かつては木下、羽柴を名乗っていたばりばりの豊臣親族だ。
だが、淀君に秀頼が生まれると秀吉いとたんに冷遇され、岡山小早川家に養子に出される。
その後もすったもんだあり、三成に恨みを持つ状況もあったのだが、血は豊臣。
 島左近の息子が決死の覚悟で小早川本陣を訪れ、兵を動かしてほしいと懇願するも、本人は
三成側に兵を動かしたかったが、家康に送り込まれた家老らに押しとどめられ、自らの意思とは
逆の動きをすることになってしまう。(あくまで映画での話)秀秋、この時18歳。彼はその2年後、
20歳で亡くなる。大谷吉継の呪いに狂死した、ともいわれる。

閑話休題。本作、まず良い点。映像。合戦のリアリズムを含め、画作りは秀逸。東本願寺や
彦根城といった国宝が舞台を貸すという画面。カット、編集も含め全編秀逸。特に金と時間を
掛けて(CGの力も借りたけど)作られた合戦シーンは迫力満点だ。
加えて、やはり上手い岡田准一、役所広司。これに味わいを加える島左近役の平岳大、大谷吉継役の
大場泰正らの脇を固める渋いキャスティング。これも素晴らしい。女性陣の配置も単なる彩りだけ
ではなく、きちんとした役が振られ、映画を面白くしていた。秀吉役の滝藤賢一の名古屋弁は
パーフェクト。北政所のキムラ緑子のほうはいまいち。

一方、残念だった点。原田監督自身、関が原を製作するに当たり、最初は島左近を、次には小早川秀秋を
さらに島津義弘を、主人公にしようと迷っていたように、この時代において人物を描くのは誠に難しい。
当時の時代背景を説明しようとすると、人物説明を含め長い長い前説が必要になるが、そうもいかず、
原田監督自身、その端折り方をどうするか悩んだのではないか。結果、相当予習をしていかないと全体像が
分からないことになった。本作は合戦を時系列的に追うのではなく、あくまでも石田三成の人生を
描くのが目的であるから、思い切って端折ったのだろうけど、やはなぜあの時代石田三成はああいう生き方を
したのか、を浮かび上がらせるのにはチカラが弱いと感じた。ただ、この題材を映画にした原田監督には
敬意を評したい。

本作を一度観ただけで、全体を把握出来て、三成の人生に深く思いを致した人がいたら、私は心から尊敬申し
上げる。そういう人には極めて面白い映画なんだろうなあ。かなり予習していったのに、映画の良さの半分も
分からなかったかも。
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<ストーリー>

戦国史上最大の合戦である関ヶ原の戦いを描いた司馬遼太郎のベストセラー小説を岡田准一、役所広司ら実力派

俳優の共演で映画化した時代劇。正義で世の中を変えようとする石田三成や、天下取りの野望を抱く徳川家康ら、

武将たちそれぞれの思惑がつづられる。監督は人間ドラマの描写に定評のある原田眞人。


1600年10月21日、長く混迷を極めた戦国時代を終わらせ、その後の日本の支配者を決定づけた戦国史上最大の

天下分け目の決戦“関ヶ原の戦い”は、たった6時間で決着した。石田三成(岡田准一)は豊臣家への忠義から

立ち上がり、圧倒的に有利と言われた西軍を率いて合戦に挑んだ。しかし、権力に燃え、天下取りの私欲の

ために戦う徳川家康(役所広司)に敗北を喫する。

そして、命懸けで三成を守り、愛し続けた忍び・初芽(有村架純)との許されない淡い恋の行方は……。





# by jazzyoba0083 | 2017-08-28 14:20 | 邦画・新作 | Trackback | Comments(0)

ヴィジット The Visit

●「ヴィジット The Visit」
2015 アメリカ Blinding Edge Pictures,Blumhouse Productions.94min.
監督・脚本・(共同)製作:M・ナイト・シャマラン
出演:オリヴィア・デヨング、エド・オクセンボウルド、ディアナ・ダナガン、ピーター・マクロビー他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
面白かったけど、今更のPOV、既視感あるオチ、ナイト・シャマランの作と期待が大きすぎたのか、
やや肩透かしを食った感じだ。ストーリーを単純化させ、恐怖を浮かび上がらせるのは彼の脚本の
旨さ、そこは評価するし、使い古したカットやデカイ音楽で脅す、という手法もないので、それは
今時のホラーを感じるが。一番の面白さは、弟のラップとじいさんばあさんの得も言えない恐怖の
対比。これはコメディか?ラストのおまけも含め、そう感じてしまう。まあ、そこら辺に
ナイト・シャマランのニヤッとした顔が浮かんできそうだが。ただのPOVホラーじゃないからね、という。
さすがだな、と思うのは、オチまでに至る、作り込みの丁寧さ。姉弟の行動でのミスリードが
効いている。

よく観ていると、なんとなくオチも想像できるし、伏線の張り方も上手いと思う。それに個人的には
ほとんど知らない俳優さん、というのが恐怖を倍加する要素であった。

夜、刃物、物音、物陰、異常な行動、見てはいけない地下室、しばらくあっていない祖父母、この手の
恐怖映画の要素は全部入っていて、それをどう料理しているかが見どころとなろう。
ネタバラシはしません。短い映画なので、暇があったら見てみてください。標準以上のサスペンスホラー
にはなっていると思います。
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<ストーリー>
田舎の母親の実家で休暇を過ごすことになった姉弟の恐怖体験を映し出す、『シックス・センス』の
鬼才M・ナイト・シャマラン監督によるサスペンス・スリラー。祖父母の家で3つの奇妙な約束をさせられた
姉弟が、約束を破った事でその家に隠された秘密を知っていく過程が、複雑に張巡らされた伏線とともに
描かれる。

休暇を利用して祖父母のいるペンシルバニア州メイソンビルへと出発した姉弟は、都会の喧騒から離れて、
田舎での楽しい1週間を過ごす予定だった。優しい祖父と料理上手な祖母に温かく迎え入れられ、母親の
実家へと到着した二人。だが祖父母に出会えた喜びも束の間、就寝時、完璧な時間を過ご(<すためにと奇妙な
“3つの約束”が伝えられる。第一の約束:楽しい時間を過ごすこと。第二の約束:好きなものは遠慮なく
食べること。第三の約束:夜9時半以降は部屋から絶対に出ないこと……。
そして、夜9時半を過ぎ、二人は異様な気配で目が覚める。部屋の外から聞こえるただ事ではないその物音に
恐怖を覚えた彼らは、絶対に開けてはいけないと言われた部屋のドアを開けてしまう……。(Movie Walker)




# by jazzyoba0083 | 2017-08-27 22:40 | 洋画=あ行 | Trackback | Comments(0)

●「ワンダーウーマン Wonder Woman」
2017 アメリカ Warner Bros.141min.
監督:パティ・ジェンキンス
出演:ガル・ガドット、クリス・パイン、ロビン・ライト、ダニー・ヒューストン、デヴィッド・シューリス他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
ワンダーウーマンを演じたガル・ガドット、気に入った! この映画を観た多くのメンズは、彼女に
やられちゃったんじゃないかな。彼女、この役のために生まれてきたのではないか、と思えるほど
ハマっている。このところ、MARVELやDCものの実写映画は、やたら複雑になり過ぎて、「オモシロク
ナ~い」とい感じを受けていたのだが、前日鑑賞した「スパイダーマン ホーム・カミング」なども
そうだが、話を単純にし、そもそもコミックが持っていた、プリミティブなワクワク感、
分かり易い勧善懲悪、喝采を叫びたいスーパーパワー(武器)などに回帰してきた感じがする。

バットマンとスーパーマンを戦わせてどうするの?というところまで行っていたのだ。今回のDCは
満を持して、かつてコミック誌でスーパーマンやバットマンにワクワクしてた少年たちも喜ぶ
分かりやすい出来になっている。敵味方も分かりやすいし、見方の友人たちもわかりやすく良い奴だし。
映画としては長いけど、長さは全く感じなかった。それこそ派手な武器やVFXが繰り広げられるわけでも
ないし、アクションはあくまでワンダーウーマンの体力だ。舞台となる時代が第一次世界大戦というのも
わかりやすさにプラスしていよう。まだまだ戦争武器としては戦車や複葉機の登場となるような時代だから
ワンダーウーマンの活躍が目立つというか光る。 ワンダーウーマンが一義的に防ぐのはマスタードガス
である。非常に現実的。だが、ラスボス、アレスは不思議なガスを吸うと超人化するのだが、それとて
可愛いものだ。ワンダーウーマンの武器といえば、剣と腕をクロスして放出するかめはめ波みたいな波動だけ
もちろん超人的なジャンプなどはお手の物だが、空をとぶわけではない。そんなプリミティブさと女性という
キャラクターが、男の子としては応援したくなるし、ドキドキもするわけだ。女性監督、そのあたりの動きの
計算、仕草の計算はしているなあ、と思う。
ラストシーンにおや??と思う人も多いかもしれないなあ。時代がイキナリ100年飛んで現代になるんだ
から。

さて、主役を演じたガル・ガドットという女優さん、私は寡聞にして知らなかった。主にテレビ畑の人
なんだね。これからが楽しみ。でもワンダーウーマンのイメージが付きすぎても、将来困るだろうな。
DCも、MARVELのような同一世界にヒーローが同居するタイプの映画を作っていくんだそうだが、是非、
「分かりやすく、単純にワクワクドキドキするような」作品をお願いしたいものです。
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<ストーリー>
DCコミックの人気キャラクターで、『バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生』で華々しいデビューを
飾ったワンダーウーマン。彼女がひとりの戦士として成長していくさまを描くSFアクション。ミス・イスラエルにも
選ばれた経験を持つガル・ガドットが『バットマン〜』に引き続き主人公を演じ、激しいアクションも披露する。

女性だけが暮らすパラダイス島で、プリンセスとして生まれ育ったダイアナ(ガル・ガドット)は、好奇心旺盛だが
外の世界を一切知らず、男性を見たことすらなかった。
そんなある日、島に漂着したアメリカ人パイロットのスティーブ(クリス・パイン)を助けたことで、彼女の運命が
大きく動き出す。外の世界で大きな戦争が起きていることを知った彼女は、自身の力で世界を救いたいと強く願い、
二度と戻れないと知りながらスティーブが暮らすロンドンへ行くことを決意。
やがて、ダイアナは、無敵のスーパーヒーロー“ワンダーウーマン”としてのパワーを開花させていく……。
(Movie Walker)

<IMDb=★7.8>
<Rotten Tomatoes:Tomatometer:92% Audience Score:90%>



# by jazzyoba0083 | 2017-08-26 11:55 | 洋画=ら~わ行 | Trackback(1) | Comments(0)

●「コンカッション Concussion」
2015 アメリカ Village Roadshow Pictures,Scott Free Productions,and more.123min.
監督・脚本:ピーター・ランズデマン
出演:ウィル・スミス、アレック・ボールドウィン、ググ・ンバーター=ロー、アーリス・ハワード他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
アメフトは全く分からないが、アメリカでの人気っぷりはただならぬものがあることは分かっている。
そのアメフトの世界で、コンカッション=脳震盪から来る鬱や社会不適合などの病気を見つけ、NFLと
対決するナイジェリア国籍の検死官・解剖医の奮闘の実話だ。最近いい映画に恵まれていないと感じていた
ウィル・スミスだが、ここでは実話という下駄は履かせてもらっているけど、なかなかいい。何がいいか、
というと、「慢性外傷性脳症」(これは主人公の命名)という医学的に光る発見をしていながら、(苦労も
とても多いにもかかわらず)飄々とし、でも、芯が通っている男を肩の力を抜いていい演技で描いている
からだ。もちろん演出の巧さもあろう。

オマル医師は、かつての名センターとして人気者だったピッツバーグ・スティーラーズのマイクの解剖を
担当する。彼の死に至る行動から、彼の脳に何か原因があるのではないか、と仮説を立て、他のケースを
当たり始める。すると、アメフトの世界では、鬱や奇怪な行動、自殺が異常に多いことが分かってきた。
何人かの解剖を経て、上司の協力も得て、論文を発表する。激しいタックルにより脳に外傷性のダメージを
負い、これが精神的な不具合を惹起し、記憶障害、異常行動、自殺などの異常行動に走らせる、というものだ。

当然、NFLからの妨害、嫌がらせを受ける。NFLもおざなりの脳震盪対策委員会を開き、因果を否定して
みせているのだった。だがそこに出ている医師はリューマチが専門でとても選手の脳のことを論じられる
レベルではなかったのだ。それでも次第に理解者を増やし、ついに元名選手にしてNFLの幹部が不可解な
自殺をするに及び、NYタイムズが報道することとなり、NFLは再度脳震盪対策委員会を開催する。だが
オマルは国籍を持たないので出席が出来ない。会議はウヤムヤに終わり、更にNFLはFBIなど国家権力を
動かしオマルらを潰しにかかる。

だが、更に選手の自殺が発生、ついに彼の主張が公になるところとなっり、多くの選手達が原告となり
裁判も起こされた。国はオマルに国家の検死官にならないか、とさそうが彼はそれを断り田舎町の
検死官であり続けたのだった。彼はアメリカの市民権は獲得した。

このメインの物語に、ケニアからやってきた看護師の女性プレマとの協力、愛情、結婚、妨害による
流産、引っ越しなど横軸が絡まり、事実の重層的深みもあり、なかなか魅せる。彼を支えるアレック・
ボールドウィンらの仲間たちとの友情や信頼関係も胸に響く。アメフトが分からない私だが、人間の
脳は60Gまでしか耐えられないという。アメフトのタックルは100Gに達するという。いくらヘルメットを
被っていても、終始激しい脳震盪にさらされていることは容易に想像が出来る。

この事件はまだ終わっていないのではないか。NFLにしてみれば、嫌な映画が作られたなあ、という
ことなんだろう。
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<ストーリー>
アメリカン・フットボールの選手が激しいタックルの影響で発症するCTE(慢性外傷性脳症)の恐ろしさを訴えた医師
ベネット・オマルの実話を、ウィル・スミス主演で映画化した人間ドラマ。NFL(ナショナル・フットボール・リーグ)
という巨大組織やそのファンを敵に回してでも、信念を曲げずに真実を追求し続けた男の姿を描く。

ナイジェリアからアメリカに夢を抱いてやってきた移民のベネット・オマル(ウィル・スミス)は、検死官も
務める真面目で誠実な医師。2005年、アメリカンフットボールのプロリーグNFLを引退した元スティーラーズの
花形選手マイク・ウェブスター(デヴィッド・モース)が変死する事件が発生。
その遺体解剖に携わったオマルは、頭部への激しいタックルが原因となる脳の病気“CTE(=慢性外傷性脳症)” を
発見する。これに基づき、独自の論文を発表したものの、,熱狂的ファンを持つ国民的スポーツにメスに入れた
その内容をNFLは全面否定。絶大な権力で、オマルとその周辺に圧力をかけていく。
さらに、全米のアメフトファンもオマルを敵視。孤立無援の中、人種差別や偏見と闘いながら、一歩も譲らずに
真実を求めてNFLに立ち向かうオマルだったが……。(Movie Walker)

<IMDb=★7.1>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:60% Audience Score:74%>




# by jazzyoba0083 | 2017-08-25 23:10 | 洋画=か行 | Trackback | Comments(0)

血と砂

●「血と砂」
1965 日本 東宝映画 132分
監督・脚本:岡本喜八 音楽:佐藤勝
出演:三船敏郎、仲代達矢、伊藤雄之助 佐藤允、団令子、伊吹徹、名古屋章、長谷川弘ほか
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
岡本喜八の戦争映画3本目の鑑賞となる。だいたい彼の戦争映画の作風と、作品に通底する
感性みたいなものが、ほの見えてきたようか感じである。タイトルから予想も出来ない内容で、
音大生で編成された軍楽隊の戦争参加を通して、岡本一流の戦争感(虚無感、滑稽感、バカバカしさ、
非痛感など)が上手く表現することに成功している。そしてエンディングの衝撃。作劇全体が
岡本イズムに溢れている。「人間愛と戦争のバカバカしさ」である。

現実、軍楽隊が「聖者の行進」を演じながら満州を戦うなんてことは無いのだが、
登場人物のキャラクターも含め、戦争をアイロニカルに表現する岡本の独特のタッチがある。
結構長い作品だが、これも岡本の強さであるカット、編集、そして佐藤の音楽と、飽きることはない。

三船、仲代という当時の東宝を代表する男優を据え、骨格のしっかりした映画となっている。
「古参兵が二等兵の頬をスリッパで理不尽に殴り倒す」という分かりやすい表現を使わず、戦争の
理不尽さ、アホさ加減を演出させると、岡本の右に出るものはないのだと思う。

三船、仲代ともにいい。それに紅一点団令子の物語上の存在も光る。音楽隊の少年たちの悲哀が、滑稽な
だけに余計にせり上がって見えてくる。岡本演出の優れたところだろう。
クセのある映画なので、見る人を選ぶかもしれない。でも、日本映画にオリジナルの存在感を
示したエバーグリーンの戦争映画の一つであることは確かだ。WOWOWの放映に感謝したい。
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<ストーリー>
昭和二十年の北支戦線。陽家宅の独歩大隊に、小杉曹長と軍楽隊の少年十三人、それに小杉にほれている
慰安婦お春がやってきた。小杉は朔県の師団指令部で少年軍楽隊を最前線に送るのを反対して、転属を
命じられたのだ。独歩大隊には、小杉の弟小原見習士官がいたが、小杉のつく直前に銃殺されていた。

通称ヤキバ砦の守備隊を指揮していた小原は、八路軍の猛攻にあい、彼を除いた全員が戦死し、連絡に
戻った小原は、敵前逃亡の罪で銃殺されたのだ。怒った小杉は隊長を殴りとばし、根津憲兵曹長に逮捕
されてしまった。営倉には、戦うことがいやで、三年も入っているという志賀一等兵や見習士官殺しの
炊事係犬山一等兵などがいた。そのころ、少年兵たちは、楽器をとりあげられ、一般兵として毎日軍歌を
歌わせられていた。

一方お春は、小杉の身を案じて、寝物語りに隊長に泣きこんで、小杉の命乞いをしていた。そのかい
あってか、数日後小杉に出動命令が下った。少年兵を指揮してヤキバ砦を奪い返せというのだ。

それからというもの、小杉の指揮のもとに、少年兵たちは猛烈な戦闘訓練に明けくれた。そして数日後、
お春に送られて出発した小杉隊は、熾烈な戦闘の末、見事ヤキバ砦をとり返した。ところが、
それから数日後、日本軍のトラックに乗った敵のゲリラ隊のために、砦は、また多くの犠牲をだしてしまった。
小杉は、少年兵を元気づけようと、お春に少年たちの筆下しをたのんだ。これに感激した少年兵たちは
今度は、敵のゲリラ隊に勇敢に立ちむかった。
しかし敵の潮のような人海戦術にはいかんともしがたく小杉をはじめとするヤキバ砦の隊員は佐久間大尉の
指揮する援軍をまたずに、全員うち死にした。日本軍の中で倒れた敵の少年ゲリラの手には、終戦を告げる
伝単がしっかりとにぎられていた。時にして、八月十五日の朝のことであった。(Movie Walker)




# by jazzyoba0083 | 2017-08-23 23:20 | 邦画・旧作 | Trackback | Comments(0)

●「スター・トレック BEYOND Star Trek Beyond」
2014 アメリカ Paramount Pictures,Sky Dance,Bad Robot,and more.123min.
監督・(共同)製作:ジャスティン・リン (共同)脚本:サイモン・ペッグ
出演:クリス・パイン、ザカリー・クイント、ゾーイ・サルダナ、カール・アーバン、アントン・イェルチン他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
1979年にスタートした劇場版「スター・トレック」もすでに13作目となった。オリジナルに対し
話のどこかで関連性を持たせながらも、全く新しいクリス・パインシリーズになってからもも3作目。
今回はJ・J・エイブラムズはプロデューサー側にまわり、監督はジャスティン・リンに変更された。

なんか久しぶりで本作シリーズを観たので、宇宙の勢力分野はまったく分からなくなっているのだが
本作は、前作までのことを知らなくてもストーリーを追うことが出来る。クリンゴンとか出てこないから。
全く新しい話として観ることができる、ということ。これまでを知っている人には関連性がやや薄いかも。

先日のスパイダーマンもそうだったけど、この手の映画の肝の一つに分かりやすい、ということがある。
その点本作は、敵対するグループ(実はかつての仲間だったりするのは既視感がりだが)と、
エンタープライズの一行との対決、これに、今後は仲間に入ること間違いないソフィア・ブテラ(メイク
していので誰だかわからない。性格のいい娘なので、もう少しキャラや能力をクローズアップしても
良かったんじゃないかなあ。

エンタープライズ一行に助けを求める女性(だと思う)、彼女の懇願で、一路助けに向かうが、
実は、そこにはクラールという一族が待ち構えていたのだ。助けを乞うた女性は騙すつもりでは
なかったのだが、自分の星を助けてほしいと。このクラールの舞台の、まさに雲霞の如くの攻撃船と
強力な武器で、エンタープライズはかつて無いほどのダメージを負うことになる。機体がバラバラに
なったため、脱出ポッドでクラールの星に降りるのだが、敵の攻撃はなかなかタフであり、さらに
中継点の大型宇宙基地「ヨークタウン」に攻撃に向かう。しかも、太古の宇宙で、2つ合わさると
とてつもない災を起こすというので、先祖が2つに割って宇宙にほかった石を彼らは手にしてしまったのだ! 

この敵の親分というのが、かつて連盟に打ち捨てられた将軍の進化した姿だったのだ。悪さ百倍!って
やつだ。まあ、正義は最後には勝つわけだが、全体として、良いもんと悪もんの位置づけ、悪もんの
正体、スポックとウフーラの恋の行方、全壊したエンタープライズの再建、など、手堅くまとめ、
3Dだったら迫力あるだろうな、というシーンもあって、平均以上の出来ではあった。サイモン・ペッグが
脚本に入って、TV版で観ていたユーモアやペーソスが効いたのではないか。
ただ、分かりやすいが故に、ストーリーにおける緊張感、という点については凡庸のそしりは出るだろうな。
更にこの映画の完成を待たずて、宇宙の彼方に旅立った、レナード・ニモイとアントン・イェルチンに
捧げられている。
さて、次作チェコフはどうするんだろう。
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<ストーリー>
往年の大ヒット・ドラマ・シリーズを「M:i:III」「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」の
J・J・エイブラムス監督がリブートしたSFアドベンチャー大作のシリーズ第3弾。深宇宙へ
向けて航行を続けていたエンタープライズ号が惑星連邦を否定する新たな敵と遭遇、連邦の理念を
守るべく過酷な戦いに身を投じるカークたちクルーの運命を描く。
出演はクリス・パイン、ザカリー・クイント、ゾーイ・サルダナらレギュラー・メンバーに加え、
新たにイドリス・エルバ、ソフィア・ブテラが参加。監督は前2作のJ・J・エイブラムスに代わり、
「ワイルド・スピード EURO MISSION」のジャスティン・リンが務める。
また本作は、長年スポック役としてファンに愛され、2015年に惜しまれつつこの世を去った
レナード・ニモイと、本作にもチェコフ役で出演し、全米公開直前に事故で急死した
アントン・イェルチンの2人に捧げられている。

 5年におよぶ宇宙探査へと旅立ったエンタープライズ号。それから3年あまりが経ち、ジェームス・
T・カークの中には艦長という役目に対する迷いが生じていた。一方、副艦長のスポックもまた別の
理由から迷いを抱えていた。そんな中、宇宙基地ヨークタウンに寄航したエンタープライズ号一行は、
そこで未知の宇宙船に乗る女性から仲間の救助を求めるメッセージを受け取り、すぐさま救出へと
向かう。しかしそれは巧妙な罠で、エンタープライズ号はクラールという異星人からの襲撃を受け
不時着を余儀なくされ、クルーたちもバラバラになってしまうのだったが…。((allcinema)

<IMDb=★7.1>
<Rottten Tomatoes: Tomatometer: 84% Audience Score:80% >







# by jazzyoba0083 | 2017-08-22 23:15 | 洋画=さ行 | Trackback | Comments(0)

●「ベニスに死す Morte a Venezia」
1971 イタリア Alfa Cinamatografica,Warner Bros.119min.
監督・製作・(共同)脚本:ルキノ・ヴィスコンティ
出演:ダーク・ボガード、ビョルン・アンドレセン、シルヴァーナ・マンガーノ、ロモロ・ヴァリ他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
私のここ12年間に約2300本の映画を観てきた私ですが、食わず嫌いの監督や作品というもの、
あるいは全く興味のない範疇の作品は、無理してまで観ることもなかろう、ということで
観てこなかった作品もたっくさんあります。その中の筆頭がイタリア人巨匠と呼ばれる諸監督に
よる作品群です。
つまり、ヴィスコンティも、フェリーニも、アントニオーニも、ベルトリッチもデ・シーカも、
パゾリーニも、ベニーニも、その作品を観たことがないのです。いけませんかね?

おそらくは先入観だと思います。彼らの映画というのは「高踏的、抽象的、形而上的」という
印象が何かを観た折についちゃったんだろうと思います。何かウラミがあって、ということでは
もちろんありませんし、現代のイタリア映画は観ます。食わず嫌いなのは「名匠・巨匠」と云われ
「なんだ、それを観てなくちゃ映画を語る資格はないよ」と云われそうな作品です。

というわけで、ヴィスコンティ。先日「夏の嵐」を30分で脱落。WOWOWで放映して録画して
あった本作も、実は奥様が観たいと言って、録ってあったものを間違えて観始めてしまったのです。

もちろん、トマス・マンの原作による本作の名前は知っていましたが、内容や時代設定など全く
予備知識なしで観たわけです。冒頭、ベニスに船で近づいてくるボガード(何を職業にしている
か不明)。船頭にああだこうだと云われ、着岸してからも、何を言いたいドラマがどういう風に
展開するんだろう、という具合に、話が見えてこない。

後からネットでいろんな感想や評伝を観たのですが、私にとってこの手のこのくらい評価が
定まった映画は、内容をある程度知っておいたほうがいいな、という感想をまずもちました。

主人公アッシェンバッハ(ボカード)は作曲家なんですね。(マンの原作ではグスタフ・マーラーを
イメージした前衛作曲家らしい)作品中終始自信なさげで、音楽生活に煮詰まっていたのかもしれま
せん。そんな彼が静養のためにイタリアはヴェニスにやってきます。時代は第一次世界大戦が始まる
やは前、という設定です。

あとはもう、終始、アッシェンバッハが当地で見初めた美少年タジオへの思いを如何せん!?という
ストーリー。おもったより後半戦で話が動いたので、面白くなってきました。終始流れるマーラーの
交響曲第5番第4楽章「アダージェット」の調べと、狂気にも似たアッシェンバッハの美少年タジオへの
恋慕。「少年愛」と髪を染め、口紅を塗り、白塗りにして、タジオへの歓心を買おうとする老作曲家。
もう、痛々しいというか、正気でないというか。だからといって何かを言ったり行動するまでには
ならない。大人としての自制であろうか。ラストシーンは長回しのおそらくファンの間では名シーンと
されるところであろうが、老作曲家からの思慕を知っているタジオのじらせっぷりも含めて、しまいにゃ、
笑えてきてしまうレベルだ。

タジオの「若さ」に何か優れている点が具体的に有るわけではないのだ。それなのに一方的にその
輝かしい若さに、恐らくは芸術家ならではの「憧憬」と、自らの絶望的な「老い」を引き比べ
悶々とするという・・。先日観た「ヤング・アダルト・ニューヨーク」や「ドリアングレイの肖像」に
通底する、芸術の永遠のテーマなのであろう。

タジオの美少年ぶりはさて置くとしても、ボカードの鬼気迫る演技。ほとんどピエロと化してもなお、
純粋に若さに憧れ続けるその「哀れ」。ベニスには当時疫病(コレラ)が蔓延していて、周りの友人らに
はベニスを去るようにいうのだが、ついには自分も罹患してしまい、あの浜辺で絶命するわけだ。
その瞬間もタジオは夕日の中で煌めいていた・・・。

こういうのがヴィスコンティの作風なのでしょうか。いささかタルい感じの流れではあったが、確かに
アッシェンバッハの存在感は圧倒的であった。音楽と映像がここまでマッチした作品もあまり知らない。
ワンカットワンカットが計算されつくした画角、意味深いズーミング、そしてプロダクションデザイン。
好きか、と言われれば、好きだとは言えない映画の有り様では有るが、「映画芸術」としての不朽の
名作、であろうことは認めなくてはなるまい。「ルードウィヒ/神々の黄昏」「地獄に落ちた勇者ども」
あたりは観てもいいかもしれない、と思うに至りましたけど。

1940年代から70年代のイタリア映画と私のソリの悪さ、とはどこに有るのだろうか。エンタテインメント性の
ありようがハリウッドとは全然違うから、だろうか。あまりにも「高踏的」「芸術世界」だから、
だろうか。描かれる世界が「貴族的」とかそういうことではなく。相性の悪さ、というのはあるんじゃないか
なあ。ヴィスコンティの良さが分からないって、本当の映画見ではないぜ、と言われてしまうと身も蓋も
ないのですけど。
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<ストーリー:最期まで触れています>
純粋な美の具現と思えるような美少年に、魅入られた芸術家の苦悶と恍惚を描いた作品。製作総指揮は
マリオ・ガッロ、製作・監督はルキノ・ヴィスコンティ、脚色はルキノ・ヴィスコンティとニコラ・
バダルッコ、原作はトーマス・マン、撮影はパスカリーノ・デ・サンティス、音楽はグスタフ・マーラー(
第3・第5交響曲より)、衣装デザインはピエロ・トージが各々担当。

1911年のヴェニス(ヴェネチア)。グスタフ・アシェンバッハ(ダーク・ボガード)は休暇をとって、
ひとりこの水の都へきたドイツ有数の作曲家・指揮者である。蒸気船やゴンドラの上で、さんざん不愉快な
思いをしたアシェンバッハは避暑地、リドに着くと、すぐさまホテルに部屋をとった。

サロンには世界各国からの観光客があつまっていた。アシェンバッハは、ポーランド人の家族にふと目を
やった。母親(シルヴァーナ・マンガーノ)と三人の娘と家庭教師、そして、母親の隣りに座った一人の
少年タジオ(ビヨルン・アンデルセン)にアシェンバッハの目は奪われた。すき通るような美貌と、
なよやかな肢体、まるでギリシャの彫像を思わせるタジオに、アシェンバッハの胸はふるえた。
その時からアシェンバッハの魂は完全にタジオの虜になってしまった。

北アフリカから吹きよせる砂まじりの熱風シロッロによってヴェニスの空は鉛色によどみ、避暑に
きたはずのアシェンバッハの心は沈みがちで、しかも過去の忌わしい事を思い出し、一層憂鬱な気分に
落ち込んでいった。ますます募るタジオへの異常な憧憬と、相変らず、重苦しい天候に耐え切れなくなった
アシェンバッハは、ホテルを引き払おうと決意した。
出発の朝、朝食のテーブルでタジオを見た、アシェンバッハは決意が鈍った。だが駅に着いたアシェンバッハは、
自分の荷物が手違いでスイスに送られてしまったと知ると、すぐにホテルに引き返した。
勿論アシェンバッハの心は、タジオとの再会に、うちふるえていた。タジオへの思いをアシェンバッハはもう
隠そうともしなかった。タジオの行く所、いつも、アシェンバッハの熱い眼差しが後を追った。
タジオも、ようやく気づき始めているようだ。

しかしこの頃、ヴェニスには悪い疫病が瀰漫しはじめていたのだ。街のいたる所に、消毒液の匂いが立ちこめ、
病い冒され、黒く痩せ衰えた人々が、行き倒れになっていた。しかし、観光の街ヴェニスにとって旅行者に
疫病を知られることは死活問題であり、それをひた隠した。何とか聞き出したアシェンバッハはそれが、
真性コレラであることを知った。アシェンバッハは、それでも、ヴェニスを去ろうとはしなかった。
ただ、タジオの姿を追い求めて、さまよった。精神的な極度の疲労の中、肉体もコレラに冒されて、浜辺の
椅子にうずもれたアシェンバッハの目に、タジオのあの美しい肢体が映った。海のきらめきに溶け込んで
ゆくかの如き、タジオの姿にアシェンバッハの胸ははりさけんばかりとなり、最後の力をふり絞って差し
のべた手も、遂に力尽き、ガックリと息絶えた。(Movie Walker)

<IMDb=★7.5>
<Rotten Tomatoes=Tomatometr:76% Audience Score:82%>



# by jazzyoba0083 | 2017-08-21 23:20 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「日本のいちばん長い日」(1967年・岡本喜八版)
1967 日本 東宝映画 157分
監督:岡本喜八  脚本:橋本忍 音楽:佐藤勝
出演:笠智衆、三船敏郎、山村聡、志村喬、黒沢年男、中丸忠雄、高橋悦史、宮口精二、戸浦六宏、
   小杉義男、井上孝雄、田崎潤、天本英世、久保明、藤木悠、加東大介、伊藤雄之助、松本幸四郎他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
岡本版は複数回の鑑賞となる。毎度のことながらすごい迫力だ。一昨年、原田版を観てこれはこれで
いい出来だな、という感想を持ち、機会があればまた岡本版も観てみたいな、と思っていた。
WOWOWでは終戦記念日あたりにこの手の映画を毎年何本か放送するのだが、今年はこれが含まれて
いたので録画して鑑賞した。

原田版の人物に焦点を当てたものと違い、時系列的なイベントを丁寧に追い、長い映画にはなったが
主に軍部の馬鹿さ加減が良く出ていたと感じた。当時の政治家の無能ぶりや、軍部の狂気は、定説に
なっているが、引くべきタイミングを逸して、広島、長崎を許した当時の日本の主導者のどうしようも
なさが、事実の中から浮かび上がって来る。

岡本は、「独立愚連隊」などの戦争ものでも分かる通り、先の大戦の体験から独特の戦争感を持ち、
アイロニカルに斬ったものを作っていたが、本作では半藤一利の原作に橋本忍の脚本を得て、
狂気に正面から向き合った作品となった。特に黒沢年男を中心に描かれる「本土決戦組」の狂気を
時間を追って丹念に描き、またカットのスピードやアングル、ズームの工夫など作画にもアイデアを
注入し、二時間半の8月14日から15日にかけてを一気に見せる。現状に至るまでの戦局は冒頭から
20分間くらいかけてナレーションで説明される。そしてタイトルというアイデアである。
さらに岡本版の優れているのは、狂気を描きつつも、映画というエンターテインメントに仕上がっている、
という点。しかつめらしく見終わるのではなく、面白かった、という気分を持てる点である。
東宝映画のオールスターが次から次へとたくさん出てくるが、個人的には歴史の流れとして整理されて
いるのか、ごちゃごちゃ感と言うものは全くなかった。ただ横浜警備隊長天本英世の絶叫が何言って
いるのか聞き取り辛かったが。

半藤一利が描いた陸軍省の実戦を知らない若手参謀の、一体開戦からいままで何を見てきたのか、
と頭を抱えたくなるような馬鹿さ加減には本当に今更呆れる。挙げ句の果てが「運を天に任せるのだ」と
いう、国民に取っては絶望的な精神論。これは横浜警備隊長の天本英世、(鈴木貫太郎首相を襲う)
終戦を知りつつ、部下に出撃を命ずる厚木航空隊の田崎潤や、伊藤雄之助らにも一貫として描かれる
精神論である。阿南陸相の自害も、まさに武士道の精神論そのもの。青年たちの本土決戦論を
「純粋なる愛国精神」などと、この期に及んで口にする首脳部がいた不幸を思う。ここまで狂気が
進むと「冷静な現状分析」などは出来なくなるのだろうか。

戦争という狂気に国ごと引きずり込まれると、こういう風になるのだなあ、と改めて感じる。
最近の世界を見ていても、非寛容で嘘をつき、精神論をぶち上げるという、トランプにせよ、欧州の
右翼にせよ、日本の右派にせよ、70年経っても、いや70年たって忘れたのか、同じような気配を
感じるのだ。マスコミが黙るというのも同じような流れだ。

本作を見ながらWikipediaで「宮中事件」を読んでいると、ほぼ同じ流れが書かれている、というか
こっちが半藤一利の著作をフォローしたんじゃないか、と思うほどだ。敢えてモノクロにしたトーンが
ドキュメント性をクローズアップさせて迫力にさらにチカラを加えていた。

おそらくこの岡本版、何年後かにはまた観るのだと思う。終戦に向けた日本の動きのスタンダードと
なり得たのだろう。
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<ストーリー>
大宅壮一名義(実際の著者は当時編集者だった半藤一利)で当時の政治家宮内省関係、元軍人や
民間人から収録した実話を編集した同名原作(文芸春秋社刊)を、「上意討ち -拝領妻始末-」の
橋本忍が脚色し、「殺人狂時代」の岡本喜八が監督した終戦秘話。撮影は「喜劇 駅前競馬」の村井博。

戦局が次第に不利になってきた日本に無条件降伏を求める米、英、中のポツダム宣言が、海外放送で
傍受されたのは昭和二十年七月二十六日午前六時である。直ちに翌二十七日、鈴木総理大臣官邸で
緊急閣議が開かれた。
その後、八月六日広島に原爆が投下され、八日にはソ連が参戦、日本の敗北は決定的な様相を呈して
いたのであった。第一回御前会議において天皇陛下が戦争終結を望まれ八月十日、政府は天皇の大権に
変更がないことを条件にポツダム宣言を受諾する旨、中立国のスイス、スウェーデンの日本公使に
通知した。
十二日、連合国側からの回答があったが、天皇の地位に関しての条項にSubject toとあるのが
隷属か制限の意味かで、政府首脳の間に大論争が行なわれ、阿南陸相はこの文章ではポツダム宣言は
受諾出来ないと反対した。
しかし、八月十四日の特別御前会議で、天皇は終戦を決意され、ここに正式にポツダム宣言受諾が
決ったのであった。この間、終戦反対派の陸軍青年将校はクーデター計画を練っていたが、阿南陸相は
御聖断が下った上は、それに従うべきであると悟した。
一方、終戦処理のために十四日午後一時、閣議が開かれ、陛下の終戦詔書を宮内省で録音し八月十五日
正午、全国にラジオ放送することが決った。午後十一時五十分、天皇陛下の録音は宮内省二階の
御政務室で行われた。

同じ頃、クーデター計画を押し進めている畑中少佐は近衛師団長森中将を説得していた。一方厚木
三〇二航空隊の司令小薗海軍大佐は徹底抗戦を部下に命令し、また東京警備軍横浜警備隊長佐々木大尉も
一個大隊を動かして首相や重臣を襲って降伏を阻止しようと計画していた。
降伏に反対するグループは、バラバラに動いていた。そんな騒ぎの中で八月十五日午前零時、房総沖の
敵機動部隊に攻撃を加えた中野少将は、少しも終戦を知らなかった。

その頃、畑中少佐は蹶起に反対した森師団長を殺害、玉音放送を中止すべく、その録音盤を奪おうと
捜索を開始し、宮城の占領と東京放送の占拠を企てたのである。しかし東部軍司令官田中大将は、
このクーデターの鎮圧にあたり、畑中の意図を挫いたのであった。
玉音放送の録音盤は徳川侍従の手によって皇后官事務官の軽金庫に納められていた。午前四時半、
佐々木大尉の率いる一隊は首相官邸、平沼枢密院議長邸を襲って放火し、五時半には阿南陸相が遺書を
残して壮烈な自刃を遂げるなど、終戦を迎えた日本は、歴史の転換に伴う数々の出来事の渦中にあった
のである。
そして、日本の敗戦を告げる玉音放送の予告が電波に乗ったのは、八月十五日午前七時二十一分のこと
であった。(Movie Walker)




# by jazzyoba0083 | 2017-08-18 23:30 | 洋画=な行 | Trackback | Comments(0)

●「ヤング・アダルト・ニューヨーク While We're Young」
2014  アメリカ Scott Rudin Productions 95min.
監督・脚本・(共同)製作:ノア・バームバック
出演:ベン・スティラー、ナオミ・ワッツ、アダム・ドライバー、アマンダ・サイフリッド
   チャールズ・グローディン、アダム・ホロヴィッツ他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
自分の今、置かれている立場とか年齢によって、特に年齢によって見方というか感じ方が
変わる作品だと思う。私はちょうどこれからリタイア生活に入るところなので、いろいろと
考えさせられた。「若さ×老い」という縦軸と「ドキュメンタリー映画」という横軸を上手く
絡めて構成された脚本だが、いささかこねくり回し過ぎで、よくわからないところもあった。

ラストのナオミ・ワッツのセリフ「ついに悪魔が放たれたわね」、に対し、ベン・スティーラーの
「そうじゃないよ。彼が若いというだけのことさ」、と返す。そして目の間でスマホを自由自在に
操る1歳位の男の子に刮目する二人のアップ。ここに本作の主旨が現れていたのではないか。

高名なドキュメンタリー映画監督を父に持つコーネリア(ナオミ・ワッツ)、その夫ジョシュ
(スティラー)は、ドキュメンタリー映画監督・作家だが、もう長いこと自分の作品が出来ていない。
そんな折に、知り合ったジェイミー(アダム・ドライバー)とダービー(アマンダ・サイフリッド)の
カップル。ジョシュとコーネリアには子供がいない。2度の流産を経て子作りを諦めていた。
しかし、周囲の友人たちはみな子供をもち幸せそうだ。一方ジョシュは最近関節炎だの老眼だの、
体に老いも感じるようになってきた。44歳だ。

自由気ままに生きる若いジェイミーとダービーに、ジョシュは憧れや羨ましさを感じつつ、深く
付き合うようになる。同じドキュメンタリー映画監督を目指すジェイミーは、ジョシュ夫妻の
手助けもあり、なかなか良いドキュメンタリー映画を作れそうな気配だ。一方自分の作品は
編集しても6時間半もある。

しかし、若いジェイミーには成功野心が満々で、偶然出会った良いネタも実は仕組んでいたことが
明らかに。ジョシュは憤慨するが、妻も、妻の父である大監督も、そのことを大事なことと
捉えてくれない。立場がなくなるジョシュ。ヤラセをしたにもかかわらず、成功を収めていく
ジェイミー・・・・。

結局、ジョシュとコーネリアは何を求めていたのだろう。子供に幸せを感じることが出来ず、
若いカップルの自由な才能に憧れ、妻の父の大監督にコンプレックスを感じ、まったく自分自身を
見失っていたのだ。誰になりたい?自分自身にならなくてはならないだろう。人にはなれないし
なる必要もないのだ。さまざまなトラブルの中からやがてジョシュとコーネリアは答えを見つけて
いく。

1年後、二人は養子を迎えることにした。そして雑誌には成功したジェイミーのインタビューが掲載され
ていた。彼らは負けたのか?いやいや、「ジェイミーが若い」というだけのこと。ジョシュと
コーネリアには他人と比較できないオリジナルの幸せがあるのだ。それに気がつくまでに時間が
かかったけど。若いからずるいことが許される、というのではなく、若さの可能性に、年を取った
ものが真似しようとしても、ムリな点は有る、それより自分らが重ねて来た時間から得たもののほうを
大切にしたほうが幸せだよ、そんな感想を得た映画だった。スノッブな感じを受ける人は評価が低そう。

カイロ・レンのアダム・ドライバーが憎めない小狡い若手を上手く演じていた。総じてキャスティングは
成功していたと思う。アマンダ・サイフリッド、ひっぱりだこですね。
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<ストーリー>
ニューヨークのブルックリンに住む40代のドキュメンタリー映画監督ジョシュ(ベン・スティラー)と
映画プロデューサー、コーネリア(ナオミ・ワッツ)の夫婦は、子供は作らないと決めていた。
ジョシュは新作をなかなか完成させられずアートスクールで講師を務め、コーネリアは著名な監督である
父の作品ばかりを手がけており、行き詰まりを感じていた。

ある日、ジョシュはアートスクールの聴講生である監督志望のジェイミー(アダム・ドライバー)と
その妻ダービー(アマンダ・サイフリッド)に声をかけられる。ジェイミーの作品を見てほしいと
招待され彼らの家に赴くと、LPレコードやVHSテープ、レトロな雑貨、手作りの家具に囲まれており、
常識にとらわれずクリエイティブな生活をする二人に刺激を受ける。ユニークなセンスを持つ若いカップルと
交流していくうちに、ジョシュとコーネリアはエネルギーを取り戻していく。
しかし野心を秘めたジェイミーの映画作りに巻き込まれていき、思いがけない人生の選択を迫られる。
(Movie Walker)

<IMDb=★6.3>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:84% Audience Score:51%>



# by jazzyoba0083 | 2017-08-17 23:00 | 洋画=や行 | Trackback | Comments(0)

●「アバンダンド 太平洋ディザスター119日 Abandoned」
2015 ニュー・ジーランド Making Movies.86min.
監督:ジョン・レイング
出演:ドミニク・パーセル、ピーター・フィーニー、オーウェン・ブラック、シボーン・マーシャル他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
1989年にニュー・ジーランドで実際に起こった海難事件を映画化したもの。驚くのは
119日、ほぼ4ヶ月漂流を乗り切った4人の心の強さと、地図で見るとよく分かるのだが、
トンガに向かって出港したピクトンという南島の、一番北島に近い港と漂着したグレート・
バリア島の距離だ。ほんとに目と鼻の先。これでは「彼らは嘘をついている」と言われるのも
分かるなあ、と思う。

さて、おそらく個人的にニュー・ジーランド映画を観たのは初めてだと思う。日本では劇場
未公開で、WOWOWの「ジャパン・プレミア」で鑑賞。事実に基づいているので、物語は
誠に「事実は小説より奇なり」で、面白いが、こうした「下駄を履いた」面白さを上手く短い
映画に仕立てた。面白く観た。

それぞれに曰くのある4人を載せて多胴船(3つの胴がある大型ヨット)「ローズノエル」号は
トンガに向けて出港した。先を急ぎたい船長は、嵐を利用して船足を早めようとしたが、大波を
食らって転覆。この手の船は一度ひっくり返ると立て直せない、が沈みもしないという特徴がある。
まずこの「沈まない」、出向して間もなくの遭難であったため食料と水はふんだんにある、救難
信号を発信する機械を積んでいる、などの安心材料があったから、4人はパニックにならずに済んだ
のかもしれない。だが、無線は遠距離が利かない、地元に航海ルートを報告していないなど
杜撰な面もあり、救助が難航する。4人の中にはヨットの操船が未経験のものもいた。
ラッキーだったのは調理師がいた事だ。なかなか救助されない中、彼らは雨水を集める方法、
魚を捕まえる方法、ヨットの備品であったプロパンガスを調理に利用出来るようにしたこと、など
困難な中にも工夫を加え、危機を乗り越えていく。

神を信じる船長と、病気を抱え気が荒く、すぐに喧嘩になるリックという男。4人の心は最初から
団結ていたわけではなく、喧嘩も絶えなかった。ただ、諦めなかった。空軍も出ての捜索も
上手く行かず、家族たちはほとんど諦めていた。

ところが119日目、海流の加減で、彼らは島を発見。そのまま潮流に乗り、上陸できたのだった。
彼らの生活を綴ったカメラも入れて上陸したが、体一つで上陸し船は置いてきたため、その後
船は波で大破、彼らが生活していた痕跡は失われてしまった。

上陸した4人は崖からすぐのところにある大きな無人の家に入り、さっそく冷蔵庫を漁り
調理師がディナーを作り、風呂に入ってワインを飲んだ。一晩寝たところに地元警察が
やってきて、4人は保護される。家族への電話。狂喜する家族・・・。

ハッピーエンドか、と思っていたらさにあらず。家族の元に帰って来た一行を待っていたのは
当局の捜査と、虚偽ではないか、という世間の厳しい目であった。119日間も、海の上で生活
出来るわけがない、というのだ。悲しいかな、証拠はすべて失っている。しかし、当局は大破し
沈没しているヨットを捜索し、点検した。すると4人の言っていることはどうやら間違いはなさそうだ、
ということになり、公式に運輸大臣が119日間の漂流を認めたのだった。
しかし、世間の目はあくまで冷たかった。喧嘩もし、いがみ合った4人だが、4人いたから危機を
乗り越えられた、というのは本心であった。脳腫瘍を患っていたリックは数ヶ月後死亡。あとの
3人もそれぞれの道を歩くことになるのだが、事件後別れてから二度と会うことはなかったという。
まあそんなもんかもしれない。

119日間の漂流という事実はどんな脚本よりも強いストーリーを持つ。故に事実を丁寧に描いて
いけば面白いものになるのはわかっているのだが、その点本作においては、4人のキャラクターや
漂流中の出来事、そして上陸後のこと、家族の様子などが90分未満の長さの中に的確に
配分されていて、良かったと思う。船長はその後も世界を航海し続けたようだが、この事故は
誠に「事実は小説より奇なり」であった。

邦題は、なんか投げやりのような付け方で、もう少し知恵がなかったか、という感じだ。
アバンダンとは英語の単語を勉強すると最初に出てくる単語で、「捨て去る」「遺棄する」とか
いう意味ですね。
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<ストーリー>
1989年に実際に起きた海難事故に着想を得たパニックドラマ。ニュージーランド
からトンガへ向けてヨットで航海に出た4人の男性が、大嵐に遭遇して4カ月近く
にもおよぶ漂流生活を続けるはめに陥った顛末を綴る。
当初は水も食料も十分にあり、心配した家族たちが捜索願いを出して遅かれ早かれ
救助が来るはず、と状況を楽観視していた彼らが、いつしか何もない大海原の中で
不安を募らせていく姿がスリリング。極限状態での人間ドラマが見どころだ。
主演はTVドラマ「プリズン・ブレイク」のD・パーセル。

たまには家族を忘れ、男だけの冒険旅行を楽しもうと、ニュージーランドから
トンガまでのヨット航海に出発したジムたち4人。
だが、大海原で嵐に巻き込まれ、ヨットが転覆してしまう。そのうち救助が
来るだろうと楽観視する4人だったが、船底を上にしたまま漂流を続ける彼らの
船は発見されず、やがて捜索が打ち切られてしまう。
いつまでも来ない救助に待ちくたびれ、
物資も乏しくなる中、4人は精神的に追い詰められて……。(WOWOW)

<IMDb=★6.2>


# by jazzyoba0083 | 2017-08-16 22:45 | 洋画=あ行 | Trackback | Comments(0)

●「スパイダーマン:ホームカミング Spider-Man:Homecoming」
2017 アメリカ Columbia Pictures,Marvel Studios,Pascal Pictures. 133min.
監督・(共同)脚本:ジョン・ワッツ
出演:トム・ホランド、マイケル・キートン、ジョン・ファブロー、ゼンデイヤ、ドナルド・グローヴァー
   マリサ・トメイ、ロバート・ダウニーJr、グィネス・パルトロウ、クリス・エヴァンス他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
「スパイダーマン」が、マーヴェルのヒーローたちが同一世界観の中で活躍するシリーズ
”マーヴェル・シネマティック・ユニバース”作品群の一つとして描かれる第一弾。
アヴェンジャーズをからめるあたり、マーヴェルのあざとさは感じるが、本作に限って言えば
アメコミヒーローものの原点に戻った感じがとても清々しかった。サブタイトルのホーム
カミングという言葉も、本作のストーリー上のことだけではなく、私が感じた原点回帰、と
いう意味合いもあるのではないか、と思うのだ。

マーヴェルにせよDCにせよ、アメコミのヒーローは、勧善懲悪の痛快アクションとして始まる
のだが、続編を重ねるに従い、内省的になり、やたら人間臭くなったり、また単独では客が
呼べないとなると、ヒーローを複数重ねてみたりで、何だかアメコミの本来持っているカタルシスとは
離れてしまい、それはそれなりに面白かったりもするのだが、私としては「アメコミ・ヒーロー」は
こうでなくっちゃ!という楽しみが、本作では戻っていたのだ。

つまりボーイミーツガールだったり、やたらメカやITに詳しい親友がいたり、カッコいいメカや
痛快なアクション(多くはカーチェイスだったり空中戦だったりするのだが)により、苦難を
乗り越えて悪に勝つ、という単純明快なものがいいのだ。

その点、本作は、これまでの「スパイダーマン」はご破算にして、おばさんちに世話になって
いるくらいで、あとはまったく新作として観られる。まあ、主人公ピーター・パーカーが
蜘蛛に噛まれて体に変化が起きた、とかは不変であるのだが。そのピーターは、アヴェンジャーズ
の前作「シビルウォー」にちょっと出てきていて、これはその続きということもいえる。

純粋なスパイダーマンファンとしてみれば、アヴェンジャーズ文脈で語られる彼の活躍は面白さ
半分になっちゃうと感じる方もおられるかも知れない。でも、アイアンマン=トニー・スタークら
の登場は必要最低限に抑えられていて、主人公はピーター・パーカー=スパイダーマンであることは
間違いない。前作でスタークに認められたピーターは、スタークの会社でインターンシップとして
勤めつつ(高校生ではあるのだが)何とかアヴェンジャーズの一員として認めてもらいたく、高校生
らしい活躍で頑張る。一方で高校では一目惚れしたミシェル(ゼンデイヤ)も何とかしたい。
そして彼の正体を知るただ一人の親友ネッドとの友情、など青春モノアメコミに必要不可欠なものは
全部揃っている。それがいろいろと入り組んで、(お約束だけど)ミシェルの父親のことなど
「分かり易く」綴られていくわけだ。

その「わかりやすさ」も、アメコミ・ヒーローものでは大切な要素であって、分かりやすくなければ
痛快さが痛快と感じなくなってしまう。人間関係がやたらに複雑であったり、敵味方の構図がややこ
しかったりすれば、字幕を追うものとしては余計にストレスが募るというものだ。

本作では以上のような理由とマイケル・キートン、マリサ・トメイ、ジョン・ファブローらの渋い名優を
配して、演技を固め、お約束のストーリーの並びとなってしまう構成に締まりを与えていた。
特に、マイケル・キートンの悪役は今後も出てきそうで、(「バードマン」をおちょくったような
メカニズムだったですねえ)良かった。でも、冒頭の廃品回収業者風が実はめちゃくちゃなテクノロジーの
使い手だったとはビックリ。(コミックらしくてよかったけど)まあ、アイアンマンがぶっこわしたものを
スタークが回収して儲ける、という構図は納得行かないのはよく分かる。マッチポンプだものね。

今回IMAX 3Dで鑑賞したのだが、始まった瞬間、「お??」という感じ。これまでのIMAX 3Dとは違う
感じを受けた。まるでゴーグルをはめて、VRを観ているような。だから画面のデカさとかは感じない。
そのかわり奥行き感は自然で豪華。スパイダーマンの空中遊泳や、アヴェンジャーズの空中戦には
迫力満点だろう。今回もこの映像効果がすごく作品にいい影響を与えていた。ただ、字幕は真正面から
観ないと、ちょっと首をかしげると字がダブって見えてしまう。

さて、毎度おなじみのラスト。次作の約束をして終わるのだが、次作もこんな感じの分かりやすさと、清々しい
カタルシスを感じさせて貰いたいものだ。ところで間もなく封切られる「ワンダーウーマン」は、どういう
出来だろう。
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<ストーリー>
アイアンマンやキャプテン・アメリカなど“アベンジャーズ”を中心にマーベル・ヒーローが同一世界観の
中で活躍する“マーベル・シネマティック・ユニバース”作品群の一つとして描かれる新シリーズの第1弾と
なる痛快エンタテインメント青春アクション大作。
アイアンマンに憧れ、アベンジャーズ入りを夢見る15歳の青年の葛藤と成長を、ヒーローとしての
華々しい活躍に普通の高校生の瑞々しい青春模様を織り交ぜ描き出す。
主演は「インポッシブル」「白鯨との闘い」のトム・ホランド。共演はアイアンマン役のロバート・
ダウニー・Jrのほか、マイケル・キートン、ジョン・ファヴロー、ゼンデイヤ、マリサ・トメイ。
監督は「クラウン」「COP CAR/コップ・カー」で注目され、長編3作目の本作でいきなり
ブロックバスター作品に大抜擢となった新鋭ジョン・ワッツ。

 ニューヨークに暮らす15歳の高校生、ピーター・パーカー。憧れのトニー・スターク=アイアンマンに
見込まれ、彼が開発した特製スーツに身を包み、スパイダーマンとして街のパトロールに精を出しながら、
早くアベンジャーズの一員になりたいと夢見ていた。そんな中、スタークに仕事を奪われ復讐に燃える
男エイドリアン・トゥームス=バルチャーが、地球外の物質から強力な武器を作り出し、ニューヨークを
危機に陥れようとしていた。アベンジャーズに任せろとのスタークの忠告にもかかわらず、一人前の
ヒーローとして認められたいと焦るピーターは、たった一人で敵に立ち向かおうとするのだったが…。
(allcinema)

<IMDb=★7.9>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:92% Audience Score:90%>



# by jazzyoba0083 | 2017-08-12 11:50 | 洋画=さ行 | Trackback | Comments(0)