●「13時間 ベンガジの秘密の兵士 13 Hours」
2016 アメリカ Paramount Pictures and more.144min.
監督・(共同)製作:マイケル・ベイ
出演:ジョン・クラシンスキー、ジェームズ・バッジ・デール、パブロ・シュレイバー、デヴィッド・デンマン他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>

あのマイケル・ベイの作品が劇場で公開されなかったのだな。迫力あるドンパチだったけど、事件が
起きた当時のリビア、ベンガジの構造がよく分からず(冒頭に字幕で解説は多少あるが)、領事館が
攻められてくるまでは誰が何をどうしようとしているのか、とっても分かりづらかった。事態が動き
出すのは先述のように領事館襲撃、そして続くCIAなどが入る情報部隊への襲撃が始まってからだ。

現地で起きている事をペンタゴンやワシントンは見て見ぬふりをする、他のアフリカや欧州にいる
アメリカ軍は建前を突き崩せず、動けない、現地の指揮官はどうも保身に走っているようだし。
しかも、リビアでアメリカに味方している現地勢力、だれが味方で誰が敵か分からない!

こうした状況では、頼りになるのは自分とその仲間たちだけじゃないか!なんとかやりぬくしかないぜ!
しかも本土には帰国を待つ家族がいるというのに・・。という、そこはありがちで分かり易いが。
イーストウッドの「アメリカンスナイパー」、ビグローの「ハートロッカー」、「ゼロ・ダーク・サーティ」
など同様に実際に起きた事件を元に描かれた作品は、主人公を絞り安いのだが、本作の場合は
事件そのものが主人公のような体裁。かといってベン・アフレックの「アルゴ」ほど事件を上手くまとめ
切れているか、というとそうでもない、というこのあたりのどっち付かずが、一般受けしないと判断され
映画館での上映を見送られたのかもしれない。映像は成功していても作劇は失敗しているという・・・。

私としてはこの映画を見ていて唯一頭に浮かんだのは「みんな自分の事ばっかり考えて・・・。」と
いうこと。まあ、総じて戦争というのはそういうものなのだけれど。マイケル・ベイがこの映画を通して
言いたかったのはそればかりではなく、アメリカのために果敢に戦った少数の勇気ある男たちの話、だった
のじゃないか。もちろんその背後に言いたいことは山ほどあろうかと思うけど。それが描き切れていない
ところに本作の蹉跌があるといえよう。玄人受けはしないけど、素人さんには受ける、というRotten
Tomatoesの評価が、的を得ているようだ。
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<ストーリー>
「トランスフォーマー」シリーズなどのヒットメーカー、マイケル・ベイ監督が、2012年にリビアで
発生したイスラム過激派によるアメリカ領事館襲撃事件を映画化したアクションドラマ。
事件を取材したジャーナリストのミッチェル・ザッコフによるノンフィクションをもとに、支援を
絶たれた6人のCIA警備兵が繰り広げる13時間の激闘を臨場感たっぷりに描き出す。

12年9月11日、リビアの港湾都市ベンガジにあるアメリカ領事館が、イスラム過激派の武装集団に
占拠された。領事館のほど近くにあるCIAの拠点アネックスは救援要請を傍受するが、アネックスの
存在自体が極秘であるため手を出すことができない。アネックスに派遣されていた軍事組織GRSの6人の
警備兵たちも待機命令を受けるが、領事館を取り巻く状況が緊迫していくのを見過ごすことができず、
任意で救援活動に乗り出す。
出演は「プロミスト・ランド」のジョン・クラシンスキー、「ザ・ウォーク」のジェームズ・バッジ・デール
(映画.com)

<IMDb=★7.3>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:50% Audience Score:83%>


この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=357056#1こちらまで。


# by jazzyoba0083 | 2017-03-18 23:20 | 洋画=さ行 | Trackback | Comments(0)

ズートピア Zootopia

●「ズートピア Zootopia」
2016 アメリカ Walt Disney Pictures.108min.
監督:バイロン・ハワード 共同監督:ジャレド・ブッシュ
声の出演:ジニファー・グッドウィン、ジェイソン・ベイトマン、イドリス・エルバ、J・K ・シモンズ他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>

今年(2016年度)のアカデミー賞長編アニメ賞を獲得した作品。トランプ大統領登場を予見したかのような
内容なのだが、テーマとしてはアメリカに普遍的に横たわる根の深い問題なのだろうな、ということは良く
判った。お子様が見ても勿論面白いが、これは基本的には大人のアニメだ。思わず、あれが誰で、と実在の
人物に当てはめたくなってしまう。日本語吹き替えで観れば、画の楽しさをたくさん味わえるのだろうが、口の
動きを確認したくて、またオリジナル版の声も確認したくて、日本語字幕で鑑賞した。

田舎の正義感溢れるウサギが警官試験に合格し、「誰でも何にでもなれる」という夢見る街、ズートピア警察に
着任する。しかし、実際の街は、差別や偏見にあふれているわけで・・・。ウサギの苦労が始まる、という出だし。
良さそうな人がそうでなかったり、怖そうな人が優しかったり。草食動物と肉食動物の確執があったり・・。

たくさんの魅力的な動物が、その動物が持つわかりやすいキャラクターを持って登場するが、私の一番の
お気に入りは狐のニック。小さい頃から「ずる賢い」という烙印を押され、ひねくれて生きてきたし、実際
ずるい商売をしていたりする。しかし、このニックが本作の重要な(ワタシ的には主人公といってもいいと
さえ思う)役割を演じ、映画の主題を体現もしている。アニメ化された表情がまた実にキュートでいい。
警官のボス、水牛のボゴもなかなか味のあるキャラクターで好きだ。

ウサギ警官との間の信頼するのしないのという関係から、ある捜査を二人で暴き、真の黒幕を暴き出すのだった。
狐のニックも警官となり、ウサギ警官とコンビを組むことになったのだ。

動物間の偏見はつまり人間社会のそれであり、多様性を認めあってこそ、というのは人間界以上に動物界では
重要なテーマ性を帯びてくるわで、アニメではあるが、動物たちがこうやってやって行けているんだから
人間が出来て当たり前じゃないか?と問われている気分になるのだ。
ズートピアとはアメリカそのものに他ならない。あるいは地球全体と見ても良いかもしれない。

しかし、今のアニメ技術は凄い。質感といい動きといい、アニメのほうが表現手段は豊富なんじゃないか。
今回感心したのは、背景に描かれる街並や大道具小道具、そして車などの質感が、リアルであって、
あんまりアニメを観ている、という気がしてこなかったのだった。
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<ストーリー>
高度な文明が発達した動物たちの楽園ズートピア。そこは、誰もが夢を叶えられるところだった。
田舎町バニーバロウで育ったウサギのジュディは、幼い頃から、世界をより良くするために警察官に
なりたいと思い描いていた。サイやカバといった大型動物だけが警察官になっているものの、ジュディは
警察学校を首席で卒業。ウサギとして初めて警察官になり、ズートピアに赴任する。

しかし、動物たちの連続行方不明事件が発生し、捜査に向かうのはサイやゾウといった大型の同僚たちばかり。
スイギュウの署長ボゴはジュディの能力を認めようとせず、駐車違反の取締りを命じる。そんな中、
街で困った様子のキツネの親子を助けたところ、彼らは詐欺師だった。だまされショックを受けるジュディに、
詐欺師のニックは、何にでもなれると思っていても無理だと言い放つ。
落ち込むジュディだったが、諦めずに、未捜査のままになっているカワウソのオッタートンが行方不明に
なっている事件の捜査に名乗り出る。ジュディを応援するヒツジのベルウェザー副市長の後押しもあり、
ボゴは期間は2日間のみであること、失敗したらクビにすることをを条件に、やむなく捜査を任せる。

チャンスを掴んだものの、手がかりは皆無だった。そこでジュディは、街に精通しているニックに協力を
依頼。秘密を握られているニックは、渋々彼女の捜査に付き合うことにする。ニックの情報網を駆使し
聞き込みを続けるうちに、ついにツンドラ・ラウンでオッタートンの痕跡が残る車を見つける。
しかしその車はツンドラ・タウンの闇のボス、ミスター・ビッグのものであり、ジュディとニックは
捕まってしまう。何とかこの危機を切り抜けたジュディとニックは、新たな手がかりを掴むとともに、
ズートピアに何かが起ころうとしていることに気付く……。(Movie Walker)

<IMDb=★8.1>
<RottenTomatoes=Tomatometer:98% Audience Score:92%>


この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=354239#1こちらまで。


# by jazzyoba0083 | 2017-03-16 22:40 | 洋画=さ行 | Trackback | Comments(0)

●「ブラックボード 戦火を生きて En mai, fais ce qu'il te plaît」
2015 フランス・ベルギー Nord- Ouest Porductions.114min.
監督・(共同)脚本:クリスチャン・カリオン  音楽:エンリオ・モリコーネ
出演:アウグスト・ディール。オリヴィエ・グルメ、マルディド・セリエ、アリス・イザーズ他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
第二次世界大戦の欧州戦線において、ドイツ軍のフランス侵攻により、「20世紀最大の民族移動」と
言われた、フランス国内難民が発生した。本作ではそれを舞台に、ベルギーの親子がフランスに逃げ込む
のだが父は逮捕され、男の子と別れ別れとなる。男の子はある村の村民たちと一大移動をする中に入り、
若い女の先生に面倒を見てもらいながら、父親との再会を目指す。フランスで別れた場所にまた必ず
帰るという約束を信じて・・・というお話だ。日本未公開。WOWOWでの鑑賞。

パリ周辺の市民(農民)が南部へと、いわば疎開したという事実は冒頭でもエンディングでも実写の
写真を使って示しているが、浅学ながらこうした事実を知らなかったので、その点は面白く見た。
またベルギーのドイツ語圏に反ナチスの組織があったというのも新しいことだった。

ただ、丁寧に描いているようで、結構粗っぽい作りもあり、そのあたりが残念だった。タイトルの
ブラックボードとは黒板の事で、息子が行く先々で自分の行く場所を学校の黒板に書いていき、
それを父が見つけて再会、という仕組みなのだが、2回しかそのシーンはないし、とか。

ハイライトたる再会も割りと淡々と描かれる。途中でのイギリス兵の登場、撮影隊を抱えたドイツ軍との
やりとり、息子が直面する瀕死のドイツ兵とのやりとり、先に逃げた村民が惨殺されている光景を
見せたくなくて、子どもたちを集めて詩を朗読させながら移動するシーン、などなど各シークエンスの
描写も悪くないのだが、なにせ父子の再会という大テーマの周りにいろんな事を並べすぎたウラミが
残った。エンリオ・モリコーネの情感たっぷりの音楽もいいのに、物語を移動の苦労とするのか父子の
再会にするのかどちらかに重心をおいたほうが締まったのではないか。

父子役も少し単調であったと感じた。ドイツ軍があまり悪く書かれていないのもなんだかな。
ただ、ドイツ軍、フランス軍(人)、イギリス軍はそれぞれちゃんと母国語を喋っていたのは
流石に欧州の映画であるな、と感心(あたりまえか)した。

<ストーリー>
1939年、ドイツ。ベルギー人である父子、ハンスとマックスはナチスドイツから逃れようとフランスに
引っ越すが、ハンスは不法滞在とされて地元警察に逮捕され、マックスはフランスのパ=ド=カレー県の農村に
住む女性教師スザンヌに引き取られる。翌年、ナチスドイツの侵攻開始を受け、パ=ド=カレー県の住民たちは
疎開を開始。偶然から脱獄に成功したハンスは疎開した人々を追って、息子マックスとの再会を目指すが……。
(WOWOW)

この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=359511こちらまで。

# by jazzyoba0083 | 2017-03-13 22:40 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

この世界の片隅に

●「この世界の片隅に」
2016 日本 Mappa,Genco.126min.
監督・脚本:片渕須直  原作:こうの史代
声の出演:のん(能年玲奈)、細谷佳正、稲葉菜月、尾身美詞、小野大輔、潘めぐみ、岩井七世他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
良かったのだが、何が良かったのか自分として今ひとつ腹に落ちていないので、下記のように
とりとめのない感想になってしまった。恐らく私にとってこの映画は一度観たくらいじゃ
その良さが真に分からないのでしょう。また観ることにする。

「クラウドファンディング」「数少ない上映館」「口コミ」➤大ヒット!というこアニメ映画。
「君の名は。」との相乗効果もあったと思うのだけれど、あちらの超大ヒット、一大ブームに
比べれば地味な内容だったが、特に玄人筋に評判がよく、主要な賞は本作が獲得した。
映画館で観ようか、DVDが出るまでまてばいいか、迷っていたのだが、昨日時間が出来たので
まだ午前中に上映してくれているシネコンに出かけた。

本作は広島市と隣の軍港呉市を舞台にした、北條すず、という一人の女性を通じで、昭和10年代前半から
終戦、そして終戦直後までの時代の空気といったものを描いている。もっと「原爆」がフィーチャーされ、
悲惨な涙流れる映画か、と思ったのだが、さにあらず。原爆については、すずさんの実家がやられるのだが、
本人は呉市にいて、「あ、今なんか光った?」「うん、光ったね、なんだろう」くらいで、やがて大きく
なるきのこ雲が現れるくらいで、イメージとしての悲惨なカットはあるけど、それがメインではない。

「その時代の「ごく普通の庶民の生活」を「普通に」切り取ることによって、逆に「普通でいられることの
ありがたさ」「普通が一変してしまう恐ろしさ」が、映画を観終わってからじわじわと胸に迫る。」
(上記の感想が一回観た段階での私が総括出来る感想だ。まだ足りてないような気がする)
「戦争をしているのはいつも政治や軍人たちであり、庶民はそれに振り回されつつもなんとか暮らしを
楽しもうと工夫している」という見方も出来るかもしれない。

本作を観た多くの人が、いい映画だった、と声を高らかに言っているわけだが、(評論家も素人も)
何がそんなに良いんだろう、という気分もあった。エンディングあたりで鼻をすする音も聞こえたが、
私は胸が一杯になることはあっても涙が流れる、というところまではなかった。
感動が無かった、ということでは全然ない。個人的な受け止め方の問題であろう。

北條すず、は、のほほんとしていておっちょこちょいで慌て者、天然。でも気がよく周囲からは嫌われる
ことのないタイプ。彼女を取り囲む広島の家族。そして嫁ぎ先の呉市の北条家の人々。特に北条家の兄嫁
径子とのやりとりなどを、その時代を覗いているかのようなリアルな庶民の生活を活写することにより
生き生きとした暮らしが目の前に広がる。食事はどんどん粗末になり配給は途絶え勝ち。そんななかでも
庶民は力強く「普通の生活」をしようと工夫し頑張る。
すずの兄が石ころ一つになって帰ってきたり、径子の娘とすずが散歩中、アメリカ軍の落とした時限爆弾で
娘が爆死し、自分も右腕の肘から先が吹き飛ばされるのだが、すずは泣きわめいたり誰かを恨んだりは
はしない。戦争だから、というどこか諦観のようなものは感じる。だが義姉の娘を殺してしまったことに
ついては自分を責めるのだった。それが時代のリアリティなのだろう。

原作を含めた主なスタッフに当時を知る人はいないから、そうとう時代考証し、現地を調査したのだろう。
まるで当時のその世界に自分が立っているような気にさえなる。軍事に関することも詳しい点まで調べてある。
家の中にある小物、衣服、などもキチンと嘘の無いように描かれている。それがないと物語全体が生み出す
リアリティは出ないのだ。片淵監督は、「最近の戦争映画は記号的になってしまい、当時のありのままの
世界を見せてくれる作品が少なくなっている」とし、さらに

「(『この世界の片隅に』の舞台となる)戦時中から終戦直後の混乱期にかけての世界が、あまりにも
自分たちの接している日常的な空間とは異質だからです。異質だからこそ、そこに説得力を持たせる必要が
あって、その日常的な空間を想像力で埋めてはいけないだろうな、と思った
。「私たちはこの時代のことを
こんなふうに想像しました。だから、この異質なものを受け止めてください」というのは、途中で理屈が
ねじ曲がっている。

だとしたら、すずさんを通じて、ここで描かれている世界も自分たちが今いる世界の一部なんだと認識し
直してほしい。71年前の世界を、自分たちのいる世界の一部として描かなければいけないと思ったわけです。
それはもう想像力を廃したところで成立しなければいけなかった。」(以上、引用「KAI-YOU」

まさに「想像力を廃したところ」での力強さがこの映画の身上だといえるだろう。それによって、観た人の
多くの心に「そのひとのすずさん」が生まれたのではないか。
原作のマンガが有ったとは言え、このような力強い作品を創り出した片淵監督の今後にも期待したい。
最後になったが声優、のん の存在はこの映画にとってとても大きなものであった。すずをすずたらしめた
功績の大きな部分は彼女の声にある。家族で観に行って鑑賞後語り合っていただきたい映画である。
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<ストーリー>
 戦時下の広島の軍港都市・呉を舞台に、この街に嫁いできたのんびり屋のヒロインが、物がなく苦労が
絶えない日々の中でも持ち前の明るさとしなやかさで、つましくも心豊かな生活を送っていくさまと、
そんなささやかな幸せが徐々に戦火に呑み込まれていく残酷な現実を、丁寧な日常描写の積み重ねで
描ききった、こうの史代の傑作漫画を「マイマイ新子と千年の魔法」の片渕須直監督が長編アニメ映画化
した珠玉の感動作。TV「あまちゃん」で一躍国民的人気女優となった能年玲奈が“のん”名義でアニメ
映画に初挑戦し、ヒロインの声を好演。

 1944年(昭和19年)2月。絵を描くことが好きな18歳のすずは、急に縁談話が持ち上がり、あれよあれよ
という間に広島市から海軍の街・呉に嫁にやってくる。彼女を待っていた夫・北條周作は海軍で働く文官で、
幼い頃に出会ったすずのことが忘れられずにいたという一途で優しい人だった。
こうして北條家に温かく迎えられたすずは、見知らぬ土地での生活に戸惑いつつも、健気に嫁としての仕事を
こなしていく。戦況が悪化し、配給物資が次第に減っていく中でも、すずは様々な工夫を凝らして北條家の
暮らしを懸命に守っていく。
そんなある日、道に迷っていたところを助けられたのがきっかけで、遊女のリンと仲良くなっていく
すずだったが…。(allcinema)

<IMDb=★8.3>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:---- Audience Score:94%>

この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=348641#1こちらまで。



# by jazzyoba0083 | 2017-03-12 13:20 | 邦画・新作 | Trackback | Comments(0)

●「ピュア・純潔 Till det som är vackert (Pure)」
2009 スウェーデン The Vanner Productions AB 96min
監督・脚本:リサ・ラングセット
出演:アリシア・ヴィカンダー、サムエル・フルーレル、 ジョセフィーヌ・バウワー、マルティン・ヴァルストロム他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>

日本未公開の映画を放送する、WOWOWの「ジャパン・プレミア」にて鑑賞。「アリスのままで」で
オスカー助演女優賞を射止めた、現在ハリウッドでも勢いのある女優さんの一人であるヴィカンダー。
そのヴィカンダーが21歳の時に撮影された初主演作である。これがいい作品なんだな。

新人にしてこの演技!終始手持ちのカメラのなかで、揺れていく主人公カタリナの心をその豊かな表情で
描いていくのだが、その社会の底辺で育った20歳(劇中の設定)の女性の「闇」「悩み」「歓び」「希望」
「絶望」そして「愛情」「再生」という表情(特に顔)を実に上手く演技する。。もちろん顔の表情だけ
ではないが、しぐさの自然な感じとか、これがほんとに一本目か?と思うくらいの「老練」さすら感じる。

主人公カタリナは、母は薬中、高校卒業後、定職にもつかず自堕落な生活をし、売春みたいたものにすら
手を出していた。そういうスウェーデンの底辺で育ち、生きている女性だった。彼女、音楽は好きで、
ある日ネットでモーツアルトに出会う。そこでコンサートホールに出かけ、リハーサルを覗き見していると、
面接を受けに来た女性と間違えられ、嘘八百を並び立てて、(母が天才ピアニストだったけどガンで死んだとか)
インタビューを受け、仮採用として、受付業務にありつけた。

そこで出会ったのが、指揮者のアダム。アダムとの会話は、音楽や美術や詩にしても、自分の知らない知的な
世界を見せてくれてとても魅力的だった。彼の仲間のセレブたちと一緒にいる時間も、自分のステイタスにも
束の間の満足を与えていてくれたのかもしれない。アダムの奥さんがイタリアに行って留守の間だけの不倫関係となる。

故にこの一気の恋愛芝居はあっという間に終わるのだ。所詮、アダムにとってカタリナは遊び相手、妻がいない間の
性のはけ口、くらいにしか見ていなかったのだ。あっさり振られるカタリナ。しかし、カタリナの心の占める
アダムお存在は大きくなりすぎてしまっていた。知的レベルの違いすぎるボーイフレンドとは喧嘩別れし、
アダムに逢いたくてストーカーまがいのことをする。すると、アダムの圧力で、劇場の受付係を解雇されて
しまう。
やさぐれていたカタリナが、この劇場で職を得たことで、人が変わってきた、人生に目的が出来たのだ。仕事も愛も。
それはとてもカタリナの新しい希望を刺激するもであった。アダムに勧められキルケゴールを読んだりするように
もなったりしていたのだった。

カタリナにとって、アダムと劇場との出会いは、底辺の荒んだ生活からの大転換として希望に繋がっていたのに
違いない。受付業務は評判も良く、本採用も近いという噂も聞いた。そんな折の、アダムからの決別宣言だった。

再び底辺の荒んだ生活に戻るのか、と思ったらさにあらず。彼女は演奏会を終わったアダムの部屋で待ち構え、
付きまとわないから職に戻して、と哀願するが、アダムは「君の髪の毛がソファにあったといって妻と激論に
なり、遂に離婚することになったよ」と語る。そしていつものように大きな開き窓を開け、タバコを吸い始めた。
この窓はカタリナが彼のクセを知っていて開けておいたものだ。案の定、窓辺に腰掛けてタバコを吸う。
カタリナはアダムを突き落とす。

アダムが死んだかどうかは明らかにされないが、ほとぼりが冷めた頃、劇場にカタリナの仕事をしている姿があった。
しかも、受付じゃなくて、イベントディレクターのような仕事をしている。その表情は豊かで明るく自信に満ちて
いた・・・・。

ラスト、アダムの最後の捜査はカタリナにも当然向いただろう。タダの転落死とは見えないんじゃないか。とか
アダムの圧力で、受付をクビになった時、それを「上からの指示」と言っていた女マネージャー、彼はアダムの死に
カタリナが関わる可能性あるのじゃないか、と思うはずだし警察らも訊かれたろう。別れたボーイフレンドだって
カタリナが指揮者と付き合っていることは知っていた訳だから事情を訊かれている筈だ。スウェーデンの警察、詰めが
甘いんじゃないか。ラストのカタリナの独白で「アダムとの関係は誰も知らない」というには無理があるんなないかな。

斯様に、ツッコミどころもあるのだが、なにせ若いまだどこか少女を思わせるヴィカンダーの、まさに「女の魔性」
の素晴らしい顔芸七変化、とでもいうべきものの凄さに圧倒されるのだった。
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<ストーリー>
スウェーデンのヨーテボリ。20歳のカタリナは母親ブリジッタが飲んだくれであるなど家庭環境に問題が多く、
けんかっ早かったり売春をしたりと、恵まれない少女時代を過ごした。現在はマチアスという恋人がいてやや落
着いたが、モーツァルトの音楽を好きになったカタリナはコンサートホールで受付係として働きだし、人生を
再出発させようと目指す。
そこで出会った知的な指揮者アダムに魅了されたカタリナは彼と肉体関係を結ぶ。
(wowow)

<IMDB=★7.0>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:---- Audience Score:72%>

この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=359210こちらまで。


# by jazzyoba0083 | 2017-03-09 23:15 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「ピアノ・レッスン The Piano」
1993 オーストラリア CiBy 2000,Jan Chapman Productions.121min.
監督・脚本:ジェーン・カンピオン  音楽:マイケル・ナイマン
出演:ホリー・ハンター、ハーヴェイ・カイテル、サム・ニール、アンナ・パキン、ケリー・ウォーカー他

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             <1993年アカデミー賞主演女優賞、助演女優賞、脚本賞 受賞作>
<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>

悪く言う人の少ない映画だが、う~ん、評価が難しい作品だなあ、私には。だってまともな人が一人も出て
こないんだもの。そりゃ、ピアノ曲は確かに美しいし、このニュージーランドの女流監督の描く世界って、
表現する愛情の形態ってこのようなものであろうか、とは思うのだけれどね。
例えば、allcimemaの批評には「激しい心情を内に秘めたエイダ役を演じるH・ハンターと、そんな彼女の
心の垣根を一枚一枚剥がしてゆくH・カイテルとの“純愛”には、観るものの胸を打つものがある」とあるが、
主人公が口を利かない女性とはいえ、そんな大層な事だったのかなあ、そこまで「胸を打」たなかった。
だって全員変なんだもの。

1800年代半ばの事であります。娘が言うには前の夫はスコットランドで雷に打たれ死亡、それを見ていた母は
驚愕の余り話せなくなってしまったらしい。(子供らしいウソ)主人公エイダは耳はちゃんと聞こえている。が
何らかの心的外傷を受けて、口を利かない、利けなくなった。娘フローラの父である前の夫との間にトラウマが
あるのかもしれない。本作の主人公の女性が「口を利かない」事にこの映画の大きなポイントが有る。

彼女と一人娘フローラは写真見合いで当時イギリスの植民地であったニュージーランドの新しい夫スチュワート
(ニール)の元にやってきた。グランドピアノを船便で持ってくるとは貧乏じゃ出来ないと思うぞ。
で、新しいダンナはピアノは大きくて邪魔だからと家に運ばず、浜辺に放置。するとマオリ族崩れの地元の白人男
バーンズ(カイテル)がやってきて俺の土地と交換で、ピアノをくれ、という。そしてエイダに黒鍵の数だけ俺を
レッスンしてくれというのだ。バーンズさんてば、ホントにピアノが弾けるようになりたいという事ではないのは
お立ち会い、ご想像の通り。そしてスチュワートがエイダの抗議を受け付けず、ピアノを浜辺に置き去りにした、と
いうのが彼女のスチュワートに対する心の大きな傷のメタファーとして存在するのだな。だって、このピアノ
バーンズの家に据えられて、レッスンと称する愛を育む場となるわけだから。

まあ、これから美しい?不倫の始まりだ。かわいそうなのは旦那のスチュワートだ。結構優しくしてくれている
のに、フローラも一応なついているのに、間男バーンズに惹かれていく。お母さんと間男の房事を目撃してしまう
フローラ。そしてスチュワートも自分の前では女性らしい姿にならないエイダが、バーンズと裸で抱き合っている!
とう光景を覗いちゃう。なおかつ、ピアノの部材を抜き出して、焼いた針で、愛のメッセージを作りバーンズに届け
ようとする。メッセンジャー役のフローラが、新しい父ちゃんを裏切れない、とそれをスチュワートに見せちゃうのだ。
するってーと、激怒したスチュワートは斧でエイダの人差し指を切り落としちゃうんだよね。痛そうなんだけど、
顔色一つ変えないエイダ。ええ、何かい、痛みよりバーンズへの愛が強いってか?それでも、「俺を愛してくれ」とか
いうスチュワート、そして彼の腕の中にいるエイダの表情は氷のようだ。
ピアノの一部をバーンズに届けるというのもわかりやすいメタファー。自分はもはやあなたのもの、てな感じだ。

エイダの強い思いを知り、二人してどこかへ行っちゃえ、と大人なスチュワート。(いやあ、びっくりするほど寛容
じゃないか。変な人だよ)知らない島へもグランドピアノを連れて行くのだが、途中で海に捨ててしまう。縛って
あったロープの端がエイダの足に絡み、ピアノと一緒に沈んじゃうんかい、と思ったらさにあらず。エイダは助かった
のであります。

そしてエンディング、どこかの島で、義足ならぬ義指でピアノを引くエイダ。バーンズと娘との幸せな生活が
あったのだ。しかし、時々エイダは沈んでいくピアノの夢を見るのだった。このシークエンスのみに外光がそそぐ
明るいシーンがある。その他は全編雨や曇りの陰鬱な場面ばかり。その明るさもエイダの心情を表出しているし、
海に沈んだピアノ、というのも、わかりやすいメタファーだと思った。自分の過去の暗い闇がピアノと一緒に
沈んだのだね。

全体として暗く、しかし純愛を描いているそうだけど、確かに斧で指を切っちゃったスチュワートは悪いけど、
原因を作ったのはエイダでしょ?旦那は、そりゃピアノを放置させたけど、DVだったの?子供を殴ったり
意地悪したの?そうじゃないでしょう?フローラはなついていたじゃないの。結構いい人だったじゃないの? 

エイダ、覚悟を持って地の果て(当時)に来たのだろうに。バーンズに純愛を覚醒させられたのね。
家事をしている姿も見えなかったけど、過去に辛い愛情生活を送ってきたか知らないけど、原因を作ったのは
エイダ自身でしょ。(だから指を切られても表情を変えなかったのだろうが)
バーンズとエイダの間が(純愛?が)どうしようもなくなってしまうほどの時間の流れが描き切れていたかと
いえば不満が残る。この映画の何処がいいんだ!とキレるつもりはないし、★7ほどの魅力は確かにあるでしょう。
でも女流監督(こういうと性差別者といわれそうだが)が同性の愛や恋をねちっこく描くとこうなるんだろうな、と
いう「湿っぽさ」「割り切れなさ」「意地悪さ」に溢れた作品であると私は思った。何度も言うけど出てくる人、
みんな変なんだもの。エイダはバーンズという自分の愛情の決定的な収まり場所を見つけてしまったのだね。
それが全部の不幸と全部の幸せの元である、と。ピアノはエイダの化身であったか、エイダがピアノの化身であったか。
天下の名作をボロカスにいいおって、とお怒りの方、すんません。私にはどうしても上記のようにしか見えなかったので。
邦題はみなさんご指摘のように原題のままのほうが映画の意味がよく出ていたのでは、と思う。

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<ストーリー>
19世紀半ばのニュージーランドを舞台に、ひとりの女と2人の男が一台のピアノを媒介にして展開する、三角関係の
愛のドラマ。「スウィーティー」「エンジェル・アット・マイ・テーブル」に続くニュージーランド出身の女流監督
ジェーン・カンピオンの長編第3作。音楽は「髪結いの亭主」のマイケル・ナイマンで、演奏はミュンヘン・フィル
ハーモニック(ピアノ・ソロはホリー・ハンター)。
主演は「ザ・ファーム 法律事務所」のホリー・ハンター、「ライジング・サン」のハーヴェイ・カイテル、
「ジュラシック・パーク」のサム・ニール。共演はオーディションで選ばれた子役のアンナ・パキンほか。
93年度カンヌ映画祭パルムドール賞(オーストラリア映画として、また女性監督として初)、最優秀主演女優賞
(ハンター)受賞作。93年度アカデミー賞脚本賞、主演女優賞(ハンター)、助演女優賞(パキン)受賞

スコットランドからニュージーランドへ、エイダ(ホリー・ハンター)は入植者のスチュワート(サム・ニール)に
嫁ぐために、娘フローラ(アンナ・パキン)と一台のピアノとともに旅立った。口がきけない彼女にとって、
ピアノはいわば分身だった。だが、迎えにきたスチュアートはピアノは重すぎると浜辺に置き去りにする。
スチュワートの友人で原住民のマオリ族に同化しているベインズ(ハーヴェイ・カイテル)は、彼に提案して自分の
土地とピアノを交換してしまう。
ベインズはエイダに、ピアノをレッスンしてくれれば返すと言う。レッスンは一回ごとに黒鍵を一つずつ。
初めはベインズを嫌ったエイダだったが、レッスンを重ねるごとに気持ちが傾いていった。2人の秘密のレッスンを
知ったスチュワートは、エイダにベインズと会うことを禁じる。彼女はピアノのキイにメッセージを書き、
フローラにベインズへ届けるように託す。それを知って逆上したスチュワートはエイダの人指し指を切り落とす。
だが、彼女の瞳にベインズへの思慕を読み取った彼は、ベインズに2人で島を去るがいいと言う。
船出してまもなくエイダはピアノを海に捨てた。エイダ、ベインズ、フローラの3人は、とある町で暮らし始めた。
エイダは今も時々、海中に捨てられたピアノの夢を見る。(Movoie Walker)

<IMDb=★7.6>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:90% Audience Score:86%>

この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=18876#1こちらまで。


# by jazzyoba0083 | 2017-03-08 23:35 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「ロック・ザ・カスバ Rock the Kasbah」
2015 アメリカ Covert Media,Dune Films,QED International.106min.
監督:バリー・レビンソン
出演:ビル・マーレイ、ケイト・ハドソン、ゾーイ・デシャネル、ブルース・ウィリス、リーム・リューバー他
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<評価:★★★★★★☆☆☆☆>
<感想>

冒頭中東っぽい女性が洞窟でカラーテレビの画面を見つめている。テレビではアラビア語で歌番組が
放送されている。娘の目つきは憧れで一杯・・・。一方、カリフォルニアのどこか。モーテル?の
小さな部屋でデブッチョの女性の上手くない歌を聴いているビル・マーレイ。どう見たって聴いたって、
ダメでしょ、というこの女性を褒めちぎってマネジメントを契約し、1000ドルほどを預かる、という
尾羽打ち枯らしたマネージャーが詐欺をやらかすという所。セリフもどことなくロックぽく、オフビート感
漂う雰囲気。

「レインマン」でオスカー監督賞を獲得したレビンソン監督がビル・マーレイ他のビッグネームを演出する、と
いうので観てみたが、なんとも勿体無いなあと感じた。どなたもお感じになると思うのだけれど、
発想はいい。(宗教的な部分でデリケートかつ難しい処理を要求されるところもあろうが)。だが、
女性を独特の宗教観でしか観られないイスラム原理主義者との対峙の中で、エンディングに向けての
物語の展開が、「あれ?こういう風に終わっちゃうわけ」、「もっと深い映画になるか、と思ったのに」
という風になっちゃう。ま、事実をベースにしているのだそうだが、そこは脚色はあっても良かったの
ではないか。(前述のように宗教に横たわる微妙な事柄が影響しているのか)
シュールなブラックユーモアも笑うに笑えない感じだ。ブルース・ウィリスのポジションも中途半端で
勿体無い。

所属する最後の歌手ロニー(デシャネル)を連れてアフガニスタンの米軍慰問に来たリッチー(マーレイ)。
ドサ回りの多いリッチーが娘に今度はカスバ、とか言うが、幼い娘に「カスバは北アフリカ」とかダメ
出しされている・・・。
異文化の地の不穏な雰囲気の中に登場する案内役のバーンズ二等兵もどこかピントがずれている。
慰問のショー直前に、ロニーに逃げられ、リッチーはパスポートも現金も持ち逃げされる。この解決に
現地で知り合った悪党2人に誘われて、パシュトゥーン族にニセの弾薬を届ける役を引き受ける。
道中、車列が地雷を踏んでクルマが吹っ飛んだり、しかし族長に歓迎され、夕食には現地の楽器を使って
「Smoke on the water」なんか歌っちゃったり。(これがなかなか渋い)
で、宴も終わって外に出るとどこからともなく歌声が。探して歩くと洞窟で若い娘が歌っていた。
娘はリッチーに見つかると逃げていくが、後にはカブールで人気のオーディション番組「アフガン・スター」の
雑誌が。リッチーは、彼女をテレビに出して優勝させることが自分の天命と悟り、彼女と契約し、
テレビに出そうとするが、イスラム教では女性が歌うこと踊ることなど論外。この番組でも女性が出たことは
なかったのだ。娘を口説き、テレビの司会者やスタッフを口説いて、なんとかテレビ出演にこぎつけたが、
案の定、世間は「恥知らずな娘だ」と非難轟々。視聴者からの電話で決勝進出者を決定する方式では
難しそうな雰囲気。歌は素晴らしかったけど。しかしリッチーは、大衆は支持しているはずと、宣伝カーを
走らす、空からビラを撒くなどして、PRにこれ努めた結果、娘は決勝に進出、バックコーラスもつけたりと
リッチーのプロデュースでキャット・スティーヴンスの「Peace Train」を熱唱したのだった。
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すごく端折ってストーリーをご紹介したが、この本筋に、カブールの娼婦ケイト・ハドソンとの、傭兵なのか
用心棒なのか、のブルース・ウィリスとの、戒律を破ろうとする娘と父親との、通訳を務めることになる
タクシー運転手との(個人的にはこの運転手、結構大事な役どころで気に入った)カラミで映画に厚みが
つく体裁となっている。

ビル・マーレイはさすがに監督が気に入っての出演だけあり、お見事。ロックな感じは出ていた。
特に、ラスト近くで麻薬を売りさばいてカネにしようという現地の一味に肩を撃たれるのだが、倒れた際に
見せる笑顔が多くを物語っていて良かった。
ケイト・ハドソンも、マーレイと交わす会話がなかなか含蓄深く面白かった。(脚本がいいのだろう)
一方、深みに欠けてしまったのは、一方の主役であるパシュトゥーン族の娘が、戒律を破って英語の歌を
テレビで歌う、という事態をどう理解し、自分で結論付けたのだろう、とその辺りの描写が不足だった点。
それとブルース・ウィリスの役どころも大事なところだと思うのだけれど、中途半端だった。あと15分でも
長くしても、それらにエピソードを加えてもらえればすごくいい映画になったのじゃないかなあ。
作品全体で見ても、セリフの中に結構気の利いたもの、含蓄深いものなどあって面白いのに。
娘が決勝で歌うキャット・スティーヴンスは、事実に即したんであろうか。選曲について聞いてみたかった。

タイトルのRock the Kasbah(Casbah)はイギリスのバンドThe Clashの1982年の歌がそもそもだけど、
時代が下ってホメイニ時代の窮屈なイランの自由を求める人々の背景にあったとも言われている。
最初に書いたように、カスバが本作に出てくるわけではなく、象徴的なタイトルとなっていると思われ。
私の時代のカスバといえば「ここは地の果てアルジェリア・・・」(カスバの女)だけど(爆)。
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<ストーリー>
かつては栄光を手にしながら、今ではすっかり落ちぶれてしまった音楽芸能マネージャーのリッチー
(ビル・マーレイ)。未だ一攫千金を夢見る彼は、嫌がる所属歌手のロニー(ゾーイ・デシャネル)を
無理やり引き連れてアメリカ軍の慰問コンサートに参加することに。辿り着いたのは、アフガニスタンの
首都カブール。未だ紛争の絶えない危険地帯にも関わらず、高額のギャラに釣られてリッチーのテンションは
上がりっぱなし。しかしふと目を離した隙にロニーが彼の荷物を持って行方をくらましてしまう。

コンサー トはキャンセル、金もパスポートもなく途方に暮れるリッチーは、仕方なく現地で知り合った
胡散臭い武器商人の仕事を手伝うハメに。幾多の死線をくぐり抜けてきた最強の用心棒ボンベイ(ブルース・
ウィリス)とともに、危険な砂漠の真ん中にある集落に武器を届けることになったリッチーは、そこで美しい
歌声をもつ少女に出会う。歌手を夢見る彼女に類まれな才能を感じたリッチーは、少女を現地で話題の
オーディション番組「アフガ ン・スター」に出演させることを思いつく。
しかし厳格なイスラム教の戒律を重んじる人々からすれば、女が人前で歌をうたうなど万死にも値する行為。
リッチーは自らの栄光 のため、そして少女の夢のため、命の危険を感じながらも彼女のデビューに向けて
奔走し始めるのだが…。(Filmark)

<IMDb=★5.5>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:9% Audience Score:28%>

この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=356870こちらまで。

# by jazzyoba0083 | 2017-03-06 22:50 | 洋画=ら~わ行 | Trackback | Comments(0)

●「マン・オン・ワイヤー Man on Wire」
2008 イギリス Discovery Films,BBC Storyville,UK Film Council.95min.
監督:ジェームズ・マーシュ
出演:フィリップ・プティ他
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         <2008年度アカデミー賞ドキュメンタリー長編賞受賞作品>
<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
1974年8月7日朝、一人の男が完成間近の今は無きワールドトレードセンターの2つのビルの間に
渡したロープを渡る光景が見られた。25歳の誕生日を数日後に控えた若きフランス人、フィリップ・プティ
である。この男、45分間に渡りロープ上で踊り、ジャグリングをし、膝をつき、横たわって見せた。

本作はプティの「偉業」を捉えたドキュメンタリーである。このイベントに付いては後年、ロバート・
ゼメキスの手で3D映画化された。WOWOWでは映画化版を放映するに際して、本ドキュメンタリーも
放映しれた。こういうのがWOWOWのいいところだ。これを観ると「ザ・ウォーク」がいかに
事実に忠実に作られていたかを確認出来て、その点でも良かった。一つだけ、再現映像とドキュメント
フィルムの両方の出来が良かったので、再現ドラマなのか記録映像なのか分かり辛かった。

本作に長所は、世紀の大イベントに対し、当事者を含め「共犯者」たちの証言を加え、さらに
再現ドラマも加えるという多角さの演出にあると思う。さらに全部で10人にもなろうという仲間がいなくては
なし得なかった「狂気」の驚くべき裏側がリアルに描かれる点もあろう。
加えて、400メートル上空での命綱なしの綱渡りという、ありえない事態が映画の緊張感を加速させている
という「ゲタ」はあると感じたが。
いずれにせよ、プティという、我々が及びもつかない「特殊能力」を授かった男の、文字通り
「綱渡り」な人生を綴っていく。と言っても、24歳になるまでに彼はパリのノートルダム寺院、
シドニーのハーバーブリッジでも信じられないような綱渡りを決行しているのだった。彼はパリの歯科医の
待合室にあった新聞で、6年後に完成するWTCの存在を知り、もう渡るしかない!と確信する。そこから周到な
準備が始まったのだ。まだ十代であったことを思う時、プティの狂気のモノ凄さが分かるような気がする。
WTCの場面は写真しかないが、ノートルダムや彼の綱渡りの光景はちゃんと動画で残っていて、その
リアリティにも圧倒される。

プティの思い込んだら命がけの行動力は、常人には想像が難しい。ただただ、凄い!と言って見守るのみだ。
何かに憑かれたようにとことん取り組んでみる、そういう事が人生であっただろうか、そんなことに思いを
致してしまう。彼自身「人生は綱渡り(タイトロープ)だ。」と発言しているが、分かるように、このセリフは
ダブルミーニングになっている。

今はもうないWTCへのトラウマが軽くなる2008年頃まで、原作となる本の出版をプティは待っていたので
あろうか。そして逮捕されたプティを待っていた裁判所の粋な対応とビルの大人な対応を思う時、今はもう
コンプライアンスだのガバナンスだのと称してこういう「誰も傷つかない美しい犯罪」に対する懐の深い対応は
望むべくもないのだろうか。
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<ストーリー>
1974年8月7日、24歳のフランス人フィリップ・プティは、ワールド・トレード・センターのツインタワーの
間に張られた地上411mの綱で綱渡りを披露する。6年前、ツインタワー建設計画の雑誌記事を目にした彼は、
1971年6月、ジャン=ルイ・ブロンデューとジャン=フランソワ・ヘッケルに支えられ、パリのノートルダム
大聖堂の2つの尖塔の間の綱渡りを行う。また1973年、オーストラリアの友人マーク・ルイの助けで、シドニーの
ハーバー・ブリッジ北側の鉄塔で、2度目の違法綱渡りを敢行する。

1974年1月、ニューヨークにやってきたフィリップは、ジム・ムーアの協力を得て、何度もツインタワーを訪れる。
ジャン=ルイ、マーク、恋人アニーが彼の仲間だった。計画の日、ワールド・トレード・センターの屋上は工事中
だった。フィリップとジャン=フランソワは南タワーに、ジャン=ルイとアルバートは北タワーに、工事作業員と
ビジネスマンに変装して入る。南タワーの82階にある保険会社で働くバリー・グリーンハウスが装置の運搬を許可し、
さらに、エレベーター作業員のミスで104階まで上がることができた。
フィリップたちは道具を隠し、自分たちも身を潜めた。闇夜の中、作業が始まる。ジャン=ルイはフィリップの
合図で綱をつけた矢を放つ。しかし重い鉄のワイヤーが、固定される前に落ちてしまう。

ジャン=ルイとアルバートは素手でケーブルを引っ張るが、アルバートが途中で諦めて去る。ジャン=ルイの尽力で
何とか綱を固定することはできたが、理想的ではなかった。それでもフィリップは綱の上に足を踏み出す。
そして45分間8往復の綱渡りの後、フィリップは不法侵入と治安紊乱行為の罪で逮捕される。
しかしその後の裁判で、セントラルパークで子供たちにジャグリングを見せるという条件で容疑は撤回される。
港湾管理委員会はフィリップに、永遠に有効と記されたワールド・トレード・センター展望デッキへのVIP
許可証を贈呈する。(Movie Walker)

<IMDB=★7.8>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:100% Audience Score:87%>

この映画の詳細はhttp://movie.walkerplus.com/mv38139/こちらまで。


# by jazzyoba0083 | 2017-03-04 23:10 | 洋画=ま行 | Trackback | Comments(0)

戦う翼 The War Lover

●「戦う翼 The War Lover」
1962 イギリス Columbia Pictures Co,. 105min.black&white
監督:フィリップ・リーコック
出演:スティーブ・マックィーン、ロバート・ワグナー、シャーリー・アン・フィールド、マイケル・クロフォード他
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<評価:★★★★★★☆☆☆☆>
<感想:結末に触れています>

第二次世界大戦、イギリスに駐在したアメリカ空軍爆撃隊を舞台にした、マックィーンとワグナーの
男同士の、また恋人を巡る駆け引きをモノクロで描く。マックィーン主演作品で、この時代のものは
なかなか観る機会がなく、WOWOWで放映してくれたので録画して鑑賞した。

マックィーンは本作製作翌年にジョン・スタージェス作品「大脱走」に主演する。そういう時期だ。
優男ワグナーは人気が出るTVシリーズ「スパイのライセンス」まで、まだ6年を必要としていた。
二人は同じ年に生まれ、マックィーンは残念ながら他界しているが、ワグナーは健在である。
御年87歳になられるはずだ。ワグナーの恋人ダフニーを演じたシャーリー・アン・フィールドも
ご健在で、79歳。以上は映画の出来には関係ない余談。

本作は白黒映画であるが、当時はカラーと白黒が結構入り乱れていた時期のようだ。1962年製の映画を
表彰した第35回アカデミー賞(司会はフランク・シナトラ!)の各賞受賞作を見ると、作品賞の
「アラビアのローレンス」はカラーの大作、一方、主演男優賞に輝いたグレゴリーペック「アラバマ物語」は
白黒だ。美術賞も白黒部門とカラー部門に別れていた。それとこの時代はまだ先の大戦を描いた(特に戦闘)
作品も多かった。先に触れたように「大脱走」「史上最大の作戦」「ニュルンベルグ裁判」「ナバロンの要塞」
などなど。
故に本作も、白黒の欧州大戦もの、という当時としては製作されるべくして製作された作品といえる。
カラーでも良かったような気もするのだが、当時の映像を挿入したりすると白黒のほう粗が見えづらいという
ことでろうか。
内容は先に書いたような、空の男の相克と、恋の鞘当てという単純なストーリーで特に見るべきものはない。
ただ、まだ終戦後17年、「空の要塞」といわれた欧州戦線期待の爆撃機、B-17も沢山実機があったようで、
その編隊の迫力や、実物の胴体着陸などは、好きな人にはたまらないだろうし、実際迫力もある。
冒頭で米英空軍に対する謝辞が字幕で出るが、軍隊全面協力だったのだろう。

物語として一番の見どころは、1000機もの爆撃機編隊で実施したドイツ・ライプツィヒの合成燃料工場
爆撃作戦の帰りの事。迎撃機により6人の搭乗員が死亡し、残りは脱出した後、4発あるエンジンも2つ止まり
爆弾庫に不発弾を抱え、操縦席も機銃掃射でズタズタな愛機を操縦し、なんとかイギリスに着陸させようと
するマックィーン機長が奮闘するところだ。
ワグナーは、機長になる経験も位もある中尉なのだが、マックィーンの男気や腕前に惚れ込んで副機長に
甘んじているが、このマックィーンが、ワグナーの恋人を横取りしようとするのだな。失敗するんだけど。

要するにマックィーンの無頼な魅力が映画の魅力になっているわけ。傷だらけボロボロの期待で帰投する
機内で、マックィーンがワグナーに「死ぬのは怖いか?」と訊くと、ワグナーが「バズ(マックィーン)は
生きるのが怖いんだろう!」と返す。ここが一番のセリフだったな。つまりマックィーンには帰国しても
帰る故郷も家族もない。戦うことそのものが好きで、ワグナーの恋人からは「あなたは破壊し殺すのが
好きなだけよ!」というキツイ言葉を投げつけられる、そういう性格、男なのだな。ラストは有り勝ちな
もので、脱出を止め一人機内に残り、自力で機体をイギリスに戻そうとして、ドーバー海峡はなんとか
渡りきるものの、高度が足りず、イギリス側の岸壁に激突して非業の死を遂げるマックィーン機長。
彼は彼なりの落とし前を付けたのだな。そしてワグナーは恋人と二人で愛を確かめあい、歩き去ると
いうもの。しかしワグナーのイギリスでの恋人は、終戦したらアメリカに渡るのかどうかまでは描かれ
ていない。

マックィーンファンには永久保存作品なんだろうけど、そうでもない人には平凡な戦争&恋愛映画だ。

<IMDb=★6.7>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:--- Audience Score:48%>
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<ストーリー:結末まで全部書かれています>

アメリカ作家ジョン・ハーシーの「戦争を愛する者」を「女になる季節」のハワード・コッホが脚色し
「俺の墓標は立てるな」のフィリップ・リーコックが監督した戦争映画。

第2次世界大戦の2年目、1942年の冬のある朝。ここは英国にあるアメリカ第8空軍基地。早朝たたき起された
隊員たちは、作戦要領の説明に耳を傾けていた。この日の目標は北ドイツのキール軍港だ。
バズ・リクソン大尉(スティーヴ・マックィーン)を機長とする“女体”号にとっては、8回目の出撃だった。
25回目の出撃が終れば帰国できるのだ。リクソンの部下、副操縦士のリンチ中尉は健全な常識を備えた将校だが、
リクソンは歪んだ人生の持主だった。彼は殺戮と破壊の戦争に生き甲斐を感じていた。

エンジンが唸り、一機また一機、大空へ飛び立った。編隊は目標上空にさしかかったが、一面の密雲に覆われていた。
雲の上からの爆撃は正確を欠く。エメット大佐は帰投を命じた。が、リクソンはこれを無視、編隊を雲の下へ
と移動させた。高度8千5百、目標上空、爆弾室開扉、投下!爆風に機が震動した。

その夜、将校クラブでリクソンとボーランドは、ダフネ(シャーリー・アン・フィールド)という女を知った。
その時、一人の兵隊が飛び込んで来た。爆撃は正確、基地は破壊されていた。いよいよ“女体”号最後の出撃の日が
来た。目標はドイツ本土のライプチヒ石油工場。Bー17爆撃機の大編隊は目標へ飛んだ。途中うんかの如き
敵戦闘機が迎撃して来た。指令官エメット機は撃墜され、リクソンが全編隊の指揮をとることになった。
が、リクソン機もまた被弾、大破した。負傷者と戦死者を乗せ、リクソンは必死の操縦を続け、海峡に達した。

機は1分間に50フィートの高度を失いつつあった。しかも未投下の爆弾が一個ひっかかったままだ。着水すれば
機もろ共吹っ飛ぶことは明らかだった。高度は5百フィート、ドーヴァーの白い崖を越すことができるか…。
だが、リクソンはあくまで帰投するという。過去の自信が彼を半狂乱に追い込んでいた。緊急信号を送り、
救助船の出動を求めた。救助艇が眼下に見えて来た。隊員たちは次々に飛び降りていった。リクソンは
自動操縦装置に切り替えると、最後にボーランドを突き落し、再び操縦棹を握った。が、機首は上がらず震動は
ますます激しくなっていった。白い崖が眼前いっぱいに迫った。次の瞬間、機は絶壁に衝突しぐれんの炎と
化して粉々に砕け散ったのだった。(Movie Walker)
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この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=14018こちらまで。


# by jazzyoba0083 | 2017-03-02 23:15 | 洋画=た行 | Trackback | Comments(0)

キャロル Carol

●「キャロル Carol」
2015 イギリス・アメリカ・フランス The Weinstein Company,Film4.118min.
監督:トッド・ヘインズ 原作:パトリシア・ハイスミス『キャロル』
出演:ケイト・ブランシェット、ルーニー・マーラ、サラ・ポールソン、ジェイク・レイシー、カイル・チャンドラー他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
「からまる視線の演技」「時代と女性2人の雰囲気を盛り上げる画面の色彩」「時代を演出するための
上等なプロダクションデザイン(美術・特に衣装、ヘアデザイン、クルマ)」そして、なんと言っても主役の
二人の醸し出す香り立つようなキャラクターとその演技に圧倒された2時間だった。冒頭とエンディングの
シークエンスが、本編の展開によって繋がっていく工夫も良かった。

ゴージャスな(実際にお金持ちなのだが)ケイトと、ボーイッシュな風貌ながらも、どこか終始戸惑っている
ようなルーニー・マーラ。目線を強調したカットだけではなく、映画全編において二人の目線は多くを語る。
1952年のNY。(私が生まれた年だ)トッド・ヘインズが目論んだ、まだ同性愛などタブーもタブーだった
時代の再現。戦後7年を経て、街もそれなりの潤い方をしてきたという時代の特性を、衣装やデパートの中、
音楽、映像のカラートーン、意識して使われているとしか思えない当時のクルマなどを複合的に演出し、
そこに二人の女性を配置してみた。トッドは私より10歳ほど若いからリアルタイムでこの当時を知らない。
時代考証はそうとう頑張ったのだろう。それはまんまと当たった。キャスティングはこの二人しかないんじゃ
ないか、と思うくらいだ。「ドラゴン・タトゥーの女」でピアスだらけの男勝りのリスベットを演じた
同じルーニー・マーラとは思えなかった。そのボーイッシュで儚げな気配はどこかオードリー・
ヘップバーンを想起させすらした。それを上回る凄さだったのがケイト・ブランシェット。幼い女の子が
いながら離婚協議を進め、同性がどうしようもなく好きという愛情の持って行きどころを、ルーニーに
求めるという、ちょっと間違うと、タバコ好きなお金持ちの妖艶な有閑マダムになってしまう寸前に確立した
女性像を演じきった。

結婚寸前のボーイフレンドがいながら、ケイトとの同性の恋に落ちていくルーニー。夫婦の冷えた
愛情の果て、自分の本性たる同性へ向かう愛をルーニーに求めたケイト。同性愛者にとっては
厳しい時代の中で、自分の心の声に正直であろうとし、厳しさの中で自分の本当に求める愛に生きようと
する女性の姿がここにはある。そうした物語がアメリカでは一年で一番華やかなクリスマスシーズンを
舞台に展開していく。季節が温もりを求めたい冬、というのも良いのかもしれない。

当時東海岸で生まれ勢いがあったハード・バップ、クールジャズを上手く使った音楽の趣味も誠に宜しい。
ルーニーがケイトに贈ったクリスマスプレゼントはビリー・ホリディとテディ・ウィルソンのアルバム
「イージーリビング」のLPであった。(このアルバム自体の録音は映画の時代から20年ほど前になるが)

この二人、ラストはどう落とし前をつけるんだろうかと思って観ていた。
ラスト近く、一旦はケイトとの間を精算した感じのルーニーだったが、会ってしまうと恋心を押さえる
事が出来なくなる。「テレーズ(ルーニー)、行くな!」と心で叫んでしまったが、そうはならなかったなあ。

とにかく二人の演技と監督の演出に酔った二時間、楽しいひと時だった。

<IMDb=★7.2>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:94% Audience Score:73% >
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<ストーリー>

『見知らぬ乗客』『太陽がいっぱい』などで知られる女流ミステリー作家パトリシア・ハイスミスが
52年に別名義で発表した小説を「エデンより彼方に」のトッド・ヘインズ監督が映画化。
エレガントな大人の女性に心奪われた若いヒロインの切なくも美しい禁断の恋の行方を、50年代の
ニューヨークを鮮やかに再現した衣装・美術と素晴らしい映像美で描き出す。
主演は「ドラゴン・タトゥーの女」のルーニー・マーラと「ブルージャスミン」のケイト・ブランシェット。

 1952年、クリスマス目前の活気あふれるニューヨーク。高級百貨店のおもちゃ売り場でアルバイトを
しているテレーズ。フォトグラファーという夢を持ち、恋人のリチャードからは結婚を迫られるなど、
一見充実しているかに思えて、どこか満たされない日々を送っていた。
そんなある日、ゴージャスな毛皮のコートを着た女性キャロルが、娘のクリスマスプレゼントを探しに彼女の
売り場へやって来る。その美しく優雅な佇まいに一瞬で目を奪われ、強い憧れを抱くテレーズ。
後日、ふとした成り行きからキャロルにランチに誘われ、彼女が夫ハージとの愛のない結婚生活に苦しんで
きたこと、そしてついに離婚を決意したことを知るが…。(allcinema)
        
この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=354600#1こちらまで。



# by jazzyoba0083 | 2017-03-01 23:15 | 洋画=か行 | Trackback | Comments(0)

●「第89回 アカデミー賞授賞式 89th The Oscars」
2017 26th Feb. At Dolby Theater,Hollywood,Los Angels,Ca.
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
予想通り、反トランプ旋風が吹き荒れたステージだった。これはハリウッドの持つリベラルさの
歴史的な背景があるから、まあ当然であろう。ステージアクトとしては、この3年間で一番地味だった
ような気がする。ダイナミックなステージショーの代わりに、小ネタが並んだという感じで、いろんな
楽しい工夫・演出もあり楽しませてもらった。ステージ全体の評価としては「作品賞」発表のドタバタで
マイナスとするのだろうが、「ラ・ラ・ランド」のプロデューサーらの大人な態度に感激し、マイナスとは
しなかった。ウォーレン・ベイティとフェイ・ダナウエイは貧乏くじだったなあ。

反トランプで一番尖っていたのが、この式典の放映権を持つABCテレビで「The Jimmy Kimmel Live!」と
いう人気番組を持つ、ジミー・キンメルだった。冒頭から辛辣なジョークを繰り広げ、大先輩メリル・
ストリープを引き合いに出し、「過大評価だけど、みなさん、大きな拍手を」と、身内もからかって
笑いを取った。「その素敵なドレスはイヴァンカかい?」とか。台本があるのかアドリブなのかその両方なのか
よくわからないけど、彼の吐く毒のあるセリフはいちいち今のハリウッドの気分を代表しているのだろう。

マット・デイモンとキンメルの「争い」(笑)は、キンメルのショーを観ていないと分からないだろう。
もちろんジョークで、仲良しなんだが、2008年以来、「いがみあい」キャラとして2人は国民に
親しまれている。今回は、マットが「マンチェスター・バイザ・シー」の製作総指揮として授賞式に参加
していて、司会がキンメルだから、アメリカ国民もなにかあるだろう、と思っていたに違いない。

案の定、スターが自分の影響を受けた映画を紹介するコーナーで、キンメル自身が登場し、取り上げた
映画はマット・デイモンの2011年作品「幸せへのキセキ」。マットが動物園を買う話だ。これを、
真面目くさって語るのだが、からかい、ジョークで構成されていたりする。すると客席を歩くキンメルを
マットが足を出してつまづかせたり、ショー全体で、2人はじゃれ合っていた。結局「マンチェスター~」は
ケイシー・アフレックが主演男優書を獲ったから、マットの面目躍如と言った感じだった。
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キンメルはスマホを使ってトランプにツィッターをリアルタイムに打ち、「メリル(ストリープ)がよろしく
ってよ」とかホントにやっている。事程左様に、ステージ演出としても、反トランプの色彩は大変濃かった。
「この会場にTIMEと名のついた会社に勤めている人がいたら出ていってください」とか。

会場の演出としては、去年はピザの配達があったりだったが、今年は天井から小さい布の風船みたいなヤツに
オヤツを入れて投下させたり、素人の客を乗せたハリウッド周遊ツアーバスを会場に連れてきて、サプライズ
させたりしていた。
この客たちは羨ましかったなあ。だって、目の前にデンゼルやらメリルやらエマ・ストーンやマット・デイモンが
並んでいるんだからな。一生の思い出となる夢のようなひと時だったろう。

作品賞のミスは、ステージ上の役者、スタッフたちには気の毒だった。プレゼンターのウォーレン・ベイティや
フェイ・ダナウェイも含めて。封筒から紙を出した時にウォーレンは明らかにオカシイな、と気がついた。
それをフェイに確認の為に渡したら、フェイが読み上げちゃったからね。しょうがないな。
「ラ・ラ・ランド」は3人めが感謝のメッセージをスピーチしている最中だった。その後の彼らの、驚いた
だろうけど、ウラミや文句を言わず、「ムーンライト」が素晴らしい映画であることを強調し引き下がった。
あの態度は立派だった。みんなを救ったね。キンメルの「ボクが悪いんだよね」などという引き取り方も上手かった。
但し、故人を追悼するコーナーで、写真を取り違えたのはいただけない。
来年は発表の紙の管理に工夫がなされるであろう。

さて、各賞の行方である。作品賞、主演男優、主演女優、監督、作曲、歌曲、美術などは納得で、今回は
観ていない映画が多くて現在の日本での評価は難しいが、個人的には「え?なんでこの作品?」という
ものは無かったと思った。落ち着くべきところに落ち着いたと。

いろいろあったが、やはり毎年この授賞式はアメリカの映画の力、映画に対する愛情、そしてHollywoodの
多様性とリベラルさを確認出来る、夢のような興奮する時間であることは間違いない。これだけのショーを
今の地球で観ることは不可能であろう。来年は90回。素晴らしい、ミスのないwwショー(授賞式)を期待したい。

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# by jazzyoba0083 | 2017-02-27 23:55 | アカデミー賞 | Trackback | Comments(0)

●「ラ・ラ・ランド La La Land」
2016 アメリカ Black Label Media,Gilbert Films,Summint Entertainmet,and more.128min.
監督・脚本:デイミアン・チャゼル 撮影:リサヌ・サンドグレン 音楽(作曲):ジャスティン・ハーウィッツ
出演:ライアン・ゴズリング、エマ・ストーン、ジョン・レジェンド、ローズマリー・デヴィッド、J・K・シモンズ他
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<評価:★★★★★★★★★☆>
<感想・結末まで触れています>
私が一番好きな音楽「ジャズ」。大好きな映画のジャンルの一つ、「ミュージカル」。これが
一体となり、大きな衝撃を受け二度観た傑作「セッション」のチャゼルが監督、加えて主役が
お気にいりの二人という事もあり、うわさが聞こえて来たころから封切を待ちわびていた。
そういう作品は最近珍しい。日本時間の明日午前に発表されるオスカーの多くの部門にノミネート
されていて、結果が分かるまでになんとか観ておきたいと、日曜のシネコンに奥様と出かけた。

ここに描かれているのは、オーソックスな夢の実現に向かう若い二人の話。「セッション」が息詰まる
物語であったのに比べ本作はシンプルな「夢」がメインテーマとなる。ストーリーとしては、驚くことは
ないのだが、ともかく芸事を舞台とした、ありがちな話をどう「ドキドキを踏まえ」「夢」の世界に
仕上げるか、がチャゼルの力量の見せ所になっていた。

この映画、いいところがたくさんあるのだが、
観ている人が絶えず高揚できるということがひとつあるだろう。冒頭の高速道路のダンスシーンでまず心を
きゅっとつかまれる。そこで主人公の出会いが設定される。その後折にふれて繰り広げられる歌とダンスの
シーンでは、ウキウキ感が加速されるのだ。

「夢とは簡単に実現できない」というテーマは今までそれこそ腐るほど映画にされてきたが、
本作では徹底して主人公二人にまつわる「夢を追う話」しか描かれない。例えばそれぞれに恋敵が出てきて、
話題がそっちにもとっちらかる、などは無く、そのあたりの端折り方、焦点の絞り方が上手い。
さらに、端折り方といえば、ラストシークエンスの「5年後」の話。この間の事情は気持ちいいほど一切
触れられない。だが、二人の5年後の姿や暮らしを観れば理解できる仕組みになっている。

そこで登場する「セブズ」という名前のジャズクラブ。その名前はセバスチャンとミアが一緒に考えたものだ。
そのクラブにすでに著名な女優となっていたミアが夫と訪れる。ミアは5年前、オーディションに合格しパリで
仕事をするため渡欧、セバスチャンはLAに残り、自分のクラブを持つ夢を追い求めていたのだ。
クラブは大繁盛していた。セバスチャンも自分の夢も実現したのだ。

ステージにいたセバスチャンは彼女に気づき、2人が一緒にいた頃の歌をピアノで弾く。すると画面には、
セバスチャンとミアが出会ってから今に至るまで、全て2人の間の出来事が上手く行ったら、という過去の
様々なエピソードの光景が繰り広げられる。しかし、現実は・・・。この部分のストーリーの持って行き方、
まとめかたも上手いなあ、と感じた。2人で育んだ夢、しかし愛し合いながら別の場所で夢を追うことになる。
夢は実現したけど、2人は結ばれず、別の道を歩き始めた。ビターな結末が、ありがちなストーリーを締めて
いる。

主役を張れるようになったミアの存在を、セバスチャンが5年間知らなかったはずはない。5年後ミアには
2歳くらいの女の子がいるのだが、3年前に結婚したとなると、パリに行ってから2年後に結婚した
ことになる。連絡は取り合っていただろうが、何が2人にあったのか、セバスチャンはミアが滞在する
とされた7ヶ月間パリに行ってないのだろうか、ミアは7ヶ月でLAに帰らなかったのだろうか、などなどは
まったく説明されない。 ラストシーンでの笑顔は、愛しているけど、別の道を歩きましょう、という
ことなんだろう。決して「見果てぬ夢を追っていたわけではない」と。
全体に脚本の出来がいいと感じた。物語はありふれたものだが、それを歌と音楽と色でアクセントを付ける。
こうして観客のテンションは落ちること無く終幕までキープされるのだ。
 
個人的には一番大きないい点であったのが、「映像が歌っている」「踊っている」という点だ。
思わず撮影監督を確認したくらい(「バード」とか「ゼログラビティ」のあの人かと思ったらさにあらず
でした。)それにしても(当然監督の演出も大きいのだが)アップから中ロングの絵の中でフレームに
出入りする人物を中心にした手持ちカメラ(だけではないけど)のカットの長短と、動き。心のウキウキが
カメラの動きで倍加するのだ。
特に歌のシーンでは観ていてウキウキしてしまった。吹き替えなしで臨んだというゴズリングのジャズ
ピアノも、演技のためとはいえ、よくあれだけ弾けるようになったものだ、ピアノの先生である奥様と
びっくりいていた。

さらに歌がいい。曲が全部いい。中にはワム!のありもの(演奏されるものだが)もあるが、
オリジナル曲が皆美しいし、耳について覚えやすい。ゴズリングもエマも上手い。サントラが出たら買うぞ! 
流れるジャズの選曲センスもいい。それに過去のミュージカルに対すリスペクトとオマージュが楽しい!
「雨に唄えば」「バンドワゴン」「パリのアメリカ人」「ウェストサイド物語」などなど。
そして結構キーになるLAの名所、グリフィス天文台に至る場面で流れる昔の映画はジェームズ・ディーンの
「理由なき反抗」ではなかったかな。私も行ったことあるので思い入れをもってみることが出来た。
加えて色彩のバランスというか、ワンカットずつに計算された色彩が美しいし、ビビッドである。

バレーパーキングで、セブがミアの車はなに?と尋ねるシーン、係のキーボックスに並んでいたのは
全部プリウスだったという落ちは日本人受けする!ww

いやあ、近年ない、スカッとしたそして心温まり、自分の趣味性が満喫できた作品に出合えた!

以上の良い点を、オスカーにはめれば,作品、監督、撮影、脚本、主演女優、主演男優(ここは?)
作曲、歌曲、衣装、編集だどが、間違いなく多くの部門で選ばれるだろう。
明日の午前中にはわかちゃっているよね。それにしても、「映画のエンタティンメント、ここにあり」と
いう作品だ。
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<IMDb=★8.5>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:9.3% Audience Score:84%>

<ストーリー>
「セッション」のデイミアン・チャゼル監督がライアン・ゴズリングとエマ・ストーンを主演に
迎えて贈る本格ミュージカル・ラブストーリー。大きな夢を抱いてLAへとやって来た男女の
出会いと甘く切ない恋の行方を、カラフルかつマジカルなミュージカル・シーンと、夢と現実の
狭間で苦闘する主人公2人の葛藤のドラマを織り交ぜほろ苦くもロマンティックに綴る。

 夢を追う人々が集う街、ロサンゼルス。女優志望のミアは映画スタジオのカフェで働きながら、
いくつものオーディションを受ける日々。なかなか役がもらえず意気消沈する彼女は、場末のバーから
流れてくるピアノの音色に心惹かれる。弾いていたのは、以前フリーウェイで最悪な出会いをした
相手セブだった。彼も自分の店を持って思う存分ジャズを演奏したいという夢を持ちながらも、
厳しい現実に打ちのめされていた。そんな2人はいつしか恋に落ち、互いに励まし合いながらそれぞれの
夢に向かって奮闘していくのだったが…。(allcinema)

この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=358727#1こちらまで。


# by jazzyoba0083 | 2017-02-26 12:25 | 洋画=ら~わ行 | Trackback | Comments(0)

砂上の法廷 The Whole Truth

●「砂上の法廷 The Whole Truth」
2016 アメリカ PalmStar Media and more.94min.
監督:コートニー・ハント
出演:キアヌ・リーブス、レニー・ゼルゥイガー、ググ・ンバータ=ロー、ガブリエル・バッソ、ジム・ベルーシ他
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<評価:★★★★★★☆☆☆☆>
<感想>

「犯人は被害者と一番遠い関係にある者だ」、「一見悪いと描かれる人は実はそうは悪くない、善人ぶるヤツこそ
怪しい!」という2時間ドラマの王道を行くような展開。ま、見事に引っかかったので、その点は良しとしても、
観終わって、騙されたなあ、という点以外に残らない映画なんだな。それを目指したのよ、と言われればそれ
までだけれど。

キアヌとレニーの名前に惹かれて観てみたのだけど、レニー、この後の「ブリジット・ジョーンズ~」の時より
痩せていて最初ダレだか分らなかった。法廷映画なんだけど、証言に基づく再現シーンにより、観客はミスリード
されていく。嘘をついているのはだれか?ということなんだけど、その割に緊張感は薄い。

キアヌは弁護士、レニーは殺された男(キアヌを育て上げた弁護士でもある)、犯人はレニーと殺された男の
長男(すごく優秀で法律家を目指している)という構図。
ある日、ロレッタ(レニー)の夫ブーンが寝室で胸にナイフが突き刺さった状態で死んでいるのを、ロレッタと息子
マイクが発見。警察はマイクが「自分がやった」と言ったという証言からマイクを逮捕した。ラムゼイ(キアヌ)が
顧問弁護士として裁判に臨む。マイクは証言をしない。なぜか知らないが口を開かないのだ。そのため
状況はどんどん悪くなっていく。 そこで、ラムゼイは助手を勤める若い黒人女性弁護士ジャネルと、ある
作戦に出る。

まあ、常道どおり、息子は母をかばって犯人と言っているのじゃないか、という風になるのだが、殺された
ブーンは、母にも、息子にも暴力を振るっていたらしい。近所に住む住人からも証言がなされる。
しかし、急にマイクが証言台に立つという。マイクは父に幼いころから性的暴力を振るわれていたというのだ。
陪審員の同情が一気にマイクに集まる。(観ている人も陪審員目線になるわなあ) 判決は無罪。すべては
暴力的なブーンのせいにされた。

しかし、実はマイクは父の死体の近くにラムゼイの腕時計が転がっていたのを知っていた。判決の後、
マイクはラムゼイに、あの日寝室で何をしていた、と問い詰める。そう、ラムゼイと母ロレッタは不倫の
関係?暴力を見かねた関係?にあったのだ。(あれあれ)であれば、何故にマイクは自分が逮捕された後、
黙っていたのか?ラムゼイをも庇ったのか? 父は本当は母を虐待もしていないし、マイクに性的暴力はして
いなかったのではないか?ただ粗野な性格だっただけで。ブーンがラムゼイに「どうやら妻が浮気している
ようなんだ、ダレだか分かるか?」というような問いを投げるシーンがある。別れ際にブーンはウィンクして。

恩師であるブーンの粗野な態度に嫌気がさした妻ロレッタは夫の教え子ともいうべきこの家の顧問弁護士
ラムゼイと不倫。夫にバレて、ラムゼイが殺した。しかし、魔が悪くそこに息子が帰ってきて死んだ夫を
見つけてしまう。「ボクがやれば良かったんだ」、普段から父からいじめのような言葉を投げられ、かなり
頭に来ていたマイクは、逮捕されても、母やラムゼイを庇って黙ってしまった。さらに自分が父から性的
暴力を受けていたという嘘までついた。彼は法律にも詳しかったから無罪は獲得できた。そして、ラムゼイに
詰め寄った。殺したのはお前だろう!と。・・・というのが全体像じゃないかな。

ラムゼイの腕時計がベッドの下にあって・・・あたりで映画がぐんと安くなってしまった感じだなあ。

<IMDb=★6.1>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:29% Audience Score:31%>

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<ストーリー>
巨額の資産を持つ大物弁護士が自宅で殺害される事件が発生。容疑者として逮捕されたのは、被害者の
17歳の息子だった。拘留後、完全黙秘を続ける少年の弁護を引き受けたのは、敏腕弁護士ラムゼイ
(キアヌ・リーヴス)。
何も語ろうとしない被告人をよそに、開廷された裁判では多くの証人から少年の有罪を裏付ける証言が
飛び出す。だが、その証言のわずかな綻びから、ラムゼイは証人たちの嘘を見破る。有罪確定に見えた
裁判の流れが変わり始めた矢先、沈黙を破って衝撃の告白を始める被告の少年。彼の言葉は果たして
真実なのか?そして、真犯人は別に存在するのか……?(Movie Walker)

この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=355436こちらまで。

# by jazzyoba0083 | 2017-02-25 23:15 | 洋画=さ行 | Trackback | Comments(0)

御用金

●「御用金」
1969 フジテレビジョン・東京映画(配給:東宝) 123分
監督・(共同)脚本:五社英雄
出演:仲代達矢、丹波哲郎、中村錦之助、浅丘ルリ子、司葉子、夏八木勲、東野英治郎、樋浦勉他
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<評価:★★★★★★☆☆☆☆>
<感想>
珍しく、2日続けて時代劇を観た。新旧の対比が出来て面白かった。好みだろうけど、個人的には
「殿、利息でござる!」の方が圧倒的に面白かった。本作は、フジテレビが初めて劇場映画に進出した
記念すべき一作で、当時フジテレビで「三匹の侍」などのテレビドラマを演出し、既に映画監督として
「牙狼之介」などを撮っていた五社英雄が脚本家・田坂啓と本を書き、演出した。

テレビドラマ「三匹の侍」で、日本刀の当たる音や、人が斬られる音などを入れて新たな地平を
開いた五社の作品で、映画では更に劇的に仕上がっている。短い心象光景のカットバックなど、今は
あまり使わないような手法も多用、「芸術」的な雰囲気を表出しようとした気分は、五社監督の若さ
(当時40歳)ゆえだろうか。私は、さいとうたかをの「劇画」を観ているような気分であった。

映画としては寒さは伝わってきたが(苦笑)、全体として凡庸な出来だと感じた。しかし、1969年当時
では、新しかったのだろうなとは推察出来るが。終盤の御用船をおびき寄せるシーンでは、大きな薪は
リアルで良かったが、夜の海を行く御用船の模型がチャチで残念だったのと、砂浜でも馬がパカパカいうのは
如何なものか、とも感じた。
今観ると、出演者の若さにばかり目が行ってしまった。浅丘ルリ子なんてまだ29歳!仲代も30代だ。
丹波哲郎は、一生懸命観ていた「キーハンター」の放映が本作の前年から始まったところ。
水戸黄門になる東野英治郎(当時62歳)、西村晃(当時46歳)が共に出演していたり。
ちなみに東野英治郎版黄門は本作が作られた年からスタートしている。そんなところばかりに関心が
行っていた。中村錦之助の役は本来、三船敏郎がキャスティングされたが、寒い中でのロケを嫌がった
のと、仲代との間が非常に悪くなり、錦之助に交代したといういわくがある。

閑話休題、本作の出来に戻ろう。ストーリーは単純だし、ラストも想像出来てしまう。活劇として
単純に楽しめば良いのだろうけど、あまりにコテコテな時代劇で、ストーリーの綾、みたいな楽しみは
ない。これは脚本の問題だ。昭和40年代の時代の雰囲気と役者の若さを感じながら観ると楽しいかも。
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<ストーリー>
天保二年の冬、越前鯖江藩領内で奇怪な事件が起った。黒崎村の漁民が一人残らず姿を消してしまったのだ。
領民たちは、この事件を“神隠し”と呼んで怖れた。
三年後の江戸。浪人脇坂孫兵衛が、鯖江藩士の流一学らに急襲された。孫兵衛は、彼らが、
次席家老六郷帯刀によって差向けられたことを知り愕然とした。

その頃鯖江藩は、公儀より一万石を削減され、さらに享保以来の不況で、極度に疲弊していた。
帯刀は、佐渡から産出した御用金を積んだ船が黒崎村沖で遭難した時、漁民たちが拾いあげた金を
藩財政建てなおしのために横領し、その秘密を知る漁民をみな殺しにしていたのだった。
帯刀の妹しのの夫である孫兵街が、妻と藩を捨てて出奔したのは、それから間もなくのことだった。
帯刀は、その時竹馬の友孫兵衛に二度と“神隠し”を行なわぬと約束させられた。
だが、藩政改革に自分の政治的生命を賭ける帯刀は、再度の計画を練っていた。
孫兵衛は、帯刀への怒りをこめて鯖江に向ったが、その途中女賭博師おりはと知合った。

おりはも“神隠し”の犠牲者だった。年季奉行が明けて村へ帰った時、許婚者も父親もなく、
身を落した女だった。旅を続ける孫兵衛は、やがて、浪人藤巻左門と会った。その時、
左門は孫兵衛につかず離れずの旅をしていた。一方、藩では、孫兵衛の行動を察知し、
剣の木峠で彼を急襲させた。そして、死闘で傷ついた孫兵衛を救ったのは左門だった。
やがて、帯刀に、金を積んだ御用船が佐渡を出帆したという報告が入った。
そして、鮫ヶ淵村が“神隠し”の舞台に選ばれた。帯刀の片腕九内らに狩り出された
鮫ヶ淵村の漁民たちは、御用船を湾の暗礁地帯に誘導すべく、偽りの篝り火台を新設
していた。帯刀の野望と領民の悲劇を阻止するために孫兵衛が立ちあがり御用船難波の
真相究明に幕府が送った公儀隠密の左門もまた孫兵衛とともに鯖江藩の剣客と対峙した。
雪をついて二人の剣が次々と相手を倒し、やがて帯刀を倒し、“神隠し”の悲劇を未然に防いだ。

この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=142846こちらまで。



# by jazzyoba0083 | 2017-02-23 22:50 | 邦画・旧作 | Trackback | Comments(0)

殿、利息でござる!

●「殿、利息でござる!」
2016 日本 松竹・東日本放送 129分
監督・脚本:中村義洋   原作:磯田道史「穀田屋十三郎」
出演:阿部サダオ、瑛太、妻夫木聡、竹内結子、寺脇康文、キタロウ、千葉雄大、橋本一郎、中本賢、西村雅彦
   堀部圭亮、松田龍平、草笛光子、山崎努、羽生結弦(友情出演) ナレーション:濱田岳 他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
私は邦画の中でも時代劇が好きで、中でも事実に根ざした時代劇が特に好み。一方、先日の
「情熱大陸」で観た本作の原作を書いた磯田道史の凄さも確認したく、WOWOWでの放映を機に
観てみた。メガフォンを取った中村監督作品では一連の伊坂幸太郎ものが好きで、全部観ている。
本作も、脚本構成作家から叩き上げてきただけあり、作劇は確かで、面白く出来上がっていると感じた。
★は7.5。
冒頭の初代浅野屋(山崎努)が壺に銭を入れるシーン、更に夜逃げする一家に声を掛ける
シーンを始めとして、いろんなところに細かく埋められた伏線が、ストーリーの展開につれて
見事に回収されていくが、このあたり観ていて気持ちがいいものだ。オチは、浅野屋の正体。
そして宿場のだんな衆が寄進を競うお寺の住職が記録した本がこの作品の元になってますよ、
さらに主人公の穀田屋酒店は今も仙台にありますよ、というもの。これが歴史好きにはたまらない。

出てくる人が、伊達藩の収入役・松田龍平以外、(彼もそんなに非道な悪人ではない)基本的に
全員いい人で、それも、そこまで行くか!というくらいいい人だらけ。それがまたこの作品の
最大の魅力である「痛快さ」を創り出しているし、「売り」なポイントなんであろう。
現実社会への皮肉、とも取れる。

更に役者が良い。阿部サダオ、瑛太、寺脇、キタロウ、西村、松田龍平、など個性派が揃い、
加えて、山崎、草笛のベテランが押さえる。だから千葉雄大(宮城県出身繋がり)やゲストの
羽生くんら若手が出てきても、それはそれとして観ていられる。(羽生くん、結構上手いけど)

貧乏な村の衆が、一所懸命にお金を集めて殿様に貸そうとする物語、丁寧に表現はしているが
一年一年経過を説明しすぎたんじゃないか、もう少し短くしても良かったんじゃないかな、とは
感じた。
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<ストーリー>
 『武士の家計簿』の磯田道史が江戸時代に貧しい町を救うために奇想天外なアイデアで藩主に立ち
向かった実在の商人の知られざる感動歴史秘話を綴った評伝『穀田屋十三郎』を「予告犯」「残穢【ざんえ】
 -住んではいけない部屋-」の中村義洋監督、「舞妓 Haaaan!!!」「夢売るふたり」の阿部サダヲ主演で
映画化した痛快人情時代劇コメディ。
共演は瑛太、妻夫木聡、竹内結子、松田龍平、山崎努。また、フィギュアスケーターの羽生結弦選手が
殿様役で映画初出演を果たしたことも話題に。

 江戸時代中期の仙台藩。百姓や町人には重税が課され、破産や夜逃げが相次いでいた。貧しい宿場町・
吉岡宿も例外ではなく、造り酒屋を営む穀田屋十三郎は、そんな町の行く末を深く案じていた。
ある時彼は、知恵者の篤平治から、町を救うあるアイデアを打ち明けられる。それは、藩に大金を貸し
付け、その利息で町を再建するという前代未聞の奇策だった。計画に必要な額は、なんと千両(約3億円)。
簡単につくれる額ではないが、宿場の仲間たちを説得し、必死の節約を重ね、家財も投げ打ってひたすら
銭集めに奔走する十三郎たちだったが…。(allcinema)

この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=353460#1こちらまで。


# by jazzyoba0083 | 2017-02-22 22:22 | 邦画・新作 | Trackback | Comments(0)

サウルの息子 Saul fia

●「サウルの息子 Saul fia」
2015 ハンガリー Laokoon Filmgroup,Hungarian National Film Fund.107min.
監督・(共同)脚本:ネメシュ・ラースロー
出演:ルーリグ・ゲーザ、モルナール・レヴェンテ、ユルス・レチン、トッド・シャルモン、ジョーテール・シャーンドル他
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       <2015年度アカデミー賞外国語映画賞、カンヌ国際映画祭グランプリ受賞作品>

<評価:★★★★★★★★★☆>
<感想>
「息詰まるアップ」「終始手持ちの長回し」「音楽なし」。それでもナチスによるユダヤ人収容所の様子は
極めて良く分かる。内容、演出ともに衝撃的な作品だった。昨年、オスカーを始め世界中の外国語映画賞を
総なめにし、映画ブロガーの中でも評価が高かった本作、WOWOWでの放映を機に鑑賞することが出来た。
映画館でみたら、あのアップはもっと息が詰まったことだろう。故にラストの緑の林のロングショットが
大きなカタルシスとして描き得るのであろう。

冒頭から主人公サウルのタイトバスト(肩から上の)ショットから長回しの映像が始まる。
映像に入る前、字幕で解説される「ゾンターコマンド」という、処分された死体が脱いだ服から金目の
モノを抜き出し(映画には描かれないが、死体から金歯を抜いたり髪をそったりもしたようだ)たりする
役目を背負ったユダヤ人が描かれる。彼らもやがて処分されるのだが。

黙々と何かの仕事をしているサウルのアップの背景に、ややアウトフォーカスで描かれるホロコーストの
実態。衝撃的なカットはアップの人物で隠すものの、着いた列車からおりた大勢のユダヤ人が、「シャワーの
後はスープだ」とか「脱いだ服のフックの番号はよく覚えておけ」とか言われて裸になり、ガス室に送られる。
その瞬間からゾンターコマンドたちは脱いだ服からいろんなものを抜き取り、時計や貴金属を手際よく
集める。すぐにガス室から聞こえてくる苦悶の絶叫やドアを叩く音。それでも彼らは表情一つ変えずに
仕事に打ち込む。ガスによる虐殺が終わると、ゾンターコマンドたちは死体を運び出し、焼却炉に運び、
シャワー室の床を掃除する。おぞましい光景があくまでもアップ画面の背景に映し出されていく。

はっきりと見せられるより、サウルの無表情は顔のアップの背後に展開されることにより、ホロコーストが
余計にリアルに迫ってくる。川に行って何かを川に撒いている。それが遺体を焼却した灰だと、説明され
なくても分かるのだ。
ゾンターコマンドたちもだまってこの狂気の作業をしているだけではなく、一部は武器をなんとか都合し
て反乱を起こそうと計画していたのだった。

<以下、結末まで全部ネタばれで書かれていますので、未見の方はご留意ください>

こうした中で、処分が終わったガス室からまだ息があると言って運び出されてきた男の子がいた。
担当のナチス将校は、まだ生きている少年の口を手で押さえてトドメをさし、解剖せよ、と担当医師に命ずる。
それを見ていたサウルは少年を自分の息子だと思い込み、解剖はしないでくれ、ユダヤ教に則りラビに
葬儀を取り仕切ってもらってくれ、と医師(彼もユダヤ人)に頼む。医師は少年の遺体を隠していてくれる
のだが、その間、サウルは狂ったようにラビ(司祭)を探しまくる。少年を埋葬することがゾンターコマンドと
してやっていることの贖罪と思い込んだか、またあまりの環境に狂ったのか。

今いる班にはラビはいないとなると、新たな列車で到着したユダヤ人の中に入り込み、ラビを探しまくる。
その頃には焼却炉が追いつかず、穴を掘って埋めていくようになっていた。
その中からようやくサウルはラビを見つけ出す。しかし、こいつがどうやら助かりたくて嘘をついているようだ。

やがて、ゾンターコマンドの中から70人の抹殺命令が出る。彼らはガス室の前で反乱を起こし、銃撃戦となり
一部は収容所から逃走する。サウルも遺体を担いでその中にいた。とにかく遺体を埋葬したい、その一心で。
大きな川まで来た時、一緒に逃げてきたラビに祈りをお願いし、木の枝で穴を掘ろうとした。祈りを始めた
男は途中で止めてしまう。やはり偽物だったのだ。その時遠くに犬の鳴き声が。追手が迫ってきたのだ。
ラビと称した男はすぐに逃げ出す。サウルも遺体の袋を抱いて川に入る。なんとか泳ぎきろうとしたのだが
力が尽きそうになってしまう。その時、仲間がが彼のクビを後ろから支え助けてくれた。しかし、遺体の袋は
流れていってしまった。

林の中の掘っ立て小屋に、逃げた数人が集まってきた。その時、入り口のところに運んできた遺体と同じくらいの
地元の少年が立っていた。サウルの顔にようやく笑顔が。(この映画唯一の笑顔だ)あの遺体の少年が来てくれた、
くらいに思ったのだろうか。少年は踵を返すと森に去っていく。それと入れ替わりに追手の軍隊が駆けつける。
逃げていく少年の姿。そしてやがて遠くで聞こえる機関銃の音。林の中に消えていく少年。林の遠景。
暗転し、エンドロール。音楽。音楽が切れてもつづく字幕の背後に、林のノイズが生き続けている・・・。
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107分、「息詰まる」といったが、「息つく暇もない」という見方も出来る。アップをあの近さから撮り続けるとは
どういう技術だろう、フォーカスはどうやって合わせているだろう、川を渡るときはどうやって撮ったのだろう、
などテクニカルな部分にも興味が行った。ナチスの狂気と、サウルのカウンターに位置する狂気。そこに
この映画の生み出すパワーがある。戦争と狂った政治が生み出す人間の仕業とは思えないナチスのホロコーストに
思いを致すのもいいだろうし、サウルは一体何をしようとしたのだろう、とそれぞれ思うのもいいだろう。
個人的には、このブログを書きながら「処分」とタイピングする軽さと現実の重さに心も重くなるのだった。
この映画は実際に観てもらわないとその凄さは理解はしてもらえない、ということだけは確かだ。

<IMDb=★7.5>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:96% Audience Score:80%>

この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=354579#1こちらまで。

# by jazzyoba0083 | 2017-02-20 23:20 | 洋画=さ行 | Trackback | Comments(0)

●「真夜中のピアニスト De battre mon coeur s'est arrêté」
2005 フランス Why Not Productions and more.108min.
監督・(共同)脚本:ジャック・オーディアール
出演:ロマン・デュリス、ニエル・アレストリュプ、オーレ・アッティカ、エマニュエル・ドォヴォス、リン・ダン・ファン他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>

この年の「セザール賞」作品、監督など主要8部門で賞を獲得した作品。主演男優賞は外れてしまい、ロマン君、
せっかくピアノを一生懸命弾いていたのに残念だった。もともとはアメリカ映画でハーヴェイ・カイテル主演の
「マッドフィンガー」をリメイクした形となっている。監督・脚本はフランスでは既に定評のある人のようだが
私は良くは知らない。手持ちの荒々しいカメラと、後半ピアノ演奏会などで使われる脚を使った安定した画が
対象的だ。
個人的に難点だったのは、前半しばらく、主人公が何の商売をしているのか分からなかった点。予備知識無しで
観たので、不動産ブローカーであることが分かったのは30分位経過してからであろうか。それは置くとしても
主人公がピアノを弾き始めてから、ストーリーが動く出す。それまでがもどかしかった。

ピアニストであった今は亡き母親の影響でかつてピアノを弾いていたトム(ロマン)。彼は父の手伝いもあり、
仲間と結構危ない不動産ブローカーをしていた。そんな日々を送る中、荒廃する心を開放しようとしたのだろう、
昔習ったピアノに10年振りで手を付けて見た。
ある日かつての母のコンサートマネージャーからピアノのオーディションを受けることを勧められ、ピアニストを
目指し本格的にピアノを習う決意をする。いくつかの学校に断わられ、友人の紹介で中国人ピアニストの
ミャオリンの個人レッスンを受けることになる。ミャオリンはフランス語を話さない・・・。

片や荒んだ生活が続き、辛い心の逃げ口として、また別の自分になりたいという希望をもち真夜中にピアノに
向かうトム。だが、短気な彼は言葉の分からないミャオリンに当たったり、なかなか上手くならない自分に
自暴自棄になったり。
暴力的な商売とピアノレッスンという非常に対照的な事象を合わせ、主人公トムの揺れる心が手持ちのカメラで
表現されていく。
いよいよオーディションの日がやってきた。しかし当日も仲間から商売に連れて行かれ、心が乱れてしまう。

<ここからネタばれです>

ラストに向かうオーディションから二年後の生活もある意味衝撃的だった。結局ピアニストにはなれなかった
トムはミャオリンのステージマネージャーになっていた。殺された父の復讐を経て、血のついた服でミャオリンの
コンサート会場に座ったトム、演奏を聴いて笑顔になるのだった。結局、トムは別の形で自分を見つけた、という
ことなのだろうか。

ハーヴェイ・カイテルのオリジナルは未見であるが、本作は脚本がとても良かったし、映像が荒々しいトムの心や
商売を活写していた。全体としてみれば異質なフィルム・ノワールではあるが、独特の味わいを持っている。
セザール賞は逃したが、トムを演じたロマン・デュリス、悪くなかったと思う。
ジャック・オーディアールは、本作から10年後の2015年、「ディーパンの闘い」で、カンヌ国際映画祭パルム・
ドールを獲得することになる。
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<ストーリー・結末まで書いてあります>
28歳のトム(ロマン・デュリス)は、友人ファブリス(ジョナサン・ザッカイ)、サミ(ジル・コーエン)と
組んで、不法住民を暴力で追い出し物件を転がす不動産ブローカー。
同業の父ロベール(ニール・アルストラップ)からは再婚する予定の若い恋人クリス(エマニュエル・ドゥヴォス)を
紹介されるが、トムは素直に認められない。

そんなある晩、亡き母のコンサート・マネージャーに再会したトムは、オーディションの機会を与えられ、
ピアニストへの道を薦められる。10年ぶりでピアノに向かったトムは、忘れていた音楽への愛と情熱を再認識した。
そしていくつかの音楽学校を断られたあと、中国人ピアニストのミャオリン(リン・ダン・ファン)の元にレッスンに
通うことになる。

ファブリスからは浮気のアリバイ工作を頼まれ、父からは取り立てを催促され、現実に嫌気が差すトムは、どんどん
ピアノのレッスンにのめり込む。さらにはファブリスの妻(オーレ・アッティカ)と関係を持ってしまうトム。
そして父から金を騙し取ったというロシア人のマフィア、ミンスコフ(アントン・ヤコフレフ)の若い愛人(メラニー・
ロラン)とも関係を持つ。
オーディション当日には物件の裏取引に連れ出され、当日は心が乱れてうまくピアノが弾けない。思わず会場を飛び
出したトムは、無残に頭を撃ち抜かれた父の姿を見つけるのだった。

2年後、ミャオリンのコンサートに付き添うトムの姿。彼は父を殺したミンスコフを発見し、追いかけて暴力を加える
ものの、最後のとどめは刺さなかった。そしてコンサート会場の席に着き、ミャオリンのピアノ演奏を堪能するのだった。
(Movie Walker)

<IMDb=★7.3>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:85% Audience Score:84%>

この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=323086#1こちらまで。



# by jazzyoba0083 | 2017-02-18 23:10 | 洋画=ま行 | Trackback | Comments(0)

エール! La famille Bélier

●「エール! La famille Bélier 」
2014 フランス Jerco and more.105min.
監督・(共同)脚本:エリック・ラルティゴ
出演:ルアンヌ・エメラ、カリン・ヴィアール、フランソワ・ダミアン、エリック・エルモスニーノ、ロクサーヌ・デュラン他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>

なんの前知識なく、フランス映画とも認識がなく、WOWOWで録画されていたので観てみたら、これが
大当たり。社会的弱者や病気モノは最近富みによく製作されるが、その背景に、そういう人々と健常者が
日常どうあるべきか、を問わなければならないような社会である、ということと、その手の映画もちゃんと
観てもらえるようになったということがあるのだろう。ただし、お涙頂戴、ヒット狙いなものは当然ダメで
あるのだが。
その点、本作は、逆境を笑い飛ばすというフランス映画独特の乾燥度を持っていて、(例:「最強のふたり」
など)嫌味なく見ることが出来る。
障害者であることを変にオブラートに包むのではなく、あけすけに提示することにより、観ている方も、映画に
納得・同化しながら楽しむことが出来るのだと思う。
 とにかく登場人物がアッケラカンとしていて、めそめそしていない。ポーラに初潮が来た、といって大騒ぎ
して喜ぶ両親、また母が膣炎で婦人科にかかり、ポーラは通訳して、母に性生活を控えめにするように通訳したり
とかのシーンがあったと思えば、学園祭で歌う歌が、おいおい、こんな大人の歌を中学生に歌わせていいのかよ、
と思ってしまうような歌だったり、父親がなんと村長に立候補すると言い出したり・・。とにかくカラッとした
映画なのだ。だから最後の大団円が盛り上がるのだな。
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登場するのは四人家族。娘のポーラ以外は両親、弟3人共聾唖である。この設定が映画の全てといっても
いいくらいだ。一家は酪農を営み、回りの人達の理解もあり、不自由を感じることもなく暮らしていた。
娘は健常者であるのだが、手話を駆使し、家族と語り合う。家の手伝いを一生懸命するような、なかなか
出来た娘であるのだが、授業には疲れから居眠りをしてしまうなど、はなかなか打ち込めない。

ある日学校でコーラス・グループが結成され、ぶーたれていたポーラは先生から団に入るように指名されて
しまう。しかし、彼女の歌声を聴いた先生は、その歌声の可能性に驚き、個人レッスンを受けるようにいう。
パリの音楽学校に行け、その能力はある、というのだ。 
 一家のコミュニケートを支え、通訳代わりを勤め、酪農も手伝う生活をしているポーラ、自分が抜けたら
一家は大変なことになる、と大いに悩む。でも夢は叶えたい。自分の歌声を家族に聞いてもらうことは
出来ない、ということも彼女を悩ませる。個人レッスンを止めたり、なかば自暴自棄になったり、
ボーイフレンドと喧嘩したり・・・。両親にパリ行きを打ち明けるも、なかなか理解は得られない。

学園祭の出し物でコーラスや、ボーイフレンドとのデュエットを披露するポーラ。見に来ていた家族は当然
彼女の歌は聞こえなかったが、その美声は大評判だった。音楽の先生は、彼女は才能がある。応援してあげ
ないか、と語るが、事情をわきまえたポーラはそれを通訳しなかった。

その夜、父はポーラを庭に呼び出し、歌ってくれという。父は彼女の喉に手を当てて聞き入っている。
オーディションの日を知っていた父は、ポーラを起こし、パリへとクルマを走らせる。オーディションが
始まった。しかし、ポーラの歌う歌を伴奏者は楽譜がないという。そこに、ポーラがパリに行ったと
聞きつけた音楽の先生が登場、私が弾きます、と。そしてオーディションが始まった。
遅れて駆けつけた家族。その前で、彼女は手話も使い、まるで一家と自分の事を歌ったような歌を力一杯
歌い上げたのだった。結果は合格! ポーラのパリでの新しい人生と、ポーラ抜きの家族の新しい暮らしが
始まったのだ。
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大柄なポーラがちょっと初潮を迎える中学生にしては体格が良すぎるんじゃないか、とは思ったけど、
彼女を含め、手話を駆使し、特に両親と弟はセリフが全く無い演技だが、キャラクターを上手く出して
見ものであった。ポーラを演じたルアンヌ・エメラは実際にテレビのオーディション番組で優勝し、この
映画にキャティングされたまだ素人っけが残る女優さん。そこら辺も良い方に作用したんじゃないか。
独特の軽・重い感じがいい。自分の道を見つけていくという青春ドラマでもあり、家族ドラマでもある。
佳作。

この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=353061#1こちらまで。

<IMDb=★7.3>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:81% Audience Score:76%>


# by jazzyoba0083 | 2017-02-16 22:55 | 洋画=あ行 | Trackback | Comments(0)

●「DEMONデーモン Go with Me(Blackway)」
2015 アメリカ Enderby Entertainment,Gotham Group.90min.
監督:ダニエル・アルフレッドソン
出演:アンソニー・ホプキンス、ジュリア・スタイルズ、アレクサンダー・ルドウィグ、レイ・リオッタ他
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<評価:★★★★★☆☆☆☆☆>
<感想>

日本未公開映画を紹介するWOWOWで鑑賞した。
「病んだ田舎町不気味さ」という雰囲気。ホプキンスを始めとして役者は揃っているのに、映画としては
非常に中途半端さを拭いきれないものであった。
単純に言ってしまえば、おじいさんと若者と若い女性が町の極悪ボスをやっつけに行くというお話。

ホプキンス(さすがの演技)演じるレスターは不気味な老人であるが、彼の背景は娘がヤクで亡くなり、
奥さんには逃げられたということや、娘の葬儀の帰りに当時警官だったブラックウェイ(リオッタ。これまた
ベタな名前で!)にあれこれとイビれたこともあるということなどが提示される。
レスターの娘はこのエリアの麻薬を一手に引き受けるローカル組織のボスであるブラックウェイにヤク漬けに
されて殺されたのだ。彼に大きなウラミがあることは分かる。
一方、レストランに勤める若い女性リリアンは、猫を殺され、ストーキングをされ、暴力も振るわれていた。
(ブラックウェイを殺しに出かけるにはちょっと動機が弱いか)
レスターに味方する甥のネイトの3人で山の鉱山の小屋にいるといわれるブラックウェイを探しに出かけた。
山深い、今は廃坑となっている所にブラックウェイはいるのか?高まる緊張感!

なんだけど、ラストは意外とあっさり終わっちゃうんだ。ブラックウェイは彼ら三人を付けてここまで
やってきて先手を打つ。ネイトと殴り合いになり、リリアンも危ない。爺さんはカモ撃ち銃を持って
ブラックウェイを狙うが、もつれあう2人に狙いがつけづらい。そこに爺さんの後ろから、ブラックウェイの
手下がライフルをぶっ放し、爺さんは肩を撃たれてしまう。しかし、負けない爺さんは起き上がり、
リリアンに迫ろうとしているブラックウェイを、ズドンと一発! ボス、即死! 手下も死んで、2人を山の中に
埋めてしまいましたとさ。で? 終わり? ラストの爺さんの顔のアップの意味は?

ホプキンスの笑わない演技はたしかに良いが、レイ・リオッタの極悪非道なボスは迫力不足。
だいたい脚本がアカンのだな。短い映画なので、ホプキンスファンの方はご覧になるといいかも。
この出来では配給会社は手が出ないだろうな。

<IMDb=★5.2>
<Rotten Tomatoes:Tomatometer=-- Audience Score=34%>
<ストーリー>
ハイネケン誘拐の代償」のアンソニー・ホプキンスとダニエル・アルフレッドソン監督が再タッグを組み、
謎の男から執拗に嫌がらせを受ける女性の姿を通してアメリカ地方社会の闇をあぶり出した社会派サスペンス。

母の遺産である一軒家を相続し、故郷の田舎町に戻ってきたリリアン。そこで彼女はブラックウェイと
呼ばれる謎の男から繰り返し嫌がらせを受けるようになるが、保安官や町の人々に相談しても町を去るよう
警告されるばかりだった。そんな中、老男性レスターと彼の親戚である若者ネイトだけがリリアンに味方し、
誰も居場所を知らないというブラックウェイを一緒に探しはじめるが……。

主人公リリアン役を「ジェイソン・ボーン」シリーズのジュリア・スタイルズ、謎の男ブラックウェイ役を
「グッドフェローズ」のレイ・リオッタ、レスター役をホプキンスがそれぞれ演じた。(映画.com)

この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=359268こちらまで。

# by jazzyoba0083 | 2017-02-15 23:00 | 洋画=た行 | Trackback | Comments(0)

●「愛しき人生のつくりかた Les Souvenirs」
2015 フランス Nolita Cinema and more.93min.
監督・(共同)脚本:ジャン=ポール・ルーヴ
出演:アニー・コルディ、ミシェル・ブラン、シャンタン・ロビー、マチュー・スピノジ、ジャン=ポール・ルーヴ他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>

いかにもフレンチテイスト、「面白うて、やがて哀しき」という風情と「ビタースウィート」という
テイストをまとった、ある家族に焦点を当てた掌編ドラマ、という感じだ。★は6.5+α。

エスナール一家のおじいちゃんの葬儀から始まる。孤独になったおばあちゃんマドレーヌが主人公風。
そしておばあちゃん子にして孫で作家を目指している青年ロマン、その恋人になるノルマンディー地方の
女性教師、ロマンの父ミシェルは郵便局を定年退職したばかり。母は教師をしているが定年間近。2人の
関係は冷めそうでギクシャクしている。
父には2人の男兄弟がいる。そんな一家に起こるエピソードがとっちらかりそうで、なんとか纏めてあり
ラストシークエンスにおいての伏線の回収でカタルシスを得ている。ラストにかけての構成と盛り上げ方は
上手いのではないか。

おばちゃんは最愛の夫を亡くし、一人暮らし。しかしある日倒れてしまい、心配したミシェルは
おばあちゃんを老人ホームに入れることにする。納得して入ったホームだが友人が出来るわけでもなく
孫のロマンは頻繁に訪ねてくれたけど、自分の居場所ではないと考えていた。

ミシェルはメニューを1時間眺めていても決まらないグズで、そのあたり長年連れ添った妻との関係は
ギクシャクしている。ロマンはホテルの夜勤のバイトを始めていた。そんなある日、おばあちゃんんが
ホームから消えてしまった。慌てた一家はほうぼう探し回るが、長男ミシェルは自分がホームに入れた
からだ、自分が殺したんだ、と悲観する。もうおばあちゃんが生きていないような思い込みぶり。

冷静な孫のロマンはおばあちゃんは思いでの地に行ったに違いなと確信し、クルマでノルマンディーに
出かける。そこの案内所では自殺しにきた青年か、とかからかわれたが、おばあちゃんは母校の小学校を
訪ねていたのだった。そしてそこで、先日の葬式でちら見して気に入っていた女性が教師として勤めて
いることも判った。教師のアイデアで、小学校のこどもたちと触れ合い、みんなに自分の画まで描いて貰い
とてもいい時間を過ごせたおばあちゃん、だがホテルに帰ると、再び倒れてしまった。救急車で病院に
運ばれるが昏睡状態。ロマンは旅の本を読み聞かせてみるが・・・。

ラストシーンは映画冒頭の葬式シーンと同じ。しかし埋葬されるのはおばあちゃんだ。司祭曰く、
「人間は埋葬されるために生まれてくるのではない」「愛とは与えるものなのだ」とおばあちゃんが
生涯を通してみんなを愛したことを説いた。そこに遅れてきたノルマンディーの女性教師。すでに
ロマンとの間に愛が芽生えていた。

まさに「Life goes on」。三世代のふとした人生のドラマには含蓄のあるコトバも多く(ガソリン
スタンドの店員や司祭)一家三世代の愛のありようが心温まるストーリーで語られている。ラストの
閉じられたおばあちゃんの墓石からの引きながらの俯瞰パーンで、墓場から2人して仲良く去っていく
孫のロマンと恋人の女性教師の姿を捉えたシーンは非常に多くを物語る良いカットだった。
「流転する人生」・・・。短い時間であるが、フランス映画らしいウィットに富み人生の実相を
見る人に考えさせる良作といえよう。
監督で映画に出演もしているジャン=ポール・ルーヴはハフポストのインタビューで「この映画は
なにかを伝えたいという明確なものは無くて、今の社会はこうなんだ、ということを観てもらいた
かった」と応えている。そのように出来上がったと思う。三世代一家の事象から人生を考えさせる
ような仕上がりになっている。
主役のおばあちゃんマドレーヌを演じたのはフランスの国民的歌手アニー・コルディ。美しい
ノルマンディーの風景とともに流れるシャルル・トレネの「残されし恋には」が、効果的に
使われている。ラストシーンでは胸がキュンとなるだろう。

<IMDb=★6.5>
<Rotten Tomatoes:Tomatometer= --  Audience Score=56%>
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<ストーリー>
パリとノルマンディを舞台に、夫に先立たれたおばあちゃんが、それぞれに悩みを抱えた息子と孫と
織りなす家族3世代の物語を心温まるタッチで綴る人生ドラマ。
主演はフランスの国民的歌手のアニー・コルディ。共演に「仕立て屋の恋」のミシェル・ブラン、
TVを中心に活躍する若手マチュー・スピノジ。
監督は俳優としても活躍し、これが監督長編3作目のジャン=ポール・ルーヴ。

 最愛の夫をなくしたばかりのマドレーヌは、パリの小さなアパルトマンでひとり静かに暮らしていた。
3人の息子を育て上げ、それなりに充実した人生を過ごしてきたマドレーヌ。今も、大学生の孫ロマンの
ことが可愛くてしょうがない。
そんなある日、マドレーヌが突然倒れて入院する事態に。大事には至らなかったものの、ひとり暮らしは
心配と、息子のミシェルは兄弟と相談してマドレーヌを老人ホームに入居させることに。退屈なホーム生活に
不満が募るマドレーヌ。ある時、足繁く通ってくれるロマンから、息子たちがアパルトマンを勝手に売り払って
いたこと知り憤慨、ホームから姿を消してしまう。そこでロマンは彼女を探す旅に出るのだったが…。
(allcinema)

この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=354248こちらまで。


# by jazzyoba0083 | 2017-02-13 23:10 | 洋画=あ行 | Trackback | Comments(0)