●「ザ・ブリザード The Finest Hours」
2016 アメリカ Walt Disney Pictures,and more.118min.
監督:クレイグ・ギレスピー
出演:クリス・パイン、エリック・バナ、ケイシー・アフレック、ホリディ・グレインジャー他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
これ、シネコンの大画面で観たかった。画面の迫力があれば感想も、少しは変わったかも
しれない。もう特撮映画だ。ストーリーは実際に1952年(私が生まれた年)に起きた事件を
元にしている。が、そうであれば面白さに下駄が履けるのが普通だが、本作は細かいところで
詰めが甘く個人的には、ちょっといただけないんじゃないか、と思わざるを得なかった。
 
 例えば、雪の中を走るクルマに付く雪のありよう、救難中、また救助艇に乗せてから
港に向かうまでの登場人物が、真冬の海でしかもずぶ濡れなのに、寒そうでないという
事態、加えて大型タンカーの救助に行くのに小型救助艇って、行って何するの状態の件、
しかも、嵐の中を突撃させる司令官の無能さ、加えてこの司令官、救助艇がタンカーの
乗組員を救助して人の重みで推進もままならない上、羅針盤を無くした、って言っている
のに、近くの僚船にいかせようとする無能の上塗りの件、などなど、これって実際は
どうなの?とか、たまたまタンカーと行き会ったからいいようなものの、運が良かった
向こう見ずの救助が、そう賞賛されることなのかいなあ、と思いながら観ていた。

救いは、半分になっちゃったタンカーを操船したシーバートを演じたケイシー・アフレックの
存在。かれは船長がいるデッキ部分がある前半分がちぎれて沈没したことを受け、後ろ
半分を出力の加減だけで操り、砂州に座礁させたのだ。彼こそ褒め称えられるべきじゃないか?

主役のクリス・パインは動きのある演技ではなかったとは言え、平凡であった。勝ち気の
婚約者ホリディ・グレインジャーは頑張っていたが、底が浅い感は免れない。全体として
巨大な波浪に立ち向かう救難艇のシーン(サーフィンか!)以外は見せ場もなく、しかも
救難艇の先端の見張り役をいつまでも置いているんじゃねえよ、かわいそうに、などと思い
ながら観ていて全体として平凡な出来となった。ディズニーだから?

この直前に観た「白鯨との闘い」の捕鯨基地だったナンタケット島沖の100年後のお話だ。
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<ストーリー>

アメリカ沿岸警備隊の隊員たちが過酷な気象状況下で巨大タンカーの乗組員の救出に挑んだ、
SSペンドルトン号の救出劇と呼ばれる実話を基にしたスペクタクルドラマ。
10年に発表され、話題を呼んだノンフィクション小説を『ミリオンダラー・アーム』の
クレイグ・ギレスピー監督が、クリス・パインを主演に迎えて映画化した。


1952年2月18日未明、超大型ブリザードが大西洋沖を航行中の大型タンカー、ペンドルトン号を
襲った。雪が混ざった強風と大きくうねる波にさらされて、前月に船体を補修したばかりの
継ぎ目が避け浸水。真っ二つに裂かれてしまう。タンカーの構造に精通する一等機関士
レイモンド・シーバート(ケイシー・アフレック)の指揮のもと、船員たちは沈没を食い
止めようと懸命の作業にあたる。

一方、沿岸警備隊チャタム支局にペンドルトン号遭難の知らせが入り、新任の司令官クラフ
(エリック・バナ)は木製の小型救命艇で生存者救出に向かうよう一等水兵のバーニー・ウェバー
(クリス・パイン)に命じる。1年前に似たような状況で8人の命を救えなかったバーニーは、
今度こそ誰も死なせないと心に決め、仲間のリヴシー(ベン・フォスター)やフィッツ、
マスキーとともに救出に向かう。
しかしタンカーの生存者は32人であるものの、小型救助艇の定員は12人。また、コンパスが
壊れてしまい、視界がないにも拘わらず方角もわからなくなってしまう。雨と雪が混じった
風速40mを超える強風と20m超の高波が襲う中、刻一刻とタイムリミットが迫るペンドルトン号の
もとへバーニーらは命がけで向かう。(Movie Walker)

この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=354700まで。

# by jazzyoba0083 | 2017-01-19 23:05 | 洋画=は行 | Comments(0)

●「白鯨との闘い In the Heart of the Sea」
2015 アメリカ Warner Bros.122min.
監督:ロン・ハワード 原作:ナサニエル・フィルブリック
出演:クリス・ヘムズワース、ベンジャミン・ウォーカー、キリアン・マーフィー、トム・ホランド他
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<評価>★★★★★★★☆☆☆
<感想>
大好きなロン・ハワードだったので★8つくらいは謹呈したかったのだが、ちょっと足りないなと
思う部分があった。白鯨との闘いだったはずなのだが、漂流譚が長かったかな、ということ。それと
こちらの準備不足もあったのだが、ここまで「カニバリズム」に焦点が当たっているとは思わな
かったので、「冒険譚」とした心の準備が作品に追いつけなかったところがあった。
だから★を減らしたのは観る方の問題であり、本作の出来には関係のないこと、かも知れない。
「白鯨」がクローズアップされたが、本作はあくまで「白鯨」が要因となった「漂流譚」なのだな。

原作の元となった「白鯨」は恥ずかしながら未読である。世界十大小説の一つとされる名作では
あるが、文庫本でも分厚いやつが上中下とあるのでビビッている。この映画を観て読んでみようかな
とは思ったが。
さらにこの映画の原作となった本も未読であるが、構成として「白鯨」との闘いについて、生き残りを
メルヴィルが訪ねて聞き取るという構成は、映画としてダレを防ぐ面では効果的、と感じた。
本作はメルヴィルが聞き取った話を小説にする前のドキュメントともいう物語である。

目をみはる鯨のシーンや捕鯨帆船「エセックス号」の嵐のシーンなど、VFXの仕上がりも良く、迫力が
あった。まさに原題が示すとおり「大海の真っ只中で」という感じはよく出ていたし、すべてを
人力に頼っていた1800年代の捕鯨の過酷さもよく出ていたと思う。
ただ、原作や大元の「白鯨」を読んでいないからか、あるいは邦題に惑わされたか、もっと
鯨との闘いが長く続くのかと思った。ところがモビーディック(この名は本作には一切出てこないが)
に沈没させられボートで漂流する時間が長く、また人肉食の部分をクローズアップさせた
エンディングに向けてのシークエンスも長く感じ、そういう映画だったわけね、とタタラを踏んで
しまった感があるのだ。ボンボン船長が突然あんなにたくましくなったのは何故?とも。
これは私のミスだが、冒頭からの思い込みでメルヴィルに白鯨との話をしているのが、舞台となる
エセックス号の新米水夫ニカーソンであることはエンディングあたりまで分からず、ずっと物語の
主人公一等航海士オーゥエン・チェイスの老いた現在だとばっかり思っていた。考えれば第三者に
語らせたほうが良いに決まっている。(つまりは観る側の問題も大きかったのだが、映画化するには
「白鯨」の存在感の前に、人肉食を絡めた漂流譚も肩身が狭くなってしまった、ということか)

アメリカの東海岸にある捕鯨基地ナンタケット島から南米のさきっぽを回り、太平洋に出て、ハワイ沖
まで遠征する工程は鯨油を満タンにして帰ろうと思えば2,3年は帰れないと覚悟するほどの苛烈な
作業だったのだ、ということがわかっただけでも良かった。動力もGPSもバッテリーもない時代だ。
そしてエンディングでも語られるがアメリカで石油が発見され、鯨油の需要もやがて終焉を迎えると
いう時代であったのだ。
巨大な鯨との邂逅という事象はエセックス号のこの航海のように実際にあったことなのだろう。
だが、最後の最後でオーウェンがモリを打ち込まなかったことから、メルヴィルは敢えて「何か」の
メタファーとしてこの「白い悪魔」を存在させたということだ。

映画の完成度からすると、今一歩なところはあったものの、色々な事を考えされられた本作ではある。
加えれば、ローアングルからのナメのアップを効果的に使った捕鯨船上のカットはなかなか味わいが
あったと思う。
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<ストーリー>

ハーマン・メルヴィルの名著「白鯨」のモデルにもなった捕鯨船エセックス号沈没事故の真実を描き、
2000年度全米図書賞ノンフィクション部門に輝いた小説を映画化。巨大なマッコウクジラとの激闘で
船を沈没させられた捕鯨船の乗組員たちの過酷なサバイバル劇を、ロン・ハワード監督が圧倒的な
スケールで映し出す。

19世紀、クジラから取れる鯨油は生活になくてはならない油であり、捕鯨は一大産業であった。
1819 年、捕鯨船エセックス号はアメリカのナンタケット港を出航し、太平洋を進んでいく。
しかし沖合4800kmの海域で誰も目にしたことがないほど巨大な白いマッコウクジラと遭遇。
一行は巨大クジラに立ち向かっていくものの、船を沈められてしまう。わずかな食料と飲料水を
かき集め3 艘のボートに乗り込んだ船員たちは、どの辺りにいるのかもわからない太平洋の
ただ中で、度々クジラに襲われながら漂流していく……。(Movie Walker)

この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=351419#1こちらまで。



# by jazzyoba0083 | 2017-01-16 22:50 | 洋画=は行 | Comments(0)

グロリア  Gloria (1999)

●「グロリア Gloria(1999)」
1999 アメリカ Columbia Pictures,Mandalay Entertainment. 101min.
監督:シドニー・ルメット
出演:シャロン・ストーン、ジェレミー・ノーサム、ジーン・ルーク・フィゲロア、ジョージ・C・スコット他
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<評価>★★★★★☆☆☆☆☆>
<感想>
1980、ジョン・カサヴェテス監督、ジーナ・ローランズ主演で作られた同名の作品のリメイク。
監督と主演の名前に惹かれて観てみたけれど、これが「セルピコ」「狼たちの午後」「評決」の
シドニー・ルメットの作品か?と疑いたくなるような、「スカスカ」な出来だった。

随分昔にオリジナルは観ていて、まずまずな感想を書いている。http://jazzyoba.exblog.jp/3840861/
中身は覚えていないけど、ジーナ・ローランズの凄みは何となく覚えていて、本作を見だして
しばらくすると、黒人の子供との逃避行は観た覚えがあるな、と思い出したのだった。

シャロン・ストーン、ヤクザなねえちゃんだが母性に目覚めるという役どころだが、深みに欠ける。
見事なスタイルと美形だけを理由にキャスティングされたんじゃないかと邪推してしまう。
彼女も作品に恵まれれば「モンスター」のシャーリーズ・セロンみたいになれたんじゃないかなあ。
共演者もパットン将軍(ジョージ・C・スコット)以外ぱっとせず、グロリアが母性に目覚める
シーンも唐突感がある。それぞれのシークエンスも、もう少し短くしたほうが緊張感が出るんじゃ
ないか、と思う。例えば、悪い男たちの服を全部脱がせて子供と共に逃亡するところなど、良い
シーンだけど、長い。そうしてみると、画角もなんかルーズで締まらないんじゃないか、と思えて
来てしまう。子供を学校に預けるのだが、帰りたくないグロリアが学校の前でクルマを行ったり
来たりさせるシーンも長い。カーチェイスなんかも入っているのだが、スリルを感じない。ルメット、
やる気が無いんじゃないか?と思ってしまう。そこに居れば見つかっちゃうだろう、と思うところに
いたり、詰めが甘いところも多い。
えらく腐してしまったが、素直な感想を記しておく。

「グロリア」を観たい人は、カサヴェテスを観ておけばオッケーじゃないかと思う。
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<ストーリー>
ニューヨーク。グロリア(シャロン・ストーン)はフロリダで3年の刑期を終え、恋人ケヴィンの
元に帰るが、そんな彼女を組織の冷酷な裏切りが待ち受ける。グロリアは居合わせた少年ニッキー
(ジーン・ルーク・フィゲロア)を人質に、男たちに銃を向けてそこを脱出。実はニッキーの父親は
マフィアの会計士で、組織の秘密を握るフロッピーを持ち出したせいで一家は惨殺され、父から
フロッピーを託されたニッキーも彼らの手中におちていたのだ。

マフィアの標的にされ窮地に陥った彼女は、絶縁状態にあった姉の元を訪ねるが追い返されて、
仕方なく安宿に身をひそめる。ところがそこにも追っ手が迫り、雑踏でグロリアとはぐれたニッキーは
再びつかまってしまう。かくしてグロリアは、親友ダイアン(キャシー・モリアーティ)の協力で、
ケヴィンら一味のボスであるルビー(ジョージ・C・スコット)にフロッピーとニッキーの交換を
持ちかけ、自らの命を賭けてニッキーを救い出そうと図るのだった。(Movie Walker)

この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=85265#1こちらまで。



# by jazzyoba0083 | 2017-01-12 22:55 | 洋画=か行 | Comments(0)

●「ディバイナー 戦禍に光を求めて The Water Deviner」
2014 オーストラリア・アメリカ・トルコ Fear of God Films and more.111min.
監督:ラッセル・クロウ 
出演:ラッセル・クロウ、オルガ・キュリレンコ、ジェイ・コートニー、イルマズ・アルドアン他
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<評価:★★★★★★☆☆☆☆>
<感想>
実際に起きた事件をテーマにラッセル・クロウがメガフォンを取った作品。彼の監督初作品だ。
事実という下駄を履いているといえ、テーマは良いし、戦争シーンもそれなりにカネが掛かっている。
なのに、観終わったあとのモヤモヤというかスッキリしなさ具合はどこから来るんだろうと考えた。
脚本が良くないんだろうな。

90度に曲がった針金を持ち、歩き回って、水源のところで針金が一直線に開けば、そこに水源が
ある、という技を持ったオーストラリアの男ジョシュア・コナー(クロウ)。
三人の成人した男子の父親だ。しかし、この三人が揃って第一次世界大戦のトルコ戦線に志願して
出かけ、三人共生死不明の行方不明になってしまった。これを悲観した母は入水自殺。
決心した父は家財を売り、トルコを目指す。三人を必ず探し、死んでいれば遺体を母の傍らに
埋葬したいと決意して・・・。

「アラビアのロレンス」と同じ時期に、トルコ側ではこんな話もあったんだな。欧州の列強が
解体したオスマン・トルコ帝国をいいように蝕んで植民地化していく裏側に。だから本作中でも
イギリスに対抗する勢力が勢力を強めたり、東からはギリシアが攻め寄せる場面があったり、
また本作の舞台になるガリポリの戦いも史実に忠実に描かれているのは嬉しい。
いずれにせよ、この当時、「イギリスの三枚舌外交」と言われるように、イギリスはこの地区で
ろくなことをしていない。
そんなイギリスを宗主国と仰ぐオーストラリアとニュージーランドは連合して戦争に参加。
第一次世界大戦にも英仏軍を支援してトルコ・ガリポリの戦いでは二カ国の連合軍(ANZAC)を形成、
参戦していたわけだ。
ガリポリの戦いは第一次世界大戦の中でも有名な戦闘であり、英仏軍は敗走し、トルコ軍が勝った
戦いであった。この戦いでトルコ軍は約87000人の、豪軍は9000人近い戦死者を出した。が
その多くの部分が行方不明となった。この戦闘を舞台にした映画も何本かある。この戦いで
コナーの三人の息子たちも犠牲になったのだ。

戦闘から4年後。おそらくベルサイユ条約締結後の戦場では、戦争史で初めて遺体の回収が
行われた。コナーは管轄する軍からダメだ、といわれたが、単独船をチャーターし戦場へと
向かう。現地の指揮官も受け入れられない、と拒否するがコナーの強い意思を見て、見てみぬ
振りをする。コナーは水源発掘人の勘を生かし、息子たちの遺品に到達、遺体の発見に至る。
(このあたりもっと丁寧にしてほしかった)
しかし長男は怪我をしたが後方に送られ、どこかに生きているかも、ということで、手がかりを
求め、トルコ軍に紛れ込み、捜索に出かけた。そしてついに生きている長男と出会うことが出来た。
(このくだりもちょいとあっさりしすぎな感じ)

このメインストーリーを縦軸に、イスタンブールで旅館の女将をしているアイシェ(オルガ)との
淡い慕情を横軸に物語は進む。だが、好き嫌いになるが、オルガ・キュリレンコの演技と顔が
個人的に今ひとつ好きになれなかった。東方の顔、ということでのキャスティングであろうが。
そんなことより三人の息子を必死になって探すシークエンスの方に時間を割いたほうが厚みが
出たんじゃないだろうか。(母の憤死も含め)あっちもこっちも欲しくて結局どっち付かずの
映画になっちゃった、という感じだ。せっかくの良いテーマなのに。ラッセル・クロウも
ちょっと淡白だった。
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<ストーリー>

ラッセル・クロウが戦争で行方不明になった3人の息子を捜す父親を演じ、初めて監督も務めた
人間ドラマ。イギリスら連合国軍の一員として参戦し、多くのオーストラリア人が遠い異国トルコの
地で戦った、第1次世界大戦のガリポリの戦いを、オーストラリアとトルコの双方の視点から忠実に
描いている。

ガリポリの戦いから4年後の1919年。オーストラリア人農夫ジョシュア・コナー(ラッセル・クロウ)は、
連合国軍に参加しガリポリ半島で行方不明になった3人の息子たちの最期を知るため、トルコへと旅立つ。
故郷から遥か遠い異国の地での捜索は困難を極めるが、コナーの決意は決して揺らぐことはなかった。
そんな中、イスタンブールで宿を営む女性アイシェ(オルガ・キュリレンコ)や、息子たちと戦った
トルコの英雄・ハーサン少佐(ユルマズ・エルドガン)らの助けを借り、コナーは一縷の希望を掴むのだが……。
(Movie Walker)

この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=354779#1こちらまで。





# by jazzyoba0083 | 2017-01-11 22:50 | 洋画=た行 | Comments(0)

●「エージェント・ウルトラ American Ultra」
2015 アメリカ PalmStar Media and more.96min.
監督:ニマ・ヌリザデ
出演:ジェシー・アイゼンバーグ、クリステン・スチュワート、トファー・グレイス、コニー・ブリットン他
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<評価:★★★★★★☆☆☆☆>
<感想>
ある種のヒーロー物だけど、オフビート感に溢れ、ポップでシュール?スタイリッシュ?な作品。
スカッとするわけでもない、どこか湿度の高い感じがして、MARVELなんかのヒーロー物とは
ちょっと違う。
ラストで主人公がゴリラのアニメーションに変身するあたりが本作の感覚的な真髄なのであろう。

本人が意識していないのにエラいスーパーマンになっている、という事を主人公のマイクが
ドギマギしながらも認識するというようなリアリズムが無く、終始ポップな感じで進むので
かなりエグい殺しのシーンも、苦にせず観られるという・・・。

全編お遊びのような出来なので、結局何を言いたいのか分からない。最初のうちはまともと
思っていたガールフレンドがひたすら可愛そうだったのだが、正体がバレてみれば、なーんだ
そういうことね、と分かってしまう。スパイク・リーやジャームッシュのオフビート感も感じるの
だが、そこまで徹底して吹っ切れていないんじゃないかと・・・。(そこが狙い目では無いのかも
しれないが)かと言って「キック・アス」のようなシンプルな勧善懲悪に収斂していく部分も無いし・・・。
血みどろの戦いの挙句、スーパーから出てきてプロポーズしたところ、二人共ビリビリ銃で
ダウン、のところは笑えたが。

ジェシー・アイゼンバーグのヒーローっぽくないダメ男っぽさが配役の要因なのだろう。
もうみんな馬鹿なんだからあ・・・・。マイクはどうしたらフィービーに結婚指輪を
渡してプロポーズ出来るのでしょうか!という顛末記なのかもしれない。
いやあ、書いていて何にピントが当たっている映画か、わかんなくなってきた・・・。
結構できの良いB級映画、かも知れない。そうそう、映画の中のキーになる音楽が
ハワイアンというのもノーテンキアクションぽくて良かった。
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<ストーリー>
 片田舎のコンビニでバイトする若者マイク・ハウエル。フィービーという恋人がいながら、
ボンクラな毎日を送る典型的なダメ男だった。ところがある日、店に現われた謎の女性が彼に
向かって意味不明な暗号のような言葉を発して立ち去る。その瞬間、彼の中で何かが覚醒する。
直後、彼に襲いかかってきた2人の暴漢をスプーン1本で難なく退治してしまう。マイク自身
すら知らない彼の正体は、CIAが極秘のマインド・コントロール実験で生み出したスーパー・
エージェントだったのだ。やがてプロジェクトの封印を目論むCIAによって命を狙われる
マイクだったが…。(allcinema)

この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=354455#1こちらまで。

# by jazzyoba0083 | 2017-01-09 22:40 | 洋画=あ行 | Comments(0)

●「トゥルー・ストーリー True Story」
2015 アメリカ Regency Enterprises.100min.
監督・(共同)脚本:ルパート・グールド 原作:マイケル・フィンケル
出演:ジョナ・ヒル、ジェームズ・フランコ、フェリシティ・ジョーンズ、ロバート・ジョン・バーク他
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<評価:★★★★★★☆☆☆☆>
<感想>
日本未公開。WOWOWにて鑑賞。★は6.5。
いつもはおバカをやっているフランコとヒル、本作ではニューヨーク・タイムズの記者マイケル・
フィンケルの原作を元に、シリアスな心理劇に挑んだ。人を取り込む術に長けた殺人犯に
記者が同化していく過程が見ものである。記者自身、まずいんじゃないかと思いながらも
なぜか殺人犯を切り捨てることが出来ない。
記者の前では自分は家族全員は殺していないと主張する。子供を殺した妻と残った子供は
手を掛けたが、というその迫真の描写を記者は見抜けず、否定できない。

作品中に「ダブルネガティブ」というキーワードが出てくる。記者と殺人犯が文章に
ついて議論するとき、所謂二重否定は好ましくない、という下りだ。
「嫌いといえないことはない」など、NOを2つつなげると肯定になるという文章。
これはまさに本作の記者の心理のメタファーである。目の前の殺人犯について本を書こうとして
いる記者は、彼が自分の名誉を回復してくれる存在かもしれず、その甘い心理が殺人犯の主張する
ところに取り込まれていくのだった。「彼は真実を語っていないとはいえない」というジャーナリスト
として失格の心理に自覚もしながらハマっていくのである。

上昇志向が強く、冒頭のアフガンだかイラクで、現地の住人をカネで語らせるなどして、
新聞に特ダネを書いたものの嘘だとばれクビになる実在の記者を演じたジョナ・ヒル。
この記者のファンで家族皆殺しの殺人犯、逮捕された後、電話で記者と接触、彼の
本を書いて名誉挽回と行きたい記者と、彼はやっていないのかもしれないと思わせて
行くジェームズ・フランコ。なかなか魅せていた。悪くない演技である。
最後までこの殺人犯は、本当はやっていないのかもしれないと、映画を観ている観客も
巻き込まれるのだ。これは殺人犯の主張を映像化して見せるという映画の強みが
好むと好まざるとにかかわらず、強く出過ぎるきらいがあった。
全体として、スリリングな心理劇を描こうとしたのだが、なんとも地味な映画になって
しまったのは残念だ。
ジョナ・ヒルの妻にフェリシティ・ジョーンズを持ってきて真実を冷静に見抜く
役割を与えていたが、取ってつけたような感じになっていた。

しかしながら、殺人犯が、ジャーナリストはセンセーショナリズムに毒されていて
真実を語っていない、という趣旨のセリフを吐くなど、また犯人に巧みに取り込まれそうに
なる記者の存在などジャーナリズムとは何か、という側面も描いていて、考えさせ
られる映画ではあった。
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<ストーリー>

ジョナ・ヒルとジェームズ・フランコが共演した実在の殺人事件に基づいたサスペンス。
失業中の記者と殺人事件の容疑者の危うい駆け引きを描く。

捏造記事で職を失った記者と、殺人事件の容疑者が繰り広げる実録サスペンス。
2人の心理的駆け引きに引き込まれる。ジョナ・ヒルが真実と虚構のはざまで揺れ動く記者を
いつものようなコメディ映画と一味違う演技で見せ、怪しい雰囲気を醸し出す容疑者を
ジェームズ・フランコが熱演。更に『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』の
主演で注目を浴びるフェリシティ・ジョーンズが、記者である夫を案じる妻役で出演。

些細な出来心で誇張した記事が問題となり、職を追われた元ニューヨークタイムズの記者マイケル。
失意の中、彼は逃亡中に自分の名前を名乗っていた一家殺害事件の容疑者クリスの存在を知る。
ジャーナリストとして地に落ちた評判を回復するため、特ダネを探していたマイケルは、
すぐにクリスの取材を開始して彼と接見を重ねていく。
やがて、クリスはマイケルに殺害事件の真相を語り始めるが…。(Star Channel)

この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=358910こちらまで。



# by jazzyoba0083 | 2017-01-08 11:56 | 洋画=た行 | Comments(0)

●「オデッセイ The Martian (再見)」
2015 アメリカ 20th Century Fox,Scot Free,and more.142min.
監督・・(共同)製作:リドリー・スコット 原作: アンディ・ウィアー 『火星の人』(早川書房刊)
出演:マット・デイモン、ジェシカ・チャスティン、クリスティン・ウィグ、マイケル・ペーニャ、ケイト・マーラ他
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<評価:★★★★★★★★★☆>
<感想>
昨年の今頃、IMAX 3D で鑑賞。感激して★9を進呈し、昨年観た映画の中でも上位にランクさせた
作品。WOWOWで放映していたので再び観てみた。やはり面白い映画だと再確認した次第。
シネコンで観たときの感想はhttp://jazzyoba.exblog.jp/24131423/ こちらでお読み頂きたい。

1年経過して観ると見えていなかったところも見えたりで別の面白さが味わえた。例えばジャガイモを
育てようとして小爆発をさせてしまうところ、更に基地に穴があいて大爆発し、食料を育てることが
叶わなくなってしまったシーンなどは、基地の中の酸素の状況とか、火星の大気の状況などを分かって
観ていたので迫力も増した。また船長の好みとして作品中に流れる80年代の懐かしいディスコミュージック
にもウキウキしたし、この音楽が作品中に果たす役割の大きさを確認出来た。

さはさりながら、いくら小説とはいえ、ここまでの強い精神を持つ人間が果たしているだろうか、とも
思う。楽天的な性格、有るもので植物を育て、昔に火星に着陸した衛星を掘り起こす科学的知識を
備え、かつ体も頑強で、というスーパーマンのような男。ホントに「火星人」(原題)だ。
宇宙飛行士は心身ともに頑強で、とは分かっているのだが・・・。自分だったら気が狂うと思う。

火星ではあんな凄い砂嵐は起きないとかのツッコミもあるようだが、まあそうしたことを見つけながら
観るのも面白いかもしれない。なぜならば、リドリー・スコットは徹底した娯楽作品として本作を
仕立てているからだ。もちろん火星に一人残された男の行き方や彼を救おうとする地球側スタッフの
頑張りなど心打たれることも多いのだが、それを含めても「エンターテインメント」である。
ちなみに私個人としての突っ込みどころは、地球側の監視スタッフが、火星上空から送られてくる
基地の写真に動きを見つけるシーンで、コーヒーカップとパイだかの食べ物を持ってコンソールに
着席するシーン。恐らく、水がこぼれたりしたらアウトな精密機械のところにコーヒーは持っていかないと
思うのだが。

画面は小さくなったけど十分に楽しい2時間強であった。
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本作のデータはhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=353437こちらを参照ください。

# by jazzyoba0083 | 2017-01-05 23:00 | 洋画=あ行 | Comments(0)

●「2001年宇宙の旅 2001:A Space Odyssey」
1968 アメリカ・イギリス Metor-Goldwyn-Mayer 139min.
監督・製作・(共同)脚本:スタンリー・キューブリック 原作・(共同)脚本:アーサー・C・クラーク
出演:ケア・デュリア、ゲイリー・ロックウッド、ウィリアム・シルヴェスター、ダニエル・リクター他
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<評価:★★★★★★★★★☆>
<感想>
このブログに記載がない、ということは10年近く前に観たっきり、ということだろう。今更ながらの
本作である。正月の暇に飽かせての鑑賞。もうほとんど評価の言葉がないほど、いろいろと言われて
いるので、まったく個人的な感想を書かせて頂く。

原題を見ると、「ある宇宙の叙事詩」ということなので、それを分かって観ると、後半のスターゲート、
スターチャイルドも意味は判然としないが、まあそういうことだろう、と納得は出来る。
ところでスターゲート、スターチャイルドって映画にその言葉、出てきましたっけ?
私はスターゲートの光景になるまでの、未来予見が素晴らしく、未だに追いつけてないと思う、
その先進的な宇宙の様を描いた映像にただただ感嘆しながらみていた。スジはどうでもいいかな。

クラッシックの名曲に乗せて描かれる未来の世界がとにかく魅力的だ。
旅客船のシートの座席にあるモニター、カラーのテレビ電話(液晶みたいな端末)、回る宇宙
ステーション内の光景、そしてその後の宇宙船のモデルになった各宇宙の構造物の美しさ、その
動き。全く古くない宇宙服、本来宇宙には空気がないので、音が無い。そこに流れるリヒャルト・
シュトラウスやヨハン・シュトラウスの音楽に絡めた雰囲気も素晴らしい。
搭載コンピュータHAL9000の反乱も含め、アポロ11号の月着陸の一年前にこれが作られたことを
考える時、唸らざるを得ないのは万人の共通するところだろう。

アーサー・C・クラークの原作には、モノリスのオチとか映画では難解といわれていることがちゃんと
描かれているのだが、映画では全く説明がない。形而上的、哲学的な映像表現をキューブリックは
してみたかったのだと思う。クラークは「本作を一回観ただけで分かった、と言われたらこの映画は
失敗だ」といったとおり、難解でいいのだ。モノリスに神を感じるのか、スターチャイルドに
輪廻転生を感じるのか、それは観た人それぞれであり、この映画のが持つ形而上的世界の目的である
のだろう。百家争鳴ウエルカム、それこそこの映画の目指す所、ということだのだろう。
映画好きの踏み絵みたいになるのは致し方あるまい。駄作と断じることも含めてである。

何年かに一度観たくなる映画であることは間違いない。
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<ストーリー>
公開当時は賛否両論を呼んだものの、今や映画史上のベストテンに必ず入る、殿堂入りの名作SF。
人類の夜明けから月面、そして木星への旅を通し、謎の石版“モノリス”と知的生命体の接触を描く。
一応のストーリーはあるが、映画はその物語性を放棄し、徹底した映像体験で構築されている。

猿人の眼前に屹立するモノリス、それに触れた猿人が骨を武器として用い他の猿人を打ち殺し、
空高く放り投げられた骨は一瞬にして宇宙船へと変わる--その、史上最も時空を超えたジャンプ・
カットを後に、舞台は宇宙へ移行する。『美しき青きドナウ』や『ツァラトゥストラはかく語りき』と
いったクラシックをBGMに、悠々と描き出される未来のイメージ。
そして、木星探査船ディスカバリー号での淡々とした日常業務。やがてコンピュータHAL9000に
異変が起こり、ボウマン船長は光り渦巻くスターゲイトをくぐり抜けスター・チャイルドとして転生する……。
訳知り顔で、作品の根底に眠る意味を解く必要はない。座して体験せよ、そういうフィルムなのだ。
(allcinema)

この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=16912#1こちらまで。


# by jazzyoba0083 | 2017-01-04 23:20 | 洋画=な行 | Comments(0)

●「バック・トゥ・ザ・フューチャーPART 3 Back to the Future Part Ⅲ」
1990 アメリカ Universal Pictures,Amblin Entertainment,U-Drive Productions.119min.
監督:ロバート・ゼメキス
出演:マイケル・J・フォックス、クリストファー・ロイド、メアリー・スティーンバージェン、リー・トンプソン他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
Part3と同時に撮られたシリーズ完結編。お見事なマトメ方である。(私自身は何回か観ているのだが
ブログに未記載であったので書いている)近未来、未来、ときたら過去となるわけで、そうなれば
当然西部劇。ビフは悪役で登場し、マーティーを苦しめるという設定になるわけだ。原案を作って
きたボブ・ゲイルとゼメキスは、3作通しでアイデアを持っていて完結編は西部劇、と決めていたのだね。
Part2あたりからタイムパラドクスが複雑になってきて、過去に行く本編ににおいてはついにドクが
黒板を使ってパラレルワールドの存在をマーティーに説明しつつ自分で納得しているという光景も観られる。
これは観客に対して、ここで一旦「整理」という意味でのカットだろう。

本作ではほぼ過去の話で終始していて、ドクとクララの恋愛譚を大きくフィーチャー、このままでは
死んだことになってしまうドクを救い、元の世界に帰る、という冒険を達成しなければならない、と
なる。毎作そうだが、デロリアンがどうやって時空を旅するのだろうと思いを巡らせ、ラストになり
デロリアンが速度を増すに置いてはドキドキしながら見守るのだ。(マーティーの彼女ジェニファーは
Part2でドクにより眠らされたまんまである。ラストシーンに家の前で寝こけるジェニファーと繋がる)

今回は蒸気機関車に押させて、ある速度になると時空旅行が可能となるという設定で、しかもギリギリの
ところに渓谷にかけつつ有る未完成の鉄橋が待っているという仕掛け付き。それにクララがドクを
追いかけて、というシナリオが加わり、もう観客は手に汗を握るのだ。
そして、マーティーだけ乗せてデロリアンは帰ってくるが、今の線路上でやってきた列車と衝突、
車体はバラバラになり、もう使えない。西部の時代に残してきてしまったドクとクララとはもう会えないのか、
と悲嘆にくれていると、空がどっかーんと鳴って、タイムマシンに改造した改造した列車を操る、ドクと
クララ夫妻(!)そしてその子供2人(!!)が登場するという、なんというカタルシス!!
なんど見ても興奮するラストシーンである。

細かい点がPart1や2に繋がっていて、そのあたりは本当に芸が細かいというか、ゼメキスやゲイルや
スピルバーグがまるで少年のような顔をして、「それそれ!」とか言いながら脚本を詰めている
光景が目に浮かぶ。この三部作は、大人が少年に戻ってウキウキ出来、作り手と観客が一体となり
楽しめる佳作群である。無粋なツッコミは御免である。
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<ストーリー:結末まで触れています>
1955年11月12日に取り残されたマーティ・マクフライ(マイケル・J・フオックス)は、
1885年からのドクの手紙を片手に、この時代のドク(クリストファー・ロイド)を訪ね、
1885年にドクが鉱山の廃鉱に隠したデロリアンを壊すためそこに向かうが、デロリアンを
探し出した彼が見たものは、1885年に殺されたドクの墓だった。犯人は、ビフ・タネンの
曽々祖父ビュフォード・タネン(トーマス・F・ウィルソン)。

マーティはドクの危機を助けるべく、1885年の開拓時代へと向かう。マーティは、アイルランドから
移住してきたばかりの先祖、マクフライ夫妻(マイケル・J・フォックス)(リー・トンプソン)の
世話になるが、酒場でマーティはタネン一味にからまれ、縛り首にされかかる。
そんな危機一髪の彼を助けたのは、ドクであった。ドクはマーティから生命の危機を聞き、一刻も
早く1985年に戻ろうとするが、あいにくデロリアンのガソリン・タンクは空っぽだった。

そんなさ中、ドクは当地の新任女教師クララ・クレイトン(メアリー・スティーンバージェン)の命を
助け、彼女と恋におちてしまう。そして9月5日のお祭りの日、ドクはクララをめぐって、タネンと
衝突してしまう。一方のマーティは、タンネンにののしられ、彼と決闘をすることになるのだった。
翌日はふたりが未来へと戻る日、クララに別れを告げたドクは傷心のあまり酒場で一夜をすごす。
夜が明け、そこにタネンが姿を現わす。ドクを人質にとられたマーティは、タネンとの決闘を余儀
なくされるが、銃ではなく、拳と頭とで彼を倒すのだった。

そしていよいよ出発の日、機関車にデロリアンを後押しさせ、その反動で崖からデロリアンを突き落とし、
タイム・トリップしようとする。そんなふたりの前にクララが姿を現わした。失恋のショックで町を
去ろうとした彼女が偶然ドクの真実の愛を聞きつけ、引き返してきたのだ。そして間一髪のところで、
マーティは1985年に、ドクとクララは共にこの時代に残るのだった。
やがて1985年に戻り、ジェニファー(エリザベス・シュー)の無事を確認したマーティの前に、機関車を
タイムマシーンにしたドクとクララの一家が姿を現わすのだった。(Movie Walker)

この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=18115#1こちらまで。

# by jazzyoba0083 | 2017-01-03 23:00 | 洋画=は行 | Comments(0)

●「バック・トゥ・ザ・フューチャー PART 2 Back to the Future Part Ⅱ」
1989 アメリカ Universal Pictures,Amblin Enterrtainment,U-Drive Productions.108min.
監督:ロバート・ゼメキス 製作:スティーヴン・スピルバーグ、キャスリーン・ケネディ、フランク・マーシャル
音楽:アラン・シルベストリ
出演:マイケル・J・フォックス、クリストファー・ロイド、リー・トンプソン、トーマス・F・ウィルソン
   エリザベス・シュー、ジェームズ・トルカンほか。
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
前作(第一作)から、ゼメキス、スピルバーグ、ケネディ組には未来と過去のアイデアもあったのに
間違いない。故に前作のラストで"To Be Continued" とクレジットしたのだった。それから4年経過し、
2と3を一気に製作し、二年続きで公開した。大体、後続の作品は一作目を超えられないケースが多い
ものだが、本作ははじめからアイデアが練られていたため、またゼメキスとスタッフのニヤリとする
ような工夫が埋め込まれ、最高に楽しい「続き」の作品となった。PartⅠは、3作を通して最高の
出来だと評価するが、その全てが伏線となった続編が面白くないわけがない。観客は「そうだったんだ」
という確認を、片頬を上げてニヤリとしながら観るのだ。

本作を含めⅠ~Ⅲは、何回も観ているのだが、このブログを始める前の鑑賞であったため、今回鑑賞を
機に改めて書いてみている。なぜ観たのか、といえば、やはりトランプとカブス、だろう。そして
一昨年(2015)が、未来として設定されている本作の時代だったので、いろいろ騒がれたシーンの
確認をしたかったのだ。
「シューレースが自動で締まるナイキシューズ」「ホバー・ボード」「カブスの優勝」「トランプそっくりの
ビフとそのシークエンス」などだ。

2015年の世界では、自動車は残念ながら空を飛んでいない。自動でサイズが変わる服も着ていない。
逆に、ファクスより上等な手段はある。一方で腕時計型の天気予報装置、ジョーズ19のホログラム
CMなど、現代に置き換えても通用するファクターはあり、大枠としては従来型の未来社会の描写では
あるものの、ガジェットとして上記のような製品や出来事は予言性に満ちていて、とても面白く、
ストーリーに上手く絡ませてある。「ホバー・ボード」はPartⅢでも大活躍する。
また、ドクが部品を「メイド・イン・ジャパンだぞ」と言うように、また未来のマーティーの息子の
勤務先の上司が富士通であるように、日本が登りっ調子で、そのプロダクツがアメリカでも多いに
評価されていた良き時代が窺い知れる、という面白さもある。

ストーリーとしてはPartⅠを超えられるものではない。(それが残念なわけではない)特にラストの
例のダンスパーティーのシークエンスでは、PartⅠの裏側を別アングルから確認できるという
お楽しみがある。全体としてはビフ対マーティ+ドクという構図であるが、タイムパラドクスを理解
するのにいささか悩ましくなる、未来、現在の行ったり来たりは、若干うるさかった感じだ。

そして、ラスト、開拓時代の過去のドクからの手紙が、ウエスタンユニオンの電報配達係の手に
よって(70数年間開けられていない電報があり、それがこの日のこの場所を指定していた)届け
られ、デロリアンはなんと1800年代に飛んでしまっていて、それがPartⅢであり、1990年に
公開される、と告げて終わる。なんともPartⅢの封切りが待ち遠しいことか、とファンの期待を
煽る出来である。

未来と過去を行ったり来たりでタイムパラドクスの理解が悩ましいが、PartⅠが、過去と現在を、
PartⅢが過去と現在というふうに両者が確認出来る世界を描いたとすれば、PartⅡは未だ見ぬ世界を
楽しい想像をもって描いているわけで、前作の「もう一つの物語」的側面も含め大いに楽しめる
作品となっている。
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<ストーリー>
85年の世界に戻ってきたマーティ・マクフライ(マイケル・J・フォックス)は、未来の世界から
ドク・ブラウン(クリストファー・ロイド)の訪問をうけ、未来の自分の子供の身が危ないと知らされ、
恋人のジェニファー(エリザベス・シュー)と共に、2015年の世界にやって来る。

年老いたビフ・タンネン(トーマス・F・ウィルソン)の孫グリフ(トーマス・F・ウィルソン)に
いじめられる息子のジュニア(マイケル・J・フォックス)を助け、悪の道に足を踏み入れることを
とどまらせたマーティは、安心して85年の世界に戻ろうとするが、その間に、マーティがちょっとした
悪戯心で手にしたスポーツ年鑑を、ビフが盗み過去の世界へ旅したことを誰も知らない。
果たして戻ったマーティは、閑静な住宅地だったヒル・バレーがすっかり荒廃の地と化してしまって
いるのに愕然とする。おまけに父のジョージ(クリスピン・グローヴアー)は12年前に何者かによって
殺され、未亡人となったロレイン(リー・トンプソン)は、何と今や全米一の大金持ちとなっている
ビフと再婚していた。どうやらビフは、55年のダンスパーティの日に、未来からやって来たビフから
スポーツ年鑑を手渡され、これを基にスポーツ賭博で大もうけをしたらしい。

時の流れをもとに戻そうと、マーティはドクと共に55年のあのダンス・パーティの日に戻る。
そして大騒動の末にマーティはスポーツ年鑑を取り戻し、それを焼き捨てるが、85年の世界に戻ろうと
したその時あの稲妻が発生し、ドクを乗せたデロリアンはマーティを残し、どこかへと消えてしまう。
そしてマーティは、あの時85年に帰る自分を見送ったドクを探し出し、助けを求めるのだった--。
(Movie Walker)

この映画の詳細はhttp://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=18116#1こちらまで。

# by jazzyoba0083 | 2017-01-02 23:00 | 洋画=は行 | Comments(0)