●「ザ・マミー/呪われた砂漠の女王  The Mummy」
2017 アメリカ Universal Pitures,Dark Universe.110min.
監督:アレックス・カーツマン
出演:トム・クルーズ、アナベル・ウォーリス、ソフィア・ブテラ、ジェイク・ジョンソン、ラッセル・クロウ他

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<評価:★★★★☆☆☆☆☆☆>
<感想>
これは・・・。出来の悪いインディ・ジョーンズ? ユニバーサルが過去にヒットしたダークモンスターをリブートし
制作するダーク・ユニバーサル作品の第1作、にしてはトホホだったなあ。トム・クルーズ、墜落する軍用機での
脱出シーン以外には見せ所なし。ラッセル・クロウも勿体無い。アナベル・ウォーリスという女優さん、申し訳
ないが、初見だと思うが、華も存在価値も感じなかった。コミック観ているみたいだし、全編お笑いの匂いが
してしまうのが残念。原案から脚本化する過程が悪くて、ラジー賞にノミネートされるB級作品となってしまった。
案の定、今年に入ってからのハリウッド情報によれば、ダーク・ユニバースは本作を以て終わりのようだ。
次作を予定していた「透明人間」はリー・ワネル監督自身が脚本も書いて製作されるようだ。

ストーリーが分かりすいのが助かった(それだけ捻りもないのだろうけど)が、冒頭、ロンドンの地下鉄工事
現場で十字軍の大きな地下墓地が見つかる、というあたりは、おお、と思わせるが、その後があきません。
エジプトにより封印されメソポタミアに生きたままミイラにされて埋められた悪魔に心を売った女王アマネットも、
怖くもないし哀れでもないし、強くもないし、キャラクターが曖昧。メソポタミア(イラク)に派遣されていた
アメリカ軍の兵士ニック・モートン(トム)は、空爆で開いた穴から偶然エジプトの墓穴を見つける。そこに現れる
女性考古学者ジェニー(アナベル)。二人は既にカイロで一夜を過ごしていたのだな。そこでニックは彼女から
古地図を盗んでいる。さてさて、その穴にあったミイラこそ、生きたままミイラにされたアマネットだったのだ。

これを空輸してロンドンへ運ぶことになった。しかしアマネットを守る多くのカラスの襲撃に会い、輸送機は
墜落。ジェニーは辛くもパラシュートで脱出したが、ニックは墜落を免れなかった。しかしニックは死なない。
どうやらアマネットの呪いに掛けられているらしい。アマネットはニックを自分が選んだ人と決め、自分の
再生と悪魔に変身するはずのニックとの現世支配を企んでいた・・・・。それは数千年前に生きながらにして
ミイラにされ、エジプトを支配すべき女王の道を絶たれた彼女の復讐戦だったのだ。そしてジェニーを派遣した
ボス(ラッセル・クロウ)が実はジキルとハイドという二重人格者であるというのもグリコのおまけ風で迫力が
ない。何やら続編があるような匂いで終わるが、続編は無くなった。

皆さんご指摘のように「ハムナプトラ」の方が遥かに出来は良い。

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<ストーリー>
 ユニバーサル・スタジオが同社の誇るクラシック・モンスターたちを豪華キャストとスタッフで甦らせる
一大プロジェクト“ダーク・ユニバース”の記念すべき第一弾として、1932年の「ミイラ再生」を1999年の
「ハムナプトラ/失われた砂漠の都」に続いて、今度はトム・クルーズを主演に迎えてリブートした
アドベンチャー・ホラー大作。砂漠の地下深くに封印された邪悪な“王女”の恐るべき復活劇を壮大なスケールで
描き出す。
共演はアナベル・ウォーリス、ソフィア・ブテラ、ラッセル・クロウ。監督は「M:i:III」「スター・
トレック」など数々のヒット作の脚本や製作を務めてきたアレックス・カーツマン。
長編の監督としては本作が2作目となる。

 貴重な遺物の横流しに手を染める米軍関係者のニック・モートンは、激しい戦闘の続く中東で、地中に埋もれ
ていた古代の遺跡を偶然発見する。それは何世紀も昔に、この世への激しい憎しみを抱えたままミイラとなった
王女アマネットの墓だった。さっそく考古学者のジェニー・ハルジーと棺の調査に乗り出したニックだったが、気
づかぬ間に封印されていたアマネットの呪いを解放してしまう。やがて棺をイギリスへと輸送するため一緒に
飛行機に乗り込んだニックとジェニーだったが…。(allcinema)

<IMDb=★5.5>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:16% Audience Score:35% >
<Metacritic=34>
<KINENOTE=64.2点>





# by jazzyoba0083 | 2019-04-22 23:05 | 洋画=さ行 | Trackback | Comments(0)

●「オリーブの樹は呼んでいる El Olivo」
2016 スペイン Morena Films and more. 99min.
監督:イシアル・ボジャイン
出演:アンナ・カスティーリョ、ハビエル・グティエレス、ペップ・アンブロス、マヌエル・クカラ他

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<評価:★★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
直情径行型だけど心は純粋なお嬢さんのやらかしたことを描く。
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舞台はスペイン・バレンシア。ここで先祖代々オリーブの収穫をする農家、最近の安い外国産のオイルなどで
市場が押され、経営は苦しい。なので今は養鶏に転じ、たくさんのブロイラーを生産している。
そこで主人公の20歳の娘の父は、オリーブの樹を売ることにする。祖父は反対するが、結局町の園芸店に
3万ユーロで売った。その中に樹齢2000年の大木があった。娘アルマは幼い頃から祖父とこの樹の太い
幹の中で遊んだり枝に登ったりして楽しく過ごしてきた。しかし、樹が自分が反対したにも拘わらず売られて
しまい、祖父は一気に呆けたようになり廃人のようになってしまった。

祖父思いのアルマ(父とは中が悪い)は、売られた樹を取り戻し、祖父に元気を出して貰おうと一計を
案じる。それは、巨木を買い戻すということだった。アルマの友達の応援で、その樹はドイツの
デュッセルドルフにある大きな環境企業のエントランスホールに移植され会社のシンボルとなっていて、
その姿は会社のロゴにもなっていた。アルマは事情をCEOに「買い戻したい」と手紙を書くが相手にされない。
そこで、周囲に嘘を付いて、教会の庭にあり、教区の人々に聞いたら戻しても良いといってるという手紙を
でっち上げ、一か八かで取り戻し作戦を決行する。アルマのことを一定程度理解する叔父とアルマに好意を
寄せる青年を騙して大型クレーン付きトラックを黙って借り出し、3人はドイツを目指す。

一方、アルマはドイツの環境運動支援をする女性グループと接触、共感を得るが、グループのメンバーは
「むちゃでしょ」と否定的だった。だがアルマが動き出すと、SNSで買い取った環境企業は実は裏で環境
破壊をしているようなとんでもない企業だ、と拡散、それはムーブメントになっていく。

スペインからフランスを抜けてドイツにやってきた3人は買い取られたオリーブの巨木が本社ビルの
エントランスに鎮座しているのを確認した。運転してきた二人の男はアルマに騙されたことを知り、激怒
するが、乗りかかった船、付き合うことにするが、SNSの方が大きな動きになり、企業には多くのデモ隊や
マスコミが来るようになった。しかし、企業が返還に応ずることはなかった。

騒動はマスコミの報道でスペインでも知られるところとなり、その頃、祖父が亡くなったというニュースも
飛び込み、アルマは運動を終わらせ、巨木から分けてもらった苗を一株もって故郷に帰った。
祖父を喜ばせることはできなかったが、娘の行動に父も自分が間違っていたと覚醒し、仲間と一緒に
その苗を畑に植えるのだった。「2000年後はどんな樹になっているだろう」。
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祖父への愛、オリーブの樹への愛、友情、見知らぬ人の手助け、アルマは色んなことを学んだのだろう。
最後には父との確執も解消され、アルマは新しい人生を歩いていく。アルマがチャレンジしたことは
普通に考えても無謀だし、無計画だが、それ故、祖父への、そのメタファーとして?のオリーブの巨木への
愛情はまっすぐで分かりやすい。女性監督をジェンダーの側面からどうこうは言わないが、女性ならでは
の目線を感じる作品だった。
それにしても樹齢2000年のオリーブの樹なら、国の天然記念物に指定されるようなものではないのか?
だってキリストが生まれる前からあったわけですよね?あまりにどストレート過ぎて綾みたいなものが
少なかったかなあ、というキライは残ったが、音楽と合わせて、スペインの空気感を楽しませて貰った。

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<ストーリー>
ケン・ローチ監督とのコンビで知られるポール・ラヴァーティ脚本、その妻イシアル・ボジャイン監督に
よるヒューマンドラマ。祖父が大切にしていたオリーブの樹を取り戻すため、スペイン・バレンシアから
ドイツへと向かう20歳の孫娘と仲間たちの旅を映し出す。
出演は、本作が映画初主演のアンナ・カスティーリョ、「マーシュランド」のハビエル・グティエレス。
音楽は「マルメロの陽光」のパスカル・ゲーニュ。

20歳のアルマ(アンナ・カスティーリョ)は、気が強くて扱いにくい女の子。スペイン・バレンシア州
カステリョン県カネットにある養鶏場で働いている。同世代のスペイン人の例にもれず、アルマも経済危機と
荒廃した町を背負わされた若者の一人だ。この国の土地は隅々まで投機売買と開発で破壊され、アルマの家庭も
また崩壊していた。

父ルイス(ミゲル・アンヘル・アラドレン)は、家族で細々と経営するオリーブ農園に価値を見いだせず、国が
好景気の最中に樹齢2000年のオリーブの樹を売り払ってしまった。ローマ時代に植えられたその樹はアルマに
とって最も神聖なものであり、アルマの祖父ラモン(マヌエル・クカラ)は、先祖代々伝わる土地からオリーブの
樹が引き抜かれた時から口をきかなくなっていた。
好景気も今は昔、経済危機によってルイスは、祖父の家へ戻らざるを得なかった。ぎくしゃくした父と祖父の
関係が続くなか、祖父はついに食べることすらしなくなった。祖父を救うことができるのは、祖父の意思に
反して売ってしまった樹齢2000年のオリーブの樹だけ。アルマはそんな思いに取り憑かれる。

友人達はこの突拍子もない挑戦を諦めさせようとするが、アルマは逆に変わり者の叔父アーティチョーク
(ハビエル・グティエレス)と同僚のラファ(ペップ・アンブロス)を嘘八百で丸め込み、さらには友人のウィキと
アデレ、小さな町カネットの住人らまでも説き伏せてしまう。
ヨーロッパのどこかに移植されたオリーブの樹を取り戻してカネットへと持ち帰る。そんな途方もないミッション
を皆が受け入れてしまったのだ。

こうして彼女は誰にも事実を告げることなく、計画も持たず、ほとんど無一文のままラファに50万ユーロの
トラックを借りさせ、彼とアーティチョークに運転を任せてドイツのデュッセルドルフに向かう。
アルマと友人達は、手放したオリーブの樹が持つモンスターのような独特の枝の形からその樹が今どこにあるか
突き止める。食事をしなくなった老人と、樹齢2000年の樹を元の場所へ持ち帰るためならどんなことも
いとわない孫娘のニュースは、ソーシャル・ネットワークを駆け巡り、カネットの人々を驚かせた。

一方、アルマの魂胆に気づいていないアーティチョークは、自らの不運な運命に対して悪態をつきながらも
楽しげにトラックを駆る。ラファはそんな彼の話に耳を傾けつつ、自らを傷つけずにいられないアルマの複雑な
心境を理解しようとしていた。やがてデュッセルドルフに到着したアーティチョークとラファは、アルマが嘘を
ついていたことを知る。オリーブの樹を返すために3人を待っている人間などいなかったのだ。
しかし同時に、この挑戦に乗り出したのが自分達だけではないことにも気づくのだった……。(Movie Walker)

<IMDb=★6.9>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:88% Audience Score:64%>
<Metacritic=No data>
<KINENOTE=64.6点>







# by jazzyoba0083 | 2019-04-21 22:50 | 洋画=あ行 | Trackback | Comments(0)

シャザム! Shazam!

●「シャザム! Shazam!」
2019 アメリカ Warner Bros.,DC Entertainment,DC Comics,New Line Cinema and more.132min.
監督:デヴィッド・F・サンドバーグ
出演:ザカリー・リーヴァイ、アッシャー・エンジェル、ジャック・ディラン・グレイザー、マーク・ストロング他

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<評価:★★★★★★★☆☆☆+α>
<感想>
例えば、「レッドプール」とか「キック・アス」などの変則型コミックベースではあるが、内容のびっくり
具合は、前述のタイトルの作品の印象が強烈すぎて、子どものまま瞬時に大人のヒーローになるというアイデアの
当たり前感がやや強かった。が、面白い映画ではある事は確かだし、アメコミ・ヒーロー物の抑えるべき正義や
友情といった点もきちんと描けている。上映時間が2時間10分を超えるが、前半の下りがやや冗長な感じを受けた。
シャザム誕生までもう少し短くすると全体が締まったのではないか。体だけ大人でヒーローになっちゃったビリー君
の、はしゃぎ具合ももう少し押さえ加減のほうが良かったなあ。アメリカではあの位やらないと受けないのだろうか。

コミック誌やテレビドラマの設定では「シャザム!」と唱えると、ビリー君は「キャプテン・マーベル」になるんじゃ
なかったっけ?「SHAZAM」とは6人の神々の力(ソロモンの叡智、ハーキュリーズの剛力、、アトラースの体力、
ゼウスの全能、アキレスの勇気、マーキュリーの神速)の頭文字を並べた言葉であり、この言葉を口にすると
6神のチカラが使えるスーパーヒーローに変身する。まともに行けば最強のヒーローなはずだが、幼いビリー君、
魔術師シャザムに召喚され、自分の跡を継ぐものと認識され、スーパーパワーを授かるのだ。だがなにせ幼い子どもの
こと。自分が使えるチカラを正義のために使うとかに考えが及ばず、通行人の携帯を瞬時に充電したり、金儲けの
算段に使おうとしたり、YouTubeにアップして皆を驚かせたり、はしゃいでばかり。

だが、ビリー君の前に魔術師シャザムに召喚されたものの、不適格とされたシヴァナが、魔宮に行く方法を見つけ
魔物のチカラを自分の目に入れることに成功、シャザムの前に立ちはだかる。

こうして少年の心で体がスーパーヒーローというビリー君は自分がシャザムとしてやるべきことに目覚めていく。
この過程で、親友との友情、里子として育てられた家庭の義兄弟たちとの信頼、実の母とのこと、そして自分が
スーパーパワーを得た意義と責任について、次第に目覚め成長していくのだ。
ラストは義兄弟にも変化が起きて、お、戦隊ものか!?と思わせるフシも。そしてラストシークエンスには
胸にSマークの人物が写っていたり、シャザムがDCのヒーロー軍に入っての作品も用意されていることを
匂わす。
最近のアメコミものは、メインのキャスト、スタッフのあとにワンシーンのおまけ、エンドロールの終わりに
更にワンシーンついているので、最後の最後まで席を立てない。
シャザム!はかくして出来上がった、という一章はこれで終わったので、次作はすでにシャザム!ありきで
作品が展開されるはずだ。一層面白いアイデアを期待したい。

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<ストーリー>
DCコミックスの異色スーパーヒーローを映画化した痛快アクション・コメディ。ひょんなことからスーパー
パワーを手に入れ、ヒーローマニアの友人とその力で悪ふざけを繰り返していた少年が、真の敵を前にスーパー
ヒーローとして目覚めていく姿をコミカルなタッチで描き出す。
主演はザカリー・リーヴァイ、共演にアッシャー・エンジェル、ジャック・ディラン・グレイザー、マーク・
ストロング。監督は「ライト/オフ」「アナベル 死霊人形の誕生」のデヴィッド・F・サンドバーグ。

 身寄りのない孤独な里子の少年ビリー・バットソン。ある日突然、謎の魔術師に“選ばれし者”と認められ、
スーパーパワーを授けられる。魔術師に言われたとおり“シャザム”と唱えると、本当に筋肉ムキムキのスーパー
ヒーローに変身してしまうのだった。さっそく同じ里子でヒーローオタクのフレディといろいろな能力を試し
始めるビリー。
しかし見た目は大人のヒーローでも、中身は思春期真っ只中の少年のまま。フレディと一緒に悪ノリ全開で、
せっかくのスーパーパワーを無意味なことにばかり使ってはしゃいでいた。ところがそこへ、彼のスーパー
パワーを狙う謎の科学者Dr.シヴァナが現われ、フレディがさらわれてしまう。大切な仲間と街を守るため、
ヒーローとしてDr.シヴァナに立ち向かっていくビリーだったが…。(allcinema)

<IMDb=★7.6>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:90% Audience Score:88%>
<Metacritic=71>
<KINENOTE=76.5点>




# by jazzyoba0083 | 2019-04-18 11:55 | 洋画=さ行 | Trackback | Comments(0)

●「恋のゆくえ/ファビュラス・ベイカー・ボーイズ The Fabulous Baker Boys」(佳作再見シリーズ)
1989 アメリカ Gladden Entertainment. 109min.
監督・脚本:スティーヴ・クローヴス
出演:ミシェル・ファイファー、ジェフ・ブリッジス、ボー・ブリッジス、エリー・ラーブ、ジェニファー・ティリー他

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<評価:★★★★★★★☆☆☆+α>
<感想>
2008年に初見。その時の感想は下記リンクからどうぞ。結局感じているところは大きくは変わらない。
初見では気が付かなかった点は、ちょっと弟(ジェフ)の性格を描ききれていない感じを受けたこと
くらいかな。ミシェル・ファイファーの歌はやはり上手いとは言えない。しかし、全体を通してなんだか
味がある映画なんだな。この映画、好きだ、という人は多いのではないか。

家族を持ち生活安定が第一になり、自らマネージメントもやる、いわゆるラウンジ・ピアノプレイヤーに
あえて甘んじる兄と、本当はストレート・アヘッドなジャズをやりたいのだけど、兄とのことも考えて
自分を殺している弟。そこに登場する本音ばりばり(風だけなんだけど)の女性シンガー(ファイファー)。
彼女の出現で、弟はコンビを解消し、ジャズの道へと歩き出す。兄はそれを結局許す。シンガーも
毎度毎度同じヒットポップスばかりで嫌気がさして辞め、CMシンガーの道を歩みだす。3者それぞれの
道を歩き出すのだ。よーく考えると深い人生のお話なんだけど、クローヴスの洒落た脚本は、肩肘張った
感じを出さない。サラリとしかし、三者の微妙な関係を描き出して見事である。日本語のタイトルは
ラストシーンに象徴される、この映画の側面の1つを表しているに過ぎない。

ミシェル・ファイファーの一番美しいときを捉えた、とは良く言われるが、個人的にはこの手の顔つきは
あまり好みではない。それは余計なことだけど。
後半弟が営業が終えたジャズ・クラブに来て、一人ジャズピアノを演奏している後ろの壁に、ソニー・クラーク
「クール・ストラッティン」とバド・パウエル「ジ・アメイジング・バド・パウエル」のLPジャケットが飾って
あるのを見つけた。弟のピアノはデイヴ・グルーシンが吹き替えているが、ジェフの手さばきはなかなか上手い。

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         25年後の「同窓会」(2014年)。お兄さんはカツラか?

<IMDb=★6.6>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:96% Audience Score:69% >
<Metacritic=85=Must See>
<KINENOTE=74.2点>




# by jazzyoba0083 | 2019-04-17 22:50 | 洋画=か行 | Trackback(1) | Comments(0)

仁義 Le Cercle Rouge

●「仁義 Le Cercle Rouge」
1970 フランス Euro International Film,Les Films Corona,Selenia Cinematografica. 140min.
監督・脚本:ジャン=ピエール・メルヴィル
出演:アラン・ドロン、イヴ・モンタン、ジャン・マリア・ヴォロンテ、フランソワ・ペリエ、ブールヴィル他

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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
メルヴィルの作品は「サムライ」に次いで2本目。欧米の評価がめちゃくちゃ高いので驚いた。「サムライ」
の時も思ったのだが、時に細かい描写に拘泥し、冗長になるウラミがこの映画でもついてまわった。140分
なのだが、もう少し短くして緊張感を演出したほうが良かったのでは?皆さんご指摘の通り、イヴ・モンタンの
銃弾制作シーンや、宝石店襲撃シーンなどは、端折った方が良いと感じた。銃弾制作をワイプで切って段階を
追う必要はないだろう。観ている人はなんだか分からない。(あとからネタばらしはあるが、それが必要性とは
結びつかない)

それと、「サムライ」もそうだったが、観ているほうがびっっくりするような理屈に合わないようなシーンが
ある。本作では、宝石店襲撃シーンでわざわざ三脚を持ってきたイヴ・モンタンが突然手持ちで銃撃するところ。
なんじゃ、これ。と思ったぞ。三脚のほうが絶対的成功率は高いだろうに。これが男というものか?

欠点を最初に言ってしまったが、ストーリーの持って生き方と映画が描こうとする世界観の表現はさすがと
言わざるを得ない。1970年、この監督、このキャストだから出来た作品であり、今では作る必要もないし、
出来ないだろう。個人的にはイヴ・モンタンの渋さにやられた。アラン・ドロンよりカッコいいと感じた。

本作は冒頭で釈迦の言葉としての「赤い輪」の話が説明されるが、人は誰も運命的に出会う人が必ずいる、と
いうように、逃亡犯、追う警部、刑期を終えて出てくるもののまたしても宝石店強盗をする男、銃の名手の
元刑事の四人が輪のように織りなすフィルム・ノワールが最高だ。セリフが少なく、アップが多く、この時代の
キャメラとしては珍しいと思う手持ちの今で言う、ステディカムのような動きが印象的だったし、単純な
横パーンを殆ど使わないのも印象的だった。むしろズームやトラックインのような遠近感を効果的に使ったシーンが
多様されていたようだった。また深みのあるカラーのややざらついた風の発色も良かった。
物語に絡む女性は皆無。トレンチコート、中折れ帽、細い黒いタイ、ジタンのタバコと、このころのノワールの
マストアイテム。

パリ警視庁監察官室局長が、犯人一味を追う警部に「人間は生まれながらに罪人だ」と自説を語るが
まさに宝石店襲撃犯の3人は悪に溺れ、生き様かもしれないが、悪の中に死んでいくのだ。
「サムライ」が孤高の男の物語とすると、こちらはある意味群像劇とも言える。どちらのタイプも
口数が少ないクールさが売りではあるが、両方共それぞれの面白さがあり甲乙つけ難い。

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<ストーリー>
マルセイユ近郊の刑務所を出所したコレーは、かつての仲間リコを訪ね、“貸し”を求めるが、断られる。コレーは
彼を一喝して大金を手に入れると、パリへ向かう。その途中、パリに列車で護送中に脱走したヴォーゲルが
コレーの車のトランクに潜り込んでくる。
コレーはリコの追手に捕えられるが、ヴォーゲルに助けられたことで、2人の間に友情が芽生える。しかし、この
時の銃撃戦でコレーがリコからせしめた札束が穴だらけになり、使い物にならなくなってしまう。

コレーは出所直前に看守から持ちかけられていた宝石店を襲う仕事のことを思い出す。一度は断ったコレーで
あったが、一文なしとなり背に腹は変えられず、その仕事を決行することを決意、新たな仲間としてヴォーゲルの
昔の仲間で元警官のジャンセンを加え、計画を進めるのだが、ヴォーゲルを追うマッティ刑事はある策をめぐらし、
罠にはめようとしていた。(wikipedia)

<IMDb=★8.1>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:95% Audience Score:92%>
<Metacritic=91=Must See>
<KINENOTE= 72.0点>



# by jazzyoba0083 | 2019-04-16 23:30 | 洋画=さ行 | Trackback | Comments(0)

●「ホース・ソルジャー 12 Strong」
2018 アメリカ Alcon Entertainment,Black Label Media,Jerry Bruckheimer Films,Lionsgate and more.130min.
監督:ニコライ・フルシー 原作:ダグ・スタントン『ホース・ソルジャー 米特殊騎馬隊、アフガンの死闘』
出演:クリス・ヘムズワース、マイケル・シャノン、マイケル・ペーニャ、ナヴィド・ガネーバン、トレヴァンテ・ローズ他

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<評価:★★★★★★☆☆☆☆+α>
<感想>
プロデューサーの一人にジェリー・ブラッカイマーが入り、彼のプロダクションも製作に加わっているが、
ストーリーの展開とアクションはブラッカイマーのニオイがする。さて、本作は実話に基づいているが、
原作の"米特殊騎馬隊"というのに惑わされると、おや?と思うだろう。これは騎馬隊という既成の部隊の
話ではない。9.11以降、タリバン、アルカイーダらの掃討作戦に一番乗りした部隊が移動の手段が馬しか
無くて、しかたなく騎馬になったが、その活躍が目覚ましかった、ということなのだ。だから邦題も、良く
付けたとは思うけれど、原題の「12人のツワモノ」という方がストーリーには沿っているだろう。

この部隊の活躍は長く秘密扱いにされていて、完成したワンワールドトレードセンターの前に騎馬像が出来るに
及んでアメリカ市民の知るところとなり、その英雄的活躍は小説となり映画となったのだった。

物語はまず9.11前に発生した大型テロを紹介し、遂に起きた9.11へと繋ぐ。そして主人公ネルソン大尉(ヘムズ
ワース)の登場だ。彼はグリーンベレーの中東担当のある部隊を率いてきた隊長だが、事件直前に内勤に異動に
なっていて、それを機に隊は解散の命令が出ていたのだった。だが、アメリカへの攻撃にネルソンは元へと戻る
ことを願い出る。一旦は却下されるが、長い間チームに居た准尉スペンサー(シャノン)の進言もあり、部隊は
元へと戻される。そして、タリバン掃討のいわゆるアフガン戦争の一番乗りとしてアフガニスタンに乗り込んだ
のだった。その部隊12人の過酷な戦いを描いたのが本筋だ。

当時のアフガニスタンは北部連盟の支えとして戦ってきたマスード将軍が暗殺され、複数の軍閥とタリバンが
覇権を争うという複雑な状況になっていた。そこに投入されたネルソンの部隊はドスタム将軍の部隊と合流し
アルカイダとタリバンに占拠されている重要都市マザーリシャリーフを奪還するために出撃した。雪が降り
始める前に片付け無くてはならない。その期間はたった3週間だ。

そこからこの映画の真骨頂が始まる。つまりハイライトに至るまでがやや長い気がした。物資が不足している
米軍は移動手段には北部同盟が使う馬しかない。ネルソンこそ牧場育ちだが、他のメンバーは殆ど馬など
乗ったことがない兵士ばかりだ。しかし、彼らは何とかしていくのだ。何を考えているのか分からない北部
同盟、言葉の問題、格好からは誰が味方で敵なのか分からない、山が厳しくて衛星通信とかGPSが役にたたない
などの逆境を乗り越えて、次第にマザーリシャリーフに近づく。タリバンを率いるのはドスタムの家族を殺した
男、ドスタムには復讐心が燃え上がっている。

戦いは基本、テロリストらの基地の座標をドローン爆撃機やB52に伝え、攻撃してもらい、漏れた部隊を
地上から攻撃する、という繰り返しだった。割と地味なのだが、現代の戦いというのはそうしたもので、
テロリストは山肌の洞窟などに隠れて接近戦を展開する作戦だ。バラバラに散っているテロリストを掃討する
のは容易ではない。しかもテロリストたちの武器は近代的である。そうした派手さのない戦いの中に今の
戦いの消耗ぶりが浮かぶ。ドスタム将軍が語った「アメリカ軍とてアフガンの一部族に過ぎない。逃げれば
卑怯者、留まっても追われる。」という言葉が印象的だった。
そして兵士の一人が言う、「この地はアレキサンダー大王の昔から外からの勢力の占領にさらされてきた」と
いう言葉も。事実、直前にはソ連の侵攻があったばかりだ。そうした土地に世界平和を信じる国民が育つとは
思えないのは確かだ。タリバーンやアルカイダは歪んだ世界のパワーゲームが生み出した悲しい怪物だとう
ことが出来る。ムジャヒディーンたちは死を恐れず、死のあとに待つ天国こそ行くべき所と考えている。
ドスタムはネルソンに胸を叩いて、我々はココで戦う。兵士でなく、戦士だ。お前も戦士になれ、と語る。
そこは太平洋戦争時の日本軍の過度の精神主義に似たものを感じた。

結果、一人の死者も出さずに米軍とドスタム将軍の部隊はマザーリシャリーフを解放し、ネルソンとドスタムは
長い友情を誓ってそれぞれの故郷に戻っていった。だがアフガンでは今でも平和は訪れていない。
映画の底辺を流れるのはグリーンベレーたちの英雄譚であり、米国にとっての正義の戦いを描くものなので、
アメリカ人の愛国心を刺激する内容だ。今回WOWOWでの鑑賞であったが、「W座」の小山薫堂も指摘して
いたように「正義の戦いと称する戦闘で殺人を肯定することは出来ない」。
その辺りの本作の「米軍バンザイ」の論調に引っかかりを覚えて観終わったのだった。

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<ストーリー>
アメリカ同時多発テロの直後、最初の反撃作戦に挑んだ陸軍特殊部隊の実話を映画化した、ジェリー・ブラッ
カイマー製作による戦争ドラマ。最新の兵器を備えたタリバンに対し、現地の武装勢力とともに馬を操った
戦術で果敢に戦いを挑む特殊部隊の隊長を、『アベンジャーズ』シリーズのクリス・ヘムズワースが熱演する。
(Movie Walker)

2001年9月11日、アルカイダによるアメリカ同時多発テロ事件のその翌日、アメリカ軍は反撃することを
決定する。そこで元アメリカ軍特殊部隊のODA595だったが内勤を志望したとによってODA595を解散させて
しまったミッチ・ネルソン大尉は、最も危険な対テロ戦争の最前線部隊に志願し、解散状態から復活した
ODA595での特殊作戦の隊長に任命される。

しかしわずか12人でアフガニスタンへ乗り込むのはほぼ死にに行くようなものであったがネルソン大尉は
生きて帰ることをマルホランド大佐に約束した。アフガニスタンに詳しい反タリバンの地元勢力を率いる
ドスタム将軍と手を結び、テロ集団アルカイダの拠点マザーリシャリーフを制圧することを命じられた。
しかし天候の問題から制圧は3週間という極めて少ない期間だった。
だが、現地に着いた彼らに、次々と予期せぬ危機が襲いかかる。敵の数はまさかの5万人、最新の武器も
揃えており装備でもアルカイダのほうが勝っていた。しかも彼らは米兵の命に高額の懸賞金をかけていた。
さらに、将軍から険しい山岳地帯で勝利を収めるための最大の武器は、ほとんどの隊員が1度も乗ったことの
ない“馬”だと言い渡される。(wikipedia)

<IMDb=★6.6>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer: Audience Score: >
<Metacirtic=54>
<KINENOTE=71.4点>


# by jazzyoba0083 | 2019-04-15 23:20 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「ベスト・バディ Just Getting Started」
2017 アメリカ Broad Green Pictures and more. 92min.
監督・脚本:ロン・シェルトン
出演:モーガン・フリーマン、トミー・リー・ジョーンズ、レネ・ルッソ、ジョー・パントリアーノ他

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<評価:★★★★★☆☆☆☆☆>
<感想>
こうした映画はあまり「評価」というものの対象に馴染まない。シニア向けのライト・コメディと
いった感じの小洒落た作品で、肩の凝らないこうした映画を観たくなる時もある、というものだ。
息抜き、に。そう息抜きにいいんだな。特にクリスマスシーズンによろしい。
ストーリーもあってないようなもんだし、主演の3人の芝居と楽しそうな爺さん婆さんの様子を観て
いるだけでいい。若い人には向かないだろう。

私のようなシニアにはリタイアした金持ちが集まるようなヴィラを舞台にした恋とドタバタの見世物は
息抜きにいい感じだ。銃をぶっぱなすシーンはあるが、マフィアが出る割には死人が出るわけでもなし、
ポヨヨ~ンとした感じ。主役3人の人を喰った演技を楽しむべし。しかしロッテン・トマトで批評家、
一般ともにシングルって作品、初めて観たな。というようなことを許せる人は観て息抜きできます。
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<ストーリー>
デュークはカリフォルニア州の高級リゾート、ヴィラ・カプリの経営者である。若かりし頃、デュークは
刑事訴訟を専門とする弁護士として活動しており、世界で最も危険な犯罪組織の幹部の弁護を引き受けた
こともあった。
ある日、ヴィラ・カプリにレオと名乗る老人がやって来た。元FBI捜査官だというレオは何かにつけて
デュークと張り合い、彼を打ち負かすのだった。経営者としての面子を守るべく、デュークは意地でも
レオに勝とうとしたが、なかなか思うようには行かなかった。
2人の争いはリゾート会社の支部長であるスージーをも巻き込んだ争いへと発展していった。

そんなある日、デュークの居場所を掴んだマフィアが殺し屋を送り込んだとの一報が飛び込んできた。
折悪しく、時期はクリスマスシーズン真っ只中で、リゾートは客でごった返していた。そんな状況下で
銃撃戦にでもなれば、大惨事が起こることは必定であった。そこで、デュークとレオは協力してマフィアを
撃退することにした。(wikipedia)

<IMDb=★4.4>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:5% Audience Score:9%>
<Metacritic=21>
<KINENOTE= 62.7点>



# by jazzyoba0083 | 2019-04-14 22:50 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「砂の器 デジタルリマスター版」(名画再見シリーズ)
1974 日本 松竹映画・橋本プロダクション 143分
監督:野村芳太郎   脚本:橋本忍、山田洋次  撮影:川又昂 音楽:芥川也寸志
出演:丹波哲郎、加藤嘉、加藤剛、森田健作、春日和秀、島田陽子、山口果林、緒形拳、佐分利信、笠智衆、渥美清他

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<評価:★★★★★★★★★☆>
<感想>
大好きな作品で、何度目の鑑賞であろうか。その割にはこのブログへの記載をしてこなかった。今回改めて観て、
今更私ごときがあれこれいうべき映画ではないのだが、感想を書き留めておきたい。

日本映画史に残る傑作である本作は、原作が書かれた1960年から翌年に掛けての新聞連載の時期を制作当時の
1970年代前半に置いて、原作にはないさまざまな改変が行われている。原作も読んだが、松本清張文学はミステリが
主であり、映画は人間の、親子の情に焦点を置いた人間ドラマとして仕上げている。

そして、これこそ映画史に残るシークエンス、事件の全容を合同捜査会議で説明を始める丹波哲郎と、加藤剛が精魂を
込めて作曲した「宿命」初演コンサートの模様のカットバックの構成だ。個人的に「宿命」を聞いていて、流れてくる
音楽の旋律の中に「出奔」「放浪」「別れ」「三木巡査」「再会」「事件」「赦し」「懺悔」そして「宿命」を感じて
いた。1974年に「らい病=ハンセン病」を正面切って取り上げたことの重大性も原作の持つニュアンスを壊すことなく
内包し見事だ。制作当時、ハンセン病患者団体から制作中止のクレームが付いたが、ラストに「「ハンセン氏病は、
医学の進歩により特効薬もあり、現在では完全に回復し、社会復帰が続いている。それを拒むものは、まだ根強く残って
いる非科学的な偏見と差別のみであり、本浦千代吉のような患者はもうどこにもいない」という字幕を出すことを条件と
して制作が続行されたという。
その後テレビで何回かリメイクがあったが、ハンセン病を取り上げたものは無い。だが、個人的には原作に描かれた
世界観がなければこの「砂の器」というデリケートなミステリ&人間ドラマは成り立たないと信じている。

羽後亀田~出雲の亀嵩、石川県から、伊勢、と丹波と森田のコンビの捜査が続くのが前半。次第に殺人事件の端っこが
分かるようになる。そして、森田が発見する中央線から女がばらまいたという布切れから出てくる被害者と同じ血液型の
血痕、加藤剛の愛人、島田陽子の突然の流産による死亡、あたりからじわじわと本線が浮かび上がり、そして後半の
先述した合同捜査会議とコンサート会場のカットバックシーンへと続くのだ。

脚本を担当した山田洋次は、長編でデリケートな部分を含み、映像に馴染みづらいこの小説を脚本化することは無理だ
と橋本に言ったそうだが、橋本は後半の会議とコンサートの多層的な構造を着想したことにより、成功を確信した
ようだ。さらに、人間ドラマ、親子の愛情にスポットを当てるため、原作にはない、亀嵩駅での加藤嘉と息子の泣きの
別れのシーン、まだ生きていた加藤嘉を療養所に訪ねた丹波哲郎が加藤剛の写真を見せ、この写真に見覚えは?と
やるシーンなどは原作にはなく、脚本の段階で加えたのだそうだ。そうすることにより、原作よりずっと人情ドラマの
色彩が濃くなった。松本清張はこの作品を文字では表せない世界だ、と絶賛したそうだ。
一方、黒澤明はこの脚本を読んでケチョンケチョンにけなし、あれこれアドバイスをしたが橋本は一切無視し、結果
映画は大ヒット。黒澤はその後、この映画については口をつぐんだ、とか。黒澤も納得出来ないほどのユニークな脚本
だったのだ。また川又昂の時として乱暴にも思えるズームやパンを含むキャメラは、四季の移り変わりの色彩と
相俟って作品に潤いと緊張を与えいる。

映画では加藤嘉が重要なポジション。進行上は丹波哲郎だが、加藤嘉がいなければ本作の出来はこれほどには仕上がら
なかったと信じている。そしてこの映画のほかは消息が分からない、英雄(幼い頃の和賀英良)を演じた春田和秀の
存在。戦争中の子供としてはやや肉付きがいいのが難点だが、あの目の演技は見る人に深い印象を与える。

映画の中では蒲田で三木の遺体が発見されたのが昭和46年4月。これは私が東京の大学に入学した年だ。映画の中の
ファッションはまさに70年代バリバリ。当時の風俗を観る上でも面白みのある映画ではある。

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<ストーリー>
六月二十四日早朝、国鉄蒲田操車場構内に扼殺死体が発見された。被害者の年齢は五十~六十歳だが、その身許が
分らず、捜査は難航をきわめた。警視庁の今西栄太郎刑事と、西蒲田署の吉村正刑事らの必死の聞き込みによって、
前夜、蒲田駅前のバーで被害者と酒を飲んでいた若い男が重要参考人として浮かび上った。そしてバーのホステス
たちの証言で、二人の間に強い東北なまりで交わされていた“カメダ”という言葉に注目された。

カメダ……人の姓の連想から東北各県より六十四名の亀田姓が洗い出されたが、その該当者はなかった。しかし、
今西は「秋田県・亀田」という土地名を洗い、吉村とともに亀田に飛ぶが、手がかりは発見できなかった。
その帰途、二人は列車の中で音楽家の和賀英良に逢った。和賀は公演旅行の帰りらしく、優れた才能を秘めたその
風貌が印象的だった。

八月四日、西蒲田署の捜査本部は解散、以後は警視庁の継続捜査に移った。その夜、中央線塩山付近で夜行列車
から一人の女が白い紙吹雪を窓外に散らしていた。その女、高木理恵子を「紙吹雪の女」と題し旅の紀行文として
紹介した新聞記事が、迷宮入りで苛だっていた吉村の触角にふれた。窓外に散らしていたのは、紙なのか? 
布切れではなかったか? 早速吉村は、銀座のクラブに理恵子を訪ね、その事を尋ねるが、彼女は席をはずした
まま現われなかった。だが、その店に和賀英良が客として現われた。和賀英良。和賀は音楽界で最も期待されて
いる現代音楽家で、現在「宿命」という大交響楽の創作に取り組んでいる。そしてマスコミでは、前大蔵大臣の
令嬢田所佐知子との結婚が噂されている。

八月九日。被害者の息子が警視庁に現われた。だが被害者三木謙一の住所は、捜査陣の予測とはまるで方角違いの
岡山県江見町で、被害者の知人にも付近の土地にもカメダは存在しない。しかしそれも今西の執念が事態を変えた。
彼は調査により島根県の出雲地方に、東北弁との類似が見られ、その地方に「亀嵩」(カメダケ)なる地名を発見
したのだ。なまった出雲弁ではこれが「カメダ」に聞こえる。そして三木謙一はかつて、そこで二十年間、巡査
生活をしていたのだ……。
今西は勇躍、亀嵩へ飛んだ。そして三木と親友だった桐原老人の記憶から何かを聞きだそうとした。一方、吉村は
山梨県塩山付近の線路添いを猟犬のように這い廻って、ついに“紙吹雪”を発見した。それは紙切れではなく布切れ
で、被害者と同じ血液反応があった。その頃、とある粗末なアパートに理恵子と愛人の和賀がいた。
妊娠した彼女は、子供を生ませて欲しいと哀願するが、和賀は冷たく拒否するのだった。和賀は今、佐知子との
結婚によって、上流社会へ一歩を踏み出す貴重な時期だったのだ。

一方、今西は被害者が犯人と会う前の足跡を調査しているうちに、妙に心にひっかかる事があった。それは三木が
伊勢の映画館へ二日続けて行っており、その直後に帰宅予定を変更して急に東京へ出かけているのだ。
そして、その映画館を訪ねた今西は重大なヒントを得た……。
本庁に戻った今西に、亀嵩の桐原老人から三木の在職中の出来事を詳細に綴った報告書が届いていた。その中で
特に目を引いたのは、三木があわれな乞食の父子を世話し、親を病院に入れた後、引き取った子をわが子のように
養育していた、という事だった。その乞食、本浦千代吉の本籍地・石川県江沼郡大畑村へ、そして一転、和賀英良の
本籍地・大阪市浪速区恵比寿町へ、今西は駆けめぐる。今や、彼の頭には、石川県の片田舎を追われ、流浪の旅の末、
山陰亀嵩で三木巡査に育てられ、昭和十九年に失踪した本浦秀夫と、大阪の恵比寿町の和賀自転車店の小僧で、
戦災死した店主夫婦の戸籍を、戦後の混乱期に創り直し、和賀英良を名乗り成人した、天才音楽家のプロフィルが、
鮮やかにダブル・イメージとして焼きついていた。

理恵子が路上で流産し、手当てが遅れて死亡した。そして、和賀を尾行していた吉村は理恵子のアパートをつきとめ、
彼女こそ“紙吹雪の女”であることを確認した。今や、事件のネガとポジは完全に重なり合った。伊勢参拝を終えた三木
謙一は、同地の映画館にあった写真で思いがけず発見した本浦秀夫=和賀英良に逢うべく上京したが、和賀にとって
三木は、自分の生いたちと、父との関係を知っている忌わしい人物だったのである。和賀英良に逮捕状が請求された。
彼の全人生を叩きつけた大交響曲「宿命」が、日本音楽界の注目の中に、巨大なホールを満員にしての発表の、丁度
その日だった。(Movie Walker)

<KINENOTE=82.6点>




# by jazzyoba0083 | 2019-04-13 23:15 | 洋画=さ行 | Trackback | Comments(0)

●「アンロック/陰謀のコード Unlocked」
2017 チェコ・スイス・イギリス・アメリカ Silver Reel and more. 98min.
監督:マイケル・アプテッド
出演:ノオミ・ラパス、オーランド・ブルーム、トニ・コレット、ジョン・マルコヴィッチ、マイケル・ダグラス他

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<評価:★★★★★★★☆☆☆-α>
<感想>
これだけのキャスティングをしていながら勿体無い映画だな、というのが見た後の最初の感想。
ノオミ・ラパスは「ドラゴンタトゥーの女」ばりのCIAエージェント。

なんと言っても短い上映時間に対して、いろんなプロットを押し込めすぎたため、キャストの個性が
生かされていない所。
CIAのパリ支局員だったころに、審問官として情報を得ながらテロを防ぎきれず20数名の市民を殺して
しまった主人公アリス。(ラパス)今はロンドンに異動し、市民センターで働いていた。そこに
アラブのテロの可能性が浮上し、予定していた審問官が殺されたため、急遽アリスに白羽の矢がたった。

テロを主導するボスにイスラム教指導者からのメッセージを託された若い男はバイクで走行中、拉致され
CIAロンドン支局のメンバーだと言う男たちの前で審問が始まった。だが、そこいたCIAは偽物である
ことがアリスがロンドン支局に電話したことから判明。アリスは、そこから若い男を連れ出そうと銃撃戦
を展開、しかし、若い男性は撃たれ死んでしまった。こうしてアリスを取り巻く裏切りの事情と、生物
兵器を使ったテロの実行とのドラマが展開する。

結局、身内のマイケル・ダグラス、オーランド・ブルームはアメリカ本国に生物兵器の危機を覚醒させる
ため、菌をタイマーに掛けて、ロンドンで開催されるイギリスとアメリカチームのアメフトの試合会場で
拡散させ、罹患した患者がアメリカへ帰国しパンデミックになる状況を作ろうとしていたのだ。
しかも、マイケル・ダグラスはパリの事件でもアリスに責任があるように仕組んでテロを実行したことが
判明する。イスラム指導者はテロの中止を伝言したのだが、裏切りの一派はCIAの内通者を通じて攻撃の
指示という嘘を伝え、テロのタイマーは遂に入ってしまった。

とにかく展開は早く、それぞれのシーンのアクションは独立しては面白いのだけれど、誰が何にどう
結びついているのか分かりづらく、ラスボスはなんとかわかったし、プラハでの最終的な仕上げも
分かるのだが、途中の話の展開は一度では分からなくて、見終わったあとで反芻しなくてはならなかった。
カタルシスも半減以下になってしまった。
故に、先程書いたように、マルコヴィッチやブルーム、コレットらが勿体無い。これ、125分くらいにして
途中の裏切りの構図をもう少し丁寧に説明して、上記3名の登場シーンも増やしたらもう少しいい映画に
なっていたのではないかな。生物兵器のあたりの描き方もどうもやっつけ的で不満が残った。ラパスの
キャラが「ドラゴンタトゥーの女」のリベットに似ているのも損だった。短い時間で観飛ばすにはストーリー
が複雑過ぎる一遍。

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<ストーリー>
「ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女」「プロメテウス」のノオミ・ラパスが陰謀に巻き込まれながらも
テロ阻止のために奔走するCIAの尋問スペシャリストを演じるサスペンス・アクション。
共演はオーランド・ブルーム、トニ・コレット、ジョン・マルコヴィッチ、マイケル・ダグラス。
監督は「007/ワールド・イズ・ノット・イナフ」「ナルニア国物語/第3章:アスラン王と魔法の島」の
マイケル・アプテッド。
 
CIAの女性尋問官として活躍するアリス・ラシーンだったが、パリのテロ事件で首謀者を尋問しながら
犯行を阻止できずに犠牲者を出してしまったことに責任を感じ、上司ラッシュの説得にもかかわらず第一線
から身を引いていた。そんな中CIAは、英国でのバイオテロ計画の情報を掴み、重要人物であるラティーフの
拘束に成功する。そしてその尋問役として再び呼び寄せられるアリスだったが…。(allcinema)

<IMDb=★6.2>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:25% Audience Score:41% >
<Metacritic=46>
<KINENOTE= 69.4点>



# by jazzyoba0083 | 2019-04-12 14:37 | 洋画=あ行 | Trackback | Comments(0)

●「サンキュー・スモーキング Thanki You for Smoking」
2005 アメリカ Room 9 Entertainment,TYFS Productions LLC,ContentFilm.93min.
監督:ジェイソン・ライトマン  クリストファー・バックリー:『ニコチン・ウォーズ』
出演:アーロン・エッカート、デヴィッド・ケックナー、キャメロン・ブライト、ロブ・ロウ、サム・エリオット
   ケイティ・ホームズ、ウィリアム・M・メイシー、J・K・シモンズ、ロバート・デュバル他

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<評価:★★★★★★★☆☆☆+α>
<感想>
「ジュノ/JUNO」「マイレージ、マイライフ」のジェイソン・ライトマンの長編処女作。のっけから
インパクト大の作品となった。ブラックコメディー風だが、アメリカへの風刺、父と息子の関係、自分の
得意技と社会倫理の関係など様々な視点を訴えてくる。続けて二回観た。

私の個人的感想だが、これは別にタバコで無くても良かったのではないか。作品の中には様々なキーワードが
頻出する。「人はみなローンのために働いている」とか、「マジック・ジョンソンはバスケ、マンソンは人殺し、
僕はロビイストが才能だったのさ。誰にでも才能はある」

主人公ニックはタバコ業界のロビイストだ。日本ではロビイストという業種は馴染みが少ないが、いわゆる
業界のスポークスマン、広報官のようなもの。敵対するものを懐柔し、時には金を使い、議会工作をし、と。
更にニックの中の良い友人ロビイストにアルコール業界のポーリーと銃産業界のボビーの「死の商人クラブの
飲み会で、お互いのウサを晴らしている。この3つのうち最大の死者を出しているのがタバコ産業だ。
ニックは団体の指示で、ハリウッド映画に喫煙シーンを入れる工作をするためLAに飛ぶ。カリスマ製作者
ジェフ(ロブ・ロウ)と会い、ブラッド・ピットとキャサリン・ゼタ=ジョーンズ主演の宇宙モノの映画を
作ろうということなるが、ギャラが2500万ドルと聞いてビックリ!(ブラピは絶対にそんな映画に出ないことは
アメリカでは周知の事実)またテレビに出た時、ニックはテロの予告を受けてしま。彼らの手口はニックに
ニコチンパッチを貼りまくるということ。多量のニコチンが体内に吸収されたニックはニコチンショックになり
前後不明に陥る。が、タバコを吸っていたおかげて、命拾いした。団体は被害者としてそこを主張しようと
言い出す。そんなころ、仲良しの巨乳美人記者にピロートークで語ったことを全部新聞に書かれ自分たちが
いかに反国民的なことをやっているかと仲間のポーリーとボビーのことまで書かれてしまった。

更にタバコのパッケージにドクロマークを入れる上院公聴会に呼ばれる。ニックは、これぞ詭弁という数々を
披瀝、タバコにドクロマークをつけるというのなら、なぜボーイングの飛行機につけないのか、フォードの
クルマに付けないのか・・・
そして委員長に、自分の息子が18歳になったらタバコを一緒に吸うのか、と問われると、「自分が吸うと
いえば、買ってやる」と答える。実はニックの行動にはずっと息子がついてまわっていたのだ。息子は父の
行動を見ていて、いろいろと勉強する。公聴会が終わった後、ニックはタバコ業界のロビイストを辞める。
今度はロビイストアドバイザーの仕事を見つけてきたようだ。

この映画、タバコの話をしているのに一切の喫煙シーンが出てこない。だれもタバコを吸っていない。
銃とアルコールは出てくるけど。そして、ニックの息子の語る、薀蓄のあるセリフが映画の本質を語って
いるようでもあった。それにニックは自分が喋ること、詭弁を弄する事が得意だからたまたま今の仕事を
しているだけであって、別に「タバコを推奨」してもいないし「タバコが体に良い」とも言わず、むしろ
公聴会では「肺疾患の元だ」と素直に認める。
それはすなわち、アルコールでも銃でもタバコでも、親と学校の教育と自分の意思こそ大事だ、と言って
いるに過ぎない。そしてニックは自分の天性がこうした仕事にあることを見つけたに過ぎない。マスコミに
ニックは「情報操作の王」と言われるが、息子はそれを誇りに思うのだった。やっていることの良し悪しで
はなく、自分の能力を力いっぱい発揮している姿を息子は尊敬していたのだ。

だから冒頭でもいったように、「喫煙家」VS「嫌煙家」の中に入り込んだ業界ロビイストの奮戦を
コミカルにブラックに風刺的に描いたものではないのだ。アメリカのどの仕事にもあるありふれた
問題「すべての労働者はローンのために働いている」という反語的なセリフが意味を持ってくるのだ。
ニックが親子で遊園地でソフトクリームのバニラとチョコの論議をするところも意味深い。結局は「自分が
きちんと勉強して理解し、納得すること。多様性を認めること」ということ。だが、一方でタバコ由来、
アルコール由来、銃由来で多量の医療費が費やされ、保険が支払われ、命が失われていくアメリカの現状を
思う時、「おまえら、いい加減な考えて臨むんじゃないぞ」と言われているようだ。それはクルマや食品、
原発などでも同じだ。
本作から何を受け取るか、はなかなか反語的なので難しいと思うが極めて今日のアメリカ的な側面をえぐった
良作と言えよう。

それにしても配役が豪華で驚いた。オープニングタイトルバックがタバコのパッケージ風でかっこいい!
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<ストーリー>
ニック・ネイラー(アーロン・エッカート)はタバコ業界を代表する凄腕のPRマン。“情報操作の王”の異名を取る彼は、高まる禁煙運動からの攻撃を魅力的なスマイルと巧みな論理のすり替えで丸め込み、業界の繁栄のために努力し続けている。本音を言える相手は、同じ悪評高いPRマン仲間であるアルコール業界のポリー・ベイリー(マリア・ベロ)と、銃製造業界のボビー・ジェイ・ブリス(デヴィッド・コークナー)だけ。それでもニックは、ハリウッドのスーパー・エージェント、ジェフ・マゴール(ロブ・ロウ)と組んで、喫煙シーンを盛り込んだSF映画を作ろうとしたり、タバコのパッケージにドクロ・マークを付けたがっているフィニスター上院議員(ウィリアム・H・メイシー)と闘ったりなど、刺激的な日々を過ごしていた。しかし、過激派の嫌煙団体から命を狙われたあげく、ベッド・インしてスクープを狙う女性新聞記者、ヘザー・ホロウェイ(ケイト・ホームズ)の罠にハマってしまい、ニックは仕事を失ってしまう。一気にどん底へと落ちた彼に、“情報操作の王”のプライドを思い出させたのは、別れた妻との間の息子ジョーイ(キャメロン・ブライト)だった。彼の叱咤激励を受けてやる気を取り戻したニックは、上院議員の公聴会に出席。そして起死回生のために証言台に立つのだった。

<IMDb=★7.6>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:86% Audience Score:87% >
<Metacritic=71>
<KINENOTE=72.9点>



# by jazzyoba0083 | 2019-04-10 22:45 | 洋画=さ行 | Trackback | Comments(0)

●「ロング、ロングバケーション The Leisure Seeker」
2017 エメリカ Indiana Production Company,Bac Films,Rai Cinema. 112min.
監督:パオロ・ヴィルズィ  原作:マイケル・ザドゥリアン『旅の終わりに』
出演:ヘレン・ミレン、ドナルド・サザーランド、クリスチャン・マッケイ、ジャネル・モロニー他

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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
私らぐらいの年齢になると、身につまされる内容なので、エンディングは賛否が分かれるだろう。
私も、なんとなく判然としないものは残ってしまった。だが、主役2人の老名優の演技は、観ている
でだけで引き込まれるものがあり、老齢期に訪れるであろう、夫婦の戸惑いを見事に演じていた。
原作があるので、大きくは改変しずらかったとは思うが、先述のように、エンディングはそれまでの
とぼけた味を吹き飛ばすシリアスぶりである。

ボストンの元英文学教授ジョン(サザーランド)は、記憶がまだら模様のアルツハイマー型認知症。
50年連れ添った糟糠の妻エラは、末期ガンだ。ある日、2人は長年乗って家族で思い出を作ってきた
キャンピングカー、「Leisure Seeker」で、夫が一度は観たいと言っていた、フロリダはキーウェストの先端に
ある敬愛するヘミングウェイの自宅への旅行に出かけた。運転は夫(認知症だけど運転は出来るようだ。という
ことはまだそう酷くはないのだろうか)。だが彼の記憶はまだら模様で、時々一瞬普通の人に戻るのだが、
すぐに呆けてしまい、自分と初恋の女性との区別がつかなくなったり、オネショしたり。一方のエラは
ガンの痛みを薬で押さえウィッグを被っているが、もう踏ん切りを付けたのか、夫をリードして国道一号線を
南下する。

子どもたちは両親がボロのキャンピングカーで居なくなったことに大騒ぎ。だが、大学教授の娘は
やたら冷静。弟が一人であたふたとしている。娘は両親が何をしに出かけたか、を薄々分かっていた
のではないか。

さて、ジョンとエラは毎晩どこかのキャンピングカーのサイトに泊まり、エラが持ってきた昔の
写真のスライドをシーツに写して昔を懐かしんでいる。ジョンはそこに写っているのが誰だか分かったり
分からなかったり。いろんな人を巻き込み、主に意思が通じないことに苛つきながら我慢のエラと
「恍惚の人」状態のジョンの道中は、ついにヘミングウェイの家に到着する。だが、そこでエラは倒れ、
ジョンの知らないうちに病院に救急搬送される。病院では「生きているのが不思議」と医師に言われる。
後を追ってきたジョンはベッドに横たわるエラと再開できた。しかし、2人は病院を抜け出てキャンピング
カーに戻った。そこでエラが取った行動は・・・エラは服を着替え、寝ているジョンにメガネを付けて、
排ガスが漏れるので蓋をしていた床のビニールテープを外し、(映画の最初の方で、キャンピングカーの
床から排ガスが室内に漏れるので、エラがテープで蓋をする、という伏線がある)痛み止めの薬を全部飲んで
ジョンの傍らに横になった。ジョンを抱きしめて・・。

エラが無理心中をしたのは、最初から狙っていたのか、自分の最後が近いから、このままジョンを置いて
逝けないから連れて行く、とフロリダで覚悟を決めたたのかは分からない。子供らに残した手紙には先述の
ようなことが書かれていたが、ラストあたりの展開を観ると、ジョンがかなり長い間、自分と浮気相手の
区別が付かなくなって、「別れよう、私には愛する妻エラがいるだ」とかいうところが決定的な動機に
なったような気がする。だがそれは心中の時間を早めただけであり、エラはこの長いドライブを、己と2人の
人生の振り返りと総括の旅にするつもりだったと思えるのだ。

まだ生きる道が残されているジョンを道連れにしたことはエラの身勝手だったのだろうか。いずれにせよ
ジョンは遅かれ早かれ子どもたちの厄介になることは明らか。ならば自分が連れて行ったほうがいいのでは
ないか。エラ自身多少生きながらえられたとしても、自分を自分の妻と認識できなくなることは、エラに
取っては耐え難いことだったのだろう。何も、夫まで・・・と思うか、夫の行末を考えれれば夫に取っても
幸せなことだったと考えるか。 ラストシークエンスは重い課題を提示している。
自分が同じ立場になったら、おそらく道連れにされて文句は言わないと思ったのだった。

事実としてそうであっても、映画の表現として、同じことを言い表わそうとしたら他の表現方法があったの
ではないか、と考える人も多いだろう。それまでが結構コミカルでファニーなテイストで進行してきたから。
(ラスト近くまで、「認知症」「末期がん」という言葉は出てこない。それらは、ジョンの行動であったり、
エラのウィッグや薬の服用シーンが語るのだ。その辺りのデリケートさはうまい演出だな、と感じた。)
だからこそのラストの落差という指摘も間違いではない。難しい・・・。母親似である娘(大学教授)の
冷静さ、がなにか暗示的であるのと、作品中にたくさん使われる70年代の音楽の内、冒頭がセコハン店を
経営する息子のトラックから流れるキャロル・キングの「It's too late」、ラストのエンディングロール
バックのジャニス・ジョプリン「Me and Bobby MaGee」(元歌はクリス・クリストファーソン)も暗示
的である。
特にこのエンディングテーマの歌詞は、示唆に富む。(私がボビーにケンタッキーからカリフォルニアまで
ヒッチハイクで連れてってもらう、途中でボビーは去るっていくという話)

Freedom's just another word for nothing left to lose,
Nothing, and that's all that Bobby left me, yeah,
And feeling good was easy, Load, when he sang the blues,
Hey, feeling good was good enough for me, hmm hmm,
Good enough for me and my Bobby McGee.
自由というのは
失うものを何も持っていないという意味の
ありふれた言葉だ。
何もないということ。
それがボビーが私に残してくれたすべてだった。
かれがブルースを歌えば
いい気持ちになるのは簡単なことだった。
そうですかみさま。
いい気持ちになれたら
それで充分だった。
わたしとボビー·マッギーには
それで充分だった。
©「華氏65度の冬」ブログ

80歳を超えているサザーランド、70歳を超えているヘレン・ミレン。彼らの体現してきた実人生を含め
納得の演技である。ボストンから陽光輝くキーウェストまでのロードムービー。ストーリーは太陽の輝きと
は逆行する暗転である。

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<ストーリー>
マイケル・ザドゥリアンのベストセラー『旅の終わりに』をヘレン・ミレンとドナルド・サザーランドの共演で
映画化したハートフル・ロード・ムービー。
妻は末期ガン、夫はアルツハイマーという老夫婦が、愛用のキャンピングカーで思い出の道を辿る旅の行方を、
ユーモアを織り交ぜ心温まるタッチで綴る。監督は「人間の値打ち」「歓びのトスカーナ」のパオロ・ヴィルズィ。
 
エラとジョンは50年連れ添ってきたベテラン夫婦。末期ガンを患い人生の終わりが近いことを覚悟したエラは、
病院での治療に見切りをつけ、最愛の夫とキャンピングカーで夫婦水入らずの旅に出る。目指すは、ジョンが
敬愛するヘミングウェイの家があるフロリダのキーウェスト。しかしジョンはアルツハイマーが進行中で、
道中もたびたび記憶が混乱してしまう。それでも心配する子どもたちをよそに、2人で人生を追想しながら
目的地を目指してアメリカを南下していくエラとジョンだったが…。(allmovie)


<IMDb=★6.6>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:37% Audience Score:56% >
<Metacritic=45>
<KINENOTE=74.6点>

# by jazzyoba0083 | 2019-04-08 23:10 | 洋画=ら~わ行 | Trackback | Comments(0)

●「ビッグ・マネー 男たちのレクイエム Purasangre 」
2016 メキシコ Epoca Films,Neverending Media,Qkramacara Films. 104min.
監督:ノエ・サンティラン=ロペズ
出演:エルナン・メンドーサ、ルイス・ロベルト・グスマン、マウリシオ・アルグェジェス、ホアキン・コシオ他

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<評価:★★★★★★☆☆☆☆>
<感想>
この映画の最大の失敗は、時制をいじくりすぎたこと。どの事件のことのシークエンスなのか分からなく
なりゴチャゴチャした感じが拭えなかった。プロットの大枠としてはつまらない訳ではないのだが、
もったいないことをした。昨今、メキシコの監督の作品が注目されているので、これはどうか、と
観てみた。前述のように筋がもう少し整理されれば、多少はましになったのではないか、と感じたが
残念な映画であった。
出演者も含め、日本劇場未公開も止むを得まい。DVDでも観られないようだ。私はWOWOWで鑑賞。

開巻、サラブレッドの説明字幕の後、一人の男が2人の男に追いかけられるところから始まる。その男は
ビルから飛び降りて死ぬのだが、その直前、追手が迫るなか、携帯から75という数字を送信した。

これが競馬場から3000万ドルが盗まれたという事件、その前にギャングのボス、カルモナの手下、5人の
チンピラは何かをドジって痛い目にあわされている。一人は刑務所。今度競馬場の山をやるがどうか、と
誘われる。前の山を失敗している彼らには断る選択は無かった。3000万ドル強奪は上手くいき、彼らは
ホテルの地下の電子金庫に金を隠し、6人それぞれが解錠のための数字を他人には分からぬように設定した。
そしてボスの殺害を目論む。

犯行を追いかける刑事マノロは、時効3日前になり、なんとか解決したいと、刑務所にいるマチェへの
再尋問を願い出る・・・

途中がゴチャゴチャなので結末を言っちゃいますと、犯人を追い詰めていくうちに欲が出たのか、始め
から金を強奪しようとしていたのかは分からないが、刑事マロノが、チンピラ仲間を次々に追い詰めて
拷問し、それぞれの持っている数字を聞き出す。そして金庫に行き着き、大金を確認したところで
背後から撃たれる。撃ったのは、彼に殺されたチンピラの一人の娘だ。父と母は彼女を秘密の場所に
隠したものの、やってきたマロノと手下の刑事に父母ともに射殺しされてしまう。その復讐に出たのだ。
彼女は金庫がここにあり、マロノがやってくるとどうやって分かったんだっけ?(泣)

チンピラのうち2人は生き残り、娘を保護し、逃亡した。警察は3000万ドルの「ほとんど」を回収した、
と発表したが、一部はチンピラ2人と娘が持っていったわけだ。
最終的なラスボスは判明したが、そこまでに至るストーリが判然としないので、記憶に残らない映画と
なってしまった。残念!

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<ストーリー>
場面が変わる毎にストーリーが現在と過去を行き交う、メキシコ産のスタイリッシュな犯罪アクション。
いずれも日本では無名であるキャストの共演により、誰がいちばんの悪党なのか、最後までなかなか分か
らないミステリアスな物語が展開する。
メキシコ映画だからかなのか、登場人物同士が拳銃を向け合う、“メキシカン・スタンドオフ”が見られる
場面もあるなど、クエンティン・タランティーノ監督の諸作品や、香港・韓国のノワール映画からの影響を
感じる映画好きもいるかもしれない。WOWOWの放送が日本初放送。(WOWOW)

<IMDb=★6.6 >
<Rotten Tomatoes= No Data>
<Metacritic=No Data>




# by jazzyoba0083 | 2019-04-07 22:50 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

バイス Vice

●「バイス Vice」
2018 アメリカ Annapurna Pictures,Gary Sanchez Productions,Plan B Entertainment.132min.
監督・脚本・(共同)製作:アダム・マッケイ
出演:クリスチャン・ベール、エイミー・アダムス、スティーヴ・カレル、サム・ロックウェル、タイラー・ペリー他

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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
封切りを待ちかねて鑑賞してきた。大変面白かった。が、実に情報量の多い作品で、現代アメリカ政治史や
時事的な理解のベースがないと少しきついかもしれない。が、なんといっても監督がアダム・マッケイ。
重厚な政治ドラマか、というとさにあらずで、コミカル、ブラックな演出も多々ある(まるでマイケル・
ムーアみたいな)作劇法で、構成が面白いし、時間の長さは感じない。

また、本作を観ていて、今のトランプ政権がやっていることの根っこにはチェイニーが土台を作ったことが
実に多いのだな、ということや、法律の恣意的解釈や拡大解釈、自分たちさえ良ければほかはどうでもいい、
嘘を平気でつく、こうした政治風土は今の日本の自民党政治が真似しているのではないか、と思うほどそっくり
だ。ということは、このチェイニーという男、「アメリカ史上最強最悪の副大統領」とか、「世界をメチャクチャに
した」とか称されるが、やってきたことは結構右傾化した現代アメリカ政治(や世界の現在の政治潮流)の土台を
作り今もそれが根付き拡大していることをやってきたんだなと驚く。
本作でも民主党が公約した来たことを共和党が全否定するシーンが出てくるが、今のトランプはオバマの全否定
しているわけで、アメリカって2歩前進3歩後退の国になったのはチェイニーの頃からなのかなあ、と感じもした。

実際多くの日本人がそうであるように、私もこのチェイニーという男、子ブッシュの副大統領のイメージしか無く、
どんな人物であるか知らなかった。今回、映画の開巻字幕で「私達は真実に精一杯迫る努力はした」としてある
通り、製作側は、かなりホワイトハウスを始めとするアメリカ政治の裏側・闇にリアルに迫っているのだと思う。
後にスノーデンによって暴露される秘密も描かれている。
チェイニーも妻のリンも未だ健在で、登場人物の中にもご存命の方が多い。長女は現職の共和党下院議員だ。
だが、チェイニー本人から抗議が出たとか親族から訴えられた、とかの話は聞かない。
アダム・マッケイはチェイニーに許可を取ってはいないそうだ。日本では絶対に出来ない映画だなあ、と
ハリウッドの政治に対する骨太さに改めて唸ったのだった。
プランBを率いるブラッド・ピットがプロデューサーに入っているニュアンスはよく理解出来る。
結局本作は「ハリウッド・リベラルによる共和党の糾弾を目的にした風刺映画である。この位置づけは、監督の
マッケイ自身も公に認めている。」(池田純一・Wiredから引用)

もちろん脚本や演出だけでなく、オスカーのメイクアップ&ヘアスタイリング賞を獲ったクリスチャン・ベールの
そっくりさん加減を始め、子ブッシュのサム・ロックウェル、ラムズフェルドのスティーヴ・カレル、コリン・
パウエルのタイラー・ペリー、ライス国家安全保障担当補佐官のリザゲイ・ハミルトンら、そっくりさんたちを
観るのも楽しいが、これが単なるそっくりショーではないことが映画を観るとわかる。浮ついたところが全然ない
のだ。そっくりであることがリアルな重厚さを生んでいる。
タイトルのバイスとはヴァイス・プレジデントの「副」という意味と「悪徳」という意味があるという。
チェイニーの築いた「保守反動」政治は今も、いや更に勢いを得て、アメリカを、そして世界を覆う。監督はこれに
対して警告を発しているわけだ。

本作の見所はダメ男だったチェイニーを副大統領まで押し上げた妻のリンの行動。状況が変わればヒラリー・
クリントンのようになった女性だ。上昇志向の強い彼女はチェイニーの尻を叩いて、彼の本性の覚醒を手伝う。
また覚醒したチェイニーの権謀術数家ぶり。そして大統領が変わるとホワイトハウスのスタッフが全員クビになる
アメリカの仕組みから生まれる猟官運動ぶり、自由と人権の国アメリカの裏側にうごめく政官財の癒着、利権の
構造の凄まじさ。世界一の大国だからこそそうしたことが小さなイラクなどを踏み潰すことや世界の秩序を
混乱させることの容易さ、それを大したことと思わない政治家、怖い怖い。世論を、国民を分断する偏向ニュースを
流す右派のフォックス・ニュースが出来上がり、マスコミの公正原則が取っ払われたのもこの時代。
リンは子ブッシュが大統領になりそうだ、という時に「あの、ぼんくらの酔っぱらいが大統領になるんですって?」
と驚いて見せるが、トランプの前にそのように国民に見られた大統領がいたんだな、とびっくりしてしまった。

チェイニーは趣味としてフライフィッシングをするのだが、この疑似餌がメタファーとして効果的に使われて
いる。子ブッシュから副大統領候補になってくれとの要請のやりとりでは、チェイニーが、父ブッシュの
後を継いで大統領になることだけが目標だったと小物と見抜き、子ブッシュを自分の手のひらで踊らせるように
仕組むのだが、そのやりとりがフライフィッシングの映像のインサートで表現される。まるで子ブッシュが
チェイニーに釣り上げられたかのように。(実際釣り上げられたのだけれど)

そしてエンディングはまるでアメコミのエンドのように、主要なスタッフの字幕が出た後、もうワンシーン
ある。本編にも登場する市民意識調査のグループインタビューの場面で「この映画って、結局リベラルの宣伝
じゃんか」と批判する男と、ヒラリーを支持していた男の間で喧嘩が始まる。こっちの若い女性2人は
「こんどの「ワイルド・スピード」は面白いみたいよ」とまるで関係ないことを話している。この短い
シーンで、現代の分断されたアメリカと、まったく無関心の人々の存在を鮮やかに浮かび上がらせた。

いやはや、いろんな要素が詰め込まれた作品。ハイライトは9.11とそれに続くアフガン侵攻、イラク戦争だが、
それ以外にもいっぱい情報があり、よくもまあパンクさせずに収めたものだと感心してしまった。

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<ストーリー>
「ダークナイト」「アメリカン・ハッスル」のクリスチャン・ベイルがジョージ・W・ブッシュ政権で副大統領
(バイス・プレジデント)を務めたディック・チェイニーを演じた実録政治ブラック・コメディ。9.11同時多発
テロを受けてイラク戦争へと突入していったブッシュ政権の驚きの内幕を、チェイニーの知られざる実像ととも
に過激かつ皮肉いっぱいに描き出す。
共演はエイミー・アダムス、スティーヴ・カレル、サム・ロックウェル。監督は「俺たちニュースキャスター」
「マネー・ショート 華麗なる大逆転」のアダム・マッケイ。

 1960年代半ば。酒癖が悪くしがない電気工に甘んじていた若きチェイニーは、婚約者のリンに叱咤されて
政界を目指し、やがて下院議員ドナルド・ラムズフェルドのもとで政治のイロハを学び、次第に頭角を現わして
いく。その後、政界の要職を歴任し、ついにジョージ・W・ブッシュ政権で副大統領の地位に就く。
するとチェイニーは、それまでは形だけの役職に過ぎなかった副大統領というポストを逆用し、ブッシュを巧みに
操り、権力を自らの元に集中させることで、アメリカと世界を思い通りに動かし始めるのだったが…。
(allcinema)

<IMDb=★7.2>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:66% Audience Score:57% >
<Metacritic=61>
<KINENOTE=74.8点>


# by jazzyoba0083 | 2019-04-05 11:30 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「レイチェル My Cousin Rachel」
2017 イギリス・アメリカ Fox Searchlight Pictures,Free Range Films.106min.
監督・脚本:ロジャー・ミッシェル  原作:ダフネ・デュ・モーリア「レイチェル」(1951年)
出演:レイチェル・ワイズ、サム・クラフリン、イアン・グレン、ホリディ・グレインジャー、アンドリュー・ノット他

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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想:ネタバレしています>
今年のオスカーでオリビア・コールマンが主演女優賞を獲った「女王陛下のお気に入り」でエマ・ストーンと
2人で助演女優賞候補になっていた演技派のイギリス女優レイチェル・ワイズ。現在ダニエル・クレイグの奥様で
ある。ケンブリッジ大出身の才媛。そのレイチェル・ワイズが謎の女性を演じるサスペンス・ラブストーリー。
結局結論は出ないので、隔靴掻痒な感じを覚える人も多いと思う。日本劇場未公開・WOWOWにて鑑賞。

伏線的な光景や映像やアクションが観客のミスリードを誘う。果たしてレイチェルという女は悪女だったのか、
違うのか。ミステリとしての原作があるので、それになぞった映像表現をしたのだろうけど、物語のサスペンス
フルな進行は、イライラするけど、それはそれで面白かった。ボイスオーバーを担当するフィリップという男性の
目を通して、レイチェルという女性が語られる。ちなみに原作者のイギリス女性ダフネ・デュ・モーリアは
ヒッチコックの「鳥」「レベッカ」の原作者でもあるから、サスペンスものの書き手としては一流で物語としての
基礎は面白い出来だとは想像出来る。これを監督ロジャー・ミッシェル(「ノッティングヒルの恋人」の監督)は、
20世紀初頭のイギリスの田園地帯の雰囲気とややローキーな映像、上手い光の使い方、常道だがサスペンス気分を
盛り上げる音楽の使い方と作劇としては上手いこと構成、演出していたと思う。
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フィリップという24歳のイングランドの海に近い田園に住む青年。両親を早くに亡くし、従兄弟のアンブローズに
育てられた。フィリップはアンブローズを父とも兄とも思い、心の底から信頼し愛して成長した。女性に関しては
まったく関心の外だった。そのアンブローズが病気療養のため暖かいフィレンツェに行くことになる。一人になる
フィリップは孤独だった。ある日、アンブローズから従姉妹のレイチェルという女性と知り合い結婚する、と
いう手紙が来た。更に、レイチェルに殺される、早く来てくれ、という危急を知らせる手紙が後を追うように
来る。急ぎフィレンツェに赴くフィリップだったが、すでにアンブローズは脳腫瘍で死んだと知らされる。

アンブローズはレイチェルに殺されたに違いない、と確信したフィリップだったが、アンブローズの遺言は手を
加えられておらず、フィリップが25歳で相続することになっていた。

そのレイチェルがイギリスに来るという。24歳で領主となり、多くの使用人や小作人を抱えることになった
フィリップは教父の娘が彼に心を寄せいていることに気づかないまま、「レイチェルにアンブローズが味わった
地獄の思いをさせてやる」と手ぐすね引いていた。が、女性の魅力を全く知らないまま育っったフィリップは
一発でレイチェルの魅力の虜なってしまう。そしてレイチェルが毎日淹れてくれる謎のハーブティーを飲むの
のだった。次第に幻影を見始めるフィリップ。しかし彼はレイチェルへの思いが嵩じ、25歳の誕生日を期して
アンブローズから相続した全財産と先祖代々受け継いできた大量の宝石を、周囲の反対を押し切ってレイチェルに
譲る書類を作ってしまう。ただ顧問弁護士のたっての頼みで「再婚したら財産はフィリップに戻る」という
一言が付けられた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
さて、レイチェルはアンブローズを毒殺したのか、またフィリップを財産狙いで毒のお茶で殺そうとしたのか、
その真相は最後まで謎のままで映画は終わる。アンブローズがイギリスに来てからお金を海外に送金している
とか、フィリップの関係者が内偵すると、レイチェルは金遣いが荒く、放蕩の限りを尽くす怠惰な女だ、と
いう評判が聞こえてくる、とか、アンブローズの「助けてくれ、レイチェルに殺される」という手紙の発見とか、
レイチェルの部屋からフィリップのことを心底心配している、という手紙が出てきてみたり、見ている人の
判断を迷わせるようなプロットがたくさん出てくる。

最後にレイチェルは馬に乗り散歩に出て、崖から海岸に落ちて死んでしまうのだが、なぜ死んだのか。
悪事がバレて、もはやこれまで、と悟ったか、あるいはアンブローズも実は本当に脳腫瘍で錯乱していて
レイチェルに殺される妄想を見ていただけで、レイチェルはアンブローズを心から愛していたし、彼に
そっくりのフィリップも愛していた。しかし、そのことを信じてもらえなくて絶望したのか、果たしでどう
だったのだろうか。結論は見る人に委ねられる。私は物語上の証拠やさも毒のお茶っぽいものを飲ませる
シーンなど、悪女と思わせておいて実はいい女であったというのが本当のところではないか、と推察する。
こうした性格を演じるにはレイチェル・ワイズはピッタリであった。原作があるので仕方がないが、伏線の
埋め方があざとすぎて観客を必要以上に翻弄してしまっている感じのする作品でもある。

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<ストーリー>
幼い頃に両親を亡くし、従兄のアンブローズに育てられた青年フィリップは、父親のように慕うアンブローズが
療養先のイタリアで従姉妹で未亡人のレイチェルと結婚したとの手紙を受け取る。 当初は幸せそうな
アンブローズだったが、ある日、レイチェルの目を盗んで書き送ったという手紙で、病に伏せており、助けて
欲しいとフィリップに訴える。 イタリアに駆けつけたフィリップはレイチェルの弁護士というライナルディから
既にアンブローズが脳腫瘍で亡くなったこと、そして病気が原因の妄想によってレイチェルらに対して暴力的に
なっていたことなどを知らされる。
アンブローズはレイチェルに殺されたと確信したフィリップだったが、アンブローズの遺書が書き換えられておらず、
財産はこれまで通り、フィリップが25歳になった時点で全て相続することになっていることに疑問を抱く。

フィリップが主人となった屋敷にレイチェルがアンブローズの未亡人としてやって来る。憎しみの気持ちで彼女を
迎えたフィリップだったが、彼女の美しさと淑やかさにすっかり心を奪われてしまう。 周囲の人々はレイチェルに
は欲深い裏の顔があると忠告するが、聞く耳を持たないフィリップは弁護士に依頼し、25歳の誕生日にアンブローズの
遺産を相続した時点で、その全てをアンブローズの妻だったレイチェルに譲る手続きをしてしまう。
そして、25歳の誕生日を迎える前の夜、フィリップはついにレイチェルと結ばれ、財産の譲渡契約書をレイチェルに
渡す。

その日以降、レイチェルはフィリップからの求婚を頑なに拒むとともにフィリップと距離を置くようになる。
彼女の態度の急変に戸惑うフィリップは体調を崩し、さらにアンブローズが「レイチェルに殺される」と走り書きした
メモを見つけたことでレイチェルに対する疑いの気持ちを膨らませていく。 そして、馬で遠乗りに行こうとする
レイチェルにフィリップは「今の時期ならアザラシの子が見られる」と言って以前自分が落馬して転落死しかけた
崖に行かせる。 その間にレイチェルが自分を殺そうとしていることを示す証拠がないか探すフィリップだったが、
そのような証拠は何もなく、逆にレイチェルがフィリップを心から気にかけていることが弁護士からの手紙で明らか
になる。
愕然としたフィリップはレイチェルの後を追う。しかし、既に彼女は乗っていた馬とともに崖下に転落し、息絶えていた。

フィリップは幼馴染のルイーズと結婚し、子をもうけるが、レイチェルに対する罪悪感に苛まれ続けることになる。
(wikipedia)

<IMDb=★6.0>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:76% Audience Score:45%>
<metacritic=63>
<KINENOTE=60.4点>



# by jazzyoba0083 | 2019-04-02 22:50 | 洋画=ら~わ行 | Trackback | Comments(0)

●「カリートの道 Carlito's Way」
1993 アメリカ Universal Pictures ,Epic Productions.145min.
監督:ブライアン・デ・パルマ  原作:エドウィン・トレス「カリートの道」「それから」
出演:アル・パチーノ、ショーン・ペン、ペネロープ・アン・ミラー、ジョン・レグイザモ、ルイス・ガスマン他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆+α>
<感想>
時々B級をやっちまう愛すべきブライアン・デ・パルマが「スカーフェイス」以来10年ぶりに再び
アル・パチーノと組んで作った、これはなかなか愛すべき一作。悪の道から結局抜け出せなくて命を
落とす中年ギャングをパチーノが好演。彼の役どころはプエルト・リコ人なのだが、ラテンの血がそう
させるのか、人が良いというか、義理に厚いというか、所詮悪に徹しきれなかった「哀れ?」な男、
カリート・ブリガンテを演じる。結局カリートの足を引っ張り命を落とすきっかけを作ってしまう
組織付きの弁護士に若きショーン・ペン。彼の弁護で30年の刑期を5年で刑務所から出てくることが
出来たため、カリートは彼に借りがある。昔の恋人で再び焼けぼっくいに火がつくダンサー・ゲイル
(実は本格的なミュージカルに出る夢があるのだが上手くいかない。その辺りの人生のありようが
カリートと似ていて2人は意気投合するのだが)にペネロープ・アン・ミラー。この3人を中心に物語が
回っていく。
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かつてNYを牛耳っていた顔役カリートはもう刑務所に戻るのは懲り懲りと、足を洗うことを決め、
昔の恋人ゲイルと、バハマのパラダイス島でタクシー会社を経営しようとしていた。
しかしさしあたりの資金がない。たまたま従兄弟たちの抗争に巻き込まれそこで大金を手にする。
しかし、銃を手にし、人を殺めてしまう。泥沼から抜けられないカリートの転落人生の幕開けだった。
一方、組織付き弁護士クレインフェルド(ペン)は、コカイン中毒がひどくなり、言動もおかしく
なってきていた。そんなおり、彼は刑務所船に収監されているマフィアのボスから脱獄させろと
要求される。窮した彼はそれをカリートに相談する。刑期を縮めてくれた弁護士には借りがあるから
返さなくてはならないと、気が進まない仕事だったが、引き受けた。

ボスは買収した刑務官の手引きで夜間、船を抜け出て川を泳ぎ沖のブイまで来た。そこへ弁護士所有の
ボートで助けにいったのだった。だがクレインフェルドは引き上げたボスを殴り殺し、同乗して手助け
していたボスの長男も殺してしまう。ボスには二男がいた。クレインフェルドはもちろん、その場にいた
カリートもマフィアから命を狙われる。
バハマへの脱出の直前、検事からクレインフェルドがマフィア親子を殺したと証言すれば取引に
応ずると云われ、更にクレインフェルドがカリートが犯行に手を貸したと証言する録音を聞かされ
彼は弁護士に裏切られたことを知った。司法取引を断り、カリートはマフィアの手で弁護士が殺される
ように仕組んだ。クレインフェルドは病院に警官に化けて侵入してきたマフィアの二男に射殺される。

グランドセントラル駅でマイアミ行きの列車に乗ろうと約束していたカリートとゲイルだったが、
ゲイルが用心棒役のパチャンガと来てみるとカリートの姿が見えない。彼はそのころ地下鉄の中で
マフィアに追い回され、下車したグランドセントラル駅でも追跡劇が続いていたのだ。銃撃戦も
あったが、なんとか列車の乗車口で待っていたゲイルと合流。しかし、裏切ったパチャンガに
銃で2発撃たれてしまう。パチャンガも、殺される。泣き叫ぶゲイル。キャスターに乗せされ
救急車に急ぐカリートの目にパラダイス島の写真が見えた。そして彼はゆっくりと瞼を閉じたのだった。
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どこか日本の任侠映画を観るような人生観。悪だが憎めない人柄、義理人情に厚いが故に命を落とし、
愛し愛される女を泣かす。しょうもない人生だが、なぜか彼の顔にはすべきことはした満足感があった
ような表情が見えた。アル・パチーノ、いい感じだ。カリートにしてみれば必死の日々だった
必死の日々を彼なりの(Carlito's way)方法で生きたのだ。誰がどう言おうと。ラストに流れる
ジョー・コッカーの「You are so beautiful」が切なく胸に迫る。不器用だけど自分なりに必死に
信じる道を生きた・・・。ほとんど高倉健の世界じゃないか?

映画は、開巻、モノクロでラストシーン(カリートが撃たれて担架に乗せられていくところ)から
始まる。その時はラストで絶命することは予想できなかった。映像の組み立て方がデ・パルマらしく
ダイナミックで緩急の付け方も上手く、長い映画だが、飽きることはなかった。
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<ストーリー>
1975年、ニューヨーク。カリート・ブリガンテ(アル・パチーノ)は、組織のお抱え弁護士クレイン
フェルド(ショーン・ペン)の尽力で、30年の刑期を5年で終えて出所した。かつては麻薬王として
ならした彼も、今度こそ足を洗い、バハマのパラダイス・アイランドでレンタカー屋を営むことを夢
見ていた。
だが、従兄弟の麻薬取引のトラブルに巻き込まれたカリートは、心ならずも手を血で染める。彼は
昔なじみのサッソ(ホルヘ・ポルセル)のディスコに、死んだ従兄弟の金を投資し、儲けを貯め始める。
街はすっかり様変わりし、信頼していた仲間のラリーン(ヴィーゴ・モーテンセン)は検事となって
偵察にきたうえ、チンピラのベニー・ブランコ(ジョン・レグイザモ)がのしていた。

昔の恋人であるダンサーのゲイル(ペネロープ・アン・ミラー)と再会したカリートは、彼女への愛に
生きることを誓う。その頃、コカインと汚れた金に溺れていたクレインフェルドは服役中のマフィアの
ボス、トニー(フランク・ミヌッチ)に脅され、脱獄の手引きをさせられる。彼に恩義があるカリートは
断りきれずに手を貸す。だがクレインフェルドは深夜のイーストリヴァーで、脱獄したトニーとその息子
フランクを殺す。
間もなく彼はマフィアに命を狙われて重傷を負う。一方、ノーウォーク検事(ジェームズ・レブホーン)は
カリートに、クレインフェルドの犯行を証言すれば免罪にすると司法取引を持ちかける。検事は、彼が
カリートをハメようと虚偽の証言をしたテープを聞かせた。カリートは取引に応じず、裏切り者の
クレインフェルドをマフィアに殺させるように仕向けてカタをつけた。

ゲイルと落ち合うグランド・セントラル駅へ急ぐカリートは、追って来たトニーのもう一人の息子ヴィニー
(ジョゼフ・シラーヴォ)一味と構内で壮絶な銃撃戦を演じる。ゲイルと列車に乗り込もうとした瞬間、
カリートは寝返った用心棒のパチャンガの手引きでベニーに撃たれ、静かに息絶えた。(Movie Walker)

<IMDb=★7.9>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:80% Audience Score:91% >
<Metacritic=65>
<KINENOTE=75.8点>





# by jazzyoba0083 | 2019-04-01 23:10 | 洋画=か行 | Trackback | Comments(0)

ミッション The Mission

●「ミッション The Mission」
1986 アメリカ Warner Bros., Goldcrest,Kingsmere,Enigma Productions.126min.
監督:ローランド・ジョフィ
出演:ロバート・デ・ニーロ、ジェレミー・アイアンズ、レイ・マカナリー、エイダン・クイン、リーアム・ニーソン他

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<評価:★★★★★★★☆☆☆+α>
<感想>
先日、アメリカ南北戦争前夜の黒人奴隷の蜂起を描いた「バース・オブ・ネイション」を観て、キリスト教と
政治・権力者の思惑を考えざるを得なかった。そこで、HDDにあったNHKBS放映の本作を観てみた。

本作も実話に基づくもので、南米で布教に携わった神父と、この地を植民地にして自国の版図を広げたい
ポルトガル・スペイン両王国の権力の思惑の間に揺れ苦悩するイエズス会の様子を描くもの。

イエズス会とはカソリックの男子修道僧の集まりで、パリで母体が生まれた。誕生時のメンバーには
日本でも名が知られるイグナチオ・ロヨラやフランシスコ・ザビエルらがいた。彼らの誓いはwikiによれば
「清貧・貞潔の誓いとともに「エルサレムへの巡礼と同地での奉仕、それが不可能なら教皇の望むところへ
どこでもゆく」ということだそうだ。教皇のためならどこへだって行くし何だってする、というかなり先鋭的な
グループだったようだ。かくしてザビエルは1549年、日本に到達し以降キリスト教の布教に乗り出す。
一方、キリスト教を許した織田信長とは異なり、豊臣秀吉からキリスト教を禁止した徳川家光の時代にかけての
日本での布教は決死のものであった。この辺りの様子は先日スコセッシ監督が描いた遠藤周作原作「沈黙・
サイレンス」に詳しい。

大航海時代を背景にした欧州列強の植民地主義が、キリスト教を取り込み、双方の利害が一致して、布教が
植民地開拓の先兵の役を担ってしまったのは歴史的事実だ。あるいは教会の上層部ではこれを逆に布教の
大いなるチャンスとみなし、本来「愛」を持って心の平安を求めるはずの宗教が権力側に利用され、あるいは
利用した関係はこれまでも映画のテーマとしていろいろと描かれてきた。

本作も、純粋な布教を試みる若い神父たちと領土を争うスペインとポルトガル。両国に挟まれて、結局現地民や
現地民に寄り添った神父を見殺しにしてしまった枢機卿の姿が描かれる。

時代は1740年代。パラグアイのビクトリアフォールズに近いあたりの先住民グアラニー族は、これまで何人かの
布教師を殺害するなどしてキリスト教が入り込むことに抵抗をしめしていた。ここへの布教を命じられたのは
スペイン人・ガブリエル神父(アイアンズ)だった。当初は激しく抵抗されたが、スペイン人ガブリエルは音楽の
チカラで彼らを懐柔し、次第に先住民と理解が進んでいった。
一方、ポルトガル総督の下で傭兵で奴隷商人のメンドーサ(デ・ニーロ)は、恋愛のもつれから弟を殺してしまい、
悔悟の念にさいなまれ、生まれ変わるためイエズス会に入信する。順調な布教が進んだグアラニー族だったが、
ガブリエルらが努力した布教区が、スペインとポルトガルの領地線引により、ポルトガル領となり、グアラニー族は
退去移動を命ぜられる。自分たちの土地を去ることを拒否したグアラニー族は神に殉じ神父たちとスペイン・
ポルトガル連合軍と戦いを始め、多くの虐殺がなされる。

しかし、スペイン・ポルトガルという当時の大国を相手にむしろ、グアラニー族と神父の虐殺を手助けしてしまった
枢機卿は「神父らは死んだ。だが、死んだのは実は私達だ」「この事態を招いたのは私の責任だ」と悔やむ。
しかし、状況は元に戻らない。ロールの最後に、枢機卿がアップでカメラ目線を送るワンカットが置かれているが、
「お前だったらどうするよ」と問いかけられてるような気分だった。あるいは「だからといって私に何が出来たと
いうのか」と語っている目でもあったようだ。

世界史的にいうと、文明がいち早く開け、キリスト教のシステムも確立され、未開の地の未だ主の御心が到達して
いない世界に御国の到来を教えようとするキリスト教勢力は、南北アメリカ、アジア、アフリカ、南太平洋諸国、
ロシアなど世界各方面に布教に出かけた。教会の純粋な教義に他意は無かったとは思うが、結果的に、白人の
キリスト教徒たる自分らが感化しなければ未開の文明化していない人らは不幸であるという、一方的な価値観の
押し売りであったかもしれない。それを権力側が見逃すはずもない。日本は、豊臣秀吉がキリスト教布教は
日本占領の先兵ではないか、と観て姿勢を反転、キリシタン禁止とし、徳川時代で鎖国したのがある面良かった
のかもしれない。

今でも未開の人々を文明化するのが白人の努め、と布教に努力している教会があるわけだが、現地人らが自らの
価値観で幸せに暮らしているのなら、上から目線の布教や文明化は「よけいはお世話」なのかもしれない。
文明化と布教と資本主義を語るには私には知恵が足りないが、宗教と権力の関係は今のアメリカを見るだに、
難しい問題だと思う。無宗教な日本が幸福なのか、不幸なのか。きっと両方なのだろう。過去から現在の世界の
不幸を観る時宗教などなければどのくらいの戦争がなかっただろうか、とも考えてしまうのだ。
人間の業の深さを考えさせられる映画だった。

オリジナル脚本、デ・ニーロ、アイアンズの演技、キャメラ、ロケ地の光景、そしてエンリオ・モリコーネの
音楽と、重い映画ながら、考えさせることが多い良作であることは間違いない。ただし、歴史的背景を知って
いたほうが面白さや理解が進むことも確かだ。

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<ストーリー>
1740年代、スペイン統治下のパラナ川上流域では、キリスト教の布教が、険しい地形とジャングル、そして
剽悍で誇り高い先住民グアラニー族の抵抗に阻まれ、多くの宣教師が命を落としていた。
こうした中、宣教師として現地に送り込まれたガブリエル神父は、「音楽」を共通の言葉としてグアラニーの
民の心をつかんでいく。

一方、同じスペイン人植民者でありながらガブリエルとは犬猿の仲であった、軍人で奴隷商人のメンドーサは、
許婚の女性をめぐるいさかいから自分の弟を誤って殺してしまい、一時は生ける屍のようになるが、ガブリエルの
すすめで改悛、イエズス会に入会し、以後ガブリエルの指揮する布教活動の有能なスタッフの一人となった。

グアラニー族への布教は急速に成果を上げていくが、農場での収益を平等に分配し、逃亡した先住民奴隷を惹き
つける布教区は、植民地社会の有力者にとって次第に疎ましい存在となっていった。
そのような折、スペイン・ポルトガル両国によって南米領土の国境線引きが行われ、イエズス会布教地区は
ポルトガル領に編入、先住民には布教村からの移動、宣教師たちには退去が命じられた。(当時のこの
地域において、ポルトガル領では奴隷が合法で、奴隷狩りも行われていた。しかしスペイン領ではポルトガル領
から奴隷を買うことはできたものの、奴隷収集は非合法であった。)だが宣教師たちはこれに背いて先住民と
行動を共にすることを選択。植民地当局の軍隊が迫る中、ガブリエルが村人たちとともにミサを守る一方、
メンドーサは宣教師のおきてにあえて背き、一度捨てた剣を再び取り、グアラニーの男たちとともに戦うことを
決意する。(wikipedia)

<IMDb=★7.5>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:63% Audience Score:87% >
<KINENOTE=71.2点>



# by jazzyoba0083 | 2019-03-31 23:15 | 洋画=ま行 | Trackback | Comments(0)

バンブルビー Bumblebee

●「バンブルビー Bumblebee」
2018 アメリカ Paramount Pictures,Bay Films and more. 114min.
監督:トラヴィス・ナイト
出演:ヘイリー・スタインフェルド、ジョン・シナ、ホルヘ・レンデボルグ・Jr、ジョン・オーティス、ジェイソン・ドラッカー他

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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
最近、話がどんどん込み入ってきて訳が分からなくなっているトランスフォーマーシリーズだが、アメコミ原作も
含め、この手の映画は大体、登場人物が多くなり→内省的になり→チームを組み→若い頃のシリーズが出来→
単純化される、という流れが多いようだ。で、このところのDCもマーヴェルも見やすくなってきているのだが、
「トランスフォーマー」も原点回帰というか、スピンオフというか、話を過去に戻し、本来このシリーズが持っていた
精神(魅力)を単純に唄う作品を持ってきた。プロデューサーの一人にマイケル・ベイが入り、製作総指揮の一人に
スピルバーグが入っている。やはりこういう男の子系の映画の話は単純な方がいい。そこに、友情、家族の絆、勇気、
犠牲、淡い恋、そして夢などマストアイテムが配されていれば気持ちよく見られることは間違いないのだから。

そのようにしてこの「バンブルビー」も出来ている。だから単純にワクワクハラハラし、一緒に笑い泣いて観ることが
出来るのだ。個人的にも「トランスフォーマー」の中ではお気に入りのキャラだったバンブルビーが、なぜバンブルビー
となったのか、という原点を確かめたくてシネコンに足を運んだ。

相変わらず出来の良いCGと、単純化された主人公の少女チャーリーとB-127と名付けらたオートボットの出会いと
友情が描かれる。バンブルビー(ブンブン蜂 ・Bumbleには「どんくさい」というほどの意味もある)とは彼女が
付けた名前だ。バンブルビーが地球にやってきた背景を説明するために、惑星サイバトロンでのオートボット軍と
ディセプティコンの戦いが冒頭描かれ、後が無くなったオートボット軍は再起をはかるべく宇宙各地に一旦散る。
そしてバンブルビーは地球に行くように言われた。
リーダー、オプティマス・プライムは後から行くから、それまで地球を守るのだ、と。

1987年のサンフランシスコ近郊。最近父を亡くし、寂しさと孤独のため孤立していたチャーリーは廃車置場で
たまたま黄色いワーゲンビートルを見つける買い取る。それが2人の出会いだ。

バンブルビーの後を付けてきた2機のディセプティコンは、自分らこそが、反乱軍であるオートボットから地球を
守るものだ、と米軍やセクター7を騙し、バンブルビーの探し出し、オプティマス・プライムの居場所を突き止め、
さらに本隊を地球に導くために米軍の装置を利用し通信しようとした。
これをバンブルビーとチャーリー、ボーイフレンドのメモ、それにチャーリー一家がなんとか阻止しようと奮戦
するのだ。バンブルビーは他のオートボットに比べ格別に強いわけでもないが、キャラが子どもだからお茶目で
憎めない。いろんな笑えるシーンが用意されている。まるで愛犬のような感じだ。
敵に声を奪われたバンブルビーはカーラジオをチューニングし色んな曲の詞やDJのセリフで自分の言葉を組み
立てることが出来るようになった。このアイデアは秀逸。

こうして本来心が通じ合わないはずの人間と機械が心を通わせるようになり、孤独から心を閉じていたチャーリーも
心を開くようになったのだ。どこか「E・T」に通づるものがあるようにも感じられる。
全体としてごちゃつきが排除されて見やすく、話も若者同士の友情が単純に描かれ、戦闘シーンのVFXも見応えが
あったが、個人的には「トランスフォーマー」の第一作を超えられるものではないな、と感じた。
トランスフォームするオートボットという存在が目新しいものではなくなっているので仕方ないのかもしれないが。

主演を努めたヘイリー・スタインフェルドは、「スター・ウォーズ」のキャリー・フィッシャー、「ターミネーター」
のリンダ・ハミルトン並に役柄にフィットしていた。彼女、このシリーズのどこかにまた出てくるような予感が
する。

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<ストーリー>
地球に襲来した金属生命体と人類との戦いを描く、人気SFアクション『トランスフォーマー』シリーズの初のスピン
オフ作。黄色いボディで人気のキャラクター、バンブルビーと18歳の少女との交流を軸に、彼がなぜ地球へやって
きたのかが明らかになる。
『スウィート17モンスター』でアカデミー賞候補になったヘイリー・スタインフェルドが主人公の少女を演じる。

1987年、海辺の田舎町。思春期の少女チャーリー(ヘイリー・スタインフェルド)は、父親を亡くした哀しみから
立ち直れずにいた。18歳の誕生日、海沿いの小さな町の廃品置き場で廃車寸前の黄色い車を見つけた彼女は、自宅に
乗って帰る。ところがその車が突然、トランスフォームする。驚くチャーリーに対し、逃げ惑う黄色い生命体。
お互いに危害を加えないことを理解すると、似た者同士のふたりは急速に距離を縮める。

記憶と声を失い“何か”に怯える黄色い生命体に“バンブルビー(黄色い蜂)”と名付けたチャーリーは、バンブルビーを
匿うことにする。ボロボロに傷ついたバンブルビーと心に傷を抱えたチャーリーの間に思いがけない友情が芽生えるが、
予測不能の事態に巻き込まれていく……。(Movie Walker)

<IMDb=★7.0>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer: Audience Score: >
<KINENOTE=78.0点>




# by jazzyoba0083 | 2019-03-30 11:10 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「バース・オブ・ネイション The Birth of Nation (2016)」
2016 アメリカ BRON Studios and more. 120min.
監督・脚本・(共同)製作・原案:ネイト・パーカー
出演:ネイト・パーカー、アーミー・ハマー、マーク・ブーン Jr.、ペネロープ・アン・ミラー、ジャッキー・アール・ヘイリー他

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<評価:★★★★★★★☆☆☆+α>
<感想>
原題が同名の作品に、映画好きなら誰もが知っているD・W・グリフィス監督の1915年の無声映画
「國民の創生」がある。この映画はこれまで見世物的でしかなかった映画というものを芸術の域に
まで高め、また映像制作上の様々な手法は画期的であり、その後の映画製作に大きな影響を与えた
映画史に残る一作だ。が、内容がまったく宜しくないのだ。KKKを英雄視し、この公開を機にKKKが
息を吹き返したとも云われる悪名もある。

本作を一人で資金集めから脚本、主演まで努めたネイト・パーカーは、1831年に実際にバージニア州で
起きた「ナット・ターナー反乱事件」の主人公、ナット・ターナーの半生を描くことにより、グリフィスの
物語のカウンターに位置するものとして、「皮肉を込めて」同じタイトルを付けたと語っている。

トランプが大統領になってから、更に酷くなった黒人を筆頭とする有色人種差別や白人至上主義の台頭を
ネイト・パーカーという人は看過出来なかったのだ。そのネイト自身の怒りがこの映画から滴り落ちる
ようである。この手の映画はこれまでもたくさん描かれてきたが、配給の難しさがあり、キャストが
凄いか、監督が凄いかでないと、大手は手を出さないものだったのだ。本作より3年前にオスカー作品賞を
獲ったスティーヴ・マックィーン監督の「それでも夜は明ける」も実在の自由黒人の話なのだが、本作の
激烈さに比べるとその表現は大人しい。
本作では前半は粛々と、後半は俄然黒人の反乱の血まみれの実相とそれに対応した白人の容赦のない反撃は、
激しい描写となっている。まさにネイト・パーカー自身が思う怒りが表現されていると観ることが出来る。

この映画を観ていて思うのは、キリスト教の役目だ。イギリスからやって来たピルグリムファーザーたちを
始め、先住民族も、奴隷として連れてきた黒人にも、為政者たちは自分たちに従えば御国はやってきて
天国へ行けると説いた。平たく言えば占領の道具に使ったのだ。これはハワイ、中南米、カリブ海諸国など
みな同じだ。宣教師がまず乗り込み、感化した後に支配者が神の使いとしてやってくる。
そうしてみると、本作の主人公ナット・ターナーも、ご主人さまから黒人奴隷の怒りを平定するためキリスト
教説教師にさせられ、南部各地のプランテーションを周り、奴隷に主人に仕えることの大切さを説いて
回ったのだった。キリスト教が利用されていた面だ。しかし、ナットは各地の奴隷の実情や自分の妻が
レイプされる、白人に洗礼をしたことから背中の肉が破れるほどの鞭打ちを受けるに及び、聖書に書かれて
いる自由の国とは自分が今まで皆に説いてきたこととまったく反対の意味を持っていることに気づいたの
だった。ナットは、神の御元では人は平等であり、差別されず、過ちは赦されるものだと、俄然反旗を
翻す決心をする。

ナットの容赦無さは苛烈であった。自分の主人は結構聞き分けのある人で、白人の中でもいい人じゃないか
と思っていたのだが、ナットは彼をナタで一撃。ナットとその仲間は48時間以内に殺害されたが、ナットは
逃亡した。その後捕らえられ、絞首刑になるのだが、その後彼はクビを刎ねられ皮を剥がされ、体はバラバラ
にされて記念に持ち帰るものもいたとか。脂はマシン油に使われたとか。白人側の復讐もまた苛烈だった。

人を人とも思わない白人たちの振る舞いはすべての黒人が持つ怒りであり、人は生まれながらにして平等、と
云われる現代でさえ、それが実行されないどころか、分断は加速さえされている。本作を観た人にそういう
ことを改めて考えさせる機会を与えるという意味では有意義な映画だろう。アメリカはその後、南北戦争へと
突入し、リンカーン大統領による奴隷解放につながるのだ。が、南北戦争がアメリカの分断の根本であると
考える人も多い。それが未だに解決されていないと。

本作はサンダンス映画祭でグランプリと観客賞を獲り、フォックス・サーチライトが映画祭最高の値付けで
配給権を獲得したと話題になったが、公開の時期になるとネイト・パーカーと共同脚本執筆者が大学生時代に
レイプ犯として裁判沙汰になってたことが明らかとなり、映画の内容に鑑み、日本などでの公開は見送られて
しまった。これは残念だった。作劇として人種間のゆとりが少なすぎる苛烈な映画になりすぎたウラミは残るが、
ネイトのレイプ事件さえなければ、もっと多くの人に見てもらえたのに。

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<ストーリー>
アメリカ史上最大の黒人奴隷反乱を率いた伝説的人物ナット・ターナーを描き、サンダンス映画祭でグランプリと
観客賞をダブル受賞した伝記ドラマ。新進俳優ネイト・パーカーが製作・監督・脚本・主演を務め、7年の歳月を
かけて完成させた。1800年代初頭のバージニア州。ターナー家の農場で奴隷として暮らすナットは若い頃に文字の
読み書きを習得し、成長すると聖書に精通するように。他の奴隷たちのために説教をするナットの姿を見たターナー
家の主人は、彼の能力を生かそうと考え、奴隷の暴動を恐れる他の農場主のもとでも説教をさせはじめる。
説教を続ける中で奴隷たちの悲惨すぎる境遇を目の当たりにしたナットは、彼らを率いて立ち上がることを決意する。
共演に「君の名前で僕を呼んで」のアーミー・ハマー、「ウォッチメン」のジャッキー・アール・ヘイリー。(映画.com)

<IMDb=★6.4>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:72% Audience Score:71%>
<KINENOTE=74.0点>




# by jazzyoba0083 | 2019-03-28 23:15 | Trackback | Comments(0)

●「クリード チャンプを継ぐ男 Creed」
2015 アメリカ Metro-Goldwyn-Mayer Pictures, Warner Bros. Pictures,New Line Cinema.133min.
監督・原案・(共同)脚本:ライアン・クーグラー
出演:シルベスター・スタローン、マイケル・B・ジョーダン、テッサ・トンプソン、フィリシア・ラシャド、アンソニーべリュー他


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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
ボクシングというスポーツ、評判が高いタイトルマッチなどはテレビ鑑賞する程度で、映画好きなのに
「ロッキー」シリーズも恐らく初作しか観ていない。ただ、その後のロッキーがどうなったか、位の
エピソードはwikipedia記載程度は知っていた。

本作「ロッキー」シリーズのスピンオフ、という位置づけで、本筋の「ロッキー・ザ・ファイナル」から
9年ぶりとなる。昨年、この続編が製作されている。WOWOWで放映され、ずっとHDDの中にあったの
だが、この程観てみたら、これがまあ、面白かったのだ。

本作、血まみれになって殴り合うのがちょっと苦手、という方以外ならどなたでもワクワク面白い映画に
仕上がっている。ボクシング映画の王道のような脚本ながら、物語の運びが上手く、長いリングの場面も
2つ用意され、緊張感の盛り上げ方も上手く出来ている。そして「ロッキー」シリーズのエイドリアンに
当たるビアンカという女性、老トレーナーたるロッキー・バルボアの病気、そして噛ませ犬的試合での
クリードの大活躍と、先が読めるようなストーリであってもそれを陳腐で終わらせていないライアン・
クーグラーの演出力が光る作品だ。また老トレーナーとして、かつての宿敵アポロの遺児を一流の
ファイターに育て上げていく光景は、「ロッキー」シリーズで見慣れた光景もたくさん出てきて、かつて
「ロッキー」を観ていた時代の人にも感動が迫る仕組みとなっている。「ロッキー」をまるで知らなくても
面白く理解出来るように工夫されてもいる。

アポロの愛人の子で、父の姿を知らぬまま施設にいたアドニスはアポロの本妻メリーアンの養子となり
(ファイトマネーで建てられたのだろう、凄い豪邸で)何不自由なく育てられていた。頭のいい青年に育った
が、彼の夢はボクシングでチャンプになること。内緒でメキシコで腕を磨いてたりしたが、ちゃんとした
トレーナーに習いたくて、今は「エイドリアン」というレストランのオーナーとなっているロッキーを
訪ねる。最初、もうジムには行かない、と言っていたが、アドニスの熱意に押されて自分が育ったジムで
アドニスを教えることになった。そこからラストまで、アドニスの成長と蹉跌、階下に住むガールフレンド、
ビアンカとの関係、ロッキーのガンの発覚、そしてロンドンで行われる公式戦2戦目のタイトルマッチと
ボクシング本筋とそれ以外のエピソードの挿入の塩梅も良く、本筋のボクサーとしてのアドニスの成長も
しっかり語られ、映画のエンタテインメントとはこういうこと、という手本のような映画に仕上がった。

本作にはアドニスが挑む大きな試合が2つあるが、どちらもカメラアングルやカットの使い方などが
上手く、CGも多分に使われているのだろうけど、臨戦の凄みが伝わってきて迫力があった。また
ロッキーのセコンドとしてのアドバイスとそれを受けてのアドニスの戦い方の変化など、プロの
ボクサーが観ても恐らく「よく出来ている」と思わせるレベルの戦いの映像に仕上がっていたと感じた。

敵ながらやがて友情で結ばれ、ロシアのボクサーに殺された父。父の親友ともいうべきロッキーを信じ、
優秀なボクサーになっていくアドニス、そしてロッキーとアポロの戦いとまるで同じような結末に、
かつての自分の姿をロッキーはアドニスに見たのだろう。
2人の師弟だが友情や親子の愛情ににた関係が出来ていく過程を目撃できるのは悪くない。
「ロッキー」シリーズをずっと見てきている人は、本作がそれぞれのどこかのいいとこ取りをしたように
思うかもしれない。また無理筋のマッチメイク、負けても敵地の客からの大きな称賛、トレーナーの病気、
星条旗デザインのトランクスなど、既視感ありありの素材が並ぶ。が、しかしそうであっても本作は
「焼き直し」批判を乗り越えて、映画自体が佳作に仕上がっている。個人的には、いかに歳をとった
とは言え、何かにつけ「丸くなって」しまったロッキーが、物分りがいい爺さん過ぎた感じがした。

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<ストーリー>
シルヴェスター・スタローンの代表作『ロッキー』シリーズの新章となる人間ドラマ。スタローン演じる
ロッキーが、幾度も死闘を繰り広げたライバルであるアポロの息子のトレーナーとなり、新たな夢に向かって
歩み出す姿を描く。アポロの息子アドニスを演じるのは、『フルートベール駅で』で注目を浴びた
マイケル・B・ジョーダン。

アドニス・ジョンソン(マイケル・B・ジョーダン)の父親は世界的に有名なボクシングのヘビー級チャンピオン
だったアポロ・クリードだが、彼が生まれる前に死んでしまったため、父のことを何も知らない。それでも、
明らかにアドニスにはボクシングの才能が受け継がれていた。アドニスは、父がタフな無名のボクサー、
ロッキー・バルボアと死闘を繰り広げた伝説の戦いの地フィラデルフィアへ向かう。
フィラデルフィアに着いたアドニスは、ロッキー(シルヴェスター・スタローン)を捜し出し、トレーナーに
なるよう頼む。。ロッキーは、ボクシングからは完全に手を引いたと断るが、かつての宿敵で、のちに親友と
なったアポロと同じ強さと決意をアドニスの中に見出し、トレーナーを引き受ける。若いボクサーを鍛え始める
ロッキーを味方につけたアドニスは、タイトル戦への切符を手に入れるが……。(Movie Walker)

<IMDb=★7.6>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:95% Audience Score:89%>
<KINENOTE=79.6点>




# by jazzyoba0083 | 2019-03-28 22:50 | 洋画=か行 | Trackback | Comments(0)

●「ビリーブ 未来への大逆転 On the Basis of Sex」
2018 アメリカ Participant Media and more. 120min.
監督:ミミ・レダー
出演:フェリシティ・ジョーンズ、アーミー・ハマー、ジャスティン・セロー、サム・ウォーターストン、キャシー・ベイツ他

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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
本作のような実話ものは大好きなので、映画館を訪れることが多い。この映画も、現在もアメリカ最高裁判事で
あるルース・ベイダー・ギンズバーグの実話の映画化である。資料によれば彼女は法律に性差別があることの
間違いを指摘した裁判にアメリカ史上初めて勝利した弁護士であり、二人目の女性連邦最高裁判事で、大衆からRBGの
愛称で親しまれているという。現在86歳。これまで何故映画化されなかったかな、と不思議に思うほどの人物だ。
ビル・クリントンに任命された判事でバリバリのリベラルである。トランプ時代が産んだ映画とも言えるだろう。

さて映画の方だが、確かにルースの人生はパイオニアとして称賛されるべきものだし、サポートした夫も、周囲の
数少ない味方も立派だが、映画として表現される法律上の解釈や手続き、裁判で使われる法律用語や裁判用語が
難解で、基本的にセリフ劇なので、字幕を追いかけて理解するのが精一杯で画面を楽しむ余裕が若干奪われたのが
残念だった。しかも前例として出される〇〇対州政府とか合衆国という判例が私達には(多くのアメリカ人にとって
すら)馴染みがないので、細かい点まで完全に理解出来ていないと思った。が、映画の大意は、ルースがアメリカの
法律に長く厳然として存在してきた男女の差別を(結果的にでも)認めてしまっている200弱の法律の壁の突破に
さまざまな困難に打ち勝って成功したということであり、そこはしっかり掴むことができた。

ハイライトは控訴審での判事とルースのやりとりである。実際の法廷で弁護をしたことがないルースは上手く弁論を
展開できず、言葉につまってしまう。そこで語り始めたのは、自分がハーバードの法学院大学に入学した時は
女子はたった9人で、女子トイレすらなかった。などと自身の身の上に起きた女性差別の話。判事が
「憲法に女性という言葉はありませんよ」、と言われると、「憲法には自由という言葉もありません。」と切り返す。
(実際は修正1条に自由と言う言葉はある。表現の自由、報道の自由を謳ったもの)
この控訴審で求められているのが「独身の男性が母親の介護をするのに税務上の控除を受けられな」という
女性差別ではなく、男性が故に女性を保護する法律から排除されているという不整合を攻めたところが上手かった。
判事は彼女の弁論に耳を傾け、ルースが弁護した男性は勝利し、この法律は改訂されることになった。

ルースが力強く自らの道を歩いていく側で、同じ弁護士で、自分が若くしてガンになりその後寛解を得るが、
忙しいルースに代わり、子育てや家事をやってくれる理解ある夫の存在が大きい。彼はまた戦友であり
善き同僚であり、アドバイザーであった。その面を観ていくのも面白い視点だと思う。彼の存在なくして
ルースの勝利もなかった。

映画の本筋に難癖は付けないが、先にも書いたとおり、膨大なセリフのやり取りが殆ど法律用語なので、会話の
内容を(法律手続きも含め)理解するのは大変な映画になってしまっている、点が最大の難点。
フェリシティ・ジョーンズのルース、理解ある夫マーティン(アーミー・ハマー=「君の名前で僕を呼んで」で
アメリカからの留学生を演じた)彼らの娘、などキャストの演技もシュアであり、ミミ・レダーの演出も
オーソドックスだが安定していた。

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<ストーリー>
 “RBG”の愛称で親しまれ、アメリカ中から尊敬を集める合衆国最高裁判所女性判事ルース・ベイダー・
ギンズバーグの若き日の物語を描いた伝記ドラマ。女性に対する有形無形の差別がまかり通っていた1970年代の
アメリカを舞台に、男女平等を実現するために、誰もが勝ち目がないと考えた裁判に挑んだヒロインの不屈の闘いを、
彼女を支えた夫との絆とともに描き出す。
主演は「博士と彼女のセオリー」「ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー」のフェリシティ・ジョーンズ。
共演にアーミー・ハマー、ジャスティン・セロー、キャシー・ベイツ。
監督は「ディープ・インパクト」「ペイ・フォワード 可能の王国」のミミ・レダー。

 貧しいユダヤ人家庭に生まれたルース・ギンズバーグ。名門ハーバード大学法科大学院に入学した彼女だったが、
同じ大学に通う夫マーティンがガンを患い、学業に加え夫の看病に幼い娘の育児にと多忙な日々を送る。
2年後、全快したマーティンがニューヨークの法律事務所で働き始めたため、ルースはコロンビア大学に編入する。
やがて首席で卒業するルースだったが、女性というだけでどの法律事務所も彼女を採用しようとはせず、やむなく
大学教授として働き始める。それでも弁護士への夢を諦めないルースは、マーティンからある訴訟記録を見せられると、
世の中を変える裁判になると確信、自ら弁護を買って出るのだったが…。(allcinema)

<IMDb=★6.7>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:73% Audience Score:72% >
<KINENOTE=77.4点>



# by jazzyoba0083 | 2019-03-28 12:10 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)