●「しあわせな人生の選択 Truman」
2015 スペイン・アルゼンチン Audiovisual Aval SGR,BD Cine,Canal+ España, Fox+ and more.108min.
監督・(共同)脚本:セスク・ガイ
出演:リカルド・ダリン、ハビエル・カマラ、ドロレス・フォンシ、エドゥアルド・フェルナンデス他

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<感想:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
物語が進むに連れて全体像が見えてくる構造だが、もっと早くわかったほうがいい人間関係もあっただろうに、
と感じた。こうした物語は映画の世界では少なくないが、涙が殆ど無いドライな構造がかえって、「死に向き合う」
本人とそれを見守るしか出来ない友人の立ち位置が鋭さを増すように思えた。

先述した人間関係が少しずつ分かる構図をあえて取ることにより、登場人物の友情や愛情の浅さ深さを強調する
演出だったろうな、と感じる。冒頭、友人トマスが雪のなか家を出るシーンはカナダとは分からない。
主人公フリアンが舞台役者であることも暫くしないと分からない。いとこの女性パウラの登場は唐突であり、
最後まで彼女がフリアンのイトコだとは分からなかった。そしてこの3人はアルゼンチンはブエノスアイレスに
故郷があるようであることも薄っすらとしか分からない。

つまりこうだ。余命幾ばくもない友人に最後の面会にやってきたカナダの友人(大学教授であるとは映画の中では
名乗らない。フリアンの息子にロボット工学を教えている、というのはとっさのウソかと思った)トマスが
4日間の日程で前触れ無く訪れる。フリアンはマドリッドで舞台俳優をしていたが、末期がんに侵され、治療を
放棄し、いわゆる「終活」をしている。 フリアンは離婚していて、元妻も俳優、再婚相手も俳優だ。
一人息子はアムステルダムの大学に行っている。イトコのパウラはブエノスアイレス時代からトマスらとは
友人らしい。 全体としてこういう相関関係の中で、物語が進むのだが、フリアンは医師に治療放棄を宣言し、
自分の葬儀の手続きやお棺、骨壷の選定など粛々と「終活」を進めるのだが、一番の懸念は長年連れ添ってきた
トルーマンと名付けられた大型の老犬の行方であった。

私がこの映画で主人公の寂しさをしみじみ感じた点は3つあった。一つは、骨壷を選ぶとき、その器の小ささを
係員に告げると、「人間は灰になるとこのくらいに・・・」と云われ、それから周りの世界が目に入らなくなる
シーン、2つ目は、トマスとフリアンのイトコ、パウラがトマスの泊まっているホテルでセックスをするシーン。
トマスはカナダに仲の良い妻がいるのだが。何か共通の友人を喪失する悲しさが二人のセックスシーンからにじみ
出てくるようで、こんなに悲しいセックスシーンがあったろうか、と思ってしまった。最後はやはりラストシーン。
カナダに帰るトマスに愛犬トルーマンを預けるところ。ああ、これでフリアンは本当に孤独になっていくんだ、
大丈夫だろうか、けっこうニヒルに決め込んでいたけど、と心配になるところ。そしてトルーマンという友情の証を
引き渡したわけだ。
それが感じられればこの映画はOKだったような気がする。原題が犬の名前なのだが、トルーマンという愛犬は
主人公の「生」と「友情」のメタファーに相違ないのである。

余命がいくらか語られないが、フリアンの(意地を張っているにしても)乾いた生死感と逆に回りの(当惑する)
ウェットな感情が、映画全体から、みんなの前から去りゆく覚悟を決めた男の悲哀が滲み出てきていたように受けとめた。

スペインの国内のゴア賞5部門を獲得したそうだが、超傑作とは言えないけど、画面が訴えるものは佳作良作である
ことを証明しえているとは思える。

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<ストーリー>
末期がんに侵された男性と周囲の者たちとの最期の日々を追い、スペインのゴヤ賞で作品賞はじめ5冠に輝いたドラマ。
スペイン在住の友人フリアンを訪ねたトマス。フリアンは余命いくばくもなく、愛犬トルーマンの新しい飼い主探し
など彼の死に支度に付き合う。
セスク・ゲイ監督は自身の母親の闘病生活での体験をもとに本作を制作。死期の迫るフリアンを「人生スイッチ」の
リカルド・ダリンが、彼に寄り添う友人トマスを「アイム・ソー・エキサイテッド!」のハビエル・カマラが演じる。

カナダ在住のトマス(ハビエル・カマラ)がスペインで暮らす長年の友人フリアン(リカルド・ダリン)のもとを
訪れたところ、フリアンのいとこ・パウラ(ドロレス・フォンシ)からフリアンが肺がんに侵され余命いくばくも
ないことを聞く。

すでにがんの治療を諦め死に支度を始めており、トマスの説教を嫌がるフリアン。トマスは追い帰そうとする彼を
意に介さず四日間滞在すると言い、フリアンも渋々了承。離婚してから独り身のフリアンが一緒に暮らす愛犬
トルーマンを案じ、トマスと一緒に新しい飼い主探しをしに出かけることに。
さらに、オランダのアムステルダムにいる大学生の息子のもとへ誕生日祝いをしに向かうが……。
(Movie Walker)

<IMDb=★7.3>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:100% Audience Score:79%>
※Tomatometerは母数少なめ。
<KINENOTE=74.4点>



# by jazzyoba0083 | 2018-12-12 23:40 | 洋画=さ行 | Trackback | Comments(0)

●「ホテル・ファデットへようこそ Bonne Pomme」
2017 フランス Thelma Films and more. 101min.
監督:フロランス・カンタン  脚本:フロランス(母)&アレクシ(息子)・カンタン
出演:ジェラール・ドパルデュー、カトリーヌ・ドヌーヴ、シャルタン・ラデスー、ゴチエ・バトゥー他

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<評価:★★★★★☆☆☆☆☆>
<感想>
フランス人という人種はこういう映画が好きなんだろうなあ。ちょっとコミカルな中編映画。人の言うこと
なんか聞きゃしないゴーイングマイウエィも極まったホテルの女主人バルバラ(ドヌーヴ)と、人が良すぎる自動車
修理工のジェラール(ドパルデュー)この二人の掛け合いを楽しむのが基本。とりまく家族や村人らもまともな人が
少ないかといってハリウッド風の味付けではないキャラクターが欧州味を付け加えている。

ドヌーヴは最近こうした中編に出演することが多いようだが、映画の評価としては高くないものばかり。まあ
自分がやりたいことだけやっているんだろう。このホテルの女主人、いかに浮気相手から手切れ代わりに充てがわれた
ホテルとはいえ、全然やる気がない。そこに嫁との折り合いが悪く、出自の悪い金を(修理を担当したやつが麻薬の
密売人で、使うクルマのチューンナップをしてやり、大金を貰っていた)持って、片田舎の修理工場を買収に来た
腕は良い修理工のジェラールがやってきた。バルバラのまるでクモの網に引っかかったように、客なのに調理はさせ
られるわ、清掃やしまいには結婚式まで取り仕切らせれ、これがまた上手くいってしまうのだ。

片や、ラリーに出場するため金をため店をジェラールに売ろうとしている男は恋人を置いてジェラールにチューン
ナップしてもらいレースに出かける。

ジェラールの義母も娘(ジェラールの嫁)が気に入らず、彼のもとに従業員とやってくる。やがて麻薬密輸の男が
捕まり、クルマのことで協力し大金を貰っているジェラールに警察の手が及んでくる。もとよりホテルなんて
やる気のないバルバラは、ジェラールとともに大型四駆でイタリア方面に逃避行に出かけるのだった・・・。

何人かの登場人物の人間模様をユーモアとウィットに富んだいかにもフレンチ映画らしい笑いのテイスト。
劇場未公開(だろうなあ)。人と人の絡みを人間喜劇として描かせるとフランス人は上手いなあと思う。
脚本家出身の監督らしい味付けである。
しかも堅苦しくなく。あまりにワガママ&身勝手なバルバラにジェラールが「いいかげんにしろよ!俺は出ていく!」
と怒りをバクハツさせるシーンがある。人として当然の感情だろうけど、ジェラールの人の良さは、それだけで
収まっちゃうのだ。バルバラを放っておけなくなってしまうんだな。映像やセリフには無いけど二人は結局惹かれ
あうようになったのだ。それまた人生なり!C'est la vie! と聞こえてきそうである。フランスを代表する名優二人の
熟練した演技に乾杯!だ。 原題の「美味しいリンゴ」とは何を指しているのだろうか?

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<ストーリー>
いずれも本国フランスだけでなく世界的にも活躍している国際派スター、ドパルデューとドヌーヴが顔合わせし、
いずれも高齢者ながら現在や未来を前向きに考える男女に扮したコメディ。ドヌーヴが演じる型破りなホテル
経営者にドパルデューが演じる男性は振り回されるが、いつしか2人が性別を超えた友情を築いていくのもまた
前向きでユニーク。
ユーモラスな展開の中、日本でいう“ベタ”なギャグも多いが、それもまたフランス流コメディ風。監督・共同脚本は
脚本家出身のF・カンタン。WOWOWの放送が日本初公開。

フランスの町ドルーで暮らす老男性ジェラールは妻との仲が冷めた上、妻の母親が営む自動車修理工場の雇われ
社長をするのにも飽き、自分の修理工場を持ちたいと望み、ルヴェルジョンという村で売りに出された修理工場を
買うかどうか考えようと現地へ。そこで“ファデット”というホテルに泊まるが、何事にもいい加減な女性主人
バルバラに押し切られ、しばらくそこに滞在する。一方、ジェラールの家族は彼が家出したと心配し……。
(WOWOW)

<IMDb=★5.2>
<Rotten Tomatoes=評価なし>




# by jazzyoba0083 | 2018-12-11 18:00 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「くるみ割り人形と秘密の王国 The Nutcraker and The Four Realms」
2018 アメリカ Walt Disney Pictures. 100min.
監督:ラッセ・ハルストレム、ジョー・ジョンストン 
出演:キーラ・ナイトレイ、マッケンジー・フォイ、エウヘニオ・デルベス、ヘレン・ミレン、モーガン・フリーマン他

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<評価:★★★★★★☆☆☆☆>
<感想>
奥様に誘われてシネコンに出かけた。チャイコフスキーのバレエ曲の実写版か、と思っていたらさにあらず。
本作は本作用にドイツのE.T.A.ホフマンの童話 『くるみ割り人形とねずみの王様』 を、翻案したファンタジーだ。
wikiあたりで見るオリジナルとはかなりかけ離れたお話となっているようだ。本国での評価は全然パッとせず、
興行収入も期待されたものに遠いようだ。

だが、こういうファンタジーとして観たとき、個人的にはそこそこ面白かった。まあ、奥行きはないです、
はっきり言って。でもおとぎ話にどのくらいの奥行きや寓意を求めるでしょうか。本作は主人公クララの
勇気と冒険の華麗な世界を覗き見た感覚が味わえればいいのではないかな、と感じた。
ただ大きく残念な点は、お話の繋ぎがあまり宜しく無く、それぞれのプロットが全体のストーリーを纏め
上げきれていないので、感動もそれだけ減じることになる。クララが最初に出会う王国の門塀がくるみ割り
人形で、本来リンクすべきドロッセルマイヤーじいさんとの因果関係が全く断絶している、などなど。
原作にはないマザージンジャーのスタンスなどもいまいち分かりづらい。ただぼけーっと観ているファンタジー
としてはそう悪くはない。そういった意味からしても、ヘレン・ミレン(マザージンジャー)、モーガン・
フリーマン(ドロッセルマイヤー)、メイクで誰だか分からなかったシュガー・プラム(キーラ・ナイトレイ)
のキャスティングがもったいなかった。そうそう、クララのお父さん、気分が単調過ぎなんだな。それも欠点。
名手ラッセ・ハルストレム、どうしちゃったのかなあ。

まあ、バックに流れる音楽はちゃんと「くるみ割り人形」から使われるけど。くるみ割り人形そのものがあまり
重要視されていない点については・・・もう止めときます。ww 救いはクララ役のマッケンジー・フォイが
個人的に好みだった点。ww 「インターステラー」の頃から大きくなりましたねえ。

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<ストーリー>
19世紀に発表された童話を基に、チャイコフスキーが音楽を手がけたバレエの名作として知られる幻想的な物語を、
ディズニーが映画化したファンタジー。不思議な世界を訪れた少女クララの冒険がきらびやかな映像と共に描かれる。
スウェーデン出身の名匠ラッセ・ハルストレムと、『ジュマンジ』のジョー・ジョンストンが監督を務める。

クララ(マッケンジー・フォイ)は愛する母を亡くして以来、心を閉ざしていた。クリスマス・イヴ、クララは
鍵のかかった卵型の入れ物をもらう。母の遺した「あなたに必要なものはすべてこの中にある」という言葉の
意味を知るために、クララは鍵を探し始める。

その晩、名付け親であるドロッセルマイヤー(モーガン・フリーマン)のクリスマス・パーティーに行った
クララは、彼からのプレゼントを受け取る糸をたどるゲームに参加すると、いつの間にか不思議な世界へ
足を踏み入れてしまう。鍵を探すクララは、息を呑むほど美しくて幻想的な世界へ迷い込む。それは、
色とりどりの花と緑で覆われた“花の国”、キャンディやマシュマロでできた“お菓子の国”、雪と氷が
クリスタルのように輝く“雪の国”、そして謎の多い“第4の国”からなる秘密の王国だった。

そこでプリンセスと呼ばれて戸惑うクララだったが、この世界を創り上げたのが亡き母であったことを知る。
しかし、第4の国を支配するマザー・ジンジャー(ヘレン・ミレン)が反乱を起こし、王国は存亡の危機に
瀕していた。母が愛した王国を救うため、クララは心優しいくるみ割り人形のフィリップとともに、
第4の国に旅立つ。それは、この美しい世界に隠された真実を探す旅の始まりでもあった……。
(Movie Walker)

<IMDb=★5.6>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:34% Audience Score:37%>
<KINENOTE=68.6点>




# by jazzyoba0083 | 2018-12-09 10:40 | 洋画=か行 | Trackback | Comments(0)

●「プライベート・ライアン Saving Private Ryan」(名画再見シリーズ)
1998 アメリカ DreamWorks Pictures,Paramount Pictures (a Viacom company), Amblin Entertainment Production.170min
監督・(共同)製作:スティーブン・スピルバーグ  撮影監督:ヤヌス・カミンスキー
出演:トム・ハンクス、トム・サイズモア、エドワード・バーンズ、バリー・ペッパー、アダム・ゴールドバーグ
   ヴィン・ディーゼル、ジョヴァンニ・リビシ、ジェレミー・デイヴィス、ポール・ジアマッティ、マット・デイモン他

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<評価:★★★★★★★★★☆>
<感想>
三度目か四度目の鑑賞。時々観たくなる作品だ。スピルバーグのシリアス作品群の中でも好きな一編だ。同時多発テロに
先立つ3年前に製作されたことに個人的にだが、何かすごく感慨を覚える。そして今回の鑑賞日が真珠湾攻撃から77年め。

戦記物が好きな私だが、本作ほど戦争の残虐さ、虚しさ、愚かしさ、多大な犠牲をスペクタキュラーな要素を入れて
作り上げた例をあまり知らない。映画界では、「プライベート・ライアンの冒頭20分」という、よく使われる言葉が
ある。それは戦争の苛烈さ、容赦の無さ、生命のやり取りの熾烈さを最大限に表現しているからだ。脚本を書き上げるに
際し、ロバート・ロダットとフランク・ダラボンは、本作がフィクションとしても、オマハビーチの惨劇は忠実に再現
しようと膨大な調査とインタビューを行ったに違いない。さらに使われた衣装、武器も史実に忠実に再現され、機関銃の
音は本物を使うなどこだわりを徹底している。スピルバーグとコンビを組むことが多いヤヌス・カミンスキーの手持ちの
カメラはレンズに血飛沫が飛んで着く様も、観客に臨場しているかのような錯覚を覚えさせる演出である。
なお、ストーリーは本作に近いモデルになったケースがあり、それがベースになっている。

ドイツ軍が敷設した上陸阻害の鉄の構造物以外遮蔽するもののないビーチに飛び込んだ米軍兵士は、トーチカのドイツ
軍の機関銃の餌食になる。飛び散る足や腕、はみ出す内蔵、弾丸がヘルメットに当たり助かった兵士、ヘルメットを
脱いでその痕跡を確認しようとしたところに頭に銃弾を食らう様、真っ赤に染まる海、など目を背けたくなる光景が
20分間続く。
だが、目を背けてはいけないのだ。これが戦争なのだ。なぜ上陸前に空軍がトーチカを叩いておかないのか、という
事を思うだろう。だが、史上最大の作戦にはこうした無茶な上陸命令もあったのだ。空軍はラストのラストに登場し、
皮肉を振りまくのだが。

そう、皮肉なのだ。四人兄弟のうち三人までが戦死、陸軍参謀総長マーシャルの直々の命令(ソール・サバイバル・
ポリシー)により、どこにいるとも分からない一人の二等兵を本国に還すために、中隊が命を賭して捜索にいく。
探し出す相手がライアン二等兵(プライベート・ライアン=マット・デイモン)である。戦争の皮肉な(不条理な)
一面の象徴である。

ドイツ軍も自分の命が懸かっているから必死だ。ライアンを探す途中での戦闘で一人のドイツ人が捕虜となった。
殺そう、という部下を制し捕虜に目隠しをしてその場を去らせる隊長ミラー大尉(トム・ハンクス)、捕虜も生きたい、
生き残りたいので必死。墓穴を掘りながら、「クソヒトラー」「アメリカ大好き」などとおべっかをつかう。
しかし、後の戦闘で、ミラー大尉に致命傷の銃撃を食らわすのは、その兵士だったのだ。

これには続きがあり、フランス領内でドイツ軍との戦いにおいてライアンを探すため独仏語が出来る兵士が通訳と
して同行する。彼は銃を本番で撃ったことすらない「通訳」。
しかし、最後の戦闘に巻き込まれ、何も出来ずに頭を抱えて泣いていたのだが、逃してやったあのドイツ兵が仲間や
ミラー大尉に発砲したところを見るに及び、戦闘が終わって捕虜となって両手を上げるそのドイツ兵が、
「やあ、アプム」と、またごますり顔で声を掛けると彼は有無を言わさず、そのトイツ兵を射殺する。観ている方は
溜飲を下げる構図だが、銃も撃てなかった男が人殺しが出来るようになってしまうのが戦争なのだとみるべきなのだ。

ライアンを見つけ、橋を爆破する最後の戦闘においても、冒頭と同様な戦闘が展開される。教会の鐘楼からスナイ
パーとしてドイツ兵を殺し続ける男は、一発一発、神に願いを込めて撃つ。兵たちはお互いに銃が使えなくなると
ナイフで、ヘルメットで殴り合い、取っ組み合って噛み付いて相手の指を食いちぎっても生きたい。人間の生への
執着は米軍が勝ちたい、ドイツ軍が勝ちたいという範疇を超え、「生きるか死ぬか」の戦いだ。戦争とはそうした
ものだ(ろう)。

ミラー大尉は田舎の高校の作文の先生。英雄でも何でも無い。アメリカのため、とかの威勢のいいことも口にしない。
おそらく、生き残って家族のもとに早く帰りたい、それだけのため目の前の敵を殺す、もう無私の世界、解脱の
世界にいたように感じた。多くの兵士がそうであったろう。 ミラー大尉が最期にライアンに「生きろ」と言い残す。
普通に生きたくても生きられなかった時代。冒頭とラストの年老いたライアンは、「私は正しく生きただろうか」
「皆さんの犠牲に値する人生を生きただろうか」と自問する。それは、どの戦争にせよ、犠牲になり平和の礎となった
かたがたに対し、国の差無く絶えず自問し続けなければならない問題だろう。
スピルバーグとしては、第二次世界大戦の大きな問題としての提示はこれで尽きた。彼はその後HBOのTVシリーズ
「バンド・オブ・ブラザーズ」「ザ・パシフィック」へと、より細かいテーマに挑んでいく。
素晴らしい戦記ものだと思うが、冒頭とエンディングの星条旗は不要に感じた。トム・ハンクスも油が乗り切った
一番いい時期の作品だったといえよう。
本作はオスカーを5部門で獲っているが、作品賞は「恋に落ちたシェイクスピア」に渡った。主演男優賞は
同じ第二次世界大戦を扱った「ライフ・イズ・ビューティフル」のロベルト・ベニーニに。
オスカーの好みを表した状況だったといえよう。

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<ストーリー:最後まで書かれています>
時は1944年。第2次世界大戦の真っ只中、米英連合軍はフランス・ノルマンディのオマハビーチでドイツ軍の
未曾有の銃撃を受け、多くの歩兵が命を落としていった。戦禍を切り抜けたミラー大尉(トム・ハンクス)に、
軍の最高首脳から「3人の兄を戦争で失った末っ子のジェームズ・ライアン2等兵を探し出し、故郷の母親の
元へ帰国させよ」という命令が下った。

ミラーは古参軍曹のホーヴァス(トム・サイズモア)、2等兵のレイベン(エドワード・バーンズ)、カパーゾ
(ヴィン・ディーゼル)、メリッシュ(アダム・ゴールドバーグ)、名狙撃手ジャクソン(バリー・ペッパー)、
衛生兵のウェード(ジョヴァンニ・リビジ)、ドイツ語が話せる実践経験ゼロのアパム(ジェレミー・デイヴィス)を
選び、落下傘の誤降下で行方の知れないライアンを敵地の前線へと探しに向かう。

彼らは廃墟の町で攻撃を受け、ひとり、ふたりと銃弾に倒れていく。なぜライアン1人のために8人が命を
かけなければならないのか? とレイベンが怒りを爆発させた時、ミラーはライアンを探し出し妻の元へ
帰ることが自分の任務だと淡々と語り、離れかけていた皆の心をまとめあげる。前線へ進むうちミラーたちは
空挺部隊に救われるが、その中にライアン2等兵がいたのだ。兄たちの死亡と帰国命令を知ったライアンは、
戦友を残して自分だけ帰国することはできないときっぱりと言い放つ。
ライアンの意思がミラーたちの心を捉え、共に踏みとどまりドイツ軍と一戦を交えることに。乏しい兵力、
装備という悪条件の中、仲間たちは次々と銃弾に倒れ、ミラーも爆撃を受け死んでしまう。ライアンに
「しっかり生きろ」と言い残して…。

時を経て年老いたライアンは、ミラーの墓地の前で彼の言い残した言葉を、再びかみしめるのだった。
(Movie Walker)

<IMDB=★8.6>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:93%  Audience Score:95%>
<KINENOTE=79.7点>




# by jazzyoba0083 | 2018-12-08 23:50 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「パリへの逃避行 The Escape」
2017 イギリス Lorton Entertainment,Shoebox Films.112min.
監督・脚本:ドミニク・サヴェージ
出演:ジェマ・アタートン、ドミニク・クーパー、ジャリル・レスペール、フランシス・バーバー他

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<評価:★★★★☆☆☆☆☆☆>
<感想>
WOWOWの「W座」で鑑賞。日本劇場未公開作品。(だろうなあ) ナチュラルさを演出するために
監督は演者にストーリーの骨子だけを伝えてセリフはほぼアドリブだったという。夫婦の子供二人はロケに
使った家の本当の子供だそうだ。なかなか凝りましたね。

でも残念でした。邦題の、何とも突き放したような、おざなりな命名でも分かる通り、つまらない、よくある
子育てウツ主婦と、倦怠期夫婦の物語。成功した夫、3歳前後のやんちゃざかりの子供二人。子育てに疲れ
夫とはルーティンのセックス、自分は何をしているの?自分は誰?という迷い。黙り込む、子供に当たる、
何かを見つけにロンドンへ行く。そこでタペストリーに出会う。何かそういう方面の習い事をしたいと
明るくなる妻、しかし、それを心から理解しない夫、たまりかねてパリへ行く妻。美術館で独身だとウソを
つく妻子持ちにナンパされ一夜をともにするも、嫌悪感が襲う。母や夫や子供から「帰ってきて!」の
電話。分かるんだけど・・・。そして離婚。一人の生活・・・。こんだけです。夫婦の話し合い不足
夫だけが悪いのではない。この妻も大変なのはわかるが、わがままだ。

たった一箇所だけ、夫が「君は素晴らしい妻だよ、母だよ」と理解したようなセリフを吐くのだが、妻は
その前に一人の女性として、人間として認めてほしいんだよね。それは分かる。そんだけ。
「普遍的テーマ」を扱うと解説には書いてあるけど、普遍的にもほどがある。捻りとかケレンとか全く
ないどストレートなストーリーだもんなあ。いまさら映画で観なくても・・・。

いやあ、小山薫堂もコメントに苦労してましたなあ。いやはや、ヤバめの映画を続けて観てしまった。
やれやれ。
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<ストーリー>
夫や幼い子ども2人との生活に疲れたヒロインは、家出してパリに向かうが……。
2018年10月、第31回東京国際映画祭で上映された最新作を、WOWOWが早くも放送。

専業主婦であるヒロインは、成功したビジネスマンである夫やまだ幼い子ども2人と暮らすが、夫との間の
心のすれ違いや、子どもたちのしつけに疲れ果てた結果、芸術がある生活に憧れ、家出してフランスの
パリに向かうが……。
結婚生活をしたことがある女性の多くが思い当たりそうな苦悩をテーマにした、普遍性の高い女性ドラマだ。
等身大のヒロイン役を体当たりで演じたのは「007/慰めの報酬」でボンドガールに抜擢された美人女優
G・アータートン。ヒロインの夫役は「マンマ・ミーア!」シリーズのD・クーパー。(WOWOW)

<IMDb=★5.9>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:78% Audience Score:54%>

# by jazzyoba0083 | 2018-12-06 23:00 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

マザー! Mother!

●「マザー! Mother!」
2017 アメリカ Paramount Pictures. 121min.
監督・脚本・(共同)製作・総指揮:ダーレン・アロノフスキー
出演:ジェニファー・ローレンス、ハビエル・バルデム、エド・ハリス、ミシェル・ファイファー他

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<評価:★★★★☆☆☆☆☆☆>
<感想>
好悪が分かれる観念的サイコホラー・サスペンス、という前知識のみで観始めた。映画をどう捉えるかは
百人百様で、人がどう感じようが、あれこれいうことは必要ないというのが信条だが、これは・・・。
いや、本国の専門家の評価は決して低くはない。だから、これって最高じゃん!今まで観たこと無いホラーだよ、
と感じる人がいるんだ。そういう感性の人がいても宜しかろう。私がどうこういうもんでもない。

しかし、私は駄目だった。ダーレン・アロノフスキーといえば、「ブラック・スワン」でナタリー・ポートマンに
オスカー主演女優賞をもたらした監督として知ってはいたし、あの世界の不気味さはなかなかな面白いと
思ったものだ。
だが、今回は、ジェニファー・ローレンスの熱演は認めるけど、思わず「ドリフのコントか!」と笑いだしたく
なるような中身。不条理が不条理と捉えられない。単なる傍若無人な暴力と殺人。観念的描写も限度があると
いうものだ。監督は本作全体を現代社会のメタファーと捉えて欲しいようだが、私はなんにも感じなかった。
ラストに神秘的サイコを感じることは出来るけど、居並ぶスターがもったいない。

最初普通に見始め、1時間過ぎた辺りで早見にセット、更に倍速で観終えた。ところどころキモのシーンでは止めた
けど。これだけのスターが並んでいても日本では劇場公開されなかった、という点がすべてを物語っている。
(残虐な描写があるけど、それは非公開の理由にはならないと思うなあ)

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<ストーリー>
「ブラック・スワン」の鬼才ダーレン・アロノフスキー監督が、「世界にひとつのプレイブック」でアカデミー
主演女優賞を受賞した若手実力派のジェニファー・ローレンスを主演に迎えて描くサイコミステリー。

郊外の一軒家に暮らす一組の夫婦のもとに、ある夜、不審な訪問者が現れたことから、夫婦の穏やかな生活は一変。
翌日以降も次々と謎の訪問者が現れるが、夫は招かれざる客たちを拒む素振りも見せず、受け入れていく。
そんな夫の行動に妻は不安と恐怖を募らせていき、やがてエスカレートしていく訪問者たちの行動によって事件が
相次ぐ。そんな中でも妊娠し、やがて出産して母親になった妻だったが、そんな彼女を想像もしない出来事が待ち
受ける。<ブログ筆者註;夫婦のうち夫は詩人、妻は普通の人だが彼女は二人のために買った古い大きな家を
自分の手でリノベーションしている、という舞台設定>(映画.com)

<IMDb=★6.6>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:70% Audience Score:50%>
<KINENOTE=67.9点>


# by jazzyoba0083 | 2018-12-05 22:35 | Trackback | Comments(0)

●「ハドソン河のモスコー Moscow on the Moscow」
1984 アメリカ Bavaria Film,Columbia Pictures Corporation,Delphi Premier Productions.115min.
監督・製作・(共同)脚本:ポール・マザースキー
出演:ロビン・ウィリアムズ、マリア・コンチータ・アロンゾ、クリーヴァント・デリックス、アレハンドロ・レイ他

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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
ポール・マザースキーといえば、私は「ハリーとトント」を忘れることが出来ない。とても印象的な映画だった。
本作はその10年後に製作されたものだが、マザースキーのいい趣味がいい感じで出ていた作品だと思う。
分かりやすいようでいて観念的な部分や暗喩的な部分もあるという味わい。

今ではソ連の文化をアメリカに比較してあれこれ描くことはできなくなったが、主張する根幹は全く不動だと
思う。またこれは今の時代にも十分通じるアイロニーだとも感じられる。
ロビン・ウィリアムズ(これがまたハマった役どころ!)はソ連のサーカス楽団のサックス吹きだ。彼は親友の
ピエロ役の男がアメリカ公演を機に亡命すると宣言、チキンなロビン(役名=ウラジミール・イワノフ)はその
勇気がない。だが、いざアメリカに行くと心が変わる。最終日、空港に行く途中のデパートでの買い物の最中、
亡命する。ピエロは残念なことにKGBに目をつけられていて帰国となってしまう。

さて、言葉も解らない行く場所も寝る場所も職業もないウラジミールは、デパートの店員家族に助けられ
亡命専門だというキューバ出身の弁護士に売り込みを受けたりして、次第にアメリカの社会に溶け込んでいく。
本場のサックスを聴けるのも嬉しかったが、ジャズクラブに出演するほどにはなれない。ホットドッグを
売ったり、ハイヤーの運転手をしたり、必死に生きていく様もなかなか上手く描かれている。

ソ連にはない自由を求め亡命したものの、次第にアメリカという国の自由のありようが分かってくると、その
嫌な面も見えてくる。残した家族のことなど故国が懐かしくなることもある。
しかし、デパートの売り子であったルチアとも親しくなり、友人も増え、言葉も分かってくるとやはりアメリカ
という国は嫌な面もたくさんあるけど、自由があることは何にも勝ると確信するようになる。

この間、ソ連とアメリカの文化や生活の違いがユーモアをもって描かれていく。FBIもKGBも割と「C調」に
描かれていたりして笑いを誘う。こうしてアイロニカルな側面を出しつつ、ユーモアとペーソスを加え
コメディタッチで描かれるのだが、全体として、マザースキーの描きたかったのはソ連を皮肉ることではなく
ウラジミールが亡命し必死に底辺の暮らしをしながらも、自由、ということの素晴らしさのみに満足する
有様によって、アメリカ人に対し、自由を粗末にしてはいけないんだ、ということを言っていると感じた。

この映画に出てくる配役はほぼ移民だ。裁判所で市民権が授けられるセレモニーもあり日本人も出てくる。
トランプにも観てもらいたい映画だ。彼らはどういう思いでこの国に来ているか、そして元からいる人は
自由と人権のありがたみをどのくらい評価できているだろうかということを。
本作の中でウラジミールと弁護士がダイナーで話しているときソ連から来た男と喧嘩しそうになる
シーンが有る。その時、市民権獲得の時に宣誓する言葉が誰からとなく上がる。それをダイナーにいる
移民たち(というか移民しかいない)が皆で言い続けるシーンはこの映画の象徴だろう。

先にも書いたようにロビン・ウィリアムズの、悲し嬉し顔、困り顔が実にいい。ロシア語も上手い。
そしてガールフレンドや弁護士、最期には自分も亡命しちゃうKGBまで、実に愛すべき人たちに
よって出来上がっている映画だ。国を捨て自由を求めたウラジミールの思い、再度噛み締めてみたい。
日本では当時のソ連に遠慮して劇場での公開を見送ったようだが、是非DVDやWOWOWなどでチャンスが
あればご覧頂きたい作品だ。

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<ストーリー>
ソ連が崩壊した現在、本作に描かれた文化ギャップの微妙なおかしみが、製作当時のまま無邪気に楽しめるかは
疑問だが、レーガン政権下、米ソ間が最も緊張していた時期に作られた作品としては相当に仮想敵国に対し
同情的なこの映画、むしろエスニックの混成地帯、ニューヨークの人情喜劇としての側面を大いに楽しむべき
(P・マザースキー監督の町のディテール描写は長けている)。サーカスの公演で、NYにやってきた楽団員が、
デパートの買い物の混雑に乗じて亡命を謀り成功。そこの警備員と親しくなり、しばらく彼の家に厄介になり、
仕事を探すが、凄腕の奏者が街頭で稼ぐ町。自慢のサックスもまるで通用せず、様々な職を転々、言葉も
不自由なものだから、自ずと孤独をかこつようになる。

しかし、根は陽気な彼、いつしか恋人もでき、自分に目標さえ持てれば、ここも住めば都と思い直す。随所に
ソ連での生活の回想が入り、トイレット・ペーパーを買う行列など余りにリアルなものだから、余計な気を
廻した配給会社が日本公開を差し止めたとか。だとすれば愚かな話だ。
予想されることだが、アクセントや言葉の違いのギャグが実に豊富で、ウィリアムスは実によく廻る舌で
期待通り応えてくれる。ペーソスもほどほどに、彼最高の芝居だろう。(allcinema)

<IMDB=★6.5>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:86% Audience Score:59%>
<KINENOTE:69.9点>






# by jazzyoba0083 | 2018-12-04 23:15 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「警視ヴィスコンティ 黒の失踪 Fleuve noir」
2018 フランス Curiosa Films. 114min.
監督・(共同)脚本:エリック・ゾンカ
出演:ヴァンサン・カッセル、ロマン・デュリス、サンドリーヌ・キベルラン、エロディ・ブシェーズ他

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<評価:★★★★★★☆☆☆☆>
<感想>
ヴァンサン・カッセルというと個人的には準主役クラスの、しかも、あまり宜しくないキャラクターを
演じることが多い人、という印象で、こうしたコロンボもかくやというような小汚い刑事役を見るのは
初めてだったので、興味があった。日本の劇場では未公開でWOWOWの「ジャパンプレミアム」にて
鑑賞。

カッセルのフィルモグラフィを見ると、結構美味しい主役や決して悪ではない役も多く、改めて日仏の
印象の違いに驚いた次第。アラン・リックマンとどうもイメージが似てしまう。最近では「ジェイソン・
ボーン」で最後の大立ち回りを演じる元同僚の役が印象深い。

さて、そのヴァンサン・カッセルがパリの警視を演じた本作、暗いです。画面も物語も、どっぷりと。
そして結末に救いがありせん。キャストも暗い演技がめっぽう上手い。まるで太陽のない欧州の冬の空の
ように。原題の「黒い河」というのは確かに内容を表している。

ストーリーもいわゆる二段落ちなのだが、ありがちなパターンでそうびっくりするものではない。主人公は
画面には出てこない失踪してしまった少年ということができる。
ちょっとびっくりしたのは、疾走した少年の妹が知恵遅れの障害者であること。彼女がある意味この映画の
キーになっている。そしてヴィスコンティ警視ったら、その母親に劣情をもようおしてしまい、聞き込みに
行ったついでに今で服のままセックスしちゃうの。二人の表情が暗いままなのが笑える。

ミスリード役を担うのは、階上に住む高校の国語教師で自称作家にして疾走した少年の元家庭教師の男。
この男、ゲイであり、疾走した少年もどうやらゲイらしい。ハッテン場を内定した警視がこの教師の
行動を目撃する。そしてこの男、少年に成り代わって両親に手紙を書いたりするので物語が混乱するように
塩梅されている。

ネタバレだが、少年の父親が「少年が妹に対してDVなので、殴り倒したら、床に頭を打って死んでしまった」
と自白するのだが、実はそうではないのだな。
ま、いずれにせよ故殺ではなく、過失致死の範疇だろう。少年が疾走したことからあぶり出されるその周辺の
家庭内の問題を描く。母親が警視のセックスを受け入れたのにはわけがあるのだ。

物語に破綻があるわけではないし、お約束のように警視の息子はヤクの取引をするような不良だったりする。
ある意味安心して見ていられるが、特別な感情を持つに至るような作品か、というとそうではない。
2時間近い暗い物語を見終えて暗さを引きずってしまいそうな人は見るのを止めたほうがいいだろう。
ここでのカッセルは小汚いだけで全然カッコよくないし。

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<ストーリー>
「美女と野獣(2014)」などで人気の国際派男優V・カッセルが、少年失踪事件を独自のやり方で
調べる主人公、警視ヴィスコンティ役を渋く演じたハード犯罪ミステリー。

主人公のヴィスコンティ警視は息子がドラッグ密売に関与していないか心配する一方で、新たに起きた
少年失踪事件の捜査へ。警視でありながら職務中に飲酒をするなどすさんだ暮らしを送るが、自分にも
愛する息子がいることから少年失踪事件に心を奪われる。
やがて事件は意外な方向に二転三転していき……。
かつて美人女優モニカ・ベルッチを妻とした二枚目カッセルは、本作では枯れた風情ながら事件の捜査で
時に暴走してしまう主人公ヴィスコンティ役を実に渋く演じてみせてカッコいい。
WOWOWの放送が日本初公開。

16歳の少年ダニーの失踪事件を担当することになったヴィスコンティは一方で、息子の高校生ドニが
ドラッグ密売に関与していないかどうか心配しつつ、失踪事件の捜査に全力を注ぐ。ヴィスコンティは
ダニーと同じマンションの1階上に住み、彼の家庭教師だった妻子持ちの男性ベレールを怪しいとにらむが、
ヴィスコンティの同僚マルクはダニーの母親ソランジェを疑う。刑事たちが調べ続けると意外な事実が
次々と明らかになっていく。(WOWOW)

<IMDb=★6.2>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:86% Audience Score:60% >
※Tomatometerは母数が少ないのであまり当てにならないと思う。


# by jazzyoba0083 | 2018-12-01 22:50 | 洋画=か行 | Trackback | Comments(0)

ポルト Porto

●「ポルト Porto」
2016 ポルトガル・フランス・アメリカ・ポーランド Double Play Films (II) and more. 76min.
監督・(共同)脚本:ゲイブ・クリンガー 製作総指揮:ジム・ジャームッシュ
出演:アントン・イェルチン、リュシー・リュカ他

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<評価:★★★★★★☆☆☆☆>
<感想>
映像詩を観ているような1時間15分。ただ映像の構成上、時制が前後するので筋を理解するのに
時間を要した。ただ、ストーリーに何か難しさがある作品ではない。ポルトガルの港町ポルトを
舞台に、その街で会った一組の男女の「愛情のヒダ」のようなものを3つのブロックに分けて
描いていく。「ジェイク」「マティ」「ジェイクとマティ」というふうに。故にシーンも重複
する。
必然の出会いの結果の愛と捉えるジェイク、束縛されることを嫌い自由を求めるマティ。珍しく
ないシチュエーションだ。一度は強く惹かれ合った二人が、再び離れていく様子を、ポルトガルの
港町を背景に描いていく。具象的なテーマであるが観念的な構成となっている。雰囲気を楽しむ
タイプの映画。このあたりジャームッシュの影響があるかもしれない。「パターソン」の匂いがする。

短い作品なので、ざっと見ることも出来るが、短いシーンに重要な意味があったりするので、
油断は出来ない。

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<ストーリー>
ブラジル出身の新鋭ゲイブ・クリンガー監督が、ジム・ジャームッシュ製作総指揮の下、記念すべき
長編劇映画デビューを飾ったラブ・ストーリー。ポルトガル第2の都市ポルトを舞台に、アメリカ人の
青年とフランス人女性が繰り広げる儚くも情熱的な行きずりの恋の顛末をほろ苦くもロマンティックに
綴る。主演は2016年6月に惜しくも他界したアントン・イェルチン。共演にリュシー・リュカ。
 
ポルトガル北部の港湾都市ポルト。26歳のアメリカ人ジェイクは家族が住むリスボンを離れ、この地で
孤独な日々を送っていた。一方、32歳のフランス人留学生マティ。考古学を学ぶ彼女は、ソルボンヌの
大学で知り合ったポルトガル人の教授ジョアンとともにこの地にやって来た。恋人でもあるジョアンから
求婚されているマティだったが、何よりも自由を大切にしたいと考えていた。
そんな2人は夜のカフェで出会い、引っ越してきたばかりのマティの新居で一夜をともにするのだったが…。
(allcinema)

<IMDb=★6.2>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:48% Audience Score:46%>
<KINENOTE=62.9点>



# by jazzyoba0083 | 2018-11-29 16:00 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「ブランカとギター弾き Blanka」
2015 イタリア Biennale College - Cinema,Dorje Film,Simple Truth Productions.77min.
監督・脚本:長谷井宏紀
出演:サイデル・カブテロ、ピーター・ミラリ、ジョマル・ビスヨ、レイモンド・カマチョ他

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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
世界を放浪していた映像作家、長谷井宏紀氏が、フィリピン・マニラの「スモーキーマウンテン」と
いうスラムで体験した感動を印象をベースに、「ヴェネツィア国際映画祭の出資のもとに映画を制作できる
プロジェクト、カレッジ・シネマ部門に応募した。1枚の企画書と15分の短編映像だけでね」(本人談:
引用元:TABI LABO) とうように、映画祭に制作費を出してもらい、完成させた中編。

盲目のギター弾きも、主役を除く子役もほとんどがストリートで見つけてきたという。これは愛に溢れた
一編だ。ブランカは捨て子。周りのストリートチルドレンも同じ境遇で、極貧の中で、窃盗やスリを
生業としてなんとか口に糊している子どもたちだ。本物をキャスティングした重さのようなものを感じる。

子供らの子供らしい考え、善悪を見極める彼らなりの目線、せっかくライブハウスで歌を披露できるように
なったのに、そこの授業員にハメられクビになってしまうなどの大人の打算の嫌らしさ、そして
何の欲もなく毎日ストリートでギターを弾いて小銭を集めているピーターというじいさんとブランカの
心の交流。やさしいのはオカマだったりする。ストリートチルドレンの問題はもちろん、障害者やLBGTへの
視点もある。そこには長谷井監督が体験で得られたことから滲み出た、人間を見つめる優しさがある。
ブランカが歌う唄が耳について離れいない。
長い映画ではないが、いろんな意味で訴えるものが多い映画だった。心を素直に保って観たい作品。

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<ストーリー>
ヴェネツィア国際映画祭2015マジックランタン賞、ソッリーゾ・ディベルソ賞受賞のヒューマンドラマ。
マニラの路上で暮らす孤児の少女ブランカは、母親をお金で買うことを思いつく。歌が得意な彼女は、
盲目のギター弾きピーターから歌で稼ぐ方法を教わる。
監督は、「モンゴル」で映画スチール写真を担当し、本作が長編監督デビュー作となる長谷井宏紀。
ブランカ役にYouTubeがきっかけで本作に出演することになったサイデル・ガブデロ、ピーター役に
実際に街角で流しの音楽家として活動していたピーター・ミラリのほか、ほとんどの出演者が路上で
キャスティングされた。

孤児の少女ブランカ(サイデル・ガブデロ)は、窃盗や物乞いをしながら路上で暮らしていた。
ある日、有名な女優が自分と同じ境遇の子供を養子に迎えたというニュースをテレビで見ると、
“お母さんをお金で買う”ことを思いつく。
そのころ、行動を共にしていた少年たちがブランカに意地悪をして、彼女のダンボールでできた
小さな家を壊す。全てを失い、途方に暮れたブランカは、流れ者の盲目の路上ギター弾きピーター
(ピーター・ミラリ)と出会い、彼に頼み込んで一緒に旅に出る。ブランカは辿り着いた街で
“3万ペソで母親を買います”と書かれたビラを貼り、その資金を得るため盗みを働く。
ピーターはブランカに歌でお金を稼ぐ方法を教える。ピーターが弾くギターの音に合わせて
ブランカが歌うと、街行く人々が足を止めた。
二人はライブ・レストランのオーナーに誘われ、ステージの上で演奏する仕事を手に入れ、屋根の
ある部屋で暮らせるようになる。ブランカの計画は順調に運ぶように見えたが、彼女の身には
思いもよらぬ危険が迫っていた……。(Movie Walker)

<IMDb=★7.1>
<Rotten Tomatoes=No data>
<KINENOTE=73.7点>





# by jazzyoba0083 | 2018-11-28 22:30 | Trackback | Comments(0)

●「聖なる嘘つき/その名はジェイコブ Jakob the Liar」
1999 アメリカ Columbia Picrtures Co.120min.
監督・(共同)脚本:ピーター・カソヴィッツ  原作:ユーレク・ベッカー
出演:ロビン・ウィリアムズ、ボブ・バラバン、ハナ・テイラー・ゴードン、アラン・アーキン、リーヴ・シュレイバー他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
本作を観ながらベニーニの「ライフイズビューティフル」を思い出していた。この映画は同じユーレク・
ベッカーの原作で当時の東ドイツが製作し、オスカーの外国語映画賞にノミネートされてる。

閑話休題。ポーランド人とドイツ人の会話が英語で行われるといのはどうも引っかかってしまう。
キャラクターとしてのロビン・ウィリアムズのキャスティングは正解だったと思う。ポーランドの
ゲットーで、希望を失った人々のために「ラジオを持っていて、それによるとソ連による攻撃が
近いところに来ている」というウソをつく。たまたま司令部に連れて行かれたときに聞いてしまった
ドイツのラジオ放送を自分なりに脚色して喋ったことが、情報に飢えていた収容所の人々に燎原の
火の如く広まっていく。「ラジオを持っている」元パン職人ジェイコブは、まわりから敬いの視線を
浴びるようになる。

冒頭、ジェイコブのボイスオーバーで、「我々ユダヤ人は逆境でもユーモアが好きだ。それが生きる
強さに繋がっている」みたいなことを言う。で、ジェイコブはたまたまナチ司令部に連れて行かれ、
そこで聞くでもなく耳に入ってきたのが、ソ連軍がゲットーの400キロ手前まで来ているということ。

それを身内を勇気づける意味で喋ってしまった。ところが戦況など全く知りえない収容所のユダヤ人は
情報に飢えていて、少しの明るい情報でも生きる糧にしたかった。というわけで、この噂はたちまち
収容所内に広まる。ジェイコブはラジオを持っていて、情報が入ってくる。(ラジオを持っていることが
ナチにバレたら勿論銃殺)。ジェイコブは人々が自分のウソで生きる希望を持ち始めていること、
また収容所の知恵袋的存在で世界一の心臓外科医と云われる先生に、君のしていることはいいことだよ、
と云われ調子こいて、いろんな脚色をしてウソをつく。ちょっとした音や空を行くドイツ軍の戦闘機も
いい方に捉えて皆にいう。開放が近いなら所内で組織を作ろうということになりジェイコブが選挙で
リーダーに選ばれる。その頃、皆殺しというニックネームが付いた将軍が収容所にやってくる・・・。

ジェイコブはラジオを持っていたとウソをついたことで最後には将軍に銃殺されてしまう。そして
収容所の面々は列車に乗せられ最終処分場へと送られる。しかし、その途中でソ連軍が列車を止めた。

結果、ジェイコブの言っていたことは本当だったのだ。あくまでも結果論だが。ではジェイコブが
収容所の人々にウソをいうことで勇気を持たせていた行動は肯定されるのか、意味のないたわごとで
藁をもすがりたい人々を翻弄したに過ぎないのか。ジェイコブには勿論悪意はない。扇動する気もない。
ただ、絶望の淵にいた収容所のみんなに少しの希望を与えたかっただけなのだ。だが冒頭で語って
いたように「ジョーク」のレベルで済まなくなった。ソ連が400キロまで近づいていたことは
司令部のラジオが言っていたことなので本当だったわけだが、それだけでは済まなくなってしまった所に
彼の悲劇があった。「あるはずのないラジオ」が独り歩きを始めてしまたから。

ラスト近くで床屋の親父が言う。少しの間でも希望を抱けたことは感謝する、と。彼は列車に乗ることを
拒否しクビを括って自殺を遂げてしまうのだ。列車に乗っていれば助かったかもしれないのに。
最後にジェイコブが司令部に自首しに行くと、司令部は移動するようでざわついていた。そこから
聞こえるラジオには「ノルマンディー」という言葉が聞こえいた。もしジェイコブがノルマンディーを
しっていたら、最後にゲットーのみんなの前で殺される覚悟で開放が近いことを言えたかも知れないなあ、
などと思っていた。

ジェイコブを取り巻くキャラクターとして、先の床屋以外に、列車から一人のがれ、ジェイコブの家に
匿われていた少女リーナ、ボクサーだったミーシャとその婚約者、そして心臓医のフランクフルター博士
(アラン・アーキン)らのサイドストーリーが物語に厚みを加える。

全体として興味深い映画であったが、喜劇性と悲劇性のバランスが良くないような気がして今ひとつ
観終えてスッキリしなかったというのが本音だ。
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<ストーリー>
第二次大戦中、ナチスの占領下のゲットーで、ある男の嘘による「想像のラジオニュース」が人々に生きる
勇気を与えていく感動的なヒューマンドラマ。原作はユーレク・ベッカーの『ほらふきヤーコプ』(同学社刊)で、
74年にも「嘘つきヤコブ」として映画化されている(ベルリン映画祭で銀熊賞、ウラディミール・ブロドスキが
主演男優賞)。
監督はハンガリー出身のユダヤ人で自身もホロコーストの生き残りであるピーター・カソヴィッツ。
製作総指揮は主演のロビン・ウィリアムス。

1944年、ナチス占領下のポーランドのゲットー。外界のニュースを求めて新聞紙を追ったユダヤ人ジェイコブ
(ロビン・ウィリアムス)は、ゲットーの塀の前で衛兵に止められ、夜間外出禁止令に反したとして司令部に
出頭を命じられる。無人の司令部事務所に入って行ったジェイコブはラジオ放送から、この町から400キロ先に
あるベザニカでドイツ軍がソ連軍と交戦したというそのニュースを耳にする。

ポーランドまでソ連軍が進攻してきたことを知ったジェイコブは思わず笑みを浮かべる。やがて事務所から
帰されたジェイコブは、収容所に送られる列車から逃げ出してきたリーナ(ハンナ・テイラー・ゴードン)と
出会うい、屋根裏に彼女を匿うことにする。ゲットーの仲間たちはもうほとんど収容所に送られてしい、
ジェイコブの妻ハンナも射殺された。残された住人は外界から遮断され、ラジオを持つことも禁じられている。

ジェイコブは夜が明けると、早速咋夜のニュースを自殺願望のある床屋の友人コワルスキー(ボブ・バラバン)や
何人かの知り合いに伝えた。そのニュースは、ジェイコブがラジオを持っているという噂と共に、たちまち
ゲットー中に広まっていった。ニュースの続報をしつこく聞かれたジェイコブは、ドイツ軍がソ連に反撃する
ために東に向かっていると、口から出まかせの戦況を伝える。そのニュースを、収容所へと向かう貨車に乗って
いるユダヤ人たちに教えようとしたハーシェル(マチュー・カソヴィッツ)はナチスの兵士に射殺されてしまう。

白分は嘘がハーシェルを死に至らしめたと、ジェイコブは悩むが、住人たちはますますニュースを欲するように
なる。ジェイコブは苦し紛れに嘘の上塗りを続け、ラジオ・レポートはどんどんエスカレートしていく。
ある日、リーナが病気になり、ジェイコブはリーナを元気づけるために、良くなったらラジオを聞かせると
約束する。やがて回復したリーナに、ジェイコブは約束を果たすため、チャーチルの声色を使ってBBC放送を
演じてみせる。

ゲットーの住人たちは抵抗組織を作ることを思いつく。組織作りの集会で、ジェイコブはリーダーに選ばれる。
が、その時ゲシュタポが心臓を病んでいる将軍の命令でゲットーの医師を連れに来た。しかも、将軍は町で
語題になっているラジオの持ち主を密告するように迫る。医師は毒薬をあおって自殺するが、将軍はラジオの
持ち主の捜索に乗り出し、本人が出頭しなければ人質10人を殺すと言う。ジェイコブはラジオのニュースを
聞いたいきさつをコワルスキーに告白、そして司令部に事実を話しに行くことを決意する。コワルスキーは
真実を知って首を吊り、残された住人たちは列車へと追い立てられていく。連合軍の進攻で、町のゲシュタポは
撤退の準備を始めていたのだ。司令部でラジオのニュースを偶然聞いた事実を将校に語ったジェイコブは、
住民たちの前でラジオのニュースも抵抗運動も、みな嘘だったと言うように強要される。駅の司令台の上へと
引き立てられるジェイコブは、嘘をつき通して人々に生きる希望を与えることを選ぶのだった。(Movie Walker)

<IMDb=★6.5>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:29% Audiece Score:63% >



# by jazzyoba0083 | 2018-11-27 23:20 | 洋画=さ行 | Trackback | Comments(0)

ポワゾン Original Sin

●「ポワゾン Original Sin」
2001 アメリカ Metro-Goldwyn-Mayer Pictures.116min.
監督:マイケル・クリストファー 原作:ウィリアム・アイリッシュ
出演:アントニオ・バンデラス、アンジェリーナ・ジョリー、ジョーン・プリングル、アリソン・マッキー、トーマス・ジェーン他

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<評価:★★★★★★★☆☆☆-α
<感想>
同じ原作に基づいたトリュフォーの「暗くなるまでこの恋を」のリメイクとは、観終わってから気がついた。
原作のアイリッシュはヒッチコックやトリュフォーの原作に用いられたミステリ作家で、本作のオリジナルは
未見だが、おそらく原作はもう少しまともな感じがする。また「暗くなるまでこの恋を」の粗筋をネットで拾って
読んでみると、特にエンディングあたりで大きく異なり、「品を失った」感じが推察できる。

マイケル・クリストファー監督はその後、監督としては大成していないところをみると、この程度が限度だった
のだろう。しかし、褒めておかなくてはならない点もある。画作りだ。彼は二人のトレンド俳優を使って古い
オリジナルをスタイリッシュに仕上げたいと思ったに違いない。舞台となるキューバのシーン、構図が計算され
ローキーの深みのある映像は、ステディカム、ドリー、レール移動、クレーンなど多彩な手法を使って作り上げて
いて、それは美しい。そしてテレンス・ブランチャードの音楽もカリプソを中心にして、いい感じのまとめ方だった。

だが、映画は映像が綺麗で、音楽が良くてもいい映画にはならない。どんでん返しにつぐどんでん返しだが、
多くのレビュアーが書いているように、ラストでコメディになってしまった恨みがある。それとバンデラスが
いわゆる毒婦のアンジーに、全財産を投げ売って、殺人まで犯して入れあげるモチベーションが深掘り出来てい
ないので全体に薄っぺらい。さらに主役の二人に深みを感じないので、せっかくの原作が生きなかった点が
惜しい。トータルとして観られないものではないが、「映画の出来」としては低い評価にとどまらざるを得ない。

印象的なのはRotten Tomatoesでの批評家の採点が12%なのに対し、一般鑑賞者の採点が61点という乖離だ。
まあアンジーのヌードを拝めるという点はあるとしても、大衆が求める映画とクリティックスに耐えうるものは
往往ににして一致しない、ということだ。そんな映画はいくらでもある。
当時アンジーの入れ墨はどうやって消したのだろうか。まだ入れてなかったのかな。

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<ストーリー>
ウィリアム・アイリッシュの小説をアンジェリーナ・ジョリー主演で映像化したミステリー・ロマンス。
19世紀のキューバを舞台に、欲望と犯罪に彩られた男女の愛の駆け引きを官能的に描き出す。

19世紀後半キューバ。コーヒー輸出業で成功したルイスは、新聞の交際欄で妻を求めていた。愛の存在を
信じないルイスは、この地の富の象徴であり仕事を円滑に運ぶための手段になるアメリカ人女性を求め、
そんな彼の要求に、ある女性が応えた。アメリカからやってきたその女性はジュリアと名乗り、事前に
送られていた写真とはあまりにちがう、眩しいほどに美しい女。女を外見で選ぶ男かどうか試した、
と言うジュリアだが、ルイスもまた彼女を財産目当ての女かどうか試していた。彼は手紙では、自分は
平凡な勤め人だと書いていたのだ。かくして恋に落ちたふたりの情熱の日々が始まるが……。
(Movie Walker)

<IMDb=★6.0>
<Rotten Tomatoes=12% Audience Score:61%>
<KINENOTE=58.0%>



# by jazzyoba0083 | 2018-11-26 22:50 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「ゴッドファーザー Part Ⅱ The Godfather Part Ⅱ(4K Digital Remastering)」
1974 アメリカ Paramount Pictures,The Coppola Company. 200min.
監督・(共同)製作:フランシス・フォード・コッポラ 脚本:コッポラ&マリオ・プーゾ 原作:マリオ・プーゾ
音楽:ニーノ・ロータ 撮影:ゴードン・ウィリス
出演:アル・パチーノ、ロバート・デュヴァル、ダイアン・キートン、ロバート・デ・ニーロ、ジョン・カザール他

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<評価:★★★★★★★★★★>
<感想>
やっぱりもっと早くに見れば良かった、と後悔した。本作は前作が封切られるやいなや製作に入り、PartⅠ公開の
2年後に封切られた。ⅠとⅡは一つの物語として捉えるのが良く、確かに前作はマーロン・ブランドのドンが
主役ではあり、本作はその息子マイケルがオヤジの後を次いでの話ではある。しかし、本作では後のゴッド
ファーザー、ヴィト・コルレオーネ=ゴッドファーザーが、その父親を初め母も兄もシチリア島で殺され、
一人アメリカに渡ったところからの話と、大きな流れを2つ置いて、構成され前作を補完しつつマイケルの
苦悩を描いていく。

アメリカ移民としては遅れてやってきたイタリア移民たちはすでに美味しいところはアイリッシュやユダヤ系に
奪われていて、闇の家業や芸能面で行きてくしかない状況は前作と同じだ。人物が2つの時制でたくさん出てくる
のでいささか煩雑ではあるが、その描くところは、非情な裏社会で生きる人間、というだけではなく、
ファミリーを守ろうとするドンの人間臭い苦悩だ。社会悪なやつらのことなど称揚する必要はない、という声も
聞こえそうだが、ここに描かれるのは善悪ではなく、苦労して他国に来た移民たちが自分らを守るために、どう
動いたか、どう心を痛めたか、だ。弟を裏切る兄がいる、マイケルの子供を世に残したくないと堕胎する妻がいる、
組織の中では当然のように裏切りがある、マイケルの時代になると国まで巻き込んでの戦いとなる、そうした
状況を、ヴィトとマイケルを対比させ二人の個性を表出させながら進んでいく。 そうしてみると、ある程度
ヴィト=オヤジさんの手で体制ができあがった上に乗っかったマイケルのほうが苦労は多いと見える。

そして、ファミリーを、自分を守るために、マイケルは周りにいる肉親や長年の相棒たちを、そして当然敵対する
相手も抹殺していく。ラストシーンは、「そして誰もいなくなった」マイケルの老いが忍び寄る横顔で終わる。
思えばマイケルの父ヴィトもアメリカに来た時はたった一人だった。それからファミリーを築き、マイケルに
後を託した。そしてそのマイケルも気がつけばひとりぼっちに戻ってしまっていた。ファミリーと称して
団結を促し華々しかった時期も、それぞれがそれぞれの思いで繋がっていたに過ぎず、それを思うとき
マイケルの心に去来するものは「虚しさ」のみではなかったか。

前作を含めヴィトとマイケルの生き方、家族愛は同じだがファミリーのまとめ方の違いがよく分かって面白かった。
前作の結婚式から始まるヴィト時代の真に家族愛で結ばれていたいわば心の時代、そして縄張りや金銭のしがらみ
から機械的に繋がっているだけのマイケル時代。親分肌のビトーと直情径行型いかにも大卒の跡取りといマイケル。
そのマイケルの暴力的だが哀しみがひしひしと伝わってきた。

本作はその年のオスカーで作品、監督、助演男優など6部門を受賞している。続編が作品賞を受賞した作品は
本作しか無い。また本作は前作同様、名手ゴードン・ウィリスの陰影を効果的に使った画作りが冴えるが、
テクニカラーとしては最後の作品になったという。最近のやらた説明くさい映画にはない物語の魅力
ふんだんに備えた名作であることは間違いない。ただニーノ・ロータのあの旋律はずっと後半にしか使われず
音楽としての魅力は前作のほうがあったと感じた。あのメロディーはやはりヴィト・コルレオーネのテーマ
なんだろ。
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<ストーリー:最後まで書かれています>
ドン・マイケル・コルレオーネ(アル・パチーノ)は、根拠地をニューヨークから西部のネバダ州タホー湖畔に
移していた。近くに収入源のラスベガスが控えていたからだ。マイケルは、ことあるごとに父ビトー・
コルレオーネの偉大さを思うのだった。

---/ビトーはシシリー島で生まれた。ビトーが9才のとき、父と母と兄が土地のマフィアの親分チッチオに
殺された。彼は村人にかくまわれ、移民団の群れにまじって単身ニューヨークへ渡った。1901年のことだった。
ニューヨークに着いたビトーは天然痘の疑いで3ヵ月間病院に入れられた。

---/1958年。タホー湖畔にある教会ではマイケルの一人息子アントニーの聖さん式が行われていた。
ビトーが死ぬ直前、一緒に庭で遊んでいた幼児がアントニーである。城のような大邸宅では大パーティが催され、
マイケル、妻ケイ(ダイアン・キートン)とアントニー、ママ・コルレオーネ(モーガナ・キング)、
マイケルの兄フレドー(ジョン・カザール)、その妻、妹のコニー(タリア・シャイア)とその恋人(トロイ・
ドナヒュー)、相談役トム・ヘーゲン(ロバート・デュヴァル)などの顔が見える。
パーティが終わり、その夜、マイケルの部屋に何者かが機関銃を乱射した。犯人はマイアミの大ボス、ハイマン・
ロス(リー・ストラスバーグ)の腹心ロサト兄弟だった。

---/リトル・イタリアで成長したビトー(ロバート・デ・ニーロ)は、あらゆる職業を経て、次第に頭角を
現し、移民の信望を集めるようになってきた。彼のもとには弱い人々がさまざまな願いをもって訪れる。
その街を牛耳る悪玉ボスのファヌッチを仕とめたのは町をあげてのお祭りの夜だった。

---/マイケルはハイマン・ロスと一対一で会い、自分を襲ったロサト兄弟と、その事件に内通した
ペンタンジェリ(マイケル・ヴィンセント・ガッツォー)を処分することを宣言した。ペンタンジェリは
コルレオーネ一家の古参だったが、マイケルのやり方に不満を抱えていた。そんなペンタンジェリにマイケルは
ロサト兄弟と手打ちをするように指示する。ロサト兄弟のバックにいるのがハイマン・ロスだと見抜いていた
マイケルは、彼の油断を誘うべく計画を練っていたのだった。しかし手打ちの場所でペンタンジェリは暗殺
されそうになるが、一命を取り留める。更に驚くべきことに、兄のフレドーまでもが、コルレオーネ家の
情報をハイマン・ロスに流していた。
そんなある日、マイケルは、犯罪調査委員会に呼び出されたが、マフィアについてのあらゆる容疑を完全に
否定した。委員会側はそれを偽証だとしてペンタンジェリを証人として呼んだ。ペンタンジェリはマイケルに
はめられたと思い込んでいたのだった。マイケルはペンタンジェリの肉親を傍聴席に呼び、彼の証言を封じた。
その夜、妻ケイはマイケルに離婚話をもちだした。マフィアの恐ろしさと、子供の将来を想う気持ちからだった。

---/ビトーと妻との間には4人の子供が出来た。汽車がシシリー島のコルレオーネ村に着き、多勢の村人が
一家を迎えた。ビトーは両親の仇、チッチオを襲って、自分の手でチッチオの腹を十字に刺して殺した。

---/ママ・コルレオーネが病気で死んだ。ニューヨークに隠れていたフレドーも呼び戻された。葬儀の
あともフレドーはタホー湖畔にとどまって幼いアントニーと遊んだ。フレドーはマイケルに許されていると
思ったのだ。だが、船で湖へ釣りに出たところを、マイケルの命令で殺された。初老に達したマイケルは、
一人湖畔の椅子に座り、亡き父ビトーの愛情に充ちた偉大な生涯を想い、自分の孤独に胸を痛めるのだった---。
(Movie Walker)

<IMDb=★9.0>
<Rotten Tomatoes=Tomatometre:97% Audience Score:97% >
<KINENOTE=85.6点>





# by jazzyoba0083 | 2018-11-25 23:50 | 洋画=か行 | Trackback | Comments(0)

●「皆さま、ごきげんよう Chant D'hiver」
2015 フランス・ジョージア Pastorale Productions 121min.
監督・脚本・編集:オタール・イオセリアーニ
出演:リュファス、アミラン・アミナラシヴィリ、ピエール・エテックス、マチアス・ユング、エンリコ・ゲッツィ他

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<評価:★★★★★★☆☆☆☆☆>
<感想>
このところ、欧州の観念的な映画を鑑賞する機会が多い。自分から進んで見ているわけではないのだが、
WOWOWやNHKBSで放映される作品で録画したあったタイトルに、そういうものが多かっただけなの
だが。ハリウッド映画育ちの私は欧州の映画は、特に1950年、60年頃の作品は苦手とするところで、
具体的なエンタテインメントが主であるハリウッド作品の対極にあるもの、という位置づけだった。
今でもそれは余り変わらないが、フランス映画やイタリア映画、カウリスマキの作品群などの中には
心打つものがあることは理解できるようになってきた。

評論家ではないので、嫌いな映画を無理して見る必要はないのだけれど、イオセリアーニの作品くらいは
映画好きとして一度は見ておくべきかな、という覚悟はあった。
で、今回の鑑賞となった。「参ったな」というのが本音。鑑賞後、ネットで感想を拾ってみたが、絶賛と
否定が半ばしていた。こういう観念的な映画が好きな人にはたまらないのだろう。個人的にも、ひとつ
ひとつのプロットに対し、え?どういうこと? どういう関連?何が目的?といちいち考えなければ
ならず、見終わって疲れた、というのが正直なところ。欧州映画の観念的表現にはだいぶ慣れてきたつもり
であったが、ひとつひとつのプロットは理解できても、それがトータルとしてどういう意味を持つのか
理解出来なかった。これを「素晴らしい!」と嘯いて以て映画通を気取るつもりはさらさらないし、
これを「素晴らしい」と感じる感性を持っている人は幸いかな、とも思う。

褒めている人は「人生賛歌」というが・・・。晩年のピカソの抽象画に抽象画である意味を求める必要が
あるのか、ということなんだろうかなあ。
冒頭のギロチン、(処刑される貴族の名前がバルタザール。このところこの名前をよく聞く。たまたま
だろうけど)次の舞台はどこか分からないけど現代の戦争シーン、続く二人の老人の生活。ローラー
スケートの窃盗団、遺言書を遺す老貴婦人、覗きが趣味の禿頭警察署長、彼らの動き(プロット)の
一つ一つは分かるし、クスリと笑いも出ることもある。これが全体としてまとまって「人生賛歌」と
なるのだろうなあ。イオセリアーニの作品は、これで十分である。つくづく自分はハリウッド映画育ちと
思い直した一編。欧州映画が観念的一辺倒だ、というのでは勿論無い。

本作にストーリーを紹介する意味はないと思うので、略します。

<IMDb=★6.6>
<Rotten Tomatoes=評価なし>
<KINENOTE=63.2 点>



# by jazzyoba0083 | 2018-11-24 23:10 | 洋画=ま行 | Trackback | Comments(0)

●「ボーダー・ライン:ソルジャーズ・デイ Sicario:Day of the Soldado」
2018 アメリカ Black Label Media,Thunder Road Pictures.122min.
監督:ステファノ・ソッリマ
出演:ベニチオ・デル・トロ、ジョシュ・ブローリン、イザベラ・モナー、ジェフリー・ドノヴァン、キャサリン・キーナー他

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<評価:★★★★★★★☆☆☆+α>
<感想>
前作はヴィルヌーブがメガフォンを取り、エミリー・ブラントという「観客側の戸惑い」を受け止める配役があり、
また出来も良かったため、オスカーに3部門でノミネートされた秀作であった。私も★8を献呈している。
ホントに2時間息つく暇のないくらいの徹底的な緊張感の持続であった。

さて、二作目になり、脚本家は変わらないが監督がステファノ・ソッリマに変わった。緊張感の途絶えない作品と
いうのは変わらないが、エミリー・ブラントのポジションに相当する配役が無く、徹底した殺戮と暴力と陰謀の
世界を描いただけの映画になってしまった感がある。映画の底が浅くなったというか。確かにキーになる若者は
一人いて、ラストシーンでは象徴的に使われているが、本作は主に、アメリカのメチャクチャ振り(トランプへの
当てつけか、と思うほどに)のみが目立つ作品となった。悪いやつも悪くないやつも殺してしまうという。特に
メキシコ警察は可愛そうだよ。映画の中にも出てくるけど、「交戦規定は?」と問うシーンがあるが、「そんなもの
クソだ」と気にする様子もない。この事態は下手をすると国家間の戦争になってしまうような状況なのに。

さらに、今回も主人公でありなおかつ、前作よりも役としての重みがあるベニチオ・デル・トロの、経緯が一言で
片付けられてしまっていて、彼の抱える闇が深さを感じないのだ。その辺りもう少し丁寧さが欲しかった。

ただ、銃撃やヘリを使った攻撃のオンパレードはスカッとすることはする。だが、本作が本来もっていなくては
ならない国境を挟んだ人間性のようなものはどこかへ行ってしまった。前作はトランプ政権対メキシコ政府という
構図の中で、アメリカのCIAやDEAがメチャクチャをやる様がトランプの影を引きずっていて考えさせられたが、
今回は破壊だけの映画になってしまってはいないか。ベネチオ・デル・トロは相変わらずいいし、映像のカラー
トーンも荒廃した味付けでいいし、音楽もいいので、もったいないことをしているな、という感じだ。

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<ストーリー>
アメリカとメキシコの国境地帯を舞台にした麻薬戦争の実情を描き、アカデミー賞3部門で候補になったサスペンス・
アクションの続編。CIAの特別捜査官と一匹狼の暗殺者のコンビが、麻薬カルテル間の内戦を引き起こそうと暗躍する。
前作に引き続き、暗殺者をベニチオ・デル・トロ、CIA捜査官をジョシュ・ブローリンが貫録たっぷりに演じる。

アメリカで市民15人の命が奪われる自爆テロが発生。犯人はメキシコ経由の不法入国者と睨んだ政府は、CIA特別
捜査官マット(ジョシュ・ブローリン)にある任務を命じる。それは、国境地帯で密入国ビジネスを仕切る麻薬
カルテルを混乱に陥れるというものだった。
マットは、カルテルに家族を殺された過去を持つ暗殺者アレハンドロ(ベニチオ・デル・トロ)に協力を要請。
麻薬王の娘イサベル(イザベラ・モナー)を誘拐し、カルテル間の内戦を誘発しようと企てる。だがその極秘作戦は、
敵の奇襲やアメリカ政府の無慈悲な方針変更によって想定外の事態を引き起こす。
そんななか、メキシコの地で孤立を余儀なくされたアレハンドロは、兵士としての任務か、一人の少女の運命か、
究極の選択を迫られる……。(Movie Walker)

<IMDb=★7.1>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:63% Audience Score:65% >
<KINENOTE=77.7点>




# by jazzyoba0083 | 2018-11-23 12:30 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「ジャングル ギンズバーグ19日間の軌跡 Jungle」
2017 オーストラリア・コロンビア Babber Films、Cutting Edge Group、Screen Australia、and more.115min.
監督:グレッグ・マクリーン  原作:ヨッシー・ギンズバーグ
出演:ダニエル・ラドクリフ、トーマス・クレッチマン、アレックス・ラッセル、ジョエル・ジャクソン他

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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
人生の目標を失った青年が冒険に活路を見出し挑戦するが、遭難、軌跡の生還を果たす。ということ
なんだけど、これが実話なのだな。もう実話の凄さ一本で引っ張って行く。ラドクリフの演技もまずます。
南米のジャングルを甘く見るな、ということなんだけど、エピソードの一つ一つが実話に基づいている、と
思うと、やはり前のめりになってしまう。当然演出も多少は入っているだろうけど。

原作者のヨッシーが一人で遭難したわけではなく、仲間3人が、「失われた部族」に会いに行くから一緒に
来ないか、となにやらワケありげな男に誘われたのが運の尽きだったわけだ。一人だけ銃を持つカールという
この男、3人に悪いことをしよういとする気はないようだ。なれない南米のジャングルの中で結構知識もあり
力強いガイドだったりする。しかし、筏を作って川下りをして、一刻も早く帰りたい3人に対し、カールは
「おれは地上を行く。3日もあれば村に着く。川下りは危険過ぎる」と主張する。結局、ヨッシーとケヴィンが
川下り、足を痛めていたスイス人教師マーカスが陸路で帰ることになった。

しかし、川下りの急流で岩に当たり、ヨッシーを助けようと岸にわたるも、かろうじて岩に乗り上げていた筏が
流され、ヨッシーはまた急流の中へ。そこからヨッシー一人のサバイバルが始まる。怪我、熱帯雨林だから湿気
などによる足のダメージ、食料の問題、方向が分からない、同じところをぐるぐる廻る、予期せぬ転落、野生の
凶暴な動物との遭遇などなど、およそジャングルで起きるであろう危険なことが次々とヨッシーを襲う。
ジャングル遭難あるあるではあるが、先にも書いたように事実がベースなので迫力がある。

結局ケヴィンは川に再び流されて人のいるところへ着いて先に助けられ、地元民からヨッシーはもう無理だと
言われるがボートをチャーターして何日も捜索を繰り返した。空からも見てみた。だがヨッシーの姿はない。
その頃、再び川辺にいたヨッシーは殆ど動けなかったが、ケヴィンらのボートを見つけ叫ぼうにも声がでない、
そのうちケヴィンがヨッシーの姿を見つけてついに19日間の孤独な冒険は終わりを告げたのだ。

映画からしかヨッシーの性格を推し量ることは出来ないが、結構落ち着いていたこと、家族の幻影が彼を助けた
こと、そしてケヴィンの執念が奇跡を呼んだとしか言えない。いろんな偶然が重なって助かったとしか。

最後の字幕で知ることになるのがが、楽勝で村に帰っていると思われたカールとマーカスは帰っていなかった。
今だに行方不明のままだという。だから余計にヨッシーとケヴィンの闘志と運が際立つことになる。

ラドクリフはこの作品のために凄い減量を敢行したのだそうだ。確かに救助された時のラドグリフはアバラも
浮いたガリガリだった。全編ジャングルという移動の少ない画面づくりだが、そこには様々な危険や未知なる
ものが潜んでいて、単調さは感じなかった。WOWOWでの放映がなければ絶対に見ないような作品、
特にケレン味がある映画ではないが、なかなか魅せたくれた一編だった。

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<ストーリー>
ヨッシー・ギンズバーグの遭難体験をまとめた手記をもとにした、ダニエル・ラドクリフ主演のサバイバル・
スリラー。バックパッカーのヨッシーは友人やガイドとともに秘境を目指しジャングルへ。しかしトラブルが
重なり、未開の地にたった一人取り残される。

三年間の兵役を終えたヨッシー・ギンズバーグは、刺激のある人生を求めて各地を旅していた。ボリビアの
ジャングル奥深く、先住民が住むと言われる秘境を目指し、二人の友人とガイドとともに険しいジャングルを
進むヨッシー。しかし友人の怪我や意見の対立からグループは二組に分裂し、別行動することに。
さらにトラブルに見舞われ、ヨッシーは一人きりになってしまう。たった一人で自然の脅威にさらされた
ヨッシーは、心身ともに追い詰められていく。(Movie Walker)

<IMDb=★6.7>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:60% Audience Score:57% >
<KINENOTE=70.6点>



# by jazzyoba0083 | 2018-11-22 23:15 | 洋画=さ行 | Trackback | Comments(0)

●「バルタザールどこへ行く AU HASARD BALTHAZAR」
1966 フランス・スウェーデン Argos Films and more.96min.
監督・脚本:ロベール・ブレッソン
出演:アンヌ・ヴィアゼムスキー、フィリップ・アスラン、ナタリー・ショワイヤー、ヴァルテル・グレーン他

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<感想:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
ブレッソン作品に初めて触れた。「小学生でもわかりそうな物語」でもあり「相当の映画好きでも難解な
物語」でもあるような作品だ。バルタザールという東方三博士の一人の名前をつけられたロバを鏡のようにして
人間の業を描いていく。時々使われる、ロバの目のアップが印象的だ。

セリフが多くなく、「画を以て語らしむ」という監督の主義なんだろう。それだけ朴訥というか、ゴツゴツした
出来の映画だが、観た人に置いていく感情は多いのではないか。いかにも欧州映画らしい内容だ。一つ一つの
演技が何かのメタファーに通じているような映画は観ていて疲れる。ある程度のリテラシーがないと分からない
からだ。
たとえばなぜロバが使われたのか、ロバとバイクとクルマという3つの「乗り物」が、時代のメタファーなのか、
遺産が入ってくるもものすぐに死んでしまうアルノルドという男は何のメタファーか、バルタザールを終始
可愛がるマリーと、幼馴染のボーイフレンド、ジャックと不良ジェラルド、ジェラルドに暴行され自殺するマリー、
そのことで憤死してしまうマリーの父、そして最後にはジェラルドらの密輸品運びに使われ、税関の銃撃の
流れ弾に辺り、羊の群れの中で死んでいくバルタザール。羊の群れは絶対に何かの暗喩だ。

全体にキリスト教の倫理というか考え方が流れているのだな、という感じは受ける。ややもすると聖書の
どこかの節を切り取って映像化したような印象で、国際的に非常に高い評価の映画だが、私にはその良さは
あまり伝わって来なかった。画を以て語らしむということは美しい映像、ということではない。説明的な映画が
多い昨今、こうした観念的、形而上的な映画は、最近は作られなくなった。特にネオリアリスモやヌーベルバーグ、
カイエ・デュ・シネマのような欧州の映画は私としては「過去遺産」となっているような印象を受けるのだが。

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<ストーリー:結末まで書かれています>
 ピレネーのある農場の息子ジャック(W・グレェン)と教師の娘マリー(A・ヴィアゼムスキー)は、ある日
一匹の生れたばかりのロバを拾って来て、バルタザールと名付けた。

それから十年の歳月が流れ、いまや牧場をまかされている教師とマリーのもとへ、バルタザールがやって来た。
久しぶりの再会に喜んだマリーは、その日からバルタザールに夢中になってしまった。これに嫉妬したパン屋の
息子ジェラール(F・ラフアルジュ)を長とする不良グループは、ことあるごとに、バルタザールに残酷な
仕打ちを加えるのだった。
その頃、マリーの父親と牧場王との間に訴訟問題がもち上り、十年ぶりにジャックが戻って来た。しかし、
マリーの心は、ジャックから離れていた。訴訟はこじれ、バルタザールはジェラールの家へ譲渡された。

バルタザールの身を案じて訪れて来たマリーは、ジェラールに誘惑されてしまった。その現場をバルタザールは
じっとみつめていた。その日から、マリーは彼等の仲間に入り、バルタザールから遠のいて行ってしまった。
もめていた訴訟に、マリーの父親は、敗れたが、ジャックは問題の善処を約束、マリーに求婚した。
心動かされたマリーは、すぐにジェラールたちに話をつけに行ったが、仲間四人に暴行されてしまった。
その日から、マリーの姿は村から消え、父親は落胆のあまり、死んでしまった。

一方バルタザールは、ジェラールの密輸の手仕いをさせられていた。しかし、ピレネー山中で税関員に
みつかりバルタザールは逃げおくれ、数発の弾丸をうけてしまった。翌湖、ピレネーの山かげを朝日が染める
ころ、心やさしい羊の群の中に身を横たえ、バルタザールは静かに息をひきとるのだった。(Movei Walker)

<IMDb=★7.9>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:100% Audience Score:86%>
<KINENOTE=70.8点>



# by jazzyoba0083 | 2018-11-21 22:50 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「ブルーム・オブ・イエスタディ Die Blumen von gestern(The Bloom of Yesterday)
2016 ドイツ・オーストリア Dor Film-West Produktionsgesellschaft and more. 126min.
監督・脚本:クリス・クラウス
出演:ラース・アイディンガー、アデル・エネル、ヤン・ヨーゼフ・リーファース、ハンハー・ヘルシュプルンク他

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<評価:★★★★★★☆☆☆☆>
<感想>
見る前、ないし観た後に、日本人にはかなり解説を必要とする映画じゃないか。基本ナチズムを取り上げた
作品だが、「ナチズム」が「性」の関わり合いをベースに、脚本も書いたクリス・クラウスの独特の視線で描かれる。
一般受けはしない映画だ。底辺に「ナチズム」と「性」があり、その上に乗って、とても精神がまともでない(まともで
無くなってしまった経過はあるのだが)男女の「恋愛」というより「お互いが補完しあうような愛情」が築かれ、
結果として、ホロコーストの犠牲者と被害者の「赦し」が見えてくる、そんな映画と捉えていいのだろうか、
私はそう感じた。

描かれる世界と状況が複雑なので、観終えてのカタルシスは一応提示されるが、とても疲れた。

設定は祖父にナチスの大佐を持つトトというドイツ人のホロコースト研究家。彼が祖父に取材した書籍の評価は高いが
家族からは総スカンを食っている。そんな彼は2年前から「アウシュビッツ会議」の開催に向けて頑張ってきた。
家庭には妻と養子の黒人の女の子がいる。(なぜ養子をとっているのかは、あとで明かされる。つまり彼はインポであり
妻が他人の男と寝るのは公認なのだ。妻がそれを好んでいるとは思えない。でインポになった経緯を洞察すれば
究極には自分はナチスの末裔であること、更に若い頃ネオナチに関係していたことが、罪滅ぼし的にホロコーストの
研究家として求道者的な存在に自らを置き、それが性的なポテンシャルを壊していたらしい)

ところが会議のもう一方のリーダー、バルタザール(ロバではない。←分かる人には分かるww)という男。こいつは
絵に描いたような俗物で性的にも鬱屈している。バルタザールとトトは会議の考え方で大喧嘩し、(男性器の名称が
飛び交うような)トトはバルタザールに大怪我を負わしてしまう。更に主催者の研究所の教授が突然死してしまう。

そんなところにフランスからやってきたザジという若い女性の研修生。彼女の祖母はホロコーストの犠牲者で
トトが迎えに行ったベンツに乗らないとか、教授の愛犬を窓からほっぽり出すとか、全編予測のつかない行動を取る
自傷の常連者でもある心病みの女。エキセントリックで「あー言えば、こう言う」タイプの攻撃的戦闘的な女性だ。

このトトとザジの会話はまるで噛み合わない。それが少しくユーモラスだったりする。ホロコーストの話題というより
「セックス」に関する話題が多いが、ふたりとも何を考えているのか分からないようなすれ違いというか、噛み合わ
ないことばかり。このあたり、観ていてイライラしてくる人もいるだろう。

やがてトトとザジの祖父母は同じラトビアの学校で机を並べていた仲、ということがわかり、二人でラトビアの
リガへと飛ぶ。そこで次第に二人の会話が噛み合い始める。加害者と被害者、それぞれの闇を理解できるようになり
それが二人の愛情へと繋がっていく。そしてついに二人は体を重ねる。(インポが治ったというのはメタファーっぽい)
トトは妻の元に帰り、ザジはフランスに帰っていった。

「アウシュビッツ会議」は「ベンツ」がスポンサーになって開かれる見通しとなったが、二人は会議から離脱した。
そして5年後。舞台はNYとなる。クリスマスで賑わう店で偶然ザジを見かけるトト。そこには可愛らしい子供が。
今はインド人の女性と暮らしているのと。子供は3歳よ、というが、横で観ていたトトの養女が指摘する。
「あの子、女の子よ。5歳だわ」と。そうだ、あの子はトトの子だ。ホロコーストの被害者と加害者の子だ。
つまり「赦し」の象徴ということでいいのだろうか。その子の名前に秘密があった。そんな余韻を持って映画は
終わる。ザジが連れていたトトとの子が「The Bloom of Yesterday」つまり「昨日の華」ということか。

ラスト30分ですべてが解消出来るタイプの映画だが、最初のシーンから細かい伏線とメタファーが固まっている
ような作品でもある。脚本としてはよく出来ているが、疲れるし読み解くのに苦労する手の映画は私個人の好み
ではない。

先のナチスの台頭あるいはホロコーストの発生は、当時のドイツにおける「性」の抑圧の反動に要因の一部にある、
と云われ、70年代になると、性の開放こそ「反ファシズム」に結びつくというムーブメントもあった。
そんな背景を思ってみるとわかりは早いのかも知れない。また、テンションの高いところで、「ナチズム」や
「ホロコースト」を描くことで、ややもすれば「陰鬱一辺倒」になりがちな作品に魅力を与えようとした監督の
目論見があったのかもしれない。
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<IMDB=★6.8>
<Rotten Tomatoes:評価なし>
<KINENOTE=69.7点>



# by jazzyoba0083 | 2018-11-20 23:00 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「あしたは最高のはじまり Demain tout commence」
2016 フランス Mars Films and more. 117min.
監督・(共同)脚本:ユーゴ・ジェラン
出演:オマール・シー、クレマンス・ポエジー、アントワーヌ・ベルトラン、グロリア・コルストン、クレマンティーヌ・セラリエ他

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<評価:★★★★★★★☆☆☆+α>
<感想>
出世作となった「最強のふたり」から、はや8年。その後もいい作品に恵まれ役者として成長を続けるオマール・シー。
(ただし、オスカーを狙えるくらいメジャーなハリウッドドラマにキャスティングされるといいのだが)本作でも
「最強のふたり」に似たテイストのコメディで好ましい演技を披露している。フランス映画ならではの「面白うて
やがて悲しき」という感じだろうか。ハリウッド作品よりもさらに欧州の映画にはコメディと言っても、人生の内面に
切り込んだ人間性を強くだしてくるところがある。本作も後半はそうした「人間性」について訴える部分が多く、始まりは
コミカルだが、胸にジーンとくるものを感じさせる仕上げとなっている。


本作のキーワードは「うそ」、だと思う。
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南仏のクルーザーの雇われ船長サミュエル(シー)の元にある日ひとりの女性が赤ん坊を連れて訪ねてきた。
一夜の楽しみの結果なのだろうな、彼女クリスティンは「もう自分では無理なの」と言って赤ちゃんを置いて
去ってしまう。自分の子供なのかも分からないまま、サミュエルはクリスティンがいるだろうと思われる
ロンドンへと飛ぶ。しかし、クリスティンは見つからない。たまたま駅で出会った映画のプロデューサーでゲイのベルニー
に救われ、スタントのしながら、グロリアと名付けた女の子を必死で育てていく。そしてグロリアは8歳の利発な少女と
なった。ゲイであるベルニーは同居しながら母親のような役割を演じてくれていた。

サミュエルはグロリアに対し、お母さんは秘密諜報員で世界を飛び回っていて家に帰れない、と説明。定期的に母が作成
したと思わせるようなメールを書いてグロリアに出していた。グロリアは実の母の顔を知らない。ママに会いたいと
言い始める。ベルニーも、いつまでも隠しておけないから、もう真実を話せ、とアドバイスする。サミュエルもその覚悟で
いたところ、8年前からクリスティンのフェイスブックはフォローしていて、既読にはならないがメッセージは送り続けて
いた。サミュエルがグロリアに真実を打ち明けそこねた夜、フェイスブックがオンラインになり、8年間の溜まっていた
メッセージが既読となり、「明日あいにく」と告げてきた。
次の日、約束の公園で8年振りで出会う母娘。ここから複雑な問題が噴出してくる。母クリスティンはNYに住んでいて
弁護士のボーイフレンドがいる。娘を連れて帰りたい。一方、サミュエルは勝手にほっぽりだして行って、育てたのは
俺だぞ!(そのとおり)お前に何の権利があってそんなことがいえるんだ、と。
クリスティンも分かっていても、自分の腹を痛めた子を手元に置きたい気持ちが勝る。ココらへんは、クリスティンの
身勝手さに観ている人も、今更、何だ、と思うだろう。しかも、クリスティンは親権を争って裁判に持ち込む。
だが裁判で親権はサミュエルに与えられる。但し、フランス語を勉強すること、スタントは止めること、グロリアに
毎日学校へ行かせること、という条件が付けられた。

プロデューサーのベルニーの協力もあり、スタントの足を洗い、サミュエルはグロリアの通う学校の職員になる。
さあ、これで落ち着くか、と思われたとき、クリスティンは遺伝子分析を要求してきた。そして検査の結果、
サミュエルはグロリアの生物学上の父ではない、との判定が下る。 グロリアは事情は理解していた。

警官立会のもとグロリアが母に付き添われてNYへ向かう日、一旦はタクシーに乗ったグロリアは「忘れ物」と
言ってサミュエルの元に行き「行きたくない」と彼に抱きつく。二人は屋根伝いに逃亡を図る。一方現場に立ち会って
いたベルニーは、クリスティンに、実はグロリアが病気であまり長くないということを説明する。

再び南仏。そこにはサミュエルとビクトリアの楽しそうな姿があった。そして向こうからはベルニーに付き添われて
やってきたクリスティンの姿も。

そして映画のラストシーンでは、グロリアがこの数週間後に旅立ったことがサミュエルの独白で語られる。
サミュエルの人生を大きく変えたグロリアの存在。彼は真に彼女を愛していた。実の父ではないことが
分かってもそれはまったく関係ないことであった。そして彼は常に自分のそばにいるグロリアの存在を
感じていたのだった。若い頃は人のことを考える、なんてことは全く無いC調な男として描かれ、グロリアと
出会い、サミュエルを人間として大きく変化していったのだ。

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この映画の中の一番大きなウソはサミュエルがビクトリアについていた「お母さんは諜報部員」だというもの。
映画の中でサミュエルとビクトリアの間でもやりとりされるが「人生には必要なウソもある」と。

そして、善意だったり、言い逃れだったり、罪のない「ウソ」のやりとりが作品中にいろいろと出てくる。
ウソをついたことのない人はいないだろう。人生の潤滑剤たりえる悪意のない「ウソ」と、ウソをついたために
いくつものウソを付かなければならなくなるようなもの、いずれにせよ、バレた時の結果を良く予見して使い分けないと
取り返しのつかないことになる場合もあろう。本作を観ていてそんなことを思った。

オープニングのCGアニメが良く出来ている。この映画がデビューとなる子役のグロリア・コルストン、初作とは
思えない好演技だった。オマール・シーはいいだけど、クリスティンの作品上の役割が、いやな女なのか、母性と
して仕方がないのか、曖昧な立ち位置だったのが残念。プロデューサーのベルニーを演じたアントワーヌ・
ベルトランが潤滑油的ないい存在感だった。
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<ストーリー>
本国フランスで大ヒットを記録した、オマール・シー主演のヒューマン・コメディ。ある日突然、生後3か月の
赤ん坊のシングルファーザーになってしまった男とゲイの友人が子育てに奮闘し、8歳になった少女と絆を深め
ていく姿が描かれる。
主人公のパートナーを演じるのは舞台版「最強のふたり」で絶賛されたアントワーヌ・ベルトラン。

太陽の光が降り注ぐ南仏コートダジュールで自由気ままに人生を謳歌していたサミュエルのもとに、ある日、
かつて関係を持った女性クリスティンがやってくる。そして彼の実の娘だと言って、連れてきた生後数ヶ月の
赤ん坊グロリアを置いて消えてしまう。クリスティンを追いかけ急いでロンドンに向かったものの、英語が
できないサミュエルはどうしても彼女を見つけることができなかった。そんなサミュエルとグロリアに手を
差し伸べたのは、地下鉄で出会ったゲイの敏腕プロデューサー、ベルニーだった。

8年の月日が経ち、サミュエルとグロリア、そしてベルニーの3人はすっかり家族となっていたが、そんな
彼らの前にグロリアの母クリスティンが現れる。(Movie Walker)

<IMDb=★7.4>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:38% Audience Score:74%>
<KINENOTE=74.0点>






# by jazzyoba0083 | 2018-11-19 23:10 | 洋画=あ行 | Trackback | Comments(0)

ヴェノム Venom

●「ヴェノム Venom」
2018 アメリカ Columbia Pictures. 112min.
監督:ルーベン・フライシャー
出演:トム・ハーディー、ミシェル・ウィリアムズ、リズ・アーメッド、スコット・ヘイズ、リード・スコット他

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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
「スパイダーマン」の敵役として、前から存在し、サム・ライミ版の「スパイダーマン」にも登場していた
「ヴェノム」が、新しい座組と構想で、スピンオフされた。本国での評論家の酷評をよそにヒットしていて、
日本でも客の入りはいい。マーベルが全面に出たものというより、ソニーピクチャーエンタテインメントが
主導権を持って製作したようだ。なのでマーベルはin association withというポジションになっている。

ヴィラン(悪役)ものなのだが、バットマンにもスパイダーマンにも裏側はあるわけで、それを確認したくて
観に行ってみた。日曜のシネコンは意外と若い人、特に高校生くらいの女性が目立っていた。それほどグロくない
ということは分かっていて来ているようだった。

さて、長い長いエンドクレジット以外は私は面白くみた。評論家が何をして低い評価を与えているのか
知らないが、(もともと描かれているヴェノム登場とは異なるストーリーだが、相棒?がエディ・ブロックと
いうのは同じ)
私が面白いな、と感じたのは、ストーリーが単純で分かりやすいということ、ヴェノムというキャラクターが
悪役といいながら、ユーモアもあり、結局は正義の味方っぽくなってしまう様子が好ましく感じたからだ。
これこそ「コミック」の面白さではないのか。画面はCGだらけでそれがエンドクレジットの長さになって
しまうわけだが、お約束のカーチェイス、高所でのアクションも十分に楽しめる。エディ・ブロックと恋人の
関係とか、人間と異性体の共生を目論む財団のボスのプロットなどに予定調和の匂いを感じてしまうところも
ないではないが、ヴェノムのユニークなキャラクターがそれを打ち消してくれている、と感じた。
「憎めない悪いやつ」という感じだ。

財団が回収した異性体が宇宙船の事故で地球へ。(実は異性体が地球を乗っ取ろうしてわざと捕まって
いたのだが)3つは財団が回収、だが1つは行方不明となる。サンフランシスコのビデオジャーナリスト
エディは、この財団がなにやら胡散臭い実験を繰り返し、金儲けをしているらしいと睨む。ホームレスの
失踪事件にも関係しているらしい。そこで恋人で財団の弁護士をしているアンのPCから無断で財団の
情報を盗み、それをベースにボスにインタビューを申し込む。ボスに話を聞くことは出来たが、痛い核心を
つかれたボスは激怒。これでエディは仕事と恋人を失ってしまう。

しかし、ある日財団の女性博士がエディと接触、あなたの指摘していることは真実よ、と告白、彼女の
クルマに隠れてエディは財団のラボに潜入する。そこには異性体との共生の人体実験に使われている
ホームレスの姿が。なかには街で新聞を売っていたエディの知り合いの女性もいた。消化器でガラスを割り
彼女を助けようとしたエディだったが、彼女はエディに襲いかかり、異性体はこのときエディに入り込む。
「ヴェノム」の誕生だ。この異性体は人間と共生すると宿主の性格を反映するようだ。その辺も面白さに
繋がっている。

その後はエディとその中にいる異性体(あるいはもうひとりのエディ)とが繰り広げるユーモアも含んだ
「ヴェノム」の活躍が展開される。街の雑貨店に押し入る強盗の下りとか、異性体が入り込んだエディは
とにかく「生きているもの」しか食べられなくなるとか、面白いシークエンスもあり、
また「4000キロヘルツあたりの音」と「火」には絶対に弱い、という「ヴェノム」の冷酷で残酷ではない
弱点も早々にわかり、話に面白さを加えていた。さらに、ネタバレだが、恋人も異性体と合体する。これは
彼女の意志で。続編があるとすると、その辺りも描かれるのだろうか。

トム・ハーディはSPEと3本の契約を済ませているいう情報もあり、続編やら、スパイダーマンとのコラボ
された作品など作られてくるのだろう。恒例エンドクレジットあとの第一の予告にはカーネイジの登場が
予告されている。このことは「ヴェノム+スパイダーマンVSカーネイジ」という映画になるのだろうか。
とにかく魅力的なキャラクターが登場してくれたな、と私としては嬉しい。ラストシークエンスに犬を散歩
させるスタン・リーさんの姿も拝める。セリフもある。(RIP)
さて、もはや私は次作の「ヴェノム」が楽しみだ。
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<ストーリー>
マーベル・コミックスでスパイダーマンの宿敵として人気を博すヴィラン(悪役)の“ヴェノム”を主人公に
描く痛快アンチ・ヒーロー・アクション。ひょんなことから凶悪なエイリアン“ヴェノム”に寄生されて
しまった男が、その残忍性に振り回されながらも、次第に複雑な共生関係を築き、人類の危機に立ち
向かっていく姿を、ユーモアを織り交ぜつつ迫力のアクション満載に描き出す。
主演は「マッドマックス 怒りのデス・ロード」「ダンケルク」のトム・ハーディ、
共演にミシェル・ウィリアムズ、リズ・アーメッド。
監督は「ゾンビランド」「L.A. ギャング ストーリー」のルーベン・フライシャー。

 正義感溢れるジャーナリストのエディ・ブロックは、危険な人体実験が行われているという“ライフ財団”
への執拗な取材がアダとなり、仕事も恋人も失ってしまう。その後、協力者を得て財団内部への侵入に
成功したエディだったが、そこではトップのカールトン・ドレイクによって“シンビオート”なる地球外生命体を
人間に寄生させる恐るべき実験が行われていた。
そして被験者の一人と接触してしまったエディは、シンビオートの一体に寄生されてしまうのだった。
やがてエディの身体を乗っ取ったシンビオートはエディの意志にお構いなしに、圧倒的なパワーと残忍さを兼ね
備えた怪物“ヴェノム”へと姿を変えるのだったが…。(allcinema)

<IMDb=★7.0>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:29% Audience Score:86%>
<KINENOTE=75.9%>






# by jazzyoba0083 | 2018-11-18 17:10 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)