●「サム・ペキンパー 情熱と美学 Passion & Poetry:The Ballad of Sam Peckinpah」
2005 ドイツ El Dorado Prod.,Manic Entertainment. 120min.
監督・脚本:マイク・シーゲル
出演(インタビュー):アーネスト・ボーグナイン、ジェイムズ・コバーン、アリ・マッグロー他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
同名のペキンパー評伝を著したドイツ人映画史家、プロデューサー、マイク・シーゲルが、敬愛する
サム・ペキンパー監督の生涯を、友人、製作者、俳優、肉親らに丹念にインタビューし、当時の映像や
スティル写真をふんだんに使い、浮かび上がらせたドキュメンタリー。

ペキンパーの作品はそうたくさん見ている訳ではないが、注目しなければいけない監督の1人と思っていて、
WOWOWやNHKBSで作品が放送されれば観るようにしている。興味のある監督なので個人的には
面白く観られた。製作されたのが2005年で日本公開が2015年。まあ、映画好きの玄人受けするような
ないようなので、映画祭とかでないと観ることはかなわない性格の作品でしょう。

個人の評伝としては正統派な作りで、生まれから他界までを作品にまつわるエピソードを中心に追う。
独特の映像表現を持つペキンパーは、ありようは異なるけどアルトマンとかキューブリックとか黒澤とかと
同様、どこかうちに狂気を内在しているのだな、と再確認した。
純粋な映像表現者として、金儲けにまず目が行くハリウッドの製作会社との対立は分かりやすいし、
役者との対立、個人的な奇行、ドラッグに手を出すまで、ある意味とても分かりやすいキャラクターだ。

そうした緊張感の中で製作されていく一連の彼の作品。
「ボディ・スナッチャー」「ライフルマン」「荒野のガンマン」「昼下がりの決斗」「ダンディー少佐」
「戦うパンチョ・ビラ」「ワイルドバンチ」「砂漠の流れ者」「わらの犬」「ジュニア・ボナー/華麗なる
挑戦」「ゲッタウェイ」「ガルシアの首」「戦争のはらわた」「コンボイ」「バイオレント・サタデー」と
時系列で関係者に取材、それぞれの作品でのゴタゴタや裏話が明らかにされていく。映像はなかったが、
スティーヴ・マックィーンの肉声でのペキンパー話、インタビューに応じているアリ・マッグローの話が興味
深く、「ペキンパー組」とも言えるアーネスト・ボーグナイン、ジェームズ・コバーン、クリス・クリストファー
ソンらのインタビューも、そばにリアルタイムでいた人でなければ知り得ない話で興味深かった。

これらを通して、サム・ペキンパーという映像職人がどういう人物であったかが浮き出で来る。もうどうしょうも
なく純粋な「映像職人」であり、あまりにも人間臭い人物であったため俗世界とは対立し孤立しがちであった
こともよく分かった。そして未見の諸作品をますます観たくなったのだった。

ドラッグの影響で映画の世界から遠ざかっていた彼の最後の作品がジュリアン・レノンのPVだったというのも
ちょっとびっくりだった。
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<プロダクションノート>
「荒野のガンマン」「ワイルドバンチ」などの徹底したバイオレンス描写から『血まみれのサム』との異名を持ち、
1984年に他界したサム・ペキンパー監督の生涯に迫るドキュメンタリー作品。
独特な編集手法を用い新たな表現を求め後進に多大な影響を与えた一方、妥協を許さないその姿勢により商業主義の
スタジオやプロデューサーらとの衝突を多く招いた彼の人物像を、家族やペキンパー作品の常連だったL・Q・
ジョーンズをはじめとした関係者たちの証言から浮かび上がらせる。
監督はサム・ペキンパーの伝記ともいえる書籍『PASSION & POETRY SAM PECKINPAH IN PICTURES』を
著した映画史家・映画製作者のマイク・シーゲル。

「荒野のガンマン」「ワイルドバンチ」「戦場のはらわた」などその壮絶なバイオレンス描写から『血まみれの
サム』との異名を持つ映画監督、サム・ペキンパー。スローモーションや細かなカット割りといった独特な手法を
用いた革新者である一方、妥協を許さず商業主義のスタジオやプロデューサーらとの衝突も呼んだ。
家族や俳優・製作者といった関係者の証言から、厳格な家庭に育ち繊細な青年期を経て徹底した姿勢で作品制作に
臨み薬物に苦しんだ男の戦いや愛を浮かび上がらせる。(Movie Walker)

<IMDb=★7.6>
<Rotten Tomatoes=Not Available>




# by jazzyoba0083 | 2018-02-20 17:40 | 洋画=さ行 | Trackback | Comments(0)

●「グレイテスト・ショーマン The Greatest Showman」
2017 アメリカ 20th Century Fox,Chernin Entertainment,TSG Entertainment. 105min.
監督:マイケル・グレイシー
出演:ヒュー・ジャックマン、ザック・エフロン、ミッシェル・ウィリアムズ、レベッカ・ファーガソン
   ゼンデイヤ、キアラ・セトル他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
「地上最大のショウ」(The Greatest Show on Earth)という宣伝文句を付けて、「サーカス」を
大衆娯楽として定着させた、日本で言うと江戸末期から明治初期にかけてのアメリカの興行師
P・T・バーナムの物語。(同名の映画は1952年、セシル・デミル監督、チャールトン・ヘストン主演で
製作され、その年のオスカー作品賞他を獲っている)だが、調べてみると本作ではバーナムの人生が大胆に
翻案されていて、映画として起承転結に則ったサクセスストーリ&娯楽作として仕上げている。

日本での触れ込みは、「ラ・ラ・ランド」のチームが手がけたとしているが、スタッフの中で同じなのは
楽曲を手掛けたベンジ・パセックとジャスティン・ポールだけで、監督もプロデューサーも異なる。
なので、楽曲を比較することはいいが、映画全体を比較することは意味がないと思う。

実際のバーナムも見世物小屋からサーカスへと発展させた興行師だが、作品を通して気分的に引っかかりを
持ってしまったのだった。それは矮人や全身毛だらけの男や、髭の生えたデブの女性歌手など、人と違うことは
決して引け目ではなく、人間はそれぞれ異なっていて当たり前、いや違っていることを武器にしよう、社会は
それを受け入れる世界観を持つことこそ大切、とする主張は分かるけど、バーナムのやっていることは所詮
見世物小屋なんだよなあ、ということ。

現代でのアメリカの風潮に対する「寛容の精神」に対する警告とも受け取れるが、サーカスの団員らが作品中で、
自分に自信を持ち、仲間を家族として受け入れて活き活きと人生にぶつかる様は立派と思うけれど、彼らを
見る目が100%、尊敬の念ではなく、やはり怖いもの見たさ、奇異なもの見たさが自分のどこかにあるのでは
ないか、思うと、素直に喜べない自分もいるのだ。
またバーナムのパートナー、カーライル(エフロン)の、空中ブランコの名人である黒人女性との(あの時代とは
言え)障害の多い恋での苦労に対しても、これまで幾千と描かれてきた同様のシチュエーション以上に、自分への
問いかけが色濃く残ってしまったのだった。まるでリトマス試験紙にさらされているように。
ということは自分の中に、「非寛容」な部分が残っているということか。それがどうも居心地の悪さとなって
残ってしまった感が拭えない。それはもしかしたらRotten Tomatoesで、一般より批評家受けが悪い評価に
現れているのかもしれない。もちろんバーナムの史実とはかなり離れた「居心地良すぎる」物語に眉根をひそま
せる評論家も多いのだろうけど。

バーナム自身が、団員たちは所詮見世物で二流、一流の芸術に憧れ欧州からジェニー・リンドをアメリカに迎えて
興業を打ったことで団員たちと自分に距離を置いてみているシークエンスもあるので観ている方は余計に追い
打ちを掛けられるのかもしれない。
それなら団員たちを普通の空中サーカスや猛獣使い、ピエロなどでまとめ、その中での恋愛譚や技術譚に
仕上げれば良かったか、というと、それなら1952年の映画と変わりなく、「今」それを作る意味が失われる
だろう。そのあたりはプロデュースサイドの悩みでもあった想像する。

一方で「ショウほど素敵な商売はない」の楽曲を彷彿とさせ、「ラ・ラ・ランド」のジャジーなテイストとは
違った雰囲気を持つ楽曲たちの出来はいいし、現代的な踊りも見事である。
またストーリーも、バーナムの少年時代、幼馴染のお金持ちのお嬢さんを妻とし貧乏に堪えつつ
二人の娘とともに、見世物小屋を作る、そしてサーカスでの成功、そこからジェニー・リンドの興業と
夫婦の危機、結びは劇場の火災からテント小屋での再スタートと家族の再生、起承転結を教科書通りにまとめ上げ、
お子様でも分かりやすい展開と主張を絡めて105分という適切な時間内に収めたところはお見事である。

本来1952年のデミル監督作品のようにスペクタクルで表現されれば、底抜けの娯楽作として出来上がった
のかもしれないが、社会性を取り込んだため、それがある種の居心地の悪さを表出させてしまったとしたら
作品としてどこかチグハグな感じを残した、と評する人もいるだろう。
片や19世紀の時代性と現代的ポップな楽曲との落差は、本作を今の映画として位置づける大きな役割を担い、
作品表現の重要なファクターとなっている。それはそれで成功していると思う。

文句なしのエンターテインメント、と言い切れない部分に個人的にマイナス面が残るミュージカルであった。
(映画のTIPSとしては、ゼンデイヤの空中ブランコは吹き替えなし。冒頭の20世紀フォックスの古いロゴは
1958年の「長く熱い夏」から4Kデジタルで抜き出したもの。最後に出てくるサーカスの象の名前は
「ジャンボ」といい、バーナムが名付けた実在の名前。大きなものを「ジャンボ」というきっかけに。
ジェニー・リンドはメンデルスゾーンとかショパンと同時代の人。スゥエーデンではお札に描かれるほどの著名人)
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<ストーリー>
19世紀半ばのアメリカ、P.T.バーナム(ヒュー・ジャックマン)は幼なじみの妻チャリティ(ミシェル・
ウィリアムズ)を幸せにしようと挑戦と失敗を繰り返してきたが、オンリーワンの個性を持つ人々を集めた
ショーをヒットさせ、成功をつかむ。
しかし、バーナムの型破りなショーには根強い反対派も多く、裕福になっても社会に認めてもらえない状況に
頭を悩ませていた。

そんななか、若き相棒フィリップ(ザック・エフロン)の協力により、イギリスのヴィクトリア女王に謁見する
チャンスを得る。バーナムはレティ(キアラ・セトル)たちパフォーマーを連れて女王に謁見し、そこで美貌の
オペラ歌手ジェニー・リンド(レベッカ・ファーガソン)と出会う。彼女のアメリカ公演を成功させれば、一流の
プロモーターとして世間から一目置かれる存在になると考えたバーナムは、ジェニーのアメリカ・ツアーに
全精力を注ぎ込むため、団長の座をフィリップに譲る。
フィリップは一座の花形アン(ゼンデイヤ)との障害の多い恋に悩みながらも、ショーを成功させようと奮闘する。
しかし、彼らの行く手には、これまで築き上げてきたものをすべて失うかもしれない波乱が待ち受けていた……。
(Movie Walker)

<IMDb=8.0>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:55% Audience Score:89% >




# by jazzyoba0083 | 2018-02-18 11:30 | 洋画=か行 | Trackback | Comments(0)

⚫「ノッティングヒルの恋人 Notting Hill」(再見)
1999 アメリカ Polygram Filmed Entertainment,Working Title Films and more. 123min.
監督:ロジャー・ミッシェル 製作総指揮・脚本:リチャード・カーティス
出演:ジュリア・ロバーツ、ヒュー・グラント、リス・アイファンズ、ジーナ・マッキー、ティム・マキナニー他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
11年ぶりの鑑賞。その時のブログは下にリンクを張っておきますが、感想としてはあまり変わりがない。
凄いストーリーではないのにすごく「居心地の良い」作品。ほのぼのとする、というか心が暖かくなると
いうか。初見も冬だったが、寒い季節に見たくなるような映画なのだろう。

やはり脚本が良いのだと思う。リチャード・カーティスというイギリスの(生まれはニュー・ジーランド)
脚本家、監督は、「ラブ・アクチュアリー」、「フォー・ウェディング」「アバウト・タイム」「ブリジット・
ジョーンズ」シリーズ、「Mr.ビーン」シリーズなどを手がけている。それぞれ観ているが、イギリスの風味を
上手く活かした手堅い作品を創っている。ヒュー・グラントとも数作共にしており、彼の使い所のツボを心得て
いる感じだ。そこに当時勢い最高潮の典型的なアメリカ生まれのハリウッド女優ジュリア・ロバーツを
女優という役柄で放り込む。周りをシュアな演技をするイギリスの俳優たちで固め、舞台も全てロンドンだ。
こうしたシチュエーション(ドラマの設定)とロケーション、イギリス流ヒューモアとウィットそして
配役の妙が、「逆シンデレラの王道的」ストーリーを、観る人に心地よいものにしていると感じる。

この映画を観ていると、「一目惚れ」「住む世界の、価値観の違い」などを感じる。ロンドンにやってきた
ハリウッドの人気女優はロンドンの旅行書専門店を訪れるのだが、その店主(ヒュー・グラント)に
一目惚れ。作品の経過と共に分かるのだが、彼女が置かれた不自由な生活の反動もあったのだろう。
権謀術数渦巻くハリウッド生活で心が荒んでしまった女優にとって、ロンドンの普通な心地よい男性は
心に空いた穴にすっぽりハマったのだろう。

そして気はいいが、ハリソン・フォード似の男に女房を寝取られた、結構チキンな男。住む世界も、持っている
物差しも全然違う女性に恋し、傷つき、悩む。一方の女優も、男を好きになるのだが、周囲の事情がなかかなか
彼女を好きにさせず、その状況が男を傷つけ、また自身をも傷つけてしまう。

初デートが妹の誕生祝いをする友人宅のディナーで、男はそこで結構自分のことを女優に教えるのだが、彼女は
ラストまで、ハリウッド女優としか分からない(観ている人は)。ということは、この映画はどちらかというと
男性側の目線の映画である、といえるのだろう。

男女の抱える落差からお互いが悩む、ぞれぞれの心境に観客はシンパシーを感じつつ、もどかしさを感じたり
共感を覚えたりしていく仕組みだ。さらに、男を取り巻く家族や友人たちが、サイドストーリーを展開しつつ
男を支え、あるいは男に愛情が如何にあるべきかを教え、それがまた心を暖かくしているのだ。ラストには
ちゃんと彼らの幸せも示唆されているところがニクい。

女優は2度めの男のとのすれ違いの後に、オスカーを獲るという設定だが、ジュリア・ロバーツ自身も翌年の
作品「エリン・ブロコビッチ」で主演女優賞を獲得する。
個人的にはあまり得意でない女優さんだが、所見のときも書いたが、本作ではいい味が出ている。キャスティングの
妙、ということかもしれない。イケメン、ヒュー・グラントは彼の持ち味はこうでしょ、という良い側面が
出ている。両者とも年齢を重ね、それぞれベテラン中のベテランになっているが、主役を張るというより、
主役級が集まる映画のメンバー的ポジションとなっている。

女優は、最初のデートの時、老いた女優の惨めさを切々とみんなに披露するのだが、それが現実となりつつある
ジュリア自身、今、どう思うのだろうか。

本作で触れておかなければならないのは音楽だろう。主題歌でありエンディングで効果的に使われる"She"。
冒頭は作者自身でもあるシャルル・アズナブール、ラストはエルビス・コステロが歌い上げる。
また男の心を表現する手段として、ビージーズ「傷心の日々」のアル・グリーンバージョン、などなど
いい曲がいいタイミングで(別の言葉で言うと「ベタな感じで」)効果的に使われている。

また映像の構成としてみた場合、屋内と屋外、アップとロングのリズムがいい。またドローンが無かった時代に
俯瞰のズームバックをどうやって撮ったんだろう?というショットなど、画の方もなかなか魅せた。

ジュリアの役どころが女優なので、デミ・ムーアやパトリック・スウェイジ、メグ・ライアンなどが実名で
出てくるところもニヤリポイント。

ところで、この映画を観た方はみなさん気がつくと思うけど、ヒュー・グラントのアパートの玄関に置かれた
振り袖女性の等身大パネル。誰でしょう?ネットを調べてみると、当時の富士フィルムの「お正月を写そう!」
の宣伝でカメラ屋さんの店頭に置かれたパネルらしく、女性はスティーヴン・セガールの娘さん、藤谷文子さん
らしいですね。それにつけてもこの映画では、サボイホテルのなかなかセンスの良いフロントマンのおじさんの
頬にキスをする「タキヤマ」なる日本人らしき人物も描かれていますが、脚本家は何を意図して日本を
入れ込んだのか、マーケティングなのか、そのあたりはよくわからなかったですね。
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<ストーリー:結末まで触れています>
アナ・スコット(ジュリア・ロバーツ)はハリウッドの大女優。そんな彼女がロンドンのノッティングヒルに
ある書店に足を運ぶ。店主のウィリアム(ヒュー・グラント)は突然のことにびっくり。さらに彼は買物の
帰りに偶然アナとぶつかり、ジュースをかけてしまう。慌てた彼は服を乾かすよう申し出て、アナを家に招く。

何とか彼女を送り出して間もなく、彼女が戻って来てウィリアムにキスをして立ち去る。夢のような時が
過ぎて数日後、ウィリアムに電話があったとルームメイトのスパイク(リス・エヴァンス)から聞かされる。
早速アナが宿泊しているホテルに向かい、雑誌記者と偽り部屋に入る。ウィリアムは妹の誕生日パーティーに
アナを誘い、彼女も誘いに応じる。その後もデートを重ねる二人。

ところがある晩二人がアナの部屋に行くと、有名俳優の恋人が彼女の帰りを待ち構えていた。彼氏の存在に
ショックを受けたウィリアム。そして半年後。マスコミのほとぼりが冷めるまで家に置いて欲しいとアナが
突然やって来る。だがそれも同居人スパイクが口を滑らせたことでマスコミが殺到。アナは二度と会わないと
言い残し、雑踏の中へ消える。
一年後。アナの撮影現場を訪れたウィリアムは気持ちを伝えられない。彼女が店に来てもつれない態度を
取ってしまう。それを見かねた友人たちは一丸となってウィリアムをホテルに送り届ける。記者会見場に
もぐりこんだ彼は、再び記者になりすまし彼女に告白。アナもプロポーズに応え、会場は結婚会見に早代わり。
二人はロンドンでゆったりと時を過ごすのだった。

<IMDb=★7.1>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:83% Audience Score:79% >





# by jazzyoba0083 | 2018-02-15 22:55 | 洋画=な行 | Trackback | Comments(0)

●「アラビアの女王 愛と宿命の日々 Queen of the Desert」
2015 アメリカ・モロッコ Benaroya Pictures,H Films,Raslan Company of America. 128min.
監督・脚本:ヴェルナー・ヘルツォーク
出演:ニコール・キッドマン、ジェームズ・フランコ、ダミアン・ルイス、ロバート・パティンソン、ジェイ・アブド他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
「アラビアのロレンス」ことT.E.ローレンスが活躍していた同時期に同じ場所に、こういう英国女性がいた
ということを初めて知った。オスマン・トルコ帝国の衰退と欧米列強による蚕食、それからの現在の中東の混乱の
歴史に興味があるものとしては、とても面白いお話だった。
もっと女傑が登場するのか、とも思ったが、恋愛譚に振った構成は、映画の出来としては興味は薄かったが。
中東の歴史やアラブ世界のことに興味がないと2時間を超える映画は退屈かもしれない。
主人公ガートルード・ベルがものすごく危険な目に遭うとか、その手の活劇的魅力より、二人続けて愛する人を
失うと言う悲恋の人の側面が大きく描かれ、アラビアの砂漠の奥深くで女1人で頑張るさまは大したものだ、とは
思うけど、本当は最後のシークエンス、アラブの部族の様子をイギリス政府に連絡したように政治的側面が大きの
ではないか。本作は叙情的、ハーレクイン的性格に振ったのだね。ヘルツォーク監督起用はプロデュースサイド
からみて当たったのだろうか?ニコール・キッドマンの起用も含めもう少しアクティブであってもいいかな、と
感じる。
wikiなどによればローレンスのより20歳年上でアラブでのキャリアも長いベルの活動は、もっともっと政治的な
側面が大きいことが分かる。

個人的には、映画の中に出て来るT.E.ローレンスとの絡み、アラビア砂漠の部族間の揉め事による混乱と
英仏独の介入の様子が面白かった。イスラムの世界に女性が立ち入ることの難しさを考えれば、その当時としては
彼女の活動は、特異なものであったのだろう。アラブの世界には同じイスラム教でもスンニ派とシーア派が
対立していて、その上にクルド人、ユダヤ人、キリスト教徒などと一筋縄では行かないところに、細かい部族が
多数対立、オスマン・トルコの存在がどうにかそれに蓋をしていたところ、これが衰退しそこに
英仏独が植民地政策として乗り込んでくる。有名な英国の三昧舌外交に代表されるように、第一次大戦前後に
開かれた中東のパンドラの箱はいまだに閉じることがない混乱のままである。
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<ストーリー>
ニコール・キッドマンがイラク建国の立役者で、イラクとヨルダン両国の国境線を引く偉業を成し遂げた女性、
ガートルード・ベルを演じる実話を基にした人間ドラマ。アラビアの砂漠をひとりで旅し、度重なる危険にも
ひるまずに現地の人々と交流を重ねる勇敢なベルの人物像に迫る。ドイツの巨匠ヴェルナー・ヘルツォークが
監督を務める。

イギリス鉄鋼王の家に生まれた才女ガートルード・ベル(ニコール・キッドマン)は、イギリス上流階級の
生活を捨てて各地を旅してまわり、砂漠の民を研究する考古学者として、そして諜報員として活躍。
2 度の悲恋をはじめ度重なる困難が立ちはだかり運命に翻弄されながらも、砂漠に魅せられた彼女はアラビアの
和平を目指し、各地の部族と交流を続ける。やがて時代は大きな転換期を迎え、彼女はイラク建国の立役者と
して尽力していく。(Movie Walker)

<IMDb=★5.7>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:17% Audience Score:36% >



# by jazzyoba0083 | 2018-02-13 22:30 | 洋画=あ行 | Trackback | Comments(0)

●「素晴らしきかな、人生 Collateral Beauty」
2016 アメリカ New Line Cinema 97min.
監督:デヴィッド・フランケル
出演:ウィル・スミス、エドワード・ノートン、キーラ・ナイトレイ、マイケル・ペーニャ、ナオミ・ハリス
   ジェイコブ・ラティモア、ケイト・ウィンスレット、ヘレン・ミレン
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
凄いタイトルと凄い出演者。名作「素晴らしき哉、人生!」は1946年に製作されたフランク・キャプラの
作品。それと同じタイトルを戴くとは、どんな映画か、という邦題でハードルを上げすぎて損した形。
さりながら、原題をそのまま日本語にするのは難しかったとは思う。英語の世界での成句であり、日本語には
しづらい。セレンディピティーを訳すみたいに。映画の中では「幸せのオマケ」と訳されている。
子どもの死に苦しむ母に、誰かが語りかけた言葉で、「どんな辛く苦しい状況でも、いいことがある。
絶望するな」というニュアンスで使われる。この言葉が映画全体のキーワードになるので、邦題は全く難しかった
だろう。しかし、つけるに事欠いて、という感じは残ってしまう。

本作には二段の「そうだったのか!」が用意されていて、考え落ちだったり、伏線回収だったりするわけだが、
言いたいことは、そう大げさなことじゃないけど、これだけの名優をたんまり使ってまでやるか、という
too much感は漂う。しかし、嫌な映画ではない。見て損した、という類でもない。清々しい思いをするものでも
ないのだが、それぞれ心に響くものはあるのではないかという映画だ。

広告代理店のカリスマ的共同経営者ハワード(ウィル・スミス)が、難病で娘を失い、人生に絶望する中、
会社の同僚たちが、3人の俳優を使い、ハワードがいつも主張していた「愛」「時間」「死」をそれぞれ
演技させ、彼が抽象概念で悩むのなら、抽象概念で当たってみるしかないと考えた末の行動だったのだ。

さて、その3人は1人2万ドルで仕事を引き受けるのだが、なかなか難しい立場を気の利いたセリフでハワードに
対峙する。役者の登場から最後まで、様々な伏線は張られていて、冒頭キーラ・ナイトレイの登場にしても
彼女が赤い帽子を被っていて、ハワードの大親友にして共同経営者ホイット(エドワード・ノートン)が
追いかけやすくしてたな、とか、取締役会でハワードの経営統治能力が欠如している証拠のビデオには
3人の役者と会話しているハワードが1人だけしか写っていなかったり(これは友人らが撮って編集したのかな
と最初は思った。高等技術だななんてね)、役者のセリフが脚本家がいないのによく出来過ぎているな、とか。

つまり、この三人の役者は、本当にそれぞれが「愛」「時間」「死」であったわけだ。それはラストあたりに
ネタバラシが用意されている。それにしても、その作戦を思いついたエドワード・ノートン、ケイト・
ウィンスレット、マイケル・ペーニャの仲間3人は、その事実を知っていたのだろうか、あるいはある時点で
知ったのだろうか、そのあたりが分からなかった。

メインにハワードの再生の話を据え、脇にホイットと幼い娘との再生、更に、同僚サイモン(マイケル・
ペーニャ)の不治の病、精子バンクで子どもを得ようとする同僚クレア(ケイト・ウィンスレット)の
ことが加わっていく。

お話としてはよく出来ていると思うし、繰り返すが悪い映画ではない。しかし評価はあまり高くはない。
思うに、ストーリーを物語るには役者が重量級過ぎて、本来重い話が更に重くなってしまい、見ている方が
疲れてしまうというデメリットが生まれたのではないか、と考えてみた。
名優たちは声を掛けられこの本を読んでみれば、特に舞台を経験している役者であれば、やりたくなるんじゃ
ないだろうか。抽象的概念の演技は魅力であると思う。
配役では久しぶりにしっかり観たエドワード・ノートンが魅力的であった。

観る人によって凄く心を突き動かされるか、疲れてしまうか、受け止め方が異なる映画であろう。
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<ストーリー>
ウィル・スミスが最愛の娘を失い絶望の淵に立たされた男を演じる異色のヒューマン・ドラマ。深い喪失感から
すべてを投げ出してしまった会社経営者が、自分の前に現われた奇妙な3人の男女との交流によって立ち直って
いくさまをミステリアスな語り口で綴る。
共演はエドワード・ノートン、マイケル・ペーニャ、ケイト・ウィンスレット、キーラ・ナイトレイ、ヘレン・
ミレン。監督は「プラダを着た悪魔」のデヴィッド・フランケル。

 ニューヨークで広告代理店を経営するハワード。彼の手腕で会社は業績を伸ばし、公私ともに順風満帆な
人生を送っていた。ところが突然、6歳の愛娘が不治の病でこの世を去る。ハワードは深い悲しみで自暴自棄と
なり、仕事を放り出して自宅に閉じこもる日々。
ハワードに頼り切りだった会社は急速に傾き始める。残された同僚役員ホイット、サイモン、クレアはそれぞれの
事情も相まって、ハワードをどうにかして救わなければと思っていた。そんな時、ある奇策を思いつく。
やがてハワードの前に、性別も年齢もバラバラな3人の奇妙な舞台俳優が現われるのだったが…。(allcinema)

<IMDb=★6.8>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:14% Audience Score:64% >




# by jazzyoba0083 | 2018-02-12 22:50 | 洋画=さ行 | Trackback | Comments(0)

●「くたばれ!ヤンキース Damn Yankees」
1958 アメリカ Warner Bros. Pictures. 111min.
監督・製作:スタンリー・ドーネン、ジョージ・アボット 脚本:ジョージ・アボット 振り付け:ボブ・フォッシー
出演:タブ・ハンター、グゥエン・ヴァードン、ロバート・シェファー、レイ・ウォルストン、シャノン・ボーリン他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
市民会館で月イチ開催される「映画鑑賞会」にて。この下期は「ミュージカルコメディシリーズ」と銘打って
1940~50年代のMGMやWarnerの作品が無料で上映される。平日なので客はほぼリタイヤ組。

さて、このイベントの先回の上映作が「パジャマゲーム」であったが、本作はスタッフが「パジャマ~」と
全く同じ。スタンリー・ドーネンと言えばMGMでは「踊る大紐育」「恋愛準決勝戦」「雨に唄えば」
「掠奪された七人の花嫁」「いつも上天気」「パリの恋人」そして「シャレード」と、私にとっては神様の
ような存在だ。そのドーネンと名コンビを組んでいたジョージ・アボットが、野球を舞台にして製作した
ミュージカルコメディの傑作だ。グウェン・ヴァードンの踊りが売りなのだろうけど、踊りのボリュームとしては
他のミュージカルと比して若干少なめ(バリエーションも含め)かもしれない。

ブロードウェイの作品をキャストごと持ってきて制作、日本で人口に膾炙したビッグネームこそいないが、
みな芸達者、歌も踊りも上手い。それよりもこの映画の特徴は、「パジャマ~」と同様、色恋沙汰が
メインではないお話が異色で面白いのだ。ただのノーテンキな映画で終わらず、悪魔に魂を売り、大リーグの
人気選手になったものの、はやり妻の所がいい、とする設定は、いかにもアメリカ人好み。
深く結びついた夫婦の間には悪魔も魔女も入る隙間がないのだよ、というオチである。
悪魔もヤンキースのあまりの強さに業を煮やしたのだが、約束破りの男を決定的な瞬間に元に戻すという
オチとそれに繋がる夫婦愛の描写が実に心地よい。夫人もいい演技(歌も唄う)だ。


ボブ・フォッシーの振り付けも楽しい一風変わったミュージカルコメディとして楽しめる作品である。
テクニカラーの発色は現在のDVDやBlu-rayでみても十分に美しい。
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<ストーリー>
「パジャマゲーム」でミュージカル映画に新風を吹きこんだスタンリー・ドーネンとジョージ・アボットが、
再び共同で製作・監督した音楽映画。ダグラス・ウォールップの小説「ジャイアンツがペナントを失った年」を
もとに、ジョージ・アボットとウォールップ自身が、「ダム・ヤンキース」としてブロードウェイでミュージカル・
ドラマ化したヒット舞台劇の映画化。
シネリオはジョージ・アボット。撮影監督を「白人部隊撃滅」のハロルド・リップステインが担当した。
野球ファンの中年男が、ひいきチームを優勝させるため、悪魔に魂を売って超人選手になるという物語が
音楽入りでくりひろげられる。
音楽と作詞を「パジャマゲーム」のリチャード・アドラーとジェリー・ロスのコンビが書き、美術はスタンリー・
フライシャー。振付はこれも「パジャマゲーム」のボブ・フォッシー。

野球狂の実業家ジョー・ボイド(ボブ・シェイファー)は大のワシントン・セネタースのファンである。今日も
ニューヨーク・ヤンキースにごひいきチームが負けそうなのをテレビで見て、気がきではない。
妻メグの心配をよそに、「俺がホームラン王になれたらなあ、たとえ魂を売っても…」と1人ごとを言った。
すると悪魔のアプルゲイト(レイ・ウォルストン)が忽然と登場した。ヤンキースの馬鹿げた強さに反感をもつ
この悪魔は、ジョーを中年から青年にもどして、ホームラン王にしてやろうというのだ。

9月24日に彼が望めば元の姿にもどれるとういう条件つきで、若返ったジョーは名もジョー・ハーディ
(タブ・ハンター)と改めて、たちまちセネタースと契約した。彼の猛打によってセネタースは全勝への道を
突進して、ヤンキースをおびやかすようになった。
しかし、球場ではヒーローになったジョーも、家庭をもたぬ淋しさから、元の自分の家に下宿して、妻と話を
するのを楽しみにした。この契約違反に怒ったアプルゲイトは、179歳の妖女ローラ(グウェン・ヴァードン)
を美しい娘にしてジョーを誘惑させた。
ところがローラはかえってジョーにすっかり参ってしまった。ますます怒ったアプルゲイトは約束の条件に
より9月24日深夜にジョーを元にもどすと宣言した。ところが、その翌日の25日の試合に勝てば、セネタースは
優勝する機運にあるのだ。ローラはアプルゲイトに睡眠剤をのませるというトリックを用いた。

アプルゲイトが眼を覚した時、試合は9回の裏、1対0でセネタースがヤンキースをリード中だった。ヤンキース
打手がフライを放ち、ジョーがバックした瞬間、アプルゲイトがジョーを元の中年にもどした。
しかし、変った肉体条件によろめきながら、ジョーの一心は球を見事にキャッチした。セネタース優勝決定の
一瞬、顔をかくすようにしたジョーはダッグアウトから姿を消した。久しぶりの夫をメグは喜んで迎えた。
悪魔のアプルゲイトが、またジョーを栄光の世界にさそいにきたが、しっかり抱きあった2人の姿には、退散の
ほかなかった。(Movie Walker)

<IMDb=★7.2>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:76% Audience Score:70% >



# by jazzyoba0083 | 2018-02-08 11:45 | 洋画=か行 | Trackback | Comments(0)

●「マギーズ・プラン 幸せのあとしまつ Maggie's Plan」
2015 アメリカ Freedom Media,Hall Monitor and more. 98min.
監督・脚本:レベッカ・ミラー
出演:グレタ・ガーウィグ、イーサン・ホーク、ジュリアン・ムーア、ビル・ヘイダー、マーヤ・ルドルフ他
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<評価:★★★★★★☆☆☆☆+α>
<感想>
この監督さん、始めてその出自を知ったけど、アーサー・ミラーの娘にしてダニエル・デイ=ルイスの奥さん
なんですね。だからどうってことないのだけど、この映画、出演者がほとんど全員大学の教授などの学術肌の
人たちで、高邁な会話に意味の理解がついていけないところがある。まあ、そうしたアカデミックな暮らしと
日常生活の男女、親子のドタバタ、どろどろの落差が面白さとして追求されている所もあるのだろうけど。

マギーを演じたグレタ・ガーウィグという女優さん、失礼ながらあまりお目にかかったことはないけど、
昭和な顔立ちで、ハリウッドの美人女優、というタイプじゃないけど、理知的な雰囲気を持ち、個人的には
好きなタイプ。

閑話休題。そんなアカデミー的一家で繰り広げれれる極めて下世話な恋愛話。マギーという主人公を通して
彼女の迷いや決断に観客は己の姿を投影し、いろいろと思う仕掛けになっている。

マギーは大学の研究者。アラフィフなのだが結婚はしていなくて、でも子どもが欲しい。数学の天才で
いまはピクルス製造で成功しているガイという独身男に精子を貰い人工授精をしようとしていた。
頭のいい家系を残したかったのだ。しかし、その頃、文化人類学者のジョン(イーサン・ホーク)と
出会い、二人は恋愛関係に落ちる。だがジョンには大学教授のジョーゼット(ジュリアン・ムーア)という
妻がいた。しかし二人の間は学者同士の故か、二人の子どもがいるにもかかわらず冷めていた。
ジョーゼットの個性が強すぎで、マギーと出会ったジョンはまるで母親に包まれているような温かさを
感じ、ジョーゼットと離婚したいという。その頃マギーは人工授精をしていたのだ。

話は3年くらい飛ぶ。ジョンとマギーの間には女の子が出来、ジョンは目標だった小説家を目指し頑張って
いた。しかしマギーは子育てや家事で自分の時間が取れず次第にストレスが溜まっていく。そしてついに
自分のこれからの幸せはここにはない、というかジョンの幸せはジョーゼットと一緒にいてこそ、と確信し
ジョンをジョーゼットに返そうと決める。(こういう行動もマギーの個性なんだな)

ジョンも、カナダでの学会でジョーゼットとの焼けぼっくいに火がついて、一夜を一緒に過ごす。ジョーゼットは
ジョンが書いた小説の原稿を読んで即座に焼いてしまう。
才能がないのだ。彼女は彼に「あなたは研究者になるべきよ」とアドバイス。やはりジョンのことを一番
知っているのはジョーゼットのようであった。ジョンもジョーゼットも深いところでは愛し合い理解しあって
いるのだ、とマギーは理解したのだった。マギーはジョーゼットとも親しく話が出来る間柄を保ち、ジョンを
あなたに返すわ、と、ジョンにも私と分かれてジョーゼットと再びやり直したほうがあなたの幸せよ、と
宣言するのだった。ちょっといい人すぎるかな。

かくしてジョンとジョーゼットは元の鞘に戻り、マギーは娘と二人の生活を始めた。しかし、その娘、
やたら数字に明るいのだ。(見ている人は相当前からこの娘が数学オタクのガイの精子を受けた娘であろうこと
はわかると思う)スケートをしているマギーと娘のところにピクルス屋のガイがやってきた・・・・。
余韻を残して映画は終わる。

自分の目指す幸せはどこにあるのか、マギーは考える。不倫もし、子どもも出来たが思うように人生は進まず、
こんなはずじゃなかったと思い、また別の道を考える。誰にでも起きるであろう、人生の大きな転換点の
模様を、この女流監督は、マギーというごく普通にいる女性を主人公にして「自分探し」をさせてみているのだ。

さて、男性はなかなかシンパシーの湧きにくいストーリーだが、マギー、ジョーゼット、それぞれの生き方に
鑑賞者は何を思うのであろうか。そんな映画である。 普通に面白かった。
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<ストーリー>
子供は欲しいが彼氏のいないマギー(グレタ・ガーウィ)は、NYの大学で働いている。ある日、妻子持ちの
文化人類学者・ジョン(イーサン・ホーク)と出会ったマギーは、彼と恋に落ちる。
ジョンの妻ジョーゼット(ジュリアン・ムーア)は、教授として働くバリバリのキャリアウーマン。家庭を
顧みない妻に疲れ果てたジョンは離婚を決意、自分の小説を好きだと言ってくれるマギーと再婚する。

数年後。娘も授かり幸せに見えた二人だったが、仕事も辞め小説家の夢を追い続けるジョンとの結婚生活に
マギーは不安を感じていた。そんななか、忙しいジョーゼットの子供たちの面倒を見るうちにマギーは
彼女とも親しくなり、ジョーゼットが“鬼嫁”ではなく知的で魅力的な女性であり、さらに今でもジョンを
深く愛していることに気付く。
ジョンはジョーゼットと一緒にいた方がきっと幸せになれる。そう思ったマギーは、夫を前妻に返すという
とんでもない計画を思いつくのだが……。(Movie Walker)

<IMDb=★6.3 >
<Rottentomatoes=Tomatometer: 86% Audience Score:52% >




# by jazzyoba0083 | 2018-02-07 22:50 | 洋画=ま行 | Trackback | Comments(0)

デトロイト Detroit

●「デトロイト Detroit」
2017 アメリカ Annapurna Pictures (presents)  142min.
監督・(共同)製作:キャスリン・ビグロー
出演:ジョン・ボイエガ、ウィル・ポールター、アルジー・スミス、ジェイソン・ミッチェル、ジャック・レイナー他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
ポスターには「本年度アカデミー賞最有力」と謳ってあったが、蓋を開ければ、ノミネートなし。
「ゴールデングローブ」でも同様。一体どういうことだろう。と思いつつシネコンに足を運んだ。

キャスリン・ビグローはこれまで社会派の優れた作品を作ってきてオスカーも獲ってきた。その期待値が
大きすぎたのか、おおそれながら、私が観ても、先日観た「スリー・ビルボード」や「「ダンケルク」に
比べると、力がないと感じた。それは何故か。

取り上げたテーマは良いし、時宜にもかなっている。但し、ドキュメントに重きを置いてしまったが故に
人間を描く部分が弱かったのじゃないかと感じたのだ。取り敢えずジョン・ボイエガと白人警官代表の
ウィル・ポールターが主人公級ということなんだろうけど、登場人物の重みというかポジションもバラバラになり
焦点がボケてしまった。

例えば「ハートロッカー」ならばジェレミー・レナーであり、「ゼロ・ダーク・サーティ」であれば、ジェシカ・
チャスティンにより、個人的な懊悩や希望を通して社会に訴えるものが優れていたと思うのだが、本作は
「デトロイト騒乱」という事象そのものが「主人公」になっていて、それにからむ群像を通して「事象」絡む
人間を描こうとしたのだろう。それはそれで狙い目なのだろうけど、作劇のフォーカスとしては、ぼやけてしまった
のでは無いか。(日本に住む日本人がアメリカの黒人問題を肌身で感じることは不可能だろうとはいえ、だ)

ビグロー監督は、デトロイト騒乱の中でも悲劇的だった「アルジェ・ホテル」の惨劇を極めて克明に描き、
(おそらく関係者への取材などは半端じゃなかったと思う。また存命の人も多いので、法的に注意する
事柄も多く、脚色を余儀なくされる場面も多かったと聞く)さらに、裁判の過程では白人警官が無罪になって
行くさまを通して、この時代の黒人が置かれた理不尽さを訴えている。1960年代の黒人公民権運動については
毎年といっていいほどさまざまな映画で描かれていくが、今も黒人に対する被差別的なアメリカの国内事情は
変わっていない、と言いたかったのだ。それはそれで分かる。

それならば、実際の映像を使用してのドキュメンタリーを作ってしまったほうがパワーがある場合もあるのだが、
ビグローが敢えて、映画の世界で挑戦しようとした目論見は、騒乱に関わった人間模様を通して訴えようと
したのだろう。が、その目論見は事実を忠実になぞることに力点を感じさせる作品となってしまっているようだ。

アカデミー賞受賞が全てではないが、最近のアカデミー会員が作品賞にかける思いというものは、いかに
人間が描かれているか、という点のような気がする。話が回りくどくなったが、そういうことならば、今回の
オスカーにノミネートされなかったのも分かる。本作HPで姜尚中が行っているように、この騒乱の中において
黒人にもいろんなポジションの人がいて、白人にもいろんな立場の人がいて、それが群像劇のように描かれて
いたのが良かった、とする指摘もある。(確かに州兵の中には黒人を逃がす兵士もいるし、救助する兵士も
描かれる)なるほどと思うが、私の目には、登場人物のキャラクターが散ってしまい主張が薄れたと思えて
ならないのだ。

ただ、作品全体の出来としては決して悪くはない。長い映画だが緊張は続くし、手持ちカメラと固定カメラの
使い方も効果的だ。キャストでは、暴行を主導する若い白人警官を演じたウィル・ポールターが断然光った。
白人の(失礼だが)教育もそれほどでない差別主義者の若い警官のおぞましさを好演。
それにしても不思議なのは、事件の発端となった、ホテルの窓から撃ったのがスターター用のおもちゃの銃だと
いうことを、警官に捕まり暴行を受ける黒人たちはなぜ説明しなかったのだろうか。映画からはそこが今ひとつ
理解しきれなかった。
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<ストーリー>
キャスリン・ビグロー監督が「ハート・ロッカー」「ゼロ・ダーク・サーティ」に続いて再び脚本にマーク・
ボールを迎え、1967年の“デトロイト暴動”のさなかに起きた衝撃の事件を映画化し、今なお続く銃社会の
恐怖と根深い人種対立の闇を浮き彫りにした戦慄の実録サスペンス。黒人宿泊客で賑わうモールを舞台に、
いたずらの発砲騒ぎがきっかけで、警察官に拘束された黒人宿泊客たちを待ち受ける理不尽な悲劇の一部始終を
圧倒的な臨場感で描き出す。
主演は「スター・ウォーズ/最後のジェダイ」のジョン・ボイエガと「メイズ・ランナー」のウィル・ポールター、
共演にアルジー・スミス、ジョン・クラシンスキー、アンソニー・マッキー。

 1967年7月、デトロイト。黒人たちによる暴動が激化し、鎮圧に乗り出した軍や地元警察との衝突で街は
まるで戦場と化していた。そんな中、運悪く暴動に巻き込まれ身動きできなくなった人気バンド
“ザ・ドラマティックス”のメンバー、ラリーが宿泊していたアルジェ・モーテルで銃声が鳴り響く。
それは黒人宿泊客の一人がレース用の空砲をふざけて鳴らしたものだった。しかし、それを狙撃手による発砲と
思い込んだ大勢の警察官がモーテルになだれ込んでくる。やがて、偶然居合わせただけの若者たちが、
白人警官のおぞましい尋問の餌食となっていくのだったが…。(allcinema)

<IMDb=★7.4>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:84% Audience Score:79%>





# by jazzyoba0083 | 2018-02-05 14:20 | 洋画=た行 | Trackback | Comments(0)

●「スリー・ビルボード Three Billboards Outside Ebbing,Missouri」
2017 イギリス・アメリカ Blueprint Pictures,Film 4,Fox Searchlight Pictures (production). 116min.
監督・脚本・(共同)製作:マーティン・マクドナー
出演:フランシス・マクドーマンド、ウディ・ハレルソン、サム・ロックウェル、アービー・コーニッシュ他
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<評価:★★★★★★★★★☆>
<感想>
一年間にそうそう出会わないであろう秀作に、この早い時期に出会ったようだ。今年のオスカーの
6部門にノミネートされている話題作ではあるが、それだけの評価を受ける価値のある力作であった。
私見であるが、オスカー「脚本賞」は獲るんじゃないかという予感がする。

とにかく「物語のチカラ」が凄い。マーティン・マクドナーという人、イギリス出身で劇作家が出自。
今年47歳と油が乗り切った年齢だ。すでに1回オスカーの脚本賞の候補になってはいるが、作劇の
しっかりした舞台劇を見ているような人間性のぶつかり合いは、さすがはイギリスの舞台育ちという
感じだ。だいたい原題の名付け方からしてそんな感じを受ける。「三枚の道路看板、ミズーリ州エビング
郊外」だもの。

終わり方に異論がある人もいるだろうけど、ああいう終わり方を含めての本作であろう。物語の主要な
テーマは「怒り」と「赦し」だと受け取めた。オスカー主演女優賞にノミネートされているマクドーマンドの
演技、というか存在感は圧倒的であるが、署長のウディ・ハレルソン、そしてダメ警官ディクソン役の
サム・ロックウェルの演技も素晴らしい。出てくる人が多くないので分かりやすいし、ストーリーも明快。

そして、「怒れる母親」、主役のミルドレッドを演じたマクドーマンドに、至言を言うのが、誰あろう
別れた夫のそう賢そうにも見えない19歳の彼女。曰く「怒りは怒りを来(きた)す」。
そう、娘をレイプされ焼殺された母の怒りは、南部の田舎町の警察官らしく、黒人を差別して喜んでいるような
ダメなやつらで、ちっとも捜査は捗らないことで爆発。
怒った母は、道路端の3枚の大型広告板に、警察に対するメッセージを掲載する。しかし名指しされた署長は
膵臓がんで余命幾ばくもない。娘を殺されたことに町の人は同情するが、メッセージに関しては署長に同情的
であった。ミルドレッドの狙いだったのかマスコミにも取り上げられ、忘れ去られそうになった事件に再び
光が当たったことは当たった。

しかし、事態はミルドレッドが目論んでいたものとは違う方向に進み始めてしまう。

本作を見ている人は、娘を無残な事され方をしたミルドレッドの怒りに同情しつつ、真面目な、しかも死期が
迫る署長にも同情してしまう。ミルドレッド、やりすぎじゃないか、とも。ここで登場するのがダメ警官の
ディクソン(サム・ロックウェル)だ。彼の心の動きが、ミルドレッドに大きな影響を与える。ミルドレッドの
心のありように大きな影響を与えたのは署長ではあるのだが。

「怒りは怒りを来(きた)す」のだ。「赦しは赦しをもたらしもする」のだ。

私が映画から受け取った上記の思い、まさに今のアメリカが国として想いを致さなければならない問題なのだ。
「怒りは怒りしか呼ばないし、相手を理解し赦すことから得られる心の平穏こそ大切なのだ」ということ。
その象徴として登場するのが、ビルボードをミルドレッドに貸す広告会社の若社長レッドだ。彼は
ディクソンにボコボコにやられた挙句二階から突き落とされたにも関わらず、ディクソンを赦すのだ。

若干丸めすぎるのが早かったか、と感じたのが、ディクソンが署長からの手紙を見ての心変わりが早すぎかな
と感じたこと。レッドのいい人加減がちょっとな、と感じた。そのあたりが弱点かなあ。

しかし、冒頭にも言ったが、「物語の持つチカラ」の凄さ、強さには目を見張った。そしてそこから流れ
出て来る主張、人間の持つ嫌らしさと良さの提示は実に分かりやすく、南部の田舎の警察と娘を殺され
犯人が見つからない怒れる母親のありようは、そのままアメリカが抱える闇の深さを訴えている。
「差別」「被差別」も含めて。

見るべし。けだし傑作である。「ファーゴ」でオスカー主演女優賞を獲得したマクドーマンドだが、
あれで受賞なら、こちらで受賞しても当然と思えるだろう。「庭の千草」を使った音楽もいい。
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<ストーリー>
「ファーゴ」のフランシス・マクドーマンドが娘を殺された母親の怒りと悲しみを体現して絶賛された衝撃の
サスペンス・ドラマ。
アメリカの田舎町を舞台に、主人公がいつまでも犯人を捕まえられない警察に怒りの看板広告を掲げたことを
きっかけに、町の住人それぞれが抱える怒りや葛藤が剥き出しになっていくさまを、ダークなユーモアを織り
交ぜつつ、予測不能のストーリー展開でスリリングに描き出す。
共演はウディ・ハレルソン、サム・ロックウェル。
監督は「ヒットマンズ・レクイエム」「セブン・サイコパス」のマーティン・マクドナー。

 アメリカ、ミズーリ州の田舎町エビング。ある日、道路脇に立つ3枚の立て看板に、地元警察への辛辣な
抗議メッセージが出現する。それは、娘を殺されたミルドレッド・ヘイズが、7ヵ月たっても一向に進展
しない捜査に業を煮やして掲げたものだった。
名指しされた署長のウィロビーは困惑しながらも冷静に理解を得ようとする一方、部下のディクソン巡査は
ミルドレッドへの怒りを露わにする。さらに署長を敬愛する町の人々も広告に憤慨し、掲載を取り止めるよう
ミルドレッドに忠告するのだったが…。(allcinema)

<IMDb=★8.3>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:93% Audience Score:87%>



# by jazzyoba0083 | 2018-02-04 11:40 | 洋画=さ行 | Trackback | Comments(0)

●「ブルーに生まれついて Born to Be Blue」
2015 アメリカ New Real Films,Lumanity Productions,Black Hangar Studios and more. 97min.
監督・脚本:ロバート・パドロー
出演:イーサン・ホーク、カーメン・イジョゴ、カラム・キース・レニー、トニー・ナッポ、ケダー・ブラウン他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
ウェストコーストの白人モダンジャストランペットプレイヤー、シンガーのチェット・ベイカーの物語である。
つい先日、ドン・チードルがマイルス・デイヴィスを演じた「マイルス・アヘッド」という作品を観たが、
出来としてはこちらのほうに軍配があがる。主人公はジャズプレイヤーではあるが、恋人を中心とした
人間模様がよく描かれているし、結局ドラッグを断ち切ることができなかったチェットの哀しさ、(憐れさ)も
上手いこと描かれていた。
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チェット・ベイカーは、色男で女性に人気があり、マイ・ファニー・バレンタインを歌ったチェットを聴いた
ことがある人も多いのではないか。中性的な歌声で、上手いとは言い難いが味があった。トランペットも
いわゆるバッパーのような火の出るようなアドリブが持ち味ではなく、叙情的な味わいが魅力であった。
ジェリー・マリガンらと並びウエストコーストジャズの重要なプレイヤーであり、この映画にも登場するが
「パシフィック・ジャズ」レーベルから多くのLPを出している。

ただ、人気絶頂の頃にヘロインに手を出し、欧州へ渡ったりイタリアで逮捕されたり(映画の冒頭)、NYに
帰ってきた1970年代40歳のときにはヘロインの金が元で殴られ、前歯と顎に重傷を負った。周囲も再起は
無理だろうと思っていたし、ヘロインのため保護観察官がついてまわる生活だった。
これをささえたのが、ヘロイン騒動で撮影が打ち切りになったが、チェットの映画で妻役をやったジェーン
だった。ハリウッドで本格的にデビューしたい夢を持ちつつチェットを温かく見守っていた。チェットも
苦労して、入れ歯状態で何とかトランペットを吹けるようになり、是非復帰したかったNYの「ハーフノート」にも
友人のディジー・ガレスピーの力添えで一夜限りの公演が出来るようになった。

ステージを目の前にして弱気になったチェットは、あれほど遠ざけていたヘロインに再び手を出し、演奏に
臨む。しかし、その模様を見つめていたジェーンは彼の元を去っていったのだった。

彼はその後欧州に永住したが、結局チェットは終生ヘロインと手を切ることができず、1988年、アムステルダムの
ホテルの窓から転落して死亡した。部屋にはヘロインがあったという。58歳であった。
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20歳代で成功の甘い味を味わってしまったことや、ヘロイン中毒のために療養所生活があったことや、前歯を折ら
れる前に欧州にいたことなどは端折られるが人間チェット・ベーカーの特に弱さ、ナイーブさがイーサン・ホークの
好演により、味わい深く描かれていた。また話の中核に恋人ジェーンとのやりとりを据えたのも話がわかりやすく
チェットの人間性を浮かび上がらせることに成功していたといえる。チェットは女性の出入りが激しく結婚も数度
繰り返したが、映画の中のジェーンほどのきちんとした付き合いをした女性はいない。だからジェーンは創作上の
人物と言えよう。だがそのためにチェットの(作劇上の)キャラクター作りに成功している。
実際のチェット・ベイカーは、この映画より遥かにハチャメチャで破滅型の人間であったようだ。天は二物を与えず、
といったところだろうか。
ジャズファンでなくても興味深い映画ではないか。
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<ストーリー>
「ビフォア・ミッドナイト」「6才のボクが、大人になるまで。」のイーサン・ホークが伝説のトランペット
奏者チェット・ベイカーを演じて高い評価を受けた感動の音楽伝記ドラマ。50年代のジャズ・シーンで一世を
風靡するも、麻薬でどん底へと転落したチェットが、愛する女性に支えられて再起を目指す苦闘の日々を見つめる。
共演はカーメン・イジョゴ。監督は、これが長編2作目となるカナダの新鋭、ロバート・バドロー。

 白人ジャズ・トランペット奏者のチェット・ベイカーは、その端正なルックスも相まって1950年代に一世を
風靡する。しかしドラッグに溺れ、たびたびトラブルを起こして、いつしか表舞台から姿を消してしまう。
そんな中、暴力沙汰に巻き込まれ、病院送りに。アゴを砕かれ、前歯を全部失う重傷で、トランペッターと
しては致命傷かに思われた。
それでも、恋人ジェーンの献身的なサポートのもと、ドラッグの誘惑を断ち、再起に向けて懸命に歩を進めて
いくチェットだった。((allcinema)

<IMDb=★6.9>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:88% Audience Score:73%>



# by jazzyoba0083 | 2018-02-02 22:50 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「92歳のパリジェンヌ La dernière leçon 」
2015 フランス Fidélité Films. 106min.
監督・(共同)脚本:パスカル・プザドゥー 原作:ノエル・シャトレ『最期の教え』
出演:サンドリーヌ・ボネール、マルト・ヴィラロンガ、アントワーヌ・デュレリ他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
重いテーマだ。それをヒューモアとウィットをまぶして、「どっぷり」暗くしないところが
フランス映画の持ち味と言えるだろう。
本作は、実話を元にして作られた「尊厳死」についての一遍である。

人は生まれた以上は誰でも死ぬ。これは「絶対」。安倍晋太郎も、石原さとみも、
トム・クルーズも例外ではない。当然私とて、あなたも。

本作では90歳を超えた1人の寡婦が、自分のカラダが思い道理にならなくなり、もう
自分の人生にけじめを付ける時、信念としてベッドでチューブだらけでは死にたくないと
考えていたため、92歳の誕生日に、自分は3ヶ月後に死ぬ、と宣言する。

さあ、子どもたち、まごたちを巻き込んで大騒動が勃発する。おばあちゃんはとにかく頑固。
言い出したら聞かないことはみな知っているが、肉親と死病でもないのに別れるなんて
到底受け入れがたい。孫も含めて一所懸命介護もしてあげているのに。息子は怒り、娘は
次第に母の思いを受け入れていく。

助産婦だったおばあちゃんは、病院にいた時、庭で産気づいた女性から赤ちゃんを取り上げ
るという事件があったたのだが、そんなこともあり、自分からクスリを飲んで自死すると
いっても、みんなの暖かい心に触れて自殺を思いとどまるのかと思いきや、そうじゃない。
おばあちゃんの意思はあくまで固かった。

本作の優れている点は、おばあちゃんの一貫したぶれない行動に、人生をしっかり幸せに
生きた、という確信を感じ、こういう気持ちに、自分はなれるのだろうか、泣きながら生に
しがみつくのではないか、と思わせる点。
さらに家族の右往左往が、観ている人に「そういう気持ちにもなるよなあ」という
シンパシーを上手く引き出させている点だろう。母親の自殺を幇助すれば犯罪になって
しまう。

おばあちゃんは30年前から病院では死にたくない、という覚悟を決めていて、いよいよ
この世にサヨナラを言うときが来た、と悟る。寝ていておねしょをしてしまう。服がちゃんと
1人で着られない、やることを忘れる、転ぶ、心臓だかのことでよく倒れる、そうした
状況が、人間としての尊厳を傷つける、自分の行き方とは違うと確信したのだろう。
もちろん家族との別れは辛いに決っている。しかし、自分が迷惑を掛けて生き長らえるより
きっぱりとサヨナラしたほうがいい、とおばあちゃんは覚悟したのだ。女性として美しく
ありたいという矜持もあったのだろう。

私は出来ないなあ。

やがて家族は、おばあちゃんの「尊厳死」を受けいれるようになる。最後は離れた場所との
電話で終わる。「Merci,Au Voir」。

この映画のおばあちゃんのように、いずれ絶対だれにでも訪れる「死」を、鷹揚として
受け入れるためには、後悔のない人生を生きる、生ききることしかないと、観客は思う
だろう。人生に未練を残さないこと。そのために今をどう生きるか、この映画の訴える
ところは深い。

おばあちゃん役を初め子どもたちや孫のキャラクターも上手く描かれていたと思う。
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<ストーリー>
自らの人生を終える日を決めて実行し、世間を騒がせたフランスのジョスパン元首相の
母親ミレイユの実話を基にした人間ドラマ。
信念を貫き、最後まで“美しい人生”であろうとする92歳のヒロインの姿を描く。
84歳にして舞台やテレビ、映画などで活躍するマルト・ヴィラロンガが主人公のマドレーヌ
を、その娘ディアーヌをサンドリーヌ・ボネールが演じる。

かつては助産婦として活躍し、今は子や孫にも恵まれ、ひとりで穏やかな老後を過ごして
いるマドレーヌ(マルト・ヴィラロンガ)。まだまだ元気な彼女の気がかりは、数年前
からノートに書き記している“一人でできなくなったことリスト”の項目がどんどん増え
ていること。
そんな中で迎えた92歳の誕生日。お祝いに駆けつけた家族に、彼女は驚くべき決意を
打ち明ける。みんなに迷惑をかける前に、自らの手で人生に幕を下ろすことにしたと
いうのだ。絶対反対を主張する家族たち。
一方、マドレーヌの決意も全く揺るがない。限られた日々の中で、家族はマドレーヌの
想い、そして彼女の生きてきた人生と触れ合ってゆく……。(Movie Walker)

<IMDb=★6.7>



# by jazzyoba0083 | 2018-02-01 23:10 | 洋画=か行 | Trackback | Comments(0)

●「マザーズ・デイ Mother's Day」
2016 アメリカ Open Road Films (II)、Wayne Rice、Gulfstream Pictures. 118min.
監督:ゲイリー・マーシャル
出演:ジェニファー・アニストン、ジュリア・ロバーツ、ケイト・ハドソン、ジェイソン・
   サダイキス、ブリット・ロバートソン他
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<評価:★★★★★☆☆☆☆☆>
<感想>
ゲイリー・マーシャルのフィルモグラフィを改めて眺めると、この人結局「プリティ・
ウーマン」で終わっちゃった感じだなあ。時宜を得ていたというラッキーもあっただろうし、
ジュリア・ロバーツの颯爽たる登場という話題もあっただろう。ついていたのだろうな。

そして、その後に作られた「バレンタインデー」「ニューイヤーズ・イブ」そして
本作と、出て来る俳優は、オスカーやゴールデン・グローブが引っ越してきたのじゃないか、
と思うほど、綺羅星の如くのキャスティング。結局これらは「やっちまったなあ」感が強く
どれもラジー賞の常連になってしまった。群像劇とは称しているが、一つ一つのエピソード
のまとまりが悪すぎる。故に話がとっちらかって、エピソードにインパクトがない。
大女優の個性が活かされていない。

本作は、母の日に収斂されていくそれぞれの家族の話を軽いタッチで描き、「いい話」と
して取りまとめてあるので、話さえつかめばハートウォーミングの映画なんだろう。
でも私には退屈だった。さりながら、ゲイリー・マーシャルの作品はもう観れないんだよね。
RIP
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<ストーリー>
二児の母サンディ(ジェニファー・アニストン)は、離婚した元夫が自分より若いモデルと
再婚したことを知ってショックを隠せない。ジェシー(ケイト・ハドソン)は、両親の
猛反対を押し切って国際結婚、出産までした。通販番組のカリスマ女社長ミランダ
(ジュリア・ロバーツ)は、16歳の時に極秘出産した娘からの突然の連絡をきっかけに、
断ち切った自分の過去と向き合おうとする。ブラッドリー(ジェイソン・サダイキス)は
最愛の妻を亡くし、娘たちのために奮闘する。様々な事情を抱える家族に、それぞれの“母の日”が訪れる。(Movie Walker)

<IMDb=★5.6>
<Rottentomatoes=Tomatometer:6% Audience Score:44% >



# by jazzyoba0083 | 2018-01-31 22:50 | 洋画=ま行 | Trackback | Comments(0)

●「スティーブ・ジョブス Steve Jobs」
2015 アメリカ Universal Pictures,Legendary Entertainment and more.122min.
監督:ダニー・ボイル
出演:マイケル・ファスベンダー、ケイト・ウィンスレット、セス・ローゲン
   ジェフ・ダニエルズ、マイケル・スタールバーグ他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆+α>
<感想>
アップルの製品は2003年にiPodを使い始めたのを、個人的には嚆矢とする。PCに
ついてはマック党ではないものの、iphoneとiPadのない生活は考えられなくなった。
アップルとその製品が近年急速にそのライフスタイルに入り込み、生活の形を
変えていることは十分理解し尊敬もしているが、個人的にジョブズという人については
表面的な、皆さんが知っている程度のことで十分かな、と思っていた。
ドキュメンタリーも見ていたので今更映画でみなくても、と2013年のアシュトン・
カッチャー版も観ていない。世の中にはビル・ゲイツやザッカーバーグ以上にカルト的で
すらある信者が多数存在することも知っている。

そんな個人的環境下でこの映画を観た。まずアーサー・C・クラークの1950年代なのかな、
実写フィルムで伝えるコンピュータ社会がどのように社会を変えるか、の下りが、
まさに現代を予告していて驚いた。つかみはOK。それを実現してきているのがジョブスら
であるわけだ。

ダニー・ボイル監督の構成の巧さなのだが、これに続けてまるで舞台劇のように、
ジョブスの人物像を3つの新製品の発表会場で繰り広げられる会話で成り立たせる。
この状況というか設定は面白い。まず1984年のマッキントッシュの発表会、
次いで1988年のNeXTcubeの、最後は1998年のiMacの発表会。舞台はこの3つ。ここに
関わる人と状況を通じてジョブスという人物をあぶり出す手法を取った。

テクニカルタームを連発する猛烈に早いセリフの応酬は、字幕を追うのが精一杯。
あとから吹き替えで見れば良かったと反省。3つの発表会ではトラブルばかりが描かれて
行き、ジョブス個人の家庭の状況も合わせて描かれる。

定まったジョブスのキャラクター以外はないわけで、「自己中心で嫌な奴」「すぐ怒る
完璧主義者」。やはり凡人には一連のアップル製品の発想は出来ないということが
よく分かった。それは一旦アップルを追い出されたジョブスが再び戻る、という事にも
象徴されていよう。時代を切り開く天才は、どこか人格が常人とは大きくズレて
いるものなんだなあ、とつくづく思う。奇人といったほうがいいのか。
そういう意味ではこの映画の狙いとしては成功していたといえる。しかし疲れた。

かくして私たちは毎日の生活でジョブスの発想下テクノロジーを享受しているわけだ。
この映画を観て、コンピュータの父だったチューリングや、もっと前のアインシュタインも
奇人であったなあと思いだした。
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<ストーリー>
アップル社の共同設立者でデジタルテクノロジーの常識を変えた男、スティーブ・
ジョブズ。彼とその家族、関係者への約3年にわたるインタビューなどを基に、ベスト
セラーとなった記録本を原案に、ジョブズの半生を描く人間ドラマ。
鬼才ダニー・ボイルが監督を務め、ジョブズをマイケル・ファスベンダーが演じる。

1984年。スティーブ・ジョブズ(マイケル・ファスベンダー)は激怒していた。Macintosh
発表会の40分前、本番で「ハロー」と挨拶するはずのマシンが黙ったままなのだ。
マーケティング担当のジョアンナ(ケイト・ウィンスレット)はカットしようと説得するが、
ジョブズは折れない。そこへジョブズの元恋人・クリスアン(キャサリン・ウォーターストン)が、5歳の娘リサを連れて現れる。認知しようとしないジョブズに抗議に来たのだ。
公私ないまぜに緊張感が高まる中、本番15分前に何かが閃いたジョブズは、胸ポケット
付きの白いシャツを用意しろとジョアンナに指示。さらに共同創業者で親友のウォズニ
アック(セス・ローゲン)から頼まれたApple2チームへの謝辞をジョブズははねつける。
やがて自らがCEOにヘッドハンティングしたジョン・スカリー(ジェフ・ダニエルズ)に
励まされ、ジョブズは舞台へ出て行く……。

1988年。Macintoshの売上不振から退社に追い込まれたジョブズが新たに立ち上げた
ネクストの発表会。にこやかに現れたウォズニアックに、ジョブズはマスコミに自分を
批判したのはスカリーに強制されたのかと確かめる。相変わらず傲慢なジョブズに、
ウォズニアックはマシンを創り出したのは自分なのに何もしていないジョブズがなぜ
天才と言われるのかと憤慨。さらに今日の主役のNeXT Cubeはパソコン史上最大の
失敗作だと通告する。

小学校をサボって会場で遊んでいるリサをクリスアンが迎えに来る。あの騒動の後、
ジョブズはクリスアンに家を買い与え、十分な養育費を送っていた。そして本番6分前。
こっそり潜入したスカリーがジョブズの前に現れる……。

1998年、iMac発表会。2年前、業績不振でスカリーを解雇したアップルがネクストを
買収したのを機に復帰したジョブズは、現在はCEOを務めていた。ジョアンナから
莫大な売上予測を聞き、勝利の歓喜に浸るジョブズ。だが一方で、クリスアンが家を
売ることを止めなかったリサに激怒したジョブズは、ハーバード大学の学費を払わないと
リサへ宣告。ジョアンナは、ジョブズとリサが仲直りしなければ会社を辞めると
涙ながらに訴える。
一人になったジョブズの瞼にいつも自分の愛を求めていたリサの姿が次々と去来する。
本番10分前、ジョブズにウォズニアックがApple2のチームに謝辞をという頼みを蒸し
返す。10億ドルの損失を出し、破産まで90日を切っていたチームだと再びはねつける
ジョブズ。そして開始直前、リサが父への怒りを爆発させる。発表会は9時スタートを
厳守してきたジョブズだったが、そんな遅れも気にせず彼はある真実をリサに語り始
めるのだった……。(Movie Walker)

<IMDb=★7.2>
<Rottentomatoes=Tomatometer:86% Audience Score:73% >




# by jazzyoba0083 | 2018-01-30 22:50 | 洋画=さ行 | Trackback | Comments(0)

●「将軍たちの夜 The Night of the Generals」
1966 アメリカ Columbia Pictures. 149min.
監督:アナトール・リトヴァク 原作:ハンス・ヘルムート・カースト
出演:ピーター・オトゥール、オマー・シャリフ、トム・コートネイ、フィリップ・ノワレ他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
1942年ドイツ占領下のワルシャワで1人の娼婦が惨殺される。その殺され方は
極めて異常であった。1人の目撃者がいた。顔は見ていないが、ズボンに赤い線が
入っていたという。これは将軍を意味する。当時、ワルシャワにいてアリバイのない
将軍が3人いた。捜査に乗り出したのは軍事警察のグラウ少佐(シャリフ)であった。
このあたりまではいい感じの出だし。

こうして映画が始まる。その後、同様の事件がパリ、戦後のハンブルグで発生する。
犯人はタンツ将軍(オトゥール)であることは早々に分かるのだが、グラウ少佐は
タンツが怪しいと思っていてもななかな責めきれない。
そのうちに、将軍たちがからむヒトラー暗殺事件「ワルキューレ」が発生する。

映画は市井の殺人事件を追うグラウ少佐と、彼を近づけないタンツ将軍。それに
他の二人の将軍が加わり、これに「ワルキューレ事件」が絡んでくる。さらに
タンツ将軍の副官のような仕事をしていたハルトマン曹長と1人の将軍の娘の
恋路も加わる。結構エピソードが多い映画だ。

同じナチの将軍の制服を来ているオトゥール以外の人物が誰が誰だか分かりづらかった
のだが、変質者が将軍をやっているナチという組織の気持ち悪さは十分に伝わったし
原題へのカットバックが唐突な感じもするが、全体の作劇は面白く観ることができた。
なんといってもオトゥールの、瞳孔が開いちゃったようなサイコパスぶりは、やり過ぎな
感じすらして、気持ち悪さは上々。片や彼を追い詰めるシャリフは淡白だ。

タンツ将軍(オトゥール)の人物敵背景は描かれないので、なんでサイコパスに
なったかとか、ニュルンベルグ裁判を15年ほどで出所してきたのはなにがどうであったか
などが説明されないので、長い上映時間の割には、深い部分での理解が進まない。
シチュエーションに目新しさを設定した欧州戦線の映画、という感じ。

そして何より個人的にネックだったのは、ドイツ人もフランス人も全員英語で芝居を
すること。どんなにセットや衣装に凝ったとしても、これにはちょっと鼻白むのでは
ないか。しかもオトゥールの英語はクィーンズイングリッシュと来たもんだ。

大ベストセラーが原作と聞く。もう少しいい映画が出来たような気もする。
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<ストーリー:結末まで書かれています>
ワルシャワ1942年冬。あるアパートで女が殺された。目撃者の話では、ドイツ軍将校の
軍服を着ていたという。軍事警察のグラウ少佐(オマー・シャリフ)は3人の容疑者を
あげた。ワルシャワ軍団のガプラー将軍(チャールズ・グレイ)、司令部主任カーレン
ベルゲ(ドナルド・プレザンス)、特別師団長タンツ将軍(ピーター・オトゥール)ら
である。

その頃、前線で負傷したハルトマン(トム・コートネイ)という男が、ワルシャワに来て
いた。彼は音楽家志望で、レセプションの音楽担当などをしているうちに、ガプラーの
娘ウルリーケと急速に親しくなっていった。レセプションには、3人の将軍も姿をみせた
が、グラウ少佐にとってあまり収穫はなかった。
翌日は、タンツ将軍のワルシャワ掃蕩があり、軍隊の先頭に立つ彼の市民への攻撃は
すさまじいものだった。その後、グラウ少佐はパリへとばされた。

1944年7月パリ。
連合軍はノルマンディに上陸し、ナチのすべてがパリに集結した。その頃、軍諜報部
勤務になっていたグラウは、パリ警察のモランの所へ来て、ワルシャワでの殺人事件と
将軍たちの関係を説明し、捕虜3人を返すという条件で、犯人捜査への協力をたのんだ。
時を同じくして、将軍たちのヒットラー暗殺計画がもち上がっていた。
その計画には、容疑者の1人、カーレンベルゲも加担していた。グラウは、ナチの将校の
くせにヒットラー暗殺をたくらむカーレンベルゲと、ワルシャワで容赦なく市民を殺した
タンツに疑いの目をむけた。

パリでのタンツは、ハルトマンを伴につれ、夜な夜な豪遊していた。そしてナイトクラブの
女ルシルと特に親しくなり、ある夜ハルトマンを見張りに立たせ、彼女のアパートに
消えていった。やがて、タンツに呼ばれて部屋に入ったハルトマンは、死体となった
ルシルを見て驚くのも束の間罪をかぶって逃げろと、命令された。
一方、ヒットラー暗殺計画、通称“ワルキューレ”作戦は失敗に終わった。ワルシャワと
パリの殺人事件を追及するグラウは、タンツを逮捕しようとしたが、逆に射殺されて
しまった。

そして1965年ハンブルグ。またしても奇怪な殺人事件が起きた。今では、国際警察の
警部となっているモランは、ワルシャワ――パリ――ハンブルグの殺人事件の類似性を
あげた。ちょうどその頃、最近釈放されたタンツはニーベルンゲン師団の25周年記念に
列席することになっていた。ドイツのかつての英雄タンツ将軍の到着を待つ群衆に
まじって、モランがいた。犯行を否定するタンツの前にハルトマンが現れた。証拠は
ないが証人は生きているというモランの仕かけた罠であった。そして運転手から、
ひそかにピストルを受けとったタンツは、人気のない部屋で自殺を図ったのである。
(Movie Walker)




# by jazzyoba0083 | 2018-01-29 23:10 | 洋画=さ行 | Trackback | Comments(0)

●「ショーシャンクの空に The Shawshank Redemption」
1994 アメリカ Castle Rock Entertainment (presents) 143min.
監督・脚本:フランク・ダラボン  原作:スティーヴン・キング
出演:ティム・ロビンス、モーガン・フリーマン、ウィリアム・サドラー、ボブ・ガントン他
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<評価:★★★★★★★★★☆>
<感想>
本作は観ているのだが、ブログを開設する前だったので、記載されていなかった。
仕事の都合で観る必要が出来たため、再見したので感想をアップした。

映画好きに、お気に入りの映画を挙げよ、というと多くの人が本作を挙げるし、
アメリカのオールタイムベストでも、上位に顔を出す常連の、いわば評価の定まった
名作である。だが、allcinemaのコメント欄を見ても分かるように、「たいくつな
脱走劇」と低評価を下す人も少なくない。しかしながら、アメリカの評価サイトで
めったに出ない9点台を出していることを考えれば、客観的に見て「よく出来た映画」
「映画史に残る傑作」という言い方でいいだろう。

アメリカ小説界の巨人、スティーヴン・キングの原作を、上手くアダプトした出来の
いい脚本(伏線の回収も含め)、モーガン・フリーマンの語りで物語を進行させたこと、
配役にはいろいろと名だたる名優が上げられたらしいが、結局ティム・ロビンスの
キャスティングが、原作では白人だったレッド役をモーガン・フリーマンにしたのも
大成功だっただろう。

「たいくつだった」という人はおそらく、良く出来すぎで、流れがとカタルシスの到来が
簡単に訪れてしまうという点を指す場合が多いのではないか。私にしてみればそれは
贅沢というものだと思う。

本作を観て受ける感想の一番大きなものは、「希望を持って諦めないこと」。と指摘する
人が多かろう。私もその1人である。その一点に収斂させるために、あの手この手の
小さなプロットをこしらえて、潰れそうになるたびに「ナニクソ」という気持ちをふるい
立たせる。ティム・ロビンスの感情を抑えた演技も本作の大きなキーになっていた。
有能な銀行員であることを最大限に利用しつつ、周囲の尊敬を集め、それは刑務官にまで
及び、所長にたいしては、その力を利用されているように見せて利用してみせる。

映画を観ているほとんどの人は、思い通りにならない生活を余儀なくされているのだろう。
それでも、与えられた状況の中から最大限の幸せを見つけているのだ。そうした観客の
心情からすれば、主人公アンディの、頭のいい、不屈な根性は、日々のストレスの
カタルシスとして絶好なはずである。だからこそ観終わって気分がすっきりするのだ。

人は困難を乗り越えて何かを成し遂げたことに快哉を叫ぶものだ。囚人に対するビールも
そうだし、図書館の整備もそうだし、ラストに訪れる20年間のトンネル掘りと脱走、
(気の遠くなる話だ)、新しい所長によるレッドの仮釈放、そしてラストでの二人の邂逅。
いちいち気持ちいいではないか。 
一方だたそれだけではなく、長年の収監の末に仮釈放になったブルックスが社会に馴染
めず自死すること、アンディになつき、高卒資格をとるまでになったトニーが所長に射殺
されるくだり。(彼は別の刑務所で、アンディが逮捕された事件の真犯人から事件の話を
聞いていて、それをアンディに話し、アンディは所長に再審請求を起こそうとしていた
ところだった。自分の不正蓄財を知るアンディを塀の外に出すわけには行かないのだ)
などという逆境やアンディが置かれた過酷な一部もキチンと提示されている。

この物語はアンディが妻と情夫のプロゴルファーを射殺して逮捕される1947年に始まり
アンディが脱獄、次いでレッドが彼を訪ねてメキシコの海岸にたどり着く1967年までの
20年間を描いている。アンディは白髪になるし、老眼にもなる。おそらくシャバに
出てきてから19年間の社会の激変ぶりには最初戸惑ったことだろうことは想像に固くない。
アンディの牢屋に張ってあったポスターは、リタ・ヘイワースからマリリン・モンローに
なり、ラクエル・ウェルチに変遷する。アンディはマリリン・モンローが誰だか分からな
かったかもしれない。ましてやウェルチは。その時間の変遷の見せ方も上手いし、その
ポスターが実はいい役を演じていたのだから余計に印象深かった。

細かいところを観ていくと突っ込みどころがないわけではないが、この映画はそういう
あら捜しをしてどうなるものでもない。

「希望はいいものだよ、たぶん最高のものだ。いいものは決して滅びない。」(アンディ)
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<ストーリー>
「エルム街の悪夢3/惨劇の館」「ブロブ/宇宙からの不明物体」の脚本家F・ダラボンが、S・キングの短編小説『刑務所のリタ・ヘイワース』に惚れ抜いて作り上げた渾身の劇場
監督デビュー作。
妻とその愛人を射殺したかどでショーシャンク刑務所送りとなった銀行家アンディ。
初めは戸惑っていたが、やがて彼は自ら持つ不思議な魅力ですさんだ受刑者達の心を
掴んでゆく。
そして20年の歳月が流れた時、彼は冤罪を晴らす重要な証拠をつかむのだが……。
卓越した構成、隙の無い脚本、緩急自在の演出によって誕生した“刑務所”映画の新たなる
傑作。奇妙な友情を育んでいくT・ロビンスとM・フリーマンの二人の芝居も素晴らしく、
観終わった後の清々しさは忘れ難い。(allcinema)

<IMDb=★9.3>
<Rottentomatoes=Tomatometer:91% Audience Score:98% >




# by jazzyoba0083 | 2018-01-27 16:30 | 洋画=さ行 | Trackback | Comments(0)

アスファルト Asphalte

●「アスファルト Asphalte」
2015 フランス La Caméra Deluxe,Maje Productions,Single Man Productions. 100min.
監督・脚本:サミュエル・ベンシェトリ
出演:イザベル・ユペール、ジュール・ベンシェトリ、ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ、ギュスタヴ・ケルヴェン
   タサディット・マンディ、マイケル・ピット
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<評価:★★★★★★★☆☆☆+α>
<感想>
なんだろうな、この感覚。いかにもフレンチ映画っぽいオフビート感とでもいうのだろうか。
アメリカだとジャームッシュが創りそうな、とでもいうのだろうか。カウリスマキとも違うし。
なんか既視感のある作風ではある。
映画から主張がガンガン伝わってくるようなものではない。どちらかというと何を言わんとして
いるのだろうか、と思ってしまうようなタイプ。でも観終わった後に残るホノボノ感。不思議な
作品だ。

割りと高層の(でも古い)アパートを舞台にした群像劇であるが、3組の男女の交流に絞られる。
2階に住んでいるからエレベーターは使わない、と修理代の支払いを拒否した独身中年男性が、車椅子生活と
なり入院先の看護婦に憧れていくパート、何故かアパートの屋上に着陸してしまったアメリカの宇宙飛行士と
彼を二泊させて面倒をみるアラブ系のおばさんのパート、そして向かい同士に住む若い男と引っ越してきた
女優のパート。
それぞれお互いに何を考えているか良くわからないながらも、必死にコミュニケートしようとする。そして次第に
心が通じるようになっていく。もどかしい、不器用である、けれどそうした人間を観る人は愛おしく思う
ことだろう。その朴訥な描き方の中に、人間の温かさのようなものが観終わって滲み出てくる。

設定されたシチュエーションにありえなさがあるので、(なぜアメリカの宇宙船がフランスのアパートの
屋根に降りてくるか?とか)シュールな展開も納得しながらみることが出来る。いわば不条理の中に
放り出された男女の、心を求めあう過程。車椅子の男性が自販機のパンを求めはるばる病院までやってくる
とか、みんな遠回りして生きている姿も描かれ、そのさりげなさも味わいとなっている。
3組ともそれぞれ味がある。女優を演じるのが最近スポットが当たっているイザベル・ユペールである。
向かいの青年に次作のためのオーディション動画を撮ってもらうのだが、青年が知らないうちに演技指導を
している。そうしたコミュニケーションギャップが面白くも胸に迫る。

音楽もほとんど流れない舞台劇のような作品。ラストは宇宙飛行士を回収に来たアメリカ軍さしまわしの
ヘリがアパートの敷地に着陸し、飛行士は去っていくところで、余韻を残しながらカットアウトのように
終わっていく。
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<ストーリー>
 フランス郊外の古ぼけた団地を舞台に、そこに暮らす不器用で孤独な男女が織りなすほろ苦くもユーモラスな
人間模様をミニマルかつ軽妙に綴る群像コメディ。出演はイザベル・ユペール、マイケル・ピット、ヴァレリア・
ブルーニ・テデスキ。監督は「歌え! ジャニス★ジョプリンのように」のサミュエル・ベンシェトリ。

 フランス郊外にあるオンボロ団地。故障中のエレベーターを住民が費用を負担して修理することに。しかし
2階に住む自称写真家のスタンコヴィッチは断固拒否。結局、彼だけは金を出さない代わりにエレベーターを
使用しないことで決着する。ところがその直後、彼は足を怪我して車椅子生活に。誰にも見つからないよう
深夜に食料調達に向かうが、そんな時間に買えるところは病院の自動販売機だけ。するとそこで、何やら
ワケありの夜勤の看護師と出会い、心惹かれるスタンコヴィッチだったが…。

母親がいつも留守にしている10代の少年シャルリ。ある日、となりに中年女性が引っ越してくる。
この団地に不釣り合いな彼女の正体は、すっかり落ちぶれてしまった女優ジャンヌだったが…。

ある日、NASAの宇宙飛行士ジョン・マッケンジーを乗せたカプセルが団地の屋上に不時着する。これを
秘密にしたいNASAからの要望で、最上階に住むアルジェリア系移民のマダム・ハミダが彼を2日間かくまう
ことになるのだが…。(allcinema)

<IMDb=★7.1>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:100% Audience Score: 74%>


# by jazzyoba0083 | 2018-01-25 10:50 | 洋画=あ行 | Trackback | Comments(0)

●「ザ・シークレットマン Mark Felt:The Man Who Brought Down The White House」
2017 アメリカ Scott Free Productions and more. 103min.
監督・脚本:ピーター・ランデズマン 製作:トム・ハンクス、リドリー・スコット他
出演:リーアム・ニーソン、ダイアン・レイン、マートン・ソーカス、アイク・バリンホルツ他
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<評価:★★★★★★☆☆☆☆>
<感想>
ホノルルからの帰国便内鑑賞第三弾。日本では来月末に劇場公開が予定されている。

アメリカ政治史の大きな汚点となった「ウォーターゲート事件」については、これまでも
スキャンダルを暴いた側の記者の目線の「大統領の陰謀」、辞職したニクソンを主人公にした
オリバー・ストーンの「ニクソン」、彼のインタビューを中心に描く「フロスト×ニクソン」など
優れた映像作品も多い事件であった。

本作はワシントン・ポストの情報源であった「ディープスロート」の正体、当時のFBI副長官
マーク・フェルト本人に焦点を当てたもの。フェルトは、事件から30年以上経過した2005年に
自分が「ディープスロート」であるとカミングアウトしている。

フェルトは30年間FBIに奉職し、エドガー・フーバー長官急死の跡目は彼と周囲も本人も思っていたが
実際はホワイトハウスから送り込まれたのは、グレイというニクソンの意のままに動く人物であった。
彼の妻(ダイアン・レイン)も、フェルトが長官になるものと信じていた。
そうした自分の身の上の不如意もあったのだろうし、映画では独立捜査機関であるはずのFBIが
政府やホワイトハウスからの捜査指示やもみ消しなどを甘んじて受け、本来の機能を発揮できず
アメリカ憲法が守られないという彼の強い義憤からの行動と描かれていく。が、彼自身、汚い仕事を
命じていた時期もあり、またそうした実情を知る立場にいたことから、ただ単に「義憤」が
突き動かした行動だけが「ディープスロート」を誕生させたとは言いにくいのではないか、と感じた。

映画全般は、広範な事件の中からフェルトの物語という側面に集約した部分は良しとしたいし、
トランプ時代においてこの映画を作った意義というものも評価したい。だが、映画としては単調に
なった恨みは残る。ダイアン・レインを配した妻や当時ブームだった自然回帰運動に没入していた
娘との関係も描かれるが中途半端な感じである。
リーアム・ニーソンは安定の演技だが、どうも実在のフェルトに似ているというのがキャスティングの
核心ではないか、と思えてしまうほど、よく似ている。これほど似ているとニクソン本人はどうするんだろうと
思っていたら、案の定、ニクソン役はキャスティングされず、テレビの映像に本人が映るだけという
処理の仕方だった。賢明であろう。

実話モノに興味がある方にはお勧めしたい作品ではある。
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<ストーリー>
1974年8月9日に、アメリカ合衆国史上初めて任期途中で辞任に追い込まれたリチャード・ニクソン大統領。
その引き金となった「ウォーターゲート事件」の全容を白日の下に晒し「ディープ・スロート」と呼ばれた
告発者がいた。
世界中で憶測と関心を呼び、30年以上に渡り正体は謎とされてきたこの内部告発者は2005年ヴァニティ・
フェア誌で自らディープ・スロートであったことを公表する。その人物とは、「FBI捜査官の鑑」とまで
称賛された当時のFBI副長官マーク・フェルトだった。正体を明らかにして10年以上の月日が流れているが、
このフェルトという人物の人生はFBI幹部というキャリアの面からも私生活の面からもほとんど知られていない。
なぜ彼は極秘の捜査情報をマスコミへリークするに至ったのか?ウォーターゲート事件とは何だったのか?
溌剌(はつらつ)たる才知と固い信念を持つフェルトは、事件の真相を明らかにし、ニクソン政権の腐敗を
暴くため、家族もキャリアもそして自由までをも危険にさらし、結果的にはすべてを犠牲にしたのだ。

2016年の大統領選前に企画・製作された本作は、アメリカ国内外で上映されるやいなや、トランプ大統領の
ロシア疑惑やFBI長官解任など、現政権に取沙汰される様々な疑惑が当時と驚くほどよく似ていると話題を
呼んだ。ウォーターゲート事件とは何だったのか?なぜ極秘の捜査情報をマスコミへリークするに至ったのか?
国を守る「捜査官」が疑惑を暴くに至った事件の全容と、アメリカ政治史上類を見ない政治スキャンダルの
実像を、最高権力者を敵に回し孤独な戦いを挑んだ一人の男、フェルト本人の視点から初めて描いた傑作
サスペンスが誕生した。

主演はハリウッドのトップスター、リーアム・ニーソン。近年アクションスターの印象が強い彼だが、
『シンドラーのリスト』『マイケル・コリンズ』など実在の人物を演じ、高い評価を獲得してきた演技派
俳優としての側面を遺憾なく発揮。フェルトの妻オードリーには、同じくアカデミー賞ノミネート女優、
ダイアン・レイン。監督は『パークランド ケネディ暗殺、真実の4日間』『コンカッション』で実話を
映画化し高い評価を獲得してきた俊英ピーター・ランデズマン。(ホームページから転載)

<IMdb=★6.4>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:34% Audience Score:46% >




# by jazzyoba0083 | 2018-01-24 01:30 | 洋画=さ行 | Trackback | Comments(0)

●「バトル・オブ・セクシーズ Battle of the Sexes (原題)」
2017 アメリカ Fox Searchlight Pictures,TSG Entertainment and more. 121min.
監督:ジョナサン・デイトン&ヴァレリー・ファリス
出演:エマ・ストーン、スティーヴ・カレル、アンドレア・ライズボロー、ナタリー・モラレス、
   サラ・シルバーマン、ビル・プルマン、アラン・カミング、エリザベス・シュー他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
ホノルルからの帰国便二本目。まだ日本では公開されていない作品。個人的に大学生のころなので
時代としてはズバリ。テニスはやっていないけど、キング夫人やマーガレット・コート、クリス・エバート
などはニュースなどで見聞きしていて名前とその活躍の度合いは知っていた。が、こんな「事件」があったとは。

映画の主要なテーマは性間差別の話しであるが、スティーヴ・カレル演じるボビー・リグスのキャラクターも
あってコメディっぽい感じもあり、楽しませてもらった。アメリカやテニス界では有名な話かもしれないが、
日本ではあまり知られることのない「事件」ではなかったか。衣装やヘアスタイル、小道具、音楽を始めとし
1970年初頭の時代の雰囲気と実際をよく描いていたと思う。
作品はテンポよく飄々と描いていくが、実際にこの映画が描いた事柄は、その後のテニス界や性別間差別に
対する人々の考え方に大きな影響を与えたわけで、楽しいうちに見終わることは出来るが、その主張しようと
していることは大きい。
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キング夫人はテニスの試合での賞金が男子と比べ八分の一しかないことに抗議し、自らがWTAという女子テニス
協会とツアーを立ち上げ、金銭的にも苦労しつつも、女権拡張運動家としてもその成果をあげていくのだが、
ラリー・キングという夫を持つ身でありながら同性愛に惹かれていく心の悩みも抱えていた。
そうした折に、男子シニアツアーのボビー・リグス(彼もウィンブルドンで何度も優勝しテニスの殿堂入りを
している往年の名選手だがこちらもシニアの賞金の少なさを嘆きかつ彼自身ギャンブル依存症でもあった)から
男女間の試合をして、男女どちらが強いかやってみようではないか、と声を掛けられた。その頃、キング夫人は
すでに女子テニス界のトップにいたが、「それは試合ではなくショーよ。勝てばいいけど負けたら、やはり
女は男に勝てないと決めつけられて危険だわ」と申し出をその場で断る。

ボビーはその後、ツアーで一位になったコート夫人に話を持ちかけ、実現した試合でコート夫人はストレートで
負けてしまう。案の定、男性優位主義者や当時の全米テニス協会の男性陣を喜ばせる結果に終わってしまった。
ボビーはその場で、キング夫人を指名して、試合を要望した。
そう言われると勝ち気のキング夫人は黙っていられない。こうして1973年9月20日、テキサス州ヒューストンの
アストロドームにおいて、5セットマッチが行われたのだ。この試合はABCテレビを通じて全世界に生放送された。
55歳のボビーであったが、コート夫人に楽勝したこともあり、トレーニングもせずビタミン剤を飲むだけで
スポンサーから多額の金額を貰って試合に臨んだ。一方のキング夫人は徹底的に練習し、コートにたった。
3万人とテレビの向こうでたくさんの人々が見つめられ試合が始まったが、結果は3-0のストレートでキング夫人が
勝利した。29歳のキング夫人と55歳のボビーであったが、この結果が与えたインパクトは大きかった。
この試合に名づけられたのが「The Battle of the Sexes(性別間の戦い)」なのである。

この大一番を中心に据えて物語が構成されるのだが、キング夫人ら独立ツアーのメンバーが通っていた美容室の
美容師マリリンと仲良くなり、もともと持っていたレズビアンとしての悦びに火が付いてしまった。
優しく見つめるラリー・キングではあったが、そんな夫に対しても複雑な想いを持ちつつ、ツアーをこなして行く。
ボビーもまた妻との相克があったのだった。世紀の大一番で対決することになるキング夫人とボビーの愛情
物語を横軸にして、ラストにキング夫人の勝利とレズビアンとして生きる覚悟を決めるまでが一気に描かれる。
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とにかくエマ・ストーンとスティーヴ・カレルが本人にそっくりであることはもちろんだが、この二人が
吹き替えしで臨んだテニスの試合映像は、「役者というものはやれと言われればなんでもやるんだなあ」と
思いつつ、その仕上がりが半端ないので驚く。もちろんこの両者の演技もいい感じだ。ボビーのキャラに
引きずれられて、若干仕上がりが軽めになってしまったのは思い問題を軽いタッチでと狙ったのか、結果的に
そうなってしまったのか。
どこかにもう少し重さを感じても良いんじゃないか、と思うのは贅沢か?
またキング夫人らの独立ツアーのメンバーの衣装デザイナー、テッドを演じたアラン・カミングが、同じ
同性愛者として見せる気遣いが上手く演じられていて、いい存在感だった。
映画の上のことだけど、自分の妻がレズビアンであることに気づき、それを理解しながら大一番を応援していた
ラリー・キングはいいやつだなあ。(あとで離婚しちゃうけど、キング夫人はずっとキングという名前が
ついてまわるものね)キング夫人は現在74歳で健在である。(ボビーはだいぶ前に亡くなっているが)

日本での劇場公開、あるのだろうか?

<IMDb=★6.8>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:86% Audience Score:75%>


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# by jazzyoba0083 | 2018-01-23 12:30 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「トランスフォーマー/ロストエイジ Transformer:Age of Extinction」
2015 アメリカ Paramount Pictures.165min.
監督:マイケル・ベイ
出演:マーク・ウォールバーグ、ニコラ・ペルツ、スタンリー・トゥッチ、ジャック・レイナー、リー・ビンビン他

<評価:★★★★★☆☆☆☆☆>
<感想>
新作封切りの時、シネコンに出向いて3Dで鑑賞しに行っている作品だ。その時は★7つも献上している。

今回ホノルルからの帰国便の中で鑑賞。これまでトランスフォーマーはまだ好きだった。しかし前作に本作に
繋がるダメさの萌芽はあった。しかしここまでアカンようになっていたとは。劇場に観にいったときはそうとう
面白く感じたんだね。おそらくは3D効果かと。これじゃ「ケレン」でしか魅力のない映画になってしまうのだが、
繰り返してみると、何故かアラばかりが見えてしまった。
たまたま乗った飛行機のエンターテインメントにタイトルがあったので鑑賞してみたのだが、当時の感触は
もう無くなっていた。いい映画はなんど見てもいい、と思うのだが、これまで落差を感じる作品も珍しい。

第一にストーリーがほんとにダメだなあ。ウォールバーグ親子と彼氏の顛末も陳腐なものだし、舞台が
チャイナになると、チャイナ色が全面に立ち、「中央政府は何があっても香港を守る」とか共産党の役人が
口にするにいたっては「おいおい、中国共産党の洗脳映画か?」とツッコミを入れたくなる。
VFXの仕上がりについてはよく出来ているとは思うけど、香港で登場する金属の恐竜を模したクリーチャーも
なんだかなあ、という感じ。どこからの要望を受け入れたからなのか、160分を超える時間も、物語に魅力が
ないから長~く感じたなあ。この映画を結構ワクワクしてみていた当時の自分てどんな精神状態だったのだ
ろうと思ってしまう。

新シリーズ三部作の一作目が昨年劇場公開されているが、観に行かなくてよかった。もうトランスフォーマー
には期待できないよ。続きが是非みたい、と思わせないこの悲しさ。因みにRottentomatoesの批評家採点は
18%だって。

恥さらしだが、一回目の観賞時の感想と本作のストーリーは以下のリンクの通り。



# by jazzyoba0083 | 2018-01-22 15:00 | 洋画=た行 | Trackback | Comments(0)

●「パジャマゲーム The Pajama Game」
1957 アメリカ Warner Bros.101min.
監督:ジョージ・アボット、スタンリー・ドーネン
出演:ドリス・デイ、ジョン・レイト、キャロル・ヘニイ、エディ・フォイ・Jr、ボブ・フォッシー他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
この年代になるとMGMや20世紀フォックス、ワーナーなどメジャーが競ってブロードウェイミュージカルを
映画にした時期で、名作も多く作られている。本作は、日本ではあまり人口に膾炙しないが、
その筋には極めて評判の良い作品である。特に、音楽とダンスが多めの作品を好む人には絶好の作品だろう。

本作は映画化に先立つこと3年ほどジョン・アボットの製作でブロードウェイで上演され大好評を博し、ワーナーが
目をつけてミュージカルの名匠スタンリー・ドーネンにメガフォンを取らせた。舞台の主役ジャニス・ペイジを
ドリス・デイに変えて(分かりやすいチェンジだなあ)映画化した。脇役などは舞台のスタッフ、キャストが
使われているので、舞台の再現性が高くなっている。ただし、舞台に比べると上映時間がかなり短く、アボットと
ドーネンが上手く折りたたんで見やすくしている。

当時としては珍しい労働争議と恋を併せて扱ったもので、舞台となるのは「パジャマ製造工場」だ。
賃上げを要求する従業員代表がドリス・デイ。新任の工場長がやがて恋の相手となるジョン・レイトだ。
ボブ・フォッシーの振り付けも素晴らしく、キャメラや色彩の配置などよく考えられている。
「時計と競争」「私は恋をしていない」、またデイとヘイトのデュエットによる「ヘイ・ゼア」、
ハイライトとでも言うべき、女工たちが野原で群舞を繰り広げその踊りもまた素晴らしい「一年に一度の日」、
帽子を使ったいかにもボブ・フォッシーらしい振り付けが冴える「スティームヒート」、光学効果も
見事な「ヘルナンデス・ハイダウェイ」など、その歌と踊りから目が離せなくなるのだ。特にドリス・デイの
活躍は素晴らしい。

結局社長が折れて賃上げは認められるのだが、そこでも喜びの群舞。物語のまとめ方も含め音楽、踊り
全てにおいて一流の出来といえるミュージカルである。残念ながら日本ではDVDでも買えない。
戦後の伸び盛りのアメリカの楽天の世界がここにはある。
(Amazonで輸入盤は買えます)
本日町の映画鑑賞会で、そこで上映されたのだ。稀有な名作を見ることが出来た。
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<ストーリー>
R・ビッセルの『7セント半』をブロードウェイ・ミュージカル化して'54年に大ヒットさせたG・アボットが、
S・ドーネンと組んで作り上げた同材の映画化作品。D・デイを除くと舞台のオリジナル・キャストのままと
いうが、そのデイが素晴らしい。
パジャマ工場のストを煽動する組合の女闘士を、いつもより短髪にした彼女がさっそうと演じて、
時間7セント半のベースアップ要求を主張。新任の工場長(J・レイト)をやりこめる。
そのうち、立場の違いを超えて二人は惹かれ合っていき……。

ボブ・フォッシー振り付けによるダイナミックな群舞、布地の原色と疑似自然光を活かしたH・ストラドリングの
鮮やかな撮影も上々の出来映え。ポピュラー・ナンバーとなった主役二人の二重唱“ヘイ・ゼア”など佳曲も多く、
まず、この年代としては傑作の部類に入ろう。(allcinema)

<IMDb=★6.8>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:91% Audience Score:65% >



# by jazzyoba0083 | 2018-01-11 12:00 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)