2014年 08月 25日
マイライフ・アズ・ア・ドッグ My Life as a Dog
1985 スゥエーデン FilmTeknik,Svensk Filmindustri (SF).102min.
監督:ラッセ・ハルストレム
出演: アントン・グランセリウス、メリンダ・キナマン、マンフレド・セルネル、アンキ・リデン他
<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
ラッセ・ハルストレム監督の作品は「サイダーハウス・ルール」「ギルバート・グレイプ」
「シッピング・ニュース」「ショコラ」など結構観ている。皆「暖かい」というキーワードが当てはまる
作品で、好きな作品が多い。
本作も、ちょっと不思議なおもちゃ箱的な雰囲気があるが、心あたたまる良作といえよう。
ただ、観る人によってはハリウッドに渡る前と後では出来が変わる、という趣もある。
本作はスゥエーデン時代の、出ている俳優さんは誰も知らないという作品であるが、
ハルステトレムの心の暖かさを描く、という原点が素直に出ている良さがあるのではないか。
また子供が主人公というのも好悪が別れよう。ただ、イングマルもサガも、一旦作品に
入ってしまえば不自然なことはなく、むしろ、その他の少年少女たちも含め、よく出来て
いたのではないか。
イングマル少年の家族と親戚、またその友達という世界の中で、「宇宙船に乗せられ餓死して
しまったライカ犬よりはましだ」と自分の不幸を相対比較し、自分の幸せを確かめる癖が
ついていた。そんな少年の「日常の幸せ」を追いかけているのが本作だ。
イングマル少年は、結構姑息だし、ませているし、約束は守らないし、緊張しいだし、
でも、どこか素直で真っ直ぐなところもあり、憎めない。母親を不幸にしてしてしまった
ことを後悔し、母を愛していた。(その割にはいうことを聞かなかったのだけど)
この映画は、それぞれの役柄の行動と結果が小さなしあわせとなって結実していくところに、
観ている人がほんわかと心が暖まる要素になっているのではないか。
母親の病状が悪化し、叔父さんの家に預けられるのだが、そこで知り合うサガという
少年のような女の子とのふれあい。ボクシングからはじまりサッカー、最終的には
男ではいられなくなり、少女の服を来て、女の子となったサガを眩しく見つめつつ
あるがままに受け入れるイングマル。 ハルストレムは、イングマル少年が出会う様々な
事象を通じて、「僕は不幸なんだ」と分かりつつ「ライカ犬よりはましだ」と自分なりの
哲学を確立し、そうしたなかで母、兄、叔父、サガ、友人、(婦人下着の記事を読ませる
変な)おじいちゃん、そして世間と少年ながら折り合いを付けていく光景を綴って行った
と思う。実は寂しいイングマル少年がそうした事象の中から少しだけ大人になっていく
様は、周囲の人々の愛を感じながら、観ている人に暖かさを感じさせるのに違いない。
記憶に残る作品だった。
<プロダクションノート&ストーリー>
12歳の少年イングマル(アントン・グランセリウス)は58年の出来事をひとり夏の
あずま屋で星に話しかけている……。人工衛星に乗せられて地球最初の宇宙旅行生物に
なったライカ犬の運命を思えば、兄エリク(マンフレド・セルナル)にいじめられても、
彼の不器用なドジをママ(アンキ・リデン)が嘆き悲しんでも、南洋の海からパパが帰って
こなくても、ちっとも不幸な事ではない。
しかし夏になりママの病状が悪化して、兄さんは祖母の、イングマルはグンネル
叔父さん(トーマス・フォン・ブレム)のところで暮らすことになった。彼は愛犬シッカンが
心配だが犬の保育所が預かってくれるらしい。
大きなガラス工場のある小さな村スモールランドのオーフェルシュ村。イングマルはここで、
都会では出会えないような人たちばかり目にし、中でも村のガキ大将サガ(メリンダ・
キンナマン)の存在は彼の心に爽やかに焼きついた。そして、サガは少年じゃない事実は、
イングマルの心をさらに揺すぶった。
秋になり、兄さんとともに久しぶりに会ったママは元気こそなかったが、今までになく
優しかった。しかしそれは、イングマルがママと話した最後になってしまう。
冬になってギリシャ人移民が間借りし、家は狭くなった。イングマルは叔父さんに引っ越しを
頼まれ、シッカンと一緒なら、と同意する。しかし、ふとしたことからサガに、あの犬は死んだ、
と言われショックをうけた彼は、叔父さんのあずま屋に立てこもる。真実を言って聞かせる
叔父さん、激しく泣きじゃくるイングマル。
夏、スウェーデンの名ボクシング選手ヨハンソンが不敗のチャンピオン、パターソンを破る
番狂わせに人々が熱狂する中、少年イングマルは少女となったサガとすやすやと眠っ
ている……。」(Movie Walker)
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