ラスト・ショー The Last Picture Show

●「ラスト・ショー The Last Picture Show」
1971 アメリカ Columbia Pictures Corporation,A BBS Production. 118min.
監督・(共同)脚本:ピーター・ボグダノヴィッチ
出演:ティモシー・ボトムズ、ジェフ・ブリッジス、ベン・ジョンソン、エレン・バーンステイン、
   クロリス・リーチマン他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
IMDbでは★8.1,Rotten Tomatoesでは、批評家からの支持100%、オスカーではベン・ジョンソンが助演
男優賞、クロリス・リーチマンが助演女優賞を獲得している。そして我が国では1972年キネ旬外国映画ベスト1と
いう輝かしい高評価の作品。

だが、個人的には、いい映画であるな、とは認めつつも、この暗さ、閉塞感は堪らなく胸ふたぐものであった。
観終えて残る心の「澱」をどうしてくれよう、と爽快感の残らない鑑賞後感。この時期の底辺で苦悩する若者の
決して幸せな未来が約束されているわけではない世界観は、「アメリカン・ニューシネマ」の残照に映る。
「性・セックス」を、ストーリーのコアに据えて、そこから放射線状に広がる、数組の男女の物語を、テキサスの
片田舎、底辺に生きる若者たちの、青春の懊悩を捉えて見事であるが、この雰囲気って、アメリカに実際生活した
ことのない人、この時代をリアルに生きて来た人以外には真には分かりづらいのではないかな、と思う。
この後に観る「フィラデルフィア物語」でもそういう感じを受けたわけだが。

感情をモノトーンの映像の中に更に押し込めて鬱屈した気分を増幅させ、かつ、分かりやすい男女の
組み合わせと、それぞれの間にある問題。処女性であったり、不倫であったり、この時期の若いやつの頭の
中の90%はセックスで占められていることはよく分かるのでそのあたりの描写とそれぞれの役者の演技は
見事。更にオスカーを獲得した俳優らが演じた大人のありようも、かつては自分もそうであったことから
「この街」では抜け出ることの出来ないある種の「諦観」を表現していてこれも分かりやすかった。

そう、全体に話はいいだ。しかし、この暗さはどうだ。頭の弱い仲間がトラックに轢かれ死んでいるのに
自分は悪くないという大人。状況は好転しない。若者たちのたまり場であり社交場であった映画館が閉鎖される。
街が更に廃れていく。ラストは親友同士が和解し、それぞれの道を歩むことになる姿で終わるのだが、彼らの
未来に明るさがあるとは到底思えない。それは映画「卒業」の、あの教会から逃げたベンとエレーンのバスの
中の雰囲気にも通底するものを感じたのだった。

いい話なのに暗くてやりきれない。この手の映画は観ている時間が長く感じてしまう。
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<ストーリー:結末まで書かれています>
テキサスのある小さな町を舞台に、多感な青春の夢とその終わりを主題として、アメリカという国の失われた夢の終わりを
も描き出す。音楽は1951年から52年にかけて流行したハンク・ウィリアムス、エディ・アーノルドなどのヒット曲を
30枚のレコードから選出した。

1951年、テキサスの小さな町アナリーンのたったひとつの映画館では「花嫁の父」を上映していた。高校生のソニー
(ティモシー・ボトムズ)と親友デュアン(ジェフ・ブリッジス)にとって、ロイヤル映画館は唯一のデートの場所
だった。ソニーはガールフレンドのシャーリーンとつきあい始めて1年目を迎えたが、最後のところで逃げてしまう
彼女に不満を持っていた。デュアンとジェイシー(シビル・シェパード)も恋人同士だったが、町一番の美人といわれる
ジェイシーにとってデュアンはどこか物足りない相手だった。

ある日、フットボールのコーチに、彼の妻ルース(クロリス・リーチマン)を、病院まで送り迎えするように頼まれた
ソニーは、ルースの心の優しさに惹かれた。そしてクリスマス・パーティーで初めて口づけを交わしてしまう。
ジェイシーもまたデュアンと共にパーティーにでかけてきたが、友だちが〈素っ裸の水泳パーティー〉を楽しんでいると
聞いて、デュアンを放り出し、その方に行ってしまう。その頃、ソニーもルースとベッドを共にしていた。夫に無視され
続けてきたルースは、少女のように恋に燃えていた。

一方、ソニーは父親以上に尊敬しているサム(ベン・ションソン)と、弟のように可愛がっているビリー(サム・
ボトムズ)と一緒に湖畔で釣りを楽しみながら、サムの昔話に耳を傾けていた。
サムはこの小さな町で映画館とビリヤード場とスナックを経営する中年男だった。失われたアメリカの開拓時代の夢の
名残りを思わせるこの男に、ソニーばかりか、町中の男の子が憧れていた。サムは、少年たちの夢のヒーロー、
カウボーイだったのだから……。
サムはソニーに、昔、彼が経験した悲しい恋の物語と、移り変わっていく自分たちの町の話を聞かせたのだった。
それから数日後、小型トラックでメキシコまででかけたソニーとデュアンが町に帰ってきたとき、サムの死が知らされた。
ソニーとデュアンの友情に亀裂が生じたのは、それからしばらくしてだった。デュアンは、処女を捧げるという
ジェイシーと結ばれたが、彼女はそのことによって徹底的にデュアンを嫌いになってしまい、更にその上、ソニーと
ジェイシーがお互いに好意を持ち始めてしまったのだ。ソニーとデュアンはなぐり合いをして、血だらけになった
ソニーは入院した。傷のいえたソニーはジェイシーから求婚され、かけおちしようとハイウェイをとばしたが、
パトカーに捕まってしまい、ジェイシーの気が変わってしまった。

ソニーは彼女の求婚が気まぐれにすぎなかったことを知った。2人を引き取りにきたジェイシーの母ルイス(エレン・
バースティン)と言葉を交すうちに、ソニーは、彼女と亡きサムの若き日の愛の世界を垣間見るのだった。
デュアンは町を出る決心をした。朝鮮戦争へ出征するという彼とソニーは一緒にロイヤル劇場の閉館上映を見にでかけた。
デュアンをバス停留所で見送ったソニーがビリヤード場に戻ったとき、ビリーが路上でひき殺されていた。悲しみに
くれたソニーが行き着いたのはルースの所だった。彼女は自分を棄てたソニーに向かって怒りを投げつけたが、その怒りの
声はいつしか泣き声に変わり、彼女の手は静かにソニーの手の上に置かれていた。
1952年ロイヤル劇場が閉館の夜に上映したのは「赤い河」だった……。(Movie Walker)

<IMDb=★8.2>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:100% Audience Score:90%>



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by jazzyoba0083 | 2017-12-13 23:10 | 洋画=ら~わ行 | Trackback | Comments(0)