シェイプ・オブ・ウォーター The Shape of Water(2回目)

⚫「シェイプ・オブ・ウォーター The Shape of Water (2回目)」
2017 アメリカ Fox Searchlight Pictures. 124min.
監督・原案・(共同)製作・脚本:ギレルモ・デル・トロ
出演:サリー・ホーキンス、マイケル・シャノン、リチャード・ジェンキンス、オクタヴィア・スペンサー他 
e0040938_17572392.jpeg
            <2018年度アカデミー賞作品賞・監督賞・作曲賞・美術賞・受賞作品>

<評価:★★★★★★★★★☆>
<感想>
オスカー受賞の前に一回鑑賞し、その感想はアップしたが、私が推していた「スリー・ビルボード」を
破って、演者を除く主要部門を独占した結果を受けて、再度シネコンに足を運んだ。二度目で初めて見えて
くることも多い。素直な感想として、一回目よりは遥かに面白かったし、感動もした。中身が良くわかったから
だろう。(初見の時の感想は下にリンクを貼っておきます)

まず、色彩にスポットを当てたい。巻頭やエンドロールに使われている緑と青の中間のような色彩が全編を
覆う。主人公イライザ(サリー・ホーキンス)ら掃除婦が着る制服ばかりではなく、彼女の家の中、更には
警備主任のストリックランド(マイケル・シャノン)が購入する新車のキャデラックの色、そして何より、
半魚人の色も。そうした色の統一感が物語に一貫性を与える助力となっている。町中のネオンサインにも
工夫が凝らされ、一方前半でイライザがその店先に腰を下ろすテレビ受像機販売店のテレビ。映し出される
右側はモノクロ、そこに映っているのはきな臭い映像ばかり、そんなアイデアも唸らされるところだった。
そうした意味でプロダクションデザイン部門でのオスカー受賞も頷ける。1962年の時代の雰囲気を出すための
大道具、小道具、持道具まできめが細かく鑑賞者の満足度を上げている。

そして音楽。思わずサウンドトラックが欲しくなるような作品群。名匠アレクサンドル・デスプラの手による
オリジナル主題曲は勿論のこと、作中で使われるジャズやラテン、シャンソンなどの名曲の数々は、その
セレクトが誠に作品のシーン毎にマッチしていて、とてもモンスターを取り上げた映画の音楽とは思えない
構成となっている。(ということはこの映画を監督の思惑を引っ張る大きな役目を果たしているということだ)
オリジナルメインテーマと並んで白眉なのはルネ・フレミングが唄う大スタンダード『You'll Never Know』
だろう。歌詞がまた作品にピッタリとフィットしている。儚くも愛おしい愛の物語に相応しい歌と歌唱である。

そうした2つの長所を踏まえて堪能した二度目だが、監督の想いを乗せたファンタジーであるので、ある点から
向こうはナレーター(向かいに住むイラストレーターのオヤジ、シャイルズ(リチャード・ジェンキンス))が
物語る以上に鑑賞者が想像を膨らませられる楽しさもある。

監督は、アンデルセンの人魚姫から主人公のキャラクターを発想したのでは?と言われるが、なるほど、イライザが
お風呂に入るときに2回見せるヒレを動かしパシャパシャするように見えるシーンは、アンデルセン版では歩ける
ようになる代わりに声を失った人魚姫と重なる光景と捉えられる。さらに、彼女に両首筋に残る三筋の赤い傷の
ようなもの。これはラストに分かるが、エラになるものだ。故に、イライザは本人も作中で語るように「会うべく
して逢った運命」であった人魚の化身とも捉える事もできる。ゆで卵を茹でる湯のアップなどの各所に登場する
「水」の存在も欠かせない。

さらに重要なのは、ファンタジーではあるが、セックスを排除していない、ということである。綺麗綺麗の
おとぎ話ではなく、大人の恋愛としての位置づけを与える役目をしている。モンスターを逃し、家に匿った
イライザは、モンスターとセックスをする。それを映画は隠さない。が、口がきけないので手話で親友の
ゼルダ(オクタヴィア・スペンサー)に伝える。微笑ましくもリアリティに富むシーンであり、決して不潔だ
とかの印象派無い。むしろ純粋な愛情の発露として極めて自然に受け入れられる。それはストリックランドが
妻とする半ばレイプのようなセックスの極北にある愛情表現といえよう。

内容の主旨については、すでにあちらこちらで書かれているし、監督自身も、「現代において人間は性別、
国籍、宗教、皮膚の色などで分断されている。この物語はそれらを究極の形で乗り越えたものだ」と語る。
話せない同士のモンスターとイライザが心を通わす一方、英語で会話しているにもかかわらず、ストリックランドら
はコミュニケートに苦労する。それもまた、心を失い実証主義に走りすぎた人間への警告にほかならない。

それらの主張は極めて分かりやすく提示されている。それは1962年という時代設定が大いに生きている。
たとえばイラストレーター、ジャイルズが通う「パイが絶品」という店の店長が、黒人を差別したり、ジャイルズと
話している時に彼が思わず店長の腕に手を添えると、何を勘違いしたか、「ここは健全な店だ、出て行け」と
急に怒り出す。そうした時代背景が、LGBTなどヘテロなものへの非寛容性を浮き彫りにする役目を果たしている。

初回のときも書いたが、マイケル・シャノンの存在は圧倒的である。ヘテロを憎む存在を一手に受け持ち
ラストはカタルシスも引き受けるのだ。彼を初めて知ったのはTVシリーズ「ボードウォーク・エンパイア」での
ストイックかつ異常性癖を持つFBI捜査官としてであった。それ以来、個性的な俳優として注目してきたの
だが、最近はオスカーの助演男優賞にノミネートされるようなポジションを任されるようなところまで来て
いる。個人的にはこの人が出てくると映画が締まる感じがする。

本作は、映画の持つ様々な長所・役割が全部高次元で融合された完成度の極めて高い作品だ。これが作品賞、
監督賞を獲ったのも頷ける二回目の鑑賞であった。いずれBlue-rayやWOWOWでも放送するだろう。が、
本作は、暗い大画面の映画館で観てこそ、という見どころがあることも指摘しておきたい。





トラックバックURL : https://jazzyoba.exblog.jp/tb/27139401
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
by jazzyoba0083 | 2018-03-15 12:25 | 洋画=さ行 | Trackback | Comments(0)