ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男 Darkest Hour

⚫「ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男 Darkest Hour」
2017 イギリス Perfect World Pictures,Working Title Films. 125min.
監督:ジョー・ライト
出演:ゲイリー・オールドマン、クリスティン・スコット・トーマス、リリー・ジェームズ、
   ロナルド・ピックアップ、スティーブン・ディレイン、ベン・メンデルソーン他
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<評価:★★★★★★★★★☆>
<感想>
議会制民主主義の発祥の地、イギリスらしさが横溢した作品。重い内容だが、チャーチルの妻役の
クリスティン・スコット・トーマスや、専属タイピスト役のリリー・ジェームズという二人の女性の存在が
アクセントになり(飾りという意味ではなく)単調になりがちなセリフ劇を重層的に見せていた。

個人的にノーランの「ダンケルク」を観て、原作本も読み、タイミングよく、NHKBSで「鷹とライオン」と
いうチャーチルとヒトラーを対比したドキュメンタリーを放映してくれていたので、当時の構図も含めよく理解
できたし、それゆえに映画のできの良さもひしひしと伝わってきた。最後の地下鉄のシーンでは不覚にも
目頭が熱くなった。

そしてこの映画を観ながら、同じ時期の天皇と東條らと日本国民との相違についても考えていた。チャーチルを
首相に指名したのは、「英国王のスピーチ」で知られ、現エリザベス女王の父君であるジョージ6世だ。
彼は、ヒトラー率いるナチスドイツが、猛烈な勢いで勢力を拡大する中、イギリスに講和を持ちかけるのだが、
当初は時の首相チェンバレンらと共にドイツ宥和政策を支持していた。

しかし議員や国民の意思は、別の所にあると確信し、1940年に67歳という高齢で、第一次世界大戦ではガリポリで
大敗北の原因を作ったチャーチルを首相に指名、その後、この二人は英国近代史の中で最も個人的な友情と信頼で
結ばれた国王と首相と評されるほどの中となった。国王が自らの後ろ盾を与えたジョージ6世は、チャーチルに対し、
国民の声を聴け、と忠告する。
そこでチャーチルは初めて地下鉄に乗り、市民にナチスと講和条約をやめようと思うがどうか、と聞いて回る。
辛いこともある、覚悟も決め無くてはならない、それでも私はドイツを戦おうと思う。バッキンガム宮殿や
ウィンザー城、国会議事堂にナチスの鉤十字がはためくのは嫌だ。ファシズムの傀儡政権が出来るのは見たくない、
こう思うがどうか?と。
乗客の誰からも一斉に「NO!」という返事が返ってきた。国民は自分が心配するより覚悟を決めていることに
自信を持ったチャーチルは、まず閣外大臣らを呼んで、講和条約交渉(仲介役はムッソリーニ!)は止める。
ドイツと戦う、と宣言。次に下院で同様の演説をぶつ。ここに、英国の覚悟は固まったのだ。

映画はそこで終わる。同時に進行していたダンケルクの大撤退は成功に終わったが、チャーチルの5年間、
英国はロンドンの空襲、V1ミサイル攻撃、など苦労を味わうことになる。しかし、映画には描かれないが
ジョージ6世が娘エリザベス(現女王)を連れて訪米した折に結んだルーズベルト大統領との友情がその後の
ノルマンディー作戦に象徴されるように欧州におけるアメリカ軍の(連合軍の)大支援を得ることが出来たの
のも、英国にとって幸せだった。もしも、イギリスがナチスとの講和条約を結び、イギリスにナチスの傀儡政権が
出来たとしたら、あの世界大戦はまた別の様相を示していたのだろう。ここでのチャーチルの決断は歴史的な
ものだったのだ。

史実を知っているとこの映画の面白さの広がり方は大きいので、是非このあたりの時期の英国史を事前におさらい
してから観ることをお勧めしたい。Wikipediaでジョージ6世とチャーチルを読んでいくだけでもいい。

さて、映画の本論に戻ろう。作品はチェンバレン首相時代の失敗続きで自信を失っているもう歳も歳である
チャーチルを描くところから始める。作品中、チャーチルは常に怒鳴っている。その大声を受け止めつつ
心ひそかにチャーチルを応援するタイピスト、エリザベス。そして愚痴を優しく聞いてくれる妻クレメンティーン。
登場人物が少なく、セリフが多く、戦闘シーンの無い、まるで舞台劇のような進行だが、こうしたメリハリを
つけつつ、オールドマンが演じるチャーチルの苦悩が分かりやすく提示されていく。特にジョージ6世に首相に
指名されてから、ラストまではセリフ劇なのに、空襲があるわけでも戦闘シーンがあるわけでもないが一気呵成に
見せていく。そのあたりに監督の力量を見る思いだ。
最後になってしまったが、オスカーを受賞した我が辻一弘氏の特殊メイクは、メイクと感じさせない見事な仕上
がりであった。そしてゲイリー・オールドマンの主演男優賞受賞納得の演技である。

日本人としては同じ大戦で、国民に対し焦土作戦を呼びかけた軍部がなぜ国民の理解を得られなかったか、また
天皇の理解を得られなかったか、ということを考えた。メンタリティとしては似ているところがあるからだ。
だが、英国との決定的な違いは、民主主義が根付いた長い歴史を持つ国と、国王と政治家の距離感と立ち位置が
当時同じ植民地を持つ国として日本と英国は決定的に違っていたのではないか、と感じた。そして政治家は
国民に対して嘘をつかないことだ。中東情勢を思えば20世紀初頭からイギリスがやってきたことは褒められない
ことは多いのだが、チャーチルという人物がいた英国、ヒトラーの出現を許したドイツ、軍部の独走を許した
日本、やがてド・ゴールの登場となるフランス、先の大戦にはたくさん学ぶべき点は多い。こうした映画が
今さかんに作られるのは、それだけ世の中が「非寛容」「差別」的に回帰しているからで、映画界からの警告と
受け止めるのが正解。スピルバーグが「ペンタゴンペーパー」を前倒しして作った覚悟からも見えるのだ。
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<ストーリー>
ゲイリー・オールドマンが第二次世界大戦時に英国首相に就任し、ヒトラーの脅威に敢然と立ち向かった
ウィンストン・チェーチルを演じてアカデミー賞主演男優賞に輝いた感動の伝記ドラマ。
また、そのゲイリー・オールドマンを驚異の技術でチャーチルへと変身させた特殊メーキャップ・アーティスト
辻一弘も、みごとアカデミー賞メイクアップ&ヘアスタイリング賞を受賞し話題に。

英国がヒトラーに屈する寸前での首相就任からダンケルクの戦いまでの知られざる27日間に焦点を当て、
ヨーロッパのみならず世界の命運を左右する決断が下されるまでの葛藤とその型破りな人物像を描き出す。
共演はクリスティン・スコット・トーマス、リリー・ジェームズ、ベン・メンデルソーン。
監督は「プライドと偏見」「つぐない」のジョー・ライト。

 1940年5月、第二次世界大戦初期。独裁者ヒトラー率いるナチス・ドイツの前にフランスは陥落寸前で、
英国にも侵略の脅威が迫る中、新首相に就任した前海軍大臣のウィンストン・チャーチル。国民には人気が
あったものの、度重なる失策で党内はもちろん国王からも信頼を得られず、弱音を吐く彼を妻のクレメンティーン
は優しく叱咤する。
就任直後の演説では勝利を目指して徹底抗戦を誓うも、戦況は悪化の一途を辿っていく。そしてドイツ軍に
追い込まれた英国軍が、ついにフランス・ダンケルクの海岸で絶体絶命の状況を迎える。英国への上陸も
いよいよ現実の脅威となる中、犠牲を回避すべくドイツとの和平交渉を主張する外相ハリファックスの必死の
説得を受けるチャーチルだったが…。(allcinema)

<IMDb=★7.4>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:85% Audience Score:82% >






by jazzyoba0083 | 2018-03-31 13:10 | 洋画=あ行 | Trackback | Comments(0)