大砂塵 Johnny Guitar

●「大砂塵 Johnny Guitar」
1954 アメリカ Repubulic Pictures Co. 109min.
監督:ニコラス・レイ 主題歌:"Johnny Guitar" sung by Peggy Lee
出演:スターリング・ヘイドン、ジョーン・クロフォード、スコット・ブラディ、アーネスト・ボーグナイン
   デニス・ホッパー、ジョン・キャラダイン他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆+α>
<感想>
先日、NHKBSで連日放映されていた西部劇から、「シェーン」のブログでも書いたように、このジャンル
食わず嫌いじゃなかったのか、と思い鑑賞に挑んでみた。

「シェーン」も私には不思議な映画だったが、本作は更に不思議なテイストを持った西部劇だ。西部劇と言うと
おおよそ、ガンファイトを主軸とする、あるいは先住民との戦いを描くヒーローや男気の作品という個人的な
イメージだったが、一言で西部劇、と言ってもいろんな作品があるのだなあ、と感じた。まあ、モンローの
「帰らざる河」なんかも(これはモンローファンという事で鑑賞済み)そうだが、日本で言えば「まげもの、
時代劇」と言ってもその幅はたいそう広いわけだから、これは私として、不覚にも完全に捉え方を間違えていたと
懺悔せざるを得ない。この歳になって恥ずかしい限りであるが。

閑話休題。で、本作である。先日「ミルドレッド・ピアース」を観て、その存在感を確認したジョーン・
クロフォードのほぼ10年後の姿を拝むことが出来るとはその偶然にびっくり。相変わらず、決して美人では
ないが、独特の存在感を漂わせ、ここでも強い女(の中にも女性らしい乙女心を内包している)を演じる。
この映画で、彼女と同等に存在感があるのが、流れ者ダンシング・キッドを巡っての恋敵エマを演じる
マーセデス・マッケンブリッジである。(1949年の「オール・ザ・キングスメン」でオスカー助演女優賞を受賞
している演技派ではあるが)彼女の憎たらしさと言ったら、観ている画面に向かって「こいつだけは簡単に
殺さないでくれよな」とお願いしたくなるくらい、憎々しさ溢れる演技である。

ジョニー・ギターが、かつての恋人ヴィエンナ(クロフォード)の前に5年ぶりに現れた。今や腰に銃はなく
ギターを片手にシンガー?としてヴィエンナの経営する賭博場で雇ってもらおうというのだ。最初ジョニーに
ツレナいそぶりのヴィエンナだったが、焼けぼっくいに火がつくように、ジョニーに対する恋心に再び
火がつく。ジョニーが去ったあと、一時ヴィエンナは荒くれ者ダンシング・キッドと付き合っていた頃もあった
ようだが、そのキッドを町の有力者の娘?エマも好いていた、この2人の恋心がこの映画の全てといっていい
だろう。ヴィエンナは町に鉄道が来て人が来れば賑やかになるし雇用も増えるだろう、とする一方、エマは
あくまでも牧場を守り、よそ者が流れてくるのはごめんだった。そんな考え方が2人のベースにある。
しかし、分からないのはそのキッドはエマの父親の乗った駅馬車を襲って、父親を殺しているんだよね。
つまり、父を殺し、キッドもヴィエンナに盗られたエマの地獄の炎のごとくの嫉妬と復讐心!凄い!
父は殺したけど、恋人を奪った女に対する嫉妬の怨念は父の死を超えるという物凄さ!

銀行を襲ったダンシング・キッド一味を追いかけて来たエマと町の男たち。エマは恋敵ヴィエンナ(クロフォード)
がキッドの手引きをしたと勝手に決め込み、全員捉えて皆殺しにするつもりだった訳だ。
途中で、一味の若い奴とヴィエンナはエマ一派に捕らえられ若い奴は縛り首にされ、ヴィエンナも首にロープが
巻かれたところで、ヴィエンナの乗った馬にムチを食らわすのをためらう男たち。そこにジョニー・ギターこと
ジョニー・ローガンが現れ、ヴィエンナを救い、キッド一味の隠れ家に転がり込む。

面白いのは、エマが眼尻をけっしてヴィエンナを追い詰めるラストシークエンスで、エマと一緒にキッドらを
追いかけてきた男たちが「これは女の戦いだもんね」と、戦いから手を引いちゃうんだよね。なんだよ、こいつら。
初めからイヤイヤだったんだろう。縛り首になった若い奴こそ悲劇だ。
結局エマの放った銃弾はキッドの額を貫き、ヴィエンナの腕を傷つけた。しかし負けていないヴィエンナの
弾丸はエマを屠ったのだった。そしてジョニーとヴィエンナの苦いハッピーエンドとなる。
結局、名うての銃の名手らしいジョニー・ローガンは何をしていたのかな??ww 

聞けば、この時期はハリウッドに赤狩り旋風が吹き荒れていて、それが作品に反映されているという見解もある。
タイトルは「ギター弾きのジョニー」だけど、主人公はヴィエンナに他ならない。西部の女としての恋と意地の
ストーリーなのだ。もちろんペギー・リーの唄う「ジャニー・ギター」は美しいけど、その寂しい旋律は
ヴィエンナの心を表していると言って構わないだろう。それにしても不思議な西部劇だった。
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<ストーリー>
鉄道敷設が進行していた1890年代の西部。かつてはやくざだったが、思うところあって足をあらい、ギターを
弾いて生計を立てる男ジョニー・ギター(スターリング・ヘイドン)が、アリゾナの山奥のある賭博場へやって
来た。店の女主人ヴィエンナ(ジョーン・クローフォード)は金銭に執着する意志的な女性。ジョニーが着いた夜、
昼間起こった駅馬車襲撃の容疑者キッド逮捕に協力せよと、殺された男の娘エマや保安官たちが来た。

しかしヴィエンナはこれを拒絶し、折から現れたキッドとジョニーのギターで踊りはじめた。憤慨した保安官は
3人に24時間以内に退去を命じた。翌日キッド一味は銀行を襲ったが、エマはこの事件にヴィエンナとジョニーも
関係しているといいふらした。その夜、エマは自警団を組織してヴィエンナを追い、保安官以下双方に死者が出た。
自警団はヴィエンナの店に火をつけ、ヴィエンナは危いところをジョニーに救われてキッド一味の隠れ家に逃れた。

そして追って来たエマとヴィエンナの一騎打は一瞬早くヴィエンナの勝となった。退去猶予の24時間がきれようと
するころ、新生活を求めて谷を去るヴィエンナとジョニーの姿が見られた。(Movie Walker)
※ヴィエンナの賭博場に火を放ったのはエマ。

<IMDb=★7.7>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:95% Audience Score:85%>



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by jazzyoba0083 | 2018-04-14 23:10 | 洋画=た行 | Trackback | Comments(0)