海よりもまだ深く

●「海よりもまだ深く」
2016 日本 フジテレビジョン、バンダイビジュアル、AOI Pro、ギャガ 117分
監督・原案・脚本・編集:是枝裕和
出演:阿部寛、真木よう子、小林聡美、リリー・フランキー、池松壮亮、吉澤太陽、小澤征悦、高橋和也、
   橋爪功、樹木希林他
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<評価:★★★★★★★★☆☆+α>
<感想>
是枝監督作品鑑賞シリーズ、第5作目。是枝組の俳優さんたち、固定している人が多数いるので、
(黒澤、小津などなどもそうなんではあるけど)、続けてみて後から感想を書こうと思うと、誰がなんの
役だったかな、と分からなくなることがある。連続もよし悪しだな、といささか反省。
本作、「キネ旬」2016年度ベストテン11位。「映画芸術」ベストもワーストも10位内にはランクされず。

コミカル度が強いほうに属する作品であるが、描いている世界は毎度の是枝ワールドだな、と分かるように
なってきた。描かれる世界は毎回異なれど、監督の主張の根っこというものは変わらないんだなあと。

本作の主人公良多(阿部寛)は15年前に文学賞を獲ったものの、その後は鳴かず飛ばずで、妻響子
(真木よう子)とは離婚し一人息子真悟(吉澤太陽)とはひと月に1回会えるという生活。
で、執筆のリサーチと称して探偵事務所(所長リリー・フランキー、後輩池松壮亮)で、素行調査など
しつつ調査費をちょろまかしては競輪に精を出すという、自堕落な生活を送っている。団地に一人暮らしの
母淑子(樹木希林)の年金や貯金に手を出すというダメ男に成り下がっている。淑子の夫、良多の父は
最近亡くなったらしい。

真悟から響子が新しい男(小澤征悦)と付き合ってることを聞き、響子とその男が真悟の野球の試合を
応援している様子を探偵さながらに望遠鏡で覗いたりして未練はたらたら。気が気ではない。

そんな折、月イチ面会の日に台風が来て、響子と真悟が良多のいた淑子の団地に泊まっていくことに
なったのだ・・・。

いつもどおり、物語はいつ始まるのか?と思わせるようなスネークインのストーリー。冒頭は団地の部屋
での淑子の娘千奈津(小林聡美)と淑子との会話。千奈津は淑子の宛名書きバイトの手伝いをしている。
どこにもあるような、スキあらば母親が作るおかずを持って帰るような嫁に行った娘との会話だ。
殆どコントのような会話だ。そこからもう是枝ワールドは始まっている。
良多も淑子の年金や遺産を狙ってタンスをかきますようなことをしている。

是枝監督は「海街Diary」の春編と夏編の間に、本作を撮ったのだそうだが、キャストがまた上手く空いて
いたものだ。まあキャストはみんな是枝組なので、一旦走り出せば「あ・うん」の呼吸でプロダクションは
早いのだろう。団地で暮らしていた父母、父が死んで母が一人暮らしになったと、というのは監督の実体験だ
そうだ。

監督はインタビューにこう答えている・・・
「『海街diary』が終わったらもう一度、小さな話に戻してみようかな。自分の原点というかさ、立ち位置を
確認してみようかってね。いずれ社会派の大きなもの(恐らく「三度目の殺人」=筆者補記)をやってみたいと
思っているんだけど、このまま大きなものへストレートに行くよりは、今一度ここへ立ち帰っていくのは必要な
作業だなと思ったんです。そう思って書き始めたら、第1稿が思いのほか早く書けちゃった。書けちゃったら、
撮りたくなっちゃった。それで、プロデューサーに見せたら、『これならすぐに撮れるかもしれませんね』って。
阿部さんのスケジュールも確認取れたので、2班同時に走らせるのは勇気がいったんだけど、『海街』も本格化
していなかったから『これなら出来そうだな』と判断しました」。(映画.COMより転載 太字筆者)

監督がまず書いたのは「みんながなりたい大人になれるわけではない」という一言。
この映画に登場する人物は「なんでこんなことになっちゃったのか」という立場で、セリフもそのもの
ズバリを吐くシーンも有る。良多が雇われる素行調査をされるマダムも「私の人生、どこでどうまちがっちゃっ
たのかねえ」と長嘆息してみせて、一方で夫の浮気が分かると「これも含めて私の人生よ」と、さっさと去って
いく。
こうした、何気ないセリフの中に、観ている人に鋭く刺さる言葉が出てくる是枝ワールドはここでも健在だ。
樹木希林の「なんで男って今を愛せないのかねえ」「海より深く人を好きになったことなんてないから生きて
いける」などという、ちょっと作品的には「度の強い」セリフも、すっぽりとハマってしまうのだ。

それと是枝シリーズの要である、「家族」の肖像がしっかりと描かれていく。登場人物たちは家族の絆を
確認しつつも、それぞれの道に「なんでこうなっちゃったのかなあ」と言いながら前を向いていく。
そこには「希望と諦観がないまぜになった、人間を見る易しい是枝監督の目線を感じる」のだ。
「神は細部に宿る」っていうやつも当てはまるな。セリフや何気ない仕草の中に、ってことなんだけど。

印象的なのはタッパの高い阿部寛の居る映像が、駅のそばの立ち食いそば屋、バスの中、狭い団地の部屋
とか風呂場とか、公園のタコすべり台のトンネルの中とか、窮屈なシーンを選んでいるところだ。
まったく冴えない男の狭い世界を狭い映像世界で増幅させてみせる。

また宝くじが台風の風に舞ってしまい、良多と響子と真悟が嵐の中を集めるも、10枚が集まらない。
それを良多は真悟に「やるよ」と差し出す。全部揃っていない当たるか当たらないか分からない
宝くじに、良多一家の今が暗喩されていたような気がした。

是枝作品にしては、割と説明的なセリフの多い作品であったし、観念的な展開の表現の先に何があるのか、
今ひとつ釈然としないところはあった。
しかし、ここを経て監督は「三度目の殺人」「万引き家族」へと、宣言どおり進んでいき、ついにカンヌ
でパルムドールを獲る事になるわけだ。「(本作のような作品は)今回でやり切った感はあるんだよね。
しばらく、こういうホームドラマは離れようかな。もう出てこないよ」(映画.COM)と語っているから
是枝作品、次作はフランスが舞台でカトリーヌ・ドヌーブが出るそうだけど、社会派なのだろう。
本作や「海街」を確固たるジャンピングボードにして、パルムドールへと到達したのだろう。
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<ストーリー>
「そして父になる」「海街diary」の是枝裕和監督が、夢ばかり追い続けて妻子にも愛想を尽かされた甲斐性
なしのダメ男を主人公に贈るコメディ・ドラマ。冴えない人生を送る男が、ひょんなことから年老いた母の家で、
別れた妻子と一晩を過ごす中で織りなすほろ苦くも心沁み入る人間模様をユーモラスなタッチで綴る。
主演は「歩いても 歩いても」「奇跡」「ゴーイング マイ ホーム」に続いて4度目の是枝作品出演となる
阿部寛。共演に真木よう子、小林聡美、樹木希林。

 自称作家の中年男、篠田良多。15年前に新人賞を受賞したものの、その後は鳴かず飛ばず。ギャンブル
好きで、今は“小説のための取材”と称して探偵事務所で働く日々。当然のように妻の響子には愛想を尽か
され、一人息子の真悟を連れて家を出て行かれてしまった。
その真悟との月に1度の面会が何よりの楽しみでありながら、肝心の養育費はまともに払えず、おまけに
響子にも未練タラタラで、彼女に恋人ができたと知り、本気で落ち込んでしまう始末。
そんな甲斐性なしの良多にとって頼みの綱といえるのが母の淑子。夫に先立たれ、団地で気楽なひとり
暮らしをしている彼女の懐を秘かに当てにしていた。
そんなある日、真悟との面会の日を淑子の家で過ごす良多。やがて真悟を迎えに響子もやって来るが、
折からの台風で3人とも足止めを食らう。こうして図らずも一つ屋根の下で、一晩を過ごすハメになる
“元家族”だったが…。(allcinema)

<IMDb=7.4>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:96% Audience Score:80% >
<KINENOTE=一般評価=78.0点>



by jazzyoba0083 | 2018-09-04 22:30 | 邦画・新作 | Trackback | Comments(0)