リチャード・ジュエル Richard Jewell

●「リチャード・ジュエル Richard Jewell」
2019 アメリカ The Malpaso Company,Warner Bros.and more. 131min.
監督:クリント・イーストウッド 脚本:ビリー・レイ
出演:サム・ロックウェル、ポール・ウォルター・ハウザー、キャシー・ベイツ、ジョン・ハム、
   オリヴィア・ワイルド、ニナ・アリアンダ他

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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
1996年のアトランタオリンピックの裏でこんな事件があったことは寡聞にして知らなかった。
冤罪事件としても恐らく有名なんだろうと思う。そういう事実の裏に潜む捜査機関の人権を無視
した犯人でっち上げ構造、私利私欲に駆られたメディアの裏取りをしない暴走をイーストウッドが
告発した形だ。イーストウッドにハズレ無し、と信じて新作は必ず劇場で観ることにしている私と
して、このところドキュメントづいているイーストウッドの新作、少しパワーが無くなっている
かな?と感じていたので心配しつつ初日に劇場に足を運んだ。

映画としてはよく出来ている。ストーリーにぐいぐい引き込んでいく作劇(脚本も)の出来は
流石だとは思う。が、しかし・・・。事実を淡々と積み重ね、余計な感情を排するところから
見えてくる真実を提示し、ケレン味を排していていると見える最近のイーストウッドの傾向を
本作も受けていると見られる。
分かりやすい時系列、人物の配置と事件の構造、それこそ映画のお手本のような「起承転結」。
問題を起こしたFBIとメディアが結果に対してどう責任をとったのか取らなかったのかという
カタルシス不足。これを面白みがないというか、作劇を重ねてきたイーストウッドらしい説得性と
見るか、は意見の分かれるところだろう。

主人公リチャード・ジュエルは、いささか変わった人物であることは確かだった。幼い頃の教育
からか、権力を盲信し、法律の執行者を異常なまでに崇める性格は確かに普通ではないだろう。
が、そんな彼をプロファイリングだけで犯人と決めつけるFBIの「犯人有りき」の姿勢。そこには
五輪テロの犯人は必ず挙げなければならないというプレッシャーもあっただろう。片や己の功名心
から犯人でっち上げにチカラを貸すメディア。新聞が売れればいい、視聴率が上がればいい、と
しか考えていないイエロージャーナリズムの輩も、会社からのまた記者個人の功名心からのプレッ
シャーはあっただろう。

だからといって人権をないがしろにしていいとは絶対に言えないのだ。これは今の日本にも全く
当てはまる事実だろう。イーストウッドは四半世紀ほども前の事件を引っ張り出してきて映画化
したかということを考えて見るべきだ。全世界がリチャード・ジュエルになる危険性は少しも
改善されていないどころか、ネットの跋扈により事態は悪くなっているかもしれないのだ。
その点をイーストウッドはこの映画を作ることで厳しく指摘していると見るのが正解ではないか。
プロデューサーにディカプリオやジョナ・ヒルが入っていることを考えると、物言うハリウッド
の一端が見えてくる。権力とメディアのありかた、そしてそれを見つめる市民のありかたが
問われている。「誰が嘘を言っているのか」。「誰が騙そうとしているのか」。

この映画を観た人は一様に思えるだろう。リチャード・ジュエルを犯人扱いして世間に晒したFBIの
捜査官らとアトランタの地元新聞の女性記者の末期をキチンと描き出していないため、カタルシスが
弱いということを。恐らくイーストウッドは分かっていいてそうしたんだろうと思う。余計な
バイアスを排除しセンチメントな部分を剥いでそこから生まれる事実を提示するにはじゃまだった
からかもしれない。私としては勧善懲悪ではないが、もう少し突っ込んで貰いたかったなと思った。
そこだけが不満だった。あとは全く上手い映画だ。

キャスト陣では弁護士役のサム・ロックウェルが素晴らしい。リチャードの無実を信じて、起訴も
逮捕もされていない(裁判になっていない)ケースで献身的なサポートをする。恐らく金にはなって
いないのだと思う。彼を支える秘書でその後妻となる役のニナ・アリアンダが清涼剤のような役回り
でいい雰囲気を醸し出していた。ジュエル役のポール・ウォルター・ハウザーは「アイ、トーニャ」
でデブの相棒を演じていたので記憶に残っている人もいるだろう。
母親役のキャシー・ベイツも作品の味わいを確実に支える演技だった。
事実だから仕方がないことかもしれないが、主要なキャストに黒人が誰もいないという映画でもあった。

オスカー常連のイーストウッドだが、本作はキャシー・ベイツが助演女優賞にノミネートされたのみ。
あまりにもストレートで過ぎケレン味もなく専門家からみると物足りない映画であったのだろう。
評価も分かれているようだ。だが佳作であることは間違いはない。
一定のレベルにはある映画だと思うが、私が知っているイーストウッドの作品の中ではいささかの
物足りなさを禁じえない作品ではあった。彼は★9以上でなければ・・。しかし今年で90歳になる
イーストウッドの映画にかける情熱、執念は凄まじいと思わざるを得ない。


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<ストーリー>
 「グラン・トリノ」「運び屋」の巨匠クリント・イーストウッド監督が、1996年のアトランタ
五輪で大会期間中に起きた爆弾テロをめぐる実話を映画化したサスペンス・ドラマ。
警備員として多くの命を救ったヒーローから一転、容疑者とされた男リチャード・ジュエルの過酷な
運命を、捜査機関とマスメディアの暴走によって冤罪が生み出されていく恐怖とともに描き出す。
主演は「アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル」のポール・ウォルター・ハウザー、
共演にサム・ロックウェル、キャシー・ベイツ、オリヴィア・ワイルド、ジョン・ハム。

 1996年、オリンピックが開催中のアトランタ。高齢の母と2人暮らしの不器用で実直な男
リチャード・ジュエル。警備員をしていた彼は、多くの人でにぎわうイベント会場で不審なリュックを
発見し、中身の爆発物に気づいたことで大惨事を未然に防いだ。
マスコミはこぞって彼を英雄として報道するも、捜査に当たるFBIは次第に第一発見者のリチャード
に疑いの目を向け始める。その動きを地元メディアが実名で報道したのをきっかけにマスコミ報道は
過熱し、リチャードは全国民から激しいバッシングを受けるようになっていく。
そんな窮地に陥ったリチャードを、息子の無実を信じる母親と弁護士のワトソンだけが懸命に支えて
いくのだったが…。(allcinema)

<IMDB=★7.7>
<Metacritic=69>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:74% Audience Score:96%>
<KINENOTE=80.4点>



Tracked from 象のロケット at 2020-02-04 09:13
タイトル : リチャード・ジュエル
1996年、オリンピック開催中のアメリカ・アトランタで爆破テロ事件が発生。 爆破物を発見し率先して避難誘導した警備員ジュエルは、英雄としてマスコミに取り上げられる。 しかし、FBIに疑われていると実名と写真入りで報道されたことで一転、第一容疑者になってしまった。 ジュエルと彼の無実を信じる母ボビと弁護士ワトソンは、国家権力とメディアそして世論の壁に立ち向かう…。 実話から生まれたクライム・ドラマ。... more
Tracked from ここなつ映画レビュー at 2020-04-28 17:21
タイトル : 「リチャード・ジュエル」
クリント・イーストウッドのことは、俳優としても大ファンである。また、近年の彼が監督をした作品についても、常にヤラレた感満載で心にガツンと残る作品が多かった。つまり私にとってクリント・イーストウッドの出るまたは作る作品は外せないものとなっている。そしていつも、今回こそはヤラレない、と決めつつ鑑賞するのであるが、結構な頻度で色々なものを鷲掴みにされている。そして心の中で、年に一度はこのヤラレた感を味わえることに喜びを感じている。今回も彼はヤってくれた。描いたのは1996年のアトランタ五輪で起こった爆破テ...... more
by jazzyoba0083 | 2020-01-17 12:30 | 洋画=ら~わ行 | Trackback(2) | Comments(0)