張込み

●「張込み」
1958 日本 松竹大船 116分
監督:野村芳太郎  脚本:橋本忍(山田洋次) 音楽:黛敏郎 原作:松本清張「張込み」(「小説新潮」)
出演:大木実、高峰秀子、田村高廣、宮口精二、高千穂ひづる他

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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
このところ、昭和20年代から30年代前半に作られた映画を観ている。CGもVFXもない時代の
プリミティブな映画だが、それ故に、モノクロともなれば、陰影や当時もあったレール移動や
クレーンをどう使って画を作るか、作品の中に当時としてのアップツーデートな話題をどう
取り入れるか、スタッフの映画に対する苦労が直に味わえる上に、当時の風俗や文化が手に
取るように映し出され1952年生まれの私などには登場するクルマも含め興趣は尽きないのだ。

この次の日には同じ野村芳太郎監督の「ゼロの焦点」を観るのだが、その野村組スタッフが
ついには「砂に器」という傑作に到達することになるわけだ。

本作の原作はたかだか30ページの短編だという。これを2時間近くのサスペンスに仕上げ
られたのはやはり橋本忍(と山田洋次)の力量で原作は刑事一人だったのを宮口精二という
得難い相棒を加えたことで、人間臭さが出て、映画に幅と現実感がにじみ出たこと、これを
野村芳太郎がサスペンスフルな演出に仕上げたことが大きいのだろう。

大木実、という人は私は彼が皺深くなった年齢のテレビの人という感じだったので、最初の
二枚目が大木実とは俄には分からなかった。

また野村監督作品の特徴だが、蒸気機関車や車内、駅舎がうまく取り入れているのが特徴で、
本作も、開巻は横浜駅、鹿児島行きの急行に乗り込む二人の刑事(大木、宮口)の姿だった。
彼らはすでに満席で席に座れず、通路に座り込む。次第に降りる人が出て座れるようになるの
だが、最終地点「佐賀駅」に着くまでまる足掛け2日かかる。当時山陽本線には蒸気機関車が
走っていたのだなあ。捜査にはまるで関係ないが、機関車の車輪のアップや車中の刑事と
客のやり取りなどは、その後に続くサスペンスにとって決して無駄な部分ではないと私は感
じた。所謂第七騎兵隊が戦闘現場まで駆けつける道中の馬上の兵士の姿と捕らえておけば
いいのではないだろうか。(東海道本線はEF58という電気機関車が引っ張る)

さて、2人の刑事は何をしに「佐賀」くんだりまで来たのか。それは東京で起きた質屋強盗
殺人犯の共犯石井が拳銃を持ったまま3年前に別れ、今は後妻に収まっている、さだ子
(高峰)に会いに来るだろう、と踏んで張込みをするためだった。

佐賀の当時の街がふんだんに出てくる。佐賀の人は古い佐賀の街が懐かしいのではないだ
ろうか。後妻に入った家の前に、お誂え向き(すぎるw)旅館があり、2人は農機具
メーカーの外交員という触れ込みで二階の部屋を確保する。

そこから日夜、さだ子の動きを監視するのだった。時は真夏。暑い。エアコンはもちろん
扇風機すら無い。二人の刑事は盛んに汗を拭う。昔の人はこれで夜寝ていたのだものなあ。
数日監視するが、さだ子の日常は至って平凡で毎日同じことの繰り返し。張込みは
デッドロックにさしかかっていた。旅館の従業員からは昼間からごろごろしている怪しい
男二人がいると警察に通報される始末。(もちろん佐賀警察がうまくこなすわけだが)

もう東京に帰らなければならない、という日。さだ子がいつも動かない時間に日傘を
さして出かけた。(一度は旦那の代わりに葬式に出たというハズレの伏線あり)後を
追う柚木(大木)刑事。鉄道を乗り継ぎバスに乗り越え、さだ子が着いた先は温泉
だった。河原で楽しげに話す二人。場所を移して切り出しが木の陰で抱擁する二人。

石井にしてみれば、人妻になってしまったさだ子は如何ともし難い。が、さだ子は
すべてを棄てるから二人でやり直そうと言い出すのだった。石井も覚悟を決めたのか
温泉宿に入っていった。
宿で二人を監視していると佐賀県警の応援や下岡刑事も到着。風呂から出てきた石井
を逮捕。拳銃は途中で捨てたという。そして続いて出てきたさだ子に部屋で待ち構えて
いた柚木は、経緯を話し「今からやり直すんだよ」と言って去った。
一人になったさだ子は着替えておそらくいつもの生活に帰っていったのであろうが
果たして柚木の言葉が耳に入ったかどうかは分からない表情だった。

柚木はこれを機会に、肉体関係まであるのに結婚にまで踏み切れない恋人弓子との
結婚を決意した。結婚の幸せとはなにか、男女の幸せとは何か、を彼はこの事件から
様々なことを学んだのであろう。男が女を幸せにするということはどういうことな
のかを、この「張込み」で学んだに違いない。(伏線のシーンあり)

手錠を掛けられた石井と刑事二人は、夜行列車に乗って東京へと戻っていった。
蒸気機関車が出発するロングで映画は終わる。これは柚木とさだ子の新しい出発の
暗喩かもしれない。

俗っぽさと説得さの臭さがしない男女の関係というものが上手いことミックスされ
緊張感も相俟って仕上がり上等なサスペンス映画になったと思う。暑苦しいけど
若き大木実は野村監督のキャスティングに応えて熱演、また相棒の宮口精二の枯れた
存在も大木のカウンター的ポジションが良かった。また旅館の女将浦辺粂子と二人
の従業員の存在も見逃せない。更に、汽車や佐賀の街、温泉街などのロケシーンも
野村タッチが溢れていてよかったと思った。二人の刑事が佐賀署に到着するところ
のクレーンの上移動、2階へのシーンへのワンシーンでの表現など、おっ!と思わ
せる注目のカットも会って楽しめた。
高峰秀子は内側に何かを秘めた女としての色合いは良かったのではないか。
ただ、後半石井が現れてからがバタバタと事件が動くため、特にさだ子の心情が
うまく伝わらない、という難点はあったと感じた。
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<ストーリー>
警視庁捜査第一課の下岡と柚木は、質屋殺しの共犯石井を追って佐賀へ発った。
主犯の自供によると、石井は兇行に使った拳銃を持ってい、三年前上京の時別れた
女さだ子に会いたがっていた。さだ子は今は佐賀の銀行員横川の後妻になっていた。
石井の立寄った形跡はまだなかった。

両刑事はその家の前の木賃宿然とした旅館で張込みを開始した。さだ子はもの静かな
女で、熱烈な恋愛の経験があるとは見えなかった。ただ、二十以上も年の違う夫を
持ち、不幸そうだった。
猛暑の中で昼夜の別なく張込みが続けられた。三日目。四日目。だが石井は現れな
かった。柚木には肉体関係までありながら結婚に踏みきれずにいる弓子という女が
いた。近頃二人の間は曖昧だった。柚木には下岡の妻の口ききで、風呂屋の娘との
条件の良い結婚話が持ち上り、弓子の方には両親の問題があったからだ。

一週間目。柚木が一人で見張っていた時、突然さだ子が裏口から外出した。あちこち
探した末、やっと柚木は温泉場の森の中でさだ子と石井が楽しげに話し合っているの
を発見した。彼が応援を待っていると、二人はいなくなった。
再び探し当てた時、さだ子は石井を難きつしていた。だが彼女は終いには彼に愛を誓い、
彼と行動を共にするといった。しかし下岡刑事が到着し、石井はその温泉宿で逮捕
された。この張込みで、柚木は女の悲しさを知らされ、弓子との結婚を決意した。
「今日からやり直すんだよ」柚木は小声で石井を慰めた。それは自分へ言い聞かせる
言葉でもあった。(キネマ旬報)

<KINENOTE=78.9点>




Commented by mirage at 2023-08-16 11:11
邦画のレビューリストの中に、懐かしい昔の名画があり、私の大好きな作品でもあるので、簡単にコメントしたいと思います。
それにしても、レビューを拝読し、そのあまりの素晴らしさに唸りました。この映画の本質を全て語り尽くされていて、何度も読み返しました。

刑事映画には、夏の暑さがよく似合いますね。
黒澤明監督の「野良犬」の冒頭で、三船敏郎扮する刑事が、バスの中で拳銃を掏られるのは、太陽がギラギラと照り付ける日でしたね。
この野村芳太郎監督の「張込み」でも、暑さが重要なポイントになっているように思います。

警視庁の大木実扮する、柚木刑事と、宮口精二扮する、下岡刑事が、鹿児島行きの夜行列車に横浜駅で飛び乗ります。
三等車は満員で、新聞紙を敷いて、通路に座るしかない。
人いきれと、うだるような暑さが、画面からリアルに伝わってきましたね。

到着した佐賀市でも、この二人の刑事は、汗まみれになりながら、高峰秀子扮する、強盗殺人犯の昔の恋人の張込みを続けるんですね。

高峰秀子が差す日傘。旅館の女将がごちそうするスイカ。これらの小道具が、実に印象的でしたね。
この映画は、ロケ撮影が多い作品で、後半の追跡劇や温泉宿のシーンでも、真夏の光が画面を支配していましたね。

この「張込み」は、松本清張原作、橋本忍脚本、野村芳太郎監督のトリオによる第1作目の作品で、代表作はもちろん「砂の器」ですが、その作品に匹敵する程の出来栄えの作品だと思いますね。

出演者の顔ぶれは地味だし、謎解きや派手な見せ場もありません。
だが、恋人と別れた後、金に細かい年上の銀行員と結婚し、生気を失ったかのような日常を送っていた主婦が、一瞬、命を燃やすように輝くんですね。

高峰秀子が、ほとんどセリフのない演技で、この女性の変貌を見事に見せてくれましたね。

そして、映画が終わった後も、画面の向こう側で、刑事や女たちの暮らしが続いているような、そんな現実感がありましたね。
Commented by jazzyoba0083 at 2023-08-20 11:24
mirageさん

いつもご覧いただきありがとうございます。レビューを褒められたのは初めてかも知れません。(苦笑)やはり名作は名レビューを呼ぶということでしょうか(苦笑)。

野村監督は当時の列車や旅情・風俗を上手く作品の中に取り入れますね。砂の器でも、列車の窓から飛んでいくちぎれた紙が印象的でした。この時期の清張原作野村組の作品は好きなものが多いです。
by jazzyoba0083 | 2020-06-11 23:10 | 邦画・旧作 | Trackback(1) | Comments(2)