影の車

●「影の車」
1970 松竹 98分
監督:野村芳太郎 脚本:橋本忍 撮影:川又昂 音楽:芥川也寸志
出演:加藤剛、岩下志麻、小川真由美、滝田裕介、岩崎加根子、芦田伸介他

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<評価:★★★★★★★☆☆☆+α>
<感想>
昨年から面白がって観ている野村芳太郎×松本清張シリーズ。1970年といえば、映画の
中にシンボルマークが出てきてハッと気がついたが、大阪万博の年だ。私は高校3年生だった。
昭和45年。石油ショックもまだで、世の中万博景気に湧いていたと記憶している。
そんな昭和感たっぷりの映像。当時の東急田園都市線藤が丘駅周辺がまだ大規模開発中で
あった頃。当時の風俗を楽しむも良しの作品だ。私が免許を取ったときの教習所の車だった
セドリックなど旧車もたくさん出てくる。新宿西口の光景も懐かしい。また加藤剛が務める
日本旅行の客との対応の会話に時代が如実に出ていて、これもまた興味深い。

閑話休題。スタッフと加藤剛の組み合わせをみると「砂の器」が思い浮かぶ。原作は未読だが、
描いているものが違うので単純な比較は出来ないが、時代の感性を汲み取れる映画となって
いる一方で、「幼少期のトラウマがもたらす殺意」というものが、子役の存在もありなかなか
難しい演出になってしまったのではないか。野村や川又昂は、過去の映像に工夫を加え、粒子の
粗い映像を苦労して加工して使っていたようだが、それも効果が大きかったかといえば、
う~ん、と唸らざるを得ない。
加藤剛が幼いころ育った環境の中にいた岩下志麻と偶然の再会、そしてお互いの状況の中で
愛欲に溺れていく。岩下の幼い男の子は、加藤剛に懐くようでいて、実は深いところで母を奪う
敵として殺意を秘めている。それは加藤剛自身が幼い頃感じた感覚と同じだから分かるのだ。

幼い加藤剛が養父を水死させる過程は分かるが、岩下志麻の長男が大の大人に斧を持って襲う
状況に対し、過去のトラウマがあったとはいえ、加藤剛の対応が現実離れしすぎているような
感じを受けた。清張の表現したいところを何とか映像化しようとしている野村や川又昂ら
スタッフの頑張りは分かるし、いつ爆ぜるのか、と思わせるスリリングなシークエンスの継続
いうものは感じられるのだが、そこは冗漫と紙一重。岩下志麻や小川真由美の美しさに救われ
ているな、という感じもする。この頃の岩下志麻は本当に綺麗だった。私も密かにファンで
あった。

私としてはこのコンビの作品としては後に製作される、同じ東京郊外を舞台にした「事件」の
方が好きだ。キネ旬7位だから、評論家受けも悪くなかったんだな。因みに1位は山田洋次の
「家族」以下、山本薩夫、黒澤明、吉田喜重、熊井啓、実相寺昭雄、今井正、新藤兼人と
綺羅星の如くの監督が並ぶ。日本の映画がまだまだ良かった時代だ。

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<ストーリー>
浜島幸雄はある日、幼馴染の小磯泰子の呼びかけにふりかえった。この偶然こそ、平凡な男の
生涯を根底からゆさぶる運命の声であった。
浜島は旅行案内所に勤続十二年の係長で妻の啓子は万事に社交好きで陽気である。毎日が会社と
団地の往復、生活も仕事も単調で味気ない浜島は、泰子に会って同じバスに乗っただけで軽い
興奮があった。

二度目に泰子に会った時、すすめられるままに泰子の家を訪ねた。四年前に夫に死なれた泰子は
六歳の健一と二人暮し。保険の集金と勧誘でつつましい生活だ。健一は父親がないためか、
孤独癖のある無口な子供だった。夢多き思春期の共通の追憶に話がはずみ、浜島の泰子への傾斜は
急ピッチであった。

やがて、狭い泰子の家では、健一の眼が浜島には苦手な存在になった。だが、自然の成り行きで
二人は結ばれた。初夜のように白無垢の長襦袢で浜島を迎えた泰子がいじらしかった。
浜島は健一を手なづけようと、心をくだいたが、その都度失敗した。浜島にも幼い日に夫を失った
母と伯父との間に立たされた忘れ得ぬ記憶があったから健一の反感が必要以上に応えた。
そして、健一が自分を殺そうとしている突飛な幻想に悩まされはじめた。一度は妻と別れて泰子と
結婚しようと決心しながら、健一のことを考えるとまた泰子を諦らめようかと思い迷った。

空閨を癒やされた泰子は啓子への後ろめたさも、浜島を見る健一の白い目にも心を向けず、ひたすら
愛欲の歓びに溺れた。紅葉のころ、浜島苦心のドライブ旅行も小さな健一の本能的な男性にはね返され
てしまった。浜島は再び幻影の虜になった。宿命というには、余りにも似かよった浜島自身の幼年期の
体験。あの時のように俺は健一に殺される。泰子は浜島のノイローゼを満ちたりた笑いで一蹴した。

しかし、おそるべき運命の符合は、悪魔のいたずらか、結末が逆になった。浜島が健一の首をしめて
しまったのだ。浜島は六歳の子供である健一が鉈をふりかざして、浜島に迫った殺意を信じている。
たとえ世間のすべての人が否定しようとも、かつて六歳の浜島が自覚した殺意の衝動、憎悪の瞬間を
事実として告白し、一生叫びつづけなければならないのだ。(キネマ旬報)

<KINENOTE=71.2点>
<映画com=3.6/5>




Commented by mirage at 2023-08-16 11:24
私の大好きな日本映画の1本、松竹映画の「影の車」のレビューをされていますので、コメントしたいと思います。

野村芳太郎監督、橋本忍脚本、川又昂撮影、芥川也寸志音楽という、松本清張の映画化の常連のベテランたちが結集して作った「影の車」(原作のタイトルは「潜在光景」)は、清張物の中では、「砂の器」と並んで最高傑作の映画だと思います。

開巻早々、サラリーマンたちがそわそわと退勤し、新興住宅地を走るバスで家路を急ぐシークエンスだけで、映画は昭和45年のムードを見事に描き出します。

昭和45年と言えば、大阪万博の年、戦後の高度経済成長期を虚心に駆け上がって来た人々が、慎ましくも衣食満ち足りて、郊外に新しい家を構え、精神的な踊り場にさしかかったような頃だったと言えると思います。

そして、そんな大多数の中の、普通の市民のひとりであったはずの、旅行案内所でこつこつ働く浜島(加藤剛)が、再会した幼馴染みの泰子(岩下志麻)とほんの出来心で関係を結んでしまうところから、彼の平穏な日常にひびが入ります。

松本清張の小説にしばしば登場する、小心なくせに利己的で、女や賭博に溺れてしまう小市民の男を、加藤剛が絶妙に演じているんですね。
俳優座所属の演技派の加藤剛は、日本のロバート・レッドフォードと言われるように、その端正な容貌から、「砂の器」の劇画チックで悲劇的な二枚目や、TVの「大岡越前」のような生硬なヒーローといった役柄を配されることが多いのですが、実はこういう精神的な脆弱さが表に出たような、"小物の悪人"といった役柄が凄く似合っていると思います。

恐らく、本人もいつにない役柄を面白がって熱演したのだと思いますが、この「影の車」の勤続12年の係長役は、本人があまり気にいらなかったという「砂の器」の天才作曲家役よりも、ずっと加藤剛という俳優の潜在的な才能を引き出していたと思います。⇒ VOL.2へ続く
Commented by jazzyoba0083 at 2023-08-20 11:29
mirageさん

いつもお読み頂きありがとうございます。「影の車」、野村作品の中でも異色な感じのサスペンスで相変わらず乗り物と風俗を上手く取り入れて見ごたえがあります。
このころの俳優は存在感があります。最近の映画はテレビで見た顔ばかりで感情移入しづらいです。
by jazzyoba0083 | 2023-01-31 22:30 | 邦画・旧作 | Trackback | Comments(2)