2007年 01月 08日
硫黄島からの手紙 Letters from Iwo Jima
2006 アメリカ ワーナーブラザーズ、ドリームワークス映画提供
マルパソ・ピクチャーズ&アンビリン・ピクチャーズ製作・作品 141分
監督:クリント・イーストウッド
製作:クリント・イーストウッド、スティーヴン・スピルバーグ、ロバート・ロレンツ
音楽:レニー・ニーハウス
原案・脚本:アイリス・ヤマシタ
出演:渡辺謙、二宮和也、井原剛志、中村獅童、加瀬亮、裕木奈江他

新聞の批評で小林信彦も「全員観るべし」と絶賛していて、アメリカからの
批評も好意的、賛美のそれが殆どだったので、しかも、昨年多数の
イーストウッド作品を観ていて、彼の創る映画の思想がなんとなく判り
かけていたので、期待して映画館へ行ってきました。今年最初の映画館。
シネコンの一番大きいスクリーンで上映。客の入りもかなりいい。
男性が多かったかな。2時間半近く、咳払いやシワブキの少ない映画
でした。そんな重苦しい雰囲気を持った映画でした。
過去「許されざる者」「ミリオンダラー・ベイビー」「パーフェクト・ワールド」
などでも重いテーマを扱ってきたイーストウッド監督だが、この作品には
アメリカ映画には必ずある、窮状にユーモアで切り返すような雰囲気は
微塵も無く、そういう点でも日本映画になり切っていた感がある。
であるから、映画にエンタテインメントの要素をどこかに求めたい人には
絶望しか残らないかもしれない。学習といった要素を求める人には
肩透かしを食らうかもしれない。
自分としても、正直な感想としては「う~ん・・・・。どうなんだろう。」というのが
直後の正直な感想。
だって、戦争の虚しさを表す映画なら「プライベート・ライアン」でも、
「人間の条件」でも、テレビだって「私は貝になりたい」という秀作があった。
なのにイーストウッドは何故にこの映画を創ったのか。
ある投稿に、この映画は「学習」するのではなく、「まず知る」ことに重きが
あったのだ、と書いてあるものがあったが、全くその通りだと後から思った。
身重の妻を残したパン屋に赤紙が・・・、とか憲兵隊の新兵がただ鳴いて
いただけの犬を上官の命令どおりに殺せなかったとか、進歩的な上官と
頑迷で保守的な上官の存在とか、軍紀違反で戦場でないところで殺されそう
になるとか、のエピソードはワリとありがちであったし。
ただ、5日と持たないと云われた硫黄島を36日間死守した栗林中将とか
バロン西こと西竹一中佐の最期とか、知っているようで知らないことが
判ったことが、それもアメリカ人によって知らされたことに価値があるのだな。
開明的な栗林や西とて、36日間も戦闘を続ければそれだけ死者が多く出る
ことは承知だし、「本土の子どもらが1日でも長く安穏な生活ができるのなら
1日の抵抗も意味がある」と部下に訓示する栗林の本音は「この島ごと
海に沈んでしまえ」というの真実だったろう。
60年前の日本で、山の形が変ったといわれるアメリカ軍の物量作戦の前に
なすすべもないことは理解しつつ、軍人としての「一分(いちぶん)」を建前上
まっとうするために、洞窟を掘り抵抗した将軍と、何も判らぬまま絶望的な
戦いに追いやられた兵卒たちがいたこと、手榴弾の自決で、手榴弾1発は
人一人殺すだけの威力しかなかったのか、と知ることはいいことだ。
アメリカ軍にも多数の死者が出たことなどを知ることは、いいことだ。
ジャニーズの二宮が好演しているのもいいことだ。アメリカ映画を通して知る
ことはどうなのか?
中国が日本の立場で日本語の映画を創るとは到底思えないが。あるいは
日本が中国の立場で中国語の映画を創るとも到底思えない。
状況が違うとは云え、それをやってのけたイーストウッドはやはり只者では
ない。
細かいアラを言えば、冒頭の現代の硫黄島のシーンで、調査団のセリフが
どうもアメリカが創った日本語映画っぽい(劇っぽい)。
俳優たちの滑舌が悪く、何言ってるのか判らないところがある。
映画としては硫黄島に焦点を絞ったことが判りやすさと完結性に好結果を
産んでいたと言えよう。ストーリーとしての面白さに欠ける(史実だから
仕方が無いのだが)ので、前半はやや眠い展開。後半の戦闘シーンも
「プライベート・ライアン」を観ている人は、そう驚くまい。
洞窟で次々を自決をしていく日本兵のことは結構あちこちで描かれているし
沖縄戦でも同じようなことがあったはずだ。
ただ、途中で気が散るとか、眠くなるとか、そんな映画ではなかった。
そんなこと知らなかったなあ、日本兵が小銃のことをライフルって言って
いたのか、とか、手紙を書いていたがどうやって運んでいたのか、とか
清水たちを乗せた中型機はどこから飛んできたのか、とか白旗掲げて
投降した日本兵を銃殺してしまうアメリカ兵をよく描いたなあとか
考えているうちにエンディングに来ていた。
そうであった。この映画は「知る」映画であったのだ。
では、日本人は、例えば「沖縄戦」のことをどれだけ知っているのだろうか?
全米批評家協会賞では3位であったそうだ。ゴールデングローブと
アカデミー賞はどうだろう。この映画を字幕で観る多くのアメリカ人がいると
いう。彼らが「知る」こともいいことだ。
尚、この映画の詳しい情報は
こちらまで。
TB、ありがとう!
亀さんも、梯久美子「散るぞ悲しき」を読んで見たので、映画は栗原中将の人間性やその生き様は描ききれていないように感じました。むしろ、その周辺の人物の方がよく描けていたと思います。でも、全体としては、いい映画でしたね。
なぜ、日本人の監督や日本映画界は、このような映画を創れないのでしょうかね?
なお、私達のブログは、団塊の世代の還暦オトコ3人でやっています。3人の共通テーマが一定していませんが、時々覗くと面白いと思います。
また覗いてコメントしてください!
なるほど、知る映画ですか。
確かに「第二次」や「太平洋戦争」と言う言葉は知っていても
硫黄島の話なんて、正直、位置も知らなかった・・・・・。
そういう点でも、意義のある映画でしたね。
行ってみたいけど、硫黄島って調べてみると
観光客が行くような芭蕉ではないそうですね。
何かちょっと残念・・・・。
済みません!(汗)先日観た「カティンの森」もそうですが、これだけ生きて来て知らないことの何と多いことか。
(知っているべきことで、という意味) 現在の硫黄島は
何にもない島ですからね。遺骨収集団くらいでしょうか、行くのは。

