2018年 08月 01日 ( 1 )

●「突然炎のごとく Jules et Jim」
1962 フランス Les Films du Carrosse,Sédif Productions. 107min.
監督・(共同)脚本:フランソワ・トリュフォー
出演:ジャンヌ・モロー、オスカー・ウェルナー、アンリ・セール、マリー・デュボア、サビーヌ・オードパン他
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<評価:★★★★★★★★☆☆+α>
<感想>
トリュフォーの映画は「映画に愛をこめて アメリカの夜」くらいしかみてなくて、「勝手にしやがれ」は
DVDは購入したものの、開封には至ってない。ここでも何回も書いているのでくどくなるが、私は欧州系、特に
ネオリアリスモのころのイタリア映画やヌーベルヴァーグの頃のフランス映画は、どうも理屈ぽくて、
メタファーの塊のような先入観があり、敢えて観てこなかった。映画を趣味とし、コラムも書いている身として
これではいけないと、最近ではヴィスコンティなどを作品を選んで観ているのだが、どうも私の感性はハリウッドに
向いているようだ。
そなんな私でも大学時代は「雨の訪問者」とか「マノン・レスコー」などは観ていたのだが。更に言えば原題の
仏伊など欧州の映画は、タイトルによっては好んで見るようになっている。ただ、今から40年50年ころのものは
理屈と形而上的感性が先走りした頭でっかちの觀念映画のような気がして、近づく気になれていないのだ。

邦画でいえば、「デルズウザーラ」「影武者」「乱」時代の觀念的様式美の世界にに落ち込んでしまった黒澤作品に
魅力を感じえないのと同じような感じかな。

閑話休題。トリュフォーである。ヌーベルヴァーグの騎手として、その名前は当然昔から知っていた。が、初期の
作品に触れたのは今回が初めてである。WOWOWがフランス名画シリーズを放映してくれて、これはちょいと
勉強しておかなくてはならないかなあ、と録画して挑戦してみたのだ。

ネット上の批評も絶賛から、訳がわからん!まで好悪が分かれている。トリュフォー、これを作ったのは若干29歳。
確かに、觀念が先走り、どちらかというと映画の観客を置いて走り去ってしまっている観が私にはある。ウディ・
アレンもかくやというようなセリフの嵐。字幕を追うので必死で、映像を楽しんでいる暇が無かったくらいだ。

しかし、29歳にしてこの感性は!という驚嘆はあった。私のような凡人では、というていこのような設定とセリフの
あてがいは不可能だ。もちろん多くの普通の人はそうであろう。そこがトリュフォーのトリュフォーである所以であり
ヌーベルヴァーグの騎手ともてはやされた才能なのであろう。

赤の他人だったジュールとジム。時は第一世界大戦前のパリである。意気投合し親友以上の存在となる。そこに
登場するカトリーヌ(ジャンヌ・モロー)という美しい女性。ジュールとジムは同時に彼女を好きになってしまう。
カトリーヌはジュールと結婚するが、ジムも愛している。更にそこにアルバートという男性とジルベルトという
女性が登場してくる。基本はジュールとジムとカトリーヌの三角関係なのだが、お互いにそれぞれを愛し合うことを
認め合うという極めて文学的高踏的な恋愛観が示される。

モノクロ映画の最初のうちは我慢してみている、という感じであったが、話が劇的に動き出す後半は、見入って
しまった。恋愛抒情詩を観ている、聞いているが如しであり、1960年代前半にあって、自由恋愛の姿を文学的
高踏的ではあるが、特に感じる愛のままに行動するカトリーヌの自由な存在は当時の社会においては刮目された
のであろう。その辺りアンリ=ピエール・ロシェの原作があったとは言え、お見事な描写であったと言わざるを
得まい。この邦題がどういう理由で付けられたかは知らないが、恐らくはカトリーヌの恋愛観を表現したもの
なのではないか、と感じた。
不思議な三角関係を描いた映画は少なくないが、時代は異なるとは言え、かなり衝撃的な物語であった。

優秀な映画だとは思うけど、観ていて疲れた。ハリウッドのシリアスな重い映画とは違う感じの重さを感じた
からだ。万人に向く映画か、というと「若さが才走った鼻につく才能」みたいなものも感じない訳ではないので、
嫌いな人も多いだろうと思う。
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<ストーリー>
オーストリアの青年ジュール(オスカー・ヴェルナー)はフランス青年のジム(アンリ・セール)と知り合い、
友達になった。2人とも詩や小説を書いている文学青年だった。2人はある時、幻燈を見て、アドリア海の島に
ある美術公園の女の顔に魅了された。
それからしばらくして、2人はカトリーヌ(ジャンヌ・モロー)という女と知り合い、胸をときめかせた。
彼女は島の彫像の女と瓜ふたつだったからだ。ジュールは彼女との結婚を熱望して求婚し、2人はパリの同じ
アパートに住んだ。 ジムは出版社と契約ができて作家生活の第1歩をふみ出しだ。3人で芝居見物に行った帰り、
ジュールが芝居の議論に熱中すると、カトリーヌは突然セーヌ河に飛び込んだりして2人を慌てさせた。

やがて第一次世界大戦が始まり、ジュールとジムはそれぞれの祖国の軍人として戦線へ行ったが、ともに生きて
祖国へ帰った。歳月は流れる。ライン河上流の田舎に住む山小屋にジムは招待された。その頃、ジュールと
カトリーヌの間には6つになる娘もいたが、2人の間は冷えきっていた。ジュールはジムに彼女と結婚してくれと
頼むのだったが、自分も側に置いてもらうという条件だった。3人の奇妙な共同生活が始まった。

カトリーヌには、ほかにも男がいた。ジムは瞬間しか人を愛せない彼女に絶望し、パリへ帰って昔の愛人とヨリを
戻した。数ヶ月後、カトリーヌは自分の運転する車にジムを乗せて疾走させ、壊れた橋から転落して行った。
ジュールは2つの棺を火葬場に運ばせた。これでカトリーヌは永遠にジュールのものとなった。(Movie Walker)

<IMDb=★7.9>
<Rotten Tomatoes=Tomatomete:97% Audience Score:89% >





by jazzyoba0083 | 2018-08-01 22:50 | 洋画=た行 | Trackback | Comments(0)