●「世界でひとつのプレイブック Silver Linings Playbook(名画再見シーリーズ)」
2012 アメリカ The Weinstein Company 122min.
監督・脚本:デヴィッド・O・ラッセル 原作:マシュー・クィック
出演:ブラッドリー・クーパー、ジェニファー・ローレンス、ロバート・デ・ニーロ
   ジャッキー・ウィーヴァー、クリス・タッカー、アヌパム・カー他
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<評価:★★★★★★★★★☆>
<感想>
それまでも注目株であった若手女優ジェニファー・ローレンスの存在を揺るぎないものに
した佳作。封切り当時映画館で鑑賞したが、このたびNHKBSでの放送を機会に再度観て
みることにした。

やはり映画って、2度目で見えてくるところってあるんだなあ、とつくづく感じた。
より深く伝わると言うか、映画からこぼれてくる思いというか、そういうものを本作に
関しては胸に沁みてジーンと伝わってきた。初回は泣かなかったが、2回目はラストでは
泣けた。下に初見の時の感想ブログを貼っておきますが、観方がまだ薄っぺらいなあ。

特にラストで主人公パット(クーパー)が言う「人はいろんな人を傷つけて生きていく」と
いうセリフ。誠にそうなんだ。そして「ボクはたくさんのいい人に助けられて幸運だった」と
続ける。
そういう人生はラッキーだ。彼の場合、精神状態が辛い時に出会ったティファニー
(ローレンス)の存在が幸運をもたらした。その経緯が映画になっているわけだが。

人生には辛いこともたくさんある。というか、辛いことのほうが圧倒的に多いだろう。
しかし、原題にもあるように「どんな雲の裏にも銀の裏地」があるのだ。(不吉な雨雲の
向こう側には太陽の光明が輝いている)
パットは、学校教師の妻が歴史教師と自宅で浮気の真っ最中に出くわし、それ以来
別居状態。さらにそれがキツイ精神的ダメージとなり、躁うつ病を発症してしまう。
しかし妻を諦めきれない執念のようなものが彼の精神状態を余計にややこしくしている。
片や、パットの親友の妻の妹ティファニーも、警官だった夫を交通事故で失い、自分を
見失っていた。そうした二人が出会い、不思議な関係の中で、知らずと心の中に信頼と
愛情が芽生えてく。

二人の精神状態がまともではないので、大声で怒鳴り合うこともあるし、突然感情が
激しく変化するという困難もある。だが、ティファニーの提案で、ダンスをすることに
より、パットもティファニーも二人の関係を通じて自分を見つめ直す。

彼らを取り巻く家族、特にパットのお父さんで、アメフトの賭けのノミ屋みたいなことを
やっているロバート・デ・ニーロ、とにかく優しく包んでくれる母のジャッキー・
ウィーヴァーの存在がいいし、彼らとその仲間の形作るコミュニティーのありようも、
パットとティファニーという主人公カップルを浮き彫りにするのに温かく大きな役割を
果たしている。ラストで明らかにされるティファニーがパットに仕掛けたサプライズが
明かされる辺りで、涙腺崩壊だ。

「人生、辛いこと、大声で叫びたいことが多いけど、前を見て足元を見て自分を愛して
くれる人を見つめて歩き出せられれば、きっと上手く行くよ!」
この映画の主張はそれだ、と得心した。それこそ、原題の持つ、「シルバーライニングの
作戦書」なのだ。(シルバーライニングとは英語の格言「どんな雲でも銀の裏地を持つ」から。そこから「逆境下の希望の光」というほどの意味)詳細は私の初見の時のブログを
ご覧いただけるとありがたいです)
原作ありきとはいえ、ラッセル監督の作劇は上手いもんだ。ダニー・エルフマンの音楽も
作品によくマッチしていて鑑賞者の情感の上げ下げによく貢献している。

皆さんご指摘のように、更にその後の活躍を見るだに、この映画におけるジェニファー・
ローレンスの演技は圧倒的である。もちろん後年オスカー主演男優賞の常連となる
クーパーも上手いけど、ジェニファーの素晴らしさはエンディングに向けてどんどんと
加速する。彼女、決してハリウッド的美人ではないが、良い女優さんになったなあ。
まだ28歳。ますますの成長が楽しみである。




# by jazzyoba0083 | 2018-04-21 23:20 | 洋画=さ行 | Trackback | Comments(0)

●「レディ・プレイヤー 1」
2018 アメリカ Amblin Entertainment, Village Roadshow Pictures. 140min.
監督:スティーヴン・スピルバーグ 原作:アーネスト・クライン「ゲームウォーズ」
出演:タイ・シェリダン、オリヴィア・クック、ベン・メンデルソーン、サイモン・ペッグ
   T・J・ミラー、ハナ・ジョン=カーメン、森崎ウィン他
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<評価:?>
<感想>
スピルバーグ監督は大好きな監督の1人で新作が公開されれば、まずは劇場に足を運ぶ
ことにしている。彼の作品はおそらく殆ど観ていると思う。(テレビ映画は除く)
今回も、アメリカでの評価も大変良く、日本のポップカルチャーに対するオマージュに
溢れた作品でもあり、遠方のIMAX 3Dの劇場まで足を運んだ。

シネコンの広い劇場は土曜のあさイチだったが、かなりの入り。みんな好きなんだなあ、と
改めて感心した。

さて、本編のスタートである。ヴァン・ヘイレンの「JUMP」に乗せての開巻!ウワー!
これで来ちゃうの?そこでもうワクワク感テンションアップ!そして主人公による
物語導入の説明。あれ、スピルバーグの映画って、頭にこんな説明臭いことしたっけ?
と、この辺りで私の頭には赤ランプの点滅。私はコミック、アニメ世代でもゲーム世代でも
ない、還暦をとうに過ぎたジジイであるが、感性については若い人には負けんぞ、という
気持ちは持ち合わせている。

が、今回の作品は、おそらく私が悪いんだろう、全然ついていけなかった。いや、物語は
難しくないんだろう。一番応えたのは、アバターと現実のやり取りがごちゃごちゃで
どうなっているのか状況がよく把握出来なかったということ。
3つの鍵を集めて問題を解決することはよく分かるし、ラストのカタルシスも一応は
理解出来る。が、そこに至るまでの、主人公とその仲間たちのゲームの世界、つまり
チャッキーが出てくる、ゴジラが、キティちゃんが、デロリアンが、キングコングが、
Tレックスが、そしてガンダムが出てくる世界のありようが上手く掴めなかった。
(わからない故、眠くなり、それが余計に物語を分かりづらくした面も多分にあり)
ここのアイコンについては分かりますよ、流れる80年代の音楽も分かりますよ、でも
それが何なのか、分からなかった。
でも不思議と結末はなんとなく分かったんだよなあ。

これって俺だけか?と思い、ネットの本作への口コミを観ると、絶賛の嵐!
スピルバーグへの謝辞すら書かれている。そうなんだ、俺の観方がまずかったんだな、
きっと。ジジイだから頭がついていかなかったのかも知れない。あるいは80年代ポップ
カルチャーの面白みを理解出来ていなかったかも知れない。面白かった人はいいなあ。

私史上、スピルバーグの映画で一番理解出来なかった作品といえる。もう一度観てみます、
ハイ! っていうか、スピルバーグの映画って理屈抜きに冒頭から面白さに引き込まれる
んじゃなかったっけ?眠たくなっている場合じゃないような映画じゃなかったっけ?
私が寝ぼけていたんだよなあ、きっと・・・orz
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<ストーリー>
「AKIRA」や「バック・トゥ・ザ・フューチャー」、「ストリートファイターII」をはじめ
80年代の日米ポップ・カルチャーがふんだんに盛り込まれていることでも話題を集めた
アーネスト・クラインのベストセラー『ゲームウォーズ』を、巨匠スティーヴン・スピル
バーグ監督が映画化したSFアドベンチャー大作。
現実世界の荒廃が進む近未来を舞台に、あらゆる願望が実現する新世代VR(バーチャル・
リアリティ)ワールド“オアシス”で繰り広げられる壮大なお宝争奪戦の行方を、驚きの
有名キャラクターの数々と最新の映像技術を駆使した圧倒的臨場感で描き出す。
主演は「MUD マッド」のタイ・シェリダン、共演にオリヴィア・クック、ベン・
メンデルソーン、マーク・ライランス。また日本からも森崎ウィンが参加。

 2045年の地球。街が荒廃する一方で、若者たちはVRワールド“オアシス”に夢中に
なっていた。そこでは誰もが好きなアバターに姿を変え、自分の思い描く通りの人生を
生きることができた。そんなある日、オアシスの創設者ハリデーが亡くなり、彼の遺言が
発表される。それは“アノラック・ゲーム”と呼ばれ、彼が仕掛けた3つの謎を解き、
オアシスに隠されたイースターエッグを最初に見つけた者には莫大な遺産に加え、
オアシスの後継者としてその全権を与えるというものだった。

この驚くべきニュースに世界中の人々が色めき立つ。現実世界に居場所がなくオアシス
だけが心の拠り所の17歳の青年ウェイドもこの争奪ゲームに参加し、オアシスで出会った
謎めいた美少女サマンサら大切な仲間たちと力を合わせて3つの謎に挑んでいく。そんな
彼らの前に、恐るべき野望を秘め、邪悪な陰謀を張り巡らせる巨大企業IOIが立ちは
だかるのだったが・・(allcinema)

<IMDb=★7.8>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:73% Audience Score:80% >



# by jazzyoba0083 | 2018-04-21 12:10 | 洋画=ら~わ行 | Trackback | Comments(0)

誘う女 To Die For

●「誘う女 To Die For」
1995 アメリカ Columbia Pictures,Rank Organisation.106min.
監督:ガス・ヴァン・サント
出演:ニコール・キッドマン、マット・ディロン、ホアキン・フェニックス、ケイシー・
   アフレック、イリアナ・ダグラス、アリソン・フォランド、ダン・ヘダヤ他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
ニコール・キッドマン、今や何を考えているか分からない不気味な女性を演らせると
天下一品だが、今から13年前はまだピチピチして可愛くもセクシーだったなあ。本作でも
何を考えているのかよく分からない頭のネジが外れちゃったような女を好演している。
当時からそうんな性格を出せる女優さんと思われていたのかな。
彼女、個人的にあまり得意としない女優さんだが、本作については可愛いし、アホなサイコ
キラーっぽい役回りがピッタリだと感じた。それと若きホアキン・フェニックスがいい。

本作は実際にあった話が小説になり、それを映画化したものだが、相当脚色がなされている
と見えて、ラストは全然実際とは異なる。

全体の演出としては、「テレビ」というものの存在を意識し、映画自体がドキュメンタリーの
ような構成になっていて、そのあたりはガス・ヴァン・サントの上手いところだ。

とにかくテレビの世界で有名になりたい少女が長ずるに及びお金持ちのボンボンと計算
高い結婚をし、やがて「子どもを作って店を手伝ってくれ」と言い出されるに及び、彼を
殺害することを計画する。それに巻き込まれるのが、高校生の主張みたいな企画で彼女が
取材に入った高校の生徒3人だったのだ。一番スザーン(キッドマン)を好きになり、
彼女のセックスの虜になってしまったのがジミー(フェニックス)であった。

スザーンは3人の生徒にカリフォルニアでテレビの仕事を一緒にしよう、と甘言の限りを
尽くして騙し、それには旦那が邪魔だから殺してね、と誘うのだ。純粋な彼らはそれを
実行してしまう。その時刻にはスザーンはテレビでお天気キャスターとして生出演中。
高校生らのやる殺人なんて指紋だらけ、返り血は処理しないなど杜撰なものでたちまち
逮捕されてしまう。しかし、スザーンは裁判で無罪となるのだ。だが、殺された旦那の
父親に雇われたハリウッドのニセプロデユーサー役のマフィアに殺されて湖の氷の中に
閉じ込められた。(実際の犯人は今でも刑務所で服役中)

話は上昇志向の強いお馬鹿な女が自分の夢を実現するためになんでもやらかすという
もの、それにテレビというメディアの怖さを内包させ、画作りも凝ったガス・ヴァン・
サントの構成・演出と、キッドマンの何を考えているのか分からない恐怖を内在した
笑顔に代表される気味の悪さが光った作品だった。もちろんスザーンの虜になり純粋な
若い性と愛を弄ばれたジミーを好演したホアキン・フェニックスの存在は欠かせない。
それと終始スザーンに疑いを持つ旦那の姉(スケーター?)のイリアナ・ダグラスが
映画の句読点になっていて全体を引き締めているように感じた。ラスト、スザーンの
死体が下に凍っている氷の上でスケートをする彼女、溜飲を下げて滑っているのだろうか。

可愛そうなのは、スザーンを信じてひたすら純粋に彼女を愛した旦那(マット・ディロン)
だ。何の落ち度もないのに高校生に銃殺されちゃって。麻薬中毒にされ、高校生は
麻薬の売人だった、とスザーンはいけしゃあしゃあと嘘をつくんだから。

ガス・バン・サントの映画作りと若きキッドマンの魅力が堪能できる一品だと思った。
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<ストーリー:結末まで書かれています>
TVで有名になるという野望に向かって突き進み、ついには夫を亡き者にした悪女の姿を
通して、マス・メディアの危険なパワーを痛烈に諷刺したブラック・コメディ風のサス
ペンス。
ヒロインはもとより様々な関係者たちによる証言で物語を再構成する語り口も斬新。
90年5月に起こった、22歳の女性教師が15歳の少年をそそのかして夫を殺害させた事件に
材を取った、女性作家ジョイス・メナードの長編小説『誘惑』を、俳優のかたわら
「卒業」や「天国から来たチャンピオン」の脚本を手掛けたバック・ヘンリーが脚色。
監督には「ドラッグストア・カウボーイ」「マイ・プライベート・アイダホ」「カウガール・
ブルース」のガス・ヴァン・サントが当たった。

ニューハンプシャー。物心がつくと同時に「TVに出て有名になる」という決意を持って
いたスザーン・ストーン(ニコール・キッドマン)は、大学(専攻はTV報道)を卒業
すると、父親の経営する地元のイタリアン・レストランで働くラリー・マレット(マット・
ディロン)と結婚する。彼の姉ジャニス(イレーナ・ダグラス)はスザーンのことを冷たい
女と言って結婚に反対するが、彼女にベタ惚れのラリーは耳を貸さない。

ハネムーン先はフロリダだったが、現地のホテルでTV界の大物たちが会合を開くと聞いた
からだ。夫の目を盗んで、熱心に売り込みを始めるスザーンはハネムーンから帰ると、
フロリダで仕入れた情報を元に地元のTV局に就職する。
雑用係のつもりで彼女を雇ったボスのエド(ウェイン・ナイト)に次々と企画書を提出する
スザーン。とうとう根負けしたエドは渋々ながら彼女をお天気キャスターに採用した。

ラリーはそんな妻を自慢に思い、全面的に応援する。お天気キャスターでは飽き足らない
スザーンは、さらにエドを説得して、高校生たちの実態を描くドキュメンタリーを制作する
許可を得た。彼女は恰好の素材として落ちこぼれの3人組、ジミー(フォアキン・フェニック
ス)、ラッセル(ケイシー・アフレック)、リディア(アリソン・フォランド)と出会う。
一緒にハリウッドへ行こうと夢を語る彼女に上昇指向を刺激され、反抗的だった3人も次第に
心を開いていく。

ラリーは彼女が何をするにも深い理解と愛情を示していたが、仕事に夢中になり家庭を省み
ないスザーンに、とうとう「いつかは子供を持ち、将来はレストラン経営を手伝ってほしい」
と持ちかける。夫の言葉は彼女にショックを与え、彼は目的達成の邪魔になると考えた
スザーンは一計を案じてジミーを誘惑し、彼を官能的なセックスで虜にした。リディアも
彼女を崇拝し、今では彼らはスザーンの言いなりだ。彼女は夫が暴力を振るうと訴え、
ラリーの殺害をほのめかす。

結婚1年目の記念日。リディアが持ち出した銃を使って、ジミーとラッセルはラリーの
殺害を実行した。番組を終え、帰宅したスザーンは、嘆き悲しむ悲劇のヒロインを演じる。
かけつけた報道陣のカメラの行列に自分が注目される瞬間に、スザーンの顔にうっすらと
恍惚にも似た表情が宿る。3人は素人犯行を見破られ、スザーンにも殺人教唆の容疑が
かかる。
だが、裁判で彼女は無罪となり、死人に口なしとばかりに取材陣の前で、夫は麻薬中毒
だったと発言。やがてマスコミの前から姿を消したスザーンは、念願だったハリウッドの
プロデューサーに会う。しかし、それは息子の死を無念に思うラリーの父親が依頼した
マフィアの殺し屋(デイヴィッド・クローネンバーグ)で、スザーンの死体は湖の厚い
氷の下に沈められた。(Movie Walker)

<IMDb=★6.8>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:87% Audiece Score:65%>



# by jazzyoba0083 | 2018-04-18 23:10 | 洋画=さ行 | Trackback | Comments(0)

●「バーニング・オーシャン Deepwater Horizon」
2016 アメリカ Summit Entertainment,Participant Media. 107min.
監督:ピーター・バーグ
出演:マーク・ウォルバーグ、カート・ラッセル、ジョン・マルコヴィッチ、
   ジーナ・ロドリゲス、ディラン・オブライエン、ケイト・ハドソン他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆+α>
<感想>
面白かった!★8でも良いくらいだが、後半映像がややゴチャついた部分、個人的に
何がどうなっているのか分かりづらくて1つ減らし+αとした。シネコンに行こうかな、
と思っていた作品。いまテレビで見れば、大きな画面で観る爆発炎上シーンは迫力があった
ことだろうな。視覚効果でオスカーにノミネートされたのも頷ける出来だ。ていうか
そこが見どころの映画とさえ言っちゃっても良いかも知れない。

岩盤に支柱を穿たないで半分浮いている形の石油掘削施設「ディープウォーター・
ホライゾン」。フロリダ沖で原油採掘をするブリティッシュ・ペトロリアム(BP)の
巨大施設である。これが爆発炎上し、膨大な原油が海洋に流出し、大問題になったのは
私はリアルタイムのニュースで見聞きしている。当時、えらいことが起きだぞ、と
思ったものだった。その一部始終の事実をベースとしてドキュメンタリータッチで迫る
デザスタームービー。

映画として魅力的なのは爆発炎上シーンの迫力だけではもちろん無く、主人公のマーク・
ウォルバーグとケイト・ハドソンの夫婦の話、一番渋くて光っていたスタッフ、カート・
ラッセルの仕事っぷり、更に、金儲けしか頭に無くて、結局小さなミスを見過ごし、
事故が発生した後も対処を誤るというBP幹部。

事故後の現場の男たちの踏ん張りと勇気、そういう人間臭いドラマがキチンと内包されて
いて、ドッカンボッカンばかりが目立つ映画ではない、というのが、高評価に結びついた。
それは冒頭の海中の中でなにやら不穏なサインが出ているというデザスターもののセオリー
と言えばセオリーなんだけど、これからえらいことになるんだろうなあ、という不気味な
予感をたたえていていいスタート。「硬質」な演出と「軟質」な演出のバランスがいい
のだろう。「軟質」な演出で光っていたのは先程も書いたようにカート・ラッセルの
存在と、出番はそう多くないが、ケイト・ハドソンの役割が大きかったのではないかと
感じた。開巻のあたり、ウォールバーグとハドソン一家が娘とお父さんの仕事につてい
話しているのだが、コーラに空けた穴からコーラが噴出してくるシークエンスなどは良く
計算されているなあと感心。

「硬質」の部分では事故のキッカケとなる海底からの原油混じりの泥水の大圧力による
大噴出のシークエンスがリアリティに満ち、光っていた。

この事故では11人が亡くなっているが、ラストに全員の写真が出てくる。もちろん
彼らの勇気をたたえ、哀悼の意を表すものだ。巨大企業の巨大施設で金を惜しむ資本が
起こした米国石油事故最悪の結果。事実が背景にあるとはいえ、見ごたえのある作品
であった。但し、邦題はチープ過ぎである。
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<ストーリー>
2010年4月、メキシコ湾で作業中だったBP社の石油掘削施設ディープウォーター・
ホライゾンで起こった大事故を映画化したスペクタクルドラマ。施設内に閉じ込められた
作業員たちの決死の脱出、救出活動の行方が描かれる。命の危険を顧みずに救出作業に
挑む主人公マイクをマーク・ウォールバーグが演じる。

2010年4月。チーフ技師マイク・ウィリアムズ(マーク・ウォールバーグ)はメキシコ湾沖
80キロの海上に浮かぶ石油採掘施設ディープウォーター・ホライゾンに向かう。
安全テストが終わっていないにも関わらず、石油会社の幹部ヴィドリン(ジョン・
マルコヴィッチ)はスケジュールの遅れを理由に掘削再開を迫った。突如警報音が鳴りだし、
採掘口につながったバルブから濁った海水と原油が噴出。さらに海底油田から逆流してきた
天然ガスが引火爆発し、作業員126名がいるディープウォーター・ホライゾンはたちまち炎
に包まれてしまう。閉じ込められた作業員たちは被害拡大を食い止めようとするが……。
(Movie Walker)

<IMDb=★7.2>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:83% Audience Score:82% >



# by jazzyoba0083 | 2018-04-17 23:20 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

ある愛の詩 Love Story

●「ある愛の詩 Love Story」
1970 アメリカ Paramount Pictures. 100min.
監督:アーサー・ヒーラー  原作・脚本:エリック・シーガル 音楽:フランシス・レイ
出演:アリ・マッグロー、ライアン・オニール、レイ・ミランド、ジョン・マーリー、キャサリン・バルフォー他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
公開当時、私は高校3年生。一方アメリカ映画といえば、圧倒的にニューシネマを支持していたので、
翌年大学に入ってからも、友人と「卒業」「イージーライダー」「俺たちに明日はない」などについては
語ったが、本作について語るなんてことは軟派すぎて恥ずかしかった。大学ものなら「いちご白書」だ。
チャラい映画なんか観ていられるか、という青春の独善。青春の特権だけど。
しかしながら、映画好きとして、最近食わず嫌いだった西部劇を観始めているが、決して近づかなかった
本作も、観ておくか、と鑑賞に及んだ次第。「男と女」や「白い恋人達/グルノーブルの13日」のフランシス・
レイは大好きだけど、この映画のテーマは余り好きでなく、アンディ・ウィリアムズらがカバーした歌詞付きも
好きでなかった。(今でもだけど)

この映画を観ている間、ずっと「卒業」のことを考えていた。「卒業」は、本作とはシチュエーションは違うが、
世間に対峙しようとする青年の青春らしい向こう見ずさを含んだ純粋さが、いろんなメタファーを含んで私の心を
掴んだ。一方本作。
純粋は純粋だ。悲しくなるくらい純粋な愛の物語。大富豪の息子にして頭が切れるしかも美男の青年オリバー
(オニール)が、オックスフォードの姉妹校ラドクリフ女子大の女学生ジェニファー(マッグロー)を深く
愛するも、ああ、運命の神は、オリバーから彼女を奪うのだ、というストーリー。2人が移動につかうのが
「卒業」が赤いアルファロメオであるのに対し、本作では黒いMGだ。両方共なぜかオープンカー。

オリバーは大富豪の父とことごとく対立し、ジェニファーと結婚するために親子の縁を切る、とまでい言い出す。
ボンボンに何が出来る、と思うも、彼は地道にバイトをしながら学費を稼ぎロースクールを3番の成績で卒業、
NYの有名な弁護士事務所に務めることが出来た。2人はそこそこ恵まれた暮らしができるようになった。
その陰では、ピアノを学んでいたジェニファーはパリへの留学を諦め、父の望む挙式も出来ず田舎に置いてきて
しまったという犠牲もあった。やがて子供も出来て明るい未来が待っているかに見えた。
しかし、揺るぎない愛情で固く結ばれた2人に残酷にも神は別れを強いる。24歳のジェニファーが白血病と判明、
余命幾ばくもないと分かったのだ。愛する妻に最高の治療を受けさせたいオリバーは、嫌っていた父に頭を下げ
5000ドルを借りた。「女で失敗したか」と聞かれ、イエスと答えるオリバー。金は借りても同情は不要というのは
オリバーの微かな挟持だったのだろう。

ジェニファーは病院のベッドでオリバーに抱かれて天国へと旅立った。事後に知ったオリバーの父は何故真実を
教えてくれなかったのか、と言い寄るが、オリバーは「愛とは決して後悔しないことだ」(これはもともと
ジェニファーがオリバーに語った言葉。それをその時、彼は自分のものとしたのだ)と言って去っていった。

さて、アメリカン・ニューシネマの嵐?が吹き荒れるこの時代、この純愛映画が特に日本でヒットしたのは何故
だろうか。日本で言えばこの時代、学生運動が吹き荒れていた。東大安田講堂事件は本作が公開される前年の
出来事だ。学生運動はそれから2年後「あさま山荘事件」をもって大衆の支持を一気に失っていく。社会的には
第一次石油ショックがあり、世の中全体として閉塞感に満ち、アメリカはベトナムでにっちもさっちも行かなく
なっていた。そうした閉塞感から反発するアメリカン・ニューシネマが出てくる一方、その反動として純愛を
描くものが出てきてもおかしくはない。フランシス・レイの癒やされる美しい音楽と、「愛」こそ全て、
信じることこそ全てということを純粋に描いた作品が出てくるのも必然だったのだろう。ニューシネマの世界
でも、「愛」こそ全て「友情」や信じる心こそ全てという主張も底面から覗けば見えては来る。しかし真正面から
純愛を描くことの「反抗」こそアメリカンニューシネマのエネルギーの根幹だったことを思うと、この「ある
愛の詩」はあの時代にあって異質なものだったに違いない。ラブストーリーとしてはありふれた話である。
(荻昌弘氏は「椿姫」のアレンジだ、と指摘している)

映画評論家の荻昌弘氏は、愛と死を対比することによる「反戦映画」と捉えている。しかし、それは穿ち過ぎ
ではないか。むしろ、「愛は素晴らしいが残酷でもある」という一人の青年の悲痛な叫びのみを汲めばそれでいい
のではないのか。それを何枚もの濾紙を通して映画にしてみせた純愛映画なのではないか。当時の疲弊した青年
たちはこうしたひたすら純粋な考え方に身を置いてみたかったのではないか、そうした心境にドライブを掛けた
のがフランシス・レイの音楽だったのだ。(雪の中のでのBGMはまるで韓流恋愛ドラマの音楽のようだ=韓流が
パクっているんだろうけど) 

普通に純愛映画としてみれば、普通に観られる出来ではある。まさにあの時代が本作を名作たらしめたと言えよう。
しかしながら、既に名声は出来上がってしまっているから、これから観る人はバイアスがかかるだろうなあ。
評判の悪い続編は観ません。
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<ストーリー>
オリバー(ライアン・オニール)はニューヨークのセントラル・パーク・スケート場の観覧席で1人想いに沈んで
いた。彼は若い弁護士で、少し前に医者から、妻のジェニー(アリ・マッグロー)に死期が迫っていると聞かさ
れたばかりだった。
初めてジェニーに会ったのは大学の図書館だった。ジェニーはそこの館員で、彼を“坊や”と呼ぶ小ナマイキな
ところがあったが、結局、一緒にお茶を飲みにいく仲になった。とり合わせとしては不釣合いな2人だった。

オリバーは高名な良家の4世で、アイス・ホッケーだけが趣味の世間知らず、ジェニーはイタリア移民の菓子屋の
娘で、バロック音楽好きという共通点のない2人だったが、そのあまりの身分の差が、かえって2人をひきつけた
のだ。オリバーがジェニーのハープシコードの演奏を聴きにいって、モーツァルトやバッハの名を口にするように
なって、ふと気がつくと2人はもう恋の虜になっていた。

ある日、ジェニーは突然、フランスへ行くと言い出した。フランスで勉強したいというのだった。彼女は今の
幸福が束の間のものであり、実らないであろう恋の悲しみから逃げようと考えたのだ。ロード・アイランド出の
貧しい娘と富豪の息子では、あまりに身分が違いすぎるのだ。
しかし、オリバーは問題にしなかった。そして結婚を申し込んだ。オリバーは両親にジェニーを会わせた。
彼と父(レイ・ミランド)との間には深いミゾがあった。母(キャサリン・バルフォア)は息子と夫との間に
入ってとりなそうとするが、オリバーは父を軽蔑しきり、父も彼の身勝手さをなじるため、うまくゆかず、父の、
送金を中止するという脅しも蹴ってしまう。
2人はロード・アイランドにいるジェニーの父(ジョン・マーレイ)に会いに行った。彼は2人を歓迎しながらも、
前途を心配した。そして2人は結婚した。学費や生活費のためジェニーは働き、オリバーは学長トンプソン
(ラッセル・ナイプ)に奨学金を申し込むが、名にしおうバートレット家の御曹司が…と、全然相手にもされな
かった。

生活は貧しかったが、愛し合う彼らは幸福だった。やがて、オリバーが優秀な成績で卒業し、2人はニューヨークの
アパートを借り、オリバーは法律事務所へ勤めることになった。そんな新しい生活が始まったばかりのところだった
のだ。オリバーはジェニーに医者の言葉を伝えなかったが、ジェニーはそれを知っていた。
ジェニーの望みでオリバーはスケート場に連れていった。オリバーが滑るのを見ていたジェニーは、やがて苦しみ
出す。病状は悪化し入院することになった。(解説に誤りがあるので、以下略 Movie Walkre)

<IMDb=★6.9>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:58% Audience Score:75% >



# by jazzyoba0083 | 2018-04-15 23:10 | 洋画=あ行 | Trackback | Comments(0)

大砂塵 Johnny Guitar

●「大砂塵 Johnny Guitar」
1954 アメリカ Repubulic Pictures Co. 109min.
監督:ニコラス・レイ 主題歌:"Johnny Guitar" sung by Peggy Lee
出演:スターリング・ヘイドン、ジョーン・クロフォード、スコット・ブラディ、アーネスト・ボーグナイン
   デニス・ホッパー、ジョン・キャラダイン他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆+α>
<感想>
先日、NHKBSで連日放映されていた西部劇から、「シェーン」のブログでも書いたように、このジャンル
食わず嫌いじゃなかったのか、と思い鑑賞に挑んでみた。

「シェーン」も私には不思議な映画だったが、本作は更に不思議なテイストを持った西部劇だ。西部劇と言うと
おおよそ、ガンファイトを主軸とする、あるいは先住民との戦いを描くヒーローや男気の作品という個人的な
イメージだったが、一言で西部劇、と言ってもいろんな作品があるのだなあ、と感じた。まあ、モンローの
「帰らざる河」なんかも(これはモンローファンという事で鑑賞済み)そうだが、日本で言えば「まげもの、
時代劇」と言ってもその幅はたいそう広いわけだから、これは私として、不覚にも完全に捉え方を間違えていたと
懺悔せざるを得ない。この歳になって恥ずかしい限りであるが。

閑話休題。で、本作である。先日「ミルドレッド・ピアース」を観て、その存在感を確認したジョーン・
クロフォードのほぼ10年後の姿を拝むことが出来るとはその偶然にびっくり。相変わらず、決して美人では
ないが、独特の存在感を漂わせ、ここでも強い女(の中にも女性らしい乙女心を内包している)を演じる。
この映画で、彼女と同等に存在感があるのが、流れ者ダンシング・キッドを巡っての恋敵エマを演じる
マーセデス・マッケンブリッジである。(1949年の「オール・ザ・キングスメン」でオスカー助演女優賞を受賞
している演技派ではあるが)彼女の憎たらしさと言ったら、観ている画面に向かって「こいつだけは簡単に
殺さないでくれよな」とお願いしたくなるくらい、憎々しさ溢れる演技である。

ジョニー・ギターが、かつての恋人ヴィエンナ(クロフォード)の前に5年ぶりに現れた。今や腰に銃はなく
ギターを片手にシンガー?としてヴィエンナの経営する賭博場で雇ってもらおうというのだ。最初ジョニーに
ツレナいそぶりのヴィエンナだったが、焼けぼっくいに火がつくように、ジョニーに対する恋心に再び
火がつく。ジョニーが去ったあと、一時ヴィエンナは荒くれ者ダンシング・キッドと付き合っていた頃もあった
ようだが、そのキッドを町の有力者の娘?エマも好いていた、この2人の恋心がこの映画の全てといっていい
だろう。ヴィエンナは町に鉄道が来て人が来れば賑やかになるし雇用も増えるだろう、とする一方、エマは
あくまでも牧場を守り、よそ者が流れてくるのはごめんだった。そんな考え方が2人のベースにある。
しかし、分からないのはそのキッドはエマの父親の乗った駅馬車を襲って、父親を殺しているんだよね。
つまり、父を殺し、キッドもヴィエンナに盗られたエマの地獄の炎のごとくの嫉妬と復讐心!凄い!
父は殺したけど、恋人を奪った女に対する嫉妬の怨念は父の死を超えるという物凄さ!

銀行を襲ったダンシング・キッド一味を追いかけて来たエマと町の男たち。エマは恋敵ヴィエンナ(クロフォード)
がキッドの手引きをしたと勝手に決め込み、全員捉えて皆殺しにするつもりだった訳だ。
途中で、一味の若い奴とヴィエンナはエマ一派に捕らえられ若い奴は縛り首にされ、ヴィエンナも首にロープが
巻かれたところで、ヴィエンナの乗った馬にムチを食らわすのをためらう男たち。そこにジョニー・ギターこと
ジョニー・ローガンが現れ、ヴィエンナを救い、キッド一味の隠れ家に転がり込む。

面白いのは、エマが眼尻をけっしてヴィエンナを追い詰めるラストシークエンスで、エマと一緒にキッドらを
追いかけてきた男たちが「これは女の戦いだもんね」と、戦いから手を引いちゃうんだよね。なんだよ、こいつら。
初めからイヤイヤだったんだろう。縛り首になった若い奴こそ悲劇だ。
結局エマの放った銃弾はキッドの額を貫き、ヴィエンナの腕を傷つけた。しかし負けていないヴィエンナの
弾丸はエマを屠ったのだった。そしてジョニーとヴィエンナの苦いハッピーエンドとなる。
結局、名うての銃の名手らしいジョニー・ローガンは何をしていたのかな??ww 

聞けば、この時期はハリウッドに赤狩り旋風が吹き荒れていて、それが作品に反映されているという見解もある。
タイトルは「ギター弾きのジョニー」だけど、主人公はヴィエンナに他ならない。西部の女としての恋と意地の
ストーリーなのだ。もちろんペギー・リーの唄う「ジャニー・ギター」は美しいけど、その寂しい旋律は
ヴィエンナの心を表していると言って構わないだろう。それにしても不思議な西部劇だった。
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<ストーリー>
鉄道敷設が進行していた1890年代の西部。かつてはやくざだったが、思うところあって足をあらい、ギターを
弾いて生計を立てる男ジョニー・ギター(スターリング・ヘイドン)が、アリゾナの山奥のある賭博場へやって
来た。店の女主人ヴィエンナ(ジョーン・クローフォード)は金銭に執着する意志的な女性。ジョニーが着いた夜、
昼間起こった駅馬車襲撃の容疑者キッド逮捕に協力せよと、殺された男の娘エマや保安官たちが来た。

しかしヴィエンナはこれを拒絶し、折から現れたキッドとジョニーのギターで踊りはじめた。憤慨した保安官は
3人に24時間以内に退去を命じた。翌日キッド一味は銀行を襲ったが、エマはこの事件にヴィエンナとジョニーも
関係しているといいふらした。その夜、エマは自警団を組織してヴィエンナを追い、保安官以下双方に死者が出た。
自警団はヴィエンナの店に火をつけ、ヴィエンナは危いところをジョニーに救われてキッド一味の隠れ家に逃れた。

そして追って来たエマとヴィエンナの一騎打は一瞬早くヴィエンナの勝となった。退去猶予の24時間がきれようと
するころ、新生活を求めて谷を去るヴィエンナとジョニーの姿が見られた。(Movie Walker)
※ヴィエンナの賭博場に火を放ったのはエマ。

<IMDb=★7.7>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:95% Audience Score:85%>



# by jazzyoba0083 | 2018-04-14 23:10 | 洋画=た行 | Trackback | Comments(0)

シェーン Shane

●「シェーン Shane」
1953 アメリカ Paramount Pictures. 118min.
監督・製作:ジョージ・スティーブンス
出演:アラン・ラッド、ヴァン・ヘフリン、ジーン・アーサー、ブランドン・デ・ワイルド、ジャック・パランス他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
古い時代の西部劇映画は、個人的に趣味の範疇ではない。とはいえ、幼い頃、「ララミー牧場」とか「ガン・
スモーク」などはよく観ていたわけで、嫌い、というほどでもない。ジョン・フォードも当然彼の有名な作品の
名前は知っているが、たぶんほとんど観たことがないと思う。あえて観てみようと思わないという感じでいままで
来た。

しかし、映画好きを自認するものとして、名作と言われるものは、何が理由で名作なのか、ある意味「研究対象」と
して見る必要はあるな、と感じ、今回、NHKBSで連続して西部劇を放映したので録画して鑑賞してみた。

今更この映画になんの論評や感想を加えるのか、というくらい特にラストシーンに代表されるように西部劇映画の
歴史に残る名作として評価が定まった作品だ。先日観た「Logan/ローガン」のラストでも本作へのオマージュが
描かれていたように、アメリカでは知らない人のいない作品。

私は初見。ネタバレも何もこの期に及んでにあったものではないので中身をガンガン書きますが、私はラストは
ジョーイ少年が「シェーン!カムバーック!」と言って終わっているのかと思ったら、その後に「シェーン!
グッドバーイ!」というセリフがあったのだな。思い込みとは恐ろしい。このセリフには実は色んな捉え方が
出来る秘密があるんじゃないだろうか、と理解出来た。

しかし、本作のファンには申し訳ないが、この映画、スキのない絶賛映画なのかなあ?というのが正直な感想。
まず演出的に、各シーンの間延びが目立つ。それぞれのシークエンスが無駄に長いと思うのだ。それはシェーンが
一宿一飯の世話になるスターレット一家とのそれぞれの家族との向き会いでのエピソード、街の酒場での乱闘や
にらみ合いのシーンなど、テンションが下がる間延びを感じてしまう。そう思われる人、いませんか?
それと地主であるライカー一家は、おそらく先住民を追い出して開墾し、自らの土地とし、スターレットの
ような入植者を小作として牛や農業を広めていたのだが、ライカーらがスターレットに言うことに一理あるのが
こまっちゃうんだよなあ。だからといって牛の大軍を入植者の畑に入れてめちゃくちゃにしたりするのは許される
ことではないのだが。いいところもたくさんある映画だけど、両手を上げて★10個とはいいづらいものがある。

それとシェーンはほとんど演技していないですよね。それがこの映画のスタンスなのだろうけど、スターレットと
木株を2人で切り倒すところとか、ジョーイ少年に銃の撃ち方を教えるところくらい?あとは黙って立っている。
だいたいシェーンて誰? 流れ者なんだけど、その素性は全く語られない。あの拳銃ホルスターは何?予備弾丸も
入れられない。ということはリボルバー5発か6発で全て自分の身は守れるということの現れなのかな。いや、
後述するが、かつてのガンマン、シェーンも銃の時代は終わったのだ、くらいの気持ちで銃を腰にしているという
主張なのだろうか。

本作を観ていて私は「木枯し紋次郎」を思い出した。ふらっとやってきた宿場町。とある一家や人物のトラブルに
巻き込まていながら「あっしには関わりのないこって」とニヒルを決め込む。しかし最後には敵をバッタバッタと
切り捨てる。そんなイメージが重なって見えた。しかし、ひたすらクールでニヒルな紋次郎に対し、シェーンには
より重い「心の動き」が描かれている。

おそらく西部時代の、個人が銃を持つ時代の最後あたり。銃の早打ちのシェーンも出来れば銃のない生活で
穏当に暮らしたいと思って流離っていたのかもしれない。しかし、世話になったスターレット一家のトラブルに
距離を置いていたが、黙ってみているわけには行かなくなってしまうのだ。ウィルソンの決闘において、本作中
シェーンはたった一回、人に向けて銃を放つ。それは、ウィルソンを倒しスターレット一家やその仲間を救うと
いうニュアンスより、映画全体のトーンとしては、シェーンの銃に対する決別のような気がしてならない。

ラストはライカー一家に雇われた用心棒ウィルソンと決闘し勝ち、ラストの有名なセリフを吐いて、去っていく
のだが、その時のジョーイ少年のセリフが「シェーン!カンバーック!」なのだ。だが、実はシェーンは決闘の
中で怪我をしてた。ジョーイ少年も気がつくのだが、去っていくシェーンにジョーイ少年がグッドバーイと声を
掛けるのは、実はシェーンはあの傷が実は致命傷になっていたのではないか、と受け取ることも出来る。去って
行く彼は、ジョーイ少年のいろんな掛け声に一回も振り向くことはないことは何かを暗示している気もするのだが。
しかし、開巻の頃のジョーイ少年とラストシークエンスのジョーイ少年の表情に成長が観られるのが素晴らしい。

ビクター・ヤングの名曲「遙かなる山の呼び声」と、普及し始めた「シネマスコープ」の映像は素晴らしい!
(今回のNHKBSはデジタルリマスターだったので余計に綺麗だった)
余計なことかもしれないが、本作はこの年のオスカーには作品賞監督賞にノミネートさえされていない。
ヤングの名曲すらだ。何か、この映画の当時の捉えられ方が透けて見えるような塩梅じゃありませんか?

西部劇といえば、「OK牧場の決闘」「真昼の決闘」「駅馬車」などなど、敵と正義の対比が明らかにされ、
正義が勝つプロセスと結果が観客のカタルシスとなるわけだが、「シェーン」について言えば、その範疇から
外れた、愛と思索に満ちた異色の西部劇ということが出来よう。見るべきは活劇ではなくジョーイ少年や
スターレット一家を中心とした人物描写、という作劇なのだ。そこに本作を名作たらしめている理由が
あることは良くわかった。
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<プロダクションノート>
 おそらく、西部劇史上、十指に数える事に異論はないであろう傑作。舞台は緑麗しいワイオミングの高原地帯。
縁あって開拓移民のスターレット一家に厄介となる、旅人シェーン。折しも、この地では開拓移民と牧畜業者の
間で土地をめぐる諍いが起こっていた。
やがて、スターレット一家にもその騒動が飛び火してきた時、世話を受けていたシェーンは、彼らの間に割って
入っていく……。

西部の股旅物としてはまことにオーソドックスな展開なるも、全てのスタッフ・キャストによる奇跡のコラボレー
ションがこの名作を造りあげた。風景描写・人物描写共に丹念かつリアルな演出を施した監督のG・スティーヴン
ス。J・シェーファーの原作を基に、あくまでも子供の視点から物語を構築させ、英雄譚と人情劇を融合させた
脚本。ワイオミングの美しい山間風景の中にキャラクターを確実に捉えた撮影。そして、主題曲『遥かなる山の
呼び声』の余韻も忘れ難い、調べの数々。シェーンに扮するA・ラッドは一世一代と言っていい快演を見せ、
その早撃ちシーンと相俟って観客に永遠に記憶されるであろう主人公となり、一家の父=V・ヘフリンと母=
J・アーサー、この映画の語り手でもある少年ジョイ=B・D・ワイルドも正に適役。そして、実は少ない
登場シーンながらも強烈なインパクトを残して消えていくJ・パランスの黒づくめのガンマン。

語るべき要素は枚挙に暇がない。優れた西部劇は少なくないが、ここまで多くの人に愛された作品はそうある
ものではない。大衆性と娯楽性の両方を持ち合わせているからこそポピュラーとなるのだ。それは10年以上
経ってから、同名のTVシリーズ(主演はデヴィッド・キャラダイン)になった事でも明らかであろう。
(allcinema)

<IMDb=7.7>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:97% Audience Score:81% >



# by jazzyoba0083 | 2018-04-13 16:34 | 洋画=さ行 | Trackback | Comments(0)

四十二番街 42nd Street

●「四十二番街 42nd Street」
1933 アメリカ Warner Bors. 86min.
監督:ロイド・ベーコン ステージ構成・振り付け:バズビー・バークレイ 撮影:ソル・ポリート
出演:ベベ・ダニエルズ、ジョージ・ブレント、ワーナー・バクスター、ウナ・マーケル、ジンジャーロジャーズ
   ディック・パウエル、、ルビー・キラー、ガイ・カービー他
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<評価:★★★★★★★★★☆>
<感想>
ミュージカル映画好きとしては必見の作品であった。これまで鑑賞の機会を逸していたが、市主催の映画上映会で
本作を取り上げてくれたので、大きな画面かついい音で楽しむことが出来た。

その後のミュージカル映画の方向を決定づけた、ともいわれる名作であり、ステージ構成を担当したバズビー・
バークレイの面目躍如たる、当時映画ならではの映像表現(たくさんの股の下からカメラを移動する、人の
輪を俯瞰で撮影し、万華鏡のように見せる、ラインダンスの横打ちのパースペクティブを活かした画像)などなどは、その後たくさんのミュージカル映画で「デフォルト」のように使われたのである。
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さらに、こうしたミュージカルの映像表現の素晴らしさだけではなく、本作の優れている点は、1933年製とは
思えない役者のきっちりした演技と、キャメラの画角の捉え方、影の使い方、多重映像の使い方などなど、
びっくりするほど、今日的である。なかんづく、劇中の演出家ジュリアン・マーシュを演じたワーナー・バクスターの演技は、とても魅力的だった。(それもそのはず、彼はこの4年前に「懐かしのアリゾナ」でオスカー主演男優賞を
受賞している。演技はシュアだ)

物語としてはいわゆるバックステージもの。厳しいオーディションを経て、素人同然の女の子がスターの地位を
得るというサクセスストーリー。特に後半30分ほどの劇中レビュー「プリティ・レディ」が先程の映像効果を
満載した見どころとなる。主人公に予定されていた女優が足を折り、素人同然のドロシーが初日の主役を務め
大評判になる。ストーリーとしては特筆するまでのことはないのだが(よく出来てはいる)、とにかく後半30分に
つきる。それと最後の演出家ジュリアンの、決して笑顔で無い表情(これがラストカット)が、ニュアンスを含んで
いた。
こうした映画はあっけらかんとハッピーエンドになるのがこれまでだったが、本作はジュリアンが医師から
これ以上働くと命に関わると忠告を受けつつ頑張った作品ゆえ、その嬉しさ達成感、さらに苦悩が入り混じった
表情だったのだろう。このころのこのタイプの映画には珍しいラストである。

1933年といえば、大恐慌からルーズベルトによるニューディール政策、そして迫る戦争の足音といった時期で
ドイツではこの年、ヒトラーのナチス党が政権を獲得、日本では軍部の横暴が目立ち始め、日中戦争は間近で
あった。そんな時期だった。これからしばらく世界は暗雲の中に突入する。そんな時期に作られたことを思って
見るとまた感慨もひとしお。

そしてミュージカル映画の歴史としてはその頃からいわゆるレビュー映画からミュージカル映画への転換時期に
あたる重要な時代でもあった。そこに現れたこの映画は誠にエポックメイキングであったのだ。MGMの
一連のミュージカル製作に火を付け、「巨星ジーグフェルド」が完成するのは1936年のことだった。

<ストーリー:結末まで書かれています>
金持ちのアブナー・ディロン親爺は女優ドロシー・ブロックに惚れ、彼女をスターにするミュージカル・ショウに
金を出すことになった。しかしドロシーが恋しているのはヴォードヴィル時代からのパートナーのパット・
デニングだった。このショウの演出は有名なジュリアン・マーシュがやることとなり、一所懸命に稽古をつけて
いた。彼はこのために命を失うかもしれないと医者に言われたが、彼は引退しても差し支えないだけの金を獲り
たいのであった。

長い間コーラス・ガールをやっているロレーンとアンは自分たちの出世はあきらめてペギィ・ソーヤーという
若いコーラス・ガールを立派なものにしたいと熱心に世話を焼いている。ペギィには若い二枚目役のビリィも
肩を入れていた。それをペギィはありがたいと思い、恋を感ずるようにさえなった。
ある晩ペギィはパットに家に送ってもらったがその途上、パットは舞台監督マーシュの手下に殴られた。
マーシュはパットとドロシーの仲が金主に知れたら大変ダと思っていたので懲らしたのである。ペギィは
傷ついたパットを自分の下宿へ連れ帰って介抱したが、下宿の女将に誤解を受けて追い出されてしまい、
金がないので二人はパットのホテルへ泊まった。

マーシュは苦心してようやくふたがあけられるまでにこぎつけた。パットとベギィが路で出会って親しげに
話しているところを見たドロシーは嫉妬してしまう。逆上気味のドロシーは初夜の前晩金主を罵倒したので
ディロンは怒ってドロシーをスターにするなら金は出さぬと言い出す。が結局ドロシーが謝るなら堪忍すると
折れた。原因を知らないマーシュはドロシーにすぐパットと切れろ、と忠告したが、それを耳に挟んだペギィは
パットがまた殴られると早合点してドロシーに警告してやった。ドロシーはかえって怒って、はずみに踵を
くじいてしまう。

一方アンはディロンを口説いてスターになろうとしたが、それはマーシュに跳ねられ、結局ペギィをスターに
することとなる。ペギィは怖いような気がしたが、気を取り直して稽古に励んだ。ビリィも彼女を勇気づけ恋を
告白した。ドロシーもパットと仲直りしてペギィの親切を知り、彼女の成功を祈ると告げた。かくてペギィは
晴の舞台を踏んで見事に成功した。監督のマーシュはヘトヘトになってもう死にそうであったが、観衆がペギィを
ほめるのを聞いて満足の笑みを浮かべたのであった。彼が死を賭して尽くした努力は観衆には認められなかったが、
それでもマーシュは満足だった。(Movie Walker)

<IMDb=★7.7>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:95% Audience Score:74% >




# by jazzyoba0083 | 2018-04-12 11:30 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「フィラデルフィア Philadelphia」(名画再見シリーズ)
1993 アメリカ TirStar Pictures.125min.
監督:ジョナサン・デミ
出演:トム・ハンクス、デンゼル・ワシントン、ジェイソン・ロバーズ、メアリー・スティーンバージェン
   アントニオ・バンデラス、ジョアン・ウッドワード、チャールズ・ネイピア他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
このころのトム・ハンクスは本当に勢いがあった。翌年には二年連続でオスカー主演男優書を「フォレスト・ガンプ
/一期一会」で獲得する。次の年の「アポロ13号」では3年連続か!と騒がれていた頃だ。
本作はトムが主演男優賞を、ブルース・スプリングスティーンとニール・ヤングが歌唱賞を獲得した。
一方、作品賞や監督賞ではノミネートもされていない。(作品賞、監督賞は「シンドラーのリスト」の
スピルバーグ) なにか、この年のオスカーの受賞のありように本作の微妙な立ち位置が伺えてしまうのは
私だけだろうか。
本作は既に観ているのだが、まだこのブログを開設する以前であったため、この程再度鑑賞し感想を記しておこう
と思う。

今は早い治療を開始し、クスリを継続して服用すれば決して死病ではなくなったし、教育や啓発のおかげで
偏見も減ったが、1980年代後半から1990年前半、つまりこの映画が舞台になっている時代においては、
エイズは、かつての日本の「結核」のように、同席さえ嫌われた偏見に満ち、かつ治療法が見つかっていない
「死病」でもあった。またLGBTに対する偏見も当然今ほど市民権を得ていない時代である。

こうした時代にエイズに罹患し、それを黙って仕事をしていた辣腕弁護士アンドリュー・ベケット(トム)が、
エイズを理由に弁護士事務所を解雇を無効として裁判に訴える。彼のパートナーがまだ若かりしアントニオ・
バンデラスである。
皆さんご指摘の通り、体重を落とし、痩せぎすなエイズ患者を演じ、最後は壮絶(とは言え、彼の顔には
充足した幸せ感が浮かんでいたと思うのだが)な最後を遂げるトム・ハンクスの演技は文句のないところだ。
だが、死の床でバンデラスに「もう逝くわ」と笑顔を見せるとアップはまだ健康感があるな、これなら
「ダラス・バイヤーズクラブ」のマシュー・マコノヒーの方が凄みがあったな、と思ってみていた。

そして、トム・ハンクスの裁判を弁護することになる黒人弁護士ジョー・ミラー(デンゼル・ワシントン)の
演技が素晴らしかった。彼はホモ野郎などとんでもないという主義の持ち主であったが、根っからの
正義漢でもあった。その保守的な(というかその頃は一般的)考えが、ベケットと触れ合い、弁護を引き受けて
行く過程で、ベケットの生き様を見るにつけ、自らの考えが変わっていく過程は、なかなか魅せる。

特にマリア・カラスのレコードを流し、その詩を涙ながらに語るベケットとそばにいてそれに聞き入るジョー。
そして、彼は無条件に人を愛するということの大切さを得心したのだ。そしてジョーは家に帰り、もう寝ている
娘や妻に体を寄せて抱きしめる。人を愛するということの無償の心をベケットから教えて貰ったシーンだ。
この映画の中で一番感動的なシークエスであろう。

後半は裁判が中心となる。陪審員の殆どはゲイの存在は反社会的なもの、と思っている人が多かったろう。
之に対しジョーは、ベケットを囲む様々な人、最後にはベケット本人にも証人として聞き、私達が今、考えなくては
ならないことはなにか、兄弟愛を市の名前の由来とするフィラデルフィアにあって、憲法でも保証されている
性的指向の差別の不当を静かに穏やかに訴える。そして、弁護士事務所がエイズで解雇できないため、ベケットが
裁判所に出さなくてはならない訴状を隠し、彼の働きの悪さを理由に解雇した事実を明らかにしていく。

封切られた当時と受け止め方はだいぶ異なるのだろうけど、当時、この映画を作ったプロデュースサイドと
配給した会社の心意気を買いたい。トムはその期待に十分応えた。ジョナサン・デミの心細かい演出が暖かく
勇気を持って心に響く。しかし、ベケット(独身だが)の家族全員がゲイでエイズになったベケットに対し
理解がありすぎるのは観てて悪い気はしないが、あまりにも平板。それとパートナーのバンデラスの交流も
描き方が難しかったのだろうが、こちらも平板で、惜しかったと感じた。「差別」と「偏見」を映像化する
のは典型を離れて描くのは難しいと思うけど。
弁護士事務所の老パートナーを始め、弁護士事務所側の女性弁護士メアリー・スティーンバージェンを始めと
する脇を固めるのキャストも魅力的であった。歌はもちろん素晴らしい。

HIVが完治する病気になったとしても、本作は勇気と愛情の物語としてエヴァーグリーンなポジションを得た
といえるだろう。
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<ストーリー:最後まで書かれています>
フィラデルフィアの一流法律会社に務めるアンドリュー・ベケット(トム・ハンクス)は、ある日突然エイズと
宣告され、ウィラー社長(ジェイソン・ロバーズ)に解雇される。
不当な差別に怒ったベケットは、損害賠償と地位の保全を求めて訴訟を決意。だが、次々と弁護を断わられた
彼は、以前敵同士として渡り合ったやり手の弁護士ジョー・ミラー(デンゼル・ワシントン)を訪ねる。
ミラーはエイズに対して、抜きがたい恐怖を感じていた。しかし、世間の冷たい視線に対しても毅然と対処し、
熱心に資料を漁るべケットの姿に、ミラーの心は動かされる。ミラーは弁護を引き受け、母のサラ(ジョアン・
ウッドワード)をはじめ、ベケットの肉親たちは彼に熱い支援を約束する。

解雇から7カ月後、〈自由と兄弟愛の街〉フィラデルフィアで注目の裁判が開廷した。ミラーは解雇が明らかな
法律違反だと主張したが、対する会社側の主任弁護士ベリンダ(メアリー・スティーンバージェン)は、彼の
弁護士としての不適格性を激しく突く。予断を許さぬ裁断の行方と並行して、ベケットの症状は次第に悪化して
いく。裁判を優先させて本格的治療を先に延ばそうとする彼に、恋人でライフパートナーのミゲール(アントニオ・
バンデラス)は苛立つ。ベケットは恋人のため、自分のためにパーティを開く。遂にベケットは裁判中に倒れ、
病院に運ばれた。ミラーは原告側の勝訴の報を、ベッドの上のベケットに告げる。
数日後、大勢の人々に見守られながらベケットは静かに息を引き取り、ミラーはかけがいのない友の死を実感した。
(Movie Walker)

<IMDb=★7.7>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:78% Audience Score:89% >




# by jazzyoba0083 | 2018-04-11 23:20 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「ミルドレッド・ピアース Mildred Pierce」
1945 アメリカ Warner Bros. 109min.
監督:マイケル・カーティス
出演:ジョーン・クロフォード、アン・ブライス、ジャック・カーソン、サガリー・スコット
   イヴ・アーデン、ブルース・ベネット他
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<評価:★★★★★★★★★☆>
<感想>
びっくりするほど面白い映画だった!NHKBSで放映され、評価を観ると極めて高いので
録画し、このほど鑑賞。いやあ、よく出来た物語だわ。傑作だ。原作があるとはいえ、
映画的手法、映像表現法、出演者の役どころの起き方など全体の作劇の完成度の高さ、
参りました。
さすがは「カサブランカ」のマイケル・カーティス。この人の映画、日本で劇場未公開作品
が多いんだなあ。

主演のジョーン・クロフォードは、本作でオスカーの主演女優賞を受賞している。作品賞は
タイミング悪く「失われた週末」とぶつかって、ものすることが出来なかったが、
音楽が大時代的なところはあるが、こんにち観てもなんら古さを感じない物語である。
アメリカの映画には未見のこうした隠れた名作がまだまだたくさんあるんだろうなあ。

太平洋戦争が終結した年の10月(!)に公開された、ジェームズ・M・ケインの小説の
映画化。
結婚に失敗した普通の主婦が、娘のため、とウエイトレスをして必死に頑張り、レストランを
チェーン店にまで拡大したものの、娘は自分を振り向いてくれない。そして彼女を取り囲む
別れた夫、不動産屋、金の亡者で名家の出身だけ、という男(彼が主人公ミルドレッドと
その娘を食い物にする)そうした男たちとの関係。ミルドレッドの幸せはどこにあるのか、
一流のサスペンスでありながら、親子(娘に裏切られ続けるも、憎んだりしつつも見捨てる
ことが出来ない母性)や男女の実相に思いを致させせる複合的な魅力を多層的エピソードで
描いた重厚な作品である。悲しい女の性、といってしまえばそれまでだが、ハッピーエンドで
はない結末に、ミルドレッドはこれからどうするのだろうか、いや、彼女のことだから人生を
前向きに生きていくに違いない、と思いを致したのだった。

冒頭のクレジットが波に洗われて消えては変わるという洒落たスタート。
LAの海辺の一軒家、蝶タイの男が何発かの銃で撃たれ死んだらしい。倒れた男の横に
投げ捨てられるリボルバー。そして家の前から走り去る一台のクルマ。
シーンは切り替わって店が並ぶ桟橋。一人の女がいましも海に飛び込もうとする。
警戒していた警察官が金属の手すりを警棒で叩き、女に言う「いまから泳ぐつもりだろう。
止めて家に帰ったほうがいい。あんたが泳ぐと俺も泳がなくてはならんからな」。
女は自殺を諦め、夜の闇に消えてく・・・・。なかなか味な開巻である。

一方男が殺され家に先程の自殺志願の女性と1人の男がやってくる。女は男を家に閉じ込め
警察に連絡する。女に下心があった男はしばらくすると自分がどこからも出られないことを
知り、加えて、リビングに男の死体を発見する。窓を破って外に出ると、そこにパトカーが
駆けつけた。事情を話し、中に死体があるぞ、と教えるのだった。当然彼も逃げた女も
犯人かも知れない。

殺されたのは最近結婚したミルドレッドの二番目の旦那だったのだ。警察署で殺人者として
刑事に連れられて来たのは、なんと別れた最初の夫バートであった。ミルドレッドは叫ぶ、
「この人は犯人じゃないわ!」

ここからミルドレッドによる取り調べ刑事に対する自分のこれまでの人生の説明が始まる。
これが映画の進行となる。彼女の告白に過去の画がシンクロしていくという形だ。
このように、映画の見せ方が非常に上手い映画だと思う。観ている人をどう引っ張って
いけば飽きさせることがないか、に腐心した監督の力量だ。キャメラも良い。
古い映画なので、出演者は知らない人ばかりだし、すでにジョーン・クロフォードを始め
ほとんどのキャスト・スタッフは鬼籍に入っている。ただ、貧乏が嫌いでお嬢様扱いされ
たいばっかり、母親に嘘をついて裏切り続ける長女ヴィーダを演じたアン・ブライスは
今年90歳でご存命のようである。ミルドレッドは結局この娘に振り回されてしまったのだ
な。

詳細なストーリーはWIKIPEDIAに詳しく記載されています。
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<IMDb=★8.0>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:84% Audience Score:91% >





# by jazzyoba0083 | 2018-04-10 23:15 | 洋画=ま行 | Trackback | Comments(0)

●「リリーのすべて The Danish Girl」
2015 イギリス・ドイツ・アメリカ Working Title Films,Pretty Pictures.120min.
監督:トム・フーパー 
原作:デヴィッド・エバーショフ『世界で初めて女性に変身した男と、その妻の愛の物語』
出演:エディ・レッドメイン、アリシア・ヴィカンダー、ベン・ウィショー、セバスチャン・
   コッホ、アンバー・ハード、マティアス・スーナールツ他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
アリシア・ヴィカンダーがオスカー助演女優賞に輝いた作品として注目はしていたが、
もっとチャラい映画かと勘違いしていてこれまで鑑賞を逸していた。反省。
本作、世界で初めて性別適合手術を受けたデンマーク人、リリー・エルベと彼を支えた妻
ゲルダの愛情物語だ。昭和の始めころにそのような手術が行われていたのを知ったのも
ビックリだったが、何よりこの映画の見どころは、手術を受ける夫を支えた妻ゲルダの
存在であろう。

画家であるゲルダのモデルを務めるため、もともと細身であった夫アイナー(レッドメイン)がストッキングを履くあたりで、彼の心の中に住む「女性リリー」が顔を出し始める。
妻ゲルダのその女装をした夫を描いたスケッチはパリで個展を開くまでに評価される。
一方で、夫アイナーの中にリリーが出現する時間が長くなり、妻も最初は単なる女装と
思っていたのだが、夫の心の中に変化が生まれたことに気づき戸惑う。ここで妻ゲルダの
偉いところは、夫としてのアイナーを愛しつつ、性同一性障害(という言葉はその当時無かっ
ただろう)で出現したリリーも愛したのだ。本当は男性である夫アイナーに助けてもらいたい
こと、抱きしめてもらいたいこと、たくさんあり苦悩もしたが、彼女はリリーを理解した
のだ。

アイナーも病気じゃないかと医師に相談すると、同性愛者だとか、精神病であるとか
決めつけられるだけ。苦しさは募るばかり。自分の中に女性が住んでいる、そして自分は
肉体では男だが、存在は女性なのだ、と確信する。
そしてゲルダの友人の紹介でドイツの高名な医師に性転換手術をしてもらう決心を固める。
それすなわち、ゲルダは夫アイナーと分かれることになるのだ。さぞ辛い思いだったろう。

手術は2回。1回目で男性器を切除し、体力が回復してきたら膣形成をする、というもの。
今でも大変な手術だろうに、いまから100年近くも前に、こうした手術を受けるリリーの
勇気とそれを支える妻ゲルダの深い愛情、それがこの映画の全てと言って良いだろう。
観客はリリーのすることはワガママと受け止めるだろう。そしてそれを受け入れるゲルダの
心のありようは一体なんなのか、と思うだろう。愛した人は男であろうが女であろうが、
構わない、むしろ、彼女の求めたところは「人類愛」なのか。それとも、あくまで女性と
なったリリーの中に夫(への愛の存在)を観ていたのだろうか。それは映画からは分から
ない。

リリーを演じたエディ・レッドメインの女性姿は綺麗だ。そして、結局2回目の手術による
感染症でリリーは命を落とすのだが、死にゆくリリーは決して不幸ではなかった、と
この映画では描いている。 

不思議な夫婦愛のお話。「英国王のスピーチ」「レ・ミゼラブル」で一躍その名を轟かせた
トム・フーパーの作劇は流石に魅せる。そして本年度のオスカーで「シェイプ・オブ・
ウォーター」でオスカー作曲賞を獲ったアレクサンドル・デスプラの音楽が詩情を掻き立て
る。
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<ストーリー>
世界で初めて性別適合手術を受けたデンマーク人、リリー・エルベの実話を基に、ふとした
きっかけから男性であることに違和感を抱き始めた主人公の苦悩と、そんな夫を献身的に
支え続けた妻の葛藤と感動の愛の物語を描いたドラマ。
主演は「レ・ミゼラブル」「博士と彼女のセオリー」のエディ・レッドメイン。
共演に本作の演技でみごとアカデミー助演女優賞に輝いた「ロイヤル・アフェア 愛と
欲望の王宮」「コードネーム U.N.C.L.E.」のアリシア・ヴィカンダー。
監督は「英国王のスピーチ」「レ・ミゼラブル」のトム・フーパー。
 
 1926年、デンマークのコペンハーゲン。風景画家のアイナー・ヴェイナーは結婚して
6年目になる肖像画家の妻ゲルダと仲睦まじい日々を送っていた。ある日、ゲルダに
頼まれて女性モデルの代役を引き受けたのがきっかけとなり、自分の中に潜んでいた
女性の存在を自覚するようになる。
最初は遊びのつもりでアイナーに女装をさせ、“リリー”として外に連れ出し楽しんでいた
ゲルダも、次第にアイナーが本気だと気づき激しく動揺するが…。(allcinema)

<IMDb=★7.1>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:68% Audience Score:72% >




# by jazzyoba0083 | 2018-04-09 23:20 | 洋画=ら~わ行 | Trackback | Comments(0)

●「王様のためのホログラム A Hologram for the King」
2016 アメリカ X-Filme Creative Pool,22h22,Fábrica de Cine and more.98min.
監督:トム・ティクヴァ 原作:デイヴ・エイガーズ『王様のためのホログラム』
出演:トム・ハンクス、アレクサンダー・ブラック、アリサ・チョウドリー、シセ・バベット
   ・クヌッセン他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
砂漠での国家的プロジェクトの映画というとラッセ・ハルストレム監督の「砂漠でサーモン
フィッシング」という映画を思い出す方も多かろう。本作は全体像は異なるが、「異文化との
出会い」に伴う苦労が通底しているところは似ている。但し映画の出来としては「サーモン」
のほうが遥かにいい。

本作は、トム・ハンクスのための映画と言い切って良い作品。彼が自転車企業取締役を
クビになり、妻にも逃げられ、娘の養育費を稼ぐため、慣れないIT企業に採用されたは
良いけど、所属している企業がサウジアラビアで都市開発のプロジェクトを引き受ける
ことになり、その監督とホログラムによる会議システムを王様に説明するプロジェクトの
責任者に指名されることからドタバタが始まるというのが話のベース。

諸賢ご明察の通り、イスラムの世界に何も知らずに飛び込んだトム・ハンクスの「異文化
との出会い」の衝撃の中で自身が強くなり、(それまでは結構ヘタレであったが、砂漠の
暮らしを通して苦労し、たくましくなって行くのだ)「自己変革」に成功するという、
ハッピーエンドなお話だ。

タイトルからすると「ホログラム」に凄く重点が置かれているように思えるが、「ホロ
グラム」は、主人公の目標点のアイコンに他ならない。

飲酒はだめ、外国人の異性と外で食事もできない、女性の地位の低さ、そしてなにより
約束を守らない。(というか、彼らは何によらずインシャラー<アラーの意志のままに>
という人生主義だから、責められないのだ。外から来た人はそれを理解して付き合わなければ
ならないのだが、主人公を始めとして外国人にはなかなか慣れないものだ。)

主人公アラン・クレイ(ハンクス)背中に脂肪腫のようなコブがあるのだが、それが
彼を「一歩前に出る強い意志」のブレーキのメタファー。現地でそれを肉切りナイフで
取ろうして失敗、病院で治療を受けるのだが、担当したのが女性医師のザーラであった。
彼女との異文化を乗り越えて育む愛情もこの映画の見どころの1つとなっている。
特に彼女の海辺の別荘で二人で泳ぐところでは彼女は男が泳いでいると見させるために
上半身裸で泳ぐのだが、これは見ている方にもなかなか衝撃的であった。異文化の側面を
見た思いだ。

原作があるので、なかなかトム・ハンクスも難しかったとは思うが、重くなく気楽に観られる
「西欧文化ミーツイスラム」な映画として楽しめる。Rotten Tomatoesの評論家評価と
一般鑑賞者の評価の落差が興味深い。
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<ストーリー>
大手自転車メーカーの取締役アラン(トム・ハンクス)は、業績悪化の責任を問われ
解任され、家や車はおろか美しい妻さえも一瞬にして失ってしまう。娘の養育費のために
IT業界に転職した彼に課せられた仕事は、サウジアラビアの国王に立体的な映像を投影
する3Dホログラムを使ったテレビ会議システムを売ることだった。

こうしてサウジアラビアに向かったアランだが、オフィスは傷んだテントが張られている
だけ。設備も環境も整っておらず、抗議しようにも担当者はいつも捕まらない。
しかもプレゼン相手の国王はいつも飛び回っていていつ現れるのかもわからないのに上司には
はっぱをかけられ、ついには身体が悲鳴をあげてしまう。
しかし異なる文化や現地の人々と出会ううちに、アランは新たな一歩を踏み出していく。
(Movie Walker)

<IMDb=★6.1>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:73% Audience Score:55% >




# by jazzyoba0083 | 2018-04-08 23:00 | 洋画=あ行 | Trackback | Comments(0)

●「男と女 Un homme et une femme」
1966 フランス Les Films 13. 104min.
監督・製作・(共同)脚本・撮影:クロード・ルルーシュ  音楽:フランシス・レイ
出演:アヌーク・エーメ、ジャン=ルイ・トランティニャン、ピエール・バルー、ヴァレリー・ラグランジェ他
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<評価:★★★★★★★★★☆>
<感想>
1960年代後半から70年代前半に、文化放送の夜の番組で「ユア・ヒットパレード」という洋楽のベスト10番組が
あった。この番組ではなぜか映画音楽がやたら強くて、一般的なベストテン番組とは言い難かったが、個人的に
映画音楽が大好きだったので、毎週欠かさず聴いていた。田舎なので映画を観ることは簡単では無かったから
作品を音楽からイメージしていたのだと思う。

そうした時代に私は日本で封切られた洋画はまずテーマソングから入っていった。アメリカン・ニューシネマと
いわれる一連の作品もそうだったし、まさに本作などはその典型であり、これ以来、フランシス・レイは
大好きな音楽家となり、一番想い出深いのは高校3年生(だったと思う)グルノーブル冬季五輪の公式映画
「白い恋人たち~グルノーブルの13日」(1968)であり、1970年、ルネ・クレマン「雨の訪問者」の2曲となった。

音楽は好きだけど、映画はハリウッド、という偏屈者であった私は長い間、欧州の名画を敢えて見ようとは
してこなかった。ちゃんと観始めたのはほんの10年前くらいからだ。

よって、みなさんから見れば、え?今頃?という感じだろうが、今回が初見であったのだ。

どうしても、あの音楽が頭にこびりついているのでそのイメージが強いのだが、映画を観てみて、なんと
映画にマッチした音楽だったことだ!ということが今更ながら良くわかった。

「共に悲しみを抱えたある男と女の出会いと愛情の芽生え、切なさを、まるで一遍のポエムを読むかのように描く」
そこに流れる音楽として、本作のような幸せなマリアージュはそうあるまい。

上映時間、ストーリーの単純さ(からくる2人の心の分かりやすさ)、カラー、セピア、モノクロと心情を
表すかのような色彩の使い方。流れるような監督自身が回すキャメラの詩情、登場人物をなるべく押さえ、
セリフも控え気味で、映像と音楽で愛情を描く、というクロード・ルルーシュの野心が見事にはまった秀作と
言える。「男」が乗るクルマ(これが重要なガジェットとなっている)がアメリカ製フォード・マスタングと
いうのも、いい。これがシトロエンとかプジョーだったら詩情はまた異なる方向へずれただろう。
主演女優アヌーク・エーメ、欧州の美人でニュアンスがある。目の演技がたまらなくいい。

本作は、この年のカンヌ国際映画祭でグランプリを、ゴールデングローブで外国語映画賞と女優賞、
そしてアカデミー賞で脚本賞と外国語映画賞を獲得。日本でもブルーリボン賞を受賞した、映画史に残る
名作としての地位を確保したのだった。キネ旬でもその年に公開されたものとしては1位であった。
因みにフランシス・レイの音楽はノミネートさえされていない。

アメリカでは当時まだ有名無実とは言え「ヘイズ・コード」があり、男女が同じベッドで寝ているシーンは
ダメだったはず。本作がオスカーを獲るということはこのコードがどれだけ有名無実であったかが分かる
という側面を見せている。

私見だが、クロード・ルルーシュの最高の作品にして、映画史に刻まれるシネマの佳作、特に欧州映画の
いいところが全部入った素晴らしいロマンティックにしてお洒落(だけではない)な作品といえる。

ラストカットは誰にもマネが出来ない!
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<ストーリー:結末まで書かれています>
アンヌ(アヌーク・エーメ)はパリで独り暮し。夫をなくして、娘はドービルにある寄宿舎にあずけてある。
年はそろそろ30歳。その日曜日も、いつも楽しみにしている娘の面会で、つい長居してしまい、パリ行きの
汽車を逃してしまった。そんなアンヌに声をかけたのはジャン・ルイ(ジャン・ルイ・トランティニャン)
彼も30歳前後で、息子を寄宿舎へ訪ねた帰りだった。

彼の運転する車でパリへ向う途中、アンヌは夫のことばかり話しつづけた。その姿からは夫が死んでいる
などとは、とてもジャン・ルイには考えられなかった。一方、彼はスピード・レーサーで、その妻は彼が
事故を起したとき、ショックから自殺への道を選んでいた。

近づく世界選手権、ジャン・ルイは準備で忙しかったが、アンヌの面影を忘れられなかった。次の日曜も
自分の車でドービルへ…と電話をかけた。肌寒い日曜日の午後、アンヌ、ジャン・ルイ、子供たちの四人は
明るい笑いに包まれていた。同時に、二人はお互いの間に芽生えた愛を隠し得なかった。

血と汗と泥のレースを終えたとき、ジャン・ルイはアンヌからの電報を受けとった。それには、愛してます……と
書いてあった。彼はすぐに車を駆ってパリへ、そしてドービルへ。二人は砂浜で身体をぶっつけ合い、その夜は
安宿のベッドに裸身をうずめた。だが、愛が高まったとき、思いもかけずアンヌの脳裡に割りこんできたのは
死んだ夫の幻影だった。二人は黙々と着物を着た。アンヌは汽車で、ジャン・ルイは自動車でパリへ向った。
しかしアンヌを忘られぬ彼は、彼女を乗換え駅のホームに待った。思いがけぬ驚きと喜びをひとつにして、
アンヌはジャン・ルイに飛びついた。凍てついた空気の中での口づけ。それは最後の口づけかも知れなかった。
だが二人には、そんなことはどうでもよかった。(Movie Walker)

<IMDb=★7.7>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:77% Audience Score:88%>







# by jazzyoba0083 | 2018-04-06 23:10 | 洋画=あ行 | Trackback | Comments(0)

●「レザボア・ドッグス Reservoir Dogs」
1992 アメリカ Live Entertainment,Dog Eat Dog Productions Inc. (Dist.MIRAMAX) 100min.
監督・脚本:クェンティン・タランティーノ
出演:ハーヴェイ・カイテル、ティム・ロス、マイケル・マドセン、クリストファー・ペン、スティーヴ・ブシェミ クエンティン・タランティーノ他
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<評価:★★★★★★★★★☆>
<感想>
タランティーノのデビュー作をずっと観てみたかった。今回機会を得たので楽しませてもらった。
いまさら何の論評が必要か、という傑作だ。私見だが、タランティーノ、本作を超えた作品(勢いという点で)が
ないんじゃないかと思えるくらいの勢いを持った作品。(「パルプフィクション」もいい作品ではあるが)
荒々しいけど、いい。洗練されてくると最近の「ヘイトフル・エイト」みたいになるのかな。

タランティーノらしさが横溢した作品で、「アクション」「暴力」「ユーモア」「下品な意味のない長い会話」
「あっという展開」、そうした中で、そこはかとなく(正面切ってということではなく)ヒューマンを感じる。

そしてハーヴェイ・カイテル、ティム・ロス、スティーヴ・ブシェミを始めとする役者たちが、渋くていい。
ストーリーの根幹をなすのは潜入覆面デカのティム・ロス(Mr.オレンジ)なわけだが、冒頭のダイナーでの
マドンナの「ライク・ア・ヴァージン」の下らない解説についで登場する、逃走するクルマの後部座席で
腹を撃たれて血だらけになって大騒ぎしているオレンジ。何が置きたのかわからないが、どうやら強盗に
失敗して撃たれたらしい。このシーンは後でカットバックされるのだが、こういう時制の置き方もタランティーノ
らしくて好きだ。私は、この強盗グループに誰か裏切り者がいる、と確信した仲間の誰かに銃撃戦の最中に
撃たれたのか、と推察していたら、Mr.ホワイト(カイテル)と、警官に追われて逃げる途中、奪おうとした
クルマの気丈な女性運転者に銃で反撃され撃たれたのだった。これもビックリ。しかも刑事であるオレンジは
とっさに市民であるこの女性を射殺してしまうんだもの。

ハードボイルドであり、容赦ない暴力がある一方、どこか緩さがあり、その緊張と弛緩のメリハリが
たまらない魅力を出していると感じる。100分という時間もいいし、70年代のヒット曲を物語の大きなテーマに
したところも素敵だ。オレンジが強盗団に潜入するに際し、芝居を鍛えることを要求され、ビルの屋上で一所
懸命覚えるあたり、まじめなのか馬鹿なのか分からない(タランティーノの演出は終始そうなんだが)成り行きが
いいフィーリングを醸し出す。

ラストのオレンジとホワイトの血まみれの絡み、そして親分とその息子、そしてホワイトの三すくみの
銃撃戦、Mr.ピンクの漁夫の利まで最後の最後までタランティーノ世界から目が話せない。また観たくなるだろう。
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<ストーリー>
ロサンゼルスの犯罪のプロ、ジョー・カボット(ローレンス・ティアニー)は大掛りな宝石強盗を計画し、
彼の息子ナイスガイ・エディ(クリストファー・ペン)とダイヤモンド専門の卸売り業者に押し入るべく
プロの悪党たちに声をかけた。計画を成功させるため、コードネームで呼ばれるMrホワイト(ハーヴェイ・
カイテル)、Mrオレンジ(ティム・ロス)、Mrブロンド(マイケル・マドセン)、ピンク(スティーヴ・
ブシェーミ)、Mrブルー(エディ・バンカー)、Mrブラウン(クエンティン・タランティーノ)が集まった。

周到に練られた彼らの計画は、襲撃現場に警官が待ち伏せていたため失敗に終る。ホワイトと瀕死の重傷を
負ったオレンジが集合場所の倉庫に必死でり着いた時、ピンクもやって来た。そして彼らはブルーが行方不明で、
ブラウンは逃走の途中で死んだことを知った。彼らの中に仲間への不審の念が沸き上がる。そこに縛り上げた
若い警官、マーヴィン・ナッシュ(カーク・バルツ)を連れてブロンドがやって来た。

仲間に裏切り者がいたことを確信するブロンドは、この警官に裏切り者は誰か吐かせようと言う。やって来た
エディと共に、ホワイトとピンクは隠したダイヤを取りに倉庫を出て行った。サディストのブロンドは拷問を
楽しむために剃刀とガソリンを取り出した。倉庫にマーヴィンの絶叫が響き、彼の耳が切り落とされた。
血の海の中でオレンジはマーヴィンに、自分は潜入捜査官だと告白した。そしてまた倉庫に生き残った者が
集まり、それぞれの不信感が絶頂に達し、凄絶な殺し合いが始まった。
銃を手にしなかったピンクがひとり生き残り、地獄絵のような倉庫をあとにして去っていくのだった。
(Movie Walker)

<IMDb=★8.3>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:91% Audience Score:94% >





# by jazzyoba0083 | 2018-04-05 22:50 | 洋画=ら~わ行 | Trackback | Comments(0)

●「ザ・ドライバー The Driver」
1978 アメリカ 20th Century Fox,EMI Films. 91min.
監督・脚本:ウォーター・ヒル
出演:ライアン・オニール、イザベル・アジャーニ、ブルース・ダーン、ロニー・ブレイクリー他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆+α>
<感想>
「逃がし屋」を描いたその後作品(ライアン・ゴズリング「ドライバー」など)に大きな影響を与えた
ウォーター・ヒルのカーアクション。見どころはCGを使わない(というか時代ではない)LAの街なかを
フルに使ったカーチェイス。そして刑事役のブルース・ダーンを除いて一切笑顔がないクールかつ
スタイリッシュな映像。フィリップ・H・ラスロップの画作り、ペキンパーばりのハードボイルドあたりか。

クルマを使った大きなシーンは3つ。冒頭カジノからの現金強奪シーン、次の仕事の仲間を納得させるため
オレンジのベンツを使って広い屋内駐車場でのアクロバット走行、そしてラストのトランザムを追うオニールの
赤いトラックのシーンだ。カーチェイスやカークラッシュシーンは今では珍しくもないが、当時、道路を封鎖し
実写で展開したリアルなチェイスは迫力満点。甘いマスクのライアン・オニールの「銃は嫌いだ」とか言って
おいて、いざとなれば顔色変えずに銃で人を撃つ。終始クールな存在感。ラストも金にならない仕事をして
警察に捕まりそうになるが、それでも顔色一つ変えることなく現場を去っていく。「ある愛の詩」から8年後の
オニールだ。

背景の音楽がやはり時代を感じさせるし、台本の詰めが甘いところもあるが、91分という時間の中に
スリリングな展開を凝縮させたウォーター・ヒルの手腕が冴える。出演者に名前が無いというのも珍しい。
それと、最後には裏切るイザベル・アジャーニのニヒルな存在がどこか欧州の香りを醸していた。
オニールの運転する赤いトラックの助手席に座って、激しいチェイスのシーンでも怖がるわけでもない
ポーカーフェイスだ。
オニールとアジャーニの関係を具体的になにも語らないところも良かったんじゃないか。
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<ストーリー:結末まで書かれています>
その男『ドライバー』(ライアン・オニール)はエンジンをふかして賭博場の前で待っていた。賭博場から
出てきたのは賭博の売り上げ金を強奪して逃げてきた覆面の男2人で、『ドライバー』は無表情に彼らを乗せ
逃走する。『ドライバー』は銀行ギャングや強盗の逃走を請負うプロの逃げ屋なのだ。

彼のドライブ・テクニックは巧みでベテランのパトカーも追いつけない。パトカーの必死の追跡からうまく
逃げきり、仕事の依頼主から礼金をうけとるとそのまま無表情に消え去った。
彼を執拗に追う『刑事(デイテクテイブ)』(ブルース・ダーン)はいつも捜査線上に浮かんでも現場と
証拠をつかめない『ドライバー』の逮捕にやっきになっていた。そこで『刑事』はスーパーマーケットを
襲撃した3人組の1人『眼鏡(グラス)』を捕え、『ドライバー』に罠をかけるべく取り引きをする。

『ドライバー』に仕事を頼み誘い出すことに成功したら逃がしてやる、というのだ。『刑事』はそのために
ナンバーを控えた札200万ドルを囮に使う銀行に用意させ、それを強奪させた。
しかし欲にかられた『眼鏡』は『刑事』を裏切って仲間とともに200万ドルを一人占めにしようとし、
それに気づいた『ドライバー』は、『連絡屋(コネクション)』と呼ばれる女を通して暗黒街に換金して
もらい、逃走する計画を立てる。駅のロッカーを利用して行なわれる金の受け渡しには、『賭博師
(プレイヤー)』という美女のギャンブラーをたてた。しかし、暗黒街の換金屋は列車の中で『刑事』に
殺されてしまう。『刑事』は、計画通り駅にとって返し、別のロッカーに入れられた金を取りにきた
『ドライバー』を捕えるが、驚いたことにカバンの中は空っぽだった。換金屋が『ドライバー』を騙し金を
ぬいてあったのだ。それが彼を救うことになったのだった。証拠がなく、今回もまた『ドライバー』は
『刑事』の逮捕を免れた。(Movie Walker)

<IMDb=★7.2>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:80% Audience Score:77% >



# by jazzyoba0083 | 2018-04-04 23:10 | 洋画=さ行 | Trackback | Comments(0)

●「クリミナル 2人の記憶を持つ男 Climinal 」
2017 イギリス・アメリカ Lionsgate,Millennium Films and more. 113min.
監督:アリエル・ヴロメン
出演:ケヴィン・コスナー、ゲイリー・オールドマン、ガル・ガドット、トミー・リー・ジョーンズ
   マイケル・ピット、ライアン・レイノルズ他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
出演者のギャラだけで制作費が破裂しそうな豪華スターが並んだスパイもの。本国の評価はあまり
芳しくないが、私は結構面白く観させてもらった。ご贔屓のガル・ガドット(ワンダー・ウーマン)が
出ている、ということもあるのだけれど。まあ、MARVEL並みに突っ込みどころ満載のストーリーで
グダグダ感がないわけではないが、演技のしっかりした人がやるとそこそこ観られるものになるのだね。

映画の根本として、「記憶の移植」ということが大きなポイントとなる。その「技術」がポッと出てくるのが
評価の分かれ目の一つ。(手がける博士がトミー・リージョーズ) また重要な秘密を抱えたまま死んでしまった
CIAのスパイ(ライアン・レイノルズ)から、秘密を取り出すために、そのレシピエントとされたのが
最悪の囚人ジェリコ(ケヴィン・コスナー)。まあ、死んじゃってもいい奴を使ったのだろうけど、ならば
体内にGPS発信機も埋め込む位のことをして、どこに行ってしまったのだ!とか言わせないようにしなければ、
というツッコミもありますね。

死んじゃうCIAのエージェント、ビル・ポープの奥さんジルがガル・ガドットなわけだが、記憶の移植を受けた
ジェリコはまだら模様の記憶のまま、ジェリコ半分ビル・ポープ半分な性格から次第にビルの性格に支配され
て行くようになる。そのあたりのジェリコと妻ジルの間に信頼や愛情の端くれみたいなものが生まれてくる
過程は興味深かった。

世界革命を目論むハイムダールという男が、全世界の軍事システムを自由に操れるハッカー、ダッチマンの
技量とソフトを巡り、CIA(ロンドン支部の親分がゲイリー・オールドマン)と争うのがメインストーリー。
その中でダッチマンから要求されたパスポートと1000万ドルを入れたカバンを持ったビルがハイムダール側に
捕まり拷問の果に殺される。CIAはビルの記憶を取り出すことで、カバンとダッチマンの行方を追おうと
試み、まだネズミでしか成功していない記憶の移植を実行することになるわけだ。

全体のストーリーとしては分かりやすく、テンポも悪くない。(先述のようにツッコミどころはあるけど)で、
何がこの映画の一番の魅力か、というと、ビルの記憶を移植されたジェリコがビルの家族を守るために
死を厭わずハイムダールと対決するのだが、その過程、結果での「ジェリコによるビルのための復讐」の
「やっちまえ!」的カタルシスだろう。社会生活も営めず、善悪の区別さえつかず、犯罪という意識もなかった
男が、ビルの記憶でまともになっていく。そして展開される自己犠牲に基づく復讐劇で観客は溜飲を下げるのだ。
その一点に収斂される作品だろう。それとケヴィン・コスナーの、悪人から人が変わっていく過程の演技が
注目点か。
冒頭でのシーンはラストシーンと繋がっているとすれば冒頭で「俺の頭になにかしようとした奴らを許さない」と
語ったジェリコは、まだ完全にビルにはなっていないという、恐ろしさを少し残した、という感じかな。
ビッグネームがたくさん出ている割には完成度はいまいち。脚本の完成度が低かった。でも私は面白く見ることが
できた。しかしガル・ガドットはやっぱり綺麗だったなあ。
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<ストーリー>
ケヴィン・コスナーが死亡したCIAエージェントの記憶を移植され、壮絶な戦いに巻き込まれる死刑囚を演じる
スパイ・アクション。道徳心のかけらもなく、人を愛した事がなかった男が、別人の記憶の影響を受けて変わって
いく姿をコスナーが繊細に体現。ゲイリー・オールドマン、トミー・リー・ジョーンズといった名優が共演する。

CIAロンドン支局のエージェント、ビリー(ライアン・レイノルズ)が、極秘任務中に非業の死を遂げた。彼は
米軍の核ミサイルさえも遠隔操作できる恐るべきプログラムを開発した謎のハッカー“ダッチマン”の居場所を
知る唯一の人物であった。
“ダッチマン”を探し出し、世界の危機を救うための最後の手段は、禁断の脳手術によってビリーの記憶を他人の
脳内に移植すること。その移植相手に選ばれたのは死刑囚ジェリコ・スチュアート(ケヴィン・コスナー)だった。
記憶が失われるまでのタイムリミットは48時間。ジェリコは凶悪犯である自分自身とCIAエージェントである
ビリーというふたつの人格に引き裂かれながら、テロリストとの壮絶な闘いに巻き込まれてゆく……。
(Movie Walker)

<IMDb=★6.3>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:30% Audience Score:47% >



# by jazzyoba0083 | 2018-04-03 23:10 | 洋画=か行 | Trackback | Comments(0)

●「レッド・スパロー Red Sparrow」
2018 アメリカ Chernin Entertainment,Film Rites,Soundtrack New York. 140min.
監督:フランシス・ローレンス
出演:ジェニファー・ローレンス、ジョエル・エドガートン、マティアス・スーナールツ
   シャーロット・ランプリング、ジェレミー・アイアンズ他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆-α>
<感想>
「ハンガー・ゲーム」シリーズで、ジェニファー・ローレンスと組んでアクションを
撮っているフランシス・ローレンスが、今回は彼女をロシア人として、女性としての
武器を最大に使ったスパイとして活躍させた作品を創った。
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さてさて、ボルショイバレー団のプリマだったドミニカ(ジェニファー)は、仲間の
妬みから本番の演技中にバレリーナとしては再起不能の大怪我を負わせられる。
彼女は病の母を抱えていて、ボリショイをクビになると国家からの支援も打ち切られ、
困ることになる。そこに目を付けたのが叔父で情報局副長官のエゴロフ(スーナールツ)で
あった。母の入院とケアの継続を条件に、彼女をスパローと呼ばれるスパイ養成校に
送り込む。

彼女は天性の才能があったのだろう。スパイとしての頭角を表す。この学校では男女とも
ハニートラップなど「セックス」を大きな武器としていた。

そうした中で、ロシアに潜入中のCIAネイト(エドガートン)がロシア諜報機関にいる
アメリカへの協力者(いわゆるモグラ)との接触に失敗し、モグラの存在が浮上、
ドミニカは、ネイトに近づいてモグラの名前を聞き出す任務を与えられる。

ドミニカはネイトに好意を覚える(みたい)だし、アメリカへの母ごとの亡命を言い出すし、
実際はどちらの体制に付いているのかよく分からなくなる。

ドミニカが母国ロシアの愛国者なのか、ネイトを愛し、アメリカに協力する逆スパイに
なったのか、その辺りの見えづらさがこの映画の見せ所だろう。

結局モグラは情報局にいた将軍だったのだが、将軍は、自らの身を捨てて、自分を売れ、
そしてドミニカが出世してモグラの地位を得るのだ、と説得する。しかしドミニカは
自分をスパイの道に引きずり込んだ叔父をモグラだと垂れ込んで、ネイトと、将軍を
救う。そして将軍と共にアメリカのスパイとしてロシアに身を置くことにした。

ラストシーンはおそらくネイトからの電話で、電話口から、自分がバレリーナとして
初舞台を踏んだ時に演じたグリークだったかな?の曲が流れて来たのだった。

というふうなお話。拷問などの(しかもエロチックな)痛いシーンもたくさんあるし
血もたくさん流れる。下手するとエログロな映画になってしまう寸前。
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全裸やレイプシーン、際どい水着などエロエロな今回のジェニファーだが、彼女、そう
びっくりするグラマーでもないので、まあスパイとして色仕掛けを学びましたよ、それを
実践しましたよ、という点を頑張っている様子を見せたのでしょうが、それが肉体を武器に
出来る女優ではないのが、リアリティを獲得しているメリットかも知れない。

140分の映画だが、そこまで長くする必要があったかなあ、というのが正直なところ。
ネイト役エドガートンは地味だったなあ。ジェニファーを引き立てる役どころだったの
かな。こうしたスパイや逆スパイが入り乱れる映画は訳が分かりづらくなるのだが、
本作は割とすんなり観られたことは観られたが、叔父をモグラにしたてる様子がよく
分からなかったのと、ジェニファーは将軍がモグラだといつ分かって叔父をモグラに
したてようと準備を始めたのか?それは、モグラがだれであろうと、叔父をモグラにして
やろうという前々からのジェニファーの計画だった、と読むのが正しいのかな。

全体的に毛色の変わったスパイ映画で飽きはしなかったが作品の出来としてはどうか、と
言われると、うーむ、となる。冒頭プリマを演じたジェニファーはバレエの素人だったが
4ヶ月の特訓を受けて一応踊れるようになったようだ。ところどころ難しいカットは
スタンドインに任せたのだろうが、こうしたことをやっちゃうのがハリウッド俳優の
凄いところだなあ。でもジェニファーはバレリーナ体型ではないな。ww

<IMDb=★6.8%>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:48% Audience Score:55%>
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# by jazzyoba0083 | 2018-04-02 12:10 | 洋画=ら~わ行 | Trackback | Comments(0)

⚫「ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書 The Post」
2017 アメリカ Amblin Entertainment,DreamWorks,Participant Media and more. 116min.
監督・(共同)製作:スティーヴン・スピルバーグ
出演:メリル・ストリープ、トム・ハンクス、サラ・ポールソン、ボブ・オデンカーク、トレイシー・レッツ
   ブルース・グリーンウッド、マシュー・リス他
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<評価:★★★★★★★★☆☆+α>
<感想>
スピルバーグが本作より前に創りたい映画があったのにもかかわらず、これを創ったのは何故か、という
ことに尽きる。極めて政治的な背景の中で出来上がった作品だ。トランプ大統領の登場。メリル・ストリープが
主演というのも何か因縁を感じる。
この物語自体は、直後に起きる「ウォーターゲート事件」とセットにしてアメリカのメディアの健全性を、
あるいは合衆国憲法修正1条の意義を深く訴える象徴的事件としてよく知られている。ただ、大統領が辞めた
ウォーターゲートに比べ、物語性としてやや地味なので、これまで映画にはならなかったのだろう。

だが、トランプの登場で、俄然この物語を映画にしても着目される素地は出来、また作る意義も出来たのだ。
日本ではもうすぐ公開されるリーアム・ニーソンが「ディープ・スロート」を演じた「ザ・シークレットマン」は
「ウォーターゲート事件」が舞台だが、これも政治が国民に嘘を付くことを許さないアメリカという国の基本を
描いている。(暴かれない嘘はたくさん他にもある国なんだけど、そのあたりを描く映画は「スノーデン」他
たくさんある) 本作に引き続き、「ザ・シークレットマン」を見るとまるで1つの映画のように感じるだろう。
本作のエンディングはまさにそのように出来ている。

メリル・ストリープは本作で21回目のオスカー主演女優賞ノミニーとなったのだが、まさに、彼女が本作の
主役である。この頃、アメリカの代表的クオリティペーパーであったニューヨーク・タイムズとワシントン・ポスト
は同族経営であり、メリル演じるキャサリンは、(ポスト紙はキャサリンの父で富豪のユージン・メイヤーズに
よって買収されたのだが)社長であった夫の急死(自殺)で苦労を知らないマダムから発行人となった女性だ。
当時、女性経営者は珍しい上に、ジャーナリズムにはほぼ素人。ただ大学時代に労働法を学ぶなど社会問題に
対する意識は高かったようだ。

その彼女が、タイムズ紙とポスト紙に内部告発の形で持ち込まれた「ベトナムにおける政策決定の歴史1945~
1968」という分厚い書類を巡って、苦労に苦労を重ね、しかし最後には報道の自由を守る決心を付けるまでの
勇気ある姿を描くのが本作のメインストーリーだ。というかメインストーリーしか無いド直球の物語。
この極秘文書は、太平洋戦争が終わってから、このかたアメリカは勝算がないことを分かっていて戦争に突入し
国民を騙して、大勢の若者を戦場に送り込み殺しているのことが書かれていた。しかし、これを新聞に載せると
いうことは、冷戦時代にあった当時アメリカの国益を大きく損なう恐れがあった。知ってしまった報道機関は
どうしたか、がこれまで多くの映画や書籍になってきているのだ。こうした新聞社の状況を子供や親が出てくるわけ
でもなく、終始新聞社が舞台であり経営者としての、また報道人としてのキャサリンの苦悩が描かれる。
このキャサリンの姿をまさにメリルにキャサリンが乗り移ったように素晴らしい演技を見せる。
トム・ハンクスも霞む力演だ。

上記の極秘文書をタイムズ紙は時をおかず連載を始め、ニクソンに国家の利益に反するとして連載差し止めを
訴えられ、司法がこれを認めたため掲載は下級審の判断で停止されていた。そうした状況故にキャサリンのポスト紙
が掲載するかどうかは余計に大きな決断となったのだ。経営陣には当然、社が潰れる、潰されると反対するものも
少なくない。
しかし、編集長ベン(ハンクス)を中心にした現場の士気は高い。ぎりぎりまで悩んだキャサリンは掲載を
決断する。当然ニクソンに訴えられる。裁判はすぐに最高裁に持ち込まれ、その判断が注目されたが、結果は
6-3で新聞側が勝利した。

この裁判でポスト紙の経営のひとりが裁判官に尋ねられる。「ノルマンディー作戦を事前に知ったら報道したかね」
と。当然のことながら経営者のひとりは「それとこれは比較出来ない」と反論する。正論だろう。

映画は、民主党選挙本部があるビルで、夜警が本部の部屋のドアが破られて誰かが侵入した形跡を発見するところで
終わる。これは、その後アメリカの政治史最大のスキャンダルとなり、時の大統領が辞任に(弾劾決議はされたが
弾劾される前に辞任)追い込まれるというジャーナリズムと政治の大きな事件、「ウォーターゲート事件」の
始まりだった。この事件でも、キャサリン率いるポスト紙は、ニクソン政権と真っ向から対決し、新聞の役目を
十二分に果たしたのだった。

トランプが大手新聞社やテレビを「フェイクニュース」と言い、真実は別にある、とニクソンとはまた違った
形で報道の自由と対立している。アメリカの大新聞、テレビネットワークの経営者はほとんど民主党支持という
側面があるとはいえ、アメリカのメディアはキャサリンの頃とは違った権力との対立構図の中にいる。
翻って、我が国は、と見れば、新聞を軽視する政府の存在はアメリカと変わらないものの、メディアがそれに
毅然と対決しているのかといえばいささか心もとない。もちろん、「社会の木鐸」として頑張っている新聞や
TV番組もあるにはある。だが、アメリカほどのパワーが無いのは残念だ。国民性と言ってしまえばそれまで
だが、政治の嘘、悪行は必ず暴かれなければならない。「権力は腐敗する」からだ。メディアが国策言論機関と
なっている中国やロシアの国民が幸せだとは到底思えない。国民が悪いのではなく、知らないからだ。そして
知らしめないことの、あるいは知ってしまった挙げ句の怖さをそれらの政府はよく知っているからだ。

3年前オスカーで作品賞を獲った「スポットライト・世紀のスクープ」もワシントングローブ紙の宗教に切り込んだ
素晴らしい報道の様子を描いたものだった。こうした作品を創り、またこれを称揚する制度のあるアメリカという
国、悪いこともたくさんやっているが、権力に対するカウンターパワーの健在さを見るのである。
この裁判で最高裁判事の「報道機関は政治家や権力に使えるものではない。報道機関は国民に仕えるものである」
というセリフを今の日本の最高裁判事は同じ状況になったら言えるだろうか?

本作は政治的テクニカルタームがたくさん出てくる、基本的にセリフ劇なので、当時の政治情勢が分かっていないと
眠くなるかも知れない。観に行くなら是非予習をしていって頂きたい。
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<ストーリー>
スティーヴン・スピルバーグ監督がメリル・ストリープとトム・ハンクスを主演に迎え、時の政権に屈すること
なく言論の自由を守るために戦ったジャーナリストたちの矜持と覚悟を描いた社会派実録ドラマ。ニクソン
政権下で機密文書“ペンタゴン・ペーパーズ”を公開し、ベトナム戦争の欺瞞を暴き出したワシントン・ポスト紙に
焦点を当て、就任したばかりの女性発行人キャサリン・グラハムが、政府を敵に回し、経営危機を招く危険を
冒してでも記事にすべきかという重い決断を下すまでの葛藤の行方を描き出す。

 ベトナム戦争が泥沼化していた1971年。ニューヨーク・タイムズはベトナム戦争に関する政府に不都合な事実が
記載された最高機密文書、通称“ペンタゴン・ペーパーズ”についてのスクープ記事を発表する。
アメリカ中が騒然となる中、ニクソン政権は裁判所に記事の差し止め命令を要求する。タイムズが出版差し止めに
陥る一方、出遅れたライバル紙のワシントン・ポストでは、編集主幹のベン・ブラッドリーが文書の入手に
奔走する。
やがて全文のコピーを手に入れたポストだったが、それを公表すれば裁判となって会社の将来を危うくしかねず、
経営と報道のはざまで社内の意見は大きく二分する。そしてそんな重大な決断が、亡き夫の後を継ぐ形でいきなり
アメリカ主要新聞社史上初の女性発行人となったキャサリン・グラハムに託されたのだったが…。
(allcinema)

<IMDb=★7.3>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:88% Audience Score:73% >



# by jazzyoba0083 | 2018-04-01 11:00 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

⚫「ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男 Darkest Hour」
2017 イギリス Perfect World Pictures,Working Title Films. 125min.
監督:ジョー・ライト
出演:ゲイリー・オールドマン、クリスティン・スコット・トーマス、リリー・ジェームズ、
   ロナルド・ピックアップ、スティーブン・ディレイン、ベン・メンデルソーン他
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<評価:★★★★★★★★★☆>
<感想>
議会制民主主義の発祥の地、イギリスらしさが横溢した作品。重い内容だが、チャーチルの妻役の
クリスティン・スコット・トーマスや、専属タイピスト役のリリー・ジェームズという二人の女性の存在が
アクセントになり(飾りという意味ではなく)単調になりがちなセリフ劇を重層的に見せていた。

個人的にノーランの「ダンケルク」を観て、原作本も読み、タイミングよく、NHKBSで「鷹とライオン」と
いうチャーチルとヒトラーを対比したドキュメンタリーを放映してくれていたので、当時の構図も含めよく理解
できたし、それゆえに映画のできの良さもひしひしと伝わってきた。最後の地下鉄のシーンでは不覚にも
目頭が熱くなった。

そしてこの映画を観ながら、同じ時期の天皇と東條らと日本国民との相違についても考えていた。チャーチルを
首相に指名したのは、「英国王のスピーチ」で知られ、現エリザベス女王の父君であるジョージ6世だ。
彼は、ヒトラー率いるナチスドイツが、猛烈な勢いで勢力を拡大する中、イギリスに講和を持ちかけるのだが、
当初は時の首相チェンバレンらと共にドイツ宥和政策を支持していた。

しかし議員や国民の意思は、別の所にあると確信し、1940年に67歳という高齢で、第一次世界大戦ではガリポリで
大敗北の原因を作ったチャーチルを首相に指名、その後、この二人は英国近代史の中で最も個人的な友情と信頼で
結ばれた国王と首相と評されるほどの中となった。国王が自らの後ろ盾を与えたジョージ6世は、チャーチルに対し、
国民の声を聴け、と忠告する。
そこでチャーチルは初めて地下鉄に乗り、市民にナチスと講和条約をやめようと思うがどうか、と聞いて回る。
辛いこともある、覚悟も決め無くてはならない、それでも私はドイツを戦おうと思う。バッキンガム宮殿や
ウィンザー城、国会議事堂にナチスの鉤十字がはためくのは嫌だ。ファシズムの傀儡政権が出来るのは見たくない、
こう思うがどうか?と。
乗客の誰からも一斉に「NO!」という返事が返ってきた。国民は自分が心配するより覚悟を決めていることに
自信を持ったチャーチルは、まず閣外大臣らを呼んで、講和条約交渉(仲介役はムッソリーニ!)は止める。
ドイツと戦う、と宣言。次に下院で同様の演説をぶつ。ここに、英国の覚悟は固まったのだ。

映画はそこで終わる。同時に進行していたダンケルクの大撤退は成功に終わったが、チャーチルの5年間、
英国はロンドンの空襲、V1ミサイル攻撃、など苦労を味わうことになる。しかし、映画には描かれないが
ジョージ6世が娘エリザベス(現女王)を連れて訪米した折に結んだルーズベルト大統領との友情がその後の
ノルマンディー作戦に象徴されるように欧州におけるアメリカ軍の(連合軍の)大支援を得ることが出来たの
のも、英国にとって幸せだった。もしも、イギリスがナチスとの講和条約を結び、イギリスにナチスの傀儡政権が
出来たとしたら、あの世界大戦はまた別の様相を示していたのだろう。ここでのチャーチルの決断は歴史的な
ものだったのだ。

史実を知っているとこの映画の面白さの広がり方は大きいので、是非このあたりの時期の英国史を事前におさらい
してから観ることをお勧めしたい。Wikipediaでジョージ6世とチャーチルを読んでいくだけでもいい。

さて、映画の本論に戻ろう。作品はチェンバレン首相時代の失敗続きで自信を失っているもう歳も歳である
チャーチルを描くところから始める。作品中、チャーチルは常に怒鳴っている。その大声を受け止めつつ
心ひそかにチャーチルを応援するタイピスト、エリザベス。そして愚痴を優しく聞いてくれる妻クレメンティーン。
登場人物が少なく、セリフが多く、戦闘シーンの無い、まるで舞台劇のような進行だが、こうしたメリハリを
つけつつ、オールドマンが演じるチャーチルの苦悩が分かりやすく提示されていく。特にジョージ6世に首相に
指名されてから、ラストまではセリフ劇なのに、空襲があるわけでも戦闘シーンがあるわけでもないが一気呵成に
見せていく。そのあたりに監督の力量を見る思いだ。
最後になってしまったが、オスカーを受賞した我が辻一弘氏の特殊メイクは、メイクと感じさせない見事な仕上
がりであった。そしてゲイリー・オールドマンの主演男優賞受賞納得の演技である。

日本人としては同じ大戦で、国民に対し焦土作戦を呼びかけた軍部がなぜ国民の理解を得られなかったか、また
天皇の理解を得られなかったか、ということを考えた。メンタリティとしては似ているところがあるからだ。
だが、英国との決定的な違いは、民主主義が根付いた長い歴史を持つ国と、国王と政治家の距離感と立ち位置が
当時同じ植民地を持つ国として日本と英国は決定的に違っていたのではないか、と感じた。そして政治家は
国民に対して嘘をつかないことだ。中東情勢を思えば20世紀初頭からイギリスがやってきたことは褒められない
ことは多いのだが、チャーチルという人物がいた英国、ヒトラーの出現を許したドイツ、軍部の独走を許した
日本、やがてド・ゴールの登場となるフランス、先の大戦にはたくさん学ぶべき点は多い。こうした映画が
今さかんに作られるのは、それだけ世の中が「非寛容」「差別」的に回帰しているからで、映画界からの警告と
受け止めるのが正解。スピルバーグが「ペンタゴンペーパー」を前倒しして作った覚悟からも見えるのだ。
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<ストーリー>
ゲイリー・オールドマンが第二次世界大戦時に英国首相に就任し、ヒトラーの脅威に敢然と立ち向かった
ウィンストン・チェーチルを演じてアカデミー賞主演男優賞に輝いた感動の伝記ドラマ。
また、そのゲイリー・オールドマンを驚異の技術でチャーチルへと変身させた特殊メーキャップ・アーティスト
辻一弘も、みごとアカデミー賞メイクアップ&ヘアスタイリング賞を受賞し話題に。

英国がヒトラーに屈する寸前での首相就任からダンケルクの戦いまでの知られざる27日間に焦点を当て、
ヨーロッパのみならず世界の命運を左右する決断が下されるまでの葛藤とその型破りな人物像を描き出す。
共演はクリスティン・スコット・トーマス、リリー・ジェームズ、ベン・メンデルソーン。
監督は「プライドと偏見」「つぐない」のジョー・ライト。

 1940年5月、第二次世界大戦初期。独裁者ヒトラー率いるナチス・ドイツの前にフランスは陥落寸前で、
英国にも侵略の脅威が迫る中、新首相に就任した前海軍大臣のウィンストン・チャーチル。国民には人気が
あったものの、度重なる失策で党内はもちろん国王からも信頼を得られず、弱音を吐く彼を妻のクレメンティーン
は優しく叱咤する。
就任直後の演説では勝利を目指して徹底抗戦を誓うも、戦況は悪化の一途を辿っていく。そしてドイツ軍に
追い込まれた英国軍が、ついにフランス・ダンケルクの海岸で絶体絶命の状況を迎える。英国への上陸も
いよいよ現実の脅威となる中、犠牲を回避すべくドイツとの和平交渉を主張する外相ハリファックスの必死の
説得を受けるチャーチルだったが…。(allcinema)

<IMDb=★7.4>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:85% Audience Score:82% >






# by jazzyoba0083 | 2018-03-31 13:10 | 洋画=あ行 | Trackback | Comments(0)

⚫「アメリカン・バーニング American Pastral」
2016 アメリカ Lakeshore Entertainment. 108min.
監督:ユアン・マクレガー 原作:フィリップ・ロス
出演:ユアン・マクレガー、ジェニファー・コネリー、ダコタ・ファニング、モリー・パーカー
   デヴィッド・ストラザーン他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
現代アメリカを代表する作家フィリップ・ロスの原作を初監督作品に持ってくるとはユアンもなかなか
やるな、と思って見始めたら、ちょっと荷が重い作品を手がけちゃったんじゃないか、と思い始めた。
1960年代から70年代にかけて、アメリカン・ドリームの世界は終わり、アメリカを覆ったベトナム戦争、
黒人解放、女性解放、政治家の暗殺と陰謀、嘘というムーブメント。
こうした時代が裕福な一家を引っ掻き回し、瓦解させていくさまが、「アメリカ田園詩」というなんとも皮肉な
タイトルで描かれていく。
小説で読むほうが良いタイプの話かもしれない。本作を見てカタルシスを感じる人がどのくらいいるだろうか。
ラスト、ダコタがユアンの棺に近づいていくシーンはカタルシスなのか。私にはひょっとしたらこの娘、お棺に
ツバでも掛けかねない、とさえ思った。(そうじゃないだろうけど)
それほど、完膚なきまでに一家はめちゃくちゃになっていったのだ。そのあたりの一家の心がバラバラな
価値観に放散していくさまはこの時代における、どこにでもある話として原作者が言いたかったこのなのでは
ないか。そういう意味では、本国の酷い評価はちょっと酷ではないか、とも思えてくる。アメリカでは、辛すぎる
のかもしれないし、傷に塩を塗られる痛みを感じるのかも知れない。繰り返すが、映像表現をする作品だったのか
どうか。それは疑問だ。ロスのピュリッツァー賞まで受賞した作品をこれまで誰も映像化しようとしなかったのは
なぜか、考えなかったのだろうか。

役者はみんないい。特に何を考えているのかさっぱり分からないダコタ・ファニングは、裕福な家庭でお嬢様と
して育てられた反動なのか、反戦運動から怪しげな宗教への没入と、自分の人生を親の期待とは真逆の方に
進む。愛する人の、家族の、そうなってほしいと願う人物になるのがいいのか、家族である前にそれぞれがひとりの
人間なのではないのか、人の人生は他人には歩めない。期待と現実、なかなか難しいテーマである。幸せのありかは
人それぞれだからだ。誰も他人の価値観を押し付けることは出来ないはずだ。しかし、である。難しいのは。

結局この映画が低空飛行してしまった原因は、何をいいたいのかハッキリと迫ってこないままカタルシスもなく
重い空気を残して映画が終わってしまうからだろう。難しいことを扱っているし、それは社会的に意義の
あるテーマであるとも思う。だが父親の偏愛、母親の分裂気味の愛情、子供の吃音と親からの過剰な期待、
私達は誰も責められない。時代が壊した、としか言えないのだ。そこが苦しいのだ。まさしくそこがフィリップ・
ロスの言いたい点だったのかもしれない。
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<ストーリー>
ユアン・マクレガーが長編監督デビュー作として、ピューリッツァー賞受賞作を映画化。1960年代、父の事業を
継ぎ、順風満帆な人生を歩むスウィード。だが、一人娘が爆弾テロ事件の直後に姿を消したことをきっかけに、
彼の幸せな人生が崩壊してゆく……。
共演は「ノア 約束の舟」のジェニファー・コネリー、「17歳のエンディングノート」のダコタ・ファニング。

平和と繁栄に満ちた良き時代が終わりを告げ、ベトナム戦争が暗い影を落とし始めた1960年代。高校の人気者
だったスウィード(ユアン・マクレガー)は、父の事業を継ぎ、ミス・コンテストの女王ドーン(ジェニファー・
コネリー)を妻に迎えて順風満帆な人生を築き上げた。しかし、反戦運動に感化された一人娘のメリー(ダコタ・
ファニング)が、近隣で起きた爆弾テロ事件の直後に姿を消してしまう。容疑者として警察から追われる娘の
無実を信じ、必死に行方を探すスウィード。
ところが、娘の仲間だと名乗る謎の女に追い詰められ、一家の人生は崩壊していく。家族の幸せを取り戻そうと、
長く苦しい戦いに立ち向かうスウィードだったが、その先に待ち受けていたのは、衝撃の真実だった……。
(Movie Walker)

<IMDb=★6.1>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:22% Audience Score:29% >




# by jazzyoba0083 | 2018-03-29 23:30 | 洋画=あ行 | Trackback | Comments(0)