●「アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル I,Tonya」
2017 アメリカ AI-Film、Clubhouse Pictures (II) and more. 120min.
監督:クレイグ・ギレスピー
出演:マーゴット・ロビー、セバスチャン・スタン、アリソン・ジャネイ、ジュリアンヌ・ニコルソン、ボビー・カナヴェイル他

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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
シネコンに行こうと思っているうちに見逃した一作。やっと観ることが出来た。面白かった。脚本、演出が
良い。(若干小賢しい気もするけど、面白さが勝っていた)
やはり、母親を演じたアリソン・ジャネイの存在感が圧倒的。

コミカルな味付けの中に、本質が浮かび上がってくるという作りはなかなかなものだ。つまり、トーニャは
消費されるゴシップ、スキャンダルとして本人たちが思っている異常にクローズアップされていくという
社会事情があぶり出されるのだ。今ならネットがあるからこれ以上の騒ぎになるだろう。
今の日本でもワイドショーで連日放送されるゴシップネタは、大衆受けを狙って脚色され、同調圧力の中で
吊し上げにも似た環境を作り出す。世の中はヒールを求めている。それをみんなで叩いてうさを晴らして
いるのだ。ネット炎上と違わない構図だろう。

たしかに、トーニャの母の屈折した愛情、元夫のこれまた屈折した愛情は共に暴力を伴ってトーニャを襲う。
幼い頃からイジメに近い扱いを受けてきたトーニャの性格がネジ曲がるのも仕方がない。一方でスケートの
技術は確かに天賦の才能があったのは間違いない。
もし、というのは無い話だが、もしあの実力が良い環境下で鍛えられたら金メダルを獲っていたかも知れない。
しかし、である。あの実力は、あの母親の育て方があったからとも考えられる。母親自ら「怒らすと火がつく」
という彼女の性格を見抜いての、あの仕方だった部分もある。だが、果物ナイフを投げてそれが腕に刺さるに
及び、トーニャの中でも何かが切れた。

映画は実在の人物にインタビューした光景を役者が演じてドキュメンタリー風の中に役者のカメラ目線のセリフが
あったり、スポーツチャンネルの記者(役者)が「バカばっかり」と呆れたり、コミカルな味付けが楽しい。
本作で語られることが全部真実でないことは、冒頭字幕で説明される。「だいたい事実に基づく、ほとんどは
当たっていると思う」と人を食った感じで。母親を除く周囲の人々が本当に「バカ」ばっかりで、本人や夫の
求心力かも知れないが、回りがもう少し賢かったらあの事件はなかったかも知れない。

関係者の殆どが裁判沙汰となっているとはいえ、まだ皆さん健在な時期に、よくこんな映画を作れたな、と
感じた。ナンシー・ケリガンは本作は観ていないそうだ。事件について本作ではトーニャは知らなかったのに
巻き添えを食った雰囲気にまとめていた。しかし彼女の描かれ方はヒールである。セリフの殆どにF○UKINが
付くという下品さ。

オーストラリア出身のマーゴット・ロビーはアイスホッケーの選手であったため基本は出来ていたがフィギュア
スケートについてはコーチについてみっちりレッスンしたのだそうだ。プロスケーターの吹き替えとCGがあると
はいえ氷上での頑張りは加点ポイントだろう。また彼女を捉える映像も上手いこと表現できていて見ごたえが
あった。
リアルタイムで靴紐が切れたと言って泣きべそをかくトーニャを観ているが、脚本、演出、キャスト、全体と
してよく出来た映画だと思う。

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<ストーリー>
1994年のリレハンメルオリンピックへの出場権を巡って、元夫らにライバル襲撃を命じたと疑われ、一躍時の
人となったフィギュアスケート選手、トーニャ・ハーディング。彼女に多大な影響を与えたと言われる母親と
の関係や衝撃的な事件の経緯などを追った人間ドラマ。『スーサイド・スクワッド』のマーゴット・ロビーが
トーニャを演じる。

貧しい家庭に生まれたトーニャ・ハーディング(マーゴット・ロビー)は、幼少の頃から厳しく育てられた。
幼くしてスケートを始めた彼女は、天賦の才と努力により、1991年に女子選手として伊藤みどりに続き史上
2人目となるトリプルアクセルに成功。1992年のアルベールビルオリンピック代表選手に選出された。

1994年1月6日、リレハンメルオリンピック選考会となる全米選手権を前に、練習を終えたナンシー・
ケリガンが何者かに襲撃される事件が発生。膝を殴打され負傷したナンシーは全米選手権欠場を余儀なくされる。
トーニャの元夫ジェフ・ギルーリー(セバスチャン・スタン)の指示による犯行と判明し、トーニャ自身にも
疑惑の目が向けられた。
一度は栄光を掴みアメリカ中から愛された彼女のスケート人生は、この事件を境に一変し、転落していく。
(Movie Walker)

<IMDb=★7.5>
<Metaciric=77>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:89% Audience Score:88% >
<KINENOTE=77.4点>



# by jazzyoba0083 | 2019-07-16 23:10 | 洋画=あ行 | Trackback | Comments(0)

●「キリング・フィールド The Killing Fields」
1984 イギリス Goldcrest,International Film Investors,Enigma (First Casualty) .141min.
監督:ローランド・ジョフィ 原作:シドニー・シャンバーグ
出演:サム・ウォーターストン、ハイン・S・ニョール、ジョン・マルコヴィッチ、ジュリアン・サンズ他

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<評価:★★★★★★★★★☆>
<感想>
恥ずかしながら、今頃観ています。ジョン・レノンの「イマジン」が、こういう風に使われていたのを
今日まで知らなかった。恥じ入るばかりだ。もっと「地獄の黙示録」っぽい観念的な作品かと、思い込んで
いた。こんな史実をベースにしたハードな作品だとは知らなかったなあ。もっと早くに見れば良かった。
何故今になってから、というと先日、韓国映画の「タクシー運転手 約束は海を超えて」という実話物を
観た時(ブログは後日アップします)、感想の一つに「韓国版キリング・フィールド」というのがあり、
そうだ、と思った時にWOWOWで放映してくれたので録画して鑑賞した次第だ。

ベトナム戦争時のカンボジアの出来事を、NYタイムズのシドニー・シャンバーグ記者と現地記者で通訳を
努めてくれたカンボジア人プランの苦闘を描く実話ものだ。前半はカンボジアから米英仏などの欧米軍が
撤退し、クメール・ルージュが支配するまで。ここでシャンバーグ記者はプランを伴えず、帰国する。
プランはクメール・ルージュに捉えられ、洗脳の日々。しかし収容所から脱走し、国境を超えて米軍の
キャンプに駆け込み、二人が再会するまでを描いている。シャンバーグはピュリッツァー賞を受賞している。

本作のハイライトはなんと言ってもクメール・ルージュに捕らえられたプランの地獄の日々の描写だろう。
これは再会後にシャンバーグがプランから取材して纏めたものだろうが、狂気の集団のカルトな恐怖が
支配する洗脳の世界。まさにオーム真理教の世界だ。特に純真な子供らは簡単に狂気に染まり、躊躇なく
殺人に手を染めていく。それが後に全世界に知られる大量虐殺の一部なのだろう。

映画は米軍の知らないふりしたカンボジア爆撃から、特派員たちの苦闘、さらに現地住民のありさまを
丁寧に描き、さらにクメール・ルージュの恐怖支配も細かく描写した。目を覆いたくなるような光景も
出てくる。描かれる世界のリアルさとドラマ性が相まって迫力のある、説得性のある作品となったと
感じた。ポル・ポトのジェノサイドの全貌を明らかにしていないという批判もあるが、この映画を作った
ことだけでも凄いことだと思う。

冒頭からキャメラの塩梅がとてもいいなあ、と思っていたら、やはりオスカーの撮影賞と編集賞を獲って
いた。またプランを演じたカンボジア人ニョールは助演男優賞を獲ったのだった。産婦人科医だった彼は
実際に4年間クメール・ルージュに捕らわれた経験を持つ。その後アメリカに移った。本作以降、数々の
映画に出演したが、96年、LAの自宅近くでコカイン代欲しさの黒人3人組に銃で撃たれて死亡してしまう。
クメール・ルージュから生き抜いたのに、新天地でヤク欲しさの賊に殺されるとは、何という皮肉というか
悲劇なんだろう。そう思う時本作がいっそう重く感じられる。
実際のプランはベトナム軍がポル・ポト派を一掃するまでの4年間、収容所の暮らしを耐え、80年に渡米、
NYタイムズの報道カメラマンとして活動したという。
シャンバーグは2016年に亡くなっている。

なんとも重いテーマだが、観なければいけない作品だろう。

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<ストーリー:結末まで書いてあります>
1973年8月。ニューヨーク・タイムズの汽車シドニー・シャンバーグ(サム・ウォーターストン)は、特派員
としてカンボジアの首都プノンペンに来た。
当時のカンボジアはアメリカを後楯にしたロン・ノル政権と、反米・救国を旗印に掲げた革命派勢力、クメール・
ルージュとの闘いが表面化した時期でもあった。カンボジア人のディス・プラン(ハイン・S・ニョール)が、
現地で彼の通訳・ガイドとして仕事を助けてくれることになった。

翌74年に入って、革命派のプノンペン進攻は目前に迫った。外国人や政府関係者は、必死に国外へ出ようと
かけずりまわり、プランの家族も、シャンバーグの手を借りて、無事にアメリカへ旅立った。
同年4月、プノンペン解放、ロン・ノル政権はついに崩壊、新しくクメール・ルージュを率いるポル・ポト政権が
誕生した。シャンバーグ、プラン、そしてアメリカ人キャメラマンのロックオフ(ジョン・マルコヴィッチ)、
イギリス人記者のジョン・スウェイン(ジュリアン・サンズ)は、病院に取材に行くが、クメール・ルージュの
兵士に逮捕される。プランは三人の命の恩人となったのである。

四人は最後の避難所であるフランス大使館へと逃げ込むが、やがて、カンボジア人であるプランだけが、クメール・
ルージュに引き立てられ、どこかへ連行されていった。数日後、シャンバークたちは無事、国外へ避難することが
できた--。

ニューヨークに戻ったシャンバークは、プランの身を案じながらも、カンボジアの取材記事でピューリツッァー賞を
受賞した。この栄誉はすべてプランのおかげだった。受賞式の日、ロックオフがシャンバーグを訪れ「あの賞が
欲しくてプランを脱出させなかったんだな」となじるのだった。--

その頃、プランは、過去の身分を隠し、クメール・ルージュの監視下で労働していた。町の住人たちは農村で強制
労働させられ、子供が親をスパイするという惨状の中で、数え切れないほどの人々が殺された。
やがて、辛くも脱走したプランは累々たる屍を踏み越えて、とある村にたどりつき、村の長の家でハウスボーイと
して働くようになる。しかしその主人もクメール・ルージュに殺されたため、託された少年とともに村を脱出。
途中、地雷で少年は死に、プランが死ぬ思いをしながら、タイの難民キャンプにたどりついたのは、79年も秋に
なったころだった。
プラン生存の連絡を受けたシャンバーグは、タイの難民キャンプへ飛んだ。「許してくれ」とシャンバーグ。
「許すことなどないよ」とプラン。抱き合う二人をカーラジオから流れるジョン・レノンの“イマジン”が優しく
つつみ込んでいた。(Movie Walker)

<IMDb=★7.9>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:93% Audience Score:92%>
<Metacritic=No Data>
<KINENOTE=76.9点>



# by jazzyoba0083 | 2019-07-13 23:15 | 洋画=か行 | Trackback | Comments(0)

●「ゴールデン・リバー The Sisters Brothers」
2018 フランス/スペイン/ルーマニア/ベルギー/アメリカ Why Not Productions.120min.
監督・(共同脚本)ジャック・オーディアール 
原作:パトリック・デウィット・『シスターズ・ブラザーズ』(創元推理文庫刊)
出演:ジョン・C・ライリー、ホアキン・フェニックス、ジェイク・ジレンホール、リズ・アーメッド他

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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
ジレンホールは最近出過ぎの感じだが、4人の渋いキャスティングに釣られて劇場へ。フランス製ウェス
タンな座組であるが、出来はまるっきりアメリカンだ。どこかコーエン兄弟の匂いがした。不条理ではないの
だが、科学者ハーマンが作った川の中の金を輝かせる薬品て、硝酸だか硫酸だかが混じっているんじゃないの?
観ながら、「ヤバイなあ」とは薄々分かったが、やはりか!という感じだ。これが映画の大きな山場だ。
そこに至るまでが若干たるかったのと、相関関係が明確にならず(個人的にだが)時間が経つのが重かった。

原作にあるように、主役はシスターズという苗字を持ったライリーとフェニックスの兄弟であり、二人が
オレゴン準州の提督(と称されるボス)に命じられて追う化学者アーメッドに同業者ジレンホールが加わると
いう形。
そしてシスターズ兄弟の中でも、この映画権を買ったプロダクションを経営するライリーがメインという
立ち位置となっている。

殺し屋兄弟が、金を見つけやすくするという化学式(フォーミュラ)を発明したインド系ぽい男と彼に
くっついて金を獲りたいジレンホールを追うのだが、終盤に来て、4人はチカラを合わせて、
兄弟がメイフィールドという町の女ボスをやっつけたために追ってきた男たちと対決し全滅させ、
さらに4人で化学者ハーマンが作った液体を堰き止めた川に流し、いくつかナゲットを獲得することに
成功する。しかし、あせった弟チャーリー(フェニックス)が原液を川に入れてしまい、自らも川に
転落したため、全員大ヤケドを負うことになってしまう。

この事故で化学者は死亡、大ヤケドを負ったモリス(ジレンホール)は銃で自殺、チャーリーは片腕を
失うことになる。散々な結末で、怒りを提督に向け、オレゴンに戻ったら、提督はすでに病気か何かで
死んでいた。二人の兄弟は母親の元に戻っていったのだった。ラストシーンは実家のベッドでそよ風に
吹かれる兄イーライの姿。
しかしそこそこ集めた金のナゲットはどうしたのかな。あれだけあればそこそこ良い目をみられるのじゃ
ないかな。人間、欲張るとろくなことな無い、ということなのかしら。

化学者ハーマンが金を売って目指すものは理想の民主主義の世界。その組織を作るための軍資金としたい
のだった。そこに今日性を感じるが原作にあるのだろうけど取って付けた感が・・・。それに共感してしまう
提督の連絡係モリス(ジレンホール)だった。

1850年代の銃がリボルバーを脱着させて弾の交換をする、というところとか、イーライの愛馬が厩舎の
火事で火傷を負い、結局死んでしまい、イーライがひどく気落ちするところとか、イーライの口に毒蜘蛛が
入り中毒症状が出るところとか、チャーリーの片腕を糸鋸で切り落とすところとか、妙にリアルな面もあり、
一体何を表現したかったのか良くわからない感じも受けたのだ。リアルな表現がその後に結びつかない感じ。
これがヴェネチア国際映画祭の監督賞かなあ。異色の西部劇であることは確かだけど。

4人はそれぞれキャラクターが立ちやすい役者ではあるが、4人の組み合わせが何かを生み出したかといえば
なかなか難しかったのではないか。劇薬で金を採るという、ひょっとしたら本当にあったかもしれない現象が
活かしきれてなくて、女豪傑が出てきたり、ドラマの前半と後半がちぐはぐになってしまっていたと感じた。
兄弟愛、友人愛を汲み取るべきなんだろうか。私の観方が浅かったか。うーむ!

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<ストーリー>
1851年、ゴールドラッシュに沸くアメリカ、オレゴンのとある町。普通の平穏な暮らしに憧れる兄イーライ
(ジョン・C・ライリー)と裏社会でのし上がりたい弟チャーリー(ホアキン・フェニックス)は、最強と
呼ばれる凄腕の殺し屋“シスターズ兄弟”だった。

あるとき、彼らの雇い主である提督から、連絡係モリス(ジェイク・ギレンホール)が捜し出すウォーム
(リズ・アーメッド)という男を始末するよう依頼される。兄弟がサンフランシスコに南下しているころ、
モリスは数キロ先のマートル・クリークでウォームを見つける。
2日後、次の町ウルフ・クリークで、モリスはウォームから声をかけられる。うまい具合に話が進み、
モリスはウォームと一緒にジャクソンビルへ砂金を採りに行くことになる。ウォームはモリスに、黄金を
見分ける化学式を発見したと打ち明ける。だがジャクソンビルに到着すると、モリスの正体がばれてしまう。

雇い主の目的は化学式を奪うことだと知ったモリスは、翌朝、ウォームと連れ立って逃げ出す。道中、ウォーム
は手に入れた黄金で理想の社会を創る計画を語る。その話に心酔したモリスは、父の遺産を資金に、その夢に
加わることにする。メイフィールドまで来た兄弟は、その町に自分の名前をつけた権力者がウォームの化学式を
奪おうと部下を放ったと聞き、モリスの裏切りに気づく。
サンフランシスコで兄弟は二人の居場所を突き止めるが、二人に捕えられる。しかしメイフィールドの部下も
現れ、兄弟の力を借りて彼らを撃退する。ウォームからの提案で、4人は手を組んで黄金を採ることに。
だが、4人の思惑が交錯し……。(Movie Walker) 兄と弟の名前を入れ違うミスを発見したので訂正して転載。

<IMDb=★7.0>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:87% Audience Score:67%>
<Metacritic=78>
<KINENOTE= 73.4点>





# by jazzyoba0083 | 2019-07-12 14:00 | 洋画=さ行 | Trackback | Comments(0)

●「さらば愛しきアウトロー The Old Man & The Gun」
2018 Wildwood Enterprises and more. 93min.
監督・脚本:デヴィッド・ロウリー 原作:デヴィッド・グラン「The Old Man & The Gun」
出演:ロバート・レッドフォード、ケイシー・アフレック、シシー・スペイセク、ダニー・クローヴァー
   トム・ウェイツ、チカ・サンプター他

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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
レッドフォードの俳優引退作品ということで、敬意を評して鑑賞にでかけた。配給の関係でメジャーな
シネコンには掛からない。スクリーンでレッドフォードを拝めるのはこれが最後、ということではあるが
そこは彼一流の考えで、愛すべき掌編で纏めた感じ。レッドフォードが以前から演じてみたいと思って
いた実在の泥棒フォレスト・タッカーを自らプロデュースして主演。

監督と脚本はケイシー・アフレック繋がりっぽい起用。全編小洒落た感じで、テロップを上手く使って
ユーモアも演出していた。レッドフォードとスペイセクの高年齢者コンビの顔の皺が気になったが、
スクリーンのレッドフォードを観ていると、過去の名作の数々が思い浮かんできて途切れなかった。
アメリカでの批評が異常に高いのはレッドフォードに対するリスペクトかしら。愛すべき作品では
あるが映画としての出来を言えばそう驚くものではないと思ったのだが。

フォレスト・タッカーは80年代の2年間に92件の強盗を働き、生涯に16回の脱獄を成功させたが、強盗時に
チラリと見せる拳銃は一度も使ったことがないという紳士強盗。被害にあったほうが、「紳士だった」と
言ってしまう程。その憎めない(本当はどうかは知らないが)キャラクターを、レッドフォードは気負わ
ないでしみじみと演じていた。
事件の最中、パトカーから逃れるのに利用したエンストトラックの持ち主だったジュエル(スペイセク)と
のロマンスもいい塩梅。スペイセクの鼻が上を向きすぎていて気になっちゃったけど。
17回目の強盗でも逮捕され、ジュエルの忠告で刑期を勤め上げ彼女に家に住ませてもらうが、スマートな
強盗をすることに幸福感を感じる(ほとんど病気な)フォレストは、その後4回も強盗を続けることになる。

現在83歳のレッドフォードが83歳で亡くなったフォレストを演技するにはちょうどいい年回り。流離う
癖のある二人のキャラクターが自然と重なってきて、好感の持てる一品となった。彼を追う刑事を演じた
ケイシー・アフレックも若いのにどこか枯れた味を醸し出し、大スターの引退興行に花を添えていた。
フォレストの犯罪記録を見る時に過去の若いレッドフォードと対面することが出来るという工夫もされて
いる。実際のフォレスト・タッカーは服役中、刑務所で亡くなっている。
原作のタイトルは「老人と海」のもじりだろうか。

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<ストーリー>
名優ロバート・レッドフォードが、実在した伝説の銀行強盗を演じる俳優引退作。80年代アメリカ。
紳士的な犯行スタイルで強盗と脱獄を繰り返したフォレスト・タッカー。ジョン・ハント刑事が彼を追う
なか、フォレストは仲間と共に金塊を狙った大仕事を計画する。
共演は「歌え!ロレッタ 愛のために」のシシー・スペイセク、「マンチェスター・バイ・ザ・シー」の
ケイシー・アフレック、「リーサル・ウェポン」シリーズのダニー・グローヴァー、
「Dr.パルナサスの鏡」のトム・ウェイツ。

1980年代、アメリカ。ポケットに入れた拳銃をチラリと見せるだけで、微笑みながら誰ひとり傷つけず、
目的を遂げる74歳の銀行強盗フォレスト・タッカー(ロバート・レッドフォード)。被害者のはずの銀行の
窓口係や支店長は彼のことを「紳士だった」「礼儀正しかった」と口々に誉めそやす。
一度も人を傷つけず、2年間で93件もの銀行強盗を成功させたフォレスト。事件を担当するジョン・ハント
刑事(ケイシー・アフレック)も、追いかければ追いかけるほど、彼の生き方に魅了されていくのだった。

そして、フォレストが堅気ではないと感じながらも、心を奪われてしまった恋人も……。
そんななか、フォレストは仲間のテディ(ダニー・グローヴァー)とウォラー(トム・ウェイツ)と共に、
金塊を狙った大仕事を計画、まんまと成功させる。しかし、“黄昏ギャング”と大々的に報道されたために、
予想もしなかった危機にさらされてゆく……。(Movie Walker)

<IMDb=★6.8>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:93% Audience Score:60%>
<Metacritic=80>
<KINENOTE=76.8点>(7月12日現在)



# by jazzyoba0083 | 2019-07-12 11:10 | 洋画=さ行 | Trackback | Comments(0)

●「はじめてのおもてなし Willkommen bei den Hartmanns 」
2016 ドイツ Wiedemann & Berg Filmproduktion,Sentana Filmproduktion.116min.
監督・脚本:ジーモン・ファーフーヘン
出演:センタ・バーガー、ハイナー・ラウターバッハ、フロリアン・ダーヴィト・フィッツ、パリーナ・ロジンスキー他

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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
ドイツにおける2016年の興収1位になった作品ということで、劇場に見に行こうとしていたら終わって
しまっていたのをWOWOWが放映してくれたので観てみた。
作られた頃、欧州は難民問題で大騒ぎだった時期。ドイツでも受け入れ、排斥で国論が大きく分かれて
いた。折しもトランプ現象に象徴されるように、不寛容なムードと右傾化が世界を覆う中、こういう映画が
作られ、国内で興収1位を獲ったという事実にドイツ国民がまだまだ健全だな、と感じた一方、日本でも広く
こういう映画が観られるといいのに、とも感じたのだった。配給の関係でシネコンにはかからない映画と
なってしまったが、チャンスがあれば一度観ておくことをお勧めしたい作品だ。監督はセンタ・バーガーと
本作のプロデューサーとの夫婦の息子だそうだ。

リタイア時期になりしかも心臓に爆弾を抱えるも現場を離れない頑固な医師である父、元教諭にして今は
専業主婦、旦那との間は冷え冷えとしている。長男はケイタイが話せないワーカホリックの国際弁護士。
彼の一家も結構危うい。長女は30歳を超えてもまだ大学に残り続けていれ、自分がどうしたいのか分からず
もがいている。4人家族のハートマン一家に、アフリカ系の移民がやってくる。自分の国の状況を鑑み
母親がリードし、父もしぶしぶ承諾、面接などもやってみた。

登場人物が全員、「いるよなあ、こういう人」というタイプで感情が移入しやすい。こういうのは国際的に
不変なんだろう。子供も一家を構えるようになる一方で長年連れ添った夫婦の間には隙間風が吹いている。
子供もそれぞれ問題を抱えている。四分五裂になりそうなハートマン一家を救ったのは実は移民として
ホームステイするようになったディアロであったのだな。

ディアロ君がいい人過ぎるのが難点ではあるが、彼はハートマン一家から一歩引いて家族を見るので良く
関係が分かる。で、それぞれに偽らざる意見を吐くのだが、それがアドバイスとなっているという構図。
移民側の問題点、それを受け入れる、受け入れない(ネオナチまで登場するのだが)住民たち。それぞれ
相手の事を理解しようとしない態度=移民問題を置いても家族間の問題として普遍的なテーマ=を乗り越え
理解しあって家族や地域が再生していく。

ドタバタもあるが、重いテーマをエンタメに落とし込んで2時間弱にまとめ上げた力量は買うべきものがある
だろう。一方でややステレオタイプに進行しエンディングを迎えるので、深みに欠けるかな、という
恨みが残るが、こうした映画を作ること自体が尊いのだろう。そしてそれをたくさんの国民が観るということが
尊いのだろう。本来家族の間で解決し再生しなければならない事柄を移民のディアロ君を投入することで
一枚多層的な表現にはなっていたと思った。結果、ディアロ君の存在と家族再生の2つのミッションを完遂
することは出来ていた。トランプに是非観てもらいたい映画だ。(観ないだろうけど)

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<ストーリー>
難民の青年の受け入れをきっかけに、バラバラだった家族が人生を見つめ直してゆく様を描いたドイツ製コメディ。
ミュンヘンに暮らすハートマン家の母アンゲリカはある日、難民の受け入れを宣言し、ナイジェリアから来た
青年ディアロに自宅を提供するが……。
主演は「戦争のはらわた」を始め、ヨーロッパやハリウッドで長年活躍してきたオーストリア出身のセンタ・
バーガー。監督のサイモン・バーホーベンは息子に当たる。

ミュンヘンの閑静な住宅地に暮らすハートマン家。ある日のディナーの席で、母アンゲリカ(センタ・バーガー)
が難民の受け入れを宣言する。教師を引退して生き甲斐を失った彼女は、夫リヒャルトの反対を押し切って、
ナイジェリアから来た難民の青年ディアロ(エリック・カボンゴ)のために自宅を提供。初めてのおもてなしに
張り切る一家だったが、大騒動が起きてしまう。
さらに、ディアロの亡命申請も却下に。果たして、崩壊寸前の家族と天涯孤独の青年は、平和な明日を手に入れ
ることが出来るのか……。(Movie Walker)

<IMDb=★6.8>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:No Data Audience Score:20%>
<Metacritic=No Data>
<KINENOTE= 75.9点>



# by jazzyoba0083 | 2019-07-11 22:50 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)

●「タクシー運転手~約束は海を超えて A Taxi Driver」
2017 韓国 The Lamp.137min.
監督:チャン・フン
出演:ソン・ガンホ、トーマス・クレッチマン、ユ・ヘジン、リュ・ジョンヨル、パク・ヒョックオン他

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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
1980年の光州事件はすでに社会人になっていた私にはリアルタイムの経験であった。前年に朴正煕暗殺事件が
起き、軍部の全斗煥が政権にを握り当時の韓国は日本一般市民にはまだまだ距離がある混沌の国の印象だった。

全斗煥は政敵・金大中を逮捕、彼の出身地である全羅南道の最大都市光州市では、学生を中心に抗議の声が
上がった。これが後に光州事件と呼ばれる民衆弾圧の端緒だった。

本作はこの事件の最中に、ドイツメディアの東京支局ピーターが現地に取材に入り、現地で起きた事実を
全世界に発信した数少ない報道となったが、それを影で支えたソウルのタクシー運転手キム・マンソプの
悩みと行動を描いた実話に基づいている。

前半は韓国映画一流のコミカルな味わいも有りつつ、後半光州の事件現場がメインになってくると俄然
サスペンスフルな社会派な作風となる。たかだか40年前の韓国で軍部が民衆を弾圧するという民主主義に
反する事件があったのだ、と今更ながら韓国という国の成り立ちの複雑さに想いを致すと同時に、この手の
政権告発型映画が日本で作られない権力への阿り、忖度、物言えば唇寒し的な現状に怒りと諦めが湧き上がる。
(「新聞記者」がもっともっとヒットすればいいと思う。それとこれに続く昨日が生まれることを願う)

光州事件では実際にタクシーが活躍した状況があったようだが、本作でもソウルから来たタクシーと光州市の
義憤に駆られたタクシー運転手らがチカラを合わせ、権力に対峙し、自らを犠牲にしながら、マンソプと
ピーターをソウルへと逃がすのだ。(だいぶ脚色はされているだろうが) 白眉はソウルへと逃げるマンソプの
タクシーをKCIAや軍のクルマが追跡するのだが、光州市のタクシー軍団が権力側のクルマを邪魔して、
マンソプのタクシーを逃がすカーチェイスシーンか。それ以前に一度はピーターを残して光州市を去るマンソプ
の悩み、自分はピーターを空港へ無事に送り届けるという仕事を受けた義務がある、という仕事と事件を
客観的に見つめる行動が描かれ結局マンソプは引き返してピーターを乗せるのだが、それがカーチェイス
シーンに重さを与えていた。また権力側の発表のみの報道はいかに国民の目を騙すか、というシーンも
描かれていた。

映画前半の部分で多少カット出来るところがあったかな、という恨みは残るが、エンターテインメントの中に
事件を描く作品としてはよく出来ていたのではないかと感じた。ソウルの豊かでないいちタクシー運転手が
高額な代金に釣られて特派員を光州に運ぶが、事件に触れ、市民に触れるに及び次第に覚醒していく様は
分かりやすい。彼は最初は学生たちを批判さえしてたのだ。
本作の感想の一つに「韓国版キリング・フィールドだ」というのがあって、同作品を未見だった私は急いで
「キリング・フィールド」を観た。そして描かれる世界に圧倒されたのだった。事件のありようとか
規模とか異なるところは大きいが、自らの職業に自信を持つ一般市民がマスメディアの人間を助けるという
構図は多くの部分で重なる。ただし、キリング~のプランはクメール・ルージュに捕らわれ更に地獄を見るわけ
だが。

本作ではエンディングに亡くなる前の本物のピーターが登場し、「是非一度再会したい。君のタクシーで
今の韓国をドライブしたい」と語りかけるシーンがある。結局空港へピーターを届けたマンソプ(実際は
キム・サボク)は彼に偽の名前を知らせたため生涯で再会を果たすことは叶わなかったという。
しかし、本作をマンソプの息子が観て自分の父だと名乗り出た結果、ピーターの未亡人が公開後の2017年
ソウルを訪れ文在寅大統領と映画を鑑賞したという。80年代のクルマを集めるのは大変だったのではないか。

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<ストーリー>
1980年5月に韓国の全羅南道光州市(現:光州広域市)で起こった民主化を求める民衆蜂起の光州事件が描かれ
ている。史実においては全斗煥らによるクーデターや金大中の逮捕を発端として、学生や市民を中心とした
デモが戒厳軍との銃撃戦を伴う武装闘争へと拡大していった。
作中ではソウルのタクシー運転手キム・マンソプは、10万ウォンと言う高額な運賃が得られることを期待し、
ドイツ人記者のピーターを乗せ光州へと車を走らせ、検問を掻い潜り光州へ入る。そこでピーターは軍による
暴虐を目撃し、その事実を全世界に発信するため撮影記録を持ち帰ることを決意する。キムも、仲間や市民と
の出会い、そして無残にも次々に死んで行く彼らを見るうち、次第にピーターの使命を理解するようになり、
クライマックスではピーターのカメラを没収しようとする政府の追手とカーチェイスをしながらソウルへと
戻る(wikipedia)

<IMDb=★7.8>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:96% Audience Score:90%>
<Metacritic=69>
<KINENOTE=82.6 点>




# by jazzyoba0083 | 2019-07-10 23:00 | 洋画=た行 | Trackback | Comments(0)

●「五人の軍隊 UN ESERCITO DI CINQUE UOMINI」
1969 イタリア Tiger Film. Dist.MGM Pictures.111min.
監督:ドン・テイラー 音楽:エンリオ・モリコーネ
出演:ピーター・グレイブス、ジェームズ・ダリー、丹波哲郎、バッド・スペンサー、ニーノ・カステルヌオーヴォ他

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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
いかにも時代を感じさせる映画だ。ジェームズ・コバーンでも出てきそうな雰囲気。ドン・テイラーも亡くなって
から10年以上経つ。「ファイナル・カウントダウン」が印象深い。ストーリーの展開に伴うアクションなど、現在の
「ミッション・インポッシブル」「007」シリーズに比べればしごく単純。だがそれが故に明快で、この頃のアクション
映画の良さがある。素朴な勧善懲悪。嫌いじゃない。NHKBSでの放映を鑑賞。

ピーター・グレイブス演じるボス・ダッチマンの元に集まった4人のハグレものや逃亡者たち。ひと癖もふた癖もある
やつらだが、メキシコ軍を相手にチームを組んで戦う。砂金を運ぶ列車を強奪して山分けしようという魂胆だ。
サイボーグ009みたいにそれぞれに得意な能力があり、爆弾に精通したもの、射撃の名手、ナイフの名手、力持ちなど。
それぞれがそれぞれのチカラを発揮して、軍が厳しく警備する50万ドルを積んだ列車の強奪に成功する。

結論としてダッチマンは砂金を自分らのものとはせず、自分の家族をひどい目に遭わせたメキシコ政府軍に対抗する
革命軍に軍資金として差し出すというもの。自分らの分前は事前に話していた1000ドルのみ。しかし、ダッチマンの
男気に打たれた4人は、笑って許すのだった。そして彼らは集まった地元民に胴上げされて行進する・・・。

活劇と人情噺。それに丹波哲郎の大活躍と恋の行方。(丹波哲郎、英語のセリフどうするつもりなんだろう、と
心配していたら、彼は無口なんだ、ということで一切喋らないww。列車から転落して追いつくために走って
走って・・。)我らがサムライ、大活躍です。最後は美女をゲットするし。ツッコミどころ満載だが、当時の
アクション映画が持つプリミティブな楽しさを享受すれば良いのだ。5人のキャラがそれぞれいい。それとロケの
キャメラがいい。理屈抜きに肩が凝らない娯楽作ってこんな感じだったんだよなあ。
そうそう、内容とは別に冒頭のタイトルバックがメキシコ革命の実写写真なのだが死体がこんなに出てくる
タイトルバックもあまり知らない。非常に重暗い映画かな、と思わせておいて痛快娯楽作というオチ。

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<ストーリー>
メキシコ人ルイス(N・カステルヌオーボ)は、メシト(B・スペンサー)、オーガスタス(J・ダリー)、
サムライ(丹波哲郎)の三人をつれて彼等の雇い主ダッチマン(P・グレーブス)とある集落で落合った。
そこで五人は、メキシコ軍に処刑されそうになっていた革命党員を助け、村人に歓迎された。その中でもマリア
(D・ジョルダーノ)は特にサムライに心を奪われた。

金目当の彼等はさっそく大仕事にとりかかった。その仕事とは軍隊の護送する莫大な砂金を奪取することであった。
五人のプロフェッショナルたちは、それぞれの特技--ダッチマンの頭脳、ルイスのアクロバット、メシトの列車
運転の能力、オーガスタスのダイナマイト、サムライの剣--をもってまんまと獲物を手中にした。

だがここで配分に関して争いが起りかけた。その時、メキシコ兵が砂金を取り返しに来た。五人は再び力を合せて、
これを全滅させたが、仲間どうしの争いはもはや避けられないものとなっていた。だが、彼等の醜い争いを知らない
村人の歓迎と歓声につつまれて、彼等はすべての報酬をあきらめるのだった。人は自分達の救いの神である五人の
英雄を肩にかつぎあげ、いつまでも、喜びつづけていた。(Movie Walker)
(※上記結末は端折りすぎ:筆者註)

<IMDb=★6.7>
<Metacritic=No Data>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:No Data Audience Score:41%>
<KINTENOTE=61.6点>




# by jazzyoba0083 | 2019-07-08 23:10 | 洋画=か行 | Trackback | Comments(0)

●「スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム Spider-Man:Far from Home」
2019 アメリカ Columbia Pitures,Marvel Studios.135min.
監督:ジョン・ワッツ 脚本:クリス・マッケナ、エリック・ソマーズ
出演:トム・ホランド、サミュエル・L・ジャクソン、ゼンデイヤ、コビー・スマルダーズ、ジョン・ファブロー
   マリサ・トメイ、ジェイク・ジレンホール、アンガーリー・ライス他

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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想:完全にネタバラシをしていますので未見の方は要注意>
「スパイダーマン」こそIMAX3Dで観るべき映画。映画の性格上、3Dが最大限に生きてくる。そして最近の
3Dの出来がまたいいのだ。普通の映画のほぼ倍の料金だが、内容が伴えば高いとは思えない。
本作の3Dは作を重ねるごとに出来が良くなる感じだし、演出側もそれを意識したカットを作るので余計に
楽しい。

また先日の「アベンジャーズ/エンド・ゲーム」で、アイアン・マン、キャプテン・アメリカ、ブラック・
ウィドウ、ヴィジョンが消えて、シリーズが満了となったが、その後の新しい時代のスタートを告げるため
本作の開巻、亡くなった彼らに「哀悼の意を込めて・・」という字幕とともに写真が映され時代の区切りを
明示する。更にピーターらが通う学校には最終「指パッチン」で5年前に戻った生徒とそのまま進学した生徒
が共存するという事態になっていて「アベンジャーズ/エンド・ゲーム」を観ていないと事態が理解出来ない
かも、という状況もある。(逆に観ていないと同作のネタバラシをされる局面となる)

いろんなヒーローやらエージェントやらが出てきて混乱することもなく、単純なストーリーで楽しませて
貰った!楽しかった!いい出来だったと思ったのだが、例のエンドロールの2つのオマケで混乱してしまい、
隣のお兄さんも「あれ?どう考えればいいのか?」と独り言を言って立ち上がったが、まさに何が本当の
ことなのか分からなくなった。映画の楽しさから言えば★9個を献上しようと思ったのだがラストの後味の
塩梅から一つマイナスした。オマケ2つ目に登場するのはフューリーとマリア・ヒルに変身していた
タロスとソレン(スクラル人=変身が得意。「キャプテン・マーベル」に登場するキャラクター)である
ことがとっさに分からないとどうなったかわからないという仕掛け。
これはコアファン意外には混乱の元だろう。ハードコアファンは1つ目のオマケに登場するフェイクニュース
を読み上げるJ・K・シモンズのジェイムソンに驚きとニヤリを感じるだろう。

本当のヴィランだった「ミステリオ」が死に際に汚い手を使い、自分は「スパイダーマン」に殺された、
彼の正体はピーター・パーカーだ、と禁じ手のネタバラシをしてしまう。さあ、困ったぞ。次作はどうするん
だろう。

新しいアベンジャーズに「ミステリオ」というチカラ強い味方が出来た、と思っていたら、これがとんでもない
フェイクで、壮大なホログラムに多数のドローンを交えて構成されたイリュージョンだったのだ。
「ミステリオ」ことベック(ジレンホール)と仲間たちはかつてスタークの部下の技術者軍団だったのだが、
スタークに冷遇されていた。スターク亡き後、彼の跡を継ぐのは自分たちだと、壮大なフェイクシステムを
作り上げ、スタークがアベンジャーズのリーダーの後継者と目していたピーター・パーカーに接近したのだ。
そしてスタークのメガネ・イーディス(AIの最強アシスタント)を奪おうとしたのだ。

悪いことにシールドのニック・フューリー元長官(ジャクソン)も「ミステリオ」の存在を信じてしまう。
彼がイリュージョンだと理解したピーター・パーカーとのロンドンでの一騎打ちが始まる。

スパイダーマンの大事な要素の一つに青春映画の側面を持つという所がある。スーパーマンとロイス・レインの
関係に似ているが、高校生のピーターと友人、ガールフレンド、叔母さん(トメイ)らとの生活も、これまで
以上に本編に交差して描かれ、ラストではMJ(彼女は以前からピーターがスパイダーマンだと見破っていた
ことも告白する)との愛情を確認出来、彼女を抱えてウェブでNYの街の空の散歩をする、というシーンも出て
くる。
またハッピー(ファブロー)とメイおばさんとの恋の行方も描かれ、楽しさ3倍!加えて親友ネッドと
ベティの恋物語も加わるのだから、ワクワクだ。それぞれのオチも良く出来ていた。個人的にはマリサ・トメイ
のファンなので、あんな美人の叔母さんがいたら最高!と思いながら観ていた。またピーターのガールフレンド、
MJを演じているゼンデイヤが美人というかナイスバディというかそういう方向ではないところに親しみを
感じる。クラスメイトにはアジア系、ムスリム、黒人、インド系いろいろ揃えて神経を使ってるなあという
感じ。プラハ限定「ナイト・モンキー」もいいね。

アベンジャーズの最終ヴィラン、「サノス」との対決が物理的力技のぶつかり合いでの決着であった一方で、
本作では心理的な攻防に重点が置かれ、更に水とか風とか火とか、コブシではどうしようもない敵が登場
したり、まさに今アメリカで問題となって国民を二分すると言われる「真実」を巡る「フェイク」を
表現するような面に足を踏み込んでいる。誰が本物で誰がニセモノか分からない。観ている光景が本物か
フェイクか分からない。「ミステリオ」はそのあたりを突いてくるのだ。なかなか難しい局面へ踏み出したな、
という感想。「バットマン」がダークな観念的世界に走っていったようになるのだろうか。
ラストの「ミステリオ」による正体バラシを受けて、再び真実とフェイクの争いになりそうな感じもする。
「観念」の世界とはちょっと違うと思うのだが、内省的になりすぎないようにしてもらいたいものだ。

ピーターの話の主軸はクラスメイトとのベネチア~プラハ~ロンドンと続く旅行とそれらの都市を舞台に
した「ミステリオ」との戦いが描かれ、とてもシンプル。ただハードコアファン以外は置いてくよーという
姿勢はどうだろう、との思いもした。ここまでシリーズが進むと付いてこれない客は置いていかざるを得なく
なっているのが現状なんだろう。

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<ストーリー>
スパイダーマンこと高校生のピーター(トム・ホランド)は夏休みに、学校の友人たちとヨーロッパ旅行に
出かける。そこにニック・フューリー(サミュエル・L・ジャクソン)が突如現れ、ピーターにミッションを
与える。炎や水など自然の力を操るクリーチャーたちによって、ヴェネチア、ベルリン、ロンドンといった
ヨーロッパの都市をはじめ、世界中に危機が迫っていた。
ニックはピーターに、ベック(ジェイク・ギレンホール)と呼ばれる人物を引き合わせる。“別の世界”から
来たという彼も、ピーターと共に敵に立ち向かっていく。彼は味方なのか、それとも……?
(Movie Walker)

<IMDb=★8.2>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:92% Audience Score:97% >
<Metacritic=69>
<KINENOTE=83.3点>





# by jazzyoba0083 | 2019-07-06 12:40 | 洋画=さ行 | Trackback | Comments(0)

●「ワン・フロム・ザ・ハート One from the Heart」
1982 アメリカ Zoetrope Studios.Dist.Columbia Pictures.100min.
監督・(共同)脚本:フランシス・フォード・コッポラ  音楽:トム・ウェイツ
出演:フレデリック・フォレスト、テリー・ガー、ナターシャ・キンスキー、ラウル・ジュリア、レイニー・カザン他

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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
「佳作」と振ったが、異議のある方もいらっしゃると思う。確かにアメリカでの評価も低いし、興行的にも失敗して
いるし、実際映画を観ても、なんだかなあ、の部分はあることは確かだ。だから巨匠コッポラの作品群の中でも
「失敗作」に分類される作品なのだろう。しかし、だ。どこか捨て置け無い愛らしさもあるのだ。気になっちゃうのだ。

今から13年前に観ていてその感想もこのブログにあるので興味のある方はブログ内検索をして頂きたいと思うが、印象
は大きく変わるものではない。トム・ウェイツとクリスタル・ゲイルが歌うジャジーな歌声が映画をリードする。
ミュージカルというには出演者たちは歌わないから無理があると思われる方もいらっしゃるだろう。

全編コッポラが所有していた「ゾーイトロープ・スタジオ」セットで作った物語は、大人のファンタジーという感じで、
現実にはあり得ないシーンもあるので夢物語なのだろう。ストーリー自体はどうということはない、むしろ陳腐な
もの。5年の同棲にお互いの欠点ばかり目に付き始めたカップルがラスベガスを舞台に他の男女と付き合ってみるが、
やっぱり元サヤがいいなあ、というハッピーエンド。

色彩は鮮やかで、クレーンなどを多用した(いまならドローンがあるのになあ)カットも美しく、とにかく歌が良い。
タイトルも歌詞の一節から取られている。が、一方で歌が演技と有機的な結合に至らず浮いてしまっている感じも
受ける。さして美人でないところがいいテリー・ガーはこれ以前に「未知との遭遇」でドレイファスのエキセント
リックな妻を演じているのが記憶にある。フレデリック・フォレストはコッポラとは「地獄の黙示録」で一緒に
仕事をしている流れか。この主役の二人に存在の重さがないのが痛々しい感じ。若々しいエキゾチックなサーカス女
を演じるナターシャ・キンスキーが存在感を示している。

内容も演技もどうってことない作品なのだが、なぜか惹かれてしまう。不思議な作品なのだ。
今回観て一番感じたのは、スタジオシーンの各所にデイミアン・チャゼル監督の「ラ・ラ・ランド」が本作を
リスペクトしているんじゃないか、と思われるシーンがいくつかあったこと。ラスベガスの車道いっぱいに
広がって踊って歌うシーンとか。書き割りの前でのガーとジュリアのダンスシーンとか。
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<ストーリー>
7月4日の独立記念日を明日に控えたラスベガスの街。旅行社に勤めるフラニー(テリー・ガー)は、ごったがえす
観光客をよそにショウ・ウィンドウのディスプレーに精を出していた。同じ頃、フラニーの同棲相手ハンク
(フレデリック・フォレスト)は、モーと共同経営している自動車解体工場にいた。明日はフラニーとハンクが
5年前に出逢った日でもあった。
夜になると、フラニーはボラボラ島行きの航空券を、ハンクは家の権利書を互いにプレゼントする。どうも、
しっくりといかない。その後、ささいな事から喧嘩になり、フラニーは出ていった。ハンクはモーの所へ、
フラニーは旅行社の同僚マギーのアパートに。

翌日、またショウ・ウィンドウでディスプレイを手直ししていたフラニーに、ピアニストだというレイ
(ラウル・ジュリア)が話しかける。一方、ハンクはサーカス一座の踊り子らしきライラ(ナスターシャ・
キンスキー)に心を奪われ、9時に会うことを約束する。とあるレストランに入ったフラニー、支配人に
売春婦と間違われて憤概する。と、そこへ来合わせたウェイターこそ、レイだった。ショー・タイムの
合間はウェイターをしているのだという。2人は話し込み、おかげでレイはクビになる。

その後、2人はステージで踊り始め、そのまま沿道に飛び出し、通行人も一緒に踊り出す。ライラと会った
ハンクは工場に連れてゆき、夢のような一時をすごした。フラニーのことが気になったハンクはモーと一緒に、
マギーのアパートに。マギーとモーは互いに惹かれあう。マギーからフラニーの居所を聞き出し、モテルから
フラニーを奪取。家についたが、フラニーはカンカンで、ボラボラ島に行くと言って去る。
マッカーラン空港に駆けつけたハンクは、フラニーにもどってくるよう訴えるが、彼女は飛行機に乗り込んで
しまった。傷心の思いで家にたどりつき、暖炉の前でたたずんでいるハンク。そこへ、彼女が帰ってきた。
2人は抱きあう。(KINENOTE)

<IMDb=★6.5>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:50% Audience Score:62%>
<Metacritic=57>
<KINENOTE=62.9点>



# by jazzyoba0083 | 2019-07-05 22:50 | 洋画=ら~わ行 | Trackback | Comments(0)

●「ザ・マウンテン 決死のサバイバル21日間 The Mountain Between Us」
2017 アメリカ Chernin Entertainment,Twentieth Century Fox. 112min.
監督:ハニ・アブ・アサド  原作:チャールズ・マーティン著「The Mountain Between Us」
出演:ケイト・ウィンスレット、イドリス・エルバ、ボー・ブリッジス、ダーモット・マローニー他

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<評価:★★★★★★☆☆☆☆>
<感想>
出演者に惹かれてWOWOWで鑑賞。邦題に踊らされた感があるが、それほどのサバイバル劇ではない。
どちらかというと、ラブ・ストーリーだ。軽飛行機が墜落して二人で山を降りる決意をするあたりまでは
展開もテンポも良かった。が、生還し、決着がつくエンドまではたいした緊張もせず、アレックス(ケイト)
の婚約者のマークが可愛そうだったなあ。命を掛けて生き残った二人の間の絆は何にもまして強いという
ことか。アレックスのマークに対する愛情というものは、その程度のものだったということ。
まあ、よかったんじゃないの、ほぼハッピーエンドで、と突き放してしまいたくなる。日本ではビデオ
スルーになったのも分かる気がする。これでは単館上映でも客は入らないだろうなあ。

墜落、クーガー、ベンの滑落、ケイトが氷の湖に落ちる、最終段階でベンが熊だかの罠に足を挟まれる
意外にサバイバル的な必死さもあまり感じられず、早々に人のいない人家を見つけちゃったりする。
最後まで見ることは出来るが、邦題ほどの緊張感はない。キャストについてもこれといってコメントする
ようなものもない。サバイバルものがお好きなかたは、とおすすめも出来ないし。困った映画だわ。

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<ストーリー>
ある年の冬。暴風雪で飛行機が運休になったために、外科医のベン・バスとジャーナリストのアレックス・
マーティンはソルトレイクシティの空港で足止めを食らってしまった。2人には帰路を急ぐ理由があった。
バスには診察する必要がある患者がいた。マーティンには明日結婚式を挙げる予定があった。

そこで、2人はチャーター機を利用することにした。飛行中、パイロットが突如として心臓発作を起こし
たため、飛行機が制御不能になり墜落してしまった。2人は重傷を負いながらも生きていたが、墜落した
場所はユタ州の高山地帯であった。

過酷な自然環境のただ中を生き延びるために、2人は助け合わなければならなかった。そんな極限状況の中、
バスとマーティンは急速に惹かれ合っていくのだった。(wikipedia)

<IMDb=★6.4>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:39% Audience Score:48%>
<Metacritic=48>
<KINENOTE=67.6点>







# by jazzyoba0083 | 2019-07-04 22:50 | 洋画=さ行 | Trackback | Comments(0)

終電車 Le dernier métro

●「終電車 Le dernier métro 」
1980 フランス Les Films du Carrosse,SEDIF S.A.,T.F.1,Société Française de Production, T.F.1.131min.
監督・製作・(共同)脚本:フランソワ・トリュフォー
出演:カトリーヌ・ドヌーヴ、ジェラール・ドパルデュー、ジャン・ポワレ、ハインツ・ベネント他

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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
トリュフォー5本目の鑑賞となる。これまでで一番晩年の作品で、若い頃の角が取れた丸みを感じ、
ヌーベルヴァーグの旗手などと囃されていたころの作品と比べると観念的な面が影を潜め、具象的な
タッチの中に人間性を見出そうとしているかのように受け止められた。

「マノン・レスコー」「昼顔」の頃、ちょうど大学に入った時期の作品ですっかりドヌーヴの魅力に
やられてしまった私として、やや時代は下るが年令を重ねた故の美しさも加わったドヌーヴを鑑賞しながら、
味わった。中盤、若干テンポが悪くなる感じは受けたが、物語の設定自体が面白く、ラストの劇中劇が
映画本体の主張とシンクロする所などなかなか良くできていたんじゃないか。

ラストから推察できるトリュフォーの狙い目は、ドヌーヴ演じるマリオンと地下にいる夫で劇作家・
演出家のルカとの関係、モンマルトル劇場で「消えた女」の主演男優を務めることになったベルナール
との関係、そして舞台上の恋する二人の関係が「三つ編み」のようにクロスしながら、マリオンの
劇場を守ろうとする情熱と、夫とベルナールの間にいる自分を見つめる視点が上手く脚本に落とされて
いた。

今回はNHKBSで放送されたデジタルリマスター(フィルム→4Kデジタル変換→2K放送)での鑑賞
だったが、キャメラのアングルやキャメラワーク自体が美しかった。固定された空画の中に左右から
アップ目の人物がフレームインしてくる、などの計算された画作りも魅力だった。

ナチスドイツに占領されたパリにおいて、大衆の最後の娯楽の砦だった演劇。しかし、迫り来る
戦争の影響で劇場がどんどん閉鎖される。そうした緊迫の空気感の中、ドイツ将校も見に来る
劇をヒットさなければならない。これを背景に男女の機微が綾なされていく。ドヌーヴがこれらを
一手に引き受けている。劇場の経営者として、また舞台の主役としての活躍が魅力的だ。
劇中劇「消えた女」がどういう顛末の劇なのかはっきりしないのだが、それはそれで良いと思った。
実際の出来事や人物が想定されている本作は、ベルナールのレジスタンスへのコミットも含め
ドイツ占領下のパリ市民の暮らしを良く描写できていて興味深いく、それが本筋へのいい影響を
与えいたと思えた。個人的には地下の夫ルカが「オペラ座の怪人」を想起さえた。

しかしラストシーンでのカーテンコールで夫とマリオンと二人に挟まれて手を取り合って拍手に
答えるドヌーヴの心中はどう読めばいいのかな。

トリュフォー作品を云々できるほどファンでもなければ数も見ていないが、物語性に魅力を見いだせる
佳作ではないかと理解はできる。

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<ストーリー:ラストまで書いてあります>
第二次大戦中、ナチ占領下のパリ。人々は夜間外出を禁止され、地下鉄の終電車に殺到する。
この混乱の時代は、しかし映画館や劇場には活況を与えていた。そんな劇場の一つモンマルトル劇場の
支配人であり演出家のルカ・シュタイナー(ハインツ・ベネント)は、ユダヤ人であるため、南米に
逃亡し劇場の経営を妻であり看板女優のマリオン(カトリーヌ・ドヌーヴ)にまかせていた。
彼女は、今、ルカが翻訳したノルウェーの戯曲『消えた女』を俳優のジャン・ルー(ジャン・ポワレ)の
演出で上演しようとしていた。相手役には新人のベルナール・グランジェ(ジェラール・ドパルデュー)が
起用された。ジャン・ルーは、この戯曲の上演許可のため、ドイツ軍の御用批評家ダクシア(ジャン・ルイ
・リシャール)とも親しくしているというやり手である。

連日稽古が続けられるが、稽古が終ると、ベルナールはカフェで数人の若者たちと会って何か相談し
合っており、一方マリオンは暗闇の劇場に戻って地下へ降りていく。地下室には、何と、南米に
逃げたはずのルカが隠れていたのだ。夜マリオンが会いに来るのを待ちうけ、昼は、上で行なわれて
いる舞台劇の様子を通風孔の管を使って聞き、やってくるマリオンにアドバイスを与えた。
つまり、彼は地下にいながら、実質的な演出者だったのだ。

初演の日、『消えた女』は、大好評のうちに幕をとじるが、ルカは満足しなかった。そして、翌日の
新聞でダクシアは酷評を書いた。マリオンは、舞台の稽古をしながら、いつしかベルナールに惹かれて
いる自分を感じていたが、あるレストランで彼がダクシアに酷評の謝罪を迫ったことで彼に怒りを
おぼえた。『消えた女』は好評を続けるが、ベルナールがレジスタンスに参加するために劇場を去る
ことになったある日、初めて会ったルカから「妻は君を愛している」と言われ動揺するベルナール。
そしていよいよ彼が去る日、二人ははじめて結ばれた。

連合軍がノルマンディーに上陸し、パリ解放も目前に近づいた。ルカは屋外に出ることが実現し、
ダクシアは国外に逃亡する。そして、マリオンは、愛する夫の演出で、愛する若手俳優ベルナールと
共演し、艶やかな笑顔で観客に応えているのだった。(Movie Walker)

<IMDb=★7.4>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:86% Audience Score:81%>
<Metacirtic=No data>
<KINENOTE=72.6点>



# by jazzyoba0083 | 2019-07-03 23:30 | 洋画=さ行 | Trackback | Comments(0)

新聞記者

●「新聞記者」
2019 日本 スターサンズ、Vap他 配給=イオンエンタープライズ
監督:藤井道人 企画・制作・製作総指揮:河村光庸 原案:望月衣塑子著「新聞記者」
出演:シム・ウンギョン、松坂桃李、本田翼、北村有起哉、西田尚美、高橋和也、田中哲司ほか

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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
この映画は、内容と製作座組の2点で興味があり、先週末に封切られた本作を平日のあさイチで
イオンのシネコンに出かけた。まず驚いたのは、狭い小屋だったのだが、私のようなシニア層を
中心に、結構人が入っていたことだ。

本作は安倍お友達政権を舌鋒鋭く追求する、菅官房長官の天敵(苦笑)東京新聞社会部望月衣塑子
記者の著作を原案に、日本のジャーナリズムの「忖度報道」の危うさを指摘すると同時に、権力を
握った側の「あったことを無かったことにする(出来る)」チカラの恐ろしさをサスペンスタッチで
主張するものだからだ。つまり現政権に対する批判映画と見ていいと思う。

まずこの映画をよく作れたな、配給に載せたな、役者を集めたな、という点。この点で☆ひとつ追加
した。
映画の出来に付いては後述となるが、製作の座組を見てみたい。
まず企画、製作総指揮に立ったのは良質の映画をプロデュースすることで知られる河村光庸だ。
良質な洋画へのコミットでも有名。彼の製作会社スターサンズが製作を担っている。
配給はイオン系のイオンエンターテインメント。だからメジャーなシネコンで上映が可能になった。
イオンは先のアカデミー賞で論議を呼んだ「ローマ/ROMA」もいち早く上映しているちょっと変わった
スタンスを持つ配給をする。旧民主党系の岡田氏の関係だろうか。この大手配給が手を挙げないと、
大都市の単館上映館以外での公開は難しくなっただろう。

河村+日テレ系VAP+製作委員会に朝日新聞&配給イオンという座組があるから、監督にバーニング
傘下ヒラタオフィス所属の藤井道人が起用され、ナベプロ系トップコートの松坂桃李、スターダスト
プロモーションの本田翼、鈍牛倶楽部から田中哲司(仲間由紀恵の旦那)、西田尚美を、元男闘呼組の
高橋和也に声を掛けられたと推察する。
ダブル主演の韓国女優シム・ウンギョンについては情報が少ないのでどういう経緯でキャスティング
されたのか未明だが、ごく普通の顔立ちで、かつ米国育ちという経歴が良かったのか。日本語の
セリフだが、ナイストライだったと思う。俳優は最終的には本人がウンと言わなければ出演は無いが
その点、松阪も本田も良く踏み切ったと思う。映画は背景に現政権やマスコミ批判の座談会がリード
役を担うのだが、出演者が元文科事務次官・前川喜平であり、元NYタイムズ東京支局長マーティン・
ファクラーであり、望月衣塑子であり、新聞労連委員長で朝日新聞記者の南彰である。
安倍政権にとっては顔も見たくない連中だろう。リアルと創作を微妙に使い分けて「スノーデン」の
ように完全なリアリズムの描写とは違うアプローチとした。

さらに映画前半には、ジャーナリズム(新聞)が権力を忖度して報道している日本の現況を、
「森友加計問題」「伊藤詩織氏準強姦罪事件での元TBS記者山口敬之氏告発見送り」など実際に
起きた事件を容易に想起出来る事柄を取り上げているので、いうなれは非常に生々しい。
後半の単純化されてしまいそうになるサスペンスに政治色を与える重要な前半であった。

一般的な国民はその活動内容は良くわからない内閣情報調査室(内調)と公安警察という権力を
持った側においてその権力保身を国家のためと翻訳して活動する(しかない)公務員が
自分が権力を持っていると勘違いする危うさ、またジャーナリズムが権力の見張りたり得ていない
現状の危うさ、2つの危うさの中で苦悩する正義の人たち。
外務省から内調に出向している主役松阪の上司田中の「真実かどうかは国民が判断する」という
聞き捨てならないセリフが権力側官僚の思い違いを代表しているだろう。「真実」は判断するもの
ではなく、はじめからそこにあるものだからだ。決して決めるものでは無いからだ。

映画では内調のオフィスに紗が掛かったような映像を使い、その不明瞭さを表現していた。新聞社の
ロケは望月記者の東京新聞が全面協力しリアリズムを演出していた。キャスティングを含め、作劇的
には驚くことはないのだが、2時間弱を手堅く主題を提示して纏めたといえるだろう。
Twitterなどのネットが形成する世論の危険性も感じることが出来た。政府がそういう手を使って
いるのか、という点の確認も含め。

本作を参議院選挙公示日の週に向けて封切りした配給戦略にさらなる政治色を感じる。これは製作
総指揮の河村が確信的にやったことと本人がインタビューで語っている。彼自身、今の政治や
ジャーナリズムに相当の危機感を持っていて、そのあたりが望月記者と共振したのだろう。

繰り返しになるが、映画の出来はさておくとして、良くこの時期にこの映画を作って上映したな、
とつくづく感じる。テレビでは絶対に出来ないことだから。故に製作委員会にテレビ局の名前は
一切ない。
河村EPは「日刊ゲンダイ」のインタビューでこう答えている。

「役者のキャスティングは実はそうでもなかったのですが、スタッフ集めが難しかったですね。
『テレビ業界で干されるかもしれない』と断ってきた制作プロダクションが何社もありましたし、
『エンドロールに名前を載せないでほしい』という声もいくつか上がりました。
映画館や出資者など協力してくれた人たちは口には出しませんが、いろいろと風当たりがあった
と思います。僕自身は圧力を感じたことはありませんが。」

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<ストーリー>
“権力の監視役”としてのマスメディアの力が急速に弱まっている現代の日本で孤軍奮闘する
現役新聞記者による同名ベストセラーを原案に、官邸とメディアの深い闇をリアルかつ赤裸々な
筆致で描き出した衝撃の社会派ポリティカル・サスペンス。
主演は「サニー 永遠の仲間たち」「怪しい彼女」のシム・ウンギョンと「不能犯」「孤狼の血」の
松坂桃李。共演に本田翼、北村有起哉、田中哲司。監督は「デイアンドナイト」「青の帰り道」の
藤井道人。
 日本人の父と韓国人の母のもとアメリカで育った東都新聞社会部の若手記者・吉岡エリカは、
記者会見でただ一人鋭い質問を繰り返し、官邸への遠慮が蔓延する記者クラブの中で厄介者扱い
されるばかりか、社内でも異端視されていた。
そんなある日、社会部に大学新設計画に関する極秘情報が記された匿名FAXが届き、吉岡は上司の
陣野から調査を任される。
やがて内閣府の神崎という人物が浮上してくるが、その矢先、当の神崎が自殺してしまう。
神崎の死に疑問を抱いた吉岡は、やがて同じようにかつての上司であった神崎の死に疑問を持つ
内閣情報調査室(内調)の若手エリート、杉原拓海と巡り会うのだったが…。(allcinema)

<KINENOTE=80.4点>





# by jazzyoba0083 | 2019-07-02 11:20 | 邦画・新作 | Trackback | Comments(0)

●「女は二度決断する Aus dem Nichts 」
2017 ドイツ・フランス Warner Bros. Pictures,Bombero International,and more.106min.
監督・脚本:ファテ・アキン
出演:ダイアン・クルーガー、デニス・モシット、ヨハネス・クリシュ、サミア・シャンクラン、ヌーマン・アチャル他

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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
なんだか、1960年代のフランス映画の邦題みたいなタイトルだが、なにせゴロが悪い。ドイツ語の原題は
「どこからともなく」ほどの意味らしいのでこっちでも中身は良く分からないけど。

ドイツで横行する極右組織の移民外国人を狙ったテロを告発する結果となる狙いがあったのはラストに字幕で
説明されるまで分からなかった。
106分の作品だが、なんだかエラく長く感じたのは、テンポが悪かったからか、不要なシーンがあったからか。
(予想はつくけど)結末はあまり賛成できないが、こういう形にしか持っていけなかった被害者の気持ちも
わからないわけではない。

どなたかも指摘されていたが、ドイツの司法制度がどうなっているのか寡聞にして知らないが、日本でいう
高等裁判所への刑事事件の上訴は、検察がやるんじゃないのかな。被害者と弁護士が「上訴しよう」と言って
いるところを見ると、そうじゃないらしい。

麻薬取引の世界から足を洗ってコンサルタントを努めていたトルコ出身の夫ヌーリと幼い息子ロッコを夫の
事務所の前で爆発させられて、ふたりとも殺された被害者の妻であり母であるカティヤの犯人であるネオナチ
たちとの裁判過程と、その後の彼女の収まらない怒りの始末の付け方を描くものだ。

直前に店の前に荷物置きにカバンを積んだ新品の自転車を放置した若い女を目撃したカティヤは一旦は自殺を
企てるがネオナチの犯人が捕まったことから、裁判に賭けてみることにした。裁判には犯人の父が証人として
出廷し、息子のガレージに爆弾の原料があり、警察に連絡したことなどカティヤに有利に進むが、極右団体の
ネットワークで、犯人とされた二人が当時ギリシアにいたと証言するものが出たり、被告側弁護人がカティヤ
は麻薬の影響下で証言をしたのでアテにならない、などカティヤを貶める陽動作戦に出て裁判は被告人たち
二人のカップルの無罪に終わる。
ギリシアにいたのなら被告人の出国状況をチェックするとか調査は出来なかったのかなあ。EU内は移動自由
だから調べようがないのかもしれないが。裁判の顛末にいささか納得できない観客もいただろう。
カティヤが一番そうだったろうが。

納得できないカティヤはギリシアに飛び、証言した男が裁判に掛けられた二人の若い男女を匿っているところを
発見。自分で肥料と経由と釘をかってきて、爆弾を作り殺された夫と息子と同じ苦痛を味あわせてやろうと
計画した。
一旦はキャンピングカーの下に隠し二人の帰りを待ったが途中でやめ、いろいろと考えた結果、カティヤは
爆弾を抱えてキャンピングカーに乗り込み、自爆。3人共おそらく即死だったろう。そういう結末だった。

カティヤのとった行動は自爆テロと変わりが無いが、彼女をそこまで駆り立ててしまった犯行の理不尽さに
想いを寄せないとならないだろう。彼女は愛する二人と別れて生きる道を失い、犯人を道連れに自分も二人の
いる天国に生きたかったのだろう。現状では彼女に未来はない、と結論つけたのだろう。悲しい結末である。

移民排斥を主張する勢力が拡大し、不寛容な風潮が蔓延するEUや東欧で、こうした映画を作る意味は日本人が
考える以上に強いのかもしれない。ダイアン・クルーガー、本作でカンヌ国際映画祭で主演女優賞を獲得したが、
確かに想像を絶する悲しみに襲われた妻であり母をしっかりと自分のものとし(彼女はドイツ人だ)いい
演技はしていたとは思うけど、カンヌ級なのかなあ、と個人的には感じた。

開巻はヌーリの刑期満了で刑務所内でカティヤとの結婚から始まる。彼がなぜ刑務所にいたか、彼がトルコ人で
あって刑期は麻薬取引に絡むものであったこと、刑務所で起業を勉強し自分で会社を設立したこと、トルコ人
だがクルド人であることなどはおいおい説明されるので、バックグラウンドが一気に分かるわけではない構造だ。
それはそれで監督の本作における演出意図は理解出来た。

一方で被害者としての情緒に引っ張り回される前半と、裁判で犯人が無罪になってからのリアルな表現が上手く
結合出来ていない印象を受けた。それとカティヤの全身を覆う入れ墨は何を目的にしたものか、よく分からなか
った。しかし、全体の出来としてはまずます見られる作品に仕上がっていたのではないか。

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<ストーリー>
愛より強く」のファティ・アキン監督がダイアン・クルーガーを主演に迎え、卑劣な移民排斥テロによって
最愛の家族を奪われた女性が、絶望と怒りの中で立ち向かう理不尽な現実とその顛末を描いた緊迫の復讐
サスペンス。カンヌ国際映画祭ではダイアン・クルーガーがみごと主演女優賞に輝いた。
 
ドイツ、ハンブルク。生粋のドイツ人のカティヤは学生時代に出会ったトルコ系移民のヌーリと結婚し、
かわいい息子にも恵まれ幸せな日々を送っていた。そんなある日、ヌーリの事務所前で爆発事件が起こり、
最愛の夫と息子を一瞬にして失う。
警察はヌーリが移民だったことから外国人同士の抗争を疑うが、カティヤは移民を狙ったネオナチによる
テロに違いないと訴える。やがてカティヤの主張通り、ネオナチの若いドイツ人夫婦が逮捕され、裁判に
かけられるのだったが…。(Movie Walker)

<IMDb=★7.1>
<Rotten Tomatoes:=Tomatometer:76% Audience Score:71%>
<Metacritic=65>
<KINENOTE=75.6点>



# by jazzyoba0083 | 2019-07-01 22:50 | 洋画=あ行 | Trackback | Comments(0)

DISTANCE/ディスタンス 

●「DISTANCE/ディスタンス」
2001 日本 テレビマンユニオン、エンジンフィルム、シネロケット、IMAGICA、製作委員会 132分
監督・脚本・編集:是枝裕和
出演:ARATA、伊勢谷友介、寺島進、夏川結衣、浅野忠信、りょう、遠藤憲一、中村梅雀、津田寛治、
   山下容莉枝他
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<評価:★★★★★★★★☆☆>
<感想>
是枝作品10作目。たびたび本ブログでも書いているが、これまで食わず嫌いだった是枝作品。昨年の
「万引き家族」を鑑賞したことで衝撃を受け、片っ端から製作年代の時制を無視して観始めた。
本作はその中で一番古い作品で、今からほぼ20年前の作品となる。

ドキュメンタリスト出身の是枝監督は、「万引き家族」「誰も知らない」などでその手腕が上手く
発揮されているが、本作はそのテイストが十二分に生かされた構成を持つ。知らなかったけど、
wikiによれば、

「キャストに手渡された脚本はそれぞれの出演部分だけで、相手の台詞は書き込まれておらず、
俳優たちは物語の全貌を映画が完成するまで知らなかった。
物語の空白の部分は、それぞれの役者の感性によって作られていった」

**********************************(以下、CINRA NETからの引用)
是枝:黒字ではない(笑)。『ワンダフルライフ』のリメイク権が売れて黒字になって……そこで
残ったお金を、『DISTANCE』に投入しているんだよね。
だから自分としては、貯金があるから実験的なことにお金をかけられると思ってたところがあって。
ここはもうとにかく、やりたい形を試してみようって。まあホント、実験映画だもんな。

井浦:実験映画ですよね。だって、役者それぞれが自分のところの物語しか脚本をもらってない
ですから。たとえば、こうやって目の前に友介と結衣さん(『DISTANCE』に出演した夏川結衣)が
いたとして、その人たちが何をこっちに投げてくるのか全然わからない。

 ***********************************(引用以上)

ということだ。なるほど、そういう環境に置かれたからあのような台詞回しになったのだな。
半分はアドリブみたいな。
こうした手法を取られた作品は欧米でも何作か観た記憶がある。が、自国語で展開されるこのような
半ドキュメントみたいな作りは、洋画にはないインパクトを個人的には受ける。是枝監督の指示を演者
たちは上手くこなしていたと思う。特に寺島進が良かった。遠藤憲一にしても20年前は今ほど注目されて
いなかっただろうし、後の井浦新の存在感もキャスティングとしては良かった。

さらに、ラストでわかりにくいけど、サスペンスの要素を残したものも是枝脚本の見せ所であったろう。
しかし、敦が誰であったのか分かりづらいとか、冒頭の人物紹介が湖の桟橋で坂田に会うまで良くその
相関関係が分からない(筆者はラストまで見て、もう一回冒頭から湖畔の慰霊シーンまで見直しようやく
得心した。)とかの難点はある。
アドリブが加わってやりとりするセリフも内容(言っているセリフ)が聞きづらく、字幕を出して観た。

本作の作り方と「家族」というテーマを思う時、本作では登場人物はそれぞれに家族を抱えつつ、加害者遺
族という共通の土俵の中で、「距離感」を感じ、調整しながら生きている。しかし、わかり会えたような
会話や行動には、絶対に消え去らない「距離」が強く感じられた。人間が生きていく上で、家族であろうが、
何かの縁で結ばれた人たちであろうが、そこには他人が踏み込めない心理的「距離」は悲しいかな、存在
する。故にラストで敦が父(教祖)に別れを告げて桟橋を燃やすのは、敦なりのケジメであり、「距離」
のシャットダウンに他ならない。

主要登場人物の個々の背景を描くことにより是枝監督はそれを強調すること詳細に印象付けることに成功
していたのではないか。
でも、それは個々の姿勢で何とかなるものではないのか、つまり「距離」の解消や近づけること、は個々の
思いと姿勢で何とかなるのではないか、というのがワタシ的な本作の捉え方であった。正解であるかどう
かは分からない。

ご存知のように本作は是枝監督がオーム真理教事件にインスパイアされて作った長編3作目で、彼の作品の中
でもひときわ社会性の強い映画であろう。だが、彼の映画のどの作品にも通底する「家族」がメインテーマに
なっている点は不変(普遍)である。音楽が一切使われない、まさに「実験的」な作品ではあるが、強烈な
印象を受けた。

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<ストーリー:ネタバレしています>
カルト教団真理の箱舟が無差別殺人を起こし、その5人の実行犯が教団の手で殺害され、教祖も自殺した事件
から3年後の夏。故人の命日に集まった4人の加害者遺族は、遺灰を撒いたとされる山間の湖に手を合わせた。

ところが、林道に停めておいた車が盗まれ、彼らはその場に居合わせた元信者である坂田の案内で、実行犯
たちが潜伏していたロッジで一夜を明かすことになる。そこで、否応なく過去と向き合う5人。

予備校の教師をしているきよかは、理想の教育を追求しようとして向こう側へ行ってしまった夫・環との
ことを。気ままな学生生活を送っている勝は、兄が出家前日に訪ねて来た時のことを。建設会社に勤める
実は、妻が高校時代の後輩・宮村と教団へ行くと告白された日のことを。花屋で働く敦は、夜と昼の間の
サイレント・ブルーという時間について語った姉・夕子とのことを。
そして、事件直前に脱走した坂田は、4人の遺族に故人たちの最後の様子を、教祖のことを尋ねる敦に
彼のことを語って聞かせた。

一夜明けて、無事、東京へ戻った5人は、1年後の再会を約束して別れる。だが帰りの電車の中で、坂田は
敦に気になる言葉を残していた。「あなた、ほんとは誰なんですか?」 
実は、夕子の弟が自殺していたことを、坂田は夕子から聞いて知っていたのだ。数日後、再び湖に敦の
姿があった。彼は、湖面に向かって小さく呟く。「父さん」と。(Movie Walker)

<IMDb=★7.1>
<Metacritic=58>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:80% Audience Score:76% >
<KINENOTE=71.7点>




# by jazzyoba0083 | 2019-06-25 23:30 | 邦画・新作 | Trackback | Comments(0)

●「X-MEN:ダーク・フェニックス Darik Phoenix」
2019 アメリカ Twentieth Century Fox and more.114min.
監督・(共同)製作・脚本:サイモン・キンバーグ
出演:ジェームズ・マカヴォイ、マイケル・ファスベンダー、ジェニファー・ローレンス、ニコラス・ホルト
   ソフィー・ターナー、タイ・シェリダン、アレクサンドラ・シップ、ジェシカ・チャスティン他

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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想:ネタバレ注意>
★は6.5強といったところか。どうしても「アベンジャーズ・エンドゲーム」と比較してしまうので、いささか
損な部分はあったが、それにしてもこれで最後と言う割に地味な感じで、最近のX-MENシリーズの中では最も
インパクトに欠けた。同じMARVELでも、キャラがそれぞれに派手なアベンジャーズに比べると、こちらの
こちらのミュータントは姿形にケレンがあるわけでもなく、使える武器も限定的なので、地味さは出てしまうが、
ウルヴァリンが居た頃はもう少し面白かったような気がしたが。まあ、「アベンジャーズ」とは性格が違うヒーロー
たち(ヒーローでもないか)なので、多少陰気な感じがするのは全シリーズ共通の事だけど。描かれる世界が
「アベンジャーズ」に比べるとより人間ぽいという感じかな。

今回で「X-MEN」シリーズは終わりということで、シリーズ最初から脚本などに関わってきたサイモン・
キンバーグが集大成として初監督を努めたのだそうだけど、本国の評価も含めいささか残念だった。話は分かり
やすいのだが。今回は「ダーク・フェニックス・サーガ」から脚本を起こし、ジーンの物語といっても過言では
ないだろう。

ジーンは「アポカリプス」で登場したのだが(ワタシ的には印象にないなあ)今回は主役として、自分でも制御で
きない闇のパワーを身に着けてしまい、苦しむなかで事件を起こし、自ら始末を付けるという流れ。
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開巻、幼いジーンが両親とドライブしている時に、ラジオから流れる曲に刺激を受けたジーンのダークサイドの
パワーが開放され、クルマは大破、母親が死亡するという事故を起こしていた。これが心のそこでジーンの
トラウマになっていた。しかしそれはプロフェッサーXによって学園で封印された。父は生きていて、ジーンを
プロフェッサーXに預けたのだ。しかし、宇宙でのミッションである衝撃を受けたことから闇のパワーの覚醒が起き、
自ら制御できない事態となった。更に父が生きていて自分を学園に預けたことが怒りに火を付け、彼女の膨大な
パワーは宇宙をも滅ぼし兼ねない事態となった。

まずミスティークがジーンの手によって殺される。この事態をなんとか収集しようとするプロフェッサーXと
マグニートーらミュータントたち。そこに、ジーンのパワーで自らの星が滅んだ宇宙人が地球を乗っ取ろうと
ジーンに近づき、彼女を味方にしようと企む。

自らの意思に反してダークパワーを暴走させているジーンは自ら苦しみながらも、プロフェッサーXから友情と
家族の大切さを再び思い返すことに成功する。そしてマーガレットと名乗るダバリ星人と対決。彼女を宇宙に
帰すのだった。それは自らの存在も皆の前から消し去ることを意味していた。
学園はビーストやストームらの手で再び生徒たちを集め授業が始まっていた。学園の名前にはジーンの
名前が付けられていた。
ラストはパリのカフェでプロフェッサーックスとマグニートーがチェスを打つシーン。空にはフェニックスが
遠くで輝いていた。
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だいたいこんなストーリーだったと思う。アベンジャーズ以上に時制のこともあり混乱したシリーズだったが、
事前に一応の流れだけは復習していったのが多少は良かったかな。

MARVELは2020年に新しいミュータントものを発表することが決まっている。ご破産で願いまして、こんがら
がらないようなシリーズを作ってもらいたいなあ。

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<ストーリー>
「X-MEN:ファイナル ディシジョン」以降、製作や脚本として「X-MEN」シリーズに関わってきた
サイモン・キンバーグが、自ら初監督に挑み、シリーズの集大成として撮り上げたSFアクション・アドベンチャー。

ある事故が原因で内なる闇の人格“ダーク・フェニックス”を覚醒してしまったジーン・グレイが、人類最大の敵と
してX-MENの前に立ちはだかるさまを圧倒的スケールで描き出す。
出演は本作で主役を務めるソフィー・ターナーをはじめジェームズ・マカヴォイ、マイケル・ファスベンダー、
ジェニファー・ローレンス、ニコラス・ホルト、タイ・シェリダンのレギュラー組に加え、
「ゼロ・ダーク・サーティ」「モリーズ・ゲーム」のジェシカ・チャステインが初参戦。

 人類との共存を願い、平和を守るために戦い続けるX-MEN。ところがある日、X-MEN最強メンバーの
ジーン・グレイが、宇宙ミッション中の事故によって、自らのダークサイドを増幅させてしまい、内に秘めた
もう一つの人格“ダーク・フェニックス”を覚醒してしまう。
元々持っていたテレパシーとサイコキネシスのパワーが暴走し、ジーン自身にも制御できなくなっていく。
親代わりのプロフェッサーXや恋人のサイクロップスが懸命に手を差しのべるが、ついに思いがけない悲劇を
引き起こしてしまう。
世界を滅ぼしかねない強大なパワーが暴走を続ける中、その力を利用しようと企む謎の女がジーンに近づいて
くるのだったが…。

<IMDb=★6.1>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:23% Audience Score:64%>
<Metacritic=43>
<KINENOTE=73.1点>





# by jazzyoba0083 | 2019-06-21 15:20 | Trackback | Comments(0)

アラジン aladdin

●「アラジン Aladdin」
2019 アメリカ Walt Disney Pictures and more.128min.
監督・(共同)脚本:ガイ・リッチー
出演:ウィル・スミス、メナ・マスード、ナオミ・スコット、マーワン・ケンザリ、ナヴィド・ネガーバン、
   マシム・ペドラド他
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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
1992年にディズニーがアニメとして製作し、主題歌「Whole New World」(オスカー主題歌賞受賞)を初めとして
大ヒットした古典を、CGたっぷりに実写化した娯楽作。こういうのは理屈を抜きにして楽しむタイプの映画なので、
あれこれいいたくない。Rotten Tomatoesの批評家が57%に対して一般支持は94%となっているのを見ても分かる
通り、専門家からみて映画としては別にどうってことは無いと思う。でも大衆は好きなんだよね、こういうの。
いいんじゃないでしょうか。日本での興行成績も良いようだ。

まあ、ジーニー(魔人)を演じたウィル・スミスの現代的ユーモアを使った存在が目新しく、どっちかというと
ウィル・スミス・ショー的な面が無いではないが、アニメから少しストーリーも変化させ、全体としては家族揃って
楽しく見られるいかにもディズニー的な映画に仕上がっていた。ディズニー作品のオスカー常連アラン・メンケンの
歌も使われて、アニメを楽しんだ親が子供を連れて来るという点でも受けるのではないか。しかし、ハリウッドも
こういう古典をリメイクしないとネタがないのかな。「ライオンキング」も間もなく公開だし。

「不思議な世界」「魔法」「超パワー」「友情」「恋愛」「人生訓」など、ディズニーの古典的が主張をたっぷりと
味わえるが、古臭さを現代風にアレンジすることで削いだ努力は認めたい。冒頭がエンディングとくっついている
演出も良かったと思う。ジーニーのキャラクターのタッチといいガイ・リッチーが手堅く纏めたな、という印象だ。
実際私のような高齢者が観ても楽しかった。3Dで観たらもっと楽しかったかも知れないが、コスパを考えたら2Dでも
いいかな。

ウィル・スミス以外は知らない俳優さんばかり。アラジンもジャスミン姫もそう美男美女とはいえないので、勢い
ウィル・スミスに注目が行きがち。というかそれが狙いなのだろう。そこでウィルが口にするセリフが重要なわけだ。
そのあたりの脚本(セリフの選び方)は上手かった。個人的には王子に化けたアラジンがジャスミンに自己紹介する
場面で、ジーニーから「1000年で一番恥ずかしかったぞ」と云われちゃうところがウケた。

ラストの全員ダンスは「ムトゥ・踊るマハラジャ」を彷彿とさせるインド映画みたいだった。楽しい映画です。
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<ストーリー>
第65回アカデミー賞で最優秀オリジナル作曲賞、最優秀主題歌賞の2冠に輝いたアニメーション作品でも有名な
『アラジン』を実写映画化。貧しい青年と王女、ランプの魔人が繰り広げる壮大な冒険が描かれる。
ランプの魔人ジーニーをウィル・スミスがユニークに演じるほか、アニメーション版の名曲の数々も登場する。
(Movie Walker)

アグラバーの町で猿のアブーとともに暮らす貧しい青年アラジン。市場へ繰り出しては盗みを働いていた彼は、
ある日、変装した王女ジャスミンと出会う。アラジンは侍女のふりをしたジャスミンと心を通わせるが、
アブーが彼女の腕輪を盗んだことで幻滅されてしまう。アラジンは腕輪を返すために城に忍び込み、ジャスミン
との再会を果たすが、衛兵に捕らえられる。国務大臣のジャファーは、ジャスミンが王女であることをアラジンに
教え、チャンスを与えると言って、魔法の洞窟に入って魔法のランプを取ってくるよう命じる。

アブーとともに洞窟に入ったアラジンは、岩に挟まれていた魔法の絨毯を助け、ランプを取ることに成功するが、
洞窟に閉じ込められてしまう。途方に暮れたアラジンだったが、絨毯の指示でランプをこすったところ、ランプの
中から魔人ジーニーが出現。ジーニーはランプをこすりながら願い事を言えば3つかなえると言う。アラジンは
ジーニーの目をごまかして願い事を言ったふりをして魔法を使わせて洞窟から脱出すると、1つめの願いで架空の
国アバブワーの王子となり、ジャスミンのもとへと向かう。(wikipedia)

<IMDb=★7.4>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:57% Audience Score:94%>
<Metacritic=53>
<KINONOTE=82.1 点>






# by jazzyoba0083 | 2019-06-19 14:00 | 洋画=あ行 | Trackback | Comments(0)

●「アメリカの友人 Der amerikanische Freund」
1977 西ドイツ・フランス Wim Wenders Productions and more. 126min.
監督・脚本:ヴィム・ヴェンダース
出演:デニス・ホッパー、ブルーノ・ガンツ、ジェラール・ブラン、ダニエル・シュミット、ニコラス・レイ他

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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
ヴィム・ヴェンダース3作目の鑑賞。この人の作品は、具体的現象の中に観念性を埋め込むタイプの作家
なので、回りくどいというか、何を言いたいのか良くわからないという側面が、私にはある。よって好んで
見に行くタイプの監督ではない。が、どこか気になる作品を作る人ではある。ましてや、本作は彼の名前を
映画好きの間に知らしめた有名な作品で、評価も高いので、古い映画だけど、NHKBSで放映があったので
観てみた。31歳の時の作品で、この前観た「誰のせいでもない」(2015)よりも、荒削りな面もあるし、
特に前半の1時間は物語が見えてこず、何だかなあ、と思うような自己満足的な作りもある。まあ作家性の高い
監督の作品というのはそういうものだから仕方がないのかもしれないけど。

二人の男の「未来を見失った同志」の偏向した友情みたいなものが見えてくる1時間後くらいからは面白くなる
というか普通の映画っぽくなる。とにかく個の感情を1つ描くのにえらく回り道をするので、イライラもするし
分かりづらい。一方で、走行する列車の中のタイトな画と空撮のロングを一気に切り替えるとかの作画感覚は
若さなのかヴェンダースの嗜好なのか、いい感じだった。パリの地下鉄の駅には今から40年以上前に多数の
監視カメラがあったのには驚いた。

ハイスミスの原作に基づいて、この脚本を書いたのが本人だから、この人はこういう映画で私が感じたような
主張を言いたかったのかな。
原題も「アメリカの友人」だから、デニス・ホッパーとブルーノ・ガンツという二人の男の偏った友情みたいな
ものでいいのだろう。デニス・ホッパーがマフィアの抗争に絡んでいると分かるとか結構なサスペンス性は
持った娯楽的な側面もちゃんとあるんで嫌になっちゃうんだなあ。お、と思わせるところがあるから目が離せ
ないし。ラストのどんでん返し風もなかなか味わい深いし。じゃあ、一体前半1時間のもたつきは何だったのだ
よ、とも言いたくなるわけだ。説明臭くなく説明するから回りくどいと感じてしまうのかな。
デニス・ホッパーの弱さを内包したカウボーイ(アメリカ人)がいい感じだった。ブルーノ・ガンツは終始
神経質で職人肌。だけど知らない男から暗殺を引き受けてしまうような側面もある。この二人の男の魅力に
引きずられた二時間ということだったようだ。

好きな人はもの凄く好きな、駄目な人は恐らく1時間で離脱するようなタイプの映画なことは確かだ。

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<ストーリー:結末まで書いてあります>
カウボーイ・ハットのトム・リプレー(デニス・ホッパー)が、ニューヨークの画家(ニコラス・レイ)を
訪ねる。その画家ダーワットは、贋作画家で、リプレーはそれをヨーロッパで売り歩いていた。
ハンブルグの美術商の画廊で、トムは額縁職人のヨナタン(ブルーノ・ガンツ)を知る。彼は、トムが売り
つけた絵を偽物と気づいた様子だった。トムは、そこの画廊の主人からヨナタンが白血病でそう長くはない
ことを聞く。

夜、トムのもとをミノ(ジェラール・ブラン)と名乗る一匹狼の男が訪ねた。彼はマフィアの男をひとり
殺す為、素人の男を見付け出し、殺し屋に仕立てたいといった。ヨナタンに狙いを定めたトムは、ヨナタンの
仕事場を訪ね、彼と知り合いになった。
自分の病状を不安がっていたヨナタンは、ミノから殺しを頼まれると、25万マルクという報奨金ほしさに、
ついに引き受けることにした。ドゴール空港に着いたヨナタンはミノと医学生の出迎えを受け、病院へ行く。
ミノは、白紙の診断書を病院から盗みだす。ヨナタンは、殺し屋イグラハム(ダニエル・シュミット)を
撃ち殺す。
一方、ニューヨークでは、マフィアのボス(サミュエル・フラー)が敵対するマフィアがパリで殺されたと
電話できいた。

ヨナタンの最近の行動を不審に感じていた妻のマリアンネ(リザ・クロイツァー)は、ヨナタンを問い詰めるが、
彼は何も言わない。ミノは再度ヨナタンを呼び出し、殺しを依頼する。そのことを知ったトムは、ヨナタンに
それは危険すぎると忠告する。

ミュンヘンからの特急でヨナタンは第二の殺人を果たそうとするが、失敗し、トムに助けられる。死体を列車
から蹴り落とすトム。アパートに戻って発作で倒れるヨナタン。そこへミノが訪れ、列車の殺人でトムと一緒
だったことをついヨナタンは告白してしまう。
トムの家で襲撃に備えるヨナタンとトム。夜、忍び込んできた男をヨナタンは殺す。一方、ミノも相手の
マフィアに捕らえられていた。トムは疲れ切ったヨナタンを励まし、死体の始末にとり掛かる。
ヨナタンは、赤いワーゲンでやって来たマリアンネととも海に向かう。その車の中でヨナタンは息を引き取る。
遠くワーゲンを見送るトムの姿があった。(Movie Walker)

<IMDb=★7.4>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:91% Audience Score:81% >
<Metacritic=No Data>
<KINEMANOTE=71.7点>





# by jazzyoba0083 | 2019-06-17 23:15 | 洋画=あ行 | Trackback | Comments(0)

未来のミライ

●「未来のミライ」
2017 日本 スタジオ地図、日テレ、製作委員会 98分
監督・原作・脚本:細田守 
声の出演:上白石萌音、黒木華、星野源、麻生久美子、役所広司、福山雅治、宮崎美子他

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<評価:★★★★★★☆☆☆☆>
<感想>
昨年度(2019年発表)のオスカー長編アニメ賞ノミニー。ということで観てみた。前半、全然ダメ。
4歳児の男の子が下に女の赤ちゃん(ミライ)が生まれたことで、両親の愛情を奪われた、とダダを
こねまくり、嫌なガキになりまくるくだりがダラダラと。物語性の深みに欠ける。
何キッカケ?という塩梅の不思議世界へのトリップの安易さ。異次元から女子高生になったミライが
現れ、くんちゃん(このアニメの主人公)を曽祖父、祖父、お父さんらの過去の子供の頃や青年時代を
見せる。それによって、くんちゃんは自我に目覚めていく、というお話。笑えるのは高校生になった
くんちゃんが結構斜に構えた蓮っ葉な高校生に仕上がっていた事。この映画のような体験をしたなら
もう少し違ったキャラになっていたのではないか?

ミライは主人公なのか?くんちゃんは狂言回しなのか?
誰目線の映画なのか?誰に向かって作った映画か?子育て世代か?いや、普通に映画を観て感動を
感じられる小学校高学年から年配者まで等しく感動出来る世界を築いたのか?それにしては前半が
上手くない。自転車に乗れるようになるエピソードは、ひいじいじのエピソードへの単なる導線か?
それにしては長ったらしい。「雛人形」をしまう話もどうでもいい。どうも個々のエピソードの有機的
な結びつきがよろしく無いのだろうなあ。結局あのミライの手の赤いアザは何だったの?
個人的には★5つくらいが妥当な感じを受けたのだが、未来の東京駅あたりからの作画とアイデアが良く、
★を1つ追加した次第。

「君の名は。」という名作と比較されてしまうが、同じタイムトラベルというか、時制をいじり
過去や未来をいったり来たりするアイデアは共通ではあるが、プロットや作画も含め、前者の方が
圧倒的な感動があるし、物語の持って生き方が上手い。脚本の出来だと思うが。両者とも川村元気が
入っているが、本作での役割は小さかったのだろうな。

エンドロールで驚いた声優の豪華さ。全然分からなかった。内容の薄さを声優でカバーしようとした
製作サイドの押しか。おそらく日テレあたりの。「君の名は。」は何度も観たいと思ったが、本作は
二度目は無いな、と感じた次第。アメリカでの評価が高いのは「異国情緒好み」だろう。

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<ストーリー>
甘えん坊の4歳の男の子、くんちゃんと未来からやってきた妹のミライちゃんが繰り広げる奇想天外な
冒険を描く、細田守監督によるSFファンタジー・アニメーション。
くんちゃん役の上白石萌歌、ミライちゃん役の黒木華ら、実力派俳優たちが声優を務める。福山雅治が
主題歌だけでなく、くんちゃんに大きな影響を与える青年役で声優にも挑戦する。

とある都会の片隅にある、小さな庭に小さな木が生えた小さな家。ある日、4歳の甘えん坊、くんちゃん
(声:上白石萌歌)の前に、生まれたばかりの妹がやって来る。両親の愛情を奪われ、初めての経験の
連続に戸惑うくんちゃん。
そんな時、くんちゃんは庭で自分のことを“お兄ちゃん”と呼ぶセーラー服の少女と出会う。それは、未来
からやってきた妹のミライちゃん(声:黒木華)だった。ミライちゃんに導かれ、時を越えた家族の物語へ
と旅立つくんちゃん。

それは、小さなお兄ちゃんの大きな冒険の始まりだった。行く手に待ち受けていたのは、見たこともない
世界。昔、王子だったと名乗る謎の男や幼い頃の母、そして青年時代の曽祖父との不思議な出会い。そこで
初めて知る様々な“家族の愛”の形。果たして、くんちゃんが最後に辿り着いた場所とは?ミライちゃんが
やってきた本当の理由とは……?(Movie Walker)

<IMDb=★7.1>
<Rotten Tomatoes:Tomatometer:91% Audience Score:81% >
<Metacritic=81>
<KINENOTE=65.8点>



# by jazzyoba0083 | 2019-06-09 12:39 | 洋画=ま行 | Trackback | Comments(0)

●「ギャラクシー・クエスト Galaxy Quest」
1999 アメリカ DreamWorks Pictures,Gran Via Productions.102min.
監督:ディーン・パリソット
出演:ティム・アレン、シガーニー・ウィーヴァー、アラン・リックマン、トニー・シャルーブ、サム・ロックウェル他

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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
この手の映画はハリウッドならでは。そして評論家の評価も高い。お金が掛かっているとかいないとか、大スターが
たくさん出ているとかいないとかの問題ではなく、あくまでもその出来、仕上がりの工夫に高得点が付いている。
クセのある映画なので、評価の分かれるところだ。この手のおバカ系(でもないか)パロディ、しかも人気絶大の
「スター・トレック」ファンには涙モノだろうし、一定の距離を感じる人、置いていかれる感を感じる人は恐らく
途中で止めるだろう。

かくいう私は「スター・トレック」はリアルタイムで見てきた「取り敢えず」ファンであるが、途中までは、とんでも
ない「B級」を見始めちゃったかな、と内心「失敗感」がムラムラと湧き上がっていた。ところだ、である。この映画の
不思議なのは、「安っぽーい」「B級」「パロディ」でありながら、その表す内容が、本物の「スター・トレック」並か
それ以上に心に染みているのだ。これが不思議。人間の心に訴えるところがキチンと(狙ったのだろう)描かれている
ところがいいのだと感じた。

ストーリーは簡単に言うと、かつてヒットした宇宙モノ(「スター・トレック」そっくり)の、今はサイン会で口に
糊しているような俳優たち。今でも熱狂的なファンを持つがチームの中は悪い。一方、宇宙でずっとその番組を見て
いた本物の宇宙人から、自分たちが滅亡させられそうになっているので助けてくれ、と云われる。

最初のうちは、何をトボケたことを、と思っていたが、これがマジだと分かると、俄然本心から彼らを助けようと
奮闘する、というもの。もちろんその過程には、ズッコケドタバタ、おバカなどこの手の王道を外さずかつ、本家を
上手くリスペクトした作りにはなっている。当時としてはCGや宇宙人もキチンとしている。
うがった見方をすれば「B級」の姿を借りた「本物」なのかもしれない。

何と言っても鳴かず飛ばずの俳優たちが、本物の宇宙戦争を戦い、怪獣みたいな宇宙人と対決して、見事リアルな英雄
になってしまうのだ。その過程がどこかしみじみしちゃうんだよなあ。前半半分バカにして掛かってみていた私も
最後にはすっかり心奪われていた。なんとも不思議な感じだった。「映画秘宝」系の町山さんなどが好みそうな作品だ。
心奪われた日本人ファンでも、何回見ても飽きない、と本作の大ファンになった映画好きは多い。allcinemaにコメント
が70も付いているのがその証拠だろう。
私も取り敢えずBlue-rayに焼いて保存しておこうかな。

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<ストーリー>
放映から20年経った今も人気は衰えないTVシリーズ、『ギャラクシー・クエスト』。しかし、5人のレギュラー陣と
いえば、ファンの思い入れとは裏腹にチームワークはいまいちだった。そんなあるイベントの日、タガート艦長役
ジェイソン(ティム・アレン)の前に、奇妙な格好をした4人組が近づき、自分たちの星を助けて欲しいと懇願する。
彼らは本物の宇宙人“サーミアン”であり、番組の中のヒーローたちに感銘を受け、ネピュラ星雲からはるばる地球に
やって来たのだ。

最初は信じなかったジェイソンだが、彼らに本物の宇宙空間を見せられ納得。いったん地球に戻るものの、また
サーミアンたちが交渉に来たので、ついに他の4人、ドクター・ラザラス役のアレックス(アラン・リックマン)、
紅一点マディソン少佐役のグエン(シガーニー・ウィーヴァー)、名砲手ラレド役のトミー(ダリル・ミッチェル)、
技術主任チェン役のフレッド(トニー・シャローブ)と共に宇宙に旅立つ。
こうして単なるTV俳優にすぎない5人組が、宇宙の平和を守るため、エイリアンと戦うという過酷な仕事に
挑むことに……。(Movie Walker)
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『スタートレック』へのオマージュ満載のパロディ映画。

宇宙の英雄である『エンタープライズ号』ならぬ『プロテクター号』乗組員を演じる売れない俳優が、実際の
宇宙戦争に巻き込まれる二重構造に、現実の『スタートレック』を絡ませた三重構造の形を取っている。
前半ではSFシリーズと熱狂的なファンのパスティーシュで、冷静にファンダムの在り様を描いている。
批判的にも見えるシーンは中盤からスペース・オペラ活劇になだれ込む。

実際の『スタートレック』の俳優や役に重なる部分は多々あり、ウィリアム・シャトナー演じるカーク船長の
ブリッジでの座り方から、お馴染みのセリフを言うなどのテレビシリーズの場面に始まり、舞台で高い評価を
受けている俳優をキャスティングするなど多岐に渡る。

トレッキー(ファンの総称。または軽率な行動もとるファン)/トレッカー(ファン同士の交流を含めた積極的で
節度ある行動をとるファン)に対するクエスティー/クエスタリアンの区別がしっかりとされている。
実際の『スタートレック』ではエンタープライズ号の設計図や機構図が販売されており、本映画の中でクエス
タリアンの助けで船内の構造を知る場面などがあり、上手く事象を取りこんでいる。(Wikipedia)

<IMDb=★7.3>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:90% Audience Score:78%>
<Metacritic=70>
<KINENOTE=78.3点>




# by jazzyoba0083 | 2019-06-08 22:30 | 洋画=か行 | Trackback | Comments(0)

●「ビューティフル・デイ You Were Never Really Here」
2017 アメリカ Why Not Productions,Film4 and more.90min.
監督・脚本:リン・ラムジー  原作:ジョナサン・エイムズ『ビューティフル・デイ』(ハヤカワ文庫刊)
出演:ホアキン・フェニックス、ジュディス・ロバーツ、エカテリーナ・サムソノフ、ジョン・ドーマン、アレックス・マネット他

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<評価:★★★★★★★☆☆☆>
<感想>
1回目でよく分からず、二回見たけど、監督が言いたいことは分からじまい。コーエン兄弟の不条理作品から
具体性を更に引き算したような、観念的作品といえるのだろう。こうした映画を観る時、アメリカの批評サイト
Rotten Tomatoesの批評家と一般の評価の差を見ると面白い。本作は批評家は88%が満足に対して、一般の方は
64%に留まっている。つまり映画鑑賞感性に優れ、芸術的側面を理解出来るプロから見たらよく出来た映画だが、
普通に映画館に足を運ぶ客にとっては、あまりピンとくる映画ではなかった、ということを示している。
大体「カンヌ」で賞を獲る映画というのはアメリカでの評価はこうしたものだ。

90分という短い時間に出ずっぱるのはホアキン・フェニックス演じるジョーという雇われ殺し屋。彼は子供の
頃にハンマーを持った父親に追い回されるというトラウマを持つ。「背筋を伸ばせ。猫背は女の子みたいだぞ」
という父親のセリフが繰り返し使われ、ジョーのトラウマの深さを語る。

一方ジョーは中東かアフガンかの戦争でもPTSDになっているらしく、とにかく感情のコントロールが上手く
行かず、激情に走りやすい。その分、ハンマーを使った殺しは徹底していて残忍だ。そのジョーが頼まれて
上院議員の娘を助けに行く。成功するが、上院議員は自殺、後ろにいる知事を殺そうと出かけるも、知事は
既に何者かにクビを掻かれて死んでいた。見えざる権力の影がチラつく。
父を亡くした娘とジョー。喫茶店で寝込むジョーに娘は「ジョー、起きてよ。外はいい天気よ」と呼びかけて
映画は終わる。

まともでない主人公は自分のアイデンティティを父親に復讐するかのようにハンマーで依頼された人物を
撲殺することでかろうじて生のバランスを得ているという、極めて歪んだ人生を歩んでいる。ラストで少女に
掛けられた言葉は恐らく彼の人生で初めて掛けて貰えた、豊かな感情がこもった言葉だったのだろう。
映画はそこに一筋の希望を見せて終わる。(事件が終わっているわけではない)

監督リン・ラムジーはインタビューの中で、「ジョーが少女を救ったのではなく、少女がジョーに人生を
取り戻してやった物語」と語っている。そのように見ると、全体の細かいことはさておいても大意として
映画の全体像は掴めそうな気がする。後述のようにラストシーンもそうだが、母を殺され、遺体を湖に
沈めようとし、自らも喪服のポケットに石を入れて自殺を目論むも、少女の幻影を見ることで自殺を
思い留まる。

映像は凝っている。全編フィルムで撮影したそうだが、殺しの瞬間は見せず、流れる血や倒れる男らの姿で
表現しているほか、(撮影時間がなかったという点もあるそうだが)娼館に少女を救いに行くシーンは
防犯カメラのモノクロ映像をそのまま使っている。
先に書いたラストカットでは、喫茶店で少女がトイレに立つシーンの連続した画面の中でジョーが自分の頭を
撃って自殺するカットが入る。観客は、あっと思うだろう。ジョーの強さの反対側にあった弱さが出たな、と。
しかし次のカットでトイレから戻って来た少女の目線は、テーブルに突っ伏して寝ているジョーの姿だったり
する。そのあたりの映像の「綾」とでもいうべき使い方(演出)は上手いなあ、と思った。

自殺したジョーの「イメージ」とそれに続く少女のラストのセリフ。この数秒こそ、本作の本筋ではなかったか、
とさえ思えたのだった。「生きる意味」を見失った男が「再生」のきっかけを掴む話。
映画に具体的カタルシスとか具象的エンタメを望む人には向かないタイプに映画だろう。

またアップの映像が多いとか、とにかく全編、映像と編集だけを見ていても飽きない映画ではある。
ラジオヘッドの音楽も効果的だ。

それにしても、本作、ホアキン・フェニックスの怪演(快演)が映画のインパクトのほとんどだと言い切れるの
ではないか。

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<ストーリー>
第70回カンヌ国際映画祭脚本賞と男優賞を受賞したスリラー。行方不明者捜索のプロのジョーは、州上院議員
ヴォットの十代の娘ニーナを売春組織から取り戻してほしいと依頼を受ける。ジョーは無事にニーナを救出するが、
思いがけない事件に巻き込まれていく。監督は、「少年は残酷な弓を射る」のリン・ラムジー。

行方不明者の捜索を請け負うスペシャリストのジョー(ホアキン・フェニックス)は、人身売買や性犯罪の闇に
囚われた少女たちを何人も救ってきた。彼はその報酬で、年老いた母親(ジュディス・ロバーツ)と静かに暮ら
している。ジョーは海兵隊員として派遣された砂漠の戦場や、FBI潜入捜査官時代に目の当たりにした凄惨な
犯罪現場の残像、そして父親の理不尽な虐待にさらされた少年時代のトラウマに苦しんでいた。

ある日、新たな仕事の依頼が舞い込む。選挙キャンペーン中で警察沙汰を避けたい州上院議員のアルバート・
ヴォット(アレックス・マネット)が、裏社会の売春組織から十代の娘ニーナ(エカテリーナ・サムソノフ)を
取り戻してほしいという。ジョーは売春が行われているビルに潜入し、用心棒を叩きのめしてニーナを救出するが、
彼女は虚ろな目で表情一つ変えない。深夜3時、ニーナを連れて行った場末のホテルのテレビで、ここで落ち
合う予定だったヴォット議員が高層ビルから飛び降り自殺したことを知る。

その直後、二人組の制服警官がホテルの受付係の男を射殺し、無理やりニーナを連れ去っていく。窮地を脱した
ジョーは、ヴォット議員からの依頼を仲介したマクリアリー(ジョン・ドーマン)のオフィスを訪ねるが、
彼は何者かに切り刻まれて死んでいた。嫌な予感に駆られて自宅に戻
ると、2階で母親が銃殺されていた。
ジョーは1階にとどまっていた二人の殺し屋に銃弾を浴びせると、ニーナがウィリアムズ州知事のもとにいる
ことを突き止める。ニーナはウィリアムズのお気に入りで、ヴォットは日頃から娘を政界の権力者に貢いでいた
のだった。

ジョーは喪服に着替え、母親を葬るために森の奥の美しい湖に向かう。生きる気力を失った彼は母の亡骸を抱え
て入水するが、ニーナの幻影に引き戻される。ジョーは一連の事件の黒幕であるウィリアムズを尾行し、ニーナが
監禁されている郊外の豪邸へハンマー片手に踏み込んでいく。(Movie Walker)

<IMDb=★6.8>
<Rotten Tomatoes=Tomatometer:88% Audience Score:64% >
<Metacritic=84>
<KINENOTE=72.6点>



# by jazzyoba0083 | 2019-06-06 22:35 | 洋画=は行 | Trackback | Comments(0)